ランス(9.5 IF)   作:ぐろり

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魔人レッドアイ討伐作戦②

 

 

 

 

 森を切り拓いて出来た一本道。 

 危険な魔界植物を根こそぎ取り除き、安全に通れるようになった道をランスが進む。

 

「しっかしまぁ、相変わらず奇妙な森だ」

 

 両側に見えるは捻じくれた蔓に発光する花など、魔物界の森ならではとなる極彩色の光景。

 この景色を見ながらこの道を歩くのも思えば久しぶりの事。以前ここを通ったのは迷宮探索に熱中する前の事になるので、もう一ヶ月以上振りになるのだろうか。

 とそんな事を考えながら、深い森の奥へと進んでいたランスであったが。

 

 

「……くっくっく」

 

 ふいに抑えきれないような忍び笑いを漏らし、その口元をニヤリと曲げる。

 

「……待ってろよぉ~、キチガイ目玉野郎。お前の命日はすぐそこだからな、ぐふふふ……!」

 

 キチガイ目玉野郎こと魔人レッドアイ。ケイブリス派に属する宝石の魔人。

 その死期を予告するランスはとても上機嫌、その笑みには絶対の自信が宿っている。

 その自信の根源、それは彼が閃いた会心のアイディア、作り上げた完璧な作戦によるもの。

 

 

 ランスが城に戻ってきてすぐの事。軍師であるウルザとレッドアイ討伐の作戦会議を行った。

 その話し合いの途中でふと思い出した。レッドアイの下には人間の少女、ロナ・ケスチナが捕われており、それは将来自分が美味しくいただく予定のメイドの一人。

 そんな少女を敵に預けておく訳にはいかんと、ランスはまずロナの救出を優先する事にした。

 

 そしてウルザと二人、どうやってロナを救出するべきかと頭を悩ませていたその時、ランスの脳内にピカーンと電球が灯り、とても素晴らしいアイディアが閃いた。

 それはロナの事を楽々救出可能で、かつそのついで魔人レッドアイも楽々討伐出来る、そんな一石二鳥で夢のような作戦である。

 

 

「あいつを助け出してキチガイ目玉もぶっ殺す。こんなナイスな計画を立ててしまうとは、常々思っていた事だが俺様ってばなんて天才なのだろう。……なぁ、君もそう思わんか?」

 

 この作戦を実行するに当たって、重要となるピースが2つ程存在している。

 その内の一つが今ランスの隣に居る女性、こうして一緒に森の中を歩いているその魔人。

 

「……そうかもね」

 

 それが魔人シルキィ。ホーネット派に所属している魔人四天王。

 彼女のその堅甲な防御力、それを支える魔法具の装甲と彼女自身の我慢強さ。それが今回の作戦で必要となるピースの一つとなる。

 

「けど私ね、この前と違って今は忙しいのよ。あまり変な事に付き合っている場合じゃ……」

「忙しいってのはあれだろ? あの目玉野郎に備える為の準備があるってんだろ? けどそんな必要は無い、あいつは俺様がぶっ殺すからな。その為に君の力が必要になるってんだからつべこべ言わずに付いてこい」

 

 今より数時間前、シルキィは自分の部屋に居た。

 戦争の機運が高まり始めた事もあってか、早々に次なる戦いの準備をするべしと、彼女はレッドアイとの戦闘で破損してしまった装甲を急ぎ修理していた所、あえなくランスに捕まってしまった。

 そこでこの作戦の全容を聞かされ、事はついでだからと有無を言わさず連れられ今に至る……という流れである。

 

「……まぁ確かにね。ランスさんの考えた作戦の出来自体は悪くないものだと思うわ」

「だろ?」

「うん。……ただ正直に言わせてもらうと、あまり気が乗らない作戦なんだけどね」

 

 そう言って、はぁ、と溜息を吐くシルキィ。

 先程から浮かない表情をしており、ランスに嫌々付き合っているのが丸わかりである。

 

