夏空の下、ウルトラマンは、友をいじめた子供達を虐殺した 作:ルシエド
友奈は覚えている。
ガイア、アグル、ネクサスが一気に脱落した一連の戦いで。
体もまだ完成していないような状態で襲来し、ネクサスの腹に大穴を空け、ネクサスからの反撃ではなく、自分の攻撃の反動で自壊したそのゼットンの姿を、覚えている。
未完成な体で光の巨人を明確に上回っていたそのゼットンが、今は完全に完成した体で、四国結界の内部にその姿を現していた。
黒い体。
青く発光する瞳、赤く発光する胸の宝石。
それはまるで、ゼットンでありながらもウルトラマンであるかのよう。
ゼットン特有の虫らしき意匠こそあるが、黒と銀をベースにした人型のその体は、ゼットンというよりむしろティガダークに近いデザインであるように感じられた。
人型のゼットンは槍を携え、静かに人間達の前に現れる。
「我が名は『ゼット』」
感覚の優れた巨人や勇者が、ゼットと名乗ったこのゼットンを見た時に感じる気持ちと。
ただの人間が、星屑を見た時に感じる気持ち。
それは、同種のものだった。
「私は終焉の化身」
『ヒトガタノ、ゼットン』
「私は全てを終わらせるため、生み出された」
ウルトラマン達の活動時間は、まだ半分以上残っている。
巨人三人、勇者五人。怪獣一体を相手にするには十分過ぎる戦力だ。
十分過ぎる戦力、のはずだ。
だが、ボブやケンの判断は違う。
勝利の確信は、二人の中には欠片もない。
ガイア達が生死不明になった時の大侵攻と似た空気すら感じられている。
その時は一連の戦いで五人のウルトラマンの内三人が戦場から消え、勇者五人の内二人が負傷することになった。その時と似た空気を、二人の大人は感じていた。
そして、感覚的には最も優れているであろう竜胆は。
"ウルトラマンと勇者の数を倍にしないと拮抗できない"戦力差を、肌で感じ取っていた。
(―――憎いとか、警戒とかじゃない、俺の胸の内にあるこれは、"恐怖"……?)
グレートとパワードが目を合わせ、頷く。
ボブとケンの意見は統一された。
これを、子供達と戦わせてはいけない。
『クルナ。ボクラフタリデ、ヤル』
「え?」
これまで、死の危険が山程あったバーテックス相手の戦いにだって、ボブとケンは少年少女が参戦することを許していた。
命の危機がある戦いに、子供達が挑み、子供達が自分の手で未来を掴もうとするその行為を許していた。
なのに、この戦いからは遠ざけようとしている。
大人二人は、自分達以外がこの戦いに加われば、絶対に死ぬと確信していた。
仲間がいれば連携ができるとか、仲間が助けてくれた方が勝率が上がるとか、もうそんなことをボブとケンは考えていない。
連携する前にティガや勇者が惨殺される未来が、ボブとケンの想像の中に浮かんでいる。
戦いの前から二人にそんな悲惨な想像をさせるほどに―――このゼットンは、強大だった。
ボブとケンが前に出る。
年単位の共闘を経た二人の連携は絶妙だ。
グレートが前に出て、パワードが後衛で構える。
前に出たグレートが攻める、と見せかけゼットの前で横に跳び、空いた射線を光線が飛んだ。
グレートが前に出てパワードの光線の初動を隠し、パワードが光線を放ち、グレートがそれを寸前でかわして敵に当てるという初見殺し。
完璧な連携が、初代ウルトラマンの必殺光線の五倍の威力、三十倍近い熱量のメガ・スペシウム光線をゼットの体に直撃させる。
その光線を―――ゼットは
『……!』
どう防いだのか、分からない。
いや、防御行動を取ったのかすら分からない。
ケン視点、ゼットは無造作に片手を上げ、光線を受け止めたようにしか見えなかった。
分かることはただ一つ。
このゼットは、パワードの凄まじい威力の最強光線を、片手で受け止められるということだ。
パワードの光線が途絶え、白い煙が上がりながらも無傷なゼットの手が、拳を握った。
「一億度、といったところか」
"手応えが足りない"と言わんばかりに。
無傷な手で、煙を握り潰すように拳を握る。
「足りんな。全く足りん」
その瞬間、ゼットは目を疑いたくなるような攻撃を仕掛けた。
まず発動した瞬間移動。
反応も迎撃も許さず後衛のパワードの頭を掴み、地面に叩きつける。
後頭部を叩きつけられたことで、ケンとパワードの頭の中身が揺れた。
ゼットの人差し指が、転がされたパワードの胸に向けられる。
『―――!』
「一万倍にしてから、出直してくるがいい」
パワードが倒れたままバリアを張ったのと、ゼットの指先から『一兆度』の火球が放たれたのは同時。同時であった。
『一兆度』。
それは、ゼットンの代名詞たる火球の温度だ。
ウルトラマン達の戦いのレベルともなれば、単純な熱量だけで破壊力は測れない。
熱量を完全に制御したゼットンの一兆度火球と、一つの技として磨かれた数十万度の光線の威力が互角、なんてことだってあるだろう。
パワードは一億度の光線を生み出すパワーで、バリアを作った。
防げないものなど何があるのか、と思わされるレベルの強固なバリア。
そのバリアを、指先サイズの火球がいとも容易く貫通し、パワードの胸に着弾した。
『アッ―――ガッ―――!!』
ゼットは"これが一兆度だ"程度の気持ちで、指先ほどの火球を落としただけだ。
気軽な気持ちで放たれた最悪の一撃。
それが防がれなかったことで、ゼットはウルトラマンに対し小さな失望を覚える。
だがここから更に追撃することは、グレートが許さない。
踏み込み距離を詰めながら、掌底光線『パームシューター』を放った。
海に叩き込めば、沿岸部の街をごっそり飲み込む大津波を起こせるだけの威力はある光線。
これを連打しつつ距離を詰めてゼットを攻撃、パワードを救出する……そう考えていたグレートに対し、ゼットは掌底から放たれた光線を、槍で打ち返した。
『ッ!』
先に撃っていた光線は二発。
光線発射直後の僅かな隙もあり、グレートは跳ね返ってきた二つの片方しか叩き落とせない。
グレートが叩き落とせなかった方の光線を、横合いからティガが投げた八つ裂き光輪が何とか相殺。グレートを守った。
『これは、二人だけじゃ無理です』
『
力の差は歴然。
戦いは既に、"勝つか負けるか"の戦いであるかも怪しく、"勝利の過程で死人が出るか出ないか"の戦いですらなく、もはや"全滅するかしないか"というレベルの戦いになりかけている。
今の一瞬の攻防で、ゼットの強さの片鱗を感じられなかった者などいない。
