ランス(9.5 IF)   作:ぐろり

91 / 197
魔人レッドアイ討伐作戦④

 

 

 

 

 魔物界南西部。ケイブリス派支配圏内。

 鬱蒼とした木々が生い茂る森の中、静寂に包まれていた深い森の中で。

 

「ファアアーーック!!!」

 

 突如その静けさを引き裂くようにして、耳障りな絶叫が上がる。

 

「ファック! ファーック!! ファァァアアアーーーーック!!!!!」

 

 繰り返し繰り返し、その魔人は狂ったように何度も叫び続けて。

 その甲高い声と共に繰り返し生じるは魔法の発射音と爆音、そして断末魔の声。

 

「れ、レッドアイ様……どうかお許しを──ぎゃあああああああッ!!!」

 

 魔物兵の必死の懇願も叶わず、その身体は爆炎に包まれ数秒で物言わぬ屍に変わる。

 黒こげとなった焼死体。それは今の魔物兵一人分だけでは無く、そこら一帯に──魔人レッドアイの一団が滞留していた森の中のあちらこちらに転がっていた。

 

「……ぬー、ヌー……!」

 

 これまで自分に付き従っていた魔物兵達。

 人間一人の監視すらもロクに出来ない、役立たずのゴミ共。

 それら全てを怒りのままに消し炭に変えた魔人レッドアイは、その赤い眼球を上下左右と不規則に揺れ動かし、そしてか細い叫びを漏らす。

 

「オォ~……オォ~……、ロナが、ロナがぁァァ~~……」

 

 ロナが。

 ロナ・ケスチナが居なくなってしまった。

 ホーネット派の者共を殺戮する為、自分がこの場所を少し留守にしていたその合間、ケスチナ家の血を引く末裔が逃げ出してしまっていた。

 

 魔人の自分とは違ってロナは人間。虚弱な人間を戦場に連れていく事は出来ない。

 故にレッドアイはロナを安全地帯に残して、万が一の事が無いよう魔物兵達に見張らせていた。

 こうした事はこれまでにも何度もあり、これまではそれで何一つ問題など起こらなかった。

 

 しかし今回、自分が不在にしている隙を突いてロナは逃げ出してしまった。

 反抗する様子など全く見えなかったのに、もしやこれまでずっと機を伺っていたのだろうか。

 見張りの魔物兵達は全員が「眠ってしまった」などとフザけた言い訳を抜かす、皆殺しにして当然の無能揃いだった。もっとまともな兵に監視させておけば、とそんな後悔をしてももう遅い。

 

「……あぁぁ~、ロナ、ロナを……!」

 

 ロナを一刻も早く見つけなければ。

 レッドアイにとってロナはただの人間ではない。

 自らの創造主たるガウガウ・ケスチナ。その血を引いている唯一の末裔となる。

 

 ガウガウは自らが制作したレッドアイという名の宝石の魔法具に対し、ガウガウ自身が死んだ時には自己崩壊するという命令を下していた。

 しかしその事に気付いたレッドアイはその命令を『ガウガウ自身』から『ガウガウの血筋』に書き換える事によって、ガウガウの死によって自らが自己崩壊してしまう危機から逃れた。

 その後は自己崩壊の条件となるケスチナの血が絶える事の無いよう自らの手で管理し、強制的に交配させて子を産ませてを繰り返す事によって何百年もの時を生きてきた。

 

 故にもし今、ロナの身に何かあったら。

 この森から逃げ出した先、そこでどこぞの魔物に遭遇して殺されたりでもしたら。

 その時に死ぬのはロナだけではない。レッドアイ自身も一緒に死ぬ羽目になってしまう。

 

「……ウケ、ケ、ケケ……ケケケケケケ……!」

 

 いつ自分が死んでもおかしくないような状況。

 魔人となってから2千年以上、一度も手放した事の無かったケスチナの血筋の不在、レッドアイにとっての絶体絶命と言える現状。

 自己崩壊という名の恐怖に直面し、その目玉は気でも触れたかのようにケタケタ笑い、そして。

 

「ロォォォ~~ナァァァァ~~!!!!!!」

 

 慟哭のような絶叫が森中に響き渡った。

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

「……ん? いま何か聞こえなかったか?」

 

