それはある日の出来事。
「……あ」
「お」
廊下でたまたま遭遇した二人の声が重なる。
「ランス。もう出歩いても平気なのですか?」
「おう。てか城に帰ってきた時点でとっくに平気だったっつーの。お前は無駄に心配しすぎだ」
それはランスとホーネット。
怪我の状態を心配した彼女の言葉に対し、その男はふんと鼻を鳴らして言い返す。
「……そうですか。まぁなんにせよ歩ける程に回復したというなら何よりです。ただそれでも病み上がりには変わりないのですから、あまり無理をしてはいけませんよ」
「だから心配しすぎだっつー……まぁいいや。俺様はこれから昼飯なのだが、お前もか?」
「えぇ、そうです」
時刻は昼時。目的地が一緒だからか二人はそのまま自然と肩を並べて。
そうして食堂へと向かって歩いていたその途中。
「……おっと足が滑ったっ!!」
突然ランスが足をつんのめり、そのまま左隣にぐらっと体勢を崩す。
左隣、つまりホーネットが居る方へと。
「大丈夫です、か……」
ホーネットは即座に反応し、倒れ込んできたランスの事を優しく支える。
だがその直後、自分の胸辺りから伝わる違和感にその身体を硬直させた。
「……あの、ランス……」
「いやぁ悪い悪い。ちょっと足を滑らせちまった」
「……そうですか。いえ、別にそれは構わないのですが……」
「ん? どうかしたか?」
「あの、貴方の手が……」
「手?」
「……ですから、私の胸……」
「胸?」
何の事かな? とランスが素知らぬ顔でとぼけている間にもふにふにと。
ホーネットを横から羽交い締めにする格好で、その両手が彼女の両胸を鷲掴みにしていた。
「……何故私の胸を揉んでいるのですか?」
その頬をほんのりと色づかせて。
目を閉じたまま身じろぎする事も無く、魔人筆頭は静かな声で尋ねる。
「あこれか? いやほら、とっさの事だったからココしか掴む所が無くてよ」
「……そうですか」
「うむ。なんせほら、俺様病み上がりだし」
「……そうですね」
そう言っている間にもふにふにと。
「………………」
「………………」
ふにふにと。
「……あの。いい加減に離してくれませんか?」
「おぉ、そういやそーだな。いやいや、あまりにグッドな揉み心地だからか少し没頭してしまったぞ。ゴメンゴメン」
ランスは心底適当な謝罪をしながら、ふにふにと弄んでいたその双丘から手を離す。
「さてと。んじゃ飯食いに行くか」
「えぇ。……それとランス、繰り返しになりますが貴方は病み上がりなのですから、歩く際はちゃんと足元に気をつけるように」
「うむ、そうだな。肝に銘じとく」
「……はぁ」
どう聞いても嘘っぽく聞こえるその言葉に、ホーネットは疲れたように息を吐き出した。
と、そんな事があったりと。
そしてまたある日の事。
「……お」
階段を下りていた途中のランスの前。
そこには見慣れた紫紺色のドレス姿の女性、ホーネットが居た。
「……ふーむ」
手元にある資料に目を通しているらしく、向こうはまだこちらに気付いていない様子で。
そんな魔人筆頭の背中をじっと眺めていると、次第にその胸中には悪戯心が湧いてくる。
「……おぉーっとまたまた足が滑ったーー!!」
そして再度足をつんのめらせたフリをして、その身体目掛けて勢いよくダイブした。
「な──」
ホーネットは瞬時に振り返り、そして驚きと共に状況を把握する。
今は階段の下り途中、そして足を滑らせて頭から突っ込んでくるランス。ここで下手な受け止め方をしては怪我にも繋がりかねないと考えたのか、
「くっ!」
落ちてきたランスを受け止めたホーネットはその勢いに逆らわず、そのまま後ろへと飛んで踊り場の床に背中から着地する。
無敵結界に守られる自分の身体を下にすれば階段から落ちても怪我は無し。その判断に何一つ間違いは無く、実際お互いに無傷で済んだのだが。
「……ふぅ、危ねぇ危ねぇ。またまた足を滑らせちまった」
「……ランス。貴方はまたこん、な……」
そこでまたホーネットは自分の胸元から伝わる違和感に気付く。
