ランス(9.5 IF)   作:ぐろり

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閑話 作戦行動中の一幕②

 

 

 

 

「……うし、ここら辺にすっか」

「そうね、ここならすぐ近くに水辺もあるし悪くないと思う」

「じゃあ早速テントを張りましょうか。よいしょっと……」

 

 ランスの言葉にワーグが相槌を打ち、シルキィがその手に抱えていた荷物袋を下ろす。

 

 作戦行動開始から3日目。時刻は夕暮れ。

 暗い森の中を歩くのはさすがに危険な為、ランス達の本日の活動はこれにて終了。

 

 

「ランスさん、ちょっとそっち持ってくれる?」

「だとよ。おいそこのイルカ、お前がやれ」

「あのねぇランス、ラッシーにテント張りを手伝わせないでよね、もう……」

 

 森の中である程度開けている場所を探して、そこに3人分のテントを張る。

 それはシルキィが運んできた大荷物の一つ。ワーグが一緒だと魔界都市にも近付く事が出来ない為、この旅の間で一行が寝泊まりしているのはこのようなテントとなる。

 

 

「……よし、出来たわ」

「お、今日の晩飯はワーグが作ったのか。……ふむ、いい匂いがするな」

「へぇ、ちょっと意外かも。ワーグって料理上手だったのね」

「……まぁね。私、一人暮らしが長いから……」

 

 そして夜。

 三人仲良く焚き火を囲んで、今日の食事当番となるワーグ手製の晩ごはんを美味しく味わう。

 

 本日は朝から暮れまでひたすら歩いた。

 そしてそれは明日も同じ事、明日も朝から暮れまでひたすら歩く事になる。

 明日の為にも本日は早めに身体を休めた方が良いだろうと、その後夕食を食べ終わった一行は就寝の準備を終え次第すぐに別々のテントへと別れた。

 

 そして。

 その事件が起こったのはそれから少し後の事。

 

 

 

 

 

 

 

「ん~……っと」

 

 一人用となるやや手狭なテントの中、魔人シルキィは両手を上にぐっと伸ばす。

 

「……ふぅ、ちょっと疲れたかな」

 

 そしてすとんと両手を下ろしながら肩の力を抜いてリラックス。自らそう呟いた通り彼女の顔色には若干の疲労感が浮かんでいた。

 歩いた距離というのも勿論だが、200キロを超す装甲を着込みながら三人分の荷物を運んで、途中で眠ってしまうランスの事も背負ったりなど。

 面倒見の良さ故か、この旅の中で一番の重労働をこなしているシルキィだが、働き者である彼女の仕事はそれだけに留まらない。

 

「……さてと、地図地図っと……」

 

 するとシルキィは持参した荷物袋の口を開き、その中から地図とペンを取り出す。

 

「……ええと、あっちのあの辺にキトゥイツリーが見えるから、今は多分……この辺……かな?」

 

 彼女が行っているのは現在地の把握。一昨日からずっと森の中を歩いてばかり、今自分達が何処に居るのかも把握し辛い状況にあるのだが、しかし今後の事を考えるとこれは大事な事。

 このまま延々と南下を続けてホーネット派の最前線となる拠点、ビューティーツリーの近くに到着する事が第一の目標となる。

 そこでメガラスとハウゼル率いる合同飛行部隊と接触をして、救出対象であるロナの現在地を教えて貰う手はずとなっているのだ。

 

「……メガラス達、ロナさんの居場所を見つけてくれているといいけど」

 

 3日前の時点、つまりこの作戦のスタート段階ではまだロナの現在地は不明のまま。

 このままのペースで歩き続けると後一週間程でビューティーツリーに辿り着く事になるので、その頃までにメガラス達が魔人レッドアイの一団を発見してくれる事を期待するしかない。

 もしロナを見つける事が出来ないとそこから先に進む事が出来ない。なのでメガラス達には是が非でも頑張ってほしいなぁと、シルキィはそんな事を考えながら今日歩いた距離と大体の現在地を地図上に書き加えていた。

 

 するとその時。

 

 

「おうシルキィちゃん、ちょっといいか」

「あ、うん。いいわよ」

 

 彼女の返事を待つまでも無くテントの入り口が勝手に開かれ、ランスが中に入ってきた。

 

「けどどうしたの? さっきご飯食べ終わった後『俺様もう寝るー』とか言ってなかった?」

「うむ。そのつもりだったのだがな、どうも昼に寝すぎたみたいでさっぱり眠くならんのだ」

「あぁ、それはそうかもね。ランスさん昼間は私の背中でぐっすりだったし」

 

