女神転生 クロス   作:ダークボーイ

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「説明をもらいたい!」

 

 机を叩きつける音と、怒声とも取れる大声が室内に響き渡る。

 ドアの前を通りがかった若い警官が、突然の事に思わず体を硬直させて署長室のプレートが掛かったドアに聞き耳を立てる。

 

「事件が発生して一週間も経過してないのに、捜査打ち切りとはどういう事です!」

「落ち着きたまえ、周防警部補」

 

 凄まじい剣幕で迫る克哉に、警察官の制服の中に筋肉をむりやり押し込んだような感じのする超筋肉質の署長はイスに座ったまま相対した。

 

「説明をもらいたいのはこちらの方なのだ。突然県警の方から捜査打ち切りの指示が届いたのが今朝方だ。こちらからも幾度となく真偽を確かめたが、ナシのつぶてだ。こちらとしてはおとなしく指示に従うしかない」

「どうしてです! 人が一人死んで、一人誘拐されているんですよ! 警察が捜査しなくてどうするのです!」

「……一度だけ、県警から『専門家に任せた』と言われたよ。何故かは分からないが、警察の関与する事件ではすでになくなっているようだ」

「なぜそこで納得するんです! せめてどこに委託したのかくらいは知ろうと思わなかったのですか!」

「それが出来ないのが公務員という者だ。君も警察官なら、上からの指示には素直に従いたまえ」

「市民を危険から守らなくて何が警察だ! 真相を追究する事こそが警察官の勤めではないのですか!」

「いい加減にしろ! 階級と命令に従わないのが貴様のいう警官か!?」

「あなたこそ機密主義を守るのが警官の仕事だと思っているのか!」

 

 口論に混じって、明らかに危険な音が混じり始めたのに気付いた廊下の警官は、大慌てで二人を止めるべく室内に突入した。

 

 

 

十五分後 警察署資料室

 

「大丈夫ですか?」

「ああ、すまない。迷惑をかけた」

 

 危うく乱闘になりかけた所を突入した警官と彼の声を聞いた他の警官達に止められた克哉は、額にバンソウコを張ってもらいながら素直に最初に突入してきた警官に謝罪した。

 

「署長にあそこまで歯向かったの、あなたが初めてですよ」

「ああ、外身も中身もとんでもない石頭だったな」

 

 額を突き合わせただけでコブになった部分に張られたバンソウコに触れながら、克哉が苦笑する。

「頭だけじゃないですよ。ウチの署最強の漢って言われてるんですよ、あの署長。柔道五段、合気道二段、剣道三段の猛者で、署対抗の柔道大会でいっつも大将やってるとんでもない人なんですから………本気になったら機動隊員でも歯が立たないって噂もあるくらいで」

「そういう話もあったな。それで、さっきの件だが………」

「ああ、これですね」

 

 若い警官が、データ整理用のパソコンを操作して目的の資料を探し出す。

 

「資料はまだ破棄されてませんでしたが、元々捜査も進展してない物でして、たいした情報は在りませんね」

「些細な事でいい。何か無いかな?」

「………う~ん、状況が状況でしたから、何から捜査したらいいのか捜査課の人達も頭抱えてましたしね………中には付近で怪しい改造人間でもいなかったかという話も在ったくらいで…………」

「普通の人間で、怪しい人物は?」

「え~と、これかな? 数日前、民俗学者を名乗る妙な男が事件の起きた神社を尋ねてきたらしいって情報が」

「詳しい事は?」

「さあ………あ、そういえば昨日モンタージュを作るとか言ってたような?」

 

 パソコンを捜査してモンタージュ用ソフトの履歴を調べている警官を見ながら、ふと克哉が隣の動かしていないはずのパソコンのHDD起動ランプが明滅している事に気付いた。

 

「? 隣の、何かに使っているのか?」

「え? 誰も使ってなんか…………」

 

 何気なく隣のパソコンを見た警官が、誰の操作も無しに動いているパソコンを数秒間見て、ゆっくりと顔色を変えていく。

 

「ひょっとして…………ハッキング!?」

「なに!?」

「ああああ!!おい、誰か千葉の奴呼んできてくれ!! ハッキングされてる!!」

 