彼女の身体をクッションにする形となって階段から落ちた結果、そのふくよかな胸の真上にランスの頭がこれ見よがしに乗っかっていた。
「……あの、ランス……」
「ホーネット、お前がたまたま前を歩いていてくれて助かったぞ。いやマジで」
「……それは構わないのですが、その……」
「ん? どうかしたか?」
「ですから、顔が……」
「顔?」
何の事かな? とランスが素知らぬ顔でとぼけている間にもすりすりと。
その双丘の触り心地や体温を余さぬようにと、顔全体でその感触を満遍なく堪能する。
「うーむ、やっぱデカいな。それに……むほほほ、やわけー」
「……ランス」
「ん? あ、いやこれは違うぞ。ほら、何と言っても俺様病み上がりだからよ」
そう言っている間にもすりすりと。
「………………」
「………………」
すりすりと。
「……あの。そろそろ身体を起こしてください」
「おぉ、それもそーだな。にしてもお前のおっぱいは時間を忘れされるなぁ、すまんすまん」
ランスは心底適当な謝罪をしながら、すりすりと楽しんでいたその双丘の上から身体を起こす。
「よっこいせっと。ほれホーネット」
「……えぇ」
目の前に差し出された手を取って、ホーネットもその身体を起こした。
「……ですがランス。こういう危険な事をわざと行うのは感心出来ません」
「いやいや、わざとじゃねぇって。本当に足を滑らせちまったのだ」
「……私、の──」
そこでホーネットは大層難しい顔で何かを言い掛けたのだが。
「──いえ。……それでは」
そのまま背を向けたと思いきや、気持ち早めの歩みですたすたと去っていった。
と、そんな事があったりもして。
「……うーむ」
その後、ランスは自室のソファで唸っていた。
「もうちょっとだ」
「………………」
「もうちょっとだと思うんだよなぁ」
「……はぁ」
その脳裏に浮かぶのは先程のホーネットの姿。
いや振り返って考えてみると、少し前頃から顕著に変わってきているその態度について。
「あのホーネットの様子を見る限り、本当にもうちょっとでセックス出来る所まで迫っている、絶対にそのはずだと思うのだ」
「……そうですか」
あの魔人と出会った頃、その視界にも入らなかった頃を思えば今は大いなる進歩を遂げている。
もはや事故を装ってならば、そのおっぱいを好き勝手揉んだとしても文句の一つすら言われず。
今の彼女との距離感はただの派閥の協力者で済ませられるようなものでは無く、ランスからすればもう一度くらい夜を共にしていないと不自然とさえ思えるような距離感である。
「あいつも前は駄目だ駄目だと言っとったがな、今ならもうその気持ちも変わっているはずだ」
「……なるほど」
思えば以前、例の風呂場でこれはイケると感触を得た時もあった。
ただあの時は結果的に失敗、性交のお誘いは丁重に断られてしまったのだが、しかし今はもうあの時とは違う。何よりも相手の態度が全く違う。
「俺様はようやくここまで漕ぎ着けた。だがここから先へ進めずに停滞している。ここから一歩進むには何か切っ掛けが必要だと思うのだ」
「……切っ掛け、ですか」
「そう、切っ掛けだ。ホーネットの首を縦に振らせる何か、それを今必要としているのだ」
今やもう陥落間近、死に体の魔人筆頭にトドメを刺す為の一撃が欲しい。
そんなオーダーを出してみたランスは事も無げに言い放った。
「つー訳でウルザちゃん。あいつを口説き落とすグッドな手段を考えてくれ」
「お言葉ですがランスさん。何故それを私が考えねばならないのでしょうか」
それに反応したのはランスの目の前、頭の痛そうな表情で口を開くその女性。
呼び出しを受けてこの部屋にやってきた軍師、ウルザ・プラナアイスである。
「何故ってそりゃあ……君は俺様の軍師だし。ウルザちゃんのその優秀な頭脳は俺様の悩みを解決する為に存在しているのだよ」
「……物は言いようですね、それ」
「だが事実だ。君は軍師としてここに居る訳で、誰が上官かと言ったらそりゃ俺様だろ? なら俺様の指示にはちゃんと従わないとな」
女を口説く方法。そんなプライベートに過ぎる問題を軍師に尋ねるというのは如何なものか。
