ランス(9.5 IF)   作:ぐろり

78 / 197
次なる戦いの行方

 

 

 

 ランスが4P目的にと開催した酒宴。

 主に一人の魔人が大暴れしたその宴会は、一応は恙無く終了して。

 

 そしてそれから数日が経過した、そんなある日の魔王城の事。

 その二人にとってはもはやお馴染みの場所ともなった、魔王専用の浴室内にて。

 

 

 

 

「……では、私はこれで」

 

 お決まりともなったそんな言葉。

 それだけを言い残して、彼女はそこから立ち上がろうとした。だが、

 

「待て」

 

 そう呟いた男の左手が、彼女の右手をしっかりと掴んでいた。

 

「……なんですか?」

「まだ話がある。座れ」

「………………」

 

 互いの視線が絡む中、魔人ホーネットは複雑そうな表情で沈黙する。

 

 なるべく早くこの場から立ち去りたい。今はここには、その隣にはあまり居たくない。

 彼女のそんな心中はしかし儚く、自分の手を掴むその強さ、放す意思を微塵も感じさせない力強さに負け、やむなく湯船の中に腰を戻す。

 

「何の話ですか?」

「うむ、これはとっても大事な話だ」

「大事な話?」

「おう」

 

 その男は会話を交わしながらも、内心では神経を尖らせてその隙を窺っていた。

 相手は常に隙の無い魔人筆頭ではあるが、しかし完全無欠かと言えばそうでは無い。例えば彼女が瞬きをする瞬間、ほんの一瞬あるか無いかの空白。

 

「──ホーネットっ!」

「っ、」

 

 決して油断をしていた訳では無い。気の緩みなどは無かったのだが、しかし今の彼女はもうこの状況においては平常心を保つ事が難しく、その所為で反応が遅れてしまった。

 

 その男、ランスは機を見るに敏と驚くべき敏捷性を発揮する。

 水飛沫を立てながら瞬時にその距離を詰めて、両手を相手の頭と背中へと回し、その身体を正面からぎゅっと抱きしめていた。

 

「……な」

 

 ぴたりと密着し、身体で相手の身体を感じる。その柔らかな双丘が、相手の硬い胸板に押しつぶされて形を変える。

 それだけで、こうして力強く抱きしめられているだけで、顔や頭がじわじわと熱を帯びてくる。その感覚が嫌でも分かってしまい、ホーネットは堪えるように唇を噛む。

 身体が密着する程に近付いた事で、今の表情が相手に見られない事がせめてもの幸いであった。

 

「……な、んの、つもりですか? このような事をしても、私は……」

「ホーネット、聞いてくれ。……俺様な、最近ずっと考えていたんだ……お前の気持ちを」

「え──」

 

 その言葉に、トクンと心音が高鳴る。

 

「私、の……気持ち?」

「あぁ」

 

 途切れ途切れとなるホーネットの言葉に、ランスは真剣な表情で頷きを返す。

 

 彼は酒宴が終わってから、いや振り返れば酒宴を始める前からもずっとその事を考えていた。

 この魔人が自分とのセックスを断る理由。その一方で自分の事を受け入れている理由。

 そんな相反するような態度を見せる理由。そんなホーネットの気持ちそのものについて。

 

 

「……それでな、ようやく分かったんだ。俺様とのセックスを拒むお前の気持ちが」

 

 そうしてひたすら悩み抜いた結果、遂にランスは一つの答えに辿り着いた。

 

 

「……私の気持ち……が、分かったのですか?」

 

 そう呟くホーネットの声は、少し掠れていた。

 自分の心音が、胸の鼓動が徐々に激しくなってくるのを感じる。そこにある自分の気持ち、この相手に対して抱いてしまった情愛。それが当の本人に知られてしまったというのだろうか。

 

 それは果たして良い事なのか、あるいは良くない事なのか。

 相手に知られると何かが前進するのか、もしくは後退するのか。

 それら全てが初めての事で、今のホーネットには全てが何も分からない。

 

「ホーネット、お前……」

「……あ」

 

 自分の気持ち。言わないで欲しい。けれども。

 自らが何を望んでいるのかすらも分からぬまま、ホーネットはごくんとその喉を鳴らす。

 

