夏空の下、ウルトラマンは、友をいじめた子供達を虐殺した   作:ルシエド

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 気合が入りすぎて色々削ったのに危うく四万字になるところでした……


3

 キリエロイドIIの融合対象は、魚座、双子座、蟹座、水瓶座。

 ゼルガノイドの融合対象は、乙女座、牡牛座、蠍座。

 肉の表面に、時たま十二星座が胎動する。

 

 キリエロイドの表面に浮かぶ魚座。

 球子の死体を貪り食った者。

 ゼルガノイドの表面に浮かぶ蠍座。

 球子を殺した者。

 どちらも、球子の死に未だ囚われている竜胆にとっては因縁の敵だ。

 

 見れば見るだけ、憎悪する。気狂いになりそうになる。

 竜胆が完全に暴走していないのは奇跡だ。

 一瞬一瞬に、気合いで宝くじの一等賞を引き続けているようなもの。

 一瞬前の自分が一瞬後の自分を引き止め、一瞬後の未来を思う心がこの一瞬の自分を引き止める連続。

 もはや真っ当な理屈で踏み留まれる領域ではない。

 

 残り活動時間三十秒。

 

 このピンチに、仲間達が動き始めたのが肌で感じられる。

 変身すれば仲間達は死ぬかもしれない。

 また。

 また。

 仲間が死ぬのだ。

 これ以上、仲間を生贄に捧げて世界を守るような真似はしたくない。

 竜胆は自分に繰り返し多くの言葉を言い聞かせ、立ち上がる。

 

『うおおおおおおッ!!』

 

 半暴走状態の馬鹿げた馬力で、空手の横蹴りを仕掛ける。

 敵二体は、一瞬で連携。

 剛力形態のキリエロイドが横蹴りを両腕で受け止め、同時にゼルガノイドが強力な右ストレートを叩き込む。

 そして顔面を殴られたたらを踏んだティガに、飛行形態になったキリエロイドの空中回し蹴りが突き刺さった。

 

 なんて綺麗な、仲間同士の絆の連携。

 球子が死んでいなければ、球子と竜胆だってこういった連携ができたのに。

 

『く……あッ……!』

 

 勝てるわけがない。

 

 ティガは仲間を失い、仲間と共に戦えなくなった者であり。

 

 キリエロイドとゼルガノイドは、仲間と共に戦う者なのだから。

 

 

 

 

 

 もはや、ただ見ているだけなんてこと、できるわけがなかった。

 ケンはフラッシュプリズムを胸元から取り出す。

 光り輝く流線型のカプセルは、ケンをウルトラマンへと変えるもの。

 

「っ」

 

 だがケンの外から中まで傷だらけの腕が痛み、フラッシュプリズムを落としてしまった。

 まともに物も握れない、まともに拳も握れない、握るなら相当に無理をする必要がある……こんな状態で、真っ当に戦えるはずがない。

 それでも彼は戦おうとする。

 彼は、ウルトラマンだからだ。

 

 ケンがフラッシュプリズムを拾おうとして、それを若葉が拾う。

 若葉は変身アイテムを、ケンには渡さなかった。

 変身アイテムを握ることにすら四苦八苦しているその体を、気遣ったのだ。

 

「ケンは行くな。そんな状態で変身すれば……本当に死ぬぞ」

 

「ワカバ」

 

「私が行く。行くなら私だけでいい。私はいくらか大丈夫だ」

 

 若葉は先の戦いでも最後まで動けていた。

 基礎の鍛錬量、鍛え方そのものが違う。

 確かに彼女は比較的大丈夫なのだろう。

 ……あくまで比較的、であり、彼女にも変身だけで命の危険は伴うのだが。

 若葉はまだ竜胆を信じている。

 彼が残した言葉を信じている。

 竜胆を助けようとする気持ちと、竜胆の"皆が変身しなくても大丈夫"という言葉を信じようとする気持ちは、今若葉の中でも拮抗していた。

 

 だが、皆が若葉と同じ気持ちであるわけもなく。

 千景が、襲いかかるようにして、若葉からフラッシュプリズムを奪おうと掴みかかった。

 若葉は驚くが、体を畳むように動き、咄嗟に千景の掴みかかる腕を外す。

 

「!? 千景、何をする!」

 

「それをケンに渡して、乃木さん」

 

「……その意味を分かって言っているのか、千景」

 

「変身したって死なないかもしれないわ」

 

「それは、死ねと言っているようなものじゃないのか!」

 

「私も行く。でもそれだけじゃ絶対に無理。

 ウルトラマンの追加がなければ、きっとあの二体は倒せない。

 少なくとも、あの二体の片方を抑えられる体格(サイズ)が要る……」

 

「千景!」

 

「……私は! 竜胆君まで、土居さんのように、なってほしくない……!」

 

「―――」

 

 若葉の選択と精神性は、どこまで行っても正しい方を向き。

 千景の選択と精神性は、どこまでも弱い人のそれ。

 たとえここで変身してケンが死ぬことになったとしても、千景は竜胆を助けるために、ケンを変身させようとするだろう。

 その果てに、自殺しかねないほどに大きな後悔を背負うことになったとしても、だ。

 

「私はそのためならなんだってする……

 私だって無理をするし……私以外にだって無理をさせる……」

 

「今のケンを見ていなかったのか! 三分を待たず、変身のせいで死にかねないんだぞ!」

 

「分かってるわ! 分かってる! でも……だけど!」

 

 千景は変身したらそれだけで力尽きてしまいそうな顔色で、左手に端末、右手に鎌を持ち、鎌の先を若葉に向ける。

 精霊の闇が、二人の心に一滴の狂気を繰り返し、繰り返し、垂らして落とす。

 

「私は……あなたみたいにはなれない……!」

 

「千景っ!」

 

「それを渡して……渡さないのなら……無理矢理にでも……」

 

 ケンが二人の間に割って入った。

 彼を気遣う若葉に対し、ケンは微笑み、フラッシュプリズムの返還を求める手を伸ばした。

 

「イインダ。ボクハイコウ。

 タマコノトキノ、コウカイヲ、クリカエサナイタメナラバ。イノチヲカケヨウ」

 

「ケンっ!」

 

「リンドウヲ、タスケテアゲタインダ」

 

 若葉は迷う。

 彼女が正解を迷わず引き当てられないのは、彼女にもまだ精霊の後遺症が色濃いからか。

 竜胆を信じ仲間を変身させず、変身せずにいるか。

 仲間を変身させて、変身して、皆で竜胆を助けにいくか。

 

 どちらの選択が正しいのか、という迷いだけでなく、どちらの選択の先にも死と後悔が待っている気がして、それもまた迷いになっていた。

 若葉の剣は、迷いがないからこそ強い。

 だがその剣が竜胆の首を切ったあの瞬間から、剣に迷いが混じってしまっている。

 "剣を振るった結果に対する恐怖"。

 "選択の先にある結果に対する恐怖"。

 その恐怖が、迷いとなるのだ。

 

 精霊の影響もあり、何も踏み切れない若葉の脳裏に、竜胆のテレパシーが届く。

 

『若ちゃん……頼む……そのまま二人を、変身させないで、止めておいてくれ……』

 

 今の竜胆は戦いと、暴走する自分を抑えるので精一杯だ。

 変身しようとするケンと千景を止める余裕もなく、説き伏せている余裕もない。

 二人を死なせたくないと竜胆が望むなら、頼れるのは若葉だけ。

 任せられるのは若葉しかいないのだ。

 

 遠く離れて、竜胆と若葉は背中を向け合っている。

 まるで、互いに信頼し背中を預け合っているかのように。

 

『今、信じられるのが……今、頼れるのが……若ちゃんしかいないんだ。頼む』

 

 こう言うのであれば、竜胆にはこの状況を打破できる策がある、と若葉は考える。

 いくら竜胆でも、仲間が変身しなければ皆まとめて死ぬという状況ならば、仲間の危険な変身を止めるはずがない、という推測をしていた。

 若葉は遠くのティガに向けて声を張り上げる。

 

「なんとかできると、信じていいのか!」

 

『ああ……死ぬよりも選びたくなかった手段が、ある』

 

 不穏な言い草だ。

 不安を感じるが、それでなんとかなるのであれば。

 仲間を犠牲にせずに済むのであれば、若葉はその選択を信じたい。

 思念波として飛んで来る竜胆の言葉は、何故かどこか、弱々しかった。

 

『弱音、吐いていいかな』

 

「ああ!」

 

『……俺が何をしても、嫌いに、ならないでくれ』

 

 若葉は叫ぶ。

 

「なるわけが―――あるかっ!」

 

 それが、最後の迷いを振り切らせてくれた。

 

 光線と格闘にて、これでもかと痛めつけられたティガダーク。

 なおも立ち、構え続けるティガへと、キリエロイドとゼルガノイドが襲いかかる。

 ティガは八つ裂き光輪を構え、そこに二体の怪獣の視線がいく。

 その瞬間、ティガの足元にあった樹海が、爆発した。

 

「……!?」

 

 ウルトラヒートハッグの爆発だ。

 ティガが、自分の足に触れていた樹海を、ウルトラヒートハッグで爆発させたのだ。

 

 ティガの今のウルトラヒートハッグは、敵の体を爆発させ、同時に密着している自分の体を爆発四散させるだけの威力がある。

 ティガの足元で発生させた爆発は、ティガの下半身を粉々にし、同時にある程度近距離に居たキリエロイドとゼルガノイドにもダメージを与えていた。

 地雷には、金属片などを入れ、金属片を飛び散らせてダメージを倍加させる、というが。

 この場合は、飛び散ったティガの下半身が弾丸のように飛び散り、爆発が敵に与えるダメージを倍加させてくれていた。

 

 八つ裂き光輪を肩上に構え、敵の意識を自分の体に上半身に向け、敵が八つ裂き光輪を見ている間に足からウルトラヒートハッグを発動―――咄嗟の機転にしては、上々だ。

 だが、敵へとダメージを与えたことと引き換えに、ティガの下半身は爆発四散し、足元の樹海は粉砕されてしまっていた。

 

『……ごめん』

 

 下半身を再生しながら、痛みに満ちたティガの謝罪が、若葉の脳内に届く。

 

―――樹海へのダメージは戦いの後に災厄として世界に顕れる。

―――最悪、それで死ぬ人間も出かねない。

 

 樹海を壊すな、と言ったのは若葉だ。

 今の竜胆を苛んでいる罪悪感は、若葉由来のものだ。

 この樹海の破壊で災厄が起こり……また、誰かが傷付く。死ぬかもしれない。

 そして若葉の言葉が、それを通して竜胆の心を傷付けるのだ。

 

「……っ」

 

 若葉は歯噛みする。

 キリエロイドとゼルガノイドは、撤退を選んだ。

 

 何も無理をする必要はない。

 バーテックスはいくらでも戦力を継ぎ足せるのだ。

 次はEXゴモラでも、ザンボラーでも、治っているならゼットでも連れて来ればいい。

 仕切り直しを選んだ二体が、結界の外に消えていく。

 

 キリエロイドとゼルガノイドには致命傷など叩き込まれていないから、その気になれば数日後にだって来れるだろう。

 次の襲撃は三日後? 四日後? 何にせよ、人間勢力の戦士達が復帰する前にまた来ることに変わりはないだろう。

 撃退という奇跡の結果と、また来るという矢継ぎ早の絶望が、若葉の胸に去来する。

 

 だが、ティガの変身解除が、若葉を正気に戻させた。

 他二人よりも速く、若葉は樹海化が解けていく世界を走り出す。

 

「回収に行くぞ! 急いで医者に診せなくては!」

 

 車に跳ねられたような大怪我なら、医者に見せればいい。

 だが今の竜胆は、体に怪我一つなかったとしても、普通の医者が匙を投げかねない。

 "大きな怪我をした"のが問題なのではなく、"自力で治してしまっている"ことの方がずっと問題であるからだ。

 されどそれは、竜胆を医者に診せない理由にはならない。

 

 若葉は数え切れないほどの感情を噛み潰して、竜胆の回収に走った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 竜胆が次に目を覚ました時、そこは彼の部屋だった。

 手錠、首輪、ピアスといつもの物は身に付いているものの、それ以外の拘束はなく、少年はベッドに寝かされている。

 ふと横を見ると、千景が居た。

 その必要も無いだろうに、ずっと看病してくれていたらしい。

 すやすやと寝ている千景の目には隈があって、あまり寝ていないのが見て取れた。

 

