カスケード・バウ①
「つー訳で、これから魔人退治に行くぞ」
恐れ知らずとしか言えないそんな言葉。
それをその男は傲然とした態度で言い放つ。
迷宮探索から帰還したその男、ランスは退屈を持て余していた。
そんな彼が選んだ次なる暇つぶし、それがまさかの魔人退治であった。
「魔人退治って……あのねぇランスさん、そう簡単に言うけども……」
「簡単だとも。魔人を見つけてぶった斬りゃいいのじゃ。要はそれだけだろう」
困惑した表情を浮かべるシルキィの一方で、ランスの決意は固い。
それは退屈だからという事もあるが、それ以上に切実な理由があるからである。
「俺様はちんたらしてるのは好まんのだ。君達に任せていたら永久に戦争が終わらなそうだしな」
短気な性格のランスにとって、今の派閥戦争の情勢はあまりにも動きが遅すぎる。
このままでは決着までに後何年掛かるか分かったものでは無く、とてもでは無いが付き合っていられなかった。
「大体ホーネットは何をしとるんじゃ。向こうが攻めてこねーならこっちから攻めりゃいーのに。戦争ってなそういうもんだろう」
「それはそうなんだけど……けれどね、そうもいかない理由があるんだって」
「理由だ?」
「うん。実は……」
ケイブリス派の動きが見えない今、一方のホーネット派が動けない、動こうとしない理由。
シルキィはその幾つかある理由を一つ一つ、ランスに対して丁寧に説明をした。
ここから先。敵の本拠地であるタンザモンザツリーまで到達する為には、その前にある大荒野カスケード・バウを越える必要がある事。
そこはすでに大勢のケイブリス派魔物兵が布陣を終えていて、加えてホーネット派がカスケード・バウを越えようとすると、その付近に居を構える魔人四天王、ケッセルリンクが動き出すという事。
ケッセルリンクを相手取っての荒野踏破は難関を極め、ホーネット派はこれまでも数度失敗している為、嫌でも慎重にならざるを得ないという事。
「……だからね、私達は別にのんびりしているって訳じゃないの。次こそは必ずカスケード・バウを越える為、今は戦力を増強している最中なの」
説明を終えたシルキィは、「分かってくれた?」と尋ねながら少し小首を傾げる。
「なんだ下らない。何かと思えばそんなしょーもない理由でだらだら時間を掛けてんのか」
だがその話を聞いても尚、ランスは全く納得していなかった。
「しょ、しょーもないって……」
「だってだな。つまりはケッセルリンクに勝てないっつー話だろ? そのカスケード・バウだか言う場所だって、あのキザ野郎さえ倒せりゃ簡単に越えられるんだろう?」
「……それは、まぁ、そうだけど……」
先程シルキィはあれこれ色々と説明していたが、要約してしまえば今のホーネット派が直面している問題は一つに絞られる。
それが魔人四天王ケッセルリンクであり、ならばその問題を解決する方法も一つである。
「だろ? ……はぁ、しゃーない。また俺様が一肌脱いでやるとするか。全く、結局の所ホーネット派は俺様が居ないとどうにもならんと言う訳だ」
あのホーネットでも苦慮している問題ならば、それを解決出来るのはこの派閥内で唯一人だけ。
これも英雄の宿命ってヤツだなと、ランスはうむうむと大げさに頷き、そして。
「よし、んじゃあ目標は決まった。目指すは打倒ケッセルリンク!!」
次なる標的の名を高らかに宣言した。
「て事でシルキィちゃんも付き合えよ」
「えっ」
◇ ◇ ◇
そしてそれから二日後。
ランス達はその場所に来ていた。
「……うーむ」
眼前に広がるは荒漠たる光景、大地はからからに乾いていて、吹き抜ける風と共に砂埃が舞う。
所々地面から巨大な角のようなものが隆起していて、目を引くものといったらその程度。
その他には何もなく、先の方まで延々と荒れ地だけが広がっている。
それがカスケード・バウ。
魔物界の中南部に位置し、現在のホーネット派とケイブリス派の勢力圏を隔てる大荒野である。
「……こうして見ると、さすがに広いな」
「ですねぇランス様。前に来た時も思いましたが、やっぱり広いです。まだ肝心のケッセルリンクの城はちょっと見えないですね」
