夏空の下、ウルトラマンは、友をいじめた子供達を虐殺した   作:ルシエド

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「お兄ちゃん達が戦うのをやめれば、神様も怪獣を出すのを止めるわ。きっと」

発言者:シンジョウ・マユミ
発言話:ウルトラマンティガ28話『うたかたの…』

備考:原作ティガ世界には人類の傲慢と増長を見かねて怪獣を発生させる"宇宙の意志"が存在する


2

 夢は悪夢を繰り返す。

 現実で光の中に戻れども、少年の心は未だ闇の中。

 三年間の闇が蓄積させた絶望に襲われ、竜胆はずっと(うな)されていた。

 夢の中で想起されるのは、三年間続いた孤独と闇という地獄の記憶。

 

『暗い……ここに、ずっと、僕一人で……?』

 

 何度も何度も弱気になり、そのたびに心を立て直し。

 幾度となく心は揺れて、そのたびに何かを自分に言い聞かせ。

 昔の通りの自分の心を保ちながら、自らの内の闇を育んでしまった、そんな三年間。

 

『何日経った……? どのくらい経った……?

 お腹減った……なんで誰も来ないんだろう……このまま、飢え死にするのかな……』

 

 記憶がぶり返す。

 

『ご飯が来てないからまだ数時間しか経ってない……?

 それともご飯が来てないだけで何ヶ月も経ってる……?

 数日……数日、放置されてるだけだと思うけど……おなか、へった……』

 

 記憶。

 

『……くるしい……つらい……』

 

 記憶。

 

『ごめん、かりん……みんな……つみのないひとも……ぼくが、ころして……』

 

 記憶。

 

『つみのないひとが……きずつけられるのは……ゆるされない』

 

 記憶。

 

『ぼくは……ゆるされない……いきてちゃ、いけない』

 

 12歳の子供の記憶。

 

『ぼくがくるしいのは……つらいのは……ぼくがそれだけのことをしてしまったから……』

 

 5分あれば、一つ後悔が彼の心に浮かんで膨らんでしまうと、そう仮定する。

 1日で起きているのが最低でも16時間。16時間なら膨らむ後悔は192個。

 1年で7万80個。3年で21万240個。

 単純な時間でも最低1万7520時間。

 実際のところ実に二万時間弱、竜胆は後悔と自己嫌悪を繰り返した。

 

 

『命乞いをする女の子を叩き潰した感触……

 泣き叫ぶ小さな子供を握り潰した感触……

 大好きだった家族を殺した攻撃の感触……』

 

 

『―――感触を、今でも覚えている』

 

 

 三年前の惨劇の時の記憶が、一万時間以上暗闇の中でリピートされる。

 殺した感触。

 殺した子供の悲鳴。

 殺した理由となった憎悪。

 それが、食事すら与えられず、闇の中に幽閉された竜胆の心の中で繰り返される。

 食事を与えなくても闇を食って死ぬ気配すら見せない化物に、せめて弱ってくれと願い現状を維持する人間が居たから、竜胆のその現状は終わることなくいつまでも続いた。

 彼が闇の中に、自分が殺した子供の幻覚、自分が殺した罪なき人間の幻覚、自分が殺した妹の幻覚を見るようになったのは、いつからだっただろうか。

 

『殺したな』

『殺したな』

『殺したな』

『私達を殺したな?』

『家族を、殺したな?』

 

 この三年間、何度同じトラウマを思い出しただろうか。

 この三年間、何度過去と現在の区別がつかず、闇の巨人になった時の感覚を思い出して暴れ回りそうになり、拘束にそれを止められただろうか。

 

 せめて、悪党になれればまだマシだっただろうに。

 "それの何が悪い"と開き直れたなら心も軽くなっただろうに。

 竜胆は闇に堕ちながらも、闇になれただけで、本当の悪にはなれなかった。

 罪人にはなれても、悪人にはなれなかった。

 悪にして闇ではなく、善にして闇という、中途半端な堕ち方が彼を苦しめる。

 

 悪夢から弾かれるようにして、彼の意識は覚醒した。

 

「ああああああああああっっっ!!!」

 

 目覚めた彼を、彼の体をベッドに拘束している鎖付きの枷が捕らえる。

 悪夢から解放されてすぐの竜胆は、夢と現実の区別もつかない状態で、暴れに暴れた。

 

「あっ! あああっ! アアアアっ!」

 

 憎い敵を殺したいという感情。

 辛い過去から逃げ出したいという感情。

 ()()()()()()()()()という感情。

 それらを闇の力が増幅し、竜胆に破壊と自殺を行わせようとして、竜胆が寝る前に自分に付けた拘束がその行動の邪魔をする。

 

 竜胆の心の闇がティガの力を闇に反転させ、巨人の闇の力が心の闇を増幅し、闇が闇を生むという最悪の悪循環。

 

 数分後、ようやく落ち着いた竜胆は、呻きながら拘束を外し始める。

 竜胆は毎晩寝る前に自分を拘束し、ブラックスパークレンスを自分から離れた場所に置くようにしていた。

 でなければ、悪夢と現実の区別がつかない状態で変身・暴走しかねないと思っていたから。

 竜胆は自分のことを何も信じていない。

 だが自分が他人を癇癪で殺す醜い人間であるということだけは、信じていた。

 

「……う」

 

 枷を外すと、枷がついた状態で全力で暴れたことで、擦り傷だらけになった手足が見える。

 血が出ていたが、その内塞がるだろうと思い手当てはしなかった。

 竜胆の体は既に人間離れしている。

 闇があれば食事を取らなくてもいいのもそう。

 しぶとさと回復力が非常に高いのもそう。

 暗い場所を好むようになったのもそうだ。

 

 竜胆の目はいつからか、暗い場所でもよく見えるようになっていた。

 光がなくてもそれなりに見える、人間離れした目が動く。

 洗面所で手錠付きの手で顔を洗い、鏡を見た。

 

「……酷い顔だ」

 

 鏡の向こうには、竜胆が誰よりも信じられないと思っている男の、情けない顔があった。

 

 鏡は心の闇までは映してくれない。

 

「……」

 

 鏡が映してくれない箇所にこそ、竜胆が許せないものはある。

 

 殺したことを、こんなにも悔いているのに。

 壊したことを、こんなにも後悔しているのに。

 同じ状況に置かれれば、同じように殺してしまうかもしれない、と竜胆は思っている。

 後悔しているのに、自分を変えられない。

 自分の中の闇が拭えない。

 

 消えない己の闇を見つめて、竜胆は一人俯いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カーテンを締め切った暗い部屋で、竜胆は迎えに来た若葉を迎えた。

 

「少し早いが、迎えに来たぞ」

 

「ありがとう」

 

「……竜胆。お前、感謝の言葉が似合わないと言われたことはないか?」

 

「無いかな。この三年はそもそも誰とも会話してないし」

 

 来たのは若葉だけではなく、その後ろにはひなたと千景の姿も見える。

 ひなたは幼馴染として『若葉の味方』をするためで、千景は竜胆が今どう扱われているかを理解して『竜胆を守る』ために来たのだろう。

 若葉と千景の間には、仲間としての一定の信頼と、何か一つ間違えれば刃を交えてしまいかねない剣呑な空気があった。

 

「上里ひなたです。昨日は名前を名乗れなかったので、改めて」

 

「よろしく。御守竜胆だ……って、皆、名前は知ってるか」

 

「よろしくお願いします」

 

 頭を下げるひなたとほどほどの挨拶をして、無言でじっと見てくる千景に向き合う。

 

「ちーちゃん、背伸びたねえ。それに女の子らしくなった」

 

「……あなたがそれを言う?」

 

 単純な数字で見ると、若葉は163cm、千景は159cm、ひなたが150cm。

 対し竜胆は170cm半ばは超えているように見えた。

 三年以上地下に放り込まれていたのに、弱っている様子も、発育不良になっている様子も無い。

 千景が彼と目を合わせるには、ちょっと上を向かなければならなかった。

 

 それがなんだかむず痒くて、千景は見上げるのをやめる。

 

 ちなみに友奈が154cm、球子が147cm、杏が156cm。

 年齢で見ると中三が竜胆と千景、中二が若葉と友奈とひなたと球子、中一が杏となる。

 二年生の若葉がリーダーであるだけに、最年長者の竜胆と千景がまるで協調性を見せず、年上らしく音頭を取って周りを引っ張って行こうとしない姿勢であるのが際立って見えた。

 竜胆と千景の今の性格は、牽引役にするには問題がありすぎる。

 

「……さあ、行きましょう」

 

 竜胆が、勇者達に連れられていく。

 

 若葉は竜胆をいつでも制圧・切り捨てられるようにしていて。

 千景はそんな若葉をいつでも止められるようにしていて。

 竜胆は自分が暴走しても巨人になる前に切り捨ててくれそうな少女がいることに、どこかリラックスしているように見えた。

 

