ランス(9.5 IF)   作:ぐろり

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カスケード・バウ②

 

 

 

 魔物界の中南部に位置するカスケード・バウ。

 今その荒野は戦場へと姿を変え、悲鳴と血しぶきが絶え間なく上がっていた。

 

「てりゃーー!!」

「ぎゃーーー!!」

 

 男が掛け声と共に魔剣を振るえば、身体を裂かれた魔物兵の断末魔の絶叫が響く。

 

 魔人ケッセルリンク討伐の為、ランス達はカスケード・バウへと侵攻を開始した。

 そんな一行を待ち構えていたのは、荒野に布陣していたケイブリス派魔物兵の大軍勢。

 

 それを蹴散らすは主に3名の魔人。

 大地の上では魔人サテラとシーザー、空からは魔人ハウゼルがその巨銃を構え、そして天を覆わんばかりの装甲の巨人が聳え立つ。

 

 ホーネット派魔人達は皆全員、開戦直後からその力を存分に奮っている。

 そしてそんな彼女達に負けじと、先程からランスも奮戦していた。 

 

 

「ラーンス、アタタターック!!」

 

 ランス得意の必殺技。振り下ろした魔剣に続き、大地を貫く巨剣の如き衝撃波が発生する。

 それは海を割るかのように一直線、視界を遮る程に並んでいた魔物兵の集団を切り裂いた。

 

「まったく、歯ごたえの無い奴らめ! 肩慣らしにもならんわ!!」

 

 夥しい程の敵の数を前にしても、余裕綽々のランスは居丈高に言い放つ。 

 魔物兵スーツを着込んだ魔物兵の性能は全員が均一であり、その一体を軽く捻れる彼にとって、この戦場において歯ごたえのある敵と言ったら魔物将軍くらいなもの。 

 だからこその余裕なのだが、しかしそれはあくまで一対一の状況においてのみの話であって。

 

「第一部隊、前進ー!! 敵を進ませるなー!!」

 

 これ以上相手を近づけてはならない。本拠地には絶対に届かせてはならない。

 派閥の主たる魔人のそんな意向の下、この荒野に置かれた莫大な規模のケイブリス派魔物兵達。

 その数の暴力というものが、次第にランスへその牙を向け始めた。

 

 

 

「死ねーーー!!」

 

 と叩き切ったそばから、すぐに一体。

 仲間の死体を踏み越えるような勢いで、魔物兵がランスの方に突撃してくる。

 

「無駄じゃーー!!」

 

 その程度で押されるランスでは無い。

 追加の一体も即座に切り捨てるが、またすぐにもう一体の姿。魔物兵の攻勢に止む気配は無し。

 

「ラーンス、大根斬りーー!! ……ぬっ」

 

 大振りな攻撃でその魔物を真っ二つにするが、またまたすぐにもう一体。

 相手は突進と同時に鋭い槍の先端を伸ばしたが、ランスは身体を捻ってそれを躱す。

 

「んなもん当たるかーー!! ……ぐえっ」

 

 返す刀でその魔物を切り伏せるものの、更にまたまたもう一体。

 横合いからの体当たりを食らって、倒れはしないもののランスは軽くたたらを踏んだ。

 

「だーもう!! 雑魚共がこうぞろぞろと、数だけは無駄に並べやがって!!」

 

 思わず悪態を吐く彼の前には、魔物兵達がそれはもうわらわらと、無尽蔵とも言うべき数。

 何処に顔を向けても魔物兵の姿が目に入る。それ程の戦いも前回の時には経験しており、今更ランスがこの数を前にして怯むような事は無い。

 

 しかし前回の時に彼が率いた魔人討伐隊。その戦い振りは強襲からの即離脱が基本であり、数で劣る戦場に長々と留まって戦うような真似は前回の時にもあまり経験が無く。

 そして何より前回の魔人討伐隊は「隊」と言うだけあって、精鋭達が100人近く集まった選りすぐりの戦闘集団であったのだが。

 

「シィーール!! お前も真面目に戦え!! さっきからロクに戦ってねーじゃねーか!!」

「た、戦ってますーっ! けれどランス様、さすがに敵の数が多すぎて……!」

 