ゼットが槍で肩を叩き、三人の巨人、五人の勇者が揃い立った。
「ウルトラマンパワード。ウルトラマングレート。そして、ウルトラマンではない巨人」
ゼットは余裕で構え、巨人と勇者は陣形を整えていく。
「闇の巨人……ウルトラマンよりも、エンペラに近い者か。構わんぞ、好きに攻めるが良い」
『……そうかよ』
かくして、皆がゼットを囲んだ。
ゼットの逃げ場をなくす……のではなく、
ゼットの瞬間移動によって誰かが背後を取られた場合、他の仲間がそれをすぐに警告してくれるという目的での、包囲陣形。
そして、全員の一斉攻撃により、ゼットの処理対応限界を超えて攻撃を当てるための、包囲陣形であった。
若葉が叫び、号令をかける。
「行くぞ!」
八人が同時に攻撃を仕掛けた。
グレートは拳にエネルギーをありったけ溜めた。
パワードは一億トンの破壊力を持つ拳を解禁した。
ティガダークは拳の周りに八つ裂き光輪を展開し、その威力を高められるだけ高める。
勇者も全員、精霊を発動。
義経で十分助走を付けた若葉は右のアキレス腱を狙う。
一目連で数百の拳を一気に叩きつけるつもりで、友奈は左のアキレス腱を狙う。
球子は輪入道で巨大化させた旋刃盤を、カーブさせつつ顔面狙い。
杏は急所を狙う他の者と違い、武器の脅威に目をつけ、槍を持つ右手指を雪女郎で狙った。
千景は仲間の勇者に分身を一体ずつ付け、視点の広さで皆のカバーを担当した。
全員の攻撃が、高度な連携でほぼ同時にゼットに命中する。
命中する、はずだった。
(背後を取った! これなら―――)
全員の攻撃がゼットに当たると思われた、その瞬間。
ゼットの攻撃が、逆に全員に命中した。
『ん、なッ―――!?』
グレートがエネルギーを溜めていた腕を盾にしたが、槍を叩きつけられ吹っ飛ばされる。
パワードの腹が蹴り上げられ、巨人が宙を舞った。
拳をハンマーのように叩きつけられたティガが、地面にも叩きつけられる。
勇者も全員、一人一人に拳と足が叩きつけられる。
光の巨人であれば、当たりどころ次第で即死する威力。
人間の勇者なら、どこに当たっても即死する威力が、全員に叩き込まれていた。
一瞬の間に、ゼットは全ての敵の前に現れ、敵の全てに攻撃したのだ。
どんな手段でその攻撃を成立させたのか、攻撃を受けた竜胆にさえ分からない、そういうレベルにある攻撃手段にて。
「あ……ぐっ……づっ……!」
だが、死人は無い。
何故か? 千景だ。千景が全員を守りきったのだ。
今の一瞬に自分がやったことをもう一度やれと言われても、千景はできる自信がない。
千景は仲間に一体ずつ分身をつけていた。
そしてゼットの攻撃の瞬間、分身で仲間の勇者を庇ったのだ。
当然、ゼットの戯れのような拳や蹴りでも、千景の肉体と神の鎌は砕け散る。
だが砕け散った分の破壊エネルギーはそこで使われ、千景の分身はその場で再生し、連続で何度でも復活する壁となって皆を守ったのだ。
各分身が消し飛んだ数は、合計で五十超えか百超えか、もっと多かったかも千景には分からなかった。そのくらい、分身は再生するたびに消し飛ばされていったのだ。
分身の肉体強度、鎌の金属強度はオリジナルと同格。
ゆえに何十体と千景が体を盾にした結果、それなりには威力が削げた。
だが、それなりでしかない。
「くっ……あうっ……!」
若葉は歯を食いしばって気絶を避けていたが、右肩が脱臼し、両脛にヒビが入っていた。
友奈は攻撃の衝撃で気絶、パッと見では分からないが内臓に深刻なダメージが行っている。
球子は攻撃によって発生した規格外の衝撃波に腹を裂かれ、声も出せずに地を張っている。
杏は脳震盪を起こしており、友奈と違って気絶こそしていないが、このまま自力で正常な状態を取り戻せなければ、脳の精密検査が絶対に必要になる状態だった。
千景が窮地にとてつもない機転を利かせられなければ、皆死んでいた。
勇者システムがウルトラマンを参考にしたアップデートをしていなければ、皆死んでいた。
直前にパワードが一兆度を防げなかったことで、ゼットが巨人と勇者の強さに少し失望し、全力ではない攻撃を仕掛けたこの状況がなければ、皆死んでいた。
奇跡のような全員生存。
だが、それだけだった。
無事だったのは、巨人と勇者を含めて千景一人しかいないのだから。
「何よ、今の……!?」
七人御先の特性ゆえ、ゼットが相手でも無傷でくぐり抜けられた千景が、驚愕の声を出す。
今、ゼットは、"瞬間移動を繰り返して右から順に殴った"。
したことといえば、それだけだ。
敵の前に瞬間移動して、攻撃し、これで一瞬。
この一瞬を八人分繰り返した、ただそれだけ。
八度の一瞬。
一瞬にて一人一撃、されどその一瞬は八個合わせても、一秒にすら満たない時間。
千景の耳には、自分以外の七人と、自分の分身を叩き潰したゼットの攻撃音が、全て重なった一つの音にしか聞こえなかった。
そのレベルの、超高速連続瞬間移動であった。
ゼットはたった一撃で大ダメージを受け立ち上がるのにも苦労しているウルトラマン達を前にして、余裕たっぷりといった様子で、槍で肩を叩いていた。
「ゼットンは、瞬間移動ができるからゼットンなのではない」
ウルトラマン達が立ち上がるのをわざわざ待ってやりながら、ゼットは語る。
ティガ、パワード、グレートのカラータイマーが、点滅を始めた。
「『瞬間移動を武器として使いこなせる』からゼットンなのだ。
瞬間移動の前後に付け入る隙があるのなら、それは強きゼットンではない。
正しく兵器として完成したゼットンは、瞬間移動の連続の中でも戦える。
瞬間移動の合間にある一瞬の間に、攻防を成立させてこそ、巨人殺し足り得る」
瞬間移動をした直後、敵が反応し、反撃が間に合ってしまうようなら、そのゼットンはウルトラマンに容易に狩られる弱個体だろう。
瞬間移動に前兆がない。
瞬間移動をした直後に、敵に反撃すら許さず攻撃を行う。
だからこそ、ゼットンは最強足り得るのだ。
どう攻撃するかも事前に決められるゼットンは、瞬間移動の直後に攻撃できる。
攻撃される側は、瞬間移動されたことを認識し、ゼットンの現在位置を認識し、どこからどう反撃するかを思考しないといけないために、反撃はほぼ確実に間に合わない。
これがゼットンの強み。
これがゼットンの脅威。
怪獣退治の専門家さえ圧倒する、最悪の能力だ。
ティガは頭を抑えながら、根性で誰よりも先に立ち上がる。
(頭痛い……クソ、暴走するなよ、暴走するなよ俺……!)
