夏空の下、ウルトラマンは、友をいじめた子供達を虐殺した 作:ルシエド
先陣を切るはティガダーク。
凄まじい速度で突撃してくる先頭の怪獣は、ベムスター。
ベムスターの姿はどの地球生物にも例えられないが、どこか地球の鳥類に似た部分が見える。
強いて言うならば、その独特の攻撃性を滲ませる容姿からして、猛禽類が近い。
宇宙の猛禽の飛びかかりに対し、ティガダークは右ストレートで応えた。
狙うは首筋。
急所にて、一撃必倒を狙う。
その右手を、ベムスターの腹の口が、バクンと食った。
『……!?』
狙ったのは首のはずだった。
なのに、ベムスターの腹の口に、ティガは右手を突っ込んでいた。
ベムスターの腹には口があり、そこからあらゆるものを捕食する。
しかし首が付いていない口は、餌の場所まで伸ばせない。
腹の口では、物が食べにくいのは当たり前のことだ。
よって一部のベムスターは、腹の口に強烈な吸引力を持っている。
何も考えずに首を狙ったパンチであれば、腹の中に飲み込めてしまうほどに。
ティガの腕が食われた、と周りの皆が思ったその瞬間には、ティガダークの肘から先がなくなっていた。
ベムスターの腹の口が、美味そうにティガの腕を咀嚼する。
『リンドウ!』
割って入ったパワードが、一億トンの掌底でベムスターを押した。
押され、吹っ飛んだベムスターが、後続のバーテックス達を巻き込んで、弾丸のようにすっ飛んでいく。
ティガは激痛をこらえ、気合いを入れる。
食われた腕が、肘のあたりから生えてきた。
ウルトラヒートハッグ後の再生の応用である。
『俺の腕がトカゲの尻尾みたいなもんじゃなきゃ、危なかった……!』
「りゅ、リュウくん! 大丈夫!?」
『俺は脆いがしぶといぞ。新聞紙で叩けば死ぬけどしぶといゴキブリのようにな』
「……結構痛くて苦しい?
そういう自虐冗談、普段のリュウくんはあんまり言わないよね。余裕が無い?」
『……お前はなんでそう他人の気持ちの動きに敏いんだ』
全身爆散であれ、片腕の喪失であれ、敵から受けたダメージと回復にかかる消耗はそのままだ。
肉体は無事に見えても、命がそのまま尽きることもある。
今のは、戦いの始まりに受けていい規模のダメージではなかった。
竜胆は冷静に、敵の陣容を把握する。
星屑とオコリンボールの数はそれぞれ約4000体、約1600万体。
EXゴモラ5体、ザンボラー6体、ベムスター3体、バードン2体。レオは撤退したようだ。
(あの黒い鳥はヤバい……赤い鳥はどうなんだ? 分からん。
だがまず、黒い鳥の数を減らすか、ダメージだけでも与えないと……!)
ベムスターを黒い鳥、バードンを赤い鳥と仮称し、竜胆はベムスターに旋刃盤を投げ込んだ。
燃える炎の旋刃盤が、腹に吸引され、腹に当たり―――腹に、食われる。
『……!?』
これぞ、宇宙大怪獣ベムスター。
宇宙大怪獣の名に恥じないフィジカル、飛行速度、攻撃光線を持っているものの、それだけではウルトラマンは圧倒できない。
この腹の口だ。
あらゆるものを食べてしまうと言われるこの腹の口こそが、ベムスターをベムスターたらしめている。
『リンドウ! アノクロイノト、アカイノ、ショウメンニハゼッタイタツナ!』
ザンボラーを必殺光線で爆散させながら、ケンが叫んだ。
ティガが頷き、敵の側面から回り込むように走る。
だがそこに、ゴモラのEX超振動波、ベムスターの光線、バードンの火炎放射、ザンボラーの熱線が飛んで来た。
かわせない、面制圧攻撃。
『―――』
景色の一部を覆うほどの大爆発。
爆煙と爆焔がティガを包み込んだ。
ティガを倒したか―――と、バーテックス達の思考に浮かんだ、その瞬間。
爆煙の中から、黒い影が飛び出した。
黒い影はEXゴモラの頭上を越えるように跳び、ゴモラの頭上で赤黒に変わる。
EXゴモラの背後に着地した赤黒が、ゴモラの背中に強烈な連撃パンチを叩き込んだ。
神の雷を拳に纏い、強烈な空手の拳を何度も叩き込む。
背面から打ち込まれた拳は、ゴモラ体内の焼かれてはならない場所を雷撃で焼き尽くす。
爆煙の中から飛び出してきたのがティガだ、とバーテックスが気付いたその時には、ティガトルネードがEXゴモラを仕留めていた。
バードンが火を吐き、ザンボラーが熱線を放つ。
熱線を受け止めたティガ・ホールド光波が、受け止めた熱線で火炎を受け止める。
熱線と火炎は異様な反応を起こし、大爆発を起こした。
こうして先程も防いでいたのだろう、ということがよく分かる攻防である。
バードン2体、ゴモラ4体、ザンボラーとベムスターもティガを包囲する。
『こっちは俺が引き受ける! 心配するな!』
一方その頃、勇者達とパワードは、群れ成す星屑・オコリンボール・ベムスターの神樹への進軍を食い止めようとした。
『シュワァッ!!』
ケンがパワードのように叫び、メガ・スペシウム光線を放つ。
今日何度目の必殺光線だろうか。
命を削るようにして、パワードの一億度がオコリンボールを200万体、星屑を800体消し飛ばした……が、これほど総数が減っている気がしないのは、恐ろしい。
『クッ』
オコリンボール殲滅まで、このペースだと最高に上手く行っても、メガ・スペシウム光線を七回撃たなければ倒しきれない。
そんなことをしていたら、先にパワードの方がエネルギー枯渇で死んでしまう。
敵の数が多すぎる。
「ケン! 私が雪女郎で一掃するから、残った大型だけお願い!」
『!』
その時、パワードの足元で、杏の声がした。
「千景さん、レーダーはどうなってますか?」
「大型の反応は一つだけ。パワード一人で大丈夫……だと思う」
「ケン!」
『オッケー、ソノイッタイヲ、トメレバイイノナ』
杏が、クロスボウを空へと放り投げた。
伊予島杏の全力全開。クロスボウから全力の吹雪が解き放たれる。
視界のほとんどが失われるほどの吹雪が、空間を覆った。
低温凍結が弱点のオコリンボールのみならず、特に冷気が弱点でもない星屑も凍りつき、オコリンボール達の向こうにいたベムスターも凍っていく。
体の表面が凍りながらも突っ込んでくるベムスターを、パワードの掌底が迎撃した。
(よし、これで……)
これでレーダーに映っていたのは全部処理できた、と思った、杏の視線の先で。
"レーダーに何故か映っていなかった"ベムスターが、吹雪の元である杏を狙って、一直線に飛んで来ていた。
「!?」
レーダーにそのベムスターは映らない。
バーテックスの類は全て映るのに、何故?