ウルザは真剣にそう思うのだが、しかしランスは気にも留めない。使えるものは何だって使うのがランスという男である。
「とにかくホーネットは手強い。俺様が何度口説いても中々上手くいかん。なので今回はいっそ他の者の意見も取り入れてみようと思ってな」
「……まぁ、それは悪くない考えだと思います。特に恋愛感といったものは異性よりも同性の方が共感出来る部分があるものだと言えますし」
「そうだろ? だから君の出番なのだ。特にウルザちゃんだってもう俺様にメロメロな訳だし、そんな君だからこそ分かる事もあるってなもんだろう」
「……今の言葉については大いに異議を唱えたいものですね。まぁそれはともかく……」
反論すると深みに嵌りそうな危険な話題は避け、ウルザはそこで少し気まずそうに瞼を閉じる。
「……先に白状してしまうとですね。私はそういった事に関してはあまり経験が無いので、口説く方法を教えてと言われても有益な答えを返せる自信がありません」
ウルザ・プラナアイス。彼女はこれまでの人生において大した恋愛経験が無い。
深く触れ合う関係となった男性はそれこそランスただ一人で、恋愛事情などに関して誰かにアドバイス出来るような立場には無いのだが。
「だいじょーぶだいじょーぶ。君は頭が良いんだからそこにもっと自信を持ちたまえ。まぁ勿論俺様の方がより天才なのだがな。がははは!」
「……でしたら私に意見を求める必要など無いような気もしますが。繰り返しになりますが本当に大した助言は出来ないと思いますよ?」
「あぁ、それでも構わん。とにかくなんでも良いから考えてみてくれ」
「………………」
それでもランスからこのように頼まれると逃げる訳にもいかないというか、一応は軍師として何か回答しないと居心地が悪く感じるのか、ウルザは顎に手を当てて真面目に思案し始める。
「……ホーネットさんを口説く方法、ですか」
「そう。あいつの口から『ランス! 貴方と今すぐセックスがしたーいっ!』って言わせる方法を考えて欲しいのだ」
「いくら何でもそんな明け透けな事を言う方だとは思えませんが……そうですね……」
ホーネット派最強の存在、魔人筆頭たるホーネットを口説き落してセックスに持ち込む手段。
そんな難問について、大した恋愛経験の無いウルザでも何とか思い付いたアドバイスと言えば。
「……恐らくランスさんの事ですから、これまでホーネットさんに対して押して押すようなアクションを起こしているのだと思います。月並みな言葉ではありますが、押して駄目なら引いてみるというのも手だと思いますよ」
これまでとは異なる方法で攻めるのはどうか? という初歩的な助言一つ。
「……ほう、押して駄目なら引いてみる、か」
「えぇ。本当に常套手段だと思いますけれどね」
「……ふむふむ……なーるほど……」
ランスは納得させられた様子で大きく頷く。今ウルザから指摘された点はまさにその通りで、これまでホーネットに対しては時に一緒に風呂に入れと迫ったり、時にセックスさせろと迫ったりと、とにかく押せ押せで関係を迫ってきた。
それが一番自分の性格にあっているから自然とそうしてきたのだが、しかしその方法でここまでやってきて駄目だった以上、その攻め手を変えてみるというのはアリかもしれない。
「しかし、引く……か。引くっつーと具体的にはどうすりゃいいのだ? 例えば~……『ホーネットがセックスさせてくれないなら俺様もうランス城に帰るー!』……とか?」
「そうですね、少々大袈裟だとは思いますが方向性としてはそんな感じです」
そこでランスがふと思い付いた事。自らの人間世界への帰還を駆け引きに使ってみる事。
それは今の魔人筆頭にはまさに一撃必殺、一瞬で勝負を決めかねない禁断のワードだったのだが、そうとは知らない二人は然程気に止めずにそのまま会話を続ける。
「そのように距離を置いてみて相手の気を引くというのもそうですが、あとは……相手の興味を引くような事をするのも手だと思いますよ」
「興味を引く、か……なるほどなぁ。確かに一見そういう遠回りな方法で攻めた方が簡単に口説き落とせたりもするからなぁ」
