「つー訳でだウルザちゃん。あの目玉野郎をぶっ殺すグッドな作戦を考えてくれ」
「……いきなりやってきたと思えば、本当にいきなりな事を言いますね」
ドアを開くなり開口一番言い放ったランスに向けて、部屋主は頭が痛そうな表情で答える。
時刻は夜。そこはウルザの部屋。
こうしてその部屋を訪れたランスの目的、それは魔人討伐に関しての作戦会議をする為である。
「作戦会議に必要なものと言えば軍師。となればウルザちゃん、君の出番だろう」
「それは構わないのですが……ランスさん、その目玉野郎と言うのは?」
「目玉野郎ってのは魔人レッドアイの事だ。今回のターゲットはヤツに決定じゃ」
今ランスが一番ぶっ潰したいと思う相手、ケイブリス派に属する狂気の魔人レッドアイ。
その名を耳にしたウルザは、あぁ、と呟き、つい先程夕食の時間にした会話を思い出す。
「そう言えばシィルさんから聞きましたよ。偶然にも魔人レッドアイと遭遇してしまい戦う事になったそうですね」
「お、さすがに耳が早いな」
「私が見た所シィルさんは無事のようでしたが、ランスさんは怪我など無かったのですか?」
「ん? ……まぁな。俺様はこの通りピンピンしているぞ。別に大した相手ではなかったな」
自分の無事を尋ねる軍師の言葉に、さも平然とした様子で答えるランス。
だが今の会話で先の戦闘の事を思い出したのか、
「………………」
「……ランスさん?」
その表情の変化に気付いたウルザが、思わず様子を伺うように声を掛けてしまう程。
その胸中では怒りの炎と言うべきものががめらめらと燃え上がり、その頭の中では、
(……レッドアイめ。絶対に許さんからな……!)
などとそんな事を考え中で。
今ランスはとにかくむかっ腹を立てていた。
怒りの矛先は勿論あの魔人。闘神の首元に寄生して耳障りな声でケタケタと笑う紫色の目玉。
こうしてレッドアイが動き出した事で、ホーネットは魔王城を離れる事となった。つまり念願となる魔人筆頭とのセックスは更に遠のいた。
それも大層ムカつくのだが、何よりもランスがイラつくのは先の戦闘で起きた全てに対して。
なにせあの戦闘では全く良い所がなかった。ランスは魔人レッドアイに対してロクなダメージ一つ与える事が出来なかった。
あの魔人が操る闘神Γ、あの鉄の拳に思いっきりぶん殴られた一撃。あれのお返しを食らわせる事も出来ずに、戦闘の殆どをシルキィに守られてやり過ごしていただけ。
英雄たる自分がてんで活躍出来なかったあの一件は、彼のプライドに大きな傷を残していた。
(あの目玉だけはもうぜーったいに許してやらん。思えば前回の時もそうだったが、余程ヤツはこの俺様にぶっ殺されたいらしいな)
前回の第二次魔人戦争。その最中にもあの魔人には一度辛酸を嘗めさせられている。
あの時もかなりドタマに来たものだが、今回の怒りだって相当なもの。
あの憎き目玉だけは自分の手で討伐する。でないとランスの怒りは到底収まりそうになかった。
「……まぁとにかくだ。俺様はレッドアイをぶっ殺す事に決めたのだ。つー訳でウルザちゃん、いっちょ作戦を考えてくれ。手っ取り早くぱぱっと退治出来るような方法で頼むな」
「……そう出来ればとは思いますが、けれど私は魔人レッドアイを見た事もありませんから……」
「見た事が無いっつってもウルザちゃんの事だし、すでに調べてはいるんだろ?」
「それは勿論。ただ……」
神妙な表情で呟いたウルザは、机の引き出しから紙の資料を取り出す。
そしてソファに掛けていたランスの隣に腰を下ろすと、その紙束をパラパラと捲りだす。
「調べて分かった事と言えば、魔人レッドアイはケイブリス派の中でも屈指の実力者であるという事、これまでホーネットさんが何度か戦っても倒せていない相手だという事、それくらいですね」
