ランス(9.5 IF)   作:ぐろり

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ランスの苦悩と酒宴の開始

 

 

 

「あ゛~~~~」

 

 地の底を這うような低い声。

 一ミリも覇気など籠もっていない、肺の内から漏れ出したような声が聞こえる。

 

「う゛~~~~」

「……ランス様、大丈夫ですか?」

 

 時刻は朝。声を掛けたのはランスの事を起こしに来たシィル。

 ゾンビのように呻く主人の様子に、彼女も心配そうな表情を向ける。

 

 ランスは今、とてもげっそりしていた。

 その目に光は無く、食欲も湧かないのかその頬も少し痩けてしまっている。

 彼がそんな有様になってしまった理由は今から二日前、魔王専用の浴室で起きたあの一件。

 

 ここまで色々頑張ってきた。最初は遠かった距離をどうにかして詰めてきた。

 その結果ようやく念願だった最大の目標、あの魔人を抱く一歩手前まで来た。

 そのゴールテープを切る直前、訳も分からず落とし穴に落ちてしまったかのような、そんな失意を引きずっている為。

 

 

 

「お゛~~~~」

「うわっ、ランス……なんか顔色が酷いわよ?」

 

 時刻は昼。声を掛けたのは昼食がランスと一緒になったかなみ。

 その男のまるで艶のない土気色となった表情に、彼女もびっくりして声を掛ける。

 

「どうしたの? 何か悪いものでも食べたの?」

「……分からん」

「分からん? ……って、何が?」

「……全てがだ。もう俺様には何も分からん、何もかもがサッパリ分からん……」

 

 力なくテーブルに突っ伏したランスは、分からん分からんと繰り返し呟き続ける。

 それ程までに何が分からないのかと言えば、それは勿論あの魔人の事。もはやランスにとって因縁の相手とも言えるホーネットの事。

 

 魔王城に戻ってきたあの日、あの浴室でホーネットとなんだかとっても良い感じになった。

 これはもうこのままセックス出来るのでは? とそんな期待をしてしまうのも仕方無いくらいに、彼女の心が傾いている気配が伝わってきていた。

 

 それにもかかわらず突如として一転、とても明確な拒絶の言葉が突き付けられた。

 どれ程食い下がってもその答えは変わらず、挙句にはあれほど従順であった魔王の命令に逆らってまでも、セックスは出来ないと宣言する始末で。

 

「……でも違う、違うのだ。……あいつは、あいつは……」

 

 その突然なお断り宣言、急に駄目だと言い出した理由もランスにはさっぱりなのだが、それ以上になによりも不可解な事。

 それは彼女の言葉とは裏腹なあの反応。ホーネットは絶対に自分の事を拒んでいない、その事が触れた肌から確かに伝わってきた事。

 

 実はあの日の翌日、つまり昨日、ランスは再度ホーネットとの混浴に挑戦した。

 魔王の命令に逆らった以上、この先は混浴の件も断られるかとも思ったが、彼女には特にそんな様子は無く、いつも通り二人は一緒に浴室に入った。

 

 そして再度確信に至ったのだが、やはり彼女に自分の事を嫌っているような気配は一切無い。

 それどころかより近づけたようにも思える。それが証拠にいつものようにその背中を洗っていた時、いつものノリでその胸に手を回した所、いつもとは違い見事おっぱいを味わう事に成功した。

 その手はすぐに除けられてしまったものの、少し警戒心が薄くなったような気がする。と言うよりも何やら全体的に様子が変で、言ってしまうと少し挙動不審のように見えた。

 

「……あいつの事はもうなんかよく分からんが、しかしこれだけは言える。ぜーったいに俺様とのセックスを拒んではいないはずなのだ。なのに……あぁ、分からん……」

 

 ランスはぶつぶつと独り言のように呟き、そしてその身体を起こす事も出来ないまま、苦悩するようにぐしゃぐしゃと髪を掻き乱す。

 

 間違いなく自分との性交を覚悟し、そして受け入れているはずのホーネットが、ああまでして頑なに駄目だと拒む理由とは何なのか。

 そもそも他人の気持ちを推し量るのが得意でない彼にとって、その事はどれだけ悩んでも一向に理解出来ず、そんな悩みに頭を使い続けた結果、ランスは今くったりしてしまっていた。

