夏空の下、ウルトラマンは、友をいじめた子供達を虐殺した 作:ルシエド
避難所はもう限界だと、安芸は感じた。
(もう結構ヤバいんじゃないの、これ)
オコリンボールの襲来の後、安芸は大社でいつも見ていた大人や巫女が、何人もその姿を消しているのに気付いた。
詳しくは説明されなかったが、死んだのだろうと安芸は考えている。
十数人の内の数人が死んだのだとしたら、大社全体で一体どのくらいの人間が死んだのだろうか……安芸には分からない。
民衆や勇者などの動揺を恐れ、大社は大社の犠牲者数を公表していなかった。
だからだろう、巫女である安芸が普通の人と一緒に、普通の避難所に避難させられているのは。
安芸は気付いていないが、これはつまり"もう一度大社が攻撃目標にされても大社に関わる人間が全滅しないように"という戦略だ。
何万人死んでも、各避難所に大社の人間や巫女が残っていれば、大社は再起できる。
犠牲を前提とした『負けない』戦略であると言えるだろう。
安芸はそうして香川の避難所に避難していて、周りの空気に嫌なものを感じていた。
(皆カリカリしてるし……)
古今東西、避難所というものは嫌な空気が満ちるものだ。
"次が来るかも"という、避難の原因になったものへの恐れ。
家に帰れないストレス。
沢山の人間が一つの建物に押し込まれている圧迫感。
見知らぬ人達が大勢近くにいることによる不快感。
いつ帰れるかも宣言されず、募る未来への不安。
起こる隣人とのトラブル。
トラブルを起こした人と、それでも避難所で顔を突き合わせていないといけない鬱憤。
いつもしていた日課ができず、簡単な食べ物や嗜好品の自由までもが制限される苦痛。
家に帰らせてくれ、と当たり前のことを言っても、通らない。
5月10日の非常事態宣言からもう一週間が経っている。
避難所はかなり広めのものが用意されていたが、放り込まれた人間の数があまりに多い。
一週間、避難所の敷地内から出られない心理的重圧は相当なものだろう。
安芸が見る限り、避難所の人達の爆発はそう遠くないように思えた。
避難所の空気が嫌で、安芸は敷地の端まで歩いていく。
巫女としての彼女の能力が、ぼんやりと夕日を見ていた彼女に、"神樹の動揺"という形で危機を知覚させた。
「……? ! で、出たっ!」
結界の北側から現れるゼット。
安芸は慌て、動揺し、されどその向かい側に現れた黒き巨人を見て、無条件で安心した。
彼女がゼットの強さを知らなかった、というのもある。
だが彼女は、黒き巨人の背中を見て、無条件で安心していた。
その背中を、彼女はいつも信じている。
「……御守くん」
やがて黒き巨人が、炎を纏って赤黒の巨人になる。
旋刃盤を振るって、一兆度の炎の連射を受け止め、街を守るティガを見た。
自分が何故そう言うのかその理由も分からないまま、思わず安芸はその名を呼ぶ。
「球子?」
赤黒の巨人は紫黒の巨人に変わり、冷凍光線をゼットに叩き込む。
受け止めたゼットの槍が、綺麗に凍りついていた。
自分が何故そう言うのかその理由も分からないまま、思わず安芸はその名を呼ぶ。
「杏ちゃん?」
巫女・安芸真鈴は、かつて自分が導いた二人の勇者の名を呼んだ。
何故、ティガに対してそう言ったのか、自分自身でも分かっていない。
彼女が巫女だからだろうか?
ハッキリしたことは分からない。
だが、"ティガが一人でないこと"だけは、何故か確信が持てた。
ティガの巨人は、一人で戦っても一人じゃない。
「頑張れ」
安芸が、ティガに声を送る。
周囲に居た人間が、怪訝な目で安芸を見る。
白けた目で安芸を見る。
嘲笑してひそひそと話を始める者達もいた。
"ティガダークへの声援"は、今の社会の常識からすれば、異端極まりないものでしかない。
それでも、安芸は声を張り上げた。
周りにどう見られようがどうでも良かった。
常識がどうだろうと知ったことではなかった。
安芸はただ、自分の信じるものに対して正直だった。
「頑張れ、ウルトラマン!」
そして、その声が、"ティガを応援して良いのか"を迷っていた子供の背中を押す。
子供が一人、安芸に追随した、その時。
「頑張れ、ティガ!」
世界の流れの、何かが変わった。
ティガダーク。
ティガトルネード。
ティガブラスト。
今のティガは、攻防特化と技速特化を切り替えられる。
変身に必要な所要時間は0.5秒。ゼット相手には致命的な所要時間だが、タイミングを見計らって切り替えれば、まず邪魔はされない時間でもある。
ティガの額にあるクリスタルは、複数の光を放ってその身を多様に変身させるものなのだと、若葉はこの日初めて気付いた。
「アナスタシア、未来は変わったんだな?」
「……うん」
若葉はアナスタシアに呼びかける。
ストレッチャーの上のアナスタシアは、まな板の上の鯉の死体のようですらあった。
呼吸に集中していないと息も止まってしまいそう、と見る者に嫌な印象を与える。
エボルトラスターを握っているのは、変身するためでなく、そこからなけなしの生命力を貰っているからであるようだ。
そんな状態で、アナスタシアは息も絶え絶えに口を開く。
「未来は変わったよ。若葉おねーちゃんは、生き残る」
「……私"は"?」
「竜胆おにーちゃんと、若葉おねーちゃんが生存する未来になった。
一般人の人達の死人が、15万人くらい減ってる。でも、それだけ」
「……!」
「未来は凄く変わってるけど……
死ぬはずだった人は、死ぬ順番が変わってるくらい。
泣いてる竜胆おにーちゃんを、若葉おねーちゃんが抱きしめてるのが見える……」
アナスタシアは今、尽きそうな命が尽きないギリギリのラインで、力の制御を行い未来を見通している。
