夏空の下、ウルトラマンは、友をいじめた子供達を虐殺した   作:ルシエド

29 / 63
3

 始まりの戦いで、ゼットは三人のウルトラマンと五人の勇者を凌駕した。

 ゼットが消耗しているとはいえ、あの時と同じことはできるだろう。

 その力はウルトラマン三人分の力もゆうに超えている。

 最悪なことに、ここからまだ発揮される底力と成長力がある。

 メタフィールドの加護もなく、ティガ一人では勝ちの目は薄かったはずだ。

 

 されど、仲間は居る。

 

『初見じゃ合わせられないだろうからシンプルに言うかんな。

 オレはアグル、後衛射撃型。あっちはガイア、前衛格闘型。以上!』

 

『シンプル!』

 

 ティガ、ガイアが走り出す。

 アグルは走り出さず、その場に留まり二つの拳を揃えて構えた。

 揃えられた拳が、まるで砲台のように見える。

 アグルはじっと待ち、ゼットがゼットンらしく一兆度の火球を撃ってくるのを待つ。

 そうして、鷲尾海人の予想通り、ゼットはガイアとティガを同時に迎撃するために、大小様々な一兆度の火球を織り交ぜてばら撒いた。

 

 その瞬間にアグルが放つは、連射される青い光球……『リキデイター』という光弾だった。

 

 青い光弾はばら撒かれた一兆度の火球全てを撃ち貫き、仲間を守る。

 射撃に迷いはなく、射線に揺らぎはない。

 お手本のように見事な光弾狙撃であった。

 竜胆は心の中で拍手する。

 

(光弾全てが精密射撃。

 しかも一発一発が、丁寧に威力の強弱を制御されてる。

 大きな火球は強い光弾で、小さな火球は弱い光弾で撃ち落として……

 ここまで"丁寧に光弾を制御してるウルトラマン"、初めて見た)

 

 鷲尾の狙撃は正確無比。その射撃は、仲間を後方より援護する。

 アグルの光弾はゼットの頭上や左右を通過し、ゼットにその場に留まるか、少し動いてそこで止まって吸収か防御するかの二択を迫る。

 ゼットはアグルの狙いに乗って、その場で動かずガイアとティガを迎え撃った。

 

 ティガが左、ガイアが右に分かれて攻める。

 ゼットは瞬時に脅威度の差を見抜き、ティガがいる方の右手に槍を持った。

 

 ティガブラストの手刀二刀流が、ゼットの右手の槍と打ち合う。

 ガイアの攻撃が、ゼットの左手と打ち合う。

 ガイアの攻め手を見た竜胆は、三ノ輪大地ことウルトラマンガイアの戦闘スタイルを理解した。

 

(柔術! 合気道混じりの柔術だ!)

 

 攻め手も受け手も柔軟で、敵の体を掴み、そこからの駆け引きと投げ、抑え込みに強みを発揮する格闘術・柔術。

 それをウルトラマン流にどう昇華しているのか、竜胆は激しく気になったが、今はガイアを注視している余裕が無い。

 それよりも、ゼットの手を掴み取ろうとするガイアの独特な動きに、ゼットがそちらに意識を取られていることの方が重要だった。

 

『せあああああッ!!』

 

 ガイアの方に気を取られたゼットのこめかみに迫る、ティガブラストの手刀。

 ゼットは首を振って胴ごと前に少し動き、こめかみへの手刀をかわした。

 

『大地パイセン、攻撃合わせて!』

 

 だがそこで飛んで来る狙撃光弾・リキデイター。

 威力を抑えて光弾硬度を上げ、光弾のジャイロ回転速度を上げ、弾速を上げた速度特化の高速弾バージョンだ。

 まさしく狙撃弾といった風の光弾が、ゼットの頭を直撃する。

 体に傷は付かなかったが、ゼットの体がややふらつく。

 

 そこに、ティガブラストの素早い回し蹴りと、ガイアの肘打ちが炸裂した。

 巨人二人の打撃が、ゼットの体を200mほど吹っ飛ばした。

 

 赤、青、紫の三人が共闘する姿は美しい。

 赤い体で最前衛を務める三ノ輪のガイア、中衛から切り込む乃木が如き剣技の紫のティガ、後衛で狙撃を繰り返す青き鷲尾のアグル。

 役割の分担によって、それが噛み合うことで生まれる強さの片鱗が、そこにはあった。

 三人の連携は、まだ拙い。

 だがこの三人での連携訓練を重ねた先に、どれだけ強くなるのか、ゼットにすら正確に予想はできなかった。

 

「なるほど、これは厄介だ」

 

 されど、その連携はまだまだ連携と呼べるほどのものではない。

 メタフィールドと樹海の一体化と同じで、完全なものでもない。

 それらの完成には時間が必要だ。

 

 更に、今ここにある不安要素はそれだけではない。

 ガイアとアグルが去年の冬に四国から離れ、それから一度も四国に戻っておらず、今はじっくりと話している余裕もない。

 だからこそ、"ゼットに対する無知"が発生する。

 

 ゼットが、槍に体重と筋力をかけ、振るう槍の重さを一気に上げる。

 振るわれた槍が、穂先ではなく石突を叩きつけるものであることを見抜き、ガイアはそれに右拳を叩きつけた。

 

 ガイアの拳は硬い。

 大地が想定していたその槍の石突の威力を、100と仮定する。

 ガイアの拳の強度を考えれば、300程度までは大丈夫だった。

 最大の問題は……ゼットの槍の一振りに込められていた威力が、ゆうに1000はあったということだった。

 

