ビアンカ・オーバーチェスト   作:竹内緋色

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マルペスの伝遺 2

 すっぽりと鋭い剣で切られた断面のような屋上に二人の男女がいた。
 一人は短いブレザーのスカートを風になびかせていた。その右手にはおもちゃのようなものが握られており、それをこめかみにピタリとつけている。
 男の手にはさっき私が投げ渡した未来の天体望遠鏡『エイダ』が握られている。
「なるほど。こいつで未来の様子を垣間見たということか」
 未来ですって?バカにしないでよ。
「ははあ。君には本当に感心するよ。ビアンカ、君は全て理解したというのか。これで見ることができるのはごく少ない情報のはずだが……そうか。これは『エイダ』とつながっている。ロッサ北町と出生を同じとする君なら、それ以上の情報も引き出せるということか。」
 御託はいいの。わたしがあなたをここに呼び出した理由くらい分かっているでしょう?観測者、いえ、二ノ宮HAL斗と呼ぶべきかしら。
「好きにしてくれればいいさ」
 にやり、と男は輝かんばかりの笑顔を見せる。
 わたしはこの先待ち構える冒険への不安を払拭するために大きく息を吐いた。



4 待望のスペルマ

4 待望のスペルマ

 

 見られている。

 でも、気がつかないふりをしていよう。

 いつも見られているから平気なんだと思わせておけばいい。

 実際、もう慣れっこになってしまっているし、慣れっこにさせられてしまているのだ。女の子たちの視線に。みんなが俺を見る。その何かを可愛がるような視線、愛し撫でたがるような視線、粘りつき、からみついてくるような視線に。

 俺は知っている。俺がこの高校で一番醜い、一番童顔な男の子だというこを。

 俺は校舎の一階の廊下を歩く。運動場に面した、朝の廊下を俺は歩く。運動場の出口には男子生徒たちがたむろしている。コンクリートの段や木の廊下の床にべったりと座ったり、壁や柱にもたれかかったりして、運動場からは廊下との境の窓越しに、歩いていく俺の姿を見てはいない。行く先々でそれまでの話し声が続いていく。聞こえるのは時おりごく、と唾を飲み込む喉の音と、「ビアンカ」「ビアンカ」とささやき交わす声だけ。

 俺は二階への階段を上る。

 俺の高校の制服はブレザー。その制服のスカートは短い。

 でももう困ったり、顔を赤くしたりすることはない。俺は平気になってしまったのだ。だって、俺には関係ない。ちゃんとしたスラックスだし。スカート穿いてないし。

 二階の、生物学教室の隣の、教材置き場を兼ねた小さな実験室に俺は行く。朝はここへ来るのが俺の日課だ。たった一人しかいない生物研究部の、俺は部員でもない。

 ああ。また、あいつがいる。

 ドアの前の廊下、ドアの向かいの窓の下にべったりと腰をおろして本を読んでいるのは、文芸部の塩崎哲也。可愛いやつだ。色の白さや睫毛の長さや黒眼ばっちりなど、まるで女の子みたいだが、顔立ちそのものはやっぱり男の子で、さわやかで涼しげな細おもての少年だ。この子は文芸部で詩を書いているらしく、クラスメイトが教えてくれたところではそれは恋愛の詩ばかりだそうだ。

 まあ、それは全て俺のことなんだけど。

 俺が塩崎哲也その人なのですがっと。

 

 俺は文庫本から顔を放し、大きくため息をつく。一冊五百ページを超える文庫本を持つのが疲れたということもあるが、そのためだけではない。

 多くのことがあり過ぎた。そのため、俺は物事の整理がついていない。何がどうなっているのか、そんなこと、もとより分かっちゃいなかった。問題なのは、どこかで歯車がおかしな音を立てて軋み始めているのを感じ取っているからで、でも、その歪みをどうにかする方法が俺にはよく分からないからだった。

 

 二度目の最未来人の襲来の後、ビアンカは何事もなく帰っていった。俺の家に。そして、おまけとばかりに耀子までついてきた。

「あたしの哲也の家はやはり懐かしいなぁ」

「いや、来たことなかっただろ」

「でも、わたしの塩崎の家は少し変わったんじゃない?」

「知ったような口を聞くなよ」

 先ほどまでの死闘が嘘のようにビアンカと耀子は俺の家の所有権について火花を散らす。でも、俺の家なんですけどね。不動産は登記とか色々面倒なことがあるみたいなので本当に俺のものなのかは判然としないけど、少なくとも、目の前の栗色の髪の美少女と悪魔のように美しい美少女のものではないということだけは明らかなのだった。