 

 

 

 時刻は昼過ぎ。いつもより少なめの昼食を終えた後も、ランスは特に何をする訳でも無く。

 

 これ以上自分が何をすれば良いのか。どうやったらホーネットとセックス出来るのか。

 自分の頭ではどうやっても見つからない答え、それを探し求めるかのように、その後しばらく魔王城内を幽鬼のような足取りで、あっちこっちへふらふら徘徊していると。

 

 

「……っ」

 

 ハッと息を飲み込むような、そんな声が近くから聞こえて。

 

「う゛~~~~……う?」

 

 廊下の奥の方に立ち尽くす姿、顔を上げたランスの目に映ったのは、

 

「……ほ、ホーネット……」

 

 それはまさしく渦中の相手、魔人ホーネット。

 

「………………」

 

 唐突な遭遇、その姿を前に言葉が出ないのか。

 口を真一文字に引き結んだ、固い表情のまま沈黙する魔人筆頭の一方で、

 

「ぬ、ぬぅ……」

 

 こちらも咄嗟に口に出す言葉が出ないのか、ランスも難しい表情のまま口籠る。

 彼我の距離はおよそ7~8メートル。何とも微妙な距離を挟んで、どこか気まずい雰囲気のまま互いに沈黙し合っていると。

 

「………………」

 

 突然ホーネットはくるっと反転してみせる。

 

「おい、何故逃げる」

 

 そのあからさま過ぎる態度に、ランスは思わず待ったを掛けた。

 

「………………」

「ホーネット、聞いとんのかい」

「……別に、逃げようとした訳ではありません。その、用事を思い出したので、部屋に戻ろうとしただけです」

「なら尚更、お前が進むのはこっちじゃねーか」

 

 取って付けたようにしか聞こえない言い訳に反論して、ランスは自分の背後を親指で指差す。

 その方向には階段がある為、彼女が自分の部屋へ戻るなら進むべきは確かにそちらとなる。

 

「……そうですね」

 

 その指摘にはさすがに返す言葉が無かったのか、ホーネットは観念した様子で近づいてくる。

 

「………………」

 

 そしてそのまま特に口を開く事も無く、至って自然にその横を通り過ぎようとしたのだが、

 

「……あ」

 

 手が届く位の至近距離まで近づいた途端、なにかに気が付いてその足を止めた。

 

「どした?」

「……その顔、体調が優れないのですか?」

「ん? あー、誰かさんのお陰でな」

「………………」

 

 彼女の目を引いたのはランスの酷い顔色、窪んだ目付きにげっそりとした頬。

 見るからに不健康そうなその顔を、何か言いたそうな複雑な表情で見つめていたホーネットは、

 

「お、おい、何だよ」

 

 何も言わずにランスの背後に回ると、その背中の中心辺りに右手をそっと当てる。

 そして囁くような、本当に小さな声で「……ヒーリング」と呟いた。

 

「お?」

 

 神魔法LV2。その高い才能によって行使された回復魔法により、ランスの胸の内に温かいような感覚が灯り、その身体に少し活力が戻る。

 

「……養生してください」

「お、おぉ、こりゃご丁寧にどうも」

 

 予想だにしていなかったヒーリングに、少し面食らいながらもランスは背後を振り返る。

 

「っ、」

「あん?」

 

 すると彼女は大きく目を見開き、反射的に上半身ごと後ろに仰け反って距離を取る。

 妙にオーバーなアクションで、常に冷静沈着な魔人筆頭には似合わない仕草であった。

 

「何だ?」

「……いえ。それでは、私はこれで」

 

 そう言ってホーネットはくるりと背を向ける。

 そしてその姿はどんどん遠ざかっていき、やがて近くにあった階段を下りていった。

 

「……うーむ」

 

 廊下の先、見えなくなったその姿を眺めながら、ランスは納得いかない様子で腕を組む。

 急に逃げ出そうとしたり、妙に親切であったり、反応が大げさであったりと、やはりどうにも様子がおかしく、挙動不審と言わざるを得ない。

 あいつの考える事は本当によく分からんなと、そんな事を考えていると。

 

「……おや?」

 