 言いながらシルキィは小さく微笑み、座る位置を横にずらして一人分のスペースを空ける。

 するとそこにランスが腰を下ろして、二人は狭いテントの中で肩を並べる。

 

「君はまだ寝ないのか? さっき見たらワーグはとっくに眠っていたぞ」

「そうね、私ももう少ししたら……て、それ、もしかしてワーグのテントを覗いたって事?」

「おう。だが案の定つーかなんつーか、やっぱ寝ている時でもあいつには近づけんな」

「そりゃあそうよ。あの子の能力は体質の問題なんだから。……ていうかランスさん、もし近づけたのなら何をするつもりだったのよ……」

 

 寝ている所を襲うなんて駄目よと、そんな当たり前のような注意をしそうになった。

 しかし今自分達が実行している魔人レッドアイ討伐作戦、その内容の事を思うとそんな事言える立場でも無いなと思えてきてしまったシルキィは、

 

「……ところでランスさん、何か私に用事でもあったの?」

 

 その代わりにランスの訪問目的、こんな夜遅くに訪ねてきた理由を聞いてみた。すると、

 

「……ん、まぁ用っつーかなんつーか……」

 

 ランスはすぐには答えず、なにやら歯切れの悪い言い様ではぐらかす。

 そして話を逸らすかのようにして、ふと目の前に広げられていた地図を覗き込んだ。

 

「お、この地図って現在地を書き込んでいるのか」

「うん。ある程度は今居る位置を知っておかないと何かあった時に怖いからね」

「ほーん。しかしあれだなぁ、君は相変わらずの真面目ちゃんだなぁ」

「そう? けど真面目って言ってもねぇ、これくらいは誰でもする事だと思うけど」

「いやいや、んな事は無いぞ、現に俺様はしないからな。……て事でほれ」

 

 そこで何を思ったのか、ランスは大きく開いた右手を隣に座る魔人の頭の上にぽんと乗せた。

 

「……え、なに?」

「君は真面目な子だからな、褒めてやろうじゃないか。ほーらほーら、いい子いい子」

「……あ、ありがと……」

 

 大きな手のひらでがしがしと。

 頭を前後左右に撫でられながら、シルキィは少し照れくさそうに呟く。

 

「それに君は面倒見も良くてとても親切な子だ。昼間はクソ眠かったから本当に助かったぞ」

「あぁ、うん。あれくらい別に構わないって。私は装甲があるからあまり眠くならないしね」

「だが出発してからもう3日、君にはずっと世話になりっぱなしだ。んで多分この先も世話になりっぱだろうからな、んな訳でもっと褒めてやろうじゃないか。ほーれほーれ、なーでなーで」

「あ、う、うん……でも私は別に……」

 

 先程より気持ち強めに頭をわしゃわしゃと撫でられながら、シルキィは内心大いに戸惑う。

 自分は特別褒められる程の行いなどしていない。現在地を地図に書き込む事など誰でも出来るし、眠気を堪えきれないランスを背負って歩くのだって同等の事である。

 

(……なにこれ、どういう状況? なんでランスさんはこんなに私の事を褒めてくるの?)

 

 一体どういう風の吹き回しなのか。もしやただ単に頭を触りたいのだろうか。

 とシルキィそんな事を考えている間にも、その右手を動かし続けていたランスが口を開く。

 

「シルキィちゃん、君はとても真面目な子だ。んで面倒見も良い、性格のグッドな優しい子だ」

「そ、そう? そう……かな?」

「そうなのだ。けどそれ以上に君を語る上では欠かせない要素、大事な事がある」

「大事な事?」

「うむ」

 

 そこでランスは一度言葉を区切ると、身体の向きを90度横にずらす。

 

「……どうしたの?」

 

 自然とシルキィもそれに合わせて動き、横並びだった二人は正面から向き合う形となる。

 するとその男は彼女の小さな両肩に手を置いて、その顔をじっと見つめながら言い放った。

 

 

「……シルキィちゃん、君って可愛いな」

「けふっ」

 

 シルキィはむせた。

 

 

「な、何を馬鹿な事言っているのよ、もう……」

「馬鹿な事などでは無いだろう。前々から感じていたのだがな、シルキィちゃんって本当はもの凄く可愛い女の子なんじゃないかと思うのだ」

 