 だからひなたの目には、若葉と千景が常に不安を抱いているように見えたし、竜胆が心底安心しているように見えた。

 それが奇妙に見えて、竜胆の過去に詳しくないひなたは首を傾げてしまう。

 

「千景。お前は勇者だ。四国の皆の希望の一人だ。軽率な行動は取るなよ」

 

「軽率? 乃木さんが軽率な行動を取らない限り私は何もしないわ。それだけよ」

 

「ま、まあまあ、若葉ちゃんも千景さんも落ち着いて」

 

 今にも神の刀と神の鎌が鞘走りそうな一触即発の雰囲気。

 ひなたがなんとか仲裁して雰囲気を和らげる。

 こんな若葉と千景に挟まれて安心した顔を見せている竜胆が、ひなたの目には本当に奇妙な生き物に見えていた。

 

 竜胆は別に誰でも良いのだ。

 暴走した時の自分の首を刎ねてくれるなら、誰でも良かった。

 だからか奇妙なことに、自分を殺すかもしれない若葉をとても好意的な目で見ていた。

 ゆえにか逆に、自分を守ろうとしてくれている千景が、かなり邪魔に見えていた。

 千景が味方をしてくれている事自体は、嬉しそうに感じていたようだが。

 

 ただひたすらにひなたのぽんぽんが痛くなる空気がそこにあった。

 ひなたのみ、胃痛。

 

(空気が辛いですね……でも、流石に若葉ちゃん達の勇者仲間割れを見過ごすわけには)

 

 竜胆が移送されていく。

 地下室から出された日、竜胆は大社で精密検査とメンタルチェックを行われ、臨時の部屋をあてがわれていた。

 だが今日からは『丸亀城』の新築施設の一室をあてがわれることになる。

 この時代において、丸亀城は大幅なリビルドがされた上で、人類最後の砦として機能していた。

 

「丸亀城まで歩くぞ。竜胆、足が弱っているということはないか」

 

「大丈夫」

 

 香川北北西部の海沿いに、丸亀城はある。

 14世紀頃に作られた史跡を軍事施設として再成立させたのが、今の丸亀城だ。

 有事にはここが守りの起点となり、分かりやすい防衛拠点として扱われる。

 神樹は四国を守る結界を作り、結界にわざと薄い部分を作ってここに敵を誘導し、有事にここを最終防衛ラインとして成立させるのである。

 

 竜胆はこれから、ここでの戦いが終わるまで丸亀城に固定される。

 日常でも外出が許されることは滅多にないだろう。

 戦いが始まれば丸亀城から出撃させられ、戦いが終われば丸亀城に閉じ込められる日々が来るだろう。

 そのために今、彼は丸亀城に移送されている。

 これからは、丸亀城とそこに作られた施設が彼の檻となるというわけだ。

 

 天からの敵(バーテックス)が来るのは、丸亀城から見て岡山方面。

 第一討伐目標・ブルトンが現在いる場所も岡山近辺であると推察されている。

 丸亀城を基点に、その敵を討つのだ。

 彼らの現在地から丸亀城までは、おそらく歩いて20分といったところだろう。

 

「……ん?」

 

 長いとも、短いとも言い難い道のり。

 その過程に、竜胆の"属性"が過敏に反応する。

 闇に寄った彼の属性が感知するものなど限られている。

 彼が感じたものとはすなわち、『やや漠然とした人の敵意』だった。

 

「ここから少し、僕は一人で歩く」

 

「何?」

 

「逃げるつもりはない。

 だがついて来るな。

 丸亀城まであと10分も歩かない内に着くだろう?

 巻き込まれたくないのなら、僕に近寄るな。離れてろ」

 

「巻き込まれる? 何を言っている?」

 

 竜胆が一人で歩き出すと、街の人々がその顔を見て、記憶を探り、何かを思い出していく。

 正の感情は一つもなく、浮かぶのは全てが負の感情。

 

「おい、あれ」

「えっ……嘘でしょ?」

「三年前の……」

 

 皆知っている。

 当時小学生だった竜胆の顔写真と実名が大々的に雑誌に乗っていたほどの、あの頃の熱狂的で絶望的だった報道を覚えている。

 御守竜胆という惨劇の主を、皆が覚えている。

 それはバーテックスという怪物ではなく、人間の悪意がもたらした殺戮だったがゆえに。

 

 "癇癪で子供達や罪のない人達を虐殺した"と散々に報道され、周知され、人々に認知された竜胆の姿を数年ぶりに見て、人々は"まともでいられない"くらいの恐怖と憎悪を覚えた。

 

「なんでこんなところに……おい子供隠せ!」

 

 人々が"ひっ"と声を漏らし、ある者は逃げ、ある者は子供を隠し、ある者は家族を守る。

 恐れおののく人々の合間を、竜胆は無感情な顔で歩いていく。

 

 やがて、皆の感情の色が変わり始めた。

 恐怖は敵意に、憎悪は攻撃性に変わる。

 人々が今竜胆に向けている感情は、街の中に迷い込んだ餓狼に対するそれに近い。

 ならば次に始まるのは……排斥だ。

 

「失せろ! 消えろ!」

 

 投げられる石。

 最初の一人が投げれば、次々に後続の投石が続く。

 赤信号は皆で渡れば怖くない。人間として当たり前の心理だ。

 

 小さな物から、頭に当たればただでは済まなそうなサイズまで、多くの石が投げられる。

 竜胆はそれに反応もしない。

 石が当たれば一瞬だけ痛そうにするが、それだけだ。

 人々を無視して、丸亀城に向かって歩いていく。

 

「くっ……こっち来んな! どっか行け!」

 

 石が飛ぶ。

 罵声が飛ぶ。

 悪意が投げつけられる。

 全ては、竜胆の過去の行動が生んだ因果応報。

 

「どの面下げて街歩いてるんだ殺人鬼! ……お前が殺した人の気持ちも分からないのかよ!」

 

 罵声と投石。

 その行動によって、人々が得るものは何もない。

 むしろ竜胆に反撃されるリスクを抱えてしまっている。

 恐怖だけが行動の理由ならば、竜胆から逃げるのが当たり前なのに、そうしない者がいた。

 

 つまりはこれは、見方によっては、自分の利益など一切考えていない私欲抜きの行動……『善意』で、『勇気』なのだ。

 街の平和や、子供の安全を守るため、竜胆を街から追い出そうとしているのだ。

 

 ()()()()()()()()()()()()に人間が立ち向かう美徳、すなわち勇気。

 これが勇気でなくてなんなのか。

 巨人変身者に立ち向かっているという時点で、身の程知らずの蛮勇に近いが、竜胆が反撃する気を見せない限り、この勇気は愚行にはならない。

 

 だが、こんな光景を見て千景が冷静でいられるわけもない。

 千景が大鎌を握って飛び出そうとし、その千景をひなたが止めた。

 

「千景さん、何する気ですか!?」

 

「少し脅せばいいでしょう。それで全部解決する……!」

 

「しません!」

 

「……っ!」

 

「千景さんと、そして人々の"勇者"に対する評価が著しく損なわれるだけです!

 冷静になってください!

 人々が御守竜胆に石を投げてるのは、彼が弱いからではありません!

 彼が嫌悪され、恐怖され、ここに居ることを拒絶されているからです!」

 

「分かってる!」

 

「分かってません!

 今、力で脅して石を投げるのを止めさせても!

 ……別の時に、別の人が、別の石を、もっと大きな嫌悪感で彼に投げるだけです!」

 

「っ」

 

 ひなたは巫女で、戦う力を持たない。

 だが、勇者の誰にも勝る冷静な状況把握力と、的確な思考力があった。

 ひなたの主張は正論であり、千景のしようとしていることは明確に間違いで、そんなことは千景にも分かっている。

 

「なら、どうしろっていうのよ!」

 

「こらえてください千景さん……

 暴力で生まれた感情は、暴力で押さえつけてはいけないんです!」

 

 御守竜胆という『悪』を攻撃する意志。

 人々が石を投げるのは紛れもなく『善意』で『勇気』だ。

 だが千景から見れば『悪意』以外の何物でもない。

 

 「人にはそれぞれの正義がある」なんて陳腐な台詞がある。

 「お前にとっての正義が別の人にとっては悪なんだ」という陳腐な説教がある。

 どこの作品でも見そうな台詞だ。

 使い古された台詞だ。

 使い古されているということは……()()()()()()()()()()()()()ということだ。

 この手の残酷が、昔からこの世界にはずっとあったということだ。

 

 正義と、悪と、善意と、悪意と、勇気が、ぐちゃぐちゃに混ざっている。

 きっとこの場では、人々を恐れさせている竜胆を街から排除することこそが、最も多くの者達にとっての正義であり。

 この光景が既に、千景にとっての地獄だった。

 

(ふざけるな、またこんな、こんな―――!)

