夏空の下、ウルトラマンは、友をいじめた子供達を虐殺した   作:ルシエド

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 現在、人類最後の砦と見なされる土地・四国。

 ここを統治しているのは実質、政府からバーテックス問題を全権委任された機関・大社だ。

 大社は四国内を円滑に回す人間や、神樹を補佐するために様々な神社から選抜された神職の者達に、神樹に選ばれた巫女達など多様な人材で構成されている。

 

 だが、あまりにも多様すぎる。

 元々一般人でありながら神樹に選ばれた巫女達などもそうだが、各神社から選抜された神職の者達などは祭神や儀礼系列さえ違うことも多々あるという。

 

 そも、勇者システムを開発するような技術畑の人間、技術畑の人間とどう考えても合わないのに勇者システム開発に必須な呪術畑の人間、神職の人達と連携しなくてはならないデジタルな管理職の人達に、司法と行政を両方やらないといけない人達。

 大社はどう考えても水と油のような者達がごちゃっと詰まった、多様すぎる組織なのだ。

 これが一つにまとまれているのは、神樹という絶対的存在が居るからである。

 現実に存在する神。

 四国の物流全ての源泉。

 勇者を作り、四国結界を作り、人々に恵みを与える人類の守護者。

 

 森の大きな樹の周りに動物や植物が寄っていくように、神樹を中心として構築された一つの組織……それが、今の大社なのだ。

 

 となると、ここで出て来る問題は一つ。

 組織の基本方針、である。

 大社の今の所の目的は、人類の存続と防衛、そして世界の奪還と天の神への完全勝利だ。

 ところがこの二つ。

 よくよく考えてみると、状況によっては相反する目的である。

 

 たとえば、天の神に勝つことを諦め、世界の奪還を諦め、防衛に全リソースを割いて人類を存続させないといけない状況になったら?

 たとえば、人類全滅の可能性というリスクを背負った大博打に出て、それに勝ったら天の神も倒せる、なんていう状況になったら?

 要するに、攻撃の目的と、防衛の目的、どっちを優先するか、という話である。

 

 以前杏などとの会話でも出ていたが、ゼットの危険性を考慮して常に結界内に全戦力を置いておくか、ブルトンを仕留めるために外の調査へウルトラマンを出すか、等のバランスはこうした『大社の方針』に露骨に左右される。

 攻、防、のバランスをミスすれば即座に人類は詰む。

 しからばどうバランスを取るか。

 簡単だ。

 人を集めて、話し合わせればいいのだ。

 一人の判断で全てを決めさせるよりは、よっぽどリスクは減ってくれる。

 

 と、いうわけで。

 今日も大社は、偉い人を集めて会議していた。

 

「また否決ですか」

 

 その会議にて、"ティガダークの精神を追い込み敵殲滅に集中するよう誘導する案"を提案し、何度目かも分からない却下をされ、溜め息を吐いている男がいた。

 彼の名は正樹(まさき)圭吾(けいご)と言う。

 大社の若き中心人物が一人だ。

 今の大社は大まかに"穏健派"と、"過激派"に分かれていて、正樹圭吾は後者の中心人物の一人でもあった。

 

 正樹という男が、蛭川という男を睨む。

 

「当たり前だ。何度言えば分かる正樹。

 御守竜胆の扱いは非常に特殊だが……

 ここまでやるのは、流石に人道を逸脱しすぎている」

 

「人道? ティガは最初からまともな扱いはしてなかったでしょう。

 第一、人道なんて考えてられるほど人類に余裕があるわけでもない。

 能動的にティガの精神を追い込み誘導する『演出』くらいはしてもいいと思いますが」

 

「圭吾! 口が過ぎるぞ!」

 

「ティガの登用には色々意見があったはずです。

 心の闇が足りなければ大社(こちら)から演出して補充する。

 それも一つの意見として考慮されていたはずだと記憶に残っていますが」

 

「一意見は一意見だ。決定事項ではない」

 

 穏健派は、穏当なやり方を志向し、勇者や巨人を大切に扱い、叶うならば全員生存での結末を目指すような人間の集まり。

 過激派は、やや過激なやり方を志向し、確実に人類の保全や勝利に繋げられるのであれば、勇者や巨人の犠牲もやむなしといった傾向があった。

 求めるものは同じく、人類の守護と勝利。

 だがそのためのやり方や、許容できる犠牲の程度に差があり、ゆえに別々の意見をもった集団であるというわけだ。

 

 今の大社は、穏健派が多い。

 例えばこの会議の参加者であれば、穏健派は蛭川、三好、鷲尾、楠などがいる。

 過激派なら正樹などがいる。

 要するに正樹は、少数派であった。

 

 正樹という男が過激な話をして、蛭川という男がそれをなだめている。

 

「あれで人類最強戦力とは、反吐が出そうですがね。利用できるなら利用すべきだ」

 

「正樹……ティガには常に暴走の危険性もある。

 あれは確かに天の神すら打倒するポテンシャルもあるのだろう。

 だが扱いには細心の注意を払うべきだ。

 最大級に危険な存在ではあるが、同時に子供でもあるのだぞ」

 

「そんな余裕もないでしょう。

 もう人類側はほぼ詰みです。ここから押し返す手立てがもう無い。

 ……いや、もう手遅れかもしれないくらいです。

 今日の襲撃に対応できるのはティガダークのみ。今日、人類は終わるかもしれない」

 

「それは、確かにそうだ。その可能性も高い」

 

「今日を乗り切ってもその次がないでしょう。

 ティガダークを徹底的に追い詰め、天の神にぶつける手立てを考慮しなければ……」

 

「今の民意で下手は打てない。お前も分かっているはずだ」

 

「……」

 

「ウルトラマンと勇者を信じて、託すしかない」

 

「……そうやって信じて、また無駄に死なせるつもりですか!? 土居達のように!」

 

「正樹!」

 

「使い潰すなら有効に使い潰すべきです!

