八又ノ大蛇消滅から三日後 バー クレティシャス
疲労から回復し、ようやくマトモに行動出来るようになると同時にマダム銀子から呼び出された八雲は、手にした一枚の書類を手に小刻みに震えていた。
「………マダム」
「なあに?」
「これは?」
「見ての通りよ、今回の仕事の解決料から経費を引いたあなたの取り分の明細書」
八雲は涙目になりながら、その明細書をもう一度見た。
手にした明細書には、相当な額の解決料が記されている。
しかし、その下に無数の欄があり、それぞれ《弾丸代》、《レールガン及びX1―C レンタル及び補修費》《コンテナ修理費》《南条財団ジェット機チャーター代》、果ては《業魔殿飲食代》だの《業魔殿花瓶代》までもが経費として引かれ、最終的には《支払い額 5000円》と明記されていた。
「マダム………」
「本当ならマイナスになる所、経費にするのに苦労したわ」
「せ、せめてもう少し! これじゃあオレの生活が!」
「ダメ」
「ああああぁぁぁ………」
完全にダメ出しされ、うちひしがれた八雲がその場に崩れ落ちる。
その背には哀愁が漂いまくっていた。
「そうそう、周防警部からあなたの警察署へのハッキング容疑は今回の働きで不問にするとの連絡があったわ。しばらくは自重なさい」
「……あの野郎………」
最後の手段(ハッキングによる違法残高書き換え)を封じられた八雲が床に倒れ伏したまま歯軋りする。
「くそう! こうなったら禁断の奥義を!」
「女悪魔の過激ショットだけ集めた有料サイト運営もダメ」
「ぐふうっ!?」
いつの間にか後ろに来ていたレイホウからの一撃が、八雲を完全に沈める。
「ちゃ、ちゃんと顔にモザイクかけますから…………」
「どう見たって人間に見えないのにそんなの無意味でしょう? また前みたいに日本中のサマナーから狙われるわよ」
「リアル猫耳やリアル悪魔娘には結構需要が………」
「ダメ」
「………ううう」
全ての手段を封じられた八雲は、部屋の隅で壁に向かって体育座りしながら男泣きし始める。
「あ、あとこれは準備代金」
「はい?」
レイホウが投げた通帳を、八雲は無造作に受け取ると開いてみる。
そこには、結構な額の残高が記されていた。
「? これで何の準備を?」
「明日になれば分かるわ。無駄遣いしない事」
「はあ…………」
首を捻りながらも、とにかくその通帳を懐に入れて八雲はその場を去ろうとする。
「ちゃんと面倒見るのよ~」
「……何の?」
疑問符を頭に浮かべたまま、八雲はクレティシャスを後にした。
同時刻 ルナパレス港南
『ケーキ♪ ケーキ♪』
「ああ、もう少しだ。待っててくれ」
フォーク片手にはしゃいでいるピクシーと舞耶にせかされつつ、克哉はオーブン内のスポンジケーキの焼き具合を確認しつつ、フルーツのピューレを混ぜた生クリームを泡立てる。
「これは最初の分だからね~、あと五種類は必要だよう~♪」
「……ああ、随分と助けられたからね」
「わ~、じゃああと五個は食べられるんだ~♪」
「そうそう♪」
「……次の非番の時にでいいかな?」
まるで姉妹のように仲が良くなっているピクシーと舞耶をどこか恐怖の混じった目で見ながら、克哉は黙々泡だて器を動かした。
同時刻 珠閒瑠TV
「ん~~~~…………」
チーフディレクターの女性が、眉根を寄せながら糸に吊るした五円玉を手に、鏡とにらめっこをしていた。
「……おかしい、何かすごいネタをつかんだはず………」
「まだやってる…………」
「いい加減諦めればいいのに」
「六舞さんが簡単に諦めると思う?」
「う~~ん………」
強制自己暗示を掛けているつもりらしいチーフディレクターの様子を、MUSESのメンバーが小声で話し合う。
「結局、何が起きたか全然分かんないしね」
「言われた通り、すべて忘れちゃいましょうよ。もうあんな目に会いたくないよ~………」
「そ、そうだね…………」
「そういや、リサよく無事だったね?なかなか帰って来ないから心配したんだよ?」
「だ、大丈夫だったよ? あの人達が守ってくれたから」
「ふ~ん」
「でも、なんか隠してない?」
「わ、忘れようよ、ね? ね?」
まさか妙なパワードスーツに乗って一緒に闘ったなどとは口が裂けても言えないリサは、必死になって話題を変える。
