ランス(9.5 IF)   作:ぐろり

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シルキィとホーネット

 

 

 

 

 バラオ山脈の中腹辺りにある山小屋にて。

 魔人サイゼルを見事討伐したランスはご褒美タイムと称し、ついでにハウゼルも含めた魔人姉妹の姉妹丼を美味しく召し上がった。

 

 その日はそのまま小屋内に一泊し、その翌日。

 ランス達一行は山小屋を出発し、途中で昨日放り投げた魔剣を回収して、そして早々に下山を済ませて麓まで戻ってきた。

 

 

 

「さてと。んじゃあ魔王城に帰るとするか」

「そうですね、ランス様。今から出発すれば暗くなる前には何処かの町で休めると思います」

 

 麓に停留しておいたうし車、それを前にしての主人の言葉に奴隷が頷く。

 今回ランスがバラオ山脈までやってきた目的、魔人サイゼルとの初セックスは無事達成出来た。よって後は帰路に着くだけである。

 

「……よいしょ、んしょっと……」

 

 帰り支度を行う為、シィルがうし車の荷台に荷物を詰め込み始める。

 するとその間手持ち無沙汰となっていたランスのそばに、悩みの表情の魔人が近づいてくる。

 昨日の一戦、姉も交えて乱れに乱れた3Pの件が尾を引き、今朝からずっと恥じ入るように身を縮こまらせていたハウゼルだったが、ここに来てようやくその顔を上げて口を開いた。

 

「……あの、ランスさん。その、姉さんの事で相談があるのですが……」

「サイゼルの?」

「はい」

 

 自然と二人は視線を後方に向ける。

 そこにいたのは魔人サイゼルとその使徒ユキ。彼女達二人はランス達が山小屋を出発するとそのままの流れで付いてきていた。

 ハウゼルが気にしていたのは自分の姉であるその魔人の処遇、これからの事について。

 

「姉さんの事、どうすればいいと思いますか? ……私は、その……姉さんとはようやく仲直りする事が出来た事ですし、出来れば一緒に魔王城に来て貰いたいのですが……」

「あぁ、いいんじゃねーのそれで」

「……けれど、姉さんはケイブリス派に属していた魔人です」

 

 魔人ラ・サイゼル。彼女はケイブリス派に属している魔人である。

 ホーネット派に所属した妹に反発するかのように、姉はケイブリス派に所属する事を選んだ。

 昨日とても濃密な触れ合いを経て二人は長年続いた姉妹喧嘩を終わらせた為、サイゼルがホーネット派に敵対する理由はもう無いのだが、それですんなりと事が収まるとは限らないもので。

 

「どうやら姉さん、今はもうケイブリス派に協力してはいないそうなのですが、それでもホーネット派の本拠地である魔王城に元ケイブリス派の姉さんを連れ帰っても良いのでしょうか?」

「別に問題無いだろ、そんな事」

「でも、ホーネット様がなんて言うか……」

 

 ハウゼルが不安に思っていたのは派閥の主であるあの魔人、ランスにとってはつい先日ようやく一緒に風呂に入れるまでになったホーネットの事。

 魔王不在となる現魔王城、その管理に関しては全ての決定を魔人筆頭が下している為、サイゼルが魔王城に入る為にはホーネットの許可が必要となる。

 果たしてあの魔人は元ケイブリス派であるサイゼルが魔王城に身を置く事を良しとするのか。先行きの見えない姉の今後を憂いてハウゼルはその表情を曇らせていたのだが。

 

「あぁ、それならだいじょーぶ。ホーネットの許可ならちゃんとあるから」

 

 とても知恵の回るランスは予め手を打っていた。

 ……という訳では無いのだが、そういう体にした方が有能でカッコよく見えるだろうと考え、何食わぬ顔で堂々と嘘を吐いた。

 

「え、ランスさん……それは本当ですか?」

「うむ」

 

 ランスは大仰に頷く。しかし先の通りそれは嘘っぱち、勿論ホーネットからの許可など取ってはおらず、全ては事後承諾という形になる。

 しかし敵派閥から寝返った魔人ならすでにガルティアが居る為、今更そこに文句を言ったりはしないだろうと予想しており、なんなら文句を言わせるつもりなど毛頭無かった。

 

「……そうですか、良かった……。そういう事なら安心です。姉さんに話してきますね」

 

 その嘘は素直なハウゼルには効果覿面、すでに許可があると知った彼女は表情を明るく戻す。

 そして離れた場所に居る姉の下へと歩いていき、そこで二三何事かを会話した後、サイゼルを連れて戻ってきた。

 

