ランス(9.5 IF)   作:ぐろり

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VS 魔人レッドアイ

 それはある種運命的な巡り合わせというものか。

 魔界都市ペンゲラツリーにて、一つの戦いが始まろうとしていた。

 

 その場に集った全ての者達にとって、それは思いも寄らない唐突な遭遇。

 だったのだが、しかし彼等は皆歴戦の強者達。想定外の事にもさすがにその反応は迅速だった。

 

 

「レッドアイッ!!」

 

 装甲の展開が完了し、戦闘準備を終えた魔人シルキィは敵対者の名を叫ぶ。

 それは相手の注意を引く為、そして仲間達の前へ進み出ようと彼女は先んじて突撃を敢行。

 

「──ヌゥ!?」

 

 巨大となった装甲が弾丸のような速度で飛び、敵が寄生する巨大な兵器と衝突する。金属と金属がぶつかり、ドゴオォォン! と派手な轟音が響く。

 

「レッドアイ、何故貴様がここにいる!!」

「オーオー! それはミーのセリフね! 何故シルキィ達がここにいるしとるか!?」

 

 装甲と闘神。互いに鋼鉄より硬い身体をガリガリと擦らせ、互いに相手の腕部を掴み合う。

 互いに一歩も引かず押し合いながら、今こうしている事への疑問にシルキィが怒鳴りを上げれば、レッドアイもそのまま同じ問いを返す。

 

 ここペンゲラツリーは死んだ都市であり、どちらの派閥も支配圏としていない空白地帯。

 ランスの思い付きによって来る事となったシルキィは元より、レッドアイも敵の存在を知ってここに来た訳では無い。

 故にこれは互いにとって本当に偶然の出会い、まさかの遭遇。その偶然を偶然とは思えなかったシルキィなどは、最後までそれが頭の片隅に引っ掛かっていたのだが。

 

「……でもそんな事はもう興味ナッシン、もう関係ナッシンね!」

 

 一方のレッドアイはすぐにどうでもよくなった。

 何故シルキィ達がここに居るのか、その思惑などはもう些細な問題。仮にホーネット派が大規模な作戦行動を企んでいたとしても、この魔人にとっては全てが取るに足らない事。

 

「ミー達こうしてエ~ンカウントしたからには、する事と言ったら一つ!」

 

 意思持つ宝石の魔人レッドアイ。

 狂気の魔人と呼ばれる彼の趣味は無差別な殺戮。命ある者全てを憎み、命ある者を殺す事、命ある者の悲鳴を聞く事が至上の喜び。

 そんなレッドアイにとって、ホーネット派の者達が居るこの状況でする事と言えば一つだけ。

 

「全てダイ! オール・キル・ユー! キル・ユー・あなたね!」

 

 この日の素晴らしき出会い、自分の幸運に感謝をしながら全てを皆殺し。

 そんな思考の下に闘神Γが動き出す。弾くように地面を蹴って大きく後方へと下がり、今しがた競り合っていた魔人四天王から距離を取る。

 

「けけけけけけけけけ!!」

 

 奇っ怪な笑い声と共にその凶悪な魔力が収束し、すぐにそれはピークに達する。

 目に見える形での脅威へと転化し、狙うは勿論眼前に見えるその重装甲。

  

 前に突き出した闘神の指先に大きな光球が灯り、そこから放たれる極太のレーザー。

 それは大魔法使いの証ともなる攻撃魔法、白色破壊光線。

 

「──くぅッ!」

 

 甲高い音を伴って迫る白色の閃光。

 シルキィは両腕を交差して、装甲の前面部分でそれを真っ向から受け止める。

 

「ぐ、うぅ~~……ッ!」

 

 だがそれは破壊光線と言う名に恥じない破壊力を有しており、200kg近くの装甲がその威力に押されてじりじりと後退し、装甲内部まで突き抜けてくる苦痛にシルキィが呻く。

 今その背後には大事な仲間達が、特に何が何でも守らなくてはいけない者が二名も居る。下手な方向に光線の威力を逸らす訳にもいかず、その全てを耐え抜こうと彼女はぎゅっと歯を食い縛る。

 

「シルキィ! くっ、行くぞシーザー! シルキィの援護だ!!」

「ワカリマシタ、サテラ様!!」 

 