 使い潰すならその数は最小限に抑え、使い潰す者も選ぶべきです!

 そうやって甘っちょろいことを言って、結果的に巨人と勇者全員を死なせるつもりですか!」

 

 巨人を使い潰す過激派として、正樹圭吾は声を上げる。

 

「民衆の自殺率と犯罪率の増加!

 頻度が上がるデモとパニック!

 四国という箱に詰められてじわじわ殺されている民衆の精神状態は限界です!

 そして人道を無視したティガダーク運用をしなければ、天の神に届くかすら分からない……!」

 

 優しいだけの采配では、人類はもはや勝利の可能性を見つけることすら叶わない。

 

 正樹はずっと現実的な話をしていて、蛭川は理想的な話をしている。

 

「代案があるなら聞きましょう」

 

「無いな。だが、これは決定事項だ、正樹」

 

「っ」

 

「大社は、人類は……まだ総意として、そこまで残酷にも、非情にもなれんよ」

 

「……御守竜胆の死を望むのは、民意でもあります」

 

「民意で望まれたから子供を殺すか? 日本はそんな国ではない。そうだろう」

 

「……天の神に勝った後、戦後、民意は御守竜胆の死を断固として望むでしょう」

 

「少年法でも押し通すさ」

 

「そんな無茶苦茶な……!」

 

「知らんのか。

 人々が納得する裁定を下すのが司法ではない。

 法律に則って人が話し合い、裁定を下すのが法なのだ。

 人々が納得しない判決を裁判所が下し、人々がブーブー文句を言う。いつものことさ」

 

 はっはっは、と蛭川という男が笑う。

 会議はいつからか、勇者と巨人の保護派である蛭川と、それに対抗する正樹の対峙構造へと変化していた。

 

「民意はどうするおつもりですか、蛭川さん」

 

「まず公式声明を出して厄介な誤解を解く。

 マスコミを通して穏当な方向に世論を着地させよう。

 あくまで悪はバーテックスのみとし……

 そうだな、あとは、蛭川(おれ)が勇者と巨人を死なせた責任を取って辞任する」

 

「……っ」

 

「あくまで大社に非はないが、責任を取って俺が辞退した、という形にする。

 俺の個人情報もゴシップ誌にリークしておこう。住所とかな。

 "分かりやすい悪役であり元凶"をティガとは別に作る。

 俺に対する攻撃が増えれば、相対的に巨人、勇者、大社への攻撃も減るはずだ」

 

「蛭川さん!」

 

「まだやっていく気があるなら、覚えておけ正樹。

 人間はな、"誰が悪いか"でも喧嘩するんだ。

 "とりあえず他人に攻撃的な意見は攻撃しておく"人間というのもいるんだ。

 俺、巨人、勇者、大社。"どれが悪いか"で人々の意見はネットでまた別れるだろう。

 そして"誰が悪いか"という意見をぶつけ合い、互いに殴り合うだろうさ。そういうものだ」

 

 "責任を取る"。それなりに、皆が大好きな言葉だ。

 "こいつが悪い!"という『真実の報道』。これもまた、皆が結構好きなものでもある。

 演出すればいい。

 大社が「こいつが悪い」と言わずとも、「巨人でも勇者でもティガでもなくこいつが悪かったんじゃ?」と、人々が自然に思うような人間を。

 

 "大社が蛭川とかいうクズを庇って責めていないんだ"、みたいな空気を作ればいい。

 ゴシップ誌が独自調査で真実を見つけた、みたいな空気を作ればいい。

 あとは、皆が気持ちよく、蛭川というサンドバッグを殴るだけだ。

 穏健派の蛭川であれば、余計に口を滑らせることもないだろう。

 

「俺は独身だしな。巻き込む家族もいない。こいつは俺のすべきことだろうさ」

 

「蛭川さん! そういうことを言ってるんじゃないんですよ、私は!」

 

 正樹はティガダークを使い捨てろ、と主張する過激派ではあるが……穏健派の蛭川にいなくなれとまで思ったことはない。

 穏健派と過激派は、敵同士ではない。

 ただ、違う意見をぶつけ合っているだけの、仲間なのだ。

 

 両派共に、互いの意見を尊重している。

 "違う意見と考えを持っている"ということを、"その上で話し合える"ということを、大切にしている。

 いなくなれとは思っていない。

 だから蛭川の自己犠牲を、正樹も苦々しく思っているのだ。

 ボブと球子の死の責任を取らされたようにも見える蛭川が、この先どんな人生を送っていくのか想像するだけで胸は痛む。

 

 蛭川もそれは分かっているだろうに、同じく穏健派の、勇者や巨人の味方をしてくれる仲間達に後を託していく。

 

「三好。俺の代わりには(ばん)って奴を上に上げといてくれ。良い叩き上げだ」

 

「……ああ」

 

「悪いが全部丸投げしていくわ、鷲尾。クソ面倒臭いことを任せてすまない」

 

「いや、構わない。互いに違う戦いの場に行くだけだ」

 

 蛭川が会議室を出ていく。

 大社という戦いの場を去っていく。

 彼がこの後、大社に戻ることはなかった。

 

 正樹がテーブルを拳で叩いた。

 会議に参加した全員を、やるせない気持ちで怒る正樹が見回す。

 

「こんなことをいつまで続けてるつもりですか!」

 

 穏健で優しい主張をする者がいて、過激で最適解を求める者がいて、話し合って、意見をぶつけ合って、最後に多数決で一つの解を見つけ、そうして初めて総意はできる。

 多様な意見があってこそ、会議というものは成立する。

 正樹は声を張り上げた。

 

「少数の犠牲で済むならそれでいいでしょう!

 それさえ出さないようにして、どれだけ"良い人"をすり潰していくつもりですか!

 こんなことを繰り返して勝てるわけがない!

 御守竜胆は、自分が犠牲になることを受け入れています!