 ガイアの右拳の、指の骨にヒビが入る。

 

『なんじゃこのパワー!? いづづ、ワシ、指折れた……! 訴訟もんだぞこの野郎』

 

 ゼットの拳は、当たり所次第でウルトラ兄弟級のウルトラマンすら即死させる。

 竜胆は受け方をしっかり考え、そのパワーをいなすためにしっかり対策し、天才的な技量でどうにかしているだけ。

 ゼット対策を練りに練ったティガだからこそその力を受け流せるものの、初見のウルトラマン達にとって、ゼットのこの身体能力は桁外れに危険なものなのだ。

 

 ゼットは、右拳が折れたガイアに残された左手と両足、己の右側から攻め立ててくるティガ、遠方のアグルと全てに注意を払う。

 が。

 ガイアは、折れた右拳を握り、ゼットが警戒していなかったその拳でぶん殴った。

 

『とうりゃー!』

 

「!?」

 

『折れた指では殴らんと思ったか、このバカめ』

 

 ゼットの頬を殴ったのに、ゼットにあまりダメージはなく、ガイアの拳のヒビは大きくなった。

 なんという不合理。

 なんという非効率。

 効率と合理の塊のような戦い方をするゼットには、理解できないスタイルだった。

 

『まあ、折れてない方の拳で殴らなかった理由は特に無いが。ま、当たるんならそれでいい』

 

「……淡々と赤く熱い男だな、ウルトラマンガイア」

 

『がっはっは、男らしいと言ってくれい』

 

 ガイアに気を取られれば、ティガは抜け目なくそこを突く。

 ゼットの意識がいくらかそちらに行ったのを見逃さなかったティガの手刀が――居合斬りのような挙動の手刀が――ゼットの足を切り裂いた。

 

「お前もまた、動きのキレが増してきたな。ティガ」

 

『上から目線で余裕ぶってんなよ! ……負けられねえんだ、俺達は!』

 

 柔らかな柔拳と鋭い手刀を織り交ぜる、ティガブラストの猛攻。

 二人の巨人がゼットの両腕を封じたそこへ、突っ込んでくる黒翼と人影。

 

「そうだ!」

 

 大天狗を宿した若葉が、ゼットの眉間に最大威力の焔剣を叩きつけた。

 

「光はここで、終わらない!」

 

「! お前は……!」

 

 若葉は精霊の反動のせいで、戦えなかったはずだ。

 なのに、何故?

 

 最大まで翼で加速し、天上を焼く炎を一点に集中した斬撃は、眉間の発光器官という人体急所にあたる場所に命中し、そこに小さなヒビを入れた。

 若葉の衝突でゼットの頭がぐらつき、そこにティガトルネードが顔を狙う掌底を放つ。

 

「このタイミングで勇者だと……!?」

 

 ティガの掌底を、ゼットは槍の柄で受け止め。

 

 ティガの掌底を隠れ蓑にして至近距離まで接近した友奈が、ティガの手を踏み、跳んだ。

 

「!」

 

「アナちゃんは……生きたかったんだ! 生きたかったんだよ!」

 

 ゼットの眉間に叩き込まれる、酒呑童子の拳。

 眉間にあった発光器官に入ったヒビが、もっと大きくなる。

 若葉のように空を飛べない友奈は、ゼットの眉間を殴ったせいで隙だらけに浮いていたが、そこにティガの体を駆け上がって跳んできた千景が来る。

 千景は体ごとぶつかるようにして、友奈をゼットの至近距離から離脱させた。

 

「……勝つことでしか、あの子を弔えないなら、私達は……!」

 

 そして、ヒビが入った眉間へと、リキデイターの狙撃が直撃し、そこを粉砕した。

 

『パイセン、右手ヤバいだろ! 一回下がれ!』

 

 ガイアが一旦下がり、痛々しく右拳を庇う。

 そこで数歩下がったティガと、杏が、同時に冷気を纏った。

 二人の息は、ピッタリと合う。

 

『「 ―――あの子が願った、希望のために! 」』

 

「ぐうううううっ!?」

 

 ティガフリーザー&雪女郎のコラボレーション。

 極低温の冷気と、極低温の冷凍光線がゼットへと直撃し、その体を凍りつかせていく。

 

「舐めるなぁッ!」

 

 "アナスタシアを想う"気持ちで、強く強く当たってくる勇者と巨人達。

 涙を我慢して打ち込んでくる一つ一つが、いやに重かった。

 吹雪を一兆度の熱で吹き飛ばし、ゼットは息も絶え絶えに槍を握る。

 

「……ここまで参戦して来ないということは、勇者の体が不調に過ぎると判断していたが。

 どういうことだ? ここまで、非効率に戦力を偽装・温存していたということか……?」

 

『ワシが治した』

 

「―――!」

 

『覚えとけい。ウルトラマンガイアは、仲間を癒す者でもある、とな』

 

 ティガとガイアは、共に珍しい治癒能力を持つウルトラマンである。

 だが、根本的に違うところがある。

 ティガは"自分を治す能力を持つ"ウルトラマンであり、ガイアは"他者を癒やす能力を持つ"ウルトラマンなのだ。

 ティガは他人を治せず、ガイアは自分を癒せない。

 綺麗な対極。

 なればこそ、ガイアの参戦は、精霊の反動で退場していた勇者達の復帰を意味した。

 

 赤、紫、青が組み上げる陣形に、四人の勇者が並び立つ。

 

『一人じゃねえんだよ、俺達はッ!』

 

