夏空の下、ウルトラマンは、友をいじめた子供達を虐殺した   作:ルシエド

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喪失 -デッドエンド-

 勇者システムが人体に与える影響、巨人の力が人体に与える影響は、まだ厳密には全て解明されたわけではない。

 ただし、良い影響ならばその多くが解明されている。

 たとえば、傷が治る速度や免疫力だ。

 ウルトラマンの変身者の変化は微量だが、勇者達は目に見えるほど明確に傷の治りが速く、元々病弱だった杏は健康体と言って差し支えない状態になっている。

 

 骨や内臓にダメージが入っていた勇者達だが、常人と比べれば"凄まじい"の一言が出てくるほどにとんでもない速度で、その傷を回復させていった。

 とはいえ翌日治りました! となるほどでもない。

 ケンと勇者達が全快するまでは、竜胆と千景が二人だけで戦線を構築し、二人だけで連携するために二人だけの特訓をしたりして、敵に備えていた。

 結局二月末現在まで敵が来なかったが、今ある手札においては、備えは万全だったと言えるだろう。

 

 まず杏が脳に問題なしとして復帰した。

 そして、その次に復活したのが若葉。

 若葉本人が元々回復力の高い人間だったのもあり、骨の異常はトントン拍子で快癒していき、リハビリで元の身体能力もあっという間に取り戻していた。

 そして、戦闘勘まで取り戻した段階で、竜胆との模擬戦がまた始まった。

 

「久々だな」

 

「ああ、どこか懐かしさすら感じる」

 

「せいぜい一ヶ月なのになぁ」

 

 道場で、鉄芯入りの木刀を構えた若葉と、金属の下地に強度の高い木材を貼ったアームプロテクター・レッグプロテクターを装着した竜胆が構え、対峙する。

 

「「 勝負っ! 」」

 

 まず、若葉が切り込んだ。

 目を見張る速度の木刀の先端を、空手の孤拳がパリングの要領で木刀の側面を打ち、手首の背が木刀を弾く。

 竜胆はジャブを連続で放った。

 最速の打撃技とも呼ばれるジャブを、若葉は僅かに後ろに下がってかわす。

 若葉は木刀で、竜胆はジャブ。

 しからば距離は拳を届かせるにはまだ遠く、距離間を調整する権利は未だ若葉が握っている。

 

 竜胆が放つは前蹴り。

 ジャブよりはリーチが長いそれが若葉に届き、若葉はそれを木刀で流した。

 だが、それはフェイント。

 先に放った一撃を極限まで本物の一撃に偽装し、その足を引きつつ逆の足で蹴るフェイント技……二段蹴りであった。

 若葉はこれを瞬時に"木刀の鞘"で受け、鞘がミシリと音を立てた。

 

(ボブじみた強者になってきたな、竜胆)

 

 若葉が攻めれば、綺麗に受けられる。

 竜胆の攻め手は変幻自在で、様々な技が空手の基礎の動きに取り入れられている。

 空手の蹴りがブラジリアンキックに変化したところで、若葉はたいそう驚いた。

 それを反射神経だけで避けられたことで、竜胆はもっと驚いていたが。

 

 技の練度、及び総合的な技の厚みと重みではボブには到底及んでいない。

 実際人間の格闘家としてはボブにはまだ勝てないレベルだろう。

 だが事実として、竜胆はボブに迫る勢いで強くなっていた。

 

 ボブの遺した空手の本、メモ、映像記録などからボブの動きを継承し、友奈に見せられた格闘技のビデオなども参考にし、竜胆は加速度的に強くなっている。

 まさしく天才だ。

 そして多様性のある天才と競ることで、若葉もまた強くなっていった。

 

(強い。この男と競っていれば、私も相応に強くなれる……!)

 

 若葉の見立てでは、この竜胆が変身するティガは既に暴走していない時でも、パワードと同格レベルにまで強くなっていた。

 パワードを明確に超えるのも時間の問題だろう。

 心と力の二要素だったティガダークに、技という明確な強みが追加されたからだ。

 

 ティガダークの強さは、実に奇妙な成り立ちをしている上、流動的である。

 心の闇があればスペックが全てアップする。

 心の光が、防御力から順に様々なスペックを低下させていく。

 抑えきれなかった心の闇が噴出すると、突然攻撃力が上昇するなど、元のスペックが顔を出す。

 そして暴走時は、何の枷もなく全力だ。

 

「くそっ、今更だけど!

 若ちゃんレベルの剣術家が武器持ってるのちょっとズルいな!

 間合いが広いし、隙がないし、徒手空拳が届く距離まで踏み込めない……!」

 

「剣道三倍段だ! 悪く思うなよ!」

 

「なんだその三段重ねアイスクリームみたいなの!」

 

「『徒手空拳の武道家が剣道家に勝つには、相手の三倍の段位が必要』

 というものだ! 私にもこの剣の優位性がある以上、そうそう負けてはやれんっ!」

 

 余談だが、若葉は竜胆と会う前の時点から、模擬戦で友奈・球子・千景の三人がかりで逆に圧倒するくらいには強かった。

 

 若葉が剣を振り下ろす。

 竜胆が拳を突き上げる。

 剣の唐竹割り、拳の上段突き、二つが全力でぶつかり合って……若葉の木刀と、竜胆のプロテクターが、同時に砕けた。

 木刀の中の鉄芯が露出し、プロテクターのひしゃげた鉄が目に入る。

 

「……今日は引き分けだな」

 

「ああ」

 

 よくぞここまで仕上げた、と若葉は思う。

 竜胆の動きは実質自己流だが、いわゆる"見稽古"でボブの数々の動きを模倣しており、ボブの強さを継承しようという意識がヒシヒシと伝わってくる。

 それが、若葉には嬉しかった。

 仲間が死んでも、それで終わりにはならなかったことが。

 ボブという仲間の死が、無価値に終わらなかったことが。

 大切な仲間が遺したものを、大切な仲間が受け継いでくれたことが。

 苦悩と絶望と闇に蝕まれながらも、"光の巨人を尊ぶ"竜胆の姿勢が……嬉しかった。

 

「ところで竜胆、この試合中に流している音楽は一体……」

 

「ボブの手記に

 『練習や模擬戦の時は音楽を流せ』

 『その方が楽しく努力できるぞ』

 『辛い訓練もいいが、努力は楽しくやれる方がいい。その方が効率も良い』

 『ちなみにオススメの音楽はこれだ』

 ってメモがあったから……ロックンロール! って感じの曲が挙げられてた」

 

「音楽を流しながら鍛錬した方が効率が良い……そうか……?

