夏空の下、ウルトラマンは、友をいじめた子供達を虐殺した   作:ルシエド

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『心傷 -トラウマ-』の冒頭で1月末だぞ、って書いてたの、皆さん覚えてるでしょうか


2

 若葉は刀を鞘に収め、後ろに跳ぶ。

 跳んで着地するまでの一瞬で、若葉は戦場全体に視線を走らせた。

 

 魚座・メザードのピスケス怪獣は、千景を操り、隙を見てティガダークを操ろうとしている。

 ティガがまだ無事なのは、先に千景がやられ、竜胆が一気に警戒したからだろう。

 最初にあの能力をぶつけられたものは、まずそれに対応できない。

 千景が先にやられても、竜胆が先にやられても、不思議ではなかった。

 誰もそうは思わないが、千景が先に操られ、暴走ティガダークが敵に回っていなかったのは、本当に幸運だったと言える。

 友奈がそこに救援に向かっていた。

 

(上を抑えられているのが痛いな)

 

 上空には、蟹座・ザニカのキャンサー怪獣。

 射撃武器を反射する反射板を動かす能力で、戦場全域をカバーしている。

 これのせいで、杏の遠距離攻撃や巨人の光線攻撃の強みが半減してしまっていた。

 

 それと同様に、乙女座・アプラサールのヴァルゴ怪獣も辛い。

 この怪獣は一切の攻撃を透過する。

 巨人の光線が透過された時点で、おそらく真っ向からでは現在の巨人・勇者の全攻撃が通用しない。倒せないのだ。

 その上ヴァルゴ・バーテックスの爆撃能力により、空から常に爆弾を降らせてくる。

 言うなれば、撃墜できない大型爆撃機。

 

 勇者達は一方的なこの攻撃を必死に回避せざるを得ない上、この攻撃は勇者達が回避したらしたで樹海に当たり、神樹の根を破壊し、戦闘終了後の最悪の事態を予感させる。

 

「くっ!」

 

「私が撃ち落とします!」

 

 杏の武器は神の(おおゆみ)を改造したクロスボウ。

 (おおゆみ)は中国の紀元前から使われていたクロスボウとして有名だが、日本でも大昔には使われていたものである。

 騎馬騎射の隆盛によって時代から消えていったものであるがために、大昔の神様が残した武器としては、相応しいものであると言えよう。

 

 このクロスボウに弾数制限は無い。三分の活動制限もない。

 空から降ってくる爆弾の継続迎撃という分野において、杏以上の適任者はそういまい。

 球子と若葉に護衛され、杏は全ての勇者、全ての巨人を狙うヴァルゴの投下爆弾を、一つ一つ正確に空中で撃ち抜いていった。

 爆弾は空中で炸裂し、仲間と樹海は守られる。

 

 杏に向けて頷いたパワードとグレートが、同時にゴモラとソドムを蹴り飛ばした。

 パワードの桁外れのパワー、グレートの磨き上げられた技がゴモラとソドムを吹っ飛ばし、他の怪獣も巻き込んで、敵の攻勢が少し弱まる。

 

「あーもう面倒臭い! 『輪入道』!」

 

「まて、球子!」

 

 多用できない『切り札』を、焦り気味に球子が切った。

 球子はこう考える。このまま若葉と一緒に、高速タイプの双子怪獣から杏を守っていても、埒が明かない。

 それどころか"あっちに精神操作タイプの敵が行っている"以上、一秒でも早くこの状況を動かさなければ最悪の事態になりかねない。

 友情が、球子を焦らせた。

 

「いっけっー!」

 

 巨大化した旋刃盤が、燃え盛る炎の竜巻(トルネード)を纏うようにして、まず球子と相対していた双子座の片割れ、ブラックギラスを狙う。

 その後は空のキャンサーとヴァルゴを狙い、一気に竜胆達を助けに行く。

 そう考えていた。

 彼女のその作戦が成功すれば、友は助けられるはずだった。

 

 だが、キャンサーが空から蟹座怪獣ザニカの泡を吹く。

 "どんな火でも一瞬で消してしまう"と語られるザニカの泡は、あっという間に輪入道由来の業火を消し去ってしまった。

 球子は驚愕せざるを得ない。

 

「はぁっ!?」

 

 これは露骨な、"珠子と輪入道対策"だ。

 

 杏がこれに瞬時に対応。

 泡と、それを吹くキャンサー・ザニカに向けて、クロスボウの銃口を向けた。

 

「泡なんて凍らせてしまえば……『雪女郎』!」

 

 一つの市を凍りつかせるほどの冷気を一点集中した、吹雪の砲撃。

 吹雪は砲撃状の暴風(ブラスト)と化し、全ての泡を凍らせた上でキャンサーを凍らせようとする。

 だがその吹雪を、空中で水瓶座のアクエリアスの水が受け止めた。

 膨大な量の水を冷気が凍らせる。

 "冷気が水を凍らせるのに使われてしまう"。

 

 膨大な水が氷になった頃には、杏が放った冷気は全て使い切られてしまっていた。

 水を凍らせて冷気を使い切らせる、という水技の応用。

 超獣アクエリウスとアクエリアス・バーテックスの中間体は、杏の切り札をノーリスクで封殺する術を持っていた。

 

「……! これは……」

 

 これは分かりやすい"杏と雪女郎対策"。

 珠子と杏は瞬時に状況を判断し、負荷が大きい精霊を引っ込める。

 二人が精霊を撃ち放っていた間、精霊・義経でスピードを引き上げた若葉が一人で双子座を抑えていたが、これも長くは保ちそうにない。

 

「球子、杏の護衛を怠るな!」

 

「分かってる!」

 

 ブラックギラスとレッドギラス。

 双子の怪獣にして、ジェミニの小さく速いという特性を得た、星屑とそう変わらない程度に小さな怪獣二体。その速度は、義経で加速した若葉でも翻弄できない領域にあった。

 こっちは正統派な"若葉と義経対策"。

 双子座のスピードに、怪獣のパワーを乗せ、素早い義経と若葉に当てている。

 

 この双子怪獣から後衛の杏を守り切るには、盾の旋刃盤を持つ球子、近接特化の若葉、つまり前衛担当の勇者二人を当てなければ手が足りない。

 これだけ小さく速いと、巨人では体の大きさがネックになって対応しにくいという問題まで出てきかねない、そんなバーテックスであった。

 

 一方その頃、亜型十二星座からの攻撃を受けつつ、それ以外の星屑と大型全てを請け負っていたパワードとグレートも、苦戦していた。

 

 牡牛座/タウラス/ドギューの身体が、変身能力でより音響攻撃に向いた形に変化する。

 タウラスの鐘が鳴る。

 それは広範囲に響き、バーテックスにはダメージを与えないのに、ウルトラマンにも、神樹の加護がある勇者にダメージを与える異常な音波。

 身体変形により威力を増したそれが、全ての巨人と勇者を苦しめる。

 

『……っ!』

 

 これは『音』だ。

 音だけは、グレートが得意とする万能反射技(マグナムシュート)で跳ね返せない。

 攻撃を跳ね返してくるウルトラマンには、跳ね返せない攻撃をすればいい。

 これもまた、"グレートへの対策"による進化の一つ。

 

 アクエリウス・アクエリアスの中間体がロケット、光線、雷撃を放ち、音波で苦しむ巨人達と勇者達に猛攻を仕掛ける。

 ヴァルゴも便乗し、一気に爆撃を始めた。

 

任せる(I'll leave it to you)

 

『マカサレタ』

 

 グレートは両手を二丁銃の形にし、"自分を守ることの一切を放棄して"、勇者達に向かう攻撃の全てを撃ち落とす。

 撃って、リロード、撃って、リロード。

 鮮やかな銃撃が仲間を守る。

 そしてパワードが光弾を連射し、仲間を守るグレートを守った。

 

 反撃に、パワードが青色炸裂光弾『パワードボム』を放つが、アプラサールとの合一で攻撃無効能力を獲得したヴァルゴには当たらず、すり抜ける。

 この透過能力を封じられる技能を、パワードもグレートも、もちろんティガダークも持ってはいなかった。

 

『ヤッカイナ……!』

 