 慌てて隣のディスプレイのスイッチを入れ、ハッキングを防ごうとした警官が自分にそれが不可能と判断してパソコンに詳しい人物を呼ぶ。

 

「仕方ない……!」

 

 克哉がとっさにコネクタケーブルを引っこ抜き、ハッキングを強引に中断させる。

 

「これで、多分は………」

「ハッキングって本当か!?」

 

 そこに、太目でメガネの警官が慌てて資料室に飛び込んでくるが、それとほぼ同時にディスプレイが暗転し、『BYE・BYE』という文字が現れた途端に画面がでたらめな文字列で瞬く間に埋め尽くされていき、挙句にパソコンは妙な音を立てて起動停止した。

 

「!? 抜いたんですか!?」

「あ、ああ。データを取られるよりはマシかと思って………」

 太目の警官がパソコンを再起動するが、妙な音を立ててパソコンは完全に沈黙した。

 

「ありゃあ…………HDクラッシュしてる。こりゃやられちまったか…………多分、自立型足跡消去プログラムかな?」

「す、すまない、とっさだったんでつい」

「いや、警察のデータ盗まれるよりはマシでしょう。第一、こりゃ恐らく相手が自分の足跡を消すのに接続切れると同時に起動するウイルスが送り込まれたんですな。まぁ説明した所でパソコンオンチの部長が理解できずに怒鳴るでしょうけど…………」

「何を覗かれたか分かるか?」

「さあ………復旧できれば何とか………」

 

 システム復旧を試みる太目の警官の脇で、プリントアウトされたモンタージュが克哉に手渡される。

 

「こいつか……………」

 

 

 

同時刻 スプーキーズコンテナ内

 

「どこの馬鹿だ、起動中のPCのケーブル引っこ抜くのは………まぁ、お陰で向こうはとんでもない事になったろうな。無理しなければ穏便に済ませたもんを」

「あの、これってハッキングって言う奴じゃ…………」

 

 警察のデータバンクから目標のデータを(違法的手段で)調べていた八雲が、突然接続が切られた事に舌打ちしながら、入手したデータを整理する。

 

「あのなカチーヤ、この商売じゃ警察はどっちかって言うと敵に近いんだよ」

「そうなんですか?」

「そうなんだよ、仕事押し付ける時はもみ手擦り切れんばかりのくせに、そうじゃない時はやたらと目の敵にしやがる。しょせんサマナーなんて裏稼業の一つなんだよって、コレだ」

 

 目的のデータを探し出した八雲が、そのモンタージュをプリントアウトする。

 

「とりあえず、当面の目的はこの男か……………」

 

 そこには、頬の薄いどこか冷徹な雰囲気を感じさせるとても学者とは思えない男の顔がプリントされていた。

 

 

 

「いやあ、こんな奴は知りませんね」

「そうですか、お手数かけました」

 

 三つ目になる大学の民俗学課を尋ねた克哉は、今までと同じく首を横に振られて仕方な

く立ち去る。

 

「どこの大学にも該当する人物は無し、か。身分詐称だとすると、残るアテは………」

 

 しばし考えた後、克哉は携帯に登録されている短縮ダイアルに電話を架ける。

 コール数回で相手が出た。

 

『はい、こちらSSマンサーチ…』

「うらら君か?僕だ、周防だ」

『ああ、克哉さんお久しぶり!元気にやってた?』

「なんとかね。パオフゥはいるかな?」

『あ、ちょっと待ってて。パ~オ~、克哉さんから電話~』

 

 電話口からの楽しそうな女性の声に向こうの状態を察しつつ、電話が変わるのを待つ。

 ほどなくして、電話口に男が出た。

 

『おう、まだ生きてたか』

「アイサツだな、少し頼みたい事があるんだが……」

『……また消息不明の犯人でも探せって言うのか?』

「ああ、その通りだ」

『あのな周防、ここは主に行方不明の家出人なんかを探すのが仕事の会社だ。そういうのは正真正銘、警官の仕事だろ? いちいち余計な仕事増やさないでくれ』

「相手が能力者の可能性がある、と言っても?」

『!? 本当か?』

 