 そして。

 

 

 

「まんこが嫌なんだな?」

「………………」

「なら、尻でするのはどーだ!? ぶっちゃけ俺様後ろよりは前派なのだが、お前と出来るのなら後ろでだっていい! いやむしろしたいっ!! なぁホーネット、それならいいだろ!?」

 

 それは心底大真面目な表情で。

 セックスが駄目ならアナルセックスさせろと要求するランス。そんな男の勢いとは対照的に、

 

「………………」

 

 ホーネットは耳元から聞こえてくる雑音に、心底疲れ果てたように瞼を落とす。

 その男の聞くに堪えない言い分、百年の恋も冷めてしまいそうなその言い分を受けても、幸いにして彼女のそれがそうなる事は無かったのだが。

 

「……私の気持ちについて、貴方がずっと考えて分かった答えというのはそれですか」

「おう」

「……一応、念の為に聞いておきますが、何か他に思った事は?」

「ほか? いや、他はなーんも」

「……そうですか」

 

 自分の気持ち、秘めている情愛については察知されてはいなかった。そうと知った時、どうやらホーネットは最終的に安堵の方が勝ったらしい。

 その口から、はぁ、と深い嘆息一つ、そして自分と相手の身体の間に右手を差し込むと、

 

「あ、おい」

 

 そのままランスをぐいっと押し退けて、その腕の中から逃れた。

 

「おいホーネットよ、だから尻で……」

「……そういえば、私も最近ずっと考えていた事があるのですが……」

「ぬ、お前も?」

「えぇ」

 

 小さく頷いたその魔人は、その鋭く光る金色の瞳でランスの顔をちらりと一瞥すると。

 

「……何故、貴方なのでしょうかね」

「……あん? なんのこっちゃ」

 

 はてなと首を傾げるランスの一方、ホーネットは色々な事に呆れた表情で呟く。

 

「……えぇ、本当に。一体何故貴方なのか、我が事ながらそれが不思議でなりません」

「だーから、なんのこっちゃい!」

 

 

 

 

 

 

 

 と、そのような一悶着があった風呂上がり。

 魔人筆頭が自らの情愛について大いに疑問を抱いてしまった、そんな一件の後。

 

 

「……くそー、違ったか。アナルでならイケるような気がしたのだが……」

 

 ランスは部屋のソファで難しい顔をしていた。

 

「ホーネットがセックスさせてくれない理由、セルさんみたいな理由だと思ったのだがなぁ」

 

 セル・カーチゴルフ。AL教の女神官であり、その教義上の理由……という訳では無いのだが、それでも彼女は神官として貞淑を貫いており、ランスが何度口説いてもセックスさせてくれない。

 しかしそんなセルとは後ろで、つまりアナルセックスを楽しんだ経験がある。もしやホーネットもそういう事なのではとランスは読んだのだが、どうやらその読みは外れていたようである。

 

「……ぬぅ。前でするのがイヤって訳じゃねーとなると……うーむむむ……」

 

 自分を受け入れているはずのホーネットが、しかし頑なにセックスはさせてくれない理由。

 ここ数日ずっと悩んでいるその事について、改めてその頭を捻らせてはみるものの。

 

「……だーめだ、分っからん。ちっとも分からん」

 

 残念ながら解答は思い浮かばず、ランスはソファの背もたれに力なくその身体を投げ出す。

 

 仮に嫌われているというのならば、態度や接し方を改めれば良い。けれどもそうでは無い、これまで抱いてきた女性と比較してみても、十分にセックスOKな距離まで近づけている。

 しかし相変わらず頷きはしない。そして相手は魔人筆頭、さすがのランスでも無理やりに押し倒す事は出来ない相手であって。

 

「……はぁ~。もうどーしたらいいのじゃ。完全に手詰まりだぞこれは」

 

 果たして何処をどのように攻めればいいのか、次なる一手が何も思い浮かばない。

 長きに渡るホーネットとの攻防戦において、ここにきてランスは遂に打つ手のない状態、出口の見えない袋小路に迷い込んでしまった。

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 そして、その次の日。

 