 つい先程階段を下っていったはずのホーネットが、何故かすたすたと戻ってきた。

 そして、そのまま上の階へと消えていった。

 

「……もしかしてあいつ、自分の部屋がある場所を間違えたのか?」

 

 彼女の部屋は最上階にあるというのに、一体どうやったら階段の上下を間違えられるのか。

 その点がランスにはよく分からないのだが、今の謎の行動に説明が付くとしたらそれしか無い。

 

「……駄目だ、やっぱり分からん。ホーネットの事はマジで分からん」

 

 もしや急激にドジになったのかと、ランスの頭ではそんな事くらいしか思い付かない。

 そんな男に彼女の気持ち、その心境の繊細な変化、そして自分との性交を拒む理由を理解するのはとても難易度が高い事であった。

 

 

 

 

 

 そんな魔人筆頭との遭遇の一幕を挟んで。 

 その後ランスは先程と同じように魔王城徘徊を再開して、それから十分程が経過した後の事。

 

 

「あ、ここに居ましたか」

「……お~、ウルザちゃん」

 

 背後から声を掛けられて振り向くと、そこにはウルザが立っていた。

 

「……ランスさん、何だか表情が冴えないですね。目の下に隈ができていますよ?」

「……まぁな。それより、俺様に何か用か?」

「はい。実は先程香姫様から、ランスさん宛にと届け物を受け取りまして」

「……んあ、香ちゃんから?」

 

 魔王城から遠く離れた地、JAPAN。その地を治める国主である織田家の姫、香。

 香には以前特製のお団子をこの魔王城まで輸送してもらった。それは魔人ガルティアの大好物で、ガルティアに言う事を聞かせて都合良く利用する為、その後も定期的に届けて貰っている。

 

 聞けば先程その荷を積んだうし車が城に到着したらしく、ウルザがその荷物を受け取った。

 するとその中にお団子とは別の品物、香姫からの差し入れがあったとの事である。

 

「ふむふむ……。んで、香ちゃんからは何が送られてきたのだ?」

「お酒です」

「酒?」

「えぇ、いわゆるJAPAN酒ですね」

 

 独特の文化を持つJAPAN。その地で作られるお酒は大陸産のビールや果実酒とは異なる風味を持ち、JAPANの他では見られない特産品。

 ランスが以前JAPANで天下統一に明け暮れていた頃、好んで何度も口にした嗜好品である。

 

「どうやら尾張で造られた出来たての新酒のようで、ランスさん好みの味に仕上がっているので良かったらどうぞ、とのお手紙が添えられていました」

「ほー、JAPAN酒ねぇ。……そういやぁ、こっちに来てからはあんまし酒飲んでなかったなぁ」

「ランスさん、こっちのお酒は口に合わないって言っていましたね」

 

 ランスは一般的な大人として、当然ながらお酒を飲める。ただそこまで酒に強い訳では無く、その点に関しては一般人と然程変わりが無い。

 だからか酒との付き合いはそこそこであり、それこそ浴びる程に飲む事もあるが、だからといって酒が無いと生きていけないなどと言う事は無い。ランスにとって、人生の妙薬となるのは酒では無く女性とのセックスなのである。

 

 そしてここは魔王城。城内にあるのは魔物界での一般的なお酒であり、人間のランスにはあまり馴染みの無い代物。それを一度飲んでみた所、どうやら好みの味では無かったらしい。

 そんな事もあってかここ最近のランスはお酒を飲んでおらず、意図せずして酒断ちをしているような状況にあったのだが。

 

「……けどそうだな、久々にぐでんぐでんになるまで飲むってのもアリか。せっかく香ちゃんから貰った事だし、特にする事もねーし」

 

 どれだけ悩んでもホーネットとセックスする方法は分からず、今は何をする気分にもならない。

 がっかりとイライラがごちゃ混ぜになったどんよりとした気分、こんな時はひたすらお酒を飲んで、アルコールの海に溺れるのも一興である。

 

「よし決めた。ウルザちゃん、香ちゃんから届いた酒を全部くれ。俺様が全部飲む」

「ランスさん宛に届いたものですから、全てランスさんがお飲みになられても勿論構いませんが……けれど今は控えておいた方が宜しいのでは? 見た所とても体調が良さそうには……」

「いーや。むしろ今だからこそってなもんだ」

 

