夏空の下、ウルトラマンは、友をいじめた子供達を虐殺した   作:ルシエド

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第三幕 死の章
前哨戦 -ブルトン-


 七月某日。

 それが、巫女・ひなたに予言として神託された、大侵攻の予想日となった。

 神というものは、本気で未来を見ようとすることはまずない。

 神話の中で神の予言が例外を除き必ず当たるように、神が見た未来は神の主観によって確定される。変わらない未来がやって来るのだ。

 自分が敗北する未来など、神の誰も見たくはない。

 

 微細な数的誤差により未来を正確に予言するのは絶対に無理、というのが、人間の科学が生み出したカオス理論だ。

 だが神の摂理において、人間の科学はいとも容易く超越される。

 僅かな変化を積み重ねて未来を変える、ということは不可能になるのである。

 

 すなわち七月某日というのは、『大侵攻の準備が丁度完了するタイミング』であり、『この世界戦における確定事象』であり、『天と地の神の合意で決まった』日ということである。

 

 アナスタシア/ネクサスとの一体化で、神樹の神としての神格は一気に上がった。

 能力もかなりブーストされている。

 何より、樹海化(メタフィールド)だ。

 これのおかげで四国エリア内における勇者と巨人はブーストされ、勇者ですらゼットに傷やダメージを重ねられるほどの強化が得られる……が。

 問題は、敵軍のブルトンだ。

 

 ブルトンについては、今分かっていることしか分かっていない。

 大侵攻の軍勢の中にブルトンが混じっていると想定すると、ブルトンが至近距離からメタフィールドを破壊し、樹海化を消し去ってしまう可能性がある。

 

 できれば、ブルトンは結界外にいる内に、先制攻撃で倒したい。

 敵が大侵攻の戦力を整える前に、出来るだけ早く奇襲を仕掛けてそうしたい。

 とはいえ、すぐには無理だ。

 ティガ・ガイア・アグルの連携があまりにも未熟過ぎる。

 

 せめて、四国外で攻撃を仕掛けた後、無事に全員が四国まで戻れるだけの連携は欲しい。

 大侵攻前の攻撃は一度で終わらせなくてもいい。

 何度敵戦力を削りに行ってもいいのだ。

 ならばそれを成立させるため、撤退ができるレベルの連携が必要となり、そこに求められる最低限の連携ラインというものがある。

 

 強い敵を倒すためにも、巨人間の連携訓練は必須だった。

 勇者・ガイア&アグル間と、勇者・ティガ間では連携ができているから尚更に。

 そういうわけで、竜胆と大地は、互いを知るための模擬戦を始めようとしていた。

 

「大地パイセンは強いぞー。

 世界崩壊後に鍛錬始めた他の奴らとは違う。

 ガキの頃から武道やってる本物だ。

 ま、どうせ負けるだろうけど、落ち込むなよ後輩」

 

 何故か海人が得意げな顔をしている。

 

「俺も大地先輩の胸を借りるつもりでいきますよ、海人先輩」

 

「負けたら三人分のジュース買ってこいよ。三人分の金やるから」

 

「おいカイト。虎の威を借る狐という言葉を知ってるか?」

 

「強い友達をバックにイキるのって気持ちいいんすよ。普段のオレじゃ絶対できないし」

 

「お、お前……」

 

 スネ夫とジャイアンみたいだな、と竜胆は思った。

 ちょっと違うのは、このジャイアンはスネ夫をいじめないし物を取り上げないし、スネ夫はジャイアンを最大に利用して盛大に粋がっているということか。

 

「パイセーン! かっこよく決めちゃってくださいねー!」

 

「全くあいつは……ん? その構え、ボブか」

 

「あ、分かる人には分かるんですね」

 

「そうか、ボブの弟子なのか、御守は……ヤバいちょっと泣きそう」

 

「ちょ、ちょっと、これから模擬戦ですよ」

 

「いや、な。ワシもボブには一度も勝てなかった身だ。

 複雑ではあるが、嬉しくもある。あの空手ともう一度戦えることができるとは」

 

「……そういうの聞くと、こっちも嬉しいです。

 ボブがやり残したことを、俺がやってあげられる、そう思えますから」

 

「かーっ、そういう思考、ワシは好きじゃな!」

 

「サクっと勝ってくれよパイセーン!」

 

 海人は大地の勝利を疑っていない。

 そんなこんなで、二人の戦いが始まったのだが。

 

「はい、っと」

 

「うおっ……ま、まいった」

 

「は?」

 

 あっさりと、竜胆が大地の攻撃を受け切り、防御を崩して、強烈な一打を大地の目の前でピタリと止めて、決着は付いた。

 怪我をさせたくない竜胆と、実力差を見切った大地との間で勝敗の合意が成されたとも言う。

 

 空手の正拳突きを放った竜胆の手を、大地が掴み取ろうとして、竜胆が中国拳法の太極拳と八卦掌で防御を崩し、空手の正拳上段突きを寸止めした流れは、目を疑うほどに流麗だった。

 

「ちょっとパイセン!

 そこは先輩として圧倒的に勝ってくださいよ!

 先輩が圧倒的に勝って

 『このウルトラマンガイアがいる限り四国は万全だ』

 ってドヤ顔で言いたかったオレの立つ瀬がないじゃないっすか!」

 

「がっはっはっは! 圧倒的に負けてしまったわ!」

 

「手合わせ、ありがとうございました」

 

「さっと終わってしまってワシも不完全燃焼じゃ。もう一本頼めるか」

 

「はい、いいですよ」

 

 先程の動きを頭に入れた上で、大地は懐深く構えた。

 腕を自然に前に伸ばす構えを懐が深いと言う。

 腕を畳んで顔や腹などに添えガードをガッチリ固める構えはその逆だ。

 敵の腕が前に伸ばされてると、距離を極端に詰め難くなり、敵に打ち込んだ拳などが叩き落とされやすくなる。

 

 要するに大地は、自分の前に"竜胆の拳を叩き落とすためのスペース"を広く取ったわけだ。

 顔や腹から少しでも遠いところで、拳を叩き落とすための構え。

 合理である。

 

 対し竜胆は、即座に戦闘スタイルをスイッチした。

 ベタっと地面に着いていたカカトが上がり、つま先立ちでトントンとステップを踏む。

 握っていた拳を手刀に変える。

 竜胆がステップワークで左右に素早く動くようになり、ハンドスピードが腕を掴めないほどに速くなったのを見て、大地は腕を畳んでガードを固めた。

 

(なんとまあ、ガラっと変える。

 ワシも対応力があって柔軟なスタイルだと思うんじゃが……

 もしや、三形態それぞれに最適な格闘技を練っているのか……?)

 

 先ほどがティガトルネードなら、今はティガブラストだ。

 掴みを基点とする柔術に対し、触れさせもしない立ち回りで動くスタイルは極めて相性がよろしくなかった。

 大地の手が竜胆を掴めなくなり、伸ばされた手は竜胆の手刀に軽やかに叩き落とされていく。

 

 そして、するりと竜胆の腕が滑り込んだ。

 手刀が大地の両脇を打ち、無防備な鳩尾を叩いた。

 ぐらりと体が傾き、大地が膝をつく。

 

「ぐっ」

 

「あ、今の致命打扱いでいいしょうか」

 

「ああ、お前の勝ちだ。悪い、もう一本頼む」

 

「いいですよ」

 

 少し休憩を入れて、大地の回復を待つ。

 竜胆は回復を待つ間、大地が見せた細かな動きの一つ一つを一人で真似ていた。

 

「あ、なるほど、こう投げるのか」

 

 そして、次の戦いで、竜胆は大地を投げ飛ばした。

 完全に奇襲。

 予想だにしない"柔術の投げ"が竜胆から飛んで来たことで、意表を突かれた大地は投げ飛ばされてしまった。

 海人が思わず声と手を上げる。

 

「い、一本! ……じゃねーっすよパイセン! なんで柔術で負けてんすか!?」

 

「がっはっは! 柔術で負けてしまった! しかも、ワシの技だな、これは」

 

「投げの"入り"と、投げた後の姿勢立て直しの速さが特徴的ですねこれ。

 集団戦でポイっと投げて崩すのを連続でやれそうなのが、凄くいい……」

 

 竜胆は大地の技を模倣し、その大地相手に披露してみせたようだ。

 大地の技を自分の中で噛み砕きながら、実戦的な柔術の技に感心している。

 

「あー、分かりました。

 大地先輩、柔術をバーテックス用に調整した技を使ってるんですね」

 