 そんな彼女の仲間の一人、魔人サテラ。攻撃を受ける友の名を叫んだその魔人は、自らが制作したガーディアンに指示を出して共に駆け出していく。

 特にそのガーディアン、魔人と同等の力を持つシーザーは近接戦闘に長けている。製作者たる主を追い抜いてレッドアイに肉薄すると、

 

「ウォォォオオオッ!!」

「オゥ!?」

 

 雄叫びを上げながら突撃。石の身体を活かしてのぶちかまし。

 それは闘神の巨体を大きく揺るがし、それに意識を削がれたレッドアイは放っていた魔法攻撃を中断させられる。

 

 

 

 とそんな感じで、その場に集った魔人達皆が戦闘を開始する中、肝心のランスはと言えば。

 

「……レッドアイ? あれが?」

 

 呆然とした表情でそんな台詞を呟き、その視界に映る物体を訝しげに観察していた。

 その大きさは3メートル程、見上げる程の巨体は全てが金属で造られており、体の各所が血管のような赤いケーブルで繋がれている。

 だがそんな外見的特徴よりも、何より気になったのが自分がこれを初めて見たというその事実。

 

「あれ? 確かあのキチガイ野郎が寄生していたのって、もっと別の……」

 

 ランスは前回の第二次魔人戦争を戦い抜き、その中で魔人レッドアイを撃破した経験がある。

 しかし目の前に聳える人造兵器、それは彼の記憶に残るレッドアイの姿とは全く相違しない。

 

「んじゃあ、ありゃあアニスの前って事なのか? つーかあれってなんかどっかで……」

 

 過去に一度倒したはずの相手の姿が異なる。

 更に言えばあの巨大な物体。あれは自分が以前に戦った何かに似ているような気がする。

 その違和感、その不可解さに、戦闘の最中だと言うのにランスは剣を取るのも忘れて、その場に立ち尽くして思考に耽っていたのだが。

 

「心の友ッ! 何をボサっとしとる!! 敵が目の前に居るんじゃぞ!!」

「お、おぉ! 分かっとるわい!」

 

 まさにその剣、腰に下げていたカオスからの叱責が飛んでハッと我に返る。

 レッドアイの寄生体、それが前回とは違う事は少し気になるが、それを考えるのは今では無い。

 そう思い至ったランスはすぐに魔剣を引き抜くと、傍らにいた奴隷へ指示を出す。

 

「シィル! お前は前に出てくんなよ! 邪魔だからどっかで援護してろ!」

「分かりました! ランス様、どうか気を付けてください! 念の為に……鉄の壁!」

 

 ランスとは違い前回の経験が無いシィルだが、彼女も一流の冒険者だけあって相応の場数を踏んでおり、唐突な魔人との戦闘にもすぐに頭を切り替えて支援魔法を唱える。

 鉄の壁。仲間の防御力を上昇させる効果があり、対魔法で言うなら魔法バリア程の効き目は見込めないのだが、一度攻撃を受けたら消える魔法バリアとは違い鉄の壁には持続力がある。

 

「よっしゃ、覚悟しろよレッドアイ! いつかのお礼をもう一度返してやる!」

 

 支援魔法の完成と共に下がっていく奴隷を横目にしながら、ランスは標的を見据える。

 少々予定外の戦闘にはなったが、ともあれあのキチガイ魔人は生かす理由も無いので殺そう。

 そうと決めたら行動は迅速であり、先のサテラ達に続くように地を駆け出す。

 

「ランスさん、危険だ! あまり前に出ては……」

「問題なーし! あんな雑魚魔人、この俺様に掛かりゃどうって事無いわ!」

 

 自分の背後に隠れていて欲しいと、言外にそう伝えてくるシルキィ。

 そんな彼女の横を走り抜けて、ランスはいよいよ魔人レッドアイの元へと迫る。

 

「グゥゥゥウウウ!!」

「ファーック! ユー、邪魔ネーー!」

 

 ガーディアンと闘神が取っ組み合い、その目玉の視線もそちらへと向いている中。

 

「チッ、デカい図体しやがって……!」

 

 自分よりも遥かに巨大、闘神Γの威容を前に、ランスは正面から飛び込む愚など犯さない。

 走りながらその巨体の横合いへと回り込み、

 

「とぉーーーっ!!」

「……オゥ?」

 

 闘神の脚部へと向けて、振り被った魔剣を思い切り叩きつけた。

 

 だが。

 

 

「──か、かってぇ!! なんつー硬度だ!」

 