 ランスはそんな台詞を呟きながら手を伸ばし、シルキィの顔のあちこちをぺたぺたと触れる。

 その髪形はショートヘアー、その青色の髪は彼女の少し濃い肌の色に良く映えている。

 そのおでこには謎の模様、これはよく分からないがなんか可愛くみえる。そして少し上向きの眉には彼女の芯の強さが表れている。

 更には赤色の大きな瞳はくりりとしていて、小さめな口元も実にキュート。

 

「……うーむ。やっぱり可愛い」

「べ、べべ別に私なんてそんな……私より可愛い子なんてそこら中に居るでしょうに」

「いやいや、いないいない。君はマジで可愛いぞ。俺様が出会った子の中で一番かもしれん」

「んな、にゃ、なにを……!」

 

 気恥ずかしさのあまり口が上手く動かせず、シルキィはしどろもどろな声を出す。

 その慌てふためく様子が更に可愛く見えるのか、ランスの攻勢は一向に止まらない。

 

「可愛い可愛い、ちょー可愛い」

「ちょちょ、ちょっとランスさんっ、もういい、もういいから……!」

「いーや、まだまだ足りん」

 

 その柔らかそうなほっぺをつんつんと突っついてみたり、ぷにぷにと引っ張ってみたり。

 そうして彼女の違った表情を見つけてみては、ランスは可愛い可愛いと呟き続ける。

 

(……な、何なのこれは!?)

 

 その「可愛い」の連呼、唐突な褒め殺しにシルキィはすっかりテンパっていた。

 

(こ、この私が、かわ……いい、だなんて、そんな、そんな事……)

 

 そんな事はあり得ない。可愛いなんて言葉はとてもじゃないが信じられない。

 シルキィにとってそれは決して謙遜ではなく確たる証拠がある事実。何故なら自分はランスに会うまでは処女、男性経験が一切無かった魔人である。

 それはつまり約千年にも及ぶ期間、周囲の男性から見向きもされなかったという事。その頃の自分は時の魔王に尽くす事に腐心していたので仮にそんな話があったとしても無視していたであろうが、とにかくそういう事実がある訳で。

 

(……そう。そんな私が可愛いだなんて、そんな事あるはずが無いわ)

 

 自分は女性としての魅力に欠ける魔人、そんな自分が可愛いなんてあり得ない話。

 先程の「可愛い」の連呼、あれは多分ランスのリップサービスのようなものなのだろう。

 しかし何故このタイミングでそんなリップサービスをするのか。これに一体どのような意味があるのか……と、そこまで考えた所で。

 

 

「……あっ! 分かった! 分かったわ!」

「分かった? 何がだ?」

「エッチよ、狙いはエッチね!? ランスさん、私とエッチな事がしたいんでしょう!?」

 

 シルキィはようやく気付いた。

 これはつまり、性交への前振りなのだと。

 

「……考えてみたらそうだわ。こんな時間にランスさんが尋ねてくる理由なんて一つだものね」

 

 時刻は夜更け。こんな時間にこの男が自分の所に来る理由などどう考えてもそれしかない。

 先程の可愛いとの褒め言葉の連呼、あれは自分の気持ちを高揚させる目的というか、スムーズな性交への導入を促す為の言わばムード作りのようなものなのだろう。

 

(……はぁ、全く。普段とは全然違う感じでくるからびっくりしちゃったじゃないの)

 

 シルキィの知る限りでは、基本的にランスという男は勢いのままに向かってくる。

「がはははー!」とか「服を脱げー!」とか「セックスさせろー!」とか、そんなムードもへったくれも無い、さながら暴漢のようなノリで襲い掛かってくるケースが多い。

 

(……そういうのってなんだかなぁ……って、そんな事を思った日も何度かあったけど……)

 

 魔人を一体倒せたらという例の約束がある以上、ランスに抱かれる事はもう仕方が無い。

 だがそれならばせめて、せめてもう少しちゃんとした形でそういう事に及んで欲しい。

 仕方無い事ではあるけれど、でもまぁエッチな事をしてもいいかな? と僅かなりとでも思えるようなムードというか、そういう雰囲気を作って欲しいなぁとそんな事を考えた時もあった。

 

 しかし今回、そんなムード作りをされてみて分かったのだが、これはいらない。

 もしランスとエッチをする度にこんな事を言われていては、頭がどうにかなってしまいそうだ。

 

 

「……もう。エッチがしたいならエッチがしたいって始めからそう言ってよね」

 

 そう呟いたシルキィの表情、そこには「したくないなぁ」という気持ちが如実に表れていた。

 もう半年近くも抱かれている身の上、さすがに抵抗感というものは殆ど無くなっているのだが、しかし今は出来る事なら遠慮して欲しい。

 何故なら今は近くでワーグが眠っている。ランスはただ好き勝手楽しむだけなのだろうが、こちらはワーグにバレないように終始声を抑え続けるのにも一苦労なのである。

 