頭にヒビが入った、ような気がした。
幸運だったと、竜胆は考える。
ティガに叩き込まれた威力を考えれば、十回中四回は首が折れるか、頭が潰れているかのどちらだったと、そう思えたからだ。
ティガが地面に叩きつけられるくらい、"頭の破壊"ではなく、"頭を下方向に叩き飛ばす"ことにエネルギーが使われたことが、本当に幸いだった。
人間で言えば、頭蓋骨にヒビが入ったくらいの傷で済んだのだから。
『くああああっ!!』
ティガが猛然と殴りかかる。
心が暴走に近付いている。
よって、スペックも上がる。
倍近くまで上昇したスペックを、特訓で身につけた動きで行使する。
だが、ティガの拳が当たろうとしたその瞬間、ゼットは瞬間移動でそれをかわして、ティガの背後から蹴りを入れていた。
『がッ』
ゼットが入れたのはミドルキック。
人間で言うところの"脇を蹴られてアバラが折れた"に等しいダメージが、ティガに入った。
ゼットはそのままティガの首を切り落とそうとする。
『
その時、"子供の危機"に、限界を超えてグレートが立ち上がった。
指を銃の形にし、ゼットに放つ。
ゼットは瞬間移動で楽々それを回避して、グレートの背後に移動。
蹴られたティガの体が、ゆっくりと倒れていく。
その瞬間移動を、パワードは読んでいた。
グレートの背後に現れたゼットに、パワードの蹴りが飛ぶ。
だが、ケンとパワードが完全に先読み勝負に勝ったというのに、ゼットは攻撃を見てからの瞬間移動でも間に合わせてしまう。
パワードの背後に瞬間移動したゼットがパワードの背を槍で切り、再度瞬間移動、グレートを真横から殴り飛ばす。
ティガはまだ倒れていない。
蹴られたティガが地面に倒れるほどの時間すら、まだ経過していない。
『グッ!』
『っ……!』
ティガが倒れ、切られたパワード、殴られたグレートもまた、倒れた。
ゼットは拳の一発一発に、ウルトラマンの光線級の破壊力があった。
技を使う必要すらなく、拳で何回か殴っていれば巨人も殺せる。
そこにあの瞬間移動だ。
瞬間移動のせいで巨人は攻撃をかわせず、攻撃を当てられず、一方的な戦いになってしまう。
『諦めるか……負けてたまるかッ!』
人間で言えば頭蓋骨にヒビ、アバラが折れている状態で、竜胆は根性と気力を振り絞って立ち上がる。
彼が大人に勝るものがあるとすれば、無茶をしていける若さ、向こう見ずな若さ、兎にも角にもぶつかっていける若さしかない。
八つ裂き光輪を構え、ティガはゼットに投げつけた。
『滅びてたまるか! ……お前達なんかに滅ぼされて、終わって、たまるかっ!!』
ゼットは瞬間移動で回避する。
(ここだ!)
竜胆もまた、賭けに出た。
ここまでティガはいいとこなし。
ゼットとて甘く見もするだろう。
先程のように、単純にティガの背後に移動し、ティガを背後から攻撃するというシンプルな攻撃に出てくる可能性は高い、と竜胆は読んだ。
そしてゼットが瞬間移動で消えた瞬間、手に八つ裂き光輪を発生させ、決め打ちで、反射的に背後を殴った。
ゼットが消えた瞬間には背後を殴っていた、というレベルの決め打ち。
決め打ちは当たり、背後に居たゼットの姿を拳の八つ裂き光輪が捉える。
……それが残像だと気付いたのは、八つ裂き光輪がゼットに当たらず、ゼットの体を光輪と腕が突き抜けた瞬間だった。
(!?)
A地点からティガの背後に瞬間移動したゼットは、ティガの背後に体が完全に現れる前に、ティガの背後からα地点に瞬間移動していた。
ティガの背後にゼットが移動したという事実と、α地点にゼットが移動したという事実は同時に存在し、光を頼りに敵を捉える生物では絶対的に捉えられない事象が発生する。
まるで、世界が騙されたかのような残像。
ティガの背後にゼットはいるのに、いなくて、残像しかなくて。
α地点から、溜め息を吐くゼットが、溜め息程度の軽さで全く本気でない一兆度の火球を放ち、それがティガの背中に着弾した。
『ぐああああああっ!』
「竜胆く……あっ!」
小さな体で走り、神速の攻防の中ティガに近寄ろうとしていた千景が、ティガの背中で炸裂した火球の爆発に吹っ飛ばされる。
今の一撃で、ティガの背中は見るも無残な状態になった。
背中の皮膚が消滅した。
背中の肉が黒焦げた。
肉の奥の骨まで焼けて、背中側から通った熱が内臓にまで火を通す。
明確に、致命傷だ。
『ちーちゃ……ぐ……ぐううううっ、ウウウウッ……!』
強すぎてやっていることの意味が半ば分からない。それが、ゼットであった。
ティガのカラータイマーの点滅が速まる。
思考が闇堕ちへのカウントダウンを始める。
ティガの体内で、ギチギチギチと、奇妙な音がした。
「これではハイパーゼットン程度の個体にさえ負けるぞ。そろそろ本気を出せ、ウルトラマン」
よくもその子を、とボブが怒りで立ち上がる。
早く彼を病院に、とケンが焦りで立ち上がる。
子供を痛めつけた邪悪を前にして、限界ギリギリのグレートとパワードに力が宿った。
槍持つゼットを、パワードとグレートが左右から挟み撃ちにする。
瞬間移動もすることなく、ゼットは槍と拳にて受けて立った。
「遅い、遅いぞ、ウルトラマン」
『ッ、コノレベルノ、ツカイテトハ……!』
空手の達人たるグレートの連撃を、右手の槍で軽々捌き切る。
一億トンのパンチ力を持つパワードの剛撃を、左手で安々と流し切る。
ウルトラマンが攻めれば攻めるだけ、ゼットが防げば防ぐだけ、そこにある力の差が明確に浮き彫りになっていく。
武術の腕一つ見ても、ゼットは確実にこの二人の上位互換であり。
その武術は"対ウルトラマン"に特化しており、ウルトラマンの使う武術全てに対して極めて相性有利、と言っていいものだった。
左右からの同時攻撃からズラして、前をグレート、背後をパワードが取り、前後からの同時攻撃。
パワードが背後から撃った光線は、そちらも見ずに槍で防ぐ。
正面からグレートが撃ってきた光線は、容易く掴んで握り潰した。
前後からの同時攻撃すら防ぐ、達人級の妙技が辛い。
「だが、悪くない!
