夏空の下、ウルトラマンは、友をいじめた子供達を虐殺した   作:ルシエド

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 タマは小さい頃から、女の子らしさとは無縁だった。

   ―――小さい頃からずっと、杏は体が弱くて可哀想、と言われてた。

 ガサツで強気、いつも外で危ない遊びをしてて、親に怒られてばかりだった。

   ―――私は病弱で、いつも部屋の中で、現実から逃げるように本を読み漁った。

 女の子らしさに憧れがなかったわけじゃないけど、よく分からん。

   ―――外を元気に駆け回る日々に憧れはあったけど、よく分からなかった。

 タマは、それでいいと思ってた。

   ―――病弱な私を気遣い距離を取る皆に疎外感を感じて、毎日が嫌だった。

 

 ただ、親を困らせてるのはタマにとっても悩ましい。

   ―――親も、同級生も、皆、私から距離を取る。私の体が弱いから。

 タマは自分を変えるべきなんだろうか。

   ―――皆が私を気遣う。気遣って、距離を取る。そんな周りが嫌で、嫌で。

 どうすりゃいいんだろう。

   ―――どうすればいいんだろう、そう思うたびに、幼い頃の私は泣いていた。

 

 まあ気が向いたら自分から何かを変えていこう、とタマは思っていた。

   ―――こんな日々を変えてくれる王子様のような人が来てくれたら、と思っていた。

 

 あの日、運命の日。

   ―――あの日、運命の日。

 バーテックスがやって来て、タマはとりあえず走った。

   ―――バーテックスがやって来て、私は逃げることもできず、怯えるだけだった。

 まず感じたのは怒り。

   ―――まず感じたのは恐怖。

 人を殺してるバーテックスを見て、ふざけんなと思った。

   ―――人を殺しているバーテックスを見て、怖くて震えが止まらなかった。

 

 親は心配だったけど、森の中だったし、タマ一人で逃げてる方が気楽だった。

   ―――両親と一緒に逃げている時に、両親とはぐれてしまって、泣きそうだった。

 そして、タマはいつの間にか神社の前にいた。

   ―――私は一人で逃げている内に、いつの間にか神社の前にいた。

 そこで楯に触れ、タマが戦えることを知った。

   ―――そこで弩に触れ、私は戦えることを知った。

 よし、戦うか、と楯を取った。

   ―――戦えるわけない、と、弩を抱えた私はうずくまった。

 

 化物をガンガン倒せば、女の子らしくなくても皆は褒めてくれるよな!

   ―――あんな化物に、立ち向かえるわけがない。怖い。

 親にも怒られない! むしろ褒められる! 名案だ!

   ―――お父さん、お母さん、助けて……

 『勇者』。自分にぴったりだと思った。喧嘩も戦いも恐れないタマにぴったりだ。

   ―――『勇者』。これほど私に似合わないものも無い。

 

 巫女の安芸真鈴さんと出会って、仲間の勇者を助けに行けと言われた。なんで?

   ―――助けて。誰か……助けて……

 お、あの子だな。よっしゃ、タマ行くぞー!

   ―――え?

 うっし、全部倒した! おい、大丈夫か?

   ―――あ、はい。

 ……お前、武器持ってるじゃんか! なんで戦わないんだよ?

   ―――む、無理、です……

 なんだかなぁ……

   ―――あ……怪我が、手に……

 こんくらいヘーキだって。かすり傷かすり傷!

   ―――駄目です! そこから雑菌が入ったりするんです。動かないでください。

 手当てなんていいのに。

   ―――……あの。

 ん?

   ―――助けてくれて……ありがとう……

 

 弱くて、怖がりで、他人を思いやる心を持っていて、小さな傷や痛みも見逃さない子。

   ―――強くて、勇敢で、格好良くて、敵を恐れない人。

 伊予島杏は、タマと違って、女の子らしい、か弱い女の子だった。

   ―――土居球子は、私と違って、とても勇者らしい女の子だった。

 タマは、こうはなれない。

   ―――私は、こうはなれない。

 すぐに、分かった。

   ―――心の底から、そう思えた。

 

 憧れと確信が、同時にタマの胸に湧き上がった。

   ―――憧れと確信が、確かに私の胸の中にあった。

 

 だから、思った。

   ―――だから、思った。

 

 この子を守ろう、って。

   ―――王子様みたいだ、って。

 

 

 

 

 

 土居球子と伊予島杏は、対になる関係だ。

 互いが互いを、一番大切に思っている。

 勇者五人の中で一番親しい関係を挙げるなら、この二人が真っ先に挙がるはずだ。

 

 想い出の中で、記憶の中で、杏と球子はいつも一緒にいた。

 

「電気消すぞー」

 

「はーい」

 

 特に意味もなく、杏と球子は一緒のベッドで寝ていた。

 

「夜の気温も上がってきたね」

 

「だな。あと一ヶ月か二ヶ月もしたら、タマ達も窓開けて寝ることになりそうだ」

 

 一緒のベッドで寝て、寝るまでの時間を、楽しく話して過ごす。

 二人はまるで姉妹のようだ。

 いや、見方を変えれば、"仲の良い小学生女子同士のよう"とも言える。

 杏は去年まで、球子は二年前まで小学生だった。

 普通の中学生に囲まれた普通の中学校生活を送ったことも、一度もない。

 二人がどこか小学生らしさを残しているのも、当然のことなのかもしれない。

 

