もし黒のアサシンがジャックちゃんではなく、インド大戦不可避になったら(仮) 作:お空と北極
少し長めです。あと予約投稿に失敗してたので変な時間になりました。
「全人類の救済だと?!」
「全人類の救済?」
狭い室内に長机と椅子を並べただけの簡素な仮の会議室にゴルドとやらと俺の驚きの声が響き渡った。
昨日の戦闘により最早黒だの赤だの言ってられない状況になったお陰で、同じテーブルを囲む仲になったわけだが、向かいに座るルーラーが首を傾げていた。
「アサシンも一緒に聞いていたでしょう?」
「いや、私はその時それどころじゃなかったからな。覚えてない。」
「...そうですか。」
「面目ないな。話を続けてくれ。」
ルーラーの何か含みのある言い方を感じて肩を竦めてみせる。事実、あの時の事は霞がかかったかのように思い出しにくい。俺が「私」である間、覚えているのはクリシュナの事くらいだ。
「で、全人類の救済なんて本当にできるんですか?」
フラットの発言に話が引き戻され車椅子に乗った少女──フィオレが頷いた。フラットから聞いた話によるとあの車椅子が大層格好良く変形するらしい。人の技術と努力の跡がなかなか滲み出ている一品で興味が惹かれる、と考えた辺りで彼女の後ろにいるアーチャーが諫めるような視線を向けてきた。
「恐らく。大聖杯は魔力の塊そのものです。理論や過程を全て飛ばし結論だけを実現させるでしょう。」
「ではもしシロウという男が具体的な手段を知っていたら...」
間違いなく生きている人間である筈なのに何故か英霊の気配を漂わせるジークというライダーのマスターの言葉をルーラーが繋ぐ。
「ええ、もちろん全人類の救済は実行されます。」
ほとんどが顔を曇らせたが、いまいちピンと来てないのか曖昧な相槌を打っているフラットに助け舟を出した。どうもゴルドと言う男もライダーのマスターも同じく分かっていないようなので敢えて念話ではなく声に出す。
「あのなあ、フラット。全人類の救済って大真面目に唱えている奴なんて狂人かそれとも論理も倫理も通じない人でなしくらいだ。そいつらが手段として何を考えると思う?」
そこまで言うと流石に気付いたらしく「あっ!」と握った拳をもう片方の掌で軽く受け止めた。ゴルドも再度驚きの声をあげジークも想像してしまったのか眉間にシワが寄っていた。
「もしシロウさんが死こそ人の救いって解釈なら、全人類まるっと死んでしまいますね。少なくともそのレベルのえげつない手段を覚悟しないと全人類の救済にはなり得ないでしょうし。」
「そんな馬鹿な!そんな事は許さないぞ!できるはずもない!」
「ですからそれを阻止するためにもこれからのことを話し合いましょう。」
フィオレが机の上に地図を広げる。
「彼らは空中庭園で移動しています。距離だけを考えるなら追いつくのは容易です。」
「飛行機で追いかければいい。」
この辺りの地理感は
是非乗りたいところだが。
「そうは簡単には行かないだろう。残念だが向こうにもアーチャーがいる。」
獅子劫の言う通りあちらには何かの黒い獣の皮の鎧に獣の耳、目、尻尾を持った英霊がいた。禍々しい魔力の強弓といい、見た目といい魔獣と融合した伝説を持つ英霊なのだろう。少しでも近付けば圧倒的な勘と獲物を見つけるその目で撃ち抜かれてしまうのは想像に容易い。
流石アーチャークラス、と感心しているとルーラーから思わぬ情報が追加された。
「彼女はアーチャーではありません。バーサーカーです。」
「何それずっるーい!理性があって喋れるバーサーカーなんてずるい!」
ライダーがじたばたしながら抗議の声をあげる。同感だ。バーサーカーは軒並みステータスが強い代わりに狂化というデメリットがあるのだ。それが無いという事は単純に強さのみが残っている事になる。
「ええ?!弓使ってたし狂化もかかってるようには見えなかったのに?クラス詐欺ですよ!」
「お前んとこのアサシンもどっこいどっこいだぞ。」
フラットの叫びにそれまで静観していたセイバーが呆れたように口を挟んだ。「なんでも使ってこその
「アサシンのクラス詐欺も今更です。話を戻しますね。」
「皆ちょっと俺に不敬じゃない?」
「話を戻しますね?」
「────済まないアーチャー。続けてくれ。」
