夏空の下、ウルトラマンは、友をいじめた子供達を虐殺した   作:ルシエド

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再始 -リスタート-

 西暦2015年7月30日。

 その日、世界は終わった。

 世界中で発生した天変地異。

 そして、白色の怪物『星屑』。

 人々は自分達人間の世界の全てが壊れてしまったことを、認識した。

 神々の怒りを買ったことなど露知らず、人々は世界が地獄になったことを嘆いた。

 

 怪物の名はバーテックス。頂点を意味する名を持つ者。

 

 空には太陽を遮る闇。

 空に白色を彩る雲の如く、空を飛び交う白い星屑。

 大地には建物の残骸が立ち並び、川にも湖にも人の腐乱死体が満ちた。

 津波は海沿いの街を飲み込んで、迅雷が文化財を粉砕し、大火災が人の文明の痕跡を焼き尽くして、台風が人間の生きた痕跡を吹き飛ばしていった。

 地震が人の作り上げたものを粉砕し、地割れが全てを飲み込んでいく。

 そんな悪夢の世界を逃げ惑う人間達を、星屑が念入りに食い潰していった。

 

 時は流れる。

 

 悪夢の日から、三年が経った。

 現在・2018年12月。

 世界はいまだ人の手に取り戻されてはいない。

 三年前の終焉の日、一人の巨人と五人の勇者が覚醒した。

 そして今日までの三年間で、新たに五人の巨人が人を守るために参戦してくれていた。

 巨人はそれぞれ別の場所から来たらしいが、総じてその名を『ウルトラマン』といった。

 

 だが、善戦には程遠い。

 既に六大陸が陥落し、日本以外の土地に住んでいた人間は一人残らず皆殺しにされた。

 2018年初頭には五人の巨人が日本で力を合わせて戦ってくれるようになったが、それでも日本の土地の八割以上が陥落してしまっていた。

 

 地の神々は各地で人間を守ってくれていたが、天の神の猛攻にあえなく敗北し、各地の喪失に従って四国へと集まり始める。

 そうして集まった地の神々は、四国の地にて『樹』となった。

 人はそれを、『神樹』と呼ぶ。

 日本の土地のほとんどが失われ、ほとんどの土地から神々が集まってきたことで、四国は八百万の神々が守る聖域と化した。

 人類に最後に残る土地はここだろう、という確信が生まれ始めるほどに。

 

 そんな中、四国を……人間に最後に残された大きな土地を統率していたのは、政府からバーテックス対策を全て委任された『大社(たいしゃ)』なる組織であった。

 大社は四国内部の統制を確立し、情報操作等を行える地盤を確立させる。

 そして日本各地から神々が集まったことで『神樹』として成立した神の力で、"勇者システム"なる力と、それを唯一扱える少女である『勇者』を成立させる。

 地の神々の力を宿した勇者という少女達は、天の神の使徒にも届く力を保有していた。

 

 千景もまた、神に選ばれた五人の勇者の一人であった。

 その刃は既に、恐るべき暴虐を見せた闇の巨人を一度瀕死にまで追い込んでいる。

 ウルトラマンの力、神の力を研究して得た技術をフィードバックすることで、勇者の持つ力は徐々に強化・拡張され、あの日竜胆の喉を裂いた力も、日々進化を果たしている。

 

 ゆえに、大社が打ち立てた四国防衛構想はシンプルだった。

 『ウルトラマン』という体がデカく強力な戦力と、『勇者』という小回りの利く人間サイズの戦力の併用。

 現代戦風に言えば、ウルトラマンを戦車、勇者を随伴兵に見立てた形だ。

 現代の戦闘において戦車という強力な兵器に兵士を随伴させるのは基本である。

 

 ましてや、星屑のサイズは2mと少しといったところ。

 狭いところに入られたら巨人は攻撃し難いし、ウルトラマンはその巨体のせいで広い死角が生まれやすい。

 文字通りに()()()()()存在するバーテックスは、複数人で死角をカバーし合わなければ防衛も自衛も殲滅もできない。

 勇者とウルトラマンを併用する国防構想の提唱は、至極当然の成り行きだった。

 

 その大社が、一つの決断を下した。

 あまりの危険性に多くの者が反対したが、その上で苦渋の決断を下した。

 大社も本来はしたくなかった選択……だが、そうせざるを得ない理由があった。

 何故ならば。

 ウルトラマン五人と勇者五人を投入し、既にウルトラマン二人が生死不明、ウルトラマン一人が重傷、勇者二人も軽傷という状況に追い込まれてしまっていたから。

 

 竜胆が暴走したあの日から三年と約四ヶ月。人類の最終防衛ラインは、既に半壊していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 勇者は五人。

 その内の一人、乃木(のぎ)若葉(わかば)が勇者達と幼馴染の上里(うえさと)ひなたを連れ、大社の機密中の機密である地下室へと歩を進めていた。

 底が見えないほど長い階段を、ロウソクをの灯りを頼りに降り始める。

 

「全員、気をつけろ」

 

「はい、若葉ちゃん」

 

 乃木若葉は勇者である。

 彼女は勇者のリーダーだ。

 勤勉で、真面目で、鋼の意志を持ち、天の神によるバーテックス襲来の前から居合の技を収めていた武人の女子中学生。

 その強さは勇者の中でも頭一つ抜けているが、メンタリティの強さも相当なものだ。

 バーテックスの襲来時、人々を虐殺する化物に棒っ切れ一つで切りかかったという当時小学五年生の若葉の勇姿と、それで倒せなかったバーテックスを神の刀で斬り殺したという逸話は、大社でも時々語り草になるほどである。

 

 その強さと皆を引っ張っていくリーダーシップにて、彼女は四人の勇者を率いるのみならず、ウルトラマン達にも自分達のリーダー格の一人であると見られていた。

 ウルトラマン達にもリーダー格はいるが、その者も若葉を認めている。

 そんな若葉を支えるのが、幼馴染のひなただった。

 

 ひなたは巫女である。

 彼女は神の声を聞く能力を持つ、神の力の行使者である勇者とは別枠の異能者だ。

 若葉が現在の勇者の中で最強の一人に数えられているのと対称的に、ひなたもまた巫女としての最高適正値を持つ。

 彼女は幼馴染の若葉を常に支えている。

 そんなひなたを、若葉も信頼し、他四人の勇者も同様に信頼していた。

 

 勇者全員と、最高の巫女が揃って地下室へ向かう階段を降りていく。

 降りても降りても底が見えない。

 それは、彼女らが目指している地下室が、あまりにも深い場所にあることを意味していた。

 こんなにも深い地下室が必要とされるものとは、一体何なのか?