 せめて……せめて、最初から犠牲になることを受け入れてるやつの犠牲くらい、受け入れろ!」

 

 竜胆達も、いっぱいいっぱいであったが。

 民衆をコントロールし、神樹をサポートし、四国という箱庭にして牢獄の手綱を握り、生産性のほとんどを喪失した四国を国として維持する……バーテックスの襲来によりガタガタになっていく四国を守らんとする大社も、かなりいっぱいいっぱいな状態にあった。

 正樹は叫ぶ。

 

「生贄を捧げないと世界すら守れないなら!

 せめて悪役になる覚悟を決めろ!

 生贄を捧げる罪悪感くらい背負う覚悟を決めろ!

 ……恨まれて、嫌われて、殺されても文句を言わない覚悟くらいは決めてください!」

 

 叫び、会議が終わったその場を退出していく。

 

三ノ輪(ガイア)……鷲尾(アグル)……まだか、まだ戻れないのか……全員すり潰されるぞ……!」

 

 ウルトラマンの一人や二人戻って来た程度で、今の追い込まれた状況は逆転できないかもしれないと思いつつも、正樹はそう思わずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 神樹に予言された、バーテックスの次の襲来の時がやってくる。

 あまりにも異常な襲撃間隔。

 杏が冷静であれば、当事者としての知見と優れた知力で、"これだけ連続で侵攻できるのなら何かトリックがあるのかもしれない"と気付いていたかもしれない。

 だが今の杏は、球子のこと以外は何も考えられない状態だ。

 だから誰も気付かない。

 

 精神安定剤を飲み、ブラックスパークレンスを握る竜胆に、ひなたが声をかけた。

 

「御守さん、お体の方は大丈夫ですか?」

 

「ああ。バッチリだ」

 

 体は大丈夫だろう。だが心はきっと大丈夫ではない。

 

 これからティガダークが一人で戦う戦闘が始まると聞き、ひなたは不安と祈りを抱く。

 竜胆が無事に帰れるかを不安に思い、無事を祈った。

 ティガの暴走を不安に思い、暴走せずに終わる結末を祈った。

 

「アナちゃんが結界をまた強化してくれたようです。

 ザンボラーの高熱でも、樹海はそうそう燃えなくなったそうですよ」

 

「ありがたいな」

 

「それと……若葉ちゃん、千景さん、ケンが無理に樹海までついていくそうです。

 変身すれば三人とも命の危険があること、覚えておいてください。

 なので、基本的に変身は禁止されています。

 ……でも、若葉ちゃん達ですから。きっと、御守さんがピンチになったら変身します」

 

「……かもな。気を付けないと」

 

「無茶を言うようですが、若葉ちゃん達のことも、どうかお願いします」

 

「ああ」

 

 丸亀城で準備をしているのは、竜胆だけではない。

 ケン、若葉、千景もやる気満々だった。

 だが、千景は肉体面と精神面両方の消耗が激しく、今も青い顔をしている。

 若葉も痛み止めをいつもの倍飲むという体に悪いことをした上でないと、立っていることも辛そうな状態だ。

 ケンに至っては強い痛み止めを飲んだ上で、包帯ぐるぐる巻きの体で、松葉杖をつきながら城郭に立っている。

 

 ウルトラマンの変身は肉体を作り変えるもの。

 勇者の変身も、神の力で肉体を作り変えるものだ。

 その負荷に、彼らのボロボロの体はおそらく耐えられない。

 ティガがピンチになるまでは彼らも変身しないだろうが、もしも変身してしまったら……そのまま、死ぬ可能性が高い。

 

 大社は樹海に出撃することすら禁止していたが、ケンも、若葉も、千景も、ズタボロだろうと竜胆を一人で戦わせることに反対し、ここまで来てくれていた。

 状況によっては、死をも覚悟で変身するだろう。

 竜胆は下手にピンチにもなれないということだ。

 

「それと……その……」

 

「ひーちゃん、俺の身体の中のこと、話してくれてありがとな」

 

「……大社からは口止めされていました。

 御守さんの今の身体の中身は未知数です。

 一体どうなってしまうか分かりません。

 肉体の異常再構築が起きてしまうかもしれないので、重傷はなるべく避けてください」

 

「いや、ありがたかった。怖い、怖いが……あれは使える」

 

「え?」

 

「いやこっちの話。重ねて、サンキューなひーちゃん」

 

 思考の混濁、変化、分割の理由。脳が二つあるという自覚。

 "皆を守るにはどうすればいいのか"という課題に、"勝てない強敵を倒すにはどうしたらいいか"という課題に、竜胆は『球子の死から全く立ち直れていない思考』で答えを出した。

 今の竜胆の様子が、ひなたには危うく見えて仕方がない。

 

「それと、精霊の穢れについての報告書も……」

 

「ああ、俺も読んだよ。若ちゃん達も読んだと思う。

 自覚が出来てれば、それ相応に自制もできるんじゃねえかな」

 

「皆さんが御守さんに少し失礼なことを言っても、気にしないであげてくださいね」

 

「ああ、そこは気を付けておくよ。俺も常にそういう状態みたいなもんだからな」

 

 精霊の穢れの存在も、皆に認知された。

 勇者達は各々が"ああ今自分が不安定なんだな"という自覚を持ったために、落ち着いた状態であれば、ある程度自分を制御できるだろう。

 精霊の穢れは時間経過で解消されるものではあるが、すぐに解消する手段はまだない。

 人間の技術力は、人間の精神を観測・干渉できる領域にはまだ到達していないからだ。

 

 が、竜胆は、あの時の……千景の心の闇を光に変えた時のことを思い出す。

 あの時の竜胆は、精霊の穢れを直接光へと変換していた。

 無我夢中だったので、竜胆はあの時のあれをもう一度やれ、と言われてもできない。

 というかそもそも、あの時自分が何をやったのか、竜胆にはまるで分かっていなかった。

 

(あの時……俺は何をやった……?)

