夏空の下、ウルトラマンは、友をいじめた子供達を虐殺した   作:ルシエド

30 / 63
4

 ゼットとの決戦から、二週間以上が経った。季節は六月。

 

 碑とは、石に名を刻んだものだ。

 伝説を刻んだ石碑もそう。

 街角にあるような記念碑もそう。

 死者を慰める慰霊碑などもそう。

 墓石も、これの一種である。

 

 アナスタシアのために急遽用意された"それ"の前に、喪服のひなたと竜胆はいた。

 

「アナちゃんは、なんであんな選択を、してしまったんでしょうか」

 

 墓の下にアナスタシアの亡骸は無い。

 されど、ひなたは墓石の向こうにアナスタシアを見るように、空っぽの墓へとアナスタシアへの祈りを捧げる。

 

 アナスタシアが好きそうな花をひなたが選び、買って持ってきたそれを、供えた。

 アナスタシアが好きそうな饅頭を竜胆が選び、買って持ってきたそれを、供えた。

 

 ひなたはアナスタシアの選択に対し『なんで』『どうして』と繰り返し思う。

 それはアナスタシアのことを理解していないからではない。

 あの少女のことを分かっていないからではない。

 

 それは、別の言葉に変換されただけの"生きていてほしかった"という想いだ。

 人間は不条理を前にして、感情が理性の制御を超えてしまうと、『なんで』『どうして』といった単純な言葉を頭の中に並べ始める。

 それは、思考ですらない、感情の咆哮だ。

 その『なんで』『どうして』は、答えが出ないからこそ、苦悩という名前が付けられている。

 

「アナちゃんにも、まだしたいこと、たくさんあったはずなのに」

 

 アナスタシアはひなたを母のように慕い、ひなたはアナスタシアを妹のように愛でた。

 

 ひなたを納得させられる答えは、多くはないだろう。

 ナターシャの墓標の前で、竜胆はひなたの背中に悼むように言葉をかける。

 

「ずっと未来まで"生きたい"。

 幸せになって長生きしてから"死にたい"。

 他人を守って若くして死ぬような生き方で"生きたい"。

 生きているのが辛いから立派に"死にたい"。

 全部それぞれ似ていて、けれど全部違う。

 皆違う考えを持っていて、皆違う願いを持って生きているのが、人間だ」

 

 生と死。

 選択と人生。

 人は誰もが、そこに違う選択と、違う結論を持つ。

 

 竜胆ですら、生きたい理由、死にたい理由、生きなければならない理由、死ななければならない理由を、沢山持っていた。

 

「ナターシャはさ、自分の人生を何に使うか……その答えを見つけたんだ」

 

「答え……?」

 

「命の答えだ。

 何のために生まれてきたのか。

 何のために生きているのか。

 それを自分自身で見つけて、答えを定めて、未来のために笑ってその結末を選び取る」

 

 俺はあんなに綺麗に死ねるだろうか、と竜胆はアナスタシアを思い想う。

 

 今の俺にはきっとできない、と竜胆は確信を持って言える。

 

「俺にも、ゼットにも、できなかったことだ。

 与えられた意味を貫いたゼットにも……

 まだ、遠く先の自分が見えていない俺にも……」

 

「……」

 

「その選択を選んだことに、ナターシャは後悔してなかったと思う」

 

 アナスタシアの顔を最後に見たのは竜胆だ。

 だから彼は知っている。

 アナスタシアには、生きてしたいことも沢山あって、生きて仲良くしたい人もたくさんいて、けれど、それでも……その選択自体に、悔いは無かったのだと。

 

 ひなたは振り返り、凛とした様子で竜胆と向き合った。

 

「だから、アナちゃんの選択は、正しかったって言うんですか?」

 

 ひなたの語調が少しキツくなる。

 僅かに責めるような声色も混じっていた。

 アナスタシアの選択を、正しいことだなんて、ひなたは言えない。

 

 街は、尋常でない悲しみや不安に包まれていた。

 何せ一般人視点では、5月10日に結界をバーテックスが突破、非常事態宣言と避難。

 5月14日にケンとパワードの死亡の報が、四国の街各所の避難所に飛び。

 5月17日にアナスタシアの死亡の報が飛び、非常事態宣言解除と、事態の変化が異常なほどに速かったからだ。

 少し時間が経った今頃にようやく、民衆は戦士達の死を落ち着いて悲しむことができた。

 

 戦死に次ぐ戦死。

 結界の護りの突破。

 民衆の不安は、アナスタシアの死をきっかけに爆発してもおかしくはなかった。

 爆発しなかったのは、ガイアとアグルの帰還が人々に安心をもたらし、勇者やティガダークが敵を倒す姿が人々の記憶に強く残ったからだろう。

 

 更に大社が、死んだ者達を"世界のためにその身を犠牲にした英雄"として、全力で持ち上げる方針を選んだというのもある。

 そのおかげで、死んだ勇者や巨人への評価は向上しつつあった。

 アナスタシアも、英雄になった。

 死んだ英雄に。

 