 

 階段は降りれば降りるほど深い闇を作り、若葉の手元にあるロウソクだけが唯一の光源となっていて、空恐ろしさすら感じてしまう。

 

「なんだここ」

 

 土居(どい)球子(たまこ)が、不安げに若葉に問いかける。

 球子は若葉やひなたと同じ中学二年生。

 だが小柄なひなたと比べても更に小さな球子は、小学生にしか見えなかった。

 球子の容姿が幼いというのもあるが、球子の服装や立ち振る舞いは少年らしく、それがよりいっそう彼女を幼そうに見せていた。

 そんな球子の問いかけに、若葉が横目に彼女を見る。

 

「若葉、この先には何があるんだ? それとも、何かがいるのか?」

 

「そうだ。だからこそ、神託を受けられるひなたと、勇者全員で来た。

 この先にあるのは狭い密閉空間だ。

 もし戦いになれば、ウルトラマン以上に勇者の方が有利になるよう作られている」

 

「! ただごとじゃないな、そりゃ。タマでも分かる」

 

「重ねて言うが、気を付けろ。この先に居るのは――」

 

 現在動ける勇者の全てがここに派遣されたということは、現在四国内部で戦える人間の5/7がここに派遣されたということである。

 その意味は重い。

 若葉は語る。この先に待つ大きな危険を。

 

「――ティガダークこと、御守竜胆。三年前、惨劇を起こした黒い巨人だ」

 

「「「 ―――! 」」」

 

 この先に『誰』が居るかを知っていた若葉とひなた、そして千景を除いた三人が、息を呑んだ。

 

「あ、あの、若葉さん」

 

 伊予島(いよじま)(あんず)が、おずおずと声を出す。

 この場で唯一の中学一年生であるためか、口調は丁寧で、物腰も丁寧だ。

 けれどそれ以上に引け腰気味な振る舞いや、『御守竜胆』の名を聞いたその瞬間から、勇者の誰よりも怯えている様子の方が目についた。

 

 伊予島杏は臆病だ。

 だがそれは、"どんな敵も恐れない勇者"達の中で、"対象の恐ろしさを正確に把握できる"という長所を持っているということもである。

 本をよく読み、勇者の中でも飛び抜けた知識量を持つ杏は、多くのことを知っている。

 ()()()御守竜胆の恐ろしさについても、よく知っていた。

 

「それは……巨人の力で虐殺をしたという、あの御守竜胆ですか?」

 

「そうだ、杏」

 

「私も、新聞や書籍で見たのでよく覚えています。

 後の戦局に悪い意味で大きな影響を及ぼした悪夢の巨人。

 最初はバーテックスの一種だと考えられていた巨人でしたよね。

 それが悪意で他人を殺していた人間と分かると、新聞やテレビが猛烈に非難を始めて……」

 

「ああ。バーテックスに次ぐ最大級の人類の敵だと認定された」

 

 あれから三年の年月が経った。

 一般人における御守竜胆への認識は、『悪魔』である。

 巨人の力に目覚め、バーテックス諸共何百人という人間を殺し、街を破壊した黒い悪魔。

 良心など全く無く、殺戮と破壊のみを好む……それが、世間一般の竜胆に対する評価である。

 

 若葉は警戒心を隠していないし、球子は嫌悪感を滲ませていて、杏は露骨に怯えている。

 そんな中、千景は沈痛な面持ちで俯きながら若葉達の後ろを歩いていた。

 

「……」

 

 ここが暗い階段で良かった。

 千景の表情を見ることなど、誰もできていなかったから。

 今の千景の顔を皆が見ていたなら、皆揃って仰天し心配していたに違いない。

 

 各々違う強い情動を抱く中、唯一フラットに近い反応を示していたのが高嶋(たかしま)友奈(ゆうな)。五人の勇者の中で最も優しく、最も社交的な少女であった。

 彼女はこの場に揃った六人の中で、おそらくは一番に、"他人が下した他者評価"に左右されることなく、"自分の目で見たもので他者評価を決める"能力に長けた人間だった。

 友奈がうーんと首を傾げる。

 

「私はちょっと本で読んだ内容でしか知らないかな、その人。

 その人を非難する文章とインタビューだけで本一冊作れるくらいの厚さになったんだよね。

 その本はたくさん売れた……とかニュースで見たような。

 でも、その人行方不明なんじゃなかったっけ?

 死亡説も根強くて、その人が死んでくれてホッとした、みたいなこと言ってる人が……」

 

「友奈。大社がそんな強大な力を持つ個人を放っておくわけがないだろう」

 

「あっ、そっか」

 

「誰よりも早く大社は動き、千景という勇者と御守という巨人を確保した。そうだな、千景」

 

「……ええ」

 

 友奈が納得し、事情の一部を聞いている若葉が話を振って、千景が暗い顔で頷いた。

 あの日。

 三年前の惨劇の後、千景は勇者として大社に回収され、竜胆も手当てこそされたが、回収されたその日には厳重に拘束されていた。

 千景は勇者として竜胆を弁護したが、焼け石に水程度にしか考慮されなかったという。

 

 そもそもの話、()()()()()()()()()()()()という事実だけを見るなら、竜胆は桁違いに危険な小学生でしかないのだ。

 巨大な力が癇癪を起こす小学生に備わっているようにしか見えない。

 少なくとも、大社や民衆はそう見ていた。

 

 闇の力に心を突き動かされていたこと等、神の視点であれば情状酌量の余地があることも多く知ることができていただろうが、人々はそんなものを知ることなどできない。

 

 ティガダークに潰された少女の肉塊を、三流ジャーナリストがすっぱ抜いた。

 竜胆の姿に戻るティガダークを、皆が見ていた。

 黒い巨人の虐殺を、皆が見ていた。

 だから、竜胆がこんな地下深くに幽閉されているのは当たり前のこと。

 

「なあ若葉、あんなタマげたことした危険人物を、なんで幽閉なんかで留めたんだ?」

 

「神樹からのお告げだそうだ。その者を殺すことも排除することもするな、と」

 

「はぁ!? なんだそりゃ!」

 