 

「……ふむ。では右からいくか」

 

 ランスは視線を少し右に向ける。

 そこにあるのは彼の大好きな魅力的な膨らみ。まず目に付くのがその大きさだろうか。

 

「見かけに寄らずあるんだよなぁ」

 

 意外と言っては失礼かもしれないが、とにかくそれはしっかりとした丸みを誇っている。

 これは加点要素と言えるだろう。ランスは頭の中のチェックシートに採点を加えながら、その膨らみの中心にある突起に触れてみる。

 

「ひゃん!?」

 

 何か甲高い声が聞こえたが無視。

 慎重に、ゆっくりと人差し指を動かして、その先端を上下左右にくりくりと動かしてみる。

 

「あ、ううっ……! んんんっ! ランス、やあっ、やめ……!」

 

 特筆すべき点と言えば、やはりこの感度の良さ。

 ここは確かに女性にとっての弱点、性感帯の一つではあるのだが、このように少し弄っただけでこれ程声を上げる相手は滅多に居ない。

 これはやはり大きな加点要素、右の膨らみの先端を語る上での最大の特徴であろう。ランスは頭の中のチェックシート、その備考欄にしっかりとその旨を書き加えた。

 

 

「……よし、なら次は左だな」

 

 左にある膨らみ。その大きさを見るより前に、まず目を引くのがその肌の色か。

 右にあるそれよりも幾分か濃い、とても健康的な淡褐色の肌。

 

「うむ、こーいうのもエロチックだよなぁ」

 

 他とは違うという点ではこれも重要な加点要素。残念ながらその大きさ自体は右よりも小ぶりであるものの、それでもちゃんと自己主張をしている膨らみ、その先端に指を伸ばす。

 

「あっ、ん……」

 

 何か聞こえたがこれまた無視。その肌の色によく映える、綺麗なピンク色の蕾を弄る。

 特にそれを押し込んでみた時、右との違いが顕著に分かる。その大きさという事では無く、その奥の方にしなやかな筋肉がある事が伝わってくる。

 右と比較すると明らかにその身体は引き締まっており、それが柔らかな感触とのコントラストを生み出している。これはやはり加点要素と言えよう。

 

「や、あっ……、ちょっと、ランスさん……」

 

 勿論感度も十分。右と比べればさすがに劣るが、左だってここは弱点の一つなのである。

 

 

「……よし、こんなもんかな」

 

 そうして両方のチェックを終えたランスは、

 

「う~~む……」

 

 ぎゅっと目を瞑った悩みの表情で、左右それぞれの突起の素晴らしさをじっくり検討した後。

 

「……うむ。あれだな、やっぱ甲乙付けがたいな」

 

 みんな違ってみんな良い。

 それが彼の出した答えであった。

 

 

「そもそもこういう事はだな、優劣を付けるようなものでは無いと思うのだ」

「ランス! お前が言い出した事じゃないか!! ならこの時間は一体何だったんだ!!」

「……本当にね。いきなり人の事を呼び出すから、何の用事かと思えば……」

 

 二人の魔人は相変わらずな反応、サテラは怒りシルキィは呆れ顔で嘆息する。

 

 ランスは今、乳首の品評をしていた。ちなみ先程の右がサテラ、左がシルキィとなる。

 上着をはだけさせた二人を膝の上に跨がらせ、じっくり入念に乳首のチェックをしていたのだが、結果としては勝者無し、両者共に全く譲らずのノーコンテストで終了した。

 

「だって、暇だしなぁ」

 

 それがこの品評会の開催理由、なんとも身も蓋もない理由である。

 

「あぁ下らない、ほんとーに下らない、なんてバカバカしい!!」

 

 サテラはぷんすかと怒りながら、ランスの膝から下りると捲り上げていた服を戻す。

 怒りに加えて胸を晒していた恥ずかしさも混じり、その顔は真っ赤に染まっていた。

 

「とか言いつつ、俺様にしっかり付き合っちゃうサテラちゃんでしたと」

「うぐっ! ち、違うぞ、それは……!」

「そんなイヤならとっとと逃げりゃイイのに。何のかんの言ってぇ、俺様に乳首のチェックをして貰いたかったんだろ? ん? ん~?」

「ぐ、ぐ、ぐぅ~~……!」

 