 今のランスのそばにはシィル一人だけ。勿論彼女だってもう立派な精鋭、ランスの迷宮探索に付き合った結果、レベルは50を越えている。

 しかしシィルは前回の経験があるランスとは違って、このように少数で大量の魔物兵達に囲まれる戦闘に慣れていない。

 倒しても倒しても次々と湧き出てくる敵を前にして、幾度の冒険を越えてきた彼女の顔にも混乱と焦りと色が浮かんでいた。

 

「ちっ、しゃーない。サテラと合流するぞ」

「は、はいぃ……、はぁ、良かったぁ……」

「まったくへぼっちい奴め、奴隷の分際で主の足を引っ張りやがって……」

 

 足手まといの奴隷がちょろちょろしていては戦闘にならないと、仕方無くランスはその場をダッシュで一時撤退、そそくさと移動を開始。

 

「おぉランス。どうした、何かあったか?」

「いや、シィルがへっぽこだからこっちに来た」

 

 そして近くで奮戦していたサテラ達と合流。

 壁役のシーザーと戦士のランス、中距離で鞭を振るうサテラ、遠距離から攻撃・支援魔法を放つシィルと、4名しっかり連携を取りながら戦っていく。

 

 その戦場において一番目を引くもの、それは勿論魔人シルキィが展開した装甲の巨人。

 一番活躍しているのも彼女であり、専ら敵の注意はそちらへと向いている為、全ての魔物兵の目がランス達に向く事は無い。

 そんな事もあってかサテラと合流したランス達もその後は危なげなく、膨大な数の敵を前にしても決して押される事は無かった。

 

 だが、とはいえそれでも敵の数は尋常では無く。

 一時も止む事の無い戦闘を繰り返しながら、時刻が昼前に差し掛かった頃。

 

 

 

「ランス、右から来たぞ!」

「………………」

「おいランス、聞いてるのか!?」

「………………」

「……ランス?」

 

 思わず振り返ったサテラの目に映ったのは、その男のとてもげっそりとした表情。

 

「……疲れた」

「なに?」

「……俺様、もう疲れたんだけど……」

 

 延々と戦い続けて数時間。

 すでにランスはバテバテであった。

 

「……ふぅ、ひぃ……、わ、わたしもです……」

 

 そしてシィルも同じくバテバテ。

 この戦場でただ二人となる人間、ランス達の身体にはとっくに限界がきていた。

 

「……あーだる、しんど……」

 

 魔剣を持ち上げるのも辛いのか、肩を落としたランスは両手をぶらりと垂らす。

 彼は基本的に劣勢の戦況では戦略的撤退を選ぶ事が多いため、このように何時間もずっと戦い続けるような真似は滅多にしない。

 汗はだらだら、身体は疲労困憊、当初あった威勢の良さも何処かに吹き飛んでいた。

 

「なんだランス、これしきで音を上げるなんて情けない。サテラはまだまだ全然平気だぞ」

「……こちとら人間じゃ、魔人のお前と一緒にすんなっての。……あ゛~、腹減ったぁ……」

 

 サテラ達は魔人、体力の底も他の生物を遥かに勝る存在であるが、しかしランス達は人間で。

 人間には食料が必要であり、エネルギー補給をしないと動けなくなってしまう。こればっかりはレベルが高くてもどうにもならない問題である。

 

「……ダメだなこりゃ。ちょっと食事タイム。おいシィル、お前も付いてこい」

「はぁ、はっ……あ、はい。……え、けれど一体どこに……?」

 

 この敵ばかりの戦場の中、一体何処で休むのか。

 そう首を傾げるシィルをよそに、ランスはその場をサテラに任せてすたすたと移動を開始。

 

「……おーい、シルキィちゃんやーい」

 

 そうして立ち止まったのは、今も尚戦い続けていた巨大の装甲の足元近く。

 

「どうした?」

「俺様もう疲れた。休むから肩に乗せろ」

「えぇー……」

 

 想定外の要望に、思わずシルキィは戦場において意図的に変えている固い口調を崩してしまう。

 ランスが考えた休憩場所、それは魔人シルキィの巨大な装甲の上であった。

 

「休むってランスさん、今は戦闘中なのよ? もう少し我慢出来ないの?」

「無理、腹減った、早くしろ」

「けどねぇ……そもそも休憩っていっても、この装甲の上だって別に安全って訳じゃないのよ?」

 

