夏空の下、ウルトラマンは、友をいじめた子供達を虐殺した   作:ルシエド

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 睡眠量が全然足りてなくてやべーな今日は寝ようって思ってたんですがゆゆゆい生放送で
『亜耶参戦決定、キャラデザ公開』
『楠芽吹は勇者である参戦決定』
 とか見ちゃって目が冴えたので頑張って更新することにしましたまる


3

 大地と海人は、戦いの日々が始まってから、多くの時間と想い出を共有してきた。

 第一印象は、互いに最悪だったと言える。

 大地は髪を金髪に染めたヤンキー。

 海人はオドオドしていた元ひきこもり。

 互いにあまり良い印象はなかった。

 

 だが、海人がいじめによってひきこもりに追い込まれていた男だと知って同情し、大地が親戚の若葉やその親の髪色に憧れて髪を染めた男だと知って「バカか!」と叫び、一年が過ぎた頃には、互いがかけがえのない相棒になっていた。

 

 最初の作戦会議の時、大地と海人は大社の人間にこう問われた。

 

「二人で前衛と後衛を分担するとしたら、どちらがどちらをやる?」

 

 一も二もなく、大地と海人は手を上げ、同時に選ぶ声を出した。

 

「ワシが前衛で」

「後衛!」

 

 迷いもなく、大地は前衛を、海人は後衛を選んだ。

 

 海人はこの日に初めて、大地の勇気に敬意を覚えた。

 前衛とは一番危険な場所だ。

 だから安全そうな後衛を海人は選んだ。

 なのに、迷いなく、三ノ輪大地は一番危険な前衛を選んだ。

 それは"自分が体を張ってでも仲間を守る"という確固たる意思。

 すごいな、と、海人は素直に思うことができた。

 

 大地は逆に、"死にたくない"と全身で主張する海人に好感を覚えた。

 人として当たり前の"生きたい"を見て、大地は"守らなければ"と思った。

 人としての当たり前、『生きる権利』を守らなければと決意した。

 勇敢、ともすれば無謀や自己犠牲に走りやすい大地にとって、凡夫らしい臆病さを持ち合わせる海人の存在は、いい影響を与えてくれたと言えるだろう。

 

 大地は海人に『勇気』をくれた。

 海人は大地に『慎重』をくれた。

 そんな関係性。

 

 ある日、『責任』についての話をしていた時も、二人はそうだった。

 

「責任は後から取るもんじゃなかろう、先に負うものだ。

 失敗して何かが失われてから責任取りますー、じゃいけないんだ。

 ワシらは負けちゃならない。

 人を死なせた後にいくら責任を取っても駄目だ。

 先に責任を負って、人を死なせないという結果を出すことこそが、ワシらの責任と言える」

 

 がっはっは、と大地は笑う。

 責任という言葉を使う時だけ、大地と若葉は親戚に見えた。

 真面目な若葉も、真面目でない大地も、共に『自分達には人々を守る責任がある』という確固たる信念を持っている。

 そういう言葉を聞くたびに、海人は若葉や大地に白けた顔を向けるのだ。

 

「責任が重いって言うけど……

 命より重い責任なんて人類史には一個もねえと思うよ?

 オレらが"人を守る責任"なんてもんのために死ぬ必要なんて無いと思うけどなあ」

 

 大地は『人を守る責任』を果たすためなら、死んでも後悔はなく。

 海人は『人を守る責任』なんてもののためには、死ねない男だった。

 二人は対極だった。

 

 

 

 

 

 暴君怪獣タイラント。

 

 約四年前、グレートとパワードは、どこか遠くの宇宙からの"助けを求める声"を聞いた。

 それは星の声だったかもしれないし、神の声だったかもしれないし、人々の断末魔だったかもしれないし―――勇者である、誰かの悲嘆だったのかもしれない。

 声に導かれ、宇宙に空けられた穴を通り、彼らは別宇宙からやって来た。

 

 劣勢と見るや否や、グレートとパワードは『ウルトラサイン』を打ち上げる。

 ウルトラサインとは、光の国のウルトラマン達が持つ通信用の暗号信号だ。

 "助けてくれ"と応援を呼ぶこともあれば、"敵がいる気を付けろ"と警告のために打ち上げることもある。

 

 だが、ウルトラサインがウルトラの星まで届くことはなかった。

 

 タイラントには、"ウルトラサインを消す能力"がある。

 これは『ウルトラマンを各個撃破するための能力』と言っていいだろう。

 当時、まだ星屑の集合途中で未完成だったタイラントの手によって、ウルトラサインは消され、光の国から援軍が来る可能性はゼロになった。

 

 カプリコーン・タイラントは、ウルトラの星出身ウルトラマンが全滅した今、戦場で死んでも問題はない。

 ゆえに投入された。

 今からタイラントを殺しても、ウルトラの星に救援要請を届ける手立てはない。

 タイラントが、吠える。

 

 破滅魔人ゼブブ。

 

 その手は剣で、主武器は電流。

 ゆえにこそのタケミカヅチ。

 神話において、タケミカヅチは天鳥船神(あめのとりふねのかみ)なる大船の神性に乗ってやって来て、地の神と戦ったという。

 ゼブブにとってアメノトリフネは、990mのあの、ギガバーサーク改である。

 遠目には足の生えた宇宙戦艦のようにすら見えるあれが、ゼブブにとっての船なのだ。

 

 だが、天の神がゼブブの敵として想定していたのは、神話においてタケミカヅチによって服従させられた地の神と、タケミナカタに相当するウルトラマンガイアだけではなかった。

 

 『アマツミカボシ』、という神がいる。

 日本書紀の異伝にほんの少しだけ言及された"星の神"であり、"悪の神"だ。

 勘違いしてはならないのは、()()()()()()()()()として記述されている星の神、ということである。

 

 珍しいことに、アマテラスなどを始めとした『天の神』と、それ以外の『星の神』は、敵対関係であるように、日本書紀には記述されているのである。

 日輪と他の星は違う、ということなのだろう。

 それは今の世界であれば、こう解釈することができる。

 星の神とは、多くの星々で、時に神のように扱われてきた銀色の巨人……ウルトラの星のウルトラマンのことである、と。

 

 ある闇の者は、ウルトラマンを「輝く銀河の星、光の戦士」と呼んだ。

 アマツミカボシは、"輝く星の神"という意味そのままの名を持っている。

 天の神に従わない、遥か天上彼方の星の輝きこそが、アマツミカボシと呼ばれたのである。

 

 そして、神話においてこのアマツミカボシから全てを奪い服従させたのが、タケハヅチ、フツヌシ、そして―――タケミカヅチである。

 

 神話においてタケミカヅチはアマツミカボシの心を服従させることができず、アマツミカボシを服従させたのはタケハヅチであったが、アマツミカボシもまたタケミカヅチを倒すことはできず、タケミカヅチはアマツミカボシ以外の全てを服従させていたという。

 

 神話の()()()が起きるのであれば、タケミカヅチ/ゼブブと、アマツミカボシ/光の国のウルトラマンの戦いは、ウルトラマンだけが負けを認めないまま、全ての土地と人々が天の神に制圧されるということを意味する。

 タケミカヅチ/ゼブブが攻め入ることそのものが、アマツミカボシ/ウルトラマンの敗北と全喪失の運命を意味するのだ。

 

 タケミカヅチとして扱われるゼブブに求められた役割とは、星の神として崇められることも多いウルトラマンに、敗北の運命を押し付けることだった、というわけである。

 もっとも、ゼブブの投入前に、グレート・パワード・ネクサスというアマツミカボシ達は、戦場から消え去ってしまったわけなのだが。

 

 そしてこのアマツミカボシは、時にタケミナカタと同じ神として扱われる。

 ゆえにこそ、神話的には本当に、極端なまでにガイア特攻が成立してしまうのだ。

 ガイアは今、地の神の名を持つウルトラマンとして、腕っぷしに自信を持つ力自慢として、タケミカヅチに負けたタケミナカタに相当する位置にいる。

 

 そして、地球上の誰も知らないが、"アマツミカボシに対応する宇宙から来たウルトラマン"は、あと一人ここにいた。

 

