ランス(9.5 IF)   作:ぐろり

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酒に酔う 酒豪魔人の場合

 

 

 

 

 酒宴が開かれてから一時間程が経過した頃。

 

 最初に撃沈したのは魔人ハウゼル。

 彼女はお酒に対して弱すぎた。飲み会開始から数十秒、一口飲んだだけで倒れてしまった。

 

 次に轟沈したのは魔人サテラ。

 彼女はお酒に対して普通だった。ただ酒を飲むのが初めてだったのが災いしたのか。

 自身の適量を知らなかった彼女は勢い余って飲みすぎてしまい、その結果酔っ払い魔人となって暴れ、あえなくランスに討伐された。

 

 そうして生き残ったのは魔人シルキィ。

 彼女はお酒に対して強かった。少なくとも前の二名よりは強かった。

 ただ彼女は初めて飲んだ美酒の味をいたく気に入ってしまい、ぐびぐびと飲んではランスにおかわりを頼み、またぐびぐびとグラスを傾けて。

 

 そして。

 

 

 

「……ぷはーっ!」

 

 快活な声と共に、その魔人は空になったグラスをテーブルにごとんと落とす。

 その顔色は赤く、その表情からは常の真面目さなどは見事に吹き飛んでいる。

 魔人シルキィはもうすでに、何処からどう見ても完全なる酔っ払い魔人と化していた。

 

「……らんすさんっ!」

 

 シルキィはその名を呼んでにっこりと、それはもう満開の笑顔を咲かせる。

 

「……なに?」

 

 その表情はとても可愛らしかったのだが、何故かランスにはあまり良いものには思えなかった。

 

「らんすさん、らんすさんっ!!」

「お、おう、なんだなんだ」

「へへーっ、呼んでみただけー」

「………………」

 

 シルキィはきゃっきゃと笑い、伸ばしていた両足をぱたぱたと上下に動かす。

 ランスの沈黙などはどこ吹く風、なにやらとても楽しそうである。

 

「……呼んでみただけって……シルキィちゃん、完璧に酔っ払ったな」

「酔ってませーん」

「いや酔ってるって、もう声が酔ってる。君そんな間延びした喋り方せんだろうに」

「酔ってませーん、酔ってないもーん」

 

 何故酔っ払いは自らが酔っている事を認めたがらないのか。その理由は不明だが、この酔っ払い魔人が酔っている事は疑いようが無い事実。

 その表情といいその口調といい、今のシルキィはまるで外見相応の少女そのもの。どうも精神年齢が退行してしまったのか、1000年以上の時を生きている存在にはとても見えなかった。

 

「……んー。なんかぽかぽかするね」

「だからそれは酔ってるからだっつの」

「違うんだってばー。……でも、こーなるとなんていうか……うーん」

 

 彼女にとっては初めて味わうお酒の酩酊感。頭の中がふわふわするような感覚が気になるのか、シルキィはくすぐったそうに身体を揺すったり、難しそうに首を傾げたりしていたのだが。

 

「あそーだ。ねぇらんすさん、らんすさん」

 

 やがて何かを思い付き、相変わらず楽しそうな表情でランスに声を掛けた。

 

「どした?」

「らんすさんってさー、わんわんとにゃんにゃん、どっちが好きなの?」

「……あん? なんじゃその質問は」

 

 何も脈絡も無い、そしてあまりにもどうでもいい質問にランスは面食らう。

 彼は小動物というものには興味が湧かない。故にわんわんだろうがにゃんにゃんだろうが、どちらも別段好きという訳では無い。だが、

 

「いーから答えて。ほら、ほら。わんわんが好きなの? それともにゃんにゃんなの??」

 

 そのように急かしてくるシルキィ、もとい酔っ払い魔人を前にしては、どちらか選ばないと話が進まないような気がしたので。

 

「んじゃあ……にゃんにゃんかなぁ」

「にゃんにゃん? にゃんにゃんなの?」

「うむ、まぁ」

「へー、そーなんだー、いがーい」

 

 一体何がそんなにも気になるのか、シルキィはふーん、なるほどねー、と何度も頷いている。

 

「別に以外も何も無いだろうに……」

 

 酔っ払いの考える事はよく分からんなと、ランスはそんな事を思いながら、テーブルの上にあるつまみの皿に手を伸ばそうとした。

 

 とその時。

 