「お、分かるんか」

 

「分かりますよ。俺も技に組み込むことを一回考えました。

 でもやっぱりバーテックスは『服』を着てないってのが気になって……

 投げをちょっと組み込んだくらいで終わったんですよね。大地先輩も投げ主体ですか?」

 

「ああ、まったくもってその通りだ」

 

 柔術、柔道は、"強いからこそ"普及したものの一つだ。

 何故強いのか? 何が強いのか? その理由は『服』にある。

 服は、掴みやすいのだ。

 加え、服を掴んで投げると、ちゃんと体も一緒に投げられる。

 

 逆に言えば柔術使い相手に、服を着た人間が逃げ切るのはかなり難しい。

 屋外で一本背負いなんてされれば、柔らかいマットもないので、地面に背中を叩きつけられて背中の骨がボキっといくだろう。

 柔術は、服を着た人間相手にはめっぽう強いのだ。

 そして通常、服を着ていない人間などいない。

 

 ……が。

 三ノ輪大地の敵は、主に服なんて着ていないバーテックスである。

 当然、人間相手の柔術をそのまま用いても活きるわけがない。

 

 組み技も、バーテックス相手にどれほど役に立つものか。

 手足がたくさんあったり尻尾があったり、関節を固めても口から火を吹いたり、首を締めても窒息死しなかったり、外骨格だけで中に骨が無いものだっている。

 大地の柔術は、そういったバーテックスを相手にするために改良されているのだ。

 角を掴んで投げる、体の凹凸に指を引っ掛ける、手首や腰のくびれを上手く捉える、等々。

 竜胆の目には、それがとても斬新かつ、洗練されたものであるように見えた。

 

 怪獣をとにかく掴み、とにかく投げる。

 投げたらそこから踏むか、マウントを取って殴るか、光線を撃つ。

 "人間が人間相手に使うための柔術"を、"ウルトラマンが怪獣相手に使うための柔術"にしっかりと改良してあるのである。

 

「俺、大地先輩から学ぶこと多そうです」

 

「おお、そうか。んじゃもう一本やるか」

 

 竜胆の構えが変わった。

 大地の構えに似た、けれど似て非なる構え。

 三ノ輪大地の力をコピーするのではなく、学んで自分の中に取り込み、今まであった技術の中に織り込んで、更に成長していく。

 

 海人はゾッとした。

 海人は感覚的には、普通の少年のそれに近い。

 見ただけで技をパッと真似られる竜胆の規格外な天才っぷりを見て、ゾッとしたのだ。

 高度な技をコピーするのは、そんな簡単にできることではない。

 どんなレベルの天才であれば、それができるというのか。

 良くも悪くも寛容な者が多かったり、格闘技使いが過半数でもなかった丸亀城において、竜胆の才能にゾッとしたのは、彼が初めてだった。

 

 "遺伝子レベルで違う生物なんじゃないか"と思った海人の感想は、とても正しい。

 

(化物かよこいつ……数日あれば柔術一本でパイセンに勝てるんじゃねえの……?)

 

 頼もしさも、恐ろしさも感じられる。とんだ新人が来たものだと、海人は唸った。

 

 既に挑戦者は竜胆ではなく、大地に変わっている。

 竜胆は技抜きでも飛び抜けた戦闘者であり、多様な技術を吸収しながら今も成長している発展途上の格闘者。その上、大地の技も継続して吸収していた。

 当然ながら、大地に勝てる相手ではない。

 五連戦、五連勝。竜胆は危なげなく大地に勝ち続ける。

 十連戦、十連勝。危ういところもなく勝ち続ける。

 二十連戦、二十連勝。ちょっと話の流れが変になってきた。

 

「もう一本!」

 

「おかしいな、既視感があるぞこれ……!」

 

 ここまで来れば、竜胆も気付く。

 この"とことんまでやる"性根と、"努力鍛錬を苦にしない"気質。

 

(若ちゃんのご同類だ……!)

 

 若葉と同じ、竜胆が"とことんやりたい"と思ったその時、竜胆についていけるタイプ。

 

「一回ここで休憩がてら感想戦やろう。

 おいカイト! ワシらの分の飲み物買ってこい! ほれ財布だ」

 

「えー……パシリじゃないっすか」

 

「自分は後輩にやらせようとしていたのにそれか……ほら、駆け足!」

 

「へーい!」

 

 とことんまでやらず、模擬戦の合間には、流れの中でどこが良くてどこが悪かったかを考える感想戦もやっていく。

 海人が大地を"真面目ではないが努力家"と言っていた理由が、少し分かった。

 

「大地先輩、どこから感想戦します?」

 

「ぶっちゃけ、ワシのどの攻めが一番嫌だった?」

 

「大地先輩が積極的に手を攻撃して来た時ですね。カウンター当てましたけど」

 

「ああ、あのカウンター食らったあたりか」

 

「あの後の、防御固めた大地先輩の方がやりやすかったです。

 攻めて来ないって分かると、俺の方はかなり気持ち的に楽でしたので。

 逆に、捌けるとはいえ大地先輩が攻めて来てた時の方がプレッシャーがありました。

 かわせる自信があっても、腕を掴まれたらと思うと迂闊には受け攻めできませんでしたし」

 

「ああ、ワシの攻め手が控え目になったせいで、逆に楽させてしまったか」

 

「あとは、防御の崩しなんですけど―――」

 

「それなら、掴みの外し方が―――」

 

 感想戦をして、また戦い、改善点を探す。

 されど両者の間にある力の差が埋まっていくわけでもない。

 

 竜胆には、大地の治りたての片手を気遣う余裕があった。

 大地の右手を気遣い、そこをどこにもぶつけないように、大地を圧倒する。

 その気遣いが、力の差の証明であった。

 

「はぁ……はぁ……くははっ……強いんじゃな、御守は」

 

「強くなるしかなかったんですよ、俺は」

 

「そーじゃな。誰も彼もが、そうだった。うん。

 強くなりたかった者など、他者を傷付ける力が欲しかったものなど、何人いたことか……」

 

 二人は、互いに得るものがあるために手合わせを繰り返す。

 "強くなるしかなかった"の一言を通して、二人が感じる共感があった。

 あんまりそういう暑苦しいのが好きでない海人は、付き合っていられないと言わんばかりに、白けた目で二人を見ている。

 

(あー)

 

 ただ、何度も何度も大地が負けているのを見ている内に、海人はイライラしてきた。

 

(なんていうか)

 

 竜胆は全勝している。

 大地は諦めないガッツで食らいつき、対竜胆戦術を逐一練って様々な柔術を繰り出しているが、竜胆を出し抜くことができず、竜胆に技を吸収されながら負けている。

 それを見るたび、海人はイラっとしていた。

 

(面白くないな)

 

 また模擬戦、となったところで、海人は大地と肩を並べた。

 

「カイト?」

 

「オレ達は二人で一人っすよ。パイセン」

 

「……ああ、そうだったな、相棒」

 

「オレ達一人じゃ勝てない相手にも、オレらはいつも二人で勝ってきたじゃないっすか」

 

 大地と海人、ガイアとアグルが並び立ち、一人じゃ勝てない相手に立ち向かう。

 

 竜胆は苦笑し、二人に向けて構えた。

 

「お前強いんだから、オレ達の二対一を卑怯とか言うなよ?」

 

「……しょうがないなあ。さあ来い! ダブル先輩!」

 

「よっしゃ、行くぜ!」

 

 先手必勝、短期決戦。

 時間の経過は地力で勝る竜胆に味方する。

 大地と海人は絶妙に息を合わせ、竜胆に一気に接近した。

 

「!」

 

 海人には格闘技の心得があるというわけでもないようで、竜胆はまず海人の額に掌底をぶち込んで弾き飛ばそうとする。

 だが、弾かれた海人が根性で足元に食らいついてきた。

 一瞬竜胆の動きが止まり、ようやく竜胆の腕を大地が掴む。

 

 "互いの思考を完全に理解した動き"に竜胆は感心しながら、ぶん投げられて一本取られた。

 要するに、敗北である。

 

「……いや、油断してたわけじゃないんですけど。

 びっくりしました。なんかびっくりするくらい息合ってますね、二人共」

 

「おー、そじゃろそじゃろ」

 

「共闘は一番長いからな、オレ達」

 

「いやはや、負けました。連携は一人じゃ模倣できませんしね」

 

 なんとも、面白い話だ。

 三ノ輪大地……ウルトラマンガイアは、間違いなく強かった。

 竜胆・ウルトラマンティガはそれ以上に強かった。

 だが海人が参戦した途端、戦いの天秤が一気に逆転した。

 

 鷲尾と三ノ輪、ガイアとアグルのコンビは、いついかなる時でも強い。

 投げ転がした竜胆に大地が手を伸ばし、笑って竜胆を助け起こした。

 

仲間(チーム)は、強いだろ?」

 

「はい」

 

「今はワシらも仲間(チーム)だ」

 

 仲間との繋がりで、自分よりも強い敵を倒す。

 彼らもまた、間違いなくウルトラマンだ。

 そして大地は、竜胆と肩を組んで海人に向き直る。

 

「さて、次のチーム戦だ。ワシと竜胆チーム対、カイト!」

 

「え!?」

 

「海人先輩、お覚悟を」

 

「ばっかじゃねーの!? そうはならねーだろ!?