ホーネット派の主、魔人筆頭であるホーネットですらも引き分けるような相手。
そんな相手を討伐するのはとても困難な事であると、ウルザはその表情で物語っていた。
「ホーネット派はこれから前線に兵を送って、今後の魔人レッドアイの侵攻に備えるそうです。となればやはりそちらと協力し合って討伐するのが一番だと思いますが」
「それは俺も少し考えたのだがな、それだと時間が掛かりそうだからパス。俺様はもっとサクッと殺りたい、あんなキチガイ如きに無駄な時間を掛けたくないのじゃ」
「……とは言いますがランスさん、だからと言ってそんな簡単な方法があるかと言うと……」
手間暇掛けずに魔人を簡単に倒す方法。
ランスからのそんな無茶振りを受けて、ウルザは顎に手を当てて考えを巡らせる。
「……魔人レッドアイ、ですか。そういえばゼスの方にも少しは資料がありましたけどね」
「ほー、どんな内容だ?」
「大したものではありませんよ。ゼスの魔法使い達が束になっても敵わないような桁外れの魔力と寄生能力を持つ、最も警戒すべき魔人の一体だと書かれていました」
宝石の魔人レッドアイ。寄生能力を持つその魔人は殺戮を趣味としており、ウルザの自国であるゼス王国も過去に相当な被害を受けている。
その時は勇者の力を借りてどうにか撃退したそうだが、しかし勇者の力を借りても撃退が精一杯な相手を楽に倒す方法など、ここで考えた所で答えが見つかるようなものでは無いのでは。
内心そう思わないでも無かったが、それでも彼女はランスからの要望に応えようと、律儀にもその思考を回し続けた結果。
「……そう言えば」
やがてちょっとした思い付きが頭に浮かび、軽く伏せていたその顔を上げた。
「ランスさんは過去に戻る前、以前に一度魔人レッドアイを倒しているのですよね? その時はどのような方法で勝利したのですか?」
「……あー。そーいやぁウルザちゃんにはその話をしたんだっけか」
言われてランスも今更のように思い出したが、確かにウルザはその秘密を知っている。
ランスが諸事情により過去に戻ってきた事、その話を打ち明けた唯一の相手となる。
「ふむ。ならば君はこの俺が奴を倒した時の話、英雄の大活躍の一端を聞きたいという事かね?」
「えぇ、是非。きっと参考になると思いますから」
「ふふん、よーしよし。そういう事なら幾らでも話してやろうじゃないか」
聞きたいと言うなら語るに是非も無し。
いざお得意の自慢話をしようと、気分良く喋り始めようとしたランスだったが、
「……ただなぁ」
すぐに何やら難しい表情へと変わる。
ランスは前回の時に魔人討伐隊を率いてレッドアイと戦い、そして見事勝利している。
その時の戦い方、その成功体験などは今回戦う上でも有益な情報となる事は間違いない。
なのだが、しかしそれは相手が前回の時と同じ状態、同じ状況にあるのが望ましい事であって。
「実は一つだけ問題があってな。前と今とではヤツが寄生しているものが違っていたのだ」
「……シィルさんから聞きましたが、魔人レッドアイは闘神に寄生していたそうですね。それがランスさんの討伐した時とは異なるという事ですか?」
「そーいう事だ、理由は分からんがな。俺様が知っている限りではな、あの目玉野郎は最初アニスに寄生してやがったんだ」
「……え」
その言葉に、ウルザはほんの一瞬だけきょとんとした顔になって。
「アニス、って……まさかあのアニスですか?」
「おう。君もよく知っているあのアニスだとも」
あのアニス。それはウルザの自国であるゼス王国に所属する魔法使い、アニス・沢渡。
その魔法の才は魔法王国ゼスにおいても一番、伝説級の域であり魔人レッドアイと同じくLV3。
だが厄介な事に当の本人は実にポンコツ。考えなしに駆使する魔法は時に味方をも巻き込み、「味方殺しのアニス」などと言う恐ろしい威名で呼ばれている女性である。
