夏空の下、ウルトラマンは、友をいじめた子供達を虐殺した   作:ルシエド

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第二幕 紫の章
予知 -キル・オール-


 朝、丸亀城施設の食堂にはニュースが流れていた。

 

『大社は蛭川砌氏が責任者であること、責任を取って辞職したことを明かしました』

『しかしそれ以上の取材や質問には一切応えないとのことです』

『流出した情報によれば、蛭川氏は独断専行が多くそれが今回の結果に繋がった可能性も―――』

 

 竜胆は朝御飯を食べている。

 実質大社施設であるここは、竜胆が顔を隠さないで飯を食べていい唯一の食堂だ。

 城の外で飯を食べる時は、そこそこに気を使わなければならない。

 朝うどんをずずずと食いつつ、竜胆はぽやっとした顔で厨房を見ていた。

 

「アア、ソコハ、ダシモウチョットトッテモイイカモ」

 

「出汁、出汁ですね」

 

 料理を教えているケン。

 料理を教わってる杏。

 二人の姿が厨房に見える。

 

(料理できない俺にはさっぱり分からん。

 でも、そうだな。ケンは家事万能だもんなぁ。

 料理にしろ掃除にしろ、"女性らしい"ことでもある……

 掃除洗濯も、伊予島はできるイメージあるが、タマちゃんとかはあんまなかった)

 

 ケンが自分の長所を自己主張しないタイプなので目立たないが、丸亀城メンバーズの中で一番の料理上手はケンである。

 家事の年季が違う上、日本人の舌に合う料理もあっという間に身に着けていった、家事万能タイプの大人なのだ。

 

「ジョウズ、ジョウズ」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

 どういう話の流れで料理を教わることになったのかは分からない。

 だが、いい空気だ。

 肌色も髪色も薄めで雪のような杏と、金髪長身が映える大柄な白人であるケンが、まるで父と娘のようである。

 

 ケンも杏も基本的に気質が穏やかなので、料理風景も和気藹々。

 見ていて、心が穏やかになるようだった。

 ケンが一つ一つ、杏に自分の技能を継承している。

 これが、真っ当な継承だ。

 死から何かを継承する竜胆とは違う、日常の中に在るべき継承。

 

(本当はこうやって、誰も死なずに何かを貰っていくのが普通なんだよな……)

 

 ケンから料理の技を受け継ぐということは、ケンの人生の一部を受け継ぐということ。

 杏が別の人に料理を教えれば、またそこでも繋がり、受け継がれていく。

 本来ならば、こうした継承こそがまともなものなのだ。

 今の世界は物騒だから、竜胆がしたような形での継承もある、というだけのことで。

 

 平和な日常の中で、そうしたまともな継承が行われているのを見ると、竜胆はあったかい気持ちになる。

 二人の笑顔を見ていると、ほんわかした気持ちになる。

 戦いの時間より、こういう時間の方が、竜胆は好きだ。

 

 戦いなんて起こらなければいい、という気持ちがあり。

 でも戦いはまだ終わらないんだよな、という残念な気持ちがある。

 日常と日常の間に戦いがある世界ではなく、戦いと戦いの間に日常があるのが、今の世界だ。

 無常感を通り越して無情感を覚える竜胆の前に、味噌汁の入ったお椀が置かれた。

 

「リンドウー、シショク、タノムナー」

 

「「 えっ 」」

 

 味噌汁を出された竜胆、作った当人の杏も、不意打ちに驚く。

 覚えたての料理を異性に食べさせるということに、杏はちょっとした不安と羞恥心を覚えた。

 杏の様子がちょっと変な空気を作る。

 変な沈黙が流れる。

 

「……」

 

「……」

 

「……ど、どうぞ」

 

 杏がおすおずと勧める。

 美味しいと言われたら嬉しい、不味いと言われたらショック、そんな杏はドキドキと待つ。

 不味いとだけは言えないな、と決意して口をつける竜胆。

 

 が、ワカメと豆腐だけが具の味噌汁を見た瞬間、竜胆は"俺これすき"と直感した。

 竜胆にとって、なめこ並みに好きな味噌汁具材であった。

 

「おお、美味い」

 

「……ああ、よかった」

 

「庶民的な具しか使っていないにもかかわらず1200円の価値はあるように思える……」

 

「ナンツーコウヒョウカ」

 

「この……この……

 褒められた嬉しさはあんまり感じられないのに、過剰に褒められてる感じは一体……?」

 

 男が女の子の料理を食べて、その感想を価格換算するのはいかがなものか。

 

「でも俺

 『こんな味噌汁なら毎朝飲みたい』

 とか言ったらセクハラになるとか聞いたし……」

 

「……え、ええと、そ、そうですね……」

 

「どういう褒め言葉ならいいのか……

 魅力的な味噌汁……伊予島ぁ! お前また魅力的になったな!」

 

「そ、そういうとこですよ御守さん!」

 

「ちーちゃんのよく分からない言い回しが伝染してる……!?」

 

 おかわり、と竜胆が言うと、杏が苦笑してもう一杯よそってくれた。

 

「いやでも実際、美味いよこれ。好きだな」

 

「ありがとうございます。嬉しいです」

 

「ウム、セイチョウシタナ」

 

「成長……こんな細かなことでも、成長と言えるんでしょうか」

 

 小首をかしげた杏の髪を、微笑むケンがぽんぽんと撫でた。

 そして竜胆の手元を指差す。

 

「ミソシルニ、テジョウノクサリ、ハイラナクナッタ」

 

 ぴくり、と竜胆の肩が動く。ケンが笑っている。

 

「ソレモ、セイチョウサ」

 

 杏が竜胆の手錠を凝視し、竜胆が顔を逸らした。

 

「……味噌汁に手錠入れていたんですか?」

 

「……前は時々入っちゃってたんだよ」

 

 両手が常に手錠で拘束されているため、この食堂で皆と一緒にご飯を食べるようになってからも何度か、竜胆の手錠が味噌汁味やソース味になることがあったという。

 ケンは面倒見がよく、竜胆をよく食事に誘う大人だったので、竜胆が手錠の鎖をカレーや味噌汁に突っ込むのをよく見て、楽しそうに笑うような男だった。

 馬鹿にして笑うのではなく、笑い話にして恥を消してしまうような男だった。

 

「ごちそうさま、伊予島。美味しかったよ」

 

「あ、御守さん、その」

 

「ん?」

 

「……なんでもないです」

 

 杏が何かを言いかけて、口下手な千景のように口ごもる。

 竜胆は千景のことはよく分かっていても、杏のことを千景ほど理解はしていない。

 何を言いたいのか、言ってもらわないと分からなかった。

 

 時は四月、季節は春。

 

 世界はまだまだ、平和になってはいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 平和を勝ち取るには、強くなるしかない。

 強くなるには、鍛えるしかない。

 竜胆が目隠しをする。

 若葉がひなたが作った特製小石を投げる。

 小石の数は多く、速度もかなり速い。

 目隠しをしたまま、竜胆がそれをコン、コン、と"旋刃盤に似た小さな盾"で弾いていく。

 

「目が見えなくても防げるようになってきたか」

 

 目隠し竜胆に対し、本当に若葉が小石を投げていた頃が懐かしくすら感じる。

 

 ひなたは「小石そのまま投げるとか何考えてるんですか!」と怒った。

 竜胆は「俺が頼んだ」と言った。

 若葉は「悩んだがああまで頼まれてはな」と苦悶の表情を浮かべた。

 竜胆は「こういうので頼れるのは若ちゃんだけだから、本当感謝してる」と笑った。

 若葉は「そうか」と短く応え、少し光栄そうに笑んだ。

 ひなたは「そんな唯一互いに遠慮のないライバル関係みたいな顔されても」と呆れた。

 

 そんな流れで生まれた、当たっても怪我はしないこの特製小石。

 小石にひなたがゴムを巻き、綿で包んで、コーティングしたボール状の石。

 特訓に使うには、中々便利なものであった。

 若葉の男らしさも女の子らしさも好ましく思っているひなたは、若葉の女の子らしさをもっと見たいとも思っているひなたは、少年のライバル同士のような二人を見て何を思ったことか。

 

 竜胆が目隠しを外し、投げられた小石を拾ってバケツに放り込んでいく。

 