 多対一が許されるのはクソ強い一人がいる場合だけで、これただのリンチだろーが!

 ライブ会場でサイリウム振るオレと、平然と刀とか振ってそうなお前らを一緒にすんな!」

 

「カイト、お前は鍛え方が足りんのだ。ワシらで一度追い込んで、危機感を叩き込んでやる」

 

「あんたらが過剰に鍛えてるだけでオレも鍛えてるっつーの!

 筋肉と体力が付き辛い体質なだけなの! あ、近寄んな、にじり寄ってくんなー!」

 

 海人がろくに戦わず道場の中を追い立てられながら走り回ってる中、道場に若葉がやって来て、露骨に呆れた顔をした。

 

「昨日まで怪我人だった者達が何をやっている。

 特に大地、お前だ。

 お前の能力で他の者達の傷は治ったが、お前の拳の骨はそのままなんだぞ」

 

「お、若葉」

「あ、若ちゃん」

 

「オレ死ぬぅ……」

 

 後輩とパイセンに年齢的にも位置的にも挟み撃ちを喰らっていた海人が目で助けを求めたが、若葉は無視した。

 つらい……と海人は道場床に倒れ込む。

 

「第一体育会系と話は合わねえっつうんだよ……

 何でも体を動かしとけばどうとでもなると勘違いしてやがって……

 オレはインドア派なんだよ……

 物理マラソンクソくらえ、アニメマラソンレッツ挑戦……それがオレ……」

 

「ぐちぐちうるせえ」

 

「あいだぁー!?」

 

 ぐちぐちうじうじ言っている海人の後頭部を、大地がぺしっと叩いた。

 

「ワシらは自分を鍛えにゃならんのだ。

 自分の命を守るために。

 生きる世界を守るために。他の誰でもなく、まずは自分のためじゃ」

 

「分かってるよチクショー!」

 

 海人のそういった一面を見て、竜胆は球子との会話を思い出した。

 竜胆が『僕』から『俺』になった時の会話だ。

 

―――いやまあタマはウジウジしてる俺野郎も知ってるけどな。

 

 あれは、鷲尾海斗のことを指していたのかもしれないと、竜胆は思い至る。

 今思えば身内について語るような語調だった。

 球子は竜胆の一人称を変えさせ、竜胆を前向きにさせてやろうとした時、一人称オレの海人のことを思い出したのかもしれない。

 

「しかしなんだ、海人。

 四国の外で揉まれて少しはたくましくなったと思えば……

 根底の部分が全く変わっていないな。竜胆、もっとしごいてやっていいぞ」

 

「んー、若ちゃんが言うなら……」

 

「そんな殺生な! あ、しごくとかいやらしいこと言ってますねこのいやらし勇者はへへへ」

 

 話を有耶無耶にしようとする海人。

 若葉の木刀が海人の額を打った。

 有耶無耶化失敗。

 

「うごおおおおおおおお……!?」

 

「ったく、ケンに影響を受けたばっかりに……竜胆がこうならなくて本当に良かった」

 

「ワシの知らん間に若葉のお気に入りも増えてるな。御守は分からんでもないが」

 

「お気に入り……と表現すると変な気分になるな。

 私が気に入っていると言われれば、確かにそうなんだが……」

 

「これは若葉の親に報告せにゃならんか、このワシがっ……!」

 

「大地はすぐそういう話に持っていくな。私の親もいい加減聞き飽きたと思うぞ」

 

「そうか? がっはっは、気に入られてるようだぞ御守!」

 

「知ってますよ。その辺は疑ってないです」

 

「なんじゃお前も若葉がお気に入りか? 相思相愛か」

 

「「 すぐそういうのに絡めるのやめろ 」」

 

「うおっ、ハモった!?」

 

 竜胆は親も話題に出るような若葉と大地の距離感に驚き、大地は半年ほど四国を離れていた間に若葉にこんなに仲の良い仲間が出来ていたことに、驚いていた。

 

「大地先輩と若ちゃんは親ぐるみで知り合いなのか」

 

「ああ、大地はな、又従兄弟なんだ」

 

「又従兄弟! 親戚なのか」

 

「会う回数は多くなかったが、確か昔からああだ」

 

「若葉も昔からこうだったぞ。ワシが保証する。おむつにウンコしてた年頃からこうだ」

 

「そんなわけがあるかっ! それは赤ん坊の頃の話だろう!」

 

「へー」

 

 竜胆の目には、若葉と大地の間に独特の距離感があるように見えた。

 友達とも違う、仲間とも違う、戦友とも違う、相棒とも違う、恋人とも違う。

 "他人"と結ぶ関係性ではない、"親戚"の関係性。

 

「若葉のちっちゃい頃の恥ずかしい話とかワシから聞きたくないか、御守」

 

「えっ……聞いても大丈夫か? 若ちゃん」

 

「いいわけないだろう! ……ひなたに言いつけるぞ、大地」

 

「それだけはご勘弁を! ワシはまだここで終わりたくない! 勘弁してくれ!」

 

「え、何その力関係」

 

 ひなたは若葉の幼馴染。

 どうやら大地とも面識はあるらしいが、竜胆はなんとなく関係を聞くのが怖かった。

 

「若葉ちゃん、お水とタオル持ってきましたよ。……あ、御守さん、大地さん」

 

「リュウくーん! ちょっとやってみたい技が……あれ、いっぱいいるね。皆で特訓中?」

 

「……」

 

 ひなた・友奈・千景もやって来て、道場でよく鍛錬してる組が揃い始める。

 

「大地さん、御守さんに悪いことを教えたりしないでくださいね?」

 

「うおぅ、若葉のこと以外でこんなに露骨にひなたに釘刺されたの初めてじゃ……」

 

「大地さん、返事は?」

 

「あっはい、気を付けときます……」

 

 ひなたが微笑み、大地に釘を刺していた。

 露骨に二者間の力関係が窺える。

 一方、海人は友奈と話していた。

 

「大地パイセンと乃木ちゃんの同類が増えたの超ウケるぞ」

 

「ねー、なんだか楽しくなるよね。

 あれ、でも私はその仲間に入ってないんだ?

 私と若葉ちゃんとリュウくんは、よく一緒に訓練してるのに」

 

「高嶋さんは天使だから、あれの同類じゃないから良いんだ。可愛いからいいんだよ」

 

「あはは、ありがと」

 

「その"もう聞き慣れちゃったなあ"みたいな顔も素敵っすね高嶋さん」

 

 友奈から海人を引き剥がし、嫌そうな目で見る千景。

 

「ちょっと鷲尾さん、高嶋さんに変な絡み止めなさいって言ったでしょう」

 

「変な絡みなんてしてねーし、天使なのは事実だし……」

 

「これだからドルオタさんは……」

 

「いいんだよ、手に入らない遠くの美しく可愛いものを眺めるのがいいんだよ」

 

「気持ち悪い……あ、ごめんなさい、今のちょっと言い過ぎたかも」

 

「今素で気持ち悪いって言ったなお前。

 間違いなく心からの言葉だったな。でも言われ慣れてるからいいや」

 

「気持ちわr……ごめんなさい」

 

「お前さては、

 『仲間に言い過ぎたら謝らないと』

 っていう倫理はあるけど、

 『鷲尾さんに悪いこと言ったな』

 っていう罪悪感は無いな? ……ちょっと見ない間に図太くなってない?」

 

「さあ」

 

 半年ほど見ない間に随分と成長していた千景のメンタルが、海人に変な表情を浮かべさせた。

 千景は逆に、仲間であり年下の女の子である高嶋友奈を、"アイドル的に"神聖視している海人の変わらぬスタンスに、久しぶりの生理的嫌悪感を覚えていた。

 