 光の国のウルトラマンキラー、タイラント。

 日本神話におけるタケミナカタ殺しであり星神の敵、タケミカヅチをあてがわれたゼブブ。

 

 この二体だけでも、ティガ・ガイア・アグルはかなり苦戦していただろう。

 ここは出雲だ。

 メタフィールドも無い。

 現在のティガの強さは、メタフィールド無しなら"ゼットに瞬殺はされない"レベルであり、メタフィールド有りなら"三分制限がなければゼットと互角"というレベルである。

 当然ながら、竜胆のティガは大地のガイアや海人のアグルより強い。

 

 そのティガと、メタフィールドがない結界外のこの出雲でさえ、互角に戦えるバーテックスは存在しない。

 本当は、一対一で戦えさえすれば、タイプチェンジを駆使するティガを倒せる怪獣なんて一体もいないのだ。

 

 だが、数が多すぎる。

 前の敵を攻撃している内に、左右と後ろから攻撃される状況が続くという最悪。

 敵があまりにも多すぎて、ティガの視点からでは、ガイアとアグルの姿すら見えない。

 

 ガイアとアグル、ティガと若葉と友奈は、完全に分断されてしまっていた。

 

『ウルトラヒートハッグ!』

 

 ティガがベムスターとバードンに同時に抱きつき、爆発させ、自分の体も粉砕する。

 再生した足を見て、ティガはホッとした。

 どうやらディーンツの能力で溶解肉と化した体の一部も、自分で粉砕すれば再生させることができるようだ。

 

『ランバルト光弾ッ!』

 

 瞬時にタイプチェンジ、ティガブラストの光の矢が、マザーディーンツに直撃。

 その体を爆散させて、死に至らしめた。

 

 だが、消えない。マザーディーンツはまだ三体もいる。

 増殖能力を持つアリエスの中間体であるマザーディーンツは、本体をいくらでも増殖させられる上、分体をいくらでも作ることができる分裂特化。

 そして分裂増殖させた肉体の素材は、自爆や再生の過程で発生したティガの死体や、ティガが殺したバーテックスの残骸だ。

 生み出された小さなディーンツは肉を食う。

 そして増えて、合体して、大きくなる。

 一体一体がウルトラマンさえ溶かせる光線を撃てるのが、本当に厄介だった。

 

(迂闊に自爆や再生を繰り返すのはヤバい!)

 

 遠距離から、サジタリウスの矢をスノーゴンの力で仕上げた、収束吹雪狙撃が飛んで来る。

 若葉が大天狗の炎でそれを受け止めながら、ティガの背後で動いていた精神寄生体を切り捨て、無数に群がる星屑達を切り捨てた。

 

「竜胆! 打開策はあるか!」

 

『もうこりゃ撤退一択だろ!

 できればブルトンは片付けていきたいが、無理だ! 数で押されて、死人が出る!』

 

「だが、撤退するにしても……!」

 

 竜胆の旋刃盤が、スコーピオンが飛ばして来た針から若葉を守る。

 空のヴァルゴからの爆撃から、ティガを若葉の炎が守る。

 右を見ても左を見てもバーテックスの群れ。

 逃げ道が見当たらない。

 まるで、バーテックスで天井が少し空いたスタジアムを作っているかのようだ。

 

「諦めちゃ駄目だよ!」

 

 そんな中、ティガの首を狙うエンマーゴの斬撃をアッパーで弾き、レオ・アントラーの出した火球を殴り落として、友奈が叫んだ。

 

「私達は、帰るんだ! 生きて帰るんだ! こんなところで、終わりたくないはずだよ!」

 

 ティガは背中を預けている二人の仲間を見る。

 友奈が酒天童子をその身に宿すと、その衣装は変わり、腕には大きな腕甲が装着され、額には角の飾りが付く。

 若葉が大天狗をその身に宿すと、その衣装は修験者のようなものに変わり、刀も大きくなって、大きな黒翼がその背に生える。

 そういう、"体を大きく見せるもの"があるからだろうか。

 戦場で見る彼女らは、普段よりも大きく、頼りがいがあるように見えた。

 

『……そうだな、最後の手段だ』

 

「竜胆?」

 

 選べる選択肢は、多くはなかった。

 

 竜胆が、皆が生還する未来を掴みたいのであれば、僅かな"その可能性"に懸けるしかない。

 

『二人とも、俺から離れろ!

 ……隙を見て、先輩二人を連れて離脱しろ!

 最悪四国に帰れなくてもいい!

 県外にまで逃げてどこかで潜伏して、それから四国に帰るとかでもいい!

 俺のことは心配するな! 俺はしぶとい、なんとかする! 迷わず行け!』

 

「待ってリュウくん! 何を―――」

 

 かくして、竜胆は。

 

 二十四時間常に暴走しようと蠢いている己の闇から、一切の枷を取り払った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 よう、お帰り。やっぱり僕らはこれから離れられないな。

 

 僕もお前も、部位が違うだけで、同じ脳だっていうのに。

 

 脳の部位が違うだけで、主導権は僕じゃない。理不尽だよな。

 

 ボブも、タマちゃんも、ケンも、アナちゃんも。悲しかったんだ。

 

 絶望したんだよ、僕は。何が、光だけ残していった、だ。

 

 何、涙をこらえてんだ。全然かっこよくないよ。

 

 お前が悲しみを外に出さないなら、僕が悲しみを示してやる。

 

 お前が絶望しなかったとしても、僕は絶望したんだ。

 

 辛かったんだ! 苦しかったんだ! 悲しかったんだ!

 

 全て壊してやる!

 

 僕もお前だ! 分かるだろう! この気持ちはお前の中にもある!

 

 あの優しい人達が生きられなかった世界に―――意味なんてないんだ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 心の闇は消えない。

 光で抑え込んでいるだけだ。

 憎悪、恐怖、悲嘆、絶望。全ては竜胆の胸の奥にしまわれたまま、そこにある。

 

 ウルトラ新脳、と呼ばれた竜胆の新造脳。

 ティガダークの闇が憎悪で生み出した新しい脳を、竜胆はウルトラヒートハッグの強化と、自身の生存能力の強化に使った。

 だがこの脳はこの脳で、独自の意識を持ち始める。

 

 闇から生まれた脳は、竜胆の心の負の側面を凝縮したような思考を持っていた。

 自爆するたび、新造脳を基点にして再生するため、その脳は成長を遂げていく。

 負の感情、心の闇が、その脳を育ててきた。

 

 ネガティブ思考、破滅志向、破壊願望、殺人衝動、終焉信仰、幸福否定、傷害嗜好。

 竜胆の中にあった闇をどんどん吸い上げ、それは一つの確立された自我となる。

 これまで暴走していた竜胆が"狂気に呑まれた竜胆"ならば、これは『竜胆の心を食って成長し自我を得た狂気』。

 すなわち、人の心から生まれ、人の心を持たぬ者。

 竜胆であって竜胆でない心の側面。

 

 竜胆が、光で闇を抑えるのを完全に止めた瞬間―――それが、吹き出した。

 

『■■■ッ―――!!』

 

 ゼットが明言した、メタフィールド無し、タイプチェンジ無しで、ティガダークが一人でゼットと完全に互角の存在になるまでに必要な仲間の死人は九人。

 現在の仲間の死人は四人。

 竜胆の心の闇である"これ"は、四人の死全てに絶望を抱いていた。

 ゆえに、このティガダークは四度の超強化を果たしたに等しい力を持っている。

 

 ティガが、マッハ30で、大地を走った。

 

「きゃっ!?」

 

「掴まれ友奈!」

 

 爆発、と表現して差し支えない衝撃波が発生し、友奈と若葉が吹っ飛ばされそうになる。

 暴走状態に入ったティガは、もはや星屑が飛んでいられないほどの衝撃波を周囲に撒き散らしながら走り、右ストレートでバードンの頭を殴る。

 バードンの頭が炸裂し、吹っ飛んだ"首だったもの"が後ろのベムスターの胴体をぶち抜いた。

 