「ねえ、彼方達!」
「はひっ!?」
「……この間の収録、何か無かったかしら?」
「ないないない。何も無かったです!」
「そうです! 変な事なんて何もありませんでした!」
「六舞さん、疲れてるんですよ。あ、お茶でもどうぞ」
「……そうかしら? じゃあいたただくわ」
内心冷や汗を大量にかきつつ、リサは「もし思い出しそうになった飲ませるように」と言われて渡された怪しさ爆発の茶をしっかりと飲ませていた。
一口飲むと同時に昏倒したチーフディレクターが、二時間後緊急搬送された病院で目を覚ました時は向こう一月ばかりの記憶が完全に飛んでいてしばらく仕事に苦労していた。
同時刻 南条財団ビル
「で、状況は?」
「はい、事件の露呈は偽情報を逆に大量にまく事で防ぐ事が出来ました。一部オカルト系サイトで騒がれているようですが、問題は無いでしょう。あと、XX―1の修理は今しばしかかる模様。致命的なダメージは無かったため、修理自体に問題は無い模様です。ただし、《Rot》機はDEVAシステムのオーバーロードが原因と思われる電気系の破損が目立ちます。一度設計を見直す必要が在りとの話です」
「経費を見直してもいい、完璧なシステムを構築するように指示を」
「かしこまりました」
執事件秘書の松岡からの報告を聞いていた南条は、手元の無数の書類を処理しながら指示を出す。
「で、搭乗者達はどうなってる?」
「は、全員重度の負傷も無く、精神的な問題も起きてないようです。橿原 淳及び周防 達哉の両名は正式参加の要請に応じる模様。リサ・シルバーマンはまだ返答を保留しておりますが、参加の可能性は大きいと思われます」
「そうか……ではいよいよだな」
「はい」
南条は処理した書類を纏め上げ、一つの分厚い計画書を作り上げる。
それの表紙には、《悪魔事件に対する効率的対処法の最終結論》と書かれていた。
翌日 警視庁第二会議室
「周防 克哉警部補、入ります」
「うむ」
急な出頭命令で本庁へと出頭した克哉は、指定された会議室への扉を開けて中へと入る。
「港南警察署 刑事一課、周防 克哉警部補、出頭命令によって……!」
敬礼しながら挨拶をしていた途中で、克哉は室内のテーブルに見覚えのあるとんでもない顔が有るのに気付いた。
「安部 才季! 生きていたのか!」
「わ~! ストップ! ストップ!」
瞬時にペルソナを発動させようとした克哉を、才季の隣に座っていたたまきが慌てて止める。
「……たまき君? 一体これは……」
「……所長、やっぱその体ヤバイですって……」
「そうか、だが能力は申し分ない。散らばっていたのを寄せ集めるのは苦労したし、多少足りない分は他から持ってきた個所もあるがな」
才季、正確にはかつて轟所長の体を使っていたデビルサマナーがそう言いながらほくそ笑む。
「体を変えられるというは本当だったんですか………」
「欲を言えばもう少しきれいな体が欲しいが、前のはもう限界だったからな。他に空いた体も無かったし」
「……では、会議を始めましょう」
何か色々と突っ込みたい所はあったが、あえて無視する方面で同席していた南条が強引に会議を始めさせる。
「今回の事件において周防警部補、君の活躍には目を見張る物が有ったと聞く」
「恐縮です、微力を尽くさせてもらいました」
警視長官の言葉にかしこまる克哉の手元に、一つのファイルが手渡される。
「前々から懸念されていた件だが、今回の事件を教訓に、より広域かつ柔軟な対応を必要とする特殊事件専門の捜査班がこの度、葛葉と共同で設立される運びとなった。ついては、まだ正式な辞令ではないが、君にその捜査班の一員となってほしい」
「本官が、ですか?」
「そうだ、そのファイルにはその捜査班の概要と予定メンバーが記されている。目を通したまえ」
克哉はファイルを手に取ると、それを開く。
・ 対悪魔事件特別捜査班(正式名称未定)概要
・ 非公式を常とし、構成員は構成員以外の警察関係者にも所属を非公開とする
・ 葛葉からの人員、及び南条財団から技術、資金のバックアップを受ける事は決定済み、よって構成員のほとんどは民間人からの登用となる。
・ 予定されている構成員は以下の通り