「耳で音を聞き、肌で動きを感じる。

 潰された時には痛いだけで、どうせ俺の目は治るんだ。

 敵に目を潰されても戦い続ける技能を用意しておきたい」

 

「悪くないだろうな。

 煙幕を張られる、目を塞がれる、目を潰される……敵の目潰しは多様で有効だ。が」

 

 若葉が指でつまんだ小石で、コツン、と戒めるように竜胆の額を突く。

 

「お前の目が潰されれば、私達は動揺する。私以外は特にな」

 

「怪我は俺だってしたくないから抑えるって」

 

「ウルトラヒートハッグを使わないお前なら、その言葉を信じていた」

 

「……そいつは、まあ、ほら、な」

 

「デリカシーは上達しないくせに自爆技ばかり達者になって……」

 

「他も達者になってるだろ!」

 

「例えばなんだ?」

 

「主に眼力だ。ここの成長は目を見張るものがあるぞ。

 今朝からお前の髪留めがいつもより可愛いのになってるのもバッチリ見抜いている」

 

「……こ、これは、ひなたからの贈り物だ。あまり似合ってないのはしょうがない……」

 

「いや似合ってないとは言ってないだろ。似合ってるぞ」

 

「……ん、そうか」

 

「リシアンサスの髪留めか。ひーちゃんはセンスがあるな」

 

「リシアンサス?」

 

「別名、『トルコキキョウ』だよ」

 

「ああ、なるほど。合点がいった」

 

 乃木若葉は、桔梗の勇者。

 

「リシアンサスの花言葉は『感謝』とか『希望』だな。

 ひーちゃんと伊予島はこういう控え目で目立たないがいい仕事をたびたびする」

 

「女性らしさというやつだ。私には欠けているがな」

 

「お前この前ひーちゃんに

 『若葉ちゃんの女の子らしいとこ褒めて』

 の罰則やらされた俺の数々の発言を忘却しやがったのか……!?」

 

「知らん。忘れた。私はお前にそんなことは言われていない」

 

「このやろう」

 

 石を拾い終わると、無言で二人は盾と剣を手に取る。

 何か言うまでもなく、二人は互いにやりたいことを分かっている。

 

(一緒に鍛錬してる時は俺の方が伸びてると思うんだが……

 それでも若ちゃんと試合をすると、どうしても俺が勝ちきれない。

 剣のリーチが強いってのもある。

 だがそれ以上に、若ちゃんの成長が大きいな。

 俺が見てないところでもかなり鍛錬や模擬戦をやってると見た)

 

 本気で勝負しない程度に、互いの技を磨く、実戦形式の鍛錬だ。

 

「よし、実戦形式でやるか」

 

「ああ。勝負にならない程度にな」

 

「熱くなったらまたひーちゃんに怒られるしな……」

 

「ひなたは怖いだろう?」

 

「ああ、怖い。それにあんま困った顔させたくないな。

 俺も若ちゃんも心配させる側で、あの子は心配する側だろうから」

 

「それは……確かにそうだ。心がけておかなくてはな」

 

 若葉が鉄芯入りで『生太刀』と同重量に調整された模造刀を振るう。

 竜胆が軽く強靭に作られた――彼が実践で使う炎光の旋刃盤に重量はないため――模造盾でそれを受ける。

 合図や声かけがなくとも、"倒して勝つ"という意識が抜ければ、互いがどう攻めてどう受けるかが何となく分かる程度には、二人は互いのことを理解していた。

 

 徐々に攻防の速度を上げる。

 若葉が「こう攻めたらどうだ」と無言で新しい手を打つ。

 竜胆が「こうすれば受けられる」と無言でいなす。

 「ならこうフェイントをかけたら」と、無言で若葉が変則的に剣を打ち。

 「こういう弾かれ方されたらガードが空くぞ」と、無言で竜胆が盾で弾く。

 もはや言葉は要らなかった。

 

 それどころか、二人は剣と盾で濃密に語り合いながら、並行して普通の会話もし始める。

 

「若ちゃんの剣に、タマちゃんの盾……神の武器、か」

 

「私達勇者は、各々がそれぞれ神の武器に呼ばれるように、社に引き寄せられた。

 私が使っている生太刀もそうだ。神の刀、通常兵器が効かないバーテックスすら殺す刃」

 

 最初から互いの動きが決まりきっているかのように、二人の攻防は滑らかに進み、互いの技を磨き上げ、両者の肌にかすり傷一つ付けることもない。

 

「竜胆。私はな、ふと思ったのだが」

 

「何? 若ちゃんの勇者衣装の髪留めが青い桔梗な話?

 あの髪留めも美しさと凛々しさがあって俺は好きだぞ」

 

「お前の中ではまだその話続いていたのか!?

 いや、そうではなくてだな。その勇者の力をくれる、神樹の話だ」

 

「神樹の話?」

 

 流れるように、剣と盾が攻防を繰り返す。

 

「神樹とは、何を考えているのだろうか。竜胆はどう思う?」

 

「どうって……人間の味方をしてくれてるんじゃないのか?」

 

「人間を守ってくれているのは確かだ。だが私は、神樹と話したことがない」

 

「そうだな。俺もない。ひーちゃんが巫女だけど、神樹の声を聞けるだけなんだっけか」

 

「話して、それで信じられると思えたならいい。だが……」

 

「実際は何考えてるのかなんて分からないよな」

 

 天の神、地の神、どちらとも、若葉や竜胆は話したことがない。

 襲ってくるから敵に見ているだけ、守ってくれているから味方に見ているだけ、それだけだ。

 

 神と人の勢力図と対立構造は、おおまかには把握されている。

 だがそれも、神樹の神々から得た情報が多分に入る。

 本当は神様達が何を考えているかなんて分かりはしない。

 若葉視点、疑おうと思えばいくらでも疑える。

 

「ひょっとしたら、我々は……

 天の神と地の神の代理戦争に使われているだけなのかもしれない。

 バーテックスと人間が、それぞれ神の代理として戦っているだけで」

 

「そりゃ考えすぎじゃないか?」

 

「竜胆……今お前、一考もしなかったな……」

 

「助けてくれてるんだから信じようぜ。神樹もコミュ障なだけで俺達の仲間だろ」

 

「……全く。お前の理屈は心地良いな」

 

 人と語り合わない神樹を、コミュ障な仲間の一言で断じる。

 仲間だからと、信じる。

 竜胆のスタンスはスッキリしている。

 同じ脅威に立ち向かうから同志、人々を守ってくれるから仲間。"神というよく分からないもの"の集合体である、神樹という"もっとよく分からないもの"も彼にとっては仲間なのだ。

 

 元から神樹を大して疑ってもいない若葉だったが、竜胆との今の会話で、神樹というものを疑う気持ちをすっぱり捨てた。

 神樹を良いものだと思うようになったわけではない。

 神樹の良心を信じたわけでもない。

 ただ、神樹を仲間として扱う気になったようだ。

 仲間であれば、若葉は信用する。

 

 仲間(りんどう)が信じたものを自分も信じよう、という気持ちがそこにはあった。

 

「若葉ちゃーん! リュウくーん!」

 

「友奈か」

 

「あんなに遠くから声上げて……友奈ー! 聞こえてるぞー!」

 

「すっかり元気になったようで良かった。

 病院で最初に見た時は、私も気が気でなかったからな……」

 

「友奈は今日が最後の精密検査だったからな。もう問題なしと思っていいだろ」

 

 駆けてくる友奈は遠くから声を張り上げていたので、まだ二人の下に来るまでには時間がかかりそうだ。

 友奈を待とう、と無言で合意した二人だが、その時ふと若葉の視線が一点で止まった。

 竜胆の首。

 普段は首輪の方が目立つが、首輪の下には薄れている首の傷と、まだ痛々しく刻まれている傷跡があった。

 前者は千景の刻んだ傷。

 後者は若葉の刻んだ傷。

 一ヶ月経ってもまだ傷跡は残っている、と言うより、首を深くまでザックリと切ったのに一ヶ月程度でここまで回復したことの方に驚くべきだろう。

 まがりにも、神の刃の一撃だったのだから。

 

「すまない、竜胆」

 

「ん?」

 

「傷が残ってしまった」

 

「ああ、これか。気にするもんなんだな。気にしなくていいのに」

 

 申し訳なさそうな気持ちが見て取れる若葉に対し、傷跡を指でなぞる竜胆は、どこか誇らしそうですらあった。

 

「若ちゃんが友情で約束を守ってくれた証拠、みたいな感じするだろ?」

 

「……お前は」

 

「悪いな。辛い役目を任せてた。

 ……自分が暴走することを恐れるあまり、お前に一番キツいところを任せてたんだ。

 自分のことばっか考えて、お前のことを考えてなかった。本当にごめん」

 

 竜胆が頭を下げる。

 若葉が悪かったわけでも、竜胆が悪かったわけでもない。

 そしてその傷は、罪悪感を呼び起こすべきものではない。

 竜胆は、その傷を誇り、若葉に感謝している。

 

「その上で言わせてくれ。

 俺を止めてくれてありがとう。

 傷は男の勲章とも言うだろ?