「ランス。……その、ハウゼルの言っている話は本当なの? ホーネットの許可があるって話」

「おう、もちろん」

「本当に本当? ……ほら、私って一応今まで敵だった訳だし、魔王城に着いた途端にホーネットから六色破壊光線ぶち込まれたりしない?」

「ね、姉さん、そんな……ホーネット様はそんな乱暴な事をするお方では無いわ」

 

 ホーネットと親しい妹は否定するものの、これまでホーネット派と対峙する立場にあった姉の表情には怯えの色が如実に表れている。

 サイゼルはゼス侵攻任務に失敗し、派閥の主であるケイブリスの怒りを恐れて身を隠していた。そんな彼女にとっては同じく派閥の主であり、実力は自分より遥かに上となるホーネットの怒りも恐怖の程度には然程違いが無いようだ。

 

「ハウゼルちゃんの言う通りだ。あいつは確かにおっかない所はあるが、いくら何でも問答無用で攻撃してきたりはしないだろ。……たぶん」

「多分!? 多分じゃ困るんだけど!! もし違ってたら私死んじゃうじゃない!!」

「だいじょーぶだって。……きっとな」

「きっとじゃ困るー!!」

 

 サイゼルは大声で喚くが、しかしいざそんな事になった場合に責任を負いたくないランスは決して断言してあげる事は無く。

 その後もぎゃーぎゃー言う姉をハウゼルがどうにか落ち着かせて、その件に関してはランス達もホーネットの説得には一役買うが、結局のところは出たとこ勝負という事で落ち着いた。

 

「……まぁいいわ。いざとなったらすぐ逃げるから。それともう一つ言っておきたいんだけど」

「何じゃ」

「私はハウゼルが心配だから仕方無く魔王城に行くだけで、ホーネット派に協力するつもりなんて一切無いから。そこを勘違いしないよーに」

「……すみません、ランスさん。姉さん、さっきからこの調子で……」

 

 申し訳無さそうに額を下げる妹とは対照的に、姉はつんとそっぽを向く。

 サイゼルは戦争は全く興味が無い。ケイブリス派に属したのは妹に反発しただけ、そして妹のように平和な世界を求めて戦いたいとも思わないので、ホーネット派に参加する気など欠片も無かった。

 

 実の所、先程からハウゼルが心配していたのも姉のこの態度が大きな理由。

 ホーネット派に協力しないというなら立場としてはガルティアよりもワーグに近く、そしてワーグは能力の事もあって魔王城では暮らしていない。

 そんな事も含めてホーネット派に協力する気の無い姉が魔王城に居てもいいのか、ハウゼルはずっと悩んでいたのだった。

 

「ハウゼルと一緒に居たいから魔王城には行くけど、でも私はあんた達に力を貸したりなんて絶対しないから、その辺の所を勘違いしないでよ。分かったわね?」

 

 魔王城には来るがホーネット派には参加しない。

 予めその立場をしっかりと宣言しておかないと、後々どうにも面倒事を押し付けられかねない気がしたので、ここでサイゼルはビシッと言ってやったつもりだったのだが。

 

「……あー、うん。ま、いいや別に」

 

 しかし言われたランスはちっとも堪えておらず。

 サイゼルがホーネット派に加わるか否かなど一切興味無いのか、ぽりぽりと耳を掻いていた。

 

「……え、いいの? ……言っておくけど本当に何も協力しないからね?」

「おう、いいぞ。俺様、お前にそっち方面の期待はしてないから」

「……む」

 

 今回ランスがこのバラオ山までやってきた目的はセックスする為であり、何も戦力としてサイゼルを求めてきた訳では無い。

 だからこその言葉であったのだが、しかし期待はしていないと言われるのはそれはそれで釈然としないのか、その魔人は不快げに眉間を寄せる。

 

「……そ、そう。なら、まあ良いんだけど? 後々困った時に『サイゼル様の力を借りたいんですー』とか言ってもぜーったいに手を貸してはあげないから。ホーネットにもそう言っておいてよね」

 

 念押しに念押しを重ねる、魔人サイゼルの断固とした拒絶の意思表示。

 それを受けてランスは「……うーむ」と唸り、珍しく難しい表情で何かを考えた後。

 

「……サイゼル様の力を借りたい、か。つーかよ、サイゼル」

「何よ」

「本音を言っちまうとだな。お前が味方に居てもあんまし役立つ気がしねぇんだよ」

 

