ビアンカ・オーバーチェスト   作:竹内緋色

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マルペスの美 3

 すっぽりと鋭い剣で切られた断面のような屋上に二人の男女がいた。
 一人は短いブレザーのスカートを風になびかせていた。その右手にはおもちゃのようなものが握られており、それをこめかみにピタリとつけている。
「君はTSTの正体にいつから気が付いていたんだい?」
 初めから。
「恐れ入る」
 男は少しも恐れてはいない様子だった。ただ、悪びれもせず、輝かしいばかりの笑顔を見せている。
「じゃあ、俺の正体にも初めから?」
 ええ。初めから。
「君は本当に鋭い。この世界に来てしまったのは間違いだったのかもしれないな」
 タイムリープというのは常に矛盾を抱える。だから、そもそもにその理論からおかしい。何故なら、誰かが未来から過去に訪れた瞬間に、その未来はどこにもなくなって消えてしまう。だから、TSTはタイムマシンなんかじゃない。
「ということは、君は初めから『ウブメ効果』のからくりにも気が付いていたと言うんだね」
 ええ。
 ウブメ効果などというものは初めからない。それはそうあると信じさせただけで存在すると認識させられたもの。『ウブメ効果』という現象は実際にあれど、効果などどこにもない。
 そして、今、わたしの手の中には、その『ウブメ効果』の根源が握られている。
「この世界の人間のタイムマシンに対する興味が深かったというのが俺の失敗か。でも、それでどうするんだい?そのTSTを使って君は妹を助けに行くとでも?」
 ええ。当り前よ。
 わたしは手の内にあるTSTを深く握りしめた。




3 美のスペルマ

3 美のスペルマ

 

 見られている。

 でも、気がつかないふりをしていよう。

 いつも見られているから平気なんだと思わせておけばいい。

 実際、もう慣れっこになってしまっているし、慣れっこにさせられてしまているのだ。女の子たちの視線に。みんなが俺を見る。その何かを可愛がるような視線、愛し撫でたがるような視線、粘りつき、からみついてくるような視線に。

 俺は知っている。俺がこの高校で一番醜い、一番童顔な男の子だというこを。

 俺は校舎の一階の廊下を歩く。運動場に面した、朝の廊下を俺は歩く。運動場の出口には男子生徒たちがたむろしている。コンクリートの段や木の廊下の床にべったりと座ったり、壁や柱にもたれかかったりして、運動場からは廊下との境の窓越しに、歩いていく俺の姿を見てはいない。行く先々でそれまでの話し声が続いていく。聞こえるのは時おりごく、と唾を飲み込む喉の音と、「ビアンカ」「ビアンカ」とささやき交わす声だけ。

 俺は二階への階段を上る。

 俺の高校の制服はブレザー。その制服のスカートは短い。

 でももう困ったり、顔を赤くしたりすることはない。俺は平気になってしまったのだ。だって、俺には関係ない。ちゃんとしたスラックスだし。スカート穿いてないし。

 二階の、生物学教室の隣の、教材置き場を兼ねた小さな実験室に俺は行く。朝はここへ来るのが俺の日課だ。たった一人しかいない生物研究部の、俺は部員でもない。

 ああ。また、あいつがいる。

 ドアの前の廊下、ドアの向かいの窓の下にべったりと腰をおろして本を読んでいるのは、文芸部の塩崎哲也。可愛いやつだ。色の白さや睫毛の長さや黒眼ばっちりなど、まるで女の子みたいだが、顔立ちそのものはやっぱり男の子で、さわやかで涼しげな細おもての少年だ。この子は文芸部で詩を書いているらしく、クラスメイトが教えてくれたところではそれは恋愛の詩ばかりだそうだ。

 まあ、それは全て俺のことなんだけど。

 俺が塩崎哲也その人なのですがっと。

 

 健全な男子生徒の反応を見て分かる通り、俺の後ろにさっきまでビアンカなる謎の自称未来人がついてきていた。だが、校舎へと入り、二階へと行く時になってビアンカは足を止めた。どうも二階へは行きたくないらしい。だから、俺はドアの前の廊下、ドアの向かいの窓のしたにべったりと腰を下ろし、本を読む。やっと一人になれたのだ。今日は朝から大変だった。

 

 俺はビアンカの秘密を知ってから、記憶があやふやだった。目を覚まして辺りを見回し、そこが俺の部屋で、俺がベッドに寝ているということを認識して、俺はあの後疲れて部屋に入って寝たのだと結論付けた。もう、何が何だか分からない頭を奮い立たせて、ベッドの暑苦しい布団を拭い去る。

 うっとりするほど甘美な栗色の髪。

 白雪のように溶けてしまいそうな絹の肌。

 頬は薄く桃色で、心をくすぐられる。

 唇は小振りながらも赤く、情熱的で。

 屹とした大きな黒い瞳が印象的だった。

 そこにいるというのに現実味がなく、異国人の血を引いているような余韻を残している。その怪物じみた顔は生きた人形なのだよと言われたら信じてしまいそうであった。

 俺は目の前の女の子の美しさが怖かった。

「あ、あ、あな、たは、」

 声が裏返った。それでもやっとのことで言葉にする。ジープで物凄いデコボコ道を走り抜けたような気分だった。

「わたしはビアンカ。ビアンカ北町」

 俺はビアンカ北町と名乗った女の子をまじまじと眺めようとして、それができずに目を逸らす。

 俺は女の子の名前を聞いた瞬間、感じ取っていたのだろう。

 俺はこのビアンカを殺さなければならないということを。

 

「って、違う!どうしてビアンカ北町が俺のベッドに寝ている!」

 ベタだ。ベタ過ぎて、もう、何とも言えない。

「あら。息子さんがいきり立ってますわよ。わたしが元気にしてあげる」

「やめんか」

 俺は素早くビアンカから体を退けて、部屋の隅に避難する。

「なにを、して、おるのじゃ、きみは」

 ぐるぐる嫌な音を立てて、脳が変な回転をする。

「この前は喜んで精液を提供してくれたのに」

「未来の俺は何をしとんのじゃ」

 例え美少女だからといって、息子を明け渡していいわけではない。俺はそんな子に育ては覚えはありません!