神業的な力の制御で消耗を毛の先ほどに抑えているが、その消耗ですら命取りになってしまうレベルで弱っている。
そこまで無理をしているのに、見える未来は絶望的だった。
ひなたの生存さえ、まだ見えない。
友奈は歯噛みし、端末を握ろうとするが、体に走る痛みがポケットに手を伸ばすだけで体を痛ませてしまう。
「そんな、そんなのって……!」
友奈が見上げる先で、千景が精霊使用のペースを考えながら飛び回っている。
街と町の人々、そして丸亀城とそこに居る仲間達を守れるのは千景だけ。
もはや"一兆度"ですら通常の飛び道具と化した戦場で、勇者でもない者は街を守ることすらできないだろう。
鉄の融点ですら1538度であることを考えれば、神の鎌でもなければ、ティガとゼットンの攻撃で発生する流れ弾は切り落とせまい。
ティガの光弾・ハンドスラッシュがゼットの拳に砕かれ、その破片が飛んで来る。
ゼットンの一兆度が渾身の旋刃盤で粉砕され、小さな火の粉が僅かに飛んで来る。
その全てを、千景の鎌が切り落とす。
千景的には高嶋さん超守りたい、乃木さんはまあ守ってやってもいい、街の人結構どうでもいい……くらいの気持ちはあった、が。
それでも、街を、仲間の全員を守ってやろうと思うくらいには、愛着もあった。
何より、竜胆に託されたのだ。
千景はここを、いい加減には守らない。
アナスタシアの言を聞き、杏は希望の在り処を問いかける。
「なんとか、ならないのかな? もっと他に、何か……」
「分かんない。私には何も思いつかない。
でも……未来が変わらないっていう私の主観を、皆は、覆してみせた」
夕日が染める世界の中、黒きゼットンと黒き巨人がぶつかり合う。
そこに、希望を見出すとするならば。
「もしこの戦いで、ウルトラマンが勝利したなら」
彼の勝利にこそ、それはあると、アナスタシアは考える。
「―――運命を、変えられるかもしれない」
黒き巨人の如きゼットンが、一兆度の火球を爆発させ、広範囲を爆炎で薙ぎ払う。
黒銀のティガが爆炎に突っ込み、赤黒のティガとなり旋刃盤で受け止め、街を守り、紫黒のティガとなって、旋刃盤と爆炎をまとめて飛び越えるように跳ぶ。
爆焔が視界の多くを占めていたせいで反応が遅れるゼットと、その頭上で手刀を振るティガ。
瞬時に振り上げられた槍が、ティガブラストの手刀を流した。
「頑張れ……頑張れ、竜胆おにーちゃん……!」
運命は変わっていない? 否。
運命は変わった? 半分合っている。
運命は今この瞬間にも、変わり続けている途中なのだ。
槍突きをティガトルネードが足捌きと腰回しでかわし、踏み込み、腕を掴んで投げる。
ゼットの体は地面に叩きつけられる前に消えた。
瞬間移動である。
地面に叩きつけられる前に瞬間移動すれば、投げのダメージは無効化できるという異形の体術。
されどティガは一瞬で見切り、一瞬で両手の間に光を溜めて、一瞬で体を回転させ、体を回す・回しながらゼットの現在位置を見つける・一瞬でそこに打ち込むという神業を見せた。
叩き込まれるティガ・ホールド光波。
投げの回避に瞬間移動を使ったなら、それは攻撃ではなく回避のためのものであり、瞬間移動直後に瞬間移動とほぼ同時の攻撃などできない……そう読んだ竜胆の読みが、ピタリと当たる。
ゼットは瞬間移動を光波に封じられながらも、笑みをこぼした。
「やはり良い目と判断力だ。お前を前にしては、私の瞬間移動能力も意味を成さん」
『そうかい。お前の能力全部消えてほしいと、常々願ってるけどな』
ゼットに傷はほとんどなく、ティガの体に付いた傷は目立つ。
それは両者の間にある力の差だけを証明するものではない。
ティガがいくら回復し、傷を消しても、ゼットが常時傷を付けてくるために治しきれないという"動かぬ劣勢"の証明だ。
「思えば、お前には初めから素養があった」
『?』
「
暴走時の異常な回復力も、こうして自動の治癒能力へと昇華させた。
……くく、自分の中にあるものを最大限に活かすことは、強者の証だ」
『お前に褒められても嬉しくないな』
"タイプチェンジ"も、"自分の傷を治す治癒能力"も、『ウルトラマンティガ』に最初から備わっている能力である。
竜胆はその断片を引き出し、飛び抜けた才能で形にし、応用した。
暴走時に異形に変わった力は、筋力すら変わるタイプチェンジへ。
暴走時に黒い針を過程として使った治癒能力は、こうして常時発動の能力となっている。
「加えて」
ティガトルネードが、赤き光を拳に込めて、『掌底』をゼットの槍に叩きつけて防御を崩す。
まるで、ケンとパワードの戦い方のように。
更に、その掌底を拳にして流れるようにゼットの顔に叩きつける。
まるで、ボブとグレートの叩き方のように。
「お前の後ろに……ウルトラマンが見えるようだ」
『そうかよ!』
ゼットが槍を振り、瞬時に変わったティガブラストが二つの手刀を振るう。
総合的な身体能力全てでティガを上回るゼットを、ティガブラストの『速さと技』が凌駕し、優位に立っていく。
弱者が強者に勝つには技で勝つ、先読みで勝つ、常に先手を取って戦いの主導権などを握るなどがあるが、スピードとテクニックが強化されるティガブラストは、最高の天才である竜胆の特性とガッツリ噛み合っていた。
だが、ゼットの体は硬い。
ティガブラストの攻撃はいくつかゼットに当たっているものの、相当な大技でないとゼットに傷も付けられやしない。
手刀二つの斬撃格闘スタイルは強いのに、強いはずなのに、ゼットの体表の硬さ一つでそれが凌駕されてしまうという悪夢。
"そもそも技抜きでも個体の生物として強い"という最悪。
(ティガブラストじゃパワーが足りない!
ティガトルネードじゃ技と速さで押し込められる!