 この傷は、若ちゃんがくれた友情の勲章なんだ。勲章なら、首にかけておかないとな」

 

 首は切れても、情は切れない。

 首を切られた痛みがあっても、首を切った手応えを覚えていても、関係は切れず、むしろそこから絆が強まる。

 紆余曲折を経て、二人の絆はまた強くなる。

 そんな関係。

 色んな感情が入り混じった、苦笑と喜悦の中間のような笑みを、若葉は浮かべる。

 

「……お前と話していると、常識が狂いそうだ」

 

「常識の話と傷の話するならな、お前……」

 

 竜胆が若葉の手を取る。

 そこには傷跡があった。

 皮膚の色だけ違う程度の、スパッと切れたような傷跡。

 

 先日の戦いで、EXゴモラの尾の一撃からティガを守り、尾の一撃が纏っていた切れ味鋭い衝撃波の一端に、手を切られた跡である。

 EXゴモラの尾先は非常に鋭く、その一撃はパワフルだ。

 尾を振るだけで人が死ぬレベルの衝撃波が撒き散らされる。

 勇者でなければ手が切り飛ばされていただろうし、勇者であっても手が切り飛ばされていた可能性は十分にあった。

 

 竜胆の首の傷が、若葉の刻んだものならば。

 こちらは、若葉が竜胆を守るために刻まれたものである。

 若葉はこの二つの傷が対照的なものに見えていて、竜胆は同じものに見えていた。

 

「……普通女の子は、自分の体に付いた傷とか気にするもんだぞ。

 それをそっちのけで、他人の傷気にするとか、ちょっとかっこよすぎるだろ」

 

「私の場合、生傷は昔から絶えないからな。

 幼少期から居合いを習っていたのもあって、普通の女の子というのからは遠いんだ」

 

「傷がありゃ女の子らしくないってのは俺には分からんな」

 

「そうか? 傷があれば女性らしさというものは損なわれる気がするが」

 

「この手を見てそういうこと言うやついるのかね」

 

 少女らしくない手なのかもしれない。

 毎日毎日、刀を振っている手。

 敵との戦いで傷付いてもいる手。

 少女らしい手が若葉のように柔らかいなら、これは木だ。

 木のようにゴツゴツとしていて、表面が荒れていて、頑丈で、力強い手。

 若葉のようだった少女の手を、木のようにしてきた心が、日々が、信念が、その手からは見て取れた。

 

「人を守る優しい手だ。

 手に出来たマメも、マメが潰れて分厚くなった皮膚も、手の傷も。

 全部、男も女も関係ない、若ちゃんの勲章だろ。

 こんなに責任感があって、優しくて、綺麗な手を、俺は他に知らない」

 

 若葉の手には、"必ず元の世界を取り戻す"という彼女の信念が詰まっていた。

 あまりにも純度の高い、彼女一人の強い想いが詰まった美しい手。

 

 若葉の手を取る竜胆の手も、とてつもない速さで回復はしているが、傷が多い。

 手の外側は、ボブの空手を身に着けるための特訓で傷だらけになり、手の内側は、最近訓練に使っている旋刃盤型の盾を持つために、潰れたマメなどが増えている。

 あまりにも純度の低い、色んな人の想いを背負った手。

 若葉の笑みが、柔らかくなる。

 

「お前の拳も、不器用に優しい形をしているな」

 

 若葉は共に戦う者が一人もいなくなったとしても、一人で戦うとしても、強く美しく。

 竜胆は弱く泥にまみれることも多いが、一人でないからこそ強かった。

 そして、二人で背中を預け合えれば、もっと強い。

 

 若葉の手が、そっと竜胆の首の傷跡に触れた。

 

「痛くないのか?」

 

「全然。そっちの手は?」

 

 竜胆の手が、若葉の手の傷跡に触れる。

 

「痛くはないが、くすぐったいな」

 

「俺もくすぐったいぞ」

 

「触ってみると、首が少し凹んでいる感じで奇妙な感触だな……」

 

「若ちゃんの方は感触に違いはないな。

 周りの皮膚と違うのは色だけだ。あとは色素が抜ければ傷も消えるかな」

 

 傷は癒えるものだ。

 物理的に付いたものも。

 仲間が死んで、心に付いたものも。

 傷付いても、人は歯を食いしばり、その傷をいつか乗り越えていく。

 

 そしてやって来た友奈が、互いに傷に触れ合っている男女を見て、はわわと声を漏らした。

 

「……傷フェチ……?」

 

「「 変な方向に話を持っていくな! 」」

 

「わぁっ、ハモった!」

 

 また声が重なる。

 若葉が模造刀を腰に吊るし、少し離れ、今度は竜胆と友奈が対峙した。

 

「リュウくんごめんね、遅れちゃって」

 

「いや時間通りだ。俺達が早めに来て早く始めてただけだから」

 

「よーし、特訓始めようか!」

 

 友奈は色々と格闘技を使える上、趣味でも結構格闘技の番組を見ている。

 技の一つ一つは専門家レベルでなく、ボブのように指導もできない。

 ただ、"こういう仕組みでこういう風に放つんだよ"と基本の術理さえ教えられれば、竜胆はそこから才能だけで最高の完成形にまで持っていける。

 

 そういう意味では、今の竜胆が求めているものを与えるには、最高の者であると言えた。

 友奈が何かを教え、二人が軽い組手の形式を行い、竜胆がその技を実際に練習していく。

 

「とおっ! これがガゼルパンチ!」

 

「ふむふむ」

 

「キドニーブローは見せたけど、これバーテックスには意味ないやつだよね」

 

腎臓打ち(キドニーブロー)だから、まあそうだな。あいつら腎臓あるかも怪しい」

 

 友奈が何かしら動きをやってみせたり、動画で一度見せたりして、竜胆が一度それを自分でもやって見せると、友奈は目を丸くする。

 一回見た動画を真似ただけでも、ありえないことに、既にアマチュアの格闘大会ならば実戦レベルの完成度になっていた。

 技によっては、友奈が技をやってみせて竜胆が真似ると、一回で友奈以上の完成度になることすらあった。

 

 劣等感を覚えなかったのは、友奈が竜胆と競う気を一切持っていなかったから。

 竜胆を敵やライバルだとは一切思っていなかったから。

 彼を全面的に味方だと思っていたから。

 要するに、彼女がとてもいい子だったからだ。

 

 格闘技を習い始めてから、尋常でない速度で頭角を現していく竜胆の才能に、友奈はただ信頼と心強さを覚える。

 

「でも必要なのかな、リュウくんに新しい戦闘スタイルの構築なんて」

 

「グレートとボブの格闘技はよく似てた。

 なんでかは分からないが、動きはほぼ空手のそれだったからな。

 で、ゼットはそれに対応してた。あいつはウルトラマンの武術に対策してんじゃないかな」

 

「……グレートの格闘技や、それに似てる空手じゃ、駄目ってこと?」

 

「駄目とは言わない。

 だけどグレートは本当に空手の動きだったからな。

 ゼットがそれを見切ってる以上、空手ベース一本じゃなくもう少し多様化させたい。

 ボブとグレートの技を奴に叩き込むには……フェイントに使える、スタイルがもう一つ欲しい」

 

 普段遣いの空手ベースな重厚格闘術に、もう一つ、何かをサブに沿えたい。

 それは、全然種類の違う二つの格闘技でトッププロになろうと考えるようなものだ。

 サッカーと野球の両方でトッププロになろうとすることに等しい。

 天才だからこその発想であり、天才だからできること。

 そして、その程度できなければ、ゼットには太刀打ちすらできないということでもあった。

 