「大便だって提供してくれのに」

「嘘だ。絶対に嘘だ」

 

 窓ガラスごしにみえた、

  部屋の隅に置かれたおまる。

 

 初夏の斜陽に晒されて、

  頭を垂れる地上のスワン。

 

「嘘だと言ってよ、ばーにぃ……」

 未来の俺に何があったのだろうか。俺は目の前の美少女、栗色の髪の美少女が恐ろしくてならなかった。

「どうして俺の家に転がり込んでいるんだ。帰る家くらいあろうに」

「未来人に帰る家なんてないわ。わたしはまだこの町に来ていないのだもの」

 なるほど。正論である。だが、だがしかし――

「ホテルに泊まればいいだろ」

「ホテルには一人じゃ入れてくれないもの」

 親の同伴か許可がなければホテルには泊まれないと聞いたことがあった。そう言うことにしておこう。確かに、さびれたこの町じゃ、碌にホテルなんかなくて、あるのは昔で言うモーターインホテルか一発小屋しかないわけですが。

「早く学校に行きましょう?ご飯は?」

「適当にコンビニで買うほかないだろう」

「親は?」

 ビアンカは無邪気に聞いた。その無邪気さに非常に腹が立って、そして、無性に悲しくなった。

「いないよ。みんな俺を置いて出て行った」

「……」

 ビアンカはしばらく黙ったままだった。のしのしと部屋の外まで歩いていったあと、ビアンカは言った。

「わたしたちもおなじよ。親はいない。そう、いないの」

 そして、自分の家かのような態度で下の階へと降りていった。

 俺の親はとんでもない親だった。暴力は日常茶飯事、手に入れた金は子どもからも巻き上げ、パチンコや競馬に費やした、とかいうわけじゃない。ただ、人間としてとんでもなく高性能なだけだった。

 父親は遺伝子工学の権威で、数々の論文を発表しては、そのどれもが世界中に話題になるほどだった。母親の方は医学の権威で、薬学の分野は特に目覚ましく、新薬を開発しては、ばんばん設けていた。俺たち子どもはそんな偉大な親から生まれたより美しき人間のカタチ(デザイナーズ・チルドレン)だった。とんでもない親から生まれた子どもは三人いた。長男は出来損ないで、勉強も何もできず、ただ、詩を書くことだけを理由に生きてきた。長女は成績優秀で、すでに外国の大学の博士号を持っている。まだ小学生の次男は神童と呼ばれ、世界の常識を覆す発見を何度もしていた。

 俺は一番初めに生まれた出来損ないで、常に家族から無視されてきた。いるのにいないような生活を送り、親の作った食事など生まれてこの方食べたことがない。この家に住んでいるのに住んでいないので、俺はどこにも生きていなかったと言える。

 そんなある日、俺が親が絶対来ない入学式を終えて帰宅すると、そこには何もなかった。人のいた記憶は全て消されている。初めから家族などいなかったかのように全てが真っ白に抹消されていた。俺は泣きながら喜んだ。ここからはこの家が俺の居場所だ。家族なんかいなくったて、どうでもいいんだ。

 涙は決して止まることを知らなかった。

 

 いつも通り朝早く起きてしまった。さっさと学校に行こうとも、きっとビアンカはついてくる。カモの雛のように親の尻にかぶりついてついてくるだろう。

 俺の親は俺が死ぬまでに十分な金と家を残してどこかに消えた。それはみっともなく生きろと言われているのだと俺は感じた。

 早く学校にたどり着いてずっとビアンカと過ごすのは苦痛以外の何者でもない。だから、時間ぎりぎりまでテレビでも見て時間を潰そうと思った。

「はあ。いいお湯だった」

 バスタオルを体に巻いたビアンカが俺の隣に座る。ボディーソープの残り香が俺の官能の鼻腔をくすぐる。

「青少年の育成に悪いとは思わんのか」

 長い髪をタオルで拭きながらビアンカは楽しそうに俺を見ている。どうも俺はこの栗色の髪の美少女に弄ばれているらしい。

「ねえ、塩崎。知ってる?」

 少し尖ったような声だった。俺の胸がざらざらする。

「昼間にも月が出るんだよ。白い月が」

「でも、いくら美しく丸い白月であっても誰もその月を見ていない」

「でも、月はまだ見られるだけでいいんじゃないかな。太陽なんて眩しすぎて、誰もまじまじと見ないよ」

「太陽も日々様相を変えているというのに」

「神の世界に月はない」

 その言葉はぞっとするほど美しい響きを持っていた。俺は時折ビアンカに恐怖心を抱いていた。それは何が故か。きっと美しさのせいではない。彼女の美しさの源にあるなにかだ。

「それでも月はおだやかだ」

 俺はビアンカと意味の分からない会話をして一つだけ分かったことがある。ビアンカはいつも俺の前に立っているものとばかり思っていた。いつも俺を振り回すのだと。でも、ビアンカは俺の後ろに立っていたり、前に立ったりする。でも、それは違うんだ。違う。俺がビアンカの前に立ったり後ろに立ったりするからだ。星はいつも動きはせず、その場にいるだけなのに、地球が、俺たちが動くから動いて見えるように。

 俺はビアンカの隣にはいられない。そんな度胸が俺にはないからだ。ビアンカと同じ位置に立って同じ世界を見る資格がまだ、俺にはない。

「さて、と。着替えよう。どう?覗く?」

「覗かない」

 女の裸体に興味はない。今やネットでヌーディストビーチと画像検索すれば体格のいい異国のお姉ちゃんたちが笑顔で俺を迎えてくれる。

「いくじなし」

 神の世界に月はないとビアンカは言った。でも、それは月のある世界に神はいないということにはならない。月のある世界にも神はいて、その神は栗色の髪の美少女で、俺の触れていいものではないのだ。