考えろ、俺がこいつを倒すために必要な戦略は何か―――)
ここではないどこかの平行世界、平行宇宙にて、ゼットはウルトラの父と一対一で戦い、そして圧倒的に勝利したという。
ウルトラの父のパンチは直径100キロメートルの小惑星も砕き、キック力は原子爆弾10発分の威力と表現された、化物の中の化物……否、ウルトラマンの中のウルトラマンである。
ウルトラの父の側に不調要素でもない限り、ウルトラの父とまともに戦闘が成立するほどの強者など、そもそも全宇宙に数えられるほどしか存在しない。
つまり。
炎を纏って体当りするティガトルネード。
その突撃を後方宙返りで軽々とかわし、ゼットは優雅に海の上に立った。
息を飲むティガ。
よく見ると、ピンポイントで足の下にゼットンシャッターが展開されている。
ゼットンのバリアは、海の水でも越えられない。
つまりは、そういうことなのだろう。
『杏、また力借りるぞ!』
ティガブラストの右手から放たれる、『ティガフリーザー』。
超低温の冷凍光線だ。これはあまりにも低温の光線であるために、光線を対象の頭上に飛ばしてそこで爆発させるだけで、対象を凍りつかせる冷気が拡散降下するという冷凍光線である。
冷凍光線、というものを持っている者は多い。
だがティガのように、光線が爆発した冷気にすら極大の凍結効果があるものは多くない。
ゼットの頭上で爆発した冷凍光線が、ゼットの足元から順に海を凍らせていく。
ゼットは凍らない。
頭が痛くなるような規格外だ。
ゼットが凍らないまま、丸亀城前の海域が一気に凍っていき、やがて上空からみると陸地に繋がる海が全て氷になったように見えるほどに、氷結面が広がりきる。
ゼットは凍らなかったが、この海も竜胆の狙いの一つ。
陸地と繋がった海を、ティガトルネードで一気に駆けた。
凍らされた海面は巨人が踏んでも砕けることはなく、氷上の激突が始まる。
「ここまでの範囲にこれほどの凍結をもたらせるのか、面白い」
氷上を駆けるティガが、走りながら光炎の粒子を発する。
それを胸の前で炎球の形に圧縮し、投げ込むように解き放った。
『デラシウム光流ッ!』
円球にして光流。
燃える炎の光線技が、ゼットに迫る。
ゼットはそれを、軽々片手で受け止め、吸収して無力化する。
「無駄だ、私に光線技など通じ―――何!?」
ゼットすら驚愕したその一瞬の竜胆の攻め手を、一言で説明することはできない。
デラシウム光流を発射、同時に跳躍。
跳躍と同時にタイプチェンジ開始、ティガトルネードからティガブラストへ。
タイプを変えながら0.5秒でデラシウム光流を吸収しているゼットの頭上を越えて、その背後に手を合わせながら着地。
合わせた手の間で光がスパークし、ティガは矢を放つ時の杏のように正確無比に、その手から光の矢を放った。
『―――ランバルト光弾ッ!』
ゼットが振り向くのは、間に合わない。
そのまま振り向かずに直感的な回避を選ぶ。
無理矢理に回避行動を取ったゼットの肩後ろに光弾が着弾し、その肩を浅く抉った。
「ぐっ」
見かけのダメージは浅いが、ゼットが初めて、攻撃を受け苦悶の声を漏らした瞬間だった。
『ケンがな、前にゼットンのこと話してくれたんだ。
ゼットンに家族を殺された話も。
そして……パワードが、かつて強いゼットンと戦った時の話を。
パワードの仲間の"ウルトラマン"が戦ったゼットンは、腕と胸で光線を吸収したと。
それを参考に戦ったパワードは、ゼットンの背中を光線で撃って、ゼットンを倒したってな』
「……!」
『俺が貰ったのは力だけじゃない。
知識も、想いも、願いも……希望も!
みんなから貰ってんだよ! その全部で、お前を倒してみせる!』
ゼットンの体の正面や腕に光線吸収能力があっても、背中側がそうであるとは限らない。
かつてパワードは、正面から必殺光線を撃ち囮にし、ゼットンの背後にあった建物を反射板に使って反転光線を撃ってゼットンに後ろを向かせ、背中に光線を叩き込んで倒したという。
掟破りの必殺光線三連発。
仲間から聞いた何気ない話を、竜胆は戦闘の一つ一つに活かしていける。
想い出が、彼を強者たらしめる。
御守竜胆は天才だった。
「くっ、くくくっ……!」
ゼットのひと目で分かりやすい強さに対抗する、竜胆のひと目で分かり辛い強さ。
それが自分に追いすがる強さを見せているのが、ゼットは楽しくて、面白くてたまらない。
ゼットの次の槍撃を受け、竜胆は目を見開いた。
(こいつ……また速くっ……!)
「もっとお前が受け継いだものを―――お前が無価値でないと信じるものを見せてみろッ!」
心の動きで強くなる竜胆同様に、ゼットもまた心の動きで強くなっていく。
槍が速くなる。
槍が重くなる。
連撃が過剰に強くなる。
適当に出した本気と、対等と見た相手に必勝の意志でぶつける本気は違う。
どんなに全力を出す意識があったとしても、自分に傷一つ付けられないような雑魚相手に全力を出しきれないのは、当たり前の話だ。
雑魚は本気や全力を出し切る前に死んでしまう。
強者が全力を出し切るには相応の相手が必要だ。
そして、成長途中にある者ならば、対等の戦いこそが成長要素。
『がっ……!』
ティガの腹を、ゼットの槍が貫く。
ゼットはティガのそこからの反撃を許さぬまま、ティガの体を槍でぶん投げた。
腹を割かれて投げられたティガの体に、力を込めた必殺の一兆度が直撃。
ティガの胸から下が火球に飲み込まれ、一瞬で燃え尽きる。
痛みで、意識は消失しかけた。
治癒能力を極端に強く身に着けたティガにとって、こういう"本質的に強い攻撃"はとてもよく効く。魂すらも抉るような高熱だった。
空で死にかけるティガの目に、必死に僅かな流れ弾を処理している千景が見えた。
その勇姿。
その勇気。
竜胆を奮い立たせるには、十分すぎる。
(まだ……まだだっ……ちーちゃんだって、まだ頑張ってくれてるのに……!)
負けない。
負けられない。
奮起したティガの光の力が増して、再生速度が増して―――そこに容赦なく、二発目の一兆度火球が叩き込まれた。
もはや肉体の一割程度しか残っていないティガ。
空で焼かれ、バラバラにされ、消し飛ばされなら落ちていく。
そんな中、丸亀城を見た。
もう首が残っていないため、思った方へと首を向けることもできない頭で、その目は丸亀城の一室を捉える。
祈るひなたが、そこに居た。
「……どうか」
ひなたは迫る死の運命を前にして、祈っていた。
巫女らしく、美しく、祈っていた。
「どうか……皆、無事で……お願いします。神樹様、皆に、幸運を……」
自らの無事ではなく、皆の無事を祈っていた。
その目は痛ましく傷付けられるティガを見て、竜胆の無事も祈っていた。
人間を守る巨人。巨人の勝利と無事を祈る人間。
それは、様々な地球で幾度となく繰り返されてきた光景。
『ウルトラマン』に力を与えるもの。
竜胆の魂は、何が美しいものであるかを知っている。
叫びが、闇と光を励起した。
『う―――ガアアアアアアアアッ!!』
感情が吹き出す。
"あの子さえも殺すのか"という敵への憎悪。
"あの子を守るんだ"という輝ける心。
ありとあらゆる感情を吹き出させ、多量の力を吐き出す闇を、赤と紫の光で抑えていく。
暴走時に回復能力が伸びたように、闇の暴走はあらゆる能力を上昇させるため、回復能力さえも圧倒的に強化する。
莫大な闇を膨大な光で抑え込み、ティガは普段の数倍の速度で体の再生を完了させた。
ティガブラストが、闇と光の両活性状態で跳び込む。
『いつもいつも、負けられない理由の連続だ!』
ティガブラストで踏み込み、ティガトルネードになりながら殴った。
速く踏み込み、強く打つ。
俊敏形態から剛力形態へのトリッキーな切り替えに、槍で受けたゼットの体が、ゼットの想定外に浮く。
追撃の前蹴りも槍は受けたが、あまりの衝撃に空へと蹴り飛ばされた。
『負けちゃならない戦いなのに、負けたことすらある!』
蹴り飛ばされたゼットは追撃防止に、一兆度の極小火球をティガへと乱射。
ティガトルネードは旋刃盤でそれを受け、火球を受け切った旋刃盤を投げつける。
ゼットが投げられた旋刃盤を槍の一閃で切り壊すと、その頃にはもう、ティガブラストがゼットの頭上を取っていた。
『だけどな! ……慣れねえんだよ!