「となると組み技(グラップリング)

 関節技(サブミッション)

 絞め技と締め技を伸ばすのもいいし、別種の打撃格闘家(ストライカー)目指すのもいいよね」

 

「相手は槍だ。で、一兆度もある。

 瞬間移動はホールド光波があるが……

 火球をかわせるフットワークは欲しいな。

 あと、槍の間合いに対応できる技と、槍の懐に入ってからの技」

 

「なるほど、なるほど」

 

 友奈が教えて、竜胆が打ち、友奈が受けて練習が繰り返される。

 

「竜胆、脇が開いているぞ。友奈、竜胆の動きに緊張感が無い。適度に反撃も混ぜてやれ」

 

「「 はい先生! 」」

 

「誰が先生だ誰が」

 

 横から若葉が、第三者としての視点からアドバイスも入れてくれるので、訓練効率の高さは言うまでもない。

 

「プロレスの手刀打ちとか、中国拳法の縦拳とかどうかな。威力は低いけど」

 

「威力が低くちゃなあ」

 

「でも、巨人なら、他の技と併用するとかで、威力の低さを補えない?」

 

「!」

 

「チョップして、同時にバーンと手から光線撃つとか!」

 

「それはまだ無理だが……いや、面白いな。

 ウルトラマンっぽくない戦い方をしつつ……

 "手から光線を撃てる人間らしい戦い方"か……」

 

 敵がいつもの敵だけならいい。

 だが、ゼットがいる。

 どんなに努力をしても勝てる気がまるでしてこない、あの宇宙恐魔人が来る。

 しからば努力は絶対に必須だ。

 アレを超えられなければ、人類にも世界にも未来はない。

 

「武器を持っていても持っていなくても、側面や後方は弱点。

 だからこう、リュウくんはフットワークで機敏にゼットの左右へ回り込む動きで……」

 

「こうか? どう? ビデオの格闘家の人っぽいか?」

 

「ぽいぽい!」

 

 もしも、地球人が、ウルトラマンや侵略宇宙人に勝る点があるとするならば。

 

 仲間と共に努力し、先人が積み重ねて来た技や戦術を吸収し、短期間に劇的に強くなる成長力。それしかない。

 それは地球人が持つ力。

 ウルトラマン達の中でも、人間と関わったウルトラマン達のみが持つ力。

 十万年以上を生きるウルトラマン基準ではなく、百年しか生きられない人間を基準とした、短い時間を懸命に生き成長していく力だ。

 

「リュウくんから見て、槍が右から来たら左に回り込みながら受ける。

 槍が左から来たら、右に回り込みながら受ける。

 突きは死ぬ気で拳で弾くか、あるいは掴むか、旋刃盤で受ける。

 振り下ろし、切り上げは、踏み込んで柄を掴もう。

 このくらいかな。素人考えだから、どう転がるか分かんないけど……」

 

「いや、参考になるよ。サンキューな」

 

 勇者に槍使いがいないのが、少しネックではある。

 ゼット対策ならば、槍使いの勇者と戦う以上の特訓はあるまい。

 

「若ちゃん槍とか使えないのか?」

 

「あいにく、私は刀一本だ。槍では満足な技量は見せられん」

 

「槍似合いそうなのになあ、若ちゃん」

 

「ないものねだりをしてもしょうがないだろう」

 

「正論言うなぁ」

 

 竜胆の拳と、友奈の拳が弾き合う。

 友達が相手だと、友奈は本気で戦えない。

 よって若葉の時ほど、互いが高め合う様子はない。

 互いに本気ではないからだ。

 だが友奈がTVなどで見た技を教え、それを実際に技として身に着けた竜胆の攻撃を友奈が受け、友奈が防戦や駆け引きの技量を高めていく。

 

 竜胆と若葉とは違う形で、二人は互いを高め合っていた。

 若葉と竜胆が、互いを嫌わないまま『競い合い』、高め合うのなら。

 友奈と竜胆は、互いにこういう攻めがあるよと『教え合い』、高め合っていた。

 

「勇者パンチ!」

 

「あー! 私の勇者パンチ! パクリだ!」

 

「著作権を管理する建物はバーテックスがもう壊してるからセーフ」

 

「あ、それはズルい! 改名! 改名を要求しますっ!」

 

「じゃあユーナパンチで」

 

「……ちょっと字変えただけな上に私の方が猛烈に恥ずかしいっ……!」

 

「"ユーキがなければ、なんにもならねえ!"の略だぜ」

 

「ジーッとしててもドーにもならないとかの略にしよう!」

 

「えー」

 

 ジードパンチも却下された。

 ふざけも混じえつつ、二人は真面目に力を磨いていく。

 "努力するなら真面目に、でも楽しく"はボブの教えだ。

 竜胆も、若葉も、友奈も、そう教えられてきた。

 誰も忘れることはない。

 

 戦いの技を磨く中、唐突に竜胆は思った。

 

ティガ(この力)にも、本来の戦い方とか、あったんだろうか)

 

 "ティガらしい戦い方"とはなんだろう、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ブラックスパークレンスは、三年間ずっと大社の手で調査と研究を重ねられてきた。

 調査の結果これは、闇に固められた部分こそ最近構築されたものだが、ごく一部の物質は驚くべきことに『三千万年前』のものであることが判明した。

 三千万年前。

 まだ類人猿すら発生しておらず、猿が固有の進化をしていて、南極大陸にデカい氷が出来始めた頃の話だ。

 当然ながら、現生人類の祖先はまだ猿から人になってすらいない。

 

 そんな時代の物質が発見されるとは、どういうことなのか。

 その時代に来た巨人なのだとすれば、ティガは何者なのか。

 何故、意思を持たないのか。

 あるいは、最初から意思など無かったのか。

 ティガという存在は、大社でも重要な研究対象とされるものだった。

 

「ティガの力はどこから来たのか……あるいは、いつ来たのか」

 

「竜胆君、このあたりの本も参考になるんじゃないかしら」

 

「ありがとう、ちーちゃん」

 

 竜胆の前に、千景が本を積む。

 ここは丸亀城敷地内の集本施設。言うなれば図書室だ。

 勇者を育てるための教本から、精霊や神々などの基礎知識が記されたものなど、バーテックスと戦っていくために必要な本が揃っている。

 

 二人が読み始めたのは、神話の本。伝承の本。

 そして特別に取り揃えられた、二人が出会ったあの村の周辺の言い伝えを示した本に、あの辺りの地理を書き記した本。

 要するに、"ティガの手がかりがある可能性が僅かにでも存在する本"であった。

 

「これで何か分かるのかしら」

 

「大社の推測曰く。

 ちーちゃんが神に選ばれたのは、あの社に近いところに居た人間で、最も適格だったから。

 そして俺が選ばれたのも、近くに『神の社』に相当するものがあったんじゃないかって話だ」

 

「神の社に相当するもの?」

 

「ピラミッドか、古墳か、塔か……

 はてさてそれは分からない。

 俺は心当たりないし、大社の人も見つけてないし」

 

「ふぅん……?」

 

「見つからないなら見つからないでいい。

 でも、大社の人は面白いこと言ってたよ。

 『三千万年前に地球に居た者だとしたら』

 『天の神や神樹の神々より先に地球に居た者だとしてもおかしくはない』って」

 

「!」

 

「面白い発想だよな。

 なら、ティガは神に顔見知りもいるかもしれない、とか。

 神にはティガを知っている者もいるかも、とか。

 ……もしかしたら、ティガを使って神の戦いの仲裁と和平を考えてる人だっているかも」

 

 ティガは最低でも、三千万年前に地球にいたことは確実だ。

 ティガの力に意思はないのかもしれないし、ティガの力には本当は意思があるかもしれないし、そこにはもしかしたら超古代の記憶が眠っているかもしれない。

 可能性レベルなら何でも言える。

 ティガは神の弱点を知っているかもしれない。

 ティガが神の敵であったかもしれない。

 天の神とティガが友であった可能性だってある。

 可能性レベルなら、何だって言えるのだ。

 

 『三千万年前』とは、それほどに特異な個性なのである。

 