 そうなのだろうか……いや、そうなのかもしれないが……ボブが言うならそうなのだろうな」

 

 ボブが遺した考え方は、心技体をバランスよく鍛えつつ、適度に無理もさせないもので、竜胆にも若葉にも程よく良い影響を与えるものであった。

 

「若葉ちゃん、御守さん、お疲れ様です」

 

「ひなたか。いつも悪いな」

「ひーちゃん、お水いただきます。ありがとう」

 

 ひなたが持ってきたひなた特製スポーツドリンクを、二人してゴクゴクと飲む竜胆と若葉。

 二人揃って豪快な飲みっぷりで、ひなたは思わず微笑ましくなってしまった。

 

「くっそ、剣のリーチが本格的に難点になってきたな俺……」

 

「実際、バーテックスは私以上に長いリーチで来るんだ。工夫を考えろ」

 

「巨人は基本徒手空拳だしな……

 闇の八つ裂き光輪のバリエーションを考えるか。

 あるいはリーチの長い武器の懐に入る技をもっと増やすか……」

 

「リーチの長い武器でも、竜胆の攻撃を受けると痺れるぞ。

 実際、私も時折かなり痺れる。

 自傷しないよう気を付け、敵の武器に攻撃を当てて敵を痺れさせるというのはどうだ?」

 

「ゴリラの発想だな」

 

「ゴリっ……!?」

 

「まあ、ひどい! 御守さん、女の子にゴリラなんて言っちゃいけませんよ。

 罰として今の発言の分だけ、若葉ちゃんの女の子らしいところを褒めてください。ね?」

 

「え゛っ……い、意外と同性の友達に甘えん坊なところとか、あとは……」

 

「褒めんで良いっ! ひなた!」

 

「あらあら」

 

 ひなたが微笑み、若葉が振り回されて、竜胆が若葉の良いところ探しをする。

 そんな中、竜胆はふと気付いた。

 ひなたが一瞬、妙に暗い雰囲気をしていたことに。

 竜胆は気付かなかったが、その一瞬ひなたの目は竜胆を見ていて……正確には、見えもしない竜胆の体の中に目を向けていた。

 

 大社も、ひなたも、本当は"それがなにか"を何も分かっていない。

 何も分かっていないから迂闊なことはできないし、迂闊なことを言えない。

 けれど、ひなたは性格上、どうしても心配してしまう。

 その心配を、竜胆が見抜いていた。

 

「どうした、ひーちゃん」

 

「え……今私、何か変でしたか?」

 

「辛いことがあったら相談とか、頼ってくれていいぞ」

 

「え?」

 

「ほらその、なんだ、一つ年上だからな。お前の先輩でありお兄さんでもあるわけだ」

 

 得意げな顔――おそらく頼りがいのある顔をしようとしている――をして、ドン、と竜胆は胸を叩く。

 

「年下の女の子くらい、何人寄りかかってきても平気だ。どーんと来いどーんと」

 

 ひなたの中には、竜胆を心配する気持ちがあった。

 同情する気持ちがあった。

 憐れむ気持ちがあった。

 不安定な人だと思う気持ちがあった。

 

 その全てに勝るくらい、"この人は信頼できる"と思える、そんな気持ちがあった。

 

「ありがとうございます、御守さん」

 

 その時ひなたは、彼の中に、光を見たのだ。

 

 若葉のような、どんな地獄の中でも芯の部分が折れないような、強さの光を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 武器が壊れてしまったので、仕方なく大社に代わりを申請し、二人はひなたが見守る中基礎体力作りのため走り込みに行った。

 当然、これも勝負である。

 50m走、100m走、800m走と、サーキット・トレーニングの要領で様々な走り込みの競争を行うが、その多くで竜胆は若葉に勝利していた。

 

「はぁ……はぁ……基礎体力なら、安定して俺が勝つな……!」

 

「ハァ……ハァ……三年間の地下引きこもりが、よくぞここまで……!」

 

「コツコツ、体力は作ってたからな……!」

 

 神の力と闇の力、どちらも補正を受けた肉体であったが、ここで出た差はここ数ヶ月の基礎鍛錬の密度によるものだろう。

 つまり、竜胆の方が多く走り込んでいた。それだけのことだ。

 

 体力は資本である。

 若葉であれば継戦能力、全力を維持できる限界時間、精霊の肉体的負荷に耐えられる上限などに直結する。

 竜胆は活動時間三分の上限こそ超えられないが、八つ裂き光輪やウルトラヒートハッグ等の威力・発射可能回数などに直結する。

 鍛えておいて損はない。

 

「高嶋友奈、参加します!」

 

「友奈か。竜胆、友奈は中々強敵だぞ。特に今の我々にとってはな」

 

「おはよう友奈。へへっ、足ガタガタだもんな俺達……」

 

 友奈がアップで軽く走り、若葉が鍛錬前のストレッチなどを手伝う。

 "女の子に触れるのはどうなんだ"と竜胆は考えているので、若葉がストレッチで友奈の背中を押したりしている間、竜胆は体育座りで待機する。

 こういう時は蚊帳の外なので、ちょっと寂しく思ったりした。

 少年が筋肉を揉みほぐしていると、肉体もそれなりに回復していく。

 

 友奈を見て、竜胆は昨晩見た動画を思い出した。

 それは、友奈も映っていた若葉の動画。

 "若葉が赤ん坊の頃からの写真と動画を片っ端から収集するのが趣味"というひなたに見せられたそれは、友奈が一度生身で本気に近い動きを見せた時の姿も映っていた動画だった。

 

「友奈はそういや、勇者の姿になってなくても十分強かったな」

 

「私? そんなことないよー」

 

「いや、友奈は勇者の力抜きでも確かに強い。

 あれで仲間相手に本気が出せない癖がなければ、手合わせを何度か挑むんだが」

 

「あははっ、最近の若葉ちゃんとリュウくんだと、私じゃもうついていけないよ」

 

 友奈と若葉の実力は、かつて拮抗していた。

 今だと若葉の方が強い、と言い切れる程度には若葉の方が強い。

 だが追い込んでからの強さではどうなるかは分からない。

 大一番でキャンサーの甲殻をド派手に殴り壊した友奈の底力を、竜胆はしかと見ていたし、それを軽視することはない。

 

「そういえば、タマちゃんの旋刃盤、アナちゃんが直せそうだって。

 昨日お見舞いに行った時に言ってたよ。これでなんとかなるかもだね!」

 

「おお、流石はアナだ。あんな重傷を受けて入院したのに、入院中もよくやってくれる」

 

「アナちゃん……? 俺の知ってる人?」

 

「アナスタシア・神美(かなみ)ちゃん。ウルトラマンネクサスだけど、知ってるよね?」

 

「あー」

 

 未だ復帰に至らない、竜胆から見て三人目の巨人。

 小学三年生のウルトラマン。

 友奈だけが見ていた結界の端で、ゼットにやられたウルトラマン。

 竜胆視点自分が参戦した十二月から現在の二月末まで復帰していないようだが、それだけ深い傷を受けたということなのだろう。

 グレートが抜けた今、復帰が望まれている一人だ。

 

 その彼女が、球子の武器を直せるという。

 直せないと言われていた武器を直せるとは、どういうことなのか?