 例えば、初代ウルトラマンとパワードの攻撃系光線技の数を比較してみる。

 パワードの技は総数で四つ。

 対し初代ウルトラマンは十四種。

 攻撃技に限らないが、パワードの保有する技はかなり少ない。

 

 "桁違いのパワーがある"のがパワードの長所であり、"多彩な技を持たない"のがパワードの弱点だった。

 しからばこの透過も、"パワードへの対策"であり、"パワード以外にも刺さる対策"である。

 

 魚座、双子座、蟹座、水瓶座、乙女座、牡牛座。

 戦場に現れた十二星座の新形態。

 どれもこれもが『最悪』でこそないものの、『厄介』な特性を備えている。

 

 その中でも最も厄介であると言えるのが、サイコメザードと同一化したピスケスである。

 

『ちーちゃん!』

 

「うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい」

 

 発狂じみた様子の千景が、狂乱の刃をティガダークに叩きつける。

 耐久が低下したティガ相手なら容易に致命傷を叩き込める、そんな鎌だ。

 

 仲間と繋がり希望を得たことでまた耐久力が下がったティガだが、空手を初めとした実践武術には刃物に対抗する動きもある。

 ……巨人が小人の刃物を捌くための技はないが、そこは応用でなんとかする。

 千景の斬撃を防いだ、ところまでは良かったが。

 

『!?』

 

 千景が七人に増えたところで、防ぎ切れなくなった。

 精霊・七人御先。

 七人に増えた千景は、全てが虚像であり全てが本物である。

 

 二本の手で防ぎ切れるものではなく、七方向からの同時攻撃はティガダークの全身を情け容赦なく切り刻んでいく。

 ただでさえ強力な七人御先だが、この精霊の恐ろしさは、頑丈な大型バーテックス相手に使うよりも、仲間の勇者や巨人に対して使った時にこそ本領を発揮するものなのかもしれない。

 

『敵に回すとここまで厄介になるとは……!』

 

 竜胆の技は闇の八つ裂き光輪、ウルトラヒートハッグで全部だ。

 少々どころでなく殺傷力が高すぎる。

 ここから七人の千景を取り押さえるには、どうすればいいというのか。

 

「ティガダーク、なんてものが、最初から、居なければ、竜胆君だってあんな後悔は!」

 

『!』

 

「竜胆君があんな罪を背負うことも……

 竜胆君が戦いに引っ張り出されることも……

 戦いで傷付くこともなかった! ティガダークがいなければ! ……いなくなれっ!」

 

『……本当、俺は、ちーちゃんに心配かけてばっかだな』

 

 千景は竜胆に良い感情を抱いている。

 そして竜胆が持っている闇の力そのものに対しては、敵意に近いものを持っている。

 友達の心を勝手に物騒な方向に誘導しているのだから、それも当然のことだ。

 

 竜胆を好ましく思っている。

 ティガダークを嫌っている。

 普段はその二つを完全に同一のものだと認識できているのに、操られているこの状況では、その二つを分割して考えさせられてしまう。

 矛盾の思考が、殺意を走らせる。

 

 竜胆を苦しめるティガダークを憎み、竜胆のためにティガダークを殺そうとし、ティガダークを傷付けることで竜胆を殺していく、そんな異常過程。

 狂わされている千景を見ると、少年の胸は痛む。

 千景をこんな風におもちゃにした敵への憎悪で、暴走しそうになる。

 竜胆は千景と戦い、自分と戦い、千景を操っている敵と戦い、その全てに勝たねばならない。

 

『こんな時でもなければ、ちーちゃんの苦しみも、全部聞いてやれないのか、俺は』

 

「闇なんて……闇の力なんて……

 私の友達の心を蝕むおぞましいものなんて……どこかに行って……!

 優しい人が、優しいままでいられないような心の動きになんて、勝手にしないで……!」

 

 竜胆は千景を捕まえる。

 だが捕まえた千景は、竜胆の手の中で鎌にて首をかっ切り自殺した。

 バーテックスの狙い通り、トラウマ級の光景で竜胆の心にダメージを与えつつ、死んだ個体が消滅・竜胆の背後で再生する形で、竜胆の拘束を脱出する。

 そして背後から、ティガの背中を切りつけた。

 

『づっ』

 

 捕まえたら、自殺で脱出される。七人御先は本当に器用だ。応用の範囲が広すぎる。

 千景の自殺に動揺した竜胆が、七人の千景に対応しようとする中で、ティガとピスケスの目が合ってしまった。

 

(しまっ―――)

 

 ピスケス・メザードの幻覚能力が、発動する。

 

 だが、ティガに向けられたその能力ごと、ピスケスをぶん殴る少女がいた。

 

「せいやああああっ!!」

 

 飛び込んで来た高嶋友奈が、その拳を叩きつける。

 幻覚能力も突き抜けて、ピスケスを彼方に殴り飛ばした。

 殴り飛ばされたピスケスは地面に潜り、再度地面の下からティガや友奈を狙い始める。

 

『友奈!』

 

「こいつがぐんちゃんをおかしくしたやつだよね? 任せて!」

 

『任せた! 俺はおそらく、そいつの能力に一切抵抗できない!』

 

 友奈は端末のレーダーで敵の位置を確認し、対バーテックスに専念。

 竜胆は千景を抑え込みにかかる。

 地面から飛び出したピスケスはティガダークを狙うが、割って入った友奈を見て、友奈の方に幻覚を仕掛けた。

 相手の精神を操作し、記憶すら捏造するサイコメザードIIの幻覚である。

 

「あっ……うううっ……てやぁっー!」

 

 が。

 

「効くかぁー!」

 

 友奈は、幻覚を精神力であっという間に突破した。

 ピスケスは目を疑うように再度幻覚をかけるが、今度はもっと早く突破されてしまう。

 "サイコパスなので精神攻撃が効かない"などではなく、精神攻撃はちゃんと発動するし友奈もちゃんと苦しむのだが、すぐに幻覚を精神力で跳ね除けられてしまう。

 

 友奈は傷付かない心を持っているわけでもなく、心の弱さも普通の子並みに持っている。

 無敵の精神力などはなく、人付き合いでもたびたび嫌われることを恐れている。

 友奈は転ばない人間ではなく、何度でも立ち上がる人間だ。

 悪夢の幻覚に落とされようと、どん底からあっという間に彼女は駆け上がって来る。

 

「勇者! パーンチ!」

 

 友奈の必殺・勇者パンチがピスケスの目を潰す。

 十数個の目の内いくつかをあっという間に殴って潰すと、他の目も痛みからか閉じられて、潰れた目からは不思議な光る粒子が漏れていった。

 

「……? これ、なんだろう」

 

 サイコメザードIIの精神操作は、幻覚誘発粒子なるものを媒体にしている。

 ピスケスはこれをより強力なものとして行使するため、ピスケス本来の"物質潜行能力"にて幻覚誘発粒子を自らの視線に乗せて飛ばし、相手の目から脳内に浸透させている。

 要するに、視線を注射針にして、相手の脳内にヤバい麻薬を注入しているようなものなのだ。

 なお、友奈には効かない。

 

 今友奈が敵の目を殴り潰した時に目の中から出て来た粒子と、千景の脳内に浸透して精神を滅茶苦茶にしている粒子は、同じものである。

 更に、友奈が敵の目を全て閉じさせた瞬間、友奈に対する幻覚の干渉も停止した。

 友奈はこの能力が、目を合わせた相手にのみ作用するものであることを看破する。

 

「リュウくん、これ、目を合わせなければ大丈夫だと思う!」

 

『よし、それが分かれば、何とか気が楽になるな。サンキュー!』

 

 敵への対抗策を見つけた、と、思ったその時。

 十二星座特有の超速再生が潰された目をあっという間に再生し、目を合わせられないがために目を左手で塞ぐしかないティガに向け、ピスケス・メザードの電撃が飛んだ。

 竜胆は回避しつつ、友奈に当たりそうになったものを腕で守る。

 走る激痛、肉が焼ける音。

 腕が骨まで焦げた、気がした。

 

『……楽になるのは、気だけだが!』

 

「っ、危ない!」

 

 そして友奈を守った竜胆の背中に斬りかかる千景。

 友奈はティガの背中を足場とし、豪快な立ち回りと奇跡的な幸運で、千景の七ヶ所同時斬撃からティガを守ることに成功した。

 竜胆に寄り添う友奈。

 千景から竜胆を守る友奈。

 