 突っ込んで来るガイアの腹を蹴り飛ばし、遠くのアグルに一兆度を連射し、ティガの右腕右足を槍で切り飛ばしながら、ゼットも叫ぶ。

 

「一人だから強いのだ、私はなッ!」

 

 それは、まさに対極の激突。

 

 『二つの異なる強さが激突する光景』だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 乃木若葉が焔を放ち、ガイアが腕を十字に組んだ。

 

「大地!」

 

『おうともよぉ!』

 

 十字に組んだ腕をL字に組み換え、炎状の光を放つ必殺光線。

 名を、『クァンタムストリーム』と言う。

 それが若葉の焔を巻き込みながら直進し、ゼットの槍がそれを受けた。

 

「ぐっ……!」

 

「海人君!」

 

『ああ』

 

 間髪入れず、友奈の呼びかけでアグルが放つ狙撃光弾・リキデイター。

 それがゼットの右足を打ち、傷んだ右足を友奈/酒呑童子の拳が打つ。

 姿勢が崩れたことで防御も崩れ、ゼットは咄嗟に槍防御から光線吸収に切り替えた。

 あと一瞬切り替えが遅ければ、クァンタムストリームは直撃していただろうに。

 

『ちーちゃん! 杏!』

 

「うん……よし」

 

「はいっ!」

 

 ティガトルネードになり、七つの旋刃盤を生成、七人の千景と同時に七方向から同時攻撃。

 次いで、杏が冷気を束ねボウガンから放った矢と、光弾ハンドスラッシュによる同時攻撃。

 背後から迫る攻撃が、連続でゼットの強固な体を打ち据える。

 

「まだだ……まだだ!」

 

 何度も立ち上がる。絶対に諦めない。巨人も、勇者も、ゼットもだ。

 "敵が強大でも折れない心"を、この場の全員が持っている。

 

 ゼットの力は尽き始めていた。

 疲労は溜まり、頑丈だった肉体組織も度重なる攻撃で金属疲労に似た物質的疲弊が始まり、体内のエネルギーも底が見えていて、全身の発光器官の多くが巨人でなく、勇者に砕かれていた。

 後何回バリアを使えるか。

 後何発一兆度の火球を撃てるか。

 もしかしたら、自覚できていないだけで、もう使用は不可能かもしれない……それほどまでに、ゼットは追い詰められている。

 

 だがそれは、ゼットに誰もが決定打を与えられず、"トドメの一撃"をゼットが徹底して回避し続けているということでもあった。

 粘り強く、諦めず、食らいつき続けている。

 そしてそれは、人間達も同じこと。

 

 巨人と勇者もまた、傷付きながら、力尽きつつある自分達を自覚しながら戦っている。

 ゼットは彼らにトドメの一撃を刺せずにいる。

 若葉が殺されそうになれば、ティガが守り。

 千景が殺されそうになれば、ティガが守り。

 ティガが殺されそうになれば、友奈とアグルが守る。

 そんな流れの、繰り返し。

 ゼットはまだ誰一人として殺せていないが、叫び、槍と拳を振るい続ける。

 

「私はまだお前達に、終焉をもたらしていない!」

 

 ゼットが突き出した手から全力の一兆度火球が発射……されない。

 力が尽きたのだ。

 全力の一兆度火球を作れるだけのエネルギーが残っていない。

 されどゼットは折れることなく、アグルの放つリキデイターを切り払い、ティガとガイアを槍でまとめて薙ぎ払う。

 

「ゼットンを―――私を、生半可な勇気で越えられると思うなッ!」

 

 追撃の一刺しがティガへと放たれ、ティガブラストの手刀が流麗にそれを流す。

 

『思ってねえよ』

 

 槍が手刀で流されて、槍を持っていないゼットの左手と、一瞬で変わったティガトルネードの右手が、同時に拳の形に握られる。

 

 合図もしていないというのに、互いの拳が、互いの頬へと同時に突き刺さった。

 

『だから見せてやる―――俺達の、勇気をッ!』

 

 ゼットは身軽な体を活かし、空中で回るようにティガの首を狙って何度も左右の蹴りを放つ。

 その全てを、ティガは肘で叩き落とした。

 肘に打たれたゼットの両足は強烈に痛み、しかれども、膝を折ることはない。

 

『勝つんだ! 俺達が!』

 

「負けん! 私はなっ!」

 

 ゼットは痛む足で大地を踏みしめ、ティガ、ガイアを槍の大振りで弾き飛ばし、槍を振った風圧で勇者までもを吹き飛ばす。

 そして、槍を、投げた。

 超高速で飛翔した槍は、遠方のアグルの腹に深く突き刺さる。

 しかも、それだけでは止まらない。

 二股の槍はアグルに命中すると、4.6万tの体重を持つアグルの体を浮かばせ、それでも止まらずにアグルを後方へ吹っ飛ばしていく。

 

 ビルにアグルがぶつかり、アグルを貫いたまま、槍はビルにも刺さる。

 槍という杭がアグルをビルに縫い付けていた。

 街の各所から、一般人の悲鳴が上がる。

 

「鷲尾さん!」

 

『前衛は……後衛守ってくんないと困る……うっ、ぐっ……』

 

 槍が刺さったままではガイアも治癒できない。

 アグルは槍が刺さった痛みに耐えていたが、やがて失神した。

 青い巨人の、胸のライフゲージ――カラータイマーではない――が点滅を始める。

 その点滅が止まった時、変身は解除される。

 その前にアグルが目覚めてくれるかどうかは、分からない。

 

『なんだ、今の投擲速度……!?』

 

 なんという執念か。

 もうほとんど力も残っていないというのに、あの投擲、あの威力。

 バックアップとして最高の後方支援射撃を続けていたアグルを、ピンポイントで潰された。

 ゼットも槍を取りに行く暇はないだろうし、ゼットの武器が失われたと考えることもできるが、竜胆はよく知っている。

 

(ゼットは徒手空拳の戦闘術も十分強い……!)