 アナスタシアの選択を、大社が褒め称えている。

 自分を犠牲にして世界を守ったのだと、アナスタシアを民衆が皆褒め称えている。

 ありがとうと誰かが言った。

 あなたのおかげで私達は生きていますと、アナスタシアに感謝した。

 アナスタシアの自己犠牲を悲しみながらも、"全面的に肯定"していた。

 

 それは、死んだアナスタシアが"死んだ役立たず"と罵られるよりはマシなのかもしれない。

 

 だが、ひなたは、肯定的に受け入れることなどできなかった。

 

「私は……アナちゃんのあの選択を……正しいものだと思わないといけないんですか……?」

 

 竜胆の手が優しく、ひなたの肩に乗せられる。

 

「……その選択が正しいなんて言いたくないよな。だって、こんなに悲しいんだから」

 

 ひなたは自分の口調が思わず責めるようなものになっていたことに気付き、竜胆にそういう声をぶつけてしまったことに気付き、ハッとする。

 悲しんでいるのは、ひなた一人ではない。

 

「ごめんなさい、御守さん、私……」

 

「いいんだよ謝んなくて。

 ひーちゃんはそれでいい。

 でもさ……ナターシャのこの選択を、間違ってるだなんて思ってほしくないんだ。誰にも」

 

 ナターシャの選択は、正しくなかったと、そう言う者もいるだろう。

 

 だが竜胆は、「間違っていた」とだけは、言われたくなかった。

 

 特に、ひなたの口からは。

 

「ナターシャが守ったものがある。救ったものがあるんだ。君がここに生きている」

 

 竜胆とアナスタシアは、同じ物(ひなた)を守ろうとする二人だったと言える。

 かつて、球子は竜胆に"そう"言って、竜胆の『仲間』になってくれた。

 あの時の救われた気持ちを、竜胆は忘れない。

 

―――今日、思った。守りたいものは一緒なんじゃないか、って

―――立ち向かう敵が一緒で、守りたいものが同じなら、一緒に戦えるんじゃないか、って思った

 

 竜胆とナターシャはひなたを守ろうとした。

 二人の立ち向かう敵と守りたい人は同じだった。

 ナターシャは死に、ひなたは生き残った。

 なればこそ竜胆は"その言葉"を言わなければならない。

 

 "生き残った方の守る者"として。

 

 

 

「ひーちゃんが生きていてくれて、よかった」

 

 

 

 ひなたは、アナスタシアを死なせた上で自分が生き残っていることに罪悪感を覚えている。

 それでは駄目だ。

 それではアナスタシアの願いが叶わない。

 小さなあの子が願ったものは、ひなたの生存と幸福だったから。

 

「よくないです。私は生きていても、アナちゃんは、アナちゃんは……」

 

「よかったんだよ」

 

 強く、少年は言い切る。

 

「ナターシャがああなって、『よかった』と思えないのは分かる」

 

「……」

 

「だけどな、俺達は、君を守りたかったんだ。

 俺達にとって自分の死は敗北条件じゃなくて、ひーちゃんの死が敗北条件だった。

 俺達にとっての勝利条件は、ひーちゃんの命を守り、ひーちゃんの未来と幸福を守ること」

 

 ひなたを幸せにするのが、アナスタシアの願いを引き受けた、竜胆が果たすべき責任なのだ。

 

「悲しい。

 俺も、本当は悲しい。

 ナターシャが死んだ後に、『よかった』って思うたび、自分を否定しそうになる。

 ナターシャが死んだのに何が『よかった』だ、痴呆かよ俺は、って……」

 

「だったら」

 

「でもな、ひーちゃん」

 

 アナスタシアの代わりに、ひなたの未来と幸福を守ることが、竜胆が決めた生き方なのだ。

 

「悲しみで歪めちゃいけないものって、あるだろ」

 

「―――」

 

「よかった。よかったんだ。

 "ひーちゃんが死ななくてよかった"って、俺は何度でも言う。

 君が生きてくれていることが嬉しい。

 君を守れたことが嬉しい。

 この気持ちは、きっとナターシャの中にもあった気持ちだ。

 ナターシャはそのために……自分の人生を、自分が選んだ形で走り切ったんだ」

 

 その言葉を聞き、ひなたはようやく気付いた。

 

 竜胆はひなたのために"よかった"と、言っているのだ。

 本当はひなたのように、『なんで』『どうして』と言いながら、泣きたいに違いない。

 だが、そうはしない。

 アナの死を悲しむ顔ではなく、ひなたの生を喜ぶ顔を選んでいる。

 ひなたがアナスタシアの死を悲しむだけではなく、アナスタシアに救われた命を、いつか喜べるように……そう考えて、そうしている。

 

 君が死ななくてよかったと、竜胆は心の底からそう思い、そう口にしている。

 悲しみを、ぎゅっと抑え込みながら。

 "想われている"という実感に、ひなたは胸の奥が締め付けられる思いだった。

 

「だから俺は言う。君が生きていてくれて、よかった」

 

「……御守さん」

 

 竜胆は知っている。

 他の誰が否定しようとも、知っている。

 アナスタシアが残していったものは絶望の闇ではなく―――希望の光であることを。

 