 その装甲の上は確かに高い場所な為、地上の戦闘からは逃れる事は出来る。

 しかしだからといって全くの安全では無く、今だって弓矢や魔法が飛んできている。

 

 そんな事もあってか渋るシルキィを前にして、

 

 

「……うにゃーん」

 

 ランスは突然にゃんにゃんの鳴き声を上げた。

 

 

「……どうしました、ランス様?」

 

 主人の奇行にきょとんとするシィルの一方、

 

 

「なっ!?」

 

 シルキィはびっくり仰天、飛び上がるような反応を見せる。

 

 

「にゃーお、にゃーお」

「ちょ、ちょっとちょっとっ!!」

「うにゃーん、ふにゃーん……って、可愛らしく鳴いてた魔人が居たっけなぁ。ありゃ誰だっけ、確かどっかの魔人四天王で~……」

「分かった、分かったから、もうっ! その事は今後一切触れないで、お願いだから!」

 

 永久に隠しておきたい自らの醜態、それをあわやバラされてしまう一歩手前、シルキィは制止の言葉と共に魔法具を操作する。

 装甲の巨人が慌てた様子で片膝を落とし、その大きな片手を地面へと差し伸べる。

 

「うむ、よろしい」

 

 偉そうに頷いたランスがその上に乗り、そしてシィルも続く。

 するとその手がゆっくりと動き出し、巨大な装甲の肩の高さまで持ち上がった。

 

「おぉ、高い高い。それに結構広いな」

「ですね、これなら十分に休めそうです」

 

 全長50メートル近い巨人だけあって、その横幅だってかなりなもの。

 ランス達が下りた装甲の肩部分は広く、二人が食事を取るには十分な、たとえ寝そべったとしても問題無いくらいのスペースがあった。

 

「……けれどもランス様、ここは魔法とかが飛んできてしまうのでは……」

「安心しろシィル、そういうのはシルキィちゃんが全部防いでくれるから」

「……まぁ、ね」

 

 この戦場には自軍の陣地などが無い為、何処に居ても敵の攻撃に晒されてしまう。

 ならば一番安全な休憩場所はここ。この魔人はとても世話焼きな子であり、この状況下で自分達を危険に晒す事など出来ないはずだ。

 ……と、そんな自分の性格をランスに完璧に読まれていたシルキィは、不承不承といった感じで頷くしかなかった。

 

「とにかく二人共、そこから落ちないでよね」

「おう。君もあんま激しく動いて戦うなよ。……んじゃシィル、さっそく昼飯」

「分かりました、お弁当出しますね」

 

 シィルは戦場においても律儀に背負っているリュックを下ろし、その中から今朝出発する前に作ってきた昼食を取り出す。

 

「はいどうぞ、ランス様」

「うむ。もぐもぐっと……お、梅おにぎりだ」

 

 そしてランス達はしばし昼食休憩。

 今も地上では激しい戦闘が行われている中、その肩の上は何とものどかな雰囲気で。

 

「……ふーむ」

 

 奴隷の作ったお昼ごはんでお腹を満たしながら、ランスは何気無く周囲を眺める。

 

「……お、あそこでサテラが戦ってる。こうして見てるとあいつも結構やるもんだなぁ」

「そりゃ何と言っても魔人だしね。魔物兵ではあの子を止める事なんて出来ないわ」

 

 ランスとシルキィがそう評価した通り、サテラ達は着実に魔物兵の山を築き上げている。

 そしてふと遠くの空に目を向けてみれば、そこには見目麗しき天使の姿。

 

「お、ハウゼルちゃんだ。相変わらずもの凄ぇ火力だなぁ。一瞬で丸焼きにされてく雑魚共がさすがに気の毒になってくるぞ」

「確かに。というか性格に似合わず豪快な戦い方をするのよね、ハウゼルって」

 

 その火炎は荒野に何条もの焼け跡を残し、その直線上には黒焦げになった亡骸の姿。

 そのまま真下に目を向けてみれば、そこには巨大な足と多くの魔物兵の頭部が見える。

 彼等はその手に持つ武器を激しく打ち付け、装甲の脚部を破壊しようと試みているようだった。

 