杏は目ざとく、ベムスターの腹の口がピクピクと動いているのを見た。
(まさか……レーダー波も、食べて……!?)
吹雪を中止し、手元にクロスボウを戻そうとするがもう遅い。
間に合わない。
ベムスターが杏をそのクチバシで食べるまで、あと一秒もないという距離だ。
「杏!」
「アンちゃん!」
そこに、ヒーローのように飛び込んで来た若葉と友奈。
二人が左右からベムスターの目を潰すが、止まらない。
ベムスターは目を潰された痛みで絶叫しながらも、その怒りをぶつけるように、杏に向かって一直線に飛び、そのクチバシを開く。
「くっ」
千景が飛び込み、そのクチバシの内側に鎌を叩き込むが、ベムスターは止まらない。
勢いのまま突撃するベムスター。
開かれるクチバシ。
手元に武器も何もない杏は、死を半ば確信する。
(―――これは、もう、駄目かな)
だが、仲間達が杏を守るべく仕掛けてくれた攻撃が、その攻撃がしてくれたベムスターへの僅かな足止めが、最後の守りを間に合わせてくれた。
燃える盾が、杏の前に飛び込んで、ベムスターの突撃を跳ね返す。
「……え」
ティガが決死の想いで投げ込んだ巨大旋刃盤が、杏の身を守っていた。
"杏を守るために旋刃盤はここに在る"と言わんばかりに、旋刃盤はベムスターの突撃をくらってもビクともしていない。
「旋刃、盤……」
旋刃盤を見上げる杏の心境は、いかばかりか。
一方その頃。
杏を守るために敵に背を向けて旋刃盤を投げたティガは、両腕をバードンに食いちぎられ、片足をベムスターに食われ、全身をザンボラーの熱線で焼かれ、腹をEXゴモラの尾で貫かれ、串刺しにされた状態だった。
ゴモラが尾を振るうと、尾先に貫かれていたティガの体が転がる。
旋刃盤を見上げて暖かで嬉しい気持ちになっていた杏の顔色が、さっと青くなった。
『くっそ、手だけじゃなく足も食いやがって……!』
「み、御守さん! 手足が……!」
『手も足も出ねえとはこのことだ……』
手足が生え、傷が塞がる。
『あ、いや、手も足も出たな』
「……あの、自分を大事に……」
『杏は無事か、良かった』
「……もう」
ティガの消耗が、事前想定より激しい。
竜胆が毎日みっちりと自分を鍛え、体力を付けていなければ、ここで確実にグロッキーになっていただろう。
闇と光、そのどちらもがエネルギーであるティガは、スタミナやエネルギーの上限が人間には見定め辛いのである。
このまま行けば、また三分を待たずしてティガの変身が解除されてしまうかもしれない。
(私の雪女郎の吹雪で、視界を塞げば、レーダーがある私達だけが有利だと思ってた……
互いの視界がゼロなら、レーダーの分だけ有利になるって……
でも敵がレーダーに映らなくなることができるなら、むしろ逆。
皆の視界を塞いでしまうような吹雪を私が出してしまうと、敵が認識できなくなってしまう)
状況を分析する杏の可視範囲の中で、ベムスター達は、更に驚くべき行動に出た。
「残っていた吹雪を……食べてる……?」
確かに、この吹雪は、神の力を精霊という形で行使した吹雪だ。
そこには不可思議なエネルギーもあるだろう。
だが、"吹雪を食おう"だなどと、尋常な者が思いつくはずもない行動だ。
氷や冷気というものは、むしろエネルギーがマイナスのものである。エネルギーがあるものからエネルギーを奪うものなのだから。
おそらくは、宇宙で凍ったガスなどを捕食していた、ベムスター特有の習性だろう。
地球では水分補給で氷を食う生物はいるが、栄養補給の目的で氷を食う生物はいない。
ベムスターのその所業が、"これは地球の生物とは違うものなのだ"と、まともな神経と知識を持っている杏を心胆寒からしめる。
レーダー波を食い、冷気まで食う、暴食のベムスター。
(これじゃ次に吹雪を撃っても……)
オコリンボール達はまだ死にきっていない。
低温で動かなくなっているだけだ。
吹雪を途中で止めてしまったがために、杏は殺しきれなかった。
だがもう一度撃っても、ベムスターがまた吹雪を食べてしまうだろう。
怪獣に人間が対策を打つと、バーテックスが対策の対策を打ってくる。
いつものことながら、悪夢のような応酬だった。
『杏、赤い鳥の方の能力が見えない。俺が行くから、敵の能力を見極めてくれ』
「は、はいっ!」
他バーテックスから孤立したバードンが一体いた。
攻速のバランスが取れたティガダークにて、ティガが接近、バードンがそれを受けて立つ。
バードンのクチバシを、腕で逸らそうとする。
甘く見ていた、と言われれば、そうだろう。
貫通力の高いバードンのクチバシは、逸らそうと触れたティガの腕の肉を削ぎ取った。
『ッ』
防ぎきれなかったクチバシが、ティガの肩に刺さる。
何の変哲もない一刺し。
だがクチバシを肩から抜かれた瞬間、ティガは立っていることもできなくなった。
目眩がする。命が尽きていく感覚がある。骨肉が燃え尽きるような激痛が走る。
それは、ウルトラマンですら数秒で死なせかねないほどの、絶大な猛毒。
『うっ……あっ……』