「あなたはいつもそう。

 土居さんや高嶋さんの前では落ち着いた自分を演じたり、猫を被ったりして」

 

 球子であれば、"落ち着いた人"と海人を評価するだろう。

 球子相手には紳士的で、あまり多くは喋らない男だからだ。

 友奈であれば、"面白い人"とちょっと困り顔で海人を評価するだろう。

 友奈の前でまくしたてるように語る海人は、控え目に言って気持ち悪いが、友奈はちょっと気持ち悪いくらいではその人の悪口など言わない。

 ただし、千景は直球で気持ち悪さを感じるので、お近付きになろうとはしない。

 

 陰気。内気。他人との距離をあまり上手く測れず、毒舌が極めてストレート。

 あまり笑わず、だからか自分に笑いかけてくれる人が好き。ゆえに友奈が好き。

 周りの人に促されないと、あまり喋らず、暗い雰囲気や大人しい雰囲気を醸し出す。

 そういう意味で、海人は千景と同類であり、互いに同族嫌悪の対象だった。

 

「いや特に演じてるわけじゃないけど。

 オレは無愛想な女の子と笑いかけてくれる女の子なら後者を大事にするだけだよ」

 

「……」

 

「お前笑顔もなければ胸も無いじゃん」

 

「は?」

 

 鷲尾海人は走って逃げた。

 

 

 

 

 

 海人、千景、友奈が道場外を走っているのを見て、ひなたが微笑む。

 

(あら、仲が良いことで)

 

 ひなた視点、竜胆は常時千景を甘やかしていた。これでもかと大切にしていた。

 ありったけ優しくされていた千景が、千景の扱いが雑な海人と接した場合、何か問題が起きないだろうかと心配していたひなただが、(遠目には)仲良さそうに走り込みをしている三人を見てホッとしていた。

 

 ひなたが視線を道場内に戻すと、竜胆と若葉が切り合いをしていた。

 木刀の若葉、手刀の竜胆。

 なのに、真剣での切り合いもかくやという迫力がある。

 ひなたの横で、大地が感嘆の息を漏らしていた。

 

「この二人、いつもこんなことをしてるんか?」

 

「はい、そうですよ」

 

「なんとまあ……今の若葉相手じゃ、ワシは勝てんな」

 

「そんなにですか?」

 

「ああ。このレベルの高め合いを、ずっとしてたのか……そりゃ強くもなるな」

 

 大地は納得する。

 竜胆が強い、の一言で言えることではなく。

 若葉が強い、の一言で言えることでもなく。

 この二人は、互いを高め合ってきたのだろう、と。

 

「ひなたは見てて分からんか? この、二人の逢瀬のような戦いを」

 

「分かりますよ」

 

「じゃろな。互いが互いを深く理解し、ゆえに正確な先読みを繰り返し。

 互いの思考を理解した上で、相手の上を行こうとする。

 "自分のことを理解した相手を超える"には、まだ見せていない自分の一面を見せるしかない。

 理解されている部分では意表は突けんからな。

 それを繰り返すなら、戦うたび、相手の深いところまで理解していくということになる……」

 

「はい。なので二人共、本当によく互いのことを分かっていると思いますよ」

 

 ひなたは戦う二人を見て、口元をほころばせた。

 

「特に若葉ちゃんは……

 御守さんが仲間を一人も失っていない頃から、今日に至るまで、ずっと見てますから。

 仲間が死ぬたび変わっていく御守さんを、対面でずっと見てきたはずですから」

 

 誰よりも多く、竜胆と手合わせしてきたのが若葉だ。

 仲間が死ぬ前と後の竜胆の戦い方を、誰よりも正確に比べられるのも若葉だ。

 

「御守さんが死者からどれだけ受け継いできたかを、若葉ちゃんが一番よく知っています」

 

 竜胆が若葉の頭上を飛び越えながら、頭部を狙って肘から先を刀のように叩きつける。

 刃付き腕甲・アームドネクサスを装備したウルトラマンネクサスが得意とした、腕を刀のように使う、軽快な攻撃法だ。

 それがネクサスの技であることを、ネクサスとも共闘してきた若葉が見抜く。

 ネクサスのことをよく知るひなたが、こみ上げる涙が目に届く前に、抑え込む。

 

 ネクサスのそういった俊敏な戦いを、竜胆は見ていない。

 竜胆が参戦した時には既に、ネクサスはズタボロで、走ることすらできていなかったからだ。

 

 ボブのように、生前鍛えてもらったわけでもない。

 ケンのように、生前ずっと竜胆に戦い方を見られていたわけでもない。

 言葉で継いだわけでもなく、教えで継いだわけでもなく、残された書物や映像から継がれたわけでもない……ならば、それは、きっと。

 

 魂と共に、継がれたものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やがて、戦いの足音が近付いてくる。

 大侵攻の前、バーテックス側は大侵攻のため地球上全てのバーテックスを結集させ、地球全土を蹂躙した戦力を四国に集中する準備を整え始めていた。

 戦力結集完了まで後少し。

 その前に、大侵攻に用いる予定のない戦力を、先行して四国に投入していた。

 今行われているのが、その投入の第一回目。

 

 カミーラはゼットを連れ、結界の内まで見通す目で、それを遠目に眺めている。

 

「黙って見ていなさい、ゼット。最初の前哨戦が始まるわよ」

 

 大侵攻に使われない戦力とはいえ、バーテックスは十分に危険だ。

 忘れられがちだが、星屑にさえ勇者やティガダークの体を食い千切るパワーはある。

 怪獣型、十二星座ならば尚更に危険は増す。

 勇者の一人や二人なら、ポロッと殺すこともありえるだろう。

 

 カミーラは苦しむゼットを足蹴にしながら、その戦いを眺めていた。

 

「ふざけるな、貴様を殺して、その次は……ぐううううううッ」

 

 ゼットの胸に刻まれているのは、天の神を表す紋。

 まるで焼きごてで刻まれた奴隷の烙印のようだ。

 焦げたような色合いの紋と、その紋のふちの燃えるような色合いが合わさり、痛々しい。

 それがゼットに思うような行動を取らせない。

 カミーラに対する反逆を許さない。

 

「……ウルトラマンにしか興味が無いと、神に対する知識も疎かになるようね」

 

 カミーラは呆れたように鼻を鳴らした。

 

「そも、『祟り』とは何か?

 祟りとは、神や大怨霊などが、人に災いをもたらすもの。

 神の地を誰かが汚す。

 神に対する不敬を誰かが働く。

 禁じられた領域に誰かが足を踏み入れる。

 死した何者かに、生者がとてつもない恨みを抱かれる。

 そうして発現するのが、"タタリ"よ。

 『神の意にそぐわないことをした』者に、神は罰を与える」

 

 人間が悪行を成して、それを神が裁くことを『祟り』とは言わない。それは『天罰』だ。

 

 人間が悪行を成すのではなく、人間が神の禁じたことをしたり、神の癇に障ることをしたり、運悪く荒ぶる神の目に留まる。

 そうした時、人は神に祟られる。

 人間の道理や理屈など、そこには一切介入できない。ゆえに理不尽なのだ。

 

「これには、『抗う』ということそのものがズレているのよ。

 ひたすらに頭を下げ、謝り、祭り、供物をくべて、神に(ゆる)しを請う。

 神の怒り、怨霊の怨念が収まるまで、(ゆる)しを請う以外にできることはない。

 怒る人間を殴っても、怒りは止まらず、怒りは倍増するように。

 怨霊の恨みを、刀で切って、なかったことにすることなどできないように」

 

 そも、戦いというのは相手のことをよく知って、的確な対策を打ってこそ勝ち続けることができるものだ。

 神を知らぬ者に、神の力への対処はできない。

 

「『祟り』は"最も恐ろしいもの"として在るわ。

 その者にとって最も恐ろしい災として降りかかるのよ。

 祟りの対象が仲間想いなら、仲間を巻き込み最大の地獄を与えるものに。

 あなたのような一匹狼なら、無限の苦痛に耐えられる者が耐えられない苦痛を与えるものに。

 "末代まで祟る"という言葉が廃れてから、人間の世界でどれだけの時間が経ったのやら」

 

 タタリとは、その人間のみならず、その人間の子孫全てを地獄に叩き落すものであると、大昔の人間は知っていた。

 今の時代の人間は、そのほとんどが忘れている。

 