「タマっち先輩は、よくあの人のことが分かったよね」

 

「ん? 竜胆先輩のことか?」

 

「うん。タマっち先輩は私達の中で真っ先にあの人に歩み寄ってたな、って思って」

 

「あーそういやそうだっけ」

 

「千景さんは変な距離でじっと見てただけだったからね。

 タマっち先輩が歩み寄ったから、皆あの人に歩み寄ろうとする空気が出来たんだと思う。

 今は私もあの人が悪い人じゃないって思うけど……

 あの人が怖くなかったの? 敵意はあったんじゃなかったの? 私は今でも、少し怖いな」

 

 球子はそんなこともあったなあ、と思いながら、ぷっと吹き出した。

 あの頃の球子には分かってなくても、今の球子にはよく分かる。

 出会ってすぐの頃の竜胆が、どれほど"球子を殺してしまうことを恐れ"、球子を気遣って距離を取ろうとしていたのかが、よく分かる。

 

「タマが怖がるんじゃなくて、先輩が怖がってるんだよ。超怖がってんだ」

 

「あの人が怖がってるって、何を……?」

 

「たくさん話せばあんずにも分かるさ。

 先輩は色んなものを怖がってて、それを乗り越える勇気が足りないんだ。

 竜胆先輩は勇気ある人だけど、必要な勇気の量が多すぎるから全然足りてないんだよなー」

 

「ふーん……?」

 

「先輩の人生に足りないものは勇気と愛だな、間違いない」

 

「人生に足りないものでその二つが出てくるのも中々すごいね……」

 

 益体もなく話す。

 ふんわりと、ほんわかと、眠くなるまで、意味もなく話す。

 特に重要でもない話を、必要でもない話をするのが、球子も杏も楽しくて仕方なかった。

 

「こうしてると、タマ達本当の姉妹みたいだよな」

 

「そうだね」

 

 付き合いの短い竜胆でさえ、知っていた。

 この二人が、本当の姉妹のように仲が良かったことを。

 記憶の中の夜に、球子と杏は手を繋ぎ、瞳を閉じる。

 

「タマの方がお姉さんだな、うん」

 

「えー、タマっち先輩の方がちっちゃいのに? お姉さんなら私じゃない?」

 

「いいや、タマの方がお姉さんっぽいからな! タマの方がお姉さんだ!」

 

「はいはい。でも、うん、そうだね。タマっち先輩の方がお姉さんなのかも」

 

 球子は子供っぽい。そういう意味ではお姉さんらしくはないのかもしれない。

 けれど、杏はいつも、球子に手を引かれていたから。

 色んなことに怯える杏を、勇気ある球子が引っ張っていくのが、二人の日常だったから。

 お姉さんがどちらかと言えば、それは球子になるのだろう。

 

 それは、動かない樹のような杏と、それを揺らし動かす風のような球子の関係で。

 

「よーし、いっそ本当の姉妹になっちゃうか! 世界一の仲良し姉妹に!」

 

 球子の言葉に、杏は思わず微笑んだ。

 

「ふふ、そうだね。でもお姉さんなら、もう少し女の子らしくもしないと」

 

「えー、球子に今更そりゃないだろ」

 

「可愛い服着たりとか、してもいいと思うな。タマっち先輩には女子力が足りないよ」

 

「女子力ぅ~? そんなもん、生まれ変わりでもしないとタマには備わりそうにないぞ」

 

「もう、タマっち先輩は……」

 

 女子力を求める気持ちくらいは持ってくれてもいいのに、と杏は思った。

 この球子に女子力が付いても、女子らしいことができるようになったかっこいい女の子が出来るだけだろうに。

 ……それはそれで面白い女の子になるかもしれない。

 

 球子が話し、杏が話し、二人の意識は、徐々に眠りの中に落ちていった。

 

「本当の姉妹よりも仲良いってくらいに、もっとうーんと仲良くなろうな!」

 

「うん」

 

 そんな、ある夜の記憶があった。杏と球子の想い出があった。

 

 夢は終わる。幸福な記憶が脳裏に蘇る現実逃避の世界から、杏の意識は現実に戻った。

 

 目の前にあるのは、球子の胸の穴から溢れた血溜まりの赤。

 

 死体すら残らなかった球子の結末が、杏の目の前に残したものは、グロテスクな血の跡のみ。

 

「タマっち先輩?」

 

 杏が球子の血の跡に手を伸ばす。

 その手が球子に触れることは、もう二度と無い。

 球子の体から飛び散った血は、杏のクリーム色で色素が薄い髪に、よく目立っていた。

 杏の白く綺麗な肌に着いた、球子の血が。

 白の紫羅欄花(あらせいとう)の勇者衣装に着いた、球子の血が。

 よく目立っている。

 目立ってしまっている。

 

「え……え? え……」

 

 現実を受け止められない。

 事実から逃げられない。

 心が、壊れそうなほどに圧力をかけられている。

 

 伊予島杏は、土居球子が死んだという事実に、向き合うことも背を向けることもできない。

 

「あ……え……え……」

 

 そんな杏の頭上を、暴走するティガダークが飛び越えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 意志ある暴風。