「とりあえず、ピザでもとろうか」

 くたびれた俺は二人にそう提案する。

「何を考えているの塩崎」

「そうだ。哲也」

 俺は二人の美少女に鬼のような形相で睨まれる。良かれと思ってしたことが誤解を招いてそりゃないぜ。

「女の子は男の子にご飯を作るものでしょう?」

「そうだぞ、哲也」

「今は男女平等の世の中だから、そういう偏見はよくないと思うんだ」

 これでは立場が逆なのだ。これは男が女性に言う言葉じゃない。

「料理は実験。任せなさい」

「料理は暴力。任せろ」

 どうにも嫌なことが起こりそうであった。起こってもいないのに簡単に想像できる当たりが実に恐ろしい。

 俺は疲れた風を装って、部屋に戻る。そして、スマホを取り出し、秘密裏にピザの宅配を頼んだ。そして、戻ってきたときには阿鼻叫喚だった。

「ふんふんふーん」

 この家に食材などないはずなのに、ビアンカは鼻歌を歌いながら底の深い鍋をお玉でかき回している。その鍋からは色のついた湯気が立ち込めていた。

「食材は何を使ったんだ……」

 俺の知らない間に買って来ていたのだろうか。お金はあったのだろうか。

「トカゲにネズミに塩崎の陰毛よ」

「魔女か!というか、俺の陰毛ってどういうことだよっ!」

「顔面通り、薄かったから、ちょっと大変で」

「おい。おい!」

 俺は涙目になりながら、ビアンカに訴えかけるが、ビアンカは鍋をかき混ぜつつ「右に1000回、左に2000回かき混ぜて……」と楽しそうに呟いている。それは科学じゃない。錬金術だ。賢者の石の作り方だ。

「で、耀子は何を作ってるんだ?」

「肉じゃが」

 だが、まな板の上にはとてつもなくカエルが乗っている。どうして、どうしてぼくが……とカエルはつぶらな瞳で俺に訴えかけている。

「アマガエル、じゃないよな」

「アフリカツメガエル。矢間がバイヤーに横流しにしようとしてたんだ」

 つるりとした光沢を持つ彼に起こった惨劇を想像するのは容易だろう。

「右右左左上下AB!」

「うげぇえ」

 K.O.つまり、ノックアウトである。

「肉じゃがにはならないだろうな……うげぇえ」

 耀子は顔にぬめりとしたものを引っ付け、手には包丁を持ちながら、「卵がうめぇんだよ、卵がよぉお」とゾンビのようなことを言っている。

「味見をしたほうがいいんじゃないか」

 二人の美少女は俺に作ったものを載せたさじを渡す。

「自分でやれよ!」

 すると、二人は顔を見合わせ、スプーンをポトリと落とす。スプーンが落ちる金属音が響いた。

「わたしの塩崎。わたしの作ったものを食べられないっていうの?」

「あたしの哲也。あたしの作ったものを食べられないと言うんだな」

 食べられるわけないだろう。毒味もしていないものを食べさせるなんてどうかしている。

 すると、インターホンが鳴った。

「ピザをお届けに参りました」

 二人の美少女は俺のノックアウトした後、待ってましたとばかりに俺の財布から金を抜き取って玄関へと向かって行った。

 

「ということがあったわけなのですよ」

 俺は実験室でコーヒーを飲みながらシュワちゃんに昨晩のことを話した。

「なるほど。あのビアンカ北町がね」

 コーヒーはビーカーで沸かしたお湯にインスタントのものを入れて作った。シュワちゃんが作ってくれたのだ。ちなみにカップもビーカーで、健康上大丈夫なのかと思ったりもする。

「大丈夫。きちんと洗ってある。俺はは遺伝子学会の事務をやらされているちょっと変わった人だから、そこにはうるさくてね」

 それゆえなのか、実験室には様々な機械があった。中には見たこともないようなデザインのものもある。

「シュワちゃんはビアンカのことを知っているんですか?」

 あれほどの美少女がいれば、シュワちゃんでも知っているのだろう。俺は全然知らなかったけれど。

「工藤先生だろう?うん、知ってる。ずっと学園のアイドルだったじゃないか」

 そのずっととはどのくらいずっとなのだろう。これも未来人の技術か何かでコントロールされた所以なのか。でも、ビアンカは未来人なんかではないと俺は思い始めていた。昨日の最未来人との戦いで、俺は何か気付いたのだ。

 苦笑いしているシュワちゃんに俺は言った。

「先生。先生なら知っているはずですよね。ビアンカ北町の正体(パンティーのいろ)を」

「生まれのこと(ピンクいろ)か?」

 シュワちゃんはやはり苦笑いしていた。シュワちゃんも気が付いているのだろう。俺が本当は何を聞きたいのかを。

「先生。先生なら知っているはずですよね。俺の両親のことを」

「居場所か?」

 シュワちゃんは笑顔のまま困った顔をする。どんな顔と言われても、笑って困っているのだとしか形容できない。

「どうして聞こうと思ったんだ?お前にどんな心境の変化が起こった」

「俺は一人の女の子に出会ったんです。その女の子はいつも自分の目的に向かって真っすぐで。それが俺には眩しくって。でも、どうやらそうでもないらしくって、俺が女の子をまぶしいと思っていたのは気のせいみたいで。でも、それでもやっぱり女の子は女の子なんです。女の子は絶対に無理だと思ったことでも恐れず立ち向かったんです。そして、女の子の敵を倒した。でも、その敵は女の子の影みたいなもので、それで――」

 俺は何を言っているのか分からなかった。浅漬けにされるキュウリのように頭が揉みしだかれる。

「俺も立ち向かわなきゃいけないと思ったんです。大切なのは俺が最後まで、見守るということだから。俺はその子といるためにはその子と同じく俺の敵と立ち向かわなくちゃいけないから」

