ランス(9.5 IF)   作:ぐろり

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ホーネット派の主

 

 

 

 

 

「ランス! 相手はホーネット様、サテラ達にとって主となる方だ。サテラの使徒として絶対に失礼の無いようにしろよ!」

「そうね。貴方達の事をホーネット様にちゃんと説明しないといけないし、初対面の私に言ったような変な言葉は口にしないでね」

 

 階段を上がっている途中、サテラとシルキィから重ね重ね忠告の言葉が飛ぶ。

 

「分かっとるっての。……うむ、最初が肝心だからな」

 

 それに真面目な表情で答えながらも、ランスには先程からずっと悩んでいる事があった。

 

(……うーむ、あのホーネットを一体どう口説いたもんか。ずーっと考えていたのだが結局良い方法がまるで思い付かんな)

 

 思わず腕を組んでむむむと眉を寄せる。

 脳裏に浮かぶのは息を飲む程に美しく、しかし一切の親しみが感じられないあの冷徹な表情。

 

 ホーネット派の主、魔人筆頭、ホーネット。

 父親である魔王ガイにより『魔王、魔人は支配階級であり、それ以外の生き物は非支配階級。魔王による秩序ある世界の支配が世界のあるべき姿』との教育を受けて育った魔物界の箱入りお姫様。

 

 その魔人にとって、人間とは支配する対象であり性行為に及ぶべき対象では無い。その為前回のランスは彼女に手を出すのにとても難儀した。

 最終的には条件付きでの約束を取り付ける事に成功し、そしてその条件も達成したのだが、しかし約束通りホーネットを抱く前にこうして過去に戻ってきてしまった。

 その後悔は胸中に重く残っており、なので今回こそはとランスは燃えていたのだが。

 

(今度は絶対に、ぜーったいにホーネットの事を抱いてやるぞ。……だがなぁ、そうは言ってもグッドな方法が思い付かねぇんだよなぁ……)

 

 そもそもあの魔人と性交に及ぶグッドな方法が簡単に思い付くのならば、前回の時にすんなりと事が済んでいたはずであって。

 ランスは色々頭を捻って考えてみたのだが、しかし結局思い付いたのは一つだけだった。

 

(……はぁ、仕方無い。ちと面倒くさいが前回と同じ手で行くか)

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

「ホーネット様、入ります」

 

 最上階まで階段を上がり、そして一行はホーネットの部屋の前に辿り着いた。

 シルキィが丁寧な呼び掛けと共にノックをして、その部屋のドアを静かに開く。

 

 部屋に居たのはこの魔王城の仮の主、派閥の名を冠する魔人。

 艶のある緑の髪に、ランスでなくとも目を引くような美貌を持つ、その女性が魔人ホーネット。 

 彼女は私服の上から戦闘用の巨大な肩当てを身に付け、その腰には剣まで装備している。これから戦いに赴く格好だと人目で分かる姿をしていた。

 

「サテラ、シルキィ、待っていました。……後ろの方々は?」

「はい、彼等は私の使徒です。このたび使徒に任命しました」

「お、男の方はサテラの使徒です。ホーネット様」

「使徒……?」

 

 冷たさを感じさせる金色の瞳が二人の魔人の後ろ側、ランス達に向けられる。

 ただ見つめられただけ、それだけで、シィルとかなみは身体が締め付けられる心地を覚えた。

 

「……見た所、彼等は人間のようですが」

「こ、今後、使徒にするつもりなのです。彼等は人間ですが類稀な能力を持っており必ずこの戦いの役に立つかと。……と、紹介します。向かって右の女性がシィル・プライン。左が見当かなみで……」

 

 そのタイミングでランスはずいっと一歩前に進み出て、シルキィの言葉を遮って口を開いた。

 

「うむ。そして俺様が世界総統ランス様だ!!」

 

 その堂々たる態度の自己紹介を受けて。

 

「……世界総統?」

 

 ホーネットが反応したのは名前の方では無く、その前に付けられた名称に対して。

 そしてその事が気になったのは何もその魔人だけでは無かった。

 

「ランス様、前から気になっていたのですけど、いつランス様が世界総統になったのですか?」

「あ、それ実は私も気になってた」

「サテラも」

「……て、え? ランスさん、世界総統ってまさか冗談なの?」

 

 その場の皆の視線がその男に向けられる。

 世界総統とは前回の時に与えられた役職であり、今のランスを総統と呼ぶ者など世界に一人も存在しないのだが、しかし彼はそんな些末な事はまるで気にしていなかった。

 

「えーいうるさい、実質的に見れば俺は今でも世界の支配者みたいなもんだ。それはともかく、人間世界で最強の俺様がこのホーネットに協力をしてやる。どーだ嬉しいだろう、がははははっ!!」

「人間世界最強……貴方が?」

 

