ランス(9.5 IF)   作:ぐろり

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戦い終わって③

 

 

 

 魔界都市ペンゲラツリーに聳え立つその姿。

 全長は遥か50メートル、片足を上げて片手を前に突き出した、遠投を終えた直後のポーズで固まる巨大な装甲、その内部で。

 

「……ふぅ」

 

 それは疲労感の表れか、あるいは安堵の表れか。

 とにかくその魔人は大きく息を吐き出すと、その身に纏っていた全ての魔法具に命令を送る。

 

「ぃしょっと……」

 

 すると装甲の巨人は煙のように掻き消えて、その中に居た魔人シルキィが地に下り立つ。

 自ら武装を解除したその姿は、ひとまずの危機が去った事の何よりの証。

 

 この都市にて遭遇した相手、魔人レッドアイ。

 ケイブリス派に属する宝石の魔人との戦闘は途中まで劣勢だったものの、装甲の巨人による渾身のオーバースローが炸裂、レッドアイは戦場外へと強制的に離脱させられ戦闘終了となった。

 

「……本当に急な戦いだったけれど、何とか撃退出来たわね。……そうだ、みんなは……」

 

 強敵たるレッドアイとの戦闘を終えた今、気になるのは仲間達の安否。

 シルキィは周囲を軽く見渡した後、近くに見つけた一人と一体に労いの言葉を掛ける。

 

「サテラ、シーザー、お疲れ様。貴女達が前で戦ってくれて助かったわ。二人共怪我はない?」

「あぁ、大丈夫だ。シルキィもお疲れ様、あのレッドアイを投げ飛ばすとはさすがシルキィだな」

「かなり無理矢理な方法だったけどね。あんまり戦いを長引かせたくなかったから……」

 

 闘神Γとの接近戦を請け負っていたサテラ。そしてレッドアイの魔法を防いでいたシルキィ。

 此度の戦いの殊勲賞とも言える両魔人。二人は互いの健闘を讃え合った後、少し離れた場所に居る仲間の下へと近付いていく。

 

「……ランスさん、それにシィルさんもお疲れ様。怪我はないかしら?」

 

 そこに居たのは二人の人間、ランスとシィル。

 無事の姿に安心したのか、シルキィがほっとした表情でそう尋ねると、

 

「……まぁな」

「……私達は平気です、それよりもむしろシルキィさんは大丈夫ですか? 私達を守る為に敵の魔法攻撃を受け続けていましたから……」

 

 ランスはやや憮然とした顔で言葉を返し、そしてシィルは心配そうな顔で問いを返す。

 

「まだダメージが残っているなら、もう一度ヒーリングを唱えましょうか?」

「心配しないでシィルさん、あの位の攻撃だったら大した事は無いわ。ちょっと装甲が傷んじゃった程度だから」

 

 城に戻ったら装甲の修理をしないとね、とシルキィは軽い調子で呟く。

 彼女の高い防御力を支えた装甲、特にその前面部はレッドアイの強烈な魔法攻撃に晒され至る箇所が溶解し始めていたが、逆に言うなら目立った被害といえばその程度で。

 

「……にしても、皆が無事で良かったわ」

「あぁ、そうだな。けれど……」

 

 唐突な魔人レッドアイとの遭遇にも、ランス達は皆大きな怪我も無く戦闘を終える事が出来た。

 全員の安否を確認し終わりその場には少し弛緩した空気が漂う。戦闘の緊迫感から解き放たれた一同の思考は、自然と件の魔人へと向けられる。

 

「なぁシルキィ。レッドアイの奴はどうしてここに居たんだと思う?」

「……そうねぇ」

 

 まず一番に挙がった疑問。何故あの魔人はこのペンゲラツリーに居たのか。

 ここは棲む生物の居なくなった死んだ都市。理由も無しに訪れるような場所では無い。

 その事はサテラから言われるまでも無く、シルキィも頭の片隅で引っ掛かっていたのだが。

 

「……何かレッドアイなりに考えあっての事なのか、それとも何も考えずにただ何となくなのか……サテラはどっちだと思う?」

「……あいつの考えなど、悩んでみた所で分かるようなものじゃないな」

 

