ビアンカ・オーバーチェスト   作:竹内緋色

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きみは月で俺は地球 お前ら全員太陽だ!

 マルペスのスペルマ 0

 

 見られている。

でも、気がつかないふりをしていよう。

気がつかないふりをしていると思われてもかまわない。

いつも見られているから平気なんだと思わせておけばいい。

実際、もう慣れっこになってしまっているし、慣れっこにさせられてしまっているのだ。男の子たちの視線に。みんながわたしを見る、その何かを恋い願う視線、慕い寄るような視線、粘りつき、からみついてくるような視線に。

わたしは知っている。わたしがこの高校でいちばん美しい、いちばん綺麗な女の子だということを。

わたしは校舎の一階の廊下を歩く。運動場に面した、放課後の廊下をわたしは歩く。運動場の出口には男子生徒たちがたむろしている。コンクリートの段や木の廊下の床にべったりと座ったり、壁や柱にもたれかかったりして、運動場からは廊下との境の窓越しに、歩いていくわたしの姿を見ている。行く先々でそれまでの話し声がやみ、沈黙の中でわたしを見つめる。聞こえるのは時おりごく、と唾を飲み込む喉の音と、「ビアンカ」「ビアンカ」とわたしの名をささやき交わす声だけ。

わたしは二階への階段をあがる。

その階段の下からも、わたしを見上げている男の子がいる。踊り場にも何人かがべったりと座っていて、前を通り階段をあがっていくわたしを見つめる。

わたしの高校の制服はブレザー。その制服のスカートは短い。

でももう困ったり、顔を赤くしたりすることはない。わたしは平気になってしまったのだ。そんな男の子たちの視線も、もういやらしいとさえ思わなくなってしまった。

二階の、生物学教室の隣の、教材置き場を兼ねた小さな実験室へわたしは行く。放課後はここへ来るのがわたしの日課だ。たった二人しかいない生物研究部の、わたしは部員なのだ。

ああ。また、あいつがいる。

わたしが生物学教室へ来る時間にはいつも、ドアの前の廊下、ドアの向かい側の窓の下にべったりと腰をおろして本を読んでいる彼は一度もわたしに話しかけたことはない。わたしも彼に話しかけたことはない。

でも、今日はなんだか気分がいい。きっと妹のロッサがいつも以上に元気だから、わたしもうれしくなったのだ。なんだかしあわせをお裾分けしたくなって、わたしは彼に笑顔でうなずきかける。すると彼は挙動不審にあたふたとしはじめた。もう、どぎまぎとかいう程度ではない。わたしは少し笑いそうになりながら、実験室へと入って行った。

色の白さや睫毛の長さや黒眼ぱっちりなど、まるで女の子みたいだが、顔立ちそのものはやっぱり男の子で、さわやかで涼しげな細おもての少年だ。

名前は知らないので、今度クラスメイトにでも聞いてみようと思う。

 

スペルマのマルペス

 

 ……え?なになに?このままじゃ物語のしまりが悪いって?もう、しょうがないなあ。でも、あなたは忘れてはだめよ。これはわたしの物語。題名にも書いてあるじゃない。こう、デカデカと、「ビアンカ」って。でも、また妹に出番を取られちゃったな。理系女子は考えていることが分からないのかしら。これでも乙女なんだけど。

 でも、いいわ。最高、とまではいかないけど、そこそこのエンドを見せてあげる。

 これは、胸を張り過ぎて何もかも忘れる羽目になった男の子たちの物語。そして、最後には女の子たちをハッピーエンドにしてしまった男の子の物語の続き。

 ――大切なのは、あなたが最後まで、彼を見守るということ。

 

0 マルペスのスペルマ

 

 見られている。

 でも、気がつかないふりをしていよう。

 いつも見られているから平気なんだと思わせておけばいい。

 実際、もう慣れっこになってしまっているし、慣れっこにさせられてしまているのだ。女の子たちの視線に。みんなが俺を見る。その何かを可愛がるような視線、愛し撫でたがるような視線、粘りつき、からみついてくるような視線に。

 俺は知っている。俺がこの高校で一番醜い、一番童顔な男の子だというこを。

 俺は校舎の一階の廊下を歩く。運動場に面した、朝の廊下を俺は歩く。運動場の出口には男子生徒たちがたむろしている。コンクリートの段や木の廊下の床にべったりと座ったり、壁や柱にもたれかかったりして、運動場からは廊下との境の窓越しに、歩いていく俺の姿を見てはいない。行く先々でそれまでの話し声が続いていく。聞こえるのは時おりごく、と唾を飲み込む喉の音と、「ビアンカ」「ビアンカ」とささやき交わす声だけ。