 ガラリと態度の変わった向こうに畳み掛けるように、克哉は話を続ける

「島根の方で四日前起きた殺人事件を知っているか?」

『ああ、あの神社の神主が惨殺されて祭られていた神宝が盗まれたってアレか』

「惨殺、というより虐殺だな。殺された神主は何者かに引き裂かれて死んでいたらしい」

『引き裂かれてって、そいつは!』

「間違いないだろう。犯人は悪魔か、ペルソナ使いだ。その神主の姪に当たる女性が一週間前に誘拐されてな、そちらの方を捜査している内にこの事件に行き当たった。その事件の起きた神社を尋ねてきた自称民俗学者を探しているのだが、どうにもこれが身分詐称らしくてな」

『OK、事がそっち絡みっていうのなら話は別だ。仲間のよしみで格安で調べとこう』

「頼む、後でモンタージュを送ろう」

『無茶すんじゃねえぞ、弟の学費を二階級特進で払う羽目になったりしても知らねえからな。ヤバくなったらすぐにオレ達を呼べ』

「ああ、その時は頼む。そうなる前に解決したいのだがな」

『そう上手く行った事なんか一度もねえだろうがよ。じゃあ死ぬんじゃねえぞ』

「分かっている。それでは頼んだぞ」

 

 電話を切ると、克哉はそれを懐に戻そうとして、ふと何気なく胸の内ポケットに入れられた一枚のカードを手に取った。

 

「……使わずに越した事はないがな」

 

 それは、占いに使われるタロットカードによく似たカードで、表面には《JUSTICE》と振られ、黒衣に身を包んだ神の姿が鮮やかに印刷されていた。

 

 

 

「ちぃ~っす」

「おや、いらっしゃい」

 

 明らかに寂れているという表現がピッタリ来そうなレンタルビデオショップ《ビデオマッスルⅡ》のカウンターに、普段と変わらないエプロンにメガネ姿の中年店長にあいさつをしながら、八雲はカチーヤを連れて店内に足を踏み入れた。

 

「おや? 可愛い子連れてるね、彼女かい?」

「いんや、マダムに世話頼まれた新人」

「カチーヤ・音葉です。よろしく…………」

「いいよいいよ、堅苦しい挨拶なんて」

 

 ペコリと頭を下げたカチーヤに店長は気さくに笑みを返す。

 

「店長、シックスいる?」

「ん?シンゴ君ならいつものとこにいるよ。新しいのが手に入ったんで、調整してもらってるとこ」

「そ」

 

 マスターが指差した方に八雲はカチーヤを伴って進んでいく。

 程なくして、店の奥の〈副店長お勧め!怪奇世界の部屋!〉と銘打たれたプレートの出ている小部屋へと入る。

 

「ここはオレの知り合いがやってる店でな。銃でも剣でも弾でも大抵そろえてくれる。利用するといい」

「はい…………」

 

 室内に所狭しと並べられた有名、無名、海外直輸入までそろったホラービデオを見回しつつ、八雲が目的の物を探す。

 

「これが鍵だから覚えておいて」

「これが?」

 

 八雲が取り出した〈恐怖! 殺人凍り豆腐の怪!〉と書かれたビデオテープを何気なく見ていたカチーヤだったが、八雲がそれを手にしたまま、僅かに空いたラックの隙間から手を突っ込むと、そこに壁に偽装されたスイッチを押し込むのに気付いた。

 カチリとスイッチを押す音が響くと、微かな音を立てて横手のラックが壁ごとスライドし、そこにある隠し部屋への扉となった。

 

「お、お前か」

「よ、元気してるかシックス」

 

 その隠し部屋の奥にあるカウンターの向こうで、作業着姿で何か作業をしていたHNシックスこと迫 真悟が八雲に気付くとその手を休めた。

 

「どうよ、調子は?」

「ま、ボチボチってとこだ」

 

 薄暗い隠し部屋に入りながら、八雲は左右を見回す。

 そこには、武器と名のつく物なら銃火器、刀剣を問わず山のように並べられた棚が整然と並んでいた。

 

