ランス(9.5 IF)   作:ぐろり

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魔王専用の浴室、再び

 

 

 

 

 見上げる程に巨大な魔王城、その周囲をぐるりと囲む城壁に設置された城門のすぐ近く。

 手綱がきゅっと引かれた事により、爆走していた二匹のうし達がその歩みを止める。

 

「やっと着いたか、いよっと」

 

 停車したうし車の荷台の中からランスが我先にと飛び出してくる。

 一行を乗せたその車はバラオ山の麓を出発し、町を順々に通ってヘルマン国を横断。

 そして番裏の砦となげきの谷を越え、たった今この魔王城へと戻ってきた。

 

「ふぅ。あー、肩が凝っちまったぜ」

 

 荷台の中はカタカタと揺れる上、出発時には居なかった二名を加えている為かなり狭苦しい。

 そんな車内からようやく開放され、固まった身体をほぐすようにランスが両腕を伸ばしていると、すぐにシィル達も下車に続く。

 

「お疲れ様でした、ランス様。……見た所魔王城の様子も変わってないですね」

「どうやらそのようですね。私がホーネット派の任務から離れている間、大きな問題は起こってなさそうで安心しました」

「ハウゼル様ってば、旅の間中ずっとその事を気にしてましたですからね」

「ま、旅っつっても一週間程だしな。んなすぐに何かが変わったりはせんだろ」

 

 ランス達の前に聳える姿、それは出発した時と何ら変わりのない荘厳な城の姿。

 以前のシャングリラへの旅の時とは違い、寄り道を挟まなかった今回の旅は短期間なもの。

 魔物界の情勢に変化は無く、魔王城内で起こった特筆すべき出来事と言えば魔人筆頭と魔人四天王による作戦会議が行われた事ぐらいである。

 

 

 ランスとシィル、ハウゼルと火炎書士、そしてバラオ山から連れてきたサイゼルとユキ。

 一同は荷台の中から旅の荷物を下ろし、ランス以外の皆は自分の荷物を抱えて城門をくぐり、そして城内へと足を踏み入れる。

 

「さーてと、城に帰ってきた事だし俺様は久しぶりにふわふわベッドで昼寝といくかな」

 

 ほんとヘルマンの宿はろくなもんじゃ無かったからなと、ランスはうんざり顔で悪態を吐く。

 国全体としてヘルマンは豊かではない為、自ずと旅宿の質もリーザスなどと比べると低くなる。寒い部屋と固いマットレスに対して終始ぶーぶー言っていたその男は、自室にある高品質のベッドでしばし居眠りしようかなと思っていたのだが。

 

「ちょっとランス。昼寝もいいけどその前に私の事を何とかしちゃってよ」

「お前の事? ……あぁ、お前の事ね」

 

 私の事。そう口にしたのはどこか落ち着かない様子でいる魔人サイゼル。

 彼女は元ケイブリス派、故にホーネット派の本拠地となるこの魔王城は殆ど敵地に近い。

 派閥に協力するつもりは無いサイゼルが今後この城で妹と仲良く生活を送る為には、何を置いてもまずあの魔人に話を通す必要がある。

 

「サイゼル様、うし車に乗っていた時からずーっとビビってましたからね。正直うっとーしいんで早く何とかしてやってください」

「ユキ、あんたね……もうちょっと言い方ってもんがあるでしょう」

「まぁ、ぐちぐち言い続けるサイゼルが鬱陶しかったのは同感だ。しゃーない、昼寝の前にそっちを片付けるとするか」

 

 という事でランスは方向転換、自室に向かうより先にホーネットに挨拶を済ませる事にした。

 彼女の部屋がある城の最上階へと向かう為、一同は廊下を通って階段へと進む。

 

「ホーネット様、お部屋にいると良いのですが。城を空ける事も多い方ですからね」

「そーだな。……ホーネット、ホーネットか、ホーネットなぁ……」

 