「気が乗らんとはなんだ。さっき事情は全部話してやっただろ?」

「……ロナさん、だっけ?」

「そう。あの目玉野郎の所には俺様のメイドが捕まっているのだ。君はロナを助けてやろうとは思わんのか? あいつはまだ幼い少女なのだぞ?」

「そりゃあ私だって、助けてあげたいけど……」

 

 ランスからの批難めいた言い分に対し、シルキィは複雑な表情で答える。

 彼女は人間を守る為に魔人となり、今もその願いを抱き続けている心優しき魔人。

 凶悪な魔人に捕われている人間が居るのなら、すぐにでも助け出してあげたいと思っている。

 

「……けどねぇ」

 

 しかしそれでもシルキィの気が乗らない理由。

 それはこの作戦を実現する上での重要なピース、その2つ目の方にある。

 この作戦においての肝心要と言える存在、ホーネット派に属しないあの魔人がその理由。

 

「いくら何でも、ワーグの力を借りちゃうのはさすがに反則じゃないの?」

 

 それが魔人ワーグ。二人が今向かっている先、森を越えた先にある小さな一軒家に住む魔人。

 ランスが閃いたアイディア、それは魔人ワーグに協力してもらうという方法である。

 

「確かに反則かもしれんな。なんせあいつの能力の効き目は反則な位にヤバい。あの眠気の前ではケイブリス派の奴らだって抗えんだろう」

「……まぁ、それはそうでしょうね」

「だろ? だろだろ? あいつの力を借りちまえばロナの救出なんて楽チンだろう?」

 

 不承不承と言った感じのシルキィの一方、ランスは実に得意げな様子で答える。

 

 魔人ワーグが有する能力。あらゆる生き物を眠らせる魔性の香り『夢匂』。

 その効果範囲は軽く都市一つ分に及び、彼女の周辺一帯全ての生物を眠らせてしまえる。

 故にその力があれば人質救出など容易い事。仮にロナが何処に捕われていようと、周囲にどれだけの敵がいようとも、ワーグならば軽く散歩するようなノリで楽々連れ帰ってくる事が可能である。

 

「それにこの作戦の素晴らしい点はそれだけじゃない。この方法ならあのキチガイ目玉だって楽チンで殺せるからな。ヤツが眠っている所に一発ランスアタックをかませばそれで試合終了じゃ」

 

 それに加えていくら魔人レッドアイと言えども、寝ている間なら自慢の魔法だって使えないし、寄生している闘神Γを操る事だって出来ない。

 あの赤い瞳が睡魔によって閉じている間ならば、魔剣の一撃で容易く退治する事が可能である。

 

 とこのようにロナを救出する事もレッドアイを討伐する事も、ワーグの協力さえあればどちらも簡単に解決する事が出来るのである。

 

 

「ふふん、ちょー天才の俺様にしか思い付かん、スペシャルでカンペキな作戦だろう?」

「……確かに成功確率の高い作戦だとは思うわ。……でも」

 

 その作戦の有用性は認めつつも、しかし相変わらずシルキィは難しい表情。

 彼女にはランスから聞いたその作戦に関して、引っ掛かってしまう点が2つ程存在していた。

 

「いくら相手がレッドアイだからって、寝ている所を仕掛けるのは卑怯過ぎるような気が……」

 

 その一つが作戦自体の正当性。シルキィはとても真面目な性格であり、派閥の主に負けず劣らず正々堂々を好む性格。

 そんな彼女にとって、ワーグの能力を利用して敵を無防備にして討伐する、そんな作戦はあまりにもズルすぎてさすがに抵抗感があるらしい。

 

「甘い甘い、甘すぎるぞシルキィちゃん。これは戦争なのだ、戦争なんてのは卑怯だろうが何だろうが勝ちゃあいいのだ」

 

 しかしランスにとってはそうでは無い。

 勝つ為ならば卑怯と言われようが何のその。勝つ為ならばゴールデンハニーの死体の中にだって隠れてみせる、それがランスという男である。

 