 しかしそれは非常に難解な問題、二人は早々に無駄な思考に頭を使うのを中断する。

 何せレッドアイは狂気の魔人、そのけったいな喋り方といい常軌を逸した相手である。あの魔人が何を考えてここに来たのか、その思惑などとても読めたものでは無い。

 

 そして実際の所、レッドアイがこのペンゲラツリーに居たのはただ通過しようとしていただけ。

 ここを通過してホーネット派の前線拠点ビューティーツリーに侵攻しようとしていただけで、その理由も停滞中の戦況に焦れただけという、仮にそうと知れた所で益の無い問題であった。

 

「……つーかよ、シルキィちゃん」

「何?」

「確かこの都市の先にケイブリス派の本拠地があって、んで君が言うにはその途中に死の大地とかいうのがあるっつー話だったよな」

「えぇ、そうだけど」

「それだとおかしくねーか? 奴はここに来るのにその死の大地を越えてきたって事になるぞ」 

 

 次にランスから挙がった疑問、何故あの魔人はこのペンゲラツリーに来られたのか。

 この都市から南に進む道、それがケイブリス派の本拠地タンザモンザツリーへと繋がっており、そして死の大地はその道の途中に発生している。

 故に彼の言う通り、ケイブリス派の者達がこのペンゲラツリーに辿り着く為には、死の灰が降り注ぐ死の大地を越える必要がある。

 

「君は何度も俺様に言ってたよな。死の大地は通れないっつー話じゃなかったんかいな」

「……通れない、はずなんだけどね。けれども灰の効果には個人差があるから……」

 

 自分の過去の発言を槍玉に挙げられ、シルキィは少し困ったように顔を背ける。

 死の大地は通れない場所とされてはいるものの、しかし以前にケイブリス派がその道を通った事からも明らかな通りそれは絶対不変の話では無い。

 彼女がそう言っていたのは専ら人間であるランス達を気遣っての事であり、しかし人間と魔人ではその耐久力の桁が違うし、更に言うとあの魔人はただの魔人では無い。

 

「レッドアイの事だから……例えば……死の灰から身を護るバリアーでも張ったのかも」

「バリアー? んなもんあんのか? 大体その灰は君ら魔人の無敵結界でも防げないんだろ?」

「それはそうなんだけど……」

 

 無敵結界より強いバリアーなどあるのか。

 そんな尤もな反論を受けたシルキィは「ならそうねぇ……」と、少し投げやり気味に呟いて。

 

「……それなら灰に触れないように、地中深くを掘って移動してきたとか」

「……地中深くを掘っただぁ? んなモグラじゃねーんだから」

「あ、じゃあ強風を巻き起こして、一時的に灰を遠ざけたとか」

「……強風を起こしただぁ? つーかシルキィちゃん、君なんか適当なノリで喋ってねーか?」

 

 シルキィが次々と挙げる死の大地突破方法に、ランスはとても胡散臭そうな目を向ける。

 それは一見すると適当なアイディアを述べているだけにも見えるのだが、しかし彼女は何も考え無しに主張している訳では無い。

 

「……だって、仕方が無いでしょう? なんて言ったってあれは魔法LV3なんだから」

 

 魔人レッドアイ最大の特異性。全魔人の中で頂点となるその才能、魔法LV3。

 この世界に数多ある才能全てに共通する事だが、LV3ともなればそれはもう伝説級。

 それがどんな才能でも、例えば執事の才能であってもLV3ともなれば脅威に値するものであり、特にそれが魔法の才能ともなれば尚の事である。

 

「レッドアイの魔法力があれば、私がさっき言った方法だって可能かもしれないわ。あるいはもっと単純な方法で、例えば死の大地なんて通らないでここまで直接ワープして来たのかもね」

「ワープだぁ? ワープって──」

 

 ──んな馬鹿な話があるか。

 とランスは反論したかったのだが、

 

「……ぬ」

 

 しかしふと考えてみると、それは何も荒唐無稽な話という訳では無い。

 実際この世界には瞬間移動が可能な者も居る、そんな相手にもランスは会った事がある訳で。

 