 ランスは胸の内をぶっちゃけた。

 

「な、何ですってぇ!? 役に立たないってどーいう事よ!!」

「いやだってほら、お前ってぽんこつだし……」

 

 一口に魔人と言ってもその中身は千差万別。ホーネットやシルキィのように優秀で頼りになる魔人もいれば、一方でサテラのようにおっちょこちょいな魔人も存在していて。

 そして残念な事にランスの中でサイゼルの評価は決して高くは無い。なのでサイゼルがホーネット派には協力しないと口酸っぱく言っていようが、そもそも協力して欲しいとも思ってはいなかった。

 

「そりゃあ一応お前は魔人なのだし、味方に居りゃそれなりに戦力にはなるだろうが、どーにも余計な事をやらかすような気がしてならんのだ。つー訳でお前の力を借りたいとは思わん」

「あ、あんたねぇ! また昨日みたいに氷漬けにされたいの!?」

「姉さん。ランスさんは多分、すぐムキになる姉さんのそういう所を言っているんだと思うの」

「ハウゼルにまで言われたー!?」

 

 ランスから下に見られるだけならともかく、最愛の妹からも割と容赦の無い言葉を受け、サイゼルは悲鳴にも似た声を上げた。

 

 

 

 そんな一悶着がありつつも、ともかくサイゼルはホーネット派に加わる訳では無いが、仲直りした妹のそばに居たいが為魔王城に向かう事となった。

 その後シィルが行っていた帰り支度が完了し、一同は次々にうし車の荷台へと乗り込んでいく。

 

「……うぅ、なんかまた怖くなってきた……。ホーネットとか、それにシルキィとかも……」

「おいサイゼル、早く乗れよ」

「だってっ、乗ったらもう引き返せないじゃない。もしホーネットが魔法球を出してきたり、シルキィが装甲の巨人を出してきたりしたら私そっこーで逃げるからね? その時はあんたも協力してよね?」

「分かったっつーの。いいからはよ乗れ」

 

 魔人筆頭ホーネット。そして魔人四天王シルキィ・リトルレーズン。

 その両者は単なる一魔人のサイゼルにとって脅威たる存在なのか、彼女は荷台に乗り込む直前まで四の五の言い、そしてうし車が出発してからも終ぞ不安な表情で妹に縋り付いていた。

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 そして。

 ちょうどその頃、サイゼルがそのように警戒していたあの両魔人はといえば。

 

 所変わって、魔物界の北部にある魔王城。

 その城の最上階にある派閥の主の部屋にて。

 

 今その部屋の中では魔人筆頭と魔人四天王による話し合い、これまでも不定期ではあるが度々実施している小会議のようなものが行われていた。

 

 

 

 部屋内にある大きな執務机。その上に広げられているのは彼女達の世界となる魔物界の地図。

 地図上には青色の重石と赤色の重石が所々に置かれている。派閥の勢力分布を簡単に表したもので、魔物界の北側、つまりホーネット派の勢力圏に置かれているのは青色の重石。

 

 最北部にあるアワッサツリー。そして本拠地たる魔王城。そのすぐ隣にブルトンツリー。魔王城から南に進んでキトゥイツリー。そこから更に進んでサイサイツリーと続く。

 そして先日の戦いによって、魔物界の中部に存在する魔界都市ビューティーツリー、そこの上に青色の重石が乗せられる事となった。

 

 それが現在の魔物界の勢力図。二人の魔人が睨むように見つめている、その地図が示す内容。

 

 

「……問題は、ここからですね……」

「……えぇ」

 

 机の前に立つ魔人四天王が呟けば、椅子に掛けている魔人筆頭が小さく頷く。

 魔人シルキィと魔人ホーネット。派閥の二大巨頭とも言える両者の話し合いの議題、それは派閥戦争のこれから、今後のホーネットの方針に関して。

 

 先日の戦いで魔界都市ビューティーツリーを奪い返した結果、魔物界の支配範囲で言うならホーネット派はケイブリス派を上回る事となった。

 しかしこの派閥戦争において両派閥は何も支配する面積を競っている訳では無い為、その点に関しては然程の意味を持たない。

 

 ホーネット派の目的、それはリトルプリンセスに世界を治めて貰う事。そしてその邪魔をするケイブリス派を打ち倒す事。

 よってビューティーツリーはあくまでその通過点にある魔界都市に過ぎず、目的達成の為には更に前へと進まねばならない。

 つまりその先にある魔界都市。敵対するケイブリス派の本拠地となるタンザモンザツリーへと。

 