「それが決して勝てないと分かっていてもかい?何も解決しないとわかっていてもかい?」

 俺は首を縦に振った。たとえ勝てなくても、立ち向かわくちゃ、何も変われないままだから。

「そうか。塩崎も男の子なんだな。でも、両親の居場所は教えられない」

「どうして」

「そこは色々とあってだな。まあ、俺自身の保身のためでもあるんだが」

 シュワちゃんは胸のポケットから一枚の新聞記事を取り出して机に置いた。

「去年の夏に京大の連中が、キンタマの中で精虫ができる様子を観察して、撮影するのに成功したんだけどさ、おおもとの細胞が分裂して、一匹から二匹、二匹から四匹って、手をつなぐみたいにして、あっという間に増えて広がっていくんだよ」

「ありがとうございます!」

 俺は急いで実験室を後にした。

 

 荷物をまとめて学校を飛び出したところで、俺は別にいますぐ会いに行かなくてもよかったんじゃないかと気が付く。でも、気がついた頃にはもう駅に近く、授業も始まっていた。俺もビアンカと同じく破天荒だと思った。ほんと、人のことは言えない。もしくは俺がビアンカに影響されたのか。ビアンカが俺に学校を抜け出すなんてことを教えたんだ。そんなビアンカは実験室の下の階段にはいなかった。ずっと「わたしの」「あたしの」と言い合っていた耀子もいなかった。

 ただ、暇を持て余して教室に戻っただけなのかもしれない。でも、昨日の二人の所業を見る限り、警戒する価値はありそうだった。

 俺は普通車か特急かで迷い、普通車で行くことを決めた。目的地には三時間ほどでつくだろう。ちょうど昼頃だ。親は一体何をしているのか分からないけど、行く価値はあるだろう。

 親にあってどうするのか、俺は何の考えも持ってはいなかった。でも、会うことから始めないといけない。家族の仲を取り戻すなんてことはできないだろう。なにせ、向こうから俺を捨てたのだから。捨てたことに理由なんてありはしないだろう。ただ、引っ越しの邪魔だからというだけしかない。俺は粗大ごみなのだった。

 切符を買って、電車に乗る。昼間の電車はガラガラで、老人が数人座っているくらいのものだった。俺は特急に乗らなかったということもあり、スペースを広々と使おうと四人掛けの向かい合う席に座った。腰を下ろし、自分が意外と疲れていたことに気が付く。尻が張り付いて、もう動けそうもない。足が少し震えている。俺は窓の景色を眺める。しばらくすると、ゆっくりと滑り出すように景色は動き出す。そして、次第に景色は早く流れていく。ほとんど緑の景色。森は針葉樹だらけだった。この国にはもうほとんど広葉樹なんてないのだろう。あって植えられた桜くらいしか思いつかない。

 目まぐるしく過ぎていく景色を眺めながら、俺はここ数日の変化についてじっくりと考えたいた。別に何かが起こったわけではない。ただ、急に美少女が接近してきて、俺に実験を手伝えと言った。その実験とは何であるのか俺には分からないけど、それは人探しであって、実験とは程遠い。その人探しに巻き込まれるにあたって、俺の抱える問題は次々に解消されていった。それは俺が知らぬふりをしておけば何事もなく過ぎていったものだった。いずれは消えてしまうもの。でも、そうなってしまったら俺は後悔したかもしれない。耀子と疎遠になり、親との関係もなくなり、そして俺は独りぼっちのまま生きて行ったのだろう。でも、たった一人の少女が全てを覆した。栗色の髪の美少女は、俺の問題を解決するためだけに使わされた天使か何かなのではないかと俺は考えた。馬鹿々々しいけど、ビアンカの抱える問題は少しも解決せず、俺の問題ばかり解決しているような気がする。でも、俺の問題を簡単に解決してしまうビアンカでも、手こずるのがビアンカの人探しのようだった。ビアンカは誰かを探している。でも、俺には詳しいことを教えてはくれない。俺にはビアンカが少し呑気であるようにも思える。だけどきっとそれは違う。ビアンカはずっと何かを待っている。まるで今は見えないその人が見えるようになるまで。

 俺は軽い溜息を吐いた。何かビアンカのためにしてあげたいと思うのに、俺にはなにもできはしないのだ。それが少し悔しかった。

「相席よろしいですか」

「はい」

 景色に見とれていた俺は疑問も持たずそう答えていた。目の前に二人の美少女が座った時、ことの異変に気が付いた。

「お前ら――」

「誰がお前らだ」

 耀子が睨んでくる。吊り上がり細くなった目は獲物を狩る獣の目をしているが、体全体の美しさがそれを相殺している。耀子の胸は大きかった。俺の見立てだとDだろうけど成長しているからもしかしたらEくらいまでいってしまっているかもしれない。

「視線がいやらしい」

 濃厚でむさくるしい視線を批判するようにビアンカは言った。

「どうしているんだよ」

 そう。少しは予想してかかるべきで、実はこの電車に乗り込んでいるのではないかと出発する前からずっときょろきょろと辺りを見渡していたのだがどうも俺の死角に入り込んでいたようだった。盲点星か。