「ねぇランスさん、昨日も言ったけど少しぐらい我慢出来ないの? こう毎日のようにしてたんじゃいつかワーグにバレちゃうと思うんだけど……」

 

 故にシルキィはそんな話を振ってみたのだが、

 

「……ん、あぁ、そうだな。いやまぁエッチな事もしたいけど……」

 

 ランスは曖昧に返事をした後、再び彼女の頬にそっと右手を伸ばす。

 

「けどなシルキィちゃん。そういうのを抜きにしても君は本当に可愛いと思うぞ」

 

 そしてその頬を撫でながら先程と同様の話、魔人シルキィ実はとても可愛い論を主張し続ける。

 

「も、もう、それはもういいから……!」

「いーや、よくない。君はまだ自分の可愛さに気付いていないようだからな」

「あ、あのねぇランスさん、私は……」

「可愛いなぁ。シルキィちゃんってどうしてこんなに可愛いんだろうなぁ」

 

 ランスにしては珍しく、今日はセックスに及ぶよりも前戯を重視しているのか。

 何度も何度も可愛いと呟きながら、シルキィの髪やおでこ、頬や顎の下などにぺたぺたと優しくソフトタッチを繰り返す。

 

「な、なに、なんなの? これって、これってあれなの? 焦らしているって事なの?」

「焦らしてるっつーか……実はな、俺様ついさっきようやく気付いた事があるのだが……」

 

 そして、更に強烈な言葉を言い放った。

 

 

「シルキィちゃん、俺は君が好きだ。この世界で一番君の事が大好きだ」

「んきゅ!?」

 

 シルキィは喉から変な声が出た。

 

 

「……あ、あ、あの、あの、あの……」

「おう、どうした」

 

 口をわなわなと震わせながら、それでもシルキィはどうにか言葉を絞り出す。

 

「……あの、これもムード作りなのよね?」

「ムード? いやいや、本心本心」

「……あのねランスさん。そういうね、そういう心にも無い事を言うのは良くない事だと思うの」

「心にも無い事などでは無いぞ。俺様は本当に君の事が世界で一番好きなのだ」

「な、な、そんな、そんな……こと……」

 

 小細工抜きのド直球での好意をぶつけられ、シルキィの頬がじわりと赤く色付いていく。

 そんな彼女の目に映るランスの顔、それはとても真面目な表情をしており、今の言葉が冗談などでは無い事が嫌でも伝わってきていた。

 

「シルキィちゃん。今日の俺様は本気だ。……だからな、今日は君の本当の気持ちが知りたい」

「えっ、わたしの、気持ち?」

「そうだ。実際のところ君は俺様の事をどう思っているのだ。率直な気持ちを教えてくれ」

 

 それは一月程前に開催した酒宴の時、酔っ払ったシルキィにはぐらかされてしまった事。

 今この魔人四天王が自分に対して抱く感情。それを改めて問うのが目的だったのか、ランスは真剣な眼差しで相手を見つめる。

 

「どうなのだ、シルキィちゃん」

「え、その、ぅ……」

 

 その熱を帯びた眼差しに貫かれ、シルキィの声のボリュームがどんどんと下がっていく。

 

(……ど、どう思ってるって、それは……)

 

 今の自分の率直な気持ち。この男の事をどのように思っているのか。

 その答えは自分の中にあるはずで、それを答えろと言うならば答えるしかない。

 そうしなければならないと思わせる程、今のランスには有無を言わさないような圧があった。

 

「私、は……ランスさんの、事は……」

「事は?」

「ぅ、その……べ、つに、その……好きとかじゃ、ない、けど……」

 

 故にシルキィはそう答えた。

 その答えが相手を悲しませると半ば分かりつつも、しかし嘘を言う事は出来なかった。

 

「……そうか」

 

 案の定、ランスはその表情を曇らせる。

 だがそれはほんの一瞬だけの事。これまで数多くの女性と向き合ってきたこの男にとって、その程度の拒絶は想定の範囲内。ランスはその位でへこたれるようなヌルい性格などしていなかった。

 

「ならシルキィちゃん。一体俺様のどこがイカンのかを教えてくれ」

「え、えぇ? ど、どこって言われても……」

「俺の事を好きになれない何かがあるのだろう? それを全部正直に言ってくれ」

「……え、えぇ~……好きになれない何かって、それはその~……」

 