 

「アナちゃんから聞いた話をそのまま言うと……」

 

 友奈、曰く。

 

 現在勇者が使っている精霊は義経、七人御先、輪入道、雪女郎、そして一目連。

 その全てが死霊・怨霊・妖怪としての形で、『精霊』の名で具象化している。

 だがこの中で唯一、一目連だけは『神』としての側面を持つのだ。

 

 天照大神の子・天津彦根命の子、天目一箇神。

 天照大神の孫たるこの天目一箇神は、一目連と同一視される。

 また一目連そのものも、天目一箇神と同一視される前より、嵐を司る暴風神として崇められていた竜神であった。

 

 目が一箇(いっこ)の一つ目の神。ゆえに『天目一箇神』。

 一つ目の竜神。ゆえに『一目連』。

 

 かつて、神であった妖怪。

 友奈だけが、神に類する精霊を行使しているのだ。

 

 天目一箇神は鍛冶の神である。

 世界各地の神話において、鍛冶の神・鍛冶の巨人はたびたび、片目の存在である。

 これは研究者の間では、鍛冶で片目を瞑って目を凝らす鍛冶師を象ったものであるからという説と、鍛冶師は片目を失明しやすかったからという説が根強い。

 要するに、『一目連』は暴風の神であると同時に、鍛冶の神でもあるということだ。

 

 アナスタシアという少女は、友奈の精霊を借りる――正確には、友奈を(えにし)として神樹の同じ場所から同じ精霊を引き出す――ことで、一目連の鍛冶の力にて割れた旋刃盤を打ち直し、直すという新技術を新たに生み出したらしい。

 それを聞いて、竜胆はたいそう驚いた。

 

「他人の精霊を勝手に使う?

 勇者でもないのに、勇者以上に効率的に精霊を使う?

 妖怪としての側面が顕れている精霊を、神としての側面で行使する?

 ……いや、なんというか……軽く話に聞いてただけだが、凄いな……」

 

「アナだからな。あの子は、私達にできないことができるんだ」

 

 勇者五人の精霊を比較して、特異性があると言えるのは二人。

 兄頼朝の対応により怨霊としての側面を見られた義経と、神としての側面を持つ一目連だ。

 若葉のそれは人間にして精霊、友奈のそれは神にして精霊。

 人間の側の乃木。神の側の友奈。

 それはただの偶然か、二人のこの先に待つ"ひっくり返せるか分からない運命"の示唆か。

 

「あら……自主訓練? こんな朝から……」

 

「よっすちーちゃん。ねぐ……あ、いや、なんでもない」

 

 グラウンドに来た千景が、竜胆の言いかけた言葉を聞いてUターンし、小さな寝癖を直して戻って来た。

 ひなたが「もう」と言いたげな顔で竜胆を見ている。

 戻って来た千景は、ジャージを着ていた。

 

「私もやる」

 

「ちーちゃんのそういう頑張り屋なところめっちゃ好きだよ」

 

(御守さん……いやこれは、そうではなくて……

 友奈さんと御守さんが居たから、仲間外れにされたくなかったとか、そういう……

 ああ、千景さんが若葉ちゃんに対抗心をバリバリ燃やしていらっしゃる……)

 

 竜胆と友奈が太極拳の推手のような動きで、互いの技の練度を上げる打ち合いを始める横で、若葉と千景も短距離走のスタートについていた。

 

「私と競ってみるか、千景」

 

「あなたには、負けない」

 

 千景は気質が引きこもりでゲーマーだ。

 が、訓練にはいつも懸命に打ち込んでいる。

 その身体能力は決して低くはなく、杏のように身体能力や戦闘訓練の数字があまりよくないというわけでもない。

 努力相応には、身体能力もある。

 

 それでも、若葉と競えば勝てなかった。

 

「はぁ、はぁっ……!」

 

「千景も随分速くなったな」

 

 連戦連勝する若葉を見て、ひなたは少し千景に同情してしまった。

 

(千景さんも同年代の女子と比べれば数段上の体力はあると思うんですが……)

 

 若葉が強い。とにかく強い。

 昔から居合道を学び、運動をしていた若葉と比べれば、下地の運動量が違う。

 が、千景はガッツを見せる。

 

「もう一回……」

 

「受けて立つ。私も全力で迎え撃とう」

 

「疲労が溜まりつつあるその体で、いつまでも勝てると思わないことね……」

 

 千景に起きつつある良い変化を、若葉も肌で感じ取っていた。

 若葉と千景の張り合いを横目に見て、竜胆は嬉しそうに笑う。

 

「対抗心ってのはライバル以外にも芽生えるものなんだよな」

 

「リュウくん?」

 

「ちーちゃんを馬鹿にすることもなく、ちゃんと競ってくれる良い奴がいるってのはいいもんだ」

 

 千景はゲームが好きだ。

 対人対戦があるゲームも好きだ。

 ゲームは他人と競わなければ、基本的には上手くならない。

 今、若葉と千景がそうしているように、だ。

 

「他人と良く競争できるって、良いことだよな。

 競争自体に、悪い面があるってのも否定しないが、うん。

 当たり前のことだと思ってたけど、競争ができる時点で結構恵まれてるんだ」

 

「そうだね。勝った方が負けた方を馬鹿にしたりすると駄目だもんね」

 

 これは、あの村での千景には無かったものだ。

 千景は自覚していないだろう。

 けど、これもまた、千景がここに来て新たに得たもの。

 "千景を対等に見て本気で競ってくれる他人"である。

 

 強くなるために他人と競い、結果として他人と上下を決めることになるゲームの競争と。

 上下関係を固定するために、千景を踏みつけにしたあの村は違う。

 努力をすれば勝てるしハッピーエンドに行けるゲームと。

 何をしても無駄だったあの村は違う。

 勝つために互いに全力を尽くす若葉との競争と。

 千景を踏みつけにするために全力を尽くしたあの村の光景は違う。

 

 踏みつけにされ、見下され、全否定され、何をしても邪険にされるなら、競争なんてできるはずもない。

 張り合ってくれる誰かが要るのだ。

 対等に見てくれる誰かが要るのだ。

 "千景には負けない!"という意志でぶつかってくれる誰かが要るのだ。

 

 千景の中には、若葉には負けたくないという気持ちがあるだろう。

 負けた時、心底悔しく思い、ちょっと若葉を嫌いになったりする気持ちもあるだろう。

 だが、同様に、これを嬉しく思う気持ちも、きっとあるはずだ。

 若葉と千景はまた競う。

 

「……俺も、もっかい走ってくるわ。うずうずしてきた」

 

「あ、じゃあ私も一緒に行く! ひなちゃん、ぐんちゃんにも飲み物渡してあげてね?」

 

「はい、承りました」

 

 千景と若葉を見て、"ボブはこういう気持ちだったんだろうか"と思いながら、竜胆は友奈と共に駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 訓練中は手錠を外すことが許された竜胆だが、訓練が終わればガチャンと手錠を付けられる。

 手錠はあまり気にならない。

 最近は運動中に首輪の内側が蒸れることの方が気になってきた。

 

「気温も上がってきたな……三月前だからか」

 

「だから、あんずのそれじゃ絶対駄目だって!