 悲しみが死の全てではない。

 残された光もそこにある。

 竜胆は、ひなたに悲しむだけでなく、ナターシャが遺した光にも気付いてほしかった。

 "幸福を願われた"というその光に、気付いてほしかった。

 

「ナターシャは、誰にも殺されていない。

 ナターシャは、自分の選んだ道を進んだ。

 光を走り切った彼女の最期を……どうか、ただの悲劇にしないでくれ」

 

 アナスタシアの最期は、悲劇というと少し違う。

 残酷というのもまた違う。

 一言で表すならば、きっとそれは、『愛』だ。

 

―――この人のためなら、死んでもいいって、そう思えるのが……『愛』なんじゃないかな

 

 少女の愛が、ひなたの命を、皆の未来を守ったのである。

 

(私は……いつになっても、仲間の死に慣れませんね)

 

 ひなたは、心強き竜胆を見て、自分の心にある弱さを恥じた。

 

 仲間が死ねば死ぬほど辛くて、心の柔らかい部分が崩れていってしまう感覚がある。

 一人死ぬたび、自分が死ぬこと、仲間がこれ以上死ぬことが怖くなって、勇気ある決断や選択ができなくなってくる。

 思考の中に怯えが混じる。

 気を抜くとすぐに、乃木若葉が死なないか不安になってしまう。

 ひなたの心には、年相応の弱さがある。

 

 そんな中、仲間が死ぬたびに誰よりも明確に強くなり、誰よりも多くのものを死者から受け継ぎ、誰よりもその死を無駄にしない少年がいた。

 

 仲間が死に、その絶望で強くなる運命。

 仲間が死に、受け継いだ希望で強くなる心。

 この二つは竜胆の中にある、表裏一体の形質である。

 

 仲間の死に悲しむ者達は、受け継いで立ち上がる竜胆を見て思うのだ。

 『無意味に死んだものなどいない』、と。

 何も語らずとも、その在り方だけでそのメッセージを伝える竜胆/ティガの姿は、死の悲しみに膝を折っていた人達の心を立ち上がらせる。

 

「いつでも、どーんと寄りかかかって来い。一人で立てるまで、俺が傍に居てやるから」

 

 悲しみの中に居たひなたの前で、竜胆は強く胸を叩いた。

 

 竜胆の花の花言葉は、『正義』、『誠実』、そして『悲しんでいるあなたを愛する』。

 

「いえ」

 

 ひなたの表情に、自然と微笑みが浮かんだ。

 悲しみはまだそこにあり。

 死人は忘れられそうにない。

 けれど、それでも、笑って生きていくことだけは、できそうだった。

 

「私はもう、大丈夫です。ありがとうございます」

 

 ひなたは竜胆に感謝しながら、己の胸に手を当てる。

 その手に鼓動が伝わる。

 自分が今、ここに生きていることを……アナスタシアの願いに守られて、今もここに生きているということを、手に伝わる鼓動が伝えてくれていた。

 

「御守さんに甘えすぎると、くせになっちゃいそうですから」

 

 ひなたが笑う。

 冗談めかして言っていたが、半分くらいは本音だった。

 

「別にいいんだぞ。他人に甘えんのも、弱く在るのも、度を過ぎなければ」

 

 竜胆が「弱くてもいい」「弱いままでもいいんだぞ」と言うと。そう言った相手が不思議と強く成長していくということに、竜胆は気付いているのだろうか。

 

「人間がそれぞれ違うのはな、違うところで支え合うためだ。

 皆もっと弱くたっていいのさ。

 俺が代わりに強く在るから、ひーちゃんもどーんと頼ってくれればいい」

 

 ひなたはその言葉が嬉しかった。

 だからこそ、これ以上甘えることはない。

 

「なら、戦えない私ができる役目は、きっとこれなんだと思います」

 

 綺麗な顔に浮かべられる、可愛らしい笑み。

 ひなたはこれでいいのだろう。

 仲間の死に泣く弱さも、それを人前で見せない強さもあって。

 飄々としているようで、繊細で。

 強く見えるが、自分が弱いことを自分自身が一番良く知っている。

 

 彼女が待っている場所が、皆の帰る場所。

 巨人と勇者達が皆、戦いの中で切望する、帰る場所(にちじょう)なのだ。

 

 彼女が笑えなくなれば、皆の帰るべき日常に絶望が満ちる。

 彼女が笑って迎えてくれれば、皆はまた少しだけ、頑張れる。

 それでいい。

 それでいいのだ。

 戦えない彼女が要らないだなんて、誰も言わない。

 

「私の役目は、いつまでも泣いていないで……笑顔で皆を、迎えることです」

 

「ひーちゃん」

 

 『勇者の誰と比べてもひなたは落ち着きがあるように見えるし、一番に大人っぽく見える』。

 竜胆がかつて、ひなたに対して下した評価だ。

 