 

 千景はとにかくこの地獄を終わらせたい。

 そのためなら武器で脅すくらいは躊躇わない。

 けれど、今の郡千景は。

 

(でも、ここで)

 

 『勇者であるからこそ』、いじめの標的から外れ、勇者として讃えられている者だった。

 

 今の人類は、勇者とウルトラマンにのみ守られている。

 多くの人間は、千景に媚びてでも守ってもらおうとしている。

 ダークティガを倒して、人々から称賛されたあの日から、ずっと。

 千景は"敵を倒すことで"、人々から称賛される人間として生きている。

 

 もしもここで、竜胆のために、人々全てに刃を向けたなら?

 千景に向けられる人々の称賛は、全て無くなってしまうのでは?

 そう思った千景の心に、トラウマが蘇り、呼吸が不規則になっていく。

 "また皆に否定されて無価値な自分になってしまったら"という恐怖が、少女を揺らす。

 

(ここで、彼の味方になれば、あの時の私に、逆戻り―――?)

 

 千景は、「お前は無価値、嫌われて当然だ」と常に言われて育ってきた。

 何を言っても否定され。

 何をやっても否定され。

 そうやって幼少期を生きてきた。

 ありのままの自分が無価値だということは、千景にとっては常識だった。

 千景にとって自分の価値とは……『悪と戦い倒す』こと以外では得られないもの。

 

 なら、御守竜胆(ダークティガ)が『悪』である以上、もう本当にどうしようもない。

 

(私は……私は!

 何やってるの……何考えてるの……!?

 助けてもらって……守ってもらって……覚えてるのに!

 彼に守ってもらって、嬉しかったこと、覚えてるのに……何も、何もできない……!)

 

 千景は恐れ、トラウマで止まり。

 ひなたはほっとして、胸を撫で下ろし。

 若葉は、自分らしさを曲げなかった。

 

「ひなた、悪いが私は行くぞ」

 

「えっ……若葉ちゃん?」

 

「暴力に訴えなければいいんだろう?

 ……こういう光景は、私もあまり好きじゃない」

 

「わ、若葉ちゃん!」

 

 若葉が早足に進む。

 竜胆の隣に歩み寄る。

 歩く竜胆の横に若葉が並び立つと、"四国を守ってくださっている勇者様"に石が当たることを想像したのか、人々が石を投げるのを躊躇う。

 石投げが止まり、竜胆が嫌な目つきで若葉を睨んだ。

 

「おい」

 

「私の仕事は、お前が逃げないように見張ることだ」

 

 感情を隠した話し方で、竜胆が若葉に礼を言う。

 

「ありがとう、乃木」

 

「何のことだ?」

 

「……でも、次からはもういい。これは理不尽な暴力じゃない。当然の報いだから」

 

 若葉の脳裏に、何故かその時、祖母が昔よく口にしていた教えと戒めが蘇った。

 

―――若葉

―――乃木として生きなさい

―――『何事にも報いを』。この言葉を、忘れぬように

―――恩義や情けには報いを、攻撃されたら報復を。そう生きなさい

 

 若葉は、祖母にそう言われて育てられてきた。

 仲間には報いを、優しさで返してきた。

 悪の怪物には報いを、刃で返してきた。

 

 今の竜胆の境遇はただの報いなのだろう。

 過去の行動が返って来たというだけのことなのだろう。

 竜胆のこれが行動に対する正当な『報い』であると解釈するならば、若葉の性情がこれを受け入れるのは自然なことであるようにも思える。

 だが若葉は、この光景がどうにも気に入らなかった。

 

(……不快だ)

 

 そして、千景は。

 若葉の勇気と優しさが見える行動によって、若葉を更に好意的に見るようになった竜胆の目が、気に入らなかった。

 その想いが、うじうじと足踏みをしていた千景の背を押す。

 

 千景が竜胆に駆け寄り、その手を引いて早足に進む。

 竜胆の手にかけられた手錠が、カチャリと音を鳴らした。

 それは彼の罪の証。

 彼が皆に恐れられている限り、ずっと外されることはないだろう。

 千景が、せり上がってきた想いを噛み潰す。

 

「……ちーちゃん?」

 

「早く行きましょう。早くここを去った方が、きっと両方にとっていいと思う」

 

 傷付けられる竜胆にとっても、恐れる人々にとっても、この状況が続くことは地獄に過ぎる。

 

(なんで……なんで、こんなことに)

 

 千景は竜胆の手を引いていく。

 怖かった。

 民衆が本気で殺しに来たら、それを"受け入れてしまいそう"だった竜胆の様子が怖かった。

 竜胆が普通に殺されそうだった衆愚の空気が怖かった。

 何もかもが怖くて。

 少しでも早く、この場を離れたかった。

 

(何度こう思ったか分からない。だけど、それでも、私は何度でも考える)

 

 千景はただ、過去を悔いて、今を恐れる。

 

(私がどこでどうしていたら……どこで間違えなければ……こうならなかったんだろう……)

 

 千景は歯噛みする。

 若葉の勇気ある行動の後でないと、竜胆に駆け寄れもしなかった、自分の弱さが嫌いだった。

 竜胆に真っ先に駆け寄れた若葉の勇ましさが、妬ましかった。

 自分のことばかり考えて足を止めてしまった自分が、憎かった。

 『民衆の正義』が『竜胆の処刑』を望んだなら、それを受け入れてしまいそうな竜胆の自然体の在り方が、とても怖かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 かくして彼女らは、丸亀城に到達する。

 若葉と竜胆は、リビルドされた丸亀城の側面をひょいひょいと登って行った。

 千景はふらりとどこかへ行き、ひなたは若葉の異様な身軽さとそれに平然とついていく竜胆に少し驚いた顔を見せていた。

 若葉は丸亀城の頂点から、城の北にある海と、南に広がる街を指差す。

 

「丸亀城は主に、防衛拠点として使われる。

 星屑相手に……というのもあるが、主な用途は"もっと巨大な個体"相手だ。

 これが我々の盾にも、鎧にもなってくれる。城は高さもあるため見通しもいい」

 

「へぇ……ここがね」

 

 竜胆の人間離れした目が、四国の周囲の海から突き出し、四国を囲んでいる壁を捉える。

 おそらくはあの壁が四国を包む結界なのだろう、と竜胆は判断した。

 

「あの壁の外には、元自衛隊の武装船団が巡回している。

 バーテックスが来たら迎撃はしてくれるが、意味は無いと思え。

 壁の向こうから奴らは来る。

 勇者(わたし)巨人(お前)のすべきことは、壁を越えて来た敵を倒すことだ」

 

「僕ら抜きで、その人達で倒せないんだ。『バーテックス』」

 

「迎撃はしてくれるだろうが、意味はないだろうな。

 どうせ核兵器でもまともにダメージが通ることはない。バーテックスとはそういうものだ」

 

 敵に通常兵器が効かないことなど、滅びる寸前の今の世界が証明している。

 

「敵が来るのは今日の15時ちょうどだ、竜胆」

 

「予測はできてるんだ? そりゃ凄い」

 

「神樹の神託だ。

 ひなたと名乗った者がいただろう?

 彼女は私の幼馴染で、巫女だ。

 巫女は神樹の神託を聞くことができる。

 こんなに正確な神託は珍しいが……ひなたはそういう神託も拾えるんだ」

 

「……世の中は僕が引きこもってる間に、随分マジカルになったんだなあ」

 

 時計を見る限り、神託で告げられた敵の襲撃時刻まで、あと40分といったところだろうか。

 

「戦いが始まれば、樹海化が行われる」

 

「樹海化?」

 

「人の世界は神樹の根に覆われ、四国結界の内部の時間は止まる。

 街は神樹の根が守り、世界は時間の停止が守るんだ。

 諸々理由はあるが……その際、樹海にダメージが行けば、世界は壊れていくと思え」

 

「戦いのフィールドも守れってことか? そりゃまた、難儀な」

 

「樹海へのダメージは戦いの後に災厄として世界に顕れる。

 最悪、それで死ぬ人間も出かねない。

 神樹へのダメージは、今の四国を回している神樹の力を削ってしまう。

 長時間の樹海化も神樹の力を削るだろう。

 そうなれば食料やインフラの供給が止まり、人間は結果的に滅びることになる」

 

「フィールドへの大きすぎるダメージは厳禁、ね。了解。

 ……ああ、分かってきた。

 これはあれか、その『神樹』にバーテックスが到達したらアウトなやつか」

 

「そうだ。

 バーテックスが狙うものは二つ。私達人間と、神樹だ。

 だから私達が近くにいれば基本的にこちらを狙ってくる。

 が、万が一にでも神樹に奴らが到達した場合、神樹は折られる。

 そうなればこの四国の人間は全員死ぬ……そう思って戦ってくれ」

 

「分かった。樹海は傷付けず、神樹に到達させず、敵は殲滅……と」

 

 ある意味分かりやすい。

 これはシンプルな防衛戦だ。

 城を使って、自分達の領土と本丸(神樹)を守る防衛戦。

 そこに"できれば第一目標のブルトンを探して倒せ"という目的を加えている。

 