 視線を左右にきょろきょろと泳がせ、完全に困りきっている様子のシルキィ。

 しかし相手の真摯な思いには真摯な態度で向き合うべきと感じたのか、困惑した頭のままあれこれ考え、なんとか一つランスの欠点を絞り出した。

 

「えっと……えっちなところ、……とか?」

「よし分かった。なら直そう」

 

 するとランスからは即答が返ってきた。

 

「今後は君とのセックスは少し我慢する。今後は週に一度……いや、君が嫌ならば月に一度だって構わない。……で他には?」

「ほ、ほか? 他は……その、そのぉ~……で、デリカシーが無いところ……とか?」

「デリカシーか……よし分かった、直そう。すぐに治るかは分からんが精一杯努力しよう。……で他はどうだ、まだあるか?」

「え、ええっと……ええっとぉ~……!」

 

 一つ挙げる度にすぐ次の理由を急かされて、シルキィはあたふたと頭を悩ませる。

 だが今のランスが何を言わんとしているのか、あるいは自分に何を言わせたいのかはちゃんと理解していた。

 自分がランスの欠点だと思う要素、それらを全て直すと約束してみせる事で、自分の口から「好き」という言葉を引き出したいのだろう。

 

(で、でも何で!? 大体どうしてランスさんは、そんなに私の事を……!?)

 

 何故ランスはそこまでして自分に好きだと言わせたいのか。

 自分など女性の底辺、そこらに居るきゃんきゃんなどよりも魅力に欠ける魔人ではないか。

 どうしてそんなにも自分にこだわるのか。その点がシルキィには本当に不思議なのだが、いずれにせよこの流れはあまり良くない。

 

(こ、このままじゃいけないわ。このままだと、このままだとなんか……)

 

 このままの流れで進んでしまうと、言ってはいけない言葉を口にしてしまうような気がする。

 それが具体的に何かは知らない。知らないのだが、しかしこのままではなにか致命的な過ちを犯してしまうような気がする。

 どうしてか無性にそんな気がしたシルキィは、悩んだ末に仕方無く最後のカードを切った。

 

「ら、ランスさんの一番駄目なところはね。色んな女の子に手を出す所だと思うの。そういう所はやっぱり直さないと駄目だと思うわ」

 

 ──だがこれだけは。

 これだけは直すとは口に出来ないだろう。

 

 シルキィにはその確信があった。

 それはもう絶対と呼べる程のもの。彼女もランスと出会って早半年、この男の根幹がどういう要素で構築されているのか、ここは絶対に譲れない部分だろう事は深く理解していた。

 

 だが。

 

 

「よし分かった。なら直そう。もう他の女には一切手を出さん。それでいいか?」

 

 ランスは本当にあっさりとそう答えた。

 

 

「なぁ!? う、嘘でしょう!?」

「嘘などでは無い。俺様は本気だとも」

「嘘、ぜったいうそ! それだけは、それだけはぜーったいにウソだわっ!」

 

 あまりにも信じがたい話だったのか、シルキィは声を荒げて言い返す。

 この男が他の女性に手を出さなくなるなど絶対にあり得ない。それと比べれば天地がひっくり返る事の方がまだあり得るような気がしてくる。

 今の言葉だけは、他の女性には手を出さない宣言だけは軽はずみな口約束だろうと、シルキィにはそうとしか思えなかったのだが。

 

「……ふむ、そうか。君は俺様の本気が信じられんと言うのか」

 

 しかし当の本人の決意は固く、むしろその思いを信じて貰えなかったのが心外だったようで。

 

「ならそうだな……」

 

 そこでランスは一度深く目を閉じる。

 自分の本気を疑われたままではいられない。この思いを信じてもらう一番確かな方法とは。

 

「……よし」

 

 そう考えた時に自然と思い付いた事。

 ランスはきりっと目を開くと、今日一番となる衝撃発言をかました。

 

 

「ならシルキィちゃん、結婚しよう」

「け、けけけけ結婚!?」

 

 シルキィは声がひっくり返った。

 

 

「な、ななな、なな何を、何をばかなことを言ってるの!?」

「馬鹿な事ではない、だって君は俺の本気が信じられんのだろう? なら結婚をすればいい。そうすりゃ少しは君も俺の本気を信じられるだろう」

「え、と、そ、でも、それ、けど、あの……!」

 

 わちゃわちゃと文章にならない言葉を漏らす、顔中真っ赤になってしまったシルキィ。

 その頭の中では件の二文字が、ランスの口から出たその単語がくるくると回り続ける。

 