「……まぁね。私だってどうしても許容できない訳ではないのよ。かなりズルいとは思うけど、それでもこの戦いには絶対に勝たなきゃならないからね。平和を守る為には仕方無い事もあると思うし」

「ならシルキィちゃん、君は一体何がそんなにも気に食わんというのだ」

「私が納得できないのはワーグの事よ」

「ワーグの事?」

 

 オウム返しに尋ねるランスに向けて、シルキィは真面目な表情で「えぇ」と呟く。

 彼女が引っ掛かっていた2つ目の理由、それはその作戦を実行する事に関しての正当性。

 

「……ランスさんは知っていると思うけど、私は前にワーグと戦う事になったでしょう?」

 

 今より三ヶ月程前、シルキィはその当時ケイブリス派に属していた魔人ワーグと対峙した。

 そして彼女の説得により心を動かされ、ワーグは派閥戦争からリタイアする運びとなった。

 

「……その時あの子に言ったの。貴女が戦う必要は無いからって、ホーネット派に協力する必要は無いからって、そう言ってあの子を説得したの。だからあの子の力は借りたくないのよ」

 

 これじゃあ私が嘘吐きになっちゃうじゃないの。とシルキィは不満げに唇を尖らせる。

 

「ふむふむ、なるほどなるほど。君の言いたい事はよく分かるぞ」

「だったら……」

「けどそれは君の話であってだな、別に俺様はワーグとそんな約束した覚えは無いからな。俺があいつに協力を頼む分には何も問題無いだろう」

「そ、れはそうだけど……うう~ん……」

 

 その屁理屈に納得させられたような、しかしそれでも納得出来ないような。

 なんとも悩ましい表情で唸るシルキィだったが、彼女が気掛かりなのはそれだけじゃなく、今現在ワーグが置かれている状況も問題である。

 

「……それにねランスさん、あの子は今ケイブリス派から身を隠しているのよ? それなのにここであの子を矢面に立たせちゃったら台無しになっちゃうじゃないの」

「だいじょーぶだいじょーぶ、パッと行ってパッと帰ってくりゃ見つかりゃしねーって」

「……そもそもだけどね、ワーグは戦う事自体を嫌っている子なのよ? あの子の能力を戦いに利用したいなんて言っても断られると思うけど」

「だいじょーぶだいじょーぶ、俺様が上手い事言って説得してやっから」

「……丸め込む、の間違いじゃない?」

 

 シルキィがそんなツッコミを入れてみても、ランスは「どっちでもいいのだそんな事は」と答えるだけでまるで聞く耳を持たない。

 

 ワーグの力を借りたくない、ここでホーネット派への協力を求めたりはしたくない。

 そう考えるシルキィとは違って、ランスは使えるものならば何でも使う性格。

 特にそれがワーグのような超強力な戦力ならば、使わない方が嘘というものであって。

 

 その後も渋々ながら付いて来るシルキィの様子など意にも介さず。

 ランスは意気揚々と森を進んでいって、そしてしばらくすると。

 

「……と、よーやく見えてきたな」

 

 そこで一度足を止めたランスの視界の先。

 深い森の景色が切り替わったその先には、その魔人が住んでいる小さな一軒家が建っていた。

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

「……かくかくしかじか、これこれこーいう事情があるのだ」

 

 ざっと説明を終えたランスの目の前。

 そこにはクリーム色の髪に真っ白な肌の魔人、その隣にはふわふわなペットの姿。

 

「という訳でだワーグよ。いっちょお前の力を貸してくれ」

 

 そこはワーグの家の食卓。

 テーブルを挟んでその正面に座るランスは、早速とばかりに事情を話して協力を申し出た。

 

 なのだが。

 

 

「………………」

「ん?」

 

 しかしその魔人の口はぴっちり真一文字、固く結ばれたまま動こうとしない。

 

「あり? ワーグよ、聞いとるか?」

「………………」

 