 

「にゃあー」

「は?」

 

 突如聞こえたにゃんにゃんの鳴き声に、ランスはぽかんと口を開く。

 

「うにゃーお」

「シルキィちゃん?」

「ふにゃーお、ふにゃーん」

 

 シルキィはまるでにゃんにゃんのように鳴きながら、にゃんにゃんのように四つん這いになって、ランスの方によちよちと近づいてくる。

 

「ふーにゃ、ふーにゃ」

 

 そしてにゃんにゃんが戯れ付くように、ランスの胸元にすりすりとその頭を寄せる。

 その姿はまさににゃんにゃんそのもの。今ここに居る彼女は魔人四天王などでは無く、ちょっと身体が大きめな一匹のにゃんにゃんであった。

 

「にゃー、ごろごろ」

「……マジか。シルキィちゃん、酔っ払うとこんな事になっちまうのか」

 

 ランスは呆然とした様子で呟き、飲みの席に突如現れたにゃんにゃんの顎の下を撫でてみる。

 

「ふにゃー♪」

 

 するとそのにゃんにゃんは心地よさそうに頬を緩ませ、にゃーにゃーと甘えた鳴き声をあげる。

 

「……マジかー」

 

 とても可愛らしい、しかしある種の狂気の沙汰とも言えるその姿。

 これ以上見ていられなくなったのか、ランスはとても辛そうに自分の目元をその手で覆う。

 

 魔人シルキィは泥酔した挙げ句に、何とにゃんにゃんになってしまった。

 先程のサテラのように絡まれるのも面倒くさいが、これはこれで相手にするのが憚られる、出来れば目を逸していたい姿である。

 普段はあんなに真面目な彼女がこんな事になってしまうとは、お酒というのは本当に恐ろしいものだなぁと、ランスがしみじみ実感していると。

 

「って、そんな訳無いでしょ!」

「うおっ」

 

 突然シルキィはその顔をバッと上げて叫ぶ。

 先程までにゃんにゃんを完璧にトレースしていたその酔っ払いは、いつのまにか元の様子へと戻っていた。

 

「……君、なんか忙しないな。さすがの俺様もついていけんのだが」

「らんすさん。いまあなた、わたしがなんか変な事してるなって思ったでしょ。でも違うから」

「いや違くないだろ、ばっちり変な事していたぞ」

 

 今のが変な事では無くて、一体何が変な事だと言うのか。

 ランスは至極真面目にそう伝えるものの、彼女はんーん、と首を横に振る。

 

「そーじゃないの。理由があるの」

「理由だ?」

「そーなの。さっき、わたしがにゃんにゃんになった理由ね、ちゃんとあるの」

「……あ、そうなの?」

 

 今しがたのシルキィの奇怪な行動。

 あれは決してとち狂った訳では無く、一応本人なりに何かしらの理由あっての事らしい。

 

「じゃあらんすさん、当ててみて」

「は?」

「クイズよクイズ。わたしがにゃんにゃんになってみた理由、当ててみて」

「………………」

 

 魔人四天王シルキィ・リトルレーズン。

 常日頃からとても真面目な彼女が、いきなりにゃんにゃんの真似をし始めた理由と言えば。

 

「……そりゃあ、酔っぱらったからだろ?」

「ぶー。違いまーす」

「いや、正解だろこれ」

 

 シルキィは両手で大きなバツマークを作るが、しかしランスにはその答えしか思い付かない。

 もし今の彼女が酔っておらず、完全なる素面であんな事をしたのなら、少し付き合い方を考えなければならないとまで思えてくる。

 

「わたしは酔ってないし、それにそういう事じゃないの。もっとね、ちゃんとした理由があるの」

「ちゃんとした理由って言われてもなぁ。にゃんにゃんの事が好きだからとか?」

「ぶぶー。違いまーす」

 

 再度、酔っ払い魔人は両手で大きなバツマークを作る。

 

「なら……本当は魔人じゃなくて、にゃんにゃんになりたかったとか」

「ぶぶぶー、違いまーす」

「んじゃあ~~……あーもう、やめだやめ! 分かるかそんなもん!!」

 

 酔っ払いの奇行の理由など分かる訳が無い、考えた所で時間の無駄になるだけにしか思えない。

 ランスはクイズに答えるのを止め、そのまま背後にごろんと倒れ込む。どうやらシルキィに付き合うようにお酒を飲んだ結果、彼の方にも酔いが回ってきているようだ。

 