 結婚。それは夫婦となる事を誓い合う事、互いに永遠の愛を誓う神聖な儀式。

 そしてそれは本気の意思表示。先程のランスの言葉が真に事実なのだとしたら、もう他の女性には手を出さないと本気で言っているのだとしたら、確かにランスにとっては結婚するという発想になるのも自然の成り行きなのかもしれない。

 

「で、でもだからって結婚なんて、でもだってそんな結婚って、そんなそんな……!」

 

 しかしされども結婚。それは軽々しく口にするような誓いでは無いはずで。

 一体ランスはどうしてしまったのか、どうしてこれ程までに覚悟が決まっているのか。

 こんな自分からの好意が欲しいだけで、好きという言葉が欲しいだけの理由で、どうしてそんな約束をしてしまえるのか。シルキィには何もかもが全く分からなかった。

 

「シルキィちゃん、今日の俺は本気だと言ったろ。俺様は本気で君の事が好きなのだ」

「……あ、う……」

「エッチな所もデリカシーの無い所も直す。んで他の女にも手を出さん。それでいいのか?」

 

 それは答えを急くかのように。

 じわじわと追い詰めるように一歩一歩、ランスはゆっくりとにじり寄ってくる。

 

「……ぇ、ぁ、うぅ……」

 

 合わせてシルキィも一歩一歩後退するが、すぐに背中がテントの横幕に当たる。

 

「あ、ランスさん、まって、」

「駄目だ、待たん」

 

 そしてランスは彼女の頭の後ろに片手を回すと、逆の手でその顎を軽く持ち上げる。

 それが唇を重ねようとする合図だと気付き、その細い喉がごくりと音を鳴らした。

 

「シルキィちゃん、改めてもう一度言うぞ。俺様と結婚しよう」

「……え、ぁ……」

 

 普段は目にしないランスの真剣な顔付き。

 その真摯な表情が徐々に近付いてきて、互いの息が掛かる程の距離まで詰まる。

 

「ま、まって、まって……」

 

 先程からもう状況に全く付いていけず、シルキィの心はもう一杯一杯。

 頭の中はくらくらするように熱く、目元には涙が浮かんでランスの顔も滲んで見える。

 そして頭と顎を抑えられて身じろぎをする事すらも出来ず、ただ口先だけでの弱々しい抵抗をしていたのだが。

 

(……あれ? ちょっと待って……)

 

 その時ふと思った。

 今目の前に居るランス、彼には駄目な所は一杯あるが、良いところだって一杯あるはずで。

 そして先程本人が言う話を信じるのなら、その駄目な所は全て直すと言う。

 

(……でも、だったら……)

 

 もしそうなったとしたら。

 いや仮にそうならなかったとしても、そうしようと思う気持ちがあるというのなら。

 それ程のひたむきな想いでこの自分と向き合っているというのならば。

 

(……私に断る理由って……あるんだっけ……?)

 

 この求婚を断る理由を。

 その想いを拒む理由を。

 それを見つける事が遂に出来なかったのか。

 

 

「今日から君は俺様のお嫁さんだ。いいな?」

 

 後1cmという距離まで迫ったランスの問いに、

 

 

「ぁ……」

 

 それはまるで熱病に罹ったかのような表情で、

 

 

「……うん。分かった、お嫁さんになります……」

 

 この時、シルキィは確かにそう答えた。

 

 

 そして婚約を誓った二人の唇がゆっくり重なる。

 そのままシルキィは押し倒されて、そこから先はもうあえて言う必要も無く。

 互いの体温が交わり、互いの身体が一つに溶け合うまで、二人の長くて熱い夜は続いて。

 

 

 そして次の日。

 ランスとシルキィは沢山の招待客による祝福の中、真っ白なチャペルで結婚式を執り行った。

 その後は沢山の子宝にも恵まれ、二人はいつまでも末永く幸せに暮らしましたとさ。

 

 ランス(9.5 IF) おしまい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……て、ちがーーうっ!!!!」

 

 そんな大音量の絶叫と共に、シルキィは寝袋の中からがばーっと勢いよく跳ね起きた。

 

「……はぁ、……はぁ、……はぁ……!」

 

 荒い呼吸を繰り返しながら、呆然とした様子で周囲を見渡す。

 

「…………あ、あれ?」

 

 そこは勿論昨日張ったテントの中。そばには現在地を書き終わった地図が広げられている。

 ここはあの時結婚式を執り行った真っ白なチャペルではないし、永遠の愛を誓ったその相手の姿だって何処にも見当たらない。

 

「……あ、いまのはもしかして……ゆめ?」

 