 ほとんどのバーテックスは、ティガのその速度に反応もできない。

 地球の重力を振り切るために必要な第二地球速度がマッハ32.9。

 こんな速度で街の中を走れば、衝撃波で即座に街がひっくり返るというレベルの速度であった。

 至近距離で見れば、こんな速度でジグザグに跳び回るティガは、瞬間移動しているのと何ら変わりがなく、目で追うことなどとてもできない。

 

 かなりの数が揃えられていたベムスターとバードンが、空で、大地で、片っ端から肉塊に変えられていく。

 鍛えられた肉体。

 狂気が体を動かしている状態でも使われる戦闘技。

 そして、とてつもないスペックを発揮する、力ある闇。

 今のティガは光の英雄戦士ではなく、まさしく闇の最強戦士。

 暴走する闇は、"御守竜胆の光の心"そのものを排除して、完全な闇の心を獲得してやろうとその力を高め、肉体の支配率を上昇させていた。

 

 それが成されようとするたび、ティガダークの体表で、抵抗するように燃える炎と赤色が輝く。

 炎の光が、竜胆の心を繋ぎ止める。

 ティガトルネードの時からずっと、竜胆の意識とは別のところで闇を抑えてくれていた光が、竜胆の心を今も繋ぎ留めてくれていた。

 

「友奈、あそこを見ろ。ガイアとアグルだ」

 

「! バーテックスが皆ティガの方を見てる……今の内に!」

 

 ティガ達を狙っていたバーテックスのみならず、ガイアとアグルを狙っていたバーテックスも軒並みティガを見ている。

 あまりにもティガの危険度が高すぎるために、大侵攻のバーテックス達はその全てが、ティガに集中攻撃を始めようとしていた。

 

 結果、ガイアとアグルは狙われなくなる。

 怪獣達のリンチを受けたガイアとアグルは、全身傷だらけで地面に転がっていた。

 友奈と若葉は決死の想いでガイアとアグルを助けに行こうとする。

 今、バーテックスのほぼ全ては、ティガダークだけを狙っていた。

 

「友奈、掴まれ! できるだけ低く飛ぶ!」

 

「ごめん、ありがとう若葉ちゃん!」

 

 なのに、ティガを狙って動くバーテックス達の攻撃の余波だけで、二人の勇者は傷付き、気を抜けば撃墜されそうになってしまう。

 ティガを狙って動く怪獣の波にぶつかれば、そのまま飲み込まれてしまいそうだ。

 仲間の下に駆けつける、ただそれだけで、ミンチになってしまいそうな危機感がある。

 

 されど二人はそこを突破し、ガイアとアグルの下へと辿り着いた。

 意識がハッキリしていない二人に声をかけ、頬を叩き、意識を何とか覚醒させる。

 

『うっ……ぐっ、いづづ、奴ら加減を知らんと見える。いや、加減する気がないのか』

 

「あまり動くな大地。お前が死ねば親が泣くぞ」

 

『親戚特有のぶっ刺さりワード言いやがって……! そういうお前も傷だらけだろうに』

 

 友奈は火傷だらけ。

 若葉は切り傷だらけ。

 ボロボロにされたガイアが言えた話ではないが、若葉の頬に付いた傷や友奈の足の大火傷などが痛々しい。

 どちらも自然治癒で傷跡が消えるようなものではなく、一生残る傷になることは明白だった。

 

 ガイアは力を振り絞り、アグル、友奈、若葉に傷を治す光線を放った。

 ガイアは自分を治せないが、三人の傷は綺麗に消える。

 

「ありがとう、大地」

 

「大地先輩、助かります!」

 

『サンキューパイセン。……で、どうする?』

 

『ワシがさっき見たものが正しければ……』

 

 ガイアが目を凝らす。

 大地は伊達に、四国にウルトラマン五人全員が揃っていた頃、ウルトラマン側のリーダー役を務めていた男ではない。

 遠くで動いた星屑の姿が、不自然にブレて見えた一瞬を、ガイアの目は見逃さなかった。

 

『やはり、ブルトンが空間を歪めてるんじゃ』

 

「え?」

 

『おそらく、この辺りの空間は、バーテックス以外には正常に見える。

 じゃが実際は、どこもかしこもグネグネに捻じ曲げられとるんじゃ。

 ワシらは敵に囲まれてると同時に、空間の歪みにも包囲されていると思え』

 

「待て大地、それは、つまり……」

 

『罠じゃ。ワシらを誘い込み、絶対に逃さないで殺す罠。

 一ヶ月前にワシらが見たブルトンは餌だったんだクソっ!

 手ぐすね引いて待ってたんだ……ここに"殺し間"を作って……!』

 

 ブルトンが空間を歪め、脱出困難な空間を作り、誘い込まれた勇者と巨人をバーテックスの壁と空間の壁で包囲、殲滅。

 その後悠々と四国を滅ぼす。

 今バーテックスは、いくつもある王将の一つ・ブルトンを囮にして人間の数少ない戦力を誘い込み、実質王手をかけた状態であるというわけだ。

 

『どうすりゃいいんですかパイセン!』

 

『ブルトンを倒す。

 そして南がどちらかを確認する。

 最後に南に向けて全火力を集中し、すたこら逃げる……これが全てじゃ』

 

『流石パイセン! で、具体的にどうすんの?』

 

『知らん』

 

『は?』

 

『気合い以外に使えるものが見当たらん。ワシらはとにかく頑張るしかない!』

 

 破滅魔人ブリッツブロッツが、ティガから目を離し、ガイア達の方に来る。

 ゼブブがハエなら、ブリッツブロッツは天狗だ。

 若葉の精霊と同じ、天狗。

 若葉が正面から切り込み、ボロボロのガイアと友奈が左右から周り、アグルが援護する。

 

 それで『ほぼ互角』であるという事実が、ブリッツブロッツ以上の敵が数え切れないほどいるこの状況の危険度を、如実に証明していた。

 

 

 

 

 

 暴走したティガの腕から、八つ裂き光輪が15、旋刃盤が15、発射される。

 切り裂く一撃と焼き尽くす一撃が、シラリーの全身を全方位から無数に攻め立て―――その全てを、シラリーが吸収した。

 

『■■■―――!?』

 

 シラリーの能力は、『あらゆるエネルギーを吸収し』、『体内に溜め込む能力』だ。

 ゆえに、どんなに切れ味があろうとも食らう。炎であろうと食らう。核爆弾が相手でも、爆発のエネルギーと爆焔の両方を残らず喰らえる。

 そこにはベムスターのような、体の正面でしかエネルギーを喰らえないなんて弱点は無い。

 

『■■■―――!!』

 

 ティガダークは吠え、跳び回る。

 ハイスピードに跳び回るティガが、バーテックス達の攻撃をかわしていく。

 そして、ティガは出雲の瓦礫を掴んだ。

 

 ここは樹海ではない。

 結界外の世界であり、街の残骸、建物の残骸は探せば存在するのである。

 ティガダークはそれらの残骸の一つを掴み、コダラーへと投げつける。

 猛烈な勢いで飛ぶ瓦礫。

 あまりの速度に、空気との摩擦で赤熱化し、溶け始める瓦礫。

 凄まじすぎる投擲速度の瓦礫が、コダラーの腹を直撃した。

 

 そして、倍の威力で、瓦礫は跳ね返された。

 

 跳ね返された瓦礫がティガダークの肩に当たり、肩から先を吹っ飛ばす。

 コダラーの能力は、『あらゆるエネルギーを吸収し』、『倍の威力で跳ね返す能力』だ。

 だから物理弾攻撃だって、倍の威力で跳ね返せる。それは当たり前のこと。

 エネルギー攻撃でなければ跳ね返されない、なんて浅い考えで倒せる怪獣ではないのである。

 

『■■■ッ!!』

 

 ずずず、とティガの腕が生え変わる。

 コダラーとシラリーのこの能力を、正面からの攻撃で突破するのは厳しい。

 ティガは空に飛び上が―――ろうとした、その時。

 50mほどの高さに到達した瞬間のティガに、ギガバーサーク改の体当たりが炸裂した。

 

『―――!?』

 

 990mの全長が生み出す攻撃範囲に、9900万tの体重が生む破壊力。

 その威力は重く、吹っ飛ばされたティガダークを、ギガバーサークは電撃チェーンで捕縛し、高圧電流を流しながら地面に叩きつけた。

 タケミカヅチ/ゼブブを乗せるアメノトリフネ/ギガバーサークに相応しく、そのパワーも電流も極めて強烈。

 

 地面に叩きつけられたティガダークが、焼け焦げの状態で立ち上がり―――ギガバーサークがその巨大過ぎる足で、ティガを踏みつけた。

 ビルよりも遥かに大きなサイズの足の踏みつけである。

 バーテックス達は、ティガの死を確信した。

 

『■■■■ッッ―――!!!』

 

 そして、ティガダークの恐ろしさを、改めて肌身に感じた。

 

 ぐっ、ぐぐぐっ、とギガバーサークの足が持ち上げられていく。

 踏み潰されたはずのティガダークが、足を押し上げているのだ。

 足ごとに体重が分散されているとはいえ、9900万tを持ち上げる?