 ふいに立ち止まってそう尋ねてみるが、

 

「え、そう?」

「えぇ、別に何も聞こえなかったと思うけど……」

「……そか、気のせいか」

 

 ワーグとシルキィの返事を受けて、ランスは再び歩き始める。

 何処かの森で上がった宝石の魔人による絶叫はしかし、その頃すでにビューティーツリー付近まで戻ってきていたランス達には当然届く事は無く。

 

 そして。

 ランス達は行きと同じく約12日という日数を掛けて、その後遂に魔王城へと戻ってきた。

 

 

 

 

 

「……とまぁ、そんな訳でだ。こうして俺様は見事ロナを助け出す事に成功したのだ」

「はい。長旅お疲れ様でしたランス様、どうぞ」

 

 椅子に腰を下ろしたランスが今回の作戦の内容と成果を語れば、その労をねぎらってシィルが冷えたピンクウニューンを差し出す。

 

「うむ」

 

 それを手にとってごくりと一口、久方ぶりのその味で喉を潤したかと思いきや。

 

「……むか」

「あいたっ!」

 

 ポコリと一撃、ランスのグーがシィルのもこもこ頭の上に落ちた。

 

「あれ!? 私今どうして叩かれたんですか!?」

「……いや、何か俺様の20日以上にも及ぶ苦労を『お疲れ様でした』の一言であっさり片付けやがった事にイラついた」

「えぇー……」

 

 かなり理不尽な理由で折檻を食らったシィルと食らわせたランス。

 二人は今この魔王城に数多くある客室、それまで使われていなかった部屋の寝室に居た。

 二人の前にあるベッド。そこには先程からの話の中心人物であるロナ・ケスチナの姿が。

 

「……くぅ、……すぅ……」

「ふむ。ロナの身体の状態も大分良くなったように見えるな」

「そうですね。この城に居るヒーラーさん達が頑張ってくれたそうです。私も微力ながらお手伝いしましたよ」

 

 回復の力を持つメイドさん他、シィル達ヒーラーの尽力によってロナが負っていた怪我の状態も良くなり、見かけ上は傷や痣などが見当たらない程度には回復した。

 これまでの日常だった地獄を夢見ているのか、眉間に深い皺を寄せたままの表情で眠るロナの事を眺めながら、ランスは予てから考えていたある事について口を開く。

 

「とりあえずロナの怪我は治った。まぁまだ健康とは言えんほどにガリガリの身体ではあるが、これも飯を食いまくればその内に良くなるだろう」

「はい。そうなると思います」

「だがな。ここで一つ問題があるのだ」

「問題、ですか?」

「うむ。実は俺様がこいつを助けたのはただ単に可愛いからってだけじゃない。こいつは我がランス城のメイドに就職が決まっているのだ」

 

 そんなセリフを語りながら、ランスはその脳裏にメイド服を着たロナの姿を思い出す。

 ランスにとっての前回の第二次魔人戦争。その戦いの中で司令本部の役割を果たしていたランス城に侵攻してきた魔人レッドアイ。

 その討伐に成功した後、メイド長であるビスケッタが何処からか連れてきた少女、それがロナであり、その後ロナはビスケッタによる指導の下ランス城にてメイドとして働く事となった。

 

「ビスケッタさんが言うにはロナにはメイドの素養があるらしくてな。なんでも次代のメイド長候補とまで言われとったような覚えがある」

「メイド長候補ですか、それは凄いですね……って、あれ? でもじゃあビスケッタさんってロナちゃんに会った事があるんですか?」

「ん? ……まぁその辺はあんま気にすんな。とにかくそんな訳でロナにはメイドになって貰おうと思ってたんだが……困った事にここにはビスケッタさんが居ねぇんだよなぁ」

 

 それが先程ランスが口にした問題、この魔王城には前回の時ロナをメイドとして教育してくれたビスケッタが居ない。

 というかそもそも人間のメイドなど一人たりともおらず、この城内で清掃や炊事などを行っているのは全員が女の子モンスターのメイドさんとなる。

 

「……なぁシィル。ロナをメイドさんに任せて大丈夫だと思うか? メイドさんってのは部下のメイド教育とかは出来るのか?」

「ど、どうですかね……魔物とはいえ話してみると本当に普通のメイドさんって感じですから、出来なくは無いと思いますけど……」

 