この気持ちには、いつもでも慣れない!
死んだら悲しい! 死なせたくない! それが全てだッ!』
ティガブラストの本領は、空中戦。
されどゼットも、空中戦が弱いなどということはない。
四国の空を、四国の端から端まで一瞬で飛べるような二人が、音速戦闘機が亀に見えるほどの速度で空中戦を開始する。
「来い!」
『ゼットおおおおおおおッ!!』
「ティガあああああああッ!!」
風は彼らに追いつけない。
雲は吹き散らされるのみ。
空に光と闇の残滓が刻まれ、無数の残像が線となって目に映る。
光を残しているのがゼットで、闇を残しているのがティガだというのが皮肉な話だ。
『ぐっ……!』
ティガブラストが、自分に有利な戦場である空であるのに、飛行速度の差でゼットに追い詰められていく。
初代ウルトラマンの飛行速度はマッハ5。
グレートの飛行速度はマッハ26。
パワードの飛行速度はマッハ27。
対し、このゼットという存在を最初に生み出したバット星人が、ゼットの前に生み出した『ハイパーゼットン』は……マッハ33。
当然ながら、ゼットにも相応の飛行速度が備わっている。
もはやこんな速度で空を縦横無尽に舞う者達に、戦闘機など追いつけるはずもない。
有人機でもせいぜいマッハ5を超えたり超えなかったりが最高で、無人機でもマッハ10は超えない文明の上で、スペースシャトルでも追いつけない速度で、両者は空を自由に飛び回っている。
目眩がしそうな高速戦闘。
街に被害が出ていないのは、神樹が抑えているからか。
「お前のような理由は私にはない。
負けられない理由において、私はお前の足元にも及んでいないだろう。
だが! 戦いとは、負けられない理由が大きい方が、勝つものでもあるまい!」
空戦はティガの方が上手かったが、飛行速度はゼットの方が圧倒的に速かった。
それはすなわち、ゼットがティガの背後を空で取り放題ということを意味する。
「そうであれば! グレートもパワードも、
ゼットの槍の一振りが、ティガを海面に叩き落としていた。
青い顔で戦いを見ていたアナスタシアが、弱々しくエボルトラスターを握る。
「駄目だ……勝てない」
「竜胆は勝つ。信じろ、アナスタシア」
「若葉おねーちゃんはそれでいいと思うよ。
……うん……でも、駄目だ……未来が揺れてる。ゼットは強い」
アナスタシアの腹の傷を覆っていた包帯に、血が滲む。
その傷は、ゼットに刻み込まれたものだ。
ゼットの強さをアナスタシアはよく知っている。
そして、その恐ろしさを今、改めて痛感していた。
「あのゼットも、
「―――!?」
「竜胆おにーちゃんや、若葉おねーちゃんと同じくらいには、変える力があるんだ」
心を強さに変える権利は両方にある。竜胆にも、ゼットにも。
未来を変える権利は両方にある。竜胆にも、ゼットにも。
勝利する権利は両方にある。竜胆にも、ゼットにも。天の神にも、人類にも。
竜胆は人類に希望ある未来を、ゼットは人類に絶望の終焉をもたらす者。
両者が未来を変えられるなら、両者の心の咆哮が、『人類勝利』と『人類敗北』の二つを乗せた天秤を揺らしているということになる。
逆に言えば、希望ある未来に進みきれていないのは、ゼットのせいであるのかもしれない。
竜胆が未来を良く変えても、ゼットがそれをすぐに修正してしまう。
それでは皆が生き残る道を進むことなど、できるわけがない。
ゼットを倒さなければ。
そう思うも、追加戦力を援軍として送る余裕など、人類には何一つとして無い。
未来を一つ変えるのにどれだけの積み重ねがあり、どれだけの継承があり、どれだけの奇跡が必要だったか。
それを考えれば、ゼットの存在はあまりにも脅威であった。
ゼットがいなかったとしても、未来を変えるのに苦労は多すぎるというのに、ゼットはその奇跡すら潰しに来る最悪最大の敵であるというわけだ。
「……なんとかしなくちゃ」
「アナスタシア、打開策があるなら聞かせろ。
私がやる。お前はその体だ、私に任せて無茶をするな」
「若葉おねーちゃんはかっこいいなあ」
「……お前、少し言うことが竜胆っぽくなったか? 言い草が似てるぞ」
「あはは、こんな短期間で影響受けちゃったのかな」
自分の身を削り、自らの死をも恐れないティガの戦いは、アナスタシアが今までずっと"絶対に選びたくなかった"選択肢を、選べる選択肢の中に入れていた。
竜胆は足掻いている。
死んでも良いと思って戦ってはいない。
ただ、死ぬ気で戦っている。
明日がないと言われても、目の前の戦いを生き抜くために。
皆で揃って明日に行くために、戦っている。
「……影響、受けちゃったのかなあ。あたし」
「アナスタシア?」
「若葉おねーちゃんは、信頼できる人だよね」
「? 信じてくれるのなら、私は応えるぞ」
「うん、そういう人が、ひなたおねーちゃんの一番近くに居てくれてよかった」
アナスタシアが、丸亀城を見上げる。
教室に相当する部屋にいたひなたの目と、アナスタシアの目が合った。
エボルトラスターを握るアナスタシアの表情から、ひなたが何かを察する。
さっと青くなるひなたの顔。
ひなたが部屋を出て、階段を駆け下り始めるが、もう間に合わない。
「友奈おねーちゃんも、杏おねーちゃんも、今までありがとう」
「え……?」
「アナちゃん、何を……」
「二人はとっても優しかった。
女の子の友達を、こんなに好きになったことなかった。
二人とも笑顔が柔らかい人で、女の子らしい人で……
不安だった頃のあたしを、優しい笑顔で安心させようとしてくれてたこと、覚えてる」
別れの言葉のようだと、二人は思った。
そうであってほしくないと、アナスタシアに対し思った。
「球子おねーちゃんにも、千景おねーちゃんにも、言いたいことあったけど……
……しょうがないか。しょうがないもんね。千景おねーちゃんとか、色々応援したかったけど」