 竜胆は部屋の電波時計を見る。

 また一日、寝ていたらしい。

 すると、キリエロイド&ゼルガノイドとの戦いからずっと寝ないで、千景は看病してくれていたということなのだろう。

 

 竜胆は千景の頭を優しく撫で、自分にかけられていた掛け布団を千景の体にそっとかけた。

 

「……ごめんな」

 

 一体、何に対しての謝罪なのだろうか。

 

 千景が締め忘れたのか、部屋のドアは閉まっているように見えて閉まってはいなかった。

 竜胆は部屋を出る。

 外は、ざあざあと雨が降り注いでいた。

 それがデモなどを起こさせないための神樹の優しい雨だということを、彼は知らない。

 傘も差さずに、雨の中を歩いていく。

 

 食堂に足を踏み入れる竜胆。

 誰も居ない。

 作っている人も、食べている人も居ない。

 そこに何故か、本や新聞などが積み上げられている場所があった。

 気になって、竜胆は軽く新聞に目を通す。

 

 新聞の日付は今日。子供が、土砂崩れに巻き込まれて死んだという報道があった。

 

 見るものが見れば分かる。その災害は、樹海へのダメージによるものだった。

 

 竜胆が今日、意図的に自らの手で破壊した、あの樹海破壊の結果は、どこへ行ったのか。

 

「……あ」

 

 また一人、竜胆は罪も無い子供を一人、殺したのだ。四年前と同じように。

 

「あ、あああああっ……」

 

 ふらふらと、竜胆が食堂を出る。

 雨の中、膝をつく。

 雨に打たれて泥にまみれて、現実に打ちのめされる。

 

 敵を倒せるなら、憎悪だけでもいいと思った。

 憎悪で敵を倒し、それでこれ以上誰も死なないのであれば、それでいいと思った。

 だが、憎悪で、優しさよりも多くのものが救えるわけがない。

 憎悪はどこまでいっても、壊す力にしかなってくれなかった。

 

 胸を張ればいい。一人を殺して、四百万人と、共に戦う仲間達の命を守ったのだと。

 胸を張れるわけがない。罪の無い命を一つ奪って、胸を張れるわけがない。

 "罪の無い人を殺すなんて許されない"が、彼の基本の思考なのだから。

 

「ああああっ……!」

 

 泥に浸かった膝に染み込む泥水は冷たく。

 瞳から溢れる涙は熱く。

 泥に打ち付けられる拳は痛く。

 胸の内は、それ以上に痛い。

 

 敵も倒せない。

 世界も守れない。

 仲間も、友達も守れず。

 罪も無い子供を殺して、四年前のトラウマを想起させられる。

 何も、何も、できない。

 竜胆の心はもうとっくに限界だった。

 限界のまま走り続けていたが、もうそれすら限界だった。

 泥に拳を打ち付けても、打ち付けても、拳は痛いだけで、何も変わらない。

 

「タマちゃん、タマちゃん、タマちゃんっ……」

 

 もう、本当に、心が駄目になってしまいそうで。

 

「タマちゃん……ボブ……花梨……俺はどうすればいいんだろう……何を考えればいいんだろう」

 

 もはや、頭が思考しようとすると頭がそれすら否定して、"俺は間違ってるんだからその思考は間違っている"という基本思考すら、定着しかけている。

 自分が生きていることを許せない、などとそういうレベルを通り越して、自分というものが意思を持つことも思考することも許せなくなり始めている。

 その思考が、その意思が、過去にそういう選択をしたことを許せないからだ。

 自我そのものを、否定し始めている。

 

 憎しみは、彼を救ってはくれなかった。

 

 その時。

 竜胆にかかる雨が止まる。

 自分だけ雨がかかってないことに気付き、竜胆は顔を上げた。

 自分が濡れるのも構わずに、竜胆を傘で雨から守る、少女がいた。

 

「や、御守くん先輩」

 

「……まっ、ちゃん……?」

 

「そうとも。あなたの安芸真鈴ちゃんですよ」

 

 四年前、バーテックス初襲来の日。

 球子を導き、杏を救い、二人を大社まで導いた巫女。

 球子と杏にとっては、若葉にとってのひなたにあたる少女。

 

 安芸真鈴が、そこに居た。

 

「……自分より取り乱してる人見ると、相対的に少し落ち着くってあれ、本当だったんだ」

 

 その心境は如何ほどか。

 竜胆と同じ、いや、それ以上の悲しみがあるはずだ。

 だが安芸はそれをおくびにも出さない。

 手にしたタオルで、涙と雨でぐちゃぐちゃになった竜胆の顔を拭き、竜胆の手を取って、それを拭いていった。

 

「ね、球子のお通夜があるんだけど、行く気はある?」

 

 安芸は救いの言葉を告げられない。

 竜胆を救ってやれる劇的な行動など、ありはしない。

 むしろ、安芸の方が心を救われるべき立ち位置にある。

 そんな彼女が提案したのは、死体すら残らなかった、球子との別れの儀式のことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 お通夜。

 葬式。

 告別式。

 死者に別れを告げ、冥福を祈り、死の悲しみを皆で分かち合う一連の過程。

 

 雰囲気は暗く、皆が球子の死を悲しんでいた。

 若葉も居る。ひなたも居る。千景も居る。ケンも居る。

 杏と友奈は居ない。

 球子の死を嘆き悲しむ者は皆来ていたが、嘆き悲しんでいるがために来ていない者も、体が壊れすぎているせいで来れなかった者もいた。

 

 友達として球子を想う者。

 仲間として球子を想う者。

 家族として球子を想う者。

 隣人として球子を想う者。

 数多くの者達が、球子の死を悲しんでいる。

 

 それを外から見つめて、安芸と共に歩いていた竜胆は、突然足を止めた。

 

「御守先輩? なんでそこで止まって……」

 

「……俺をリンチしてた人とかもいるな」

 

「え?」

 

「俺を憎んでる人もいる。俺はあそこに混ざれない。俺が行ったらきっと大騒ぎだ」

 

 竜胆のことを多く知らず、球子のことを多く知る者がここには多い。

 その中には、竜胆が球子の死の原因だという話を信じている者もいる。

 行けば、お通夜は滅茶苦茶だ。

 そのくらいは容易に想像できる。

 

「『みんな』は、俺が彼女の死を弔うことを、許してはくれない。俺にその権利はない」

 

 竜胆には、球子のお通夜や葬式に参加する権利さえ無いのだ。

 

 真鈴は感情を何か漏らしそうになる。

 声を上げそうになる。

 それをぐっとこらえて、竜胆と同じように、葬式の会場を遠巻きに見られる場所で足を止める。

 

「おい、まっちゃんは行っても……」

 

「いいよ、私も、ここで。お通夜に距離なんて関係ないだろうしさ」

 

 気持ちが大事なんだよ気持ちが、と真鈴は頷いている。

 気遣われたことを、普段の竜胆なら察していただろう。だが今の竜胆は察せない。

 いつもの律儀なくらいにお礼を言う竜胆が何も言わないことに、真鈴は竜胆の内心の追い詰められ具合を察した。

 

「……」

 

 二人は葬儀を見つめる。

 本来、球子の死は家族ですら知ることができなかったかもしれなかった、らしい。

 勇者の死は、四国に激震をもたらすからだ。

 

 ティガダークという存在が、球子の死の時点で隠すことは不可能という段階まで市民を追い詰めていなければ、きっと混乱を抑えるという意図で家族にすら球子の死は隠されていただろう。

 勇者や大社の関係者などしか、その死を弔うことはできなかったはずだ。

 普通の葬儀ができただけでも、奇跡。

 

 もしも、竜胆がボブと球子の死は自分のせいだと言い、二人の名誉を回復していなかったなら……今の混乱と恐怖の中にある市民の中でも特に悪質な者が、葬儀の妨害を画策していた可能性は、決して0ではなかっただろう。

 「役立たず勇者」というた声が葬儀場に響いた可能性は、きっと0ではなかっただろう。

 そうなれば、そういった人間や竜胆などを心底嫌う葬儀の参列者達が、それに反撃し、葬儀が葬儀でなくなるほどの騒ぎに発展するのは間違いなかった。

 

 "静かな葬儀"ですら、権利として勝ち取らねば立ち行かない。

 この静かな葬儀もまた、竜胆が守ったものの一つだったのかもしれない。

 

「……あのさ」

 

 参列者の中、涙を流し若葉に支えられているひなたを見ながら、真鈴は口を開く。

 

「上里ちゃんさ、凄いよね」

 

 泣いているひなたが届けた球子の遺品は、球子の親へと確かに届けられた。

 球子が死んでからの皆は、悲しみの淵にあったと言える。

 ひなたは皆と共に悲しみ、涙を流しながらも、"人の死に対する当たり前の対応"をしたのだ。

 

 死者を想い、悲しみ。遺族を気遣い。遺品を届けた。

 ひなたはお通夜の今も泣いてるのに、その悲しみの中、やってくれたのだ。

 竜胆は、ひなたがしてくれたそれらの行動の数々を、想像すらしなかった自分を恥じる。

 球子の家族の悲しみに思いを馳せもしなかった自分を、心底悔やんだ。

 

「辛くないわけがないのに……

 今も、ああして泣いてるのに……

 球子のご両親に真実を伝えて、球子の遺品を集めて届けて。

 ご両親が望んだなら、球子がどう過ごしていたかをご両親にもちゃんと話してて……」

 

 安芸真鈴は、巫女としての能力がひなたに遠く及ばない巫女だ。

 今は、それ以外の能力でも及ばない、と真鈴は痛感している。

 数字にできる能力ではない。

 悲しみながらも、死んでしまった人のために、歯を食いしばって何かをする力。

 心の力が、ひなたにはあった。

 

「アタシは、うん、駄目だ。ああは振る舞えない。きっとあの子みたいにはできない」

 

 真鈴は駄目だ。

 ひなたのように、強くは在れない。

 遠くから葬儀場を見ているだけで、涙が溢れてくる。

 ただそれだけで、感情が溢れ出してくる。

 止められない。

 

「球子……なんで死んじゃったのよ……バカ……」

 

 真鈴は泣き崩れる。

 もっと会っていれば。

 もっと話していれば。

 あの日、球子を勇者として導いていなければ。

 戦うことは危険だと、もっと言ってあげられていれば。

 悲しみと後悔がぐるぐる心を渦巻く。

 

 普通の女の子として、普通の女の子な球子と、もっと話したいことが沢山あっただろうに。

 

「なんで……無理を言ってでも、そばに居てあげられなかったんだろう……アタシは……」

 

 真鈴、球子、杏の住んでいた場所は、そう遠く離れていなかったから。

 バーテックスさえいなければ、彼女らは平和な世界で出会い、普通に仲良くなって、普通に大切な友達になれていたかもしれないのに。

 優しい日常の中で、記憶を重ねていけたはずなのに。

 もう、それも叶わない。

 

「もっと一緒に……もっと毎日会えていれば……思い出だって、沢山っ……」

 

 泣き崩れる真鈴。

 竜胆は、心が壊れそうなほどに心を絞った。

 優しくされる必要がある竜胆の心が、他人に優しくするために、優しさを心より絞り出す。

 

「タマちゃんは、まっちゃんを大切に思ってた。恩も、友情も、感じてたと思う」

 

 泣いている人を、竜胆は放っておけない。

 そこに理由は必要ない。

 自分がその結果壊れるとしても、竜胆は優しさを捨てられない。

 

「まっちゃんが居てくれたこと……タマちゃんは、感謝してたと思う」

 

 自分の身を削るようにして、竜胆は真鈴に優しくした。

 彼女に優しい声をかけるだけで、心を削る価値があると、そう思っていた。

 

「だから、泣いてもいいけど、必ず立ち上がれ。

 君らしく立ち上がれ。君らしい君を、きっとタマちゃんは大切に思ってたんだ」

 

 球子を思って竜胆も泣きたい。

 でも、目の前に泣いている人がいるから。

 ぐっと気持ちを押し込んで、少女を慰める。

 

「友達のために泣くことは、悪いことじゃないから。

 まっちゃんには、その大切な友達のことを、ずっと覚えておいてほしい」

 

「うっ……えうっ……うううっ……」

 