恋愛経験がまるで初心者とはいえさすがにそこは人類の中でもトップクラスに優秀な軍師、ウルザが提案するアイディアは中々的を射たもので、
「よし、んじゃあ今のウルザちゃんのアイディアを使ってみるとするか」
ならば早速ホーネットにぶつけてみようじゃないか。……と思ったのだが。
「……けどまてよ。出来れば直接ホーネットに試す前に他の誰かでテストをしてみたい所だな」
無駄なアクションを仕掛けて失敗に終わるだけならばまだしも、下手な事をやらかしたら逆効果になる場合もあり得る。
ここまで来てホーネットとの関係性が後退してしまうのを避ける為にも、先程挙がったアイディアの有効性を試してみたいとランスは考えた。
「テストですか……まぁ確かに実戦の前に経験を積んでおくのは悪い事では無いと思いますが、しかし口説きのテストとなると中々……」
「ウルザちゃん、君で試してみてもいいか?」
「……私では意味が無いでしょう、すでに手の内を知っているのですから。もっと別の誰か……出来ればホーネットさんに近い反応をしてくれそうな方が適任だと思いますが」
「……ふーむ」
ホーネットに対しての口説き文句のテストをするのならば、ホーネットに似た反応をしてくれそうな相手でテストをしてみるのが吉。
「よし、ならそうだな……」
と、言う事で。
「……それで、私に何の為に呼ばれたの?」
「まぁまぁ。とりあえずそこに座ってリラックスしてくれ、シルキィちゃん」
訳も分からずきょとんとした様子のシルキィ。
ランスはその背中を優しく押して、そばにあった椅子に彼女を座らせる。
ホーネットを口説く為の実戦テスト。魔人筆頭に近い反応をしてくれそうな相手として、同じく魔人であって立場が近いとの条件から3名のホーネット派魔人が候補に挙がった。
その内サテラは何を言っても反発しそうだからとの理由で却下。その逆にハウゼルは何を言っても受け入れそうだからとの理由で却下。
結果、一番中立でフラットな回答をするだろうと見込まれる相手、魔人シルキィがこうして栄えあるテストモニターとして選ばれたのだった。
(……よし。んじゃまずは距離を置いてみるアレから試してみるかな)
作戦その1。自らの人間世界への帰還を駆け引きに使ってみる事。
ランスは椅子に座るシルキィと視線を合わせて、それはもう真剣な表情で語り掛ける。
「……シルキィちゃん。今日は君に大事な話をしなければならないのだ」
「大事な話?」
「うむ。実は君達の戦いに俺達が協力出来るのはここまでになる。どうしても外す事の出来ない用事があってな。俺様はもう人間世界に帰らなくてはならないのだ」
「えっ……」
するとシルキィは弾かれたように大きく目を見開いて、
「……それ、本当なの?」
「あぁ。残念ながら本当だ」
「……そっか、そうなんだ……」
そして途方に暮れたような様子で呟く。
ランスが人間世界に帰る。それは本当に寝耳に水な話であって、ホーネットに限らずシルキィにとっても相当ショックな話だったのだが。
「……うん、分かった」
そこで彼女は椅子から立ち上がると、大きく一礼してからランスの手を取る。
「お?」
「ランスさん、今まで本当にありがとう。貴方達が協力してくれた事は絶対に忘れないわ」
「お、おぉ……」
「後の戦いは私達に任せて。必ずやケイブリス派に勝ってみせる。人間世界に戦火を広げる事は絶対に防いでみせるから、貴方達は安心して元の世界で平和に暮らして欲しいな」
そして少しの寂しさを混ぜた笑顔を作り、ランスの手をぎゅっと握ったまま感謝とお礼の気持ちを口にする。
「……てかシルキィちゃん、引き止めないのだな」
「……そりゃあね、引き止めたいって気持ちが全く無いかって言われたら嘘になるけどね」
本当はこれからも自分達と一緒に戦って欲しい。
その気持ちはあるのだと白状したシルキィは、「……でもね」と小さく呟いて。
「ランスさん達はやっぱり人間だからね。人間の貴方達にこの魔物界に留まって魔人同士の戦争にこの先も付き合って欲しい……なんて、魔人の私達の口から言えるような言葉じゃないわ」