 戦いの目的は、シンプルなのだ。

 四次元怪獣ブルトンの打倒も、四国結界への干渉を阻止するためであるので、基本的に竜胆や若葉の戦闘目的は"四国の防衛"であると言っていい。

 

「ああ、そうだ、僕と同じ巨人……

 『ウルトラマン』、だったか。それは何人居るんだ。勇者は五人でいいんだよな?」

 

「お前を除けば勇者も五人、ウルトラマンも五人だ。

 だが勇者の内、球子と杏は前回の戦いのダメージを引きずっている。

 あまり前に出したくはない。

 ウルトラマンが五人の内二人が消息不明、一人が重傷で入院中、残るは二人だ」

 

「……巨人が三人も? 戦いの中で"そう"なったって思っていいのか」

 

「ああ」

 

「こりゃ、戦いは予想以上に辛そうだ。……敵が来るまで、あと30分か」

 

 若葉は竜胆の表情を覗く。

 戦いの中で死ぬことに対する恐怖は全く見えない。

 だが、生きようとする意志も全く見えなかった。

 

「大丈夫だ、竜胆。お前の初戦は最前線にまでは出されない」

 

「?」

 

「今は、かなり変則的な陣形を使っているんだ。

 残った二人の巨人を最前衛にまで出し、討ち漏らしを勇者が対応する形になっている。

 お前も初戦は、比較的安全な討ち漏らしへの対応になるだろう」

 

「ああ、そうなんだ。お試し運用みたいな。

 それで問題があったらもう一回僕は地下室行き、と」

 

「……」

 

「いいんじゃないかな、低リスクでチェックできるんだし」

 

「撃ち漏らしへの対応と、お前との連携は、勇者五人で担当する」

 

 誰も、竜胆を信用していない。

 元締めの大社はもちろんのこと、若葉でさえも信じてはいない。

 彼を今信じているのは、きっと千景一人だけだ。

 

 『基本三分しか戦えないウルトラマン』と、『何時間でも戦える勇者』と、『数が無数で神樹に一体でも辿り着けば終わりの星屑』。

 殲滅戦という前提で戦うとする。

 すると、ウルトラマンから見れば人間より少し大きい程度のサイズの星屑は、勇者の方がずっと処理しやすいと考えられる。

 狭い所に入られたりすると、巨人はどうにも攻撃し辛いのだ。

 

 巨人と勇者は互いに補助し合える。

 それぞれの得意分野がある。

 協力し連携してこそ、勝利は見えてくるのだが。

 

「お前らの動きに興味は無い。僕も好き勝手に動くから、そっちも好き勝手にしてろ」

 

「仲間の得意技も知らずに共闘なんてできるはずがないだろう。

 今から個々人の特性を細かに説明している時間は……ないか。

 なら、『精霊』と『切り札』の説明だけはしておく。重要だからな」

 

「切り札?」

 

「神樹の中には、あらゆるものが概念的記録として蓄積されている。

 それを『精霊』として引き出し、『切り札』として行使する。

 それが勇者の力だ。

 球子であれば"輪入道"、友奈であれば"一目連"、杏であれば"雪女郎"がこれにあたる」

 

「妖怪ばっかじゃねえか」

 

 怨霊や妖怪ばかりであった。

 

「……そこは気にするな。

 ともかくこれは負担がかかり、多用はできない。

 使えば極端なまでの強みを発揮するが……

 理想的なのは大一番で短い瞬間だけ行使することだな」

 

「つまり、必殺技?」

 

「……まあ、その認識でいい。必殺技だな、うん」

 

「かっこいいじゃん必殺技」

 

「……欲しいのか?」

 

「別に」

 

 若葉は一瞬、竜胆がとても子供っぽく見えたが、気のせいだと思って流した。

 

「最近、ある学者が一つの説を提唱していた。

 この"勇者の精霊"と、"最近のバーテックス"は、本質的には同じなのではないか、と」

 

「最近のバーテックス?」

 

「今、人類を追い詰めているもの。

 自然に進化を重ねた果てに奴らが至ったもの。

 登録呼称(レジストコード)ではそれを、『十二星座』と『怪獣型』と言う」

 

 若葉は語る。

 バーテックスは『頂点』を意味する言葉だ、と。

 『頂点』であって『青天井』ではない。

 頂点とはすなわち到達地点のことであり、ゆえにその進化には一応の到達点がある。

 際限のない進化の中にも……一つの完成形がある。

 

「この二種はとてつもなく強い。

 巨人の身体の研究によって、出力が上がった今でなければ、勇者は太刀打ちもできなかった」

 

「強くて大きな個体、ね」

 

「十二星座は……

 今のバージョンの勇者システムであれば、切り札を使えばなんとか倒せる。

 怪獣型は個体ごとに強弱の差が激しい。が、十二星座よりは基本的に強いな」

 

 星座と、怪獣。

 竜胆は自分の頭の中で、"自分が倒すべき個体"の呼称を反芻する。

 

「だから連携を忘れるな、竜胆。

 お前の実力は知らないが、一瞬で殺されることもある」

 

「そんなにか」

 

「そのくらい強いからこそ、『ウルトラマン』も重傷を負う事態になっているんだ」

 

「……分かった。それで?

 最近のバーテックスが勇者の精霊と同じだっていうのは、どういうことさ」

 

「神樹の中にはあらゆるものの概念記録があると言っただろう?

 精霊はそれを汲み上げた力の形だ。

 星座や怪獣もまた……宇宙にある何らかの"情報"を汲み上げて形成されている、だそうだ」

 

 つまり、それは。

 

「だからこれだけは覚えておけ。

 私達の戦いは、基本的に"なんでもあり"だ。

 何が起こっても不思議じゃない。何が出て来ても不思議じゃない」

 

「……おお、怖え、怖え」

 

 敵側に事実上、質の面で限界はないかもしれないということだ。

 数の限界も見えない。

 基本的には防衛戦。

 

 竜胆が放り込まれるのは、戦いの終わりも見えない、敵の限界も見えない、そういう末期戦の防衛戦であると言っても何ら過言ではない。

 

「参考までに、前回の戦いでは……

 星屑が千、十二星座が四、怪獣型が二十三体出現した」

 

「……そりゃ、僕も呼ばれるか。

 なんでこんな危険人物をあそこから出すかと思えば……納得がいくってもんだ」

 

 二人の間に、沈黙が流れる。

 若葉と竜胆は二人で並んで、城の上から結界の壁を見つめていた。

 敵の出現まで、あと10分。

 丸亀城を撫でる12月の風が、やけに冷たく感じられた。

 

「あ、御守さん!」

 

 そこにやって来たのは高嶋友奈。

 花咲く笑顔で、元気に手を振り、城の頂点にまで軽やかに登って来る。

 竜胆は笑顔の友奈に好感を覚える。

 だからこそ無視した。

 だからこそ距離を取った。

 

「無視されちゃった……若葉ちゃんもごきげんよう、だね!」

 

「お前はいつも元気だな、友奈」

 

 戦いを前にして気合いを入れる友奈の横で、若葉は竜胆に小声で話しかける。

 

「友奈は苦手か?」

 

「距離を詰められるのは苦手だ。嫌いではないけれど」

 

「そうか。その気持ちは分からないでもないな」

 

 若葉は何気なく城の頂点から下を見た。

 木の陰から、竜胆と若葉を見ている千景が、そこにいた。

 若葉はこの瞬間まで気付いていなかったが、今この瞬間までずっと見られていた様子。

 

(……千景)

 

 千景はまだ彼の処遇が心配で心配で仕方がないらしい。

 ふと気が付けば鎌を持って跳んで来そうな、そんな怖さがあった。

 千景には思いつめると何をするのか分からない、やや感情的で危ういところがあり、若葉もそれを無意識下で察しているようだ。

 

 やがて、定められた時間が来る。

 

 城を降りた竜胆と一緒に居た若葉、友奈に、千景・球子・杏も加わり、彼らは神託で伝えられた敵の襲来時刻を持つ。

 二人残っているウルトラマンとやらの姿は見えない。

 だが竜胆だけは、目を閉じれば"それら"を肌で感じ取ることができた。

 

 離れた場所で高まりつつある、竜胆とは正反対の『光』の波動。

 見えないが確かにそこにある、神樹の力の波。

 そして……結界の向こうから来る、人を滅ぼそうとする何か。

 戦いを前にして強く高まり始めたそれらの力であれば、竜胆がそれを察知するのは、とても容易なことだった。

 

「……来る」

 

 人の世界の時間が止まる。

 結界の内部の全てが樹海に覆われていく。

 世界の光景が異様なものに塗り替えられていく。

 四国結界の内部の時間が停止され、人と街を神樹の根が守るように覆った数秒後、結界の外から"おそろしきもの"が進行してきた。

 

「でっけぇ……しかも多いな」

 