気の所為か冷や汗がだくだくに流れて背中が冷たい気がした。顔は恐ろしい程穏やかなのに目が笑っていない。あれは忠告を聞かずに従兄弟とド突きあった時の師と同じ目だ。逆らってはいけないと本能が警鐘を鳴らしていた。
「赤のバーサーカー、アタランテはギリシャ神話でも指折りの弓の名手です。彼女なら飛行機を落とすことも容易いでしょう。加えて相手のアーチャーもまだ姿を現してはいません。何も分からないというのは言わばどんな可能性も考えられると言う事。警戒は解けません。そもそも、既にこちらは三騎失っている。」
「手助けが必要、という事ですね。」
つまり、赤のセイバーと俺達への協力要請を改めて確実にしておこうという事らしい。
赤のセイバーは黒のセイバーとの決着に多少心残りはあるものの気に食わない方を相手にすると決めた。セイバーの意思を尊重する獅子劫もそれに賛同しフィオレと握手をした。
もちろん俺もフラットこの同盟の提案には是だ。確実にクリシュナをブチのめすなら味方が多いに越した事はない。大体赤の陣営はクリシュナとカルナがいる時点で過剰戦力なのだ。フラット自身も赤のセイバーのマスターと方針は同じにしておきたいようだし、庭園脱出での借りもある。
「よろしくね!フィオレちゃん!」
一度闘ったはずのユグドミレニアの現当主の握手した腕を思いっきり振るフラットの事だ。うまくやれるだろう。幸いマスターの図太さじゃどの陣営にも負けない自信がある。俺が受け入れてもらえるかは実に微妙だが、と明らかに警戒の解けないフィオレをに肩を竦めるしかなかった。
私が手にかけたキャスターのマスターがまだ子供だった事を気にしているのだろう。黒の魔術師を束ねるマスターは存外まともな感性を持った少女であるらしい。
──曲がりなりにも戦争に参加している魔術師としては致命的なほどに。
◆
フラットが眠ったのを確認して静かに扉を閉める。侵入者用の印も残しておいたので離れても問題はない。
月のほのかな光に照らされた廊下を歩く。窓の外には生前に生きた場所とはどこか違った静かな夜の森が広がっている。異国の夜の空気を肴に異国の酒を飲むというのは中々オツで楽しそうだ。厨房に侵入するくらいは許して欲しいと思いながら一番大切に飾られていた酒を拝借した。どうせあのランサーに取り憑いた妄執の遺していった酒だ。有効に活用してやろうというのだから寧ろ感謝して欲しい。
「ん?」
厨房を出ると毛布を大量に抱えたジークにばったりと出会った。ジーク自身は抱える毛布のせいで前が見えなくなってこちらには気付いていないようだった。
「こんな時間まで仕事か?」
「アサシンか。いや、これは俺がやりたくてやっている事だ。仕事では無い。」
「なら手伝おう。どうせ暇だったからな。俺もやりたくなった。どこまで運べばいい?」
「ああ、突き当たりを右に行って暫く進めばすぐだ。」
ジークの毛布を半分奪いその天辺に酒瓶を乗せて彼の横を歩いた。ちらりと横を見やると毛布を持つ彼の右手の令呪が見える。作戦会議の後にルーラーが補充したというその令呪は、発動すればただびとの彼のその身に英雄ジークフリートを降ろしてしまうものらしい。少年の精神がいくらその英雄の精神性と共鳴するものであったとしても、少年の身を蝕むに違いない。
ルーラーはジークに確かに警告していた。
「絶対に最後の一画は使わないでください。」
何て意味のない警告だ、と横でその忠告を聞いていた俺は思った。この手の献身を厭わない人間が、
そんな判断を少年が背負うタイミングが来ないようにするしかない。その為にサーヴァントだっている。
「おかえりマスター!毛布がないのはあっち方の...ってげえええアサシン。」
「ライダーか、何だその反応は。俺が来たら問題でもあるのか?残念だなあ、いい酒も持ってきたのに。俺は帰るとするよ。」
「え?!ホント?待って待って。行かないで!作業が終わったら飲みたいなあ!」
…ノリがいいなこいつ。特に私とは気が合いそうだ。
「すまない。ライダーはちょっと…いやかなり奔放なんだ。」
そんなライダーにマスターの少年はけろりとした顔で謝罪した。いつものことらしく気にした風でもない。理性の蒸発したライダーに器の大きすぎる生まれて数日の純真幼子マスター。ルーラーが頭を抱える姿が目に浮かぶ。
「良い、騒がしいのは寧ろ好きだ。それに多少気が紛れて楽に...と、こいつらを毛布まで運べばいいんだよな?」
「ひッ...!」
「なんか、怯えてない?」