「は~……どいつもこいつも酔わせるとロクな事にならん。酔わせて4P作戦は失敗だなこりゃ」

 

 数秒で倒れてしまったハウゼルはまだ良い。抱くのにはなんら問題無いからだ。

 けれど悪酔いして普段より乱暴になったサテラを抱くのは危険だし、にゃんにゃんになったりクイズを出してきたりするシルキィに至ってはもうよく分からない。これとセックスしたらどうなるのか、ランスには全く想像が付かない。

 

 酒に酔わせて女を抱くというのは古典的な手であるが、ちゃんと相手を選ぶ必要がある。

 そんな事を教訓に得て、ランスはよっこいせとその身体を起こす。どうせ4Pは無理そうだしなと、再びお酒を飲もうとしたのだが。

 

 

「ぎょ!?」

 

 と突然叫びを上げ、ランスはその目に見たものが信じられずに驚きを露わにする。

 彼の目に映る相手、酒に酔った魔人四天王が何をしていたかと思えば。

 

「……ぅ、……ふぇ……く」

 

 なんとシルキィは泣いていた。 

 か細い声ですすり泣き、その瞳からぽたぽたと透明な水滴を零していた。

 

「……っく、……ぐす、ぅ……」

「……え、あ、し、シルキィちゃん。君、何で泣いてんの?」

 

 まさかこの魔人が泣くとは露程も思わず、ランスは狼狽を隠せない。

 

「……うっ、ひっく……」

 

 すると嗚咽を漏らしていたシルキィは、震える声で「……だって」と呟き、

 

「……らんすさん。わたしの考えたクイズ、全然真面目に答えてくれない……」

「そんな理由で泣くの!?」

 

 あまりにもちっぽけ過ぎる理由に、ランスはほんの数秒前にその涙を見た以上の衝撃を受ける。

 お酒の影響で涙腺まで緩くなってしまったのか、とそんな事を思ったのもつかの間、泣いていたシルキィは目元を拭い、ふるふると首を横に振る。

 

「……違うの」

「違う?」

「……そうじゃないの。そうじゃなくて、らんすさん、わたしに全然興味無いんだもん……」

「……え?」

「わたしの事なんてどうでもいいんだなって、何とも思ってないんだって、それが凄く伝わってきて、なんか悲しくなっちゃって……」

 

 その上擦った涙声はとても切実で、聞く者の胸を打つような悲哀に満ちていた。

 どうやらあのクイズをすぐに投げ出したランスのそっけない対応、その冷たさが、アルコールによって脆くなった彼女の心にグサリと刺さり、それで泣き出してしまったようだ。

 

「……う、い、いやシルキィちゃん、別に興味無いなんてそんな、そんな事は無いぞ。うむ」

「……ほんと?」

 

 涙に濡れたその紅い瞳が、ランスの事をじっと見つめる。

 

「おう、ホントホント」

「ほんとに? わたしに興味あるの?」

「あるある。たっぷりあるとも」

「じゃ、クイズに答えてくれるよね?」

「………………」

 

 何故シルキィはにゃんにゃんになったのか。

 結局そのクイズから逃れる事は出来ないのか、ランスは嫌そうに表情を歪めて、

 

「…………ヒントくれ」

「ヒントかぁ~、そうだなぁ~……」

 

 するとシルキィは難しい顔でうーんと唸る。

 先程まで泣いていたのは誰だったのか、その目元はきれいさっぱり乾いていた。

 

「別に特別な理由じゃないの。人がにゃんにゃんになりたい時は誰でもそんな感じっていうかね?」

「つってもな、俺様にゃんにゃんになりたい時などこれまでの人生で一度も無いのだが」

「なら~……さっきみたいにこう、誰かにすりすり~とかしたくなる時ってあるでしょ? それはどういう時かな?」

「だからそれも無いっつーの。……あ~」

 

 人がにゃんにゃんになりたい時、誰かにすりすりしたくなる時。

 ランスはそのヒントを元に十秒程考えて、

 

「……あれか? 甘えたくなったって事か?」

「そうっ! せ~かーい!! ぱちぱちー!!」

 