 ひなたは勇者の誰と比べても大人っぽいと、竜胆は思っている。

 周囲を振り回すこともあるが、それは子供らしさゆえの振り回しではない。

 だからこそ、彼女は丸亀城の少女達の中で一番に、"涙をこらえる大人"に近い者だった。

 

「御守さんが無事で、本当によかった」

 

 『よかった』に、『よかった』を返すひなた。

 竜胆がひなたに優しくした分、ひなたに優しくされ返された気がして、少年は頬を掻いた。

 

 ナターシャの繋いだ命は、今日も世界を生きている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 三ノ輪大地。18歳。大学一年生相当。

 鷲尾海人。16歳。高校二年生相当。

 千景と竜胆が高校一年生相当なことを考えれば、三つ年上と一つ年上と見ればいい。

 

 大地はガッチリした筋肉質な体に、精悍な顔つき、染めたっぽい金髪の髪の男。

 っぽい、というのは、髪の毛の根元あたりが黒くなっているからだ。

 四国外での活動中に髪が伸びてしまったらしい。

 

 海人は意外に線が細く、肌が白い。

 垂れる細く黒い髪もどこか虚弱さを感じさせ、男版杏といった印象を受けた。

 要するに、インドアタイプの男に見える、ということだ。

 

 精密検査・治療・大社の事情聴取なども完了し、二人はようやく丸亀城の皆と合流してくれた。

 道場にて、竜胆は二人に改めて挨拶する。

 

「では改めて。

 御守竜胆、ティガダークです。

 お二人の留守の間に、戦線に加わってました。どうぞよろしくお願いします」

 

「固っ」

「固っ」

 

「えっ!?」

 

「なーにがどうぞよろしくお願いしますじゃ。

 背中は任せたぜ! くらいでいいんだぞ、後輩。ワシは許す」

 

「ノリが軽すぎる……俺後輩、お二人先輩、しかも年上なのに……」

 

「真面目で飯が食えるわけでもあるまい。その点、ワシとこのカイトは不真面目の極み」

 

「は? 大地パイセンと違ってオレは真面目キャラなんすけど」

 

「おおっと梯子外し。

 じゃがカイト、百歩譲ってお前を不真面目キャラじゃないとしよう。

 お前は真面目キャラじゃねえ、陰気キャラだ。身の程をわきまえな」

 

「なんですと!? よくも言ったなこの道着汗臭男!」

 

汗臭(あせくさ)とか言うな!」

 

「仲良いですね、三ノ輪さんも鷲尾さんも」

 

「「 当たり前だろ 」」

 

 ガイアとアグル。

 二つのウルトラマンは、対である。

 赤にして大地のウルトラマン、ガイア。

 青にして大海のウルトラマン、アグル。

 二つ合わせて、地球の全てを体現するものだ。

 

 大地と海人は地球に選ばれ、この光を得た。

 言うなれば、二人は地球によって"地球の代表者"に選ばれた者なのだ。

 地球に選ばれた、純地球産のウルトラマン。

 その力は、星の力である。

 

 二人は仲良くなれるかを考慮されて選ばれてはいない。

 馴れ合いのような仲の良さはなく、されとて仲は間違いなく良好だ。

 星に選ばれた人間は、星の命をそれぞれの形に愛し、近しい想いで守ろうとする。

 ぶつかり合いながらも気が合うのは、ある意味妥当なことなのかもしれない。

 

「気を付けろよ御守。

 大地パイセンは結構不良だからな。

 染められると未成年飲酒とかに付き合わされるぞ。

 幼少期に近所のジジイに変な喋りと悪い生き方を教わっちゃった人なんだ、この人は」

 

「……え!? だ、駄目ですよ! 未成年飲酒は体に悪影響が……」

 

「いうて司法も立法も行政も崩壊した日本でそんな硬いこと言われてもなぁ」

 

「三ノ輪さん!」

 

「法治が崩壊した地球で法律とかワシしーらねっ」

 

「俺は殴ってでも止めるぞ」

 

「うおっ、怖っ! まあ待て、ワシもたまーにじゃたまーに」

 

「たまにでも飲むなや! お酒はハタチになってから!」

 

 "若葉が一人増えた"と大地は思った。

 "いやあこういう真面目誠実タイプな奴好きだわ"と思考する大地は、ちょっと上機嫌になる。

 

「まあパイセンは真面目じゃないけど努力家だよ。

 戦闘力と、戦闘時で頼れるのは保証する。

 真面目じゃないだけで常識と倫理はあるから、仲間にしとく分には悪くない」

 

「そうなんですか……」

 

「ワシぁ仲間内からはドルオタのカイトよか不真面目に見られとるからな」

 

「おい」

 

「ああ、今は人当たりのいい顔しとるが、カイトのメッキはすぐに剥がれるぞ。

 その内素のカイトが見えてくる。それまで評価は待っておけ、御守。

 こいつは従順に言うこと聞いてくれそうな新人を見て、カッコつけてイキってるだけじゃ」

 

「言い方!」

 

 がっはっはっはっと笑って、大地は右手で海人の背中をバンバン叩いた。

 ゼット戦から今日まで、約二週間。

 その手の指は確か折れていたはずだったが、大丈夫なのだろうか。

 