 優しくしていくだけで、心が擦り潰れていくようだった。

 心に余裕が無さすぎる。

 心が闇に寄りすぎている。

 優しくしないという選択肢がありえないという心と、もうとっくに他人に優しくなんてできなくなっている心が、相反しながら自壊している。

 

 余裕が無い人間ですら、周りのフォローをしなければならないほどに、全員がギリギリだ。

 されど余裕が無い人間が絞り出すように優しさを与えていくことは、自滅を意味する。

 そんな時、奇跡でもなんでもない、必然が起きた。

 

「どうかしましたか?」

 

 泣き崩れた真鈴は、葬儀場から離れていても、少し目立っていた。

 だから、この喪主等を務めていた球子の家族がそれを見つける。

 葬儀のトラブル等に対応するのも、主催の務めだからだ。

 その人は、泣き崩れた真鈴を見て駆け寄ってくる。

 

 竜胆がその人を"球子の母親"だと一発で見抜けたのは、顔が球子と似ていて、その母親の顔を見るだけで心抉られたからだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 真鈴は葬儀場の一室へと連れて行かれた。

 落ち着くまでは、そこで泣いていることだろう。

 竜胆の顔を見て球子の母親は驚いたが、やがて納得したようで、参列者の目に映らないように別室へと連れて行ってくれた。

 球子の母がお茶を淹れている前で、竜胆は球子の母に土下座する。

 

「申し訳ありませんでした」

 

 竜胆の顔を見た時と同じくらい、球子の母親は驚いていた。

 

「タマちゃんを俺は助けられる位置にいたのに、助けられませんでした。

 本当に……本当に、ごめんなさい……! あなたの娘を、俺はっ……!」

 

 球子の母は何も言わず、静かにお茶とお茶菓子を並べる。

 そして、竜胆にゆっくり頭を上げさせた。

 

「正直ね、今の今まで、判断がつかなかったの。

 球子が騙されているのか、あなたが本当にいい子なのか……

 電話で球子からよくあなたの話は聞いていたのよ。

 でも、私の知っているあなたの人物像と、あまりにも違っていたから驚いてしまって」

 

「それは、当然のことです」

 

 御守竜胆の一般的な認識は、非人道的な虐殺者。

 

「私も夫も、球子が騙されてるんじゃないかと思って大社に電話をかけたものだわ。

 本当のことを言うと、今日まで私も夫も、騙されていることの方を疑っていたもの」

 

「……今日まで?」

 

「ええ。私の娘は正しかった」

 

 球子の母は微笑むが、その微笑みに元気がない印象を受けるのは、おそらく気のせいではないだろう。

 竜胆は、首を横に振った。

 

「タマちゃんが、俺が仲間であることを許してくれただけです。

 友達のように接することを許してくれただけです。

 一緒に笑うことを許してくれただけです。

 俺の罪は何も消えていません。おそらくですけど、誤解は無いと思います」

 

 自分を何一つ弁護しない竜胆に、球子の母はどこか納得した様子だった。

 

「ああ、球子が、良いところも面倒臭いところもあると言っていたのは、これなのね」

 

「え、ええっ? そんなこと言われてたんですか……」

 

「ええ。うじうじしてなければかっこいい先輩だ、と」

 

「……うじうじしてばっかりの人間で、すみません」

 

 竜胆は重ねて頭を下げる。

 "良いところも悪いところもある"と球子が母に言わなかったわけも。

 "うじうじしてなければかっこいい"と球子が母に伝えた真意も。

 何も、竜胆には伝わっていない。

 球子の母は苦笑し、優しく微笑んだ。

 

「30の女の子らしさと300の男らしさ。そんな話を球子にしたのも、あなたでしょう」

 

「……? あぁ、ありましたねそんな話。

 タマちゃんがタマは女の子らしさ皆無だろ、みたいな話して。

 俺が普通の男には男らしさ10、女には女の子らしさ10あるんだ、って言って。

 タマちゃんには女の子らしさ30男らしさ300があるだけで普通に可愛い、って言って。

 伊予島とその後も、なんか盛り上がったような……うろ覚え……」

 

「ええ、目からウロコでしたとも。

 女の子らしさなんて無い、って親ですら思っていたからね」

 

「え、ええっ……?」

 

「うちの子が男の子から、女の子らしいとか可愛いとか言われるなんて。

 そりゃもうびっくりしたものよ?

 球子も電話で聞く限りでは、憎からず思ってるかもしれないなと思ってたから」

 

「……タマちゃんが、ですか?」

 

「"先輩はタマがいないと駄目じゃないかと思うこともあってさ"

 なんて言ってたこともあったからね。

 あらあら、うちの娘にも春が来たのかしら、なんて思っていたものよ」

 

「そういうのじゃなくてすみません」

 

 ふと、竜胆は思う。

 あの子が殺されてから、あの子について誰かと腰を据えて話すのは、これが初めてだと。

 

 竜胆が球子について話すことは少なくない。

 特に杏と話している時、竜胆と杏の話題の割合は最低四割球子のことだ。

 本当は、こうして、死後に死者を想って話すのが大人なのだろう。

 それが大人の当たり前なのだろう。

 

 だが心に闇を抱える竜胆は、仲間と一度もこうして球子のことを話さなかった。

 死者を惜しみ、死者の想い出を語り合い、死者へと悲しみを捧げ、立ち直る。

 そういった"当たり前の過程"を何一つ通らなかった。

 球子の死後に、球子との生前の良き思い出を語り合うという行為を、しなかった。

 それはもしかしたら、逃避だったのかもしれない。

 

 友奈だったら、そうしていただろう。

 死者との想い出、生前の想い出を語り、涙を流しながらも前に進んでいただろう。

 仲間と死者の想い出を共有しながら、一緒に前に進んでいただろう。

 だが、竜胆はそうはなれず。

 

 今になってようやく、生前の球子との想い出を噛み締めながら、次に進む道の入口に、片足をかけていた。

 

「球子が勇者に選ばれたと、言われた日。

 あの子が戦わなければならないと、知った日……

 こうなるかもしれないとは思っていたの。泣きはしたけど、分かっていたことだったから」

 

「それは違います!」

 

 だが、少年は最後の抵抗をした。

 娘の死を受け入れる母を前に……死を受け入れられない、子供のような抵抗をした。

 

「あの子に死ぬべき理由なんてなかった!

 あの子が殺されるべき理由なんてなかった!

 死ぬのも、殺されるのも、おかしい!

 タマちゃんは生きていて当然だったんです!

 それを……俺は……俺が……俺のせいで……!」

 

「違うわ」

 

 だがそんな子供の理屈を、球子の母はぴしゃりとはねつける。

 

「人はね、理由なくても死ぬの。

 理由がなくても殺されるのよ。

 殺人は、理由が無くたってできるの。

 だからこそ人は人を殺してはいけないと、大人が子供に教えるのよ。させないために」

 

「それは……!」

 

「だから私は、あの子を勇者として送り出すのが、怖かったのよ。

 一番危険な場所に送り出して……それが母親失格だと、知りながら」

 

「っ」

 

「生きるべき人間。

 確かに、そういう人はいると思う。

 でも今の世界で……そういう人は、何人死んでいるのでしょうね」

 

 子供の交友関係は、大人よりは狭い。

 四年前、竜胆は子供だった。

 四年前、球子の母は大人だった。

 ならば……球子の母の知人友人は、"四年前に何人死んだ"のだろうか。

 

 大人には大人の見ている地獄がある。

 沢山死に、知っていた世界が崩壊した四年前。

 愛する娘を、世界の危機に勇者として差し出さなければならない地獄。

 不安と恐怖に呑まれていく世界の中で、大人はバーテックスに抵抗できる力さえも持てず、ただひたすらに無力なまま。

 そして、その中で、差し出した娘が戦死という絶望に遭った、球子の母親は。

 

「そんな力のない人達を守るんだと、球子は豪快に笑って言っていたわ」

 

「―――」

 

「私の、自慢の娘。よく頑張ったね、って言ってあげたいわ」

 

 娘の死を心底悲しみながら、無念だっただろうと娘の気持ちを理解しながら、よくやったと娘を褒めて、愛娘を誇りに思っていた。

 世界で一番の娘だぞ、と泣きながら胸を張るように、誇っていた。

 けれど、子供な竜胆の前では気丈に振る舞い、涙を流しはしなかった。

 

「あなたは今、球子が生きていて当然だったと言ったわね。

 生きるべき人間。死ぬべき人間。

 それはどういう基準で決めるのかしら? あなたの好み? あなたの善悪? 法律?」

 

「それ、は……」

 

「生きるべき人間は球子で、死ぬべき人間はあなた?」

 

「―――!」

 

「もしもそう思っているのなら、そんな考えはポイ捨てしなさい。ポイよポイ」

 

「ぽ、ポイですか?」

 

「誰だってある日唐突に死んでしまったりするのよ。球子も、私も、あなたも」

 

 バーテックスは誰でも殺す。

 人間ならば誰もが死ぬ。

 

「だから精一杯生きるんじゃない。

 だから大切な人を死から守るんじゃない。

 だから……死ぬ前に、ちゃんと愛を伝えておくのよ」

 

「おかしい……そりゃ、おかしいでしょう!

 死ぬべきじゃない人はいて!

 そんな人が死ぬのは、絶対に理不尽で! おかしいことです!」

 

「子供のようなことを……いえ、子供はそう考えるのが、普通なのよね」

 

「罪の無い人は理不尽に傷付けられちゃいけない!

 罪の無い人が理不尽に殺されるのもあっちゃいけない!

 だから……だから……だから……タマちゃんだって、死んじゃ、いけなくて……」

 

 竜胆は泣いていた。

 涙ながらに、反論していた。

 タマちゃんが死ぬべきでない人間なのは当たり前だ、と叫ぶように。

 それを守れなかった俺が悪いのは当たり前だ、と叫ぶように。

 罪の無い人に降りかかる理不尽は許せない。

 千景を助けた時から、彼はずっとそういう少年だ。

 

 けれど、本当は分かっている。

 球子の母が言っていることの方が正しいって分かっている。

 分かっているけど、認められない。

 そういうことを認めていったら……まるで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、球子があそこで殺されてしまったのだと、認めてしまうようで。

 

 あの時のスコーピオンは誰でも狙えた。

 若葉でも、千景でも、友奈でも、狙われれば死んでいた。

 運次第で、死んだのは杏であり、生き残ったのは球子だっただろう。

 そも運の話をするならば、スコーピオンの接近に誰かが気付く可能性だってあったのだ。

 結界に侵入して来たタイミングでは、スコーピオンは視認されていたのだから。

 

 竜胆が認めたくない"事実"は、そこにある。

 竜胆は、"運が悪かったから球子は死んだ"などという残酷で簡潔な一言で、球子が死んだという事実を片付けたくなかった。

 ()()()()()()()()()()()()()()()なんて結論に繋がるものを、認めたくなかった。

 『運』なんてもので球子の生死が決められただなんてことを、認められなかったのだ。

 

 運次第で、ティガダークの身体強度なんて関係なく、死んだかもしれないし生き残ったかもしれないなんて、そんな話には、子供が受け入れられない別種の残酷がある。

 

「娘のことをそんなに思ってくれて、ありがとう」

 

 竜胆の表情を見て、言葉を聞いて、球子の母は多くを察したらしい。

 深く、丁寧に、竜胆に頭を下げる。

 泣いていない時は大人びて見えた竜胆が、球子を想って泣いている今は、ひどく幼く見えた。

 

「どうか気に病まないで。

 娘のことは、本当に悲しいけれど……

 私の娘がここにいたら、あなたをまず励ましに来ると思うから」

 

 母は娘を理解し、その上で言葉を選び。

 竜胆は途中から、球子の親に謝るためではなく……大人に寄りかかり、大人に甘え、本音を吐き出すように、心の内を吐き出していた。

 

「守れたんです、俺は。

 もう少し何かがあれば。

 もう少し何かがなければ。

 この手で守れたかもしれないなら、俺のせいなんです……」

 

 そして、球子の親は甘ったれたことを言うことなく。

 とても強い言葉で竜胆をひっぱたき、彼を立ち上がらせようとしていた。

 

「私は、私の娘が殺されたことを、娘の大事な友達のせいになんてしないわ」

 

「―――ッ!」

 

「そして、そんな愚行は、他の誰にも許さない。君にもよ、御守君」

 

 "俺のせい"を、球子の母が禁じる。

 

「どうか、球子を理由にして、球子の友を傷付けることも、悪く言うこともやめて」

 