「アニスが魔人レッドアイに寄生されるとは……それはまた何と言うか……大変でしたね」
「おう。あん時は大変だった、ホントーに大変だったぞ。つーかこの俺が居なかったらアニスが原因で人間世界が滅んでいたかもしれんぞ」
「そんな笑えない冗談を……と言いたい所ですが、あのアニスがレッドアイに寄生されたとなってはその可能性も否定し辛いですね」
知らぬ世界、知らぬ時間軸の話とはいえ、その状況を想像してみると気が気ではないのか、ウルザはなんとも難しそうな表情で呟く。
そんな人間世界を滅ぼしかねない危険な存在、アニスに寄生した魔人レッドアイ。
魔法LV3のタッグという強烈な相手であったが、その時のランスはある女性の力を借りる事で見事それに打ち勝った。
「ただあん時はリズナが居たから何とかなったが、あの方法は今回だとちょっとなぁ……」
その女性の名はリズナ・ランフビット。
桁外れの魔法抵抗力を持つ人物であり、魔法使い相手にはまさに鉄壁の盾となる。
彼女に敵の強烈な魔法攻撃を防いで貰う事で、前回ランスはレッドアイとの初戦を勝利で飾ったのだが、その戦法は物理攻撃に乏しいアニスとレッドアイ相手だから通用した戦法であって、まさかリズナを闘神Γの前で盾にする訳にもいかない。
「……でまぁ、そんな感じで一度ヤツを倒してだ。その次が確か……ぽ、と……ポットン? とか言う魔物に寄生していたはず」
「……ポットン?」
「……違うか? いやでもそんな感じの名前だったはずだ。なんかこうデカくてだな、んでムキムキでもの凄いパワーの魔物だった」
正しくはポットンでは無くトッポス。前回のレッドアイがアニスの次に寄生した相手。
魔物の森に棲む温厚な性格の魔物であるが、その力強さや耐久力は並外れており、近接戦闘での脅威度は闘神と変わらないようなものである。
「ポットン……どうやら私の知らない魔物のようですが、その時はどのように戦ったのですか?」
「あー、確かあん時はランス城に攻め込まれてて~……んで一回目は、……じゃなくて」
一回目は負けた。
と口走りそうになってしまい、ランスは危うくその言葉を飲み込む。
「……えっと~……あそうだ、思い出した、あれだあれ。あの~……あのデカいヤツ」
「デカいヤツ……と言うのは?」
「ほれ、確かゼスのどっかの博物館にデッカい闘神があったろ? あれを使ったんだ」
「……ゼスの? ……まさかそれって、ラグナロックアークの王立博物館に展示されている闘神Ζ《ゼータ》の事ですか?」
「そうそう、それそれ」
トッポスに寄生した魔人レッドアイ。一度目は手痛い敗北を喫した相手であるが、ランスは闘神Ζを利用する事でそれに打ち勝った。
それは彼が考えた作戦という訳では無く、突然降って湧いたような出来事だったのだが、とはいえそれでも勝利は勝利である。
「しかし闘神Ζとは……確かに利用出来るのなら強力な代物ですが、あれを動かせたのですか?」
不審げに首を傾げるウルザ。彼女の知る限りでは闘神Ζは完全に機能停止している。
だからこその展示物なのであり、それをどうやって動かして戦争に利用したのか。ウルザにとっては内心かなり興味を引かれる話だったのだが、
「動かせた……みたいだな。ぶっちゃけ俺様も詳しくは覚えとらんが」
そこら辺の小難しい話はすでに記憶から薄れかけているのか、ランスはぽりぽりと頭を掻く。
「確かあれは~……なんだったかな~……なんかいきなり空から落ちてきて……あーそうだ思い出した、あいつだ、パットンだ」
「パットンさんですか?」
「そ。なんかよく分かんねーが、パットンのやつがあれこれ上手い事やって動かしたらしい」
「そうですか……でしたら一度パットンさんに連絡を取ってみましょうか。パットンさんならこちらの事情を話せば協力してくれるかもしれませんし」