 出題者のシルキィはにっこり満点の笑顔、正解者のランスに祝福の拍手を送る。

 どうやら彼女は酔っ払った結果、無性に誰かに甘えたい気分になったらしい。

 それでランスが好きだと言うにゃんにゃんの真似をして、甘えてみたというのが真相のようだ。

 

「なんだ、甘えたかったのか。ならにゃんにゃんの真似などせずにそう言えばいいものを」

「甘えたかったっていうか~、らんすさんとこうして話すのも久しぶりだしさ~」

 

 シルキィはその口元を尖らせて、少し照れた様子でそっぽを向く。

 

「要はあれだろ? 君もさっきのサテラと一緒で、俺様に会えなくて寂しかったって事だろ?」

「寂しかったっていうか~。ちょっとこう、くっ付きたいなって気分になったっていうか~?」

「わあったわあった、みなまで言うなって」

 

 にゃんにゃんの真似はどうかと思うが、女性にくっ付きたいと言われて悪い気はしないのか。 

 ランスは「全くモテる男はツラいぜ」と自慢げに呟き、そしてくいっと一口グラスを呷る。

 

「しっかしあれだなぁ。結局のところ、シルキィちゃんもこの俺様にメロメロって訳だ」

「む。そーいう事じゃないわ。別に好きだから甘えたいってわけじゃないの」

「あんだとぉ?」

 

 にゃんにゃんの真似をしてまで甘えてきたり、構ってくれないと泣き出してしまったり。

 今の一連の流れを踏まえて、自分に惚れていないというのは無理がある。そう思うランスはシルキィの事をじっと睨むが、睨まれたシルキィはぷいっとその顔を背けてしまう。

 

「だってらんすさん、エッチなんだもん。わたし、エッチな人は好きじゃないの」

「何を言うか。大体シルキィちゃん、君の相手なんぞこの俺様ぐらいにしか務まらんぞ。なんせ君ってばものスゴいエッチだし」

「わたしはエッチじゃありませんー。言いがかりは止めてくださいー」

「言いがかりちゃうわ。つーか酔っててもそれは認めないのか、筋金入りだなホントに」

「違いますー、でたらめですー」

 

 それは決して真実などでは無い。その件に関しては何処までも争う所存である。

 あたかもそう宣言するかのように、その魔人は赤ら顔をつーんと背けていたのだが、やがて、

 

「……ていうかね」

 

 横目でランスの顔をちらりと伺いながら、ぽつりと呟いた。

 

「……別にエッチなのは構わないのよ、うん。けどもね、いろんな人に手を出すのは駄目だわ。そーゆー不誠実な人の事は好きにはなれません」

「あー。そういやシルキィちゃんはそういうタイプだっけか」

 

 もうすっかり自分の女、セックスに誘っても断られる事が無いのでランスは忘れていたのだが、元々彼女は貞操観念がとてもしっかりしている魔人。

 男と女は互いに愛し合う相手だけを愛するべき。その価値観を持ち続けるシルキィにとって、美女とあれば手を出しまくるランスの事はNG、好きになる対象には思えないらしい。

 

「しかしシルキィちゃん、不誠実ってのは違うぞ。俺様は女性に対してとても誠実だろうに」

「不誠実ですー。好きでもない女の子に、ただエッチな事がしたいからって……」

「そこだ、そこが違う。俺様は確かに沢山の女の子に手を出すがな、それは全員の事が好きだから手を出しているのだ。……えーと、あれだ、何だっけ、あの~……そう、カレーうどん」

「……カレーうどん?」

 

 シルキィのオウム返しの質問に、ランスは「その通り!」と大きく頷いた後。

 

「……いや違うな、うどんとカレーだ。ほれ、うどんとカレーがどっちも好きな場合、どっちかしか食わないなんて選択はないだろ? どっちも美味しく食べるだろ? つまりはそーいう事なのだ」

「あのねぇ、それが不誠実っていう事なのよ」

「いーや。俺様は全員に対して真面目なのだ。だから不誠実じゃない」

「違いますー! 誠実だったら、男女は互いに一人だけを愛するべきなの! 絶対そうなの! わたしはまちがってなーいっ!」

 

 食って掛かるような勢いで主張した後、シルキィは酒瓶を手に取ってグラスに注ぐ……のが面倒くさくなったのか、そのままラッパ飲みでごくごくと喉を鳴らす。

 