 そんなことをやらかすのに、どれだけのパワーが要るというのか。

 地球人類が開発した最も重い船『Knock Nevis』ですら最大積載量は65万tである。

 

 まさしく、桁が違う。

 

 だからこそ、バーテックスはまともな一対一などしてくれない。

 

 ギガバーサークの足を少しずつ押し上げていくティガに、全方位から迫る影。

 ゼブブの右腕の刀が、ティガの右胸を。

 EXゴモラの尻尾が、ティガの腹を。

 キリエロイドの腕刀が、ティガの左胸を。

 それぞれ突き刺し、貫通した。

 

 一瞬の後、ティガを刺していた全員が飛び退き、ゼルガノイドの無限エネルギーによる光線、ライブラ・エンマーゴの斬撃がティガの脳を狙う。

 ティガダークはこれをなんとか両手の旋刃盤で防いだが、防御と足の押し上げを両立することなどできはしない。

 ギガバーサークの足が更に押し込まれる。

 

 ブチッ、と嫌な音がした。

 

 それは、ギガバーサークがティガの体を踏み潰した音だった。

 それは、ティガが自分の首を引き千切って投げた音だった。

 

 暴走したティガだからこそやれた、狂気の離脱行動。

 脳が体に"首を引きちぎって投げろ"と命令し、首が体から離れた後も体がその通りに動くかどうか分からないという、狂気の賭け。

 狂気の賭けにティガは勝利し、頭だけでもギガバーサークの足の下から逃がすことに成功した。

 

『■■■―――! ■■■ッ―――』

 

 首から下があっという間に生えてくる。咆哮するティガダーク。

 

 この戦いを四国の一般市民が見ていたら、きっとこう思うだろう。

 

 急所をちゃんと破壊されれば普通に死ぬバーテックスと、このティガダークの、どちらが化物なのか分かったものじゃない、と。

 

 バーテックスは、ただ殺すために。

 ティガダークは、ただ殺すために。

 今、この戦場にある。

 

 消えるが如きティガの高速移動、そして拳を、ゼブブは笑って胸で受け止めた。

 効かない。

 ティガが蹴る。

 効かない。

 手足の末端速度がマッハいくつであるかを考えるのが馬鹿らしくなるような、ティガの速く重い連撃が、ゼブブには一切通用しない。

 

 ゼブブはタケミカヅチの役をあてがわれた者に相応しく、その全身を電流による電磁バリアで隙間なく覆い、無敵のバリアを張ったまま、おかしそうに腹を叩いていた。

 笑っている。

 無敵のバリアを張っているゼブブに通じない攻撃を、狂気のままに繰り返すティガを、嘲笑(あざけわら)っている。

 このバリアは、力では突破できないが、今のティガには力押ししかない。

 

 無駄な攻撃を繰り返すティガへ、タウラス・ドギューが右から音響攻撃、ライブラ・エンマーゴが左から竜巻攻撃を仕掛けた。

 広範囲に攻撃効果を及ぼす、腕で殴っても本来どうにもならない攻撃。

 

『■■■ッ!!』

 

 それを、ティガは、殴って砕いた。

 

 殴られた空気が爆散し、とてつもない衝撃波が空気ごと音と竜巻を押し流す。

 空気の流れが竜巻であり、空気の振動が音であるなら、広範囲の空気をパンチ一発で砕ける最悪の規格外に、それがどうして通じようか。

 吠えて震える黒き巨人は、さながら万物を砕く悪魔のよう。

 

 なればこそ、その前に立つは同じく悪魔。

 タイラントがティガの前に立ちはだかり、地面を踏む。

 カプリコーンの力がタイラントの足より発され、地面が揺れた。

 その揺れは、震源地が地表であるのに、北海道まで届くほどの揺れ。

 ティガダークが立っていられないほどの揺れだった。

 

 ならば空へと飛び立とうとするティガダークだが、そこに山ほどの弾幕が飛んでくる。

 本当に、山ほどの弾幕だった。

 EXゴモラのEX超振動波、コダラーの電撃弾、シラリーの指のレーザー砲、ギガバーサークの巨大光弾、ゼブブの電撃、ピスケスの放電、アクエリアスのロケット。

 キリエロイドの獄炎弾、ゼルガノイドのソルジェント光線、マザーディーンツの溶解光線、ヴァルゴの爆撃、スコーピオンの毒針、レオの火球。

 

 "やりすぎだ"という感想を思わず抱いてしまうほどの弾幕が、ティガへと降り注ぐ。

 ティガは頭だけは、弾幕の隙間に滑り込ませることができた。

 逆に言えばマッハ30という速度で走れるティガダークが、そのスピードをもってしても、頭一つ分を滑り込ませるのがやっと、というレベルの弾幕であるということだった。

 

 ティガの頭以外の部分が、ほとんど穴だけになり、切り刻まれ、吹き飛ばされる。

 首から下、胴体の肉の1/3ほどだけを残して、それ以外が消し飛んだ状態のティガの体が再生を始める。

 だが、その瞬間。

 ティガの首から下を、サジタリウス・スノーゴンの吐く吹雪が、凍結させて氷塊に変えた。

 

『―――……!?』

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 傷口は全て氷に塞がれ、肉が再生していくスペースがなく、首から下の肉も全て細胞レベルで凍結させられてしまった。

 今やティガは、氷の塊の上に頭だけ乗せられているようにしか見えない。

 氷を使ったティガの再生対策……に、留まらず、吹雪によって氷は首筋を昇り、ティガダークの頭を包み込んでいく。

 頭の中まで氷漬けにして、破壊するために。

 

 もうティガダークは手も足も出ない。

 手も足もない。

 手も足も戻せない。

 

 竜胆自身が、自らの意志で闇を抑える枷の全てを外し、過去最強の状態で暴走したティガダークですら、この軍勢は倒せなかった。

 それは、現在の人類戦力では、"何を生贄に捧げても大侵攻に勝利することはできない"ということを意味する。

 今のティガダークを超える人類戦力は存在しない。

 竜胆は呻く。

 それは思うように目の前のものを壊せない獣の呻きであると同時に、自身の無力を嘆く人間の呻きでもあった。

 

 ティガに最後に残された頭部が凍っていく。その全てが凍った時、ティガは死に至る。

 

『―――』

 

 だからこそ、彼ら彼女らがそこに飛び込んできたのは、必然だった。

 

『感謝しろよ、このバカ』

 

 ティガへと放たれている吹雪を防ぐ、大天狗の大火炎。

 ティガへとトドメを刺そうとしたスコーピオンの針を弾く、酒呑童子の大拳。

 ティガを包囲する絶望的な包囲網へ、ティガを背中に立ち向かう、二人の巨人。

 

『お前、クッソ大切に思われてるぞ。

 ……お前をほっときゃ、皆、もうちょっと生き残る可能性はあったかもしれねえのに』

 

 鷲尾海人は、竜胆を助けに来たくせに、そんな風に竜胆に悪態をついていた。

 

 友奈が暴走状態にあるティガの首に近寄り、氷を殴り砕いて首を助け出し、暴走状態にあるティガの頬に手を添えて、そっと優しく呼びかけた。

 

「リュウくん、止まって。このままじゃ、リュウくん、死んじゃうよ」

 

 少しだけ竜胆の正気が戻り、竜胆がそこから一気に正常な状態を取り戻す。

 首から下の再生が終わる頃には、竜胆の精神状態はフラットに戻る。

 今回は"感情の奔流が大きすぎて望まずして暴走した"のではなく、"意図的に暴走した"ために、少しのきっかけで元に戻れたようだ。

 

『……うっ、ぐっ、くっ……ハァ、はぁ、はぁ……悪い。ここまで暴走するとは……』

 

「良かった……元のリュウくんだ」

 

 ティガダークの暴走によって、ベムスターとバードンは片付けられた。

 だが、それだけだ。

 ティガダークの出現当初は無双できていたティガダークも、途中からはバーテックス達の連携で対応され、結局はほぼ封殺されてしまった。

 

 ティガとアグルのカラータイマーが鳴り始める。

 ティガの残り活動時間、残り一分。

 

(どうする……?)