「ワープ……マジ? んなのあり得るのか?」

「あり得ないって言い切れる? 少なくとも私には無理だわ。私魔法に関しては全然だから」

「……ぬぬぬ」

 

 一口に伝説級の魔法の才能があると言っても、その『魔法』という言葉が意味しているもの、その才能で以て行使出来る力の範囲はとても幅広い。

 あの死の大地を無傷で越える事だって、魔法LV3ともなれば可能かもしれない。その才能を有しないシルキィやランス達では、その可能性を真っ向から否定する事など出来なかった。

 

「……とにかく、その辺の事はここで悩んでも仕方が無いわ。とりあえず魔王城に帰りましょう。この事を早くホーネット様に報告しないと」

「そうだな。あのレッドアイが本格的に動き出したとなれば、ホーネット様だって戦いに出られるかもしれないしな」

 

 魔人レッドアイはとても好戦的な性格。これまでも幾度と無くホーネット派支配圏への侵攻を繰り返してきており、それと対峙するのは魔法力での対抗が可能なホーネットの役目。

 今回の一件が魔人レッドアイによる本格的な侵攻なのかどうか、それはまだ判断出来ないものの、いずれにせよ一刻も早く城に帰還して今後の事を話し合う必要がある。

 

「それじゃあ皆、うし車を留めている場所に戻りましょう」

「………………」

「……ランスさん? どうしたの?」

「……む。いや、何でもねぇ。……そーだな、ひとまずは城に帰るか」

 

 遠くに見える不気味な色の空。

 先程あの魔人を投げ飛ばした空の彼方。

 その方向を苛立ちの浮かぶ顔で睨んでいたランスだったが、やがて表情はそのままに踵を返す。

 

 その後彼等はすぐにうし車へと乗り込み、少し前に通った道を引き返す事となった。

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 ランス達 VS 魔人レッドアイ。

 というべきか、魔人サテラと魔人シルキィ VS 魔人レッドアイ。

 ペンゲラツリーで起きた両派閥の衝突の余波は、決して小さくないものだった。

 

 まず反応したのはケイブリス派陣内。

 現在のケイブリス派の方針、それは専守防衛。弱腰になってしまった派閥の主の意向により、全軍を押して徹底的に守備を固めている最中。

 今回のレッドアイの行動はその意向に反し、派閥の足並みを崩す勝手な侵略行為となる。

 

 特に軍を指揮する大元帥ストロガノフにとって、派閥の現方針に反する行いだというのもさる事ながら、単騎での侵攻というのは非常に困る。

 この半年程でケイブリス派に属する魔人の数も減ってきており、これ以上更に減るといよいよもって派閥の勢力図がひっくり返りかねない。

 

 勿論レッドアイの強さは理解している。しかしそれでも単独行動に危険が多いのは自明の理。

 万が一の事を考えてこれ以上の独断専行は慎んでくださいと、その後一旦本拠地に戻ってきたレッドアイに対して大元帥は直接に頼み込んだ。

 

 だが殺戮を趣味とするその魔人にとって、派閥の現方針はとても受け入れられるものでは無い。

 そもそも彼がケイブリス派に属している理由、それはこの派閥が魔物達が好き勝手に暴れられる世界を目標としているからであり、つまりは暴れる為にこの派閥に属しているようなもの。

 故に大元帥直々の嘆願にも効果は無し、その後もレッドアイは勝手な侵攻を繰り返す事となる。

 

 

 

 そしてその一方。

 帰還したサテラ達からの報告を受けて、ホーネット派陣内もにわかに物騒がしくなった。

 

 今回のレッドアイの動き、死の大地を越えてのペンゲラツリー侵攻ルート。

 それは以前にも一度ケイブリス派が使用し、結果的にホーネット派を壊滅の危機に追い込んだあの作戦と同じ道筋。

 もしやまた同じ手をと、ホーネット派の面々がそう考えたのも当然の成り行きで。

 

 派閥の主の部屋には魔人達全員が集められ、彼等の話し合いはその後数時間にも及んで。

 そして、次第に城の外が暗闇に包まれ始めた頃。

 

 

 

 