 ホーネットの目が訝しげな視線となって、その男の上から下までを軽く一瞥する。

 一流の戦士ではある、しかし世界最強と言えるかは疑問符が付く。それが魔人筆頭の観察眼で推し測ったランスへの率直な評価だった。

 

「そう、俺様は世界最強、だからこの俺がいればホーネット派も勝利間違い無しだ。お前が勝てなかったケイブリスだって俺がまたすぐに退治してやる。だがその代わり!!」

 

 そこで一度言葉を区切ると、ランスは対峙する魔人に向けてビシっと人差し指を突き付けた。

 

「俺様がケイブリスを倒した暁には、お前は俺様の女になるのだ!! いいな!!!」

 

 それは前回の時に出した条件と全く同じもの。

 サテラやシルキィに止めるよう忠告されていたにもかかわらず、ランスのとても偉そうな、そして実に失礼な宣告だった。

 

「………………」

 

 他の皆は全員似たような驚愕の表情。シィルとかなみは言うに及ばず、サテラとシルキィも無礼千万なその言葉と派閥の主の怒りを思い、喉から言葉が出ずに固まってしまう。

 不気味なほど静まりかえる室内で、しかし当のランスは平然としたままで、そしてホーネットもその表情を変える事は無かったのだが。

 

「……サテラ、これは貴女の使徒と言いましたね」

 

 しかしその声色は若干冷たくなっており、サテラはビクリと肩を揺らす。

 

「え!? あ、いや、これは……そう、こいつはシルキィの使徒で!」

「あ、ちょっとサテラ、それはズルい!」

「二人共、使徒にする者はよく考えねばなりませんよ」

 

 派閥の主の最もな言葉が刺さり、二人の魔人は思わず視線を横に逸らす。

 だがそんな二人を尻目に、ランスは実にやりきったような表情で、

 

(ふん、ともあれ言ってやったぜ。これでケイブリスを倒せばホーネットは俺様のものだ)

 

 などと悠長に考えていたのだが、するとホーネットの鋭い視線が向けられた。

 

「……ランス、と言いましたね。……貴方の申し出、拒否します」

「な、なにぃ!?」

「ケイブリスは私が倒すべき宿敵であり、貴方の手を借りる必要などありません。……そして私が倒すのだから、貴方が倒したらという仮定もまた必要ありません」

「な、な……」

 

 断られるとは微塵も考えていなかったのか、ランスは口を大きく開いたままの姿で硬直する。

 前回のホーネットはこの条件を確かに受諾した。だからこそランスは今回もこれでいけるだろうと考えていたのだが、 しかし前回その約束が成立したのは彼女が一度ケイブリスに敗れた故の事であって。

 今ここに居るホーネットは自分が敗れるとは考えていない。彼女にとって魔王の遺命に従わないケイブリス一派を倒すのは魔王の娘たる自分の使命であり、自らが代償を払って他人に任せるようなものでは無かった。

 

「か、仮にだ。仮に俺様が奴を倒したらの話だ。仮なのだから約束したって問題ないだろ?」

「必要ありません」

「ぐ、ぬぬ……んだとぉ……!」

「ランス! いい加減にしろ!! ホーネット様の前で何度も何度も失礼な事を!!」

「いだだ、ちょ、殴るなっての!!」

 

 怒り心頭のサテラが掴み掛かり、ランスの腹やら背中やらをぽこぽこと叩く。じゃれているだけのようにも見えるが、とはいえ彼女も魔人なので見た目以上に結構な膂力があった。 

 とそんな二人の一方、シルキィはホーネットのそばに寄って頭を下げる。

 

「ホーネット様。使徒の失礼な態度は私の責任です。申し訳ありません」

「シルキィ、彼等を使徒とするのは貴女の判断ですね」

「はい。……その、性格には問題有りと言わざるを得ないのですが、しかしサテラによると実力はあるそうです。それにあの者が所持している剣。あれは魔剣カオスです」

「……魔剣、カオス……」

 

 その言葉には少なからず驚いたのか、ホーネットはサテラに叩かれている男の腰にある剣に視線を向ける。

 その剣こそ魔剣カオス。無敵結界を斬る事が可能な剣であり、そして。

 

(……あれが父上が使っていたという剣……)

 

「魔剣の存在は必ず役に立ちます。彼らの行いに関しては私が全て責任を持つので、ホーネット様、どうか……」

「……貴女の考えは分かりました。いいでしょう、元より二人がどのような者を使徒としようとそれは二人の自由ですから」

 

 彼女にとって人間とは特別気にかけるような存在では無い。そんな事もあってか然程反対する様子も無く、ホーネット派はランス達の協力を受け入れる事となった。

 主の許しに安堵の表情となるシルキィの一方、ホーネットは予定外だった今の話よりも別にもっと大事な話があった事を思い出す。

 

