ランス(9.5 IF)   作:ぐろり

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魔人レッドアイ討伐作戦⑤

 

 

 

 

 ランスとシルキィとワーグの手によって助け出された少女、ロナ・ケスチナ。

 救出直後のロナは精神状態が不安定だった為、彼女の世話は前回の時と同じようにビスケッタに任せる事に決定。

 そうして人間世界へと戻っていく、メイド長と未来のメイド長候補の姿を城門から見送って。

 

 そして。

 ランスがその話を聞いたのは次の日の事。

 

 

 

 

「レッドアイがロナの事を探してる?」

「はい。どうやらそのようです」

 

 ランスの部屋にやって来たその軍師──ウルザは頷きながら言葉を続ける。

 

「私も先程耳にしたばかりの話なのですが……これまで専ら殺戮目的でホーネット派勢力圏に侵攻を行ってきた魔人レッドアイですが、なんでも今はその様子が不審なようです。『ロナは何処だ』『ロナを出せ』などと繰り返し叫びながら、前線のあちらこちらを移動しているとか」

 

 その情報源はほんの一時間前、魔王城に帰還したばかりの飛行魔物兵部隊から。

 ウルザは軍師として現在の戦況、最前線の魔界都市ビューティーツリーの状況などの情報収集を行っていた所、魔物兵達からそんな話を耳にした。

 そしてこれはと直感が走り、すぐにランスに伝えに来たのだった。

 

「今のレッドアイの動きは戦うというよりも何かの捜索をしているといった感じで、ホーネットさんも少し対応に困っているみたいです」

 

 とそんな話を聞き終えたランスは「……ほーん」と気の抜けた声を返した後。

 

「……けど、どーしてあのキチガイはそんなにロナの事を……?」

 

 率直に頭に浮かんだ疑問、何故魔人レッドアイはそこまでロナに執着しているのか。

 その答えとなるロナの血筋、ガウガウ・ケスチナがレッドアイに下した自己崩壊命令の秘密。

 ランスはそこら辺の事情を何一つ知らずしてロナを攫ってきた為、その執着の理由について5秒程考えを巡らせてみた後。

 

「……そうか、分かったぞウルザちゃん」

「何がですか?」

「あの目玉野郎はきっとロリコンだ。ロナに執心しとるのもそれが性癖だからって訳だ。……どうだ、名推理だろう?」

「……どうでしょう、そういう理由では無いような気もしますが……」

 

 いかにもランスらしい推察を受けて、ウルザは同意しかねると言いたげに眉根を寄せる。

 

「……いずれにせよ、魔人レッドアイにとってロナさんはただの人間という訳では無く、そばに置くだけの理由があるという事ですね。……そして、ロナさんを取り返そうとするだけの理由も」

 

 その少し語気を強めた台詞が意味する所。

 ウルザが軍師として何を言いたいのか、それはランスもすぐに察したらしく、

 

 

「なるほど……それ、使えそうだな」

 

 そう言いながら口元をにやりと歪めた。

 

 

「ヤツはロナの事を探している。ならロナの存在を上手く利用すりゃあヤツを罠にハメる事も出来るって訳だ」

「えぇ、その可能性は十分にあると思います。……ただ当のロナさんはすでにランス城に送ってしまったのですよね? 仮にその事を知られてしまうとレッドアイの目が人間世界に向いてしまう危険性もありますが……」

「へーきへーき、バレやしねぇってそんな事。なんたってヤツはキチガイだからな」

 

 その魔人のキャラクター、性格や思想などを聞き及んでしかいないウルザとは違って、直に相対した経験のあるランスは不敵に笑う。

 レッドアイは狂気の魔人などと呼ばれる点からも明らかなように、何処からどう見ても思慮深いような性格はしていない。

 そんなレッドアイがロナはすでに魔物界に居ないなどと気付けるはずも無し。ロナを探す事に没頭している今ならその行動を読んで罠を仕掛けるのだって容易な事。

 

「……ふむふむ、あーしてこーして……」

 

 特にこの男、ランスという男は相手を罠に嵌める事にかけては得意中の得意としている。

 ほんの一分も掛からない内に、その脳内では憎き目玉を陥れる作戦が組み上がっていく。

 