竜胆と杏は、同時にその正体に気が付いた。
「『 ……毒!? 』」
火山怪鳥バードン。
その猛毒は、特別強力なウルトラマンですらあっという間に殺してしまいかねないもの。
ウルトラマンの強固な皮膚を貫くクチバシと合わせれば、まさしく無敵。
様々なウルトラマン達は、"この毒を受けない"という方向性でバードンと戦ってきたが、この毒自体には全く対応できていない。
それほどまでに、強力な毒だった。
このままではティガが死ぬ。
『う……ぐ……ううっ……毒、ならっ!!』
普通のウルトラマンなら、下手に踏ん張ってこのまま死ぬか、一刻も早く病院に連れられて寝たきり状態になるかの二択だ。
普通の、ウルトラマンなら。
『ウルトラヒートハッグッ!!』
毒に侵されたティガがバードンに抱きつき、その体が真っ赤な光に染まり―――内側から吹っ飛んだバードンと、爆発に巻き込まれたティガが、粉々に爆散した。
そして、再生したティガが悠然と立つ。
『残念だったな。
猛毒対策はスコーピオンで万全だ。
肉体を全て爆散させれば、肉体から毒も抜け、毒の影響は残らない!』
「御守さんが人類の医学の発展に真っ向から逆らってる……」
敵の毒に殺される前に、脳の一部を残して肉体の大部分を粉々にして、毒が回るのを防ぐ。
殺される前に自爆する。
完璧で頭の良い対応であった。
毒が完璧に抜けたティガが構えて、もう一体のバードンが後ずさる。
逆に、ベムスターは前に出る。
バードンはこのティガと相性が悪い。
クチバシも毒も致命傷にならないからだ。
逆にベムスターは嬉々として戦う。
手足を食っても新しく生えてくる、最高のご飯であるからだ。ティガがいくら再生しようが、捕食消化してしまえば関係ないので、逆にベムスターはティガと相性が良い。
ティガを食おう、と飛びかかるベムスターの顔面を、消耗の極みにあるティガダークの腕がガシッと受け止める。
そしてティガトルネードのアッパーが、豪快にベムスターのアゴを打ち上げた。
トン、とティガの背中に何かの背中が触れる。
パワードの背中だ。
背中を通して、互いの疲労が伝わる。
だが、疲労はしていても、頼りになる背中だった。
竜胆がケンに対して思うだけでなく、ケンが竜胆に対しても、そう思っていた。
『マダイケルカイ』
『まだまだ余裕ですよ』
ザンボラーを一掃したパワードと、バードンを倒した竜胆が、背中を合わせてしかと立つ。
大型残り、EXゴモラ3、ザンボラー0、ベムスター3、バードン1。
腹を抑えて、痛みに泣きそうになりながら、ネクサスは必死にメタフィールドを維持する。
メタフィールドは、ネクサスの体と命から作るもの。
アナスタシアの腹に穴が空いているこの状況では、本来維持できるものではない。
それだけ、彼女が無茶をしているということだ。
既に結界の端は揺らぎ始めてしまっている。
『あう……いたい……ううっ……』
アナスタシアが見つめる戦場で、いくつもの旋刃盤が空を舞っていた。
その旋刃盤を足場にして、ティガ・パワード・若葉が跳び回っている。
複数の旋刃盤を空中で足場にすることで、飛ぶのではなく跳び、立体的に攻め立てるのだ。
バーテックス達は独特の移動軌道に追い込まれていく。
『綺麗な……連携……』
御守竜胆は戦闘の天才だ。
その才覚を、"仲間との連携戦闘の確立"に使い、その強さを更に伸ばしている。
仲間と共に戦うたび、仲間とできる連携技は増えていく。
仲間が一人減るたび、仲間とできる連携技は減っていく。
仲間と共に戦う強さを見せるティガを、こうして見れば見るほどに、アナスタシアは仲間が誰もいないのに一人で戦う未来のティガの姿を思い出し、目を覆いたくなる。
『これだって……すぐに……見られなくなる……』
竜胆は言うだろう。
仲間との連携は強いだろ、と。
仲間と一緒に戦ってるから俺は強いんだ、と。
これが絆の力だ、と。
だが、アナスタシアは知っている。
竜胆は結局、一人で戦っても強いのだと言うことを。
彼は強いから、戦いで仲間が死んでも彼は生き残るのだということを。
仲間が死んでも、彼は強いから、仲間が死んだ後も一人で勝ててしまうことを。
それが、竜胆の過去の言葉を否定してしまうことを。
アナスタシアは知っている。
それもまた、彼が歩む地獄の道の一つ。
"仲間が居てくれたから俺は強い"という、竜胆が嬉々として語る言葉を、『仲間が死んだ後の竜胆の方が強い』という現実が、粉砕していく地獄。
『なんであたし……諦められないの……なんで……』
全てを諦めれば楽になれる。
いくつかのものを諦めれば、未来が変えられる可能性も0じゃない。
なのに、アナスタシアは諦められない。
諦められないから、決められた未来への道筋を外れられない。
諦めを受け入れるなら、メタフィールドの展開をやめる、それだけでいいのに。
『なんで……』
アナスタシアは、諦めることができなかった。
ティガトルネードが、ベムスターを投げ飛ばす。
腹の口には、最大限に気を付けて。
(胴回りを殴る蹴るできないのは、地味に痛いな……!)