 ガイア、アグルは、明確に意志無き巨人の力であるという。

 ネクサスは融合したものの多くは語らないウルトラマンであるとか。

 グレートもパワードも、一万年以上前にここではない地球で戦ったことがあるそうだが、それでも三万歳は行っていない。

 グレートとパワードが父のように慕うウルトラの星の宇宙警備隊隊長・ウルトラの父でも、現在17万歳である。

 

 一方、日本の神話においては、天照大神の孫であるニニギ、ニニギの孫のそのまた子である神武天皇(初代天皇)が存在する。

 このニニギが人の世界に降り、神武天皇が活躍する時代までで、約179万年が経っていたとされている。

 もちろん、神はこの間寿命死などしていない。

 要するに、日本の神々と比べれば、ウルトラマンの年齢ですら赤子同然なのだ。

 

 『ウルトラマン』という存在と概念が宇宙に誕生したのが27万年前。

 100年程度しか生きられない人間からすれば実感には程遠い規模の比較だが、日本の神々というものは、ウルトラマン達と比べても"凄まじい"と言えるほどのスケールを持っているのである。

 

「神様って何年生きるんだろうな、ちーちゃん」

 

「……寿命で死ぬイメージは、無いわね」

 

「俺達どのくらい生きられるんだろうな、ちーちゃん」

 

「100年か……あるいは、あと数日……かな」

 

「人殺しの神様より先に死にたくはないよなあ」

 

「……うん」

 

 人は死にました、神様はそれからも何万年も好きに生きます、じゃスッキリはしない。

 神様は消えました、人間は神様を倒した後も何十年か生き続けました、ならいい。

 そんな感覚。

 天の神が長生きなら、なおさら勝ち逃げなんてさせたくない、というのが人情というものだ。

 

「……でも、人が嫌いで、人を殺そうとする神様がいるのなら」

 

「ん?」

 

「私にはその理由……分からなくもない」

 

 千景は村の地形図を見ていた。

 "ティガにとっての神の社"を探しているようにも見えるが、違う。

 彼女はそれを通して、あの村を見ている。

 あの過去を見ている。

 

「『あれ』が……人を滅ぼす理由と同じものなら、私は少しだけ、理解はできる」

 

 人の醜さ。人の悪意。人の衆愚。

 

 それが人を滅ぼす理由であるというのなら、千景はその気持ちに小さな親近感を覚える。竜胆は絶大な忌避感を覚える。

 

「もしそうなら、俺が言うことは一つだな。『ふざけんな』だ」

 

 人の悪意に、望まずして殺害で応えてしまった竜胆がそう言うことに、千景は複雑な感情を抱いた。

 

「俺は世界を滅ぼしてくれなんて頼んだ覚えはない。だから、ふざけるな、だ」

 

 ティガとはなんなのか。

 三千万年前というスケールで昔、何があったのか。

 神というものは、超古代から地球に存在するティガというものと、どういう関係があったというのか。

 それは分からない。

 何も分からない。

 ただ、これだけは言える。

 

 何を知っても、彼らが滅びを受け入れることはない。

 未来にやりたいことが、あまりにも多すぎる。

 

「『世界を滅ぼす理由』なんて、理解はできるけど納得なんてできないだろ。俺達は」

 

「そうね。納得だけは、絶対にできない」

 

 醜い人間に憎悪を持ち、そんな人達の滅びなら享受できる千景。

 だが、世界の滅びは受け入れられない。

 醜い人間への憎悪と、その人間の幸福を願う二面性を持ち、基本的には光である竜胆。

 当然、自分の滅びはともかく、世界の滅びは受け入れられない。

 二人共、滅びたくなんてないのだ。

 

「世界が平和になったら、一緒に世界の千景(せんけい)でも見に行こう。きっと楽しいぞ!」

 

 竜胆が笑顔で声を上げる。

 暗くなった空気を一変させる。

 滅びではなく、未来を語り始める竜胆。

 

千景(せんけい)……」

 

「行こうぜ一緒に。きっと……じゃないな、絶対楽しいからさ。約束だ」

 

「約束……一緒に……」

 

 千景は、こくりと頷いた。

 滅びを退け、世界が平和になれば、世界の色んなところだって見に行けるはず。

 それは、未来の約束だった。

 

 千景(せんけい)

 竜胆は頭が悪いとしょっちゅう言われるが、頭の回転は悪くないとも時々言われる。

 彼の語彙は豊富ではないが、彼の言葉選びは、時に千景の心に染み込む。

 

「ケンと一緒に皆のお弁当作ってさ。

 ひーちゃんとかと計画表作ったりして。

 若ちゃんと川見たり、海見たり。

 友奈と山見たり、花畑見たり。

 伊予島と観光地に行ってみたり。

 皆で一緒に色んなところを見に行ったら、それだけで絶対に楽しいに決まってる!」

 

 彼が提示したのは"二人で行く楽しさ"ではなく、"皆で行く楽しさ"だったが、千景にとってはそのどちらも嬉しいもので。

 未来を思うと、千景の胸の内は暖かくなっていく。

 

「……うん」

 

 二人は適度に話しながら、資料を調べていく。

 収穫は無いが、悪くない時間であると、互いに思えた。

 くだらない話をしていたりすると、千景の視線が竜胆の首元で止まる。

 

「……傷、薄れてきたと思ったのに」

 

「無けりゃ無いにこしたことはないが、あったらあったで嬉しい。

 ま、暴走した俺を友達が止めてくれた証、みたいなもんだからな」

 

 竜胆が苦笑して、千景は無感情に"若葉の傷で半ば上書きされた千景の傷"を見た。

 

「私との友情は、乃木さんとの友情で上書きされたのね……」

 

「えっ」

 

 あっ、やべっ、なんか地雷踏んだか? と竜胆の思考が高速で回る。

 露骨に焦り、竜胆の頭脳がフル回転する。

 

「ちょ、ちょっと待った、そういうわけでは」

 

「冗談よ」

 

 ガン、と机に、フル回転していた竜胆の頭がぶつかる。

 "冗談よ"と言った千景の表情は、これ以上無いくらいにしれっとしていた。

 

「おいちーちゃんテメー」

 

「いつも私だけ本心見抜かれてるから……ちょっとは本心を偽れるように、って思って」

 

「茶目っ気出てきたなぁ。良いことなのかもしれないけどさ」

 

 千景が冗談を言うのは珍しい。

 それで相手を手玉に取るのも珍しい。

 だが、それは友達という関係性であれば、当然のようにあるものだ。

 気安い友達の間柄なら、さして珍しいものでもない。

 

「ああ、でも……」

 

 それは千景の人生には無かったものの一つ。

 

「からかったり、冗談を言っても、許してくれる友達がいるのは……うん」

 

 冗談を言っても許してくれると思える友達が居てこその冗談。

 冗談を言うことさえ許されない場所から抜け出せた、だからこそ言える冗談。

 千景が冗談を言って、それを友達が何気なく許してくれること。

 それが日常の中に、当たり前のように溶け込んでいること。

 この少女にとってそれは、小さな幸せを感じられるものだった。

 

「不思議な気持ち」

 

 千景は、不思議な(うれしい)気持ちを感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 資料漁りを始めた竜胆。

 だがそれは無謀な挑戦だった。

 並ぶ活字。

 積み重なる本。

 難しい言葉の羅列。

 読書は容赦なく竜胆を睡魔に誘い、千景は毛布を竜胆にかけ、ちまちまとティガのルーツの手がかりを調べていたが、結局結果は出ず。

 

 千景は竜胆の寝顔を撮影、『件名:間抜け面』で友奈に送信し、竜胆が起きるまで傍でじっとゲームをして待ち続けた。

 起きた竜胆は平謝りし、特に気にしていない様子の千景と別れ、そろそろ夕方になりそうな丸亀城を歩いていく。

 

「お」

 

 そして門近くで、見知った背中を見つけた。

 

「伊予島って髪長いから、後ろから日が照らしてると結構綺麗だな」

 

「わきゃっ……って、御守さん?」

 

 背後から声をかけられて、杏は少し驚いたようだが、竜胆の顔を見てほっとした顔を見せる。

 

「どうしたこんなところで立ち止まって。捜し物か? なら手伝うけど」

 

「いえ、待ち人です」

 

「待ち人?」

 