 "そこに私が居たかった"という小さな気持ちが、千景の内に湧く。

 ピスケスの精神干渉が、それを強引に憎悪へと転換した。

 "そこに立つな"という憎悪が友奈に向けられる。

 

「高嶋さん、高嶋さん、高嶋さん!」

 

「……ぐんちゃん!」

 

「誰とでも仲良くなれるあなたが……大好きで、大嫌いで、羨ましくて、妬ましくて……!」

 

 ティガと友奈が二人揃って千景を取り押さえようとし、千景は六個体を囮にして一個体を一気に後退させる。

 取り押さえられた六体が自殺で消え去ると、ティガからも友奈からも距離を取った場所で、千景が七人揃っているのが見えた。

 

 痛々しい。

 今の千景は、形容し難いほどに痛々しい。

 傷付けたくない友達を傷付け。

 傷付くことを怖がる子なのに、自分を傷付け自殺している。

 千景が心底嫌がることを、バーテックスは洗脳にてやらせているのだ。

 

 竜胆と友奈の中に怒りがふつふつと湧いて、バーテックスでもない巨人の闇、精霊の闇が、その怒りを嫌な方向に誘導しようとしている。

 敵を見ても、味方を見ても、子供を絶望に落とそうとするものばかりだ。

 千景は鎌を携え、俯き友奈へ向けて呟く。

 

「ねえ、教えて……

 誰とも友達になれなかった私と……

 誰とでも友達になれそうなあなたの……

 違いは何……? なんで、あなたと比べて、私はこんなに価値がないの……?」

 

「……そんなことないよ! ぐんちゃんはぐんちゃんであるだけで、価値はあるよ!」

 

「どんな人間に対しても価値はあると言いそうなあなたがっ……軽い気持ちで言わないで!」

 

 だが、その時、人間側がしていたありとあらゆる予想を超えて。

 

 千景から、勇者の力が失われた。

 

『えっ……?』

 

「ぐ……ぐんちゃん!?」

 

 何がなんだか分からない。

 激動の展開の連続だ。

 千景の分身が解除され、勇者の衣装が消えて元の服装に戻り、勇者の力もかき消えた。

 

「なん、で? 私の……私の力……」

 

 そして、千景から力が失われた瞬間、突如として降ってきたヴァルゴ・アプラサールが、千景を飲み込んだ。

 

「あ」

 

 千景から力が失われてから、一秒も経っていない。

 一秒も経っていないその一瞬に、力を失った千景が、バーテックスに捕食されていた。

 

「―――」

 

 友奈も、竜胆も、その一瞬に何もできず。

 一瞬、思考の全てが止まり。

 止まった思考が動き出した一瞬の後に、竜胆が叫んだ。

 

『ちーちゃ……千景っ!!』

 

 だが、叫んですぐに冷静になる。

 あの村でも感じた千景の強烈な心の闇、ピスケスの干渉で更に濃度を増した闇を、千景を食ったヴァルゴの内部に感じる。

 闇に寄った属性の竜胆だからこそ得られた情報、そして推測。

 

『……これは。まさか』

 

 千景を食べたヴァルゴが胎動し、"力の質が変わった"。

 

()()()()()()()

 

 竜胆に遅れて、友奈の思考も動き出し、友奈は叫んだ。

 

「ぐ……ぐんちゃんが!」

 

『まだ、まだ大丈夫だ。こいつらにちーちゃんを食う気はあっても、殺す気はない』

 

「え?」

 

『最悪だ』

 

 今、ヴァルゴの半身である天女超獣アプラサールは、宇宙光線と少女の夢を合成した超獣であると表現される。

 アプラサールの素材は少女の夢、そして"乙女座の精霊"だ。

 しからばここには、本質的に『勇者との親和性』がある。

 郡千景という乙女は、今、乙女座の内側に取り込まれた。

 殺されないまま、取り込まれていた。

 

 アプラサールは、"怪物にされた少女の超獣"。

 

『そうか。

 そういう仕組みだったのか。

 俺達とちーちゃんの同士討ちを、神樹が止めに来た。

 神樹が仲裁したのか、神樹がちーちゃんを見限ったのかは分からない。

 でもあの瞬間、仲間に刃を向けたちーちゃんの勇者の力は、周囲に霧散した』

 

「……え」

 

『霧散した力ごと、全部まとめて、ちーちゃんを飲み込んだんだ。

 勇者が持ってる神樹の神の力をバーテックスは使えない。

 だけど、勇者の体から離れた神の力なら?

 所有権が消えた神の力なら?

 ちーちゃんの手を離れた神の力、精霊の力を飲み込んだ。

 それを制御するデバイスとして、ちーちゃんを飲み込んだ。つまり、これは』

 

 ヴァルゴとアプラサールの中間体は、そうして。

 ()()()()()()()

 七つの体全てを同時に倒さなければ死なない、七人御先の力を獲得したのだ。

 

 空に七体のヴァルゴが横並びする。

 一体一体があらゆる攻撃の無効化能力、一体でも無事なら即座に他六体が再生する能力、樹海も人もまとめて吹き飛ばす爆撃能力を備えていた。

 空から、悪夢のような爆弾の雨を、七体が同時に降り注がせる。

 

 樹海の空を覆い、ゆったりと降る、爆弾の雨。

 

『―――俺の友達を、どれだけ良いように使えば気が済むんだ。なあ、おい』

 

 七体のヴァルゴが樹海を更地にし、神樹を消し飛ばし、勇者と巨人を仕留めるまで、何分あれば十分なのか。

 誰にも分からなかった。

 

「リュウくん!」

 

『これも俺の特訓の成果だ、たっぷり味わえ』

 

 竜胆の手に現れるは、複数の八つ裂き光輪。

 以前竜胆が暴走した時、複数の八つ裂き光輪を連射したことがあった。

 それを参考に、極端に威力を低下させた八つ裂き光輪を大量に作り、竜胆はそれらを一斉発射していった。

 

 次々と、次々と、空から降る爆弾をいくつも八つ裂き光輪が切り裂き、空で爆発させていく。

 連射される複数の八つ裂き光輪。

 地上から杏やボブが援護してくれたおかげで、瀬戸際で全て迎撃には成功している。

 だが、多い。

 とにかく敵の弾幕が多い。

 ヴァルゴの攻撃力は、単純計算で七倍にまで跳ね上がっていた。

 

 無茶をすればするほど、自分を制御する余裕がなくなればなるほど、ティガダークの自分自身の守りは薄くなり、防御には隙間ができていく。

 迎撃に集中するあまり、防御がおろそかになったティガを、友奈が守った。

 

「来い、『一目連』っ!」

 

 嵐のような拳の連撃。

 拳の一撃一撃が竜巻のそれに等しく、拳の速度は突風を超える。

 数えきれない爆弾の雨を、ほんの一息の間に数百度突き出された友奈の拳が、殴って返した。

 

「あ、危なかった……!」

 

 友奈は精霊を解除する。精霊の負荷を考えれば、何度も使える防御手段ではない。

 

『まだ終わってないぞ! まずは、ちーちゃん奪還してからあいつぶっ殺してやる!』

 

 竜胆の言葉使いが荒い。

 友奈は少し危機感を覚えた。

 竜胆の精神への闇の力の侵食も、おそらく無視できない段階に入り始めている。

 彼にとって"千景に手を出す"という行為は、半ば地雷に近いのだ。

 

「ちゃんと会話が、成立すれば……」

 

『会話?』

 

「人は、他の人の暗い気持ちを、明るくできるって、私は信じてる。

 落ち込んでる時、辛い時、暗くなった心を友達が助けてくれるって、信じてる。

 心に自分で拭えない闇があっても、友達なら助けてあげられるって思いたい。

 そうやって助けてもらえれば、人は立ち上がれるはずだから。

 でも……こんな、会話そのものが成立しないんじゃ……いったいどうしたら……」

 

 竜胆は巨人体の動かぬ顔で、誰にも伝わらない微笑みを浮かべた。

 そうだ。

 彼女がこうだからこそ、自分は彼女を信じられる。そう思う。

 

 人が人の心を照らす。

 この状況に至っても、友奈は千景の心の闇を照らし、ここから千景が自力で再起し、敵の呪縛から逃れる可能性を見ていた。

 千景の性格を見た上でそう思えるのは、彼女が千景の強さを信じているから。

 そして、千景が誰かに照らされることで、立ち上がれる人間だと信じているからだ。

 千景の弱さを知った上で、その強さも無視しない、それが友奈という少女の在り方。

 

 千景はまだ死んでいない。

 ヴァルゴの内部で千景が覚醒すれば、もしかしたら、もしもがあるかもしれない。

 だが、このままでは無理だ。

 竜胆か友奈が、千景が立ち上がれるよう、少しの助けを届けなければ可能性はない。

 

 千景を助け、ヴァルゴを倒す。

 二人がこの瞬間にやるべきことは決定した。二人は、千景の友達だから。

 

『……友奈、援護頼む』

 

 何、だなんて聞き返すことはない。友奈はノータイムで力強く頷く。

 

『人間には、他人の闇を照らす力がある……か。奇跡にでも手を伸ばしてみるかな』

 

「リュウくん。背中は任せて」

 

『任せる。やるぞ、俺達二人で、あの子を助ける!