「『祟り』は『呪い』とは似て非なるものよ。

 『呪い』は主に人が人に向けるもの。

 呪い避けで避けることも、呪詛返しをすることもある。

 けれど『祟り』は祀り、崇め、鎮めるしかない。神に赦してもらうのを待つしかない」

 

 であるからこそ、恐ろしい。

 

「こんなものを完全に弾けるのは、遺伝子レベルで特別製で……

 ……そんな幼子を、名付けの段階から呪術的に"仕上げ"た存在か。

 あるいは、そういった存在と深くにまで一体化した者か……

 存在の位階を上げ、神か、それに近しいものになった者か……

 いずれにせよ、今のこの時代の人類がこの『祟り』に対応することなどできはしないわ」

 

 例えば幼少期から、本当の名前と仮の名前を付け、それを呪術的に計算して運用すれば、ただの人間でもあるいは呪いや祟りに耐性を持つ人間は作れるかもしれない。

 それでも天の神の祟りを完全に弾きたいのであればもう一つ、遺伝子レベルで何かが欲しい。

 例えば、竜胆が遺伝子に持つ、超古代の光の戦士の力のようなものが。

 

「幼少期に、別の名を付けておき妖魔から守る習慣。

 本当の名を隠す仮の名を普段から使う習慣。

 呪いを避けるため本当の名を隠す習慣。

 この時代の人間は、忘れるべきでなかったことを、いくつも忘れてしまったわ。

 言葉の力、名の力もね。

 (こと)(こと)

 古代において、名と言葉は事象そのものであり、同じ物として扱われていたのに。

 ヤマトタケルが"失言"によって神に祟られ、死んだことを何人が覚えているのかしら」

 

 カミーラが語り、ゼットは祟りに抵抗しながらも何もできず、苦しむ。

 

「古来、人間にとって神とは『祟るもの』だった。

 "タタリ"とは、神がそこに"立ちあり"という言葉がなまったもの。

 それが今のような認識になったのは、せいぜい西暦の六世紀以降の話。

 外国から、"人を救う神"の概念が入って来てからの話よ。

 神は理不尽なもの。

 神には抗えなくて当然。

 神は災害、理不尽、滅びの具現。

 なればこそ、その祟りは、神ならぬ身で"戦う強さ"で跳ね除けることなど絶対に不可能」

 

 ゼットは強さが全てだと竜胆に語った。

 力こそが彼の全てだった。

 ゆえに、力ではどうにもならないジャンルにおいて、彼は一切抗えない。

 

「神に正当性なんて無くていいのよ。

 神がそれを禁じたなら、禁忌を犯した者は罰される。

 神が、そこは神の土地だと言ったなら、そこに足を踏み入れた者は罰される。

 神の怒りに触れたなら、それがどんなに理不尽であろうと、神の罰は降りかかる」

 

 神とは何か。それは理不尽そのものだと、カミーラは語る。

 

「それが神。地球の神も、宇宙の神も、外宇宙の旧支配者も変わらないわ」

 

 神とは何か。カミーラはそれをよく知っている。

 

「……こんなことさえ忘れた文明が、『あの文明の次』だなんて、本当に笑わせるわね」

 

 "滅ぼしがいがなさそうだわ"と、鼻で笑うカミーラは思った。

 

 "笑うな"と、ゼットは歯を食いしばった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 六月の暑い日が続く。

 そんなある日、竜胆に杏が絡んでいるのを大地は見かけた。

 "タマ以外の奴に杏がああいう絡み方してるの初めて見たな"と思いつつ、黙って見やる。

 どうやら竜胆が手紙のようなものを持っていて、杏がそれを取ろうとしているようだ。

 喧嘩してるようなら仲裁するか、と考え、大地は二人に近付いていく。

 

「りっくん先輩、見せて!」

 

「やめろ! 離れろ杏! なんでそんな今日に限ってアクティブなんだお前!」

 

「なんじゃ、どうした? エロ本の話か? ちょっとワシに見せてみ」

 

「違いますよ! 杏、ステイ、ステイ!」

 

「そんなのじゃタマっち先輩だって止まらないよ!」

 

「ちぃっ犬には通じても猫と杏には通じないか!」

 

 大地がいまいち状況を読めずにいると、近くの木陰で千景が顔を上げた。

 千景が携帯ゲームをしていて、友奈が千景から教わった携帯ゲームで遊んでいて、若葉が本を読んでいた。

 どうやら三人でまったりしていたらしい。

 千景が竜胆に気付き、竜胆に助け舟を出そうと、浅い考えでとことこ歩いてきた。

 

「伊予島さん、何事?」

 

「千景さん、りっくん先輩がラブレター貰ってたんですよ! 中学生の女の子に!」

 

「!」

 

 竜胆に助け舟を出そうとしていた思考が消失した。

 

「カイト!」

 

「なんすかーパイセーン」

 

「囲め!」

 

「へーい」

 

 竜胆の正面を杏、後方を千景、左右を大地と、呼ばれたらすぐ来るパシリ気質の海人が固めた。

 四方からの絶対包囲。

 千景と杏が怖く、大地と海人が楽しげににじり寄ってくる。

 

「ほ、包囲された!」

 

「ちょっとでいいから……見せて、いいでしょう?」

「ディーフェンス! ディーフェンス!」

「でぃーふぇんす、でぃーふぇんす」

 

「アホか! 人から貰った手紙見せびらかすとかそんな恥知らずな真似できるか!

 必要性があるならともかく、普通の人の普通の手紙だぞ! 第一ラブレターじゃない!」

 

「……そうなの? 見せてくれないと、私達は納得しないけど」

 

「応援の手紙だ応援の手紙!

 ったく、さっきまでめっちゃ嬉しかったのに、気分がどっか行っちまったぞ」

 

「……あ」

 

 変わらないものなどなく、永遠なものなどない。

 善き者が、永遠に相応の扱いをされないことなどない。

 ティガの戦いは、ようやく幼い子供以外からも、応援の手紙を貰えるくらいの支持を得られるようになってきたようだ。

 世間の大半がティガを嫌っても、皆を守るティガの背中に何かを感じた者は、確かに居た。

 

「良い歳した先輩二人は、反省するように」

 

「じゃな、すまんかった」

「オレとばっちりじゃねこれ? わりーわりー」

 

「杏もちーちゃんもな」

 

「はい……ごめんなさい、りっくん先輩」

「……ごめんなさい」

 

 男二人がけろっとしていて、女子二人がしゅんとしているのは何故か。

 

 女子二人には自覚があるからだろう。

 "もし城の外に彼が大切な人を作ってしまったら"と、思った自覚が。

 竜胆が城の外に大切な人、例えば恋人などを作れば、そちらの方に気持ちや時間を割いて、丸亀城の仲間達に気持ちや時間を割かなくなるかもしれない。

 そんな想像と不安が、杏や千景の中にはあった。

 

 杏と千景は、勇者の中では二人だけ、初陣でバーテックスを恐れた二人であるという。

 不安に揺らされる二人なのだ、この二人は。

 もちろん、竜胆がどこかで恋人を作ったとして、二人はそこに色々と複雑な気持ちを抱きながらも、紆余曲折を経て竜胆を祝福するだろう。

 だが、それとこれとは話が別だ。

 

 自分が今よりも軽く扱われるかもしれない、蔑ろに扱われるかもしれない、これまでのように大切にされないかもしれない。

 一緒にいる時間、心通わす時間が減るかもしれない。

 そういう想像は、不安を呼ぶ。

 不安になるから、ラブレターの中身を確認したくなった。

 そんな少女らしい、馬鹿らしい、不安の話。それだけなのである。

 

 杏と千景は、自分の短慮を恥じる。

 そして、話の流れを聞いていたにもかかわらず、杏や千景ほどラブレター(仮称)の中身に食いついていなかった若葉と友奈に疑問を覚えた。

 

「……友奈さんと若葉さんは、あまり食いつきませんでしたね」

 

「ん? ああ、気になりはしたぞ。興味も持たなかったわけじゃない。……ただ、なあ」

 

「ただ?」

 

「所詮赤の他人だろう? 竜胆の性格を考えるとな」

 

「え?」

 

「見ず知らずの他人から、ラブレターを貰ったとして。

 竜胆が"こっち"より優先する姿が想像できん。

 求愛されたところで断るんじゃないか、と私は思った。

 思い上がりかもしれないが……

 竜胆は城外デートに誘われても、私との特訓の予定が先にあれば、こっちを優先すると思う」

 

「―――」

 

 若葉は言い切った。

 