パットン・ミスナルジ。その男とは以前ゼスで起きた騒動の時に共に戦った間柄。
知らぬ仲では無いし、今自分達がホーネット派に協力している事情を説明すれば、パットンならきっと二つ返事で協力してくれるだろうと、ウルザは早速とばかりにソファから立ち上がろうとした。
だが。
「え~……、やだ。それはパス」
「………………」
すぐ隣から聞こえてきた本当に嫌そうな声に、彼女はぴたっとその動きを止めた。
「……ランスさん。何故パスなのか、その理由を伺っても宜しいですか?」
「だって~、あいつって男だし~、俺様のパーティに野郎はいらんっていうか~」
「……そんな事を言っている場合ですか?」
「それにここでヤツに連絡を取るという事はだな、あの筋肉だるまの手を借りんとレッドアイに勝てないと宣言するようなものではないか。それはスゴくムカつくからやだ」
たかが魔人レッドアイ如き、パットンなんぞに協力を頼まんでも退治してみせる。
そんな見えっ張りな思考、つまりはランスのプライドの問題。とはいえ自尊心の強い彼にとってはとても切実な問題である。
「……しかしランスさん、パットンさんの協力が無いと闘神Ζは動かせないと思いますよ? それとも闘神Ζに頼らないで魔人レッドアイを倒す方法があるのですか?」
「ある! ……はずだ。それを今から考えるのだ」
「……先程も言いましたが、魔人に楽に勝つ方法となると……。相手が闘神に寄生していると言うのなら、こちらも闘神を利用するのは悪い手では無いと思いますが」
「……うーむ、けどなぁ……」
敵は闘神Γに寄生した魔人レッドアイ。
遠距離と近距離双方で高い攻撃力を有し、攻守共に隙の無い強敵。
「……うぬぬぬぬ~~……」
そんな相手を倒す方法など、こうしてランスが唸る程に考えてみても簡単には思い付かない。
そもそもそれはランスとウルザだけではなく、今までホーネット派の面々が幾度と頭を悩ませ、しかし答えを出せなかった問題である。
そんな難問をその後しばらく考えていたのだが、やがて集中力が途切れ始めたのか。
「……うーむ」
その男の視線はすぐ隣、その女性の胸元付近へと向き始めた。
「……あそうだ。ウルザちゃんがおっぱい揉ませてくれたら何か思い付くかもしれん」
「………………」
そしてランスが呟いたそんな言葉に、その軍師の眉がぴくんと動く。
「……ランスさんが何かを思い付く事と、私の胸に一体何の関係があるのですか?」
「それはほれ、ウルザちゃんのおっぱいをもみもみするだろ? すると俺様の桃色の脳細胞が元気になる事によってだな……」
「成る程。要は頭に刺激が欲しいという事ですね。でしたらこちらはいかがですか?」
ウルザはランスに見せつけるかのように、その右手を握り拳にして持ち上げる。
「……いやいい、それはいらん」
その拳骨の痛みを思い出したのか、ランスは首を左右に振る。
「そうですか。では真面目に考えましょう」
「うむ、そうしよう」
ほんの一時、ほんの些細な冗談を挟んで、二人の頭は元の思考へと戻る。
……はずだったのだが、どうやらランスにとっては一時の冗談などでは無かったらしく、ウルザがその危険な右手を膝の上に戻したその瞬間。
「……なーんちゃってスキありーー!!」
その俊敏さはさすがにレベル60超えか。
ランスは驚異的な速度で隣に座る女性の身体に抱きつき、その胸元へ顔から突っ込んだ。
「ウルザちゃんのおっぱいゲーット! すりすりーっと!」
「っ、この……!」
自分の胸を顔全体で存分に味わうランス。
その頭頂部目掛けて、ウルザは今度こそと再び持ち上げた拳骨を振り下ろそうとした。しかし。
「あ、思い出した」
「え?」
「そうだ、思い出したぞウルザちゃん」