「お、なんだよその可愛い子? 新しいGFか?」

「彼女連れてこんな物騒なとこ来ると思うか?」

「そりゃそうだ!」

 

 ギャハハと品のない笑いをしながら、シックスがガンオイルの染み込んだ手を作業着で吹いてからカチーヤに差し出した。

 

「オレはこの店の副店長でガン・スミス(銃職人)やってる迫 真悟、シックスでいいぜ」

「カチーヤ・音葉です。よろしく」

 

 ちゃんとガンオイルの拭いきれてない手を臆面なく握ったカチーヤにやたらと微笑みながら、真悟は握った手をやたらと振る。

 

「お~し、カチーヤちゃんには初会サービスしちゃう。今ならこのC―15 OICW(OICW=FCS(ファイアコントロールシステム)内臓型多用途突撃ライフルの事)に高速グレネード弾オマケにつけて…」

「そんな物騒な代物どう持ち歩けって言うんだよ」

 

 一抱えはある、アサルトライフルとグレネードランチャーを一体化させたとんでもない銃を喜々として売り込もうとするシックスに呆れながら、八雲が右手の棚から補充用の弾丸を手にしていく。

 

「麻酔弾あるか?ハンドガン用の」

「45(45ACP、破壊力を重視した大口径の拳銃弾)のなら確かここいらに…………」

 作業に使っていた奥のテーブルの下から弾丸ケースを取り出したシックスが、それをカウンターに置いた。

「カチーヤちゃんは何使ってるの? 今なら安くしとくよ」

「あ、あの私は9パラで神経弾を……2ケース程」

「OKOK、スペアマグも付けようか?」

「お、お願いします。コレのを」

 

 ジャケットの中のショルダーホルスターからカチーヤが抜いた拳銃を見たシックスの眉根がより、それをしげしげと見つめる。

 

「………グロックG18C? また過激なの使ってんねえ………」

「私射撃へたくそなんで、これ使えってレイホウさんに………」

「ああ、あの人ならそういうかもなあー……グロックのマガジン有ったかな?」

「あ、オレもスペアマグくれ。この間落っことして一つ無くしちまった」

「使用済みの奴だろうな? 前みたいにフル装填したの落として警察ざたはごめんだぞ?」

「ああ、まさかガンマニアに拾われっとは思ってなくってな~モデルガン改造して撃とうとして暴発させて大問題になったっけなあ…………」

 

 明後日の方を見ながら頬を流れる一筋の汗を見られないようにした八雲が、並んでいるナイフを手に取りつつなんとかその場をごまかす。

 

「それ最新のHV(高周波振動)ナイフだぞ。ちと高くつくが、買うか?」

「切れ味は?」

「これくらい」

 

 シックスが半ばから真っ二つになっている辞書(本来の目的で使用された形跡皆無)を見せつつ、レジに買い上げ金額を打ち込んでいく。

 

「一応もらっとく。カチーヤは他に何かあるか?」

「あ、もう結構です」

「じゃ、こん位で」

 

 シックスが右手の指を4本まとめて立てる。

 

「もうちょいまけろよ」

「マガジン無くさなくなったらな」

「ケチ」

 

 懐から取り出したカードで清算を済ませた八雲が、持参してきたバッグを広げて買った弾丸とナイフを詰め込んでいく。

 

「さてと、今回は島根まで行かなきゃなんねえからな。これだけありゃ間に合うか?」

「島根? またエライ遠くまで行くじゃねえか」

「この間起きた神主殺人事件の調査なんです。悪魔が起こした可能性が高いらしくて………」

「カチーヤちゃん、ヤバくなったらこの馬鹿身代わりにしてとっと逃げていいぜ。オレが許可する」

「何でお前にそんな権限あんだよ」

「い、一応足手まといにならないくらいの修行は積んでますから……」

「無理すんなよ。オレだって初めて悪魔と闘った時は腰抜かしそうになったんだから。本当に抜かした奴はそこにいるけど」

「言うんじゃねえ!!」

「じゃ、また!」

 

 赤面しながらカウンターの下から瞬時にステアーAUGを取り出したシックスから逃げるように、八雲はカチーヤを連れてその場を逃げるように後にした。

 

 