荒野の景色の眺めてのランスの率直な感想に、隣に居た彼の奴隷であるシィルも頷く。
一行は二日前に魔王城を出発し、そしてこのカスケード・バウの北の端に到着していた。
ここから南下を開始して、途中で東に進んだ所に目指すべきケッセルリンクの城がある。
ケイブリス派魔人達は皆現在の居所が知れず、唯一分かるのが自身の居城があるケッセルリンクだけとなるので、その意味ではランスが標的とするのに手頃な相手ではある。
しかし相手は魔人四天王、言うに及ばず強敵。
これからそんな相手と戦うという事で、ランスは荷物持ち役として連れてきたシィルに加えて、重要な戦力である彼女達を連れてきた。
「……カスケード・バウ。……来ちゃったわね」
その一人が魔人シルキィ。出発直前に宣言していた通りである。
なにせ敵となるのは魔人四天王、ならば対するこちらも魔人四天王だ。ランスがそう考えたのも自然な流れであり、城で暇しているように見えた彼女はあえなく連行されてしまった。
「……そうだなシルキィ。なんか、言われるがままみたいなノリで来てしまったな」
「……ハイ、サテラ様」
それに加えて魔人サテラとシーザー。
魔人四天王と比べるとさすがに劣るものの、とはいえ彼女だって立派な魔人。
彼女の最高傑作となるガーディアン、シーザーも加えれば軽視する事は出来ない戦力である。
「……ところで、あの……私には一応、ホーネット派の任務があるのですが……」
そして更に魔人ハウゼル。
彼女はここから最寄りの魔界都市、ビューティーツリーで周辺の偵察任務を行っていた。
昨日そこにランス達が立ち寄った際、これはちょうど良いやと無理矢理に引っ張ってきた。
以上三名の魔人と一体のガーディアン。
ランスがわりと自由に扱える戦力の中では最強、ケッセルリンク一人と戦うだけならば決して見劣りする事の無いメンバーである。
「では諸君。我々は今から魔人ケッセルリンク討伐に向かうぞ」
「………………」
「なんじゃお前らその顔は」
ランスがそんな文句を付けたのは、眼前に並ぶ自分以外の面々全員に対して。
魔人退治と聞いて不安そうな表情のシィルは元より、サテラやシルキィ、ハウゼルといった皆全員が難しい表情を向けていた。
「ランス、本当にカスケード・バウに進む気か?」
「勿論。その為にここまで来たのだからな」
「……ここまで来る間で何度も言ったけどね、さすがにこれは無理だと思うのよ」
「やかましい。何度も言ったがやってみなきゃ分からんだろう」
「ランスさん、けれど……」
「全くハウゼルちゃんまで、魔人のくせにそう情けない事を言うもんじゃないぞ」
やる気満々、血気盛んなランスに対して、3人の魔人達は「気乗りがしないなぁ」といった感じのオーラに満ち溢れていた。
これは派閥の主からの命令では無く、影の支配者を自称するランスの独断専行で動いているからとの理由もあるのだが、それ以上に戦う気が起きない一番の理由。
「でもね、いくら何でもこの戦力じゃ無理だって。私達たったの6人しか居ないじゃないの」
それは彼我の戦力差の大きな隔たり、戦う前から殆ど結果が見えてしまっているから。
これまでの戦いの歴史を踏まえても、このカスケード・バウ攻略は最大の激戦となる。それをシルキィ達は深く理解している。
以前挑んだ時はホーネット派の総戦力、派閥に属する大半の魔物兵達に加えて、最強の戦力であるホーネットが出ても突破する事が出来なかった。
にもかかわらず、それらを抜いたこの6人だけで今回は挑んでみる。それはもう無謀という他に表現しようの無い挑戦であった。
「ここカスケード・バウは本当に難所なんだ。魔物兵だってうじゃうじゃいるし、夜になるとあのケッセルリンクが出てくるんだぞ」
「そう。ランスさん、貴方はケッセルリンクの事を知らないんでしょうけどね……」
「俺様を誰だと思っとる、ケッセルリンクの事ぐらい知ってるっつーの」
無知を指摘するシルキィの言葉に反論して、ランスはふんと鼻を鳴らす。
前回の第二次魔人戦争を経験している彼にとって、その魔人の脅威はシルキィ達と同じくらいに、あるいはそれ以上に理解している。