 

 若葉が天狗の魔人たるブリッツブロッツを睨みながら、剣を握る。

 打開策は見つからない。

 

(諦めない。絶対に諦めない。それだけ、まずは心に決めて)

 

 友奈が、津波を起こす角と地震を起こす角を掲げているタイラントを見て、拳を構える。

 心折れない友奈だが、その衣装の角の飾りは既に折れていた。

 

(仮にワシがこの包囲のどこかに特攻して、こいつらの逃げ道作ったとして……

 いや、駄目か。ブルトンの空間の歪みをどうにかしないと終わらん。

 仮にブルトンが居なくなったとしても、東西南北で四択……

 いや、八方向で八択くらいはあるか?

 ワシが特攻するにしても、せめて南の方向にこいつらは逃さないと……四国は遠いな)

 

 大地はクレバーに、皆を逃がすための策を考えている。

 既にこれが負け戦であることを大地は確信している。

 あとは、どれだけ被害を抑えて撤退できるか。彼の思考はそれだけだ。

 

 ここから一分もしない内に地獄が始まる。

 そう確信していた海人の目に―――()()()()()()()()

 大地が得た確信が敗北の確信であるならば、海人が得た確信はそれとはまるで違うもの。

 海人はため息を吐く。

 何を選んでもいい。その権利は、海人にあった。

 "それ"を選ぶ権利も。

 "それ"を選ばない権利も。

 一瞬の間に一生分は悩んだ海人の目に、友奈の背中が見える。

 

 勇気に満ち溢れた、その背中を見た者に勇気をくれる、そんな背中だった。

 

 鷲尾は、友奈の背中に、勇気を貰った。

 

『……ああ、もう、本当に、しょうがねえな』

 

 アグルはティガに、感情の見えない語り口で問いかけた。

 

『なあ、御守。オレがさ、愛媛県民だってのは覚えてるか?』

 

―――オレ愛媛県民だから香川県民が喜ぶものなんて知らねえしー

 

 覚えている。

 竜胆は覚えている。

 確かに、海人はそう言っていた。

 

『お前、過去に愛媛に居た時期のこと、覚えてるか?』

 

―――まね。この人、一時期アタシの小学校にも居たからさ。

―――ちなみに学年もクラスもおんなじ。

―――ご両親が事故で亡くなるまでは……同じ習い事にも通ってて。

―――ふざけて先輩後輩とか言ってたもんよ。ま、後々引っ越して行っちゃったんだけど

 

 覚えている。

 竜胆は、安芸の言葉と共に、幼い頃の想い出を思い出した。

 安芸真鈴、土居玉子、伊予島杏、鷲尾海人は同じく愛媛出身。

 竜胆も昔は、愛媛(そこ)にいた。

 

『お前、自殺しようとしてたいじめられた子を助けたこと、覚えてるか?』

 

―――屋上から飛び降りて自殺しようとした後輩を、窓から飛び出してキャッチした話。

―――雨水流すパイプ掴んで、後輩をキャッチしながら着地した話。

―――それで手の皮ビリビリになって、落ちて足が折れて、第一声が『大丈夫か!?』だった話。

―――血を流しながら心配してくれる御守くんに、なんか色々感じ入って号泣した後輩の話。

―――その後の御守くん先輩の説得で以後自殺しなくなった後輩の話。

―――その後来た救急車と御守先輩の超絶笑ったコント的やり取りの話、どれからしよう……

 

―――全部ひと繋がりの同じ話で僕の話じゃねえか……

 

―――あれはうちの小学校の伝説だもの

 

 覚えている。

 安芸が球子に語ったその言葉の通り、竜胆は助けたことを覚えている。

 

『お前が助けたの、オレの弟だ』

 

『……え?』

 

『オレが死んだら、あいつが鷲尾の家を守っていったりすんのかな……ま、それも仮定の話か』

 

 情けは人のためならず。

 情けは他人のためではなく、他人にした親切は回り回って自分に返って来る、という意味の言葉だ。

 竜胆がティガダークになる前にした親切は、とても長い道のりを経て、回り回って、竜胆の下へと帰って来た。

 

『ありがとうな。

 弟から、お前のこと聞いたの、ちょっとだけだったし、一回だけだったんだ。

 だから最近まで、弟の恩人と、お前が同一人物だと思ってなかったんだ。

 弟を助けてくれてありがとう。オレには、お前のために命をかける理由があった』

 

 弟との記憶の中から、海人は竜胆のために命をかける理由を見つけた。

 それは"守る責任"ではない。

 "守る義務"でもない。

 その心が決めた、守るという意志。

 

『……助けられたのがオレだったら、ちょっと迷ったんだけどな。

 助けられたのがオレの家族なら、仕方ない。そりゃ返さなくちゃならない恩だ』

 

 海人は凡人、凡俗、といったものに近い。

 竜胆の格闘を見て、心底化物だと思ってすらいた。

 そんな彼が、するりとティガダークを仲間だと認められるものなのだろうか?

 理由はいくつかあって、その中の一つは、安芸の言葉を思い出せば分かる。

 

―――やだなあもう、何か誤解とか誤報とかあったに決まってるじゃん。

―――事件の残酷さが御守パイセンのキャラと合ってなさすぎじゃない?

―――アタシは未だに"残虐非道の御守竜胆"とか非実在青少年だと思ってますよ

 

―――うちの学校の皆はニュースは絶対デマだって言ってたわよ。

―――いやだって、ありえねーわ、御守先輩の性格考えろっての。

―――できるわけないじゃんあんなこと。もうちょっと常識的なニュース流してほしいわ

 

 海人の周りには、"ティガダークを責める空気とコミュニティ"が一切存在しなかった。

 竜胆がずっと昔に優しくした子供達がいて、それが海人の周囲にも相応にティガダークに寛容な空気を作り、海人もその影響を受けていた。

 

 いつも、いつも、竜胆は過去に追いかけられてきた。

 何かある度に、虐殺の過去に追いつかれ、それを突きつけられてきた。

 そして今、また新たに一つの過去が追いついてきた。

 竜胆が迷いなく"正義の味方"をすることができていた、あの頃の過去が追いついて、海人に竜胆を助けさせる。

 

『オレは死ぬ気はない。だから安心して待ってろ。必ず戻る……約束(やくそく)だ』

 

 そしてアグルは、自分だけが見つけたブルトンに向け、飛翔した。

 

 

 

■■■■■■■■■■

 

 

 

 正樹さんのオレへの頼みは、シンプルだった。

 

「酷なことを言っているのは分かっている。

 だが、最悪相打ちでもいい。必ず倒してくれ。

 ブルトンは……予想以上の最悪かもしれない」

 

 要するに、チャンスがあれば、相打ち狙いでもブルトンを倒してほしいとのこと。

 窮地でも撤退より、できればブルトンの抹殺を優先してほしいとのこと。

 死ねって言ってんのか。

 オレは嫌だぞ。

 

「ブルトンに新しい特性でも観測されたんですか? 正樹さん」

 

「無数の並行宇宙から、星屑を集めているようだ。宇宙の壁を越えて」

 

「!」

 

「まだ"確度の高い推測"でしかないが、これなら様々なことに説明がつく。

 一万の平行世界から一匹ずつ星屑を集めれば、あっという間に一万体だ。

 一億の平行世界なら、すぐに一億体。

 星屑の超高速調達……異常なまでの大型バーテックスの連打は、おそらくこれで作っている」

 

 大型バーテックスは(そうでないのもいるが)基本的に星屑を集め、それで肉体を作り、精霊同様に概念記録から『決まった形』に仕上げられている。

 なるほど。

 星屑自体を無限に補給できるなら、いくらでも大型が揃えられるのか。

 

 なんつーことを考えるんだ。

 出来るブルトンもヤバいが、思いついたやつはそれができることにさぞ驚いただろうな。

 ブルトンを倒さない限り、強力な大型はいくらでも作れるってことか。

 十二星座が星屑数百体で作れるとかそんなんだった気がする。

 正樹さんの言う通り一億体調達できるなら、そこから亜型十二星座は二十万体は作れるってことだ。

 ブルトンの星屑増産に限界や制限はあるかもしれないが、だとしたら本当に最悪だ。

 ブルトンは生かしておいちゃいけない。

 

 でも、死ぬのは嫌なんだよ。分かるだろ?