 

「おや、安部君じゃないかな?」

「知ってるんですか!?」

 

 大学八校、博物館及び資料館七つを巡り、最後に来た元大学教授の民俗学者の所でようやく今までと違う反応を聞いた克哉が、メモ用に警察手帳を取り出しつつモンタージュを手ににじり寄る。

 

「確か、20年も前、まだ私が大学にいた頃教え子の一人だった阿部……才季(さいき)君だったかな? 彼に似ている気がする」

「詳しくお聞かせ願えますか?」

「ああ、随分と前の事だが、よく覚えている。何せ、変わった子だったから」

「変わった?」

 

 克哉の言葉に老人は重々しく頷く。

 

「そもそも、民俗学という物は、歴史の中で廃れていった神話を掘り出し、形にしていく事こそ意義がある。しかし、彼は違った。『神の実在を証明する』、いつもそう言って斬新な仮説を立てては研究を進めていた。ただ……目的のためには手段を選ばないという節があってね。他の学生達と問題ばかり起こして、ある日突然大学を辞めてどこかに消えてしまって、それきりだったよ…………」

 

 当時を思い出してか、老人の表情に苦々しい物が浮かぶ。

 

「これはあくまで仮定の話なのですが。」

 

 克哉は前置きをしてから、静かに言葉を繋げる。

 

「手段を選ばないとなると、例え殺人でもやるような人でしたか?」

 

 その言葉に、老人の顔に驚愕の色が浮かぶ。

 

「殺人………彼ならば、あるいは」

「そうですか………」

 

苦渋の表情をした老人の返答に、克哉は表面は平静を装いつつも、胸の内ではモンタージュの男の立場は参考人から容疑者に変わる。

 

「彼の住所は分かりますか?」

「さあ、大学を辞めてすぐ住んでいたアパートも引き払ってしまって、今では何をしているのやら……………」

「そうですか。他に何か思い出した事が有ったら、連絡もらえますか?」

「ああ、いいですよ。もし彼が間違いを犯しているのなら、恩師としては何としても辞めさせなくてはいけませんからな」

「そうですね…………」

 

 沈痛そうな表情で呟く老学者に、連絡用の携帯番号を渡すと克哉は黙ってその場を去った。

 だが、それと同時に遠くからその光景を見ていた小さな影が、その場から飛び去るのに気付く者はいなかった。

 

 

 

「そうか、警察も馬鹿にはできんな」

 

 どこかの洞窟内と思われる薄暗く湿った空間の中で、祭壇の準備をしていた男が、耳元で何事か囁いている半透明の翼を持った子供の姿をした妖精 パックの報告に耳を傾けていた。

 

「教授なら私の事を覚えてるかもしれんと思っていたが、そこまで探し当てる警官がいるとはな…………儀式までの間、時間を稼がなくてはならんな」

「心得ております、安部様」

 

 いつからそこにいたのか、薄汚れたコートを羽織って顔に卑しげな笑みを始終浮かべている男が、儀式の準備をしている男の背後で頷いた。

 

「誰にも邪魔はさせるでない。葛葉の連中が嗅ぎ付けてきている可能性も在り得る」

「その時はその時、とりあえずハエを落としてきます」

「頼むぞ」

「御意のままに…………」

 

 背後の気配が消えるのを確認すると、男は祭壇の中央に設えた石台で眠っている女性に目を向けた。

 

「剣に姫、あとは媒体となる草薙が揃えば………祭り返しの準備は整う。今こそ、人は神を欲する時なのだ………」

 

 どこか虚ろな瞳で、男―阿部 才季は黙々と儀式の準備を進めていた。

 

 

 

「そうか、分かった」

 

 ハッキングされた形跡を調べていた例の太めの警官から、モデムに僅かに残されていた通信記録のデータ移動の痕跡から、何か画像データが盗まれたらしい、と告げられた克哉は何気なく懐にあるモンタージュの事を思い出しつつ、電話を切る。

 

「データをコピーしていったとなると、証拠隠滅の類ではなし、かといって、モンタージュの類を盗むとなると一体何が目的だ?」

 