「……ふむ、そーいうもんか」
「えぇ、そういうものよ」
そう言ってまた笑顔を作るシルキィの一方、ランスは複雑な表情となる。
(しかしなぁ。引き止めて貰わんとこの作戦は成功しないのだが……)
この作戦は引き止めて貰う事が大前提。
シルキィが「ランスさん、人間世界になんて帰らないで!」と言ってくるとする。
そこで自分は「そーか、帰っちゃイヤか。イヤならどうすりゃいいか分かるよな?」と返す。
そしたら「……うん、分かってる。エッチな事なら何でもするから」みたいな感じの約束をさせるのが目的である。
故に最初の時点で引き止めてくれないと、食い下がってくれないと大前提が崩れてしまう。
それではただ単に人間世界に帰るだけ。無意味にランス城に帰宅するだけで終了である。
(……うーむ。けど考えてみるとホーネットもこんな感じの反応をしそうだな。むしろアイツの事だから俺様が帰ると言っても「そうですか」の五文字で終わりかもしれんぞ)
さすがに今のホーネットはとてもでは無いがそんな淡白に返す事など出来ないのだが、そんな彼女の心の機微を理解する事はまだ出来ないのか。
ランスがうむむと唸っていると、シルキィが恐る恐ると言った感じでその口を開く。
「……それでランスさん、もうすぐに人間世界に帰っちゃうの? 出来れば城のみんなに別れの挨拶くらいはした方が……」
「……あ~、そういや人間世界に帰る用事があったってのは気のせいだった」
「え?」
「うむ。だからさっきの話は無し。もう忘れてくれていいぞ」
「そ、そうなの? ……そう、それならいいんだけど……」
とても急な前言撤回を受け、戸惑いながらもホッと一安心といった様子のシルキィをよそに。
こうしてテストをする事に意味はある。そう感じたランスは早速次なるテストを実施してみる。
(……よし。んじゃ次はあれを試してみるか)
作戦その2。相手の興味を引く事で好意を引き出してみる事。
(……興味を引く、か。興味、興味ねぇ……シルキィちゃんが興味のある事と言えば……)
ランスはその頭の中にこれまで見てきたシルキィの色々な姿を思い出す。
そして彼女が一番興味を持ちそうな事、これだと思ったものを一つピックアップして。
「シルキィちゃん」
「なに?」
「実は今日の俺様は体力と精力がとても有り余っていてな。なので今から明日の朝までノンストップで君の事を可愛がってやろうじゃないか」
「えっ」
そんな話題を振ってみた所、シルキィはぴくっとその肩を揺らす。
「どうだシルキィちゃん、嬉しいだろう?」
「……ううん。別に嬉しくないけど」
そして一瞬の空白の後、魔人四天王はふるふると首を横に振る。
そんな様子を見たランスは率直に思った。
「今きみ一瞬だけ嬉しそうな顔をしたな」
「そんな顔してないから!! ちょっと、勝手な事を言わないでくれる!?」
「ウルザちゃん、きみも見てたろ。してたよな?」
「……ノーコメントでお願いします」
大層慌てた様子のシルキィを無視して、ランスが少し離れた場所で成り行きを見守るウルザに話を振ると、これは関わり合いにならぬが吉と彼女はコメントを差し控える。
(……うーむ。けどなぁ、シルキィちゃんはそりゃもうエッチ大好きだからこの方法で興味が引けるとしても、これじゃホーネットの興味を引く事は出来ねぇよなぁ)
魔人ホーネットは未だ処女。性行為の快感を知らない以上、今の方法でその興味を引けるかと言われると大いに首を傾げてしまう話。
そもそもそんな方法でホーネットの興味が引けるのだとしたら、彼女とセックスするのに自分はこんなにも苦労していないはずで。
(……つーか考えてみるとホーネットの興味を引けるもんってなんだ? 俺様あいつの趣味とかそういう事は全く分からねーぞ)
そして基本的にホーネットはプライベートを話すようなタイプでは無い。
彼女の趣味一つすらランスは知らず、パッと思い付いた事と言えば「もしかしたら露出行為に興味があるかも?」といった程度のものである。