酒を一旦置き、割れ物を扱うかの如く丁寧に抱き上げた筈なのに捕まった小動物のように震えるジークの同胞...ホムンルクスというらしい。ホムンルクスの怯えにライダーが気付いた。俺が彼らに直接何かした覚えはないが、強いていうならば、
「観てしまったのだろうなあ。俺の認知を薄める
「お城の東側が焦げたのは君のせいか!!!」
「かつては敵の雑兵のであろうと今は俺の庇護にある者達だ。無碍に扱いはせん。寧ろ甘やかし尽くすことも吝かではないぞ?さあ何を望む?遠慮はするな。」
「ひッ...ぁ..あ!!!」
英霊でもない限り己で死は確認できない。他人の死や人間関係を通じてやっと認識出来るものだ。大して血肉の飛び散る戦闘まではしていないが、初めての殺意と命の消えゆく瞬間は赤子にあまりにも刺激が強く恐怖を残してしまったらしい。
「もー。脅かし過ぎだよ!」
「彼は俺が面倒を見る。アサシンはこの同胞を見ていてもらいたい。できれば優しく頼む。」
ぐったりしたホムンクルスを毛布の上に横たえジークに引き渡す。代わりにジークの看病していたホムンクルスの横に座った。要望通りどう優しくしてやろうかと考えていると、苦しそうに胸を上下しながらも、ジークと同じ色の目がこちらをじっと見つめていた。痛み止めと精神を落ち着ける術印を肺の上辺りに与えて様子を伺った。
「呼吸が苦しそうだな。応急処置だが...これで楽になるか?」
「...ぁり...がとうございま......す。」
「グウッ...!!」
ほとんど表情筋は動いていないが、長年カルナを見てきた俺には分かった。僅かに動いた口の端と透明感のある紅い目が柔らかな光をたたえており不意打ちの弟妹力に私がやられていた。俺も幾分かダメージを負ってしまったようでその場で崩れ落ちる。
「アサシン?どうしたんだ...?胸が痛むのか?まさか、敵の精神攻撃か?!」
「いや、味方からの精神攻撃...だ。くっ、妹力が高過ぎる。」
「何て?!てか何してんの?!」
何ってちょっとしたサービスだが。
この場のホムンクルスは何人いただろうかとざっと数えると20人程度だった。まあ他にもっといた時の為にこれくらいでいいか。
顕現させた棍棒の端を少し削り取ってできた数十の木片をすぐそこにあった籠に放り込んで彼女の横に置いた。
「?」
「如意樹の加護と俺の悪運の籠もった御守りだ。仲間で分け合うといい。大切にしておけば病くらいは跳ね除けてくれるぞ。煩わしかったら適当に地面に埋めておけ。」
「...そんな、ほう...ぐを...。」
「気にするな。如意樹は生命の象徴の樹だ。末端のそのまた末端の枝から作られたこの棍棒もどうせ放っておけば勝手に再生する。それにお前達は俺の下の方の弟妹達とよく重なる。年上のお節介だと思って受け取れ。そうだ、名前も聞いておかねばな。」
ふるふると横に首を振るホムンクルスの少女。何とも怠慢なことではあるが、名付けはまだされていないらしい。名前が貰えたら教えてもらうことを約束して寝かしつけると他のホムンクルスはもう寝たのか仕事を終えた雰囲気のライダーが胡乱げな目でこちらを見ていた。
「シャルかと思ったけどリナルドと同じタイプかあ。あ、飲み切っちゃった。」
「おい今なんて言った。その手にした空の瓶は何だ?」
「美味しかったからついつい進んじゃってさ、美味しかったよ。え、拳を握りしめて今度はどうしたの?」
「そうか遺言はそれだけか。」
マスターに別れの挨拶は済んだか?と握った拳に更に力を込める。フラットが起きない程度に魔力も混ぜているのでサーヴァントでも当たったら相当痛い拳になるだろう。大丈夫だ。この程度では死なない。俺が師から何度もその身を以て食らった拳骨を真似しているから保証はできる。
「マスター!アサシンが怖いよ!止めてよ!」
「──俺はライダーが悪いと思う。」
「そんなぁ?!」
──あまりの騒がしさに堪忍袋の尾が切れたアーチャーから二人まとめて追いかけられるまであと数十分。
ある穏やかな昼下がりの部下からの苦言
「アイツは感情で動くけど、旦那も結構理性的に見えて結局感情で動くよな。優先順位は違うが、どっちも部下バカで弟妹バカのお調子者で姑息で...まあ旦那はアイツから分かれた物だし当然っちゃ当然か。ハァ?喜ぶな。褒め言葉じゃねえよ。調子に乗るな。反省しろ。」
弟妹力判定ガバガバ兄さん。