 

 あの時の竜胆は、闇を光に変えた。

 だが竜胆にはその自覚がない。

 よく分からないがなんとかなった、くらいの感覚だ。

 あの力を意識的に使えるようになったなら、もっと色々なことが楽になるかもしれないのに。

 

「御守さんを一人で戦わせるのは、本当は心苦しいです……でも……」

 

 ひなたは、申し訳なさそうにうつむく。

 その額を優しく人差し指で押し、竜胆は優しく笑った。

 気にするな、と言わんばかりに笑った。

 死ぬ気で絞り出した優しさで、魂を削るような想いで作り上げた笑顔だった。

 

「ボロボロの仲間を戦わせられるかよ。そっちの方が俺は心配で辛いっての」

 

「……御守さん」

 

「皆、体も痛くて辛いだろう。

 タマちゃんのことが辛くて苦しいはずだ。

 なら、俺が言うべき台詞は決まりきってる。

 『休め』。『お前は戦わなくていい』。『俺が戦う』、だ」

 

 私があなたにそう言ってあげたい、という言葉を胸に押し込んで、ひなたは泣きそうになる。

 まるで、砂で出来た足で走り続けているかのようだ。

 彼が頑張って走れば走るだけ、足が痛々しく崩れていき、それでも走り続けているかのよう。

 今の竜胆には、頼り甲斐より先に、いつ潰れてしまうのかという不安感しか感じない。

 

「俺を信じろ。上里ひなた」

 

 竜胆は、強い自分で在ろうとして、それをひなたに見せて安心させようとして。

 

「……いや、すまん。言い換える。俺を信じてくれ」

 

 心の限界のせいで、途中で強がれなくなってしまう。

 

「"その信頼を裏切れない"って気持ちで補強でもしないと、心の楔が足りない気がする」

 

 ひなたの信頼を得て、その信頼を利用して"彼女の信頼は裏切れない"という気持ちでも継ぎ足しておかないと、不安になってしまうくらい、今の竜胆は弱りきっていた。

 ひなたは穏やかな顔で、竜胆に語りかける。

 

「あなたを信じます」

 

 竜胆が潰れてしまうのではないか、という不安は、ひなたの中に確かにあるのだ。

 不安はある。

 だがそれは、不信ではない。

 信じる気持ちも、まだそこにある。

 

「今日信じたわけじゃありません。

 前からずっと信じてます。

 私は戦いのことは、本当はよく分かってません。

 だから信じるのは心です。あなたの強さではなく、あなたの心を信じます」

 

 竜胆がひなたを安心させようとしていたのに、いつの間にか、ひなたが竜胆を安心させる言葉をかけていた。

 

「どうか、ご無事で」

 

「ああ」

 

 暴走を抑えるのは光。

 今日暴走すれば、その時点で世界は終わる。

 竜胆の中にどれだけの光が残っているかが、未来を決めるだろう。

 

 

 

 

 

 竜胆は無理をして来てくれた仲間達を見る。

 どいつもこいつも、顔色が悪いやら、全身に包帯を巻いているやら、酷いものだ。

 病室で寝てろ、絶対安静、と言われている者ばかりである。

 

 ……ここに居ないのは、死者の球子、悲しみに打ちひしがれる杏、病室を抜け出したらそのまま死にそうな友奈だけだ。

 それを除けば、全員が来ているわけで。

 彼らがどれだけ無茶しいで仲間思いなのかが、よく分かる。

 若葉は、肉体的に特にボロボロなケンに心配そうに声をかけた。

 

「ケン、お前はベッドに縛り付けられていたはずだが」

 

「ワカバ。ネテラレナイ、ジョウキョウッテモンガ、アルンダヨ」

 

「……ゼットに焼き抉られた胸も、まだ完治はしていないだろう。無茶は重ねるな」

 

「シンパイショウダナー。マ、サイショハチョットヤスンデオクヨ」

 

 ケンの肉体ダメージは特に重い。

 次に変身した時、変身負荷で死ぬ可能性が一番高いのは、彼だろう。

 竜胆は何度謝っても、謝っても、ケンの怪我を見るたびに罪悪感を抱く。

 ボロボロのケンの前に立ち、竜胆は宣誓するように言葉を紡いだ。

 

「ケン」

 

「ン?」

 

「ケンがくれた光は、まだここにある。俺はまだ、踏ん張れる」

 

 竜胆はケンだけでなく、若葉、千景にも、その言葉を向けた。

 

「仮に俺が闇に堕ちても……

 ……いや、多分、俺は堕ちる。

 だけど、最後の最後で、まだ踏み留まってみせる。皆、俺を信じて変身はするな」

 

 竜胆の内なる問題はまだ何一つとして解決していない。

 前回暴走した膨大な闇もそのままだ。

 竜胆は泣かないように頑張って虚勢を張り、自分を偽り、それを深く考えないようにしているだけで、ずっとずっと球子を思って心で泣いている。

 心の中は悲しみと絶望、憎悪と激怒で満たされていた。

 

 だが、それは堕ちきることを確定させるものではなく。

 竜胆は踏ん張ってみせると言う。

 だから危険な変身はするなと、皆に言った。

 

「……」

 

「……」

 

 ケンと千景はイエスともノーとも言わなかった。その沈黙こそが答えだった。

 二人は約束しない。

 竜胆のピンチには、命をかけて変身するだろう。

 だが、若葉は違った。

 若葉も悩み、竜胆の今日までの日々を思い出し、自分が竜胆にしてきたこと、竜胆としてきたことを思い出し……信じることを、決めた。

 それがお前の望むことならば、と。

 

「分かった」

 

 若葉の言葉だけが、竜胆を安心させた。

 

「私はお前を信じる」

 

 竜胆が露骨にほっとする。

 もし若葉がここで竜胆を信じていなければ、竜胆はちょっとの劣勢すらビクビク気にして、背後の仲間達を気にして、あまり自由に戦えなかったかもしれない。

 

「惚れそうだぜ、若ちゃん」

 