 ニヤニヤ顔のランスに痛い所を突かれたのか、サテラは悔しそうな表情で呻く。

 

 彼女はつい先程ランスからの呼び出しを受け、この部屋に来て早々「今から乳首のチェックをするから服を脱ぐのだ」と宣言された。

 無論そんな事をして欲しかった訳では無いし、逃げ出そうと思えばそうする事も出来た。

 だがこの通りサテラは逃げ出さず、ランスのセクハラに最後まで付き合ってしまった。それは相手がランスだからと言うどうにもならない理由もあるのだが、それとは別にもう一つ。

 

「……し、シルキィが悪い!!」

 

 隣に居る相手にも責任があるのだと、真横を向いてキッと鋭い目付きで睨んだ。

 

「え、私のせいなの!?」

「そうだ! シルキィが断らないからだ!! シルキィが付き合うから、なんかサテラも付き合わなきゃいけないような感じになっちゃうんだ!!」

「えぇー……」

 

 サテラのすぐ隣、こちらも服装を元に戻したシルキィは予想外の飛び火に困惑する。

 

 同じように呼び出しを受けた彼女がランスのセクハラに付き合った理由、それは乳首を見せる事に殆ど抵抗感が無いから。もう何度も性交を重ねた相手だし、大して恥ずかしくないからである。

 とはいえそれだとサテラは困る。サテラにも見栄やプライドというものがあり、シルキィがランスに付き合うその横で、自分だけが逃げ出す訳にもいかなくなってしまうのだ。

 

「薄々感じていたんだがな、シルキィはちょっとランスに対して甘すぎるぞ。もっとビシッと言ってやらないと駄目なんじゃないのか?」

「……確かにそうね。サテラ、貴女の言う通りかもしれない」

 

 サテラの言い訳のような言い分に、シルキィは真剣な表情で頷く。

 先程は流れで付き合ってしまったが、どう考えてもあれはセクハラ。モラルに欠ける行為であり、褒められた行いじゃない事は明白である。

 ここは年長者の自分が強く言うべき必要があるだろうと、シルキィは一度こほんと咳払いして。

 

「……ランスさん」

「ん?」

 

 そして、相手の目をしっかりと見つめて。

 ……いたのだが、すぐにすっと横に逸して。

 

「……あのね。あんまりね、こういう事はその……良くないと思うのよ、うん」

「シルキィ!! お前、それでビシッと言ってるつもりかー!!」

「う、うぅ……」

 

 サテラの至極尤もな指摘に、反論出来ないシルキィは気弱な表情で俯く。

 どうにもランスに対して強く出られない。最近のシルキィはそんな悩みを抱えていた。

 その上つい先日行われたあの酒宴、それが今の彼女のメンタルに大きな影響を与えており、現に今のシルキィの頭の中では、

 

(あー、あー! 恥ずかしい、恥ずかしい!!)

 

 と、そんな絶叫が絶え間なく上がっていて。

 

(は、恥ずかしすぎるぅ……! あぁもう、お酒なんて飲まなければぁ……!)

 

 あの酒宴の日、自分は泥酔して我を忘れた。

 そしてランスに対して甘えたり泣いたり喚いたりと、それはもう散々に恥を晒してしまった。

 

 特ににゃんにゃんの真似をしてしまった事、にゃーにゃーと鳴いて甘えていたあの姿はヒドい。

 ああして甘えていた最中は何故だか無性に楽しかったのだが、しかし素面に戻った今ではとても受け入れ難い、直視する事の出来ない醜態である。

 

(……どうしよう、恥ずかしくてランスさんの顔を見れない……!)