ぴっちりと着込んたタイトなスーツ。その上からでも分かるウルザのおっぱいの柔らかさ。
それを味わった事によりランスの脳細胞が本当に活性化したのか、今の今まですっかり忘れていたある事を思い出した。
「……何を思い出したのですか?」
振り上げた拳の落とし所を見失い、ゆっくりと右手を下げるウルザの一方、
「いやな、別にあの目玉を退治する方法とかってんじゃねーんだけどな。そういやぁロナはどっかにいんのかなーと思ってよ」
ランスが口にしたのはそんな疑問。
前回の時に出会ったとある少女の行方について。
「ロナ?」
「うむ。あの目玉をぶっ殺した時にな、ビスケッタさんが保護してきた女の子が居たのだ」
「女の子……それは人間という事ですか?」
「そ、人間の女の子だ。結構可愛い顔をしていたのだぞ、まぁまだ俺様の射程範囲外だったから手を出してはいなかったのだが……」
ロナ・ケスチナ。
魔人レッドアイの本体となる宝石、その魔法具を造り出したケスチナ家の末裔たる少女。
創作者の血を受け継ぐロナには、魔人レッドアイの生死にも関わる重大な秘密がある。
だがそれはあくまで秘密。そこら辺の事情に関してランスは前回の時に聞き及んではいない。
故にロナがレッドアイにとっての最大の弱点だという事は、この時知りもしなかったのだが。
「あいつを保護した時には体中ガリガリの痩せっぽちでな。聞けばなんでもレッドアイの奴に長い間虐待されていたらしい」
「……その話が本当だとすると、今この時もレッドアイの下に居る可能性はありますね」
「まーそーなるな。……考えてみりゃあロナは我がランス城の大事なメイドだ、あんな目玉野郎に預けておく訳にはいかん」
それは単に可愛い女の子限定の博愛主義。自分が将来抱く予定の少女を失いたくないが為。
そんな理由ではあるのだが、ランスは偶然にも魔人レッドアイの急所を突こうとしていた。
「ウルザちゃん、なんか良い方法はねーか」
「そうですね……」
目的語の欠けた要求であったが、ウルザはその意図を正確に察知して思考を巡らせる。
ランスのそういった一面、酷い目にあっている女性がいたら進んで動く性格だという事は彼女も理解しており、となれば軍師として自分が考えるべき事も自ずと見えてくる。
「……救出するにせよなんにせよ、まずはロナさんの現在地を知る必要がありますね」
「……現在地か。確かにそりゃそーだ。ぶっちゃけ今ロナがレッドアイの所に居るかどうかも実際分からねーしな」
ランスにとっての前回がそうだったからと言って、しかし今回もそうだとは限らない。
それは今のレッドアイが寄生している対象、その違いからも明らかな事で。
「えぇ。ですのでランスさん、少し時間を下さい。ロナさんの事に関して調べてきますね」
「ん、頼むな」
こうして二人の作戦会議は一時中断。
ロナという少女の調査の為、そのままウルザは足早に自分の部屋を後にして。
そしてそれから二日後。
ウルザはランスの部屋を訪れた。
「お待たせしましたランスさん。ロナという少女の事に関して、少し分かった事があります」
「おぉ、さすがウルザちゃん、仕事が早いな」
頼れる軍師に称賛の言葉を送ると、ランスは寝そべっていたソファから身体を起こす。
「んで、どーだった?」
「あれから魔王城内を聞いて回ったのですが、ロナという女の子の事を知っている魔物は中々見当たりませんでしたね。ですが唯一、メガラスさんから有益な話を聞く事が出来ました」
「メガラスって……あの無口なヤツか」
「はい。以前メガラスさんがケイブリス派陣内を偵察していた時、レッドアイの配下と思わしき魔物の一団を見つけたそうでして、その中にボロボロの格好をした人間の少女を見た覚えがあるそうです」
以前に魔人メガラスが索敵中に発見した人間、ロナ・ケスチナと思わしき少女。