「手の骨のヒビ、大丈夫ですか?」

 

「レントゲンで見る限りは大丈夫だったかな。

 ワシ、ウルトラマンになる前から回復力べらぼうに高かったもんよ。

 とはいえ小さいヒビが残ってる可能性もあるんで、叩きつけるとかはNGなのじゃ」

 

「へえ……ん? あれ? 今鷲尾さんの背中に叩きつけて」

 

「バーチャルリアリティじゃ」

 

「それで誤魔化せると思ってんなら俺はどれだけバカだと思われてんの? え? え?」

 

「しかし勇者からワシが聞いたところ、お前さんはバカの中のバカ、バカの神だと」

 

「天の神みたいに呼ばれると俺反応し辛いんだけど?」

 

「ワシは若葉の言うことは信じてるんだがな」

 

「ひっくり返してもバカワカバのあだ名復活させてやろうかあいつめ……」

 

「ところでワシワシ連呼されると、オレの名字の鷲尾とややこしいよな、どう思う?」

 

「なんで俺に言うんだよ!」

 

 若葉から竜胆の話を聞いたらしい三ノ輪大地。

 話に加わってこないで黙ってたくせに、唐突に話に入ってくる鷲尾海人。

 この二人の会話のテンポを掴むのは、普通の人だと骨が折れそうだ。

 

「ほー、ワシと身長同じくらいの年下とか初めて見たの」

 

「二人共でけーわ、オレとか乃木ちゃんに負けそうなくらいなのに」

 

「俺の場合は身体測定の度に伸びてるんですよね……いつの間にか180超えてましたし」

 

 体格で見れば、竜胆と大地は互角に見える。

 ロッキーと言えば強き格闘家の代名詞だが、二人の腕の太さはロッキーを思わせるほどに太く強大だった。

 ちなみにカイトはポッキーを思わせるほどに貧弱だった。

 

「がっはっはっは!

 四国の外をうろちょろしてる間に、ワシ浪人生になってしまった! 笑ってくれ!」

 

「いやまあ俺も中卒浪人みたいなもんですから、仲間ですよ」

 

「うむ、そうだな。

 そこで仲間の名乗りを挙げてくれたこと感謝する!

 これからも一緒に仲間として戦おう! よろしこじゃあ!」

 

「よろしこ……?」

 

「御守、検索かけたけどパイセンが言ってるのは多分これだ。

 西暦2001年にHEROというドラマがあって、それが元ネタなんだと……」

 

「俺まだ生まれてねえよ! 18年前じゃねえか!」

 

「ちなみにワシもその頃にはまだ生まれとらん」

 

「!?」

 

 話していると分かる。

 大地は大人と話してその話題に合わせてきた人で、海人はインターネットの話題に合わせてきた人だ。海人には検索癖もある。

 大地の話し方は陽的で快活、海人の話し方は陰的でおとなしめだ。

 だから、何か話を切り出す時は、基本的に大地が話を切り出していた。

 

「うむ、これでワシらも大体距離感が分かってきただろ。

 ちとな……聞きたいことがあるんだが、聞いてもいいだろうか」

 

「どうぞ。俺に答えられること、俺が知っていることなら」

 

「誰が死んだかとか。

 今の四国がどうなってるかとか。

 ワシらもその辺は大社から聞いてる。

 当事者として、君がここの戦線に加わってから何があったかの話を聞きたい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 竜胆はこれまでの経緯を話した。

 思えば、大地と海人も大量虐殺犯・ティガのことを大なり小なり知っていたはずだ。

 その上で、一度も竜胆を不審に思わなかったのは、彼らが最初に見たティガの姿が『街と人々を背中にして戦う』ものだったからだろう。

 

 加え、二人は"ウルトラマンに選ばれるような者"であったから。

 自分の目で見て、肌で感じたものを信じる。

 なればこそ、ティガを疑うような思いを持ってはいなかった。

 竜胆が語った今日までの戦いを日々の話を、疑うことはなかった。

 

「……なるほど。ワシらがいない間、お前さんも相当苦労しとったんだな」

 

「いえ、苦労は俺達皆、等量だと思いますよ」

 

「よく頑張った。辛いことも多かったろう。皆を守ってくれて礼を言う」

 

「えー、パイセン、そこまで同情するようなもんかな」

 

「だーかーらお前は陰キャなんじゃカイト。はっ倒すぞ」

 

「陰キャ!? え、いや、だってさ、結構みんなこのくらい辛い想いしてると思うよ」

 

「不幸比べして他人の不幸を大したことないとか言う奴はクズじゃ。

 世界中の全員が不幸になったとしても、一つ一つの不幸の辛さは変わらん。

 つまりカイト、お前はクズじゃ。反省して謝れ」

 

「えー……」

 

「世の中にはな。

 自分の痛みを大声で言う奴と、痛みを小さく申告して『大丈夫』って言う奴がいる。

 前者は痛みで喚くので周りに心配され、優しくされる。

 後者は痛みに強いので、本当に完全に潰れるまで痛みを溜め込む。

 手遅れになるのは大体後者じゃ。

 前者がお前で、後者が御守。そこんとこなんとなく分かるだろ、おーけー?」

 

「ボロクソ言うなパイセン……!