 ランスは難しい顔でうーむと唸り、頭の中にその魔人の姿を思い浮かべる。

 今回の旅では以前逃していた魔人サイゼルとのセックスを見事達成し、ランスの経験人数にも新たな1ページが加わった。

 魔人という人間ではまず歯が立たないような相手だって、気が付けばその殆どを制覇した。

 

 なのでそろそろ、と言うかいい加減にあの魔人。

 目下最大の難敵、女性の魔人としては最強であろう魔人筆頭の事をどうにかして抱きたいなぁと、そんな事を考えながら階段を上がっていると。 

 

「あ」

「お、シルキィちゃん」

 

 途中の階にある踊り場にて、上の階から下りてきた魔人シルキィと鉢合わせた。

 

「ランスさん、それに皆もおかえり。もう帰ってきていたのね」

「おう、ほんのついさっき着いた所だ」

「……そっか」

「……ん? どした?」

 

 ランスがふと気になったもの、それは自分を見上げるその魔人の初めて目にするような表情。

 それはなんだか眩しいものを見るような、あるいは弟の成長をしみじみと噛みしめる姉のような、得も言われぬ感動を内に秘めた笑顔だった。

 

「その顔、なんか良い事でもあったのか?」

「……んー、良い事って訳じゃないんだけどね」

 

 シルキィの脳裏に去来するのはほんの二日前、派閥の主と雑談を交わした時に耳にした衝撃発言。

 自分に関係する事では無いが、おそらくはランスが大喜びするであろうその事を、彼女はここで言おうか言うまいかほんのちょっとだけ悩んだ。

 だがやはりそういう事は当人の口から直に聞くべき、それに知らずにいた方がその喜びもひとしおかと思ってここで話すのは止めにした。

 

「なんて言うかその……頑張ったんだなぁーって思って。ランスさん、本当に貴方って凄い人だわ」

「お、そうか? ふふん、そーだろうそーだろう、俺様は凄いのだ。がははははっ!」

 

 途端に上機嫌となって豪快に笑う。シルキィの言葉が何を指しているのかはさっぱり分からなかったが、それでも称賛を受けた事だけは分かったランスはえっへんと胸を張った。

 

「ま、今回の旅でも俺は大活躍だったしな。殆ど俺一人で解決したようなもんだ」

「へぇ、そうなんだ。なら……ってあれ」

 

 そこでシルキィはランスから視線を外し、片足立ちになって背伸びをする。

 小柄な彼女には見えにくい位置であったが、ランス達一行の一番後ろ、皆の背後でこっそりと身を潜めている人物の姿に気付いた。

 

「そこに居るのって……サイゼル?」

「し、シルキィ。その、久しぶり……ね」

 

 相手は魔人四天王であってホーネット派のNO,2.

 ケイブリス派の一員として戦場で遭遇していたらまず逃げ出しているだろうその姿を前に、サイゼルはやや固い表情のまま挨拶を返す。

 

「……成る程。その様子だとハウゼル、サイゼルとは無事仲直りが出来たみたいね」

「えぇ。皆が協力してくれたおかげです」

「んで、その流れのままサイゼルの事を連れ帰ってきちゃったと」

「そーいう事だな。どうやらこいつはもうケイブリス派じゃないっつー話だし、このデカい城にサイゼル一匹ぐらい増えたって問題ねーだろ?」

「……うーん」

 

 ランスの言葉にシルキィは頬に手を当てて、少しだけ考える素振りを見せる。

 

「……そうね、まぁ良いんじゃないの……って言いたい所だけど、そういう事は私が決める事じゃないからね。ホーネット様に聞いてみないと……」

 

 サイゼルは極端に暴力的であったり危険な思想を持つ魔人という訳ではなく、元々姉妹喧嘩の延長線上のようなノリでケイブリス派に属した魔人。

 なので仲直りさえ出来たのならば問題無し、サイゼルの態度次第な部分もあるにはあるが、ホーネットも特に異議を唱えたりはしないだろうとシルキィは予想していた。

 派閥の主としてその内心はどうあれ、最終的には受け入れざるを得ない話。その理由の大半は先日のワーグの事と同様の理由である。

 