 パワードの光線が効かなかったんだからそれも効くわけないだろ!」

 

「タマっち先輩のそれは決めつけだよ。

 ゼットの台詞からして、対ウルトラマンの修行をしてたのは明白じゃない。

 なら、ウルトラマン対策でどんな能力を使用してたかも分からない。

 ウルトラマンの光線が効かない……例えば、光線限定吸収能力とかがあってもおかしくないよ」

 

「ん?」

 

 特訓を終えた竜胆は、丸亀城のベンチで話し合っている球子と杏を見かけた。

 二人はゼットをどう倒すか、という話をしているようだった。

 

「ゼット対策か。俺も混ぜてくれ」

 

「お、先輩じゃん。こっち来いこっち、タマの横座れ」

 

「あ、こんにちわ。御守さん」

 

 杏と球子は快く彼を受け入れて、竜胆は内心こっそり杏に怯えられなかったこと、及び受け入れられたことにほっとしていた。

 

「必殺の案とかあったら俺にも教えてくれ」

 

「……」

「……」

 

「……そう美味い話はないか」

 

 ああだこうだ、と三人でゼットの倒し方を話し合う。

 

 相打ち覚悟の危険な策でも平然と提案する、脳筋の竜胆。

 どう攻撃して落とすかを考える攻撃重視の、脳筋の球子。

 様々な可能性を多角的に見る慎重タイプの、知将・杏。

 ここに脳筋の若葉、脳筋の友奈、脳筋思考に走りがちな千景、戦いでは規格外スペックでの脳筋戦法に走りやすいケン&パワードが加わっていたら、ちょっと大変だったかもしれない。

 

「私がちょっと期待してるのは、御守さんのウルトラヒートハッグです」

 

「ほう、俺?」

 

「あれは分析によれば、相手の体内にエネルギーを送り込む技。

 相手の体内に送り込んだエネルギーで内側から爆散させる技です。

 ゼットの体内のエネルギーが多ければ大きいほど、誘爆も大きくなるはず……

 それに、内側から爆発させるなら、硬い表皮を無視できるかもしれません」

 

「ああ、なるほど……確かにそうだ」

 

「技の発動前に組み付くというのも良いですね。

 あの瞬間移動は本当に厄介です。

 ですが全身で密着すれば、瞬間移動では逃げられなくなるかもしれません」

 

「おお、いけそうじゃないか、あんず!」

 

「……そこまで持っていくのが大変だと思うよ、タマっち先輩。

 組み付けば近接攻撃も封じられるけど、組み付こうとすればその近接攻撃が飛んでくるから」

 

「むむっ」

 

 杏が希望を見ているのは、ティガダーク唯一の大技。

 自爆技だが、今のところ唯一の必殺に成り得ると杏は見ている。

 ウルトラヒートハッグがゼットを倒せると確信できる技だから、ではない。

 現在の人類戦力において、これ以外に希望が持てる技が無いからだ。

 

「どの道、パワードの光線は防がれてるからな。

 竜胆先輩か、タマ達で何か打開策を見つけないとまた二の舞になりそうだろ」

 

「それは……確かに、そうだな。俺達が頑張るべきか」

 

「はい」

 

 パワードは技がそんなに多くないので、メガ・スペシウム光線と八つ裂き光輪(パワードスラッシュ)を防がれた時点で、必殺技の全てと、光線攻撃技の半分を防がれたことになる。

 と、なれば、対ゼット戦では他の者がフィニッシャーになるしかないのだ。

 

「え? 御守さんとタマっち先輩でこっそり特訓したりして、ゼット対策の技が出来た!?」

 

「おう! タマタマ技を編み出せたんだぞ!」

 

「編み出したというか汲み上げたというか……

 八つ裂き光輪以外の技は、結構ティガの力の中から汲んで編んで組んでって感じだなあ」

 

「となると、やはり近接でゼットに勝てる人がいないのがネックになりますが……」

 

「そこは俺が修行でなんとかする」

 

「……ん?」

 

「俺が修行でなんとかする」

 

 ただ、今のこの世界ににじりよる危機はゼットだけではない。

 ゼットの危機を話していれば、必然的に他の危機の話もすることになる。

 

「……こうなると、ブルトンとどちらを先に倒すか、という話も問題になってきますね」

 

 四次元怪獣ブルトン。

 この四国を守る結界と、樹海化などに使われる神の時空干渉能力を、無効化・消滅させてしまいかねないという、現在の人類の第一討伐目標。

 

「そういや、ブルトンっての、俺はまだ一度も戦ってないな……」

 

「現在地が分かってない上、タマ達の四国に来ないからなー。

 でも干渉は毎日続いてるって話だぞ。

 今は確かアナが神樹の時空操作能力を毎日強化してるから、影響が目に見えないだけで」

 

「……そっちにも手付けてんのかその子。

 俺その子が復帰してから話そうと思ってたけど、その前に会いに行ってみたくなってきた」

 

「つまり結界の内と外に、結界を強化する人と壊そうとする怪獣がいるわけなんですね」

 

 今、仮に、ブルトンの位置を知ることができたとしても、倒しにはいけない。

 ゼットがいるからだ。

 ブルトンを倒しに行っている間にゼットが来たら、何人四国に残し何人ブルトンを倒しに向かわせるバランスだったとしても、四国は全滅する。

 ゼットは現戦力全部で当たらなければならない。

 

 と、なると、ゼットが次に攻撃してくるまで四国は受け身にならないといけないわけで。

 だがブルトンが継続して干渉を続けている以上、ネクサスとアナスタシアが限界を迎えるまで、ずっと受け身というわけにもいかない。

 状況次第では、ゼットを倒す前にリスク覚悟で結界内から打って出て、ブルトンを仕留めに行かないと詰む可能性もある。

 

「うん、確かに、ヤバい状況みたいだが……

 取らぬ狸の皮算用になっても困るし、俺は今差し迫ったゼットの危機への対応を考えるよ」

「タマもそうするかな」

 

「「 難しいこと考えるのは任せた 」」

 

「……!? た、タマっち先輩! 御守さん! ちょっとそれはどうかと!」

 

「だってなあ」

「なー」

 

「……あ、あのですね。

 今の敵を押し返した後だってすること沢山あるんです。

 壁外の生存者の調査とか。

 結界外の状態調査とか、世界を取り戻すために結界外に拠点確保とか……」

 

「タマはアウトドアが大得意だからな。キャンプとかでは頼りにしてくれていいぞ」

 

「マジで? 色々教えてくれると助かるよ、タマちゃん」

 

「任せタマえ!」

 

「頼りにしてるぜ」

 