「おい、アナスタシア、何を言っている?」
「ちょっとした心残りの話だよ」
千景おねーちゃん幸薄いからね、と、アナスタシアは子供らしく笑う。
「しょうがないことなんだよ。
だって、言いたいこと全部言ってたら、ひなたおねーちゃんに言いたいこと多すぎる。
伝えたいありがとうが多すぎる。
それ全部言ってたら、言ってる間に、ひなたおねーちゃんに説得されちゃいそうだもんね」
今アナスタシアにできることはない。
体を起こすことすらできない。
ゼットに腹に穴を空けられてからも、皆のため、結界を常時アップデートし、敵に合わせて樹海を燃えにくくしたり、武器の修理をしたり、腹に穴が空いたまま戦ったりもしてきた。
そのせいで、もはやアナスタシアにできることは何もない。
変身すらも不可能なのだ。
なのに、アナスタシアは、何をしようとしているのか。
上里ひなたが、息を切らせて階段を駆け下りてくる。
「親、子供、親友、恋人、仲間……」
ひなたおねーちゃんはあたしのことよく分かってるなあ、なんて、思いながら。
アナスタシアは、エボルトラスターを握る。
「この人のためなら、死んでもいいって、そう思えるのが……『愛』なんじゃないかな」
「待って、アナちゃん!」
何かに気付いた若葉が止めようとする。
だがもう遅い。
見えない何かに阻まれて、若葉の手は届かない。
駆けてくるひなたが手を伸ばすも、まだ遠い。手は届かない。
「大好き。優しくしてくれて、ありがとう。生まれ変われたら、皆にまた会えたら良いな」
「待って!」
アナスタシアは、皆に微笑んだ。
大好きな皆に。
死んでほしくない皆に。
結局、最後の最後まで、諦められなかった皆に微笑む。
「またね」
抜刀される、エボルトラスター。
「『満開』―――神花解放」
変身ではない光が、アナスタシアを包み……戦場と神樹を、包み込んだ。
光に包まれて、ティガではなく竜胆が、その場所に居た。
真っ白な空間。
夢を見ているような感覚。
目を凝らすと、真っ白な空間が宇宙のように見えてくる、不思議な世界。
竜胆は、そこでアナスタシアと相対していた。
アナスタシアは素直な微笑みを浮かべている。
まるで、ありとあらゆるしがらみから解放されたかのように。
「本当はね、未来を変える一番手っ取り早い方法、知ってたんだ」
「ナターシャ?」
「あたし、勇者全員が死んだ後に死ぬって、覚えてる?
死ぬ順番を見てさ、気付いたんだ。
最後の方に死ぬあたしが、序盤でさっさと死ねば、未来は劇的に変わるって」
「ナターシャ、何を言ってんだ」
「単にそれだけだと、未来は99%悪くなるだけだけど、可能性は残るもんね」
「おい」
「でも、あたしはそれが嫌だった。
だって死にたくなかったんだもん。
死ぬのなんて、本当に嫌だったんだもん。
お嫁さんとかなってみたかったし。
皆と話したいこと、たくさんあったし。
お気に入りのお店のジェラート、まだ全部の味食べてなかったし」
「死にたくないのは当たり前だ、そりゃ当然の権利なんだ、だから」
「でもやっぱり、そんなものより諦めたくないものがあったから。
諦められなかったから。私は結局、そっちを諦めないことにしたんだよ」
「ナターシャ」
「あたし、もう死んでるから。
死んで神樹と同化してるから。
竜胆おにーちゃんはさ、気にしないで前向いててね」
「―――」
それは悲壮な決断であり、残酷な事後通達だった。
竜胆はまた、自分を兄と呼ぶ女の子を、助けられなかったのだから。
「なんで……なんでだ! まだ十歳の子が、していいことじゃなかっただろ!」
「バッカだなー、おにーちゃんは。
もう十歳の女の子が自分から生贄にならないと、どうにもならないような世界なんだよ」
「……っ!」
「四年前の、最初のバーテックス襲来の日。
その日バーテックスに立ち向かった若葉おねーちゃん達の歳、覚えてる?
小学六年生と、五年生と、四年生だよ。おにーちゃんもその時六年生だったんでしょ」
「だけど……だけど!」
竜胆は、叫ばずにはいられない。
アナスタシアは、悲しげに微笑んだ。
「……そりゃ、こんな世界、終わってるよ。
しかも、戦ってそれで守れるのはクズな人がいっぱいの世界!
やる気出ないよ。
やってらんないよ。
しかも、解決するのは三百年後なんて言われちゃった。
あたしさ、全部無駄としか言えなかった。その気持ち、分かってほしいな」
「……分かる、その気持ちは、分かるさ」
「でもね。そんな世界を守らないと、意味がないんだもんね。
その世界を守らないと、あたしの好きな人の未来も無いんだから」
「……」
「両手の指で数えられるくらいの"いい人"を、うん百万の人と一緒に守る。
そうしないといけない。
友達幸せにして、ついでに世界救うくらいの気概じゃなきゃ、きっと駄目なんだ」
「ナターシャ……」
「決まった未来があります。
三百年後には勝てます。
……なにそれ。
それじゃ、この時代の勇者は! ウルトラマンは!
まるで―――死ぬために生まれてきたみたいじゃない!」
それはナターシャが、人間として、最後に叫ばずにはいられなかった心の声。
「ざっけんなー!
未来で世界が救われるから?
今は死ねって?
それを受け入れろって?
無理だよ! 嫌だ!
未来で勝っても何の意味もない!
今を生きてる皆が生きていられないなら、意味がないよ!」
だから。
「だから、ごめんね。おにーちゃんに、未来を託す」
アナスタシアは、決断したのだ。
「あたしとネクサスの一体化で、おにーちゃんを今、援護できる。
神樹の時空操作能力も強化される。
だから結界はもう大丈夫になるし、樹海化もまた使えるはず。
ブルトンを処理しないといけない時間的猶予も、かなり伸びると思うな」
「そのために……死んだのか……?」
「うん」
「そんなことのために、死んだのか!