 ランスが再び問い掛けてみても、返ってくるのは沈黙だけで。

 

「おい、ワーグってば」

「ワーグ、どうしたの?」

 

 その無反応を不思議に思ったのか、ランスは元よりその隣に座るシルキィも声を掛ける。

 

 

「………………」

 

 するとワーグはその目を少し細めて、じとーっとした視線を向ける。

 そしてその口を開いたかと思えば、

 

 

「……つーん」

 

 と呟き、その顔をすっと真横に背けてしまった。

 

 

「……いや、つーん、って……」

「……ぷいっ」

「いやだから、ぷいっ、じゃなくて……」

 

 どれだけ声を掛けてみても、その魔人の顔の向きは一向に戻ってくれない。

 今の自分の気持ちを外に漏らさぬよう、隣りに居るペットにも触れないような用心深さで。

 

「……ワーグ。お前なんか……怒ってんのか?」

 

 そのあからさま過ぎる態度を目にしてさすがのランスも気付いた。

 何故かは分からないのだが、どうやら今ワーグはとても怒っているらしい。

 

「………………」

「おいワーグ、何とか言えよ」

「……ぷーいだ」

「ぷーいだ、じゃねーつの。お前──」

「ランスさん、ちょっとちょっと」 

「あん?」

 

 シルキィはランスの言葉を遮るように肩をトントンと叩くと、その耳元にそっと口を寄せる。

 

「ひそひそ……ねぇ、ワーグが怒っているわ」

「ひそひそ……うむ、そうみたいだな」

「そうみたいだな、じゃなくって。貴方一体ワーグに何をしたの?」

「……何かしたかぁ? いやけど、怒らせるような事は何もしてないと思うのだが……」

 

 ランスはうーむ、と悩んではみるものの、ワーグの怒りの原因には何ら心当たりが無い。

 例えばこれまでにも軽くボディタッチをするなどして、ワーグに「もうっ、ランス!」などとそんな感じで怒られたりした経験ならばある。

 だがこれはそのような軽い怒りでは無い。なにせ先程玄関で顔を合わせたその時から、ワーグはむすっとした表情のままなのだ。

 

「おいワーグよ、お前何を怒っとるんじゃ」

「………………」

「おいって。何とか言えよ」

「……別に。怒ってなんかいないわ」

 

 ようやくランスに対して返事をしたワーグ。

 しかしその声色はとても素っ気なく、その顔は相変わらずのそっぽを向いたままで。

 

「嘘つけ。明らかに怒ってるだろーが」

「………………」

「あのなぁワーグ、黙ってちゃ分からんだろう」

「………………」

 

 僅かに怒気が混じり始めたランスの言葉に、ワーグは苛立たしそうに眉を顰めて、そして。

 

 

「べっつにー。ランスが一月以上も遊びに来てくれなかった事に怒ってなんかないしー」

「……あ~」

「……なるほど。それはランスさんが悪いかも」

 

 そこで二人は理解した。

 何かをしたから怒っているのではなく、何もしなかったから怒っているだという事に。

 

「……そういやぁ、ここに遊びに来んのも久しぶりだったな。それでか」

 

 今より三ヶ月程前、ランスはワーグと出会い、そして二人は友達となった。

 ランスにとっては未だ抱いた事の無いワーグ、その好感度を稼ぐ事に関しては余念が無く、その後もまめにちょくちょくと遊びに来ていた。

 

 しかし一月前頃からランスは迷宮攻略に熱中し、その間は必然ワーグの家を訪れる機会は無く。

 その結果、ワーグは一ヶ月以上も放ったらかしにされてしまっていた。

 

「わたしー、これでも色々と心配してたのにー、ぜーんぜん連絡とかくれないしー」

 

 自分の髪先をくりくりと弄りながら、ワーグはやさぐれたような態度で語る。

 