「もー、二人共……」

 

 話が脇道にそれて盛り上がったりするのは、その子供達が仲良しである証拠。

 

「でも、危険な結界外での活動か……荷物とかあんまり持って行けなさそうだな」

 

「御守さんがいるじゃないですか」

 

「?」

 

「巨人なら、テント一式に数カ月分の食料だって運べます。

 三分が過ぎたら、その後の潜伏や戦闘は勇者が担当すれば良いんです。

 24時間に1回の変身でも、その3分が24時間の価値を一気に高められるんです」

 

「!」

 

「結界内で敵を迎え撃つ戦いが一区切りついても、私達の戦いはまだ先がありますからね」

 

 そう、まだ先は長いのだ。

 守っているだけで勝てるわけもない。

 四国の外に拠点を確保し、日本を取り戻し、世界を取り戻し、天の神を打倒し……それでようやく戦いは終わる。

 今や広い地球のほぼ全てが、敵の陣地と化しているのだから。

 

「とにかく今はゼット対策だな。

 多分俺とケンで前衛やると思うんだが、これをどうにかサポートできないか?」

 

 竜胆が話を戻す。

 

「地面を凍らせて足を滑らせるのはどうでしょうか?

 気付かれないように地面を凍らせておけば、瞬間移動直後に転ばせられるかも」

 

 杏が建設的な案を出す。

 

「タマ思うんだが、あいつの能力ってオートで発動するわけじゃないよな?

 一兆度の火球も瞬間移動も、全部能動的に使う力だ。

 じゃあほら、視界の外から攻撃するとか、地面に罠仕掛けるとか、奇襲するとかさ……」

 

 球子が閃きを口にする。

 

 実際に戦う時は地獄だろう。

 本物のゼットを前にすれば、心より湧くのは絶望だけだろう。

 千の作戦を組み上げても、その中で有効なものは一つあるかどうか。

 勝ちの目は大砂漠に落ちた砂粒一つに等しい。

 

 それでも、三人は希望を語った。

 "その作戦だとここに問題がある"程度の意見は出したが、"こういう理由で絶対に勝てない"と語ることはなく、"こうすれば勝てるんじゃないか"を語った。

 希望を語った。

 前を向いた。

 それは、絶望に抗い闇に打ち勝つ、心の光の力であった。

 

「―――とか、どうよ!?」

 

「いや、タマちゃん、それはねーわ」

 

「ええええ!?」

 

「タマっち……いやそれはないよ」

 

「ま、また先輩が取れた! あんずぅ!」

 

 楽しさも混じえて語りながら、竜胆は内心しんみり感じ入る。

 

 杏は内気で怖がりな、女の子らしい女の子だ。

 竜胆の身の上を考えれば敬遠されて当然、嫌われて当然。

 だが竜胆がボブのために流した涙と悲しみを知った日から、また一歩、杏は竜胆に対し歩み寄ってくれていた。

 仲間に攻撃するティガの姿を何度も見せていたからか、竜胆と杏は共に良心的な人間でありながら、歩み寄るのに随分時間がかかってしまった。

 

 少しずつ勝ち取った信頼があり。

 少しずつ歩み寄った関係があった。

 辛く苦しい日々があり、けれど確かにここにある、楽しさを感じる日々があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ボブの死の傷は、徐々に癒えていった。

 傷は時間が癒やしてくれる。

 意外と周りを見ていて、皆に気を使っている球子は、ボブの死から始まった悲しみをここで明確に終わらせるため、皆にレクリエーションを提案した。

 

 若葉だったならレクリエーションで全員参加の模擬戦でも提案するだろう。

 だが、球子ならば、提案するレクリエーションは――

 

「キャンプするぞー! ここをキャンプ地とする!」

 

 ――皆を誘った、合同キャンプとなる。

 

「キャンプかー。丸亀城から離れちゃいけない気もするけどな」

 

「大丈夫大丈夫、丸亀城から近い山だから。ほら」

 

 球子が指定した山は、丸亀城から人の目でも視認できる位置にあった。

 ウルトラマンなら丸亀城まで飛んで一秒といったところだろうか。

 竜胆はその山を見て、ちょっと首を傾げる。

 

「……三年前に地図見た時は、こんなところに山なんてあったっけな……?」

 

「無かったぞ。出来たのは去年の十一月だし」

 

「……んんん?」

 

「あれ、怪獣なんだ。戦いの最中に山になった怪獣」

 

「山になった怪獣……!?」

 

「四国の街を全部山で埋め尽くそうとする侵攻ってのも、前にはあったんだぞ、先輩」

 

「雑だけど強烈な作戦だな……」

 

 その怪獣の名は、不動怪獣『ホオリンガ』。

 特に語るような強さは無いが、山に変化することができる怪獣である。

 その能力の絶対性たるや、星屑でホオリンガを作って山にした場合、本当に緑豊かな山になった挙げ句、元には戻らず以後人に害も与えないというほどだ。

 現代人は山を街のようには使えないので、これで街を埋め尽くすというのは、作戦としてはそこまで間違っていないのかもしれない。

 現に、ほぼ撃退された後であろう現在でも、山が一つ残っているのだし。

 

「来たぞー! 山ー!」

 

「タマちゃん足元気を付けて」

 

「子供扱いすんな先輩! 第一タマの方が山に慣れてんだから……」

 

「あいだぁー!?」

 

「先輩の方が転ぶの!?」

 

「油断したぜ……この山、そうとうやるぞ」

 

「何思わぬ強敵に思わぬパンチを貰ったみたいな言い草してるんだ……ほら」

 

「ああ、ありがとな」

 

 転んだ竜胆に、苦笑する球子が手を差し伸べる。

 体の大きな少年が、体の小さな少女に助け起こされる奇妙な光景。

 仲間に手を差し伸べられるだけで嬉しく感じてしまうのは、彼の人生が酷かったからだろう。

 やや嬉しそうに立ち上がった竜胆の頭のてっぺんを見上げ、球子はボソっと呟く。

 

「……竜胆先輩、今身長何cm?」

 

「この前の検査だと178だったかな。どうした突然」

 

「おかしい……30cm無かったはずの身長差が30cm以上になってる……!?」

 

「男の子が女の子より背が高いのは、女の子を守るためだって父さんが昔言ってたよ。

 父さんが言ってたことが本当なら、これはつまり俺の心を体が反映したんだろうな」

 

「限度があるだろ!」

 

「女の子は小さくて可愛くても良いけど、男はでっかくなくちゃいけないんだ。特に心は」

 

「女の子だって大きくなりたいって気持ちはあるんだよっ!」

 

 竜胆と球子がわいわいと道を進み、皆がその後に続き山に入っていく。

 

 山でテントを広げた時点で、皆が皆、各々の役割を果たし始めた。

 

「サカナ、ツッテキゾー」

 