 

 ゆらり、と手足を構えるゼット。

 武器が失われたからとはいえ、楽観できないのがこの敵だ。

 ガチンコの戦いに向くティガトルネードへと変わり、竜胆はガイアと息を合わせて左右からゼットを挟み撃ちにする。

 

「私はここに生きている。私はこの世界に生まれたのだ」

 

 ティガトルネードの正拳突き。

 投げに繋げようとする、ガイアの手刀打ち。

 ガイアに合わせて切り込む若葉の斬撃。

 ティガに合わせた友奈の拳。

 七人に増えた千景の斬撃。

 要所を狙う杏の射撃。

 

 その全てを、たった一人で受け止めて、たった一人で跳ね返す。

 

「お前達を倒すために―――あるいは、お前達に倒されるために」

 

 ゼットのローキックがティガの足を払い、ティガを転ばせ、転ばされたティガの頭を踏み潰そうとするゼットの足を、全力でぶつかる若葉と友奈が必死にズラした。

 

 "脳を潰せばティガは再生しないだろう"という直感ゆえの行動。

 追い詰めれば追い詰めるほどに、ゼットの戦闘勘は冴え渡る。

 

「ウルトラマンが居てこそ、ウルトラマンを倒してこそ、私には存在価値がある……!」

 

 そしてゼットは、振り向きざまに、ガイアの顔と腹へと同時に拳を突き出した。

 右拳は顔、左拳は腹。

 二箇所同時に叩く上、一つが顔面に直線的に向かってくるがために、この技を見慣れていないと対処が極めて難しいという二打一撃。

 ガイアは顔への一撃は弾いたが、腹への拳は、貰ってしまった。

 

 腹の中で嫌な音がして、崩れ落ちるウルトラマンガイア。

 

『がっ、はっ……!?』

 

「大地っ!」

 

 この技の名は、"山突き"。珍しいものではあるが、()()()()である。

 

 空手をよく知る竜胆と友奈が、ゼットンが使う空手の技を見て、驚愕していた。

 

『山突き……!? 空手の技を、なんでゼットが……!?』

 

「ティガ。お前が、戦いの中で何度か、何気なく私相手に使っていた技だ」

 

『!』

 

 竜胆が使っていた。

 ゼットは見た。

 見ただけで覚えた。

 ただ、それだけの話。

 

 山突きは両手の拳で敵の顔と腹を打つ技だ。

 そのため体ごとぶつかるように打たなければ威力が出ず、そう打ってもさほど威力は出ない。

 人間であれば、この一撃をフィニッシュブローにすることはまずできないだろう。

 人間であれば。

 

 そう、ゼットの腕力ならば、これでも十分に必殺になる。

 防御し難く威力が出ない技も、ゼットであれば防御し難い必殺の技になる。

 それでもティガ相手ではまず通じないと、ティガを認めていたからこそ、温存してガイア相手に切ったのだ。

 怪獣(ゼットン)が空手技を使ってくるだなんて奇襲、大地は想像もしていなかっただろう。

 

 空手家相手には空手の技を使わず、柔術家を空手家から盗んだ空手で仕留める。

 至極合理的な思考にて、絶大な力を細やかな戦術で扱う、あまりにも厄介なゼットン。

 三ノ輪大地はよく耐えたものだ。

 根本に脆さがあるティガトルネードに直撃していたら、間違いなく腹が弾けていただろう。

 よほど日頃から鍛えていたに違いない。

 でなければ今のは確実に致命傷になっていたはずだ。

 

 ティガがガイアを守るように割って入って戦いを始め、ガイアが腹を押さえて膝をつく。

 ガイアの胸のライフゲージが、赤く点滅を始めた。

 

「大地!」

 

『若葉……ワシ、お腹痛い』

 

「見れば分かる! 大丈夫か?」

 

『ワシぁ、まあ後で病院行くとして……

 あの黒いウルトラマンに、小声で伝言頼む。

 思念波で声を出すと、最悪あの人型ゼットンにバレかねんからな』

 

「分かった、なんだ?」

 

『15秒後に、ワシが光線を撃つ。チャンスを活かせ、と』

 

 若葉が頷き、飛翔する。

 

『連携の訓練もしてないワシらが合わせられるのは、その一瞬だけだ』

 

 一方その頃、ゼットはティガの左腕を掴みながらティガの胸を蹴ることで、ティガの左腕を胴体から引き千切り。

 ティガは痛みに耐えながらも、右腕でゼットにアッパーを叩き込んでいた。

 

「うおおおおッ!!」

 

『がッ―――!? こ、の野郎ッ!』

 

 必死に腕を生やし、傷を塞ぐティガダーク。

 その肩に若葉が乗って、次なる作戦を囁いた。

 ティガダークは牽制光弾・ハンドスラッシュを連射し、ゼットから距離を取りつつ側面を取るように跳び、ティガトルネードにタイプチェンジ。

 ゼットはハンドスラッシュを吸収しつつ、様子見の後に次の一手を見切ろうとして―――動こうとしたその時、自分の足がいつの間にかに、分厚い氷の塊に覆われていることに気付いた。

 

「……何!?」

 