「アナちゃんが……アナスタシア、ネクサスの子が、戻って来れるそうなんです」

 

「!」

 

「急な話ですが、治療を続けながら丸亀城待機という形にするのだとか」

 

「大丈夫なのか? 治療続けてるってことは、完治してないんじゃ?」

 

「アナちゃんですから、考えがあるんだと思います。

 幼い子ですが、賢い子で、他の人には見えていないものが見えている子なので」

 

「……皆が納得してるなら、それでいいんだろうが、よく分からないな」

 

 竜胆は、仲間達がアナスタシア・神美(かなみ)について話している時に、小さな違和感を覚えるようになった。

 

(そうだ、これは)

 

 ガイアやアグルの生存を、確たる証拠もなく信じている皆の言葉には、"あの二人は強い"という信頼がその裏にある。

 だが、アナスタシアについて語る時、皆がアナスタシアの強さを信じている風な言葉を、竜胆は聞いたことがない。

 なのに、アナスタシアの判断などは全面的に皆信じている、そんな印象がある。

 

 強いから信じられているのではない。

 何かが違う。

 アナスタシアという少女は、強さ弱さではない部分で、"この子の選択は正しい"という信頼を勝ち取っている。

 

("凄い奴"への扱いじゃなくて、"自分とは違う人間"への扱いだ。

 "凄くて自分とは違う奴"とかそういうのじゃない、『強者』じゃなくて『異質』への扱い)

 

 その子が今日、これから、帰って来るという。

 

「アナスタシアって、どんな子なんだ?」

 

「優しい子ですよ。

 誰にでも優しい子です。

 辛い目にあってきたはずなのに、スレてなくて純真な子です。

 入院してからは、面会謝絶の日が多くてあんまり会えてません。

 その面会謝絶も体調のせいらしくて……

 心配してたんですけど、ようやく少しは良くなったみたいで、よかったです」

 

 杏の表情は、本当に本気で心配していた人間が、"よかった"と心底回復を喜び安心していなければ、できないような表情だった。

 

「ありがとう。参考になった」

 

「私なんかの人物評では、あまりあてにならないかもしれませんけど……」

 

「いいや、あてになるよ。

 伊予島の感覚は普通の女の子っぽいからな。

 他の勇者よりは普通の感覚で見てるだろうと思うし」

 

「それなら良かっ……あれ、普通の女の子"っぽい"ってなんでしょうか」

 

「伊予島は面白いやつだから」

 

「あ、あの、ちょっと! そこの部分の言い回しの説明をお願いします!」

 

 千景はおそらく、竜胆のこういうところからも色々学んでいったのだろうが、竜胆にそういう自覚はあまりなかった。

 

「俺はな伊予島、『変人じゃない』と『普通』はイコールじゃないんじゃねと思えてきたんだ」

 

「わ、私は勇者なだけで普通の子ですもん……というか、その、名字……」

 

「名字?」

 

「……なんでもないです」

 

 杏が何かを言いかけて、口下手な千景のように口ごもる。

 もうちょっと理解度と友好度が必要なようであった。

 

「あ、車来たな。あれ?」

 

「あれですね、きっと」

 

 車から、車椅子に乗った小さな女の子が降りてくる。

 黒い髪、緑の目。

 黒い髪は、日本人とは違う白すぎるくらいに白い肌を引き立てるために黒く在るようで、色のある髪より色のない肌の方が際立っていた。

 幼い子だ。

 身長は球子より低く、手足は非戦闘員のひなたより細く見える。

 ひなたがその車椅子を、優しく押していた。

 

「ひなたおねーちゃん、ありがと」

 

「うふふ、どういたしまして」

 

 アナスタシアは、雪のような少女だった。

 肌の白さだけではない。

 その雰囲気が、脆く、儚かった。

 触れれば溶けて消える雪のように、脆さと儚さが感じられる。

 

 車から降りたアナスタシアは、"そこに居ることが分かっていた"かのように、竜胆を見た。

 驚きもせず、反応もせず、最初からそこにいることが分かっていたかのように見た。

 

「それと初めまして。ティガダークの人、御守竜胆」

 

「!」

 

「分かるよ。存在感が、暗い。醜い。これは闇だ。あたしには分かる」

 

 アナスタシアの言葉には、悪意がない。それは事実の列挙だ。

 少女の視線が竜胆を射抜いている。

 魂の底まで見抜かれていそうな視線。その時少女が一瞬見せた神聖な雰囲気に、根本的に闇の属性である竜胆は、ゾクリとした。

 

「よろしく。ええと、アナちゃんでいいのかな」

 

 それでも手を差し出し、握手を求めてみるが、握手はすげなく拒否される。

 

「ふん」

 

「……あれ」

 

 握手拒否に、拒否された竜胆も、それを横で見ていた杏も驚いていた。

 アナスタシアの竜胆に対する対応は、とても冷たい。

 

「仲良くしなくていいわよ。

 どうせ、結果は何も変わらないから。

 どうせ死ぬんだから、仲良くしない方がいい」

 

「アナちゃん!?」

 

「死別の悲しみは少ない方がいいでしょ」

 

 アナスタシアの様子に、杏は心底驚いている。

 優しい、スレてない、純真。杏がアナスタシアを評した言葉だ。

 だが、これはどういうことか。

 杏の評価とどこもかしこも一致しない。

 そして、"杏が節穴だったんだ"なんて思うほど、竜胆は杏の人を見る目を低評価してはいなかった。杏が間違っていた、だなんて竜胆は思わない。

 

「あんたもテキトーにやってた方が良いわ。

 何しても無駄なら、努力なんてするだけ無駄。

 テキトーに手を抜いてた方が楽に済ませる分マシよ」

 

「何も無駄にはならない。俺はそう信じてる。

 適当にやって後で後悔する方が嫌だからな」

 

「だから、どうせ後悔して終るんだから、無駄な努力だって言ってんの」

 

「『どうせ』とか言うなよ。未来のことなんて本当は誰にも分からないんだ」

 

「分かるわ」

 

「は?」

 

「その理屈なら、未来のことが分かる人間なら、いくら悲観的なこと言ったって良いのよね」

 

「何言って……」

 

 アナスタシアは車椅子のバッテリーを使い、車椅子を動かして丸亀城の中へと進んでいく。

 置いていかれた竜胆は、わけもわからず頭を掻いた。

 杏は困惑した様子で、アナスタシアをここまで連れて来たひなたを問い詰めようとする。

 

「ひなたさん、これは一体……」

 

「……理由は聞いても答えてくれませんでした。

 いつからかは分かりません。何を考えているのかも……」

 

 だが、アナスタシアが最も懐いていて、アナスタシアが最も心を開いていた上里ひなたにも、彼女の豹変の理由は分かっていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日。

 一人で部屋から出られない竜胆を、外から鍵を開け、若葉が外に出してくれた。

 最近は大社で竜胆を評価する声から警戒レベルの引き下げが検討されているらしく、部屋の鍵を内側から開けられるようにする案と、首の爆弾を外す案が出されているという。

 それはまた、別の話。

 

「ありがとう、若ちゃん」

 

「このくらいならいつでも頼んで良いぞ」

 

「サンキュー。……ああ、そうだ。

 若ちゃん、アナスタシアって子のこと、どう思ってる?」

 

「既に会っていたか。ああいう子ではなかったはずなんだが……」

 

 竜胆は、"正しく強い者"から見たアナスタシア評を聞こうとしていた。

 若葉は少し考え、自分なりの回答を返す。

 

「そうだな、アナスタシアは……

 諦めない子だった。気丈な子だった。

 それと……仲間を、兄や姉、父や母のように、よく慕っていたな」

 

「……」

 

「あの子は不安なのかもしれない。

 あの子は6歳の時に、ロシアでウルトラマンになった。

 ウルトラマンになった日に、両親と友達を全員殺されている」

 

「!」

 

「その上で、その日から三年間ずっと、様々な土地で人を助けるため戦ってきた子だ」

 

「……強い子だな」

 

「ああ、立派な子だ。だがその分、無理をしてきたツケが来たのかもしれない」

 

 若葉はアナスタシアの変化を、柔軟に受け止めているようだ。

 自分達でフォローすべき事柄である、と考えているらしい。

 アナスタシアの過去を考慮した上で、若葉なりに対応をしかと考えている。

 