「アンちゃん達は心配性だよね。

 でも、私も若葉ちゃんと同じ意見かなあ。

 リュウくんは可愛い子に城の外でデートに誘われても、ぐんちゃんとの予定を優先するよ。

 先にぐんちゃんとの予定が決まってたからーとかなんとか言って」

 

「―――」

 

 友奈も言い切った。

 

 "自分達とその人の間にはこれだけの強さの繋がりがある"という揺るぎなき信頼。

 竜胆がどんなに優れたラブレターを貰っても、どんなに可愛い子から求愛されても、丸亀城の仲間達よりそちらを優先しないという確信。

 生半可な恋愛感情如きで、竜胆の中の好意ランキングの上位が揺らぐことはないという事実を、二人は感覚的に理解している。

 

 若葉と友奈。

 自分の見てきたものを信じ、その信じる気持ちが揺らがない組。

 初めてのバーテックス戦で、バーテックスに果敢に立ち向かった二人。

 千景と杏。

 人間らしい不安を心のどこかに抱えていて、心揺らぎやすい組。

 初めてのバーテックス戦で、少女らしくバーテックスを恐れた二人。

 彼女らの違いは、二極化しているがために分かりやすい。

 

 前者二人はいつも竜胆と特訓している組で、後者二人は趣味がインドア組であるとも言う。

 

 大地が得意げな顔で竜胆の肩を叩き、親指を立てた。

 

「ワシもお前のこと……分かってるぜ……!」

 

「大地先輩? 俺達まだ一ヶ月も付き合いないですよ?」

 

「天使の高嶋ちゃんにこんな言葉貰ってるとか……御守死ねよ……」

 

「……海人先輩が援護サボれば、戦いの中で俺が死んだりするかもしれませんよ」

 

「は? お前が死んだら高嶋ちゃんが悲しむだろダボが……

 よく考えて発言と行動選べよ……お前は死んじゃいけねえんだよ……」

 

「おいどうしろってんだ」

 

 なんやかんやと話していたら、やがて、世界の空気が変わった。

 微細な結界の変化を、竜胆が感じ取る。

 世界の時間が、カチリと止まった。

 

「……戦いか」

 

 のんびりと楽しかった時間が終わり、戦士達の心が切り替わる。

 ここからは、戦いの時間だ。

 樹海化(メタフィールド)が時の止まった世界へと広がっていく。

 

「神樹様のお告げ通りじゃな。

 敵は大侵攻の日まで、大侵攻の日以外にもこまめに攻めてくる、と」

 

「めんどくせえっすなあ、パイセン」

 

 ウルトラマンの変身は原則一日一回。

 大侵攻の日までちょくちょく攻めて来られては、大侵攻の準備戦力に人間勢が先制攻撃を仕掛けるタイミングが掴み辛い。

 敵陣営にウルトラマンが攻め入っているタイミングで、あるいはウルトラマンがもうその日の変身権を使い切ったタイミングで、逆に四国に侵攻をかけられてはたまらないからだ。

 

 ゼットを倒したのでかなり融通は利くようになったが、やはり鬱陶しいことには変わりない。

 ……人間視点でそうなだけで、バーテックスからすればただの在庫処分でしかないのだが。

 

「竜胆、認証」

 

「ああ、今行く」

 

 竜胆が頭一つ分くらい身長差のある若葉に、首を差し出す。

 若葉が首輪に変身の許可を出す。

 若葉が一回許可を出すと一回分変身が許される、というこのシステムも、世論の変化に応じて外すことが検討されている。

 夏には外せるだろう、とのことだ。

 

 大地と海人もそういう話は聞いている……のだが、海人は二人を見ていると変な気持ちになってきた。

 竜胆が若葉に首を差し出す姿が、妙にサマになりすぎていたからだ。

 海人は"竜胆が若葉に首を預け慣れている"ことも、"竜胆が若葉に首を切られて礼を言った"過程のあれこれも、知らないのである。

 

「なんかちょっと変態的だな。お前らそういう趣味があったのか?」

 

「「 ない 」」

 

「そ、そんな目でオレを見るなよ、怖いだろ……」

 

 ふざけている間もなく、敵が結界外から侵入を始める。

 敵のメンツはソドム、ゴモラ、ガゾート、星屑。

 竜胆が少し懐かしさを覚えるようなメンツだった。

 

(なんだ、あれ……?)

 

 竜胆が気になったのは、それら全ての胸に、不思議な紋が刻まれていたことだった。

 時折、僅かに黒い雷のようなものが迸っている。

 その紋が天の神の祟りの具現であることを、竜胆は知らない。

 

「さて、行くか。大侵攻の前哨戦の始まりじゃあ!」

 

 竜胆がブラックスパークレンスを懐から抜く。

 大地は神樹から授けられた神器『エスプレンダー』を、海人も神樹から授けられた神器『アグレイター』を、腕に着ける。

 二人の神器は、ただ"光を中に入れておく"機能のみを持つもの。

 その中には、大地の光と大海の光が秘められている。

 

 一つの闇と二つの光が、樹海の空に向けて掲げられた。

 

「『ティガ』ァァァッ!!」

 

「『ガイア』ァァァッ!!」

 

「『アグル』ゥゥゥッ!!」

 

 黒き巨人。

 赤き巨人。

 青き巨人。

 色も違って、役割も違う。

 竜胆よりも率先して前に出るガイアと、変身してから一切前に出ず丸亀城を盾に使えるポジショニングを維持するアグルが、どうにも新鮮だった。

 

 

 

 

 

 若葉は大天狗、友奈は酒呑童子、千景は七人御先を展開。

 杏は雪女郎を温存し、アグルの傍で後方支援に。

 友奈と千景がガイアのカバーに付いて地上から攻撃を始め、ティガブラストと若葉が並び飛び、空中からの攻撃を開始した。

 

『並んで一緒に飛ぶのって、なんか悪くない気持ちだな』

 

「ああ、普通に生きていたらお前と一緒に飛ぶことなどなかっただろうな。私達は、人間だ」

 

『遅れるなよ!』

 

「誰に言ってんだ!」

 

 大地の帰還は、"継戦"においても、劇的な戦力向上をもたらした。

 戦闘中に死にさえしなければ、心の闇は竜胆が、体の傷は大地がどうにかすることができる。

 これはとても大きい。

 勇者は――特に格別負担が大きい若葉と友奈は――精霊の使用により肉体と精神に多大な負荷がかかるものの、事実上それをノーリスクにすることができるということだ。

 

 ティガと若葉に飛翔接近する三体のガゾート。

 

 若葉は遠慮なく大天狗の力を使い、空中で挑んでくるガゾート三体の顔に炎をぶちかます。

 その熱量に、ガゾート達が絶叫した。

 動きが止まったガゾート二体をティガの手刀が、一体を若葉の炎剣が、切り裂き落とす。

 

『スラップショット』

 

 両手の手刀に宿るは、光の斬撃スラップショットだ。

 ティガも若葉も、ウルトラマン三人を取り込んだ神樹のメタフィールドを受けている以上、もはや量産のガゾート程度に苦戦はしない。

 幾度となく戦ったおかげで、その動きも読めている。

 

「飛んでいるやつをまず、全て……落とすぞ!」

 

『応!』

 

 制空権を握り、頭上をティガと若葉で抑えて有利な戦況を作ろうという作戦のようだ。

 空を舞うティガと若葉を、アグルの正確な狙撃が援護する。

 アグルの射撃には無駄がない。

 "当てる"射撃は必ず当てるし、"当てない"射撃は空を飛ぶガゾートや星屑の動きを誘導し、最終的にティガと若葉に仕留めさせている。

 リキデイターの一発一発が、巧みな威力制御と精密性で援護射撃を成立させていた。

 

(カバーリングが本当に丁寧だな……)

 

 戦えば戦うほどに、竜胆は"純後衛型のウルトラマン"の援護の強さを実感する。

 

 ウルトラマンはバランス型が多い。

 勇者は脳筋気味が多く、前衛型が多い。

 西暦勇者は杏を除いた四人全員が前衛型。

 ウルトラマンは竜胆・ボブがバランス型寄りの前衛型、ケン・アナスタシアがバランス型、大地が純前衛型である。

 

 勇者と巨人を合わせた十一人の内、七人が前衛、後衛は二人。

 後衛はウルトラマンと勇者に一人ずつしか居ないのだ。

 

(やりやすい、戦いやすい)

 

 アグルの後衛からの援護のおかげで、あっという間にガゾートと星屑を全体撃墜し、空中を勇者と巨人が制圧した。

 

『御守! 前に言ってたあれやるぞ!』

 

 地上で大地が声を上げ、後衛の杏、空のティガが力を溜め、三人同時に解き放った。

 

『ティガフリーザー!』

 

『ガイアブリザード!』

 

「『雪女郎』!」

 

 三者同時の凍結攻撃が、ソドム達を飲み込んで、凍結させた。

 

『ワシらは天下無敵の凍結トリオ! そこのけそこのけ我らが通るぞ! がっはっは!』

 

 凍ったソドム達を、ガイアや友奈が粉砕していく。

 少々残っていた地上付近の星屑を七体分身の千景が殲滅し、これにて星屑は一匹残らず全滅と相成った。

 ティガはガイアと並び、残るゴモラとソドムに立ち向かう。

 戦いは順調に進んでいたが、竜胆は筆舌に尽くし難い疑問を覚える。

 

(勝てる、勝てるが……なんか動きが変だな。

 俺の気のせいか?

