魔法少女リリカルなのは ~黒衣の魔導剣士~ Another   作:夜神

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第7話 「異なる流れ」

 この世界のなのはが魔法に出会ってから数日が経過した。

 俺の知る世界ではなのはが魔法と出会い、初めてジュエルシードを封印した翌日あたりにはフェイトに遭遇するという流れだった気がする。

 ずいぶんと昔のことなので確実だとは言えない。ただそれでも……ここまで次の騒動が起こるまでに時間は空いていなかったはずだ。

 この世界にとって俺は本来存在しない。その段階で俺の知る世界と流れが異なるのは当然だと言える。それは理解できているつもりだ。

 しかし、アリシア達が言うには大まかな流れは変わらない。なのはが魔法と出会えば必然的にフェイトとジュエルシードを巡って争うことになる。そういう流れのはずだ。

 まだフェイトがこの世界に来ていないのか……単純にジュエルシードが暴走して起こる事件がないだけなのか。情報が少ないだけに判断に困る。

 

「……いや」

 

 変に考え過ぎてもダメだ。

 同じ顔があってもそれは俺の知っている人物とは別人。それに俺には未来を予知できるようなレアスキルはない。今後起きる事を予想は出来ても断定することは出来ないのだから臨機応変に対応するしかない。

 

「まあ……」

 

 ジュエルシードの暴走やらフェイトとの遭遇なんてことがないと介入もしにくい。ジュエルシードを巡る事件は始まったのだから管理局に連絡を入れることは可能だが、今の段階で連絡すると俺の知る流れよりも遥かに早く管理局がこの事件に触れることになる。

 そうなれば俺の知る流れとは大きくずれる可能性も高くなるだろう。それに今の状況ならあのなのはでも管理局の指示に従って身を引く可能性がある。なのはにとってはある意味平和な未来が訪れるのかもしれないが、フェイトにとっては親友をひとり失うことになり……遠い先の話をすれば彼女をママと呼んで慕っていたあの子にも影響が出かねない。

 それだけに……管理局に連絡を取るタイミングは重要だ。なのはとフェイトが一度遭遇した後ならなのはも事件から引かなそうなので気楽に連絡できるのだが……

 そんなことを考えながら街中を歩いていると、不意に聞き覚えのある声が耳に届く。

 

「フェイト、あそこに美味しそうなもの売ってるよ」

「もうアルフ、私達遊びで来てるんじゃないんだよ」

「少しくらいいいじゃん。朝から探し回ってたんだし休憩もしないと」

 

 自分の耳を疑ったが……視線の先には、金色の長髪に赤い瞳の少女と橙色の長髪のすらりとした女性が確認できる。俺の中では身長差が逆転しているが間違いなく俺の知る過去のふたりと同一の姿だ。

 唯一違う点があるとすればフェイトの髪型くらいだろう。俺の知る彼女はこの頃はツインテールをしていることが多かった印象だが、今目の前に居るフェイトは髪を下ろしている。まあ特に気にすることはないのだろうが……

 

「……ん? ちょっとそこのガキ、何ジロジロと見てんのさ」

「あ、その……」

 

 まさかこのタイミングでこのふたりと遭遇するとは思っていなかっただけにすぐに言葉が出てこない。

 いやそれ以上に魔導師であることがバレるのが不味い。事件が始まってからはレイも常に身に付けているし。さすがにここで戦うなんてことはしないだろうが……そんなことになると今後の流れが大きく異なってくる可能性が高くなる。

 落ち着け……落ち着くんだ。魔力を持つ人間は魔法文化のない地球にも存在しているし、魔法文化のない世界に移る住む人間は存在しているんだ。

 現状俺はフェイト達とジュエルシードを巡る場面で出くわしたことはない。むやみに敵を作るような真似はしないだろうし、下手に刺激しなければ大丈夫なはずだ。

 

「ダメだよアルフ。そんな言い方したら怖がらせちゃう」

「でもあいつが……」

「アルフ」

「……分かったよ。フェイトがそう言うなら……悪かったね」

 

 フェイトの優しさやアルフのフェイト第一主義みたいなところはこの世界の健在のようだ。それに安心感を覚える一方で、今後なのはサイドとして敵対したときに通常よりも敵対心を覚えられそうだ。そう考えると少し憂鬱でもある。