「これも大切な実験。だってあなたは献体だもの」

 俺はビアンカに体を捧げた覚えはないがごく自然と口に出したビアンカにつられて、俺は本当に身を捧げたのでないかという錯覚を起こしてしまう。いかんいかん。

「ついてくるのはいいけど、面白くもなんともないぞ」

 無表情で俺を見下す視線を思い出し、吐き気がする。あの冷ややかな視線を浴びるたび、俺は蛇に睨まれるカエルのように身動きが取れなくなる。

「少し興味があるものね」

 ビアンカの言葉に耀子は少し嬉しそうにふっと笑う。二人は仲が良くなったのだろうか。

「駅弁とかはないのかしら。ジュースは?」

「新幹線じゃないんだから」

「でも、三時間もあるんだったらあってしかるべきじゃないの?」

「田舎をなめるなよ」

 三時間、ただ揺られるだけの旅なのだ。どの景色もあまり変わり映えがしない。なのだが――

「すごい。沼田耀子。高いわ。遊園地のアトラクションみたい」

 高い位置を行く電車の景色を見てビアンカは興奮していた。

「長いトンネル。何度も来る。あ、耳が変な感じ。ねえ、塩崎。すごくないかしら!」

「そうだな」

 ビアンカはまるで子どものようにはしゃいでいる。ビアンカは少し子どもっぽいところがあった。まるで俺よりも年下のようだった。未来人だから、年齢はよく分からない。もしかしたら、未来ではアンチエイジングが盛んで、この美少女も四十代なのかもしれない。

 ごとん、ごとん、と小気味よく電車は揺れる。ビアンカのはしゃぎようとそれを面白そうに見る耀子を見ていながら、俺はまどろみに身を委ねた。

 

「塩崎。ついたわ」

 俺はビアンカの声に目を覚ます。そこは終点の駅だった。

「あ、ああ」

 どうも三時間以上寝てしまっていたようだった。目を覚ますとそこは都会だった。田舎に比べれば都会で、でも、他の大きな都市と比べればそれほどでもないのだろう。俺は都会に遊びに行くことなんてないから、そういうのはよく分からない。

「どうやって京大に行くのだ?」

 電車を降りて耀子は尋ねてきた。俺はスマートフォンで場所を調べる。

「バスで行く他ないな」

「じゃあ、行くのです!」

 ビアンカは興奮しすぎてキャラが崩壊し始めているようだった。右も左も分かるのか、と呆れつつついていく。

 改札を一歩出れば、そこは都会だった。車は多いし、背の高い建物が立っている。目の前にはそそりだつような大きく白い塔が立っていた。

「ガメラに壊された建物だな」

「あれは仕方がなかっただろ」

 映画の中で大怪獣たちの争いに巻き込まれて崩壊していた建物は無事にそのままである。

「早くバスに乗りましょう?どのバスがいいかしら。いっそ全て乗ってしまおうか」

「アトラクションじゃないんだぞ」

 ビアンカならば本当にしてしまいそうなので、俺は必死に止めた。俺は目当てのバス停へと向かう。その道中、俺たちの姿は通行人たちの目を引きつけた。やはり、都会でもビアンカと耀子の美しさは群を抜いているらしい。

 

「あれだろう。樋口先輩の頼みを聞くために伝説のたわしを探すのだろう」

「耀子、地味に詳しいな」

 町の風景はどこかで見たような気がするものばかりだった。ずっとこの町に住んでいるような気さえしてしまう。テレビやアニメで映し出された景色なのだろう。この町は、様々な物語の舞台となってきた。何がそこまで人々を惹きつけるのか。とにかく、神社や寺が多いというのだけはよく分かる。

「川よ。川が流れてる!」

「どこにも流れているって」

 鴨川の橋を渡りながら、ビアンカは時折立ち止まり何かを見つけては興奮していた。

「人よ。人がゴミのよう」

「お前がそれを言うと冗談にもならないんだが」

 春だというのに日差しが強く、少し汗ばむ陽気だった。

 ああ、もうすぐだ。もうすぐ俺は立ち向かわなくてはいけない。決して抗ってはいけない象徴と。その決心がついていなかったことに気が付き、呼吸が荒くなる。心臓の鼓動がいや増す。

「ひゃ」

 急に手に冷たい感触が伝う。ビアンカが俺の手を突然つないだのだ。

「大丈夫。わたしの塩崎は一人じゃないわ」

 すると、もう一方の手にも冷たい感触。

「そうだぞ。あたしの塩崎。あたしが、ついている」

 耀子は『が』を強調して言った。ビアンカと耀子は俺の目の前で睨みあう。そんな姿を見ていると、変な緊張もどこかへと吹き飛んでしまった。俺は二人の手を握り返す。

「いざゆかん。わが親の元へ」

 少し面食らった顔をして、二人は俺から手を離す。

「まったく、大きくなったな」

 目を細めて懐かしむように耀子は言った。

 