 胸のもやもやをパーッと吹き飛ばす為、久々にお酒の力に頼ろうではないか。

 そのように決めたすぐ直後、

 

「……いや待てよ。考えてみりゃ俺様一人で飲んでもしょうがねーな」

 

 元々ランスには一人酒を楽しむ趣味など無い。

 ほんの数秒で考えを切り替えた彼の頭の中には、馴染みとなったあの三人の姿が浮かんだ。

 

「……そうだな。どーせならあいつらと一緒に飲むか。……と言うよりもいっその事……」

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

「……ところで、これから何をするの? 私、何も聞いていなくて……」

「サテラも聞いてない。シルキィは?」

「ううん、私も特には……。二人の事を集めておけって言われただけで……」

 

 ハウゼルの疑問にサテラが知らぬと首を振り、そしてシルキィも小首を傾げる。

 

 時刻はそろそろ夕方。場所はシルキィの部屋。

 部屋の中央に置かれた座卓を囲んでいるのは、三名のホーネット派魔人達。

 理由も聞かされずに集められた彼女達の表情には、一様に疑問符が浮かんでいた。

 

「……というか、ランスはどうしたんだ?」

「さぁ……?」

 

 彼女達に集まるよう指示した張本人の名を口にしたその時、部屋のドアが廊下側から蹴飛ばされ、ばたんと乱暴に開かれる。

 

「おーおー、ちゃんと揃っているな、よしよし」

「あ、来た来た。ねぇランスさん、今日は一体何の用事なの?」

「おう、その前にちょっとテーブル開けろ……よっこいせっと」

 

 ランスはのっしのっしと近づいてくると、その両手で抱えていた荷物、十本近くの酒瓶をどしんとテーブルに下ろした。

 

「ふぅ、ちかれた」

「ランスさん、それ……お酒ですか?」

「そ、酒だ。君達を集めたのは他でもない、今日は少しばかし酒宴を開こうと思ってな」

 

 本日の目的は酒宴。お酒を飲んで楽しむ事。

 それに加えてもう一つ、ちょっとしたイイ事を思い付いたランスの気分は先程より回復しており、その表情にはいつもの笑みが浮かんでいた。

 

「俺様思ったのだがな、この魔王城に来てから宴会をした覚えが無いのだ」

「宴会か……確かにそういうのはしないかもな」

「だろう? けどそれではイカンぞサテラよ。いくら戦争中とはいえ、いやむしろ戦争中だからこそ、勝った時などにはパーッとどんちゃん騒ぎをするもんだろう」

「……まぁ、それはそうかもね。けどほら、ホーネット様がああいう性格だからね……」

 

 ホーネット派の主はとても厳格な魔人、戦いに勝利した時などもすぐに兜の緒を締め直してしまうような性格である為、基本的にホーネット派内では勝利の宴のようなものが開かれる事は無い。

 しかしそれではストレスも溜まるというもの。シルキィはたまに野球大会を開く事でそれを発散しており、ランスの言いたい事も多少は理解出来たのか、少し気まずそうな表情で頬を掻く。

 

「それでも一応、魔物兵達にはお酒を許す時もあるんだけどね」

「まぁ魔物共と酒を飲みたいとは思わんからそれはどうでもいい。とにかくそんな訳で、今日は好きなだけお酒を飲んでパーッといこうではないか」

 

(……そんでもって、酔い潰れたこいつらと4Pを楽しむ訳だ、ぐふぐふぐふふ……!)

 

 本日の真の目的、4P。

 酒宴の裏に隠されているその企みに、ランスは脳内で厭らしく笑う。

 

 サテラ、ハウゼル、シルキィ。この三人はすでにランスにとって自分の女であり、もはやセックスのお誘いを断られる事は無い。

 しかし複数人でとなると事情は異なる。以前に一度サテラとシルキィ、そしてこの前ハウゼルとサイゼルとの姉妹丼は楽しんだものの、複数人での体験と言えばその程度。

 一対一ならばともかく、他の者が入り混じっての性交にはやはり抵抗感や気恥ずかしさがあるらしく、三人共中々誘いに乗ってくれない。

 