 邪悪なる災害。

 憎悪持つ惨禍。

 今のティガダークを例えるならば、どれが的確なのだろう。

 怪獣が、ゴミのように引き千切られていく。

 

 ……これはもはや災害だ。

 だが決定的に災害ではない。

 どんな災害でも、他者に憎悪など持つはずもない。

 特定の命を殺し尽くすために全力を尽くす災害など、あるはずがない。

 

 それは一種、意思無き災害を"意思ある存在"のように扱った昔の人間達が創り上げた、名付けられし災害―――『神』のようですらあった。

 嵐の神、雷雨の神、火災の神。

 災害に意思はないという事実と、災害に意思があるという創作の矛盾。

 "災害の無慈悲"に名前をつけた結果、生まれた"神の無慈悲さ"に近い、"ティガという無慈悲"。

 無慈悲に、ティガはバーテックスを片っ端から粉砕していく。

 

 白いゼットンが破壊された後も、ゼットは戦場を眺めていた。

 そしてティガダークが撒き散らす絶望と悲しみの思念波を感じ、溜め息を吐く。

 

「仲間が死ねば、絶望と悲嘆が心の闇を深め、力を増す。

 仲間が死ねば強くなり、仲間が死ぬまで強くなれない。

 劇的に強くなるためには仲間の死が必要であり……

 ……仲間の死の後に強くなるなら、仲間が死ぬ前に強くなって守る、ということは不可能。

 仲間が皆死ねば、人の世界の敵を尽く滅ぼしてから自殺することも可能なほどに強くなれる」

 

 ゼットはこのティガを、ウルトラマンであるとは認めていなかった。

 

「仲間と親しくなれば仲間が希望をくれる。

 仲間が希望をくれれば弱くなる。

 弱くなれば仲間を守れなくなり、仲間が死ぬ。そして強くなる。

 強くなるために仲間が死ぬ必要があり、仲間を死なせるために希望を得ていく繰り返し」

 

 これはサイクルだ。

 仲間が死ぬまでの希望のサイクル。

 仲間の死を中心においた絶望のサイクル。

 二つのサイクルが、竜胆の周りで回っている。

 

「絶望するために、奪われるための希望を得ていく過程。

 死別するために、大切な仲間を得ていく人生。

 失うための幸福を得て、他人のためにひたすら自分自身をすり潰していく、生贄の運命」

 

 その運命をひっくり返すことは、まだ誰にもできない。

 

「呪いのような力だな、ティガよ。

 まるで……絶望するためだけに人生を設計されているかのようだ」

 

 ゼットの声には、僅かな憐憫が混じっていた。

 が、竜胆のこの強さを得る絶望と希望のサイクル自体は、肯定している。

 彼が出す結論が『強くなるのであればそれに越したことはない』から変わることはない。

 『もっと死んでもっと強くなれば歯応えも出るだろうか』と考えていることに変わりはない。

 だが、その結論に至るまでの思考の中で、ゼットは不思議な不快感を覚えた。

 心あるゼットンだからこそ感じた、ゼットも知らない不快感。

 

「ああ、そうか。

 これが、かつてのゼットン達になかったもの。

 心を与えられたゼットンである私だからこそ得た感情……」

 

 ゼットが竜胆の運命を見通し、そこに覚えた感情は一つ。

 

「―――『胸糞が悪い』、という感情か」

 

 戦場を与えてもらった義理がある以上、ゼットが天の神とバーテックスに対し、終わりまで造反することはない。

 だが、ティガの運命というものにこの感情を抱くのと、それとこれとは話が別だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ティガダークの暴威と、消し飛んでいくバーテックス達。

 それを見た千景は、幼い頃の記憶を思い出していた。

 

 記録的な猛暑。

 殺人的に加熱された路面。

 そこに、千景の水筒からころりと氷が転がり落ちた。

 氷はあっという間に溶けて、溶けた水もあっという間に蒸発する。

 鉄板のように熱された路面は、氷を瞬く間に"最初から無かったかのように"消してしまった。

 その時の記憶を、千景は思い返している。

 

 あんなにも強かった怪獣が、まるであの時の氷のようだと。千景は思っていた。

 

『■■■■ッ―――!!』

 

 ドゴン、とティガの拳がザンボラーに着弾する。

 ザンボラーの全身は一瞬で粉微塵に粉砕され、吹っ飛ばされ、血液の一滴すら残さず全てが結界の外にまで吹っ飛んでいった。

 ティガの右拳が高熱で焼けたが、もはや今のティガを止める痛みにすらならない。

 

 ティガが跳ぶ。

 今のティガが暴走した状態でのスピードは、もはやザンボラーやEXゴモラの目で真っ当に追えるレベルの速さではない。

 ゴモラが"見つけた"と思ったその瞬間、ティガを視認したそのゴモラの全身は、ティガダークの手刀にてバラバラにされていた。

 あれだけ頑丈だったEXゴモラの皮膚も、暴走時のティガダークの手刀の前では砂糖菓子に等しいものでしかない。

 

 ヤバい、殺される、危険だ、という空気が、バーテックス側にも人類側にも蔓延していた。

 

 ピスケスが地面に潜り、逃走する。

 ティガダークは目に映る敵全ての敵に照準を定めた。

 EXゴモラ数体が、ティガを包囲する。

 ゴモラ達はある程度回復した体力の全てを使って、四方八方からEX超振動波を放った。

 