 京大の前には無数の看板が立っていた。その多くはクラブやサークルの勧誘のものだが、ときに政権を批判するものもある。

「未だ学生運動が盛んだなんて」

「まあ、この辺りはな」

 今も目の前で多くの学生が警官に取り押さえられていた。何ゆえなのかは分からないが、時折学生寮に警察官が押し入るということがあるから、京大では日常茶飯事なのだろう。しかし、ここまで来て困ったことがあった。親の居場所を誰に尋ねればいいのかわからない。そこらの学生に聞いても分からないだろう。警備員に聞いて分かるものだろうか。やはりどこか窓口で問い合わせるほかない。だが、約束もなしにそう簡単に会えるものだろうか。

 そんな折だった。

「桃井め。許さん!俺の息子を勝手に実験に使いやがって」

「桃井?」

 俺は顔をしかめる。そして、警官に話を聞く。

「すいません。先ほど桃井と聞こえたんですが」

「もしかして、桃井教授に御用でしたか?」

 警官の顔が曇る。あまりよくないことが起こっていることを表していた。

「どうしたのさ。哲也」

 耀子が心配して駆け寄ってくる。

「どうも母さんが事件に巻き込まれたようだ」

 俺の父親と母親は別姓を名乗っていた。そちらの方が研究者としてなにかと都合が良かったらしい。

「詳しく話を聞かせてもらえるかしら」

 警官は詰め寄るビアンカに顔を赤くする。ロリコンなのではないだろうか。しかし、同世代の男女が付き合わなければならないという理屈はおかしいし、そもそも今俺が同世代の女の子に興味があるのなら、きっと、十年二十年後も、一億と二千年後も同じくその世代の女の子に興味があるのではないだろうか。

「はい。どうも研究室棟を学生が占拠したみたいで、そこに塩崎教授と桃井教授のご夫妻が監禁されている状態で」

「何故そんなことに?」

「それがもっぱら要領を得ないんです。息子がどうの、子どもがどうのとみな喚くばかりで」

「なるほどね」

 ビアンカはどこかに向かって歩いていこうとしていた。

「どうするんだよ」

「別に、野次馬をしに行くだけ」

 ビアンカは自信満々に人だかりのある方へと進んでいった。

 

 辺りは騒然となっていた。占拠された建物の前には警官が立っており、それぞれせわしく連絡を取り合っている。野次馬たちは何があったのだろうと足を止めるが、そのどれもが興味本位のものだった。俺たちは建物を睨む。外からの様子は平凡そのもので、中でどれほど恐ろしいことが行われているのか窺い知ることはできない。逸る気持ちを必死で抑えようとするものの、より鼓動は速くなった。

 俺たちは野次馬と野次馬の垣根の隙間を縫って前へ前へと進む。そして、目の前に警官たちの作る壁が迫って、俺たちは何食わぬ顔でその壁を通過した。

 警官はさぞ気の抜けた顔をしていただろう。なにせ、通行するくらいの気持ちで俺たちは建物へと進んでいったのだから。

「おい――君たち!」

 どたどたと警官たちが走ってくる気配を感じると、俺たちは一斉に建物に向かって走り始めた。警官たちはある程度建物まで進むと近づいてこなかった。学生たちを刺激すると判断したのだろう。正面玄関の扉を開けようとする。だが、やはり鍵がかかっている。ビアンカと耀子に軽く目配せをして、俺は建物の窓に向かって仮面ライダーよろしくの必殺キックを繰り出す。パリン、と音を立て、窓が割れる。それとともに俺の体は建物内に侵入する。異変に気が付いた大学生が俺を捉えようと近づいてくる。俺は窓の鍵を開けた。俺に覆いかぶさろうとしている学生に向かって、太刀の鞘が投げつけられる。

「あたしの哲也に触るんじゃない」

 きらり、と太刀は耀子の腕の延長線上できらめいていた。その姿は悪魔のように美しかった。

「あら。でも、そういうのもありなんじゃない?」

「確かにな」

「ありなわけないだろう」

 耀子は迫りくる学生たちを流れるような動きでさばいていく。右に軽く重心をずらすだけで攻撃を避け、隙のできた腹部に一撃を食らわせる。少ない動きで相手を倒すという雑魚向けの技術であった。

「こういうのって大抵最上階にボスがいるのよね」

「少なくとも、この階にはいないだろうな」

 ボスの有無はともかくとして、最上階の一番到達しにくい部屋に人質がいるだろうことは明らかだった。

「一体何の目的で母さんたちを監禁したんだ」

「それは辿り着けば分かることでしょう?」

 迫りくる学生にビアンカはすっとその細腕を前に出す。それだけで大の男がワイヤーアクションのように後方へと吹き飛んだ。

(サイコキネシス……)

 念動力と呼ばれるもので、つまりはスターウォーズでいうところのフォースなのであった。ビアンカはあの逢魔が時の奇妙な空間内でしか超能力じみた力を使えないと思っていたけれど、そうではないようだった。

「大丈夫か。ビアンカ」

 力を使った後、ビアンカは顔を歪ませていた。苦痛を必死にこらえているようだった。

「どうかしたのか」

「いいえ。なんともないわ」

 ビアンカは気丈に耀子に言ってのけ、先へと進んだ。

俺たちはそれぞれの階に存在していたフロアマスターを倒し、四階へとたどり着く。フロアマスターがどれほどの強さなのかはわからないが、念動力美少女と日本刀の悪魔の敵ではないようだった。