 先程のランスからの求婚も。

 それを受け入れてしまった自分も。

 全ては夢の世界の話。自分が寝ている間にこの脳が勝手に見せてきた幻のようなもの。

 

「……はぁぁ~……なんだぁ、夢かぁ……、よ、よかったぁ……」

 

 その事実にシルキィは心の底から安堵した。

 疲労困憊の体でその頭をがくっと下げ、汗粒の浮かぶおでこをその手で押さえる。

 

「……それにしても、な、なんて夢なの……!」

 

 先程見た夢。あれを悪夢と表現していいのかは分からないが、とにかく恐ろしい夢だった。

 まさかあのランスから求婚されるなんて。実に夢らしい荒唐無稽さ、今考えるとどう考えてもありえない展開である。

 よくよく考えれば彼の態度もかなりおかしい。あんなに可愛い可愛いと連呼してくる事もそうだし、そもそもランスはあそこまでこの自分の好意を欲しがったりはしないだろう。

 

(……そう、どう考えてもおかしいじゃないの。ちょっと考えれば分かりそうなものなのに……)

 

 こうして冷静に考えればすぐ夢だと分かるのに、あの時は何故か全くそんな事を考えなかったのだから不思議である。

 肌に触れる感触やお互いの息遣いまで、全てが本物としか思えない真に迫る夢だった。

 

(……でも冷静になって考えると、あの時の私はとんでもない事をしちゃったような……)

 

 先程の夢はあくまで夢。

 なのだが、しかしその内容はとても致命的なものだったように思える。

 

 なにせあの時、自分はランスからのプロポーズを受諾してしまっていた。

 あの時は完全に彼のお嫁さんになる気分だった。そのつもりで口付けを交わしていた。

 そしてなんか結婚式も挙げていたし、なんか子供も沢山居たし、挙句の果てには自分にはよく分からないものが、何か大事なものが完結しそうになっていたような気もする。

 

(……でも結婚って、結婚なんてそんな……)

 

 結婚とは相手と永遠の愛を互いに誓い合う、とても神聖な儀式。

 そんな誓いをあくまで夢の中とはいえ、軽々しく頷いてしまった自分が信じられない。

 

(……あの時の私は絶対におかしかった。多分思考が狂っていたんだわ)

 

 絶対にそのはず。それしか考えられないとシルキィは脳内でコクコクと頷く。

 あの時は可愛いと連呼されたり好きだと言われたりプロポーズされたりで、恥ずかしさや照れや驚愕など色々な思いが混じって頭がくらくらしてしまい、その結果血迷った事をしてしまったのだ。

 

(……それに、あの時……)

 

 あの時、夢の中でランスから求婚を受けた時。

 混乱した頭でどうにか考えたのだが、自分はその求婚を断る理由を見つける事が出来なかった。だからこそ頷いてしまった訳なのだが、しかしそもそも結婚とはそういうものなのだろうか。

 

 結婚とは『しない理由が無い』からするようなものでは無く、『する理由がある』からするようなものなのではなかろうか。

 少なくとも自分が結婚する事があったとしたらそういう積極的な気持ちでしたい。この人と結婚したいなぁと思った時、そう思った相手とそうしようと思うのが一般的な感覚ではなかろうか。

 

(……え、私がランスさんと結婚をする理由? ……って、そんなものは……)

 

 そんなものは無い。あるはずがない。

 ならばあれはやはりただの気の迷いか。あの時のおかしな雰囲気に押されて、混乱の極みにあったこの頭が勝手に頷いてしまっただけの事なのか。

 

(……そんなものはない。……はず。……よね? ……それとも、もしかしたら……)

 

 あるいはそれとも。

 この胸の中にあるというのか。自分でも気付いていない何かがあるというのか。

 

 それを知ってしまったら最後、きっともう後戻りは出来なくなってしまう。

 そんな致命的とも言える感情の在り処に、魔人シルキィの思考の先が触れかけた所で。

 

 

(……か、考えないようにしましょう)

 

 そこでぱったりと思考を放棄し、彼女はあらゆる問題を視界に入れない事に決めた。 

 これは恐らく触れてはいけない問題、知らずにいた方が今後平穏に暮らせるような気がする。

 大体つい昨日、ワーグがランスの事を好きなのだと知ったばかりだと言うのに、これ以上ランス回りの人間関係をややこしくしてなるものか。

 

 とそんなよく分からない事を考えながら、彼女は手早く身支度を済ませる。

 そして昨日汲んでおいた川の水で顔でも洗おうかなと、シルキィはテントの外に出た。

 