 ブツブツと呟きながら、露天のクレープを軽食に買ってかじる。

 スーツ姿でサングラスの男がクレープかじりながら何事か考えながら歩くという、傍目から見たら微妙に怪しい状態を維持していた克哉が、クレープの最後の一片を口の中に放り込んでそのクレープの総合採点をしようとした時だった。

 

「ちょっといいですかい?」

「何だ?」

 

『チョコバナナカスタードクレープ 65点』と口に出しそうになったのを脳内に留め、声を架けてきた人物の方に振り向く。

 

「あんたが、周防刑事さん?」

「正しくは警部補だ。僕に何か用か?」

「あんたが今捜査している事件の耳寄りな情報、買ってもらえませんかね?」

 

 薄汚れたコート姿で卑しげな笑みを浮かべている男を上から下まで観察した克哉が、疑わしげな視線で男の目を凝視した。

 

「で、何を知っている?」

「ここじゃちょっと………向こうまで来てもらえませんか?」

「待て、まだ買うとは言ってない!」

 

 返事も待たずすたすたと歩き出した男の後を克哉が慌てて追う。

 男が予想外の速さで路地を横切り、小さな公園へと入った所で克哉へと振り返った。

 

「ここならいいでしょう」

「何を、だ?」

 

 男の顔に、危険な笑みが浮かんでいる事に気付いた克哉が、最大限の警戒を取りつつ、男と相対した。

 

「こういう事です」

 

 男は、懐から小さな土鈴(土製の鈴・祭具の一種)を取り出すと、それを振る。

 見た目よりも澄んだ音が響くと同時に、突然周囲にあった人の喧騒や道を行く車のエンジン音といった全ての音が消失した。

 

「今、安部様は大事な儀式の準備中でね。あんたみたいなうるさく嗅ぎ回る人間が邪魔なんですよ」

「ほう、それは貴重な情報だ。で、報酬は幾ら払えばいい?」

 

 この状況に克哉が一切動じていないのも気付かず、男は酷薄な笑みを浮かべる。

 

「高いですよ、何せ、あんたの命ですから!」

 

 男が、懐からいきなり銃を取り出して克哉へと突き付ける。

 とっさに自分も銃を抜こうとした克哉だったが、すぐにそれが実銃ではなく、ガンシューティングゲームに使われる光線銃によく似た物だと気付いた。

 

「………何のつもりだ?そんなオモチャを突き付けるとは?」

「なに、こいつは便利なオモチャでしてね」

 

 ニタニタとした笑みを浮かべながら、男の指がセーフティ型スイッチをONに入れ、それの電源が入る。

 

「使う人間が使えば、すこぶる便利なんですよ」

 

 男はハンマーの位置にあるトラックボールを親指で操作し、銃の上部に取り付けられたダットサイト(拳銃などに装備する無倍率のレンズ型照準装置)を二回り程大きくした投射ディスプレイ内のカーソルを合わせる。

 

「このようにね!」

 

 トリガー型ENTERキーを、男は握り込む。

 銃口内に小さな魔方陣が浮かび上がるのを見た克哉が、とっさに横へと飛んだ次の瞬間、銃口から飛び出した何かが、背後にあったベンチを一撃で食い千切った。

 

「こいつは!?」

「ほう、避けたか…………」

 

 銃口の中から飛び出してきたワニに似た怪物、エジプト神話において罪人の魂を食らうとされる魔獣 アーマーンがその巨大な顎でベンチを噛み砕くと、脇へと吐き捨てた。

 

「マズイ………ウマイノ食イタイ……」

「そいつを食っていいぞ、アーマーン」

「グウウ……」

 

 男の指示に従って自分の方を振り向いた克哉の顔色が変わった。

 

「貴様、悪魔使いか!」

「デビルサマナーって呼んで欲しいですね。まあ、死ぬ人間に言うだけ無駄でしょうけど!」

 

 男の言葉を合図にしたかのように、アーマーンが克哉へと襲い掛かる。

 

「そう来るのなら、こちらもそれなりの対処はさせてもらう」

 

 アーマーンの攻撃をかわしながら、克哉が懐から一枚のカードを取り出す。

 

「ヒューペリオン!」

 