 

 裸を見られても恥ずかしくは無いのだが、自分のそういった姿を見せるのは恥ずかしいのか、今のシルキィは内心気恥ずかしさで一杯一杯。

 その影響でランスと顔を合わせる事も出来ず、明後日の方向を向いたままその口を開く。

 

「……えっとね、ランスさん。いくら暇だからってこういうのはダメよ。こういう事はその~、せめて夜になってからというかね?」

「そうだそうだ! せめてシルキィと別々にしてくれ! いや別にされたい訳じゃないけどっ!」

 

 内心にある羞恥や懊悩をひた隠しにしながらのシルキィの言葉に、すぐさまサテラも同調する。

 

「つってもなぁ、ヒマなもんはヒマだしなぁ。やる事と言ったら乳首のチェックぐらいしか……」

 

 しかしランスはどこ吹く風。

 二人から抗議を受けても、退屈そうな表情で軽く受け流す。

 

「そんな、乳首のチェックぐらいしかって……他にもいっぱいやる事はあるでしょうに。ていうかランスさん、そんなに暇なの?」

「うむ、とってもヒマなのだ」

 

 暇を持て余している。それはランスにとってここ最近の悩みの一つ。

 ホーネットとセックスが出来ず、そしてその攻略方法が思い付かない。何も打つ手が何も無い現状、今のランスにはする事が何も無いのである。

 

「こう暇になってくるとさすがに退屈だなぁ。……あそうだ、なぁシルキィちゃん、この前みたいに派閥を挙げて戦ったりせんのか? 今の俺様はヒマだから次は付き合ってやってもいいぞ」

「……そう言ってくれるのは嬉しいけど、今の所その予定は無いかな。次の戦いは過酷なものになるはずだから、今は魔物兵達を鍛えたりとか、派閥の戦力を増強している最中だからね」

「そういやぁ、ここ最近は君もホーネットもずっと城に居るな。戦いはまだまだ先って事か」

 

 だがそうなるとますます暇だなぁと、ランスはつまらなそうに口元をへの字に歪める。

 対ホーネットに関しての進捗が無い事に加えて、派閥戦争の進捗に関しても現在は停滞中。

 ランスがこの魔王城に来た目的は、主にホーネットを抱く為と派閥戦争を何とかする為。その両方の目的が共に難航してしまった事が、こうしてランスが暇になった大きな要因であった。

 

「ぬぅ、俺様のような男に退屈は似合わんのだ。二人共、何か面白い事はねーか」

「面白い事と言ってもな……そんなに暇なら魔物兵達と訓練して身体を鍛えたらどうだ?」

「あのなぁサテラよ、なんでこの俺様が雑魚モンスター共に混じって訓練せにゃならんのじゃ。それに俺はトレーニングとかそういう事はせんのだ、すでに最強だからな」

「面白い事かぁ……そうねぇ……」

 

 ランスの暇つぶしになりそうな何か。

 シルキィは軽く顎を押さえた格好で、うーんと一頻り悩んだ後、

 

 

「……なら、迷宮探索とかはどう?」

 

 そうして思い付いた暇つぶしのアイディア。

 それは迷宮探索。つまりは冒険。

 

 

「……ほう、迷宮探索か」

「うん。ほら、この前シィルさんやハウゼルと一緒に、モスの迷宮を探索したって言っていたじゃない? その続きをするのはどうかなって」

「……確かに悪くねーかもな。考えてみりゃ魔物界なんてそう来られる場所じゃないし、迷宮にもレアなもんが沢山あるかもしれん」

 

 シルキィからの提案を受けて、ランスは満更でもなさそうな表情を見せる。

 女性とのセックスが大好きなランスであるが、他に冒険好きという一面も持っている。

 未知のものや見た事の無い秘境、そういったものに好奇心や男のロマンが疼くタイプである。

 

「二人共、この近くに良さげなダンジョンとかってあるのか?」

 

 ここ暫くはお休みしていた冒険心、どうやらそれが目を覚ましたのか。

 迷宮探索に乗り気になったランスが、そんな質問をしてみれば。

 

「そうねぇ……規模で言うなら、ここらの近くではやっぱモスの迷宮かな。ちょっと遠くても良いなら、光原を越えた先にアワッサツリーがあるんだけど、その近くの悪の塔に登るのもありかもね。あそこは今魔物達の巣窟になってるって話だし」

 

 さすがに長い年月この魔物界に住み、土地勘のある魔人達。シルキィがそう口を開けば、

 