追い詰めてからが強いな、ウルトラマン。
急所に私の拳が当たれば即死しかねないその脆さで、よくここまで粘れるものだ!」
勇者とは、自分より強い者に立ち向かう勇気を持つ者。
ウルトラマンとは、自分よりも強い者に勝って平和を守ってきた者。
自分より圧倒的に強い敵に立ち向かうことも、彼ら彼女らには日常茶飯事だ。
『ボブ!』
二人は諦めない。ケンが掛け声を担い、声を合図にグレートとパワードが前方向からゼットに同時に攻撃を仕掛ける。
グレートの腹狙いの正拳突き。
パワードの、顔面狙いの鋭いチョップ。
ゼットはグレートの正拳突きを腹筋だけで軽々受け止め、パワードのチョップに頭突きを返してパワードの手の骨を粉砕した。
ケンが痛みの声をこらえる。
『
続けて放たれるパワードのハイキック、グレートのローキック。
地味に防ぎづらい同時攻撃を、ゼットは丁寧な技巧で綺麗に受けて流す。
ウルトラの星の格闘最強候補・レオのレオキックに匹敵する、そんな威力のキックによるキックコンビネーションがさらりと流されているこの光景は、あまりにも異常だ。
「それで?」
トン、とゼットが二人の巨人を押す。
まるで、パワードのように。
パワードを馬鹿にするように。
グレートとパワードの体を押して―――二つの巨人の体は、結界外にまで吹っ飛んでいった。
『!?』
結界外で済んだのは、グレートとパワードに飛行能力があり、二者が空中で踏ん張ったからだ。
そうでなければ、余裕で大気圏外にまで吹っ飛んでいた。
二者は踏ん張り、結界外で止まり、超速飛翔にて急いで結界の中へと戻る。
ティガと勇者達にトドメを刺そうとしていたゼットに、グレートとパワードはディスクビームとパワードスラッシュ、二人なりの八つ裂き光輪を同時発射した。
ゼットは振り返り、余裕綽々で"指"にて二枚の光輪を掴んで止める。
止めてしまった。
『……フザケルナ、ナニカラナニマデ……!』
並の怪獣なら、手で白刃取りしようとした時点で、手が吹っ飛ぶ。
そういう威力がある。
だというのに、なんという指の力なのか。
本当に悪夢のようだ。
ゼットの強さを示す光景は、一つだけでも絶望なのに。
ゼットは戦えば戦うほどに、絶望に足るシーンを山のように積み上げてくる。
これを、なんと言えば良いのか。
そう、終わりだ。
皆が必死に足掻いても、問答無用でやって来る終わり。
モニターの中の人工生命が生きようといくら足掻いても、電源ボタンを一回押せば、その全てが消えてしまうのと同じ事。
終わりは理不尽なのだ。
製作者が決めた終わりは、テレビの中の登場人物がどんなに必死に足掻こうと、全ての世界と物語を終焉に向かわせる。
まだグレートもパワードも遠い。
ティガにトドメを刺そうとするゼットの視界に、飛びかかる千景の姿が見えた。
「その人は……私が守る!」
ゼットの近接攻撃は強いが、千景は自分なら相性は悪くないはずだと考える。
今のところ、ゼットは広範囲を巻き込む攻撃を使っていない。
一体の体を隠し、六体の体で継続攻撃。
そうしてゼットの注意を引いた。
更には、ゼットの体に収束された吹雪が当たる。
「うっ……くっ……私が、やらないと……!」
額から血を流しつつ、フラフラになりながらも立ち上がった杏が、収束した吹雪を放っていた。
脳震盪を起こしているのに、仲間を助けるために頑張っている。
恐るべき敵に立ち向かっている。
まさしく勇者だ。
だがその吹雪も、まるで歯が立たない。
「……?」
ゼットは杏の吹雪を、そもそも攻撃だと認識していなかった。
"これは攻撃なのかもしれない"と一瞬思考しながらも、"こんな弱いものが攻撃なのか?"という疑問から、これが攻撃であると思えていないのだ。
あまりにも攻撃側と防御側に差がありすぎるために、攻撃を攻撃と認識してもらうことすらも、できていない。
若葉は気絶しないでいるのが精一杯で、友奈は気絶から復帰できないまま。
グレートとパワードはまだ少し遠い。
そんな中、ティガは立った。
体の中で変な音がしていて、背中は一兆度により見るも無残に抉れ火傷が痛んでいて、それでもティガは立った。
『力貸してくれ、タマちゃん……』
心が弱っている。
自分一人で戦おうとする気持ちと、仲間に助けてほしいという気持ちが、ぶつかっている。
竜胆の朦朧とする意識から、声が漏れていた。
まだだ。
まだ、誰も諦めていない。
巨人も、勇者も。
竜胆も、球子も。
『頼む……このままじゃ……皆殺しだ……!』
限界を超えて立ち上がった竜胆の声に応えるように、球子もまた、腹から大量の血を流しながら立ち上がる。
「じゃあ、勝てよ、先輩っ……! 行ってやれ『輪入道』!」
精霊が肉体に負荷をかけることも構わずに、青い顔で息も絶え絶えに、球子は燃える炎の旋刃盤を、ティガダークに装着した。
仲間の武器を携えたティガが、ゼットに立ち向かう。
諦めない。
こんなところで諦めてたまるものかと、皆が歯を食いしばる。
まだ誰も、希望を捨ててはいない。
諦めない限り、希望は繋がる。
「お前が一番しぶといのかもしれんな、ティガダーク」
ゼットが拳を突き出すための構えを取った。
構えは一瞬。
その一瞬でティガは旋刃盤を盾の如く左腕に構え、右腕に八つ裂き光輪を構えた。
一瞬の構えから、突き出されるゼットの拳。
(これを、防いで……!)
旋刃盤を盾にして、防いだ、つもりだった。
だがその考えが甘かったことを、真っ二つに割れた旋刃盤と、衝撃でベキッと音が鳴った左腕が痛感させる。
勇者の武器は、神の武器。
二つと無い武器だ。
壊れたらもう代わりはない。
壊れたらもう、勇者としては戦えない。
だがこの状況でこの武器が
誰もが意図していないような場所で、物事が動き、綱渡りのように、皆の生死の運命が目まぐるしく転輪していく。
『……クソッ!』
竜胆は盾が壊れた瞬間、反射的に右腕の八つ裂き光輪を突き出した。
ゼットの喉に八つ裂き光輪が命中し、ガリガリガリと何かが削れる音がする。
それがゼットの喉が削れる音ではなく、八つ裂き光輪の刃の部分が削れている音だと気付いた瞬間、それを見ていた千景と杏の心が、少しだけくじけた。
「戦意だけは一人前だな」
『グッ……ウッ……!』
ゼットはティガの首を掴んで持ち上げた。
いつでもその首をねじ切ることができるだろう。
「自爆でもしてみるか? 構わんぞ、やってみろ」
『後悔っ……すんなよ……! ウルトラヒート―――』
「駄目よ竜胆君! 今使ったら、確実に死んでしまうわ!」
『っ』
自分の命を投げ出そうとしたティガを止めたのは、千景の声。
他の誰かなら止まらなかったかもしれない。
だが竜胆には、彼女を悲しませてはならない責任がある。
自爆を後押しする意志と、それを止めようとする意志が拮抗し、今日のところは、止めようとする意志が勝利した。
そして、マッハ25以上の飛行速度で戻ってきたグレートとパワードは、戻るやいなや、二人同時に光線を抜き放つ。
放たれるはスペシウム光線。
二人同時のダブル・スペシウム光線が、ティガの首を掴んでいたゼットの手首に正確に命中し、その威力でティガの首を離させた。
飛び込んだパワードが痛めつけられたティガを抱きとめるように救出し、グレートが一人でゼットの前に立ちはだかる。
悠然と立つグレートは、まるでティガと勇者達を守っているかのよう。
ティガも、勇者も。
二人にとっては守るべき仲間で、守りたい子供達であることには変わりない。
『コドモハ、ゼッタイ』
『
「くだらん挟持だ。だが……それが貴様らウルトラマンの力の源であることは、知っている」
宇宙恐魔人・ゼット。
身体能力は、暴走状態のティガダークを遥かに上回り。
戦闘技能は、達人のグレートを明確に上回り。
光線出力は、規格外のパワードを圧倒的に上回り。
総合能力で、現在の人類の総戦力の合計値を確実に上回る。
ゼットは、全ての命の物語を、世界と共に終わらせられる。たった一人で。
「つまらん。つまらんぞ、ウルトラマン。私は期待をしすぎたのかもしれない」
『……?』
「期待外れもいいところだ。
貴様らと戦う日のため、鍛錬を重ねたことが無意味にすら感じる。
これなら鍛錬などせずとも圧倒できただろうな。
肉体が未完成な段階ですら、ウルトラマンの一人を殺す手前まで行ってしまった。
ネクサスが弱いだけだと思っていたが、そんなことは全く無かった……実につまらない」
『お前……人類を、滅ぼしに来たんじゃないのか?』
「ついでにな」
『つい、で?』
「私の生まれた意味は、"ウルトラマンを滅ぼす"こと。
そこから全てを終わらせることだ。
天の神への義理は果たそう。
神が望んだ人の滅びくらいはくれてやる。
だが私の望みは、人に味方する巨人の駆逐だ。
誰に指図されたからでもない。
それが私の生まれた意味であり、私の選んだ生であるからだ」
『……!?』
「だが、ここまで歯応えが無いとは……
なら、私が生まれた意味とはなんだ?