 ケンが魚を釣ってくる。

 なお、ここは山だが、釣ってきたのは海魚。

 元怪獣の山に川なんて流れているわけもないのでしょうがない。

 ここが海沿いの山という素っ頓狂な立地であって助かった。

 

「流石はケンだな。最近は魚があまり獲れないという噂もあったが……ひなた、どうなんだ?」

 

「そうですね……結界の外の状況にもよりますが……

 大社は魚が獲れなくなる可能性も考えているようです。

 でも神樹様の恵みがあるので、魚を食べられなくなるということはなさそうですね」

 

「そうか、良かった。魚が居なくなればうどんの出汁も取れなくなるからな」

 

 ケンが魚を釣ってきて、料理上手なひなたが捌き、生き物を刃物でかっさばくことが得意な若葉などがそのサポートにあたる。

 

「わー! ぐんちゃんが崩れたテントの下敷きに!」

 

「な、なんでこうなるの……?」

 

「なあ、千景。タマは思うんだ。

 "あの人達にいいとこ見せよう"と張り切ってる未経験者が、一番危なっかしいってな……」

 

「タマっち先輩! オブラート! オブラート!」

 

 友奈が慌て、球子と杏が千景を救出し、千景が引っ張り出されるテントの風景。

 

「ふー、ふー……よし火が点いた……」

 

 一方その頃、竜胆は火を点け、集めた木の枝をくべ、炭に灯った火を大きくしていた。

 

(キャンプで火周りを任されるとちょっとワクワクするのは何故だ……

 火に空気を送り込んでデカい火にするのがこんなに楽しいのはなんでだろう……

 ……男の魂に刻み込まれた本能とかなんだろうか……なんか本当楽しいなこれ)

 

 キャンプの時に火に向かってうちわで過剰なくらいに空気を送り込む男のような、情動。

 ある意味それは、本能のようなものなのかもしれない

 

「竜胆先輩、これ使った? タマが持ってきたこれこれ」

 

「え、何これ?」

 

「カミマキ。紙薪ってやつな。

 新聞紙をバラバラにして、水でふやかして溶かして、固めたやつ」

 

「タマちゃんのオススメならさぞかし燃えやす……って予想以上にさっくり火が点くな!」

 

「火は点きやすく、圧縮された新聞紙だから木の薪のように安定して一定時間燃える。

 新聞紙だから材料も簡単に手に入るし、作るのも簡単。アウトドアのオススメ品だぞ」

 

「はー……タマちゃんすげえなあ」

 

「そうだろ、そうだろ! もっとタマを頼ってくれタマえ!」

 

「それでなんだっけ新聞紙のこれ、タマキだっけ」

 

「カミマキ!」

 

 火力が安定してくると、球子は分けた火でご飯を炊き始める。

 ケンは捌き終わった魚を持って、竜胆が育てた火で魚を焼きに来た。

 

「ボクガヤクヨ」

 

「料理上手なケンならタマも安心だな」

 

 ケンが手際よく魚を火に当てていく。

 やってみたいなあ、と竜胆は思った。

 口に出さなくとも顔に思いが出ていたのか、それを察したケンが微笑み、手招きする。

 

「ホラ、オイデ」

 

 竜胆を火の前に立たせ、ケンはその後ろから竜胆の手を取り、魚の焼き方を教えていった。

 ケンは竜胆よりも30cm近く背が大きい。

 文字通りに、父と息子ほどの身長差がある。

 ケンが背後からそうしていると、後ろからは竜胆の姿が見えなくなるほどだ。

 

「ホラ、ココチャントヒガアタッテナイ」

 

「う、うん」

 

「ソウ、ソレデヨシ。ヨクデキタネ」

 

 一つ教えて、一つできたら、一つ褒める。

 そんな繰り返し。

 ケンは皆の父のように振る舞っている。

 皆の心を見ながら、自分の振る舞い方を考えている。

 

 だからだろうか。

 竜胆はこっそり、自分の背中をケンの胸に寄りかからせた。

 ケンは何も言わない。

 気付いていないはずがない。

 けれど、何も言わなかった。

 

 それは、子供が大人に甘える気持ち。

 息子が父親に甘えるような気持ち。

 ケンを頼りにする、竜胆の心が現れた行動だった。

 

 そんなこんなで、スパイシーに味付けされた塩焼き魚がドドンと乗った、飯ごうで炊かれたご飯・プラス・レトルトカレーというキャンプらしいラインナップが完成した。

 

「いただきまーす! おいしー!」

 

 友奈が真っ先にいただきますを言い、真っ先に食いついた。

 美味しそうに笑顔でカレーと塩焼きをはぐはぐ食べていく友奈に、皆もつられて笑顔になる。

 球子と杏が竜胆の焼いた焼き魚を食べて、美味しそうにしていた。

 

「魚が良い感じだ。やるじゃん、竜胆先輩」

 

「美味しいね、タマっち先輩」

 

「ああ!」

 

 美味しい美味しいと言っている友奈の横で、若葉やひなたも頷く。

 

「うん、初めての焼き魚にしては完璧じゃないか。生焼けの部分も無いぞ、竜胆」

 

「美味しいですよ、御守さん」

 

 千景は一人だけカレーを完全に後回しにして、一人だけ大事そうに焼き魚を味わっていた。

 

「おいしい。……美味しいわ」

 

「ちーちゃん……ありがと」

 

 ケンが左手で塩焼き魚を食べながら、笑顔で竜胆の頭を撫で回した。

 

「オイシイオサカナ、ヨクデキマシタ」

 

「……ケンのおかげだ。ありがとう」

 

「ヤイタノハ、キミサ」

 

 竜胆はちょっと照れくさくなって、席を立って球子の頬の魚の肉を取りに行った。

 

「タマちゃん、頬に付いてるよ」

 

「え、ホントに?」

 

「取ってあげるから動かないで」

 

「い、いいって! 自分で取れるから先輩は座ってろよ!」

 

「でもなんか猫のヒゲみたいになってるぞ」

 

「いいから!」

 

 しっしっと照れた球子に追いやられ、竜胆は適当な席に座ろうとして、そこに同時に座ろうとした杏とぶつかりそうになってしまった。

 思わず席を譲り合う。

 

「「 ど、どうぞどうぞ 」」

 

「ぶふっ」

 

 心の距離が近いわけでも遠いわけでもない、ゆえに同時に譲り合ったというこの行為が、見ていた球子のツボに入った。

 げほっ、げほっ、と気管支に入ってしまった米粒でむせこむ球子。

 球子に駆け寄った杏に席を譲った竜胆を、若葉が手招きする。

 竜胆は若葉の隣に座って、またカレーを食べ始めた。

 

「たまにはこういうのも良いとは思わないか? 竜胆」

 

「同感」

 

 時刻はもうすっかり夜だ。

 夕日の光が少し地平線・水平線の彼方に見えるくらいで、空にはすっかり星空が広がっている。

 この星空も、神樹が作り出した偽物。

 米やカレーも神樹の力が生み出した作り物。

 大地から生まれた食材など、もうこの時代の人間の世界にはほぼ存在していない。

 