「またそれか。どうせ惚れないんだろう、お前は」

 

 少しの時間を、四人で待って。

 

 世界の景色を、樹海が覆った。

 

「行ってくる」

 

「行ってこい」

 

 掲げられるは、黒き神器・ブラックスパークレンス。

 

「『ティガ』」

 

 そして、闇が竜胆の意識を包み込み。

 

 竜胆の正気は、一瞬で吹っ飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 正気は吹っ飛び、狂気が流れ込み―――竜胆は、ギリギリのところで踏み留まった。

 最初から覚悟して変身していたのと……今日この日まで、皆が竜胆の中に積み上げてくれた心の光が、球子が積み上げてくれた心の光が、彼を踏み留まらせてくれたのだ。

 それでもギリギリ。

 正気に戻るにはまるで足りない。

 

(―――タマちゃん)

 

 ふっと球子のことを思い出し、それだけで悲しみや憎悪が吹き出し、完全暴走しそうになる。

 完全暴走の数歩手前で踏み留まっているのが、今の竜胆であった。

 

(敵は……敵は……星屑と亜型十二星座のみ……なんとか……なんとかなる……)

 

 敵は亜型十二星座が七体。

 星屑が三百体といったところだ。

 露骨に数が少ないのは、やはり連続侵攻自体に無茶があったからだろうか?

 されど、暴走していないティガを殺すには十分な数が、ティガを暴走させ人類を巻き込んだ自滅に誘うには十分な数が居た。

 

 ピスケスのサイコメザードII。

 ジェミニのレッドギラスとブラックギラス。

 キャンサーのザニカ。

 アクエリアスのアクエリウス。

 ヴァルゴのアプラサール。

 タウラスのドギュー。

 スコーピオンのアンタレス。

 

 数は少ない、とは言うが。

 ティガ一人しかいない人類と比較して、何倍差の戦力があるかも分からない。

 

『ぐ……うっ……や……やって、やる……!』

 

 ティガが投げ込んだ八つ裂き光輪が、星屑の群れをガリガリと消し飛ばし、それが戦いの始まりを告げる合図となった。

 

 空に飛び上がるヴァルゴ。

 ティガは即座にティガ・ホールド光波を叩き込み、厄介な攻撃無効能力を封印する。

 球子と一緒に特訓した光波の技が、少年に球子のことを思い返させた。

 

『っ』

 

 竜胆が、精神的な問題で、ホールド光波を使えなくなる。

 

 そこに突っ込んだのはレッドギラスとブラックギラスだ。

 双子としてティガの両足に同時に突撃し、3m程度のサイズのくせに怪獣級の馬力を発揮し、ティガの足を弾いてずっこけさせる。

 

『ぐあっ!?』

 

 空からヴァルゴ、遠方よりアクエリアス、近辺の地中からピスケスが一斉に攻撃を仕掛ける。

 爆撃がティガを打ち、アクエリアスとピスケスのダブル雷撃がティガの全身を焼いた。

 痛みを堪え、転がるようにティガは逃げる。

 

『っ、ぐ、くそっ……!』

 

 反撃にしゃにむに八つ裂き光輪を投げたティガだが、仲間を庇ったキャンサーの浮遊反射板が、八つ裂き光輪を跳ね返した。

 キャンサーの能力は反射。

 浮遊する反射板は仲間を守り、飛び道具を跳ね返す。

 跳ね返された八つ裂き光輪がティガの肩を抉り、怯んだティガに星屑が一斉に群がった。

 

 ティガダークの身体強度であれば、星屑の歯でも食い敗れる。

 群がる星屑が、ティガの全身をくまなく食いちぎっていく。

 腹の減ったネズミ数百匹に、人間が全身を齧られるに等しい痛み。

 

『いっ、ぎっ、ぐっ……このっ!』

 

 星屑を払いのけようとして―――ティガの脇腹を、背後からタウラスの角が貫いた。

 

『ぐ―――!?』

 

 ドギューから得た変身能力で、"星屑に変身していた"のだ。

 星屑という群体に紛れ込んでいたタウラスを、ティガは見逃してしまった。

 脇に穴が空き、ふらつくティガへの攻撃は続く。

 

 全身に星屑が群がり、ティガの肉を食いちぎる。

 タウラスが音響攻撃を始め、ティガを音で壊し始める。

 更には脇腹の穴にまで星屑が群がり、腹の傷跡を噛みちぎって穴を更に広げていった。

 

『―――ウルトラヒートハッグッ!』

 

 そして、弾ける。

 ティガは星屑に群がられながら、タウラスに飛びかかりその角を掴んで、自爆にまでもつれこませていた。

 星屑は大半が吹っ飛び、これで残りは百体もいない。タウラスも跡形もなく吹っ飛んでいた。

 だが、ウルトラヒートハッグを使わされたことは大きい。

 ティガはもう満身創痍で、命をゴリゴリと削ってしまっていた。

 

 ピスケスが飛び上がる。

 幻覚がくる、と竜胆は咄嗟に目を隠し、それは間に合ったが続くサソリの攻撃はかわせない。

 激痛と苦しみを伴う猛毒入りの針が十数本、ティガの体に突き刺されていった。

 

『ぐッううううううッ!!』

 

 意識が激痛で飛びかける。

 正気が削れ、狂気が心の占有率を増す。

 "こんな針をあの子に刺したのか"と怒りが心を支配する。

 少年の心がまた、暴走に一歩近付いた。

 

 竜胆はギリギリだ、

 今までのような、暴走する自分を押さえ込みながら平常心で戦うスタイルとは違う。

 完全な暴走をしかける自分を引っ張り、完全に堕ちきらないようにする綱渡りをしている。

 

 もはや"暴走していない自分"を維持することは完全に不可能になっており、"半ば暴走している自分"を維持するのがやっとだ。

 理性を戦いに使えない。

 一歩、一歩、暴走に近付いていくような綱渡りを続けている。

 