 

「タンザモンザツリーさえ押さえる事が出来れば、私達が勝利したも同然。……ですが、それには問題が幾つもあります」

「まず第一に遠いですからね、あの都市までは」

 

 シルキィが指摘した点、それは地図を一目見ただけですぐに分かる問題。

 魔界都市タンザモンザツリーは魔物界の最南端に位置しており、中部にあるビューティーツリーからでも相当な距離が開いている。

 距離が開けば開く程、その分移動に手間や面倒事が増えるもの。そしてそれ以上に厄介なのがその際に通過しなくてはならない場所。

 

「……そしてなにより、タンザモンザツリーに進む為にはカスケード・バウを越える必要がある。……この話、ホーネット様とは何回したのかもう分かりませんね」

「……そうですね。シルキィとは今更確認するまでも無い話ですが、やはり障害となるのはカスケード・バウ。……そしてその近辺に存在する──」

 

 ホーネットの視線が、それに釣られるようにシルキィの視線も、カスケード・バウの程近い所に置かれた赤色の重石に刺さる。

 

「──ケッセルリンクの城。あの魔人四天王を抑えない限り、この先に進む事は難しい」

「……ですね」

 

 本当に何度目か分からない話だなと、シルキィは思わず漏れそうになった溜息を飲み込んだ。

 

 

 過去数回、ホーネット派はタンザモンザツリーへの侵攻に乗り出した事があるが、その全てが失敗に終わっている。そしてその原因の殆どが魔人四天王ケッセルリンクにあった。

 

 所々大地から角のようなものが隆起する、見渡す限りの荒野が広がるカスケード・バウ。

 そこまで歩を進めてしまったが最後、夜が訪れる度にケッセルリンクは自身の居城から出撃し、朝方近くまで休む間も無くその猛威が振るわれる。

 それにより夜毎にホーネット派勢力、中でも魔物兵達は甚大な被害を受けてしまい、結果撤退を余儀なくされてしまっていた。

 

「あのケッセルリンクを抑える。普通に考えた場合、それはシルキィか私の役目となります」

 

 相手は上級魔人の上をいく魔人四天王。であるならば対峙する方も相応の強さが必要となり、ホーネット派で言うならばこの場に居る両者が適任。

 

「……ですが」

 

 ホーネットは重々しい声で呟き、自らの至らなさを悔いるかのようにその瞼を伏せる。

 

「同格のシルキィはともかく、私は魔人筆頭であるにも拘らず、情けない事に有効な手立てが見当たらないのが現状です」

「……仕方無いですよ、ホーネット様。夜のあれはちょっと尋常じゃないですから」

 

 精一杯のフォローの言葉を口にするシルキィ。だが彼女も内心では忸怩たる思いを抱えているのか、その表情には影が差していた。

 

 魔人四天王ケッセルリンク。剣と魔法そのどちらにも精通し、元々折り紙付きの強さに加えて特に夜間は無敵と呼べる程。身体を霧状に変化させ、夜闇と同化した時の脅威は筆舌に尽くし難い。

 前後左右どこから襲ってくるか分からないその攻撃も厄介だが、なにより防御面、霧状と化した相手にはこちらの攻撃がまともに当たらない。

 物理攻撃が主体のシルキィは勿論、ホーネットの魔法でさえも正確に標的を捉える事が出来なくなってしまう為、かの魔人四天王と夜間に対峙するとこの二人をもってしても受け身に回らざるを得ないのが実情であった。

 

 

「でも夜に強い分、ケッセルリンクには昼間っていう明確な弱点があるから、そこを突く事が出来れば良いんですけどね」

「……ですが、それは向こうも承知している事」

 

 比類なき力を誇る夜間に対し、日中は身体が固まってしまうという弱点をケッセルリンクは有しており、無防備となる昼間は自身の居城にある棺の中にて眠っている。

 そこを狙えば遥かに優位な状態で戦う事も可能なのだが、その際に障害となるのがやはりその城までの距離、そして間に挟む大荒野。

 

「偵察を行ったメガラスによると、すでにカスケード・バウには大量の魔物兵達が陣地を形成しているとの事。その規模は先の戦いを上回る程で私達を迎え撃つ準備は万全だそうです」

「……ビューティーツリーから出発したとして、何十万の魔物兵の壁を越えながら、一日でケッセルリンクの城まで到達するっていうのは……少し難しいですよね」

「……えぇ。そして夜が訪れると必ずケッセルリンクは出てきます。今までの時も全てそうでしたから、そこに気紛れなどは無いでしょう」

「………………」

 