 そこでシィルは一度言葉を区切ると、ベッドで眠るロナの事を切なそうな表情で見つめる。

 

「ただその……ロナちゃんの事を考えると、この城でっていうのは、あまり、その……」

「……そーだな。やっぱ俺様の城に連れてった方がいいか」

 

 奴隷が何を言いたいのかはすぐに分かったのか、ランスも渋い表情で同意する。

 

 ロナはこれまで過酷な環境の中に居た。魔人レッドアイによる支配の下生かさず殺さずの生き地獄の中で育ってきた影響からか、今はまだ表情も変えられぬ程に心を病んでしまっている。

 帰路の途中で何度かロナは目を覚ましたのだが、助け出されたと知ってもその実感が沸かないらしく、何処かであの赤い目玉が見ているのではないかと周囲のほんの小さな物音にも怯える状態。

 先程も一度目を覚ましてシィルと挨拶を交わしたのだが、シィルがどれだけ優しく声を掛けても自分の名前すらロクに喋れず、挙げ句には眠っている今でも悪夢にうなされている始末で。

 

 現状ロナはまともな状態とは言えず、これではとてもメイド教育など出来やしない。

 彼女のメンタルカウンセリングの事を考えると、右も左も魔物だらけのこの魔王城よりは人間が生活しているランス城の方がまだマシだろう、それがランスとシィルの共通見解であった。

 

「それじゃあランス様、ロナちゃんを連れて一旦ランス城の方に戻りましょうか」

「ま、そーするっきゃねーわな」

 

 どの道ロナはまだ子供でランスにとってのストライクゾーンの外にいる。その肋骨の浮いたガリガリの身体といい、色々な意味で今すぐに性欲を掻き立てられる対象では無い。

 前回の時のように暫くランス城でゆっくり休み、少し元気になってきたらメイドの仕事を一つずつ覚えていけばいい。そうして月日を重ねて食べ頃になったら美味しく戴こうじゃないか。

 そんな数年越しの計画を立てていたランスにとって、これからロナをランス城に連れていく事自体には不満など無かったのだが。

 

「……けどなぁ」

「ランス様、何か問題でもあるのですか?」

「問題って訳じゃねーけど……なーんか面倒くせぇなぁと思ってよ……」

 

 嫌そうに眉を歪めながら呟いた言葉、一旦自分の城に帰るのが単純に面倒くさい。

 簡単にランス城に帰ると言ってもこの魔王城からだと結構な距離がある。なげきの谷を越えて番裏の砦を通過して、ヘルマンを横断してバラオ山の南側を通って自由都市のCITYまで。

 往復で考えると一週間は掛かる道程であり、ついさっき20日以上にも及ぶ行脚の旅から返ってきたばかりの彼にとって、面倒だなぁと感じてしまっても仕方無いと言える道程である。

 

「シィル、俺様は魔王城で休んでるからお前がロナを連れてランス城まで行ってこい」

「え、私一人でですか!? でも私だけだと魔物とかと遭遇した時にちょっと心細いよーな……」

「んじゃかなみも付けるから」

「……まだ少し心細いような気が……」

「全くしゃーないヤツめ。んじゃ特別にウルザちゃんも付けてやろう」

「あ、そうですね。ウルザさんが一緒だったらとても心強いです」

 

 かなみはともかくウルザも同行してくれると聞いて、シィルはだいぶ前向きになったのだが、 

 

「……うーむ」

 

 そんな提案をしてみたランスはしかし納得のいかなそうに唸る。

 かなみとウルザを加えたとしてもそれは女4人での旅。リーザスなどと比べると治安の良くないヘルマンを通過する事なども加味すると、安心して行ってこいと言えるようなものでは無く。

 自分が行くのは面倒くさい。さりとて自分の女達に行かせるのも安心とは言えない状況。何かもっと別のグッドな方法はないのだろうか。

 

「……はぁ。ここにビスケッタさんが居ればなぁ」

 

 例えば今ここに自分に仕えるあのメイド長、ビスケッタ・ベルンズが居たのならば。

 それだったら事は簡単、ロナの事は全てビスケッタに任せるだけで万事問題無し。

 前回の時と同じく完璧なメイド教育を施し、必ずやロナを一人前のメイドにしてみせるだろう。

 