 そして、ティガは。

 

 ()()()()()()()()()()()()、敵に投げつけた。

 

『うがああああああああッ!!』

 

 サソリの針ごと、自分の身体の肉を引きちぎって、敵に投げつけていく。

 自分の肉を掴んで握り締め、自分の肉を投げつけていく。

 投げつけられる巨人の肉は、まるで散弾銃の弾丸だ。

 星屑が、ガンガン吹っ飛んでいく。

 

『許さない。許せない。許すものか―――』

 

 遠方にいたヴァルゴが、肉の散弾銃を食らって穴だらけになる。

 

『よくも、よくも、よくも、殺しやがったな―――』

 

 竜胆は、自分の肉をちぎって、敵に投げつけていく。

 "球子を死なせた憎い者"へ怒りをぶつけるように、自分も敵も傷付けていく。

 

『何故守れなかった、無能、無力、無為、何のためにあの場にいた、役立たず―――!』

 

 続く第二射で、ヴァルゴの体は完全に消し飛ばされた。

 ドゴッ、ドゴンと、肉の散弾銃を叩きつけられたバーテックスの肉が砕ける音が響く。

 地面から飛び出したピスケスが、ティガの腹の肉の塊を叩きつけられ、同じように肉の塊へと変えられていた。

 

『全■、■部、全部! 壊れてし■え、死んで■まえ―――!』

 

 まだ完全に暴走しきってはいない。

 まだ正気の欠片は残っている。

 そんな状態で、ティガは自分の胸にいつも付いているプロテクターを引きちぎった。

 防具としていつも体と一体化しているそれを、足元で走り回っているレッドギラスに叩きつけ、続き正反対の方向にいたブラックギラスに叩きつける。

 ぶちっ、と音が鳴り、双子座が潰れた。

 

 プロテクターをスコーピオンに投げつけ、針の連射でプロテクターを撃ち落としているスコーピオンの無防備な背後に、超高速で跳ぶティガが回り込む。

 

『ウガアア■アア■ア■■アアッ!!』

 

 そして抱きしめ、赤熱化するティガの全身からサソリへと膨大なエネルギーが注ぎ込まれ……スコーピオンの肉体が爆発し、その爆発のあまりの威力に、ティガの身体の全身も弾け飛んだ。

 

 それは―――仲間達が目を疑い、ケンの内でウルトラマンパワードが息を飲むような、新たなウルトラヒートハッグであった。

 

 

 

 

 

 ケンの心の内で、ケンとパワードの対話が始まる。

 

―――ケン、ケンよ。

―――あれは危険だ。あの技を多用させるな。

 

 ど、どういうことなんだい、パワード!?

 

―――ウルトラヒートハッグの威力を上げすぎだ。

―――肉体強度の低下もあり、とうとう自分の身体も耐えられなくなったのだ。

―――そして、それだけではない。見ろ、ケン。

―――ティガの体が、再生するぞ。

 

 な……あの再生速度は、どういう……

 

―――ウルトラマンタロウ……

 

 タロウ?

 

―――あの少年は間違いなく天才だ。

―――再生過程を見たか?

―――自爆技を使っても、無事なままの新しい脳があった。

―――その脳を基点に、散らばった肉体のパーツを集め、再生したのだ。

―――ウルトラマンタロウが、自爆技の後、心臓から再生するように。

 

 そんなことが……

 

―――脆い脳を基点にしているあたり、おそらくタロウ以上に危険な技だ。

―――……頭の中に、異常な脳でも見つけ、それを利用したのだろうか?

―――ウルトラマンタロウが、ウルトラ心臓を基点にしているのなら。

―――彼はさしずめ、"ウルトラ新脳"を基点にしているのだろう。

―――意識的にそういう脳を作り上げたのだとしたら……彼は間違いなく天才だ。

 

 天才、か。

 

―――おそらくは、地球でも頂点と言っていいレベルの、天才だ。

 

 ……地球の危機に、そんな天才がいてくれる幸運、か。

 こんな時代だからこそ生まれたのか。

 こんな時代だからこそ、彼の才能を発揮する場が在ったのか。

 それだけの才能があるから、彼が巨人に選ばれたのか……

 どうなんだろうな。

 

―――彼が正しく光の巨人であれば、とは思う。

―――ウルトラヒートハッグの威力はこの一工夫で数段上がっただろう。

―――だが……闇の巨人でさえなければ、もっと別に使い所があったはずだ。

 

 地球人最高の天才か……なら、このまま勝てるか……?

 

―――無理だ。新手の気配を感じる。

 

 ……え?

 

―――地球最高の天才。確かにそれは凄まじい。

―――だがこの戦争は既に、地球一の才能程度では足りない。

―――その程度の才能では、才能だけで押し切ることなど不可能だ。

―――スケールが足りない。

 

―――才能だけで最後まで勝ちたいのであれば、おそらく、宇宙一の天才が要る。

 

 

 

 

 

 キャンサー・ザニカを手に生やした八つ裂き光輪で倒した頃、ティガのカラータイマーが点滅を始めた。

 心は既に準暴走状態だが、まだ変身を自らの意志で解除できるだけの制御はある。

 まだ手遅れではない。

 まだ完全には暴走していない。

 暴走寸前の跳ね上がったスペックで、ティガはアクエリアス・アクエリウスの背後に周り、その体を抱きしめた。

 

『ウルトラっ……ヒートハッグっ……!』

 

 息も絶え絶えに、自爆する。

 敵の体が大爆発し、それに巻き込まれたティガの体も爆散し、飛び散った脳の一部から、ティガの体が再生を始めた。

 

『今ので……ラストか……』

 

 再生し、青息吐息といった風体で、ティガが膝に手をつく。

 ティガの体、竜胆の体は、加速度的に形質(タイプ)変質(チェンジ)させている。

 殺すために、憎悪に沿った形に変わっていく。

 光の巨人らしくではなく、闇の巨人らしく。

 