『■■■』

 

 その時、ティガを見ていた友奈は、"フラフープ"と一瞬思った。

 そしてすぐに、そんな生易しいものではないことを理解する。

 

 ティガの腰回りに、八つ裂き光輪が発生する。

 そしてティガを中心として、その八つ裂き光輪が一瞬で巨大化した。

 ティガへ放たれたEX超振動波と、ティガを囲んでいたゴモラの全てが両断される。

 ずるり、とゴモラ達の上半身が、下半身の上から落ちた。

 

 半径1km弱の円形範囲を全て切り裂く闇の光輪が消え、ティガは跳ぶ。

 消えたようにしか見えない高速移動。

 その手が、距離を取っていた亜型スコーピオンに迫った。

 

『■■■ッ―――あ―――あ―――!』

 

 だが、そこは強個体を素材とした亜型十二星座。

 スコーピオン・バーテックスの代名詞とも言える針を連続発射し、理性の飛んだティガの移動経路を誘導し、そこに山をもひっくり返す尾の一撃を叩き込んだ。

 ティガの両足に尾が直撃し、ティガの両足の中身が粉々に粉砕される。

 

『―――ッ!!!!』

 

 更に続けて猛毒の針を発射する蠍座が、ティガの体に無数の針を突き刺していった。

 

 これで止められるのが、まともなウルトラマン。

 ティガダークは、まともではなかった。

 

 砕けた巨人の足の内から、ミシミシミシと音が鳴る。

 ティガは足を使わず、腕だけで跳ねた。

 腕で地面を押し、高速で跳ねた。

 規格外の腕力は、亜型スコーピオンに反応も反撃も許さぬまま肉薄する。

 黒く凶悪なその腕が、スコーピオンの首を掴んだ。

 

『タマ、ちゃん』

 

 ノイズばかりだった竜胆の暴走時の思念波が、一時的にまともな言語として出力される。

 純粋な想いが、思考のノイズを取り除く。

 

『死ね』

 

 死を逃れようとするサソリの射撃針が、ティガの体に連続で突き刺さっていく。

 ティガは無視して、巨大な八つ裂き光輪を敵の右に十枚、左に十枚展開する。

 八つ裂き光輪は、単体なら切り裂く攻撃だ。

 だが、沢山重ね合わせて厚みを出しなら、どうなる?

 

 "切り裂くもの"ではなく、"削り潰すもの"に、なるのではないか?

 

 十枚重ねた巨大八つ裂き光輪が、スコーピオンに左右から迫る。

 それはさながら、左右から迫る八つ裂き光輪の刃の壁。

 

 ゴリゴリゴリ、とスコーピオンが削られていく。

 削ぎ取られながら、消えていく。

 まるで石をヤスリで削って砂にする過程を、早送りで見ているかのようだ。

 そうして、"絶対に万が一にも生存させない"という絶殺の意志を反映した攻撃が、スコーピオン・バーテックスを粉微塵にした。

 

『■■■』

 

 ぶつぶつと、スコーピオンを倒すなり何かを呟き始める竜胆。

 その思考を整理して文字にするなら、

 "なんでこいつを倒したのにタマちゃんは蘇らないんだろう?"

 "殺した奴を殺しても、殺された人は蘇らない。意味はない"

 の二種類に分けられた。

 思考は完全に破綻し、狂気が正気を圧倒している。

 

 ティガがそうして動きを止めているのをこれ幸いと、ザンボラーが熱線を直撃させた。

 直撃した熱線が、ティガの肉を抉り、その骨肉を溶かす。

 そして、失われた肉体を突如生えてきた"黒い針"が補い、繋いだ。

 

『■■■―――』

 

 これが以前、ティガダークがほんの少しの間とはいえ、ゼット相手に戦えていた異常な肉体稼働の正体だ。

 肉がちぎれても構わない。

 骨が砕けても構わない。

 黒い針で肉と骨を繋げれば、とりあえず肉体は動く。

 針が筋肉や骨の代わりを努めれば、肉体の欠損は意味を為さない。

 

 針が肉体を貫く際に激痛が走るが、それがどうしたというのか。

 竜胆が激痛地獄に苛まれるだけで、戦闘続行が可能になるのであれば、これほど強力な能力もそうそう無いだろう。

 これを細胞変異(セルチェンジ)の能力と見るか、肉体変化(タイプチェンジ)の能力と見るかは、人によって見解が別れるだろう。

 

 ティガの肉は、毒によって現在進行系で破壊されている。

 だが破壊される速度よりも、針が無理矢理に肉体を縫っていく速度の方が速い。

 竜胆の肉体に発生している毒と針の痛みを度外視すれば、スコーピオンの毒の効果はほとんど無効化されていた。

 

『■■■ッ―――!』

 

 もはや変身解除後にこの傷が異常回復能力で治るのか怪しい状態のティガだが、ダメージを抑える本能はあったらしい。

 ゆえに、その本能は残酷な行動となって形にされた。

 

 ティガがEXゴモラの一体を掴み上げ、あっという間に解体する。

 そしてその硬殻な表皮の一部を、その身に装着した。

 今のティガの移動速度なら、一瞬でも熱線を防げる防具があれば、ザンボラーの熱線が当たる可能性はもはや完全に0になる。

 