 だから、俺が栗色の髪の美少女と触れ合うのは遠い遠い世界のお話だ。

 

「ということがあったわけなのですよ」

 俺は実験室でコーヒーを飲みながら千原さんに今朝のことを話した。

「なるほど。あのビアンカ北町がね」

 コーヒーはビーカーで沸かしたお湯にインスタントのものを入れて作った。千原さんが作ってくれたのだ。ちなみにカップもビーカーで、健康上大丈夫なのかと思ったりもする。

「大丈夫。きちんと洗ってある。うちの顧問は遺伝子学会の事務をやらされているちょっと変わった人だから、そこにはうるさくてね」

 それゆえなのか、実験室には様々な機械があった。中には見たこともないようなデザインのものもある。

「千原さんはビアンカのことを知っているんですか?」

 あれほどの美少女がいれば、中学部から通っている俺が知らないはずがないので不思議だった。

「ノブでいいって言ってるのに。まあいいや。うん、知ってる。ずっと学園のアイドルだったじゃないか」

「ずっと?」

 そんなはずはなかった。だって、ビアンカは未来人らしいし、それだといろいろと矛盾が起こる。その時になって、俺はビアンカの言葉を全て信じ切ってしまっていることに気が付いた。昨日の最未来人との遭遇が夢だとは思えない。今も背中が少し痛む。でも、その最未来人という情報やらなんやらは全てビアンカから聞いた情報であり、それがすべて真実であるのかは俺が知るところではない。つまりは、ビアンカはずっとこの学園にいて、未来人でさえもないのかもしれない。

「狐につままれたような顔をしているね」

 千原さんはコーヒーを飲む。とても苦い顔をしていて、ブラックコーヒーが苦手なのだと思った。なら、砂糖やミルクを入れればいいのだろうが、そんなものは実験室に……あるかもしれないが、間違って変な薬品を入れちゃうとやばいもんなぁ。

「じゃあ、もし俺がビアンカよりも未来から来た未来人って言ったらどうする?」

 俺はコーヒーを噴き出す。千原さんはその姿を見て、ビアンカみたいに笑った。

「信じられるわけないじゃないですか。もう」

 俺は手元の雑巾で汚れたテーブルを拭く。もうこれ以上話が面倒臭くなってなるものか。

「ははは。君は面白い」

「そうですか?」

 俺は割と普通な思考の持ち主だと自負していたのだが。普通の人間は未来人がどうのと言われて信じるわけがない。

「うん。君には超現実願望がない。つまりは超能力者や宇宙人、未来人ひいては神と呼ばれる存在にも興味がないということだ。それはとってもいい。だから、みんな君が好きなんだ」

 程よく焼けた肌が可愛らしい靨を作る。そんな真正面から好きだと言われると、男の子であってもドキドキしてしまう。

 胸のドキドキ、止まらないよ。

 

 あり得ない邂逅の記憶

 生涯忘れることのないえくぼ

 わが心 わが親愛の徒となる

 わが魂の困惑

 その焼けた肌がわれを包むとき

 わが猛り立つものの猛り立ちはいや増し

 目は昏く 胸は躍り

 半ば未来の潮風をなびかせる人の誘いによって

 解き放たれた欲望の血潮は

 輝ける笑顔の君への贈り物

 かくて我が人生は

 もはや未来のそよ風の中に置かれ

 わがすべては潮風に捧げる供物

 ああ ああ 気高く香しき新星の

 われこそは愉悦なり

 われこそは愉悦なり

 

「大丈夫かい?」

「違う!断断断じて違うぅ……」

 驚いた。これじゃあ俺が千原さんに心を奪われかけたことがバレバレじゃないか。

 そんなことはないのだ。ない!

「すいません。調子が悪いみたいで」

 俺は頭を抱え、実験室からしっぽを巻いて逃げ出した。

 

 下の階を見に行く気にはなれなかった。きっとそこにはトマトのように怒りで顔を赤くした栗色の髪の美少女、ビアンカ北町が待っている。結局のところ、俺がビアンカの探す人物と未来で関りがあるというだけでまとわりつかれている状態なわけで、とどのつまり、俺はそのビアンカの探す『とっても大切なあの子』というのが誰なのか知らない訳なのである。

 しかし、ずっと探していて見つからないのなら、この学園にビアンカの探す『とっても大切なあの子』はいないのではないのか。

 そう考えた瞬間、昨日の最未来人との遭遇を思い出す。

誰もいない世界。そこはひどくさめざめとして、そして、何故だか懐かしい気分にもなってしまった。ビアンカの探す『とっても大切なあの子』とあの世界は何か関係があるのではないかと俺は考える。もしくは、ビアンカの探し人はすでに最未来人に捕らえられているのではないのか。最未来人に捕らえられればどうなるのか。

そんなの簡単だ。殺されるに決まってる。だって、ころせぇ、って言ってたしね。

未来を覆すというだけであれほどの怨念を引き寄せるとは俺にはどうも思えなかった。ビアンカは嘘を吐いている。それもどうしようもなく決定的な嘘を。もしかしたら全てが嘘なのかもしれない。でも、ビアンカ北町という女の子だけはきっと本物だろう。彼女が彼女であるということだけは俺は信じていたかった。