そんな調査報告を聞いたランスは憮然とした表情で口を開く。
「……ぬぅ、やっぱしロナは居たか」
「えぇ、どうやらそのようです」
「んでやっぱしボロボロか。となるとあんまし放っとく訳にもいかねぇな」
「ですね。魔人レッドアイの討伐よりもまずそっちを優先した方が良いと思います」
今もロナは魔人レッドアイの支配の下、日常的に虐待を受けている。そう考えるとあまり気分が良いものでは無く、このまま放置しておけば万が一の事態が無いとも限らない。
魔人討伐も結構だが、しかしそれよりも何よりも女の子の命が大事。それがランスにとっての当たり前だと言う事はウルザも理解していた。
「……ただ、ロナさんの現在地まではまだ分かっていません。どうやら魔人レッドアイは彼女を戦場には連れてこないらしく、自身が戦っている時はどこか別の場所に置いているようですね」
「……言われてみると確かに、この前あの目玉と戦った時も近くにロナは居なかったな」
「一応ロナさんの事はメガラスさん達飛行部隊に捜索をお願いしたので、発見可能な範囲に居たなら近い内に見つかるかと思いますが……仮に発見出来たとして問題は如何にして救出するか、ですね」
「……ふーむ」
頭の中に全身痩せこけた少女の姿を思い出しながら、ランスは思案げに顎を擦る。
この魔物界の何処かに居るはずのロナの救出。それは魔人レッドアイの討伐に比べればまだ容易と言えるが、しかし決して簡単とは言えない問題。
「ウルザちゃん。君の想像だとロナはどこら辺に居ると思う?」
「そうですね……さすがにホーネット派の支配圏と言う事は無いでしょうし、やはりケイブリス派の支配圏である魔物界南部の何処か。場合によっては辿り着く事すら困難かもしれませんね、聞けばカスケード・バウから先にはランスさんでも進む事は出来なかったそうですし」
「その話は……まぁ、置いといてだな」
すっと顔を横に逸らすランスだったが、身を以て知った分その事は深く実感していた。
仮にロナがケイブリス派支配圏奥深くに居るとしたら、そこまで到達するのがまず難関。それこそ敵の本拠地タンザモンザツリーなんかに居るとしたらもうお手上げに近い。
そして仮にロナの居場所まで到達したとしても、その周囲に居るのは魔物兵か、あるいは魔人レッドアイもそばに居るのか。それによっても難易度が一気に変わる不確定要素の多い作戦となる。
「……ぬぅ。出来るだけ楽チンに済ませたいのだが、中々それも難しそうだなぁ」
「……楽に時間を掛けないという方針でしたら、一つだけ思い付く事があるのですが」
「おぉっ、何かグッドな方法があるのか?」
さっすがウルザちゃん、頼りになるなぁとランスは期待に目の色を変える。
ウルザはロナに関しての調査を終えてすぐ、その頭の中に一つの作戦案が、いや作戦と言う程でもないとても簡単な解決策を思い付いていた。
「先程も言いましたが、現在メガラスさん達がロナさんの事を捜索してくれています。ですので彼等がロナさんを発見したとしたら、そのまま彼等に救出もお願いするというのは如何でしょうか」
その解決策、それは魔人メガラスに任せる事。
「……む」
「どうでしょう、簡単と言うならこれ以上は無いと思いますが」
「それは……いや、でも……」
その案を聞いたランスはすぐに眉根を寄せて、とても難しい顔になって、うーむ、と唸る。
事が将来抱く予定の女に関わる問題だけに、ここであまり男の手は借りたくない。だが確かにそれが一番楽で手っ取り早い方法のようには思える。
なにせあの無口な魔人が空を飛ぶ速度は速い、尋常ではなく速い。ぴゅーと遠方から一気に近付いてロナを救出して即離脱、そんな芸当もメガラスであれば容易に実行可能だろう。
「……確かにな。ここはあいつを使っちまうのが一番確実かもしれんな」