 それをかざした克哉が叫ぶと同時に、カードが瞬時にして光の粒子となって霧散し、克哉の周囲を取り囲む。

 そして、それが克哉の体内からさらなる光の粒子を導き出し、そしてそれはカードに描かれていた黒衣に身を包んだギリシア神話の古代神の一人、ヒューペリオンの姿となって克哉の背後に現れた。

 

「撃て!」

 

 克哉の声に応じて、ヒューペリオンの両手に光の弾丸が現れ、そこから放たれた三連射の弾丸が、アーマーンの頭部を貫いた。

 

「グガアアァァ!」

 

 予想外の反撃に、アーマーンが絶叫と共に周囲の街灯やゴミ箱を蹴散らしながらのた打ち回る。

 

「てめえ、ペルソナ使い!」

 

 ペルソナ、全てがそこから産まれたとされる混沌の世界に赴いてなお、己を見失わない者のみが持つとされる、神や悪魔の姿をした己の分身を克哉が呼び出した事に、男が驚愕する。

 その驚愕をよそに、克哉は男へと鋭い視線を向けた。

 

「そうだ。無駄な抵抗はやめて、おとなしく捕縛される事を勧告する」

 

 ショルダーホルスターから抜いたニューナンブを構えた克哉と、同じように手の平に光の弾丸を構えたヒューペリオンが男に銃口をポイントする。

 

「なめるな!」

 

 男は横っ飛びに跳んで銃口から逃れながら、西部劇に見られるファニング(早撃ち技能の一つ)のように左手でトラックボールを操作しながら、連続してトリガーを引いた。

 光線銃GUMPから古代中国の火の精とされる火をまとったネズミの姿をした魔獣 カソが、古代ギリシアで大地の下の下から蒸気で神託を伝えたとされる雲を身にまとった巨大な蛇の姿の邪龍 ピュートーンが、北アフリカに実在したとされる右の乳房を切り落とした女性の姿をした鬼女 アマゾーンが次々と召喚される。

 

「殺れ、殺っちまえ!」

『了解!』

 

 男の指示を受けた悪魔達が次々克哉へと襲い掛かる。

 

「投降の意思無しか。ならば行くぞ!」

 

 ヒューペリオンの手に炎が点ったかと思うと、瞬く間にそれは辺りを紅く照らし出す業火へと変じていく。

 

『マハラギダイン!』

 

 放たれた業火が、悪魔達を一瞬にして飲み込み、焼き尽くしていく。

 

「キキィッ!」

 

 ただ一体、火炎を吸収する能力を持ったカソが業火を突っ切り克哉へと迫るが、そこを的確に狙ってニューナンブから放たれた銃弾が、カソの頭を撃ち抜いた。

 

「く、くそう…………」

「諦めろ、今ならまだ暴行罪で検挙する。だが、これ以上やるならば殺人未遂罪になるぞ」

「殺っちまえば未遂もクソもあるか!」

 

 男が光線銃GUMPのイジェクトボタンを押すと、グリップ下部からマガジンのようにフラッシュメモリーが排出され、それを素早く別の物に替えて装填した。

 

「こいつは一味違うぜ! 出でよ!」

 

 光線銃GUMPの銃口が一際強く輝くと、そこから手にグングニルの槍を携えた北欧神話の最高神である魔神 オーディンが召喚された。

 

「殺せ、オーディン!」

「……いくぞ」

 

 厳かに宣言しながらオーディンが槍をかざすと、そこから猛烈な雷撃が放たれた。

 

「ぐっ!」

 

 それをモロに食らった克哉の体が吹き飛ばされ、その影響を受けてかヒューべりオンの姿が揺らぐ。

数瞬の滑空の後に克哉の体が公園内に植えられていた木に激突してその場に崩れ落ちた。

 

「トドメだ! 仕留めろ、オーディン」

 

 オーディンがトドメを刺そうと、槍を投げる体勢に入る。

 雷撃の余波で体に痺れが走る中、克哉は気力を振り絞って強引に立ち上がる。

 

「この程度で、僕が倒せると思ったか!ヒューペリオン!」

 