 その剣を真下まで振り抜く事は叶わず、その攻撃は闘神の脚にほんの一筋の亀裂を残しただけ。

 渾身の一撃が弾かれ、その代償のようにじーんと痺れる左手をにぎにぎしながら、彼の怒りはその手に持つ魔剣へと向けられる。

 

「おいカオスッ! 全然斬れねぇじゃねぇか! てめぇ真面目にやりやがれ!!」

「やっとるわいっ! けどコイツが寄生しとるのは多分あれだ、闘神だ! 前に闘将と戦った時にも言うたけどな、儂はこういう分厚い鋼鉄をぶった斬るようには出来とらんの!」

 

 怒りのままに怒鳴る持ち主同様、怒鳴るような勢いで反論をするカオス。

 彼は神によって造られた魔剣であり、その切れ味はなまくらでは無い。むしろ並の剣を遥かに越える鋭さを持つのだが、とはいえそれでも剣であり、硬度の高い金属を容易く両断する事は難しい。

 特にそれが今相手にしている闘神のように、並の鎧を遥かに越える分厚さの鋼鉄で覆われた相手となれば尚更である。

 

「やっぱこいつは闘神か……! けどなカオス、これに寄生しているレッドアイは魔人、お前の大好物なんだからもっと気合を入れろ!」

「だから儂だって手は抜いとらん! 真面目にやってるってゆーとるやろ!」

「それが足りねぇっつってんだバカ剣が!! もっとやる気を──」

 

 やいのやいのとやかましく、言い換えると悠長にも言い争っていた最中、

 

「ランスッ!!」

 

 それに気付いたカオスが持ち主の名を鋭く叫ぶ。

 

「っ!」

 

 それで何を見ずとも反応した。

 ランスは咄嗟に左腕を振り上げ、闘神Γが自らの足元へ向けて振るった一撃、その鋼鉄の豪腕を魔剣の刀身で以て受け止める。

 

「ぐぅッ!!」

 

 足元でうるさくしていた隙だらけの邪魔者、それを払うかのように振るわれた闘神の巨拳。

 ランスはぎりぎりで防御したものの、しかしその威力、途轍もない衝撃までは殺せない。

 

「ぐ、はっ──!」

 

 たたらを踏むどころか、巨大なバネに弾かれたように後方へと吹き飛ぶ。

 そしてランスはその勢いのまま、軽く数メートルは地面を転がった。

 

「ランスっ!」

「ランスさん!!」

 

 その光景を目撃していた二人の魔人、サテラとシルキィの悲鳴が飛ぶ。

 

「心の友よ、生きてるか!?」

「……の野郎、やーりやがったなぁ……!」

 

 地面に何度も身体を打ち付けたランスは、魔剣を支えにしてゆっくりと起き上がる。

 シィルの支援魔法のおかげで見た目程のダメージは無かったのだが、それでも一発貰った事への怒りは別物。ランスは口から怨嗟の言葉を吐き出し、射殺すような目付きで憎き敵を睨む。

 

「無駄ねヒューマン! ミーの闘神ボディはベリィエクセレント! 弱っちいヒューマンの貧弱ソードアタックなど無駄、無謀、無意味!!」

 

 そんな視線を受けてもレッドアイは動じず、相変わらずのハイテンション。

 今その目玉が寄生しているもの。それは数百年前、魔を討つ為に人類が作り上げた最強の兵器。

 魔人に比する力を持ち、無敵結界を破る方法さえあれば魔人を倒せていたと言われる程の代物。故に人間など相手になるはずが無いと、レッドアイは寄生体の強さを存分にアピールしていたのだが。

 

「……オォー? ヒューマン?」

 

 先程自らが喋ったセリフ、そのおかしさにようやく気付く。

 人間とは人間世界で暮らす者達であり、この魔物界には居ないはずの存在、ここペンゲラツリーでは見るはずの無い相手である。

 

「ユーはヒューマンか? 何故ヒューマンがここにホワイ?」

 

 不思議そうに紅い眼球を歪ませるレッドアイだったが、その目に映る人間は「けっ!」と吐き捨てるように答えただけ。

 その代わりと言う訳では無いのだが、その人間が手に持つ魔剣が憎々しげに口を開く。

 

「……貧弱ソードとは言うてくれる! ランスよ、レッドアイの本体だ! あの闘神の首元にあるヤツの本体を狙え!!」

「んな事お前に言われんでも分かっとるわいっ、ならもう一度、次こそぶっ殺したる!」

 