 そんなこんなで、俺は退避するために図書室へ来た。

時代を濃縮して、発酵させたような紙とインクのにおいが漂う。図書室の匂いというのは図書室でしか味わえない嗜好の一つだ。

 だというのにである。

「図書室で香水振りまいてんじゃねえよ」

 俺は本を吟味しながら片手間に首周りへと霧を吹きかけている女の子、神代爪身に文句を言う。

「香水じゃないもん。オーデコロンって言うんだもん」

「トロンボーンかコロンブスかは知らないが、臭いからやめてくれ」

 決して不快な匂いではなかったが、本の渋みとラベンダーの爽快さは決して相なれないのだ。やはり文学にはバニラの香りだ。

「ラベンダー?」

 俺は前にもどこかで嗅いだような気がして、頭の中にベッドの中の栗色の髪の美少女を思い出し顔を赤くする。どうして思い出すのだか。

「ええ。今流行りなの。ビアンカ北町がつけてるから」

 恐るべき栗色の髪の美少女である。だが、そのビアンカ北町がなんちゃって未来人だと知っている人間はどれほどいるのだろうか、と俺は考える。

「そのビアンカ北町よ!」

 図書室で図書委員出るというのに神代という少女は大声を出して俺に詰め寄ってくる。

「急に仲良くなっちゃって、一体どういう了見よ、アンタ。あんな学園のアイドルとなんか接点でもあったの?放課後は一緒だし、プールではしゃいじゃってるし、今日も一緒に登校してきてるし、アンタの家からビアンカ北町が出て来るし」

 どうも全て一部始終を見られているようであった。ビアンカネットワーク、おそるべし。

「地下帝国って言うのよ」

 神代は尋ねてもいないのにそう答えた。

「どうしてアンタみたいなさえない童顔があのビアンカ北町と一緒にいられるのよ。訳が分からない」

 それは俺も同感だった。どう見たって、俺とビアンカは釣り合わない。それは太陽と月と地球の様な関係で、でも、三つも出したらどれが俺とビアンカの関係なのか分からなくなってしまった。

「アンタはね、私みたいな普通の女の子が分相応なの。」

 その言葉に俺は息を詰まらせる。だが、勘違いしてはいけない。神代は俺に気なんてないのだから。

「その通りだ。お前は太陽で、ビアンカは月。そして俺は地球なのだから。」

 何故そんな結論に至ったのかよく分からないし、文学脳は時折変に飛躍する。だから、そういうことでいい。

「なによ、馴れ馴れしく名前で呼んじゃって!」

 神代は逃げるように奥の文芸部の部室のある書庫に走って行った。業務はいいのかと思ったけれど、この時間に来るのは俺くらいなものだったから、問題はないだろう。

「け~ん~か~は~だ~め~で~す~」

「うおっ。」

 このところ、毎日のように誰かに驚かされているように感じるのは気のせいであろうか。

「千代女」

 俺は急に背後から忍び寄ってきた女の子の名前を呼ぶことで、幽霊なんかじゃないと現実に折り合いをつける。

「けんか……いけないです……」

「分かったから、そんな恨めしい顔をしないで」

 本当に危ない感じだったのでもう少しで土下座するところだった。

「どうして喧嘩するんですか」

 今度は保育園の先生のように説教される。

「申し訳ありません」

 そうとしか言いようがなかった。

「塩崎君は鈍感です。神代さんが可哀想」

 それは千代女の買いかぶり過ぎだった。俺は誰かに好意を寄せられることなんてない。なにせ、欠陥品なのだから。それに、誰かが自分に好意を持っていると思って接してそうでなかったら残念過ぎる。

「塩崎君はいつも恋の詩を書いているのに、どうして女の子の気持ちが分からないんですか?」

 俺はいつも恋の詩を書いているのだろうか。そんな自覚はなかった。それに、女の子の気持ちなんて、宇宙の原理くらい俺には分からないものなのだし。

「それは……」

 きっとそれは、俺が、誰かに、愛されたいと、願うからだ。

 親に、愛されず、一人で、孤独に、生きて、しまった。だから、なのだろ、う。

「それより、千代女はどうして文芸部に入ったんだ?」

 俺がちらと見る限りでは、千代女はあまり文芸部で居心地がよさそうに見えなかった。

「それは……塩崎くんがいるから……です……」

「ごめん。今さらフラグ回収が間に合わないからさ」

「がびーん!」

 千代女はおもちゃの人形のようにふらふらとした。どこかはるか宇宙にトリップしているようだ。

「でも、本は嫌いじゃないんです。それに人も好きなんです。だから、どちらとも触れ合える文芸部が好きです」

 千代女は笑顔で言った。俺の考えは間違っていたのだと知った。千代女はきっとあの中でも楽しそうに生きている。どこにも居場所のない俺とは違って。

「居場所なんて、どこにでもあるのだよ。塩崎くん。だから、悩まなくてもいい。きみがそこにいるだけできみの居場所になるのだから」

 俺の心を見透かしたように千代女は言った。それも何故かベーカー街の探偵風に。

「初歩的な推理だよ」

「さいで」

 そろそろ授業が開始になるので、俺は急いで図書室を出て行こうとした。

「さっき言ったこと忘れないでね」

 千代女は俺にそう声をかけた。少しだけ励まされた気がして、少しずるいと思った。

 

 ビアンカは二年生で先輩であるらしい。ベタにベタを重ねて、同学年で転校生という流れにならなくてほっとする。でも、その安堵も本当に束の間なのでした。

 一限目の授業が始まって五分後、教師が世間話を終え、さあ授業だぞ、とチョークを手に取り黒板に文字を書こうとしたその時である。

「どうして沼田耀子が登校してないのさ!」

 ものすごい勢いで聞きなれた声が聞こえて、教室の扉が開かれた。俺は扉の方を見る気も起きなかった。

 コトン、と教師が驚いたとき黒板に勢いよくチョークを叩きつけてしまって、折れたチョークがパタンと軽い音を立てて教台の上に落ちていった。

 バタバタと怪獣のような足音を立てて何かが近づいてくる。

「どうして沼田耀子が登校してないのさ!」

 俺の耳の傍で声が浴びせられる。耳がツーンとして頭が痛くなるのさ!