お前の……お前の命は!
そんなものと引き換えにしていいものじゃなかっただろ!」
「……嬉しいなぁ。
こんなに直球で言ってもらえると思わなかった。
こんなに本気で、怒ってもらって、悲しんでもらえるって、思ってなかった」
「お前が見た未来で、俺はお前の死を悲しんでたはずだろ!?」
「あー……そうだったかも。
あたしが見た未来のおにーちゃん、心がボロボロだったから。
そっか、あの未来のおにーちゃん、本気であたしのために悲しんでたんだ。
……良かった。おにーちゃんが、あんな未来に行かないですんで、ああいう風にならなくて」
「―――っ」
「あの未来をとりあえず無くせたなら、本当に良かった」
竜胆の妹、花梨はきっと、兄を恨んではいない。
竜胆を兄と呼ぶ少女、アナスタシアもまた、竜胆を恨んではいない。
死んだ後ですら、竜胆が苦しんでいれば悲しんで、竜胆が幸せになっていれば喜ぶ……きっと、それだけだろう。
「神に繋がる天才が、戦いの天才に全部を託すんだよ?
ロマンだよね。
というか、最強だよね。きっと、世界だって救えるはずだよ」
「ナターシャ……ナターシャっ……!」
「悲しまないで。暗い顔しないで。俯かないで」
アナスタシアが、竜胆の顔を覗き込みながら微笑む。
「だって、光は絆だもん。誰かに受け継がれて、再び輝くんだよ」
少女のその手は、とても暖かかった。
「おにーちゃんが闇を光に変える必要はないよ。
ティガの力は、他人の闇しか光に変えられないんだよね?
他人の闇を一々受け取らないといけないの、実は結構辛いと見たよ」
ナターシャは微笑んでいる。
「あたしは、おにーちゃんに光だけ残していくから。
だから、笑って?
おにーちゃんは守れなかった絶望の闇で強くなるんじゃない。
希望を託して、笑って死を選んでいったあたしの光で、強くなるんだ」
悲しみをこらえ、竜胆は歯を食いしばる。
「おにーちゃんの、仲間が死んで強くなる運命。
嫌だよね、そういうの。
でもさ、人の死が絶望だけを残していくってのは、やっぱり違うよ。
あたしはおにーちゃんに光と希望だけ残していく。絶望する必要なんて、どこにもない」
光だけを残していく死。
それは、竜胆にとって初めてのもの。
彼の運命に対し、アナスタシアという少女が起こした反逆。
「最後の最後に、おにーちゃんに出会ってから終われて、本当に良かった」
アナスタシアは、竜胆に希望を託していく。
"大好きなひなたおねーちゃん"も、彼なら守ってくれると信じて。
「きっとさ、世界は厳しくなんかないよ。
だって、おにーちゃんを私達の所に送ってくれたもん。希望だよ、希望」
竜胆はもう喋れない。何も言えない。口を開けば、嗚咽が漏れてしまいそうだった。
「世界は厳しくなくても、天の神はクソだけどね。
おにーちゃんを見て、世界はちょっとは優しいんだって思えたんだ」
球子が遺した『勇気』が、ティガトルネードの核であるのなら。
アナスタシアが夢見た『希望』が、ティガブラストの核である。
アナスタシアは希望を信じる。
竜胆が見せた希望を信じて―――今日、終わりを受け入れる。
「あー、死にたくなんてなかったなー!」
アナスタシアが笑顔を浮かべる理由が、理解できてしまうのが、竜胆はとても悲しかった。
「……でも、ま。しょうがないか。
自分が生きることより大切なことって、世の中にはあるんだもんね」
アナスタシアは、小さな体で竜胆に抱きつく。
「最後にさ、ぎゅーってしてよ、おにーちゃん」
竜胆は大きな体で、アナスタシアを抱きしめ返した。
「あったかいなあ。それに、抱きしめ方が、優しいな」
抱きしめられて、ナターシャはふにゃりと笑む。
そうして、竜胆の手の中で、花びらのような光になって、アナスタシアは散った。
「……あたしは、あたしの
進化。真価。神花。
少女の生贄で神樹に力の花が咲き、満開し、散華する。
神樹の力は進化し、神としての真価を発揮して、神花の花が咲いた。
世界の時間が止まり、世界の光景が塗り替えられていく。
人の世界が、樹海化していく。
西暦の樹海ではなく、アナスタシアが見た『神世紀の樹海の風景』が、世界に広がる。
それが、ウルトラマンの神を取り込んだ神樹が展開する、新たなる
『尊い犠牲』。
この言葉を使う人はよくいるが、この言葉の意味は二種に分かれる。
犠牲に価値を持たせて、犠牲を強要する言葉か。
避けられない犠牲に、価値をもたせるか、だ。
尊い犠牲だから生贄になってください、と誰かに強要することもある。
既に犠牲になった者を、価値ある死だったと言うために使うこともある。
だが、どちらにせよ、死の悲しみを減らすことはない。
アナスタシア・神美は、『尊い犠牲』だった。
『うあああああああああッ!!』
叫ぶティガトルネードの拳が、ゼットの槍のガードへと叩き込まれ、踏ん張りが甘かったゼットが後方に吹っ飛ばされた。
「!? なんだ、ティガのこのパワーは……!」
今、神樹の樹海と、ネクサスのメタフィールドは、完全に一つになった。
メタフィールドとは、ネクサスが作る戦闘用亜空間。
即席の異世界であり、アナスタシアの意思が反映されるこの空間において、全てのウルトラマンと勇者はその能力を大幅に強化される。
特に光線技の強化率は非常に高い。
ティガは今、神樹が作る樹海という世界そのものに、力を後押しされているのだ。
(ナターシャ……ナターシャっ……バカ野郎っ……!)