「さあな。神樹……神の考えていることなど、私には分からない」

 

 神の考えなど人に分かるものか。神の視点など人が持てるものか。

 若葉にもタマにも、"それ"は理解できる存在ではないのだ。

 神が寄り集まって成立した複合神性、神樹。

 それはこの数年人を守っていたがために、信用はされている。

 だが信頼はされていない。

 

 若葉、ひなた、球子、杏、友奈、そして千景。

 六人は暗い階段を歩いて降りていく。

 

「三年前、大社に捕縛された御守竜胆は、自ら変身に使う神器を差し出した。

 そして大社の要求と提案を全て受け入れ、何の抵抗もせず幽閉された。

 それから三年間ずっと、御守竜胆はこの地下深くに居る。

 ここでなら、何百mサイズの巨人に変身しようと地下に生き埋めになるからな」

 

「……意外だ。暴れなかったんだな。

 タマの中のイメージだと、そういうことするやつだと思ってたんだが」

 

「私もタマっち先輩と同意見です。

 そうなったら大暴れする人のイメージでした」

 

「うーん……駄目だ、分かんなくなってきた」

 

 若葉の語りに、タマはよく分からないといった顔をして、杏は拭いきれない恐怖心と警戒心を顕にしていて、友奈は考え過ぎで頭がショートしていた。

 対し、若葉は表情も雰囲気も揺らがせていない。

 

「御守竜胆の真意は私には分からない。

 いや、誰にも分かりはしない。

 大社も測りかねているというのが現状だ。

 少しでも読み間違えれば……その時点で、三年前の悲劇が繰り返されかねないからな」

 

「そりゃそうか」

 

 竜胆は嘘だってつけるのだ。

 竜胆と千景の証言だけで、御守竜胆の性格が分かるはずもない。

 仮に99%信用できると判断されても、その1%を誰もが無視できない。

 現在唯一残っている政府と言える大社も、その指示を受ける若葉も、竜胆の性格の善悪ではなく……彼の過去の所業から判明している危険度を基準に、竜胆への対応を決めていた。

 

 友奈はそれとは逆に、竜胆に直接会ったことのある人間が、竜胆という少年の性格をどう評価しているかを重視していた。

 

「ぐんちゃんは、その人のことよく知ってるの?」

 

 友奈の問いかけに、千景はドライに応える。

 

「私は……あの人のことを……過去形でしか語れない。だから、私に聞かないで」

 

 いや、違う。

 これはドライなのではない。

 罪悪感と後悔にまみれた拒絶。

 千景が今の自分の内心を誰にも見せたがらないがゆえの、決定的な拒絶だった。

 

「……そっか」

 

 光源がなくて物理的にも暗かった階段の、空気までもが暗くなる。

 空気だけは明るくしようと、率先してタマが声を上げた。

 

「ま、いざとなったらタマに任せタマえ! 皆守ってやるからな!」

 

「わー、タマっち先輩頼もしいー」

 

「……なんで棒読みなんだ! あんず!」

 

「だ、だって! 凄い危険人物なんだよその人! タマっち先輩には結構荷が重いよ!」

 

「あんずぅー! 心配してるのか煽ってるのかどっちなんだそれは!」

 

「まーまータマちゃんもアンちゃんも落ち着いて」

 

 球子と杏のじゃれ合いに友奈が割って入って、若葉がそれを微笑ましそうに見ている。

 だが若葉はすぐに表情を引き締め、暗い闇の底を見た。

 

「以前、大社が御守竜胆への処置を間違えたことがあったらしい」

 

「間違い……?」

 

「手続き上の不備だった、そうだ。

 御守竜胆は現在、特例を除いて誰も通常の面会ができない状況にある。

 そんな彼への食糧の提供と、身の回りの世話が途絶えてしまった。

 聞いた話になるが……一ヶ月は食糧も水も与えられなかったらしい」

 

「なんてことを……死んでしまうじゃない!」

 

 千景が食ってかかるが、既に過去のことだ。ましてや若葉に責任は無い。

 食ってかかった千景は、若葉が複雑な表情をしていることに気付いた。

 

「死ななかったんだ、千景」

 

「……え?」

 

「一ヶ月水も食糧も与えられていなかったのに、御守竜胆は死んでいなかった」

 

「それは……どういう……」

 

「御守竜胆は、()()()()()()()()()()()

 

「―――」

 

 あの日、竜胆が得たものは何だったのだろう。

 あの日、竜胆が失ったものは何だったのだろう。

 彼は今でも、人間だと言えるのだろうか。

 

「それから三年弱の時間が経った。

 衰弱を期待する大社の人間の指示で、竜胆は三年間水も食糧も与えられていない。

 だが三年近く経っても弱る気配すらなく、彼はこの光さえ届かない闇の中で生きている」

 

「……!」

 

 乃木若葉は真っ直ぐな人間だ。

 真面目で、堅物で、実直ながらもとても優しい。

 大社の意図も分かってはいる、分かってはいるのだが、それでも竜胆に対する『非人道的』な対応に苛立ちを覚えてしまう。

 そして、同時に。

 竜胆の『非人間的』な対応に、形容し難い恐れのようなものも感じていた。

 大社は非人道的で、竜胆は非人間的だった。

 勇者も各々が難しそうな顔をしている。

 

「もはや通常の人類と同じ生命体なのかも分からない人間。

 自らの心の闇に支配され、その感情に心を蝕まれてしまった巨人。

 我らが仲間である五人のウルトラマンのような光の巨人ではない……『闇の巨人』」

 

「……闇の、巨人」

 

「本当はこのまま寿命を迎えるまでここに永久封印される予定だった、そんな男だ」

 

 勇者達は階段を降りていく。

 若葉の隣を歩いているひなたが、唯一直接的戦闘力を持っていないというのに、全く怯えや不安を顔に出していないのが印象的だった。

 

「なあ、タマの気のせいだったらいいんだが、なんか明るくなってないか?」

 

「え? ……あ、ホントだ。なんでだろう? ロウソク以外の光源は増えてないよね?」

 

 球子が疑問を口にして、友奈がそれに同意する。

 光源が増えていないのに、階段を降り始めた頃と比べて明確に周囲が明るくなっていた。

 今では、目に見える範囲のほとんどを若葉の持つロウソクが照らせている、そんな明度。

 ひなたはその疑問に応じられる答えを持ち合わせていた。

 