 

「君……ごめんね」

「いや……こっちも見てたのは事実だから。金髪が目に入ったから友達かなと思って」

「そうなんだ……」

 

 フェイトの瞳からは敵意のようなものは感じない。

 ……ただ寂しい目をしてる。この子も俺の知る彼女のようにプレシアから酷い仕打ちにあってきたのだろう。それを振り向いてもらうために今も頑張って……

 事件後もプレシアを生存させる。

 それが俺の今回の事件で行うと決めたことだ。プレシアの扱いがどうなるかは分からないが、俺の知っている別れ方になるよりもずっとマシだろう。プレシアも今はまだアリシアに囚われているだろうが、フェイトへの仕打ちは重ねて見ていない証拠でもある。きっかけさえあれば……

 

「えっと……私の顔に何か付いてるかな?」

「え……いや別に」

「あんた……まさかフェイトに対して良からぬことを考えてるんじゃないだろうね。あたしの目が黒いうちはそんなこと許さないからね!」

 

 この頃のアルフがフェイトのことになるとこういう風になるのは分かっていることだが、せめて数年後に言ってほしいものだ。

 俺も含めてフェイトも同年代よりは精神年齢は高いだろうが、それでも小学3年生くらいでその手のことは考えないだろう。まあ最近の子供はそういうことも早いらしいし、一概にないとも言えないのだが。少なくとも俺やこの子には当てはまらないだろう。この子は今そんなことを意識できる時期でもないだろうから。

 

「ア、アルフ、だからそんなこと言ったらダメだって」

「だけどさ……」

「それ以上言うと怒るよ」

 

 俺の記憶にはアルフがフェイトにあれこれアドバイスするといった話が多いように思えるが、この頃はアルフよりもフェイトの方が上のようだ。まあ立場は対等でもアルフはフェイトには強く出れないといった方が正しいかもしれないが。

 

「ごめんフェイト。あたしが悪かったよ……これ以上は言わない」

「謝る相手は私じゃないよ」

「……あんたも悪かったね」

 

 視線を合わせずに謝罪をするアルフ。本来は姉御肌というか気さくな性格なのだろうが、時期的にあまり他人を信用しようとしていないのだろう。さすがに小学生相手に今の態度もどうかと思うが……。

 まあ時期的にアルフは生まれてからそれほど時間が経っていないだろうし、何より今の俺は魔力を隠したりするためにリミッターを掛けたりしていない。

 魔導師としての力量は現在のフェイト達よりも上と思われるので戦闘になっても対応はできる。だが今の段階で戦闘になるのは好ましくない展開だ。

 それに……魔力の有無やレイの存在はあちらもデバイスを持っているならば遅かれ早かれ確認されてしまう。フェイトのデバイスが俺の知るバルディッシュと同じならば並のデバイスよりも遥かに性能が良いのだから。

 それ故に警戒されるのは仕方がない。

 ただそれでも現状自分達にとって障害になるか分からない段階だからこそ、平和的に物事を収めようとしている可能性がある。

 今の俺の立場は中立だ。なのは達と接触できていないこの段階でフェイトと事を構えるのは得策だとは言えない。ここは大人しく別れる方を選択するべきだろう。

 

「いえ、気にしてませんから」

「本当にごめんね」

「本当気にしてないから……じゃあこれで」

 

 ★

 

「ショウおっかえり~! わたしの頼んでた漫画買って来てくれた?」

 

 帰宅して早々自称お姉さんの元気な声が俺の耳を貫いた。

 外出ができない時期であるため娯楽に飢えているのは分かる。外に出たい気持ちを我慢していることも知っている。だから漫画がほしいと言われたらそれくらい買ってくる。

 だがしかし……先ほど俺はこの人物の妹に当たる同一の存在と会ってしまったのだ。こちらの方が幼い見た目ではあるが似ているし、声質だって近い。胸の内に思うところがあるのも仕方がないだろう。

 