「……なんつーかあれだな、巨人と小人の戦いって感じだ」

 

 小人の振るう剣は頼りなく、巨人にとっては爪楊枝で引っ掻かれた程度のもの。

 すると巨人は小人が纏わり付いていた片足を一度持ち上げ、そのまま彼等の頭上に落とした。

 

「うわっ、あいつらぺちゃんこだぞ。シルキィちゃん、やる事えげつなー」

「……ちょっとランスさん、そういう事を言わないでよ。戦い辛くなっちゃうじゃないの」

「しっかし懲りねーなぁこいつら。またすぐ向かってきているぞ。こんなデケーの相手じゃ勝ち目なんか無いってのによく戦う気になるもんだ」

「カスケード・バウの魔物兵達はみんな士気が高いのよ。彼等からすればこの私に勝つ事は出来なくても、ここで時間さえ稼げればそれで勝利みたいなものだからね」

 

 戦場において魔物兵達が魔人と相対した時、彼等に出来る事と言えば時間稼ぎ位なもの。

 魔物兵では魔人に勝つ事など不可能なのだが、しかし現在時刻は昼。数時間後には日没となり、するといよいよケッセルリンクが姿を現す事となる。

 そうなればもう勝利は間近。自分達に唯一可能な時間稼ぎが勝利の鍵となるこの戦況下において、彼等は皆やる気に溢れていた。

 

 現に装甲の巨人の足元に纏わり付けば、それを振り払う為にシルキィは一度歩みを止める。時間稼ぎとはそういうものの積み重ねである。

 特に今その巨人は肩上に人間二人を乗せていて、激しい動きが制限されてしまい戦闘能力が大幅に低下し、その歩みも更に遅くなっている。

 

 となるとランス達もすぐに休憩を終えて、これまで以上にその剣を振るい、先に進む足を早めなければならないというもの。

 だがこうして一度休んでしまった事で、どうやら戦う気持ちが切れてしまったのか。

 

 

「……ふぅ、ごっそさん。シィル、茶ぁいれろ」

「はい、分かりました。……えーと、急須はどこに入れたかなっと……」

「ちょっとランスさん、食事が終わったのならすぐに戦闘に戻ってよ」

「……ん~、もうちょっと休んだらな。食後すぐに身体を動かすのは健康に良くないのだ」

 

 ランスは食後の休憩を挟んで。

 

 

 

「あ、漫画が読みたい。シィル、漫画よこせ」

「漫画ですか……漫画は、持って来てたかなぁ……ごそごそっと……」

「ちょっとランスさん、人の肩の上で漫画読もうとしないでよ。早く戦いに……」

「……あ~、まだまだ休憩が足らん。もうちょっと休んだらな」

 

 ランスは休憩終わりの休憩を挟んで。

 

 

 

「お、おやつの時間だ。シィル、おやつよこせ」

「はーい。今日のおやつはおまんじゅうですよ。こしあんとつぶあん、どっちが良いですか?」

「こしあん。……もぐもぐ、うむ美味い」

「……はぁ」

 

 もはやその口から溜息しか出なくなったシルキィを尻目に、ランスはおやつ休憩を挟んで。

 

 

 その後も彼が再び魔剣を握る事は無く。

 身体をごろんと横に倒して、遠くの景色を気ままに眺めながらまったり過ごしていると、次第に空の色には赤みが差し始める。

 

 それが切っ掛けだったのか、やがて一人の天使が彼等の下に近付いてきた。

 

 

「……お、ハウゼルちゃんだ」

 

 それは少し遠くで戦っていた魔人ハウゼル。

 彼女は装甲の巨人の顔近くまで寄ると、遠目でも分かる程に真剣な表情で口を開いた。

 

「シルキィ、そろそろ……」

「……えぇ、そうね」

 

 目を合わせた二人の魔人は静かに頷き合う。

 そしてシルキィはふぅ、と息を吐くと、ランス達を乗せている肩の方へと装甲の頭部を向けた。

 

「ランスさん、残念だけどタイムオーバーだわ。これ以上進むのは諦めて戻りましょう」

 

 現在時刻は夕刻前。

 彼女達が出発前に予定していた頃合い、引き返すと決めていた頃合いになっていた。

 