総管理官 轟 所長安部 才季
捜査班
班長 周防 克哉
副班長 小岩 八雲
班員 カチーヤ・音葉
相馬 小次郎
八神 咲
機動班
班長 藤堂 尚也
副班長 周防 達哉
班員 子烏 俊樹
三浦 陽介
三科 栄吉
リサ・シルバーマン
橿原 淳
白川 由美
芳賀 佑一
コラボレーター
南条 圭
園村 麻希
桐島 英理子
嵯峨 薫
芹沢 うらら
ヴィクトル
・
・
・
「おおー、やっと帰ってきたか愛しき我が家よ……おや?」
借りていた駐車場に、ようやく修理から上がってきたトレーラーを前に、八雲は首を傾げる。
「デカくなってる?」
改装を頼んだ記憶は無いはずだったが、上部に何か増層部分が出来ている。
「二階建てか? なんだってそんな事を………」
色々と気になる所が有ったが、とりあえず八雲は扉のパスコードを打ち込み、コンテナの中へと入る。
中にはすでに先客がいた。
「あ、お帰りなさい八雲さん」
「お帰りなさいませ、八雲様」
「お帰りお兄ちゃん♪」
カチーヤ、メアリ、アリサの三人がコンテナの中を整理し、手際よく整頓させている。
しかし、八雲の見覚えの無い荷物が幾つか運び込まれ、これまた見覚えの無い整理ケースに収納している途中だった。
「手伝ってくれるのはありがたいが、それは?」
他にも色々突っ込みたい所は有ったが、あえて一番の疑問を八雲は口にする。
「あ、これ私の荷物です」
「……なんで?」
「レイホウさんから聞いてませんか?今度から八雲さんの所で御世話になるように、だそうです」
「聞いてないぞ!! 何でいきなり!」
「これの調整が出来るのが八雲さんだけで、いつ暴走してもおかしくないからいつでも調整出来るようにとの事だそうです」
装着したままの《NEMISSA》システムを指差すカチーヤに、八雲は苦りきった顔をする。
「……色々マズくないか? 傍目から見たら犯罪だぞ…………」
「来年には私二十歳ですから問題ありません」
「…………え?」
「まだ半年有りますけど、一応19歳ですから」
「ええええええ!?!?!?!?」
せいぜい中学生くらいだと思っていたカチーヤの予想以上の歳に、八雲は完全に意表を突かれていた。
「じゃああの金は!」
「私宛の依頼料と準備費を八雲さんに渡したって聞いてますけど? それでは、ふつつかな女ですけどよろしくお願いします」
床に手をついて深々と頭を下げるカチーヤに、八雲は完全に凍りついている。
「それにネミッサさんからも、八雲さんの事を頼むって言われてますから」
「頼むって何? ネミッサってどこの女?!」
「アリサ、それは大人の事情でしょう」
「無茶苦茶誤解されそうな言い方するなー!!」
その時、コンテナの来客用チャイムが鳴った。
「はい、どちら様でしょう?」
「待てメアリ…」
八雲の制止を聞く前に、メアリが内側から扉を開いた。
「お兄ちゃん、事故ったって聞いたけど大丈……夫……」
扉の向こう側に立っていた女性、八雲の実の妹のトモコが、応対に出たメアリを見て凍りつく。
「誰だれ?」
「あ。八雲さんの妹さんですか?」
そのまま、凍りついた表情でメアリの背後から出てきたアリサとカチーヤを見たトモコの視線が、ゆっくりと八雲へと向けられる。
「トモコ、誤解する前に言っておくが……」
「いやああぁあぁ! お兄ちゃんが双子のメイドさんと銀髪女子中学生囲ってるううぅぅぅ!」
「ちょっと待てええぇぇ!!」
「この間は金髪の鎧コスプレした人だったしいいぃぃ!」
「待て、お前は根幹的に誤解しているぞぉ!」
「お兄ちゃんのケダモノ~! しかもマニアック~!!」
「話を聞け~!」
絶叫しながらも持参していたカメラで現状を撮影し、取り出したメモ帖に何かを書き込みながら走り去ろうとする妹を、八雲は必死になって止めようと追いかける。
「……クスッ」
「フフフフ……」
「アハッ、アハハハハ」
残された三人は、誰とも無く笑い出す。
笑い声が響く、平穏な時間が、ゆっくりと流れていた……………
手繰り寄せられた糸は、静かに織り重ねられ、また新たな糸へと手は伸ばされる。
一本、また一本と糸は紡がれ、織られ、長い長い物語をつづっていく。
いつまでも、いつまでも……………