簡単に果たせてしまう"生まれた意味"に価値などあるのか?
……地球を滅ぼした後は、ウルトラの星の光の国にでも攻め込んでみるとするか」
ゼットの理屈は殺戮と破壊を基本とした邪悪なもので、どこか子供の考えのようで。
ボブはその理屈を聞きながら、勇者達とティガを見る。
すぐにでも病院に運ばないと死んでしまいそうな子までいる、子供達を見る。
そして、ゼットを見る。
そんな子供のような理屈で、この子らをこんなに傷付けたのか、と思うと。
ボブの胸の内に、湧き上がる怒りがあった。
『
「来るかグレート。来いッ!」
踏み込むグレート。
その瞬間、世界を守る意志と、子供達を守ろうとする想いと、絶対に諦めない心が合わさり、グレートの総合戦闘能力が擬似的に倍以上に跳ね上がった。
諦めないのがウルトラマン。
想いで奇跡を起こすのがウルトラマン。
何かを守る時、勝利を諦めない時、ウルトラマンはいつだって勝利を収めてきた。
グレートは腕を十字に組んで、『スペシウム光線』を放った。
星すら砕く威力の光線。
ゼットが槍先を回して受け、光線を散らせる。
"ゼットン"が、グレートに数歩近付いた。
グレートの拳から放たれる『ナックルボルト』。
怪獣の巨体にも致命傷を与えられる、強力な電撃だ。
鮮やかに円を描くゼットの槍が、電撃を大気に散らす。
"ゼットン"が、グレートに数歩近付いた。
弓を引くような姿勢から、拳を突き出し放たれる『アロービーム』。
堅固な怪獣の甲殻すらぶち抜く、絶大な威力の矢型光線だ。
ゼットの槍が、正面から粉砕した。
"ゼットン"が、グレートに数歩近付いた。
空手の山突きの動きからグレートが放つは、特に強力な必殺光線『ディゾルバー』。
相手が普通の物質である限り耐えられない、原子破壊光線である。
槍が振るわれ、閃光のような一振りが、原子破壊光線を両断する。
"ゼットン"が、グレートに数歩近付いた。
両の手を銃口の形にして、放たれるは『フィンガービーム』。
数々の怪獣を穴だらけにしてきた二丁銃の連射が、ゼットの全身に着弾する。
防御すらしないゼットの表皮に、光弾の連射が弾かれていく。
"ゼットン"が、グレートに数歩近付いた。
今ある力の多くを振り絞り、グレートは最強光線『バーニングプラズマ』を放つ。
一発でも必殺。だが無理をして三発連続で連射する。
ゼットはそれに、必殺の槍三段突きで答えた。
巨人の三連必殺を、ゼットンの三連必殺が一方的に粉砕する。
"ゼットン"が、グレートを槍の攻撃範囲に捉えた。
一瞬。
その一瞬に、信じられない速度で近接戦の攻防が展開された。
グレートの両手から光の剣『グレートスライサー』が発生し、斬りかかる。
ゼットの槍が、光の剣を一方的に粉砕する。
だがそれは囮。
砕けた光剣の残光の中で、グレートは何万回繰り返したかも分からない、修練の果ての正拳突きの動きを選んだ。
どの動きよりも早く放てる、どの動きよりも速く動かせる、どの動きよりも滑らかに動かせる、故に最良の一撃。
グレートの一万年以上の鍛錬。
ボブの二十年以上の濃密な鍛錬。
全てが重なり、放たれる。
拳の中に圧縮された原子破壊光線『ディゾルバー』が、拳の破壊力を爆発的に上昇させた。
届け。
砕け。
勝て。
守れ。
祈りを込めて突き出された巨人の拳が―――ゼットの防御に、受け流される。
力は受けず、流すもの。
流麗なゼットの体捌きが、グレートの渾身の一撃を受け流してしまう。
そう、その一瞬。
ゼットの体術は、純粋な技量で、ウルトラマングレートを凌駕した。
「―――想いで勝てるなら、初代ウルトラマンは、ゼットンには負けなかった。そうだろう?」
ゼットの返しの拳が胸に着弾し、グレートの胸から背中にかけての胴の肉が、弾け飛んだ。
誰が何をしようと避け得ない死……確実な、致命傷。
ゼットンは、また、ここに一人。ウルトラマンを終わらせた。
誰も知らなかった。
友や仲間を傷付けられて暴走したティガダークは、ただそれだけで、他のウルトラマンをスペックで超越する最強の闇の戦士となった。
ならば、そう……『死んだなら』?
仲間が『殺されたなら』、どうなる?
傷付けられただけで最強になる闇の戦士は、仲間の死でどれだけ強くなる?