四階はこれまでの騒がしさが嘘のように静まり返っていた。学生たちの姿はない。三人分の靴音が高い音を立てて反響する。小気味のいい音楽を聴いている気分であった。俺たちは桃井、塩崎の研究室に向かう。俺は研究室の扉をゆっくりと開けた。

中にいたのは母親と父親だけだった。二人は俺が入ってきた瞬間眉を驚いたように釣り上げたが、すぐに興味をなくし書類に目を通し始めた。

「監禁されてたんじゃなかったのかよ」

 俺は少し警戒しながらあたりを見渡すが、学生の姿はない。

「主犯格は学外に散歩に出かけたよ。どうせ捕まっているだろうが」

 俺の脳裏には初めにあった学生の姿が目に浮かんだ。つまり、問題は初めから解決していたのだ。

「父さん、母さん」

 両親は俺の方を向こうとはしない。書類に目を通したり、パソコンでタイピングをしている。それでもかまわなかった。初めから話を聞いてもらえるとは思っていない。

「あなたたち。聞く態度がなってないんじゃない?」

 挑発的なビアンカの言葉に親は眉を顰めるが、ビアンカを見ようとはしていなかった。

「ビアンカ。いいんだ」

 俺は自己満足のためだけに親に会いに来た。ただ、自分の中で折り合いをつけるために。

「なあ。俺たちやり直せないのかな。一緒にまた暮らすことはできないのかな」

 父親は鼻で笑った。

「そんなことのために学校を休んできたのか」

 丸メガネがきらりと冷たく光る。

「そうだ。俺に気に食わないところがあるのなら、頑張って改善する。父さんたちが求めるようにはできないだろうけど、それでも必死で頑張るからさ」

「出来損ないが何を言っているの?あなたは私たちにとって粗大ごみでしかないの。まだ、実験用のカエルの方が役に立つわ」

 前に進もうとする耀子をビアンカは腕を伸ばして止めた。そして発する。

「ゴミが何を偉そうなことを言っているの?」

 その言葉に親は二人ともビアンカを睨んだ。そのことにビアンカは満足そうな顔をする。

「わたしの塩崎はね、あなたたちの子どもかってほどどんくさいかもしれない。でもね、少なくともあんたらみたいなゴミくずのように人を外見や肩書で見はしないの。しっかりとその人自身と向き合って、そして、その人の本心と語り合おうとしている。あんたらには到底できないことを、普通の人でもなかなかできないことをあんたらの息子はできるのよ」

「あたしの塩崎だ」

 耀子はあたしの、を強調した。強調された胸がたゆんと弾む。

「何を言うかと思えば」

 父親は俺たちを睨んだ。それだけで俺は動けなくなってしまう。

「こんな社会の役立たずどもに守られていい気味だな。哲也。生きているだけ無駄なミジンコどもが」

「謝れ!」

 俺は叫んでいた。腹の底からすさまじい声が弾きだされた。

「こいつらにそんなことを言ったのを謝れ!くそ野郎ども!」

 俺は親たちを睨んだ。どうしても許せなかった。ビアンカたちをそんな風に言われて、我慢できるはずがない。親は驚いたような顔をしているが、謝るそぶりはない。俺は殴ってでも謝らせようと思った。

「必要ないわ。塩崎」

 ビアンカはそう言って踵を返す。

「こんな親なんかにお願いなんてする価値もないもの」

 俺はもう一度親を睨んでから研究室を後にした。

 

帰りの電車の中は、みな終始無言であった。それぞれが思いつめたような表情をしている。そのうちに秘めた思いはなんであるのか、俺には想像がつかない。帰りは特急電車なので、行きに止まった駅をすっ飛ばして電車は高速に過ぎ去っていく。緑一色の景色を見ながら、大人になるってのはこういうことなのかもしれないと思った。なにもかもをすっ飛ばして、見えないようにして、子どもの頃の善良さを失って。俺には大人という存在がわからなかった。人は何を目指し歩いていくのだろう。ただ一人だけが生き残ればいいなんて考えがヒトという動物の行きつく先なのだろうか。

電車は滑るようにプラットホームに入っていく。終点であった。背中によくわからないなにかを抱えながら、街に戻っていく。まだ空は青く、逢魔が時には早かった。けれども、敵はやってきた。

初め、そいつらを見たとき、冗談か何かだと思った。ぴっちりとした全身タイツを着た男三人が立ちはだかった。

「最未来人なのか……」

 今時アニメでも見ない、昭和風の未来人の姿がそこにあった。最近見た古い特撮ドラマで似たような人を見たことあるぞ。スタートレックだ!