 これは、ゴモラの鎧だ。

 ゴモラの皮膚を剥いで作ったに等しい鎧だ。

 『ゴモラアーマー』、とでも呼ぶべきだろうか。

 ゴモラの血に濡れ、ゴモラの硬殻表皮を鎧のように身に纏い、ティガは跳ぶ。

 

 あんなにも苦労した強い怪獣の軍団が、笑えるような速度で殲滅されていく。

 おそらく、殲滅まで十秒とかからなかっただろう。

 

 点滅が加速しないティガダークのカラータイマーが、とてつもなく不気味に見える。

 エネルギーが減っていない、というよりは、"もう止まっている"ようにすら見えた。

 

『ミンナ』

 

「パワード……?」

 

『オソラク。サンプンヲコエテモ、カレガトマラナケレバ、カレハモドッテコナイ』

 

「―――!?」

 

 今、ティガダークを止められなければ。

 今日、永遠の別れとなる相手は、球子一人では終わらない。

 バーテックスの全てを破壊したティガダークが、次なる標的を探し、パワードを見つけた。

 対峙する闇の巨人、光の巨人。

 静かな空気に、パワードのカラータイマーが虚しく響く。

 

『リンドウ』

 

 パワードも既にエネルギーは尽きかけで、全身は見るも無残な傷だらけ、それでもケン/パワードは弱さを微塵も見せぬまま、ティガに手を差し伸べる。

 

『カエロウ。モウ、タタカイハオワッタ』

 

 ケンとパワードが悲しくないわけがない。

 球子の死に、とてつもない後悔と悲しみを覚えているはずだ。

 今すぐにでも、膝をついて泣き崩れたいはずだ。

 そんな自分の感情を後回しにして、ケンは竜胆に手を差し伸べる。

 

『タタカイハモウ、オワッタンダ!

 キミカラ、タイセツナモノヲウバウテキハ、モウイナイ!』

 

 泣いている子供に、手を差し伸べる。

 

『カエッテ、タマコヲ……タマコガ、ヤスラカニ、ネムレルバショヲヨウイシテアゲナイト!』

 

 子供は、その手を、取らなかった。

 

『■■■■ッ―――!!』

 

 知ったことかと。

 世界を今日終わらせるのだと。

 あの子を殺した世界を壊してやると。

 叫びの中に、感情のノイズが幾多にも混ざる。

 

 他人思いな少年が、友達思いな少年が、仲間を大切にする少年が、闇に急き立てられて心の片隅にあった気持ちを暴走させる。

 "あの子がいない世界に意味なんてない"という小さな気持ちすら、普段なら理性に切り捨てられるはずの小さな気持ちすら、暴走の一助となってしまう。

 愛憎、という言葉があるように。

 愛が深ければ深いほど、それが転じた憎悪は大きいものとなる。

 

 これは、世界を今日、終わらせかねない憎悪だ。

 

 球子の死を引き金として世界を滅ぼす憎悪。

 その憎悪が、"竜胆は球子を世界よりも大切に思っていた"という事実を証明する。

 

『……リンドウ! ソンナニ……ジブンヲセメルナッ!』

 

『■■■―――!!』

 

 ティガの姿が、消えた。

 瞬間移動に近い速度での踏み込みを、パワードは上空に飛び上がって回避する。

 パワードの飛行速度は真空中で超光速、大気中ではマッハ27。

 空に飛び上がったパワードに、ティガダークは悠々ついて来た。

 

『っ』

 

 空に逃げるパワード、その後を追い八つ裂き光輪を放ってくるティガ。

 パワードは空中で螺旋を描く軌道で飛び、連続で放たれる八つ裂き光輪を全て回避した。

 避けられた八つ裂き光輪は結界の天井を通過し、放たれてからもどんどん加速して光に近い速度にまで到達し、空の月のど真ん中を貫通していった。

 

 もはや勇者も、バーテックスも、ついていけるかさえ分からないマッハ25超えの空中戦。

 されどティガはやがてパワードに追いつき、パワードの足を掴んで、地面に向けて投げつけた。

 地面の樹海を傷付けないよう、飛行能力で軟着陸するパワード。

 

 着地したパワードを、超高速で跳び回るティガが四方八方から殴り、蹴る。

 パワードとティガの間にある速度差を考えれば、ティガはパワードの前後左右に1/4ずつラッシュを分割しても、その1/4だけでパワードの正面ガードを押し崩せるだけの攻撃速度があった。

 

『マジメニ……』

 

 パワードは立ったまま、亀のようにガードを固める。

 全身の筋肉に力を入れ、急所を守り、四方八方から絶え間なく襲い来るティガの攻撃を防ぐのではなく、耐える。

 ティガの攻撃は、どこかボブを彷彿とさせた。

 ボブの真似をして、体に染み付かせた動きが、暴走時にも発揮されていた。

 

 御守竜胆は、人の死を人一倍悲しみ、ゆえにその死を無意味にしないようにする。

 それが分かるから、ケンはティガのこの動きが嬉しくて、悲しくて、辛い。

 

『ホントウニ、マジメニ、ボブノワザヲ……レンシュウシテ、イタンダナ』

 

 こんな世界でなければ。

 竜胆に与えられたのがこんな力でなければ。

 ケンは、そう思わずにはいられない。

 