 

 

 

■■■■■■■■■■

 

 

 

 単身突っ込んだアグルの後を、ガイアとティガが追おうとする。

 だが、敵はあまりにも多すぎた。

 アグルがブルトンに向かって飛んで行ったルートはすぐに塞がれ、二人の巨人の行く手を無数のバーテックス達が阻む。

 

『どけ!』

 

 無茶に次ぐ無茶を繰り返し、カラータイマーの点滅が知らせる事実以上に、追い込まれた状態のティガトルネードが殴りかかる。

 迎撃するコダラーは、そんなティガトルネードを真正面から圧倒した。

 水色の体が跳ね、水色の腕がティガトルネードを滅多打ちにする。

 光線を倍にして返す能力のみならず、コダラーは格闘戦においても圧倒的に強い。

 

『どけえっ!』

 

 アグルの後を追おうとするガイアの前に立ちはだかるは、ゼブブ。

 ガイアが叩きつけようとした拳も、ゼブブの無敵のバリアが通さない。

 カウンターの切りつけが、ガイアの腹を浅く切り裂いた。

 

 ピンチのティガとガイアのカバーに、若葉と友奈が入る。

 

「くっ、二人共……!」

 

「若葉ちゃん、海人君が! あんなに遠くに!」

 

「ここから追いつくのは無理かっ……友奈! 目の前の戦いに集中しろ!」

 

 ティガは肉体が治っていてもそれ以外が致命的に摩耗していて、他人しか治せないガイアは傷のせいで体が動いてくれない。

 海人の後を追っていけない。

 

 そして、ブルトンを狙うアグルの体を―――スコーピオンの毒針が、十数本と貫いた。

 

『海人先輩ッ―――!!』

 

 竜胆の叫びが、虚しく響く。

 

 

 

■■■■■■■■■■

 

 

 

 罪悪感しかなかった。

 オレは、大事な弟がカツアゲにあっていたから、カツアゲを止めただけだったんだ。

 だけど、オレの弟をカツアゲしてたそいつには、兄がいた。

 オレと同じ学校の、オレと同じクラスの、不良の兄が。

 

 そいつがオレをいじめ始めた。

 いじめられたオレは、不登校でひきこもりになった。

 今でも思う。

 なんでオレは、あんなに弱かったのか。

 なんでオレは、逃げたのか。

 

 いじめは弟の周りにも波及して、弟は自殺しようとした。

 オレが弱くなければ、逃げてなければ、ああはならなかったんだろうか。

 

 感謝しかない。

 御守には、感謝しかなかった。

 オレの弱さ、オレの間違いのせいで起こったことの、ケツを拭いてもらった。

 大事な家族の命を救ってくれた。未来に繋いでくれた。

 あの頃、弟にもっとよく"救ってくれた恩人"の話を聞いておくべきだった。

 もっと早く、それが御守だと気付いておくべきだった。

 

 ありがとう。

 それしか言えない。

 

 オレは死にたくない。

 死にたくなんてないんだ。

 だけど、捨てたくないこの命を―――命を懸けたって構わない、そんな奴がいる。

 

 高嶋ちゃんも、御守も、両方ともそうだ。

 生きていたい。

 死にたくない。

 けど。

 オレのこの命より、あの二人の命が軽いだなんて、思えない。

 

 

 

■■■■■■■■■■

 

 

 

 全身に毒針を刺されたアグルの体に、毒が回っていく。

 ふらつく体。

 揺れる飛翔軌道。

 ブルトンに向かって真っ直ぐ飛んでいたアグルの体が、ブレる。

 

『海人先輩ッ―――!!』

 

 虚しく響いた竜胆の叫びが、アグルの耳に届いた。

 アグルの目が、強く光り輝く。

 穴だらけの体に力が入り、飛翔軌道は真っ直ぐに。

 ブルトンに向けて、更に加速して飛翔する。

 

(聞こえてるよ、バーカ)

 

 死にたくない。死にたくない。死にたくない。そう叫ぶ心を、ぐっと抑える。

 

(ああ、でも、こういう時に聞きたい声は――)

 

「海人君!」

 

(――応援の声が、聞きたかったんだけどなあ。高嶋ちゃんの声が聞けたのは、嬉しいのに)

 

 飛び上がったレッドギラス&ブラックギラスが、ふたご座らしい連携で、額の角をアグルの両足に刺す。

 アクエリアスのロケット砲が脇腹に直撃し、アグルの肉が削げた。

 ギガバーサークの発射した超火力の光弾がアグルの左肩に命中、アグルの左肩の肉が弾けて、左腕が取れそうな状態にまで追い込まれる。

 

 それでも前に、進み続けた。

 

 彼が逃げたい気持ちを抑え込み、成さねばならぬことを成さねば、生き残れない仲間がいた。

 

 

 

■■■■■■■■■■

 

 

 

 友達だと呼んでくれた。

 高嶋ちゃんは、友達だと、呼んでくれたんだ。

 オレの性根を薄々理解してただろうに、高嶋ちゃんはあるがままにオレを受け入れてくれた。

 嬉しかった。

 嬉しかったんだ。

 

「海人君って呼んでもいいかな?」

 

 その問いに、一も二もなく頷いたことを覚えている。

 

 オレや郡ちゃんみたいなのは、きっと必ず、高嶋ちゃんみたいな人に憧れ惹かれる。

 だって自分が、そうなれないから。

 オレや郡ちゃんみたいなのは、自分が暗い存在だと、自覚しているから。

 まばゆく輝く彼女の光に、憧れた。

 何が光の巨人だ。

 何が光の戦士だ。

 本当の光っていうのは、他人を照らせるから光なんだ。

 ウルトラマンの俺より、彼女の方がずっと光だった。

 だから、思った。

 

 こんなに綺麗なものの友達になるのは、オレじゃ駄目だなって、そう思ったんだ。

 

 

 

■■■■■■■■■■

 

 

 

 コダラーの凝縮した雷弾が、アグルの全身を撃つ。

 シラリーの連射したレーザー砲が、アグルの全身を撃つ。

 取れかけだったアグルの左腕が、肩口から吹っ飛んだ。

 一瞬揺れたアグルの精神の隙間に、精神寄生体が入り込む。

 アグルの視界に入り込んだピスケスが、トラウマを蘇らせる幻覚を叩き込んで来る。

 

 鷲尾海人は、かつていじめられた者としての記憶を想起させられ、偽物の記憶を叩き込まれ、精神をグチャグチャにされていく。

 

『うっ……あっ……があああああああッ!!』

 

 それでも止まらない。

 なおも進む。

 更に加速する。

 

『先輩ッ!!』

 

 竜胆/ティガの声が届いて、心配性な後輩に、海人は思わず口元をほころばせた。

 

 竜胆がいいやつでよかったと、海人は思う。

 世間の評判通りに性格が悪い奴であったなら、きっと今のオレは後悔していただろうから……そう思い、更に加速した。

 

 

 

■■■■■■■■■■

 

 

 

 オレは、そうだ、面白いやつだなって、思ったんだ。

 御守と話してると楽しかった。

 本当のオレは、内気だ。

 本音なんて言えもしない。

 素の自分なんて見せられない。

 

 だから、素の自分をオレが見せた時、見下すでもなく見上げるでもなく、対等の目線で言い争ってくれたのが、嬉しかった。

 オレを偏見の目で見なかったよな、御守。

 いや、お前はずっと、オレに対して好意的に接してくれた。

 

 お前にとっちゃ郡ちゃんに対して辛辣なオレはあんま気分いい相手じゃなかっただろうに。

 これで、オレが誘った通りに、ドルオタにでもなってくれりゃ良かったのに。

 そんなにアイドルオタクは嫌か?