 前より生物的な無駄がなくなって、効率的になってるような)

 

 それが、"天の神の意にそぐわない行動が取れない"がための、効率的な戦闘スタイルであるということに、竜胆はまだ気付けない。

 天の神の祟りは、対象から行動と選択の自由を損なう。

 それが結果的に無駄を奪い、動物的な思考の怪獣には強化となることもある。

 

 竜胆が敵の動きに考察していると、壁の外から新たなソドム・ゴモラ・ガゾート・星屑が追加された。

 

『げっ、波状攻撃か……!』

 

 露骨に、活動制限のあるウルトラマンが嫌がる戦い方をしてきている。

 敵個体はそう強くはないが、時間が削りに削られていく。

 

「りっくん先輩! また次来たよ……来ました!」

 

『またかよ! あと杏、好きに話していいぞ! 横柄な話し方でも、俺は許す!』

 

「し、しないから! ……ああ、もうっ」

 

 やや、やり辛い。

 適宜戦力を継ぎ足されている感じだ。

 敵の一回毎の数は大したことがないのに、増援が逐一止まらない。

 

「竜胆君、壁の外の状況、これって……」

 

『! ちーちゃん、危ない!』

 

 増援、増援、また増援。

 そうして勇者と巨人の意識が壁側に向いた頃、ソドムの死体から何かが湧き出てきた。

 煙のような何か。

 半透明な何か。

 それが、千景の背後からこっそりと忍び寄る。

 

 ソドムの死体に潜んでいた、その戦略は完璧だった。

 増援連打で勇者と巨人の意識が壁に向かうまで待つ、その判断も完璧だった。

 その存在の名は『精神寄生体』。

 人間に取り憑き、その精神に寄生し、精神を暴走させ、怪獣化させる存在。

 千景という少女にとって、かなり相性の悪い存在であった。

 

 だが、千景を狙ったのが、ある意味で間違いだったのかもしれない。

 千景に取り憑こうとしたその瞬間―――唐突に振り向いたティガの手裏剣光弾(ハンドスラッシュ)が、千景の背後の精神寄生体を粉砕していた。

 千景には、小さな傷一つ無い。

 

「!? あ、ありがとう……」

 

『どういたしまして。油断も隙もありゃしないな……

 すみません、海人先輩!

 今の多分、手応えからして精神操作タイプの不定形の敵です!

 俺だけだと見落としあるかもしれないので、戦場全体の警戒お願いします!』

 

 竜胆は一度、千景がピスケス・サイコメザードにいいようにされた経験から、こういうものを最大限に警戒していた。

 ティガが千景をカバーできる位置にいる限り、この手の攻めはもうそう簡単には通じない。

 

『警戒は良いが……

 今郡ちゃんの後ろ見てから攻撃までの判断がめっちゃ速かったな……お前本当に人間かよ』

 

『ウルトラマンですよ』

 

『オレだってそうだよ! オレがビビるレベルだからそう言ってんの!』

 

 ティガが敵を視認してから攻撃を完了するまでが、信じられないほどに短い一瞬だった。

 海人は末恐ろしさと頼もしさを感じながら、壁の向こうから引き続き現れたゴモラなどを狙撃光弾(リキデイター)で片付けていく。

 そうこうしている内に、二分が経過し、ティガのカラータイマーが点滅を始めた。

 

『悪い、オレここまでだわ』

 

『えっ?』

 

 そして、海人が唐突にそんな事を言って、竜胆が素っ頓狂な声を出す。

 2分30秒が経過した頃、アグルが(竜胆視点で)唐突に変身を解除した。

 戦闘の爆音でティガは気付いていなかったが、どうやらライフゲージも1分30秒経過の時点で点滅していたようだ。

 つまりは、エネルギー切れである。

 

『ちょっ、まだ三分も経ってないのに……』

 

「ああ、言ってなかったっけ?

 オレ根本的に体力つかない体質でさ。

 その上光線技を連発するスタイルだから、大体2分30秒も保たねーの、変身」

 

『え゛っ』

 

「お前もあと30秒ちょいだろ? 活動時間。ま、頑張れ」

 

 ティガの肩に千景が乗り、竜胆に補足説明を行う。

 

「……ガイアとアグルは、三分間しか戦えないタイプじゃないのよ。

 胸のライフゲージというタイマーは、三分という時間制限を示すものじゃない。

 活動エネルギーの残量を示すものなの。

 理論上は、特別製のガイアとアグルだけは、三分以上だって戦えるとケンは言ってたわ」

 

『マジか……』

 

 遠い星から来たウルトラマンは、地球上では様々な理由で三分しか戦えない。

 だが、ガイアとアグルは違う。

 彼らにあるのは、エネルギー残量の概念のみ。

 

 『地球産』のガイアとアグルは、三分間の制限がない『特別』なウルトラマンなのだ。

 エネルギーが尽きない限り、胸のランプが点滅することはない。

 そしてガイアとアグルの力は、変身者が自分を鍛えることで力強くなる。

 

 アグルは光線技を連発するスタイルだ。

 ゆえに三分は保たない。

 ならば、逆にガイアはどうなのか。

 ガイアは投げを基点にしたスタイルであり、光線はあまり撃たない。ここまでの三分弱、ガイアはトドメを後衛アグルの光線にほとんど任せているくらいであった。

 

 つまりは、光線にエネルギーを割いていないというわけで。

 

(もうそろそろ三分なのに、カラータイマーが鳴りもしない)

 

 毎日たゆまず体力を鍛え、光線をあまり使わないスタイルで戦うガイアは、変身から三分経過が見えてきた今も、胸のライフゲージが点滅する気配すらなかった。

 

「私が覚えてる限りだと……

 一回消息不明になる前の、ガイアの最大活動時間は、七分だったわ」

 

『七分!?』

 

 "継戦能力"という一点において、ティガはガイアの足元にも及ばない。

 

 やがて、結界内の敵を何度目かの全滅させたところで、ティガの変身限界がきてしまった。

 

「くっ、俺も三分、これで限界か……」

 

『じゃあワシ、ちょっと結界の外で待機してる奴も一掃してくるから』

 

「気を付けて」

 

『がっはっは! 心配要らん! 三十秒で帰って来てやる!』

 

 ガイアが結界の外に飛び出して、強力な精霊持ちの若葉と友奈がその後に続く。

 千景と杏は最終防衛戦にて待機。

 竜胆は心配そうな表情で、彼らが飛び出していった壁を見つめる。

 

「……結界外の敵の掃討……ガイア一人と若ちゃん、友奈で、どうにかなるか……」

 

『すまん二十秒で終わったわ。ただいま』

 

「強いなこの人!」

 

 心配するまでもなく、瞬殺だった。

 

『お、樹海化解除が始まったか。これで全滅ってことでよさそーじゃ』

 

「お疲れ様です」

 

『おう、お疲れ様だな、御守』

 

 竜胆が一つ、これまで出会ってきたウルトラマンの全てに、感謝していることがある。

 

―――お前のせいでな! お前が最初に現れた巨人だったせいでな!

―――後から現れた巨人は皆苦労したんだ!

―――みんなみんな、お前のせいで悪者の仲間みたいに扱われて……!

―――ずっと皆苦労して、逆境の中で頑張って、長い時間をかけて信用を勝ち取ったんだぞ!

 

―――皆……皆! タマでも見てんのが辛いくらい、頑張ってたんだ!

 

―――お前、それでもウルトラマンかよ! ……しちゃいけないことって、あっただろ!