『コンナニナッテモ……カラダニ、シミツイテイルクライニ』

 

 強くなった。竜胆は強くなった。

 努力して強くなり、仲間が死ぬことで強くなった。

 なら竜胆は、強くなって何がしたかったのだろう。

 

『守■■■■た―――!』

 

 強い想いが表に出て、想いが思念波のノイズを減らす。

 

 竜胆の願いは、どこにあったのだろう。

 

『■り■か■た―――!』

 

 ボブ、球子と、死者を糧に強くなった彼の内なる想いは、どんな形をしているのだろう。

 

『守りた■った―――!』

 

 ケンは歯噛みする。

 ティガがこうして暴走して敵を一掃してくれなければ、世界を守れなかった場面が何度もあって……その事実が、まともな大人の心を苦しめる。

 今日だってそうだ。

 ティガが暴走しなければ、そのまま押し込まれて負けていた可能性が非常に高かった。

 醜悪な言い方を、するならば。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()、この世界は今日も守られたのである。

 まるで、生贄を捧げて世界を守るような過程。

 満開の花を神に捧げ、花が散華すれば新たな花を継ぎ足すような、残酷のリピート。

 次に死ぬのは、誰になるのだろうか?

 

 竜胆の思考は、どんどん人間のそれから離れていく。

 そして、暴走する闇が、ティガダークの背中から、"新たに四本の腕を生やした"。

 

「う……腕が……増えた……?」

 

 千景が、口元を抑える。

 

「……『殺すためにもっとも適した形』に、変わっているのか……?」

 

 若葉は戦いを止めたい。

 だが、今の巨人の戦闘規模と戦闘速度に割って入る手段を、若葉は持たない。

 今戦える状態にある勇者は若葉だけ。

 その若葉も、精霊をあと一回、十数秒使えば肉体的に動けなくなる。

 それで何ができるというのか。

 若葉は無力感を覚え、拳を強く握り締める。

 

 若葉が見据える先で、ティガは不定形でグチャグチャでろくに整形できていない四本の腕も構えて、六本の腕でパワードをタコ殴りにし始めた。

 

 黒い針といい、ティガに今起こっている肉体の変質は、一体なんなのか?

 

 それは、『ウルトラマンティガ』が、『細胞変異(セルチェンジ)』の特性も持つウルトラマンであるがために発生したものだ。

 ウルトラマンティガには自らの肉体を別の形質(タイプ)に変化させられる素養があり、他者の細胞に干渉する技があり、自らの細胞サイズに干渉する能力まである。

 そんなウルトラマンが変質したティガダークにも、細胞を変質させる素養はあった。

 

 八つ裂き光輪こそ竜胆が編んだ技ではあるが、ウルトラヒートハッグやティガ・ホールド光波などは、ティガの力から素養を汲み上げ編み出した技だ。

 細胞変異(セルチェンジ)の力は勝手に竜胆自身に干渉し、黒い針による肉体の修復という形で身体強度の低下を補い、憎悪を形にしやすい肉体へと造り変えていく。

 

 今、憎悪を形にした腕四本も、ぼとり、ぼとりと落ちた。

 作りが脆かったせいで、亜型スコーピオンの毒で腐り落ちてしまったのだ。

 おかげで腕と一緒に毒も排出されたが、竜胆の意識は腕が落ちたことすら気付いていないのだろう。

 肉体が感じる痛みや苦しみなんてガン無視だ。

 相手を殺せる殺傷能力さえ維持できればいい。

 相手を殺す能力が新たに生えてくればいい。

 そんな指向性を持った、闇の化物。

 

『■ッ■ッ■ッ■ッ―――!!』

 

 その闇の深さ、醜悪さ、暴走の度合いが、球子への好意と等量ならば。

 彼は一体、球子という友達に対し、どれほど"生きてほしい"と思っていたのだろう。

 

 ケンとパワードは、もう戦える体ではない。

 エネルギーも体力も底が見えていて、全身のどこを見ても傷が付いていない箇所がない。

 散々に打ちのめされた筋肉は力を入れれば震えて、骨にもダメージが行っていた。

 にもかかわらず、パワードは立つ。

 

 彼はヒーローで、竜胆は子供だから。

 

『……パワード』

 

 ケンは、自らの内に呼びかけた。

 

 

 

 

 

 心の中にはどんな言語もない。

 心では、ただ意志のみが通じ合う。

 日本語も、英語も、ウルトラマンの言語も、そこに差異は無い。

 パワードは、ケンに警告する。

 

―――ケン。ここまでだ。これ以上ダメージを受ければ、私だけでなく君も死んでしまう。

 

 頼む、パワード。僕はまだ、やるべきことをやっていないんだ。

 

―――下手をすれば、ここで君が死んでしまう。最悪、我々は分離し君だけでも助かるべきだ。

 

 負けた後のことを考えるのはよそう。

 あの子らを娘、息子のように思っているのは、僕だけじゃない。そうだろう?

 

―――……

 

 少しでいい。あの子を助けるためにできることが、小さくてもいい。

 子供達のために、僕は何かをしてやりたいんだ。

 

―――ケン……

 

 リンドウは今、泣いている。

 僕は悲しみ、涙し、暴れる子供を止めてやりたい。

 頭を撫でて、抱きしめて、「よしよし」と囁いてあげたい。

 泣いている子供を、泣き止ませたいと思うことすらできないのなら、大人である意味がない。

 子供を慰めることすらできないのなら、大人である資格がない。

 

―――ボブの受け売りか?