「……となると必要になるのは……」

 

 そしてその作戦の目的はただ一つ、魔人レッドアイを討伐する事に他ならない。

 そう考えた時に必要となる一番の要素と言えば。

 

「……やっぱあいつか」

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 魔界都市ビューティーツリー。

 魔物界の中部に位置し、都市の中心にある巨大な世界樹から取れる食物の恵みに溢れる場所。

 

 そして今現在はホーネット派の最前線拠点。

 そんな都市の一角に設置されたテント、指揮官用の一番大きなテント内で。

 

 

 

「……あ」

 

 ふいに感じた気配。

 入り口の向こう側から伝わってくる無言の圧、それを肌で感じ取ったのか。

 

「……構いませんよ、メガラス」

 

 昼食を食べ終わって小休止していたその魔人──ホーネットが入室の許可を与える。

 

「………………」

 

 すると入り口の布が開かれ、その言葉通りの相手である魔人メガラスが入ってくる。

 常に無口なその魔人は挨拶する事も無いが、それはホーネットの方もすでに理解している所。

 

「メガラス、どうかしたのですか?」

 

 故に余計な会話を挟んだりなどはせず、単刀直入にその要件を伺う。

 

「………………」

 

 するとその魔人は相変わらずの無言で近付いてくると、その右手をすっと前に差し出す。

 その手にあったのは一通の手紙。というべきか、一枚の紙を半分に折っただけの簡素なもの。

 

「これを私に?」

「………………」

 

 小さく頷く相手の姿を目にしたホーネットは、その手紙を受け取って表と裏側に軽く目を通す。

 何処にも差出人の名前が無い事を確認したのち、半分の折られたその紙切れを開いてみると──

 

 

「ッ!?」

 

 鋭く息を呑む音と共に、その金色に輝く瞳が大きく見開かれる。

 そして途端に震え始めるその指先。魔人筆頭が手に持つその紙切れにはほんの短く一文、

 

 

『大事な話がある。今すぐ俺様の所に来い』

 

 そう書かれていた。

 

 

「こ、れは……」

 

 二度三度とその短い文面を読み直してから、ホーネットはごくりと生唾を飲み込む。

 差出人の名前が無い手紙だが、しかしこんな文章を書く相手などあの男以外に考えられない。

 そして何よりその文面。そこに書かれている文字列が意味する所とは。

 

「……メガラス、この手紙は……」

「………………」

 

 思わずといった感じで問い掛けた質問に対し、その魔人は無言で首を横に振る。

 自分は配達を頼まれただけで手紙の内容にはノータッチ。恐らくそう言いたいのだろう。

 

「……そうですか」

 

 ホーネットは再度手紙の文面に視線を戻す。

 そして何度読み返しても冷静ではいられない、その文字列をじっと見つめる。

 

(……大事な話)

 

 その手紙の要件、それは何らかの話を打ち明けたいから自分の所に来て欲しいというもので。

 

(……あのランスが、この私を呼び出して話そうと考える事。それは……)

 

 それは多分、いや間違いなくあの事に関して。

 一月以上前、魔王専用の浴室で拒否して以降音沙汰の無かった性交渉に関しての事だろう。今のホーネットにはそれしか思い浮かばない。

 自分はあの時に一度はっきりと断っている。にも拘わらずこうして呼び付けるという事は何かランスなりに思う事があったのか、もしかしたら何らかの打開策を見つけたのかもしれない。

 

(……だとすると。……だとすると、この呼び出しに応じたならば、私はきっと……)

 

 きっと何事も無くは終わらない。

 彼との関係性に必ずや大きな変化が生じる。そんな確信に近い予感がある。

 

(……ランス、と……)

 

 彼と今以上の関係になる事。

 そんな予感が醸し出す魔力と呼ぶべきか、その言葉の誘引力たるや。

 

 単にこうして手紙一枚、接触の機会を向こうから持ちかけられただけで内心では心が弾むのを抑えられない今のホーネットにとって、それはとても抗い難い誘惑。

 そう呼んでも差し支えない程、すでにその心中ではその存在の占める割合が大きくなっていた。

 

 だが。

 

 

「……いえ」

 