「……!」

 

「球子はガサツな子で、本当に女の子らしくもできない子だった。

 でも……優しい子では、あったでしょう? 友達の笑顔と、幸せを望むような」

 

 竜胆は涙を落としながら、無言で一も二もなく頷く。

 

「母親だから、私には分かるわ。あの子は、あなたの幸せを願っていた」

 

 電話越しにだって、伝わる思いはある。

 だって、親子なのだから。

 だって、この母は、娘を本当に愛して、理解していたのだから。

 

 

 

「どうか、娘の最後の願いを、叶えてあげてくれないかしら?」

 

 

 

 球子の死は、ひなたでも貫けない闇を竜胆に注ぎ込ませた。

 彼のその罪悪感を、ほんの少しでも軽くできる者がいるとするならば。

 彼に、僅かであっても救いに繋がる道を示せる者がいるとするならば。

 それはきっと、球子の家族……球子の死をこの世の誰よりも悲しんでいる、球子の親以外には、ありえないだろう。

 

 球子の願いを叶えるか。叶えないか。

 選択の権利は、竜胆にあった。

 球子を思うなら、選べる答えは一つしかない。

 

「俺は……僕は……僕は……」

 

 もう答えは、出ているようなものだった。

 

「ああ、そうだ、話が一段落する前に……」

 

 球子の母親が、お茶の横に一冊の本を置く。

 

「これを渡しておくわ」

 

「これは……?」

 

「上里ひなたって子が、球子の遺品を持ってきてくれたの。

 その中に混じっていたものよ。勇者の……日記帳? なのかしら。

 よく分からないけど、これは皆のものなんでしょ? 返しておくわね」

 

「勇者御記……?」

 

「ざっと目を通して、球子のとこには付箋つけちゃったけど、まあいいでしょ。

 あ、君は球子のところだけでいいから、絶対に目を通しておくこと。いいわね?」

 

「え……何故」

 

 その本の名は『勇者御記』。大社が編纂した一冊の本と、勇者が思い思いに記した記述。

 

「ここにも、球子がいるから。

 その球子を、ちゃんと受け入れて。

 あなたはきっとまだ、球子と向き合えていないのよ」

 

 竜胆は止まっていた涙を拭い、本に目を通した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 書くことあんまないな。

 

 日記形式って感じでいいんだろうか。

 

 とにかく、空気は悪くない。

 

 ウルトラマンは皆いい奴らだ。

 

 勇者も……まあ郡がちょっと不安だけど、まあ大丈夫だろ。

 

 負ける気がしないな! 郡もタマが気を使えばいいか!

 

 タマに任せタマえ!

 

 

 

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 毎日がハード。くんれんつかれる。べんきょうつかれる。

 

 これに慣れるくらいじゃないと世界は救えないのかな。

 

 じゃあ、頑張るしかないか!

 

 世界の命運、タマに任せタマえ!

 

 

 

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 御守竜胆。

 ティガダーク、極悪外道。

 大社は何考えてんだ?

 杏が危ないかもしれない。タマがしっかりしないと。

 あいつめ、危険な素振り見せたらタマがすぐとっちめてやるからな!

 危険人物の対処もタマに任せタマえ!

 

 この日の書き込みは全部無かったことになった! そういうことでよろしく。

 

 

 

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 正義。

 正義ってなんだろう。

 先輩はめんどうくっさいこと考えてるなー。

 でも多分、先輩はずっとこれ気にしてんだよな。

 正義とか、悪とか、善とか。

 あの巨人の力に振り回されてるだけで悪でもなんでもないくせに、自分を悪だと思いこんでいるタマ以上のバカはどうしたらいいんだろう。

 

 勇者御記は先輩に見られる心配がないから気楽でいいな!

 後で全員分編纂した時にどういう形になるんだろうか? わっかんねー。

 

 正義、正義、なんじゃこりゃ。

 しっかし面倒臭いな。

 何か一つ絶対の正義とか考えると、必ず誰かがケチつけてくるのか。

 ケチのつかない正義がないのか?

 人間がどんな正義にもケチつけられるようできてるのか?

 分からん!

 頭のいいやつにぶん投げた方がいいのかな。

 先輩はタマよりバカなのに何が正しいのかとか真剣に考えてるとかもしやバカなのでは?

 バカだなー、先輩は。

 

 けど、誰かの正義を一つ選ぶなら、多分先輩の正義を選ぶのが鉄板だよな。

 うん、それは絶対にそうだ。

 

 先輩は自分の中で正しいって思ったことの芯は揺らがせない。

 人の命を守るとか、他人には優しくとか、友達を大切にとか、そういうの。

 でも多分自分が正義とは思わないし、思い込まない。

 常に何が正しいのかって考えてるから、先輩の正義は優しいんだ。たぶん。

 

 先輩の正しさは……そうだな。

 一ど止まって考えること。

 何かあれば、そこで止まって考えること。

 一つのことを盲信せず、突っ走ったまま止まらないとかそういうこともなくて。

 時々は仲間に相談したり、他人から貰った言葉を参考にしたりして。

 そうやって作ってく正しさなんだよな、きっと。

 これでなー。

 先輩が自分は悪だって思い込んでなければなー。

 結構凄い人になると思うんだけどなー。

 先輩めんどくせー。

 そこだけはちょっと嫌い。

 

 でもさ。

 自分を悪人だと思ってる先輩がさ。

 そんななのに、人の命は大切だって言ってるの笑っちゃうんだよ。

 皆に苦しむ理由、殺される理由はない、って言い切ってるの笑っちゃうんだよ。

 罪の無い人が無慈悲に殺されるのは間違ってるって断言してて、笑っちゃうんだよ。

 だってそうじゃん?

 それのどこが悪人なんだっての。

 根が悪い人になりきれてないんだよな。

 いーひとだ。

 先輩風に言えば、善い人だな。

 

 人が死んで当たり前の世界で、それは絶対に間違ってるし当たり前なんかじゃない、とか断固として主張してて、そのせいで人殺しな自分を許せてない先輩。

 ああいうのがいいんだよああいうのが。

 いや、人殺しやってなければ、その後悔を引きずってなければ、だけど。

 タマはああいうのが割と好きだ。

 これで時々ウジウジしてなければなぁ。

 タマが鍛えるしかないのか。

 うむ。

 メンタル的に鍛えるしかないな! タマに任せタマえ!

 

 やり方はまだ特に思いついてないぞ!

 

 

 

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 先輩は皆から嫌われている。

 丸亀城の外は先輩を嫌いな人でいっぱいだ。

 分かってた、はずだったんだけどな。

 今日見たもののせいでどうにも気分が悪い。

 どうも最近のタマはネガティブなことを考えやすい気がする。

 気のせいか?

 ま、ネガティブな思考とか浮かんだ端から蹴り飛ばしてるんだけどな!

 

 人は、醜くも美しくも、間違いにも正しさにもなれる、ってやつなのか。

 前は御守竜胆はくたばれー! って、皆のああいう流れに参加してたはずなのに。

 今は、あれに苛立ちしか感じない。

 

 タマも同じだ。

 タマも先輩を嫌ってたし、責めてたし、心を傷付けてた。

 ティガダーク出てけとか言ってるあの人達と変わらない。

 タマは、先輩のことを知っただけだ。それだけなんだ。

 

 先輩のことを知らなかったタマが、先輩のことを知って意見を変えた。

 じゃあ先輩のことを知って意見を変える人って、結構居るんじゃないかな。

 世の中、凄い悪人になれる人も凄い聖人になれる人もあんまいないからなぁ。

 なんだかんだ先輩の味方増えそうな気がする。

 許さない人がそれでも沢山いるってことは、まあ置いておこう!

 

 そう思うと、醜いことしてる人が、素晴らしいことをし始めるってことも多いんだろうな。

 先輩酷く叩いてる人が、先輩のこと知って、先輩の味方になるとか。

 あ、これはタマか。

 タマ以外の人がやるとしたら、ってことで。

 ということは、やっぱ、どんな人でも死なせちゃいけないんだよな。

 

 先輩だってそうだ。

 先輩は闇の中から生まれた光で、間違いの中から生まれた正しさだもんな。

 悪いことをした中から出て来た善だ。

 先輩を攻撃してる人々とか、タマには悪いことしてるようにしか見えないけど、悪いことしたやつはすぐ死ねーってなる世界なら、先輩とかすぐ殺されてただろうしな。

 タマげた話だ。

 世の中はふくざつかいきーってやつである。

 

 先輩が証明してるようなもんだ。

 人間が悪いことをした後、良いこともできるんだってことを。

 悪いやつをすぐ裁かないことが、後にいいことに繋がるんだってことを。

 いや腹は立つぞ。

 タマはこの辺分かってるが、それでも腹は立つし、怒ることは怒る。

 

 うおおおお! 想像で先輩の悪口言ってんじゃねー!

 

 

 

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 先輩が他人の弱さや醜さを受け入れてるのは、先輩が闇落ちしたのとか関係なく、先輩がずっと昔からバカみたいに優しいからでは、という説が浮上した。

 うん、知ってた。

 タマ知ってた。

 あれは生まれつきだわ、うん。

 幸せになれんぞー。知らんけど。

 

 自分を否定してでも、人を殺すのは間違ってると言える先輩は、やっぱ今の世には必要だ。

 

 もっと必要なのは、そんな先輩を許してやれるやつだと思うんだが、先輩が受け入れられる許しって誰なら与えられるんだ? ううん分からん。見当もつかん。

 先輩が自分を許してないんだよなあ。

 クソ面倒臭い先輩はどうすりゃ許しを受け入れてくれるのか。

 パンチで受け入れてくんないかな。

 無理か。

 そもそもタマのキャラじゃないんだよなぁ、許すとか癒やすとか慰めるとか。

 杏にやらせてみるか杏じゃ無理だよなあ、多分。

 

 癒やし、癒やし。ひなたか。

 できそうな気がちょっとしてきたぞ! ひなたすごいな!

 先輩が自分を許せるようになれたらいいんだが。

 千景がもうちょっとなあ。

 こうなあ。

 千景は能力が足りてないとかそういうのじゃないんだが。

 今の千景よりは、まだ友奈とかの方が適任な気がするな。

 

 千景が先輩背負ったら、先輩の重みで潰れそうで怖い。

 

 

 

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 正義の人も、悪い人も、善い人も。

 いつか他人に優しくなれると、先輩は信じてるんじゃないかな。

 いや、ちょっと違うか。

 優しくないのが嫌いで、優しいのが好きなんだな。

 あの人はもっとシンプルか。

 それで、誰の中にも優しさはあると信じてる……そんな感じか。

 

 先輩は自分の正義を盲信しない。

 何が正しいかをいつも考えている。

 それは多分、先輩が新しい人、新しい状況に出会うたび、そこで出会った正しさを一回考慮に入れてしまうからだ。

 

 若葉は真っ直ぐ迷わず進むことが第一だし。

 人の弱さを肯定してやらないといけない千景はそれとは合わない。

 杏は先輩を怖がってるから距離取らないといけないし。

 友奈は全員に仲良くして、距離近づけてほしいから、先輩もそれを考慮する。

 タマは先輩には報われてほしいが、町の人達はそれを望まない。

 全部人それぞれの正しさだ。

 めんどくさい。

 

 でも先輩は、一々何が正しいか考えて、また迷うんだろう。

 ……また誰かが死んでしまったら、何が正しいのか分からなくなって、また大きく迷うかも。

 

 だけど迷うのは、『答えを出すのを諦めてない』からだ。

 『考えるのやめた』ってならないのが、あの先輩の困ったところで良いところだ。

 頭足りてないくせに。

 頭悪いのに、いっつも難しい問題と向き合ってて、基本的な性格は深く考えないで真っ直ぐ進んでいくやつだっていうのが困る。

 

 タマみたいなめんどくせー、かんがえるのやめた、うだうだいってないでシンプルに! って言うやつがいないと駄目だな。

 うじうじしてるやつにはタマみたいなのが必要なんだ。

 全く先輩は、タマが居なけりゃ何もできないんだな!

 タマの補助があれば先輩は何でもできそうなのに、まったく!