「悪の塔まで行くなら、その近くにはいつわりの迷宮もあったな。光原を越えた先はサテラ達ホーネット派も滅多に行かないから、あの辺は派閥に関係の無い魔物達が居るはずだ。ちょうどいい腕試しになるんじゃないか?」

 

 重ねるようにサテラの口からも、ランスが聞いた事の無いダンジョンの話が出てくる。

 

「ふむふむ……なるほどなるほど」

 

 魔物界とは人間が立ち入れない世界。超一流の冒険者たる自分にも知らない迷宮が沢山。

 それらを攻略するのは中々に面白そうであって、暇潰しにはこの上無い。幾つかの迷宮に挑んでいれば時間も経過し、その内に今の停滞した情勢にも何か動きがあるだろう。

 そんな事を考えたランスは、ソファから勢いよく立ち上がった。 

 

「……うむ、決めたぞ! 俺様は今から迷宮探索に向かう事にする!! 今言ってた迷宮全部制覇するまで、暫く帰って来ないからそのつもりでな」

「ランス、サテラも! サテラも行く!!」

「よっしゃ、ならサテラよ、お前も一緒に来るがいい!! ……シィール! 冒険に行くぞー! とっとと準備しろー!!」

 

 ランスはサテラの手を掴むと、そのままダッシュで部屋を飛び出していく。

 そんな二人の背中に向けて、シルキィは「いってらっしゃーい」と手を振るのだった。

 

 

 

 

 

 久々に冒険心を掻き立てられたランスは、その後すぐに準備を終えて魔王城を出発した。

 

 パーティは戦士のランス、魔法使い兼ヒーラー兼荷物持ち役のシィル、レンジャーのかなみ、ガンナーのウルザ。

 そしてサテラとガーディアンのシーザー。そして賑やかし兼秘密兵器のシャリエラ。計7名。

 

 

 ランス達一行が最初に向かったのは魔界都市サイサイツリー。その付近にあるモスの迷宮。

 以前にランスがレベル上げをする為に潜り、途中の階で探索が中断していた迷宮である。

 途中までというのはどうにも据わりが悪いので、まずはこの迷宮を踏破してしまう事にした。

 

「よし、出発だ。がんがん、もぐれ!!」

 

 そんな号令を合図にして、一同はモスの迷宮内へと足を踏み入れる。

 このダンジョンの深さは50階層。立派な巨大迷宮であり、その全階層の攻略となると一日や二日でどうにかなるようなものではない。

 何度もキャンプを張って休憩を挟みながら、ランス達は徐々に最深部へと進んでいく。

 

 

「……今の魔物、何だか他のよりも強かったですね。それに倒す前に逃げちゃったし……」

「……ぬ、今の雑魚ってもしや……」

「ランス様、今の魔物を知っているのですか?」

「いや、知ってるっつーか……まぁいいや」

 

 途中、どこかで見た事があるような気がする一風変わったぶたバンバラや、何だか知っているような気もする一風変わったサメラーイなど、ランスが妙な既視感を覚える戦闘なども挟んで。

 

 やがて一行は最奥部に到着。50階層からなるモスの迷宮を見事に完全踏破した。

 

 

 

 そして次に向かったのは魔王城から北、魔界都市アワッサツリー。

 だが都市へ向かう途中、雷が降り注ぐ危険なエリア『光原』を越えるのにとても苦労した。

 止む事無く発生する落雷に、ぎゃーぎゃーと騒いで逃げ惑うランス達の横で、魔人のサテラだけは無敵結界に守られ涼しい顔をしていた。

 

 

「………………」

「……うん? ランス、どうした?」

「おいサテラ。お前これ持ってろ」

「なんだこれは?」

「いいから。んで少し離れてろ」

 

 最終的にサテラが持たされたのは金属の長い棒。

 無敵の彼女を避雷針代わりにする事で、ランス達はどうにか光原を突破して。

 

 そうして辿り着いたのがアワッサツリー。

 ランス達の目的はその付近にある悪の塔。モスの迷宮とは異なる人工的な建造物である。

 

 