「闇が減っているからです」

 

「闇が……減っている?」

 

「彼は光を喰いません。

 ですが闇は喰います。

 必然的にこの階段は、地下室に近付けば近付くほどに"闇の密度"が下がっていきます」

 

 ここには、概念的に――かつ物理的に――闇が無いのだ。

 闇が無いから光がより強く輝く。

 小さな光も減衰せず、より強く輝く空間になっている。

 人間が普通に生きている限りではまず目にすることがない、異常な現象。

 

「光が届かない地の底。

 されど闇さえ存在を許されない虚無の底。

 ここは僅かな光ですらも強く存在感を示すことができる、異常な空間なんです」

 

 ひなたの説明が、友奈以外の皆の心に危機感を浮かび上がらせる。

 友奈だけが、ひなたの深刻な説明に、彼女らしい独特の解釈を見せていた。

 

「ここは闇が居られない場所……いや、光がもっと輝ける場所なのかな」

 

「友奈は面白い解釈をするな。私はその説を支持しないが」

 

「私は高嶋さんの説を支持するわ」

 

「……千景」

 

「ここで何を思うのかは私の勝手でしょう、乃木さん」

 

 友奈のその独特の解釈に対し、若葉と千景は対照的な反応を見せる。

 二人の仲は仲間として許容範囲な程度には悪い。

 互いに対する確かな信頼と好感もあるが、妙に反発してしまう部分があるのだ。

 若葉の方は歩み寄ろうとしているが、千景の方が反発してしまう。

 

 御守竜胆に関する友奈の意見一つ取っても、二人の間には意見の相違があった。

 

「あ、扉……」

 

 そうして、進む彼女らの眼前に扉が現れて、杏が声を漏らす。

 ここが彼女らの目指していた目的地。

 

「端末を持っておくか、ポケットの中に入れて常に手で触れておけ。

 いつでも変身できるように。

 かつ、向こうが何かを行動に移すまでは、変身して警戒させることなどないように」

 

 勇者はスマートフォンを変身端末としていて、触れれば一瞬で戦闘装束へと変身が可能である。

 

 それを、わざわざ若葉が皆に念入りに指示するということは。

 『有事』には一秒を争う戦闘になると、そう想定しているということを、意味していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 闇の底の更に底、闇すら無い深奥の地下室に皆が足を踏み入れる。

 そこに足を踏み入れるまで、勇者達は若葉の警告を額面通り受け取っていた。

 御守竜胆はそれだけ警戒する必要のある危険人物だと認識していた。

 だから誰もが、素直に全力で警戒をしていた。

 

「なっ」

 

 だが地下室に足を踏み入れた瞬間、誰もがこう思った。

 

 "そんなに警戒する必要があるのか"、と。

 

 千景は口元を抑え、ふらりとよろめいた。

 

「な……何よ、これ……」

 

 竜胆は椅子に縛り付けられていた。

 全身を革と金属で出来た特製の全身スーツで拘束されており、その上から金属の拘束・革の拘束・セラミックの拘束・石質の拘束・ゴムの拘束・樹脂の拘束etcでガチガチに固められている。

 あらゆる材質の拘束で固めるのみならず、硬い拘束と柔軟性のある拘束に、圧力に強い拘束や伸長に強い拘束などを複合させている。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()、という強烈な意志が感じられた。

 

 ここまで拘束されていては、おそらく一番動かせる体の部分でもせいぜいミリメートル単位でしか動かせないだろう。

 間違いなく1cmは動かせない。

 それでいて血流などを阻害しないように細かな技術が使われており、永遠にこの少年を椅子に縛り付けておこうとする意志も垣間見えた。

 

 首から上など、特に悲惨だ。

 口以外の全ての箇所が覆われていて、首も全く動かせないように固定されている。

 口だけ開放されているのは、竜胆がそこから闇を喰うからだろう。

 闇を食って生きている竜胆は、もう年単位で水も食糧も口にしていないがために、排泄の必要もない。

 だから今のこの形の拘束に変えられた。

 そしてそれゆえに、今のこの形の拘束で椅子に固定されたままずっと、この光のない地下室に延々と放置されてきた。

 

 目と鼻を覆う特殊マスクは、彼の視覚と嗅覚に何も感じさせない。

 特殊素材と特殊構造で作られたイヤーカバーは、耳栓以上に音を遮断し、彼の聴覚に小さな音さえ拾わせることはない。

 左耳に空けられた穴に付けられたピアスは、内蔵電池で動く発信機だ。

 力任せに取ろうとすれば耳の肉が千切れるようになっている。

 

 少年の全身を改めて見直すと、体のどこもほとんど動かせないようにするためか、その肌のほとんどが露出していないことも分かる。

 その肌は、堂々と空気に触れることすら許されていなかった。

 友奈も、球子も、杏も、千景も。

 この少年に"息をすること以外に何が許されているのか"全く分からない。

 そういうレベルの、非人道的な拘束。

 

 事前に大社からこの拘束のことを聞いていた若葉とひなたですら、思わず目を逸らしたくなるような、非人道的な拘束だった。

 

 今日までの日々の中、竜胆はこの拘束よりはマシな拘束をされたこともあっただろうし、これより厳しい拘束をされたこともあっただろう。

 竜胆が拘束されたのは小学六年生時。

 今の竜胆が中学三年生相当の年齢。

 三年間、ずっと、こんな拘束をされたまま、闇の中でひとりぼっち。

 

「……ひどい」

 

 友奈の呟きは、勇者達全員の代弁だった。

 竜胆を軽蔑する球子も、恐れる杏も、警戒する若葉も、疎外したいひなたも。

 そして、千景も。

 それぞれ違う感情を持ちながら、友奈と同様に"同情"の気持ちを抱いていた。

 

 友奈が呟いた、まさにその時。

 少年がピクリと反応する。

 何も見えず、何も聞こえず、空気に肌もほとんど触れていないというのに、五感を超えた反応で少年は少女らの存在を知覚した。

 半ば直感的なその動きに、若葉が唯一戦闘力のない幼馴染(ひなた)を庇う。

 

「誰?」

 

 普通の、少年らしい声だった。

 悪魔のような声、あるいは天使を装った悪魔の声を想像していた勇者達は、少し肩透かしを食らってしまう。

 若葉は大社から預かっていた鍵を使って、竜胆の耳を塞いでいた強固なイヤーカバーを外す。

 