 

 ああ、そうだ。

 あの子を止めるために全力を尽くす。

 それが、今戦場で子供達を支えてあげられる、唯一の大人としての責任。

 君と出会えた僕が、光を得た僕が果たすべき……責任なんだ!

 

―――分かった。

 

―――何があっても、最後まで付き合おう。我が友よ。

 

 

 

 

 

 ケンとパワードの力が尽きる。

 光が尽きる。

 最後の最後に残った力の全てを、パワードは右手に集約した。

 

 暴走するティガの左拳が、明確な殺意を持ってパワードの額に突き出される。

 剛にして暴のその一撃に対し、パワードは強大な力で返さなかった。

 光を集めた右手を突き出し、そっとティガの胸を押す。

 叩くのでもなく、突くのでもなく、光をもって優しく押した。

 

 優しき者・パワードの押す一撃が、ティガを傷付けることはない。

 ティガの一撃がパワードの頭を打ち、倒されたパワードの姿が消え、ケンの体が路上に転がる。

 そして、パワードに押されたティガの胸……ティガのカラータイマーには、光が宿る。

 パワードが残した光が、そこに煌めいていた。

 

「パワードまで……」

 

 千景の胸中に広がるのは絶望。

 七人御先を使おうとしても、体に走る途方もない疲労感と倦怠感のせいで、精霊を引き出そうとすることすらできない。

 鎌を杖のように使って立っていても、もはや戦える状態ではなく。

 千景は"もうダメか"と、一瞬思ってしまった。

 

「まだだ、まだ諦めるか……まだ足は動く。手は動く。心も刀も折れてはいない……!」

 

 若葉はまだ、欠片も諦めていない。

 そんな中、杏に寄り添っていた友奈は。

 一つの決意を固め、皆に微笑みを向ける。

 

「若葉ちゃん。ぐんちゃん。もしもの時は、後をお願い」

 

「友奈? お前、一体何を……」

 

 使わないでいた切り札があった。

 大社から使うなと言われていた切り札があった。

 神樹を通して、それに触れた瞬間、"使ってはいけない"という実感を得た精霊があった。

 無茶しいな友奈ですら、今まで一度も使わなかった、危険な精霊。

 友奈は、その切り札を、切った。

 

 

 

 

 

「来い―――『酒呑童子』!!」

 

 

 

 

 

 『酒呑童子』。

 其は、日本三大妖怪の一体。

 伝承によれば伊吹大明神たる八岐大蛇と、玉姫御前なる娘との間に生まれた者であるとされる。

 オロチの子にして、神の子。

 ある日鬼となったが、鬼となっても神の力は有していたとされている。

 また一説には、生前は散々悪行を働いたものの、死後にその罪を悔いたことで、人々を助け人々に祀られる神の一種になったとも言われている。

 

 一目連が『神にして妖怪』であるならば、酒呑童子は『神にして鬼』。

 その力は他の精霊と比べればまさしく桁違い。

 人がその身に宿して使えば、()()()()()まとめて砕け散るほどだ。

 友奈がこれを使うということは、そう。

 友奈が、竜胆と自分の体を砕きながら戦うという苦渋の選択をした、ということを意味する。

 

 一目連すら使用すべきではない状態の今の友奈が、使っていい精霊ではなかった。

 

「うおおおおっ!!」

 

『■■■―――!!』

 

 ティガダークの左拳と、酒呑童子を宿し巨大なアームパーツを身に着けた友奈の右拳が、全力で空中で衝突する。

 弾ける大気。

 撒き散らされる衝撃波。

 星屑であればこれだけで粉砕できてしまいそうな空気の激震。

 ティガと友奈の拳の威力は、互角であった。

 

 互角、ゆえに、ティガの拳も友奈の拳も、等しくヒビが入る。

 ティガの拳に至っては、グズグズに崩壊し、また黒い針が内から拳の肉と骨を縫っていた。

 

(なんて、脆い……)

 

 亜型スコーピオンに穴だらけにされたティガの拳は、その後も無理に敵に叩きつけられていったせいで、見るも無残に崩れてしまっていた。

 ティガの拳は、黒い針で無理に縫い付けているだけで、もう中身までグチャグチャなのだ。

 こんな拳でまともに殴り合いができるはずがない。

 

 友奈の拳も、今の一発でかなり壊れてしまっている。

 何度も打ち合えば、最悪後遺症が残りかねない。

 これが『酒呑童子』。

 敵も砕く、使用者も砕く、攻撃のみに偏重した鬼の力。

 仲間同士での戦いでこれを使ってしまえば、誰も笑えない未来が到来しかねない精霊。

 

 唯一の幸運は、パワードが残した光か。

 パワードが残した光が胸で輝き、竜胆の心を照らし始めている。

 ティガダークのスペックは低下し、拳の強度も低下し、その分だけ友奈の拳に伝わる破壊力が落ちているのだ。

 それでも、友奈の拳が砕けることに変わりはないが。

 今、ティガダークが、"友奈が命をかければ想いが届く範囲"にいることは、間違いない。

 