 それは、竜胆が思わず驚愕の声を漏らすほどに、大きな敵と多い敵だった。

 

 30mを超える個体、40mを超える個体がざっと見るだけで30体。

 3mから4mの小型個体・星屑が500体以上。

 『大きさ』『数』という"強さの説得力"だけで、地球上の人類の多くが滅ぼされたという事実に納得しそうになる猛威であった。

 若葉が何も知らない竜胆に説明をする。

 

「あれは、登録呼称(レジストコード)・ソドムとゴモラ。最近はよく見るな」

 

「……なんか漫画で聞いた覚えのある名前だ」

 

「私も詳しくは知らない。

 だがソドムとゴモラとは『罪と滅びの名前』らしい。

 神樹があれの正式名称を、ソドムとゴモラだと教えてくれたそうだ」

 

「ふぅん」

 

「ソドムは熱の怪獣。

 その体表の温度は2000度を超え、高熱の火炎を吐く。

 ゴモラは地の怪獣。

 神樹曰く『城崩し』の怪獣で、大昔の強力な恐竜の一種なのだとか」

 

「ああ、それで。この城の破壊にあの怪獣があてられてるわけだ」

 

「だろうな」

 

 40m超えの個体は、ソドムとゴモラと呼ばれているらしい。

 2000℃は鉄の融点、鉛の沸点を余裕で超え、フライパンがあっという間に消し飛ぶ熱だ。

 こんな温度を安定して浴びせられれば、下手な戦車や戦艦でもあっという間に溶け落ちる。

 若葉の説明を聞く限り、熱攻撃をする担当のソドムと、そのソドムを守りつつ進撃するゴモラの組み合わせといったところだろうか。

 

 竜胆が見る限り、巨大個体の内10体がソドム、10体がゴモラに見える。

 岩石で出来た巨犬のような外見のソドムと、真っ茶色の恐竜のような外見のゴモラが並んでいる光景は、実に壮観だ。

 残りの巨大個体10体は、ソドムでもゴモラでもない怪獣と、どこか星のモチーフ――蠍や太陽――を思わせるものが多かった。

 

「全部倒せば、そこで終わり……で、いいんだよな、乃木」

 

「ああ」

 

 竜胆がブラックスパークレンスを握る。

 その手触りが、竜胆に三年前のあの日のことを思い出させる。

 勇者が戦う姿に変身しても、遠く彼方に巨人の変身過程であろう光の柱が見えても、竜胆はそちらを気にする様子すら見せない。

 "敵を倒せるか"という恐れはない。

 "味方を殺さずにいられるか"という恐れはあった。

 

 この瞬間より。

 竜胆が本当に戦うべき場所は―――自らの心の中に移る。

 

(人の心から、闇が消え去ることはない。

 そんな確信だけがずっと胸の中にあって。

 何かを憎み、何かを後悔し、自分を嫌い……

 そうやって、"心の闇"を励起させて初めて、僕は巨人に成り果てることができる)

 

 怪獣を睨み、時計回りに両の腕を回すようにして、神器を空に掲げる。

 

(ああ、でも、今日くらいは自分を抑えなくてもいいのか)

 

 心と、体が、切り替わる。

 

(―――あれ、殺してもいい奴らだろうし)

 

 "人でないなら殺していい"と、彼にとっては至極真っ当な思考が、体を支配する。

 

「『ティガ』」

 

 闇の柱が、少年の全身を包んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 闇の柱が少年を飲み込み、膨らみながら空へと伸びて、消失する。

 闇の柱が消えた後には、50mを超える闇の巨人の姿が残った。

 40mのゴモラ達、60m弱のソドム達が一斉に、闇を纏った巨人を睨む。

 

 竜胆の精神が闇に揺さぶられ、正気と狂気が点滅するランプのように交互に入れ替わる。

 乳白色に輝くティガダークの瞳が、敵であるバーテックス達を睨んだ。

 

 勇者達が何かを言っているような気がした。

 戦場のどこかに、他の巨人……光の巨人が現れた気がした。

 遠くには神樹が見えた気がした。

 だが三年ぶりの変身で自分を制御するのが精一杯の竜胆には、それらをまともに認識できるほどの余裕がない。

 ティガダークが言語として発するはずのテレパシーは、唸り声のように漏れ、竜胆の感情が垂れ流しになっていく。

 

『ウゥウゥウゥウゥウゥウ』

 

 まず突撃して来たのは、二体のゴモラ。

 恐竜特有の強靭な肉体が躍動し、ティガダークへと突っ込んでくる。

 ティガダークは静止状態から一瞬で最高速度に移行し……二体のゴモラの口の中に、強引に自らの両腕を突っ込み、食道奥の内臓を掴み、二体同時にその体内から内臓を引き抜いた。

 引き抜かれた恐竜の内臓が、ボトボトと地に落ちていく。

 二体のゴモラが、断末魔を上げながら倒れていく。

 

「―――なっ」

 

 ティガダークの近くでその戦いを見てしまった球子が、思わず声を漏らして、吐き気をこらえ口元を抑える。

 

 ティガダークはゴモラの血で濡れた腕で、一番近い場所にいたソドムへ掴みかかる。

 岩の巨犬と表現するが相応しいソドムの首に、ティガの腕が巻きつけられるようにして、その体が締め上げられる。

 2000度の高熱を発するソドムの体が、ティガの体を焼き、ゴモラの血を蒸発させていく。

 だが闇の巨人は止まらない。

 ティガの手元に闇が集まり、円形の回転ノコギリのような形になった闇が、ソドムの首をゴリゴリと削りながら切断していく。

 

 ソドムが痛みに絶叫していたのは、一秒か、二秒か。

 それだけの短時間で、闇のノコギリはソドムの首を切り落とす。

 切り落としたソドムの首を、ティガは敵に向かって蹴り飛ばした。

 他の個体のゴモラにその首が当たり、あまりの威力に蹴り飛ばされたソドムの首が弾け飛ぶ。当てられたゴモラも痛みに絶叫し、膝をついた。

 

『アァアァアァアァアァッ―――!!!』

 

 感情の奔流が、テレパシーに乗ってそのまま垂れ流されていた。

 勇者達だけでなく、敵である化物ですら耳を塞いでもおかしくはないと思えるような、醜悪なテレパシーの垂れ流し。

 水を操る星座型バーテックスが、巨人の頭部ほどのサイズの圧縮水流を叩き込んできた。

 だが、ティガダークに対してはあまりにも脆弱。

 

 竜胆は咆哮したまま、闇を放った。

 咆哮をそのまま形にしたような闇の爆発が、水流を消し飛ばし、水流を放ったバーテックスを消し飛ばす。

 そのまま竜胆は流れるように仲間の勇者を消し飛ばそうとし……踏み留まって、自分の中の衝動を必死に抑え込み、そのせいで苦しみ始めた。

 

『ぐっ、うっ、がっ、あっ、アッ』

 

 苦しむ竜胆の周りに、星屑が群がり始める。

 

 ティガダークは、心の光に応じて弱くなる。

 非の打ち所がないほどに正義かつ光である人が変身したならば、最弱となるほどに。

 闇の者であれば弱体化はなく、最強の闇の戦士として君臨できるほどに。

 竜胆の場合は、その弱体化が防御力の低下という形で発現する。

 足を止めた竜胆に群がる星屑は、脆いティガダークの全身の肉を食い千切り、虫を喰らう蟻のように、その肉を食って削っていった。

 

『ッ』

 

 竜胆は痛みを堪え、星屑への憎悪で暴走しそうになる自分を抑え、心の闇で暴走しそうになる自分を制し、棒立ちのまま必死に耐える。

 敵への攻撃と、自分の制御が、両立できない。

 必死に耐えている竜胆を助けるべく、誰よりも早く動いた若葉が刀を振り上げた。

 

「任せろ!」

 

 跳んでティガの後頭部に着地した若葉が、ティガの体表を駆け下りるようにして、ティガの体表に齧りついていた星屑を一匹残らず切り捨てた。

 雷の如き速さで飛び、雷の如くジグザグに落ちるような動きで、巨人の体表を駆け下りたその動きは、さながら雷刃(らいは)

 空の雲から地面に落ちる、自然現象の雷刃(ライハ)を思わせた。

 

 若葉が星屑を全て切り捨てても、竜胆はまだ自分を制御しきれていない。

 そうこうしている内に、動けないティガに別のゴモラが接近して来てしまった。

 

「っ、面倒な……『義経』!」

 

 若葉は躊躇わず、"切り札"を切った。

 少女の肉体が軋む。強大な力がその身に宿る。

 神樹の概念記録から若葉が引き出した精霊の力は、『源義経』。

 天駆ける武人、源義経だ。

 

 精霊としての義経の特性は、跳躍を下敷きにした速度強化。

 "八艘飛び"の逸話を再現し、跳べば跳ぶほど若葉は加速する。

 勇者は基本的に空を飛べないが、天駆ける武人と化した若葉は別だ。

 空中で敵を連続で蹴り跳ぶことで、若葉は飛行能力を持つに等しい空中移動能力と、バーテックスの目でも追えない速度を獲得する。

 