 故にランスはその名を呼んでみた。

 

 

「ビスケッタさーん」

「こちらに」

 

 ──居た。

 

 

「え?」

 

 ランスはその声が聞こえた背後を振り返って、

 

「……どわぁ!!? び、びび、ビ、ビスケッタさん!?」

 

 自分の目に映ったその人物の姿が信じられず、椅子から転げ落ちそうになった。

 

「はい、ビスケッタです。御主人様」

 

 恭しく一礼をする女性。ぴっちりと分けた前髪に真面目さの象徴のような眼鏡。

 メイド服を着込んだその姿はランス城のメイド長、ビスケッタ・ベルンズその人である。

 

「え、あ、え……う!?」

「び、ビスケッタさん!? ほ、本物ですか!?」

 

 驚きのあまりに口をパクパクさせるランスと、同じく驚きのあまり目を白黒させるシィル。

 

「はい、本物です。シィル様」

 

 平然と受け答えするそのメイド、ビスケッタは主人たるランスが冗談半分のようなノリでその名を呼んでみた所、当たり前のようにその姿を現した。

 主人に呼ばれたら何処にいようともすぐに駆け付ける。それがデキるメイドの条件であり、ビスケッタはデキるメイドである。

 

「……い、いやけど、ビスケッタさんはランス城に居たはず……だよな?」

 

 しかしいくらデキるメイドとはいえ、それでも彼女はランス城に居たはずの存在で。

 そんなビスケッタが何故この魔王城に居るのか、何故主人の呼び出しに応じる事が出来たのか。

 

「……ま、まさかビスケッタさん、私達が気付かなかっただけでずっと魔王城に居た……とか?」

「いいえシィル様、そういう訳ではありません。私はつい先程こちらの城に到着したのです」

「……つい先程到着した? ……て、何か用事でもあったのか?」

「はい、御主人様」

 

 見ればビスケッタは普段通りの姿では無く、その背中に大きな背嚢を背負っている。

 それを肩から床へと落ろすと、少し躊躇いがちにその口を開く。

 

「……私は御主人様から留守を任されている身。あの城を離れるなど本来ならば許される事ではありません。ですが……」

 

 時に鉄面皮とも称される彼女の表情。それは今も相変わらずではあったのだが、しかしそこにはほんの僅かに苦渋の色が見て取れる。

 ビスケッタがこの魔王城にやってきた理由、それは彼女がここ最近抱えていた悩みがその理由。

 

 事の発端は今から半年以上前、魔物界に向かう為ランスが自分の城を出発したあの時まで遡る。

 その悩みの原因は勿論ランス。出発の際にランスは行き先を伝えず、ビスケッタに対して「ちょっと出てくる」としか告げなかった。

 その為ビスケッタの感覚では一週間以内か、遅くとも一月以内には戻るだろうと考えていたのだが、しかしその予想を遥かに上回ってランスの不在期間はすでに半年を越えていた。

 

「御主人様の外出期間が想定していたよりも長くなってきましたので、やむを得ずこうして追加の荷物を届けに来た次第です」

 

 ビスケッタはその訪問理由を告げながら、背嚢の口を開いて中身を取り出す。

 

「荷物?」

「はい。そろそろ身の回りの物を切らしている頃合いではないかと思いまして。……シィル様、これをどうぞ。御主人様用のマグカップです」

「わぁ、有難うございます。そうそう、ちょうどこの前今使っているのをランス様が手を滑らせて落っことしちゃって、持ち手の部分が壊れちゃったのでどうしようかと思っていたんです」

「そしてこれ、替えの下着です。そろそろゴムが切れる頃かと」

 

 他にも替えの上下や身の回りの細かな物などの生活必需品、そして新品の防具や回復アイテムなどの冒険必需品の数々、果てはランスが不在中に人間世界で発刊されたエロ雑誌などなど。

 そのメイドは主人が充実した日常を過ごすのに必要なあらゆる物を背嚢から取り出しては、次々とシィルに手渡していく。

 

「すごい、こんなに沢山の荷物を……」

「……なるほど。これを届けに来たのか。さすがはビスケッタさん、本当に気が利くメイドだな」

「お褒めにあずかり光栄です」

 