ベムスターの胴は非常に広い。
腹の口を警戒し、ここを攻撃しないとなると、攻め手がかなり限られてしまう。
バードンといい、ベムスターといい、その脅威は怪獣前面に集中している。
足を止めて真正面からガチンコで殴り合うティガトルネードとは、地味に相性が悪かった。
正拳突きなんてしてしまえば、腕が腹の口に食われてしまう。
立ち上がろうとしたベムスターにローキックし、再度転ばせ、空を見上げる。
空には、空高くから急襲せんとするバードンがいた。
『若ちゃん!』
「ああ!」
ぐぐぐ、と引き絞ったティガの拳に、若葉が乗る。
巨人が拳を突き上げ、同時に若葉が跳躍した。
凄まじい慣性力が若葉にかかり、意識が飛びそうな負荷に若葉が歯を食いしばる。
超高速で飛び上がる青い流星が、腰の刀に手を添える。
空より落ちて来る、翼あるバードン。
空へと舞い上がる、翼なき若葉。
両者が空中で激突し、意表を突かれたバードンの反応が遅れ、若葉の刀が空を走る。
若葉の刀が、バードンの頬に付いていた袋の根本を切った。
バードンが空中で何故かフラフラと揺れ、明後日の方向に墜落する。
同様に落ちて来た若葉を、ティガが優しくキャッチした。
『こうしてるとお姫様抱っこしてるみたいだ』
「私にはそう見えんぞ。あと、誰がお姫様だ」
墜落したバードンがフラフラとしているのを見て、"今行われた杏の作戦"をよく理解していなかった友奈が、驚きの声を上げる。
「ほ、ホントに決まった! アンちゃん、あれどうなってるの!?」
「友奈さん。
ティガに毒を流し込んだ時、頬の袋が収縮していました。
あれはおそらく毒袋です。
毒袋が体の外側に飛び出しているのは、冷却のためか、でなければおそらく……
自分の体の中に、毒袋の中身が混ざってしまった場合、自分の毒で自分が死んでしまうから」
「自分の毒で死んじゃうの!?」
「自分の毒で死んでしまう生物は多いですよ。人間だってそうです。
自分に有害なものを自分で生み出してしまうのは生物の常。
だからどんな動物にも、排出という機能が備わっているんですから」
バードンは頬の袋が毒袋であると見切られ、杏が指示した部位を若葉に切られたことで、毒袋の毒が体内に流れ込んでしまったのだ。
杏の知識があり、若葉の正確無比な斬撃があり、それを怪獣相手に通じるレベルにまで押し上げられるティガがいた。
暴走していないティガでは、バードンの飛行速度には絶対に追いつけない。
空に上がったバードンには対抗できないはずだった。
だが、工夫と連携は、個人では勝てないような敵でさえも凌駕する。
『うちの頭脳は、頼りになるだろ』
竜胆の台詞に杏が照れる間もなく、ベムスター三体が竜胆へと襲いかかる。
『ちっ』
ティガトルネードは前蹴りで距離を調整、しようとして、腹を蹴ることになりそうだった今の自分を必死で止める。
顔面に正拳突きを叩き込もうとするが、ベムスターの強靭な腕に受け止められてしまう。
そして残り二体のベムスターが突き出した爪に、ティガトルネードの肉を抉られてしまった。
『ぐっ……!』
「友奈、千景、援護だ!」
「うん!」
「パワードの援護に五体回してるから、こっちは二体だけって、念頭に置いておいて」
勇者の援護のおかげで九死に一生を得て、なんとかピンチから立て直すティガ。
ティガが相手にしているのが、ベムスター三体。
パワードが相手にしているのが、EXゴモラ三体。
ティガの消耗は激しく、パワードも光線を連打していれば圧倒できるはずのゴモラ相手に押されていることから、光線連打ができないほどに弱っているのが見て取れる。
大技で押し切れるだけの、体力がない。
ティガとパワードのカラータイマーが点滅を始めた。残り活動時間、一分。
(ヤバいな……立ってるだけで手足が震えてきた……俺はあとどんぐらい戦える……?)
毒袋からの毒の流入で、フラフラとしているバードンもまた、ティガの背後を取る。
ティガを包囲する怪獣が、三体から四体に増える。
竜胆は状況を打開すべく、考えに考えた。
どうする、という思考はあった。
諦める、という思考はなかった。
諦める気など、さらさらなかった。
『諦めるかよ』
バードンがティガの背後から迫る。
ベムスター達が前、右、左から襲いかかる。
ティガトルネードは穏やかに構え、背後にバードンが接近した瞬間鮮烈に動き、バードンのクチバシをかわしながらその頭を掴む。
そして、眼前のベムスターに、バードンの頭を叩きつけた。
『俺達を諦めさせるのは―――世界を滅ぼすより難しいぞ、馬鹿野郎共ッ!!』
バードンの毒のクチバシが、ベムスターに刺さる。
同時にティガが毒袋を握ったことで、クチバシから毒が流し込まれた。
ベムスターが怒り狂い、バードンを攻撃しながら突き放そうとする。
バードンはわけもわからず、自分を攻撃するものを殺そうとする。
そしてティガの腕に固定された渾身の旋刃盤が、二体まとめて首を切り、絶命させた。
『未来を諦められるほど……長く生きてねえんだよ……俺達はっ……!』
ベムスター残り2。バードン全滅。
竜胆は両手の旋刃盤でベムスターの攻撃を受け、近接戦において極めて強いゴモラに囲まれているパワードの援護も考え、そちらを見た……見た、のだが。
その瞬間、EXゴモラの一体が、弾け飛んでいた。
『!?』
誰だ、と思うまでもない。
この戦場には、体の状態を無視すれば、光のエネルギーがまだ有り余っている者が一人いる。
アナスタシアが、自分の体の状態を無視して、必殺光線を発射したのだ。
「アナスタシア! 無理はするな!」
若葉が叫ぶが、アナスタシアは応えない。
応えられるだけの余裕が無いほどに、痛みを堪えているのだ。
ネクサスは再び、光線の構えを取る。
パワードもそれに合わせ、一刻も早く戦いを終わらせるべく、力を溜めた。
パワードが手を十字に組んで、ネクサス・ジュネッスパーピュアが、胸の前で光を纏った拳と拳を打ち合わせる。
『ストライクレイ……シュトロームっ……』
組まれた十字と、打ち合わされた拳から、同時に光線が発射された。
パワードの一億度がEXゴモラを爆散させ、ネクサスの光線がEXゴモラを青い光の粒子に変える。
『なんだありゃ……"分解"……?』
それを見ていた竜胆は、見たこともない光線に目を丸くした。
パワードは分かる。
あれはただひたすらに強力な光線であり、大抵の者が耐えられない超高熱の光線だ。
だがネクサスは違う。
ネクサスの光線は、相手を爆発させなかった。
爆発ではなく―――
ジュネッスは、
アナスタシアの場合、胸の前で打ち付けた拳から放つ、直径40mほどの太さの拡散直射光線となる。今、ゴモラ二体に二連発したのがこれだ。
これには分子レベルの分解能力があり、受けた怪獣は細胞一つ残らない。
対象の物理的な硬さをまるで無視して、青い光の粒子に変えてしまうのだ。
アナスタシアは諦められない。
結局、ケンが死ぬかもしれないこの状況で、ケンの命すら諦めることができなかった。
『あと、二体……!』
二体のベムスターに両腕を食われながら、ティガが勝機を探して立ち回る。
ティガが両腕を生やしたタイミングで、ケンが声を張り上げた。
『リンドウ!』
『!』
ケンが声を上げ、
予想通り、と言わんばかりにベムスターが腹の口で光線を吸収……は、できず。
ベムスターとベムスターの間を、光線が素通りする。
そして、"パワードの光線をホールド光波で受け止めた"ティガが、光線を跳ね返し、ベムスターの背中に直撃させる。
ベムスターが光線を吸収できるのは、自分の前面のみ。
光線の直撃が、ベムスターの肉体を爆散させた。
(おっもい……なんて光線の重さだ! 手加減はしてもらってるはずなのに……!)