 一回上向くと中々下向かない人なんだが、難しいもんだ。

 

 

 

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 今日、キャンプに行った。

 

 竜胆先輩の寝顔ってやつを見た。

 

 人はあんなに苦しそうな顔が浮かべられるものなのか。

 

 あの人の夢の中は、地獄なんだろうか。

 

 タマ達がいる現実がそうじゃないから、先輩は笑ってるんだろうか。

 

 夢の中では先輩を守ってやれない自分がもどかしい。

 

 

 

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 先輩と映画を見た。

 末期病患者二人が、「天国では皆が海の話をするらしい」という話をして、死ぬ前にひと目でいいから海を見ようとする話だ。

 盗んだ車がマフィアの車で、マフィアは車の中の大金を狙って末期病患者の二人を追いかけて……そんな話。

 結構面白かった。

 

 でも、そうか。

 天国では海の話が流行なのか。

 中々面白い話じゃないか?

 そういえば、杏とも先輩とも、海の話はしたことないな。

 よし決めた!

 夏になったら皆で海行くぞ!

 皆で海の話もできるし、海の想い出もできるし一石二鳥だ!

 遠くの海まで行けなくても、丸亀城の前は800mもしないうちに海だしな!

 近所ってのが悲しいが。タマはせめてそこで我慢しよう。

 

 あ、あ、あ。しまった。

 ひなたとか杏とか居たな。

 海に行くならあの忌々しい巨乳を見なければならないのか。

 悩ましい。

 先輩とかタマが水着とか着たら絶対笑うよなー。

 あー、なんか想像したら腹立ってきた!

 

 ひなたとかは絶対水着着るんじゃないぞ!

 あれはどばーんって感じで反則だからな!

 しっかしタマもそうだが、先輩も仲間外れが嫌いな人だ。

 タマがこんなこと言ったら絶対反対してくるな。

 そしたら「そんなにひなたの水着が見たいのか」ってからかってやろう。

 夏が楽しみだな!

 

 ……夏まであと半年くらいか。

 

 まだ春も来てないけど、早く夏、来ないかな。

 

 

 

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 若葉がズッ友とかいう言葉を使っていた。

 古風だと言われたので、自分を少し改めようという宣誓らしい。

 古風だと言ったのは、確かにタマだ。

 うん、その心がけはいい。

 でもな、ズッ友って言葉が流行ったのは2012年とかそこらだ。

 今は2019年だ。

 古臭いよな? まだ古風だぞこのおばか。

 先輩の、若葉をひっくり返してばかわちゃんとかいう軽口を思い出してしまう……

 

 しかしズッ友か。

 タマが子供の頃に流行ったやつだなー。

 ズッ友。

 ずっと友達でいたい時は、ズッ友だとか言うらしい。

 若葉は面白い言葉で気に入ったと言っていた。

 なんだかなあ。

 

 でも、悪くない。ズッ友。この言葉自体は、結構好きな人多かったって言うしな。

 タマと、杏と、先輩はズッ友。

 三人で話してると、とても楽しい。

 杏と二人で話してる時とは違う楽しさがある。

 話していない時も、二人が近くに感じられる気さえする。

 

 この時間がいつまでも続けばいいな、ってタマは思うのだ。

 

 平和はタマに任せタマえ!

 

 何があっても、タマはあの二人を守ろう。

 命をかけてもあの二人を守ろう。

 生まれ変わってもまた出会って、二人を守るくらいの気合いで!

 タマは杏のおねーさんで、先輩はタマがいないと駄目だからな!

 

 あとは、そうだな。あの二人が死んだら、タマが泣くかもしれないし。

 

 

 

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 タマが守るんだ。

 

 仲間も、世界も、皆も。

 

 杏も、先輩も、仲間も、タマの大事な友達だ!

 

 ずっと、ずっと、最後まで生き残って、最後まで皆を守ってみせる!

 

 若葉を見習って、タマはここに宣誓するぞ!

 

 

 

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 涙が止まらない。

 竜胆がいくら拭っても、涙は止まらない。

 球子は生きたかったのだ。

 死にたくなかったのだ。

 そして、それ以上に―――守りたかったのだ。

 仲間を、友達を、世界を、未来を。

 勇者御記には、球子が未来を夢見る心も詰まっていた。

 

 球子が竜胆を想う気持ちが、勇者御記を通して伝わっていく。

 球子は竜胆を守ろうとしていた。

 本気で彼を守ろうとしていた。

 心も、命もだ。

 土居球子の最後の行動を思い返せば分かる。

 彼女は本気で杏を守り、心臓を貫かれ、それでもティガを守ろうとしていた。

 自分の命を救うことすら後回しで、ティガを守ろうとしていたのだ。

 

 竜胆が今、ここに生きているということが。球子の願い、そのものなのだ。

 竜胆の死、杏の死、そのものが。球子の願いを踏み躙る、最悪の蹂躙なのだ。

 もしも、世界が終わってしまえば。

 球子が守ろうとしたもの全ては潰え、未来は失われるだろう。

 

「タマちゃ……たま、ちゃ……んっ……!!」

 

 涙が止めどなく溢れ出る。

 何故、これだけの気持ちを、生前に察してやれなかったのか。

 こんなに思われていたのに、何故生前、もっと多くのものを返してやれなかったのか。

 悔いて、悲しくて、辛くて、涙が止まらない。

 

「葬儀はね。死者のためじゃなく、生者のためにやるのよ」

 

 球子の母が、言葉を紡ぐ。

 

「葬儀は死者の世界じゃなく、生者の世界でするものだから。

 死者を弔いながらも、生者がまた歩き出すための儀式なのよ」

 

 お祭りは、本来(まつ)るが(まつ)るに転じたものであり、神への祈りを捧げるために生まれたものだ。

 だが葬式は違う。

 これは死者へ祈りを捧げ、人を想い、人が先に進むために生み出されたもの。

 祭りとは違う、人のために生まれ、人のためにあるものなのだ。

 死者に別れを告げ、次に進むために、葬送はある。

 

「御守君」

 

 球子の母が、深々と頭を下げる。

 

 球子の死から始まった悲しみの一つの終わりは、ここにあった。

 

「―――球子と一緒に、今日まで私達を守ってくれて、ありがとう」

 

 彼が戦う意味は、戦ってきた意味は、戦っていく意味は、この言葉にあった。

 感謝する力なき者がいる。

 優しく力なき者がいる。

 人を愛する力なき者がいる。

 戦士の死に、涙してくれる、力なき者がいる。

 

 その感謝の言葉が、その感謝の想いが、感謝を告げる彼女の命の価値が……球子や竜胆が戦うことの意味、そのものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦いの時が迫る。

 誰もが竜胆の精神状態を心配していた。

 竜胆は球子の葬式から数日、誰とも顔を合わせていなかったからだ。

 だがそれは、竜胆が皆が逃げていたからではない。

 自分の時間を、他の誰のためにも使っていなかったからだ。

 

 三日。

 丸々三日、竜胆は全ての時間を、球子と向き合うために使った。

 目を閉じ、記憶を最初から順番に再生し、球子との時間の全てを見直す。

 想い出の全てと向き合い、その時に感じた想いを追体験する。

 はたから見れば、まるで瞑想のようにも見えるだろう。

 涙を流した時もあった。

 思わず笑ってしまった時もあった。

 そうやって、自分の中の球子への想い全てへと決着をつけていく。

 

 ボブの死への向き合い方が空手なら、球子の死への向き合い方がこれだった。

 

 竜胆は人の死を蔑ろにしない。人の命を軽んじない。

 彼が人の死と向き合う時は、全力だ。

 四年前に殺した妹や罪も無い人達の死に、四年間全力で向き合ってきたように。

 球子の死に今、全力で向き合い、これからもずっと向き合っていくのだろう。

 

 そうやって、死んだ人達は皆、竜胆の中で生き続ける。

 

(絶望する理由なら、山のようにある)

 

 山のように押し寄せる、絶望に足る理由があった。

 

(絶望していられない理由は、宇宙より大きい)

 

 絶望していられない理由は、ありとあらゆる絶望を跳ね除けた。

 

 竜胆しか戦えない今、甘えてなどいられない。

 強くならねばならない環境があった。

 強く在りたい理由があった。

 強くなれる、心の素養があった。

 

 ズタボロになり、バラバラになりそうな心を、竜胆は無理矢理に熱し、打ち直していく。

 皆がくれた心の光を鋼のように打ち込み、心を更に打ち直していく。

 もっと強く。

 もっと強く。

 竜胆の心が、誰よりも強い強度を得ていく道へと進んでいく。

 

 その時、足音が聞こえた。

 ここは丸亀城のてっぺんだ。

 この城の構造を詳しく知らない者では、超常的な身体能力で壁を登ってでも来ない限り上がって来れず、角度的に下から単純に見上げてもそこに誰かがいるかは分からない。

 だから、その人が竜胆を探しにここまで来たというわけではない。

 

 その少女が、伊予島杏が、竜胆を探しに、ここまで来るなんてわけがないのだ。

 杏は逃げてきた。

 誰にも会わないために、誰も居ない場所で一人で泣くために、ここまで逃げてきた。

 

 二人は相対した瞬間、奇妙なほどに相対的だった。

 杏は球子が死んだ瞬間から時間が止まっていて、竜胆は死をも飲み込んで前に進んでいた。

 杏が流すは悲嘆の涙で、竜胆が拭うは決別の涙だった。

 杏は球子の"せい"で泣いていて、竜胆は球子の"ため"に泣いていた。

 杏は竜胆に僅かながらも敵意を向け、竜胆は自分よりも多く球子の死に涙を流す杏を、敬意と好意をもって見ていた。

 

「伊予島か」

 

「……御守、さん……」

 

 竜胆は守った者、杏は守られた者。

 竜胆は守れなかった者、杏は守れなかった者。

 二人のどちらかが悪いというわけでもないのに、二人の心の距離は、球子が死ぬ前と比べ、とても離れてしまっていた。

 

「……消えてください。お願いします。私は……きっとまた、同じことを言います……」

 

 時間をかけて仲良くなっても、それが崩れ去るのは一瞬だ。

 怖がられ、恐れられ、それでも杏と仲良くなっていった竜胆の努力は、全て無に帰した。

 杏は泣きそうな顔で、自分が竜胆を傷付ける言葉を吐く前に、と、竜胆を遠ざける言動を選ぶ。

 されど、少年はその場に座る。

 杏の突き放すような言葉は柳に風で、ごく自然体でそこにいた。

 

「タマちゃんが書き残してたものをさ、読んだんだ」

 

 半ば悲嘆の狂乱の状態にあった杏の心が、僅かずつだが、静かになっていく。

 

 少年の声を聞き、杏は不思議に思った。

 彼の声は、こんなに落ち着く声だっただろうか。

 以前も優しかった彼の声は、こんなにも優しげな声だっただろうか。

 こんなにも、慈しみが伝わるような話し方だっただろうか。

 

「タマちゃんが伊予島を一番大事にしてたのは知ってたけど……

 改めてそれを再認識した。タマちゃんは、本当に伊予島のことを守りたかったんだな」

 

「……っ」

 

 分かっている。杏にはよく分かっている。

 土居球子が、自分をどれだけ大切に思ってくれていたか、なんてことは。

 勇者御記を読むまで本当の意味で分かっていなかった、竜胆とは違うのだ。

 

「知ってます! そんなこと!」

 

 杏が胸に溜め込んでいた感情が、爆発する。流れ出ていく。

 

「御守さんが……御守さんが居なくたって……!

 あそこで、私がタマっち先輩の背中に迫る針を撃ち落とせていれば……!

 守れていたはずなのに……!

 いつも、いつも、私を守ってくれるって言ってたあの人は、有限実行で私を守って……!