 すると。

 

 

「おはよう、シルキィ」

「あ、おはよう、ワーグ」

 

 そこにはワーグが立っていた。

 

「……どうしたの? さっき『ちがーう!』ってスゴい大きな声が聞こえたけど……」

「……あぁ、うん。ちょっと色々あって……」

 

 シルキィは目を逸らして曖昧に言葉を濁す。まさか夢見が酷かったから叫んでしまったなどと、そんな幼児みたいな事を言う訳にはいかない。

 

「……ごめんね、もしかして起こしちゃった?」

「ううん、先に起きてたから気にしないで」

「そっか、良かった……」

 

 その起きていた理由などはつゆ知らず、ほっと一安心といった表情のシルキィをよそに。

 

「……それで?」

 

 そこでワーグは何故かくすりと笑って。

 

「シルキィ、あなたはどんな夢を見ていたの? もしかして良い夢だったのかしら?」

 

 そう呟いたその口元には、まるでからかうような笑みが浮かんでいて。

 

 

「え? ……あ」

 

 そこでシルキィはピーンときてしまった。

 

 

「──ワーグッ!! あれは貴女の仕業ね!?」

 

 先程見た恐ろしい夢。

 あれはただの夢ではなくて、この魔人の能力によって見せられた夢なのだと。

 

「私の仕業? 一体なんの事を言っているの?」

「さっき私が見た夢の事よ! あれは貴女の能力で見せた夢なのでしょう!?」

「ちょっと、私は知らないわよそんな事。変な言い掛かりは止めてよね」

 

 ワーグはさも平然とした様子で答えるが、その顔は含み笑いを隠せていない。

 それを目にしてシルキィは確信を深め、彼女にしては珍しく怒り心頭となって吠え立てる。

 

「言い掛かりじゃないわ! 考えてみればあんな作為的な夢、貴女の能力だとしか思えない!」

「……へぇ。それってどんな夢だったの?」

「どんな!? どんなってそりゃあ──」

 

 私がランスさんに求婚される夢よっ! 

 と叫ぼうとして、

 

「──あ、う、そ、れは……!」

 

 そんな台詞を言葉にする事は出来ず、悔しそうに口元を震わせる。

 

「なぁに? どんな夢なのか教えてくれないの?」

「だ、だからそれは……! と、とにかく恐ろしい夢っ! それはもう恐ろしい夢だったの!!」

「……ふーん、恐ろしい夢ねぇ」

 

 激昂する魔人四天王、シルキィ・リトルレーズンからの怒気とプレッシャー。

 以前は恐怖したそれを当てられても今のワーグは怯みもせず、しれっとした表情で言い返す。

 

「どんな夢を見たのかは知らないけど。でもあなただったら何とも思わないんじゃないの?」

「……え?」

「何とも、思ってないんでしょう? 違うの?」

「……ッ!」

 

 そこでシルキィは察した。

 ワーグが何を言いたいのかを全て理解した。

 

 自分は昨日、ワーグに「ランスの事を何とも思ってないの?」と聞かれて「勿論」と答えた。

 つまりはその事を言っているのだ。「たとえランスから求婚されようがなんだろうが、本当に何とも思っていないなら狼狽えたり怒ったりする必要なんてないでしょう?」と、ワーグはそう言いたいに違いない。

 

「……なるほど、そういう事ね」

 

 だとするとここは我慢するべき。ここで怒りを露わにしてしまうのは愚策というもの。

 それだと自分が狼狽えてしまった事を認めるに等しい行い、ひいてはランスの事を何とも思っていなくは無いのだと認めるに等しい行いである。

 

「……すー、ふぅ」

 

 シルキィは一度大きく深呼吸をして、脳に新鮮な空気と冷静さを取り戻して。

 

 そして。

 

 

「……ワーグっ! 貴女ねぇ!!」

 

 しかしやっぱり激怒するのだった。

 

「夢の内容云々じゃないわ! 貴女はいつからこんな悪戯をする子になっちゃったの!?」

「あのねシルキィ、そんな母親みたいな事を言わないでくれる? 大体私の所為だって言うならちゃんと証拠を出してよね。ねーラッシー?」

「そうだそうだー。ワーグがやったってんなら証拠を出せよなー、証拠をさー」

 

 顔を真っ赤にして怒鳴るシルキィ。

 その一方ひたすらしらばっくれるワーグ。

 

「……お前ら、朝っぱらから元気だな」

 

 そんな魔人達の言い争いを、テントから顔を出したランスが寝ぼけ眼で眺めていた。

 

 

 

 

 

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