 アイドル歌手くらいは興味持ってくれよ、ったく。

 

 でも、まあ、そうだな。

 お前がアイドルのファンとかやる姿は思い浮かばないな。

 生まれ変わりでもしなきゃならない気がした。

 でも、お前がオレのことよく分かってくれたらな、なんて思うよ。

 こういうの、なんて言うんだろうな。

 もっと自分を分かってもらいたい、みたいなの。

 

 ……ああ、そうか。

 これが、あれか。

 『友情』って、やつなんだな。

 

 

 

■■■■■■■■■■

 

 

 

 精神干渉で心がボロボロになったアグルに、ピスケスは幻覚のみならず、電撃を放出し叩き込んで来た。

 そこに合わせる、ゼブブの電撃、ギガバーサークのチェーンからの放電、コダラーの雷撃。

 桁違いの電流が流れ、アグルの体がみるみる内に消し炭になっていった。

 

 それでも、アグルは止まらない。

 

 ゼルガノイドが、無限のエネルギーをソルジェント光線に束ねて撃った。

 アグルの左足に命中し、アグルの足が弾け飛ぶ。

 多くのウルトラマンは足に飛行能力を備えているため、アグルの飛行が一瞬揺らいだ。

 キリエロイドの獄炎弾がそこで、足の断面に命中し、遥か高くからヴァルゴの落とした爆撃がアグルの背中を爆撃する。

 キリエロイドとヴァルゴによって、アグルの肉が深く抉れた。

 走る激痛は、いかばかりか。

 

 それでも、アグルは止まらない。

 

 

 

■■■■■■■■■■

 

 

 

 オレはひきこもりだった。

 ずっと逃げてた。

 ずっと間違えてた。

 綺麗なものだけ見ていたくて、アイドルばかり見ていた。

 無価値と言えば、オレの代名詞でもある。

 

 でも、なんだ、そうだ。

 あれは、土居ちゃんを戦場で頑張って助けた時のことだったか。

 

「鷲尾さん、この前は助けてくれてありがとうございました!」

 

 土居ちゃんにお礼を言われて、何か嬉しかった。

 

よくやった(Good Job)

 

 ボブに男らしく褒められて、少しだけ自分に自信を持てるようになった。

 

「ホメラレルト、チョットキブンイイデショ?」

 

 微笑むケンは、"君はそれでいいんだ"って言ってくれてるようで、不安が消えた。

 

「タマおねーちゃんを助けてくれて、どうもありがとう」

 

 アナがペコリと頭を下げるのを見て、なんだかむずがゆくなったんだ。

 

 オレは頑張ってみた。

 頑張ると、皆が褒めてくれた。

 仲間を守ると、お礼が貰えて、嬉しかった。

 いつからか、仲間が無事であることが嬉しくて、皆で揃って戦いを終えるとホッとした。

 仲間として親しく声をかけてもらえるのが、嬉しかったんだ。

 

 土居ちゃんはこんなオレにも笑いかけてくれた。

 ボブはかっこよくて、変人だと思ったけど、本当にかっこいいと思った。

 ケンはいつもオレに優しかった。

 アナの小さな体を見るたび、オレが守らないとって、そう思った。

 

 でも、もう居ない。

 居ないんだ。

 嬉しかった。

 楽しかった。

 でも、もういない。

 オレには無理だ。

 この痛みを乗り越えられない。

 頑張っていつものオレみたいに振る舞ってるけど、バレてないかな。

 

 あの頃に帰りたい。

 皆で笑っていられたあの頃に。

 あの頃のように話したい。

 死んでしまった皆と、もう一度でいいから、楽しく話したい。

 でも無理だ。

 無理なんだよ。

 死んでしまったんだ、だから、無理なんだ。

 分かってる。

 時間の針は戻らない。

 だから、無理なんだ。

 どんなに悲しくても、悲しみで時間は戻らない。

 オレが守りたかった人達は、オレが四国の外で他人を見捨てられず、沖縄で人助けなんかをしてる間に、オレの見ていないところで死んだ。

 

 それはきっと、オレの選択が生んだ喪失で。

 オレが選んだ悲しみなんだ。

 泣く資格なんて、ねえよ。

 

 でも。

 でもさ。

 『ありがとう』って、ちゃんと言ってなかったんだ、

 土居ちゃんにも、アナにも、ボブにも、ケンにも。

 内気でウジウジしがちなオレは、『ありがとう』ってちゃんと言えてなかった。

 言う前に、皆、どこかに言ってしまった。

 

 なんでオレは言っておかなかったんだ。

 優しくしてくれたあの人達には、百回言っても、千回言っても、言い足りなかったのに。

 言っておかなくちゃ、いけなかったのに。

 

 郡ちゃんにお前はすごいやつだ、とかも言えてない。

 ふざけずに高嶋ちゃんを褒められてもない。

 土居ちゃんがああなったのに、伊予島ちゃんにロクな言葉もかけられてない。

 乃木ちゃんに剣教わろうって考えてたのに、まだ頼めてもいない。

 ああ、なんだ。

 今もそうか。

 今もオレは、言いたいこと言えてないのか。

 駄目だな、本当に。

 

 だけど、でも、そうだ。

 言えないって後悔があったから、御守の前で、ちょっと明け透けにやってやろうって思ったんだっけ、オレ。

 それでオレ、言いたいこと言ったんだ。

 御守がそれを自然体で受け止めてくれたことが、嬉しかったんだ。

 離れて行かないで、そのまんまのオレを受け入れて、仲間として見続けてくれる御守の目が、だから嬉しかったんだよな。

 

 なあ、パイセン。

 オレさ、いっつもあんたの前だと、自然体だったんだ。

 言いたいこと言えて、何も取り繕わなくて済んでたから、めっちゃ気楽だったんだ。

 あんたは凄い人だよ。

 頼りがいがあって、どこまでも広い心があって、安心して寄りかかれて、暖かくて。

 

 オレ、今でも信じてる。

 

 この星を救えるウルトラマンは、三ノ輪大地だって、信じてる。

 

 

 

■■■■■■■■■■

 

 

 

 左腕と左足を奪われ、精神もグチャグチャなアグルが、ブルトンを射撃攻撃範囲に捉える。

 

 タウラスの音響攻撃が、電撃で黒焦げになっているアグルの体を粉砕していく。

 キリエロイドの獄炎弾が、アグルの腹を貫通し、腹に大穴を空けた。

 レオの火球がアグルの顔に命中し、顔の左半分をクレーターのように抉る。

 スノーゴンの吹雪が体を凍らせていき、凍傷で激痛と麻痺が同時に全身を襲う。

 

(まだ)

 

 ブルトンまで後少し。

 アグルは光線を撃たず、ブルトンを追いかけ始めた時からずっと溜めていた力を、右手の中で凝縮させる。

 

(まだだ、あと少し)

 

 あと少し、あと少し、あと少し。

 

(あと、少し―――!)

 

 そんな希望的観測にすがるアグルの上半身と下半身を、ライブラ・エンマーゴが両断した。

 アグルの上半身と、飛ぶ力を持つ下半身が、切り分けられる。

 飛べる部分が切り落とされ、アグルは落ちていく。

 

 ブルトンまであと少し。

 されど、飛ぶことも歩くこともできなくなった以上、その後"あと少し"の距離を移動するすべはなく。

 "あと少し"の距離は、無限の道のりに等しくなった。

 

 

 

■■■■■■■■■■

 

 

 

 謝りたかった。

 皆にずっと謝りたかったんだ、オレは。

 皆と出会うまでオレはずっとひきこもりをやっていた。

 外の世界が怖かった。

 クズな人間に出会うのが怖かった。

 

 いじめなんてする最低野郎が世の中にたくさんいることを、オレは知った。

 なんで皆怖くないんだ?