「えぇ。メガラスさんであれば何と言っても魔人ですし、仮に魔人レッドアイが居たとしてもある程度は戦えるはずですからね」
「……ふーむ」
さすがに優秀なウルザが考えた作戦だけあって、そこには欠点らしき欠点が無い。
今も安否が気に掛かるロナの事を思えば、それがベターと言うべき選択肢だろうか。そう考えたランスであったが、
「……むむむ」
しかし更にその上はないのか。
この状況下で選びうる、ベストな選択肢は他に無いのだろうかと考えた結果。
「……ん?」
それはランスが時々発揮する才覚。
土壇場での並外れた閃き、このランスという男を英雄たらしめる所以の一つ。
救出対象はか弱き人間の少女、ロナ・ケスチナ。
そして相手は言うまでもなく強敵、闘神Γに寄生している魔人レッドアイ。
前回の時も闘神Ζの助太刀が無かったら勝てなかったように、まともに戦うなら勝機は薄い。
唯一弱点があるとするならば、その強力無比な攻撃力と比較して魔人レッドアイ本体の防御力は皆無に等しい所ぐらいか。
そんな事を頭の中で考えていると、次第に浮かび上がってくるものがあって。
「……あ、そうだ」
この状況下で選びうる、一番ベストな選択肢。
その事に思い至ってしまったランスは、
「……ふっ」
とカッコつけるかのようにニヒルに笑い、その顔をすぐ隣に居る女性へと向けた。
「……時にウルザちゃん。一つ聞きたいのだが」
「なんですか?」
「ここであの無口野郎に頼らずとも実行可能な、もっと素晴らしいロナの救出方法を閃くヤツが居たとしたらだ、そいつはもう天才だと思わないか?」
ランスがそんな事を言い出すので、
「……その口ぶりだと、そんな天才であるランスさんは何か閃いたという事ですか?」
ウルザはあえて乗っかってあげた。
なのですぐにも『その通り! 俺様は天才だから閃いてしまったのだ!』みたいなセリフが聞こえてくるかと思ったのだが。
「いんや。別にそんな事は閃いちゃいないぞ」
「え?」
続くランスの言葉を受けて、彼女は肩透かしを食らったような気分になる。
「うむ。そんな事は閃いちゃいない。だって別に俺様は天才じゃないからな」
「……はぁ」
それはとてもプライドが高く、何より自信家なランスの口から出たとは思えない言葉。
思わずウルザは我が耳を疑ってしまったのだが、そこでランスは口元をにぃと曲げる。
「そう。俺は天才などではない。俺は天才じゃなくて天才の上を行く超天才なのだ。知ってたか? もちろん知ってたよな?」
「……あの、ランスさん、何を仰りたいのかがよく分からないのですが」
「つまりだな、ちょー天才であるこの俺様は、それ以上の事を閃いてしまったという訳だ」
「それ以上の事、ですか?」
不可解そうな顔で首を傾げるウルザに向けて。
ランスはそれはもう自信満々な、とても勝ち気な笑みを見せた。
「そうだ。単にロナを救出するだけじゃない、そのついでにあの目玉野郎もサクッとぶっ殺す、そんなスペシャルな作戦を閃いてしまったのだよ」
敵は狂気の魔人レッドアイ。
ケイブリス派屈指の実力者であり、魔人筆頭たるホーネットでさえも引き分けるような相手。
だがその強大な力を無力化する方法があれば。それさえ叶えばロナを救出する事だって、そのついでにレッドアイを討伐する事だって可能となる。
それは前回の時には闘神Ζが担ってくれた役目。
だが闘神Ζよりももっと強力であって、そしてもっと確実な方法。
そんな最強とも言えるカード、それが元々自分の手の中にあった事をランスは思い出した。
「さてと、んじゃ明日にでも会いに行くか。ウルザちゃんは引き続きロナの捜索を続けてくれ」
それはこの魔王城には居ないあの魔人、ホーネット派ではないあの魔人。
四六時中厚着をしていて、近付くと眠たくなってしまうあの魔人の存在であった。