 若葉はその速度を全て斬撃に乗せ、その威力でゴモラの右膝を切り、ゴモラに膝をつかせてティガを守ることに成功していた。

 

 『怪獣を斬る少女』。

 ともすれば陳腐な表現になりそうだが、一言で表すならばこれ以外の表現は似合うまい。

 足は大型生物に共通の急所だ。

 若葉は自分の売りである速度を斬撃の威力に乗せ、ゴモラの足を都合四度、膝を前後左右から斬りつけるという技を披露した。

 膝周りの筋繊維の位置を正確に計算して切断したその斬撃は、まさに神業と言えるだろう。

 

 若葉の攻撃に続き、闇のノコギリでゴモラの喉をかき切ってトドメを刺したティガダーク。

 その肩に乗り、若葉は竜胆に声をかけた。

 

「正気を保っているか?」

 

『……ま、まだ、大丈夫、だ』

 

「……大社は"まだ推測の段階の情報"と言っていたが。

 戦闘中に一気に精神が不安定になるというのは、本当なのだな」

 

『……多分、今の僕の方が、"本当の僕"に近い』

 

「そうか。だが……変な気は起こすなよ」

 

 若葉がティガの肩から降りる。

 竜胆には周りを見る余裕がない。

 他の勇者、他の巨人、他の敵が何をしているかを確認している余裕もない。

 目の前の敵に集中して、自分が余計なことをしないようにするのが精一杯だ。

 

 そんなティガダークの前に、新たな怪獣型バーテックスが現れた。

 ムササビのような、イカのような、形容し難い形状の飛翔する怪獣。

 登録呼称(レジストコード)・『ガゾート』。

 それがこの怪獣の名前である。

 今日までの戦いでは、あまり出現していなかった怪獣型であった。

 ゴモラやソドムと比べれば、むしろこちらの方が星屑に近いタイプの形状をしており、バーテックスの正当進化の系譜を感じられる。

 

 これもまた、概念記録をなぞって作られた怪獣であった。

 

「ニンゲン、トモダチ」

 

『こいつ……人間の言葉を……?

 ……いや、違う。僕だ。おかしいのは僕の耳か。怪獣の言葉が……分かる』

 

「トモダチ、ゴチソウ! トモダチ、タベル!

 ニンゲン、トモダチ! コロスノ、ダメ、チガウ! トモダチ、ゴチソウ!」

 

『―――!?』

 

「トモダチ、タベテ、ヒトツニナル!」

 

 ソドムやゴモラとは違い、会話できるだけの能力があるのがガゾートだ。

 巨人の耳がガゾートの言葉を翻訳し、それがピンポイントで竜胆に突き刺さる。

 

 ガゾートは、高い知性と共食いの性質を持つタイプの怪獣だ。

 その精神性は"優しく人懐っこい"と解釈することもできるもので、異種族である人間を、本当に心から友達だと思ってくれる。

 かつ、"友達は食べるものだよね?"という基本の思考体系を持つ。

 人間は友達。

 友達だから食べる。

 食べて一つになろうとする。

 『食べるためでもなく、一つになるためでもなく、殺す』なんて野蛮なことはしない。

 

「ニンゲン、トモダチ! ダイジ! タベル!」

 

 友達を食べる、という行為に一切の敵意・害意・攻撃の意志が無い。

 彼らは友情表現として、同族を食べる。

 憎悪の発現として、無差別に同族を殺した竜胆とは違うのだ。

 

 不幸なことに、バーテックス含め誰もそう意図してはいなかったというのに、このガゾートの特性が、竜胆のトラウマに綺麗に刺さった。

 竜胆は誰かにとっての友達を殺した。

 誰かにとっての大切な人を殺した。

 竜胆に殺された者の大半は、暴走に巻き込まれただけで、大した意味もなく殺された。

 

 "友達だから食べる"という最悪中の最悪以上に、竜胆の"特に意味も無い巻き込んで殺した"という過去の罪は最悪だった。

 「意味がある分ガゾートの方がマシ」と言えるレベルの最悪だった。

 比較が、竜胆の胸を抉る。

 

『……思い出させるな、思い出させるな、僕の前に居るな、消えろッ……!』

 

食べ物(トモダチ)食べ物(トモダチ)食べ物(トモダチ)食べ物(トモダチ)

 

『やめろッ!』

 

 狂気が滲み、人間として当たり前の常識が狂ってしまいそうな、そんな空間だった。

 

 ガゾートがトモダチ、トモダチ、とリピートする。

 竜胆の脳裏に、ティガダークから友達を守ろうとして潰された、小さな女の子の姿が蘇る。

 何もかもがトラウマを抉る。

 この怪物でさえ僕よりはマシな存在だ、と竜胆が思考して。

 あのいじめっ子ですら友達を命がけで守ろうとした分僕よりはマシな存在だ、と思って。

 そのたびに心の闇は膨らんで。

 

 ぐちゃぐちゃになっていく自我が、とうとう制御できる限界点を突破してしまう。

 

『■■■■―――!!』

 

 ティガが、吠えた。

 言語にならない感情が、脳波の嵐となって噴出し撒き散らされる。

 それを嫌がり飛び上がって離れようとしたガゾートだが、先に飛び上がったはずなのに、後から跳び上がってきたティガに捕まってしまった。

 

 ティガは捕まえたガゾートを地面に向けて投げつけ、叩きつける。

 そして自分も着地する。

 ガゾートが叩きつけられた場所には球子が、ティガの着地地点には若葉がいた。

 二人は必死に跳び、潰されるのを間一髪で回避する。

 

「何っ!?」

 

「うわっ危なっ!」

 

 ティガはガゾートに飛びつき、その腹に両手の手刀を突き刺す。

 絶叫するガゾートの声を無視して、そのまま両腕を開き、ガゾートの腹を左右にぶちぶちぶちと引き裂いた。

 ガゾートが絶命し、ティガがその内部から内臓や骨を引きずり出す。

 

 そして、遠方から迫る他の怪獣に向け、連続で投げつけた。

 絶大な闇の腕力によって投擲されたそれらは、時に目潰しとなり、時に肉を貫通する骨の弾丸となり、ソドムとゴモラに命中していく。

 そして、前衛を努めていた友奈にも命中しかけていた。

 

「きゃっ!?」

 

「友奈!」

 

 友奈もなんとか回避するが、ティガダークは止まらない。

 あまりにも早い疾走で、一体のゴモラに接近し、その喉を掴む。

 そしてそのまま喉を握り潰し、喉が握り潰されたことで半分ほど繋がらなくなった首を、ハイキックで文字通りに"蹴り飛ばした"。

 ゴモラの首が吹っ飛んでいく。

 

『■■■ッ―――!!』

 

 そしてティガダークは、ゴモラの恐竜尾を掴み、首無し死体をハンマーのように使い始めた。

 無数の星屑が、ゴモラの死体という名の武器に潰されていく。

 星屑は小さく、多い。

 巨人が片付けるにはやや面倒な相手だろう。

 そう考えれば、複数の星屑を一気に潰せる武器を調達するのは、悪くない思考であるのかもしれない。

 

 死体を辱めているという前提を、見なかったことにすれば、だが。

 

「し……死体を、武器に……」

 

 伊予島杏は、その光景の凄惨さに、思わず口元を押さえた。

 

 ティガダークはゴモラの死体で、ソドムを叩く。

 叩く。

 叩く。

 ゴモラの死体で何度も殴られたソドムが動かなくなるまで、繰り返し叩く。

 

 ゴモラの死体が砕けると、死体は自然に消滅していった。

 個体差はあるが、怪獣型等のバーテックスの死体は消えるものであるらしい。

 ティガダークは死んだソドムの死体の方に手を伸ばし、ソドムの死体の眼球を指でかき回して意味もなく遊び、言葉にならない咆哮を上げる。

 どこか、嬉しそうに。

 ティガダークは、敵の破壊と敵の痛みを、楽しんでいる。

 

『■■■―――!』

 

「……人間の戦い方じゃ、ない。狂ってる……」

 

 杏の感想は正しい。

 ……ここまでくれば、もう"必要だからそうした"なんて言い訳はできない。

 暴走している状態の御守竜胆は、明らかに"死体を辱める"ことさえ楽しんでいる。

 破壊を楽しんでいる。

 殺戮を楽しんでいる。

 

 竜胆の内面はこの三年間、時が止まっていた。

 失われたものもあるが、その心の光、優しさ、他人を守ろうとする精神性は、三年前と変わらずにある。

 だが。

 だが、それとは別に、彼の中では『闇』が膨らみ、成長を重ねていた。

 