「ビアンカ北町。今は授業中だぞ。」

 教師の声ではない。俺の声だ。教師を含めたクラスの俺以外の人間は時間が止まったようにあんぐりと口を開けて唖然としていた。状況が飲み込めないのであろう。

 授業中に突然謎の人物が乱入してきた。

 それは上級生らしい。

 それは栗色の髪の美少女、学園で一番かわいい美少女、ビアンカ北町だ。

 それだけで混乱だろうに、こともあろうか、学園で一番美しいと評されるあの沼田耀子をビアンカ北町は探しているときた。

 もう本当に訳が分からない。

「なあ、ビアンカ」

「話は後!」

 ビアンカは問答無用で俺の手を引っ張って、教室から連れ去っていく。誘拐案件ではなかろうか。美少女ならば、それも許されるのでしょうか。もう、何が何だか分かりはしない。

 

「どういうことなんだ。」

 俺は疲れてため息が出る。昨日から色々と事件が続いてもう色々とこんがらがる。

 俺たちは堂々と真正面から校門を出ていた。その姿には誰もが唖然としていただろう。俺もこんなヒロイン、二次元でさえ見覚えがない。

「沼田耀子はどこ?」

 ビアンカは辺りをキョロキョロと見渡すが、当然そんなところに沼田耀子はいない。

「どうしてよりにもよって耀子なんだ?」

 沼田耀子は俺の一つ上の学年で、背が高くて美しく、その美しさといったらまるで悪魔みたいで、この高校で一番美しいとさえ言われている。

 それだけじゃない。耀子は中学時代に暴走族の仲間だったという噂もあり、今でもヤンキーみたいな言葉を使ったりするので、男子生徒でさえ恐れていて、誰も彼女にあまり口を聞かず、近づこうともしない。

「彼女とあなたが鍵なの」

「あれか。『とっても大切なあの子』のことか」

「そう!」

 どうもビアンカは大分焦っているというか少し狂乱気味であった。どうしてそのようなことになっているのか俺には分かりはしない。

「沼田耀子はどこに行ったのか知らない?」

「知らない」

 少し身に覚えはあるけれど、でも、あまり近寄りたくはないし。

 ビアンカは俺の考えを読むようにじっーっと俺を見つめる。

「何か知ってるのね?」

「いいや?」

 まずい。声が上ずってしまった。

「知ってるのね!」

 俺はもう何も言うまいと口を紡ぐ。

「お願い、塩崎。沼田耀子の居場所を教えて。教えてくれたら何でも言うことを聞くから」

 そう言ってビアンカは自分のブレザーのスカートをゆっくりと持ち上げ始めた。

「やめんか!」

 校門の前でそんなことをされたら、社会的に死ぬ。ただでさえ、俺は男たちが秘密裏に構築する地下帝国に睨まれているかもしれないのに。

「教えるから、スカートを下ろせ」

 すると、ビアンカは簡単にスカートを元に戻す。少し残念だったりする。

「じゃあ、行きましょう。どこにいるのかしら」

「俺も正確な場所は分からないけど、それらしい場所に行けばわかるだろう」

 あまり近寄りたくはない場所なのだが、もうどうにでもなれと思い始めていた。

 

 どこの町にも不良のたまり場というのが存在する。都会のことはよく分からないが、田舎は遊ぶ場所が少ないので不良のたまり場自体あまりない。

「ウエストゲートパークとかが危ないのかね」

「デュラララで例えた方がいいんじゃない?」

 俺とビアンカは制服のまま堂々と町を歩く。ここは駅の近くで、コンクリート橋の下になんかいると、一時間に一本しかない電車の騒音に頭を揺さぶられたりもする。

「ともかく、不良がいそうな場所をあたるわけだけれど」

 どんな場所にだって、自分の居場所が無くて町にとどまっている奴らがいる。俺はそういう奴らを悪く思ったりしない。むしろ、俺と境遇は近いどころか、俺がちょっとだけ気性が荒かったら、きっとあんな風になったのだろう。

「不良って暇なのかしら」

 残念ながら暇なのである。学校に通っているうちは職業として不良をやっている方々から多少のスカウトがあるものの、あまり仕事をさせてもらえないので、とにかく暇なのだ。真面目にバイトなんてダサいぜというやつはホームレスのごとく、橋の下の公園ではしゃいでいる。

「少し頭が残念だがな」

 不良は橋の下で電車の通る騒音がするたびはしゃいでいた。

「さっきのはキハだな」

「バカ。どう考えたってハシダテだろ」

「はぁ?バカ言ってんじゃねえよ。バードに決まってんだろ。ここを通るったらさ」

 蛍光色のモヒカンを揺らしながら、鉄道談義に花を咲かせている。俺なんかより趣味に走っているので、少し羨ましい。

「とにかく話しかけましょ」

「度胸あるよな」

 確かに頭がよくなさそうでちょろいと思うかもしれないが、世紀末よろしくなヒャッハーたちなのだ。俺は恐ろしい。

「あなたたち、沼田耀子について知っているかしら」

「ヒャッハー!なんだと……」

 ヒャッハー!まではハイテンションだったのに、急に顔を青くする。三匹のモヒカンは一体どうしたというのだ。

「あの悪魔と知り合いなのか……」

 不良の間で名の知れている耀子の名前を出すのはよくなかったのかもしれない。モヒカンはション便を漏らしそうに足をがくがく震わせている。

「どこにいるの?沼田耀子は」

「おい、嬢ちゃん。一つ警告しておいてやろう。その名前を簡単に言うんじゃねえ。あいつは俺たちなんかより汚物は消毒主義なんだ」

 どうもモヒカンたちは知らないようである。それも当たり前だろう。耀子を見た瞬間死んだと思え、と三国志でいう呂布のあつかいを耀子は受けているのだから。

「ビアンカ。行こう」

 俺は一応モヒカンたちに頭を下げてその場を後にした。

「ねえ。沼田耀子って一体何者なの?」

 歩きながらビアンカは聞いてくる。

「知ったら後悔するぞ」

「じゃあ、耳を塞いでおくわ」

 仕方がないので俺は話す。

「耀子は不良の仲間だとか言われているけど、それは正反対なんだ。不良殺しの悪魔と言われている。不良を見ると倒さずにはいられないんだ。だから、あのモヒカンは耀子を恐れていた」