 熱り立つカオスとランス。二人がが狙うは闘神Γの首元付近、そこにいる寄生主の本体。

 高い位置にあって斬り掛かるのは困難だが、しかし挑戦する価値はある。レッドアイは他の素体に寄生して戦う魔人である為、その本体たる宝石部分の防御力は極めて低い。

 

 更に言えばランスが使用している武器、魔剣カオスは魔人に対して絶大な効力を有する。

 その攻撃がレッドアイの本体に見事決まれば、一撃で両断する事だって不可能では無い。

 故にランスは会心の一撃一発で勝負を決しようと、痛む身体も気にせず再び駆け出した。だが、

 

「……あ~、ヒューマンなんてどうでもええか」

 

 対するレッドアイはすでに別の方を向いており、謎の人間への興味を失っていた。

 何故なら人間は弱い。魔人や使徒はおろか、魔物にも劣る貧弱な存在。ホーネット派の魔人が二人も居るこの場において、その赤い眼球が視界に捉える必要のある存在では無い。

 

「ヒューマンなんかよりこっち、こっちが邪魔! ファッキューね石人形!!」

 

 今も闘神Γに食い下がるガーディアン、シーザーの事をぎろりと睨む。

 そして殆どついでのように、その体から生える無数の触手を一本だけ持ち上げると、

 

「て事でヒューマンは早くダイして、悲鳴をリスニングさせるするね」

 

 それを向かってくる人間の方へと向け、触手の先端からファイアーレーザーを連続で発射した。

 

「いっ!?」

 

 ぐねぐねと湾曲しながら迫る赤色の光線、それをランスは驚愕の表情で迎える。

 これを受けるのはマズい。相手はただでさえ魔人である上、その魔人の中でも一番となる魔法力を有するレッドアイ。これを単なるファイアーレーザー1発と侮る事は出来ない。

 

「──この!」

 

 故にランスは迎撃を選択。走りながら斬撃を上手く合わせて、光線の先端を切り払う。

 するとその魔法は形が崩れて、瞬間弾けるような熱が襲うが、そのレーザーに直接身体を貫かれる事を思えば何倍もマシというもの。

 そうしてファイアーレーザーの1本を無理やり処理したのだが、しかしそれで終わりでは無く、

 

「げっ」

 

 間髪入れずに続々と迫る残り9本のレーザー。

 並の魔法使いにはとても真似できない芸当、驚異的な速度での魔法の連続行使、魔法LV3の真髄をその視界に捉えた所で、

 

「無理!!」

 

 そう断言したランスは即座に反転。

 背中を追ってくる赤いレーザーから猛ダッシュで逃亡を図ると、

 

「シルキィちゃん、たーっち!!」

 

 そこにいた闘神に比する程に大きな装甲、魔人シルキィの背後へと転がるようにして避難。

 

「んっ……!」

 

 追尾してくる残りのレーザーは全て、その頑強な装甲が受け止める事によって事なきを得た。

 

「ランス様、大丈夫ですか!?」

「おぉシィル、お前ここに居たのか」

「はい。自分の後ろが一番安全だからって、シルキィさんがそう言ってくれて……」

 

 シィルは言葉を返しながら、すぐにヒーリングの呪文を唱え始める。

 身体中に暖かい癒やしが巡り、急場を逃れた安心感にランスはほっと息を吐き出す。

 

 今ランスとシィルの二人が隠れているこの場所、魔人シルキィの装甲の背後。

 この装甲は勿論攻撃にも使えるが、攻撃を防ぐ事こそが本来の使い方。持ち主の性格も合わさってここが一番安全な場所である事は間違い無い。

 だからこそ二人は避難していられるのだが、しかしその間はシルキィが動けない、魔人四天王がその力を攻撃に割けないという事でもあって。

 

「んっん~、マ~ヴェラスッ!!」

 

 遠くで鎮座しているだけの装甲、抵抗してこない魔人四天王をいたぶるのが愉しいのか。

 レッドアイはその装甲を射撃の的のようにして、攻撃魔法を出鱈目に連射する。

 

「く、うぅっ!」

 

 立て続けに生じる爆発音。

 それは装甲の前面部を焼き、もしくは氷結させ、あるいは電撃が走ったりと。

 とにかく色々な方法でもってダメージを与え、その度にシルキィの口からは息を詰まったような音が漏れる。

 

