ソフィーのアトリエ〜何も無い手品師の話〜   作:へタレた御主人

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始まりは驚きと共に

 

 

 ーー何で!?どうして!?連れてかないで!!

 

 ーーごめんね。けど、どうしても……

 

 ーー私にはあの人が大事だから。

 

 ーーお姉ちゃぁぁあああん!!

 

 

 

 ……

 

 ………

 

 …………

 

「はっ」

 朝起きると、寝汗をびっしょりとかいていた。

「はぁ、久しぶりに見たな……」

 まだ大した年数生きてはいないが、それでも随分と昔のことだ。

 ここ長いこと、そんなネガティヴなことなんてあまりなかったから全く見なくなっていたはずだった。

「あぁ、そうか……」

 そう、『あまり』なのだ。

 一つ、思い当たる節がある。

「ソフィーのおばあちゃんが亡くなって、もう一ヶ月か……」

 近所に住む幼馴染。

 その大切な人がこの世を去ったのだ。

 

 

 ……

 

 ………

 

 …………

 

 キルヘン・ベル。

 豊かな自然と豊富な水、教会の鐘の音が響き渡る、レンガ造りの街並みが綺麗な街。

 ここがこの俺、ルドルフ・コン・バートリーの生まれ育った自慢の街だ。

 何があるのか、と言われるとあんまり大したものは無いが、それでも住み心地は抜群だし、街の人たちも優しい。

「こんにちは。何か買っていくかい?」

「マルグリットさん、こんにちは」

 いつもの目的地に向かう途中で立ち寄った八百屋さんの女店主。

 新鮮で美味しい野菜や牛乳を売ってくれている。

 幼馴染の1人がいることもあって、すっかり常連である。

「そうですね……それじゃあ後ほどハチミツを買いに来ますね」

「ああ、待ってるよ」

 気前よく挨拶を交わして別れる、というところで、マルグリットさんが口を開いた。

「そうそう、オスカーを見かけたら店番ちゃんとやる様に言っておいてくれるかい?」

「あいつ、またサボったんですか……」

 幼馴染の1人、オスカー。

 簡単に説明すると、わがままボディ(♂)を持った植物博士。

 八百屋の店番をサボったり、遊ぶ約束をすっぽかすことが度々あるこの男だが、植物の知識が確かなものなのは間違いない。

 以前、体調が悪くなった時に野草を生で食べさせられたが(ちなみにすごく不味かった)すぐに体調が良くなったことがあり、その時に知識量というものは侮れないと知った。

 本人曰く、植物たちに聞いたら教えてくれたらしいのだが、その辺りは、実は半信半疑なのである。

 だって、植物と話せるって言われても……ねぇ?