 その口から出たのは否定の言葉。

 それはこれまで彼女が自らに対して徹底的に課してきたもの。魔人筆頭という立場故か、あるいは派閥の主としての責任感故か。

 

「……今は駄目です。あのレッドアイが不審な行動を見せている今、この私がビューティーツリーを離れる訳にはいきません」

 

 とにかく理性の方が上回って、ホーネットはその感情を心の奥にそっとしまい込んだ。

 

「……メガラス。貴方にこのような事を頼むのも心苦しいのですが、この手紙に応じる事は出来ませんと、ランスにそう伝えてきて貰えますか?」

「………………」

 

 派閥の主からの要望にメガラスは無言で頷き、そのまますぐにテントから退出していく。

 

「……ふぅ」

 

 その背中を見届けてから、ホーネットは緊張の糸が切れたかのように吐息を漏らす。

 

 そして思うはあの男の事。前回最後に会ってからそろそろ一ヶ月ぶりとなるあの男の事。

 前線に出撃してからは努めて考えないようにしてきた、しかしこうして手紙を貰った事で嫌でも頭に浮かんでしまうその姿。

 

(……会いたい、ですけれどね)

 

 その気持ちはある。強くある。

 けれど先程自分が取った選択肢は正しい。きっと間違ってなんかいない。

 自分はこの派閥の主。志を共にする多くの魔物達や魔人が集ったホーネット派、その派閥の名を冠する魔人筆頭である以上自分にはその責務を全うする義務がある。

 その義務を自分の感情ただ一つだけで放棄する事など許されないし、そして何より、そんな自分の姿を彼に見せたいとは思わなかった。

 

(……もしレッドアイを倒せたなら、その時はきっと……)

 

 これまでも繰り返し侵攻を行い、ホーネット派に最も被害を与えてきた魔人レッドアイ。

 自分にとってはまさに因縁の相手。今まで幾度と戦いその都度引き分けてきた以上、負ける気はせずとも勝機があるとも言い難いのが実情ではある。

 

 しかし必ずや打ち勝ってみせる。そしてその時にこそ彼が言う大事な話を聞きたい。

 その時ならきっと前に進める。彼の言う大事な話がどんなものであろうと、きっと全てを受け入れる事が出来るはずだと思うから。

 

 ……などと、この時のホーネットは自分が今置かれている状況を考えた上でそんな事を、言い換えると悠長にもそんな事を考えていたのだが。

 

 

 

 

 

 しかしその次の日。

 

「おう、入るぞ」

 

 相手からの応答も待たずして、テントの入り口がザッと開かれる。

 

「……な」

 

 するとそのテントの中に居た相手、ホーネットは瞠目した様子で硬直し、両手に持っていた紙の束をパラパラと零してしまう。

 その目に映った人物、それは魔人筆頭意中の人、もう暫くは会えないと覚悟していたその姿。

 

「……ランス、どうしてここに……」

「あ? どうしてだと?」

 

 呆然としたように呟くホーネットに対して、ランスは大層不機嫌そうにその顔を顰める。

 

「あのなぁホーネットよ、んなのお前が城に戻ってこねーからに決まってんだろーが」

「それは……そう、ですね。……そういえば貴方はそういう人物でしたね」

 

 その返答を受けて、魔人筆頭は自らの覚悟の方向が間違っていた事を深く理解した。

 あの呼び出しに応じるのは今じゃない。彼の言う大事な話を聞くのは今では無く、魔人レッドアイの討伐を達成してからにしよう。

 とそんな事を考えていた訳だが、しかしそれを相手が受け入れるかは別問題であって。

 

「全く、この俺様の呼び出しを無視するとは。中々いい度胸してるじゃねーかよ」

 

 当然ながらランスはそんなに気の長い人間では無い。ホーネットが呼び出しに応じないならば仕方無しと、うし車を飛ばして一人このビューティーツリーまでやって来たのだった。

 

「つーかお前、俺様がホーネット派の影の支配者だって事を忘れてんじゃねーだろうな」

「それは貴方が勝手に言っているだけでは……。それに私はこの場所でケイブリス派の侵攻に備えなければなりません。今はとても……とても魔王城に戻れるような状況下では無いのです」

「みてーだな。だからこーして俺様が足を運んでやったって訳だ、ちゃんと感謝するよーに」

「……えぇ」

 