 ゼットの足はティガとの先程の攻防で、強烈な肘打ちを何度も喰らっている。

 ゼットは強い精神力でその痛みに耐えてはいたが、痛みで感覚はほとんどなかった。

 注意深く観察してそれを見抜いていた杏は、それを利用して足を氷漬けにしたのだ。

 感覚がないなら、足が完全に氷の塊で覆われるまで気付かない。

 足を氷漬けにしている途中で気付かれる心配もない、というわけだ。

 

 ここは海岸線近くの防衛線。

 氷塊を作るための水分なら、海からいくらでも持って来れる。

 

 そして、杏の判断はいつも知より来たるもの。

 ゼットの体は"ティガの方もガイアの方も向いていない"。

 つまりは『正面に向けて発動するゼットの光線吸収が発動しない』。

 足が固定されている以上、体の向きも変えられない。

 

 杏の策が、ガイアの指定した時間に、最高のチャンスを当ててくれた。

 

「御守さん!」

 

『りっくん先輩じゃなくていいのか?』

 

「……りっくん先輩! ぶちかまして!」

 

『了解! サンキュー、杏!』

 

 この程度の氷、一兆度が使えないほど消耗したゼットであっても、数秒あれば粉砕できるが……このタイミングで、数秒はあまりにも長過ぎる。

 

 杏は守られる者である。

 球子がそう思ったように、とても女の子らしく、か弱く儚い雰囲気の杏は、見ているだけで守ってやりたくなるような気持ちになる、そんな少女だ。

 彼女は最初は戦うことなどできず、ずっと球子に守られていた。

 

 されど、ずっとそうだったわけではない。

 杏を守ってくれた誰かのことを、杏は守ろうと決意した。

 球子のことを、ティガの背中を、杏は守ろうと頑張ってきた。

 守られた者がずっと守られたままでいるだなんて、誰かが決めたわけでもない。

 だから杏は、強き者を守り、助ける。

 

 そう、それは。

 "ずっと昔からそうやってきた"、人間とウルトラマンの関係そのものだった。

 ウルトラマンが人を守って、いつか人間がウルトラマンを助ける関係と、同じものだった。

 

「私を……私達人間を、守られるだけの存在だと思ってるなら、大間違いです」

 

 いつの時代も、ゼットンは。

 

 ウルトラマンを凌駕し、ウルトラマンに守られるだけでなくなった人間に、負けるのだ。

 

「私達は守り合って、支え合って、笑い合って……そうやって、生きているのだから!」

 

 それが、運命。

 

『トドメじゃあ! 行けるよな、ええと……』

 

『ティガです!』

 

『よし、決めるぞ、ティガ!』

 

 ガイアが腕を左右に広げ、全身から赤き光を迸らせる。

 屈むように力を溜めて、溜めて―――額から、鞭と刃の中間である光を形成する。

 

 ティガの全身から火の粉の如き光が舞い散り、それが手と手の間に圧縮炎球を形成する。

 光であり焔である、炎球であり光流であるそれを、ティガはガイアと同時に解き放った。

 

『―――フォトンエッジッ!!』

 

『―――デラシウム光流ッ!!』

 

 光線を吸収できない角度から、ティガとガイアの最強光線がゼットに放たれる。

 

 これで終わりだ。

 これで決まりだ。

 ウルトラマンを圧倒し、甘く見た人間にしてやられ、終わりを迎えるというゼットンの運命に従い、ゼットは今ここに終わる。

 

 

 

 

 

 そんな運命は、確かにここにあり。この瞬間、ゼットもまた、自らの運命を変えた。

 

 

 

 

 

 勝った、と思った勇者は、きっと一人や二人ではなかっただろう。

 そのくらいには、完全にゼットは詰んでいた。

 

 だがゼットは、ティガとガイアの連携が完璧でないことを既に見抜いている。

 完璧な連携でないがために、二つの光線は同時着弾ではなく、ティガトルネードのデラシウム光流の方が先行してしまっていた。

 ゼットはそこに、左腕を叩きつける。

 

 そして、命を絞るような気持ちで、最後の一兆度火球を()()()()()()()()()()()

 一兆度。

 それは元来、1秒間に地球を60億個溶かしてしまうような超高温だ。

 ゼットン族は全て、その熱をベクトルレベルで完全に制御した宇宙恐竜である。

 その一兆度を内側に撃ち込まれ、外側にデラシウム光流を撃ち込まれ、エネルギー飽和状態になったゼットの腕はどうなるだろうか?

 当然、爆発する。

 とてつもないエネルギーが一点に集中されたことで、とてつもない爆発を引き起こす。

 

 ―――まるで、ウルトラヒートハッグのように。

 

 弾ける爆音。

 上がる勇者達の悲鳴。

 ゼットの片腕消滅と引き換えに発生した爆発は、ゼットの敵の全てを飲み込む。

 

「―――まさか―――私が―――ティガの真似をするとはな―――」

 

 デラシウム光流も、フォトンエッジも、跡形もなく吹き飛ばす爆発。

 

 いや、四国が跡形もなく消滅しかねないほどの爆発だった。

 

『がっはっは……ワシとしたことが、自分の分の盾を作るのは間に合わんとは……』

 

 それを防いだのは、ガイアだ。

 ガイアが持つ"ウルトラバリヤー"という技は、半径20km範囲を悠々カバーできるというウルトラマンの中でも飛び抜けた防御範囲を持つ防御技である。

 だがこれは、広範囲を守る場合、ガイアを守れないという欠点があった。

 