近づけば鋭い爪での攻撃、遠距離からは強力な魔法攻撃、他にも血を吸われると理性を失ってしまうなどの多彩な能力に加えて、一番厄介な点が夜が訪れた時の特異性。
「お前達が言いたいのはあれだろ? あのキザ野郎は夜になったらちょっと強すぎるから、勝ち目なんて無いって言いたいんだろ?」
魔人四天王ケッセルリンク。彼は夜間になると戦闘能力が急上昇するという性質を有している。
その強さは時に無敵とも称される程。夜間のケッセルリンクとはランスも前回の時に対峙した経験があるが、さすがの彼でさえも戦う気の起きないような相手であった。
身体を霧状に変えて夜闇と同化し、壁をすり抜けて奴隷二人を攫われてしまった時の事などは、ランスにとって思い返したくない過去の一つである。
「けどな。お前達知っとるか? あいつには昼に弱いっつーアホみたいな弱点があるのだ」
とはいえそんなケッセルリンクと言えども、前回の時にはランスの手によって討伐されている。
その理由がケッセルリンクが有する大きな弱点、今回のランスの狙いも前回と同じく、相手が弱体化する昼間に戦う事にあった。
「ランス、ケッセルリンクの弱点くらいサテラ達はみんな知っているぞ」
「なら話は早い。要は夜になる前にこの荒野を抜けて、あいつの下まで辿り着きゃ良いって訳だ。んなもん俺様に掛かりゃ楽勝だ、らくしょー」
楽に勝てると謳うランスにとって、ここまでは全てが作戦通り。
まだ日も昇っていない深夜の頃合いにビューティーツリーを出発して、このカスケード・バウに到着した今はまだ朝方近く。
その魔人が目を覚ます日没まではまだかなりの時間があり、急いで進めば必ず間に合う。
辿り着けさえすれば、後は棺の中で無防備に眠るケッセルリンクにトドメを刺すだけである。
これは前回の時にもランスが採った作戦。
前回はメイドへのお仕置きに熱中してしまい、結果失敗に終わってしまったのだが、しかしそうと分かっている今同じ轍を踏みはするまい。
故に大丈夫だとランスは考えていたのだが、
「……本当に楽勝だったら良いけどな。けれどランス、ケッセルリンクが昼間に動けない事は向こうだって重々承知の事なんだぞ」
「えぇ。当然私達はその弱点を狙ってくる、ケイブリス派はそれを分かっていてここに布陣しているんだから、そう簡単にいきっこないわ」
「……そうですね。これまで私達ホーネット派が何回挑んでも、このカスケード・バウは越えられませんでしたから……」
しかしこの荒野の難攻不落さを知る者達、三人の魔人は皆がランスの考えに否定的。
この戦力で進むのはどう考えても無謀、これではカスケード・バウで守備を固める魔物兵達の壁に阻まれて、恐らくはケッセルリンクの城に辿り着くことさえも叶わないだろう。
そう考える彼女達は何とかランスに再考させようと、あれこれ理由を並べてみたのだが。
「これまでってのは俺様が居ない時の話だろ? けど今回はこの俺様が居る。だから問題無い」
しかし一向に効果無し。この時ランスは彼女達の意見を一応耳には入れつつも、それでも十分イケるだろうと思っていた。
一度ケッセルリンクには勝利している。その事で楽観的になっているという理由もあるのだが、なにより敵の戦力を軽視していた。
彼がこの魔物界に来てからもう半年近く。その間に数体の魔人を無力化する手柄を挙げたが、しかしその一方でこれまでに二度程行われた、魔物兵同士の大規模衝突に参戦するのを避けてきていた。
その為ランスはまだ魔物兵達と戦っておらず、その全貌を目にしていない。前回の時のように総戦力を4つに分けてはいない、巨大な一団となったケイブリス派魔物兵達の数の暴力、それをまだ真の意味で理解していなかった。
そしてそれ以上に一番の理由、とにかくランスは暇だった。
動かない今の戦況、退屈な状況を強引にでも変える為には、多少の無謀も致し方無しであった。
「……ちょっと待ってね、ランスさん」
「あん?」
その一方、そんな数の暴力というものを深く理解している3人の魔人達は、こそこそっとランスから少し距離を取っての緊急作戦会議。
「……ランスは本気だぞ。どうする、シルキィ」
「……どうしますか、シルキィ」