「……駄目だな。この方法もちょっと難しそうだ」
「え、駄目って何が? ……というかそれよりもねぇ、ねぇ、私本当に嬉しそうな顔なんてしてなかったからね? ねぇ、聞いてる?」
「おうおう、分かった分かった。だがこれだと困ったな……」
自己弁護を繰り返す魔人四天王を適当にあしらいながら、ランスは腕を組んで思い悩む。
距離を置いてみるのもあまり効果が無さそう。そして興味を引いてみるのも難しそう。
(……うーむ。となると他に手は……)
何かもっと優れた方法は無いのか。
よりグッドな口説き文句は無いのだろうか。
(……あそうだ。ならいっその事……)
そんな事を考えていた時、ふいにランスの頭の中に少し過激なアイディアが浮かんだ。
(……あれ、まてよ? この方法ならマジでイケるんじゃねーか? だってこれなら……)
それはパッと思い付いただけのアイディアだが、しかし考えてみると考えてみる程に完璧なアイディアのように思えてくる。
なぜならこの口説き文句……というか殆ど脅迫に近いのだが、とにかくこれを使った場合、ホーネットが何と答えようが関係無し。彼女がどんな返答をしようが最終的には必ずセックスに持ち込める、そんな必殺の口説き文句なのである。
(これだ! これなら絶対にイケる!! ……ような気がするぞ。うし、ならちょっと試しにシルキィちゃんにも使ってみるとするか)
この方法を使えばあの魔人とのセックスだってきっと叶うはず。
そんな確信を抱いたランスは早速テストをしてみる事にした。
「シルキィちゃん。さっきまでの話は軽いジョークのようなものだ。本当はこの話をする為に君の事を呼び出したのだよ」
「……どんな話?」
「実はな、ごにょごにょごにょ……」
ややの警戒するシルキィの耳元に口を寄せ、ランスはひそひそ声でその口説き文句をぶつけてみる。
「……てな訳だ」
「え、えぇ!?」
すると彼女は先程の時以上に、ランスが人間世界に帰ると宣言した時よりも驚愕した声を出す。
この反応を見る限り本当にイケそうだ! ……とランスはぬか喜びしそうになったのだが。
「……て、さすがにそれは嘘ね」
「ありゃ?」
すぐにシルキィは元の調子に戻り、白けた声で言い放った。
「え、これそんな嘘っぽい話に聞こえるか?」
「うん。いくら何でもそんな突拍子の無い話、すんなりと信じる事は出来ないわね」
「……マジか」
ランスが思い付いた必殺の口説き文句、そこには想定外の大きな欠陥が一つ。
『人間世界に帰る』みたいな話なら信じる余地もあったのだろうが、しかしその口説き文句はあまりに無理筋過ぎて真実味が欠けていたようだ。
(……むぅ。となるとコレはボツか。……いやでも待てよ。シルキィちゃんにはバレてもホーネットが気付くかどうかはまだ分からねーか)
ただシルキィがその嘘を見破ったとしても、ホーネットも同じように見破れるとは限らない。
未だセックスをした事の無いホーネットより、何度も夜を共にしてきたシルキィの方がランスとの関わりが深い分、おのずとその理解度も高くなる。
そんなシルキィだからこそ見抜けたものの、しかしホーネットには見抜けない嘘というものだってあるにはあるはずである。
「……シルキィちゃん、ちょいと頼みがあるのだがな。今の話を嘘だと思わなかった場合の反応をしてみてくれんか」
「え、ちょっと待ってなにその注文。嘘だと思わなかった場合の反応……てどういう事?」
「つまりな。今の話を仮に君が信じ込んだ場合、どういう態度を取るのかを見てみたいのだ」
「えぇ~……そんな難しい事を言われても……」
ランスからの無茶振りを受けて、シルキィは心底困ったように眉根を寄せる。
「頼むシルキィちゃん。そういう演技をするだけで構わんから。これは本当に大事な問題、具体的には俺様の生死にも関わってくる問題なのだ」
「せ、生死ってそんな……まぁいいわ。さっきのランスさんの話を嘘だと思わないで信じる……って感じのフリをすればいいのよね?」
「そうそう、そんな感じで頼む」
「……はぁ、そんな演技私に出来るかなぁ……」
という事でTAKE2.