 ここではない地球では、ガイアはこれで街を守り、されど自分は守れなかったとか。

 三ノ輪大地はゼットを中心に起こった爆発から、これで街を守った。

 おかげで四国には傷一つ付いてはいない。

 ……だがその代償として、ガイアはもう、立っていることすらできなくなってしまった。

 

『あとは……たのんだ……』

 

 ガイアが消える。

 アグルも消える。

 過剰なダメージで、巨人の変身限界が来てしまったのだ。

 

 若葉は咄嗟に打たれ弱い杏を庇ったが、二人まとめて吹っ飛ばされて戦闘不能。

 千景も分身全てに同時に爆発を叩き込まれたことで、精霊も解除され気絶。

 そして友奈は、"爆発を殴る"というとんでもない発想を酒呑童子の力で形にし、ティガの頭部を大爆発から守ってくれていた。

 一部脳さえ無事なら、ティガは再生できる。

 おかげでティガは手足が吹っ飛んだりしたものの、なんとか死を免れていたが、そのせいで友奈は爆発の威力をモロに受けてしまっていた。

 

「……よかった」

 

『友奈っ!』

 

「リュウくんも……遠い所に行っちゃうんじゃないかって思ったら……怖くて……」

 

 アナスタシアの死の直後だ。

 友奈はこれ以上、仲間に……友達に、死んでほしくなかったのだろう。

 血まみれの友奈が、竜胆の生存を確認して微笑んでいる。

 竜胆(ともだち)を守りきれたという現実が、友奈を安心させている。

 その体に走る激痛は、生半可なものではないだろうに。

 

 そして、爆発した腕の至近距離に居た、ゼットは。

 

「お前達が、生まれた後に得た、負けられない理由で戦うのなら……!

 私は、生まれる前に与えられた存在意義こそが、負けられない理由っ……!」

 

 もう、目を逸らしたくなるほどにボロボロで、なのになおも雄々しく力強かった。

 

 全ては、ウルトラマンを倒し、終焉をもたらすために。

 

「私の理由が、お前達の理由に負けるとは、思わん―――!!」

 

 ゼットの全身の肉は削げ、全身が爆発の衝撃で穴だらけだ。

 黒焦げになっていない部分の方が少なく、顔は右目以外の全てが黒焦げている。

 爆発の起点になった左腕は消滅したままで、足も強打すれば千切れそうに見えてしまう。

 光線吸収器官も、ことごとくが焼け付いていた。

 エネルギーもほぼ0だ。

 もはや、一兆度の火球すら撃つことはできないだろう。

 

 されど、今戦場に立っている戦士は、そんなゼットただ一人だ。

 

 アナスタシアとひなた、両方と繋がりの深い若葉の咆哮も。

 口に出さないだけで仲間を大切に思っていた、千景の覚悟も。

 人間の強さを見せた杏の策も。

 仲間にこれ以上死んでほしくないと、捨て身の選択に出た友奈の勇気も。

 ガイアとアグルも。

 ティガも。

 

 全て、敗北の結末に終わるのか?

 

 いや、まだ、終わっていない。友奈が最後に希望を残してくれた。

 

『ゼット……!』

 

「やはり、最後に残ったのはお前だったか」

 

 立ち上がるティガ。そのカラータイマーが、点滅を始める。

 

(本気で、底力まで、尽きてんな……)

 

 『ティガ』としての部分より、『竜胆』としての部分が危険信号を鳴らしている。

 エネルギーと共に、命が尽きようとしているのだ。

 もはやここまでくれば、両者互いに意地だけで立っているようなものである。

 

 もはや互いに余力はない。

 飛んだり跳ねたりして駆け引きをする余裕すらない。

 ティガもゼットも、その身に残された最後の力は、最後の一撃を撃つためにしか使えない。

 命を燃やすようにして……最後の最後の力を、振り絞る。

 

 ティガはティガブラストにチェンジ。

 『光流』ではなく『光弾』という、エネルギーをより一点に集中させられる必殺を選ぶ。

 

 ゼットは一本だけ残された腕を突き出し、握った拳に最後の力を充填する。

 他のゼットンとは違い、ゼットの最強技は『一兆度』ではなく、『光線』なのだ。

 

 二人はもはや、他に何もできない。

 他に何かをすれば、目の前の敵を倒すだけの余力が残らないからだ。

 巨人と怪獣の手に、なけなしの力が集められていく。

 チャージの間の僅かな数秒、僅か数秒の静寂、僅か数秒の平和が訪れる。

 

 何を思ったか、ゼットが口を開いた。

 

「お前は、人間を、愛しているのか」

 

『……ああ』

 

「私に愛はない。私には、お前の気持ちは分からない」

 

『もったいないな。大切なものがないのか、お前』

 

「いや、ある。私にとって大切なことは一つだけ……ウルトラマンを倒すことだ」

 

『じゃあ、そりゃ、夢だな』

 

「夢」

 

『お前の夢が、それなんだろ。俺にとっては最悪の、俺には否定しかできない夢』

 

「……これが、夢か」

 

『お前の夢は、終わらせる』

 

「いいや、終わらせるのは、私の方だ。私がお前を、必ず終わらせる」

 

 吸収器官も壊れ、バリアも一兆度も使えなくなり、瞬間移動は封じられ、槍は手元になく、体力もエネルギーも完全に尽きた。

 それでも、絞り出せる、想いの力があった。

 突き出した拳より、ゼットは光線を放つ。

 

 心に光を。

 その腕に絆を(アームドネクサス)