「あん? まだ日没までには時間があるだろ」

「それはそうだけど、けれど戻る時間も入れたらもう退却した方が良いわ。それにあと少し進めば辿り着くような距離でも無いし。まだ目的地の姿さえ見えていないのよ?」

「……む、まだ見えないのか? つーかケッセルリンクの城ってそんな遠いのか?」

 

 カスケード・バウの近くにあるらしきケッセルリンクの城。その目的地までの距離とは。

 そんな今更のような質問を受けて、シルキィは「そうねぇ……」と少し考えた後。

 

「……四分の一くらいは越えたかな?」

「……つー事は……」

「……最低でも、あと二日ぐらいは進み続ける必要があるという事ですか?」

「うん」

 

 恐る恐るといった感じのランスとシィルの問い、それにシルキィは即答で返す。

 

「普通に進めばそんなには掛からないんだけどね。けれどこうも魔物兵達に邪魔されては中々思うようには進めないでしょう? だからこのカスケード・バウは難関なのよ」

 

 朝方から行動を開始し、およそ8時間近く戦い続けて進めた距離が四分の一程度。

 それが今回のランス達の成果、そして同様にケイブリス派魔物兵達の時間稼ぎの成果であった。

 

「……ぬぬぬ。四分の一か、四分の一はさすがに……いやでももうちょっと頑張れば……」

「ランスさん、まさかまだ進むなんて言わないわよね。じきにケッセルリンクも出てくるわよ」

「……そもそもがだな。この俺様の手に掛かれば別にケッセルリンクなんぞ……」

 

 本日の作戦は誰あろうランスの立案。

 自らがやるぞーと啖呵を切った手前、この残念な結末のままで引き下がるとは言い辛いのか、彼は納得のいかない表情で遠くを睨んでいたのだが。

 

「……もしケッセルリンクが出てきたら、もう休憩なんてとれないわよ。朝になるまでずっと戦い続きになるけどそれでもいいの?」

「………………」

「相手があのケッセルリンクとなれば、貴方達を守りきれるか私にだって保証は出来ない。真っ暗な闇の中で何処から攻撃されるかも分からない、一瞬たりとも気の抜けないような戦いになるけど本当にやるの?」

「………………」

 

 あくまで事実を述べただけの、シルキィのそんな脅しが効いたのか。

 

「………………」

「……ランス様?」

 

 隣に居た奴隷の方にちらっと目を向けた後、

 

 

「……帰る」

 

 ランスは折れ、そして一行はカスケード・バウから退却する事となった。

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

「……やっぱり失敗だったな。だから朝にも言ったじゃないか。この戦力でカスケード・バウを越えるのなんか無理だって」

「………………」

 

 ランス達はカスケード・バウから撤退した。

 早々に荒野を離れ、最寄りの魔界都市ビューティーツリーへ向かう帰り道の途中。

 

「やる前から分かっていた事だ。大体ホーネット様も居ないのにいける訳が無いだろう」

「………………」

 

 先頭を歩くは今回の杜撰な計画の立案者。

 そんな男に向けて、その背後から容赦の無い非難の言葉が浴びせられる。 

 

「全く、無駄足にしかならなかった。ちゃんとサテラ達の話を聞かないからこうなるんだ」

「……がーー!! うるせーーー!!」

 

 だがその男はとても短気、言われっぱなしの状態を耐える事など不可能だった。

 ランスは殆ど逆ギレのように吠え上がった後、ぐちぐち言っていたその魔人のほっぺを摘んでぐにぐにーっと引っ張り上げる。

 

「サテラのくせに生意気言いやがってーー!!」

「むにゃぁ! ランスっ、離せぇ~!」

 

 今回の作戦はちょっと見通しが甘かった。

 その事はランスも自覚しているのだが、しかしそれを他人から言われるのはムカつくもので。

 その後目一杯サテラのほっぺをこね回してストレスを発散し、ようやく落ち着いたランスはこほんと一つ咳払い。そして、

 

「……というかだな」

 

 そんな台詞で仕切り直して、何やら負け惜しみのような台詞を語りだした。

 