「もし何かあっても、竜胆は優しくしてやってくれ」

 

「ああ」

 

 若葉と別れ、竜胆は朝の掃除をしに食堂に向かった。

 

(今、9歳? 10歳? 何にせよ……幼すぎる。

 ストレスでグレてもおかしくない。ウルトラマンにしたって幼すぎる)

 

 アナスタシア・神美は、ウルトラマンネクサスである。

 ロシア出身の、日本人とロシア人のハーフである少女だ。

 今、地球上で人間が生きているのは日本だけ。

 ウルトラマン達を除けば、国外から日本に逃げ込めた人間は一人もいない。

 つまりはそういうことだ。

 

 聞けば、ロシア壊滅の前からずっと、世界を転戦中だったボブがアナスタシアの手を引き、面倒を見ていたらしい。

 そうでなければ、生きていけない年齢の少女だった。

 大人が面倒を見なければならない、本当に幼い少女だったのだ。

 

 竜胆が今まで出会ってきたどのウルトラマンとも違う、大人ではないウルトラマン。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 竜胆が他のウルトラマンに対し"自分がしっかりしてあの子を支えてあげないと"と思うのは、これが初めてだった。

 

(あ)

 

 そして、誰もいない食堂で、一人泣いているアナスタシアを見た時。

 

 

 

「ボブおにーちゃん……タマおねーちゃ……」

 

 

 

 この子を守らなければ、と竜胆は思った。

 アナスタシアの偽悪的な振る舞いは、全ての意味を喪失した。

 その少女は、竜胆が生涯で出会ったウルトラマンの中で唯一、竜胆が『守らなければ』と最初に思ったウルトラマンであった。

 

「―――っ」

 

 竜胆の気配を感じたのか、アナスタシアが目をゴシゴシとこする。

 涙は消えたが、目の周りは真っ赤っ赤。

 これで誤魔化せると思ってしまうのが、子供ということなのだろう。

 

「なによ」

 

「あ、いや、なんでも」

 

「じゃあとっととどっか行きなさいよ」

 

「……うーん」

 

 アナスタシアが何故、こうなったのかは分からない。

 誰に聞いても、アナスタシアはいい子だという話しか出てこない。

 だが現実は、ちょっとやさぐれた女の子にしか見えないのだ。

 竜胆はとりあえず、自分も好きで子供もだいたい好きなものを食堂の冷蔵庫から引っ張り出し、アナスタシアの前に置いた。

 

「はい」

 

「わっ、アイスクリーム!」

 

「俺が前に食わずにとっといたやつ。食べていいよ」

 

「いいの?」

 

「他の人にはナイショな?」

 

「うんっ!」

 

 竜胆は、ここで大体察した。

 この子は偽悪的に振る舞っているだけで、その根底は純粋でいい子なままである、と。

 いい笑顔でアイスクリームを食べているアナスタシアを見て、そう確信する。

 そこに一体、どんな理由があるというのか。

 竜胆は、アナスタシアがアイスを美味しそうに食べ、食べ終わった頃にはっとして、また偽悪的な表情を作り、話を再開できるタイミングを待った。

 照れた様子で、誤魔化そうとしつつ、感謝の意を述べるアナスタシア。

 

「……ありがと」

 

 この子は悪い子にはなれないだろうなあ、と竜胆は直感的に思った。

 

「あたしはね、天才なの。すっごーい天才。誰よりもすっごいのよ」

 

「へえ……そりゃすごいな」

 

「"巫女と巨人のハイブリッド"なんて、あたししか居ないんだから」

 

「ハイブリッド?」

 

「勇者、巫女、巨人。

 今の人類で『力』を持っているのはこの三種だけ。

 あたしはその内の二つ、巨人の力と巫女の力を持ってるの」

 

「それでハイブリッドか。そりゃ確かに、凄いな」

 

 "勇者にして巫女"のハイブリッドも、"巨人にして勇者"のハイブリッドも、未だ一人も確認されていない。

 彼女と同じ"巫女にして巨人"も当然いない。

 アナスタシアは他に例を見ないレベルのオンリーワンだ。

 

 巫女の力を持つ勇者と、勇者と呼ばれるようなウルトラマンが、一つの時代に揃うなんていう奇跡が起これば、その二人の共闘は世界の救済に直結するというレベルである。

 そのくらいに希少で、強力な存在なのだ。ハイブリッドは。

 

「巫女は神と繋がる者。

 ハイブリッドなあたしは、神様と繋がる天才なのよ。

 あたしと一体化したウルトラマンはね、力こそ失ってるけど、ウルトラマンの神様なんだ」

 

「ウルトラマンの、神様?」

 

「ウルトラマンの神、『ウルトラマンノア』。

 それが一時的に力を失ってるのが、あたしの半身『ウルトラマンネクサス』。

 あたしは巫女だからね、巨人が与えてくれた力以上のものを引き出せるんだよ」

 

「ウルトラマンの神に、神に繋がる天才の巫女、か」

 

「地球上にもうデュナミストはあたししか残ってないから……しっかりしなきゃ……」

 

「デュナミ……何?」

 

「あ、ううん、こっちの話」

 

 ウルトラマンネクサスと一体化できる人間を、デュナミストと呼ぶ。

 要するに、"ウルトラマンネクサスと一体化できる素質のある人間"ということだ。

 この才能を持つ人間は、さほど多くはない。

 

 アナスタシアがデュナミストとして選ばれた時点で、ロシア近辺のデュナミストは0。

 現在時間軸において、70億以上の人間が殺戮された結果、地球上にアナスタシア以外のデュナミストは一人も残っていない。

 ウルトラマンネクサスが一体化できる人間は、もうアナスタシアしかいないのだ。

 これがまた、アナスタシアの小さな体に重圧をかけていた。

 

「なあ、アナちゃん」

 

「何?

 あ、アイス美味しかったです。

 ありがとうございました。

 ……聞きたいことあるなら、さっさと聞きなさいよ」

 

「……扱いに困るな君。

 まあそれはそれとして。

 昨日言ってた、未来のことが分かるってどういうことなんだ」

 

 一瞬。一瞬だけど、確かに、アナスタシアの目に絶望が浮かぶ。

 それは一瞬なれど、どんな人間でも見逃すことはありえないと言えるほどに、明確で鮮烈な絶望の色だった。

 

「後悔するよ」

 

「後悔しない」

 

 竜胆は言い切る。

 アナスタシアはそこから、たっぷり一分は悩み、重々しく口を開いた。

 

 年齢相応な顔だと、竜胆は思う。

 さっきアイスを食べていた時は、年齢相応に嬉しそうな顔をしていた。

 そして今の彼女は、年齢相応に、泣き出しそうな顔をしていた。

 

「最初は、シャイニングフィールドって技を練習してた時だったの。

 あたしがその時見たのは、未来から流れ込んできた情報。

 つまりは確定した未来を見る方法を、あたしは感覚で掴み取ったんだよ」

 

「未来を……!?」

 

「意図的にはあんまり使えないの。

 安定して色々見えるようになったのも、二月の入院中にやっとって感じで。

 未来から流れてきた光景や情報を、あたしは、拾って集めて見ていって……」

 

 そう、それは、未来視の力。

 アナスタシアが融合したウルトラマンノア/ウルトラマンネクサスは、時空すら超越するウルトラマンの神である。

 その中には当然、時間軸を無視した力もある。

 彼女は天才だった。

 天才過ぎた。

 戦闘の天才ではなく、神と繋がる巫女という天才。

 ネクサスが与えていなかった力すら、アナスタシアは強引に引き出してしまったのだ。

 

 そして、見てしまった。

 

「この先、何が起こるんだ?」

 

「次の戦いからの数回で、敵の戦力の入れ替えが始まるよ。

 ガゾートはベムスターと総入れ替え。

 ザンボラーはバードンと半入れ替え。

 新規怪獣も投入されて、新規亜型十二星座も投入される。

 新手がどんどん追加されて、手が回らなくなって……それが小手調べだったって判明する」

 

「……!」

 

 巨人殺しの怪物(ベムスター)

 巨人殺しの怪鳥(バードン)

 竜胆はピンと来ない。

 実際に戦場で相対するまで、本当にピンと来ないだろう。

 ()()()()()()()()をこれでもかと並べるということの、恐ろしさを。

 