 自分の事を孤独なままにはしないと、あの時そう言ってくれたはずなのに。しかしこの頃はどうしてか遊びに来てくれなくなった。

 もしかしてランスに身に何かあったのか。あるいは何かランスの不興を買ってしまったのか、それともやっぱり自分の事を怖くなってしまったのか。

 そんな不安を覚えても彼女の方から魔王城に出向くのはその能力の都合上難しく、ワーグの苛立ちや寂しさは日々募るばかりで。

 

「それでー、よーやくランスが来てくれたとかと思ったらー、なんかシルキィもいるしー」

「うっ、……ごめんねワーグ。私そういう事に頭が回らなくって……」

「ううん、別にいいのよシルキィ。さっきも言ったけど私はぜーんぜん怒ってなんかないから」

 

 すっかり拗ねてしまった今のワーグは、無関係のシルキィにすら当たってしまう始末だった。

 

「……ほんとにごめんね。けれどね、決して悪気があった訳じゃないのよ?」

「そ、そうそう。ワーグよ、機嫌直せって。俺様だってお前の事を忘れてた訳では無いのだぞ? ただ最近ちょっと忙しくてな、お前んトコに来る暇が無かっただけなのだ」

 

 ワーグがこの様子では協力を頼む所では無い。

 何とかその怒りを鎮めるべく、シルキィはとにかく頭を下げ、ランスは言い訳の言葉を重ねる。

 

「……ふーん」

 

 その言い訳に効果があったのか、それともさすがに子供っぽい事をしている自覚はあったのか。

 

「……ま、いいわ。何度も言っているけどね、別に怒っている訳じゃないんだから」

 

 ワーグはいじけた振りをするのを止めると、そばに居たペットの身体にぽんとその手を乗せた。

 

「まったくー! ワーグの寛大な心に感謝しろよなー! ランス、分かったかー?」

「あぁ、分かった分かった」

「なら次からはちゃんと遊びに来いよ? こっちは寂しくて死ぬ所だったんだからなー!」

「……イルカにんな事を言われてもなぁ。……まぁとにかく話を戻すが」

 

 ワーグの寛大な心を代弁するペットを適当にあしらってから、本題となる話を再開。

 ランスは一度仕切り直すと、ようやくこっちを向いてくれたワーグと目を合わせる。

 

「さっきも言ったけどワーグよ、いっちょお前の力を貸してくれ」

「……私の、この眠りの能力を利用したいのね?」

「そうだ。お前が居りゃあ百人力、その能力さえあれば全てが楽勝で片付くからな」

「……そう」

 

 そこでワーグは、ふぅ、と息を吐いて、

 

「……悪いけど、協力は出来ないわ」

 

 少し寂しそうな表情でそう呟く。

 するとシルキィは「ほら、やっぱり」と言わんばかりの顔となって、その隣のランスは納得がいかなそうに口元を曲げた。

 

「協力が出来んとはどういう事だ。ちょっと行ってすぐ帰ってくるだけではないか」

「そういう事を言っているんじゃないの。私はね、この力を戦争に利用したくないのよ」

 

 ワーグの力。周囲の者を無差別に眠らせる能力。

 魔物界のあらゆる者が恐れるその体質、それはワーグ自身が一番強く忌み嫌っているもの。

 

「……確かに私の力があれば、戦いなんて楽に勝てるのでしょうけどね。けど……」

 

 相手を眠らせて意のままに操れるのならば、それは確かに無敵と飛ぶに相応しい力。

 以前にホーネット派とケイブリス派双方から協力を求められた事からも明らかなように、事が戦争となればその使い道は幾らでも考えられる。

 だがその力の争いに利用している限り、ワーグの孤独は終わらない。今より更に恐れられて、今よりも更に他人が離れていく事になる。

 

「私はもうこの力を戦いに利用したくない、この力で誰かを不幸にしたくないの。だからランス、悪いけれど……」

 

 世界中の人達と仲良くしたい。そんな事を考える程にワーグは思いやりに溢れた魔人。

 故に誰かを傷付ける戦争には協力出来ないと、拒否の意思を告げたつもりだったのだが。

 