「お初にお目にかかる。私は乃木若葉という」

 

「……見えてないんだからお初にお目にかかるも何も」

 

「失礼。今日はお前のその目隠しを取ってやれるかもしれない、そういう話をしに来た」

 

「へぇ」

 

 若葉が代表して、竜胆との会話を受け持とうとする。

 その横を、無言で通り過ぎる一人の少女。

 郡千景は若葉を無視して、拘束された竜胆に歩み寄った。

 球子と杏が止める声が聞こえた気がしたが、千景は意にも介さない。

 

(……背、伸びたんだ。竜胆君)

 

 千景は思う。

 自分は何を間違えたのか。

 竜胆は何を間違えたのか。

 ……あの日の悲劇を竜胆のせいにしたくないと、千景は思う。

 けれど、そのためには自分のせいにするくらいしか思い付けなくて、けれどその理屈では、彼を納得させることなどできないということも分かっていて。

 

 非人道的な拘束をされた竜胆の姿が、千景の胸の内を罪悪感で締め付ける。

 千景の手が、数少ない肌が露出した部分である彼の頬に触れた。

 少年がピクリと動き、どこか驚いたような様子を見せる。

 

「ちーちゃん?」

 

「―――っ」

 

 普通、触れられただけで千景だと判別することなどできるはずもないのに。

 ありえない知覚。

 目を塞がれた状態では、奇跡に等しい理解。

 触れられただけで彼が彼女を判別したことに、細かな理屈を付けるのは無粋だろう。

 

「元気だった?」

 

「……ええ、元気よ。友達も……仲間も、出来たわ」

 

 千景のか細い声に、竜胆は"はぁぁぁ"と深く息を吐き出した。

 肺の中の空気の全てを吐き出しているのではないかと思うくらいに、大きな息を吐き出した。

 

「そっか―――良かった」

 

 そして、心底安心したような竜胆の声が漏れる。

 それだけが心配だった、と言わんばかりに。

 竜胆は千景の近況を聞いて、本当に安心して、嬉しそうにしていた。

 

 竜胆はこの三年、ずっと外の情報を自由に得られなかった。

 自分に関することなら、不幸でも、罪悪感でも、いくらでも納得させられる。

 だが、千景の近況だけは違う。

 それだけは、千景の口から聞かなければ安心することなどできやしない。

 竜胆の時間は、三年前のあの惨劇の瞬間からずっと止まっていたのだ。

 

 彼はこの暗闇の中で、千景(ともだち)の未来を案じていたのだ。おそらく、三年間ずっと。

 

「―――ぅ」

 

 千景は涙と嗚咽が溢れるのを、必死に抑え込んだ。

 

「良かった……もうそのくらいしか、希望持てること、他になかったからさ」

 

「っ」

 

 三年前のあの瞬間から、御守竜胆の時間は止まっている。

 体は大きくなっていても、心の状態はほとんど何も変わっていない。

 竜胆はあの日の罪悪感と心の闇を抱えたままだ。

 

 村ぐるみの加害者どもを殺し。

 怪物達を殺し。

 唯一の肉親だった妹を殺し。

 何の罪も無い人を殺し、街を壊した。

 それで子供の心が正常でいられるわけがない。

 平気? 否。

 心が潰れた? 否。

 ()()()()()()()。彼の心はあの日からずっと、罪悪感と自責で潰され続けている。

 この闇の中でずっと、彼は自分の心を罪悪感で潰し続けていた。

 

「……」

 

 千景は勇者になった。勇者の仲間も出来た。友奈という友人も出来た。

 それが千景の三年間だ。

 楽なことばかりではなかったが、それでも幸せなこともあった。

 竜胆にはそれが一切無かった。

 それが殊更に千景の良心を抉るのだ。

 このままでは延々と竜胆と千景が互いの心を傷付け合いかねない。

 

 若葉は思考ではなく直感でそれを察し、二人の会話に割って入った。

 

「少し、話をしたい。いいだろうか? 御守竜胆」

 

「いいよ。僕に何用?」

 

「私達人類は今、窮地に立たされている」

 

「……なんだって?」

 

「レジストコード:『ブルトン』。そう呼ばれているものが現れたからだ」

 

「『ブルトン』?」

 

 竜胆の時間は、三年前で止まっている。外の世界の窮地など知りもしない。

 

「順を追って話そう。

 三年前、世界は終わった。

 世界中の人々が、お前も戦ったあの怪物に殺されてしまった。

 今や世界にどれほどの人が生き残っているかすらも分からない」

 

「……あれが、か」

 

「私の知る限り、今の世界で人間が生きていると確認されているのは四国と諏訪のみ。

 可能性レベルで話しても、北海道と南西の諸島くらいしかないそうだ。

 国外に生存者が居ないことは、確認してくれた者が居る。

 四国は今や、人類に最後に残された方舟として、神々の結界に守られた最後の希望だ」

 

「四国が……?」

 

 土着の神々が四国に集まり、人間を守るための神樹という存在と成ってくれた……なんて話を竜胆があっさりと信じたのは、彼もまた"巨人に成り果てる"という異常で不思議な体験をした者だったからだろう。

 

「細かい説明は省くが、この『ブルトン』は、神樹の結界を破壊する能力を持つ」

 

「それは……結構マズいんじゃないか」

 

「ああ、マズい。

 四国が最後の人間生存圏になっているのは、結界があるからだ。

 結界に守られた四国で、人々は日常を過ごしている。

 それを壊してしまう敵は最悪の存在だと言える。

 大社はブルトンを優先して倒そうと計画していたが……戦力が足りない、という結論に至った」

 

「それで、僕を?」

 

「ああ」

 

 シンプルな構造だ。

 結界に守られた四国があり。

 四国を壊すために結界破壊能力を発揮しているブルトンがおり。

 ブルトンから四国を守り、ブルトンを討伐するために、今の勇者とウルトラマンでは足りないから、永久封印の予定の竜胆が引っ張り出された。

 

「四国結界……ああ、そういえば、ずっと前にそんなのがあるって聞いた覚えがある。

 あれはいつのことだっただろうか。僕がここに放り込まれてからどのくらい経った?」

 

「大雑把に三年と四ヶ月だ」

 

「三年……随分経ったもんだ。

 そういえば日付や太陽は毎日見るものなんだったっけ。今思い出したよ」

 

「……」

 