「どうして沼田耀子は不良を目の敵にしているのかしら」

「俺のせいだ」

 そう。耀子が不良狩りを始めた瞬間に居合わせたのは俺なのだった。

 俺は中学の時、不良たちに絡まれていた。俺は力がないから仕方のない事だったが、幼なじみである耀子はそれを見過ごせなかったのだ。俺が暴行を受けているところに出くわした耀子は不良たちをボコボコにした。でも、それが悪かった。不良の世界には報復というものがあって、不良たちは日夜耀子を狙うようになった。耀子は並の不良なんかよりもはるかに強いのでどんな奴が来てもボコボコにして返したけど、不良たちはそれを絶対に許さない。だから、あの日以来、ずっと耀子は不良たちと戦い続けていて、だから、あまり学校にも来れていないのだ。

「なるほどね。つまり、塩崎が弱いから沼田耀子が迷惑しているのね」

 グサリ、と胸に刺さる。

「でも、今はどうなのかしら」

 俺たちは不良なたまり場を巡った。角刈りのグループはめんこやベイゴマをたしなみ、全国大会出場までしたというどうでもいい情報を手に入れた。格ゲーをたしなむ現代風のチャラ男グループは、この町から世界大会出場者が出たんだと自慢した。どう見ても外国人の集団にしか見えないグループは女児向けアーケードゲームに夢中だったが、幼女が現れた瞬間、席を譲った。

 でも、どこにも耀子の姿はない。

「どういうことだ」

 俺は空を見上げながらビアンカに尋ねた。もうすぐ昼で、そろそろお腹が空いてきた。

 すると、ビアンカは俺のほっぺたを柔らかい手で両ばさみし、俺を無理矢理自分の方へと向けさせる。

「逃げるな!」

 ビアンカは思いっきり怒鳴った。その声が薄暗い路地裏に反響する。

「あなたは一度沼田耀子から逃げた。助けられたはずの彼女を助けなかった。今度もまた逃げ出すの?」

「お前には関係ないだろ!」

 俺は顔を振ってビアンカの手から逃げ出す。また、声が上ずった。

「なにもかも怖いじゃないか!俺は何もかも、全てが、全部が、怖いんだよ!」

 だから逃げた。何もしなかった。耀子が苦しんでいるのを知っていたくせに、なにもしなかった。親からも逃げた。探せば何とかなったかもしれない、勉強を少しでも頑張っていれば何とかなったかもしれない。でも、俺は何もしなかった。そうすることで何もかもから逃げられたような開放感を得た。

 でも、問題は解決しないまま、ずっと空に浮かぶ太陽のように俺を見つめ続けているんだ。

「俺のことなんか放っておけよ。俺の問題はビアンカの問題とは関係ないだろ」

「いいえ。今気が付いた。関係がある!」

 無茶苦茶だった。何をどう考えればそうなるのか、俺には少しも理解できない。

「あなたの問題を解決しないと私の問題は解決しない。そう。ずっと引っかかっていたんだわ」

 ビアンカはよく分からない自分だけの理論でそう結論づけた。

「だから、戦わなくちゃいけないの。あなたも、わたしも」

 ビアンカの芯の通った黒い瞳は俺の心を締め付けた。そんな目をされたら、俺がとんでもなく矮小な存在に思えてしまう。どうしてビアンカはこれほどまでに強いのだろうか。

 ビアンカは扉を開けた。そこはインベーダーゲームが置いてある喫茶店。顔に傷のある本職の方々がコーヒーを飲みながら、ゲームにふけっていた。

 そんな中、一人の少女がいた。

その少女は俺の一つ上の学年で、背が高くて美しく、その美しさといったらまるで悪魔みたいで、この高校で一番美しいとさえ言われている。

 それだけじゃない。この少女は中学時代に暴走族の仲間だったという噂もあり、今でもヤンキーみたいな言葉を使ったりするので、男子生徒でさえ恐れていて、誰も彼女にあまり口を聞かず、近づこうともしない。

 そう。沼田耀子だ。

「なあ、耀子。次はめんこクラブをぶっ壊してくれないか」

 人相の悪い男が耀子に詰め寄っていた。ニタニタと気色の悪い笑みを浮かべている。

「矢間。そいつらは潰す必要があるのか」

「ああ。この町の脅威だ。だから潰してくれ」

 耀子は返事もせず、机に立てかけてあった太刀を掴み、立ち上がる。そして、俺たちのいる、喫茶店の扉に向かって来た。

 そんな彼女が眼をいからせて俺に詰め寄ってきたんだから恐ろしい。

「どけ。哲也」

 でも、俺はどかない。

「耀子。どこに行くんだ」

「不良を狩りに」

 そんなことはさせたくなかった。耀子も気が付いているはずなのだ。自分がヤクザのいいように使われていることが。そんなこと、させるわけにはいかないんだ。

 俺の足は震えが止まらない。もしかしたら、もう漏れてしまっているのかもしれない。でも、どかない。

「そんなことはさせない。耀子。もういいだろう。不良だって精一杯生きてるんだ。俺やお前と同じように行き場がないけど、それでも頑張ってる。だから、行かせない」

 俺の声なのかと思うくらいの大声で俺は叫んでいた。やっぱり声は裏返るけど、でも、絶対に耀子を外に出させてはなるものか。

「どけ!」

「どかない!」

「おい、坊主。邪魔するんじゃねえぞ」

「黙れ、クズ」

 口を挟んできた矢間という男に俺は怒鳴っていた。矢間の顔がみるみる怖くなっていく。ああ、やってしまったな、これは。

「えらい口聞くじゃねえか、ボケ。いてこましたろか!」

「うっせえ!耀子に比べたらお前なんかカエルみたいなもんなんだよ!」

 それを言うなら、俺だって蛙だ。この場にいるのは大勢の蛙と二匹の蛇。耀子とビアンカだ。

「おんどりゃあぁあ!誰がカワズじゃあぁあ!」

 矢間は逆上して俺に襲いかかってくる。その手にはどこに隠してあったのかドスが握られている。俺は目をつぶった。きっとラノベの主人公なら見事な体術で敵を倒すのだろう。でも、俺にはできない。だから、目をつぶって、終わりの瞬間の恐怖を和らげることしかできなかった。