 つか、家族亡くした人が山のようにいるこの世界で、そんな特別同情されるもんかなこれ」

 

 きっと、大地の方が情に厚いのだろう。

 海人はどこかドライだ。

 だが、そんな彼だからこそ、見せる姿勢というものもある。

 

「普通だよ普通。御守はかわいそうなやつじゃなくて、普通の奴だ」

 

「!」

 

「まあ、というわけで。

 オレは同情も憐憫もしない。

 多分同情で優しくもしない。

 あくまで普通の仲間だ、普通のな」

 

 海人は竜胆をかわいそうな人間扱いしない。

 人より辛く下等な人生を生きた人間扱いしない。

 同情していないから、見下さない。

 竜胆の人生を『かわいそうな人生』扱いすることだけは、絶対にしない。

 それが、鷲尾海人という少年だった。

 

「じゃ、それでよろしくお願いします。鷲尾さん」

 

「おうよ」

 

「……っと、そうだ。ワシもせにゃならん話があったんだった」

 

「話?」

 

「おう、まず、ワシらが四国から離れたところからだな。

 ワシらは地球を守るため、最大威力の光線を放ったものの、宇宙の断層に飲み込まれ……」

 

「あ、すみません、そこ本題ですか?」

 

「本題じゃないな、うむ。

 ではザックリ言おう。

 地球に帰還したワシらを助けてくれたのは、四国の外に生きる人間だった」

 

「!」

 

「北海道にワシは落ち、沖縄にカイトが落ちた。

 結論から言えば、北海道・沖縄・諏訪にはまだ人間と、『勇者』が生きていた」

 

「四国外の勇者……!?」

 

「ああ」

 

 四国の外の生き残り。

 それを守る三人の勇者。

 勇者が三人増えたところで、そこまで極端な戦力上昇は見込めないだろうが、それでも『合流できれば』という希望が湧いてくる。

 

「ワシらはそこに攻めて来ていた大量のバーテックスを片付けていてな。

 おかげで随分と帰るのに時間がかかり……随分と、友に無理をさせたようだ」

 

 希望を得た表情の竜胆とは対照的に、大地は分かり辛く悔やんでいるように見えた。

 四国の外で人を守り、帰ってみれば絆を結んだ仲間達の死屍累々。

 "あの時ああしていれば"という後悔で、胸の内が一杯になっているようだ。

 

「三ノ輪さん……」

 

「ただ、それも四国の守りという意味では、無駄じゃなかったんじゃろな」

 

「え? それって」

 

「ワシらが北海道・沖縄・諏訪で倒した分が、四国の攻撃には回ってなかったんだから」

 

「……あ」

 

 そうだ。

 四国の外三ヶ所で、勇者や巨人が戦っていたということは、その分だけ戦力が分散されていたということだ。

 神樹が存在し、多数の勇者と巨人が守る四国には、言うまでもなく最大戦力が集中していたことだろう。

 だが、カミーラの言葉を信じるのであれば、他三つの土地に向けられた戦力を『本気』で四国に向けてくる可能性が非常に高い。

 

 次回から投入される戦力は、質と量を総合的に見て最悪四倍近くに増加するということだ。

 

(そうか、そういうことになるのか……!)

 

「ワシらは、神樹と一体化し、これまで飛ばせない距離まで思念を飛ばしたアナの声を聞いた。

 それで、超特急で四国に戻って来たんじゃが……

 ……最適なタイミングであったようで何より。

 正直諏訪とか放置すんのちょっと怖かったのだ。

 が、この状況なら敵さんはほぼ全ての戦力を四国だけに向けてくることだろうな」

 

「デカい戦いになるってことですね」

 

「『大侵攻』だ」

 

「『大侵攻』……?」

 

「ワシらは戻る途中、四国の外、遥か北西にとんでもない戦力の結集を遠目に見た」

 

「!」

 

「ワシらはそれを大侵攻と名付けた。

 過去最大戦力による、全力の四国侵攻となるだろう。

 もう大社には報告しておる。

 がっはっはっは! ぶっちゃけるとやべーなって思ってる」

 

「ちょ、ちょっと!」

 

「が、希望もある。大侵攻の準備軍勢の中に、ブルトンが見えた」

 

「―――え?」

 

「パイセンは巨人化前から目が良くて、巨人化するともっと目が良いからなー」

 

「ブルトンを倒せば、結界強度にかなり余裕ができる。そうだろう?」

 

 ピンチはチャンス。よく言ったものだ。

 

「おそらくブルトンは、空間を歪めて、大量の軍勢を効率よく転送しようとする。

 そこで、だ。

 神樹サマに頼んで、大侵攻の大雑把なタイミングの未来を予知してもらう」

 

「……あ、なるほど」

 

「予知してもらうのは大侵攻の内容は要らん。

 タイミングだけでいい。

 その二週間前から一ヶ月前に、大侵攻の戦力にワシら先制攻撃を仕掛ける」

 