 俺は二階への階段を上る。

 俺の高校の制服はブレザー。その制服のスカートは短い。

 でももう困ったり、顔を赤くしたりすることはない。俺は平気になってしまったのだ。だって、俺には関係ない。ちゃんとしたスラックスだし。スカート穿いてないし。

 二階の、生物学教室の隣の、教材置き場を兼ねた小さな実験室に俺は行く。朝はここへ来るのが俺の日課だ。たった一人しかいない生物研究部の、俺は部員でもない。

 ああ。また、あいつがいる。

 ドアの前の廊下、ドアの向かいの窓の下にべったりと腰をおろして本を読んでいるのは、文芸部の塩崎哲也。可愛いやつだ。色の白さや睫毛の長さや黒眼ばっちりなど、まるで女の子みたいだが、顔立ちそのものはやっぱり男の子で、さわやかで涼しげな細おもての少年だ。この子は文芸部で詩を書いているらしく、クラスメイトが教えてくれたところではそれは恋愛の詩ばかりだそうだ。

 まあ、それは全て俺のことなんだけど。

 俺が塩崎哲也その人なのですがっと。

 

 朝から耀子にたたき起こされるわで、大変だった。でも、その大変さを補えるほどの感動がもうすぐ待っている。

 

 あの流れ落ちる栗色の髪は

 時に束ねられるあの栗色の髪は

 どんなにあまやかな香りに満ち

 どんな安らぎの匂いに満ちていることか

 屹とした大きな黒い瞳が

 ほんの一瞬こちらを向くと

 心臓は熱く泡立ち

 気がつけばその美しさに涙しているのだ

 ああ ああ

 この学園にただひとりの

 異国の血を持つその人こそは

 わが天使 わが女神

 

 その女の子、ビアンカ北町と出会った瞬間、俺は運命を感じた。そんなわが女神がもうすぐこの実験室にやってくるのだ。

 階段を駆け上がってくる音が聞こえる。甲高い上履きの靴音と俺の心臓が同じリズムで鼓動する。うん?いつもより心臓の鼓動が遅くなっているってことじゃないか、それ。

 俺の前を一人の女の子が走って行った。その制服は中学部のものだ。彼女に似た栗色の髪。同じ背丈。一瞬彼女が変装したのかと疑ってしまう。

「あれ?おねえちゃんいないのかなぁ」

 女の子は実験室を覗いて、誰もいないことを確認すると肩を落として廊下を歩いていく。ビアンカとそっくりな声。違うのは制服と髪をクーニャンみたいに頭の両側でまとめていること。

 俺は何故か無性に声をかけたい衝動に駆られた。思わず女の子の肩に手を伸ばす。手を伸ばして、結局触れることができずに女の子は去っていく。

 俺の頭の中にこんな詩が浮かんで来た。

 

 きみは月で 俺は地球

 そしてお前ら全員太陽だ

 お前らは常に輝いていて 暑苦しくて敵わない

 眩しくって 触れることも見ることもできないさ

 でもきみは月だった 夜になると姿がくっきり見える

 でも俺と同じく太陽じゃなかった

 だからこそ一緒にいられたんだろう

 俺はずっと月を見守る

 そのために地球になったんだから

 人々に踏み荒らされるだけの地球

 でも太陽になってきみを見つめられなくなるより

 何万倍もマシなのさ

 俺は地球できみは月

 赤いきみが一番好きさ

 白いと偽るきみでなく

 赤いままのきみがいい

 

 下手くそな詩だった。売れないミュージシャンだってもっといい詩を書けるだろう。でも、不思議と俺の心の中に染み渡っていった。

 きみは月で俺は地球。お前ら全員太陽だ!

 

Bloody Moon and Small myself meet in a White Moment.

Fine.

 

 




 さて。これにて完結である。実は続編とかをひそかに考えていたけど、しんどいっすわ。それに続編はオリジナル色が強くなりそうですし。
 今回なるべく忠実にビアンカを再現しようとして感じたことがある。私はもう自分の色というのを見つけ始めていたのだなということである。私は意外とテンプレな書き方だと思っているが、模倣というのはうまくないらしい。それと、だいぶ小ネタはさんだなぁ。ともかく一流になるにはもっと腕を磨かねばなるまいと感じた。私の能力は現状ここまでが限界のようだ。最近はプロットをしっかり描きだしたりし始めている。でも、その原題が「異世界はポケベルとともに」なので、どっかから文句が飛びかねない。実は全くかぶりもしていなくて、題名だけなので、題名を考えればいいだけなのだが、それがなかなかね。
 私は主に小なろで書いていて、見てくださっている方はそちらからいらっしゃったのかもしれない。(少ないながらいつも一定数は閲覧いただいている。同じ方々かは存じ上げないが)その方々にお知らせすると、近日中にゾンビはレベルが上がったの続編を上げることができるかもしれない。それより前に公開設定しておいた「糸」という作品が浮上してくるだろう。意外と長くなったラブコメ作品である。
(でも、就活で選考全部落ちたから書いてる暇もないんだけどな)
(まあ、なんとかなるって)

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