 シルキィが有しているその価値観。それは彼女が生きてきた年月、約1000年にも及ぶ長い期間によって構築されたもの。

 故にうどんとカレー理論をぶつけてみても、そう簡単に揺らぎはしないものであって。

 

「……ふーむ」

 

 その事を理解したランスは、ならばと少々攻め方を変えてみる事にした。

 

 

「男女は互いに一人だけを愛すべき……か。ふん、なるほど。確かにシルキィちゃん、君の言っている事は間違ってはいないな」

「でしょ~?」

「だがな、それは一般人にとっての話なのだ」

「……いっぱんじん~?」

「そ、一般人。そりゃそこらの凡人には一人が限度だろうさ、けども俺様は英雄だぞ? 一般人じゃない英雄に、一般人の理論は当てはまらんのだよ」

 

 シルキィの価値観は正しい、ただそれは立場によって異なるものだとランスは主張する。

 

 この世界にある国々、リーザスやゼスなどでは重婚は禁止であり、浮気や不倫は不貞とされる。それはシルキィの価値観を肯定するなによりの証。

 だから間違っている訳では無いのだが、しかし国のルールとはその国の王が決めるもの。一国の王が後宮にハーレムを持つ事など、この世界では特に珍しくも無い話で。

 

「イイ男がイイ女と沢山セックスするのは自然の摂理なのだ。俺様が抱きたい女、俺様に抱かれたい女が山程居るのに、それを一人だけに縛る事の方が不自然、不誠実だと言うものじゃ」

「……ううーん」

 

 英雄色を好むを地で行くランスの価値観。

 それでも頭の固い普段の彼女のままであれば、そう簡単に認めはしなかっただろうが、

 

「……そっかぁ~。そう言われてみると、そうなのかもねー」

「だろー?」

「ねー。他の人ならうーんだけど、なんせらんすさんだしねー」

「だろだろー?」

 

 しかし今のシルキィは普段通りでは無く、その頭はアルコールによってふにゃふにゃだった。

 こくこくと何度も頷き、価値観が異なる相手の言葉に同意する柔軟性を見せると、

 

「……でも、じゃあ……」

 

 ふいにその表情が切なげなものへと変わり、ランスの顔をじっと覗き込んだ。

 

「どした?」

「……らんすさん、わたしもそうなの? わたしの事もカレーうどんなの?」

「は?」

 

 何言ってんだこの酔っ払いは。とランスは一瞬その意味がよく分からなかったのだが、

 

「……あー、好きかって事か? そりゃ勿論、好きでもない相手を何度も抱いたりせんだろ」

「……ほんとに? けどわたし、こんななのよ?」

「こんな? こんなって何が?」

「だから、わたしってほら……こんなじゃない?」

 

 シルキィは座ったまま、ランスに対して自分を見せるかのように両手を広げる。その様子にはどこか物寂しさが伝わってくる。

 彼女がこんなと評する彼女自身、それは女性的な魅力が見当たらない、平坦で小さな身体。

 

「さてらとかね、はうぜるとかね、それこそほーねっと様とかだったらね、好きになるのも分かるの。みんな綺麗で魅力的だもの。けどわたしは……」

 

 異性からどう見られているか。そういった事に関して、シルキィはとことん自己評価が低い。

 彼女にとって彼女自身とは、他の女性達よりも遥かに魅力に欠ける存在なのである。

 

「……わたしは、こんなだし……」

 

 ただそういった事に関して、これまでのシルキィは特に気にしていなかった。

 なぜなら彼女は戦士であり、戦士である自分には必要の無い要素だからである。

 

 しかしそんなシルキィはランスと出会い、初めて性交を行う事になった。

 そしてその後も何度も求められると、そういった事を否が応でも気にせざるを得なくなって。

 そうして気にし始めたら周囲に居る女性達と比較して、なにやら色々思う所があったようだ。

 

「こんなわたしの事……ほんとに好きなの?」

「もっちろん! イイ女はみーんな好き、んで君は十分にイイ女だからな」

「けど……胸だってこんなに小さいのよ? こんなに小さい胸がほんとに好きなの?」

 

 子供のようなその胸元を両手で押さえて、シルキィは不安そうな表情で問い掛ける。

 だがそのような質問、その男にとっては悩むまでも無いようなものだった。

 

「ほんとほんと! 俺様シルキィちゃんのちっぱいだ~い好きっ!! がははははーっ!!」

 