 自分なんて信じられないが……

 他人の心を照らす力が自分の中にあると、今は信じて、全力で、やってやる!』

 

「そうだよ、自分を信じて! リュウくんなら、きっとできるはずだから!」

 

 友奈を肩周りに乗せ、ティガダークが飛び上がった。

 信じられない速度の飛翔、されどグレートやパワードには及ばぬ速度。

 ヴァルゴに向かっていくティガの背後を狙おうとするバーテックスもいたが、それらには杏の射撃が当てられていった。

 

「杏、こっちにもっと誘引してくれ!」

 

「どうなっても知りませんよ!」

 

「雑兵はタマに任せタマえ! 大物も来ていいぞ!」

 

 杏が撃って、敵をおびき寄せ、それを若葉と球子が本気で迎撃する。

 敵を引きつけ、竜胆達を行かせるために、勇者は踏ん張る。

 敵を助け、仲間を助けてくれるはずだと、ティガと友奈を信じて託した。

 

 更にはグレートとパワードも敵を引きつける。

 グレートは空手の構えでどっしりと構え、両手を二丁拳銃の形にした。

 全ての敵を撃って引き寄せ、近寄る者は撃ち殺す、隙なき射撃。

 間断なく四方八方に撃たれる射撃が、竜胆と友奈に手を出すことを許さない。

 

全員、ここから先には行かせねえ(I can't let you go any further than here)

 

 そして、ヴァルゴ七体もティガと友奈に気付き、迎撃を行った。

 迫り来る爆弾の集中攻撃。

 ティガの肩を足場にし、友奈がここで飛び出した。

 

「うおおおおおおっ!!」

 

 可愛い声で、男らしい言葉で、友奈が叫んで拳を叩きつける。

 拳の連撃が爆弾を吹っ飛ばし、ティガが飛翔する道を開けた。

 友奈は空中で星屑に着地し、空中で何度か星屑を足場にして地面に降りていく。

 爆弾のダメージは、幸運にもほとんど無かったようだ。

 

 ここが、最後の交錯。

 飛翔するティガがヴァルゴに触れるまで、あと僅か。

 七体のヴァルゴが攻撃を当てられるチャンスは、距離から考えてあと一回。

 その一回でヴァルゴがティガを倒すか。

 その一回に耐え、ティガがヴァルゴに到達するか。

 たった一回の、たった一瞬のその瞬間が、人類の未来すら決定するだろう。

 

『届けえええええええッ!!』

 

 全速力で飛ぶティガ。

 七体同時に爆弾を放つヴァルゴ。

 当たる。

 当たる。

 当たる。

 これはかわせないし防げない。

 この威力の直撃なら、ティガダークの耐久力では耐えられない。

 その瞬間、竜胆は死を確信した。

 

 なのに、何故か急激にティガの飛行速度が倍以上にまで加速し、爆弾はティガの後方で衝突、そして爆発した。

 ティガには、傷一つ無い。

 地上で敵と戦いながらも、その合間にティガに向けて手を振る、パワードの姿があった。

 

『―――!?』

 

 パワードが使ったその技の名は、"ウルトラ念力"。

 光の国では比較的習得者が多い、念力で物を動かす技能。

 雑にパワー数値だけぶっ飛んでいるパワードらしく、とんでもないパワーで遠方のティガの背中を押し、体を押し込んだのだ。

 一瞬だけ飛行速度が倍近くにまでなったティガに、ヴァルゴの迎撃爆弾が当たるわけもなく。

 ティガの黒き手が、ヴァルゴに届く。

 

『レッツゴー! ファイオー!』

 

 ケンの応援を背に受け、手を伸ばす。

 竜胆が、ティガが、敵に向けてではなく、千景に向けて手を伸ばす。

 巨人の手が、触れた瞬間。

 誰も見たことのない力のエフェクトが、ヴァルゴを包み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 心の闇を助長する精霊の穢れと、脳内の記憶さえ捏造する幻覚粒子と、バーテックスの体内という最悪の環境の中で、千景の心は最悪に追い詰められていた。

 千景に向かって手を伸ばすだけで、竜胆の中にまで汚濁が流れ込んでくる気すらする。

 いや、実際にそうだった。

 千景の内部で膨らんだ精神の汚濁、心の闇は、ただでさえ暴走しやすい竜胆の中にまで流れ込んでしまい、竜胆にも良くない影響を与え始める。

 

『どうして、憎んじゃいけないの? 村のあれは、あなたの敵よ。死んだって良かったのよ』

 

 竜胆が千景の心に近づくたびに、剥き出しの千景の感情が竜胆に刺さる。

 千景の心に近付いていく過程はまるで、刃が上向きの鎌を無数に並べた地面の上を、裸足で進むようなものだった。

 一歩歩くと裸足の足がザクザク切れて、猛烈な痛みが走るような、そんな苦痛。

 立っているだけでも地獄。

 歩けば更に地獄で、しかも歩いていては間に合わない。

 必然的に竜胆は、無数に並ぶ鎌の刃の上を走るような苦痛を望んで選び取り、千景の心に近付いていかなければならなかった。

 

『私だけを見て。

 ずっと私のそばに居て。

 もう苦しまないで。

 もう闇になんて堕ちないで。

 自分らしくないことをして後悔したりしないで』

 

 竜胆に対する、呪いのような悲嘆、幸せを祈るような押しつけ、自分勝手な思いやり。

 

 千景の剥き出しの願望を押し付けているために、千景の周りの誰も幸せになれない。

 押し付けられた周囲が千景を嫌うために、千景自身も幸せになれない。

 千景を不幸にし、連鎖的にその周囲も不幸にさせるために、千景の願望を剥き出しにさせた上で少し歪め、千景の良心・倫理・思いやりなどを徹底的に除外、それを千景の基本思考として彼女の頭に植え付けている。

 

 竜胆は知っている。

 この感情が千景の一部でも、これは本当の千景ではない。

 本当の千景は人の痛みが分かる子で、他人の幸せを喜べる子で、他人の悲しみと辛さに共感することができる、優しい子だ。

 だから、バーテックスがいくら策を凝らそうと、竜胆が千景を見限ることはない。

 竜胆が千景を嫌いになることなんて、ありえない。

 

『嫌い、嫌い、嫌い、嫌い! 嫌い! 嫌い! 嫌い! 嫌い!』

 

 だが、竜胆が千景を嫌いじゃなくても、千景が千景を嫌う気持ちは、彼女の心の片隅にあった。

 

『誰にも好かれない私が嫌い!

 親に愛されない私が嫌い!

 陰気だって言われても直せない私が嫌い!

 助けられて、優しくしてもらって、なのに!