ランスが考えた必殺の口説き文句、それを仮にシルキィが信じた場合どうなるか。
「実はなシルキィちゃん、ごにょごにょ……」
再度ランスがその口説き文句を耳打ちすると、
「……え、えぇ!?」
シルキィは先程上げた驚愕の声に近い反応をしてみせる。中々の女優ぶりである。
「……う、嘘でしょう? そんなの……」
「嘘ではない。本気だとも。さすがにこんな話を嘘で言う訳が無いだろう」
「でも、だって、なんでそんな事をするの?」
「なんで……か。そりゃ俺様がそうしたいと思ったから、としか言えんな」
その口説き文句をシルキィが信じた場合「どうして?」という気持ちが最初に来るらしい。
だがそうしていたのもつかの間、すぐに彼女はとても真剣な顔付きに変わって。
「……けれど駄目。駄目よランスさん。それだけは……それだけはしては駄目」
さすがにその口説き文句は「ランスさんなら仕方ないわね」で済ませられるものでは無いのか、シルキィは大真面目にそう答えた。
「ほーう、駄目とな」
「うん。それだけは絶対に止めて。大体そんな事をしたら貴方の為にもならないわ」
「そうかそうか。止めて欲しいのか。けど止めて欲しいっつーならどうすればいいのか、君ならもう分かっているよな?」
そこでランスは彼女の肩を抱き寄せると、その顎でくいっと寝室の方を指し示す。
その仕草が意味する所、それはもうシルキィだってとっくに理解済みで。
「……うん、分かったわ。貴方とエッチな事をすれば考え直してくれるのね?」
「その通り。君は本当に話が早くて助かるな。んじゃたっぷりと楽しませてもらうとするか」
頷きと共に二人は席から立ち上がり、早速とばかりに寝室へと向かって歩いていく。
だがその部屋のドアノブが回される直前、
「……ランスさん。それは演技なのでは?」
「おっと、そういやそうだった」
「あ、そうね」
一連の流れを見ていたウルザからの指摘が飛び、二人はそこで我に返った。
「……ふむ。やっぱり信じた場合の効果はテキメンだな。それは間違い無い」
軽くテストしてみた所、シルキィならこうもあっさり寝室に連れ込む事が出来た。
この口説き文句はやはり必殺の口説き文句。仮にホーネットがなんと答えようともセックスに持ち込める構造となっている。その点に関してはランスも絶対の自信が持てる。
「となると問題はやっぱ、アイツがこれを信じるかどうかって所か……」
ただ最初のテストの通り、実際にはシルキィには通じなかった口説き文句。それをホーネットは信じるだろうか。
それは試してみないと分からない。とはいえもし信じたとしたらセックス確実な必殺の口説き文句である以上、試してみる価値はあるはずで。
「……うし。んじゃちょっくら本人にぶつけてみるとするか」
これが必殺の一撃となるか、はたまたあっさりと見抜かれてしまうか。
どちらに転ぶか分からない秘策を準備し、ランスはホーネットの部屋に向かう事にした。
……だが。
そうして部屋から出ていったかと思いきや。
「あれ? どうしたの?」
すぐにランスが戻ってきて。
「……そういえばシルキィちゃん。さっきあの演技を終えた時、俺様とベッドイン出来なくて心なしか残念そうな顔を──」
「してないからっ!!」