「太陽を毎日見てないと三年もこんなあっという間なのか。知らなかった」

 

 若葉は竜胆を味方に引き込むという役目を、冷静に果たそうとする。

 同時に、竜胆の境遇に同情してしまう。

 そこで竜胆の過去の所業も思い出し、彼が虐殺を成した虐殺者であるということを思い出す。

 使命と、同情と、嫌悪が入り混じる心で、若葉は努めて冷静であろうとしていた。

 

「貴方に、我々に協力する気があるのか。まずはそこを確認したい」

 

「あるよ。何をすればいいのかな」

 

「……いいのか?」

 

「うん。乃木……だったか? もうその辺は約束してることなわけさ」

 

 対し、竜胆の精神状態はとても分かりやすかった。

 

「僕が自分の意志で決めたことほど、信用できないこともない。

 僕の心が決めた行動ほど良い結果に繋がらなそうなものもない。

 その結末はきっと最悪だ。

 だからここに入れられた時、大社と約束したんだ。

 あなた達の指示に従う。それがどんなものでも、僕なりのやり方で実行すると」

 

「―――」

 

「大社は僕に、償いの機会も約束してくれた。今がそうなんだろう」

 

 その言葉を、額面通りに受け取るのであれば。

 

 御守竜胆は、異様なほどに()()()()()()()()()()()

 

 自分の運命の全てを、"自分と違ってまともな心を持っている人間"に託そうと考えているくらいには。

 

「そうか、分かった」

 

 若葉が頷き、腰の刀に手をかける。

 それを見た瞬間、千景の目に殺意が宿った。

 千景が若葉と拘束された竜胆の間に割って入り、若葉の首に鎌を突きつける。

 

「何をする気? 事と次第によっては……今からあなたは私の敵よ」

 

「ぐんちゃん!?」

「えっ、えっ!?」

「何やってんだ千景!」

「若葉ちゃん! これは……」

 

 友奈も、杏も、球子も、ひなたも。驚愕しつつも動けない。

 下手に動けば若葉が一瞬で首を刎ねられかねないからだ。

 

 若葉が手をかけた刀は『生太刀』。

 地の神の王・大国主命の霊力が宿りし神刀。

 千景が首に突きつけたのは大葉刈。

 喪屋を切り倒した神の霊力が宿りし神鎌。

 ゆえにその刃は必殺だ。

 

 若葉は竜胆を、千景は若葉を、即座に殺せる立ち位置に居る。

 

「二人共、そんな物持って喧嘩は駄目だよ!」

 

 友奈が止めるが、二人は聞かない。

 殺し合いにも発展しそうな仲間割れ。

 千景と若葉の目と目が合って、一触即発の状況の中、二人は互いの目から何かを感じ取る。

 若葉はいつもの若葉だった。

 残酷を否定する若葉のままだった。

 そんな若葉を、千景を信じる。

 

 "本当に若葉が竜胆を殺そうとした時千景はどうするのか"という問題を棚に上げて、若葉と千景は同時に武器から手を離した。

 それは、一種の先送りだった。

 

「千景」

 

「……余計なことはしないと、信じるわ」

 

「助かる」

 

 若葉は千景の横を通り抜け、刀を居合で抜いた。

 

 強固な拘束の全てが、一々ほどいていられない無数の枷の全てが、居合で両断される。

 自由になった竜胆が、椅子から立ち上がる。

 背伸びをする少年は、勇者の誰から見てもごく普通の少年に見えた。

 

「ありがとう、乃木」

 

「礼を言われるほどのことではない」

 

 そんな竜胆を、球子は空恐ろしいものを見る目で見ていた。

 

(こんな場所に、三年間。ずっとひとりぼっち。

 一度も外に出ることもなく、飯も与えられず、身動きも出来ず闇の中……)

 

 闇が喰われた地下室の中で、唯一の光源であるロウソクが揺らめいている。

 そのロウソクに照らされている竜胆は、普通の少年に見えた。

 普通に見えることが、既に異常だった。

 

(普通、頭おかしくなるだろ……なんで平然としてるんだ、こいつ。タマげた)

 

 球子は胆力があるからその程度で済んでいたが、この中では比較的気弱で臆病な杏に至っては、ロウソクに照らされる竜胆が恐ろしい怪物に見えていた。

 

(……怖い)

 

 ひなたは球子や杏が彼に恐れを抱く理由が、この地下室に残っている闇と、竜胆の姿が、あまりにも()()()()()()()()からだということを理解していた。

 

(何故この人は……こんなに、闇が似合っているんでしょうね)

 

 闇が似合う。

 ただそれだけで、外見はごく普通の少年に見えるというのにおぞましい。

 その姿は、奇譚に語られる怪生(けしょう)のようにさえ見える。

 恐れる者には妖怪のように見えるのかもしれない。

 

 そんな妖怪に、若葉は神器を差し出した。

 竜胆が大社に従った時に渡していた、巨人に変身するために必要なもの。

 黒き神器……ブラックスパークレンス。

 

「その力が必要だ、『ティガ』。お前の力を貸してほしい」

 

 竜胆が若葉からそれを受け取った、その瞬間に。

 

 彼の人生二回目の戦いが。彼の人生における本当の戦いが。最後の地獄が、幕を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 勇者とは、神の力を宿した個人。

 竜胆のような巨人や、神の力を研究した上で、『戦闘者』として一つの完成形を見た"神の依代たる無垢な少女達"。

 その力は強力無比であり、巨人も隙を突けば殺すことは不可能ではない。

 勇者の中の一人、土居球子は、一緒に階段を上がっている竜胆を警戒し、杏を庇いながら睨みつけていた。

 

「睨むなよ。僕が君に何かしたか?」

 

「タマにはしてないな。だけど、他の奴は沢山苦労したんだよ」

 

「他? 他の勇者?」

 

()()()()()()()()だ!」

 

「『ウルトラマン』……?」

 

 竜胆の耳には聞き慣れない言葉。

 三年前の社会には無かった言葉。

 されど今の世界には当たり前にある言葉、それが、『ウルトラマン』。

 

「タマ達の仲間の、光の巨人だ!」

 

 ウルトラマンとは、光の巨人である。

 今この世界で、それぞれが違う場所から来て、人間を守ってくれている巨人である。

 勇者と同じく敵と戦い、世界を守る人々の希望であった。

 

 人によっては、勇者を神の使徒、救世主、世界を救う自動装置のように見ている者もいる。

 ウルトラマンを神、宇宙人、天の怪物(バーテックス)の一種に見ている者もいる。

 だが勇者もウルトラマンも、どちらも人間が変身しているものだ。

 神の類ではない。

 どちらも基本は人間だ。

 だからこそ……ウルトラマンと"人間としての交友関係"を持っている勇者もいる。

 

 球子もまた、その一人だった。

 

「お前のせいでな! お前が最初に現れた巨人だったせいでな!