『変身を……解いて……』

 

 そして、ティガがもう一分も戦えなくなった頃。

 

 ティガが暴走してしまえば、もう誰もティガを止められず、世界が終わるこの状況で。

 

 暴走していないティガでは、絶対に勝てない敵が二体、やって来た。

 

『―――え』

 

 

 

 ()()()()()()()()が、ティガの胸に命中する。

 

 

 

『ぐああああっ!?』

 

 腕を十字に組んだ巨人が、結界の端に立っていた。

 その巨人の横には、腕を組んだ巨人が立っている。

 いや、巨人と言っていいのだろうか。

 それは、ウルトラマンと比べれば、明らかに異形に形を寄せた巨人だった。

 

 腕を組んでいる方の巨人は、おぞましい顔の、人型の化物。

 腕を十字に組んでいた方は、ウルトラマンを変形させたような異形の化け物。

 巨人と言うべきか、異形と言うべきか、怪獣と呼ぶべきか。

 人によって判断が分かれる、そんな造形をしていた。

 キリキリ、と異形の巨人が腕を組んだまま笑う。

 

 笑っている方の巨人は、胸に発光体を持つ、灰色の怪獣。

 異形を人型に整形したような、そんな異様な形の巨人。

 名を、『キリエロイドII』と言った。

 

 十字に組んでいた腕を解いた巨人は、灰色の肉をウルトラマンの表面に貼り付けて、ウルトラマンを無理矢理怪獣にしたような、灰色の怪獣。

 人型を異形に変えたような、そんな異様な形の巨人。

 名を、『ゼルガノイド』といった。

 

 キリエロイドIIはかつてウルトラマンティガと戦い、その力を真似た異形。

 "ウルトラマンを模倣した人型怪獣"。

 『ウルトラマンの宿敵であった怪物』。

 

 ゼルガノイドはティガの同族の遺骸を改造した人型兵器が、怪獣に変えられた異形。

 "ウルトラマンが変異した人型怪獣"。

 『ウルトラマンであった怪物』。

 

『うっ……ぐっ……あっ……嘘だろ……?』

 

 共に、ティガダークを倒せるだけのスペックを持っている。

 しかも、それだけに留まらなかった。

 

 魚座、双子座、蟹座、水瓶座の死体が、キリエロイドに取り込まれていく。

 乙女座、牡牛座、蠍座の死体が、ゼルガノイドに取り込まれていく。

 その瞬間、二体の怪獣の能力が数段上にまでレベルアップした。

 まるで、他の十二星座を吸収し、その力を高めたレオ・スタークラスターのように。

 

 十二星座と怪獣型を同じ作り方で作っているがために可能となった、新たなるバーテックスの作成手順と強化手順。

 

『うああああああッ!!』

 

 八つ裂き光輪を投げつけるティガ。

 それに、ゼルガノイドも光の刃を投げつけ、相殺した。

 そして間髪入れず、ウルトラマンのような必殺光線・ソルジェント光線を撃ってくる。

 

『くっ!?』

 

 ティガは空へと逃げる。

 ゼルガノイドは光線を発射し続け、光線はティガを追う。

 逃げても逃げても、光線は止まらない。

 

 ゼルガノイドの怪獣特性は、"ウルトラマンを超えたウルトラマン"。

 その能力はウルトラマンを模倣しつつも、ウルトラマンを超えている。

 例えば、一例を挙げよう。

 パワードは光線を無限には撃てない。

 持っているエネルギーの分しか撃てず、それが尽きれば光線を撃てなくなってしまう。

 だが、ゼルガノイドは元のウルトラマンの光線以上の威力の光線を、撃てるというのに。

 

 ウルトラマンと違って、()()()()()()()()である。

 

 しからば光線は止まらない。

 ティガが逃げ切れるはずもない。

 光線に追いつかれ、光線によってティガは地面に叩き落とされた。

 

『ぐあっ!?』

 

 地面に叩き落とされたティガに、キリエロイドIIが迫る。

 ティガは素早く立ち上がり、咄嗟に後ろへと跳んだ。

 だが、遅い。

 他の怪獣相手なら間に合っても、キリエロイド相手には間に合わない。

 

『!?』

 

 キリエロイドの背中に、巨大な翼が生えた。

 スマートな肉体、巨大な翼が、弾丸の如き速度でキリエロイドを飛翔させる。

 ティガが跳んだ瞬間、キリエロイドは飛翔で距離を詰め、ティガが着地する前にそのみぞおちに蹴り込んでいった。

 

『づぅっ……!』

 

 蹴られたティガが、痛みをこらえて立ち上がる。

 キリエロイドの背中から翼が消え、腕に刃が生え、その全身が分厚い皮膚と筋肉に覆われる。

 立ち上がったティガが殴れども、キリエロイドの分厚い皮膚には刃が立たず。

 その豪腕が、アッパー気味にティガの腹を殴り、巨人の巨体がふわりと浮かんだ。

 

『が……うっ……!』

 

 キリエロイドの怪獣特性は、"ウルトラマンティガを超えた怪獣"。

 バランス、パワー、スピードの三形態をフレキシブルに切り替えて、凄まじい速さで翻弄してから凄まじい強さで殴る、といったコンビネーションを繰り出してくる。

 速度が伸びる飛行特化(スカイタイプ)なら、半暴走状態のティガより速く。

 筋力が伸びる剛力特化(パワータイプ)なら、半暴走状態のティガより力強い。

 

 何より恐ろしいのは、ここに"柔軟性"があるということだ。

 

 暴走に近付くことで攻撃が単調になっていくティガダークでは、この柔軟性に対応できない。

 

 キリエロイドは、確かな知性をもって、このタイプチェンジを活用している。

 三形態のタイプチェンジは強い。

 相手を翻弄しつつ、多様な強みを切り替えながら、敵の弱点に叩きつけられる。

 三形態のタイプチェンジさえあれば、自分より強い相手にすら容易に勝てるのだ。

 