誰も、知らなかった。
胸も背中も、そのほとんどが残らないほどの大穴が、グレートの胸に空いていた。
ゼットの渾身の拳は、グレートに回避不能の死を叩き込む。
殺されたグレートを見て。
殺したゼットを見て。
どうしようもなく、竜胆は暴走した。闇の最強戦士ティガダークは、再び蘇る。
『■■■ッ―――!!』
誰も知らなかった。
仲間を大切に思うから、仲間が攻撃されるだけで暴走する危険性を獲得した、ということは。
大切な仲間が死ぬことで、強くなる準備が整ったのだということを。
ティガが跳ぶ。
マッハいくつなのかを目算で測れないレベルの、目で追い難いほどの速度。
その攻撃を、ゼットは瞬間移動で回避する。
そして瞬間移動したゼットにも、ティガダークは反応した。
「ほう」
A地点からB地点に瞬間移動するゼットに、A地点からB地点に一瞬で跳ぶ暴走ティガダークが食らいつく。
ゼットはティガの正面から背後に瞬間移動するが、ティガは人間離れした反応速度でそれに対応し、振り返り、ティガを背後から刺そうとしていたゼットに拳を叩きつける。
ゼットが瞬間移動してから、攻撃に移るまでの一瞬で、獣のように食らいついてくる。
瞬間移動は"移動の所要時間をゼロにする"反則能力だが、今のティガダークは、反応速度と対応速度が突き抜けていて、それらの所要時間をゼロにすることで対抗していた。
『■■■■■―――!!』
「ほう」
誰も知らなかった。
そんなティガダークですら、ゼットには歯が立たないということを。
「驚いたな。これは驚いた。
お前を除いた全員の力を合わせたよりも……お前一人の方が強い」
ティガダークを強いと言いつつ、ゼットはティガダークを蹴り上げる。
胴体に蹴りが直撃し、バキバキバキと音が鳴った。
メキメキ、ミシミシ、グチャグチャと、ティガの内部で何かが動いているような嫌な音がする。
「■■■! ■■■! ■■■ッ!」
「そうか、そうか。
これが人類側の切り札か。
人間とウルトラマンの絆で勝利することを諦めたか?」
ティガダークの闇は、竜胆が絶望すればするほど、悲しめば悲しむほど、辛い思いをすればするほど、失えば失うほど、強くなる。
仲間が死ねば強くなる。
事前に仲良くなればなるほど、その仲間が死んだ時、強くなれる。
だが、まだ足りない。
兄のように慕い、師のように慕い、先輩として尊敬したボブが死んだ程度では、四国を囲むバーテックス達は殲滅できない。ゼットにさえ届かない。
「この力の上がり幅なら、理性の喪失も考慮して……あと八人死ねば、私と互角になるな」
ゼットが飛びかかってくるティガに足払いし、転ばせた。
力の格が違うゼットの足払いにより、ティガの右足骨が粉砕される。
だが止まらない。
足が砕けたくらいでは止まらない。
御守竜胆は、足が砕けたくらいで、大切な仲間を殺した者を殺すことを諦めない。
ゼットが気分良さそうに笑った。
「いかんな。八人死ぬまでは待ってやろうか、などという気持ちになってしまいそうだ」
飛び込んで来るティガを、槍を棒のように扱うゼットが叩き落とす。
ティガは咄嗟に防御したが、防御に使った左腕と、槍が当たった左肩の骨がバキバキに粉砕されて、それ相応の激痛が走った。
何度打ちのめされようと、暴走状態にあるティガは止まらない。
骨が折られたその肉の内で、ガリガリと、グジュグジュと、奇妙な音が鳴っている。
ティガの闇とゼットの闇が、不思議で微かな共鳴を始めていた。
「面白い。なんとも面白い。お前の闇から伝わってくるぞ。
そうか。
そういうことか。
"そこに居たから"というだけで、命を守れる人間から生まれた闇は。
"そこに居たから"というだけで、命を潰す悪魔に、その人間を変えていくのだな」
竜胆は人を助ける。人を守る。人を救う。
本当は、そこに別に理由なんて無い。
ずっと昔からそうやってきた。
ただそれだけで、彼はそういう人間だからだ。
だから、そこから生まれた闇は、特に理由がなくても人を殺そうとし始める。
「人を助けるのに理由が要らない人間は、人を殺すのに理由が要らない人間に成り果てるか」
ゼットは、誕生と進化を祝福した。
今日ここで、仲間の死をトリガーとして、竜胆の闇は次のステージへと進む。
彼の内の闇は進化し、ここに新たに生まれ直したのだ。
大社の一部の人間の、狙った通りに。
ゼットは気付いた。
天の神も気付いた。
光の巨人だけならば、絶対にひっくり返せない戦局だったこの世界。
そんな世界に、"全てのバーテックスと天の神を討てるかもしれない者"が現れたのだ。
試しに今、五人ほど殺してみようか? と、ゼットは興味本位で考え、勇者達を見る。
「
千景が分身を使ってティガに呼びかけている。
完全暴走状態にあるティガは止まらないが、千景の呼びかけは竜胆の胸の内に響く。
されど止まらず、ティガはゼットに襲いかかり、ゼットは余裕でその攻勢を真正面から叩きのめしていった。
グレートの死の悲しみを引きずるパワードが、ゼットの前に立つ。
ゼットが笑う。
「遠い昔、ウルトラマン達は……
価値ある『地球』を侵略者達から死ぬ気で守っていたと聞く。
この星に、人類に、価値はない。
価値のある宝物だから狙われるのではなく、無価値で醜悪なゴミだからこそ掃除される」
ゼットが嘲笑する。
それは、何の事情も知らないはずなのに、竜胆と千景の過去を揶揄しているかのようだった。
「お前達は、無価値ゆえに滅ぼされるのだ。
侵略者に狙われるほどの価値など、この星と人類には存在しない」
『……ザッケンナアアアアアアアッ!!』
パワードの目が赤く染まる。
激怒の赤に染まる。
優しさゆえに、つい相手を傷付けない攻撃を選んでしまうパワードが、怒りに染まる。
赤き瞳のパワードが、ゼットに向かって襲いかかり―――そんなパワードに、見境の無くなった暴走ティガが襲いかかる。
「■■■■、■■■■ッ―――!!!」
笑う悪。
人の死に、泣きながら暴走するティガ。
胸に大穴が空き、死体を樹海に横たえるグレート。
倒れた勇者に、まだ立ち上がろうとしている勇者。
悪を倒せず、子供達の涙も拭ってやれず、友であるグレートすら守れなかった自分。
一つ一つ、パワードの目が見つめていく。