 私は、私はっ、逆にあの人を守れなくて……御守さんより何もできてなくてっ……!」

 

 針を一本弾いた旋刃盤。

 針を一本も弾けなかったクロスボウ。

 球子は守れた。杏は守れなかった。

 それは武器の性質の差か、武器の強化の有無の差か。

 精霊の穢れに汚染された杏の心は、それを"自分の無能"と結論付けた。

 

「守られた私とっ、守られなかったタマっち先輩がっ、目に焼きついててっ……!」

 

 竜胆が、泣き叫ぶ杏に歩み寄る。

 

「焦るな。自分を責めるな。自分を嫌いになるな。

 ゆっくりでいい。ゆっくり立ち上がれ、伊予島。

 お前が大切な人のために泣く権利と時間は、俺が守る」

 

 優しく、声をかける。

 

「タマちゃんの代わりとしては不足もいいとこだが、俺が君を守るよ」

 

「―――」

 

 強く、杏を守ると、彼女に誓う。球子の代わりに。

 球子の代わりになれるはずがないと、分かった上で彼女に誓う。

 

「伊予島が俺のことを嫌いでもいい。憎くてもいい。

 憎しみが我慢できなきゃ、いつでも俺を背中から撃ってくれていい。俺は受け入れる」

 

 杏に嫌われたままでもいい、憎まれたままでもいい。

 これは誓いだ。

 球子の想いを受け継ぎ、自らの想いと向き合い、己に定めた守護の誓い。

 

「俺に、君をずっと、守らせてくれ」

 

 自分と球子が、同じく守りたいと思った一人の仲間を、守り抜くという誓い。

 

「なん、で……」

 

「君が仲間だから。

 君に死んでほしくないから。

 そう思えるくらいには、君のことを知ったから。そして」

 

 あの瞬間、球子が命がけで守ったものを、無価値にしないという誓い。

 

「君が生きることが、タマちゃんがこの世界に生きた証だから」

 

「―――あ」

 

「タマちゃんのことを親友として一番良く知っている君を。

 タマちゃんとの想い出を沢山持っている君を。

 彼女のことを沢山覚えている君を。

 彼女がこの世界に生きた証を沢山抱えている君を。

 絶対に、必ず、何からも、守る。

 俺とタマちゃんがあの瞬間、心同じくして守りたいと思った君を、俺は守る」

 

 灼熱のように熱い想いで組み上げた、誓いだった。

 

「どうして……私は……御守さんに、ひどいこと、たくさん言ったのに……」

 

「酷いことかもしれないが、それを気にするかどうかは俺の自由だろ?」

 

 竜胆は優しい笑顔を浮かべる。

 ちょっとだけ、嘘だった。

 杏の言葉に竜胆はとても傷付いたし、今でもあの時の言葉は引きずっている。

 が、それを杏を嫌う理由にするには、全然足りていなかった。

 杏を許す理由なら、それを超えて山ほどあった。

 

 杏の目から、また涙が溢れ出す。

 球子が死んだあの瞬間から見て、初めて、球子の死以外の事柄に流した涙であった。

 球子の死で胸がいっぱいになっていた杏が、初めて別の感情で胸の内を満たしていた。

 悲しみではなく、謝意。

 ごめんなさい、という気持ちが、杏の止まっていた心を突き動かす。

 

「ごめんなさい……ごめんなさいっ……ごめんなさいッ……!!」

 

 精霊の穢れの症状の一つは、マイナス思考や破滅的な思考。

 要するに、衝動的に他人を傷付けると、継続的に悔いるのだ。

 杏はずっと悔いていた。

 竜胆を責めたことを悔いていた。

 自己嫌悪に陥り、自分はなんてことを言ってしまったのかと、後悔し続けていたのだ。

 

 謝りたいという気持ちを増大させるのも精霊の穢れ。

 許せないから謝れないという気持ちを増大させるのも精霊の穢れ。

 だが今、その感情の天秤は崩れ、泣き崩れながら杏は竜胆に謝り続けていく。

 

「あなたは守ってくれたのに……あなたは何も悪くなかったのに……ごめんなさい……!」

 

「いいんだ」

 

 杏の涙を、竜胆はそっとハンカチで拭う。

 そして、少女に手を差し伸べる。

 

「強く在れとか言わねえよ。

 頑張って平然としてろなんて言わねえよ。

 弱くあること。醜さを持つこと。人間らしくあること。それはそれでいいんだ、きっと」

 

 それは、竜胆から杏に手渡される許しの言葉。その涙を許す言葉。

 子供が泣いていることすら許されない、悲しむ間があれば戦っていかなければならない、涙で戦えなくなることが許されない、この世界ではあってはならない言葉。

 世界に抗うような、許しの言葉。

 

「大切な人が死んで、悲しみ、俯き、取り乱すことが弱さなら――」

 

 それは、きっと。

 

「――その弱さは、愛すべきものだと思う。俺は、その弱さを愛する」

 

 杏の心を、救うものだった。

 

 竜胆の本質より湧き出づる、彼の魂の言葉だった。

 

「強く在る責任と義務は、全部俺が引き受ける」

 

 竜胆の差し伸べた手があった。杏は涙を流し、無言のまま、その手を取った。

 

「世界で一番大事な友達がああなったんだ。

 泣いていいんだ。

 悲しんでいいんだ。

 八つ当たりしていいんだ。

 辛かったら勇者だってやめてもいい。

 それはいけないことじゃない。人には当たり前に許されてる弱さなんだよ、伊予島」

 

 あの日、今は想い出の中にしかないあの日。

 球子が差し伸べた手は、竜胆の手を握った。

 それは闇の中にいた竜胆にとって救いの手。

 その手は、とても暖かった。

 

 今日、この瞬間の今。

 竜胆が差し伸べた手は、杏の手を握った。

 それは悲しみの中にいた杏にとって救いの手。

 その手は、とても暖かかった。

 

 人の想いは、死ですら断てない。想いは繋がる。強き絆が消えることはない。

 

「俺はこの名前に望まれた通りに……いつだって、悲しんでいるお前の味方だ。伊予島」

 

 杏は泣いた。

 竜胆の胸にすがりついて、わんわんと泣いた。

 なんで、と叫んで泣いて。

 どうして、と叫んで泣いて。

 球子への想いを数え切れないほど吐き出しながら、わんわん泣いた。

 

 その想いの全てを、竜胆は静かに受け止めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 泣き止んだ頃、杏は必死に竜胆に頭を下げていた。

 

「すみません、すみません、すみませんっ……」

 

「伊予島、そんなに頭下げてると頭が外れそうだぞ。もういいって。俺も謝りたいし」

 

「何を謝るんですか!?」

 

「いっぱいあるぞー、いっぱい謝りたいぞー。お前に謝りたいこと、沢山あるんだ」

 

 謝りたいことが沢山あった。

 語り合いたいことが沢山あった。

 今だからこそ、土居球子について想い出の話を沢山したかった。

 闇の影響を振り切り、また一つ成長した竜胆は、杏と交わしたい言葉が山のようにあった。

 

「御守さん」

 

「ん? どうした、伊予島」

 

「怖くは、ないんですか?」

 

 杏はまだ、竜胆ほどは立ち直れていない。

 精霊の穢れの影響は負の感情などを増加させるもの。

 まだ穢れは杏を蝕み、その心を完全には立ち直らせない。

 

「本当は、私、勇者になんてなれる人間じゃないんです。

 昔からずっと、色んなものが怖くて……

 タマっち先輩に手を引かれて、それでようやく、勇者だったんです」

 

「そうか? そうは見えなかったな」

 

「今だって……勇者に変身できない身体の状態とか、そういうのを度外視しても……」

 

 杏は片手を竜胆に見せる。

 その手は恐怖に震えていた。

 仲間が死ぬ恐怖。自分が死ぬ恐怖。敵への恐怖。球子の死というトラウマから生まれる恐怖。

 

「私は怖くて、悲しくて……私はまだ、全然、立ち上がれそうにないんです……」

 

 怖くはないのか、という問いに、竜胆は淀みなく答えた。

 

「俺も怖い。小さい頃は気付かなかったが、世の中は怖いことだらけだ。

 いっつも怖い。何もかもが怖い。

 自分以外のものは全部怖いし……

 まさか、自分自身に対してさえ怖いと思うようになるとは思わなかった」

 

 竜胆も杏同様、自らの手を見せる。

 そして、その手を握り拳を作った。

 

「で、だ。知ったんだよ。怖さを乗り越えられるのは、きっと勇気しかないって」

 

「勇気……勇者……?」

 

「俺に足りないのは、とびっきりの勇気だったんだ。それこそ、タマちゃんが持っていたような」

 

 竜胆の拳の内には、球子に貰ったものが握られている。

 

「俺はもう、その勇気を貰っている」

 

 球子の死にすら向き合わず、その悲しみから逃げ続けていた竜胆を、その悲しみに向き合わせたのは、球子が彼にくれた勇気だった。

 

「なら俺は、立ち向かう。

 この闇に、この絶望に、この恐怖に。

 楽な道は選ばない。そこが茨の道でも、俺は進もう。

 『彼女から貰ったこの勇気』で。彼女が守りたかった物を守るために、戦う」

 

 電気もなかった時代、人が闇の中を進むのに用いたものは何か?

 炎? 合ってはいるが、そうではない。

 星明り? それも合ってはいるが、そうではない。

 『勇気』だ。

 勇気がなければ、人は闇の中を進めない。

 明かりがあっても、恐怖のせいで闇の中は進めない。

 人が闇に立ち向かうために最も必要なもの、それは勇気なのだ。

 

「俺はもう、向き合うこと、立ち向かうこと、進むことを、恐れたくないんだ」

 

 全ての罪、全ての罪悪感、全ての後悔も背負って、前に進み続ける覚悟。

 罪は消えず、過去は消えず、闇は消えない。

 少年の心には未だ絶大な闇がある。

 されど闇を理由に足を止めない大きな勇気は、既に彼へと継承されている。

 

 竜胆は頼り甲斐のある笑みを浮かべ、自らの胸を叩いた。

 

「心配すんな。俺に任せタマえ」

 

 悲しみ。それが彼の全てだった。

 憎しみ。それが彼の全てだった。

 守る。それが今の彼の胸の内の全てを占めるもの。

 戦うことに、もはや幾許(いくばく)の憂いもない。

 

「皆、そろそろ集まってくれるかな」

 

「本当に、敵が来るんですか? 御守さんにそんな力があったなんて……」

 

「今回は特別だよ。前に、ちーちゃんの中に闇を感じたことがあったんだけどさ」

 

「? それがどうかしたんですか?」

 

「それと同じものが結界の外から近付いて来るのを感じる」

 

「!」

 

「タマちゃんの優しい置き土産ってやつだな。

 精霊の穢れだ。

 バーテックスの中っていう環境で、増大化してる。

 タマちゃんのおかげで、次の襲撃の正確な時間が分かるんだよ」

 

 ピスケスは勇者の再利用……要するに『旋刃盤の継承』や『勇者端末の継承』などを僅かな可能性レベルで警戒し、それを潰したのだろう。

 だが、それが裏目に出ていた。

 ピスケスを吸収したキリエロイドの接近を、竜胆はぼんやりと感知できる。

 

「竜胆」

 

「お、若ちゃん」

 

「もうすぐ戦いが始まると聞いたが……伊予島を見るに、色々と問題が解決したようだな」

 

 千景、ケンを連れて来た若葉の目が、竜胆の横の杏を捉えた。

 杏は泣き腫らした跡こそあったが、少し前までの不安定さ、壊れたように泣き続ける様子は見られない。

 

「ご迷惑を、おかけしました。ご心配もおかけしました。でももう、少しは大丈夫です」

 

 少しは大丈夫、という強がり。

 まだあてにはできないが、そのガッツを若葉は評価した。

 杏の肩をポンと叩いた若葉には、杏への確かな信頼が見て取れる。

 

「お前なら必ず立ち上がると信じていたぞ。杏」

 

「若葉さん……」

 

「頼りにしている。今日はまだ、我々は戦えないかもしれないがな」

 

「はいっ!」

 

 誰も彼もが、まだ球子の死の悲しみから抜け出せてはいない。

 だが、頑張っていた。

 頑張っているのだ、皆。

 悲しみの中、頑張って強く在ろうとしている。

 

 若葉が竜胆に向き合い、話しかける。

 

「お前に集められるとは、正直思ってもみなかった」

 

「酷い頼みをしようと思ってさ」

 

「酷い頼み?」

 

「俺はこれから全力で戦う。

 皆に危険な変身はさせない。

 死ぬ気で戦って、誰も変身させずに勝ってみせる。

 でももし、俺一人の力で絶対に勝てない、俺が絶対死ぬ、なんて状況になったら……」

 

 頭を下げる竜胆。それは、言うなれば。

 

「一緒に戦ってほしい。俺が命を懸ける戦いに、皆も一緒に命を懸けてくれ。負けたくないんだ」

 

 皆と共に生き、皆と共に戦い、皆で死のうという願い。

 叶うなら全員で生き残ろうという祈り。

 仲間を頼る、命懸けの信頼だった。

 誰より先に、千景が応える。

 

「いいわ」

 

「ちーちゃん……」

 

「死にたくは、ないけれど」

 