 偉大な人(グレート)の背中を追って、もっともっと力強く(パワード)に。

 朦朧とする意識の中で、竜胆はただ、勇者(しょうじょ)達の平穏と幸福を願った。

 腰だめに重ねた手から、居合斬りのように、右手の手刀を抜いて撃つ。

 

『―――ゼットおおおおおッ!!』

 

「―――ティガあああああッ!!」

 

 とても一途で、真っ直ぐな、光の矢が飛ぶ。

 

 心の光を固めた輝きの矢が、ゼットの放った光線を貫いていく。

 

 ランバルト光弾が、光線を切り裂き、ゼットの胸に着弾した、その瞬間。

 

 ゼットが微笑(わら)った―――そんな、気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 爆発を起こすゼットの最期に、竜胆が感じたのは達成感。そして、一つの終わりだった。

 

 ボブがゼットに殺された、あの時に始まった『何か』が今終わった、そんな気がした。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 ティガが変身を解除する。

 ゆっくりと巨人が消えていき、代わりに竜胆が現れた。

 ふらっ、と倒れそうになる竜胆を、ボロボロの杏と若葉が支えてくれる。

 

「お疲れ様です、りっくん先輩」

 

「よくやった竜胆。……色んなことがあったが、お前は本当によくやってくれた」

 

「お互い様だろ。皆、頑張った。皆、助けられた。そんなもんだよ」

 

 竜胆は二人にお礼を言って、二人から離れた。

 杏と若葉以上にボロボロな友奈に駆け寄り、出血が止まっていること、出血量の割に傷が深くないことを見てホッとする。

 

「勝ったぞ、友奈」

 

「知ってた」

 

「知ってたってなんだよ」

 

「なんとなくだけどね」

 

 傷付いた友奈を、竜胆が優しく横抱きに抱えた。

 お姫様抱っこだ、と友奈が言った。

 さっきまでヒーローやってたんだからタマにはお姫様やれ、と竜胆は言った。

 竜胆は丁寧に、優しく、友奈の傷が痛まないように友奈を抱えている。

 四人で探し、気絶していた千景も発見した。

 

「ちーちゃんって寝顔は無愛想じゃないんだな」

 

「起きてる時は無愛想って言ってるようなもんじゃないかな、それ……」

 

「いいんだ、無愛想な人の方が笑顔は可愛く見える。

 辛いカレーのそばに甘い飲み物が置かれてるのと同じことだ」

 

「えー……うーん……そうかも……」

 

「あ、悪い、前言撤回。無愛想じゃない人の笑顔も可愛く見えるからこの主張意味ないわ」

 

「えぇ……」

 

 友奈を抱えていた竜胆がそう言った意図は、言わずもがなである。

 若葉がゴミ袋を担ぐように、男らしく千景を肩上に担いだ。

 竜胆が「もうちょっと女の子らしく」とダブルの意味で言った。

 若葉が「ああ、この角度だと千景の下着が見えてしまうな」とスカートの位置を直す。

 「違う、そうじゃない」と思った竜胆だが、訂正する気力も無かった。

 女の子らしくない担ぎ方の若葉に、女の子らしくない担ぎ方をされた千景が運ばれていく。

 

「若ちゃん、ついてきてくれ。ウルトラマンガイアの人も回収しよう」

 

「分かった」

 

「杏、大社に連絡頼む。アグルの人も病院に連れてった方がいい」

 

「分かりました」

 

 ボロボロの人が、ボロボロの人を助け、助け合いながら仲間を回収していく。

 それはまさしく、"支え合う仲間達の姿"であった。

 

 もはや誰一人として、戦う力は残していない。

 もう残った力など無い。

 

 そこに『新たな敵』が現れた時の彼らの心を、なんと言おうか。

 

「……え」

 

 絶望以外の、なんと言おうか。

 

「―――」

 

 ゼットの切り離された首を持った黒い巨人が、そこにいた。

 ウルトラマンとは微妙に違うが、さりとてかけ離れているとも言い難い造形。

 ティガダークとどこか似た体色の、女性型の巨人。

 

 竜胆が友奈を優しく地面に置き、ブラックスパークレンスを握る。

 二連続変身、それがどれだけ危険なのかは、感覚的に分かる。

 負荷で死ぬかもしれない。

 されど竜胆は、それでも変身しなければ、倒さなければと思い、ブラックスパークレンスを強く握って―――その巨人の、名を呼んだ。

 

「『カミーラ』……?」

 

 何故俺は名前を知っているのかと、竜胆は勝手に動いた自分の口に触れる。

 周囲の仲間も、敵巨人と竜胆の両方に対し、驚愕と困惑をしている。

 対し女性型の巨人は、竜胆とブラックスパークレンスを見下ろして微笑んだ。

 

「体が覚えているのね、ティガ」

 

 竜胆と融合した、ティガの力。

 竜胆はそれが何かをほとんど知らない。

 だが、彼が知らないだけで……力以外の『ティガ』も、彼には継承されている。

 

 女性の巨人は、竜胆とその周りの少女達を見下ろす。

 そして、目を細めた。

 その瞬間、体を動かせる勇者達は身構える。

 竜胆は何も感じず、勇者達だけが感じた殺意。

 それは、"ティガの周りにいる女のみ"に向けられる殺意だった。

 本性を剥き出しにした、本意から来た、本心にして本望たる、本当の、本気の、本物の殺意。

 

「ああ、また、女」

 

『……?』

 

「また女ね、ティガ。

 三千万年前はユザレ。そして今も、そんな女どものために」

 

 竜胆には、その女巨人が何を言ってるのか分からない。

 その意図が読めない。

 だが、他人の気持ちに敏い友奈は、カミーラの視線の動き、言動、ニュアンスから、カミーラの内に満ちる感情を見て取った。

 

(これ……『嫉妬』……?)