パワードはかなり手加減して撃っていたが、それでも跳ね返したティガの手が痺れ、ベムスターは一瞬で爆散した。
なんという恐ろしい威力。
初代ウルトラマンの必殺光線の五倍の威力、というのは伊達ではないということだ。
最後のベムスターはティガとパワードを見比べ、近い方のティガへと襲いかかる。
ティガトルネードは旋刃盤を連発した。
だが、正面からの光攻撃に対し極めて強いベムスターは、片っ端からそれを食う。
連発のせいで狙いも甘くなってしまったのか、いくつかの旋刃盤は大きく外れ、ベムスターに当たりもしない。
ベムスターはそのまま旋刃盤、ティガの順に食おうとして―――結局、最後まで、"ティガがパワードに旋刃盤を投げ渡していた"ことに、気付かなかった。
パワードの尋常でない筋力で投げつけられた旋刃盤が、背後からベムスターの首を刎ねる。
『俺達は一人じゃない』
ベムスターは、正面からの攻撃にめっぽう強い。
だがそれは、前面にだけ発動する防御能力だ。
一人で戦うウルトラマンに対しては、天敵と言っていいレベルの強さを発揮する。
されど、二人以上で戦うウルトラマンならば。
何人もの、勇者とウルトラマンのチームであれば。
決して、倒せない敵ではない。
背後を取ることだってできるからだ。
"一人では絶対に苦戦する怪獣"。
"一人でないなら必ず倒せる怪獣"、そういうものなのだ。
ウルトラセブンに助けられたウルトラマンジャックが、ベムスターを地球で倒したその時から、ずっとそうだった。
『だから、一人じゃ勝てない敵にだって、勝てるんだ!』
最後のベムスターを片付け、ティガは膝をつく。
パワードもまた、その場に座り込んでいた。
ネクサスも含め、全員に立ち上がれるだけの余裕がない。
『大型は全部片付いた……残りは……』
「危ないっ!」
その時、ティガの背後を狙った光線を、飛び込んだ千景がその身で受けた。
千景の体がバラバラになり、光線がそこで止まる。
『ちーちゃん!』
「ぐんちゃん!」
「まあ痛くも痒くもないんだけど……」
「『 台無しだよ 』」
まあ千景の能力からしてこんなことでは死なないのだが、それはそれとして。
『やっとベムスターを倒したと思ったら、オコリンボールが元気になってきたか……』
ベムスターが吹雪を食うせいで、吹雪をオコリンボールに当てることはできなかった。
そのせいで、オコリンボールはすっかり回復。
それどころか、他の怪獣型バーテックスの血を吸い、星屑を肉の補填として吸収し、どんどん数を増やし……あっという間に、数億体規模にまで、数を増やしてしまっていた。
仲間を食って、増えたのだ。
多い。
多すぎる。
だが、ただ多いだけなら、オコリンボールの触手で貫けない勇者衣装を持った、勇者の独壇場である。
バーテックスの殺人本能を持たされ、生来の殺戮本能を倍加させたオコリンボールが、そんな状況を許せるわけがない。
殺人ボールは、一点に集まった。
巨人を殺すために。
勇者を殺すために。
そうして、本来60mであったはずの合体個体を遥かに超えた、150m級のサイズの人型モドキ大怪獣へと変貌してしまった。
ティガ、身長53m。
パワード、身長55m。
ネクサス、身長49m。
これでは肩車しても届かない。
顔が星屑のような形になっていて、造形がとても気持ち悪かった。
『で……でっかっ……!』
ティガトルネードは根性で立ち上がる。
赤い光が輝いて、竜胆を叱咤するかのように、球子の光が足に力を与えてくれる。
ティガはオコリンボールの足を蹴って攻めるが、ぬるっと滑ってしまった。
合体怪獣状態のオコリンボールの特性は、格闘技無効。
殴っても弾かれるか滑る。
掴み辛く、締め技や関節技で足を攻めても効果があるように見えない。
ボブがくれた空手の完全無効は、光エネルギーが尽きかけの今のティガにとって、限りなくトドメに近い最悪だった。
パワードも援護してくれたが、パワードの二億トンキックですら効果がない。
なけなしの力で光線を撃つとしても、どこに撃つ?