 "ありがとう"って思った時に、"ありがとう"って言えなかった私が嫌い!』

 

 愛されたい。好かれたい。自分が嫌い。自分が憎い。

 矛盾した感情だ。

 自分自身が好かれるべき人間だと思っているのか、嫌われるべき人間だと思っているのか、それすらあやふやで、一定していない。

 だが、これこそが人間なのだ。

 他人に対し愛憎の気持ちを抱くことがあるように、人は自分に対してさえも、愛憎の気持ちを抱くのだ。

 

 自分で自分を好きになれなくても、自分を好きになってもらいたいのだ。人間は。

 

 

 

『―――友達を傷付ける私が、嫌いっ!!』

 

 

 

 竜胆の喉を切り裂いた自分は竜胆に憎まれるべきだと思っているのに、竜胆に好かれたくて、友達としてちゃんと愛してもらいたいと思っているのだ。千景は。

 あの日の後悔はまだあって。

 あの日のトラウマは傷跡として残っていて。

 友奈にも、竜胆にも、千景は大きな愛を求めている。重い想いの少女なのだ。

 

「俺は好きだぞ」

 

「―――」

 

 そして、竜胆は。千景の"嫌い"にシンプルに応えた。

 

「勇者じゃない君も好きだ。……うわー、言っててこっ恥ずかしいなこれ」

 

 竜胆の言葉に、少し照れが入る。

 

「俺も自分は嫌いだな。

 でも、皆は好きだ。

 最近、俺が好きな皆が、何かお前死ぬなよみたいな空気出すじゃん。

 ……じゃあ死ねないなって、思っちゃったりもするんだよ。厄介なことに」

 

『……』

 

「ちーちゃん死んだら、皆は泣くぞ」

 

『泣かないわ』

 

「泣くよ。絶対に泣く。命賭けても良い」

 

『いつも賭けてるじゃない』

 

「うるせえ」

 

 勇者は皆泣くだろうさ、と竜胆は言った。

 

「若ちゃんが言ってた。

 勇者とは強き者のことではない。

 強き者に立ち向かう勇気を持つ者のこと、だと。

 まあ世界を守るためには強さも必要なんだろうけどさ。

 つまり、勇者は強くなくても良いんだと思う。

 だから戦いの経験が無いような、普通の女の子ですら勇者に選ばれる」

 

『え……』

 

「心の強さ、戦いの強さで勇者は選ばれない。

 神様はもっと違うものを見ている。

 恐ろしい敵にも立ち向かえる君の中には、神様が選んだ理由の、価値あるものがあるんだ」

 

『……だと、しても。

 もしもの話で、そんなものがあるとしても。

 私の中には……こんなにも弱さがあって……こんなにも醜くて……』

 

 千景の心に、竜胆の心が近寄っていく。

 

「それを、君が弱さと醜さと言うのなら」

 

 千景は一瞬、今の竜胆と、三年前の竜胆が、何故か、ダブって見えた。

 

 

 

「俺は君の弱さと醜さを、愛しく思う」

 

『―――』

 

「それはきっと、人に愛されるものでもあるんだ。ちーちゃん」

 

 

 

 赤い彼岸花の花言葉は、『悲しい思い出』『あなた一人を思う』『情熱』。

 竜胆の花言葉は、『悲しんでいるあなたを愛する』。

 悲しむ誰かを愛し、その人の味方になってやれる子に育ってほしいと、竜胆は親に願われて、この世界に生まれてきた。

 親はもう死んだ。

 親が死んだ時、竜胆はたくさん泣いた。

 泣いて、泣き止んで、立ち上がって、歩き出して。

 悲しみを乗り越えた少年は、親の願いを叶えるために頑張ることを心に決めて、三年前のあの日に、千景に手を差し伸べたのだ。

 

 御守竜胆は、郡千景の味方である。

 

「幸福を当たり前だと思わず、常に幸福の価値を感じている君は。

 あって当然の幸せを、あって当然だと慢心せず、守ろうと思える君は。

 とても綺麗だ。咲く前に険しい風雨に耐えて、風雨の後に綺麗に咲いた花みたいに」

 

『私は……私は……』

 

「君には君の価値がある。

 君が愛されるかどうかに、本当は君に原因なんて無いんだ。

 だって君が愛されるかどうかは、本当は周りが決めることなんだから。

 君が完全無欠の人間になったとしよう。

 愛されるに相応しい人間になったとしよう。

 でも、君を愛するか愛さないかの選択は、周りの人に決める権利があるんだよ」

 

『わたし……わたしっ……!』

 

「君は悪くない。

 何も悪くないんだ。

 愛されなかったことの原因は、君の中にはない。

 強いて言うなら、君に愛の無いことをした周りが悪い。

 愛する対象の好き嫌いで、君を選ばなかった周りが悪い。

 愛するべきだったのに君を愛さなかった親が悪い。

 世界は広いんだ。

 村の外に出たら、君をちゃんと愛してくれる人達は、ちゃんと周りに居ただろう?」

 

『……りんどう……くんっ……!』

 

「思い出して。君をちゃんと愛してくれる人は、君の周りにちゃんといるはずだ」

 

 

 

 

 

 辛いことばかりではなかった。

 幸せなこともたくさんあった。

 村で出会った人はほとんどが苦痛だった。

 勇者になってから出会った人達は、ほとんどが優しくしてくれた。

 郡千景は、思い出を蘇らせる。

 

 ボブがギターを弾いている。

 杏がハーモニカを弾いている。

 球子がカスタネットで合いの手を入れている。

 昔はプロのミュージシャンを目指していたというボブと、ボブに懐いていたからか、ボブに音楽を習った二人の勇者の合唱だ。

 

 空を見上げれば夜空。

 前を見れば焚き火。

 右を見れば竜胆。

 左を見れば友奈。

 夜空の下で、千景は竜胆と友奈に挟まれて座り、焚き火に枝を投げ入れながらボブ達の合唱を聞いていて、とても幸せな気持ちだった。

 

「千景ー、ボブが見てるだけじゃなくて千景もやってみろってさ」

 

「え!?」

 

 のんびりしていたら、ボブと球子に巻き込まれて、移動させられて。

 あたふたしながら、トライアングルを教わった通りに鳴らしてみる千景。

 ボブの主旋律(メロディ)、杏の和音(ハーモニー)に、時々楽しげな球子のカスタネットと千景のトライアングルが混じる。

 合唱団のような綺麗な曲ではない、お祭りのような、皆で遊んでいるような、楽しげな音が奏でられていた。

 竜胆と友奈が拍手して、それを受ける千景が照れている。

 

 ボブは千景の肩を叩き、こう言った。

 

それが、君の音だ(It's "You")

 

 千景が見失いがちな自分自身を、ボブは音という形で伝えた。

 言葉を噛み締めながら千景が元の席に戻ろうとすると、竜胆と友奈が隣同士に座っていた。千景の座っていた隙間が無くなっている。

 

「知ってる?

 ボブって、私達が聞き取りやすい英語を選んで喋ってるんだよ。

 本当は凄く汚いスラングも使ってた人なんだって。

 子供に悪い英語は聞かせたくないと思ってるんだって、ケンが言ってた」

 

「へー、知らなかった。サンキュー友奈。ここで知っといてよかった」

 

「でね、ボブは日本語勉強中だけど、前にこう言ってたらしいんだ。

 『日本とアメリカの言葉の壁はあるが、気にしない』

 『音楽があれば、どんな国の人間とも友になれる』

 『世界は滅ぼせても音楽は滅ぼせない』

 ボブは私達と出会った初日に演奏してね! 皆ととっても早く仲良くなったんだよ?」

 

「はぁー、クリスマスの音楽、あれそういう意味だったのか。

 あれって親愛の意味もあったんだな。そりゃまた、ハイセンスな」

 

 千景は竜胆の隣に行くか、友奈の隣に行くか迷って、友奈の隣に座った。

 

「ぐんちゃん、いい演奏だったね!」

 

「ありがとう、高嶋さん」

 

 この場所は、暖かった。

 焚き火があるからとか、そういう話ではなく。

 千景にとって、とても居心地のいい、暖かい居場所だった。

 友奈と千景が話していると、竜胆が何故か目を瞑って黙っているのが目に入った。

 

「竜胆君、何してるの?」

 

「ん? パワードとグレートとテレパシーで話してる。ちーちゃんも混ざる?」

 

「え? う、うん」

 

 友奈の隣に座っていた千景の隣に竜胆が移動して、また友奈と竜胆に挟まれて、千景は安らいだ気持ちになった。

 竜胆と手を繋いでみると、竜胆を中継アンテナにして、グレートとパワードのテレパシーが柔らかに千景に伝わってくる。

 

『チカゲ』

 

(……ウルトラマン?)