「それで敵の戦力を減らせれば……」

 

「うむ。それに、それでワシらでブルトンを倒せれば最高だ。

 結界防御に余裕が出来れば、他の土地の勇者達や住民を回収・合流できる。

 首尾よく合流し、戦力を増やせれば……巨人三人、勇者七人が揃う」

 

「いやパイセン、そんな希望的観測してても絶対上手く行かないよ」

 

「だぁっとれカイト。

 お前のネガティブ思考はまあ楽しい。

 悲観的でもあり現実的でもある。

 だがネガティブに低いハードルしか設定しないのなら、いつまでも低くしか飛べんぞ」

 

「へいへい」

 

「『大侵攻』がずっと先のことなら、その前に各地域の勇者住民回収してもいいんじゃが……」

 

「いやパイセンそれはないでしょあの様子じゃ」

 

「だろうなあ」

 

「俺達はこれから、四倍化した敵の侵攻を阻止。

 そして隙を見て大侵攻の準備戦力に奇襲を仕掛け、できればそこで大打撃を与える。

 ブルトンが討伐できたなら、四国の守りを結界に任せ、各地の勇者などを回収……

 つまり、こういうことですよね? もしかしたら、戦いに一区切りがつくかもしれない」

 

「ああ、そういうことだとも」

 

 日本で言うなら関ヶ原、世界規模で言うなら世界大戦にあたる、神と人との全力決戦。

 

 これまでにあったどれよりも()()()()()全力の攻勢が、近日に迫る。

 

「『大侵攻』は、人類と神の双方に取って初めての―――両者総力戦となりかねん」

 

 ガイアとアグルは、希望を持って来た。

 

 それと同じくらいに大きな、絶望も持って来た。

 

 いつから準備していたのかも分からない、ブルトンを中心とした『大侵攻』―――それがどれほど恐ろしいものであるか、正確に理解している者は、一人もいなかった。

 

 

 

 

 

 四国の外、遥か彼方の海上。

 東西南北どちらを見ても、1mmの隙間もないほどに敷き詰められた星屑が、海を覆っている。

 そこに、黒い雷が落ちた。

 雷は天の怒りと語られるもので、天の神の権能である。

 黒い雷の力が星屑に走り、星屑が集まって凝縮し、新たな大型バーテックスを生み出した。

 

 その怪獣型バーテックスの胸に、不思議な紋様が刻まれた。

 それは、天の神の紋。

 ()()()()()()沿()()()()()()()()()ことを絶対に許さない、天の神の祟り。

 同時に、天の神が『それ』に後付けの力を加えた証明となるものだった。

 

 今になってみれば、天の神にとって、ゼットは失敗作である。

 強くはあっても、それを最大効率で叩きつければ人類は滅びていたはずなのに、結局様々な矜持に縛られ人を滅ぼせなかった。

 ゼットン軍団を率いる最強のゼットンであったのに、ウルトラマンと自分の力でぶつかっていくことを選んでいた。

 その上で、"全てを一人で叩き潰す"ほどには力を持っていなかった。

 

 だからこそ、天の神は継ぎ足す。

 力を。

 (タタリ)を。

 天の神が禁じた行動を一切取らず、その力を更に強化した怪獣個体を。

 

 『大侵攻』の準備は、刻一刻と進められていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 丸亀城から見える街の景色が、竜胆は好きだ。

 友達の隣の空間が、千景は好きだ。

 だから二人は丸亀城の端、城壁の上で並んで座り、街と夕日を眺めている。

 アナスタシアが死んだ時のような、綺麗な夕日だった。

 

「いいの?」

 

 他人に優しくする方法を、千景は竜胆の真似・友奈の真似でしか、知らない。

 

「吐き出したいことがあるなら……聞くけど」

 

 竜胆への純粋な心配。

 "彼に弱みを見せてもらってもっと彼にとって特別な人になりたい"という打算。

 前者が七割で、後者が三割くらいだろうか。

 もしも仮に竜胆が千景に依存したなら、千景はそれはそれで嬉しかったりするのかもしれない。

 

「いや、いいよ。"これ"は俺の胸の中にしまっておく」

 

 けれど、生半可なことではそうはならないだろう。

 第一、千景が竜胆や友奈に対し"私なんかに依存はしない"と信じていた。

 

「俺は忘れない。一生忘れない。

 怖かったことも、辛かったことも、悲しかったことも、泣きたくなったことも」

 

 竜胆の人生には絶望が付き纏う。

 

「でもな、それが俺の人生の全てじゃないんだ。だから、いいんだよ」

 

 されどそれが全てでもなく。

 彼の人生に光は多くあり、もう仲間が死んでも、彼は泣かずに、男らしく強く在れる。

 

「ちーちゃんがいてくれて、本当に良かった。俺の光の一つだよ」

 

「……そう」

 

 その光の一つは、間違いなく千景である。

 千景は表情を見られないよう、顔を逸らした。

 街を眺めて、千景は呟く。

 

「歴史の授業を聞いてると、思うの」

 

「何を?」

 