 全ての荷物を渡し終わったビスケッタは、主人からの賛辞の言葉に慇懃に答えた後。

 

「それで御主人様、先程仰っていましたがこの私に何かお申し付けがございますのでしょうか」

「あ、そうそう。実はビスケッタさんに頼みたい事があってな。こいつの事なんだが……」

 

 まさかのビスケッタ登場に心底度肝を抜かれたランスであったが、とはいえこれは渡りに船。

 ベッドで眠るロナに目を向けながら、大雑把にこれまでの経緯を説明する。 

 

「……つー訳でロナをここじゃなくてランス城に連れていく必要がある。んでゆくゆくは立派なメイドにしたいのだ。だからビスケッタさん、君の手でロナを立派なメイドに育ててやってくれ」

「心得ました。では私がこのままランス城に連れて戻りましょう。御主人様がお帰りになられる頃までには彼女を御主人様の前に立たせられるメイドにしておきます」

「ん、頼むな」

 

 主人からの『頼む』という言葉を受けて、ビスケッタは先程と同じように恭しく一礼をした。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

「……ところでビスケッタさん」

「はい。何でございましょう」

「君はついさっきこの城に到着したばかりと言っていたが……それはマジなんだよな?」

「……と言うと?」

「いやな、さっきシィルも言ってた事なのだが、実はずっと前からこの城で普通に働いていたー……とかではないんだよな?」

 

 それは先程からずっと気になっていた事。

 いやまさかそんなはずは無いだろう。いくら何でも前々からビスケッタがこの魔王城に居たと言うなら、さすがに自分達が気付かないはずが無い。

 そうは思うのだが、しかしあまりにタイミングの良すぎる登場にどうしてもその疑念を払拭出来ず、ランスは恐る恐るそんな質問をしてみた。

 

「………………」

 

 するとビスケッタは意味深に沈黙して、そのメガネをキラリと光らせる。

 

「……あの」

「………………」

「ご、ごくり……」

 

 その無言の迫力に気圧されたのか、ランスは思わず生唾を飲み込む。

 

「……え、えっと、ビスケッタさん……」

「……私は御主人様から留守を預かった身。御主人様の帰還を待つのが仕事でございます」

「……そ、そっか。そうだよな」

「はい。私はメイドですから」

 

 ビスケッタの返答は先程と同じもの。その言葉にランスはホッと一息つく。

 となるとビスケッタが今ここに居るのはやはりあの荷物を届けに来たからであり、自分が呼び付けたタイミングで姿を見せたのは本当にホントの偶然なのだろう。

 そう納得しかけたランスだったのだが、しかしそこで疑問点がもう一つ。

 

(……あれ? でもまてよ、考えてみりゃここって魔物界だよな?)

 

 ランスが今居るのは魔物界の北部にある魔王城。その周辺は全てホーネット派の勢力圏となり、なげきの谷やブルトンツリー付近には数十万という魔物が生息している。

 ビスケッタはメイドだけでは無く格闘の才能も有する才女ではあるが、とはいえここは人類にとっての暗黒の地である魔物界。人間の女性がその身一つで進めるような場所では無い。

 

(普通は無理なはず……んじゃ一体ビスケッタさんはどうやってこの城までやって来たのだ?)

 

 極力魔物との戦闘を避けてきたのか。運良く魔物と出くわす事が無かったのか。

 あるいはそれとも。やはり自分が気付かなかっただけでビスケッタは前々からこの城に……。

 

「……なぁ、ビスケッタさん」

「はい」

 

 そんな事を尋ねようとしたランスだったが、

 

「……いや、やっぱいいや」

 

 なんか答えを聞くのが怖かったので止めた。

 ふとその時、頭の中に『瞬間移動』なるキーワードがパッと浮かんだのだが、口を噤んだランスがそれを言葉にする事は無く。

 

 

 ともあれ。こうしてランスはメイド長ビスケッタ・ベルンズと久しぶりに顔を合わせた。

 そして前回の時と同じく、ロナの心のケアや職業訓練に関しては彼女に一任する運びとなった。

 

 そして次の日。レッドアイの下からロナを救出してから13日後の事。

 ランスの下にとある報告が届けられ、そして事態は急展開を迎える事となる。

 

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。