 とそんな事を大声で叫んでしまう辺り、どうやらランスもかなり酔っ払っている模様で。

 

「……うぅぅ~! らんすさぁーんっ!!」

 

 一方のシルキィはその言葉に感極まったのか、脇目も振らずにランスに飛び付く。

 そして勢い余ったのか、そのまま二人はこてーんと後ろに倒れ込んだ。

 

「らんすさん、らんすさぁん……!」

「おうおうシルキィちゃん、よしよし」

 

 びゃーと泣きじゃくる彼女の頭をなでなでしながら、ランスはもう片方の手でそのちっぱいをふにふにと揉みしだく。

 

「うむ、確かに小さいな。けどなぁ、ちっぱいにはちっぱいの良さがあるのだぞ。俺様はデカいおっぱいは大好きだがな、小さいおっぱいだって同じくらいに好きなのだ」

「……うん、ありがとう、嬉しい……」

 

 万感の思いで頷いて、酔っ払い魔人は酔っ払い男と熱い抱擁を交わす。

 よくよく聞くとただのエロ男の発言でしか無いのだが、アルコールにやられた今のシルキィには、そんな言葉でも胸にジーンときたらしい。

 

「そっかそっか。きみも悩んでいたんだなぁ。……しかしシルキィちゃんや」

「……ぐすん、なぁに?」

「これできみも俺様にメロメロになったろう、いやなったはずだ、なったと言え。うりゃうりゃ」

 

 先程シルキィが言っていた、好きにはなれませんとの言葉。

 どうやらそれが引っ掛かっていたのか、是が非でもこの魔人にメロメロになったと言わせたいランスは、その言葉を催促するかのようにほっぺたをつんつんと突く。

 

「……めろめろー?」

「そ、メロメロ。ちっぱいもデカぱいも平等に愛する、この俺様の誠実さに惹かれただろ?」

「……んー」

 

 今の一連の流れを踏まえて、その心境に何か変化はあったのか、果たしてその心は揺れたのか。

 シルキィは考える素振りを見せた後、身体を起こして寝そべるランスと顔を合わせる。そして、

 

「……じぃー」

 

 と食い入るように見つめた後、

 

「……めろめろー? どうかなー?」

 

 こてりとその首を傾げた。

 

「何だとぉ?」

「だってー、めろめろになったかなんて、よく分かんないしー」

「よく分かんないダメー。俺様シルキィちゃんだーい好き、それなのにシルキィちゃんが俺様にメロメロじゃないなんてヒドい、ズルい、不公平じゃ」

「そんな事言われてもぉ~……」

 

 ランスの無茶苦茶な要望を受けて、シルキィは困ったような顔でうーんと唸る。

 彼女は別にランスの事が嫌いという訳では無い。好きか嫌いかで種類分けをするとしたら、ちゃんと好きの方に入ってはいる。

 しかしメロメロと呼ぶ程に強い感情があるのか、その事はいまいちはっきりしないらしく、しばらくの間むむむーと悩んていたのだが。

 

「……メロメロかぁ。それはなんか、よく分かんないんだけど……でもね」

 

 再度ころんと横になり、ランスの隣にひっしりと寄り付く。そして、

 

「こーしてくっ付くのは、らんすさんだけかな」

 

 酒に酔った間延びした声であるが、それでも先程までより優しい声でそう呟いた。

 

「くっ付くぅ?」

「うん、くっつく。ほら、今こうして、ぴったりとくっついているでしょ?」

 

 ランスは先程から寝転がったまま、シルキィはその腕の中に収まるようにして、今の二人は確かにぴったりと表現するくらいに密着している。

 

「そりゃそうだけども、けどこれに何か意味でもあんのか?」

「大ありだもん。さっきも言ったでしょ? くっ付きたいなーて気分になったって。そういう気分になるのはー、らんすさんだけよーってこと」

 

 そんな言葉を口にして、シルキィははにかむような笑顔でくすりと笑う。

 それは彼女にとってはとても大事な事になるのだが、しかしその意味を知らないランスにとってはあまり響かない言葉で。

 

「けどくっ付きたい気分ってなぁ。これまで何回もセックスしたのにもう今更な話じゃ……」

「あーあー! すぐそーいう事言うー! そーじゃないの、らんすさんにとってはそうかもしれないけどね、わたしにとってはスゴい事なの」

 