ケンは、泣きたいくらいに、悲しい気持ちになった。
ボブ・ザ・グレートは、偽名である。
偽名ではあるが、本名でもある。
彼は南アメリカのスラムにて生まれた孤児だった。
親はボブに名前を渡す前にギャングに殺された。
名前が無いと困るので、適当にボブと名前を付けた。
それが、彼の始まり。
彼が頼りにしたのは、子供の頃拾った分厚い極真空手の教導本だった。
観光客が落としていったらしい。
スラムの子供同士で殴り合い、殺し合い、食べ物を奪い合う毎日の中で、この本が教えてくれた戦い方だけが、ボブを助けてくれた。
空手を自己流で学び、自分なりに鍛え上げ、実戦の中で磨き上げていく毎日。
20歳になる頃には、地元のギャングを一掃し、子供にも過ごしやすい街を作って、ゴロツキの元締めになっていた。
ボブはたった数年で、故郷に平和をもたらしたのだ。
子供の頃自分が辛かったから、他の子供には辛い思いをさせないと、彼は心に決めていた。
子供をあやしている内に、音楽という便利なツールに習熟し、いずれは皆の心に届く音楽を……と考える頃には、彼の空手は、敵を殴るものではなくなっていた。
彼が何かを殴らなくても、周りが幸せになっていける世界が出来た。
仲間が出来た。
親友が出来た。
恋人が出来た。
愛する街と、愛する居場所が出来た。
そして、全員バーテックスに殺されて、街は全てバーテックスに壊された。
人類そのものを否定するバーテックスは、人の営みも人が作った街もその存在を許さない。
グレートと出会い、悲しみと絶望の中、ボブは駆け抜けた。
南アメリカ全部を守るために戦った。
皆死んだ。
ロシアでネクサスに変身する少女と出会った。
こんな小さな子が、と嘆いた。
大陸でパワードとケンという友と出会った。
最高の友と力を合わせても、何も守れなかった。
皆、死んだ。
全部、壊れた。
されどその心、一度たりとも折れることなく。
その膝もまた、折れることはなかった。
どこに行っても皆死んで、守りたかった居場所は全て壊れてしまって、流れ流れて、彼は今、日本を守る戦いに身を投じている。
子供達を守るための戦いに、身を投じている。
若葉の真っ直ぐさが好ましかった。
友奈の優しさが好ましかった。
球子の元気な姿が好ましかった。
杏の柔らかな雰囲気が好ましかった。
千景の甘えたがりなところが好ましかった。
竜胆という少年が自分を好きになれることを、幸せになれることを、願っていた。
だから、何も後悔はない。
子供の頃読んだ空手の教導本を、ボブは今でも覚えている。
本は言っていた。
武道とは、道であると。
柔道や剣道のように、空手もまた、自分の道を見つけていくべきなのだ、と。
ボブが選んだ道は変わらない。
彼はその人生において、一つの道だけを迷わず進み続けている。
その道が何かをボブに聞けば、彼は英語で、揺らがない答えを口にするだろう。
―――俺の『道』は、俺の生き方は、俺より若い、子供達の未来のために。
ボブ・ザ・グレートの心の中で、一人の男と、一人のウルトラマンが言葉を交わす。
ここまで付き合わせてしまってすまなかったと、ボブは言った。
それが私の使命であり、私自身が望んだことだと、グレートは言った。
道連れにしてしまうようですまないと、ボブは言った。
君を一人で犠牲にするよりはマシだと、グレートは言った。
ウルトラマンが居てくれたから、俺達人間はまだ滅びてないんだ、とボブは感謝した。
君達人間が諦めず戦うからこそ、我々は力を貸しているのだ、とグレートは人を讃えた。
君と出会い、共に戦い、子供達を守れて良かったと、ボブは微笑んだ。
君と出会い、共に戦い、ここまで来れたのは私の誇りだと、グレートは言い切った。
行こう、と二人は言った。
ティガダークが倒れ、三分を待たずして変身が解除され、呻く竜胆が放り出される。
空中で千景がそれをなんとかキャッチした。
「ちくしょう……ちくしょう……!
許さねえ……許さない……! 仲間を、ボブを……ボブ、を……?」
「……竜胆君。グレートが……立ち上がってる……!」
そして入れ替わるように、ウルトラマングレートが立ち上がる。
その体は既に死に体。
胸には大穴が空き、穴のふちの千切れかけた肉の端に、カラータイマーがかろうじてぶら下がっている、そういうレベルの死に体である。
カラータイマーはもはや点滅どころの話ではなく、小さな光がかすかに残っているのみだ。
「ぼ……ボブ?」
千景が呆然とその名を呼ぶ。
ボブは心中で笑った。
昔、適当に付けた名前だ。
ボブとかいう適当な名前に、何も思うところはなかった。
だけど、今は違う。
仲間に呼ばれるだけで、心がとても暖かくなる。
適当に付けた自分の名前だったのに、呼ばれるだけで嬉しくなる。
きっと、名前に凝る、凝らないは関係ないのだ。
大切なのは、その名前を"誰が"呼んでくれるか。
本当に大切な人から呼ばれるのであれば、適当な名前でも立派な名前でも、嬉しくなる。
ボブは死の際で、それを悟った。
彼は彼の人生を走り切った。
スラムの底辺だった男が、ボブという適当な名前を自分に付けるところから始まって。
仲間にボブという名を呼ばれ、喜びを覚えるまでになったこの日々が、ゴール。
彼の人生に意味はあった。
この日々に価値はあった。
全てが、彼に最後の力をくれる。
悪に殺されたボブとグレートは、奇跡を起こして、信念と意志のみで体を動かし、子供達を守るため立ち上がった。
ウルトラマンは何度でも立ち上がる。
子供達を、未来を、世界を守るために。
諦めず、立ち上がる。
死んだって、立ち上がる。
『お前達は最高の勇者だった。最高に尊い人間だった。俺が保証しよう』
「―――!」
ボブはずっと、日本語の練習をしていた。
勉強が得意でないボブは、日本語の聞き取りは早めに習得したが、日本語を話す技能はついぞ習得できなかった。
だけど、これだけは。
最後の時に皆に残す遺言だけは、皆に正しく伝わるものであってほしいと、ボブはずっと思っていたから。
この短い台詞の遺言を、ボブは陰でずっと練習し続けてきた。
『生き残れ。お前達はここで死ぬべき人間じゃない』
「ボブ……ボブっ!」
生きろと、ボブは言った。
『明日に希望を! 未来に夢を! 友に優しさを!