 

『君を見守っていた者の一人。パワードと、そう呼ばれている』

 

(パワード……)

 

『私達ウルトラマンがこの星に来た意味があるとすれば、それは……

 君のような子を守り、世界に安寧を取り戻し、君の心の光を再び瞬かせることだ』

 

(私の……光?)

 

『誰の中にも光はあるのだ、チカゲ。

 自分を信じろ。私には分かる。君の中には、君も知らない光があるのだ』

 

 真摯に千景の可能性を信じるパワードの言葉に、千景は少し戸惑いつつも、嬉しかった。

 

『君達は、私をグレートと呼ぶ』

 

(グレート……)

 

『友情を、どうか大切に』

 

(友情を?)

 

『私達ウルトラマンは、君達と変わらない。

 君達もいつか、私達と同じようになれるだろう。

 私達の間にあるのは、力の差だけだ。

 心の形も、また近い。

 だからこそ。私達ウルトラマンと、君達人間の友情のみが、奇跡を起こす』

 

(奇跡……?)

 

『人と人の友情。

 人とウルトラマンの友情。

 それこそが奇跡を起こす。

 ウルトラマンでも、一人で奇跡は起こせないのだ。

 君も友を大切にすると良い。それが、君を幸せにする奇跡にも繋がってくれる』

 

(……分かったわ)

 

『私も今は、君と共に戦う友の一人だ』

 

 暖かな思い出が、千景の胸を熱くする。

 思い出を噛み締めながら、千景は自分の中の闇に負けて、こんな思い出すら忘れかけていた自分を恥ずかしく思った。

 

(ありがとう)

 

 心の中で、自分を友と呼んでくれたグレートに、礼を言う。

 

「いいなあ、俺も音楽習ってみようかなあ、ボブに」

 

「リュウくん音楽に興味があったんだ、意外」

 

「え、だって音楽やればかっこいいしモテるよとか本に書いてあったし……」

 

「リュウくんって時々流れるように爆発的に頭悪い発言をするよね」

 

 暖かな思い出があった。

 

 愛されてないだなんて思えるはずもない思い出が、たくさんあった。

 

 

 

 

 

 そうだ。

 千景が石を投げる人にすら、立ち向かうことを躊躇ったのは。

 今の幸せが失われるのが怖かったから。

 今が幸せだったからだ。

 その後に、彼が加わった日常は、もっと幸せになった。

 

 千景が、友達が別の友達と仲良くなるのが怖かったのは。

 その友達が、大好きだったから。

 大好きな友達が離れていくのが、怖かったから。

 心の底から幸せを願える友達が、仲間が、ここで出来たからだ。

 

 どんなに恐ろしい敵とも、千景が戦ってこれたのは。

 いつも周りに、仲間が居たから。

 仲間が助けてくれたから。支えてくれたから。

 そんな仲間を、好きになれたからだ。

 好きになれた仲間を、友達を、守りたいと思ったからだ。

 

 ずっとこの時間が続けば良い。ずっとこの幸せを守りたい。そう思えたから、戦えた。

 

 

 

 

 

 竜胆は、千景の()()()()()()()

 

 それは、グレートにも、パワードにも、ガイアにも、アグルにも、ネクサスにも無い力。

 ティガダークだけの力で、竜胆だけの力。

 彼だけが可能な救済だった。

 

 千景の内に巣食っていた精霊の穢れ、バーテックスの影響で発生したもの、千景の内側を侵食していた闇の全てを、竜胆が光へ変換する。

 闇が消え、光が戻り、千景の心は、どん底から一気にフラットにまで戻った。

 精霊の穢れも、もうどこにもない。

 ならば自力で精霊の悪影響すら跳ね除ける成長を終えた今の千景が、闇に堕ちるはずもない。

 

 千景の心は、光を掴んだ。

 

 

 

 

 

 竜胆は神樹の力に訴えかける。

 一度間違えたら神罰で消しちゃうのが神様だってのは分かってます、と。

 でも間違いを許してやることもあるのが神様じゃないですか、と。

 人間に寛容さを見せてあげてくださいよ神様、と。

 

 神樹の神々は思う。

 

 傷が付いて価値が増すのは、人間だけだな、と。

 醜いから美しいのだと言うのも人間だけだな、と。

 

 宝石は傷が付けば価値が下がる。

 だが人間は、傷付き立ち上がり、そのたびに成長し、価値を増す。

 傷付くことで強く立派な人間になっていく、その過程が、神にはとても不思議に見える。

 傷が増えて価値が増すのは、人間だけだ。

 

 人間が、人間の心の醜さや弱さを"人間らしさ"と言い換えて、欠点でしかない部分をまるで良いもののように語ろうとするその心を、神様は人間ほど純粋に肯定できない。

 神樹の神々の多くも、それを欺瞞の類だと思ってしまう。

 美しい人間は美しい。

 醜い人間は醜い。

 弱い人間は弱い。

 そういうものではないか、と神々は考える。

 神によっては、人のそういう部分を"愚かしさ"と呼ぶのだろう。

 

 千景が弱さ醜さと呼んだ自らの心の一部分を、竜胆は愛し、その竜胆の訴えを、神樹の神々は聞き届けた。

 

 天の神も、地の神も、人の心など、本当の意味では理解していない。

 この神々に、違いがあるとすれば。

 それは―――この愚かしい『人間らしさ』を愛したか、嫌ったか、きっとそれだけ。

 

 

 

 

 

 暖かな時間があった。

 暖かな思い出があった。

 暖かな気持ちを届けてくれた、友達が居た。

 

 千景は、自分自身の心を抱きしめる。

 竜胆は千景を連れて行くため、千景に手を差し伸べる。

 

「ちーちゃん、多分さ、様子からしてすっかり忘れてたんだろうけど」

 

「?」

 

 少女が手を取る。千景の心が、竜胆の心に触れる。

 

 

 

「誕生日、おめでとう」

 

「―――」

 

「生まれてきてくれてありがとう。君が生まれたこの日を、俺にも祝福させて欲しい」

 

 

 

 千景の誕生日は、西暦2004年2月3日。今日がその、2月3日だ。

 生まれてこなければよかったのにと、何度村の人間に言われただろうか。

 生まれてきたことを、何度親に疎まれただろうか。

 自分は生まれてくるべきじゃなかったのかもしれないと、何度思っただろうか。

 

 この"生まれてきてくれてありがとう"は、彼女にどれだけ響くものだっただろうか。

 

「わ……私が……」

 

 この言葉が想い出の中にある限り、きっともう、千景の心が折れることはない。

 

 声が震えて、ちゃんとお礼が言えないのが嫌で、深呼吸して、千景は口を開く。

 

「私が生まれてきたことを、祝福してくれて、ありがとう……」

 

 竜胆がとても嬉しそうに、とても喜ばしそうに、笑顔を浮かべた。

 

 子供の頃、千景は暖かな世界を遠くに感じていた。

 彼女にとって"幸せな家庭"は、テレビの中にしか見れないものだった。

 自分を大切にしてくれる友達や仲間は、ゲームの中にしかいないものだった。

 暖かな居場所は、どこか遠くにしかないと、思っていた。

 遠くにあるから、自分は今そこから遠い場所にいるのだと、そう思っていた。

 

 それが自分の近くにあることに、とても、とても長い時間をかけて、彼女は気付けた。

 

 生まれた時に祝福され。

 後に呪われ、疎まれ。

 勇者になって、再び皆に祝福され。

 罪悪感に呪われて、自らをまた地獄に落とし。

 

 ―――今、彼女は。祝福と幸せの中に、生まれ直していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヴァルゴが苦しむ。

 分身していたヴァルゴが一体にまとまり、ヴァルゴに触れていたティガダークの手を、力任せに暴れて振り払う。

 だが、もう遅い。

 ヴァルゴが取り込んだ神の力も精霊の力も、全て残らず千景に吸い上げられた。

 端末を手にした千景が、バーテックスの内側で変身を遂げる。

 握った鎌が、いつもより心強かった。

 

『自分を信じろ。君自身に好かれる部分があるって信じてみろ。

 郡千景を舐めるな。馬鹿にするな。見下すな。無価値だなんて思うな』

 