「ちっちっち。それは違うぞ、ワーグよ」

 

 しかしランスは不敵に笑い、前に出した人差し指を左右に振る。

 来る途中でシルキィから言われた事もあって、ワーグが協力を渋るだろう事は予測済み、その対処方法もしっかり考えてきていた。

 

「これは別に戦いじゃない。ただの人助けだ」

「人助け?」

「そうだ。さっきも言ったが俺様のメイドが悪いヤツに捕われている。だからそれを助けに行く。俺はお前に戦いに協力して欲しい訳じゃない、人助けに協力して欲しいだけなのだ」

「……私の力で、人助けを……?」

 

 ランスの言い分に虚を衝かれたのか、ワーグは呆然とした様子で呟く。

 他人を眠らせて操る能力、彼女はこれまでそれを悪用する事を要求されてきた。自然とワーグ自身ですらもそういう見方をしてしまっていたのだが、使い方によっては人助けのような善行に使う事だって勿論可能である。

 

「……けれどランス、その人助けの途中で戦う事になるのでしょう? 私はそれが嫌なのよ」

「いーや、戦わない」

「嘘よ、そんな……」

「本当だとも。戦いに行く訳じゃないからな」

 

 信じられないといった表情のワーグを納得させる為、ランスは強い口調で断言する。

 

「いいか? ロナはケイブリス派陣内のどっかに捕われている。そこに辿り着こうとすると結構な数の魔物兵と戦う必要になってしまうだろ?」

「……えぇ、そうね」

「だからそれをお前の能力で眠らせて欲しいってだけなのだ。そうすりゃ戦う必要は無いだろ?」

「……本当にそれだけ? 眠った魔物兵達を倒したり、操ったりはしないの?」

「しないしない。ロナの救出さえ済んだら魔物兵共はすぐにでも起こして構わんぞ。絶対に戦ったりなどはしないから安心してくれ」

「………………」

 

 そんな説得の言葉に心を動かされたのか、沈んでいたワーグの表情に変化が生じ始める。

 

 自分の力を使って誰かを助ける。そして計画通りに事が進めば戦いが起こる事も無い。

 それは良い事なのではないだろうか。良い事ならば協力しても良いのではないだろうか。

 なによりこの眠りの力をそういう良い事に使えるのならば、今までずっと嫌いだった自分の体質をちょっとは好きになれるかもしれない。

 

 とそんな事を考えているワーグの一方で、

 

 

(まぁ魔物兵はどうでもいいけど魔人は一匹退治する事になるけどな。けど俺様が一方的にぶっ殺すだけで戦いになどはならんし、嘘を言っている訳ではないよな。うむうむ)

 

 とランスはとても都合よく物事を解釈しており、

 

 

(うわぁ……物は言いようというかなんていうか、なんかもう詐欺師の手口を見ている気分)

 

 一連の話を傍観していたシルキィはそんな感想を抱いたが、あえて口に出す事は無く。

 とにかくそれはランスの狙い通り、ワーグの心を動かすのに十分な内容であったのか。

 

「どうだワーグ。ロナを助け出すのにお前の力を貸してくれるか」

「……繰り返すようだけど、本当に私の力を戦いには使わないのね?」

「勿論だ。それは約束してやる」

「……うん、分かったわ。そういう事なら協力してあげる」

 

 ようやくワーグはその首を縦に振った。

 

「よっしゃ! これで全ての準備が整ったぜ。ならばすぐにでもロナの救出に向かうぞ」

 

 いざ作戦実行だ! とランスはバンとテーブルを叩いて立ち上がった。……と思いきや。

 

「……ぐがー、ぐがー」

 

 このタイミングで我慢の限界が来たのか、そのままテーブルに突っ伏して眠ってしまった。

 

「あ、ランスさん寝ちゃった」

「……何だかしまらないわね」

 

 あっという間に夢の世界に旅立ったランスを眺める二人の魔人は、そんな感想を口にした後、

 