「ホーネット様は今お部屋に居るはずだから、その事も含めて挨拶してきたら?」

「良かった、お部屋に居るのですね。ではランスさん、行きましょうか」

「うむ、じゃまたなシルキィちゃん」

 

 シルキィとはそこで別れ、ランス達一行は更に階段を上がっていく。

 だが目的の最上階に着く寸前、先頭を歩くその男はぴたりとその足を止める。

 

「……いや待てよ、やっぱ後にする」

 

 そしてすぐさまくるっと向きを反転した。

 

「え、ちょっとランス、なんで後にするのよ。このままだと私リラックス出来ないんだけど」

「ランス様、何か用事でもあるのですか?」

「いんや、特に用事は無い。用事は無いのだがどうせならと思ってな」

 

 数日振りに戻ってきた魔王城。つまりその相手に会うのも数日振り。

 その事もあってか一計を案じる事にしたのか、ランスはにやりを笑って階段を下り始める。

 

「どうせなら、ですか?」

「そ。どーせならだハウゼルちゃん。どーせなら、どーせならあっちの方が良いだろう」

 

 どうせならという事で、その魔人との再会はあっちで行う事にした。

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 きゅっ、と締められた蛇口の先。その縁からぴちゃんと水滴が零れる。

 

「……でな。まぁそんな流れで俺様はようやくサイゼルの事を抱いた訳だ」

「………………」

 

 ボディソープを落としたタオルをぐしゃぐしゃと掻き混ぜ、泡をどんどんと膨らませていく。

 

「やっぱ予想してた通りにサイゼルの中はちょっとひんやりしていたな。ありゃあ暑い日とかにすると気持ち良いだろうなぁ。寒い日にするのはシンドいだろうけども」

「………………」

 

 十分に泡立ったタオルを目の前にあるその背中、透き通るような白い肌に当てる。

 

「しっかしあの姉妹と3Pをした時のあれ、結局なんだったんだろうなぁ。サイゼルに突っ込んでたと思ったらハウゼルちゃんで、ハウゼルちゃんに突っ込んでたと思ったらサイゼルで……本当に不思議なセックスだったぜ……て、おい。聞いてんのか、ホーネット」

 

 そして上へ下へとタオルを動かし、華奢なその背中を洗っていく。

 

「……えぇ、まぁ。聞いてはいます」

「あのな、聞いてんだったら少しは反応をせんか、反応を」

「……今の話を聞かせて、私にどのような反応をして欲しいのですか、貴方は」

 

 魔人姉妹との摩訶不思議なセックス。

 その時の体験談への感想をせびるランスに、ホーネットは呆れたように瞼を落とした。 

 

 

 二人が居るのは魔王専用の浴室。ランスは数日振りに魔人筆頭との混浴を楽しんでいた。

 先程部屋を訪れるのを止めたランスはその後、ホーネットが風呂に向かうタイミングに合わせて脱衣所に先回りを決行。

 そして毎度のように魔王の権力をひけらかし、もはや文句を言う事も無くなった彼女の肩を抱いたまま堂々と風呂場のドアを開いた。

 

「こーしてお前の背中を洗っていると、なんかこの城に帰って来たって気分になるなぁ」

「……そうですか」

 

 そして今、二人は洗い場の前にある椅子に腰を下ろし、ランスの手にはボディソープが泡立ったタオルが握られている。

 

「ごしごしー」

「………………」

「ごしごしー、ごしごしー」

「………………」

 

 軽快な口調で呟きながら、目の前にあるその背中を洗う手を休める事は無く。

 

 二人が一緒にお風呂に入り始めてからもう数回目、この光景はもう毎度の事となっている。

「俺様がお前の身体を洗ってやろうじゃないか」とそんな提案に対して、最初はホーネットの方も「いえ、結構です」と固辞した。

 だがその男は一度言った程度では到底聞かず、延々と繰り返される押し問答を面倒に感じたのか「……では、背中だけなら」と最終的にはホーネットの方が折れる事となった。

 