「人はずっと、平和を目指していたんだな、って」

 

 いつの時代も、人は争ってきた。

 平和を作るには、強大な軍事力で周囲の国やコミュニティ全てを制圧し、力で圧して歪んだ平和を作る以外にはなかった。

 それでさえ、法律が未熟だった時代には、良い平和があったとは言い難い。

 

 人の歴史は、平和を求める歴史でもあった。

 平和のために法を発展させ。

 平和のために他国に戦争を仕掛け。

 平和のために兵器や城を作る。

 人はより長く続く、脅かされない平和を求め、戦うという矛盾を繰り返してきた。

 

 歴史は学べば学ぶほど、"時代が進むにつれ人間は進歩している"ということを実感することができる学問でもある。

 過去に自分なりの平和を求めた人間が、求めた平和を掴めずに何人死んでいったかを、実感することができる学問でもある。

 

「多分、平和って、当たり前のものじゃなくて……

 過去に、平和なんてない世界で、平和を求めた人が沢山居て……

 ……その人達が掴んで、後に残してくれた平和が、そこに残っていただけだったんだわ」

 

 自分の国を守ろうとした兵士。

 治安を求めて走った警官。

 より洗練された社会と法を目指した学者や法律家。

 その他、諸々。

 過去の様々な人達の積み重ねがあり、日本の平和は成立している。

 

 その平和の中に、西暦の人間達は生きていた。

 先人が命を懸けて作って遺したその平和を、空気のように感じていた。

 あって当然、ありがたみはないが、無くなるとなれば憤怒と悲鳴を爆発させる。

 

「私も、街の人間も、気付いてなかった。

 誰かが残してくれていた平和の中に生きてたことに、気付いてなかった。

 平和が当然のもので、平和な世界に生きることが当然の権利だと思ってる人達。

 平和が脅かされれば……平然と戦ってる人を罵倒する人達が、街には大勢いるのよ」

 

 千景は迂遠に何かを主張していたが、竜胆はそこに何かを見抜いた。

 

「お前またネットの変な掲示板見たな」

 

「……」

 

 千景の沈黙が、その指摘を肯定する。

 

「……ティガが……ティガが褒められて、皆に見直されてるって、そう思ったから……」

 

「こんなちょこっと、数分の頑張りだけで皆の意見が全部ひっくり返るなら、正気を疑うよ」

 

 ティガは頑張った。

 頑張ったけれども、民衆の評価を覆すには至らない。

 ティガに守られたという事実は四国の人々の心を揺らしていたが、インターネットにおいては、未だティガは叩き一色だった。

 インターネットにはたびたび、自分が攻撃していたものが悪でないということを、絶対に認められない人間が存在する。

 

 現実ならば名誉毀損を避けるため、誰かへの誹謗中傷を取り下げることもある。

 だが、匿名のインターネットなら話が別だ。

 "自分の非を認めない"こともネット上ならばノーリスクであるし、"無実の人間を攻撃した"罪に問われることもない。

 一度叩いたものをずっと叩き続ける権利が、匿名のネット上には存在している。

 それは自由という名の、醜悪な権利だった。

 

「俺は褒められたいんじゃなくて、認められたいんじゃなくて、守りたいんだよ」

 

「知ってる」

 

 今の千景を過去の千景が見たら、少し驚いていたかもしれない。

 

「知ってるから……悲しいのよ」

 

 『みんな』に愛されたくて勇者をやっていた千景が、『みんな』にティガを愛してもらいたいのにできなくて苦悩するなど、なんとも奇妙で皮肉な話だった。

 結局のところ、千景を苦悩させるのは"愛されない現実"であることに変わりはないらしい。

 そんな千景の苦悩を察しながらも、竜胆は苦笑する。

 千景が本気で心配してくれているというだけで、竜胆の心は満足だった。

 

「そう言ってくれるちーちゃんがいるだけで、俺は嬉しいんだ」

 

「知ってる」

 

 さっきの『知ってる』と比べると、随分優しい声色の『知ってる』であった。

 

「竜胆君は……」

 

 私が大好きだもんね、と、千景は言いかけて。

 

 それが真実である確信はあったけれども、なんだか言うのが恥ずかしくなって、口を閉じて言うのを辞めた。

 

 人が死んでも、死ななくても、今日も夕日は美しい。

 

 友と眺める夕日の街は、美しい。

 

 街の美しさは、そこに醜い心の者が住んでいようと、損なわれない。

 

 そこに美しい心の者が住んでいようと、美しさが増すこともない。街は静かに、そこに在る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 竜胆参戦時、丸亀城陣営暫定数。

 ウルトラマン六人、勇者五人、巫女一人。合計十二人。

 

 アナスタシア・神美死亡。

 

 ウルトラマン、残り三人。

 神樹の勇者達、残り四人。

 神樹の巫女、残り一人。

 

 残り、八人。

 

 

 

 




4/12

 本来第一部、第二部、みたいな区切りは考えてなかったんですが、感想欄の流れを見ていてあった方が分かりやすいかなと思って付けました。次回から第三部です

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。