「お」

 

 とそんな一言に対して、

 

「……あ」

 

 とそんな一言が重なる。

 

 

 ──気が乗らんから俺様はパス。

 そんな理由でランスは作戦会議には参加せず、久々に帰ってきた自分の部屋でしばし小休止。

 ぐっすり昼寝をして、そして目を覚まして、んじゃそろそろ腹も減ったし夕飯にするかなぁと食堂に向かおうとした所で。

 

「ホーネット、話し合いは終わったのか?」

 

 その魔人、ホーネットとばったり遭遇した。

 

 

「………………」

「……ん?」

 

 少し見開いた金色の瞳を真っ直ぐ向けたまま、そしてその口を小さく開いたまま。

 

「………………」

「……おいホーネット、聞いとるか?」

 

 常の怜悧さが感じられない、ぽかんとした表情で石像のように固まる魔人筆頭。

 その妙な様子を不審に感じたのか、ランスは再度声を掛けてみる。

 

「………………」

 

 するとその魔人は何も言わず、おもむろに右手を前に持ち上げる。

 そして何かに導かれているかのように、すーっと近付いてくる。

 

「お、おぉ、どした?」

「………………」

 

 ランスが面食らうのも気にせずといった感じで、ホーネットはどんどん迫ってきて、そして。

 

「……おい、なんだよ」

 

 そう呟いた彼の左頬。

 そこに彼女の右手がぴとっと重なっていた。

 

「……おいってば」

「………………」

「……あの、ホーネットさん、聞いてます?」

「……あ、いえ。……はい、聞いています」

 

 再三の声掛けでようやく魔人筆頭は我に返る。

 何故だか分からないのだが、ふと気付いた時には自分の右手はランスの頬に触れていた。

 これは決して当人の意図した事では無い。まさに無意識と言うべきか、知らずの内に身体が勝手に動き出していた。

 

 あるいはそれは彼女が身に秘める想い、その情愛に押されての事だろうか。

 夢か現か、肌に触れる事によってその存在を確かめたかったのだろうか。

 ホーネットにとって、実に一ヶ月以上ぶりとなるランスとの再会だった。

 

 

「……ランス」

「あん?」

「……その、久しぶり……です、ね」

「おぉ? あー、確かにそうかもな」

 

 ここ最近のランスは暇だからと迷宮探索に出掛けてみたり、同じく暇だからと魔人討伐に取り掛かってみたりと、色々忙しくしていた結果長らく魔王城を不在にしていた。

 その不在期間の影響、会えなかった期間が魔人筆頭に与えた影響はかなりのものとなるのだが、そうとは知らないランスは軽い調子で呟く。

 

「こうしてお前と話すのって、考えてみたら久しぶりになるのか」

「えぇ、私達が会うのは久しぶりの事です。……それで、ですね」

 

 不安で眠れぬ夜を幾度越したか分からない、それ程に待ち焦がれていたその姿。

 その心中を悟らせぬよう普段通りに徹してはいたのだが、それでも普段より少し上擦っている声でホーネットは言葉を続ける。

 

「……ランス」

「おう、どした」

「……その、ですね」

 

 勿体付けるかのように言葉を区切るが、その実頭の中は目まぐるしく回転していた。

 彼女にはランスと再会したら言おうと思っていた事が、話そうと思っていた事が沢山あった。

 

 なのだが。

 

 

「……その、元気にしていましたか?」

 

 しかし実際こうして目の前にしてしまうと何も言葉が出てこないのか、魔人筆頭が口にしたのは何とも当たり障りの無い言葉であった。

 

「ぬ? そりゃまぁ元気ではあったが」

「……そうですか。それは……何よりです」

「うむ。つーかそれはいいのだが……これには一体何の意味があるのだ?」

「……これ、とは?」

「いやだから、これ」

 

 ランスは自分の左頬をすっと指差す。

 

「……あ」

 

 その指摘は自分の右手、未だその頬に重ねられている右手の事。

 その意味を尋ねているのだと気付いた彼女は、

 

「……そうですね。……いえ、特に深い意味はありません」

 

 少し名残惜しそうにその手を離す。

 