 そこで今回酒宴という目的でしこたまお酒を飲ませ、酔わせてその頭をくらくらにする。

 そして彼女達の判断能力を低下させて、なし崩し的に4Pに持ち込んでしまおう。

 そんなイイ事を思い付いたランスは途端にテンションが回復し、いつも通りの様子となってこの部屋に乗り込んできたのだった。 

 

「ところで君達お酒はどうなのだ? 先に言っとくけど酔うのはOKだが吐くのは禁止だからな」

「お酒、は……その……」

「む、どうしたハウゼルちゃん、酒はダメか?」

 

 ランスのその問いに、ハウゼルは少し困ったように眉根を寄せる。

 

「……いえ。駄目というよりも私、実は一度もお酒を飲んだ事が無くて……」

「えっ、そうなのか?」

 

 けど魔人って何百年も生きているんじゃないの? それで今まで一度も酒飲んだ事無いの?

 とそんな感じで、彼女の言葉にランスが内心びっくりしたのもつかの間。

 

「ランス、サテラも飲んだ事無いぞ」

「なんと!? シルキィちゃん、君はどうだ」

「私は大昔に何度か……けどそれ以来は飲んでないかな。あんまり美味しいと思えなくて……」

「……マジか。魔人って意外と酒飲まねぇのか?」

 

 どうやらこの三名の魔人は皆お酒を嗜む習慣が無いらしく、内一名はおよそ数百年振り、他二名に至っては初めての事になるらしい。

 酒には判断力が低下する以外にも色々な影響がある為、あまり慣れていない相手にお酒を飲ませすぎるというのは、宜しくない結果にも繋がりかねない危険な事ではあるのだが。

 

(……けど問題ねーっちゃ問題ねーか。むしろ酒に慣れてない方が好都合かもしれんな、うむ)

 

 真の目的である4Pの事を考えれば酒に弱い方が手っ取り早いし、なにより相手は魔人。

 飲み過ぎでぶっ倒れたとしても死ぬ事は無いはずなので、そこら辺は気にしない事にした。

 

「それなら尚更だ、何事にも慣れておいた方が良いぞ君達。特に今日の酒はJAPANから直送の超高級品でな、滅多に飲めるもんじゃないぞ」

「へぇ、JAPANのお酒なんだ。確かJAPANのお酒って有名なのよね?」

「その通り。どうだシルキィちゃん、飲みたくなってきただろう?」

「……そうね。せっかく用意してくれた事だし、別に飲むのは構わないんだけど……」

 

 シルキィには気掛かりな事があるのか、その視線をすぐ隣、真っ赤なポニーテールが似合う魔人の方へと向ける。

 

「……その、サテラは止めておいたら?」

「む、どうしてだシルキィ。皆が飲むのならサテラだって飲んでみたいぞ」

「けどハウゼルはともかく、貴女はお酒を飲んじゃ駄目な年齢じゃないの?」

 

 お酒を飲むのは大人になってから。真面目なシルキィはそういうルールは守りたいらしい。

 しかしそのように言われたサテラも頷きはせず、むっとした様子で言い返した。

 

「あのなシルキィ、サテラはもう100年以上生きてるんだぞ。駄目な年齢な訳が無いだろう」

「そりゃあ魔人になってからはそうでしょうけど、貴女の元の年齢は確か……」

「べ、別に元は関係ないだろう、元は」

「けど……」

 

 シルキィが気にしていたのは元の年齢、つまり魔人になる前の生物として生きていた年齢。

 魔人とは不老の存在。故に生物が魔人化するとその時点で体の成長などが止まるケースが多い。勿論例外となる魔人もいるのだが、サテラはその一般的な例に該当している。

 すると肉体的には魔人化した時点での年齢であり続ける事になるので、そういった意味ではシルキィの主張も正しいように思える。 

 

 ただそうは言ってもサテラは魔人として、もう既に100年以上もの時を生きている。

 だから問題無いのと主張にも一理はあり、どちらの言い分がより筋が通っているかはとても微妙な所にあった。

 

「それにだな。そもそも元の年齢の事を言うなら、シルキィだって駄目じゃないか」

「え、いや、私は別に……」

「え?」

 

 その「え?」と言う声はサテラ一人のものだけでは無くて。

 ランスやハウゼルの声も重なり、一同の視線がこの中で一番ちっこいその魔人に刺さっていた。

 

「ちょ、ちょっとなんなの、みんなして……」

「……え、シルキィちゃん、君が魔人になる前って……そ、そうなの?」

 

 ──その外見で? 