 ティガダークのテレパシーを、心で受け止める。

 

『それが、本当の君だ!』

 

「……ええ!」

 

 赤き衣装を身に纏った千景が、ヴァルゴと一体化している今の状態を逆利用し、自殺した。

 千景とヴァルゴが、一体化したまま同時に自殺する。

 七人御先の力を取り戻した千景は一度自殺したところで死にはしない。

 だがヴァルゴは違う。

 自殺の致命傷ダメージは、しっかりと体に残るのだ。

 

 自殺し、再生し、自殺する千景。

 自殺し、致命傷を受け、自殺するヴァルゴ。

 自らの手で自分自身に、幾度となく致命傷を与えてしまったヴァルゴ・アプラサールは、再生の余地さえなく、消滅していった。

 全てを透過する無敵の敵なら、いっそ自殺してもらえばいい。

 

 七人の千景が消滅したヴァルゴから落ちて、空中でティガダークに受け止められた。

 

「ありがとう」

 

『気にすんな、友達だろ?』

 

「……うんっ」

 

 ヴァルゴを撃破したティガと千景を見上げ、誰よりも先に若葉と友奈が声を上げた。

 

「戻ってきたなっ!」

 

「やったぁ!」

 

 空のティガと千景に向けて、飛び上がる新手のバーテックス。

 千景とティガに襲いかかるはピスケスとサイコメザードの中間体。

 視線を通して強烈に相手の精神を支配する、固有の能力が発せられた。

 地中潜行に使われる物質浸透の能力により、この能力は巨人にすら浸透する、強力な幻覚能力となる。

 

 ティガが受けてはいけないそれを、ティガを庇うようにして七人の千景が受け止めた。

 竜胆が驚き、千景が精神干渉に歯を食いしばる。

 千景を見上げ、地上の友奈が大声で叫んだ。

 

「ぐんちゃん! 勇者は根性! 勇者は根性っ!」

 

「勇者は……勇者は……根性っ!」

 

 そうして、"郡千景なら容易に操れる"という昨日までの常識で洗脳攻撃を放ったピスケスは、今日からの"千景にそんなものは通じない"という常識に、粉砕された。

 

「竜胆君! 合わせて、決めて!」

 

 幻覚が効いていないわけではない。精神にダメージがないわけではない。

 過去は消えず、トラウマは残っていて、負の感情も胸の内にある。

 だが、それ以上に輝けるものが、千景の胸の内にはあった。

 

『応っ!』

 

 七人の千景が、七方向からピスケスを鎌で刺す。

 刺されたピスケスは動きを止められ、その頭上からティガダークが落ち―――巨大な八つ裂き光輪が、渾身の一撃にてピスケスを両断していった。

 

 精霊の負荷があるため、千景は一旦精霊解除。

 大きな鋏・反射板・堅固な甲殻を持つカニ、キャンサー・ザニカが空から襲来した。

 その後ろには火力を伸ばしたアクエリアスとアクエリウスの中間体。

 反射板で八つ裂き光輪を反射しつつ、中距離から飛び道具でティガダークを封殺しようという考えだろうか。

 

 以前までのティガダークには通じただろう。

 だが、修行を終えたティガダークには通じまい。

 

『友奈!』

 

「よーし、いっくよー!」

 

 ティガダークが友奈を手に乗せ、思いっきり友奈を投げつけた。

 友奈は正確な投擲でキャンサーの反射板の合間をすり抜け、キャンサーの額に強烈な蹴りを叩き込む。

 

「勇者ぁ、ぶっとびキーック!」

 

 小さなクレーターに近い凹みを、キャンサーの額に刻み込む友奈。

 キャンサーはたまらず友奈を上方に弾き、威力を逃した。

 友奈の攻撃に間髪入れず、ティガは八つ裂き光輪を投擲。

 キャンサーは反射板を正面に集めて八つ裂き光輪を反射しようとし、八つ裂き光輪が反射板に当たる直前に空に向かって軌道を変え、明後日の方向に飛んでいったのを見て違和感を覚える。

 そして、上に飛んでいった八つ裂き光輪の行く末を、見ようとして。

 

 精霊一目連の力を身に纏い、凄まじい速度で落下してくる友奈を見て、今の八つ裂き光輪が囮であったことを理解した。

 

「勇者ッ! 流星勇者パーンチッ!」

 

 キャンサーの額のクレーターに、猛烈な勢いで数百の拳が叩き込まれる。

 その攻勢はさながら暴風。嵐のような一気呵成。

 大抵の致命傷を治してしまう十二星座が死に絶えるまで、その全身をひたすら殴り、粉砕することで撃破した。

 

 亜型十二星座、三体撃破。残るは双子、水瓶、牡牛座のみ。

 

『っと』

 

 アクエリアスが、バーテックスとしての水操作能力と、超獣としての多彩な攻撃手段を混ぜ込んでティガを狙ってくる。

 ティガは空に飛び上がり、超獣の攻撃が樹海に当たらないようにした。

 舞う巨人。

 狙う怪獣。

 戦場で誰と誰が戦っているのかも正確には分からないくらい、めまぐるしく対戦カードが変わっていく中で、ティガは最後の高火力型であるアクエリアスに狙いを定めていた。

 

 黒き巨人が空をマッハ10を超える速度で飛翔して、アクエリアスが水の弾丸、雷の砲、光線、毒の霧にロケットと多彩な攻撃で迎撃する。

 それら全ての迎撃をくぐり抜け、アクエリアスに致命打を叩き込もうとするティガ。

 特訓によって基礎から鍛え直されたティガは、もはや動きのレベルが違う。

 細かな攻防一つ一つで、相手に対して優位に立てる。

 されどそんなティガの前に、小さな何かが割って入った。

 

 ティガの動きが止まる。

 暴走時に千景を攻撃してしまいそうになった時と同じ、エラーを起こした機械のような奇妙な停止をした巨人。

 暴走時でもないのに、何故そんな止まり方をしてしまったのか。

 見れば分かる。

 だって、ティガダークの前には、竜胆が殺した妹の姿があったのだから。

 

「また、あたしを殺すのか?」

 

『―――花、梨』

 

 タウラス・ドギューの中間体は、変身能力を持つ。人間にだって化けられる。

 その応用で、竜胆の妹に化けたのだ。

 殺せない。

 殺せるわけがない、

 今でも夢に見る妹のことを、攻撃なんてできるわけがない。

 

 たった一人の家族を殺したトラウマが、ティガの体を硬直させる。

 そして妹の姿で動きを止めた竜胆を狙って、アクエリアスがロケットを構えた。

 一発でティガを殺せる威力を込めて。

 アクエリアスがロケットを発射―――する、前に、アクエリアスのこめかみにあたる場所を、杏の吹雪の砲撃が撃ち抜いた。

 

 かつてないと言っていいほどに杏が力を込めた、爆裂するような砲撃であった。

 

「それは……それは、駄目でしょう! やっちゃいけないことでしょう!」

 

 アクエリアスが砲撃を受けた瞬間に、タウラスの背後に回った若葉の斬撃が、人に化けていたタウラスの体をぶった切る。

 若葉は怒っていた。

 怒った上で、冷静に刀を振るっていた。

 その怒りのほどは、咄嗟に体を捻っていなければ、人間体が上と下で生き別れになっていたであろう、タウラスの現在の状態を見れば窺える。

 

「迷うな、竜胆! お前の背中と心は、私達が守る!」

 

 若葉は逃げるタウラスに向けて刀を振り下ろし、怪獣体に戻ったタウラスも容赦なく刀でぶった切り、鐘の音響兵器を使おうとしたタウラスの鐘をぶった切って切り落とした。

 とにかく距離を取らなければ、と空に逃げた牡牛座のタウラス。

 だが、それが逃げたその先に、空中で空手の構えを取るグレートがいた。

 

俺も、な(Me too)

 

 空中で放たれるグレートの、天地逆さの正拳突き。

 拳より放たれたるは『ナックルボルト』。拳から雷を放つ技である。

 強力な正拳突きと雷の合わせ技は、タウラスの全身を粉砕しながら消し炭にしていった。

 

 頼れる仲間が、一緒に特訓と修行をした仲間が、心と背中を守ってくれる。

 なんて、頼もしいことだろうか。

 