 上から目線でものを言うランスに対して、ホーネットは曖昧に頷きを返して、そして。

 

「……それで、あの……ランス」

「何じゃ」

「……その、貴方があの手紙で言っていた大事な話とは……一体どのようなものですか?」

 

 つぶさに観察すればその頬はほんのりと赤く、その瞳も普段の時よりも潤んでいて。

 その指先ではドレスのすそを整えていたりと、とにかく魔人筆頭はどこか落ち着かない様子。

 

 それはあの手紙を目にした時に生じて、一度はその心中にしまい込んだはずの感情。

 ではあるのだが、しかしランスの方から来てしまった以上はしまい込んでいても意味が無い。

 

 こうしてわざわざ会いに来る程の要件、次に彼の口から聞こえるであろう言葉。

 その返事だけはちゃんとしなくてはならない。これ以上はぐらかすべきじゃない。

 ホーネットはそんな気持ちを胸に、密かに決意を固めてその言葉を待っていたのだが。

 

 

「おう、実はレッドアイの事で話があってな」

 

 しかし聞こえてきたのは予期せぬ言葉。

 

 

「……レッドアイ?」

 

 ──何故このタイミングでその名前が?

 とそんな台詞を口にするかのように、ホーネットは不審げに眉根を寄せる。

 そんな表情から言いたい事を察したのか、ランスはあっけらかんとした顔で言い放った。

 

「そりゃあお前、この状況で大事な話があるっつったら目玉退治の事しかねーだろ」

 

 今この状況。派閥戦争という戦時中、そして魔人レッドアイが活発に動きを見せている最中、その討伐以上に大事な話があるのか。

 それはランスが言う台詞と言うよりもむしろ、少し前までであれば他ならぬホーネット自身が言いそうな台詞であって。

 

「……そうですね」

「だろ?」

「……えぇ、全て貴方の言う通りです」

 

 まさかの正論で斬られてしまった魔人筆頭。

 決して意識はしていないつもりだった。しかし結局は意識してしまっていたのか。

 戦時下においては相応しくない、おかしな方向に思考が向いていた自らを自省し、ホーネットは少々気まずそうにその顔を伏せる。

 

「……ですがランス、次に手紙を書く時にはちゃんと要件を記載してくれると助かります」

「ありゃ、書いてなかったっけか? けどまぁんな事どーだっていいだろ」

「良くはありません、とても大切な事です」

 

 ──変な勘違いをさせないでください。

 とそんな台詞を声なき声で呟いた後、ホーネットはしっかりと頭を切り替えて。

 

「……それで、レッドアイに関して……でしたね。一体どのような話ですか?」

「うむ。ちょいと聞いた話なのだがな、なんでもレッドアイのヤツがロナの事を探してるらしいじゃねーかよ」

「あぁ、その話ですか。……そうですね、大体一週間前ぐらいからでしょうか……」

 

 その頭の中に数日前からの出来事を思い浮かべながら、魔人筆頭は語り始める。

 

 ここ最近になって再びホーネット派支配圏への侵攻を開始した魔人レッドアイ。

 それを迎え撃つ為にとホーネットはビューティーツリーの防衛に就き、そして二週間程前に両者は一度激戦を繰り広げる事となった。

 その時にはこれまでと何ら変わりの無い、いつも通りの狂った調子だったレッドアイだが、しかしその数日後に姿を見せた時その様子は一変していた。

 

 その目玉は狂気に身を宿すというよりも、恐怖に追い立てられているかのようで。

 そして常のように戦いに臨んできたホーネットの姿を見るや否や、そんな事している場合じゃないとばかりにロクに戦いもせず逃げ出していく始末。

 あの好戦的な魔人レッドアイが早々に背を向けるなど初めての事で、何度も相対してきたホーネットはその奇妙な変化に戸惑いを隠せなかった。

 

 

「……ふむふむ、なるほどなるほど。その様子だとヤツはよっぽどロナが大事みてーだな」

「どうやらそうらしいですね。しかしそのロナというのが一体何を指すのか……」

「ロナってのはあの目玉野郎の下に捕らわれていた人間の女の子だ。んでついこの前に俺様がちょちょっと動いて助け出してきたのだ」

「……貴方が?」

 