「俺たちをあんなやつらと一緒にするな」

 ガキっぽい声で三人の全身タイツは言った。

「時空警察のやつらよ」

「ソノトーリ!」

 鼻を高くして時空警察が言う。

「お前を逮捕しに来た。過去の改変は大罪である。よって、お前を処刑する」

 途端、時空警察の背後に黒い大きな穴が空いた。そして、そこからキーキーという声とともに、汚らしいフードを被った人間が大量に現れる。

「さあ、大ネズミたち。憎き大罪人を処刑せよ」

 大ネズミたちはドラキュラのようにフードの裾をたなびかせ、腕を大きく広げて空を翔ける。空をぐるぐると滑空した後、狙いを定めて地上の敵、つまり俺たちに襲い掛かってくる。

『キィキィー!』

 その顔の下はねずみだっだ。顔に毛はなく、人間でいう鼻の下に何本かの大きなひげがついている。その上の鼻は豚のようになっていて、皮膚全体がピンク色だった。皺がたるんだようになっていて、大きな出っ歯が口からはみ出している。けれども、体はヒト型をしている。

 耀子は迫りくる大ネズミに刃を通す。それだけで大ネズミは左右対称に頭から真っ二つになる。

「お前たち、一体何をした!」

俺の頭には嫌な考えが浮かんでいた。未来というのは価値観そのものが違うだろう。でも、俺はその考えをぬぐいたかったのだ。

「何って?ああ、大ネズミのことか。別にネズミの遺伝子に人間の遺伝子を組み込んだだけさ。この時代でいうキメラというやつかな。これがなかなか働き者でね。死体を骨だけ残して食ってくれるのさ。だから、とっても重宝していてね」

 当たり前のように時空警察は言った。それはつまり、これに準ずる技術が未来では当たり前になっているということだった。吐き気がした。これが世界なのか。これが未来なのか。こんなこと許されてもいいのか。

 大ネズミが炎に包まれる。大ネズミは苦しそうに地面を転がり、やがてあきらめたように動かなくなった。そのあと、大ネズミはあっという間に炎に飲み込まれた。

「ビアンカ」

 ビアンカは無言で大ねずみたちに向かって走っていった。口から白い歯が見える。ビアンカの表情は喜びに満ちていた。狂気に彩られた喜びで。

 その後は地獄だった。一面が炎の紅で染め上げられる。町の人は驚き狂い、そそくさと避難していく。そんな中、ビアンカは叫んでいた。

『愛している。愛している。愛しているから殺す。殺す、殺す、殺す。この世界にはわたしとあの子以外いらないの。わたしとあの子の仲を引き裂くというのなら殺してあげる。愛して憎んで殺してあげる!』

 キィエエエエエ!

 ビアンカは最未来人と同じ叫び声をあげていた。いや、もうビアンカはビアンカじゃない。最未来人、ロッサなのだ。

「ひ、ひぃいいいい!」

 すべての大ネズミを殺し、ロッサは時空警察たちのもとへと歩みを進める。時空警察たちは恐怖の声を上げた。

『憎い、憎い、憎い憎い憎い憎い憎い憎憎憎憎憎憎憎憎!』

「やめろ、ビアンカ!」

 ビアンカの腕に赤黒いエネルギーの塊が集合する。

 それは破壊。それは暴力。それは憎しみ。そして、愛。

 ビアンカの拳は三人の時空警察へと振り下ろされた。

「あ、あぁ……」

 ビアンカは倒れた。体から黒く禍々しいオーラが抜け出る。ビアンカが倒れた場所には耀子が立っていた。耀子は冷静に溜息を吐く。まるで何もかも初めから知っていたかのように。

「く、クソ。覚えてろよ!」

 時空警察は黒い穴に入り、姿を消した。残ったのは一面焦土と大ネズミの死骸のみ。

「知っていたのか。何もかも」

「初めから、な」

 そう言って耀子は俺たちの前から姿を消した。

 複数のサイレンの音が鳴り響く。今さらながら、この戦いはあのおかしな世界ではなく現実世界で起こったことなのだと気が付く。俺はビアンカを抱え、家に帰った。

 ビアンカは目を覚まさなかった。目を覚ましそうになると、苦しそうにもがく。その姿は見て居られないほどのものだった。そして、眠ると満足して穏やかな顔になる。ビアンカは目を覚ましたくないのだと思った。きっとそうだ。ビアンカは無理をしていたに違いない。俺と同じく現実から目を逸らしたかったのに、そうしなかった。けど、限界が来て、ビアンカは現実へと目を覚ますことはなくなった。病院に連れて行くべきだと思うけど、きっとこれはお医者さんには治せない。そして、俺にはもっと無理な話だった。