『暴走は……暴走だけは……くううううっ!』

 

 至近距離で、手に八つ裂き光輪を装備し斬りつけるティガ。

 だが一瞬で素早い形態に切り替えたキリエロイドにはかわされ当たらない。

 キリエロイドの速度に特化したハイキックが来る、と動きを見て顔横をガードしたティガだが、ハイキックの途中でキリエロイドが剛力形態へと切り替えた。

 速いハイキックが、当たる直前に力強いハイキックに変化する。

 

 ティガのガード越しに、強烈なハイキックがティガの顔面に衝突した。

 

『ぎっ、ぐっ、ぐぅ……!』

 

 蹴り飛ばされ、地面に転がされるティガ。

 そこに、ゼルガノイドのソルジェント光線がまた直撃し、ティガの背中の肉が吹っ飛んだ。

 

『がああああっ!!』

 

 キリキリ、とキリエロイドが笑う。

 無限のエネルギーで、ウルトラマンの必殺光線を連射するゼルガノイド。

 三形態の多様性で、ティガダークの単調さを圧倒するキリエロイド。

 もはや自分を顧みている場合ではない。

 そろそろ"自爆後の再生失敗"もしそうな消耗度合いであったが……ここで、ウルトラヒートハッグ以外に、切れる手札がティガには無かった。

 

 残り活動時間、三十秒。

 

 ティガは急所を守り、突っ込む。

 キリエロイドの光線と、ゼルガノイドの光線が、ティガの肉体の節々を抉っていった。

 ティガ・ホールド光波を使おうとして、球子のことを思い出して、使えない。

 光線に全身いたるところを焼かれながら、ティガはゼルガノイドに抱きついた。

 抱きついた、つもりだった。

 

『ウルトラぁ……ヒート、ハッ、グ……!』

 

 自爆して、ティガが爆裂する。

 全身バラバラになりながらも、新造脳を基点に再生する中で、ティガは見た。

 傷一つ付いていない、ゼルガノイドの姿を。

 

 ゼルガノイドには、バリア能力がある。

 それを自分の体表面に貼り付け、ティガのウルトラヒートハッグを防いだのだ。

 ウルトラヒートハッグは相手の中にエネルギーを送り込み、敵を体内から爆発させることで敵も自分も傷付く自爆技だ。

 送り込もうとしたエネルギーはバリアの表面で止まり、バリアの表面エネルギーと混ざって爆発してしまったのである。

 

 このゼルガノイドに、ウルトラヒートハッグは通じない。

 

『はぁ……ハァ……ハァッ……はああっ、うっ、ぐううううっ……!』

 

 亜型十二星座四体を吸収したキリエロイド。

 亜型十二星座三体を吸収したゼルガノイド。

 絶望的なまでに強い、二体の異形の怪獣巨人。

 "ウルトラマンではないおぞましい化物"という意味では……この二体は、ティガダークと同じ、醜悪なる巨人であった。

 

 立ち上がろうとして、ティガダークは膝をつく。

 

(これ、罰か……罰かもな……タマちゃんを守れなかった、クソな俺に与えられた、罰……)

 

 暴走か、死か、どちらかの二択。

 

(いや……それだけじゃない、俺の罪は、他にも沢山……伊予島……ごめん……)

 

 どこまでも、どこまでも、敵は強くなる。

 いくらでも、いくらでも、敵は復活する。

 終わりは見えない。

 人類勝利の手段も、過程も、結末も見えない。

 戦いはどこまでも防衛戦で、果てが見えない。

 終わりの見えない戦いの中で、一つ、また一つと失っていく絶え間ない戦い。

 

 人はそれを、きっと地獄と呼ぶのだ。

 

 

 




 『燃えにくくなった樹海』で「あーまた世界線が離れてきたな」って思ってほしい作者根性

●バーテックスの融合
 レオ・バーテックス等が行う、バーテックスがバーテックスを取り込む吸収合体。
 合体のベースになった個体の戦闘力が、数段上にまで強化される。
 亜型レオ・スタークラスター。
 亜型レオ・バーテックスではない。

●炎魔戦士 キリエロイドII
 古代から地球に潜伏していた精神寄生体、キリエル人が合体変身した巨人の怪獣。
 『本来のウルトラマンティガ』に対応した強さを持ち、バランス・パワー・スピードに特化させたティガの三つの形態を、キリエロイド固有のバランス・パワー・スピードの各特化形態でそれぞれ上回る。
 そうでなくとも、デフォルトでティガの能力をまんべんなく上回っている。
 パワーに特化すれば強固な皮膚と筋骨隆々な肉体を備え、両腕に刃が生える。
 スピードに特化すればスマートな肉体と大きな翼を獲得する。
 その多様性は、闇の力に溺れ力任せに戦う者では到底敵わない柔軟性を内包するもの。
 『本来のウルトラマンティガ』の宿敵。

 融合対象は魚座、双子座、蟹座、水瓶座。

●超合成獣人 ゼルガノイド
 ある地球で「さあ動け、人類最強の防衛兵器、ウルトラマンよ!」の宣言と同時に、地球人に投入された光の巨人兵器『テラノイド』。
 それが宇宙球体スフィアによって怪獣化され、人類に牙を剥いたもの。
 それが『ゼルガノイド』である。
 ある地球で、ティガの変身者ダイゴが人間であることを選んだため、"ティガという防衛兵器"を失った後の時代を恐れた地球人類が、石像化し粉砕された他ウルトラマンの破片から作った巨人兵器がテラノイド。
 一つの意味では、"地球人がウルトラマンの屍肉を集めて作った兵器"でもある。
 そのテラノイドを怪獣化したゼルガノイドは、ウルトラマンを超える能力さえ保有している。
 エネルギーは事実上無制限。
 すなわち、『エネルギーが無限に使用できる』悪のウルトラマンに等しい。

 融合対象は乙女座、牡牛座、蠍座。

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