「それよりシルキィ。先程帰還したメガラスが持ち帰った情報なのですが、集結中のケイブリス派の軍の一つが先行して動こうとしているそうです」

「……集結前に先走って出てくるような奴というと、おそらくは……」

「えぇ、間違い無くレッドアイでしょう」

 

 魔人レッドアイ。ケイブリス派の中では最も好戦的な性格をしている魔人であり、ホーネットとは何度も激闘を繰り広げた相手。

 その魔人の出撃の報を受けて、彼女も応戦に赴く事をすでに決断していた。

 

「私は前線に出るので城の管理は任せます。何かあれば伝令を送るので準備を怠らないように」

「了解です」

 

 それだけシルキィに言い残し、一度ちらっとランスに視線を向けた後、そのままホーネットは足早に部屋を退出して行った。

 

 

 

 

「なんか急いでいたな、ホーネットのやつ」

 

 部屋の主が去った室内にて、入口のドアを眺めながらランスが口を開く。

 

「そうね。レッドアイを野放しにすると被害が大きくなってしまうし、それにあれはホーネット様にしか対処出来ないからね」

「む、サテラはともかくとしてシルキィちゃんでも無理なのか?」

「ともかくとはどーいう意味だ!」

「……やれって言われたら出来なくは無いけどね。でも私は魔法に関してはさっぱりだからレッドアイとは相性が良くないのよ」

 

 さすがの魔人四天王でも魔法は門外漢、シルキィはお手上げだといった様子で片手を開く。

 現在侵攻してきているらしき相手、魔人レッドアイは強大な魔法力を持ち、それに対抗出来るのはホーネット派の中ではホーネットだけとなる。

 

「ホーネット様も大変なのよ。色々あってレッドアイとは全力で戦えないし」

「色々?」

「ええ……と、ここに居ても仕方無いし、皆の部屋を用意させるわね。幸い今の魔王城には空き部屋は沢山あるから、一角を貴方達の専用にして魔物達には近づかないよう言っておくから」

 

 この城は古き時代、魔王とその配下である24体の魔人の居城として作られた城。魔王や魔人は勿論の事、魔人の使徒達や腹心の魔物なども居住可能なようにとても巨大に作られてある。

 そんな元々の広さに加え、現在その城を利用するのは5体の魔人とその配下だけ。故に殆どが空室であり、結果として現在誰も使用していない階の東側を丸々ランス達が使用する事となった。

 

 

 

「ほーう、悪くないじゃねーか」

「わぁ、きれいにされてありますね」

「えぇ、空室もメイドさん達がいつも掃除してくれているからね」

 

 ランス達は与えられた部屋内に入り、そして感心したように室内の様子を眺める。

 城内に住む女の子モンスター、メイドさん。彼女達の働きによって魔王城はどの部屋もきちんと掃除が行き届き、そして室内の装飾もランスのお眼鏡に適うとても住心地の良さそうな空間だった。

 

「それじゃあしばらくはここでゆっくりしてて。まだ魔物界に来たばかりだし、こっちに馴染んでも無いのにいきなり戦いってのもあれだしね。食事は食堂に行ってメイドさんにこの城の客だって言えば何か作ってもらえるから」

「ランス、サテラの使徒として節度ある行動をしろよ」

 

 そう言い残して二人の魔人は部屋を出ていく。そして魔王城の一室には人間達三人が残された。

 

「……はぁ、ちくしょう。まさかあの条件で断られるとは……なにか別の手を考えんとなぁ」

「まったく、止めてよねあんな場所であんな事を言うの! 心臓止まるかと思ったじゃない!」

 

 魔人が居なくなって気が抜けたのか、かなみはそばにあるソファに座って身体を伸ばす。

 

「はぁ……緊張したぁ。魔物界に入ってからそこら中魔物だらけで生きた心地がしないんだもん」

「私もです……。この城で他の魔物とばったり会ったらどうすればいいんでしょうか、ランス様」

「……まぁ、その辺はシルキィちゃん達が上手い事やってくれるだろう。俺達は使徒だと言い張っておけば大丈夫なはずだ、多分」

 

 ランスは部屋の椅子に腰を下ろす事もせず、そのまま隣にある寝室へと向かう。

 そして備え付けられているベッドに座り、毛布の触り心地やベッドマットの柔らかさなど、なにやらじっくり丹念に調べ始める。

 

「……ランス様、どうしました?」

「うむ、中々質のいいベッドじゃないか。番裏の砦にあったのとは大違いだな、よし」

 

(とりあえず今日の所はいいだろう。ホーネットを口説く機会はまだあるはずだしな)

 

 そう結論付けると、ランスはシィルとかなみの方に振り返る。

 その男が次に何を言うのか、付き合いの長い二人には聞かなくても分かった。

 

 

 

 

 

 


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