「そうねぇ……って、え、これ私が決めるの?」
三人額を寄せ合って、ひそひそ声で話し合う。
これから始まるのはあまりにも無茶な作戦、とてもでは無いが勝機など見えない突撃。
どうにかしてランスに考え直させなければと、彼女達は頭を悩ませていたのだが。
「……仕方ないわね。私達だけでやれる所までやってみましょうか」
最終的にそれは無理だなと思ったのか、やむを得ずといった表情のシルキィがそう宣言した。
「ランスさんは言っても聞かないし、自分の目で見てもらった方が早いわ。幸いこっちの魔物兵達は動かしていないから、ランスさんとシィルさんにさえ気を配れば余計な被害が出る事も無いし」
「まぁ、サテラ達は魔人だからな……。という事は頃合いを見て引く感じか?」
「うん、そんな感じで」
「……そうですね。ちょっと深入りをする偵察だと思えば一応得るものもあると思います」
少々後ろ向きな思考だが意見は纏まった。
目を見合わせた三人の魔人は一度こくりと頷き、そして。
「……ランスさん、分かったわ。なら時間も惜しいし、早速行きましょうか」
「おぉ、乗り気だなシルキィちゃん。よっしゃ、んじゃあ作戦開始だ! シィル、お前も遅れないように付いてこいよ!!」
「はいっ!」
ランスの号令を合図にして、一同は駆け出した。
◇ ◇ ◇
カスケード・バウ。
そこは見晴らす限りに広々とした荒野。
大地から突き出した巨大な角のような隆起物の他には、遮蔽物などはどこにも見当たらない。
故に進軍を開始したランス達の視線の先。
遠方は砂塵によってぼやけて見えていたが、それでも程無くしてその姿を視界に捉えた。
「おっ、雑魚共はっけーん!!」
荒野の先には緑の大軍、魔物兵スーツを着込んだケイブリス派魔物兵達の姿。
その言葉通り一体一体なら彼等にとっては雑魚。とはいえその軍団の横幅は視界を遮る程に広がり、縦幅などは一目見ただけではとても分からない。
いくら単体では雑魚とは言え、その規模は決して軽々しく戦えるようなものでは無いのだが。
「者ども、突撃じゃーー!!!」
しかしランスはそんな大軍を前にしても勢いを落とさず、駆けながら仲間達への号令を叫ぶ。
次第にその距離が縮まっていく中、こうしてランス達が敵の姿を捉えているという事は、勿論ながら向こうも同じように近づいてくる敵の姿を発見しているという事で。
「敵襲、敵襲ーー!!」
「守備を固めろ! 敵は魔人だが臆するな!!」
その大軍の中、一人の魔物兵が接敵を大声で知らせれば、その場を取り仕切る魔物隊長の一人が全員に向けての命令を返す。
ケイブリス派陣地の北端、そこはホーネット派が攻めて来た時には最初に衝突する場所となる。その事を当初から理解しているのか、魔物兵達はさしたる混乱も無くすぐに臨戦態勢を取った。
「行け、シーザー!!」
「ウォォォォォッ!」
先陣を切ったのはシーザー。制作主からの命令を力に変えて、雄叫びと共に猛進していく。
魔人と同等の力を有するとも言われるシーザー、そのぶちかましの迫力は目を見張る程。魔物兵の一塊に向かって突撃を繰り返しては、その束ごとを紙くずのように蹴散らしていく。
「やぁっ!」
そして勿論ながら主人であるサテラも戦う。
その手に持つ鞭を縦横無尽に振るって、魔物兵達の頭部を的確に射抜いていく。
サテラとシーザー。この戦場の中で両者の戦闘能力は抜きん出ていた。
まさしくちぎっては投げちぎっては投げと言った感じで、瞬く間に戦果を増やしていく。
その活躍は目覚ましいものだが、しかしこの戦場において彼女達は主役では無い。
サテラ達の戦い振り以上に目を引くもの、それが荒野の遥か上空にある。
「はぁぁああああっ!!!」
気合の籠もった声を上げながら魔力を高めて、そして引き金を引いて開放する。
魔人ハウゼル、空を飛ぶ彼女が持つ巨銃、タワーオブファイアー。その銃口からは巨大な火炎の奔流が放たれ、大地にあって見上げる事しか出来ない魔物兵達の頭上に降り注ぐ。
「ぎゃあーーっ!!」
「は、反撃だ、とにかく攻撃を続けろー!!」