これは小型ボールの集合体だ。
末端を爆散させたところで、他の個体は生き残る。
全体を倒すためには、決定的なところに打ち込むしかないが、それがどこかは分からない。
『気持ち悪! なんだこれ!』
『……ヤリニクイ!』
掴んで投げ転ばそうとしても、滑る。
そもそも大きすぎて投げに行けない。
習った空手の一撃が、とにかく効かない。
パワードの光はとっくに限界で、ネクサスは倒れたまま動かず、ティガは前述の二人以上に消耗とダメージが大きい。
技を出せるのは、ティガがあと一回、それが限界だろう。
(ヒートハッグ、旋刃盤、ホールド光波、どれを撃てば……)
その時。
ティガと同じくらいの無茶をする覚悟で――ティガにこれ以上の無茶をさせない覚悟で――杏が渾身の吹雪を叩き込んだ。
限界を超えた最大出力。
凍結が弱点であるオコリンボールの動きが鈍り、体が徐々に凍結していく。
一つの市を丸ごと雪の世界にできる出力を、合体オコリンボール一体のみを対象として収束し、更にパワーを引き上げていく。
その果てに、杏は"酒呑童子の一段下"に至るレベルにまで、出力を上昇させていた。
『杏!』
「凍れ、凍れ、凍れ……凍れっ!!」
心が震え、ティガが限界を超える。
巨大オコリンボールに飛びかかったティガの手刀が、オコリンボールの胸に刺さった。
吹雪が冷たい。
ティガの体も凍っていく。
だが吹雪の冷たさに負けじと、ティガの全身も赤熱の光に包まれていく。
『―――熱い女だろ、うちの伊予島杏は』
内側に注ぎ込まれる赤き熱。
外側に吹き当てられる白き吹雪。
熱で膨張する内側と、冷気で収縮する外側。
これは、急に熱いものを注いだり、急に冷やした時、
オコリンボールはもがき、ティガを叩いて落とそうとするが、それで落とせるわけもなく。
『俺の熱さも―――喰らっとけッ! ウルトラヒートハッグッ!!』
ヒートハッグの高熱爆破と、オコリンボールの細胞致死低温を下回る極寒の吹雪が、オコリンボールの細胞を一つ残らず死滅させた。
敵全てを倒しきったティガの変身が解け、気絶した竜胆が無防備に落ちていく。
それを、吹雪が積み重ねた白い雪が、ぽふんと優しく受け止めていた。
落ちる場所まで予想しながら、広範囲に雪のクッションを作っていた杏はほっとする。
"落ちる場所を正確に計算する頭の良さ"があったからではなく、"落ちたら痛そうだから"という痛みを予想する優しさがあったからこそ、これができたというのが、何とも杏らしかった。
無茶をして、過剰な精霊出力を出してしまった杏は入院。
勇者も全員検査入院……の予定だったが、精密検査だけで済まされる。
アナスタシアも緊急手術の予定だったが、応急処置で腹の傷を塞がれ、それで終わり。
ケンも竜胆も新しい傷が増えたが、竜胆だけはピンピンしている。
竜胆はすぐに傷が治るため、無茶をさせるのはまだ分かる。
だが他の者達は何故こんな扱いなのか?
それは、アナスタシアの予言が原因である。
三日後に敵の侵攻。
その日、パワードが死亡する。
一週間後にも敵の侵攻。
その日、ひなたが死亡する。
その約二週間後、千景と杏が死亡。
その翌日、若葉が死亡。
その12日後、友奈が死ぬ。
その10日後、アナスタシアが死ぬ。
今回の侵攻は、ほんのジャブにすぎない。
一歩間違えれえば、秒単位で何かが手遅れになれば、それだけで人類も世界も滅んでいたが、それでも開幕の一時にすぎないのだ。
ベムスター、バードン、オコリンボールと、少しでも気を抜けばあっという間に死人を量産する敵が増えたが、それでもまだ序章に過ぎない。
勇者も、巨人も、入院させて休ませてやれる余裕が無い。
アナスタシアは本当は手術がしたいレベルで腹の傷が開いていたが、無理をして応急処置で済ませて、丸亀城待機のまま。
大社は医者を丸亀城に常待させて対応する、と言っている。
人道的に考えれば信じられない対応だ。
……そして、逆に言えば。
入院させられ、実質戦線離脱状態になった杏は、このアナスタシアよりも危険な状態だと、大社が判断したということでもあった。
精霊の負荷が、よほど大きかったらしい。
病院の待合室で、竜胆は仲間達の心配をし、胸痛ませた。
不安や恐怖が心の闇を膨らませ、心の闇がそれらを助長する。
(油断するとすぐ出てくるな……心の闇)
竜胆視点、戦いが終わった時は、杏は大丈夫なように見えた。
病院の検査で引っかかったということは、ダメージは目に見えない内臓などか、あるいは精神的なところか。
何にせよ、竜胆の前では強がっていた、ということなのだろう。
竜胆は深く息を吸い、思いを馳せ、深く息を吐く。
杏以外の皆の状態も、心配でないと言えば嘘になった。
うつむく竜胆に、大社職員に押される車椅子に乗った、アナスタシアが声をかける。
「何やってんの?」
「アナちゃん? 大丈夫なのか、腹の傷」
「大丈夫じゃないよ。
ストーンフリューゲルも無いし。
傷が早く治ってくれないから、丸亀城でじっとしてるしかないんだもん」
「ストーンフリューゲル?」
「壊れた物のこと知ってもどうにもならないよ。さ、あたしを丸亀城まで送って」
「ああ」
大社職員から車椅子を渡され、竜胆はゆっくり車椅子を押していく。
優しく、ゆっくりと、アナスタシアの傷に響かないように。
アナスタシアが何も言っていないのに、自然とアナスタシアの傷を気遣ってくれる竜胆の押し方が、とても心地よくて、アナスタシアの表情は和らいだ。
「車じゃなくていいのか?」
「車が小石踏んだくらいの振動でも、あたしのお腹の傷が開くって言われた」
「……ああ、それなら、特製の車椅子をゆっくり押して行った方がいいな。
俺も最大限に気を付ける。小石も段差も全部避けて、っと、この小石も駄目か」