「……そうか」

「……えぇ」

「………………」

「………………」

 

 言おうと思っていた事、それら全てが頭からすっ飛んでしまった魔人筆頭と、そんな魔人筆頭の挙動不審さに戸惑いを隠せないランス。

 二人は互いに二の句を告げずに沈黙し、廊下の真ん中でじっと立ち尽くしていたのだが。

 

「……それでは、私はそろそろ行くべき所がありますので、これで」

 

 結局ホーネットの方が会話を打ち切った。

 というべきか、居た堪れなくなってその場からの逃亡を図った。

 

「行くべき所? こんな時間に出掛けんのか?」

「えぇ。すぐにビューティーツリーへと行かねばならないのです」

「……あー、そりゃもしかしなくてもあれか。あの目玉野郎の……」

「目玉? ……あぁ、そうですね。察しの通りレッドアイの侵攻に備える為です」

 

 そこでホーネットは真面目な表情に戻り、ランスの言葉に頷きを返す。

 それは先程彼女達が行っていた作戦会議、ホーネット派魔人達による話し合いで決まった事。

 

 彼女達のこれまでの経験上、魔人レッドアイの侵攻は一度では終わらない。

 その殺戮衝動の赴くまま、命ある者を片っ端から蹴散らんと暴れに暴れて、その殺戮に一旦の満足がいったらやがて去っていく。

 それがレッドアイという魔人であり、先の戦闘では一つの命も奪えていない以上、再びの侵攻が必ずあるはずだと会議に参加した面々は考えた。

 

 その侵攻がケイブリス派としての作戦上のものなのかどうか、それはまだ分からないが、いずれにせよ備えておくに越した事は無い。

 次は以前と同じ轍を踏まないよう拠点の防衛を最優先にする方針を固めて、そして派閥最強の戦力であるホーネットはこれからビューティーツリーへと向かう事になったのだった。

 

「こちらはサテラ達に任せておきましたから、何かあれば彼女達を頼って下さい。では」

 

 故にそれだけ言い残して、そのままホーネットはその横を通り過ぎようとした。

 

「ちょい待ち」

「……どうしました?」

 

 だがその肩をぐっと掴まれて、振り向いた彼女は再びランスと目を合わせる。

 

「お前はこれから出かけるのか」

「えぇ、そう言いましたが」

「ふむ、そうか。だがな、俺様はついさっきこの城に帰ってきたばっかなのだ」

「そうですね。……それが何か?」

 

 ほんの僅かに首を傾げるホーネットをよそに、その男はいけしゃあしゃあと言い放つ。

 

「俺様は長旅から帰ってきた。つまりとっても疲れているのだ。分かるか?」

「……まぁ、それはそうかもしれませんね」

「そうなのだ。だから今日はゆっくり風呂に浸かって体を癒そうと思っていてな」

「……と、言うと……」

「当然風呂はお前と一緒だ。風呂の中でお前にあれこれセクハラしようと考えていたのだ」

「………………」

「俺様のそんな計画がこのままでは台無しになってしまうぞ。一体どう責任とってくれるのじゃ」

「………………」

 

 筋違いも甚だしいような文句をぶつけられ、ホーネットの眉間に小さな皺が寄る。

 それでも以前の彼女であれば、馬鹿馬鹿しい話だと呆れるだけの事だったのだが。

 

「………………」

 

 しかし今の彼女はどうか。

 今のホーネットは呆れるだけに留まらず、その金色の瞳をぎゅっと閉じる。

 

「おぉ、考えとる考えとる」

 

 ランスからそのように言われてしまう程、魔人筆頭は深く頭を悩ませる。

 

 それは理性と感情と表現するべきか。

 自分がすべき事としたい事、相反するその2つが魔人筆頭の頭の中で天秤に掛けられていた。

 

 だが確かに彼の言う通り、長旅から帰ってきた直後であれば相応に疲れてはいるのだろう。

 そしてその旅の目的は魔人討伐。つまり自派閥の為に戦ってくれたという事で、ならば派閥の主としては一応の礼を尽くす必要があるだろう。

 

 と、そんなちょっと言い訳がましいような理由が天秤の片側の皿に乗せられた結果。

 