「サテラが聞いた話ではな、この塔は訪れた者の心を悪に染めてしまうらしいぞ」

「ほーん、心を悪にねぇ……。かなみ、お前いっちょ心を悪に染めてもらったらどうだ」

「えっ、何で私が?」

「だってほら、そうすりゃ多少はマシな忍者になれるかもしれんだろう」

「マシって何よ、マシって!」

 

 この塔にまつわる逸話などを小耳に挟みながら、ランス達一行は塔内部を上へ上へと探索する。

 しかしこの悪の塔はすでに誰かが攻略してしまったのか、内部にあった宝箱などは全てがカラ。

 単に魔物が多いだけのあまり見所が無いダンジョンであり、ランス達は頂上までサッと登ってサッと下りてきた。

 

 

 

 そうして悪の塔の探索を終えた一行は、その付近にあるダンジョン、いつわりの迷宮に挑んだ。

 その迷宮の内部は偽物の通路や幻覚を見せるトラップなど、惑わせる事に特化した厭らしい仕掛けが多く、単純な思考で進むランスにはどうにも相性の悪い迷宮だった。

 

 

「ランス、この道さっきも通ったよ」

「え、マジ?」

「うん。シャリエラちゃんと覚えてる」

「……ぬぅ。……よし、ウルザちゃん、ここは君の出番のようだ」

「はい、分かりました。しっかりとマッピングしながら慎重に進みましょう」

 

 先頭をウルザに任せてからはわりかしスムーズに攻略は進み、そうして辿り着いた最深部で発見した宝箱から、希少なアイテムであるクリスタルリングを手に入れた。

 

 

 ランスが暇つぶしにと始めた迷宮探索だったが、しかし一度始めてしまえば熱中するもの。

 魔物界にある迷宮だけあって内部には強い魔物が多く、自然とランスの経験値も溜まっていく。

 3つの迷宮全てを踏破した頃には、ランスのレベルも60を越えていた。

 

 とそんな感じで、ランスがダンジョン攻略に日々を費やした結果。

 以前部屋で乳首の品評会をしていたあの日から、気が付けば一ヶ月以上が経過していた。

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 そして、そんなある日の事。

 

 

「がーー!!」

 

 雄叫びが聞こえる。

 

 

「がーーーー!!!!」

 

 それは次第に近づいてきて、

 

 

「がーーーーーー!!!!!!」

「わぁっ、なに!?」

 

 そして、部屋のドアが粉砕されんばかりの勢いで蹴破られる。

 部屋内に居たシルキィは驚き、装甲の強化の為に用いていた工具をその手から落とした。

 

「がーーーーーーーー!!!!!!!!」

「ら、ランスさん!? 帰ってきたの? ていうか、ちょ、ちょっと、ちょっと!! なになに、なにこれ、何なの一体!?」

「がーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!」

 

 叫ぶランスはシルキィの事を抱え上げると、そのまま天井目掛けてぽーいと投げてはキャッチ、再びぽーいと投げてはキャッチ、その繰り返し。

 意図のよく分からない謎の行動であるが、とにかく溢れそうな怒りを表現しているらしい。

 

「いつまでチンタラやってんじゃーー!!!!!」

 

 迷宮探索から戻ってきたランスは怒っていた。それはもうブチ切れていた。

 その理由は暇を持て余していたあの日と全てが同じ、現状が何一つ変化していない事に尽きる。

 

 対ホーネットに関しての進捗が無い。それは仕方が無い事だと受け入れるしかない。

 迷宮探索に出ていた間は一切ホーネットと接触しておらず、それで何かが変わるはずも無い。 

 

 だが問題はもう一方、派閥戦争に関しての進捗。

 こちらにも全く動きが無く、魔王城の様子は至って平和、ランスが迷宮探索に出発する前と何も変わっていなかった。

 

「もう一月以上経ってんだぞ!! 次の戦いだとか、逆に敵が攻め込んできたりとか、普通何かあるだろ!! 何も変わってねーじゃねーか!!」

「ランスさんっ!! 分かった、分かったから!! 下ろしてってば!!」

「分かってねーんじゃーー!! 俺様に退屈は似合わないっつってんだろーー!!」

「そ、そんな事を私に言われても……!」

 