「今なら道路の真ん中進んだって誰にも文句言われないよね」
病院の外は、静かだった。
街は、とても静かだった。
今の四国で、外を出歩くものは誰もいなかった。
「だって、誰も居ないし」
非常事態宣言と、一部を除いた四国全域に避難指示が出された。
結果、四国のほとんどの人間は、大社が以前から用意していた各地の避難所に総避難。
ほとんどの人間が家に帰ることすらできない、自由に避難所の敷地からも出られない、そんな状態にあった。
これでなんとか、四国全域に人が散っているという状況は回避された。
四国全ての人間が、四国全ての場所で狙われているなんて状況になれば、勇者もウルトラマンも守りきれない。
そんな状態で四国全域を守れるのなら、それは規格外を極めたウルトラマンだけだろう。
人間というバーテックスの殺害対象を避難所に集めることで、それでようやく、人類は防衛という概念を成立させることができる。
樹海化が無力化された以上、この対応は必然のことだった。
戦いは次のステージへ進む。
明るい未来を、四国のほとんどの者が想像できていない。
人類に最後に残された方舟に満ちるのは、絶望、恐怖、諦観。
"世界の終わりを皆が想像している空気"。
動く者が誰もいない街は、まるで死んでいるかのようだ。
四国の全ての街が、もはや死んでいるも同然の状態。
最後に残った人の世界、死にかけの世界。
まだ、死んでいないだけの、世界。
「寂しいな」
「あたしは、あんまりこういう街、好きじゃないな」
「奇遇だな、俺もだ」
誰も居ない、活気の欠片も無い瀕死の街。
そこに、小さな足音が響く。
子供が自由に出歩くことも許されていない状況で、竜胆とアナスタシアの前に、小さな子供達が何人も現れた。
「あ、いた!」
「? 避難所から抜け出してきたのか、腕白だな」
「……子供は純粋ね。あたしと違って」
「お前も十分子供だろ、アナちゃん。てか、純粋って何の話だ?」
「子供の話、聞いてれば分かるよ」
子供達が、竜胆の周りに集まった。
「ウルトラマン! 助けてくれてありがとー!」
「守ってくれてありがとー!」
「あんがとなー!」
「―――」
それは、きっと。
かつての竜胆が。
貰えるだなんて、一度も想像していなかった、そんな言葉だった。
「おとなはみんな、うそつきだ!」
「ティガはぼくらを守ってくれたもん!」
「僕らのウルトラマンだもんね!」
竜胆は湧き上がる衝動を、ぐっと堪える。
その感覚は、心の闇を抑える感覚に似ていた。
だが、似て非なる何かだった。
心の闇ではない、強い心の衝動を、理性でぐっと抑えるのは……竜胆にとって、初めての体験だった。
「大人は嘘つきなんかじゃないよ」
穏やかな声で、優しい口調で、竜胆は子供達の頭を撫でながら、諭す。
「ただ、君たちを悪いやつから守りたいだけなんだ。
悪いやつから子供を守ろうとする、正しい人達なだけなんだ。
そんな大人と、君達と、仲間を……悪いやつから守りたいだけなんだ、俺は」
正しいのは大人だ。
虐殺者は敵視するのが当たり前。
子供達は間違っている。
竜胆が虐殺者だというのは常識なのに、大人の忠告も無視して、自分が信じるものだけ信じて、危険な竜胆の近くに来てしまった。
それは一種の無謀であり、一種の勇気である。
これが"竜胆に会う"無謀ではなく、"危険な場所に作られた秘密基地に行く"無謀であったなら、子供達は大怪我を負っていただろう。
いや、そうでなくても、竜胆が間が悪く、心の闇が暴走したような状態だったなら、子供達は間違いなく危険だった。
子供達の行動と選択は、間違いなく間違っている。
正しさが救えないものもあり、間違いが救うものもある。
子供達のその間違いは、きっと竜胆の心に救いと強さをくれる、救いの間違いだった。
「俺は、ずっとそうだよ」
竜胆が、子供達の頭を撫でる。
ケンにとって、竜胆は子供なのだろう。
だが子供達にとって、背が高く、掌も大きく、頼り甲斐のある笑みを浮かべる竜胆は、きっと頼れる大人だったのだ。
「俺はな。
悪いやつから子供を守ろうとする、そんな大人を……
……人を殺してしまうような、悪いやつから守りたかったんだ」
そんなあなただから苦しむんだ、とアナスタシアは思った。
「―――君達みたいな、誰にもいじめられる理由のない子供を。守りたかったんだ」
子供達が、憧れるような目で、竜胆を見上げる。
とても大きな巨人のティガも。
とても大きな身長の竜胆も。
子供達にとっては等しく、見上げるものであることに変わりはない。
「お父さんやお母さんの言うことをよく聞いて、避難所で大人しくしてな。
俺が、必ず。元の日常を取り戻す。
君達に……もっと広い世界を、元の世界を、手渡してみせる。約束だ」
「約束!」
「ティガ! 頑張って!」
「負けないでね!」
「ああ」
そういう約束をするから、仲間が皆死んでも自殺できなくなるのだと、アナスタシアは思った。
「どうも」
「あ、大社の……っていうか、前に丸亀城のデモで、俺を助けてくれた人?」
「
「あの時はありがとうございます。俺、助けてもらったのにお礼も言えてなくて」
「それを言うならこっちもだ。
昨日はよくやってくれた、ティガ。
子供達はこっちで避難所まで連れて行くから、安心してくれ」
「助かります」
どうやら、子供達が抜け出していたことはすぐバレていたらしい。
子供が避難所を抜け出し、竜胆を探してお礼を言って、それで終わり。その程度の時間で子供達を見つけるあたり、大社の有能さが窺える。
抜け出しても平気だと思っている子供達と違って、大社は子供達が避難所から出てしまったことを深刻に受け止めていたのかもしれない。
大社の万は、アナスタシアに向けて頭を下げた。