 

 カミーラは、並々ならぬ『愛憎』と『嫉妬』を、ティガへと向けていた。

 

「ああ―――とても、とても、殺したい気分だわ。

 でも、ただ殺しただけじゃ、きっと何も伝わらず死ぬだけだろうから。

 ……私は後の方で、あなたが追い詰められてから存分に、あなたを虐めてあげる」

 

「お前は……」

 

「また会いましょう、リンドウ。

 本当の闇のティガとしてのあなたを、次は見られることを期待しているわ」

 

「待て!」

 

「本番はここからよ」

 

「え?」

 

「イフを倒した。

 ゼットを倒した。

 ブルトンもその内倒すのでしょう?

 そろそろあちらも本気を出すということよ」

 

「……本、気?」

 

「バーテックスの自動学習と自動進化に大半を任せるのも終わり。

 手を抜いていたわけではないでしょうけど、これまでがぬるかったことも事実」

 

 戦いは、次のステージへ。

 

「さようなら、ティガ。つまらないところで死なないようにね」

 

 ゼットの頭を抱えて、カミーラは結界の外へと消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 星屑の肉は、集めて変質させることで、極めて多様な存在を作ることができる。

 怪獣の概念記録と多量の星屑があれば、どんな怪獣でも再現することができたこれまでを考えれば、その汎用性の高さも窺える。

 時間さえかければ、星屑の量さえあれば、オリジナルとほぼ変わらない性能も出せる。

 

 だがゼットやイフのようなものを作るともなれば、途方もない時間がかかるだろう。

 コストからして一からの再生産が非現実的なものであり、また何らかの対処をされてしまうかもしれないリスクを犯してゼットやイフを作るのは、想定デメリットが想定メリットを上回ると考えられる。

 ゼットやイフの後継が出ることはないだろう。

 

 だが、再生産でなければ。

 例えば、完全に死に切っていないゼットの頭を、凝縮した星屑に植え付ければ。

 "十二星座という大個体の一部となる"ように、"怪獣を模した肉となる"ように、集めて凝縮した星屑の肉を新たな肉体として……ゼットを擬似的に蘇生することすら、可能である。

 カミーラは、密かに集めていた星屑を使って、それを実行に移していた。

 

「ふざけるな……ふざけるな!」

 

 ゼットが叫ぶ。

 

 復活しつつある自らの肉体を見て、カミーラに憎悪と憤怒の叫びを叩きつけていた。

 

「私の敗北に終わるとしても何ら構わん!

 何故あの『終焉』を下衆に汚した!

 あの美しい決着を奪うなど、他の誰でもなく、私が許さん!」

 

「あら、ゼットンらしくもないことを言うのね」

 

「お前には……分からんのか!

 あの人間とウルトラマンが見せたものが、何なのか!

 始まりのゼットンは……"あれにこそ"、負けたのだ!」

 

「人間とウルトラマンの絆……ね。

 でもいいじゃない。それを滅ぼすことこそが、あなたの存在意義なのでしょう?」

 

「黙れ。

 無様な生など求めた覚えはない。

 求めたものは勝利と終焉……それだけだ!」

 

「……自分の終焉までも肯定する、と」

 

「私は私の全てを出し切った!

 あそこで死ぬのなら悔いは無い……いや、違う!

 あの戦いで、あのウルトラマンどもに負けるなら! 悔いは無いと言っているのだ!」

 

「はいはい。少し、頭の中いじった方がいいかしら」

 

「……っ」

 

「もうあなたは、その綺麗な終わりを逃したのよ。

 死に損なったの。なら、新しく美しい終わりでも見つけるしかないわ」

 

「貴様ッ!」

 

「私の目的は天の神とは少し違うわ。天の神が生み出したものでこの身を作ってはいるけれど」

 

 黒き女巨人カミーラは、新たな手駒を一つ手に入れた。

 

「この地球に恐怖と絶望を。

 ティガに喪失と絶望を。

 闇に堕ちるなら良し。そうでないなら、そんな下等で無価値なティガは―――」

 

 それは、天の神が遣わすものの一つでありながら、天の神に忠を尽くさぬ者。

 

 忠ではなく、愛憎で動く者だった。

 

 

 




【原典とか混じえた解説】

●愛憎戦士 カミーラ
 人間の姿と巨人の姿を持つ、ティガと同族の闇の巨人。
 『ティガダーク』の昔の女。
 かつてのティガの恋人。
 要するに元カノ。
 三千万年前、"ある経緯"からティガに裏切られ、『ウルトラマンティガ』に倒された。
 金の体色、氷の鞭や雷撃の能力を持ち、『本来のウルトラマンティガ』が備えていた金の体色に雷撃や氷の能力は、おそらくこのカミーラの能力が由来となっているもの。

 かつて地球人のある女がティガダークを光に誘い、ティガが『ウルトラマンティガ』となり、闇の巨人である自分と敵対したことがトラウマ。
 ティガが闇であってほしいと願っている。
 ティガを光に誘う女を絶対に許さない。
 邪悪に歪んだ愛、闇に落ちた愛、正しき愛に負ける間違った愛を体現する。
 かつてティガを誰よりも愛し、ティガを誰よりも憎んだ女。ゆえに愛憎戦士。

 闇の巨人としての彼女の解説は、本登場したタイミングにて。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。