アナスタシアは、歴代の
巨人の神の権能を勝手に使い、それを通常のデュナミスト以上に使いこなし、生きることを諦めないという心をねじ伏せ、皆の未来を諦めない気持ちで、その光を走りきってしまうほどに。
「ネクサスの力もお前が継いだか!」
『継いだのは力じゃない―――希望だ!』
今や、ティガトルネードならば力は完全に互角。
ティガブラストならば速さは完全に互角。
アナスタシアが作った世界において、ティガとゼットは完全に拮抗していた。
神樹の世界。
神話の世界。
両者の戦いは、もはや神話に語られる領域へと突入する。
槍の先と、光を纏ったティガトルネードの拳がぶつかる。
それが、嵐になった。
ティガブラストの手刀が、槍の防御の表面を削る。
それが、烈風になった。
ティガダークの回し蹴りが、死角を守るゼットンシャッターに防がれる。
それが、轟雷のような音を立てた。
『こんな希望を……あの子に託させたくは、無かったのに!』
ティガブラストが、すれ違うように光の手刀を叩き込む。
ゼットの脇が深く、切り裂かれた。
「むっ」
アナスタシアがずっと負傷状態であったたために、竜胆の前で使われることはなかったが、ネクサスの腕には刃付き腕甲装備『アームドネクサス』というものがあった。
ネクサスは近接戦闘時、これを用いる。
これを敵に叩きつけることで、腕を刃のように使うのだ。
今、ティガブラストが、腕を刃のように使っているのと同じように。
「乃木若葉の刀技。
ネクサスの腕の刃。
手刀に纏わされた冷気。
……ティガトルネードの時に、拳に見える技と力もそうだ。
『
『……強さは欲しかった!
だけどな! こんな強さが欲しかったわけじゃねえんだよ!
叶うなら……こんな強さより! 皆に笑って生きていてほしかった!』
「ならば、その力を恥じるのか!?」
『恥じるかよ! これは誇りだ! ……俺はずっと、皆のことを誇っていくんだ!』
「それでいい! くだらないことをうだうだと語るな、巨人ッ!」
ティガトルネードの拳をかわし、ゼットの回し蹴りがティガの首を折りながら吹っ飛ばす。
強い、と、ティガはゼットを認めていた。
『ゼットン』としての一つの強さを、究極にまで磨き上げている。
『ゼットンは強い』というのが、ゼットの強さの全てであり、ゼットンという存在が持つポテンシャルの全てを究極のレベルにまで磨き上げている。
その強さも、ウルトラマンとの戦場の中で、更に変化と成長を重ねていた。
強い、と、ゼットはティガを認めていた。
球子由来の炎に旋刃盤。
千景由来の雷神の雷、鎌を模す格闘技、七個の旋刃盤同時操作。
ボブ由来の空手。
友奈由来の多様な格闘技知識。
若葉由来の空戦能力に、剣の力。
杏由来の氷雪能力に、光の矢。
アナ由来の腕刀……そして、絆の力に、樹海のブースト。
それら全てを"貰い物の力としてそのまま使う"のではなく、"ティガの戦闘スタイルの一部"として多様な形で使っている、竜胆のその強さこそを、ゼットは心中で称賛していた。
ゼットはティガトルネードの後ろに、時折グレートとパワードが見える。
それは、赤きウルトラマンである故か。
ゼットはティガブラストの後ろに、時折ネクサス・ジュネッスパーピュアが見える。
それは、紫のウルトラマンである故か。
死したウルトラマンは、全て樹海と同化している。
そして、
勝て、と。
負けるな、と。
自分達も一緒だぞ、と。
それが、ティガを強くする。
それは神樹の理である。死した勇者は神樹と共に在り、真に諦めない勇者の下に、かつて死した勇者の英霊は必ず駆けつける。
多くが死に、多くが倒れ、多くが傷付き、ゼットの前に立ちはだかるはただ一人。
その一人にこそ、皆の力は束ねられる。
「頑張れ」
若葉の声が届く。
ティガブラストの手刀が、ゼットの額を切り裂いた。
「頑張れっ!」
友奈の声が届く。
ゼットの槍を掴むティガトルネードの左腕。
フリーであったゼットの左拳と、ティガトルネードの右拳が真正面から衝突し、ティガトルネードの拳が打ち勝った。
「負けないで」
杏の声が届く。
ゼットの蹴りがティガの腹を粉砕するが、吹っ飛んだ胴を無理矢理氷で接着し、一瞬の隙も産まずにティガは戦闘を継続した。
「……また、皆で、明日に!」
千景の声が、千景が街を守って武器を振っている音が、届く。
腹の傷を高速で塞ぎながら、ティガの左回し蹴りがゼットの脇に刺さり、ゼットの槍がティガの胸に深々と刺さった。
「―――アナちゃん、どうか、あの人を―――」
止められた時間の中にいるはずの、ひなたの祈りが、ティガに届く。
ゼットの頭突きと、ティガの頭突きが、至近距離で互いの頭を砕く。
両方の額が同時に砕けて、再生能力で治っていくティガの額が、ゼットに"してやられた"という笑みを浮かべさせた。
皆の願いが、祈りが、最後の希望・ティガを強くする。その上で、言おう。
「……どこまでも、楽しませてくれる」
戦いの天秤は、
「実に有意義な時間だった。私の生涯の中でも、これほどの時間は無かった」
まだ越えられない。
まだ超えられない。
心がティガを強くして、心がゼットを強くする。
だからこそ互角。だからこそ越えられず、超えられない。
先に膝をついたのは、ティガだった。
「ゆえに、惜しいな」
ティガのカラータイマーが、点滅を始めた。
「その三分の制限がなければ……私達の戦いは、どちらが勝ったか分からなかっただろうに」
ウルトラマンは、地球上では三分間しか戦えない。
それがルール。
「その三分さえ無ければ……
ウルトラマンが勝てたはずの敵は、何体いたのだろうな……
その三分が、ウルトラマン達に要らぬ苦戦をどれだけ強いたのやら……」
『知らねえよ……でも、きっと、全員好きで背負ったハンデだろ……!』
「だろうな。地球が好きで背負ったハンデだろう」
活動時間は、もう一分も残っていない。
メタフィールドの樹海の加護を受けてから、もう一分以上戦っている。
それでも戦いは、互角の状況から動いていない。
もう一分も無いのであれば、勝利は本当に絶望的だ。
それでもティガは、ゼットへと一人で殴りかかった。
『この三分を、負け惜しみに使う気はねえよ! ……負ける気も、無いからな!』
「後一分も無いだろうに、よくやる」
『ラスト十秒で逆転するのが、"俺達"だッ!』
「その意気や良し。油断も慢心もなく……全力で潰してやる!」
もはや互いに満身創痍。
だが、ゼットは全く追い詰められておらず、ティガは極端に追い詰められている。
攻防こそ互角だが、ゼットは七割の力を残しており、ティガは三割も残っていない力を全力で費やしながら拮抗していた。
先にティガが燃え尽きるのは明白だ。
されどその目は諦めから程遠く、一発逆転のチャンスを狙う。
『はぁ……ハァ……』
構えるティガダーク、悠然と立つゼット。
その手に火球が作られ、ティガダークは身構えた。
次の瞬間、火球が弾けて―――樹海が壊れ、弾け飛ぶ。元の世界の景色が戻って来た。
元の四国、元の街へと、彼らの戦いの場は、戻って来てしまったのだ。
『なっ……!?』
「やはりな。まだネクサスと神樹の融合は甘いと見た。
融合初期段階の弊害か……これだけ構成が甘い樹海化なら、私でも内側から破壊できる」
『ぐっ』
「お前の強化を剥がしたかったわけではない。それはついでだ」
『え……?』
「ここの地球の人間どもはいつも安全圏だ。
気に入らん。気概が足りん。……ウルトラマンと運命を共にする気概がだ」
『……そんなもの、必要ねえよ』
「お前が死ねば、人類も滅びる。それを奴らに肌で感じさせてやろうと思ってな」
『人間は……嫌いか?』
「好きになる理由が存在しない」
『そうか、俺は好きだ。嫌いになる理由はあるけどな』
残り三十秒。
最後の最後で、何かが足りない。
勝ちの目は極めて薄く、ティガの勝利の要因は、絶対に諦めない心くらいしか見当たらない。
ピンチの後にもピンチで、ピンチの連続。
何があれば良いのか、何を求めれば良いのか、それすら分からない、そんな時。
粘りに粘って、戦い続けた竜胆の心が、奇跡を繋いだ。
その時、四国の結界の外で。
『ワシぁ神樹がこういう呼びかけができるだなんて、知らんかったな!』
『できるようになったんすよ、きっと! 結界の中で何かがあったんだ!』
叫ぶように声を交わす二人がいた。
神樹とアナスタシアが融合したことで、現在地不明だったその二人に声を確実に届けられるほどに、神樹の思念波能力が強化された。
それが、この結果を手繰り寄せる。
アナスタシアは、竜胆を助けてくれる誰かへと、ひたすらに呼びかけていた。
『アナが呼んでる!