 ぽーいぽーいとお手玉状態にされているシルキィは、ほとほと困ったように呟く。

 やがてランスはその行為にも飽きたのか、落ちてきたシルキィの事をキャッチ、そしてその脇の下を両手でがっちりとホールドすると、至近距離からドスの利いた目付きで睨んだ。

 

「……考えてみりゃあ、君らは魔人だもんなぁ? つまりそういう事なんだな!?」

「そういう事って、どういう事?」

「魔人ってのはあれだ、寿命がねぇんだろ? だからこの戦争だってすぐには終わらなくてもあと十年以内に、いやなんならあと百年以内にケリ付けりゃいーや、とかなんとか考えてんだろ!?」

 

 こののんびり屋さんめ!! とランスはそれはもう怒り心頭で叫ぶ。

 実の所、それは現在のケイブリス派の方針そのものであったのだが、さすがにそんな気の長い事を考えているのはあの魔人だけであって、ここに居るシルキィにそんなつもりは全く無い。

 

「あ、あのねぇ。いくら何でも、そんな悠長な事は考えていないわ。こんな戦争、一刻も早く終わらせたいに決まってるでしょう?」

「ほんとかぁ~? どーにもそうは思えんぞ。現にこの前から何も変わってねーじゃねーか」

「ていうよりもむしろね、まだたったの一ヶ月程度じゃないの……」

 

 ランスに持ち上げられたまま、シルキィは辛抱が無いなぁと言いたそうな表情で異を唱える。

 

 派閥戦争が勃発してから早7年、未だにこの戦争は継続中なのだが、しかしその7年の間常に争いが起きていたかと言うとそれは異なる。

 数ヶ月以上も戦いが起こらない期間があれば、逆に数ヶ月以上も前線に張り付きっぱなしとなる事だってある。

 元より戦争とはそういうものだとシルキィは解釈しており、今は言うなれば準備期間。故に彼女にとっては何らおかしな事は無く、特別のんびりしている訳では無いのだが。

 

「まだ、じゃない! もうだ、もう! もう一ヶ月も経っとんじゃい!!」

 

 しかしランスにとってはそうでは無い。なにせとても短気な性格、以前ヘルマンで革命活動を行っていた時などは、当初は3年程を目標としていた所、それは長すぎると文句を付けて2ヶ月に短縮してしまう程である。

 

 そんなランスにとって、この現状はあまりにもちんたらし過ぎている。

 すでにこの魔王城に来てから半年以上が経過しており、前回の第二次魔人戦争を勝ち抜くのに要した期間と変わらなくなってきていた。

 

「こんなだらだらと無駄な時間を掛けていたらな、ペンギンが来るぞ! ペンギンが!!」

「……ペンギン?」

 

 その言葉の意味がさっぱり分からず、シルキィはこてりと首を傾げる。

 

「そうだ!! ペンギンは怖いぞぉ~、さすがの俺様もあれには手も足も出せんからな。いくらシルキィちゃんだって、いやホーネットだろうがあのペンギンには絶対敵わないぞ!!」

「……一体、なんの話をしているの?」

「とにかく!!」

 

 なんかそろそろ遅刻してしまう気がする。そしてヤツらが押し寄せてくる気がする。

 そんな謎の強迫観念に押されているのか、いずれにせよランスはもう我慢の限界、動かない戦況を待つ事には飽き飽きだった。

 

「派閥の作戦とかもう知ったこっちゃない、俺様は勝手に動くからな」

「……て事は、まさか……」

「おう」

 

 ランスは一度大きく頷いて。

 

 

「今から魔人退治だ!!」

 

 そして堂々と宣言した。

 

 

「なんせ暇だしな!!」

「て、え、そんな理由で? ランスさん、貴方ちょっと無茶苦茶な事を言ってない?」

 

 暇だから魔人と戦う。

 マトモな神経をしているとは思えないそのセリフに、シルキィは驚くより呆れてしまったのだが、その男の考えはもう変わらない。

 

 そんなこんなで、暇を持て余したランスは魔人退治をする事にした。

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。