「きっと植物観察だと思いますんで、後で近くを見に行きますよ」

「あらそう?悪いね」

 オスカーは色々とだらしない部分はあれど素直な性格だ。

 商店街であるストリートにいなければ大体の確率で近くの森か旧市街にいる。

 時間を持て余したら探しに行こう。

 マルグリットさんの店を抜けて、喫茶店に入る。

「ルドルフ、いらっしゃい」

「どもです。ホルストさん」

 奥のカウンターには、人の良さそうな渋めのナイスガイが待ち構えていた。

「今日も掲示板のチェックですか?」

「いや、今日は一杯もらいにね」

 ここは料理も美味しく、紅茶やコーヒーも一級品。

 夜はいいお酒も出るらしい。

 良し悪しに詳しくない自分でさえ美味しいと思えるのだから、その腕と年季が窺える。

「おや、珍しいですね」

「ま、たまには」

 この喫茶店、飯が美味いだけでなく、困りごとの解決を依頼という形で引き受け、仕事として斡旋もしている。

 俺はもっぱらそちらのためにここへ来るので、こうやって純粋に食事に来ることは稀なのだ。

「いつものでよろしいですか?」

「もちろん」

 いつもの、などと言ってはいるが銘柄は知らない。

 ただ、初めて淹れてもらってからそれがお気に入りになってしまったので、同じものを頼んでいるだけだ。

「お待たせしました」

「ありがとう」

 うん。いい匂いだ。

 砂糖が少量入っているのも抜かりない。

「流石だね、ホルストさん」

「これくらいは喫茶店のマスターの嗜みですよ」

 澄ましたように言うけど、若干照れてるのが分かる。

 こういうとこが、この人は憎めない。

 まぁ、憎むどころか感謝してばっかだけどさ。

「あ、そうそうホルストさん、後でミートパイ包んでよ」

「はい?構いませんが?」

 少し驚いたように言うホルストさん。

 言外に何故?と問われている。

「あー、ほら、ソフィーんとこ、持ってこうと思って」

「そうですか。それはそれは……」

 得心がいった、と満面の笑みで頷く。

「えぇい!そういうニヨニヨした顔やめてください!なんか腹立つ!」

「まぁまぁそう言わずに」

 噛み付くも態度を改めない。

 くそぅ、と1人ごちているとお店の扉が開いた。

「ホルストさーん!」

 快活な声と共に2人の少女が入って来る。

「モニカにソフィー、いらっしゃい」

「よっ、お二人さん」

「あらルディ、ここにいたのね」

「ルディ、こんにちは」

 1人は教会の手伝いをしているモニカ。

 すらっとしていてスタイルもいいし、長い金髪も綺麗という出来る女オーラのある幼馴染である。

 真面目だが、隙がないわけでもなく、甘いものとか食べて1人ほっこりしてるところなど、結構人気があったりする。

 もう1人が、今し方話に出てきたソフィーだ。

 明るい髪と笑顔が特徴的。モニカには一歩劣るが、スタイルは充分に良かったりする。

 彼女は一応、錬金術士だ。

 素材を組み合わせて、全く別の新たな道具を作る。

 嘘みたいな話だが、実際にその場面を見ているので眉唾ではない。

 でも、火薬とか紙とか入れてぐるぐる鍋を煮込んだら導火線付きの爆弾が出来ましたって、どうなの?とは思ったけどね。

 ちなみに、一応と言ったのは成功した試しがないためだ。

 お菓子や料理なんかは結構作れる、というか美味しいのだけど、薬とかましてや爆弾なんてまともに出来たのを見たことがない。

 爆薬を入れなくても爆発するとか、お前の錬金術ってどんな原理なの?って素で聞いたこともある。

 ……その後機嫌を直してもらうのに大分掛かったのは秘密だ。

「はい、ホルストさん。こちらが頼まれていた山師の薬です」

「おぉ、ありがとうございます。流石モニカ。仕事が早い」

「いえ、それはソフィーが作ったものなんですよ」

「はぁ!?」

「む、なぁにルディ。あたしが作れたら可笑しいって言うの?」

「いやいやいや、何?マジで成功したってこと?今まで全然上手くいかなかったのに!?」

「酷いよ!」

「いやだってよぉ」

 なにせ、失敗に巻き込まれたのは一度や二度ではない。

 成功したとはとても思えない物体Xの実験台になった回数だって二桁には間違いなく昇っているくらいだ。

 なんだよ、塗ってみたら痛いだけの薬って。

 良薬肌に痛し、とか変な造語作って遠慮なく塗り込んでくるし。

 風呂で完璧に落とすまで、ずっと痛かったんだからな。

 そんな言葉を滲ませつつソフィーを見れば、顔を逸らして口笛を吹き始めやがった。

「でも今回はちゃんと作れてるわよ」

 ほら、と言って差し出した山師の薬は、確かに俺も知っているものだった。

「へぇ、マジで作れてんな」

「信じてなかったの!?」

 いやだって、もー!とやり取りする脇で、ホルストさんが薬を受け取る。

「いや、大したものですね。ソフィーの錬金術も成長しているのですね」

「ホルストさんまでー!」

 ぷぅ、と頬を膨らませて怒るソフィー。

「まぁまぁソフィー。後でミートパイを包みますから」

 これ以上つつくと後が面倒になるなぁ、と思いつつ謝ろうとしたら、ホルストさんが先に口を開いた。

「へ?何でミートパイ?」

「ふっふっふ」

 ホルストさん、笑いながらこっち見んな。

「あ〜……」

 そしてモニカ、何かを察したようにニヤニヤすんのやめろ。

 そういうんじゃないから!

 本当に、違うからな!?