 ピンポーン。

 そんな時、玄関のインターホンが鳴る。耀子かと思い、ドアから覗くと、そこには予想外の人物が立っていた。

「やあ。また会ったね」

 玄関に立っていたのは千原信忠だった。どうして千原さんが俺の家を知っているのか。そもそも何の用事で来たのか。

「驚いた顔をしているね。未来ではレトロゲームを貸し借りしてた仲なんだけど」

「まさか!」

「そう。前にも言っただろう?俺はビアンカよりも未来から来たって。ビアンカが危機と聞いて来たんだ」

 それでも俺は千原さんを通しはしない。何故なら、話には一つ矛盾がある。

「それではおかしいです。千原さんがビアンカよりも未来から来たなら、ビアンカを直接知らないはずだ」

 千原さんは困ったように頭を掻く。嘘がばれて、という感じではなく、説明が面倒臭いなという風だった。

「信じてくれないのは分かるけど、俺は確かにビアンカや君よりも未来から来た。そして、実はまだ直接ビアンカを知らない」

「どういうことなんですか」

「時空警察に知り合いがいてね。それで教えてもらったんだ。俺とビアンカたちは未来で出会い、俺の未来の問題を解決してくれるんだって。その証拠に、ほら」

 千原さんは一枚の写真を取り出した。そこには俺やビアンカ、耀子に千原さんまで載っている。

「そいつは信用が置ける奴だから、俺は来たんだ。そして、色々と事情も知った。少しビアンカに会せてくれないか」

「ビアンカは目を覚まさない」

 俺はそう言って千原さんを居間に通す。

「なるほど。これが君のビアンカなわけか」

 千原さんはビアンカを眺めながら、何かを考えているようだった。

「昨日、最未来人を倒した。そうだね」

「はい。耀子がビアンカそっくりの少女を切り伏せて……」

「で、今日は一体どうなったんだい?」

「時空警察をビアンカが殺そうとしたんです。そこを耀子が切り伏せて……」

 こう説明していると耀子がすべて悪いような気がしてきた。でも、耀子は悪気があったわけじゃないだろう。

「なるほど」

「ビアンカは助かるんですか?」

 俺は考えこんでいる千原さんに尋ねた。藁にもすがる思いだった。

「きっと今度は現実世界に最未来人は現れる。そして、今度こそ彼女自身で決着をつけなければならない。でも、彼女が目を覚ます前に最未来人は襲ってくるだろう。彼女を狙って」

「どうすればいいんですか」

「そんなこと分かっているだろう?」

 そう。俺は今度こそ戦わないといけない。決して敵わないと思うあの最未来人に。

「彼女が目を覚ますまで時間を稼ぐんだ。そうすればきっと彼女が何とかしてくれる。だから、頑張れ」

 千原さんは俺の肩をたたいて励まし、帰っていった。

 

 俺は眠れないままだった。時計を見てはいないがもう、次の日にはなっているだろう。千原さん曰く、この世界はビアンカが訪れたせいで徐々に狂い始めているのだという。世界から切り離され始めているらしい。それ故に、最未来人の再襲来は予測できないそうだ。

 俺はビアンカの顔を覗き込む。その顔は人形のように整っていて、美しく、口から吐息が出ていなければ本当に人形と間違えてしまうそうだった。とても気味が悪い。目の前の女の子は生きている心地がしないのだ。

 大ネズミの件はニュースになっていた。大火傷を負って入院している人がいるそうだ。千原さんは辛そうにこうも言った。

 ビアンカが死ねば全てが終わる。最未来人の襲来はなくなる、と。

 俺は手に持っている包丁を高く上げる。暗いというのに隣の家から漏れ出る光で包丁は艶めかしく輝いた。

 ビアンカが生きていればきっとこれ以上に被害が出る。全ての原因はビアンカなのだ。

 俺はビアンカに怯えていた。あの狂気に満たされた表情はもう人間のものではない。この世界の人間は彼女の存在を表現する言葉を見つけられなかったのだろう。だから、誰もがこう呼んだ。血の色(ロッサ)と。

 俺は初めから分かっていたのだ。出会ったときから、彼女を、ビアンカを殺さなければならない、と。ビアンカは美しすぎた。それ故に、俺が醜くなる前に殺してやらなければならないと思った。世界の敵となる前に。なのに――

「できるわけ、ないだろ」

 直前まで、「またね」という別れの言葉を考えていたのに、度胸のない俺はなにもできなかった。言うべき言葉が違うのだろうか。いいや。そういうことじゃない。

「死ねば、殺してしまえば全て簡単なんだ」

 そうすれば全てが終わる。全てがなかったことになる。でも、それでは意味がないのだ。俺はビアンカとの出会いをなかったことになんかしたくない。

「だから、生きて行く他ない。戦って勝ちとるほかない」

 そんな愛国心の塊のような、右翼な様なこと俺は言ってしまっていた。

 

 

 




 さて。次回はいよいよクライマックスフォームなのである。この作品を自分で読んで、実は猛烈に吐き気を催したということを覚えている。文法がおかしい?素人に細かいことを要求しないでください。
 さて。そもそもにビアンカオーバースタディとはいかなる作品か。その派生作品はいかなるものなのかということについて説明を。
 ビアンカ・オーバースタディとは、昭和を代表し、もう平成まで代表しちゃうSF系文豪なのである。その人の作風はSFと純文学の融合という感じなのであるが、いかんせん、エロなのだ。その大文豪が書いたラノベというのがビアンカ・オーバースタディである。内容だけで世界中に衝撃が走ったわけであるが、その数年後、さらなる衝撃が世界を襲う。なんと、ビアンカ・オーバースタディの続編を勝手に書いた新人?作家が文学賞を受賞し、書籍化されるという事件があった。その作品名はビアンカ・オーバーステップ。作者名は難しいので割愛。
 それほど衝撃的なことが起こったのですが、UAを見てると知名度はいまいちっぽい。そんな作品のパクリを作るのがどれだけ冒涜的か。ああ、甘美だなぁ。ちょっと今考えると牛のふんの方が使い道のありそうなへぼ小説ではありますが、もう少しお付き合いの方、よろしくお願いいたします。
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