"あの人を助けてあげてくれ"って!
なら、オレ達が遅れるわけにはいかないだろ!』
『あたぼうよ!』
四国結界の周囲は、ゼットン軍団が囲んでいた。
ティガとゼットの決闘を――バーテックスの介入も含めて――他の誰にも邪魔させないために。
それがもはや、見る影もない。
『海人! ゼットン何体倒した!』
『27!』
『こっちは36だ! がっはっは!』
『ゼットン以外はもっと倒してるっすよ! 連携もっとしっかりお願いします!』
『わぁっとるわぁっとる、しかし一人だけじゃぁ十体も倒せなそうだな!』
『分かってるなら、連携!』
そして、敵の壁を突破したその二人は、結界の中に飛び込んだ。
「―――え?」
空を見上げて、そう声を漏らしたのは、誰だっただろうか。
二つの光が天空を舞う。
二人の巨人が舞い降りる。
赤と青の二色が、街の北端に着地した。
着地した瞬間、その巨人のあまりの大きさと重さに、四国の土が大量に巻き上げられる。
そして四国の多くの者達が、その姿を見て、その名を叫んだ。
「ガイア!」
片や、行方知れずだった赤き巨人。その名は、『ウルトラマンガイア』。
「アグル!」
片や、行方知れずだった青き巨人。その名は、『ウルトラマンアグル』。
「帰ってきたウルトラマン……俺達のウルトラマンが、帰って来た!」
街に広がっていた恐怖が消え去る。
街に蔓延していた絶望が消滅する。
暗い空気が払拭され、希望が街に満ち満ちた。
ウルトラマンガイア、三ノ輪大地。
ウルトラマンアグル、鷲尾海人。
人々に信じられた希望、
二人の巨人が、ティガダークに駆け寄っていく。
『よく頑張った。
お前がギリギリまで頑張ったから、間に合った。
ギリギリまで踏ん張ってくれたお前のおかげで、ワシらは間に合った。
どうにもならないこんな状況で、よくぞここまで戦ってくれた』
ガイアが手をかざすと、そこから光が放たれ、ティガのカラータイマーに当たる。
激しく点滅していたティガのカラータイマーが、元の色に戻った。
ティガのエネルギーが八割ほどまで回復する。
『共に戦おう、黒いウルトラマン』
『……はい!』
ふっ、とゼットは笑う。
「ここで、間に合うか。
ティガが戦った、たった三分間の間に、"これ"が間に合うか。
なんという美しい奇跡……感嘆すら覚える。だが、な」
槍を振り、しかと構えるゼット。
その力は戦いの消耗を加味しても、ウルトラマン三人分の力など、ゆうに超えている。
「私はそんなお前達を滅ぼすために生まれたということを……思い知るがいい!」
ティガは右を見た。
ガイアが頷き、ティガが頷く。
ティガは左を見た。
アグルが頷き、ティガが頷く。
三人が揃って前を向く。
文字通り、人類と神樹の最後の力が枯れるまで、全てをぶつける決戦が始まった。
【原典とか混じえた解説】
●ウルトラマンガイア
星と人を守るため、地球が生み出した赤きウルトラマン。
地球に生きる命の守護者。
大地の光の巨人であり、光そのものに意志はなく、地球に選ばれた者が変身する。
そのため、変身者の身体能力や個性が戦闘スタイルに劇的に反映される。
三ノ輪大地の場合、多彩な技を適度に戦術に組み込みながらも、高い身体能力を活かした近接戦闘型の光の巨人となる。
ガイアの光は、ひたすらに諦めない心の強い変身者を選んだ。
ベーシックな赤銀のウルトラマンのカラーリングに、金色を足した体色のウルトラマン。
●ウルトラマンアグル
星と人を守るため、地球が生み出した青きウルトラマン。
地球に生きる命の守護者。
大海の光の巨人であり、光そのものに意志はなく、地球に選ばれた者が変身する。
そのため、変身者の身体能力や個性が戦闘スタイルに劇的に反映される。
鷲尾海人の場合、多彩な技と高い身体能力の一切を戦術に組み込まず、汎用性の高い一つの光線技をとことん磨いた遠距離支援型の光の巨人となる。
アグルの光は、どこかで間違えてしまうかもしれないと分かっていても、悩みながら苦しみながら他人を想える、弱さと強さを持つ変身者を選んだ。
歴代シリーズでは初めての青基調ウルトラマンであり、体色は黒と銀に黒みがかった青。
原作番組においては、主人公と同じく地球を守ろうとするのに仲間ではなく、主役でないウルトラマンにもかかわらず偽物でもなく、敵であっても悪ではない、副主人公のウルトラマンであるという斬新極まりない設定で、ウルトラシリーズに大きな変革をもたらした。