 残った精神力を全てペルソナに注ぎ込んだ克哉の背後で、ヒューペリオンの両手に無数の光の弾丸が産み出されていく。

 それを見たオーディンが僅かに怯んだ様子を見せる。

 

「!? オーディン!」

 

 男の疑問の声を受けてか、それを振り払うようにオーディンが再度、槍を構えなおす。

 

「滅べ……」

 

 オーディンの手から、砲弾のごとき勢いで槍が克哉の心臓目掛けて投じられる。

 だが、克哉はそれを避けようともしなかった。

 

『Crime And Punishment!(罪と罰!)』

 

 克哉の声と同時にヒューペリオンの両手から、機関砲のごとき勢いで無数の光の弾丸が連続発射される。

 発射された無数の光の弾丸は、投じられた槍を撃ち砕き、オーディンの体を霧散させ、光線銃GUMPを破壊し、男の体に次々と炸裂する。

 

「がはあっ!」

 

 血反吐を吐きながら、男の体が吹き飛ばされ。地面へと倒れ込んだ。

 

「公務執行妨害、殺人未遂及び殺人幇助、誘拐幇助の疑いで逮捕する!」

 

 罪状を読み上げながらゆっくりと男に歩み寄った克哉が、男の手に手錠を架ける。

 

「安心しろ、命に別状が無い程度には加減しておいた。知っている事を全部吐いてもらわねばならんからな」

「く、くくくく………」

 

 引っ立てられた男が、低い笑みを漏らす。

 

「何がおかしい?」

 

 不信に思った克哉が男を問いただすが、男は笑みを止めようとしない。

 

「安部様は、非常に疑り深い人でしてね。例えどんなに忠誠を誓っても、必ず保険を掛けておくんですよ」

「保険?」

「くくく、くふっ!?」

 

 男が、不意に奇怪な呼吸を漏らしたかと思うと、その口から血が吐き出される。

 

「ほうら、こういう具合に、ね!」

 

 男が吐血しながら、膝から崩れ落ちる。男の腹の中で、何かが蠢いているのに克哉が気付いた瞬間、それは一気に上へと昇ってきた。

 

「ぐ、がはああぁ!」

 

 男の口から、膨大な量の鮮血と肉片が吐き出される。そして、男の口から巨大な芋虫が男の臓物を食い破りながらその姿を現す。

 

「これは!?」

 

 人体から出現したとは思えない巨大な芋虫がその体を全て男の口から這い出した時、すでに男は絶命していた。

 その男の死体に巨大芋虫が食らいつき、咀嚼し始めたのを見た克哉は、とっさにニューナンブを向けて残っていた全弾を芋虫に叩き込んだ。

 

「何だ、これは…………」

 

 立て続けに弾丸を食らった芋虫が、何度かケイレンしたかと思うと、その体が砂のように崩れて虚空へと消えていく。

 

「予想以上にやっかいな事件になりそうだな………」

「キャー!!」

 

 その時になって、克哉は周囲の喧騒が戻ているのと、血まみれの男の死体を見た女性が悲鳴を上げているのに気付いた。

 

 

「やれやれ………」

 戦闘の疲れを癒す暇無く、克哉は地元警察への番号を携帯電話にプッシュし始めた。

 

 

 

「警察の方にも見せられたけど、知らないなあ………」

「そうですか、それは失礼しました」

 

 擬装用の新聞記者の名刺と共に見せたモンタージュに首を横に振られた八雲が、頭を一つ下げると、同じく新聞記者という事にして首からカメラを下げているカチーヤが何か遠くを見ている事に気付いた。

 

「どした?」

「……強い力を感じました。誰か、向こうで戦ってたみたいです」

「分かるのか?」

「はい、何者にも捕らわれず、ただ己の信念をどこまでも貫き通す、そんなまっすぐな力を感じました」

「そっか、誰かオレ達以外にもこの事件に首突っ込んでいる奴がいるみたいだな」

「どこかで出会うかもしれませんね。その人と」

「そうだな、取り合えず行ってみるか」

「はい」

 

 

 細い糸の両端を握った者同士が、今、少しずつお互いへと近づいていく。

 その先に何があるのか、知り得る者は、誰もいない…………

 

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