「おいシルキィちゃん、大丈夫か!?」

「平気だ! この程度なら問題無い!」

 

 その身を案じて声を掛けるランスに向けて、シルキィは戦場での固い口調で迷いなく宣言する。

 彼女は歴戦の魔人であり、その装甲の頑強さも相まって守備力に関しては魔人随一。同じく魔人随一であるレッドアイの魔法力、それを前にしての平気との言葉も決して虚勢では無い。

 故に敵の攻撃をひたすら防いでいるこの状況。シルキィにとってそれは問題無いのだが、しかし防いでいるだけでは状況になんら変化は無く、そちらは大きな問題である。

 

「けけけけけけ!! シ~ルキィ~、何故バトルするしないか? 弱っちいヒューマンをガードするのがそんなに大事か?」

「……当たり前だ、お前には分からんだろうがな」

「オーオー! 勿論ね! 勿論ミーにはドントアンダースタン!」

 

 魔人が戦う事を放棄してまで、弱き存在である人間を守護する。

 そんな思考などは理解出来ない、理解したくもない事だとレッドアイは声高に主張する。

 

「ならシルキィ、ユーはそこでウェイトするしてるがよい。そんなユーはミーのハイパーな魔力でなぶり殺し、キル・ユー・あなたね! ゲギャハヒャアヒャヒャ!!」

 

 いくら魔人四天王と言えども、防御を固めて動かないのならば全く脅威にならない。

 それならばその装甲を全て破壊し尽くすまで、シルキィが死ぬまで魔法を放ち続けるだけだと、レッドアイは再びその強大な魔力を練り始める。

 

「させるか! シーザー、魔法を止めるぞ!」

「ハイ!」

 

 肉眼で見える程の魔力の収束に、気勢を上げたのはその場の近くにいた魔人サテラ。

 レッドアイの魔法の発射を阻害しようと、シーザーと共に攻撃を仕掛ける。だが、

 

「サ~テラ~。ユーの相手は後。シルキィがダイしたらユーもちゃんとキル・あなたしてあげるから、イイコチャンで大人しくするしてるOK?」

 

 その攻撃はレッドアイ本体には届かず、代わりに闘神Γが迎え撃つ。

 鋭く打ち付けるサテラの鞭を右手で掴み取り、シーザーの石拳に左の鉄拳を合わせる。

 

「ちぃ、こいつ……!」

「ヌゥウ……!」

 

 その兵器の性能、その厄介さに悔しくも舌を巻くサテラとシーザー。

 二人の攻撃は全て闘神Γが受け止めて、その一方でレッドアイは強力な攻撃魔法を繰り出し、シルキィをその場に縫い付ける。

 

 魔人を討つ為に作り出され、魔人と互角に戦える程の力を持つ闘神。

 その内の一体に寄生しつつ、自らも強大な魔力を行使する魔人レッドアイ。

 そんな相手との戦闘はもはや、魔人二人分の戦力と戦うに等しい事。

 

 ケイブリス派屈指の実力者である宝石の魔人は、一人として味方が居らず、ホーネット派の魔人が二人も居るこの状況下においても、劣勢どころかむしろ優勢に戦っていた。

 

 

 となるとそんな劣勢の状況をひっくり返すのは、往々にしてあの男の仕事となるのだが。

 

「……ぐぬぬ」

 

 そんな声は巨大な装甲の後ろ側から。

 今も安全地帯に逃れている、見方を変えると戦闘にちっとも貢献出来ていないランスは苛立たしげに口元を歪ませる。

 

「おい心の友よ、いつまでもここにおったってしゃーないだろう」

「分かっとるっつーの! ちょっと黙ってろい!」

 

 早くここから飛び出してレッドアイと戦え。

 そう言いたげな視線を向けてくる魔剣に対し、ランスは八つ当たりのような怒りをぶつける。

 

 今サテラとシーザーは闘神Γを相手取って戦っている。言うなればそれが彼女の役目。

 そしてシルキィはその高い防御力を活かして、ガードとしての役目を忠実にこなしている。

 そしてシィルはそんなシルキィに向けて、ヒーリングなどの支援魔法を唱え続けている。

 

 となるとこの劣勢の戦況を変える事、それはアタッカーであるランスの役目。

 魔人に対して抜群の効力を持つ魔剣を扱える唯一の人間、ランスはその高い攻撃力を活かす事こそが役割となるのだが。

 

 

(ぐぬぬぬぬ! どんだけバカスカ撃ってんだあのキチガイ魔人は!) 