(くくくっ、こいつともようやくここまで来たぜ。後もうちょっとなはずだ、もうちょっと)

 

 こうしてその背中を流したりなど、最近は殆ど反発する事も無くなったホーネット。その態度の変化にランスは脳内でしめしめと笑う。

 相手の視界にも入らなかった初対面の時から比較すると、こうして一緒に風呂に入る事が当たり前となった今は大いなる進歩、確実にゴールは迫っているはずである。

 

 基本的にランスは風呂に入る際、自分の奴隷と一緒に入る。わざわざその習慣を変えてまでホーネットと二人きりで入浴しているのは勿論ながら今より更に距離を詰める為。

 彼がこの城に来た最大の目的とも言える偉業、魔人筆頭との初セックスを達成する為。

 

「ごしごしー。どうだ、かゆい所は無いかー?」

「……いえ、特には」

 

 入浴中である以上当然の事だが両者共に裸であって、時折ランスの手がその背中を撫で回すが、そんな状況に置かれてもホーネットはいつも通り平然とした様子のままでいる。

 

 だがそれはあくまで振る舞いだけ、見せかけだけであってその内心は異なっていて。

 それが証拠に彼女の目の前にある鏡、そこにはほんのりと赤く色づいた顔が映っていた。

 

「ごしごしーと……。さーて、流すぞー」

「………………」

「ざっぱーん」

 

 水が一杯に溜まった風呂桶をひっくり返す。

 泡が全て流し落とされた後には、濡れて光を弾く程に透き通った白い背中が表れる。

 

「うしおっけー。ホーネット、終わったぞ」

「……ありがとうございます」

「うむ、苦しゅうないぞ。んじゃあ次は前だな。ホーネットよ、こっちを向け」

「ですから前は結構です。ランス、貴方は何度言ったら覚えるのですか」

 

 はぁ、とホーネットの口から呆れを込めた吐息が漏れる。

 その男が背中だけじゃなく前も洗わせろと言うのはもう毎回の事、それに対して彼女が結構ですと断るのも毎回の事だった。

 

「ちっ、なら交代。今度はお前の番じゃ」

「……分かりました」

 

 互いの背中を洗いっこするのももう毎回の事、ホーネットは不承不承といった感じで頷く。

 

 とその時。

 

 

「おーっと身体が滑ったーー!!」

 

 至って素知らぬ顔でいようとも、その男の内心では常に獲物の事を狙っていて。

 ホーネットの背後に座っていたランスはあたかも不注意を装って身体を大きく前に倒す。

 後ろから抱え込むような格好になり、その両手が向かう先は大きく実った二つの山。

 

 だが。

 

 

「………………」

「……ぐ、ぐぬぬぬ……!」

 

 同じく素知らぬ顔でいるその魔人の方にも一切の油断など無し。

 いつかの時と同じく、その両胸に触れる寸前でランスは両手首を掴まれる。振り解こうともがいてみるが、しかし魔人筆頭の万力のような握力はびくともしなかった。

 

「くぅ、相変わらず隙が無い奴……さすがだな、ホーネットよ」

「……貴方こそ、相変わらず懲りませんね。さすがとは言いませんが」

 

 実の所、今の一連の流れももう毎回の事。

 その全てが失敗に終わっているにもかかわらず、彼女の言う通りランスはてんで懲りなかった。

 

 

 

 その後ホーネットはタオルを受け取り、ランスの視姦に耐えながら洗い残しの箇所を自ら洗って。

 そして両者は座る位置と役割を交換。今度はホーネットが目の前にある背中を丁寧な所作で洗っていると、ふいにランスが鏡越しに視線を合わせる。

 

「そういやぁ聞いたか、サイゼルの事」

「あぁ、ハウゼルから事情は聞きました。今回の件で姉妹仲を戻す事が出来たそうですね」

 