 今までの時。その言葉で過去の苦い失敗の記憶を思い出したのか、二人の声がそこで制止する。

 ケイブリス派にはまだ6体の魔人が残る為、他の魔人達も勿論障害にはなるのだが、いずれによせタンザモンザツリーに進む為には過去の失敗をどうにかして乗り越える必要がある。

 

 しばし両者は沈黙の中で考えを巡らせるが、しかしこの事は以前からホーネット派が直面していた大きな問題。今まで何度も二人が頭を捻らせてきた悩みである為、

 

(……うーん)

 

 シルキィは脳内で唸るものの、しかしそう簡単に解決策など浮かぶはずも無く。

 その代わりという訳では無いのだが、何気なく思った事と言えば、

 

(……ランスさんだったらどうにか出来たりするのかな。……なんて、良い方法が浮かばないからってちょっと考えがズレてきてるわね、私)

 

 先日ハウゼルを連れて人間世界へと向かい、今現在魔王城を留守にしているあの男の事。

 

 以前にガルティアを食い物で釣ったりなど、何かと予想外な方法でホーネット派に大きな貢献をしてきた彼なら、自分達には出せない答えを見つける事が出来たりするのだろうか。

 と、そのような事を考えたのと殆ど同じタイミングで、ホーネットは閉じていた口を開いて。

 

「……ランスなら、何か思い付く事があるのでしょうか」

 

 などと発言した為、思わずシルキィは今の場には相応しく無い小さな笑みを零してしまった。

 

「それ、今私も同じ事を考えました」

「……そうですか、シルキィも……」

「はい。なんせ私は頭が固いですから、あの人のような柔軟な発想力は羨ましいです」

「あれは柔軟というより、奇抜と呼ぶべきだと思いますが……」

 

 その奇抜さに現在進行系で苦慮させられているホーネットは、嘆息混じりの言葉を発する。

 とはいえ頭が固いとの自己評価をするシルキィ同様、自分も強いて言うなら頑固だと言う事には彼女自身も自覚的であった。

 故に奇抜な事を仕出かすランスの事を二人は同じように思い浮かべて、そして同じような期待を抱いてしまったようだ。

 

「……ですが、そうですね。ランスが戻ってきたら一度話をしてみても良いかも知れません」

「ですね。……ただランスさんの事だと『カスケード・バウを越えるのが難しいなら、こっちから行けばいいだろう』って言いそうではありますが」

 

 言いながらシルキィが指差した先。

 その道は魔界都市ビューティーツリーから敵の本拠地に繋がるもう一つの道。

 

「……あぁ、その可能性は十分にありますね」

 

 確かに難攻不落な大荒野カスケード・バウを通過せずとも、その道を通るという選択肢はある。

 ただそれが可能だったのは数年前までの事で、今ではカスケード・バウと同じか、それ以上に通過するのが困難となってしまった道。

 

「………………」

 

 地図上で赤色と青色どちらの重石も置かれていない場所。

 そこに書いてある『魔界都市ペンゲラツリー』そしてその付近にある『死の大地』という文字。それを二人の魔人はじっと睨んだ後。

 

「……シルキィ、言うまでも無い事ですが」

「分かっています。その時は必ず止めます」

 

 真剣な表情の魔人筆頭の言葉に、同じく真剣な表情の魔人四天王はしっかりと頷く。

 

 死の大地には生物を殺す死の灰が降りそそぐ。

 無敵結界を有する魔人ですらも影響を受ける灰、それを人間のランスがその身に浴びたらどうなるかは想像に難くない。

 恐らくそう無いとは思うが、もし死の大地にランスが関わるような事があったとしたら、その時は何が何でも止めなければならない。

 それはホーネットに言われるまでもなく、シルキィも承知していた事ではあるのだが。

 

(……けれど)

 

 ──あの人私が言っても聞かないからなぁ。

 と、つい言いたくなってしまう気持ちをシルキィはぐっと胸の内に抑え込んだ。

 

 

 

 

 

 

 その後小一時間程やり取りを交え、本日の話し合いは終了した。

 

 派閥の今後に関しては、当面の間は敵の出方を伺いながらの現状維持。

 と言う少々積極性を欠いたものとなり、今回の作戦会議は両者共すでに把握している問題点を確認し合っただけのあまり実りの無い結果となった。

 

 そして、その終わり際。

 

 

「シルキィ、あちらでもう少し話をしませんか?」

「はい、分かりました」

 