「別にこの作戦は失敗などしていない。それは大きな間違いだぞ」

「ランス、いくら何でも往生際が悪いぞ」

「うるさいサテラ。お前は勘違いしているが作戦はまだ終わっていないのだ。この負け……じゃなくて、この一時撤退も俺様の計画の内なのだよ」

「え、それ本当に?」

「そうなのですか、ランスさん?」

「うむ」

 

 この時ランスはあえて振り向かなかったのだが、その背中には「嘘っぽいなぁ」と言わんばかりな魔人達の怪訝な視線が刺さっていた。

 

「さっきは確かにケッセルリンクの城まで辿り着く事は出来なかった。けどな、別に無駄な事をしたって訳じゃないぞ。さっきの戦いでは結構な数の雑魚共を倒したはずだ」

「……それは確かにその通りですね。数千体……いえ、一万近くは倒したかもしれません」

「そう、その通りだハウゼルちゃん! 少なく見ても一万は倒した、いやもっと倒したかもしれんな、うむうむ」

 

 およそ八時間程、主に三人の魔人達がその強大な力を存分に奮った以上、当然ながら敵の方には結構な被害が生じている。

 そして一方のこちらには一切の被害無し。これはとても上々な結果であり、素晴らしい成果なのだとランスは声を上げて主張する。

 

「だから後はこれを……百回? くらい? 繰り返せば、敵は全滅するはずだ。そしたら簡単に進めるようになる、それが真の計画なのだよ」

「……なんていうか、気の長い計画ね、それ。……ていうかランスさん、あと百回これを繰り返すのに付き合ってくれるの?」

「やだ、めんどくさい。後は君達だけで頑張りたまえ。応援だけはしてやるから」

「……そう言うと思った」

 

 その答えは予想通りだったのか、気落ちした様子も無くシルキィは言葉を返す。

 

 今のはランスが咄嗟に思い付いただけの負け惜しみ、単なる強がり発言なのだが、しかし言っている事は決して間違っている訳では無い。

 魔物兵の総数で上回るケイブリス派と言えども、その数に限りがあるのは事実。魔物だって畑からぽんぽんと採れるようなものでは無い以上、倒し続ければいつかは尽きるのは当然の話。

 

「……百回繰り返せば、か。簡単に言ってくれるけどもね、そう簡単な話じゃないわ」

 

 ただそれが現実的な話かと言うと、それはやはりノーだと言わざるを得ないもので。

 

「今回はたまたまよ。たまたま向こうに魔人が居なかったから私達が好きに戦えただけ。けれども次も同じだとは限らない、今日の一件で向こうも警戒するでしょうし、次は誰かしらの魔人が出てきてもおかしくないわ」

 

 魔人ケッセルリンクの討伐を目標に掲げたランスだが、ケイブリス派にはその他にも魔人が所属しており、そちらの警戒も必要なのは自明の理。

 以前にホーネット派がこの荒野に挑んだ際は、ケッセルリンクの他にもバボラや当時敵だったガルティアなどが行く手を阻み、故にこそのカスケード・バウは最難関なのである。

 

「今回の戦いの事はホーネット様にも報告した方が良いだろうな。サテラ達は勝手にカスケード・バウに挑んでしまった訳だし」

「そうですね。明日になったら私が魔王城に飛んで報告してきます」

「うん、悪いけどお願いねハウゼル。……それでランスさん」

 

 そこでシルキィは横を歩く仲間の方から、前を歩く男の方へと顔の向きを変えて、

 

「私達ホーネット派が今動こうとしない理由、ちょっとは分かってくれた?」

 

 そう問い掛けてみたのだが、しかしその男は、

 

「けっ!」

 

 とそっぽを向いただけであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今回ランスが退屈しのぎにと始めた魔人討伐。

 それはケイブリス派魔物兵達の壁に阻まれ、目的地に到着する事も無く失敗に終わった。

 

 

 だが。

 

 そのように暇を持て余していたのは、なにもランス一人だけという訳では無い。

 

 停滞したこの戦況を嫌い、戦いの起こらない現状に苛立ち、その結果派閥の主の意向など無視してしまうような者は、ホーネット派だけでは無くケイブリス派の方にも存在していて。

 

 それはランス達と時を同じくして既に行動を開始しており、その脅威はもう間近に迫っていた。

 

 

 

 

 


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