 とそんな失礼な台詞を言わんばかりに、ランスの目は見るからに疑惑の視線。

 だがそれも仕方無いと言える程に、その魔人はとても小柄であった。

 

「……いや、あのね、私はこれでも元々……」

「………………」

「……え、ていうかちょっと待って。ランスさんはまだいいとして、サテラとハウゼルは今まで私の事をどういう目で見ていたの? まさか……」

「……えっと」

「……その」

 

 見かけ上は少女のようにしか見えない魔人の問いに、サテラとハウゼルは思わず口籠る。

 

「………………」

 

 誰も彼もが口を開けず、その場は沈黙に沈黙が重なる何とも微妙な雰囲気に。

 そして結局質問者の方が折れた、というか融通を利かせる一面を見せた。

 

「……けれどまぁ、でもそうね! 元とか年齢とか、そういう事はあんまり気にしない方がいいのかもね、うんっ!」

「……そ、そうだな! その通りだシルキィ!」

「え、えぇ、せっかくの機会ですしね」

「よ、よっしゃ! じゃ早速始めるか!」

 

 疑惑は疑惑のままにした方が良い事もある。その事を悟ったシルキィは、年齢問題とか自分がどう見られているとかには目を瞑る事にしたらしい。 

 他の三人もしっかり空気を読んだのか、シルキィの言葉に頷きテキパキと動き始める。

 

 そしてすぐに酒宴の準備が完了。4人分のグラスにはたっぷりとJAPAN酒が注がれて、テーブルの上にはメイドさんに作ってもらったおつまみを乗せた皿が並んだ。

 

 

「そいじゃまぁ、諸君等の日々の頑張りと今後の活躍を祝ってぇ、かんぱーいっ!」

 

 ランスの乾杯の挨拶を受けて、三人の魔人もそれぞれ「かんぱーい!」と声を揃える。

 それぞれが手に持つグラスの縁が当たり、カチャンと小気味良い音を鳴らす。

 

「では早速っと……ほう、確かに美味い酒だな」

 

 ランスはくいっと一口、この城に来てからは味わう機会の無かったJAPAN酒を味わう。

 先程ウルザが言っていた通り、それはランス好みの甘口のお酒。彼のお眼鏡に十分敵う美酒であったが、しかし今日の目的は自分が酔う事では無く、この3人を酔わせる事にある。

 その為ランスはその一口だけで飲むのを止め、すぐにグラスをテーブルに置く。

 

 

「……ん、なんだかお酒って、意外と飲みやすいものなのですね。もっときつい味がするのかと思っていました」

 

 ハウゼルは恐る恐る一口味わい、初めて味わったお酒の口触りの良さに驚く。

 上質なJAPAN酒は水みたいな味がする。そんな何処かの売り文句そのままに、初体験となったハウゼルにもなんら抵抗無く、そのまますっとその喉を抜けていく。

 

 

「……あ、これ美味しい。昔に飲んだ時のものよりも全然美味しいかも」

 

 シルキィはそっと一口味わい、その味に満足したのか更にグラスを傾ける。

 大昔に飲んだ酒よりも上等な代物で、上品な甘みが口一杯に広がる。これは人類の研鑽の成果、お酒一つとっても人間の積み重ねというものは凄いなぁと、人間大好きな彼女らしい思いを抱く。

 

 

「……む。これ、美味いか? ……まぁでも美味いと言えば、美味いのかもな……うん」

 

 サテラは舐めるように一口味わい、そして何やら難しそうにその首を傾げる。

 彼女の舌では甘みよりも独特なアルコールの苦味しか感じず、正直美味しいとは思えなかった。

 だが他の面々が美味しそうに飲んでいるのを見て、ここでこの酒を不味いと言うのは自分が子供っぽいと認めるようで癪だったのか、その後もコクコクと飲み続ける。

 

 ランスが用意したJAPAN酒を飲み、三人の魔人はそれぞれ三者三様の感想を口にする。

 そして、その酔い方もまたそれぞれであった。

 

 

 

 

 

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