それぞれ持って―――生きていけ! 子供達よっ!』
グレートに光が集まっていく。
ボブの言葉に続けて、グレートもまた、皆に言葉を残していった。
『自分の命に誇りを持て。自らを卑下することなく、自分を信じ、生きていけ。子供達よ』
「やめろ……やめろ、グレート!」
ケンとパワードは、ボブとグレートの意を汲んだ。
ずっと共闘してきた仲間の想いは、言葉なくとも伝わっている。
パワードは全ての勇者と竜胆を抱え、敵に背を向け、丸亀城への撤退を始めた。
「やめろ、ケン! 戻って! 俺が、俺がもう一度変身するから!」
『……ワガママヲ、イワナイデ』
「―――っ」
勇者は千景を除いて皆話す余裕もなく、竜胆に至っては勇者の誰よりも状態が酷い。
こんな状態で戻らせるわけにはいかない。
ケンは友の死を噛み締め、死をも超えて子供を守ろうとする友の気高さに身を震わせ、何もできない自分の無力さに打ちひしがれた。
パワードの判断は、間違っていない。
竜胆や勇者と違い、パワードは"大負け"を"負け"程度の被害に抑えるのに慣れている。
酷い言い方をすれば、負け戦と死の喪失に慣れている。
絶対に助からない仲間にこだわり過ぎて、結果全滅してしまうという最悪を、回避するのに慣れている。
目の前で、家族に等しいくらいに大切な仲間が死んでしまうことに、慣れているのだ。
だからボブは、ケンにこそ、子供達を任せられた。
ケンはだからこそ、子供達を生かすために……親友のボブと死ぬまで共に戦う選択を捨て、子供達を抱えて飛んだ。
光と光が樹海で弾ける。
死体を動かすグレートに光が集まり、"今日初めて全力を出した"ゼットの胸の前に、一兆度の火球とは比べ物にならない光が集まる。
そして、超新星爆発を思わせる光が弾け、世界が揺れた。
ゼットが笑う。
今日一番に愉快そうに笑う。
「大した男だ。ウルトラマングレート」
最後の瞬間、ゼットはフルパワーの光線を発射した。
そう、このゼットンの最強技は、光線なのだ。
対しグレートは、マグナムシュートで迎え撃った。
マグナムシュートは、グレートの代名詞が一つ。
ゼットの攻撃は、グレートが跳ね返せる攻撃威力の上限をとっくに超えていた。
ゆえに、これは奇跡だ。
跳ね返せない攻撃を跳ね返したという、とびっきりの奇跡。
子供達に未来をやりたいと願った、ボブの願いと、ボブとグレートの絆が起こした奇跡。
「歴史の始まり・初代ウルトラマンは、地球人とウルトラマンの歴史を始めた。
初代ウルトラマンは地球人と出会い、ゼットンに殺され、地球人と別れたという。
始まりがウルトラマンであり、終わりこそがゼットン。
それが神話。
それこそが伝説。
初代ウルトラマンの光線を吸収し、跳ね返すことで、ゼットンはウルトラマンを殺したという」
ゼットの胴体は、半分近くが消滅していた。
ゼットンがウルトラマンの光線を跳ね返す、のではなく。
ウルトラマンがゼットンの光線を跳ね返すという、神話の逆転。
グレートは肉体ごと消し飛んでいたが、代わりに絶対に勝てないはずの格上相手に、とてつもない痛打を与えることに成功したのだ。
ゼットが笑うのも、ある意味当然のことなのだろう。
「『ウルトラマンとゼットンの神話』をひっくり返し、運命をひっくり返したか……」
ゼットは負けた気持ちになっていた。
ウルトラマンがゼットンの光線を跳ね返して勝った、なんて結果を見せられたなら、負けを認めてもいい気分になっていた。
なんと
ゼットは感嘆せざるを得ない。
「ウルトラマンを舐めた。
ゆえに、今日は私の負けと言うべきだろう。
ウルトラマンを甘く見た愚かな怪物は、人のために戦うウルトラマンに敗北したのだ」
ゼットの胴体は半分近くが消滅していたが、ゼットの絶対的な力を考えれば、ここからでも残りのウルトラマンと勇者を皆殺しにすることは可能だ。
ゼットもそれは分かっていた。
だが、それは無粋だと考える。
「いいだろう」
天の神が追撃を命じたが、ゼットはその命令に反した。
ゼットの天の神へ従う気持ちは、ゼットがグレートへ向ける敬意には及ばなかったようだ。
「グレート。貴様に免じて、一度は見逃してやる」
だがそれは、慈悲ではない。反抗でもない。同情でもない。
ゼットは人間の滅びと地球の終わりを確信しているがために、ティガや人間達の抹殺など、後に回しても何も問題は無いと考えていたからだ。
「死の運命は変わらない。
いずれ訪れる滅びの運命は変わらない。
ブルトンが残っている以上、もはやこの四国結界もロウソクの火のようなもの」
結界を終わらせる四次元怪獣ブルトンは未だ無傷。
ゼットも傷が癒えればすぐ復帰するだろう。
いくらでも代わりのいる怪獣、亜系十二星座等は、またすぐにでも投入される。
時間をかければ、天の神はまたゼットのような個体を別に放り込んで来るはずだ。
結界が壊れるのが先か。
神樹が折られるのが先か。
勇者と巨人が全滅するのが先か。
民衆の心が耐えられなくなるのが先か。
どれがいつ来ても、おかしくはない。
「バーテックスの総数は無限。
巨人と勇者の数は有限。
三年前はウルトラマンが持っていた力の優位性も、既に追いつかれ、追い越されている」
ゼットは終焉をもたらした。
竜胆達は、全てが終わることだけは回避した。全てが終わること、だけは。
「滅びが避けられぬものならば―――せめて美しく散るが良い。季節の終わりの花のように」
ゼットは丸亀城で涙を流す子供達に背を向け、結界の外に歩き出していく。
樹海化が終わり、この日の戦いは終わりを迎えた。
戦いが、終わる。今日の戦いが終わる。そしてまた、戦いが始まる。
竜胆参戦時、丸亀城陣営暫定数。
ウルトラマン六人、勇者五人、巫女一人。合計十二人。
ボブ・ザ・グレート/ウルトラマングレート死亡。
ウルトラマン、残り五人。健在二名。
神樹の勇者達、残り五人。
神樹の巫女、残り一人。
残り、十一人。
時拳時花既読の人向けの説明になりますが。
あっちは『始数十二体の敵が減っていく』話でしたが、こっちはその対比で『始数十二人の仲間が減っていく』話になります。
現在十一人、意外に生き残るかもしれませんし、意外に生き残らないかもしれません。
この作品はハッピーエンドにします(政権公約)
【原典とか混じえた解説】
●宇宙恐魔人ゼット
バット星人が作り上げた、史上最強にして究極のゼットン。
バット星人が作り上げた『滅亡の邪神』がハイパーゼットンなら、『破滅の魔人』として作り上げたのがこのゼットン。
またの名を『終焉の化身』。
極限まで対ウルトラマンに特化されており、その姿はウルトラマンと対になるような形状の黒き異形で、赤いカラータイマーのようなものすらある。
「これまでのゼットンがウルトラマンに負けたのは『心』が無かったから」という理屈で『心』を持たされており、ウルトラマンと同じく『心』を由来とする強さも兼ね備えている。
全てのゼットンの頂点に立つ者であり、あらゆるゼットンを支配し従える力を持ち、光の国を襲撃しウルトラマンを蹴散らし、一対一でウルトラの父を戦闘不能にまで追い込んだ。
得意技はゼットン軍団をぶつけての質と量での圧殺。
地球での戦闘においては、ウルトラマン・メビウス・ゼロ・Xのチームさえ圧倒し、追い込み、ほぼ無傷だった初代ウルトラマンを拳一発で殺害した。
一対一で強化型グランドキングを近接攻撃だけで圧倒し粉砕、ゼロを近接戦で上回るなど、その力は規格外を極めている。
登場舞台で無双の強さを見せつけたが、その無双の途中でもバリヤー、瞬間移動、光線吸収、一兆度火炎といった能力を使わず、槍一本で信じられない強さを見せつけた恐るべきゼットン。
名は
その名が示すものは終わり。
※余談
ショーにしか出ていないゼットンだけれども、ショーではどんなゼットンも固有能力は演出上使えない。いっぱいかなしい。
ゼットはウルトラマンネクサスの劇場版&前日譚である『ULTRAMAN』の続編である、『ULTRAMAN2』に登場するはずだったウルトラマンスーツの顔部分のみを変えたスーツを使用した、ショー限定の人型ゼットン。
つまり、顔以外は(ネクスト基準で)ちゃんとしたウルトラマン。
言うなれば『ウルトラマンゼットン』である。
一兆度の火球は使わないくせに光線は撃つので、更にウルトラマンゼットン感は強まる。
ちなみにその映画で敵役の予定だったスーツがそのまま使われたのがレイバトス。