 ティガが左拳を突き出し、友奈が無事な左拳を突き出し、二つの拳が衝突する。

 衝撃が弾け、二人の拳が砕けていく。

 

「タマちゃんともう会えないなんて……私は悲しい。

 前が見辛いくらい、涙が止まらなくて……リュウくんは、どうなのかな」

 

 友奈は泣いていた。

 体の痛みではなく、心の痛みで泣いていた。

 竜胆は泣いていた。

 体の痛みではなく、心の痛みで泣いていた。

 巨人の体ゆえに涙が流れないティガと、涙を拭いながら拳を突き出す友奈が、激突する。

 二人の拳が、砕けていく。

 

「悲しいなら……泣いてるだけじゃなくて……ちゃんと、悲しいって……言ってほしいよ」

 

 また拳がぶつかる。

 また拳が砕ける。

 そして、ティガダークの動きが止まった。

 その目は、友奈の砕けていく拳を注視している。

 

 自分の体の痛みではなく、友奈の体の痛みで、竜胆は止まった。

 自分の心の痛みではなく、友奈の心の痛みで、竜胆は止まった。

 自分がどれだけ痛みを感じても、彼はそれでは止まらなかった。

 相手の痛みを感じることで、ティガの動きが、一瞬止まる。

 

「泣かないで、なんて言わない」

 

 球子の死に涙を流すその顔で、友奈は優しく語りかける。

 

「友達が死んじゃったら、悲しくて泣くのは、当然のことだから」

 

 一瞬だけ止まっていたティガが、また動き始める。

 

「泣かないでなんて言わないから……一人で、泣かないで」

 

 友奈が、巨人に手を差し伸べる。

 

 

 

「私が、一緒に泣くから」

 

 

 

 巨人の動きが、今度こそ決定的に止まる。

 

「同じ友達を想って……隣で……一緒に、泣くから……! 一人にならないで……!」

 

 友奈の涙が、言葉が、優しさが、巨人を止めた。

 世界の全てを壊してひとりぼっちになる彼の暴走を、止めた。

 竜胆が、もう自分で自分を止められなくなっても、それを友奈が止めてくれた。

 友奈が力尽き、倒れる。

 

 これが最後のチャンス。

 ティガダークを止める最後のチャンスだ。

 一瞬の停止ではなく、友奈が決定的に止めてくれたこの瞬間だからこそ、果たせる約束がある。

 

「……義経ッ!」

 

 今立っていられる最後の勇者と化した若葉が、精霊で加速しティガの首へと深く切り込む。

 それは四年前のティガと千景の結末のリプレイ。

 心が揺れた状態の竜胆の首に、勇者が神の刃を叩き込むという過去の再現。

 ティガダークの身体がゆっくりと倒れ、繰り返し過剰な負荷をかけられた竜胆の意識は飛んで、巨人への変身は解除された。

 竜胆は首から血をドクドク流しているが、即死はしていない。

 まだ、死んではいない。

 

 御守竜胆が信じた通りに。

 竜胆が竜胆でなくなった時、若葉はそれを止めてくれた。

 竜胆の首を切ってでも、その暴走を止めてくれた。

 殺して止めてはくれなかったけど、彼女は約束を果たしてくれたのだ。

 

 若葉に首を切られて人間に戻る瞬間、竜胆は声も出せない喉と唇を動かして、「ありがとう」と言っていた。

 

「……うっ」

 

 若葉は震える。

 首から血を流す竜胆を見て。

 竜胆の血が付いた刀の先を見て。

 口元を抑え、青い顔をして、膝をつく。

 竜胆の血が付いた刀を放り投げ、若葉は竜胆に向けて手を伸ばす。

 

「りん、どう……」

 

「竜胆君!」

 

 千景が叫び、ロクに歩けもしない体で必死に移動し、竜胆の首の傷を必死に塞ぐ。

 

「ねえ……私達が…一体何をしたって言うの……?」

 

 千景は見た。

 ズタボロになって、血を吐き倒れる友奈の姿を。

 呆然としたまま涙を流す杏を。

 歯を食いしばり何かに耐えている若葉を。

 球子の死体があった場所の血溜まりを。

 生きているか死んでいるかも分からない、転がったままのケンを。

 

 今日の人類戦力では片付けられなかった敵を全て皆殺しにし、世界を守り、世界を滅ぼしそうになった、全身穴・火傷・骨折だらけで血を流す竜胆を。

 

「ここまでされなくちゃいけないことを、したっていうの?

 ここまで悲しまないといけないことを、したっていうの?

 そこまで追い詰めなくたって……悲しませなくたって、いいじゃない……」

 

 千景の涙が、樹海に落ちる。

 

 樹海化が、端から解けていく。

 

「なんで……なんでよ……なんでなのよっ……!」

 

 世界を終わらせる憎悪と絶望は、ひとまず勇者の想いによって押し止められ。

 

 けれど、今も確かに、少年の胸の中にあった。

 

 

 

 

 

 竜胆参戦時、丸亀城陣営暫定数。

 ウルトラマン六人、勇者五人、巫女一人。合計十二人。

 

 土居球子死亡。

 

 ウルトラマン、残り五人。健在二名。

 神樹の勇者達、残り四人。健在三名。

 神樹の巫女、残り一人。

 

 残り、十人。

 

 

 




 全員、「あの人に生きてほしかった」。そんな人間同士の戦い

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