 彼女がその事を聞いたのは昼間の事。ランスは引き返したがハウゼルはしっかりと派閥の主の部屋を訪れ、帰還の挨拶と共に事の経緯の報告を済ませている。

 その時聞いた限りだと今回の件は概ね問題無しと思われたものの、唯一引っ掛かった事を思い出したホーネットは「……そういえば」と口を開く。

 

「サイゼルについては私がすでに許可していると、そのような旨の事をハウゼルが言っていました。ですが私にはそんな許可を出した覚えはありません。ランス、貴方に思い当たる事はありませんか?」

「……あー。そういやぁそんな事、ハウゼルちゃんに言ったよーな言ってないよーな……」

「言ったそうです。ランス、有りもしない私の許可を捏造するのは感心しません」

「んな固い事言うなっての。それにだ、別にサイゼル一匹増えたって何も問題無いだろ?」

「……そうですね」

 

 するとホーネットはその手を少し止めて、殆ど無意識のまま視線をすっと横に流す。

 

「……まぁ、問題無いのではないですか?」

 

 そう呟いた派閥の主の顔は殆ど諦めの表情、その声色には「やむを得ない事ですからね」と言いたそうな気持ちが如実に表れていた。

 

「おいホーネット。何かお前、随分と投げやりになってねーか?」

「……この城は本来なら美樹様のもの。であれば美樹様を魔王として奉戴するホーネット派に協力する気の無い者が魔王城に居着くなど言語道断、サイゼルが城に足を踏み入れる事など許しません。……と、仮に私が認めなかったとしたらハウゼルはどうすると思いますか?」

「ぬ、ハウゼルちゃん? そうだなぁ……」

 

 ハウゼルは今回の件で念願だった姉との仲直りを果たした。

 だがこの魔王城で姉妹一緒に暮らす事は出来ないとなった時、彼女はどうするだろうか。

 

「……あの子は真面目な子だからなぁ。お前に逆らうとはとても思えんし、それならそれで仕方無いって諦めそうな気もするな」

「そうですね。この城は私達の本拠地である以上派閥に協力しない者を住まわせる事には危険もあります。それを理解出来るハウゼルならきっと受け入れるでしょう。では貴方ならどうしますか?」

「ぬ、俺様? そうだなぁ……」

 

 言われてランスは再度考える。

 もうそうなった時、自分ならどうするだろうか。

 

「そりゃまあ……どうにかしてお前を頷かせるんじゃねーの? 俺様はまだサイゼルの事を味わい尽くしてないし、ハウゼルちゃんとの姉妹丼もまた食べたいしな」

「ですね。つまりそういう事です」

「おぉ、そういう事か。……うむ?」

 

 つまりどういうこっちゃ? と理解が届かず首を傾げるランス。

 その一方でもしそうなった場合、最終的に折れるのはきっと自分の方だろうと予想していたその魔人は、そんな思いを口にする事は無かった。

 

「……とにかく、先程言ったようにサイゼルに関しては問題ありません。魔王城への滞在は構いませんが、派閥に仇なすような妙な動きを見せた時は知りませんよと釘を刺しておきましたから、それで十分でしょう」 

「なるへそ、すでにサイゼルの事は脅し済みって訳か。お前の脅しはおっかねーからなぁ、前にワーグも言ってたぞ。ホーネットに睨まれたら体調が悪くなった、どーしてくれるんだ責任とれって」

「……私はそれ程強く睨んでいるつもりは……」

 

 そんな会話を交わしながらも、その魔人はタオルを握っている手を休める事は無く。

 自分よりも広い、それでいて引き締まった筋肉質の背中。その隅々までを洗う動きは殊の外優しく、あたかも労るような手つきで。

 

 自分の時よりも幾分か長い時間そうしていたが、やがて満足したのか、

 

「……さて、これくらいで良いでしょう」

 