 

「……今日中には、出発したいのです」

「で?」

「ですから、一時間……いえ、30分だけです」

 

 視線を少し下に下げた、若干の後ろめたさが垣間見える表情でホーネットはそう答えた。

 

「おぉ、マジか、何でも言ってみるもんだな」

「……久しぶり、ですからね」

「しかしホーネットよ。お前って出会った時と比べると随分性格が丸くなったなぁ」

 

 何かあればすぐにキッと睨んでくる、つっけんどんな態度でいた頃とは大違いだ。

 そんな事をランスがしみじみと考えていると、

 

「……誰のせいだと……」

 

 ホーネットにしては本当に珍しく、そんな愚痴っぽい一言を声に出さずして呟く。

 

「っと、30分だったか。なら夕飯なんぞ後だ、すぐにでも風呂に行こう、そうしよう」

「……えぇ」

 

 ランスは魔人筆頭の肩に手を回すと、一秒を惜しむかのように歩き出した。

 

 

 

 

 そして辿り着いた魔王専用の浴室。

 そこにあるのは久しぶりとなる極上の裸体。自分が未だ手を出せていない魔人筆頭の全裸。

 

 久しぶりに見たその身体はやっぱりエロい、手を出せていないという現実が何とも恨めしい。

 いい加減にこいつを抱きたい。しかしどうやって攻めればよいのか。もうちょっとの所まで来ているような気がするのだが、そのちょっとを越える手段が分からない。

 

 そんな事を考えながら交代で互いの身体を洗い、そして熱い湯船の中に身を落として。

 迷宮探索をした時の事など、不在期間が長かった分積もる話も沢山あったのか。

 結局しっかりと一時間、ランスはホーネットとの長湯を楽しんだ。

 

 

 だがそんな逢瀬もそれまで。

 自分の感情側へと大きく傾き掛かっていた天秤、それを魔人筆頭はちゃんと立て直して。

 風呂から上がってすぐに身支度を整え、その後ホーネットは魔王城を出発していった。

 

 

 

(……うーむ)

 

 魔人ホーネット。

 彼女は派閥最強の魔人筆頭として、戦争の初期からその力を出し惜しみ無く振るい続けてきた。

 それは勢力の規模で劣るホーネット派が、今までケイブリス派と拮抗してこられた大きな要因。となると一度戦いが始まってしまうと、基本的に彼女は前線の魔界都市に出撃する事となる。

 

(……駄目だな、これはイカンぞ)

 

 それはランスにとってはあまり宜しくない。

 口説くにしても襲うにしても、張本人が居ない事にはどうしようも無い。アクションが起こせない事には何も進展しようが無い。

 ホーネットが前線に向かった以上、レッドアイの脅威が去るまでは城に戻ってくる事は無い。言い換えるとレッドアイの脅威が去るまでホーネットとのセックスが叶う事は無い。

 

(んなもんを待つのは退屈だし、それに……)

 

「………………」

 

 先程魔人筆頭との混浴を終え、そして夕食を食べ終わって部屋に戻ってきたランス。

 ソファに掛けて考え事をしていた彼の目付きが、徐々に険しいものへと変化していく。

 

 狂気の魔人レッドアイ。

 自分にとっての最大の目標、ホーネットとのセックスを邪魔している障害。そしてなにより。

 

「……ちっ」

 

 思わず舌打ちをしたランス、その頭の中で思い起こされるは先の戦闘。

 彼にはあの戦闘の最中で抱いたまま、一日掛けてこの城に戻ってきた今でも全く薄れていない強烈な感情がある。

 基本的にランスはそれをそのままにはしない。何故ならそれを解消する手段を、一番てっとり早い方法を知っているからである。

 

 つまり、やられたらやり返す。

 

 

「……うむ。やっぱあのキチガイ目玉はぶっ殺すしかねぇな。んじゃ早速作戦会議といくか」

 

 膝を叩いてソファから立ち上がると、そのまま自室を後にする。

 そうしてランスが向かったのはウルザの部屋、何かと頼りになる軍師の部屋だった。

 

 

 

 

 


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