 ケンは竜胆の頭を撫でて応えた。

 

「……ボクガナニカイウマエニ、タチナオッチャウンダモンナア、キミハ。

 サビシイシ、ホコラシイシ、ナニヨリ、ホメテヤリタイ。カッコイイヨ」

 

「ケンほどじゃないよ」

 

「ハハハ、コヤツメ!」

 

 くしゃくしゃくしゃ、と竜胆の髪をケンがかき回す。

 

「デキノイイ、デモメガハナセナイ、ジマンノムスコガヒトリ、フエタキブンダ」

 

「心配かけるところは大変申し訳なく思っております」

 

「イインダ、ブジデサエイレバ、オトナニシンパイサセルノハ、コドモノトッケンサ」

 

 ケンに髪をくしゃくしゃにされている竜胆と、千景の目が合った。

 千景が目を逸らす。

 

「……私は、心配してなかったから。竜胆君なら、大丈夫だと思ってたから」

 

「ちーちゃんは可愛いな」

 

「!?」

 

「おめー俺を心配して看病してたこと分かってんだからな。優しい分身ハムスターめ」

 

 そして若葉は、刀に手を添えて応えた。

 強く頷き、竜胆の頼みに無言の応を返す。

 

「三日、三日か」

 

 そして、日付を辿って思い出す。竜胆とこの三日、会っていなかったことを。

 

「男子三日会わざれば刮目して見よ、だな」

 

 状況は何も好転してはいない。

 敵はそのまま。

 戦える味方の数もそのまま。

 こちらはティガ単騎で、敵はおそらく戦力を補充している。

 だが、今の竜胆を見ている若葉は、まるで負ける気がしなかった。

 

「お前は本当に、信頼するに足る男だ」

 

「じゃあ若ちゃんは、信頼するに足る女だろ」

 

 一緒に特訓もしていないというのに。

 何故この二人は、何事もなく互いに影響を与え合い、互いを強くし合っているのか。

 互いにトラウマの原因になっているはずなのに、こうして相対し、話し、互いに影響を与え合うだけで、それを乗り越える下準備を重ねていっているのか。

 

「さあ、時間だ」

 

 世界の時間が止まる。樹海化が始まる。

 世界の端から敵が現れ、心も体も傷だらけの人間達が立ち向かう。

 

 悲しみはある。心が潰れそうな悲しみはまだ残っている。絶望も、罪も、それを助長する。

 

 だがそれが、全てじゃない。

 

「『ティガ』ァァァァァッ!!」

 

 滅びてたまるか。

 

 滅びなんか受け入れてたまるものか。

 

 人は、絶望の中でも、そう叫ぶことができるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 闇の巨人が降臨し、樹海の中で機敏に構える。

 敵はキリエロイドII、ゼルガノイド。

 相も変わらず、亜型十二星座合体状態。

 更にはEXゴモラ5、ザンボラー5、星屑が100。

 この前の戦いでティガダークとEXゴモラが互角だったことを考えれば、どうしようもない戦力差と言えるだろう。

 

『……ふぅ』

 

 だが、御守竜胆は、ティガダークは、一人じゃない。一人だけど、一人じゃない。

 

『……行くぞっ!』

 

 ゼルガノイドが開幕一発、ソルジェント光線を撃ってきた。

 ウルトラマンの最強光線の強化版だ。

 まともに食らってられないので、ティガは横に跳ぶ。

 前に出て来ているゴモラを上手く使って、ゼルガノイドの射線を敵で塞ぐ作戦だ。

 だが光線が、ティガの肩をかすってしまう。

 

(っ、流石に、こんだけ皆に希望を貰ったら、憎悪の純度も下がるか……!)

 

 前回の戦いでの半暴走状態のティガダークと比べると、速度が格段に下がってしまっていた。

 かすっただけで肩は焼けた。

 おそらく身体強度にいたっては、笑えないレベルで低下している。

 心の光は、彼の弱体要素だ。

 

 ザンボラー五体が、ティガの逃げ道を塞ぐように、面制圧気味に熱線を発射した。

 竜胆は踏み込む。

 暴走による無謀な踏み込みではない、勇気の一歩。

 それが、ザンボラーの熱線の僅かな隙間を、くぐり抜けさせる。

 

『よっ、と!』

 

 飛び込んできた飛行形態のキリエロイドの肘打ちを、ティガは空手の受けで綺麗に流す。

 敵の攻撃が重い。

 だが受けきれないほどでもない。

 闇の強化と光の弱体は、程度とバランスが曖昧で、竜胆自身にも把握するのは困難だ。

 

『せえええああああっ!!』

 

 そのまま、受けたキリエロイドの腕を掴んで一本背負い。

 キリエロイドを地面に転がし、振り向きざまに弱威力の八つ裂き光輪を連射する。

 ゼルガノイドは足を止めて受け止め、ザンボラーは体に傷が付かない程度のダメージに悶絶し、ゴモラは強固な皮膚で弾き、それを無視して突進した。

 狙い通りに、EXゴモラが突出する。

 

『うおおおおおおッ!!』

 

 胸の奥で膨らむ、大きな闇と大きな光。

 これまでの人生が積み重ねてきた闇があった。

 皆がくれた光があった。

 死んでしまった友への想いがあった。

 強靭な精神力で、竜胆はそれら全てを制御する。

 

『まだ……まだ……生きてほしかった……幸せになってほしかった……!』

 

 思念波が漏れていく。

 

 EXゴモラの上を飛び越え、スピードを活かして背後から蹴り込むティガ。

 その体を、ゴモラ達の尾が突き抉る。

 

『いや、違う、それだけじゃない。

 もっと君のことが知りたかった。

 もっと君と仲良くなりたかった。

 平和な世界で、君とちゃんと友達になりたかったっ……!』

 

 飛び上がるティガに、キリエロイド飛行形態の踵落としが刺さる。

 ゼルガノイドの無限のエネルギーが生む光の刃の連射が、ティガの体を切り裂いた。

 痛みが、勇者御記の一文を思い返させる。

 

―――杏も、先輩も、仲間も、タマの大事な友達だ!

 

 そう、もう、友達だ。

 ちゃんとした友達だ。

 球子が残した言葉が、竜胆の言葉への返答となってくれる。

 

『ボブ、見てろよ。……タマちゃん、見ててくれよ!』

 

 ザンボラーの熱線を、ティガ・ホールド光波で受け止め、ゴモラに跳ね返す。

 EXゴモラの一体が、十万度の熱に焼かれて絶命した。

 しかし隙だらけのその背中を、剛力形態となったキリエロイドの腕刃が切り裂く。

 痛みに耐えて、ティガは一撃離脱で既に離れたキリエロイドへの反撃を諦め、ゼルガノイドに殴りかかった。

 

『タマちゃんが命がけで守ったものを、俺が守る!』

 

 ドスン、とティガの全力の拳がゼルガノイドに突き刺さる。

 だが効かない。

 

『残るんだ、守れば。

 残すんだ、守って!』

 

 続けて八つ裂き光輪を至近距離から叩き込むが、バリアに容易く弾かれる。

 ゼルガノイドが反撃で叩き込んだ右ストレートがティガをふっ飛ばし、ふっ飛ばされたティガを空中でゴモラの尾が強烈な一撃で打ち上げ、空中でキリエロイドが強烈な体当たりをかます。

 墜落していったティガに、ザンボラー達の熱線が直撃した。

 

『ぐあああッ……!

 タマちゃんが残したものが、この世界に残っていれば!

 タマちゃんが生きてたことは無駄じゃなかった!

 土井珠子が生まれてきたことは、無駄じゃなかった!

 あの子が生きてたことの価値は、確かにそこにあるんだ!』

 

 だが、ティガは立ち上がる。

 最後の熱線は跳ね返せなかったものの、それだけはホールド光波で受け止めていたのだ。

 球子との特訓で身に着けた技を、球子との特訓を思い出しながら使い、球子との絆で決定的な終わりを回避する。

 

『タマちゃんを! 滅びた種族の中の、無駄に抗って死んだ内の一人になんてしない!』

 

 放たれる、ゼルガノイドの必殺・ソルジェント光線。

 それを、ティガはホールド光波で受け止める。

 攻撃側が無限のエネルギーである以上、防御側が跳ね返すところまで行けるわけもなく、愚策としか言いようのない防御であった。

 

『大切な人を守り、世界を守り、格好良く死んでいった、最高の勇者にしてみせる!』

 

 竜胆は、歯を食いしばった。

 

『それが……それが、何にもならないことなんて分かってる! タマちゃんは死んだんだ!』

 

 心と身体の痛みに耐えて、踏ん張り、ホールド光波で光線を受け止めながら前に進む。

 

『生きたかったんだ、タマちゃんは!

 最高の幸せは、彼女を守る以外に無かったんだ!

 死後に祀ったってしょうがない……本当は、守り抜かなくちゃいけなかったんだ!』

 

 一歩、一歩、心の痛みと光線の圧力に耐えながら、前に進む。進み続ける。

 

『だけど……生きてる人間が、死者にしてあげられることなんて、それしかないから!』

 

 そして、光線を打ち続けるゼルガノイドの至近距離まで近付き……ホールドされたエネルギーが一気に、大爆発を起こした。

 至近距離の爆発はティガを巻き込みふっ飛ばし、されどゼルガノイドはバリアで無傷。

 

『その死を無駄にしないこと以外に、できることなんて、ないから!』

 

 敵は強大。

 信じられないほどに強い。

 だが、ティガは負けない。挫けない。諦めない。

 その胸には輝くカラータイマーと、彼女に貰った輝く勇気。

 

 勇者とは強き者のことではなく、強き者に立ち向かう勇気を持つ者のことを言う。

 

『俺は、これから! 土居球子のために戦う!』

 

 投げつけられる八つ裂き光輪。

 キリエロイドの手に光が集まり、炎として放たれる。

 炎は八つ裂き光輪を粉砕しながら直進し、ティガは必死に横へ飛んでかわした。

 かわした直後のティガの体を、ゴモラの伸縮自在の尾が鞭のように強烈に打ち据える。

 根性と気合いで、ティガはそれを受け止めた。

 

『あの子が大切に思ったもののために戦い、あの子が守りたかったもののために戦う!』

 

 敵の数、質、共に絶望だ。

 

 だが、それがどうしたというのか。

 

『そのためにお前達を―――倒すッ!』

 

 そんなもので竜胆の心を折れると思うなら、やってみればいい。

 できるわけがない。

 その心は、既に無敵だ。

 尾を受け止めて掴んだティガが、ゴモラの巨体をぶん回し、ザンボラーを薙ぎ倒す。

 

 ゴモラを投げ飛ばしたところで、キリエロイドの放った圧縮炎弾がティガの肩に直撃した。

 

『ぐうっ……お前達が人に絶望をもたらすのなら!

 俺が、お前達に絶望をもたらそう!

 お前達の勝利条件が、人の全てを皆殺しにすることなら!