 だが、今の彼らの胸に宿る気持ちは、神樹が作れるはずもない、紛れもない本物だった。

 

 遠くに見える夕日の残滓。

 どこまでも広がる夜空と、そこに広がる星々の煌めき。

 風が吹けば木々が揺れて、木々が擦れて清涼感のする音が鳴り、火勢が増した焚き火から、パチパチと枝が弾ける小気味の良い音が鳴る。

 かすかに聞こえる、虫の奏でる音楽さえも心地良い。

 

「ここには何もないが、不思議と心が安らぐ。私はこの空気が嫌いじゃないんだ」

 

「いや、風情もあるし情緒もあるだろ」

 

「……これは一本取られたな。確かにそうだ」

 

 ふふっと若葉が笑って、若葉の隣でひなたが会話に加わらないまま、くすりと笑っている。

 

「あと、仲間がいる」

 

「ロマンチストだな」

 

「若ちゃんもだろ」

 

「竜胆ほどじゃない」

 

「どうだか」

 

 竜胆と若葉が同じように魚を齧っていると、竜胆の隣に友奈が座った。

 

「ロマンを見るのは良いことだよ、うん」

 

「友奈」

 

 友奈は一足先にカレーと魚を食べ終えて、謎の木の実を食べていた。

 いわゆる、山の木になっている小さな果実というやつである。

 

「……何それ?」

 

「まだ日がある時にね、見つけたんだ。

 ちょっとつまんだら甘酸っぱくて美味しかったから、後で皆にもあげようかなって」

 

「ビニール袋に集めていたのか……友奈らしいというか、なんというか」

 

「これ図鑑で見た覚えがありますけど、名前までは思い出せませんね……」

 

 果実の名前を思い出せずにこめかみを叩くひなた。

 竜胆は友奈自身に聞いてみた。

 

「これなんていう果物なんだ? 友奈」

 

「え? わかんない」

 

「おいマジか。毒あったらどうするんだ」

 

「感覚的に大丈夫なことは知ってるけど名前までは知らないよ。

 強いて言うなら……

 『高嶋友奈が子供の頃近所に生えてた木の実』!

 でも美味しいことは知ってるから大丈夫。美味しいから大丈夫だよ!」

 

「毒キノコ食ってからその台詞言える?」

 

「……まだ食べてないから、まだ言える!」

 

「お前は本当に勇者だよなぁー!」

 

 "美味しそうな木の実"とか、"道端に生えている花の蜜"に対して、高嶋友奈は勇者である。

 

「ぐんちゃんは食べるよね?」

 

「私はちょっと……虫が食ってて中にいるかもしれないし……」

 

「ぐんちゃーん! 怖いこと言わないでー!」

 

 郡千景は勇者ではない。

 

「あっ、これ食後に良い感じだぞ若ちゃん」

 

「ふむ……この甘酸っぱさ。カレーがもう少し辛ければカレーとも合うな」

 

 御守竜胆は勇者なのかもしれない。乃木若葉は勇者である。

 

 千景は友奈の果物を球子、杏、ケンも食べ始めたのを見て、自分だけ置いてけぼりなのは嫌だな……と思い、友奈に渡された小さな果実を見つめた。

 木苺の類だと思えば良いのかな、と千景は自分に言い聞かせ始める。

 そんな千景を、学校帰りに花の蜜を吸わないいい子を誘うわるい子のように、竜胆が誘惑していった。

 

「大丈夫だって、山の果物に毒があるイメージは無いし」

 

「イメージなの……?」

 

「友奈が子供の頃から食べてたやつなら毒は大丈夫だろ。

 嫌なら食べなくてもいいさ。

 食べてお腹壊したら……皆で仲良く、病室で一緒に、友奈でもいじめようぜ」

 

「ええっ!?」

 

 友奈が驚き、竜胆が少年らしく笑った。

 千景は手元の果実をじっと見つめる。

 お腹を壊しても、それでも、皆と一緒なら。それはそれでいいんじゃないかと、千景は思った。

 

「……」

 

 そして、ぱくっと口に運んだ。

 

「……甘酸っぱくておいしい」

 

「ん、よかった」

 

 竜胆の勧めで、千景はもう一つ、友奈から今の果実をもらう。

 甘酸っぱいと感じたが、二個目は結構酸っぱく感じて、千景は慌ててカレーを食べた。

 

「明るい内にもっと探してみれば良かったかなあ」

 

「そしたらテント立てるのが間に合わなかったぞ、友奈」

 

「それは困るな。寝床が無くなる」

 

 友奈、竜胆、若葉が果実をもぐもぐと食べていく。

 

「今の季節で良かったね。

 まだちょっと寒い季節だけど、今日は暖かいし……

 この実は確かこの季節にしか出来ないもののはずだから」

 

「俺的には、この季節にはもっと大きな利点があると思うぞ」

 

「何?」

 

「蚊がいない」

 

「「 ああー…… 」」

 

 友奈と若葉が、納得顔で頷いた。

 

「そういえば蚊って、人類が滅びたら滅びるのか?

 バーテックスは人間憎いのか知らないけど蚊の気持ちも考えろよな……」

 

「凄い事言い出したな……」

「リュウくんは時々爆発的に凄いこと言い出すから……」

 

「蚊の食べ物って人間の血しかないんだっけ?」

 

「そうなんじゃないか?」

「だから人間だけに寄ってくるんじゃないの?」

 

 そんなことはない。そんなことはないのだが。ツッコめる者が会話の輪の中にいない。

 

「蚊だって俺達を応援してくれてるさ。『滅びるな』って」

 

「じゃあ人の血を吸うのは控え目にしてくれないかな……」

 

「友奈。蚊だって俺達みたいに美味しいご飯を食べたいんだ」

 

「ううっ、確かに今日のカレーと焼き魚は美味しかった……!」

 

 竜胆、友奈、若葉がカレーをおかわりした。

 

「いざとなれば蚊だって俺達と一緒に戦ってくれるさ。

 何せあんなにがむしゃらに人間という食べ物に食いついてくるんだ。

 蚊は潰されると分かってても人間の血を吸いに来るからな。

 美味しいものを食べるためなら死んでもいいという真正のグルメ。

 人間という最高のグルメのためなら、死を覚悟してバーテックスに挑んでくれるかもしれない」

 

「美味しい飯のためなら死ねるのか……いや蚊はそういうところあるが」

 

「うーん、うどんのためならともかく、カレーのために死ぬのは嫌だなぁ」

 

 うどん。

 冗談混じりとはいえ、うどんのためなら死ねる、という言葉にちょっと真実味を持たせる物。

 香川のソウルフード。

 勇者と巨人の好きな食べ物をリスト化すると、うどんうどんうどんと並ぶほどの代物。

 そう、それが、この食卓には足りないのだ。

 