 

 かつて球子は、竜胆に罪を突きつけた。

 竜胆はその罪から逃げるつもりはない。

 忘れた時など一度もない。

 ティガダークが最初に現れたウルトラマンだったことで、ボブも、ケンも、アナスタシアも、大地も、海人も、皆偏見と敵意の中で戦わねばならなかった。

 

 にもかかわらず、結局誰一人として、そのことで竜胆を責めなかった。

 

 怒ったのは、球子だけだ。

 友達と仲間のために怒ってくれた、球子だけだ。

 球子が怒ってくれなければ、竜胆は彼らウルトラマン達が、どれほど寛容な優しさを竜胆に向けてくれていたかを、気付くことはなかっただろう。

 

 竜胆が出会ったウルトラマン達は全て優しく、献身的で、強かった。

 善き人達であり、良き人達であり、強き人達であった。

 彼らウルトラマンが皆、強く優しい者であってくれたことに、竜胆は感謝している。

 その強さが、優しさが、竜胆を闇から掬い上げてくれたものの一つだったから。

 

 敬意をもって、竜胆はガイアを見上げていた。

 

 だから、友奈が何か変なものを抱えていたことに、樹海化が終わるまで、気付けなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは、地球上のどの生物とも異なる形をしていた。

 可愛らしいが、間違いなく動物だった。

 少女が抱えられるサイズと重さという意味では、犬に近いものなのかもしれない。

 だが、犬には到底見えない。

 その頭に、変な角が二つ、ガッツリと生えていたからだ。

 

「友奈、捨ててこい」

 

「ええっ、かわいそうだよ!」

 

「見るからに怪獣だろこいつ!」

 

「こんなに小さくて可愛いからセーフ!」

 

「セーフじゃない! 危ないだろ!」

 

「まだ何もしてないのに危ないも何もないよ! まだ罪はないはず!」

 

「どうせ一人じゃ飼えないだろ! 元の場所に捨ててこい!」

 

「責任持って一人で飼うからー!」

 

「何か大惨事になった時にお前が責任取らされんのも俺は嫌だっつってんだよ!」

 

「でも、ほら! こんなに可愛い!」

 

「丸亀城に可愛いものとか十分足りてんだよ! 過剰供給だ!」

 

「わ、分からず屋ー!」

 

「こんな角の生えた謎生物の飼育なんて賛同できるか!」

 

 友奈が拾ってきた、どこから拾ってきたかも分からない謎生物。

 友奈が丸亀城での飼育を断固主張し、竜胆が断固反対していた。

 今はまだ犬程度のサイズだが、竜胆はこれがすくすく成長すれば怪獣になる、ということを理性的に予測していた。

 断じて、丸亀城での飼育など受け入れられない。

 

 そんな竜胆の肩を、海人が強く掴んだ。

 

「お前高嶋ちゃんの優しさが分かんねえのかよこのゲロカス野郎……」

 

「竜胆君、高嶋さんの優しさを尊重してあげた方が……」

 

「この高嶋大好きっ子どもめ、俺みたいな低学力がこんなに冷静に考えてるってのに……!」

 

「私は竜胆の方に賛成だな。ここは竜胆の味方をしたい」

 

「ワシも御守と若葉と同意見じゃなあ」

 

 友奈、海人、千景。竜胆、若葉、大地。

 何やら考え込んでいる杏を挟んで、これで三対三。

 そこに、ひなたが駆け込んでくる。

 

「御守さん! 神託です! 神樹様がOKを出しました! それと、"勇者が飼うべし"と!」

 

「ガバってんじゃないぞ神樹様ァ!

 こんな露骨に地球外生命体みたいなものを結界内に入れていいと本気で思ってるんですか!?」

 

 竜胆は匙を投げた。

 神樹の決定は基本的に絶対である。

 人間よりも神の方が見えているものが多い分、神様の判断の方が正しいことが多い。

 神樹がOKを出した以上、この奇天烈生命に危険性が無いという友奈の判断の方が、竜胆の判断よりも正しかったということだ。

 

「やったー! よかったね。

 君の名前は……名前は……『牛鬼』!

 牛みたいで、鬼みたいな角が生えてるから牛鬼!

 大社の人がリストアップしてた精霊の一つに、そういう精霊の名前があったんだよ?」

 

 友奈が牛鬼を優しく抱きしめ、その名を呼ぶと、牛鬼は可愛らしい鳴き声で応えた。

 

「よしよし、名前気に入ってくれたんだね。これからよろしくね、牛鬼!」

 

 疲れた顔で、竜胆は杏が座っているベンチに座り、杏の横に腰を下ろす。

 

「うーん……」

 

「どうした、杏。さっきから何か考え込んで」

 

「結界外から来た、というのなら……

 神樹様がこれを迎え入れたのには意味があると思うんだよね。

 そこにある意味を考えればいい。

 でも……そうじゃなかった場合、もしかしたら全然違う意味があるんじゃないかなって」

 

「全然違う意味……? 杏、それは一体」

 

「りっくん先輩、例えば、例えばだけど……」

 

 杏は少しだけ、周りの者達とは違う視点で、牛鬼を見ていた。

 

「これが『結界の外から来たものじゃない』としたら、どこから来たんだと思う?」

 

 もしも、神樹が牛鬼を受け入れろと神託したことに、意味があるとしたら。

 

 それを考え始めると、竜胆の目には牛鬼がもう、敵にも味方にも見えなくなってしまった。

 

 

 




 祝・勇者の章発売!
 特典ゲームによると天の神は死んでないみたいですね、勇者の章後も
 土地神は神樹として死んだ後、大地に還ったので消えてなくなったわけではない、みたいな感じなんでしょうかね

 あと、ゆゆゆいの巫女参戦。この作品のあそこに上手いこと組み込めないものか……なんて考えてたりしますが、今のところは純粋に嬉しいですね。小説のネタになるので

【原典とか混じえた解説】

●精神寄生体
 ピスケスと合体したサイコメザードのような『波動生命体』等と同じ、天の神・根源的破滅招来体の尖兵。
 人間の精神に寄生し、利用し、現実世界に怪獣となって現れることもある。
 精神に寄生するため、偏在して物理攻撃を回避する千景のようなタイプの場合、むしろ寄生行為の的が七倍に増える上、攻撃を回避しようともしないので極めて寄生されやすい。
 肉体まで寄生で同化されてしまうため、初期段階で寄生を防げないと、寄生された仲間を殺す以外になくなってしまう。
 "仲間割れを誘発する"ことが何よりも厄介な、心の侵略者。

●牛鬼
 こことは違う世界線で、神世紀の勇者・結城友奈に力を化した精霊、そのモデルの妖怪。
 牛の頭に、伝承によって異なるが、鬼の体や蜘蛛の体などを持つ、恐るべき化性。
 鬼や天狗ほどの知名度はないが、人を出会うだけで病気にし、人はその姿を見るだけで呪われ、家畜を喰らい、日本各地の伝承において数え切れないほどの人間を殺している。
 更には四国を始めとした日本各地の伝承において、神通力を持つとさえ、神のように人を祟るがために、神のように祀られている、神の如き妖魔。

 正確には『牛鬼』という始めの存在ありきではなく、牛をモデルにした日本各地の怪異譚が、後世の人間によって一つのカテゴリーに押し込められたもの、という説も強い。
 『遠野物語』の柳田國男は、これの一つを"牛鬼と貶められた金属の神"であるとも語った。

 また、日本では一部の神社が、牛鬼・牛頭天王・スサノオを同一視している。
 スサノオと牛頭天王は同一視される上、各地の伝承において人を殺す荒々しき妖魔として扱われた牛鬼は、荒々しき神であるスサノオと同一視されたから、という説がある。

 また、日本書紀におけるスサノオの新羅(朝鮮半島南東部)降臨の時、新羅のソシモリ(ソシモリは現地の言葉で牛頭の意)に降りたことから、牛頭とスサノオはかつてより関連付けられたものである、という説も存在する。
 八坂神社などの社伝においても、新羅の牛頭山でスサノオが祀られていた、と伝えられているからだ。

 和歌山には極めて珍しいことに、牛鬼が人を助ける伝承が存在する。
 伝承の名は『牛鬼淵(ぎゅうきがふち)』。
 その伝承によれば牛鬼は『人を助けた牛鬼は死ななければならない掟がある』という。
 ある男が道端で、腹を空かせていた美しい女を助けた。
 その女は、牛鬼の化身であった。
 ある時、洪水に流されたその男を、牛鬼の女は助ける。
 その代償として、牛鬼の女は全身から血を流して死んでいったという。
 「助けてもらったから助けるんだ」という、一人の女の自己犠牲の伝承である。

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