「この戦いで、非常事態宣言と一部を除いた四国全域に避難指示が出るんだって」

 

「避難指示って……四国の外に逃げ場なんて無いだろ!?」

 

「皆避難所行きになるの。街から人はいなくなる」

 

 避難勧告ではない。避難指示である。

 

「その次の戦いで、畏怖(イフ)終わり(ゼット)がそこに追加」

 

「ゼットと、イフ?」

 

「イフはゼットとほぼ同格。いや、そっちの方がゼットより強いかも」

 

「―――は?」

 

「ここでケンとパワードが戦死」

 

「―――え?」

 

「5月17日、ひなたおねーちゃんが死ぬ。ここで若葉お姉ちゃんが半ば潰れる」

 

「待て、待て」

 

「6月1日、千景おねーちゃんと杏おねーちゃんが死ぬ。

 というか、千景おねーちゃんの方はあんたが殺す。

 6月2日、若葉おねーちゃんが敵にやられて死ぬ。

 6月14日、友奈おねーちゃんが精霊の使いすぎの自滅で死ぬ。

 6月22日、私が死ぬ。

 ここの日のビジョンでガイアとアグルの死体も見えたから、二人もここでは確実に死んでる」

 

「待て、待て、待て!」

 

「あなたが生き残って、人類が負けて、終わり。夏は越えられないよ」

 

 もしも、それが本当に、未来視なのだとしたら。

 

「皆死んで……人類が負ける……?」

 

「私が見た世界が、分かった? 未来に希望なんて無いんだよ。可能性なんて無いの」

 

「起こるわけないだろそんなの!」

 

「私は予言をしてるわけでも預言をしてるわけでもない。未来はもう決まってるの」

 

「……そんな、わけが……!」

 

「……西暦じゃ、終わらないの」

 

「え?」

 

 アナスタシアは、吐き捨てるように言った。

 

「神世紀にならないと……終わらないのよ、何もかも!

 前座に、舞台を終わらせる権利なんて、無いのよ……!」

 

「しんせーき……? ま、待て、なんだそれ」

 

「西暦は今年で終わって、来年から神世紀になる。

 神世紀300年に最後の戦いが始まり、世界は救われる。

 私達の死は無駄になりませんでした、未来で世界は救われます……

 ……それで終わりよ。この時代じゃ、どうやっても勝ち目なんてないんだって!」

 

 勝利の可能性無き西暦。

 

 決着の未来、幸福の結末は、西暦で敗北し、皆が死んだ三百年後の未来にある。

 

 そんな未来視を、アナスタシアはしてしまった。

 

「未来なら、変えられるんじゃないのか!?

 アナちゃんが未来を見たなら、それを変えることだって!」

 

「あたしは……あたしはね……

 あたしが見た未来の中で、タマお姉ちゃんの旋刃盤を直してなかった。

 武器を直したら、タマお姉ちゃんはまた戦場に出てしまうから。

 未来視の中のあたしは、武器を直さないことで、タマお姉ちゃんを守ろうとした」

 

「え?」

 

「武器を直さなかったことで、タマお姉ちゃんが死んだ未来を見た。

 だからあたしは、タマお姉ちゃんの武器を直した。

 未来を変えるために。

 ……でも、タマお姉ちゃんが死んだ日付すら、変えられなかった……!」

 

「―――なっ」

 

「あたしが見た未来は変わらない。

 未来は何も変わらない。

 旋刃盤の有無は、タマお姉ちゃんの生死にガツンと関わるはずなのに……!

 そんな大きなものですら、タマお姉ちゃんの生死に一切の影響は出なかった……!」

 

「そんな……」

 

「あたしがタマお姉ちゃんの武器を直したから、タマお姉ちゃんは死んじゃった!

 ……そんな、とってもいやな、でも本当のことが、一つ増えただけだった……!」

 

 往生際悪く、竜胆は食らいつく。

 

「……見たものは幻で、偶然だった、ってことも」

 

「証拠、あたし、出せるよ」

 

 アナスタシアがコインを指で弾く。

 

「裏」

 

 裏、とアナスタシアが言った後に、落ちたコインが裏面を上にして止まった。

 

「表」

 

 表、と言って弾いたコインが、表を上にして止まった。

 

「表」

 

 表、と言って弾いたコインが、表を上にして止まった。

 

「裏」

 

 裏、と言って弾いたコインが、裏を上にして止まった。

 

「このくらい近くて単純な未来なら、常に見えてるの。あたしの目は」

 

「……嘘、だろ」

 

「未来は変わらないし、変えられない。……こんな未来、本当は、見たくなかったよ」

 

 アナスタシアの豹変の理由が、全て理解できた。

 彼女は見てしまったのだ、絶望を。

 未来(ぜつぼう)を。

 だから、全てのものを諦めようとしている。

 心がそれを諦められるわけがないのに、理性で全て諦めようとしている。

 

 "誰も諦めなかったけどみんな死んだ"未来を見た後では、それは地獄でしかない。

 

「なんで」

 

 竜胆は突然突きつけられた絶望に困惑し、動揺しながらも噛み砕き、呆然と問う。

 

「なんで、俺だけ、生き残るんだ」

 

「杏お姉ちゃんと若葉お姉ちゃんが死んだから」

 

「……え?」

 

「あなたが、『青のティガ』になるから」

 

 運命は時に、美しい終わり、収まりのいい悲劇の結末に向け、巡り合わせを調節する。

 

「青のティガが放つ最強技は、ランバルト光弾。

 光の矢を放つ技。杏お姉ちゃんのクロスボウの矢みたいに」

 

「え」

 

「球子お姉ちゃんで炎の球、クロスボウの矢で光の矢。そういうことだよ」

 

 出会いは運命だった、と言えば、美しいかもしれない。

 

 その運命が、死別に終わる運命でなければ。

 

「青いティガの代名詞は"ティガフリーザー"という冷凍光線。

 杏お姉ちゃんの雪女郎の氷の技から、それを受け継ぎ、あなたは強く発現させる」

 

 結末に至るまでの運命の流れは、とても綺麗で、残酷で、正しく噛み合っていて。

 

「青いティガの青色は、死んだ若葉お姉ちゃんから受け継いだもの。

 若葉お姉ちゃんがその時持っていた精霊は二つ。

 天駆ける武人、源義経。

 天滅ぼす天魔、大天狗。

 空を跳ぶ義経と、空を飛ぶ翼を得る大天狗。分かる? 若葉お姉ちゃんの個性」

 

「空を……飛ぶ?」

 

「一言で言うなら、()()()()()()ってことだよ。

 『天駆ける武人』って大社が呼んだ精霊の次は、大天狗の精霊。

 若葉お姉ちゃんはスピードタイプで空戦タイプで、精霊まで筋金入りだよね」

 

 アナスタシアの見た運命では、アナスタシアは死に、竜胆は生き残る。

 なのに、なのにだ。

 アナスタシアは、心底―――竜胆を、憐れんでいた。

 

「青いティガは飛行の形態(スカイタイプ)

 暴風(ブラスト)に近い、吹雪を成す精霊に、嵐を引き起こす大天狗の黒き翼。

 またあなたは強くなるの。仲間が死んで、泣いて、憎んで、悲しんで、戦って、守れないの」

 

 それは運命。

 出会い、死に別れ、強くなる、御守竜胆の運命。

 次の別れは、既に運命のレールの上に載せられている。

 この少年に課せられた運命も、アナスタシアの心を折った、一つの要因。

 

「運命に意思はないし、口もないし、言葉もない。だからあたしが勝手に代弁してあげる」

 

 未来が見えるという残酷。

 

「『どうせ三百年後に世界は救われるんだから、お前達は何人死んでもいいぞ』」

 

 変わらない運命という残酷。

 

「以上。……そんなもんよ、運命なんて。諦めた方が……諦めた方が、絶対に楽」

 

 諦めろと、アナスタシアは竜胆に言った。

 

 それはきっと、幼い少女が彼へと向けた、一つの形の慈悲だった。

 

 

 




 感想欄で「第一部完、って感じ」って感想が以外に多くてなるほどーって感じになりました。第二部(暫定呼称)の序盤は、二部後半と比べればのんびりほのぼのになると思います
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