 後から現れた巨人は皆苦労したんだ!

 みんなみんな、お前のせいで悪者の仲間みたいに扱われて……!

 ずっと皆苦労して、逆境の中で頑張って、長い時間をかけて信用を勝ち取ったんだぞ!」

 

 竜胆の胸の奥が痛んだ。

 

「皆……皆! タマでも見てんのが辛いくらい、頑張ってたんだ!」

 

 ティガダークの虐殺は、多くのウルトラマン達を苦労させ、人間からの信用を勝ち取るまでの苦難の道を、歩ませたのだ。

 それもまた、竜胆の罪である。

 少年はしてはいけないことをした。

 だからこそ、責められて当然の身の上である。

 

「お前、それでもウルトラマンかよ! ……しちゃいけないことって、あっただろ!」

 

「……なあお前。ウルトラマンって、なんだ?」

 

「え?

 そりゃ、他人に優しく、戦いでは強く。

 常に希望を持っていて、皆を守って。

 諦めないし、タマーに甘ちゃんだけど、だからこそ誰も見捨てない……みたいな」

 

 それは、竜胆が成りたかったもので。

 もう竜胆にはなれないものだった。

 深く、少年が溜め息を吐く。

 

「じゃあ僕は、ウルトラマンじゃないな」

 

「!」

 

「僕は光の巨人じゃない。

 希望とか光とか、そういうものからは程遠い。

 僕にそういうものは期待するな。そういうものは僕には無いんだ」

 

 ティガダークは、ウルトラマンに非ず。

 守るための巨人に非ず。

 人のための勇者に非ず。

 破壊しかできない闇の巨人だ。

 

「僕は私情で気に入らない人間を殺す。これまでもそうで、これからもそうだろう」

 

「……おいっ!」

 

「気に入らなきゃ止めてみろ。何か殺してる時の僕は無防備だ。いつでも首を狙いに来い」

 

「こ、こいつ……!」

 

 それは、球子にとっては性格が悪い男の挑発で。

 竜胆にとっては、自分が暴走した時のための保険だった。

 

「第一、他のウルトラマンなんて僕の知ったことか。そっちが勝手に苦労しただけだろ」

 

「なんだと!?」

 

「鬱陶しいんだよ。僕がそんなことにまで責任持てるか、常識で考えろ」

 

「~っ! お前っ!」

 

 掴みかかろうとする球子を止めるように、竜胆を守るように、千景が無言で割って入る。

 球子がむっとした。

 

「なんだ千景! お前もそいつの味方するのか!」

 

「しないわ」

 

「へ?」

 

「私は竜胆君の味方はしない。できない。なれない。……もう、こうなってるから」

 

 千景は竜胆を守る。

 竜胆の味方をする。

 けれど竜胆の味方だとは名乗らない。

 あの日、竜胆の味方をしてやれなかったから。

 

 千景は竜胆の味方であるように振る舞うが、竜胆の味方を名乗ることはない。

 そうでなければならないと、自分を戒めていた。

 

 竜胆と千景の間に変な空気が流れそうになるが、すぐ霧散する。

 そこに、友奈が近付いてきたからだ。

 花咲くような笑顔が、広がりかけた変な空気を霧散させる。

 

「私、高嶋友奈っていうんだ。よろしくね、御守さん!」

 

 友奈が握手しようと手を伸ばし、竜胆は握られそうになった手を引いて、体ごと後ろに跳んで友奈から距離を取る。

 球子はその握手拒否に、不快感を覚えた。

 

(なんだこいつ、感じ悪いな)

 

 対し、ひなたはもう少し深い部分を見ていた。

 今の竜胆が、悪意で握手を拒否したのではなく、恐れから拒否したように見えたから。

 

(……『怯えた』? 何故怯えを?

 友奈さんが手を伸ばしただけで……

 ……触れられることに怯えた……いや、『自分が人に触れてしまうこと』に怯えた?)

 

 だがひなたには、竜胆が他人に触れることを恐れる理由が分からなかった。

 彼女にはまだ竜胆が理解できない。

 

 竜胆が"少女との握手"を拒否する理由が、"彼の手にはまだ少女の肉を潰した感触が残っている"からだと、理解することができない。

 触れることを恐れるほどに、彼の手は想い出の血に汚れている。

 

「僕に触ろうとするな。僕に近付くな。僕に関わるな。叩き潰されても知らないぞ」

 

「……あ、ご、ごめんなさい! 今のは高嶋友奈、無神経でした!」

 

 竜胆は他人から距離を取る。

 自分が他人を癇癪で殺すことを知っているから。

 友奈は他人と距離を詰める。

 寂しさが辛いという当たり前を知っているから。

 

「でも、近付かなければ、お話くらいはしていいよね?」

 

「駄目だ。僕の方にする気がない」

 

「えー、そう言わずにー!」

 

「話しかけてくるな」

 

 竜胆が拒絶して、友奈が踏み込みつつ、距離を測る。

 友奈はコミュ力おばけである。

 勇者の中でただ一人、特大の気難しさを持つ千景の友人になれるほどに。

 千景は竜胆に対し距離を測っている友奈を見て、ホッとしていた。

 

(……高嶋さんは、いつも私にできないことをする。凄い人だ)

 

 千景はホッとする。

 友奈が竜胆を嫌っていないことに。

 千景は嫉妬する。

 自分ではない者が、竜胆の心を救ってくれそうなことに。

 千景は後悔する。

 三年前の惨劇の前の竜胆は、今の友奈に近い性格を持っていたのに。

 惨劇が彼の中から、その光の全てを奪ってしまっていたから。

 

「御守竜胆」

 

「竜胆でいいよ、乃木」

 

「そうか。竜胆、手を出してくれ」

 

 カシャン、と竜胆の手に手錠が嵌められる。

 分厚い手錠と太い鎖で作られたその枷は重く、専用の機材を使っても切断することは容易ではないという代物だった。

 相当に頑丈な合金が使われている。

 