 三年前の惨劇から今日に至るまでの全ての日々が、竜胆の中に闇を育んでいた。

 竜胆が最初から持っていた光を、遥かに凌駕するほどに。

 殺人衝動。

 殺戮衝動。

 破壊衝動。

 虐殺嗜好。

 本来の竜胆の中には無かったはずのものが、闇の力のせいで発生してしまっていた。

 それが今、ティガダーク/御守竜胆を突き動かす全て。

 

 ティガダークは笑うように咆哮し、ソドムの死体を武器のように振るって、また星屑を叩き潰し始めた。

 サソリの如き星座の大型バーテックスがティガダークに襲いかかったが、片手で掴まれ、地面に叩きつけられる。

 そして踏まれる。

 踏まれる。

 踏まれる。

 市販のひき肉のような形になるまで、踏み続けられる。

 死んだ後も踏み潰され続ける。

 ティガダークの咆哮は、やはり殺戮を楽しむ笑いのようだった。

 

 どんな怪物も敵わない。

 どんな化物も敵わない。

 この場で最も恐ろしく、最も残虐な怪物であるティガダークには敵わない。

 バーテックスですら、化物度合いで今のティガには追いつけない。

 

 球子が、そのグロテスクな戦い方を見て、その小さな身を敵意で震わせる。

 

「破壊と殺戮が……そんなに楽しいのかよ」

 

 杏は臆病な少女らしく、恐怖と嫌悪で身を震わせる。

 

「……やっぱり、あそこから出したのは、間違いだったんじゃ……」

 

 若葉は太刀に手を添え、状況次第でティガダークを仕留める構えを取った。

 若葉の方をティガが見ていない今なら、飛びかかるタイミング次第で、彼女の一太刀は容易にティガの首を切り落とせるだろう。

 

「悪魔、か……」

 

 そんな中、高嶋友奈その人だけは、違うものを見ていた。

 

 友奈の視線の先で、残酷に戦うティガダークが、笑い染みた咆哮を上げる。

 

「泣いてる……」

 

 友奈自身にも、何故か自分がそう思ったのかは分からない。

 だが友奈は、そう思った。

 

「笑いながら……泣いてる」

 

 友奈は彼のその咆哮に、何故か悲しみと涙を見出していた。

 

『■■■―――!』

 

 ソドムの死体が消えて、近場の敵が居なくなる。

 残りの大型は六体ほど、星屑は数十体といったところだろうか。

 そこで竜胆は遠くのものを破壊しようとは思わなかった。

 手近なものを破壊しよう、と考えた。

 破壊衝動に突き動かされ、ショートした思考が下を見る。

 

 神樹の根に守られる人の街が、そこにはあった。

 ティガダークはまたしても円形の回転ノコギリに近い形に具現化させた闇を創って、それを街と神樹の根を狙って叩きつけようとする。

 

「!?」

 

 そのあまりにも異常な行動に、的確に反応・行動できたのは千景だけだった。

 ……いや、違う。

 ()()()()()()()()()()()を選び、()()()()()()()()()()のが、千景だけだった。

 

「ダメよ!」

 

 千景が、巨人と街の間に割って入る。

 半ば反射的に、ティガダークはその手を止めていた。

 

『―――』

 

 闇が霧散し、ティガダークが停止する。

 人間が苦悩によって動きを止めた、というよりは、エラーを起こしたパソコンのような停止の仕方であった。

 球子と若葉が、肝を冷やしながら合流する。

 

「あ、あいつ! 何考えてんだ!

 樹海を……根の向こうの街を、自分から攻撃しようとした!?

 あの出力で樹海に攻撃なんてしたら、樹海化が解けた後どうなると思ってんだ!」

 

「なんてことを……」

 

「おい若葉! 樹海化の仕組みちゃんとあいつに教えてたのか!?」

 

「教えた! 奴もちゃんと聞いていたはずだ!」

 

「嘘だろ、じゃあ分かった上で……!」

 

 若葉は、きちんと竜胆に教えた。

 樹海を傷付けさせてはいけないということを話し、竜胆に樹海を守ることを承諾させた。

 

―――樹海へのダメージは戦いの後に災厄として世界に顕れる。

―――最悪、それで死ぬ人間も出かねない。

 

 若葉はちゃんと言った。

 竜胆もちゃんと覚えていた。

 だから戦いの序盤では樹海を守る意識を持って戦っていた。

 けれど今は、そうではない。

 

 闇の力を使うだけで心は不安定になり、戦いの中で心の闇は増幅され、些細なきっかけでその全てが爆発した。

 

 誰が被害者か? 誰か加害者か? そんなもの、もうどうでもいい。

 何が善で、何が悪か? そんなもの、もうどうでもいい。

 世界を守る? 仲間? 敵? そんなもの、もうどうでもいい。

 それらの一切合切は既に、竜胆の思考から吹っ飛んでいる。

 殺せればいい。

 壊せればいい。

 それさえできれば、楽しい。

 楽しいから、他のことはもう全部どうでもいい。

 そういう思考で、竜胆は今、暴れそうになっていた。

 

 暴れそうになったが―――間一髪で、千景がそれを止めてくれていた。

 

「私の声、聞こえる?」

 

 巨人を見上げ、千景は語りかける。

 勇者システムで変身した千景の衣装のモチーフは、彼岸花。

 真紅の彼岸花だ。

 赤い彼岸花の花言葉は『独立』『再会』『悲しい思い出』『あなた一人を思う』『また逢う日を楽しみに』。

 ……そして、『情熱』。情熱の赤だ。

 

 ともすれば善悪両方の感情に流されがちではあるが、彼女は彼岸花の勇者にして情熱の勇者。

 彼女の叫びには、感情の熱量がある。

 だから、竜胆を一瞬だけ止められた。

 けれど、一瞬しか止められなかった。

 

 三年前と同じように、友の存在は暴走した竜胆の動きを僅かな間のみ止めることができた。

 三年前との違いは……"もう二度とあんなことはしたくない"と千景が思っていたこと。

 つまり、千景の鎌が竜胆の喉を切り裂かなかったことだった。

 

 だから巨人は止まらない。

 三年前も、今日も、竜胆は必死に千景への攻撃を止めようとしたが、千景の喉への一撃が無いからこそ止めきれない。

 それは、まるで、三年前の惨劇の最後の再試行(リプレイ)のようで。

 ティガダークの拳が、千景に向かって振り下ろされる。

 

「ぐんちゃん!」

 

 悲鳴じみた叫びを上げる友奈とは対照的に、千景はその拳を静かに受け入れ、目を閉じる。

 

「……いいわ、それで気が済むなら」

 

 千景の言動から見て取れるのは、後悔。

 そして、罪を償うことによる、後悔からの解放と安らぎ。

 僅かに見えるのは死の恐怖だが、これは千景の意志で握り潰されている。

 

「―――ごめんなさい。三年前のあの日のこと……やっと、ちゃんと、謝れた」

 

 千景は謝り、拳が振り下ろされる。

 竜胆の心の闇が「よくもあの時僕を」「痛かった」「僕は君に幸せになってほしかっただけなのに」と憎悪を叫ぶ。

 竜胆の心の九割が「やめろ」「殺すな」「止まれ」「僕は君に幸せになってほしかっただけなのに」と信念を叫ぶ。

 闇の巨人は止まらない。

 

 何かが弾ける、音がした。

 

 

 

 

 

 何かが弾ける、音がした。

 

 それは、千景に向けて振り下ろされた拳に着弾した、光の銃弾が弾けた音であった。

 光線を固めた銃弾とも言えるそれは、ティガダークの拳を弾き、千景を守る。

 

ギリ間に合ったか(Just safe)

 

 勇者が、闇の巨人が、バーテックスが、一斉にそちらを向いた。

 それは、竜胆の近くでは戦っていなかった者。

 最前線で格別強い怪獣と戦い、今それを片付け、こちらに援軍に来てくれた者。

 力なき人々を守る屈強なる戦士。

 南アメリカから来た男。

 

 

 

「……グレート。『ウルトラマングレート』!」

 

 

 

 勇者が、その名を呼んだ。

 その姿はまさしく、銀の巨人。

 銀の顔に、輝きを放つカラータイマー、そして"白と赤"の体。

 黒と銀の二色の巨人であるティガダークとは、あまりにも対照的だった。

 その光がティガダークを照らし、竜胆を一瞬正気に戻す。

 

『銀色の巨人―――白い体の―――光の巨人―――』

 

 竜胆がグレートの光に見惚れた、その一瞬。

 グレートは空手の型そのものの動きで、瞬時に踏み込み、掌底を突き出した。

 洗練された空手の動きは隙なく・素早く、ティガダークに一切の反応も許さずに、その額に炸裂する掌底を叩き込んだ。

 空手の型から放たれる掌底光線、『パームシューター』だ。

 

 掌底の威力と光線の威力が綺麗に重なり額に当たり、竜胆の意識が飛びかける。

 

『ぐあっ!?』

 