 

 しかしそこからの一歩が踏み出せない。

 先程から絶え間なく聞こえてくる魔法の衝撃音が耳に残り、それを防いでくれている装甲の背後から飛び出す事が出来ない。

 

 戦士であるランスが魔法使いと戦う場合、相手に近付くまでが肝要となる。

 魔法とは基本的に遠距離攻撃であり、距離の優位性は魔法使いの側にある為、何かしらの手段によりそれを上回る必要がある。

 

(こういうのはとっとと攻めて、魔法を撃つ前に近付いてぶった斬るのが楽なんだが……)

 

 相手の魔法が完成する前の速攻。その戦法はしかしこの魔人相手には難しい。

 レッドアイが魔法を行使する速度は並では無い。LV3の才能故なのか、ロクに詠唱さえしていないようにも見え、とても先手が取れる相手では無い。

 となると最低でも一発は耐えて、それから反撃といくのがセオリーとなるのだが、それは被弾前提の戦い方であり、そこらの魔物ならばともかく魔人と戦う際には選びたくない戦法である。

 

(……だーもう! 絶対的に盾の数が足らん! 俺様を守る肉壁が足らーん!!)

 

 基本的に攻撃を受けるのは自分の役目では無い。それは頑丈な盾を持ったガードの役目。

 今シルキィがその役目を担っているが、しかし彼女だけでは足りない。魔法を乱射する敵の下まで接近するにはせめて後もう一人盾役が欲しいのだが、勿論そんなものは何処にも無い。

 

(……だがカオスの言う通り、こうして隠れていたって埒があかねぇ)

 

 このままシルキィを盾にしながら、何もせずにここで待機している訳にはいかない。

 これでは守るべき対象の一人として、シルキィの足を引っ張っているだけのようではないか。

 後衛職であるシィルはともかくとして、英雄である筈の自分がそんなザマではいけない。プライドの高いこの男は覚悟を決めた。

 

(……しゃーない、ちょっとばかし破れかぶれにはなるが……!!)

 

 あの魔法の雨の下をぴゅーと走り抜け、そのままの勢いでレッドアイの本体をぶった斬る。

 接近している間に間違いなく1、2発は被弾するだろうが、それはもう頑張るしかない。

 先のように叩っ斬れば一発は防げる、そして歯を食い縛って我慢すれば多分一発は耐えられる。

 

 問題はその後。1、2発なら多分イケるが、その後3、4発と食らったらちょっとマズい。

 その時はさすがに死ぬかもしれないが、そうなったらもうそうなった時である。

 とそんな捨て鉢のような決意を胸に、いざランスはその安全な場所から足を踏み出そうとした。

 

 しかし。

 そんな彼より一足先に。

 

 

「……あーもうっ! 鬱陶しい!!」

 

 

 ここまでレッドアイの攻撃魔法を一身に受け続けてきた、魔人シルキィの方が先にキレた。

 

 このまま防いでいるだけでは埒が明かない。そう考えていたのは彼女だって同じ事。

 つい口調を元に戻してしまったシルキィは、その思考を守備から攻撃へと切り替えた。

 

「サテラ! シーザー! 少し離れて!!」

 

 闘神Γと接近戦を続ける仲間に声を掛け、同士討ちにならないよう距離を取らせる。

 そしてその装甲は膝を曲げて姿勢を低くする。その体勢は強く地面を蹴って飛び出す合図。

 

 自分が攻撃に回ると守備の役目が居なくなる。するとランスとシィルに危険が及んでしまう。

 よって長々と戦う訳にもいかないので、シルキィは一撃で決める事にした。

 

「──ふッ!!」

 

 そして発射。

 200キロを超す重装甲の塊が、大砲の砲弾のように飛んでいく。

 

「ホワット!?」

 

 迫り来る魔人四天王を視界に捉えて、レッドアイの行動も迅速であった。

 それに要した時間は数秒あるか無いか。とにかく恐ろしい程の速さで魔力を収束させると、

 

「……メイクドラ~マァー!!!」

 

 謎の掛け声と共に生じる極光、白色破壊光線。

 接近する相手を迎撃せんと放たれたその魔法は、先程と同じようにその装甲に直撃する。

 

「ぐぅッ!!」

 

 その破壊の圧に押されて、残り5メートル程の距離で装甲の勢いが止む。

 

「……ぅうう~~ッ!!」

 