 部屋の角にあるソファの方を向きながらのホーネットの提案に、シルキィは二つ返事で頷く。

 

 このやり取りは二人が単なる雑談に興じる際のお決まりの合図となっていた。

 ホーネット派として、あるいは派閥戦争に関しての話では無い、もっとプライベートな話をする為の言うなればティータイムのようなもの。

 

 二人は古くから親密な関係で互いに気心の知れた間柄であるが、しかし派閥の主従という関係にあっては口に出来ない事も多い。

 時にそのような話をするべく、執務机より寛げるソファに場所を移すのを切っ掛けにして、両者はホーネット派と呼ばれる派閥が出来る以前の関係性に戻る事にしていた。

 

 

 

 先程の作戦会議の時よりも弛緩した空気の中、二人の魔人はソファに深く腰を下ろす。

 するとすぐに二人の前にあるテーブル、そこに紅茶を注いだカップを2つ並べられる。

 

「……ふぅ」

 

 ホーネットの使徒達が淹れた紅茶を一口味わい、シルキィは小さく息をつく。

 

「……うん、おいしい」

 

 そして同じく使徒達が焼いたクッキーを齧り、その口元を綻ばせる。

 

 このような雑談の機会はシルキィにとって時たまある事で、基本的にホーネットが何か言いたい事がある際に設けられる場合が多い。

 彼女は経験上それを理解していたので、今までの時と同じようにティータイムを楽しみながら、目の前に居る相手が話を切り出すのを待っていた。

 

 しかし。

 

 

「………………」

 

(……あれ?)

 

 今までの時とは少し変わったその様子に、シルキィは脳内で小首を傾げる。

 その魔人はいつもと違って中々口を開こうとしない。かといって紅茶やクッキーの味を楽しんでいるのかと言えばそう言う訳でも無く。

 

「………………」

 

 魔人ホーネットは、ただじっと。

 気兼ねない雑談の場には合わない憂わしげな表情で、右手の人差し指で何故か唇を押さえたまま、その視線をじっとティーカップに落としている。

 

(……ホーネット様、どうしたんだろ)

 

 俯きっぱなしの魔人筆頭、その様子を魔人四天王はちらりと流し目で伺う。

 この雑談の機会は先程相手の方から誘ってきた。という事は何か自分に対して話したい事があるはずなのだと思うのだが、しかし相手は一向に沈黙したままで。

 

(……私から何か話題を振った方がいいのかな?)

 

 そう考えてシルキィは一度口を開こうとした。

 しかしホーネットは見るからに何かを悩んでいる表情で、ならばその思考を邪魔するのも良くないかなと考え直す。

 

(……今のホーネット様の姿をみると、今日の目的ってもしかして……)

 

 本日自分がこの部屋に呼ばれた理由。

 それは先程のあまり進展の無かった作戦会議よりもむしろ、こちらがメインなのかもしれない。

 魔人四天王はそんな事を思いながら、思い悩む魔人筆頭が口を開く気分になるまで、紅茶の味を楽しみながらじっと待つ事にした。

 

 

 

 そして、シルキィがおかわりした紅茶が半分くらいまで減った後。

 

「……ふぅ」

 

 小さく息を吐くと共に、遂にホーネットはその顔を上げる。

 だがその第一声は正面に座る相手に向けたものでは無かった。

 

「……今から少し、シルキィと二人で大事な話をします。貴方達は外れていなさい」

「え」

 

 全く予期していなかったその台詞に、シルキィは驚きの一言を口から零す。

 ホーネットの言葉は自分では無く、相手の背後に並んで立つ使徒達に向けられたものであった。

 

(……あの子達を部屋の外に出した事なんて、これまでには無かったはず……)

 

 魔人筆頭の使徒達は主からの退出命令に無言で一礼し、続々と部屋から出ていく。その様子を呆然とした表情で眺めながら魔人四天王は思う。

 これは未だかつて無い初めての展開。使徒達に退出を命じると言う事は、使徒達の耳には入れられないような話をするという事になる。

 

 そうまでする程の大事な話。それは一体どのような内容の話なのか。

 

 気兼ねない雑談の時間であるはずなのに、先程の作戦会議の時を上回る妙な緊張に包まれ、ごくりと喉を鳴らしたシルキィの一方。

 

 未だその表情には陰りの見えるホーネット。ここ最近悩み多きその魔人が抱えていた大事な話。

 

 それは確かに、本当に大事な話だった。

 

 

 

 

 

 


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