「竜胆、お前は単独での外出と自由行動を大社に禁じられている」

 

「だろうね。僕ならそうする」

 

「この手錠は常にお前に付けられる。

 大社が認可した人間が付き添っていない時は、外での自由行動は禁止だ。

 ……大社はお前が外で自由に動いているのを確認した場合、射殺すると言っている」

 

「そっか。妥当だな、僕に対してならだけど」

 

 ティガダークは、現在の人類にとってバーテックスに次ぐ脅威。

 この対応は、ある意味当然のものだった。

 暴走の仕方によっては―――ティガダークはあっという間に、四国市民全てを単独で全滅させかねないのだから。

 

 千景は鎌を握り、少し迷う様子を見せ、鎌を抜くのを止めた。

 そして友奈は、ストレートに異を唱える。

 

「わ、若葉ちゃん、それは流石に……」

 

「友奈。これが大社の出した、この男を外に出す絶対条件だ」

 

「……ううっ」

 

「……私も、正直に言えばどうかと思うが」

 

「まあ……犬ですら首輪付けてるのに、僕みたいなのに手錠も付けないってのは変でしょ」

 

 ここに居る人間の中で、当事者である竜胆が一番に"この対応は妥当だ"と思っているということが、なんとも奇妙だった。

 手錠をかけた若葉ですら、明らかにこの対応をやりすぎだと思っているというのに。

 

「けど、手錠付けたくらいで安心はしない方がいいぞ。

 何かが起こったら僕が巨人になる前に、この首を即座に落とせる心構えでいないと」

 

「百も承知だ」

 

 それは、若葉にとっては自分を甘く見られた安い挑発で。

 竜胆にとっては、自分が暴走した時のための保険だった。

 

「一つ、約束してほしい」

 

「なんだ? 大社からはある程度お前の要求も聞くよう言われている」

 

「僕が巨人に変身した後……僕の周りに極力近付くな。近寄れば、殺す」

 

「―――ああ、分かった。できる限りはそうしよう」

 

「それならいい。僕の力は、好きに使え」

 

 竜胆がブラックスパークレンスを握り締め、階段を上がっていく。

 もう二度と、触れることはないと思っていた。

 もう二度と、変身することはないと思っていた。

 だが……周囲に望まれる形で、竜胆はまたこの出所不明の忌まわしき力を手にしてしまった。

 

 三年前の竜胆の戦いは、ある意味では誰にも望まれない戦いであったと言える。

 いじめの解決は、千景に口で頼まれたものでもなく、村の全てに望まれなかったもの。

 その後の虐殺も、誰にも望まれなかったものだ。

 対し、この時代の勇者と巨人の戦いは、全ての人に望まれているものである。

 

 望まれない戦いから、望まれた戦いへ。

 "人々を敵に回す"戦いから、"人々を守る"戦いへ。

 一人を救うための戦いから、皆を救うための戦いへ。

 ガラリと変わった戦場へ、彼は放り込まれる。

 

 階段を登りきった時、竜胆の目に映る世界は、とても明るく―――美しかった。

 

 三年ぶりの青空が、竜胆の心を奪った。

 

「―――ああ」

 

 若葉が竜胆を先導しようとして、千景がそれを無言で止める。

 ほんの少しの時間でしかないかもしれないけれど。

 青空を見上げて心を動かしている竜胆の邪魔は、させたくなかった。

 

花梨(かりん)

 

 三年ぶりの光に、涙が溢れそうになる。

 竜胆は努めて感情と涙を周りに見せないようにして、歯を食いしばった。

 

(もうすぐそっちに行くと約束するから。もう少しだけ、待ってくれ)

 

 自分の手で殺した妹に謝りながら、竜胆は三年ぶりの光を浴びる。

 

(ちゃんと……できる限り償って、可能な限りみじめに、無残に死んでそっちに行くから)

 

 ここから始まる戦いは、贖罪ですらない。

 

 何故ならば、勝利で竜胆が自分を許せるようになるなんてことはないからだ。

 

(もう少しだけ……僕みたいな人間が生きていることを、許してくれ)

 

 これは贖罪などではなく。

 人間を虐殺する者が、怪物を虐殺する側に回っただけの話でしかなく。

 だからこそ、幸福の無い結末が運命付けられていた。

 その運命には未だ、引っくり返される気配はない。

 

 少年は握っていたブラックスパークレンスを、そっと懐にしまう。

 

 闇に堕ちた少年は、光の中に戻った。

 

 

 




【竜胆に対する各キャラ認識】
 乃木若葉:頭のおかしい狂犬に首輪を付けてその紐を自分が握っている
 上里ひなた:頭のおかしい狂犬が若葉に噛みつかないかヒヤヒヤしている
 高嶋友奈:彼のなんでもない表情が、何故かずっと泣いているように見える
 郡千景:しにたい
 土居珠子:普通の感性から来る至極当然の軽蔑
 伊予島杏:子猫が同じ檻に入って来たライオンを見るに等しい恐怖


【原典とか混じえた解説】

●四次元怪獣 ブルトン
 五十年以上の歴史を持つウルトラシリーズにおいて、『一番わけが分からない怪獣』の話になると必ず挙げられ、『一番強い怪獣』の話でもたまに挙げられる怪獣。
 外見は奇妙な形状で巨大なフジツボ。
 四次元現象という何が何だか分からない現象を起こし、時間と空間を超越した常識外れの現象を起こす。

 この怪獣を攻撃しようとした戦車はいつの間にか空を飛び粉砕され、空を飛んでいた戦闘機はいつの間にか地面を走り全壊している。
 地面がふっと消失して軍隊を飲み込み、次の瞬間には元の地面に戻っている。
 空間は片っ端から無限に拡大・縮小し、時間はまともに流れなくなる。

 神樹が発揮する、『結界で安全な空間を作る力』『時間を止めて街と人を守る力』も、この怪獣の力の影響下に置かれてしまえば全てが無力化されかねない。
 『大怪獣バトル』ではレイブラッド星人に操られ全力を出し、一つの宇宙に無数の並行宇宙の怪獣達とウルトラマン達を集め、大戦争"ギャラクシークライシス"を引き起こした。
 次元操作により無数の並行宇宙を接続可能という特異極まりない怪獣。

 現在の人類戦力の第一討伐目標。

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