「どうも」
「こんにちは」
「アナスタシア様。正樹から伝言です。
『死者数、建物被害、三月の君の予言通りだ』と」
「そりゃそうよ」
「……え?」
竜胆の頭の中が、真っ白になる。
アナスタシアは眉一つ動かさない。
そう。懸命に戦った結果、未来は何も変わらなかった。
毛の先ほども、何も、変わってはいなかった。
「あ、あの! 大社の人に、死人が出たんですか……?」
「ああ」
「一体、何人が犠牲に……?」
「……大社の機能が麻痺するほどじゃない」
「それは」
「待て。これ以上聞くな。こっちはこれ以上何も話せない。
何人死んだかなんて気にするな。君達は戦いに集中しろ」
アナスタシアの予知は何も外れていない。
死ぬ人は死んだ。
壊れるものは壊れた。
運命は覆されていない。
皆が皆、戦いの後に病院に入り浸るくらい、限界を超えて戦ったというのに。
「あたしの見た未来は変わらないよ。
ううん、違うな、そうじゃない。
みんながみんな、頑張って、命を燃やして、限界を超えて……
それで辿り着ける"最良の未来"が、神世紀に繋がる未来ってだけの話なんだよ」
「死んでる時点で最良もクソもあるか!」
万も、子供達も、見えなくなった。二人は丸亀城に向かいながら、話を続ける。
「俺達は昨日、未来を変えられなかっただけだ」
竜胆は諦めない。
だから未来への道筋を辿る。
アナスタシアは諦められなかった。
だから未来への道筋を辿る。
竜胆はアナスタシアの肩に優しく手を乗せ、力強く宣誓する。
「俺達は必ず、未来を変えてみせる」
アナスタシアは泣きそうな顔をしている。
そこには未来への絶望だけでなく、竜胆への同情も含まれていた。
少女の手が、肩に乗った竜胆の手に添えられる。
「そうやって最後まで諦めなかった自分を……
最後まで諦めなかったせいで、一人残されてしまった自分を……想像したことある……?」
少女の手が添えられた、少年の手が、小さく震えた。
「あるよ。
怖いよ。
正直言って、本当にその未来は怖い。
でもな、俺は勇気を貰ったから……何も恐れないって、決めたんだ」
少年の手の震えが止まる。
その手に宿るのは強さだと、アナスタシアは理解している。
「俺達を、信じてくれ」
「あたしが信じてないのは、ハッピーエンドだけよ」
優しく押された車椅子が進んでいく。
前に進んでいく。
歩いていれば、誰もがどこかに辿り着く。
辿り着いてしまう。
時間が止まらず動いているから、いつか必ず、未来に辿り着いてしまうのと同じように。
辿り着いてしまうことが地獄なら、人はどうすればいいのだろうか。
「ああ、そうだ。
アナちゃんさ、皆のことおねーちゃんって呼んでただろ?
俺のこともさ、おにーちゃんって呼んでくれないかな」
「へ?」
「俺も妹のように扱うからさ、頼むよ」
「なんで、そんな突然……」
アナスタシアは未来のことを思い出す。
自分は彼のことをそうは呼んではいなかったはずだ、と思い出す。
「お前を絶望させる未来を倒して、変えるよ。約束する」
竜胆のスタンスは変わらない。
「俺の仲間を絶望させてる時点で、その"未来"もバーテックスと変わらないしな。
俺の仲間をいじめてるんだ。そんな"未来"、パーンと倒して、どっかにやっちまうよ」
「―――」
変わらないが、言い草が変わった。
アナスタシアを絶望させるものを倒すのだ、変えるのだ、と言い始めた。
アナスタシアが絶望しているから、アナスタシアをいじめている"未来"とやらをどっかにやってしまおうという、戦いの動機。
「……竜胆おにーちゃん」
「おう」
「何度でも言うよ。それは、苦しくて、辛くて、なのに無駄なことだよ」
「俺を"おにーちゃん"って呼んでくれる子に明るい未来がないとか、俺には許せないんだよ」
「……」
「必ず、お前の未来を勝ち取る。奇跡ならいくらでも積み上げてやるさ」
それは、愛した妹をその手で殺した兄にとって、命よりも重い誓いだった。
「……んー、なんだかなあ。本当にもう、なんだかなあ」
「頑張るさ。俺は精一杯、頑張る。限界だって超えてやる」
「あたしの周りのみんなはみんなこうで、だから、だから……」
「だから?」
「なんでもない。本当にもう、みんなは、なんだかなぁ……」
アナスタシアは、照れたように首を振った。
「第一、みんなアナちゃんアナちゃんって。
日本人的な、子供扱いの愛称でばっかり呼んで。
友奈おねーちゃんなんて、
『ヒナちゃんアンちゃんアナちゃんで愛称が三姉妹っぽくなったね!』なんて言って……」
「日本人的?」
「ロシアじゃそういう愛称は使わないもん。
アーシャとか、ナスチャとか、スターシャとか、ナターシャとか言うんだよ」
「アナちゃんはなんて呼ばれてたんだ?」
「……おとーさんとおかーさんは、向こうの友達は、皆ナターシャって呼んでた」
「そっか。じゃあ俺もそう呼ぶよ」
「別にいいのに」
「俺には不足してるものが山ほどある。
なのに、ナターシャの兄気取りで接してるんだ。このくらいはさせてくれ」
少し嬉しそうに、ナターシャは頷く。
「バカなおにーちゃんだなぁ」
「賢いお兄ちゃんだと妹のために命は懸けられないかもしれないからな。
だったら、何も考えず妹のために命を懸けられるバカの方が生きてて楽しいだろ」
「あたしはおにーちゃんの妹じゃないんだから、そこまでしなくてもいいんだよっ」
ナターシャは、楽しそうに笑った。
未来のことを、少しだけ忘れて、素直に笑った。
ハーモニカをボブから習った杏、ロシアの少女ナターシャ、
予言された日だけ一般市民を避難させたいというのが大社の本音ですが、未来が見えてるという話をすると、死者数も確定しているので大混乱待ったなしなのでできないという