『……心の底から、感謝させてくれ! ありがとう!』

 

 ゴモラとソドム、星屑は、仲間達が倒していってくれている。

 ティガは一番近くにいたアクエリウス・アクエリアスに狙いを定めた。

 アクエリアス部分が水を使ってティガの足を滑らそうとしてくる。

 アクエリウス部分が雷撃と光線を使ってティガを押し込んでくる。

 修行後のティガの動きにようやく目が慣れてきたのか、水瓶座の攻撃の精度と威力が増してきていた。

 

「先輩、持ってけー!」

 

 だが、知ったことかとばかりに、そこに旋刃盤を投げ込んでくる球子の姿があった。

 精霊輪入道の力で、彼女の武器は燃える巨大な旋刃盤となる。

 球子はここまで大きくなった旋刃盤を、投げて飛ばすか、飛ばして乗るか、そういう使い方でかなり大味に使っている。

 が。

 

 大社も、神様も、バーテックスも想像していない、面白い応用を最近球子は思いついていた。

 ガチョン、とティガの腕に巨大化した旋刃盤が装着される。

 そう、巨大化した旋刃盤は、球子には盾として使えないけれど。

 ウルトラマンならば、相応のサイズの武装として、使用することができるのだ!

 

『サンキュー、タマちゃん!』

 

 旋刃盤の炎が、アクエリアスの水を蒸発させてくれる。

 旋刃盤が盾として、アクエリウスの超獣らしい攻撃を防いでくれる。

 そして接近さえすれば、旋刃盤の刃が、強力な刃として機能してくれた。

 球子の制御で旋刃盤の刃は回転して切れ味を増し、球子の意思で旋刃盤の炎が水瓶座からティガを守り、猛攻が敵を追い詰める。

 

『こいつでトドメだ!』

 

 そして、燃えて回る旋刃盤の刃と、闇にて回る八つ裂き光輪が同時に敵へと叩き込まれ、水瓶座の体は四つに切断、その肉体は消滅していった。

 グレートはゴモラにトドメを刺しつつ、その戦いに感嘆の声を漏らしていた。

 球子が竜胆に与えた炎の光が、ティガが出した闇の上で映えて、とても綺麗な煌めく輝きを見せていた。

 

 闇があるからこそ光は美しく見える、と見た者が揃って同じ感想を抱いてしまいそうな、炎の光を映えさせる闇という構図。

 

なんて崇高な輝きだ……(Magnificent……)

 

 竜胆が亜型十二星座を仕留めていく間、他の皆も亜型十二星座と戦い、それ以外の敵を軒並み片付けてくれていた。

 乙女座を倒し、魚座を倒し、蟹座を倒し、牡牛座を倒し、水瓶座を倒し、残るは双子座と、一体のガゾートのみとなっていた。

 

 ティガが怪獣と対峙し構え、その右にグレートが、左にパワードがやって来る。

 三人の巨人が並び立ち、ケンが明るい声を響かせた。

 

『セーノデ、ヤリマショウヤ!』

 

 三人が、同じ構えを取る。

 構えた技、放とうとした技は、揃って同質。

 竜胆はちょっと照れながら、ボブは威風堂々と、ケンはノリノリに、技名を叫ぶ。

 

『八つ裂き光輪ッ!』

 

『DISC BEAM!』

 

『POWERED SLASH!』

 

 "殺傷力の高い円盤を投げつける"という技を、三人は同時に放っていた。

 

 ティガの八つ裂き光輪は、ガゾートの首を切り落とし。

 グレートのディスクビームは、消滅作用で兄ブラックギラスを消滅させ。

 パワードのパワードスラッシュは、見ていてちょっと引きそうなくらいの切れ味で、弟レッドギラスを真っ二つにしていった。

 

 かくして、結界内の敵は全滅する。

 

 一見、息を合わせた三人同時の華麗な連携攻撃に見える。

 だがその実、狙いやすいガゾートを竜胆に譲り、3m程度のサイズですばしっこく動き回るという非常に狙い辛い双子怪獣を、ボブとケンが受け持った形だ。

 竜胆が狙っても、双子怪獣にはまず当てられなかっただろう。

 大人二人が、一番面倒臭いところを受け持ってくれたのだ。

 

(……もっと強くならないとな、俺も)

 

 パワード。

 グレート。

 二人の強き光の巨人を、闇の巨人は眩しそうに見る。

 この二人が共に居てくれれば、この二人を目標にしていければ、道を間違えないまま、どんな敵にも勝っていける。そう、思えた。

 前を行く二人の巨人と、共に歩いてくれる五人の勇者がいることが、胸が震えるほどに頼もしかった。

 

 

 

 

 

 戦場に散った皆を、ティガが飛んで回収して、皆で集合。

 ボブとケンも飛んで回収しようとしていたが、"新入りの俺が行きます!"と竜胆がパシリを買って出たことで、竜胆だけが飛んでいた。

 そんな少年を見て、ボブもケンも、グレートもパワードも、微笑ましそうに笑っていた。

 勝利に笑み、球子は拳を突き上げる。

 

「まだ二分も経ってないなんて、蓋を開けたら楽勝だったな!」

 

「球子。途中過程の苦難を無視してどうする」

 

「若葉は堅いんだよ。楽勝、楽勝、って言っとけばいいっしょ!」

 

『タマちゃん、油断は禁物』

 

「な、なんだよ先輩まで。タマより若葉の味方するのか? そうなのか?」

 

『いやそうじゃなくて……神樹が、まだ樹海化を解除していない』

 

「―――!」

 

『まだ何か、来るのかもしれない』

 

 とびきり勘の良い人間は嫌な空気を感じ、そうでない人間は何も感じない、そんな空気。

 

 特に竜胆の感覚は、様々な意味で鋭く、異様な何かを感じ取っていた。

 

『来る、これは、これは……?』

 

 結界の端が揺れる。

 そして、何かが入ってきた。

 入って来たその時点で結界の中の空気が変わり、この場の全ての者が異常なものの到来を実感したのは、"それ"がそれほどまでに異常であることの証明である。

 

『これは―――』

 

 "それ"は、運命。

 ウルトラマンにとっての運命。

 人間にとっての滅びの運命が『バーテックス』であるのなら、ウルトラマンにとっての滅びの運命とは、この『悍ましき黒』である。

 

 これが死。

 これが終わり。

 無敵の巨人を、希望の巨人を、"最後"に終焉に至らせる黒。

 人を滅ぼす者の究極系に非ず、光の巨人を滅ぼす者の究極系。

 

 

 

「ぜ―――ゼットン!?」

 

 

 

 竜胆は知らない。

 だが竜胆以外は皆知っている。

 その名を。

 その種族を。

 その恐ろしさを。

 竜胆は感覚でその恐ろしさを理解し、竜胆以外は知識でその恐ろしさを熟知していた。

 

『奴は、一体? 俺は初めて見るやつです』

 

『ゼットンハ、カクベツ、ツヨイヤツダ。

 ボクノ……ボクノムスメヲ、フミツブシタ、カイジュウダ』

 

『!?』

 

『アレハ、フツウノゼットントハ、カタチガチガウナ』

 

 竜胆以外は知識でゼットンの恐ろしさを知っている。

 だが、"このゼットン"の恐ろしさをこの場の何人が理解できているだろうか?

 普通のゼットンとは比べ物にならない"これ"の本当の恐ろしさは、この場の者達の約半数が理解できていなかった。

 

 竜胆はかつてないほどの恐怖を感じていた。

 ボブは武人として、絶望的な状況を実感していた。

 若葉の鍛え上げられた戦闘感覚は、敗北を予感していた。

 ケンの膨大な戦闘経験が、"もう何人生きて何人死ぬかという状況だ"と直感させた。

 

 友奈が叫ぶ。

 

「あれ……アナちゃんを……ウルトラマンネクサスを、殺しかけた奴だ!」

 

 終焉・ゼットン。

 アルファベットの終わりはZ、故にゼットン。

 始まりの光の巨人、初代ウルトラマンを殺した悪夢。

 

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 ウルトラマン殺しの系譜が一体、『人型のゼットン』が、そこに立っていた。

 

 

 




次回の後書きでようやく大事なネタバラシができそうです

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