 僅かに首を傾げる魔人筆頭の言葉に、その男は「そのとーり!」と尊大に頷く。

 魔人レッドアイの現状の説明を受けたランスはそのお返しとばかりに、自らが実行してきたロナ救出作戦のあらましをかい摘んで説明する。

 

「……てな感じで俺様はロナを救出した。んでそれを今あの目玉野郎が探しているって訳だ」

「……成る程、そういう事でしたか」

 

 その説明を聞き終えると、ホーネットは得心がいったように一度頷く。

 

「あのレッドアイが『ロナを返せ』だとか『お前達ホーネット派の仕業だろう』だとか、訳の分からぬ事を多々言うので何の話かと思っていましたが……全くの濡れ衣では無かったのですね」

「ま、そういう訳だ。とにかくこの絶好の機会を逃す手は無い。ロナ探しに没頭しているヤツを罠にハメてぶっ殺す作戦を考えてきたのだ」

「作戦?」

「そ。まずあーしてな、んで次にこーするだろ? んでその次は……」

 

 そしてランスがペラペラと語るその話こそ、例の手紙に書いていた大事な話の内容。

 憎き目玉を退治する為にと、ランスが悪知恵を働かせて作り上げた魔人レッドアイ討伐作戦。

 

「……どうだ? 悪くねー作戦だろ?」

「………………」

 

 その全貌を聞き終えた魔人筆頭は複雑そうな表情となって、はぁ、と息を吐く。

 

「……何と言うか、子供騙しのような作戦ですね。本当にそれで良いのですか?」

「だいじょーぶだいじょーぶ。絶対にこれでイケるはずだ。なんせヤツはキチガイだからな」

「……にしても、貴方は相変わらず正々堂々とは無縁というか……卑怯な手段を選びますね」

「ちっちっち、楽チンで被害の少ない優れた手段と言いたまえ。現にメディウサをぶっ殺した時だって俺様が決めた作戦で戦ったら楽に片付いたろ?」

「それは……」

 

 ランスが過去の功績を例に上げると、無視する事は出来ないのかホーネットも表情を変える。

 彼女は品行方正を旨としておりランスが考えるような作戦は好みの戦法では無い。しかし彼が言う通り実績があるのも事実だという、そんな理性的に考えた場合の理由が一つ。

 

「……ですが、そうですね」

 

 そしてもう一つの理由はもっと単純。

 ランスがこうしてホーネット派の為に動いてくれた。その事実が率直に嬉しいので、ならばその意思と計画を尊重してみたい。

 そんな感情的に考えた場合の理由も加わって。

 

「……分かりました。ならばここは貴方の言う通りにしてみましょう」

 

 そう言って頷くホーネットの姿を見て、ランスはその顔によく似合う強気な笑みを浮かべた。

 

「よっしゃ、んじゃすぐに作戦開始だ。さっそく準備に取り掛かるぞ」

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

「……オォ~……」

 

 あれからどれだけの時が経過したのか。

 もはや時間の感覚すらも覚束ないまま、レッドアイは彷徨い続ける。

 

「……オォ~、ロナァ~……」

 

 そうして探し求めるもの、それは自分の支配下から逃げ出したロナ・ケスチナただ一人。

 深い森の中や乾いた荒野の先など、どちらの派閥の支配圏など気にせずあちこちと捜索を繰り返してきたのだが、しかし何のあても無く一人の人間を探すにはこの魔物界はあまりにも広すぎる。

 どれだけ探しても一向に目当ての存在は見つからないまま、ただただ時間だけが過ぎていく。

 

「ロナァ~、ロナァ~……!」

 

 けれどもその魔人は止まらない。何故ならロナの死と自らの死はイコールだから。

 次の瞬間にも自己崩壊するかもしれない。これまで想像した事も無かった恐怖に突き動かされ、魔人レッドアイはロナ捜索に狂奔していく。

 その姿は傍目から見ても周囲を警戒したり気を払ったりしているようには見えず、あの男の言う通り罠に嵌めようとするならば今が絶好の機会と呼べるもので。

 

 

 それからまたどれだけ時が経過したか。

 とにかくレッドアイがそれまでと変わらず、何処かも分からない場所を探し回っていた時。

 