 そして風呂桶でお湯を流し、魔人筆頭によるほんの一時の奉仕行為は完了した。

 

「終わりましたよ」

「うむ、ご苦労。しかしホーネットよ、俺様はお前と違ってケチくさい事は言わんからな。前も洗いたいと言うのなら洗っても構わんぞ」

「そのような事は言いませんから、いつも通り自分で洗いなさい」

 

 これまた毎回となるその要求をひらりを躱して、彼女はタオルを返した。

 

 

 

 そうして身体を洗い終えた後、そのままついでにお互いの髪も洗い合い。

 全身綺麗さっぱりになった二人は、洗い場の椅子から腰を上げた。

 

「さてと、んじゃあ風呂に入るか」

 

 ランスはすぐさまホーネットの隣に立って、その肩にぐるっと腕を回す。

 それは単なる接触以上に、絶対に逃さないからなと言う明確なアピールである。

 

「俺様気付いたんだが、どうやら旅の疲れが身体に残ってるみたいでな。てな訳で今日はいつもよりゆっくりと浸かろうと思うのだ」

「ゆっくりと、ですか」

「そうだ、ゆっくりとだ。それこそ何処かの魔人がのぼせちまうくらいにゆ~っくりとな」

「………………」

 

 初めて混浴した際の失態を暗に指摘され、わずかに目を細めるホーネットに対してランスはにやりと口角を釣り上げる。

 

 湯当たりしたホーネットにキスをしたり胸を揉んだりしたあの時が今までで一番惜しかった。

 ランスはそんな自己分析をしており、次はもうあの時のように焦ってチャンスを逃しはしない。

 今一度彼女をあの状態にまで持ち込めれば、次こそは確実にものに出来る自信があった。

 

「さぁーてホーネットちゃん、今日はとことんまで行くからな。ぐふふふふ……!」

「……ランス。貴方が何を期待しているのかは知りませんが、私はもう──」

 

 ──あのような姿は決して見せません。

 その先に続く言葉。それを口にする直前、ふと異なる思いが彼女の胸の内に湧いたのか、

 

「……いえ」

 

 小さな声で、しかし確かに聞こえる声で何かを否定した後。

 

「……ランス」

「何じゃ」

「少しこちらを向いてください」

「あん?」

 

 隣に居る男の向きを変えさせて、二人は正面から顔と顔を合わせる。

 

「………………」

 

 心の内を読ませない金の瞳がランスの顔をじっと見つめる。

 

「……おい、何だよ一体」

「………………」

「……ぐへへ」

 

 意図の分からぬその行為に訝しんでいたのもつかの間、すぐにランスの視線は真っ向から晒されている相手の双丘に落ちる。

 

「うーむ、いつ見ても美味そうなおっぱいだ」

「………………」

「こう、顔ごとだーって突っ込んで、そのままむしゃぶりつきたくなるな」

「………………」

 

 鼻の下が伸びたランスの顔を、ホーネットはしばらく変わらない様子で眺めていたが、

 

「……ふぅ」

 

 そうして吐き出した息は普段の時よりも幾分か熱を帯びていて。

 ここ最近色々と悩み多きホーネット、そんな彼女の言わばその最たるものとも言える悩み。

 

 こうしてその前に立ってみると良く分かる。

 ただ肌を晒して立っているだけの事なのに、何故だか無性に耐え忍んでいるような気分になる。

 他の相手ではそうなる事など無い、この居心地の悪さの大元となる理由。

 

 自分自身の中にある、到底理解の及ばぬ何か。

 それを未だ理解が及ばぬものだと再確認した後、ホーネットはその顔を湯船の方へと向けた。

 

「……何でもありません。では、入りましょうか」

 

 

 

 

 

 結局この時はまだ理解していなかった。

 だが理解が及ばずながらも、その魔人は昨日一日を費やして色々と考え、悩み。

 

 そして二日程前にシルキィが予測していた通り。

 ホーネットはこの時すでに、とある決意を胸に秘めていた。

 

 

 

 

 

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