「買ってきてくれたよね? 買ってきたよね? ね? ね? ね?」

「えぇい鬱陶しい。近づきながら何度も尋ねてくるな」

「そこまで言わなくてもいいじゃん。確かにわたしも悪いとは思うけど、ショウがすぐに返事をくれないのも悪いのに」

「それは否定しないが時期的に考えたいことが多いのは分かるだろ。それに……前々から思ってたがお前は人との距離感が近い」

 

 少し前まであの子の父親代わりみたいな立場に居たというのに体の年齢に引っ張られるところがあるのか、どうもアリシアに対しても意識してしまう部分がある。

 思考の仕方や知識は大人でも性的な部分は肉体年齢に近くなるように何かされたのかもしれない。まあ距離が近いだけならアリシアよりも異性との距離を考えずに接してくる奴が居たので堪えられないということはないのだが。

 

「別に気にするほど近くないと思うんだけど……もしかして~ショウはわたしのこと意識しちゃってるのかな? まあ無理もないけどね。わたしはショウよりもお姉さんだし、自分で言うのもなんだけど可愛いし」

 

 苛立ちを覚える笑みを浮かべるアリシアは見た目はともかく性格は可愛いとは言えないだろう。こういうのが良いという奴が居るのならば俺は物好きだと思う。

 俺の知る奴にも似たような言動をするのは居たが……あいつらは表面上というか根っこは別だって分かってたからな。割とアリシアは素のところも混じっている気がするし、そのせいか耐性があるはずなのに微妙にすり抜けてくる。そのうち慣れそうでもあるが……

 

「お前よりフェイトの方が遥かに可愛いけどな」

「なっ……そういうこと言っちゃう。今多分わたしの方が小さいだろうけど、遺伝子的には同じなんだからわたしだってフェイトと同じように成長しそうなのに。大体この世界のフェイトはショウの知ってるフェイトと同じかどうか分からないじゃん!」

「確かに細かい部分は分からないが、外見や大まかな性格が違ってるのは思えない」

「何でそう言えるの?」

「さっき会ったからだ」

 

 予想外の言葉だったのか、アリシアはこちらを見たまま動きを止める。ただそれでも思考は続いているのか何度か瞬きを繰り返した。

 

「……何やっちゃってんの!? いやまあ外を歩けばその可能性はあるけどさ。ショウってなのは側で行動するつもりだったよね? なのは達よりも先にフェイトと遭遇しちゃうとか幸先悪すぎというか、現場で顔を合わせた時の亀裂の入り方がやばいよね!」

「それが分かってるからあれこれ考えてるんだろ……というか、気持ちは分かるが少し落ち着け。正直近くで騒がれるとうるさい。非常にうるさい」

「段階を上げて言い直さなくてもいいじゃん。大体その原因を作ったのはそっちのくせに!」

「だからどうするかを考えてるんだろ。お前はこれでも読んで大人しくしてろ」

 

 俺は袋の中からアリシアからお願いされていた漫画を取り出す。

 漫画のタイトルは『金の私と黒の騎士さん』。ファンタジー世界を舞台にした少女漫画であり、女子の間ではそこそこ人気のある作品らしい。まあ女子は一度は白馬の王子に憧れるものだろうし、過去に恋愛の関わる作品は数多く読んできたから気持ちは分からなくもない。

 この世界のあいつがその手のものが好きなのかは分からないが……ある意味そのへんが苦手な方が関わろうと身としては楽な部分があるかもしれない。

 

「何やら騒いでるみたいですがどうしてんですか?」

「あ、リニスさんちょうどいいところ。聞いてよショウがね……!」

「ちゃんと聞きますからまずは落ち着いてください。……それでどうされたんですか? ショウさんがアリシアさんの漫画でも買い忘れましたか?」

「ううん、それはちゃんと買ってきてくれた」

「なら他にケンカになる理由ってあります? 私の知る限りそれくらいしか原因が思いつかないのですが……アリシアさんはその漫画が大変お気に入りですし。あ、ちなみに私も読ませてもらっていますがお気に入りですよ。私は金髪ではありませんが、それに出てくる黒騎士さんはどことなくショウさんに似ていますしね。だからアリシアさんも新刊の発売日に読みたいほど……」