「……オ?」

 

 それまでは落ち着き無く上下左右にと揺れ動いていた赤い眼球。その動きがピタっと止まって、

 

「……オ、おぉ……!!」

 

 何か眩しいものを見たかのように見開かれる。

 その視界の先。何処かも分からない森の入口、そこには何故か大きな立て看板が設置してあり、その板面にはドデカく一言。

 

 

『ロナはこっちに居ます→』

 

 そんな待望の情報が書かれていた。

 

 

「ぉぉおおオオ!! ロナ、ロナァァアアー!!」

 

 誰かがロナを見つけてくれていた。そしてどうやら保護してくれていたらしい。

 まさかこんな親切な誰かが居るなんてと、魔人レッドアイは歓喜に全身を震わせる。

 それは一見して胡散臭そうな看板、誰が見てもすぐに罠だと分かりそうな代物であったが、その目玉は欠片も疑いなど持たずにその矢印が示す方へと向かって猛ダッシュしていく。

 

「ロナ……ロナ……!」

 

 そして2,3キロ程進むとまた大きな看板が。

 そこには先程と同じように『ロナはこっちに居ます→』と、変わらぬ方向を示している。

 そしてまた2,3キロ進むと看板が設置されていて……とそんな事を繰り返していく内に、レッドアイは気付かぬ内にホーネット派勢力圏内の奥深くへと進路を誘導されていく。

 

 やがて深い森を抜けると、その先には不自然にもぽっかりと切り開かれている大広場が。

 そしてこれまた不自然にも大きな岩がそこかしこに置かれており、まるでその陰に誰かが隠れていますよと言わんばかりのシチュエーション。

 

「……けけけ。見つけた、ロナ……!!」

 

 僅かでも警戒心が働く者であれば進むのを躊躇しそうな場所だが、しかしその目玉は止まらない。

 何故ならその広場の中央、そこに『ロナはここです』と書かれた看板が設置されていたから。

 

「ロナッ! ロナはソコ!!」

 

 そうして最後の看板の前に到着した魔人レッドアイだったが、

 

「……おー? ロナはどこ? ホワイ?」

 

 何者かの指示に従ってここまで来てみたものの、探していた人物の姿は何処にも見当たらない。

 これはどういう事なのかと、ようやく目の前だけじゃなく周囲にも目を向けようとしたその時。

 

「……ヌゥ?」

 

 その目玉は異変に気付く。

 自らが寄生している闘神Γ、その機体がその場から前に進もうとしない。

 

「う、動か、ナイ……!?」

 

 寄生能力を駆使して脚部を持ち上げる命令を何度も送ってはいるのだが、しかし地面がとりもちのように引っ付いてきて剥がれない。

 これはとある魔法による効果。レッドアイ自身はそういう搦め手を必要とはしないのでこの魔法の詳細自体には不知であったのだが、

 

「……これは、もしや……ミーをハメる為のトラップちゅーヤツか?」

 

 この状況。ふと考えてみればあやしさ満点の看板と足止め効果のある魔法。

 それらが罠なのだと遅まきながらも気付き、そんなセリフを口にしたその時。

 どうやらそれが合図となったのか、岩陰に隠れていた者達が姿を現した。

 

 

「……本当に成功しましたね。まさかこんな方法で誘き出せるなんて……」

 

 それは巨銃を持つ天使のような魔人。

 

 

「……なんか、今までこんなヤツに苦労させられてきたのだと思うと悲しくなってくるな」

 

 自ら制作したガーディアンと共に構える魔人。

 

 

「同感。……それにしても、ランスさんの勝ち誇った顔が目に浮かぶようだわ」

 

 そして頑強な装甲を着込む魔人四天王。

 そして。

 

 

「……グヌ、ほ、ホーネット……」

 

 四方をホーネット派魔人に囲まれた闘神Γ。

 その首元に寄生する赤い目玉に映った相手、それはこれまで何度も戦ってきた因縁の相手。

 周囲に浮かぶ6つの魔法球を光らせながら、その魔人は常と変わらない様子で口を開いた。

 

「決着を付けましょう……レッドアイ」

 

 

 

 

 

 

 


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