空を飛翔する魔人の火炎に晒され、兵達は悲鳴を上げて逃げ惑う。だがそんな中でも弓矢や魔法など、遠距離攻撃が可能な者は上空の脅威へと向けて攻撃を行う。
勿論それらは無敵結界に阻まれてしまうのだが、相手の視界を遮ったり、多少の煩わしさを与えたりは出来る。逆に言うとその程度にしかならない必死の抵抗を繰り返す。
魔人ハウゼルが放つ火炎砲。その一撃の火力と規模も相まって、彼女が齎す戦果は先程のサテラとシーザー以上。
地上で戦う仲間達を援護する為か、敵の遠距離攻撃部隊を優先的に狙っては、爆音と共に真っ赤な火炎の華を咲かせていく。
しかしそんな彼女もこの戦場だと主役ではない。
ハウゼルの戦いよりも更に目を引くもの、それはやはりこの場においては最強の存在。魔人四天王である彼女の奮戦振りか。
「──ふっ」
装甲内部で聞こえる鋭く息を吐く音。
それと共にその装甲、見上げる程に巨大な装甲が動き出し、巨大な二の腕を振るう。
巨人がその手に持つ武器、今は斧槍のような形状の魔法具が地表にいる魔物兵の一団を粉砕し、そのまま大地を抉って地形ごと変えていく。
魔人シルキィ。彼女は開戦と同時に魔法具の装甲を全て展開し、それはもう八面六臂の大活躍を見せていた。
何せ巨大である。彼女が秘める戦闘の才能も相まって、その腕の一振りで蹴散らしていく敵の数はサテラやハウゼルの比では無い。
魔人シルキィの魔法具の装甲、それを全て使用すると魔人バボラと匹敵する程の大きさを持つ。
ただバボラとは異なる点として、そこには無敵結界の効果が無い。魔人の無敵結界は魔人本人の周囲に展開される為、シルキィが装備している装甲部分にその守護が及ぶ事は無い。
そしてその欠点に関しては、ケイブリス派の魔物兵達なら皆が知らされている事であって。
「射てー!! 射てー!!!」
魔物将軍の合図を受けて、弓を構えた魔物兵達が巨人に向けての一斉射を行う。
魔人シルキィの装甲部分だけならば、無敵結界を破れない魔物兵にだって破壊する事は可能。
故に彼等は臆せず立ち向かう。先程から引っ切り無しに矢を射かけたり、あるいは魔法を撃ち込んだりと、巨大となった魔人四天王の侵攻に対して迎撃を試みてはいるのだが。
「……駄目だ、効かない!! 攻撃が全然効いていないぞ!!」
一人の魔物兵が思わずそんな悲鳴を上げてしまった通りに、その装甲はビクともしていない。
シルキィの装甲は元々は防御の為にあるものであり、その頑強さには折り紙付きである。それはリーザス国正規兵、彼らに支給される剣程度では全く傷付かず、逆にその剣をへし折ってしまう程。
雨と見紛う程の魔法や弓矢の下に晒されても、その装甲の猛威が止まる気配は無かった。
そして。
そんな獅子奮迅の活躍を見せる魔人シルキィ、その装甲の足元付近で。
魔人達の戦い振りからするとさすがに派手さには欠けるが、ランスだって勿論戦っている。
「とーー!!」
「ぎゃーーー!!」
掛け声と共に振り下ろした魔剣が、魔物兵の身体を一刀両断。
それと似たような死に様を晒す死体が、彼の周囲にはもう沢山転がっていた。
これまでの三名と違ってランスは人間だが、しかしただの人間では無く屈指の戦士である。
特に一月前から迷宮探索を繰り返し、それによって彼のレベルはもう60を越えており、人類の中でもトップクラスの実力を誇っている。
そして何より、ランスには前回の記憶がある。
前回の第二次魔人戦争、その中では少数精鋭の魔人討伐隊を率いて、時に一万を超すような魔物の大軍と何度も交戦してきた。
そんな彼にとって、このような圧倒的大多数と戦う戦闘はもう慣れたものであった。
「てぇーーいっ!!」
「ぐぎゃーーー!!!」
「がーははははは!! 弱い弱い! 貴様らのような雑魚、この俺様の敵では無いわ!!!」
突っ込んでくる相手の胴体を切り裂いて、ランスは大口を開けてのいつもの大笑い。
その言葉は客観的にも事実であり、彼にとってこの戦場に居る魔物兵達は敵では無い。魔物隊長は元より、魔物将軍だって一対一ならば十分に戦える力が今のランスにはある。
だが戦闘前にシルキィ達が危惧していた通り。
このカスケード・バウ攻略において問題となるのは質では無く、やはり数の方にあった。