 俺が、お前達の勝利条件の全てを潰してやる!』

 

 諦めない。諦めるものか。

 負けない。負けられるものか。

 一人で戦っているわけでもなく、一人だけの未来を懸けているわけでもないのだから。

 

『"人間の希望ある未来"という結末が、お前達の絶望なら! "俺達"がそれをもたらそう!』

 

 剛力形態のキリエロイドが殴りかかる。

 ティガダークが、真正面から受けて立つ。

 

『"俺達"の無敵の力を思い知って、存分にタマげろ!』

 

 ティガの右拳と、キリエロイドの左拳が互いの頬に突き刺さり―――奇跡のように、ティガが打ち勝った。

 

「やったっ!」

 

 それを見ていた千景が、思わずらしくない声色を出していた。

 

 そして。

 

 ティガの一撃が、キリエロイドの融合状態に一種の揺らぎを発生させ、それが起こりえない事態を引き起こしていた。

 

 

 

 

 

 キリエロイドの体表に、ピスケスが浮かび上がる。

 そしてピスケスが飲み込んでいたものが、同様にキリエロイドの体表に表出していた。

 それは闇。

 それは炎。

 ピスケスが飲み込んだものが、バーテックスの体内で闇そのものへと変質し、キリエロイドの身体の表面に現れている。

 

「なに、あれ……!?」

 

「タマっち先輩……?」

 

「え?」

 

 千景が困惑し、杏がその本質を言い当てる。

 そう、それは、球子とその力の成れの果て。

 精霊の多用で蓄積された穢れにより、球子の中の負の感情を触媒として、神樹の力ごと闇へと反転してしまった闇の塊。

 ピスケスですら消化不良を起こした、闇の属性の神の力であった。

 

「これは―――なんだ? 私達は……何を、見ている?」

 

 若葉の困惑をよそに、竜胆は納得していた。

 

 球子に負の感情が無かったわけがない。

 死の瞬間の苦しみ、悲嘆、絶望。

 そういったものがなかったわけがない。

 この闇は、それを育てたものだ。

 竜胆は球子に好意を持ちつつも、神格化はしていなかったがために、その事実を受け入れることができた。

 

「タマちゃんにも、心の闇とかあったんだな。そりゃそうだけどさ」

 

 両腕を広げ、ティガの闇が、その闇を誘引する。

 

「来い」

 

 球子の闇が、引き寄せられるように、ティガの胸へ飛び込んでいく。

 

「光でも、闇でも。君の全てを、俺は受け入れる」

 

 膨大な闇が流れ込む。

 竜胆の正気が、球子の闇に侵食されていく。

 二人分の心の闇。

 自殺行為のような闇の受け入れ。

 自分の闇と、球子の闇を、まとめて少年は受け入れて、その両方に向き合っていく。

 

「く……うっ……ああああああああっ!!」

 

 そして、竜胆の芯にある力が。

 

 闇の力を、光に変えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しょうがないなあ、もう」

 

「どんなに厳しい戦いがあっても、一緒に居てやるよ。タマが居ないと駄目だもんな、先輩は」

 

「タマに任せタマえ!」

 

 

 

 

 

 声が聞こえた、ような気がした。

 

 君に貰ったものは今もここにあるよ、と竜胆は声を出した。

 

 杏を守ってやってくれ、と頼まれたような気がした。

 

 約束する、と竜胆は声を出した。

 

 タマとの約束破るんじゃないぞ、と言われた気がした。

 

 守るよ、と竜胆は言い、涙を一滴(ひとしずく)、流した。

 

 

 

 

 

 姫百合の別名は『光草(ヒカリグサ)』。

 

 姫百合とは、光の花。光の名を持つ可憐なる花。

 

 球子こそが、彼にとっての光だった。

 

 光をくれる、一輪の花だった。

 

 

 

 

 

 闇は幾度となく竜胆を変えた。

 醜悪に変えた。

 敵を殺すために変えた。

 肉体の内部を、人外のそれへと変えていった。

 加速度的に竜胆は人でないものへと変わっていき、それを助長したのが闇だった。

 

 ―――闇がティガを異形に変えるなら、光もまた、ティガを別の姿に変えるはず。

 

 異形とは正反対の方向に、その巨人を変えるはず。

 

 

 

 

 

『これが、俺達の―――光だッ!!』

 

 

 

 

 

 炎の竜巻が突如現れ、ティガを包み込む。

 螺旋を描く炎の中で、黒銀のティガへと鮮やかな真紅が刻まれていく。

 闇を表す全身の黒に、刻まれる真紅は『光の赤』。

 強烈な憎悪の黒色を、光り輝く赤色が制御・拘束しているかのようだ。

 

 炎の竜巻は、球子の旋刃盤が巻き起こす炎の竜巻(トルネード)と規模以外は全く同じで。

 ティガの全身に刻まれた赤色は、千景の勇者衣装と同色。

 球子の炎と、千景の赤。

 

 あの時、千景を救った時に光に変えた闇はどこへ行ったのか?

 千景の内の膨大な闇は光に変えられた後、誰の中に残っていたのか?

 それが、この答えだった。

 

「ティガガ……カワッタ!」

 

「え? え? 私の、彼岸花の赤色?」

 

 黒い体の表面を走る、赤色の光が美しい、そんな赤と黒と銀の巨人。

 

 闇を抱いて光となる、赤と黒にして暴力の化身。

 

「闇に浮かぶ―――光の巨人……」

 

 その赤き光は樹海を照らし、勇者達の中に救う精霊の闇を、欠片も残さず消し去っていった。

 

光の巨人(ウルトラマン)……?」

 

「いや、違う。ウルトラマンじゃない。光の巨人じゃない。だが、これは……」

 

「……『ティガダーク』、じゃない」

 

 ティガの周囲で吹き荒ぶ炎の竜巻が、その答えを指し示す。

 

炎の竜巻(トルネード)……『ティガトルネード』……?」

 

 赤きティガダーク、『ティガトルネード』。

 キリエロイド同様、剛力形態を発現させた、光にして闇の巨人。

 ティガが獲得した、新たなる形態であった。

 

 ザンボラー達が、一斉に熱線を照射する。

 

『ぬるいぞ』

 

 だがそれを、ティガトルネードは全身よりも大きな炎の円を出し、それを受け止めた。

 

「八つ裂き光輪を盾にした……!?」

 

「違うわ……あれはもう、八つ裂き光輪じゃない。輪じゃないわ」

 

「ブラボー……」

 

 光輪ではない。輪ではない。何故なら、それは円であり、"盤"だから。

 

 絆で進化した八つ裂き光輪。

 

 杏が口元を抑え、今にも泣きそうな顔で、その技の正体を言い当てる。

 

「タマっち先輩の……旋刃盤っ……!」

 

 ティガトルネードが、盾にしていた"炎の旋刃盤"をぶん投げる。

 ザンボラーの内三体を、巨大な旋刃盤が両断した。

 燃えにくくなった樹海にザンボラーの血が落ちようと燃えることはなく、両断された三体のザンボラーは絶命する。

 

 ゼルガノイドの必殺光線、ゴモラの尾の一本がそこに飛んで来る。

 ティガは右手で炎の旋刃盤を展開、光線を受け止める。

 そして左手にも旋刃盤を出し、ゴモラの尾を両断した。

 絶叫するゴモラに接近し、旋刃盤を消した左腕を振り上げるティガ。

 

『そぅらぁ!』

 

 左腕による一撃が、いとも容易く、EXゴモラを殴り倒した。

 パワーであればティガダークを上回っていたゴモラが、完全に力負けしている。

 赤の形態は力の形態。

 パワーを高めた剛力の形態。

 別の呼び方をするのであれば―――()()()()()()()()である。

 

 殴り倒したゴモラが立ち上がり、怒りのままにティガへと襲いかかる。

 そのゴモラに、ティガがパンチ、キックと、空手流の綺麗な連携を叩き込み。

 その拳と蹴りにて、"電撃"が弾けた。

 

『うしっ!』

 

 雷撃パンチ、雷撃キック。

 

 『ティガ』の剛力形態には、パンチとキックに雷撃が備わる特性がある。

 更に、千景に加護を与えた神、阿遅鉏高日子根神は『雷神』。

 ティガトルネードの格闘には、常に千景の加護がある。

 

 雷撃で痺れたゴモラに背を向け、ティガは光線を連発してくるゼルガノイド、この中でも厄介なキリエロイドに狙いを定める。

 

『タマちゃんを殺したこと……この強さで! この絆で! 後悔させてやる!』

 

 そして、全身を燃やしたティガが、猛烈な勢いで体当たり。

 剛力形態で防御したキリエロイドと、バリアを張ったゼルガノイドを、防御の上から弾き飛ばした。

 

 この技の名は、"ティガバーニングダッシュ"。

 

 『ティガ』の剛力形態には、高速突撃技に、全身へ炎の属性が備わる特性がある。

 本来は目に見えて炎を纏わない技なのだが、これは輪入道の特性だろう。

 "全身に炎を纏って突撃する"という意味では、今このティガこそが、輪入道の本質に近い。

 

『俺達は……負けない! 俺一人なら負けるとしても! "俺達"は、負けない!』

 

 日本には古来より、『火雷神』の神話がある。

 炎をもたらす雷の神であり、人と結ばれた"神婚の神"の神話だ。

 この逸話において、火雷神は赤い矢に変化し、人間の女性と結ばれている。

 そう。

 日本神話の世界において"火と雷の神"には、『赤色』があてがわれてきたのだ。

 今のこの、ティガのように。

 

 ちなみに、三ノ輪の祖たる名である三輪の神も、赤色の矢に変化し女性と結ばれたとされていたりする。

 

『くっ……!』

 

 ティガダークの部分が暴走しようとする。

 ティガトルネードの赤色部分、千景と球子の光が、黒き闇を抑えつける。

 "竜胆が制御していないのに"、闇の暴走が収まった。

 竜胆が何よりも苦心する闇の制御を、千景と球子の光が補助してくれている。

 想いが、ティガを支えてくれた。

 

「タマっち先輩……御守さん……」

 

 仲間が誰も共に戦えないはずだったのに、"一人で戦っていない"ティガを見て、杏が勝利を祈り目を閉じる。

 

 ティガトルネードの赤は、彼岸花の赤。

 花言葉は『悲しい想い出』、『また逢う日を楽しみに』、『再会』、『独立』。

 そして、『情熱』。

 

 情熱の赤がその身に宿った。

 悲しい想い出の先には、土居球子の想いとの再会があった。

 再会の後には、球子へ別れを告げる独立があった。

 また会うには、きっと、生まれ変わった後を待つ必要があるけれど。

 世界が終わらなければ、人類が滅びなければ、彼らにその日はきっと来る。

 

『俺達は死んでも一緒だ!

 殺されようが離れない!

 殺したくらいで引き剥がせると思うなよ!

 生まれ変わっても、また出会えたらいいなって言えるくらいには、友達だったんだ!』

 

 土居球子を"殺してしまった"ことで、バーテックスは、竜胆と球子の絆の力を奪う機会を、永遠に失った。

 支える少女を、支えられる少年を、もう邪悪が引き離すことなどできやしない。

 

『見せてやる、俺達の勇気を! ……俺が貰った、勇気を!』

 

 黒い闇が引き立てる、真紅の輝きの上に、炎の光が絢爛に煌めいていた。

 

 

 




BGM:遠き呼び声の彼方へ→BGM:蘇る巨人→BGM:光を継ぐもの
ってなるやつ。ちなみにティガ・ホールド光波ってティガパワータイプの技だったりします

▲インヘリタンス
 『継承』を意味する単語。
 オブジェクト指向プログラミングにおいて、クラス間でデータの共有を行う機構。
 新しく定義するクラスを既存のクラスの下位クラスとして記述し、上位クラスより属性やメソッドを引き継ぐ仕組みのこと。


●ティガトルネード
 『ティガダーク』が『ウルトラマンティガ』に向かう過程の一つ。
 ティガが持つ、闇を光に変えて取り込む力の一端。
 体色はティガダークの黒銀二色からうって変わって、鮮やかな真紅が加わり、黒銀赤の三色になっている。
 児童誌などでは"闇の巨人が放った炎の力を光に変えて吸収し、剛力を身に着けた姿"と記述される。この作品においても、炎が彼をここに至らせた。
 ティガダークに剛力と耐久力を後付けした真紅のパワータイプ。

 原作のティガダークは光の心が闇の力と相反するため、ティガダークは最弱の状態であり、ティガダークからティガトルネードへのタイプチェンジは、速度も力も上昇する設定になっている。
 ただし当作のティガダークは、竜胆の闇の心によって常に強力な状態にある。
 よってティガトルネードで珠子の光が加わった分、その剛力と耐久力は強化されているものの、光によって闇が抑え込まれ、速度や器用さが低下してしまっている。
 暴走する黒色と、それを抑える真紅の光。
 竜胆がまた暴走しかけた時、この光は想いの拘束具となるだろう。


●補足:正式設定とボツ設定のウルトラマンティガ
 『ウルトラマンティガ』は三つのタイプに変身するウルトラマンである。
 ティガは初期設定において、ピラミッドに収められていた五つの巨人の石像の内、破壊された二つの仲間の石像の力を受け継ぎ、タイプチェンジ能力を得たという設定だったが、没になった。
 その後劇場版にて、かつて仲間であった三体の闇の巨人を裏切って光の陣営につき、かつての仲間と戦い、かつての仲間から力を奪い取り、タイプチェンジ能力を得たという設定になった。
 一部書籍では、ティガ原作第一話で破壊された二体の巨人像から受け継いだ力でタイプチェンジしていた、などと書かれることもある。
 共通点はただ一つ。
 闇と光の違いはあれど、ティガは『かつての仲間の力を使ってタイプチェンジを行う』。
 すなわち、"仲間の力を継承するウルトラマン"こそがティガである。
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