 これはエッチな話では無いのだと、シルキィは拗ねたようにランスの胸をぺちぺちと叩く。

 自分が今この人間に対して抱いている感情の量。彼女自身にもはっきりとしていない、その想いを表現する方法。

 それには今こうしたいと思った気持ちが一番的確だと感じたのか、シルキィは赤ら顔だがそれでも真面目な表情になって言葉を続ける。

 

「このわたしがね、誰かにくっ付きたいなーって思ったの。これってスゴい事だと思わない? この1000年で一度も思わなかったのよ?」

「……ほぉ、1000年か。確かにそう聞くと、結構スゴい事のように聞こえるかもしれん」

「でしょ~? 特にわたしってほら、リトルの中に入っている事が多かったから……」

「リトルって……あの装甲か。そういやぁ、初めて会った時もあれを着てたっけか」

 

 生体強化外部骨格リトル。全身に着込むその装甲は、彼女にとっての代名詞と言えるもの。

 この魔物界において、魔人シルキィの名を聞けばその装甲姿を思い浮かべる者が大多数となる。

 そのように知れ渡るようになった程に、彼女は装甲を装着したまま長い年月を過ごしてきた。

 

「……リトルを装備しているとね、誰かと触れ合おうって気分にはならなくなるの。触ってもその感触が何も分からないからね。わたしはそんなふうに、この1000年を過ごしてきたの」

「……ふむ」

「だからね、これはスゴい事なの。さてらやはうぜるだって、勿論ほーねっと様にだってこんな事しようとは思わないもん。……こーやって……」

 

 するとシルキィはよじよじと体勢を動かし、ランスの胸の位置から頭の位置へと移動する。

 

「……お」

 

 そしてその両手で、ランスの頭をとても愛おしそうに抱え込んだ。

 

「わたしがこうして、ぎゅーってするのはね、この世界でらんすさんただ一人だけ。……ね? これが今のわたしの気持ち」

「……シルキィちゃん」

 

 ──それはもう、メロメロと呼べるのでは。今のは愛の告白と同じようなものなのでは。

 

 シルキィの小さな胸の感触をその頬で味わいながら、ランスがそんな事を考えた、その時。

 

 

「お?」

「あれ?」

 

 コンコンとドアをノックする音が聞こえて、ランスとシルキィの視線がそちらに向く。

 誰か来たのかなと二人が思ったのと同時、入り口のドアががちゃりと開かれる。

 

「ハウゼルー、ここに居るって聞いたけど……て、うわっ、何かこの部屋、酒臭くない?」

 

 そこに居たのは魔人サイゼル。

 どうやら妹の事を探しに来たのか、彼女はそのまま室内へと足を踏み入れる。

 

「あーっ!! さいぜるだー!!」

 

 すると何故かシルキィは超高いテンションとなり、すぐさまランスの元から跳ね起きると、ててててーっと走っていく。

 

「さいぜるー!!」

「わぁ、なに!?」

 

 そしてサイゼル目掛けてぴょーんと抱き付いた。

 

「さいぜるぅー、さいぜるぅー!」

「うえぇ!? なにこのシルキィ、馴れ馴れしくて怖いんだけど!?」

 

 自分よりも遥かに強者たる魔人四天王、何故かとても楽しそうなシルキィに引っ付かれ、訳も分からずサイゼルは目を白黒させる。

 

「おい、俺様以外にもぎゅーってしとるやんけ」

 

 先程の言葉は一体何だったのか、ランスのツッコミが虚しく響く。

 シルキィはサイゼルの身体にくっ付き、それはもうぎゅーっと抱きしめていた。

 

「……駄目だな。あれは酔っ払いだ、酔っ払いだって事を忘れてた」

 

 酔っ払いの言う事を真に受けてはいけない。

 何故ならどこまでが本気なのか、どこからが適当なのかが分からないからである。

 

「……うーむ。いいところだったような気もするが、けど酔っ払いを口説いてもしゃあねぇな」

 

 よっこいせと身体を起こしたランスは、サイゼルにくっついて楽しそうなシルキィの様子を眺めながら、ぽりぽりと頭を掻く。

 

 元々シルキィとは魔人を一体倒すという条件、それを達成した事により繋がった関係となる。

 故にその当時は仕方無く抱かれただけで、特別な想いなど有りはしなかっただろう。

 