 だが止まった訳では無い。苦痛に呻きながらもシルキィはゆっくりと足を前に出す。

 装甲の前面部が遂に溶解し始めても、その巨体の前進は止まらない。

 

「……グググゥゥ~! シィ~ルキィィ~~!!」

 

 徐々に近づいてくる魔人四天王、自分の魔法など物ともしないと言わんばかりの装甲。

 その姿にレッドアイは苛立ち、発射中の破壊光線へと更に魔力を集める。だが、

 

「んんんんん~~~っ!!!」

 

 それでもその装甲は止まらない。

 並の魔人二体分の戦力を有するレッドアイだが、しかしシルキィだって並の魔人の比では無い。

 彼女は誰あろう魔人四天王、その格で言えばレッドアイよりも上なのである。

 

「──レッドアイ!!」

 

 そして遂に白色破壊光線の圧に打ち勝つ。

 闘神Γの正面まで辿り着いたシルキィは、声を張り上げながら魔法具の形を操作する。

 装甲の手が握るに相応しい大きさの斧を作ると、それを上段へと振り上げた。

 

「オゥ!?」

 

 今まさに振り下ろされようとする大斧の刃。

 危険を感じたレッドアイは魔法を中断、即座に寄生中の闘神Γを操作して、その両の腕を首元で交差させる。

 

「ちょっちピンチだったけどこれでセーフ! ノープロブレム!!」

 

 先程まで晒されていたレッドアイの本体、そこは闘神の両腕がしっかりとカバーしている。

 これならどんな攻撃が来ても問題無し。闘神の腕が壊れるまで自分が攻撃を受ける事は無い。

 そしてお返しとばかりに反撃の魔法を放とうと、再びその身に秘める魔力を練り始めたのだが、その時レッドアイはおかしな事に気付く。

 

「……ンー? アタックが来ない?」

 

 何故か一向にシルキィからの攻撃が来ない。

 先程の大斧が今まさに振り下ろされようとしていたならば、本当なら一つ前のセリフの途中辺りで何らかの衝撃が来ないとおかしいはずである。

 

 今レッドアイは防御の体勢、闘神Γの丸太のような両腕を自分の目の前で交差している都合上、その視界が完全に遮られている。故に相手が今何をしているのかが分からず、不可解そうにその赤い眼球を歪ませるのみ。

 何故攻撃が来ないのか。ついさっきシルキィが振り上げていた大斧、あれは一体何だったのかと、レッドアイがそんな事を考えていると。

 

 

「……おー?」

 

 ふいに感じるふわりとした浮遊感。

 自分の身体が揺れ動いているような感覚。高い場所へと持ち上げられていくような感覚。

 

「……これは」

 

 無性に嫌な予感がしたレッドアイはすぐに闘神Γの防御を解いた。

 すると見えたのは先程までの死んだ都市の光景では無く、今日も天気の悪い魔物界の大空。

 

「……オーノゥ、シルキィ、まさかユー……」

 

 嘆きのようなそんな呟きが聞こえた場所。

 それは空高くに掲げられた巨大な手のひらの中。

 

 その場に出現していたもの。

 魔人四天王が扱える全ての魔法具を展開した姿、全長50メートル程の巨体を持つ装甲の巨人。

 その巨人はまるで野球のピッチャーのように、大きく振り被った投球モーションに入ると、

 

 

「──えぇぇーーーい!!!!」

 

 踏み込んだ足が地響きを鳴らす程の勢いで。

 振るった豪腕が強風を巻き起こす程の勢いで。

 装甲の巨人はその手に掴んでいたもの、闘神Γの事を思いっきりぶん投げた。

 

「ノオオオオォォォォォーーーー!!!」

 

 綺麗な放物線を描いて飛んでいくレッドアイ。

 その叫びは徐々に小さくなっていき、やがて空の彼方がきらんと光る。

 

 

 ──死の大地まで飛んでいけ!! 

 そんな気持ちをボールに込めてここに披露した、装甲の巨人による大遠投。 

 

 だが残念な事に投手シルキィはノーコンだった。

 その遠投は死の大地方向からは大きく左に外れ、レッドアイは遠くにある森深くに墜落した。

 

 

 こうして主に魔人シルキィの活躍により、魔人レッドアイは戦場外へとリタイア。

 結果的には痛み分けと言った感じで、ペンゲラツリーでの戦いは終了した。

 

 

 

 

 

 


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