 瞼の裏で一筋の帯がなびく。それは白銀色をしていて細長い。

 目を開けた瞬間、何もかもが終わっていた。

 喫茶店には力なく倒れたヤクザたち。そして、そいつらの亡骸を冷たい目で見つめる耀子の姿。その手には太刀が握られている。太刀は白銀の帯のようにきらめいていた。

「あたしの哲也に指一本でも触れさせはしない」

 耀子は忌々しくそう言い放った。

「まさか、殺したのか……」

 ヤクザたちはピクリとも動かなかった。息をしていない。

「いや。これは切れない。模造刀だ」

 耀子は俺に向き直った。その姿は悪魔のように美しい。

「で、そこの異国の血を引いたような美少女はなんなんだ?哲也」

 ドクンと心臓が跳ね上がる。どうしてだろうか。今まで以上に俺は命の危険を感じている。

「説明してあげたら?わたしの塩崎?」

 ビアンカの言葉を聞いた瞬間、耀子の顔は一段と険しくなる。これ以上険しくなったらどうなってしまうのか。

「ええっと、こちら、ビアンカ。なんだか無理矢理学校から連れ出されたんだけど」

「呼び捨てとは、仲が良いのだな」

「ひっ。そんなことは――」

「二人で抜け出して逢引きしてたのよね」

「へ?」

「そうなのか、て・つ・や?」

 きらり、と太刀が光った。

「ひえぇええええええ!」

 その後のことは本当によく覚えていない。恐怖が勝手に記憶を消し去ったのだろう。

 

 気が付けば、俺とビアンカ、そして耀子は公園に来ていた。面積が五十三ヘクタールもある大きな公園だった。近くには地域密着型のちいさな信用金庫がある。

 気が付けば、俺の顔には包帯がグルグル巻きに巻かれている。顔の中がどうなっているのかは想像したくもない。

「そういえば、耀子を見つけたけど、この後どうするんだ」

 目の前にビアンカの探し人の姿はない。そんなゲームみたいに仲間を集めたらイベント発生ということはないのだ。

 日はもう傾き始めていた。

「後は、戦うだけ」

 その言葉を聞いて、俺は戦慄する。戦うというのはとどのつまり、あの最未来人と戦うということなのか。

「手伝ってくれるわよね。耀子」

 耀子はこくりと頷いた。俺の記憶がない間に二人の間に何があったのかは分からないが、とりあえず協力体制は出来上がったようだった。

「でも、あんな化け物とどうやって戦うんだよ」

 俺にはできることなんてない。よく分からない理論で建物を爆発させる敵にどうやって立ち向かえばいいのか皆目見当がつかない。

「――大切なのは、あなたが最後まで、見守るということ。」

 そして世界はまた一枚めくれあがった。

 

 キィエエエエエ!

 

 空にかかる屋根をも貫く奇声が響き渡る。昔の特撮のように切って張ってつなげたように突如として何者かが現れた。

 黒い靄を身に纏う、怨念の塊。それが何であるのかは分からない。だが、少なくとも、この世界を構成する一因ではないことが分かる。

「なるほど。ここ最近急に人が消えると思っていたらそういうことか」

 耀子は納得したように言った。どうも事態が飲み込めたらしい。俺でさえ未だ目を疑っているというのに、俺の周りの女の子はとてもたくましいようだった。

「で、北町。どうするんだ」

 最未来人は目のない目で俺たちを睨む。口のない口で言葉を叫ぶ。

『ころせぇ、ロッサを殺せぇええええええええええええええええ‼』

 ロッサとは何であるのか分からない。だが、きっと、ビアンカの探す、『とっても大切なあの子』なのだろう。

「行き当たりばったりで!」

 ドラクエの作戦よりもひどい作戦だった。せめてガンガン行こうぜくらい言ってくれても……いや、それはそれで恐ろしいのだが。

 最未来人は靄のかかった恐らく腕のようなものを体の前で動かす。まるでなにかとんでもないものを放とうとしているようだった。その腕から赤黒いプロミネンスのような炎柱を吐き出す球を創り出す。それはだんだんと大きくなり、スイカほどの大きさになった後、こちらに向かって来た。

「メラだよ!」

 冷静に指摘している暇はない。というか、規模的にメラゾーマではないか。メラガイアー?そんなの知らない。

 全てを焦がす灼熱の太陽が驚くべき速さで向かってくる。もう、何度目の走馬灯だろうか。でも、死ぬ間際に見ると言いながら、未だ見てはいないのが不思議であった。

「せいっ」

 だが、その後目の前で起こった光景の方が驚きだった。なにせ、耀子が俺たちの前に躍り出て、太刀でメラゾーマを切り裂いたのだから。

 俺の頬に炎がかすり、顔を覆っていた包帯に小さな炎が灯る。

「ヤバ!」

 俺は手で炎を消すが、包帯を手で押さえた後に後悔する。物凄く熱い。

 真っ二つに切り裂かれたメラゾーマは俺たちのすぐ両脇を焦土にした後に消え去った。地面がぶくぶくと泡を立てている。

「いや。これは切れない。模造刀だ」

 どこからツッコめばいいのか分かりはしなかった。

「こんなの、どうやって倒せばいいんだよ」

「大丈夫」

 ビアンカは立ち上がり、声高らかに叫んだ。

「アルト!」

 その瞬間、草むらの中から最未来人に向かって、人影が飛び出す。銀色のツンツン頭に猫のような鋭い目つき。その少年は体中から稲妻を発生させて、最未来人を殴りつけた!