 しかし今では違うはず。そのはずだとランスはこの一連の流れで確かな感触を得ていた。

 先程好きにはなれないと言っていたが、しかしこの様子を見る限りではとてもそうとは思えない。

 シルキィの内に芽生えている想い、当人もはっきりとは認識していないそれを、ぽろっと吐露させるのに惜しい所まで迫れたように思える。

 

 しかしそうは言ってもあれは酔っ払いで。

 果たしてシルキィは酒が抜けた時、今日の事をその頭に記憶しているのだろうか。

 次口説くのなら彼女が素面の時にしようと、ランスはそんな決意を強く抱いた。

 

 

「……ふあぁぁ~、ねむ……そろそろ寝っかな」

 

 そして大あくびをしながら立ち上がる。

 アルコール特有の酩酊感に包まれて、ランスの脳内には眠気が訪れてきたようだ。

 見ればテーブルの周囲に転がるは一足先に眠るサテラ、そして空になった酒瓶が五本程。

 

「けっこー飲んだなぁ。つーかぁ、シルキィちゃん一人で三本ぐらい空けてなかったかぁ?」

 

 やはりあの子は酒豪魔人。酔っ払い方はちょっとアレだがその評価に間違いは無い。

 そんな事を思いながら、赤ら顔のランスはふらふらとした足取りで寝室へと向かう。もう自分の部屋に戻るのは面倒くさいので、このままシルキィの部屋のベッドで寝てしまう事にした。

 

「ちょ、ちょっとランスっ! 待って待って!」

「あん、なんじゃいな」

「シルキィよ、シルキィをどうにかして!」

 

 諸々を放置して去っていこうとするランスの様子に、サイゼルは慌てて声を掛ける。

 その腰には「さいぜるぅ~♪」と、相変わらずな様子で抱き付く酔っ払いが一名。

 

「……あ~。サイゼル、それお前にあげるわ」

「あげるってなに!?」

「何か甘えたいらしいからよ、いっぱい可愛がってあげてくれ」

「可愛がってあげてってなに!?」

 

 事情を知らない彼女には理解不能な言葉だが、ランスはそれだけ伝えて酔っ払いの世話を押し付けると、寝室のドアを開く。

 するとそのベッドの上には、先に酔い潰れて寝ているハウゼルの姿があった。

 

「お、ハウゼルちゃんだ。そっか、こっちで寝てたんだっけ。よーしハウゼルちゃん、俺様と一緒に寝ようなー」

 

 ランスは眠るハウゼルの隣に潜り込み、その胸元を枕代わりにして目を瞑る。

 

「あ、ちょ、こらランスっ! あんた何ハウゼルと一緒に寝ようとしてんの! ……てちょっとシルキィ、邪魔だから!!」

「さいぜるぅ~!」

 

 最愛の妹の危機的状況に、サイゼルは慌てて横槍を入れようとしたものの、しかし動けない。その腰に纏わり付いた酔っ払いが邪魔であった。

 

「シルキィ、離してってば!!」

「あそーださいぜる、クイズ出してあげよっかー。どうしてわたしは、にゃんにゃんになりたいんでしょーかっ!」

「はぁ!? 知らないわよそんな事! ていうかちょっともう、離してよー!!」

 

 謎のクイズを出題してくるシルキィの一方、サイゼルは寝室の方に向けて届かぬ手を伸ばす。 

 

 そんな二人の声を遠くに聞きながら、眠りに落ちる間際のランスはふと考える。

 本日お酒を飲ませてみた事で、酔っ払って心の堰が切れたのか、シルキィからは思いもよらぬ言葉を沢山聞く事となった。

 普通に接している分には見えてこないが、彼女にだって思う事や悩やむ事は色々あるのだろう。

 

 そしてそれは何もシルキィだけで無く、あの魔人だってそうなのかもしれない。

 自分とはセックス出来ないと宣言したあの魔人。もしかしたらホーネットも、思いもよらぬ事で悩んでいるのかもしれない。

 それが理解する事が出来たなら、ホーネットをこの手に抱く事も出来るのだろうか。

 

 

 と、そんないかにもそれっぽい話で、本日の酒宴に関してを纏めながら。

 ハウゼルの柔らかなおっぱいに包まれ、ランスはぐっすりと眠り込んだ。

 

 

 

 

 


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