 だがそこで、アウトドアにおいて抜け目の無い球子の目がきらりと光る。

 

「ふっふっふ……じゃーん! 持ってきたぞ、うどん一式! できるぞ、うどん!」

 

「でかしたタマちゃん! お前は最高の後輩だ!」

 

「良い称号くれるじゃないか先輩! 人数分作るから、ちょっと待っててな」

 

 球子がうどんを鍋に放り込む。

 隣に冷水締め用の鍋を用意しているあたり本格的だ。

 うどんを作る手際も見事であったが、屋外で焚き火でこれをしているという手際にこそ驚嘆すべきである。

 

 焚き火には弱火・中火・強火も無いのだ。

 火の強さに水の温度と、知識がないと焚き火でこの手の調整は一切できない。

 細かな知識でキャンプをしっかりとやりきっていく球子の一面を見て、竜胆は彼女の知られざる頼り甲斐を知るのだった。

 そして、彼女の頬に目が行く。

 治りかけの傷が一つ、先程魚がくっついていた頬の反対側にあるのが見えた。

 

「タマちゃん、頬に傷が……」

 

「ああ、気にしないでくれタマえ。ちょっと訓練で下手打ったんだ」

 

「無茶はするなよ」

 

「へへっ、タマは本来盾役だからな。前に出てあんずとか、脆い先輩とかを守ってやらないと」

 

「言ったなこんにゃろう」

 

 球子は前衛。

 球子は盾役。

 敵を攻撃する巨大な旋刃盤こそ目立つが、その本質は人を守ること。

 "人の代わりに傷付くこと"だ。

 よく見れば、球子の体には、消えるかも分からない傷跡がいくつも見える。

 

 竜胆はゼット戦で血まみれになった球子の姿を思い出す。

 腹から血を流しながらも、竜胆に盾を投げ渡した時の姿を思い出す。

 

 もう二度とあんな傷は負わせない、と思いながらも竜胆は、あの時の球子を美しいと感じた。

 痛みを越え仲間を守る気高い姿を、美しいと感じた。

 傷だらけでも彼女らしく在り続けるその心を、美しいと感じた。

 流れる血の赤色が、痛み悶える彼女の姿が、美しいと感じた。

 内臓も見れたら良かったのに、と思った。

 竜胆はあの時の球子を美しいと感じたものの、もう見たくないとも思ったわけで。

 竜胆は彼女を守る決意を固める。

 

 なのに、球子は球子だった。

 

「あんずとかみたいに、タマはそんな女の子らしくないからさ。

 そういうやつが受けるはずだった傷をタマが受け止められたなら、それはタマの勲章なんだ」

 

 彼女は体に付いた傷を嘆かない。

 勲章だとすら言い切っている。

 

 ふと、竜胆は球子の勇者衣装の花のことを思い出した。

 土居球子は、姫百合の勇者だ。

 姫百合は普通の百合よりも小さく可愛い、可憐なオレンジ色の百合。

 明けの明星の百合(モーニングスターリリィ)とも呼ばれる可愛らしい花だ。

 

 花言葉は『誇り』『可憐な愛情』『愛らしさ』。

 そして、『強いから美しい』。

 百合でありながらも、小さい花が力強く立つその姿は、人にその花言葉を付けさせた。

 それが、姫百合だ。

 

「立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花」

 

「ん? なにそれ」

 

「褒め言葉だよ。大人になると意味が分かるやつ」

 

「ふーん」

 

 うどんを作っている球子にそんなことを言う少年の横に、ふふふと笑うひなたがやって来た。

 

「姫の百合に百合だから、と。私もああいう台詞を生涯に一回くらいは言われてみたいものです」

 

「意味分かってるなら茶化すなよ……」

 

 百合の花は可憐で美しく、儚い女性の象徴だ。

 勇者衣装だけを見れば、一見百合の花の勇者にも見える杏が紫羅欄花(あらせいとう)の勇者で、そうは見えない球子の方が百合に連なる花の勇者であるというのが、なんとも奇縁である。

 

「ひーちゃん、この前の調査依頼だけど……」

 

「精霊の未知の悪影響が何かあるんじゃないか、という件ですね」

 

「そうそう、伊予島に言われて、"もしかして俺が感じたあの闇って"ってなったやつ」

 

「一人ずつ精密検査してデータの比較をしてみるそうです。結果は待ってくれ、と」

 

「大社が?」

 

「正確には大社の医療部門の方ですね。

 上を通す煩雑な手続きはせず、急いでやってくれるそうです」

 

「そっか、時間待ちか……」

 

 杏の知識と理論立てて物事を考えられる思考と、知的の正反対に居る竜胆の持つ情報。

 二つが合わさって、何か致命的なことが起こる前に、彼らは真実に辿り着きかけていた。

 だが、精霊の知られざるデメリットが発覚したところで、何も変わらないだろう。

 危険でも使うしかない。

 精霊の使用を控えて勝てるような戦況ではない。

 生きるためには使うしかないのだ。

 ティガダークと、同じように。

 

 ティガダークがどんなに危険な存在でも、現在の人類は使うしかない。

 嫌々でも使うしかない。

 その前提があるから、今竜胆は幸福な日常を送ることを許されている。

 ティガダークを使わなければならないほどの人類の窮地を、喜んで良いのやら、嘆いて良いのやら、といった状況だ。

 

 何せここまで人類が追い詰められなければ、竜胆は一生幽閉されていただろうから。

 結果論だが、竜胆がバーテックスに助けられたような形であるとも言えるだろう。

 人類は彼を使うしかない。

 彼は人類のために戦うしかない。

 人類が彼を使いたくなくなっても。

 彼が戦いたくなくなっても。

 自分以外の全てと、自分自身さえもが、"御守竜胆が戦うこと"を嫌悪するようになっても。

 戦うしかない。

 もう、戦いから逃げる道はない。

 彼にしか殺せない敵が居る以上、彼に他の未来はない。

 竜胆の心は、他の未来を選べない。

 

 彼が逃げれば、人類は負ける。世界は滅びる。戦う以外の道はない。

 

 友奈が、うどんができるまでの時間をふらつき始めた竜胆を見かける。

 月を見上げていた竜胆に、友奈は声をかけた。

 

「リュウく―――」

 

 声をかけようとして、止まる。

 

「―――誰?」

 

 竜胆に声をかけたつもりが、竜胆でない者が振り返ったような、そんな気がして。

 振り返った瞬間に、竜胆に戻ったように見えて。

 友奈は今の一瞬を、気のせいだと思った。

 

「……ん、ああ、悪い。今ちょっとぼーっとしてた。どうかしたか?」

 

「……ううん、たぶん、気のせいだと思う」

 

 友奈と竜胆が、笑い合って一緒に歩いていく。

 

 御守竜胆は、高嶋友奈に対しては、一切の負の感情を抱くことはなかった。

 

 

 




 仲間との絆で強くなっていく心の光

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