「…………後で、モニカとオスカー誘って、ソフィーの家行こうと思ってたんだよ」

 その手土産だ、と言ったら、ソフィーが心底意外そうな顔をしていた。

「…………そこまで意外か?」

「えー?だってルディ、そういうことあんまりしてくれないじゃん」

「まぁ、そんなに多くはないのは認める」

 けど、多少はしてるつもりなんだけどなぁ。

「あらぁ?ルディ、そこに私とオスカーがいてもいいの?」

 こっちはこっちでウザいし。

「当たり前だろ?適当な茶会のつもりなんだから」

「?何を言ってるの、モニカ?」

 俺が正直に言うと、途端に面白くなさそうな顔をするモニカ。

 ソフィーも、特に疑問に思ってないようで、純粋にモニカの真意が分かっていないらしい。

 どことなくつまらなそうな雰囲気が漂う。

 俺は酒の肴じゃねぇんだよ。

「ったく……」

「えっと、じゃあ包んでもらってもいいですか?ホルストさん」

「はい、少々お待ちください」

 そう言って、手元を動かすホルストさん。

「でも本当に珍しいじゃない?」

「だから、たまたまだっての。そこまで言及すんな」

 モニカまで、どこか感心したように言う。

 ちょっとした気まぐれで、どうしてここまで言われなきゃいけないのか。

 …………日頃の行いか。

「お待たせしました。こちら、ミートパイです」

 話していたらホルストさんが戻ってきた。

「ほい、代金」

「確かに、いただきました。それからソフィー、モニカ。こちらを」

 俺から代金を受け取ると、別のところから取り出したお金を2人に渡した。

「今回の依頼を解決してくれたお駄賃です」

「あの、私はほとんど何もしていないのですが……」

 そう言って、渡されたお金を返そうとするモニカ。

「手間賃も含んでんだろ?だったら受け取りゃいいんだよ」

「ルディ……」

 それを止めさせるのに、つい言葉が出た。

「えぇ、ルドルフの言う通りですよモニカ。受け取ってください」

「はい、ありがとうございます」

 それでも少し申し訳なさそうにモニカが受け取る。

「それじゃあ、失礼します」

「私も失礼します」

「ごっそさん」

 3人で店を出る。

「あー、俺オスカー探してくるわ」

 ほい、とミートパイを渡して2人と別れようとする。

「それは私が行くから、『2人で』先に行ってて」

 だが、回り込まれてしまった。

 きっちり2人を強調するモニカに内心舌打ちする。

 変な気を遣う必要なんか無いって言うのに。

「それじゃあ帰ろっか?ルディ」

「お邪魔させてもらうよ」

 ミートパイを持ち直し、並んで歩き出す。

 

 

 ……

 

 ………

 

 …………

 

「ってことみたいでな」

「オスカーは相変わらずだね」

「だなぁ」

 適当に話しながらアトリエに到着する。

「ただいまー!」

「お邪魔します」

 勝手知ったる、という気楽さでアトリエにお邪魔する。

 前までは聞こえてきた、おかえりなさいの声がないことに寂しさを覚えながら、ミートパイを置こうと机に向かおうとする。

 バサッ、バサッ。

 何の音だ?

 聞きなれない音にソフィーと一緒に横を向くと……

 

 本が浮いていた。

 

 それはもう、バッサバッサと鳥のように羽ばたきながら。

 

「「え、えぇぇええええええええ!!!??」」

 

 驚きの声が、仲良く二人分、響き渡った。





プロフィール

名前:ルドルフ・コン・バートリー
年齢16歳 身長169cm 職業:手品師

「本日はこの世紀の手品師、ルドルフ・コン・バートリーのマジックショーをご覧に入れましょう!」

ソフィーの幼馴染その3。
休日に、教会前の広場でマジックショーを披露している手品師。

性格は無愛想で粗野な部分が散見され、手品師としての顔からは、想像つかないとよく言われる。
だが反面、付き合いは悪くなく、失敗続きのソフィーの錬金術の練習にもよく巻き込まれており、困っている人には声を掛けることも多い。

戦闘では小刀や飛び道具を使い、素早く行動する。
遠い国の【忍び】と呼ばれるような動きを見せる。
手品師をやっている関係か、多くの道具を使うことが出来るが、複雑な道具は苦手。

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