「リニスさん、リニスさん、リニスさ~ん! それ以上は言わないで。割とわたしの性癖というか弱みになる部分をバラしてるから。もう騒がないからそれ以上はやめて。お願い、どうかご容赦を~!」

 

 若干涙目でしがみつくアリシアをリニスさんは笑顔であやし始める。

 今の発言が天然なのかそうでないのか結論が出ないだけに……リニスさんは敵に回したくないタイプだ。腹の内が読めない人間を相手にするのが最も疲れるし。

 まあ俺の知るはやてやシュテルのように必要もないのにちょっかいを出すようなことはしないだろう。だから気に障るようなことをしなければ大丈夫だとは思うが……。

 

「それで何が理由で騒いでたんですか?」

「それは……さっき街でばったりフェイト達に会った」

「まあ……偶然なのかショウさんに対する試練なのか、どちらにせよ良いとは言えないことですね。現状私達は中立ですが、事件に本格的に介入すれば管理局。どちらかといえばなのはさん達の味方になるわけですし……いっそフェイト達の手伝いしちゃいます?」

「ダメ! ダメだよリニスさん。お母さんに接触するのも難しいし、仮に上手く行ってもショウまで犯罪者になっちゃう。そんなことになったらショウの今後がめちゃくちゃ……あ」

 

 アリシアの顔はどんどん赤くなっていく。

 先ほどまでケンカしていた相手を思って必死になっていた自分が恥ずかしかったのか、微笑ましく見守るリニスさんに思うところがあったのか。アリシアは「とにかく行動方針は変えちゃダメだからぁぁぁッ!」と叫びながら自分の部屋に走って行ってしまった。

 

「……ショウさん」

「ん?」

「あの子は我が侭に見えるかもしれませんけど、ショウさんのことを大切に想っているんです。もちろん私も……なのであまりひとりで抱え込まないでくださいね。色々話してもらった方が私達も安心しますから」

「……分かった。善処するよ」

「ふふ、お願いしますね。それと……出来ればもう少しアリシアさんにも優しくしてください。私としてはアリシアさんよりも優しくしてもらえるのは嬉しいんですよ。ただ……今の段階でショウさんとそのような関係になるのは世間的によろしくないと言いますか」

 

 確かにアリシアに対してよりもリニスさんへの言動の方が優しい。それは自覚している。

 だがそれは普段の振る舞いから来ているものであって、別にアリシアが嫌いだからやっているわけではないのだが。俺だって人間なのだから騒がしくて絡んでくる人間より家事とかを真面目にしてくれている人間に好意を持つだけであって。

 

「あのリニスさん……別に俺はリニスさんに勘違いされるような言動はしてないと思う。だからそんな心配しなくても……」

「でも私のこと女性として意識してますよね?」

「それは……まあ。中身が子供じゃないから多少は」

「なら可能性はあるわけじゃないですか。その可能性を少しでも減らしたいならアリシアさんのことよろしくお願いしますね」

「が、頑張ります……なんだかんだでリニスさんはアリシアに甘いですよね」

「今はまあ私が保護者みたいなものなので、大人として当然の対応をしているだけですよ。だからおふたりが悪いことしたらちゃんと怒ります」

「……実に母親って感じですね」

「む……その言葉は少し複雑です。私は保護者としては振る舞いますが母親になるつもりはありません。まだまだ女性として扱ってほしい年代ですし」

「何か……複雑というか面倒というか」

「ショウさん、女心というものは複雑で面倒なものなんです。それが分からないと良い交際は出来ませんよ」

 

 そう力強く断言されましても……俺は当分恋愛をするつもりはないんですが。見た目も小学3年生になってますし。

 まあこれを言うとまた何か言われそうだから言わないでおくけど。

 とりあえず……今日の内にジュエルシードの暴走が起きないことを祈りたい。今日の内にまたフェイト達に会うのと、少しでも時間が空いてから会うのとじゃ割と違ってきそうだし。

 

「ちなみに……私は今のショウさんを受け入れられますので優良物件ですよ」

「小学生を誘惑するのはやめてください」

「残念です……おねショタはある程度の需要があると思うのですが」

「……どこからそんな知識を仕入れてるんですか? あぁやっぱり答えなくていいです」

 

 

 


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