 強引に竜胆の意識を気絶寸前の状態にまで追い込んで、グレートは残りの怪獣に向き合った。

 迫り来る三体のゴモラ。

 まず初手、正拳突き。

 一体のゴモラを吹っ飛ばす。

 二手目、前蹴り。

 二体目のゴモラが宙を舞う。

 三手目、後ろ回し蹴り。

 綺麗に体重が乗ったそのキックは、公式に"ウルトラマンレオのレオキックと同等"と語られたほどの超威力を内包しており、ゴモラの心臓を外部から一瞬で破裂させ、絶命させていた。

 

 グレートは、『空手のウルトラマン』である。

 地球人に教わったから空手を使っているのではない。

 光の国に居た頃からずっと使っていたグレートの武術が、極真空手と極端に似通っていた武術であったがために、このウルトラマンの体術は、研ぎ澄まされた空手のそれに等しいのだ。

 若葉が感嘆の声を漏らす。

 

「相変わらず、力強く洗練された空手だな」

 

 だが、グレートの強みは空手だけではない。

 グレートの周囲を星屑、ソドム、ゴモラが取り囲む。

 対しグレートは、子供が友達と遊ぶ時にそうするように、両手の指を拳銃のような形にした。

 人差し指と中指を揃えた"銃口"を敵に向け、親指の"撃鉄"を動かし、指先から光の銃弾を発射する。

 光の銃弾は星屑を消し飛ばし、怪獣の体に黒焦げた穴を空けた。

 

 両手を銃の形にして発射する光の銃弾、『フィンガービーム』である。

 先程ティガダークの拳を弾き、千景を救った光線技が、まさにこれだった。

 

命中したぜ(Bulls Eye)

 

 グレートが手首を振る。

 このフィンガービームという光線技は特殊で、手首を捻るように振ることで、"ガチャッ"という音が鳴り、再装填(リロード)が為される。

 まるで、拳銃に弾を込めるかのように。

 

 そうして銃の形に構えられた手の中に光の銃弾が装填され、連射が可能となる技なのだ。

 グレートは二丁銃を構えたガンマンのように、その場で四方八方に銃撃を放つ。

 星屑が消し飛び、怪獣の体に黒焦げた穴が空いていく。

 弾が切れたら、手首を振ってリロード。

 そうしてまた、その場から動かず四方八方に光の銃弾をぶち込んでいく。

 

 バーテックスが近寄ることすらできない圧倒的な精度の連射銃撃は、まるで映画の中にしかいない、二丁銃のガンマンのようですらあった。

 手足を撃ち抜いたソドムとゴモラに近付いて、最大威力で頭に二発、心臓に二発。

 そうして確実に、二体の怪獣を絶命させる。

 派手ではないが確実に敵を仕留める、手慣れた殺しの手順が見えた。

 

大当たりだな(Jack Pot)

 

 空手は攻防一体、とよく言われる。

 防御は攻撃に、攻撃は防御に、滑らかに繋がる技が多いからだ。

 ここに光線技が組み合わされると、どうなるのか?

 

 ゴモラが恐竜らしい大きな尾を振り、それをグレートが空手の受けで防ぎ、流しながらフィンガービームを放つ。

 フィンガービームがゴモラの口の中に命中し、ゴモラが悲鳴を上げた。

 流れるようにそこから放たれた掌底が、ゴモラを遥か彼方へ吹っ飛ばす。

 攻・防・光が流れるように一体化しているグレートに、生半可な攻撃は通じない。

 隙が見えないその強さは、暴走して残酷な暴力を叩きつけるだけのティガダークとは、あまりにも違う。一つの極みに至った者の強さであった。

 

それじゃあ(Well then)

 

 グレートは構え直し、竜胆が相手にしていた"撃ち漏らし"達をまとめて相手取る。

 

皆殺しか(Kill them all)

 

 そして、あっという間に全滅させてしまった。

 最終的に倒した数を見れば、星屑と大型バーテックスの半分以上は、グレートが倒した形になった。

 後衛の竜胆や勇者達を心配し、最前線で自分の受け持ちを急いで倒した後、仲間達のフォローに回ってくれたからだろう。

 そうして、グレートが"敵"の全てを片付けた頃。

 "味方"が、グレートに襲いかかった。

 

 理性の飛んだティガダークが、野獣のようにグレートへと襲いかかったのだ。

 

『■■■ッ―――!!』

 

 グレートは静かに、流水を思わせる綺麗な防御で、初撃を受けながす。

 

 獣のように吠える黒き巨人と、力強い空手の構えを取った白き巨人が対峙する。

 

 この戦いが……御守竜胆の初陣の最後を飾る戦いとなった。

 

 竜胆の初陣は、『ウルトラマンではない闇の巨人』として、『人々を守るウルトラマンに襲いかかる』という、仲間割れの戦いにて幕を下ろすこととなる。

 

 

 

 

 

 乃木若葉。桔梗の勇者。

 高嶋友奈。山桜の勇者。

 土居球子。姫百合の勇者。

 伊予島杏。紫羅欄花(あらせいとう)の勇者。

 郡千景。彼岸花の勇者。

 五人の勇者達。

 

 三ノ輪(みのわ)大地(だいち)。ウルトラマンガイア。

 鷲尾(わしお)海人(かいと)。ウルトラマンアグル。

 アナスタシア・神美(かなみ)。ウルトラマンネクサス。

 ケン・シェパード。ウルトラマンパワード。

 ボブ・ザ・グレート(自称)。ウルトラマングレート。

 全員の生死すら未だ不明の五人のウルトラマン達。

 

 御守竜胆と、彼ら彼女らとの共闘―――世界を守る共闘は、この日始まった。

 

 その始まりは、巨人同士の殺し合いすら含む、目を覆いたくなるようなものだった。

 

 

 




 『TV本編だとあの家名家って扱いだけどなんで名家扱いなん?』にちょっと独自設定を入れる系のわすゆ二次

【原典とか混じえた解説】

●ウルトラマングレート
 遠き彼方、どこかに存在するM78星雲ウルトラの星・光の国からやって来た光の巨人。
 他のウルトラマンと同じ"銀色の巨人"だが、体色の銀部分が"白い"という歴代ウルトラマンの中でも珍しいタイプであり、一部書籍で語られるホワイト族でもあるのでは、とも言われる。

 両手から光の剣を出して振るう、弓術の構えから光の矢を放つ、掌底を叩きつけて零距離光線を放つ、手を星の形にして星型ビームを撃つ、指を銃の形にして銃弾光線を放つ……等々、見栄えのする特徴的な光線技を多彩に保有する。
 特に敵の攻撃を凝縮して跳ね返す"マグナムシュート"は最も多くの敵を倒してきた技で、グレートの得意とする強力な技。
 また、日本の空手の型に非常によく似た格闘術を用いるため、非常にパワフルでスピーディな格闘戦も得意としている。

 その力は身体能力だけ見れば光の国の強さの頂点・ウルトラ兄弟さえも上回る……が。
 原作においてもこの作品においても、西暦の人間が起こした地球の大気汚染(人間は平気)と体質の相性が極めて悪く、そのせいで地球では活動時間制限ができてしまっている。
 全力スペックで戦うどころの話ではなく、三分間の肉体の維持にすら苦心しているレベルで、その衰弱は原作で宿敵ゴーデスに煽られるレベル。
 人間にとっては普通の空気でも、グレートにとっては猛毒に等しい。
 よって活動限界はティガダークと同じ三分間。

 それでもグレートは戦い続ける。
 地球で、環境を汚染した地球人を、守り続ける。
 別に理由なんて無い。ずっと昔からそうやってきた、ただそれだけだ。



●変形怪獣 ガゾート
 地球の電離層に住むクリオネのような生物『クリッター』が、人間の流した電波によって融合・突然変異・凶暴化を起こしてしまった結果生まれた怪獣。
 人間の罪によってのみ生まれる怪獣。
 大量のプラズマエネルギーを電気技として行使し、共食いも行い、人間も食う。
 最大の特徴は知性を持ち"友達と認識したものを食べようとする"習性を持つこと。
 人間がガゾートと友達になろうとして接触した場合、人間を友達と認識し、友達である人間を食らおうとする。
 全ては善意。
 捕食は友情。
 天の神が送り込んだ『人間と友達になれる』怪獣である。

●ソドム&ゴモラ
 超高熱怪獣ソドム、古代怪獣ゴモラ。
 ソドムはニューギニアの火山地帯に生息する怪獣。
 ゴモラは中生代の恐竜ゴモラザウルスの生き残りであり、ジョンスン島で発見された怪獣。
 共に地球出身タイプの怪獣である。
 この世界観においては、星屑の集合体で肉体を構築し、天の神に量産されている量産型。
 原典においてはソドムが防衛隊基地を高熱で追い詰め、ゴモラは大阪城を破壊した。
 天の神の運用においては、対基地怪獣であり対城怪獣。
 『ソドムとゴモラ』は、聖書において"大罪を重ね神に滅ぼされた"罪の街の名。
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