「……ところでワーグ、本当にいいの?」

 

 心配そうな表情のシルキィの問いに、ワーグは小さく頷きながら答える。

 

「えぇ、もう決めたわ」

「けれどここで貴女が動いたら、貴女の存在がケイブリスに知られちゃうかもしれないわよ?」

「……うん。それは分かってる」

 

 現在ワーグは戦争の中で死んだ事となっている。

 そのようにしてケイブリスの目を誤魔化している以上、もしそれが虚実でワーグはケイブリス派を裏切って未だに生きていると知られたら、どのような報復を受けるか知れたものではない。

 シルキィが不安視していたその件は、ワーグも内心恐怖している事ではあったのだが。

 

「……けれどそれはもういいの。もしわたしが生きている事がケイブリスに知られたら……その時はもうその時だわ」

「成り行き任せって事? ……なんだかワーグ、随分と適当になっちゃってない?」

「ふふっ、そうかもね」

 

 誰かの性格が伝染っちゃったのかしら、とワーグは小さく笑みを零す。

 

「……それに、仕方が無い事でもあるしね」

「仕方が無い?」

「えぇ」

 

 そして嫌々ながらでは無く、どこか吹っ切れたような表情で口にした。

 

「……私はランスの友達だからね。友達が困っているのなら力を貸すわ」

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 こうしてワーグの協力を得た事により、ランスが考えたスペシャルでカンペキな作戦、魔人レッドアイ討伐作戦の前提条件は整った。

 

 だがこの時ランスは気付いていなかった。

 自身が考えたその作戦はカンペキなどでは無く、致命的とまでは言わないものの、しかしかなり大き目な欠陥が潜んでいるという事に。

 

 ランスがそれに気付いたのは幸いにもすぐの事。

 眠りから目覚めてワーグの家をお暇してから、ほんの数分後の事だった。

 

 

「んじゃあ出発だ……といきたい所だが、その前にひとまず魔王城に寄らないとな」

「そうね、旅の支度をしないといけないし」

 

 作戦には諸々の準備が必要となる。その為魔王城に近づけないワーグとは一旦別れ、各自準備を終え次第魔王城近郊で合流する事に決定。

 故にランスとシルキィは二人、行きと同じく森の道を進んでいたのだが。

 

「後はうし車も取ってこないといかんしな」

「……え?」

 

 ランスが呟いたそんな言葉に、隣を歩くシルキィがきょとんとした顔になる。

 

「待って、どうしてうし車が必要なの?」

「どうしてって……んなの旅をするのにうし車が必要なのは当たり前だろ。あれが無いと移動に時間が掛かってしゃあないからな」

「そうじゃなくってね。ワーグと一緒に旅をするんだからうし車は使えないでしょう? ワーグの前じゃ車を牽くうし達が眠っちゃうんだから」

「……あ。そっか」

 

 この作戦においてはうし車が使用出来ない。

 その欠陥に今更ながらに気付いたランスは、その場で立ち止まって数秒程考えた後。

 

「……え、じゃあちょっと待て。てことは歩いていくしかないって事か?」

「うん」

「……え、え、ここ魔物界の北部から、ロナが居るはずの魔物界の南部までを歩きで?」

「そうなるわね。かなりの長旅になるから準備はしっかりしないとね」

「………………」

 

 出発予定場所は魔王城の近郊、そして到着予定場所は魔物界南部の何処か。

 その移動距離を分かりやすく例えてみると、それはヘルマン国首都のラング・バウからゼス国首都のラグナロックアークまでを歩くようなもので。

 

「……あの、やっぱこの作戦中止で──」

「今更なにを言っているのよ。せっかくワーグがやる気になってくれたんだから、あの子を焚き付けたランスさんも覚悟を決めなさい」

「……まじ?」

 

 こうしてうし車の使用が出来ない魔人レッドアイ討伐作戦、ランス達の長い旅路が始まった。

 

 

 

 

 


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