「キルアじゃん!」

 キルアよりは成長しているようだが、どう見ても長期休載で有名なマンガのキャラクターにしか見えない。

「やったか?」

「まだよ」

 最未来人は少しもダメージを受けているようには見えなかった。アルトと呼ばれた少年は何度も打撃を繰り出すが、最未来人はびくともしない。そして、とうとう最未来人はアルトの頭を黒い手で捕らえる。

「まずい」

 耀子はアルトを助けようと最未来人のもとに駆け寄る。だが、遅かった。アルトの頭部はまるで手品を見ているかのように白い煙に覆われた。その後、爆発音が響く。

「耀子。離れろ!」

 俺の言葉に耀子は動きを止める。そこに先ほどよりは小柄のメラが飛んでいく。耀子はそれを簡単に切り伏せるが、散弾のようにメラは耀子に飛んでいき、前へと進むことを拒んでいた。

『ロッサァアアアアアアアアア‼』

 アルトの体は光り輝き、イチとゼロのきらきらとなる。

 アルトは消滅した。

「ビアンカ……ビアンカ!」

 俺はビアンカを呼ぶ。だが、泡を立てた牢獄の中にはビアンカの姿はどこにもなかった。一体どこへと消えたというのか。

 嫌な汗が背中を伝う。

『――こっちよ! 最未来人! わたしはここにいる!』

 ビアンカの声だった。俺は懸命に近くを探す。でも、近くを探してもいるはずがなかった。何故なら、ビアンカは最未来人のすぐそばにいたからだ。

「ビアンカ!」

 いくらビアンカでも最未来人を倒すのは無理だ。

俺はビアンカの言葉を思い出す。

『――大切なのは、あなたが最後まで、見守るということ。』

 それは分かれの言葉なのではないか。自分の最後を看取れということなのではないか。

 俺の心臓が嫌な音を立てる。

 バク、バク、バクバクバク――プチン!

 耀子はメラを全て防ぎ切ったものの、満身創痍でビアンカのもとへとたどり着けそうもない。

 俺は泡を立てる地面の上に一歩踏み出した。

 ジュウゥウウウウウウ⁉

 靴底が焼け、その上の皮膚が嫌な音と嗅ぐことは滅多にない人間の肉の焼ける粗野な臭いを放出する。

 また、一歩。

 ジュウゥウウウウウウ!

 痛くないはずはない。もう痛みを通り越して、表現できないような乱雑で暴力的な刺激が俺の足全体を襲う。

 また、一歩!

 ジュウゥウウウウウウ‼

 一歩進むたびビアンカへの距離は近くなる。俺はそれが嬉しかった。近づいて行ってなにかできるわけでもない。でも、俺はビアンカのもとへと行かなければならないのだ!

 ジュウゥウ!ジュウゥウ!ジュジュジュジュジュウゥウウウウ!

 膝が、腰が、腹が、胸が痛む。それでももっともっとビアンカのもとへと行かなければ。

 最未来人はメラゾーマを放った。全てを無に帰す一撃。それに晒されれば骨も、灰さえも残らない。

「ビアンカ!」

 俺は目をつぶろうとした。俺にとっていつの間にか大切になっていた女の子が消えてしまう姿など見たくはなかった。でも、ビアンカは見ていてくれと言った。何もできない俺にそう言ったんだ。

 ビアンカに向かってメラゾーマが放たれた。

 そして――ビアンカもまた特大の熱球を放ったのだった。

 それらはビアンカと最未来人の中点でぶつかり合い、互いを相殺して消え去る。残ったのは暴風だった。

 その瞬間、俺の頭は嫌な音を立てた。メキ、ペキ、バリン。

 何かがズレて、壊れていく音がしたのだ。

 暴風にビアンカは晒される。栗色の髪がたなびき、ブレザーの短いスカートはパタパタと音を立てる。ちらりと淡いピンクのパンティーが見え隠れする。

 そして、最未来人の体を覆っていた靄も一瞬だけ吹き飛ぶ。栗色の髪がたなびき、ブレザーの短いスカートはパタパタと音を立てる。ちらりと淡いピンクのパンティーが見え隠れする。

 耀子は最未来人に向かって突進していった。

 もう、最未来人は黒い靄で覆われている。

 耀子は太刀を天高く掲げた。

「やめろ――」

 炎をも切り裂く一閃は最未来人を捕らえ、切り伏せた。

 黒い靄は爆発し、俺たちを吹き飛ばす。

 そして世界はまた一枚めくれあがった。

 




 さて。昨日勝手に投稿させていただいて、なんの文句もないので一安心なのだ。できればゴールデンウィークまでに書き終えたいところだが、どうなるかはわからない。
 あと、通信制限来たから、作品の精度が落ちるかもしれない。もーまんたい。
 今回はどんなあとがきを書こうかと迷っている。とりあえず、現代の青少年の文化について書き記そう。
 現代の若者の文化は大人がびっくりするほど薄情なのである。連絡はスマホのアプリ、『LINE』で済ませ、メアドの交換などよっぽどのことがない限りしない。人と向き合うよりもスマホと向き合うことのほうが多い。そんな世の中。そして、最近気が付いたが、スマホが主題になっている作品以外でスマホはあまり登場しない。それすなわち、スマホは小説の敵なのである。というか、そこそこ表現しづらい。
『ビアンカ・オーバースタディ』『ビアンカ・オーバーステップ』は両作ともに時代設定や場所の情報が少ないので、いろいろどうするか迷ったりしたけれど、趣味で書くならもうなんでも改変しちゃおうぜと思い、好き勝手させていただいている。
 なんか文句が出たら太田が悪い。太田って誰よ。
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