 世の中の大半なんてほとんどクズだぞ?

 周りに流されて最悪なことをするクズだ。

 なのになんで、そんな世界で生きていけるんだ。

 ……なのに、なんで、そんな世界を懸命に守ろうだなんて思えるんだ?

 

 オレは死にたくない。

 死にたくないから、世界を守ってるだけだ。

 人間が上等だなんて思ってない。守る価値があるだなんて思ってない。

 守る価値がある人と出会っても、優しい人と出会っても、オレのこの考えは変わってない。

 

 だから、だからだ。

 だからオレは、バーテックスが来る前に、あんなことを考えちまったんだ。

 ごめん。

 皆、ごめん。

 バーテックスが来る前に、暗い部屋の中で一人、オレは神様に祈ったんだ。

 

 『こんな世界終わってしまえ』って。

 

 分かってる。

 オレなんかの願いを神様が聞いたなんてわけない。

 でも。

 でもな。

 思っちまうんだ。

 もし本当に、神様がオレの願いを聞き届けて、世界を終わらせようとしたんなら、って。

 

 バカだ、オレは。

 今はこんなにも世界に終わってほしくないのに。

 バーテックスが来る前は、本当に世界に終わってほしいと思ってたんだ。

 バーテックスのニュースを最初に見た時、オレは―――()()()()()

 最悪だ。

 これで今の世界が終わるな、なんて、喜んじまったんだ。

 

 そしてすぐに、死にたくないから足掻き始めた。

 皆と出会って、皆が生きる世界は滅んでほしくないな、って思った。

 なんでだ。

 なんでだよ。

 世界の滅びを喜んでたようなクズに、なんで地球は、ウルトラマンの力を与えた?

 オレより適任な人間なんて、いくらでもいただろ。

 

 なんでオレに、こんな力が与えられたんだ。

 なんでオレには、仲間を取り零さないだけの力がないんだ。

 なんでオレは、仲間に言うべきことを言えなかったんだ。

 なんでオレには、仲間に謝る勇気さえなかったんだ。

 なんで。

 なんで。

 なんで。

 

 だけど、悩んでなんていられない。

 

 オレには守りたいものがあって、オレにしか守れないものがあった。

 

 なら、悩むのはやめよう。

 

 もしもオレに、長所なんていうものがあるとしたら。

 

 それはきっと―――好きなものに、とことん真っ直ぐに在れるってこと、だけだろうから。

 

 

 

■■■■■■■■■■

 

 

 

 上半身だけのアグルが、残された最後の右腕で、地面を押し、地面を跳ねる。

 最後に立ちはだかるはタイラント。

 右腕の刃を疾風のように突き出して来るのを見て、アグルはタイラントの右腕を"右腕で蹴って"更に高く飛び上がり、タイラントの頭上を越える。

 そして、タイラントの頭も右腕で押して跳ね、その向こうのブルトンへ。

 

 精神も肉体もグチャグチャで、顔は半分が焼け爛れ、下半身が切り離された上半身は毒と穴だらけという状態で、アグルは右手を高く掲げる。

 そこに、光の剣が現れた。

 竜胆が夢中になったアグルの光剣―――アグルブレード。

 

 ボロボロの海人の心から、徐々に色んなものが剥げていく。

 雑念が、まず剥がれた。

 まともな思考も剥がれていく。

 やがて、仲間へ抱いた山ほどの想いも、敵への複雑な憎悪も剥がれ落ちる。

 死にたくないという想いすら、剥がれて離れて。

 友奈から貰った勇気までもが、剥がれて消えて。

 

 最後に残った想いは、ただ一つ。

 

『奪うな』

 

 国を奪われ、平穏を奪われ、仲間を奪われた海人の心に、最後に残った一つの想い。

 

『もう、いいだろ。もう、奪うな』

 

 その想いを剣に込め、ブルトンへと飛びかかる。

 

 

 

『オレ達からこれ以上―――何も、奪うなッ!!』

 

 

 

 ブルトンに突き刺さるアグルブレード。

 地球上の七割を占める海の力、そこに生きる海の命の力、鷲尾海人に託された膨大な海の力が、アグルブレードから注ぎ込まれ、ブルトンを内側から膨張させていく。

 そして、規格外の時空エネルギーと光エネルギーが混ざり合い、大爆発を引き起こした。

 輝ける爆焔。

 広がる爆音。

 その大爆発は、鷲尾海人の命も同時に、かき消していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ブルトンは死んだ。

 アグル/海人は死んだ。

 竜胆達を広く囲んでいた空間の歪みが消失する。

 

『バカ野郎』

 

 ずっとずっと、相棒としてやってきた大地が、歯を食いしばる。

 杏と球子。

 友奈と千景。

 若葉とひなた。

 それらの関係と似て非なる強い関係が、大地と海人の間にはあった。

 

『大切なものが他にいくらあったって―――一番大切なものは、お前の命だろうが!』

 

 希望は繋がれた、と、竜胆もまた、悲しみを噛み殺しながら、前を見る。

 アグルの光は地球の中に還っていった。

 それが殊更に、海人の死を皆に突きつける。

 

「海人君っ……!」

 

 友奈は口元を抑え、涙をこらえている。

 

「……まだだ、まだ終わっていない!

 ブルトンは倒した!

 海人の死を無駄にしないため、私達は足を止めてはならない!」

 

 若葉は心の痛みを踏み越え、海人の死を無駄にしないために、仲間の皆を叱咤した。

 

『ああ、そうだ。

 海人先輩の死を無駄にしちゃいけない。

 何が何でも生き残って切り抜けて、ブルトン討伐完了の報を四国に―――』

 

 そうして、ティガも立ち上がった、その時。

 

 ティガの目の前を、ブルトンが一体、転がっていった。

 

 思考が停止したティガの前を、もう一体のブルトンが転がっていった。

 

『―――え?』

 

 また一体。また一体。ブルトンがティガの前を転がっていく。

 

 思考停止した巨人や勇者達の周りに、何体もブルトンが転がっていく。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

『え……あ……?』

 

 最初に始まりのブルトンありき。

 始まりのブルトンは、隣の宇宙のブルトンを呼ぶ。

 二体のブルトンが四体に、四体が八体に、八体が十六体に。

 それら全てに祟りの紋を埋め込めば、神の意に沿うブルトン軍団の出来上がり。

 全てのブルトンは、多元並行宇宙からかすめ取るように星屑を集め、最強最悪の生産体制を確立させた。

 

 なればこそ、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 アナスタシアは毎日結界をアップデートしていて、それの限界が来たと言っていた。

 毎日ネクサスがアップデートしたのに、限界が来たのは何故か?

 "定期的にブルトンが増えていた"、と考えれば、そこにも納得がいく。

 ブルトンは四国に近付くことでも干渉を強化できるが、当然ながら頭数を増やすことで干渉を強化することもできるのだから。

 

『撤退じゃ!』

 

 ガイアが腕を十字に組み、L字に組み変えクァンタムストリームを全方位に放つ。

 燃えるような光線が無数に群れる星屑を蹴散らすが、どちらが南か分からない。

 敵を蹴散らして逃げるため、敵を蹴散らす光線を撃って南がどちらかを確かめようとしたのに、てんで足りない。

 ガイアの胸のライフゲージが点滅を始め、ティガがガイアに食って掛かった。

 

『大地先輩! ブルトンを、ブルトンを仕留めないと!』

 

『ワシの口から"それ"を言わせるのか!?』

 

 "皆の未来を繋ぐために特攻した"海人の捨て身の攻撃は、何かを残したか?

 

 何も残してはいない。せいぜい、包囲を作っていた空間の歪みを消した程度だ。

 

『―――カイトは無駄死にじゃ!

 ブルトンはそのまま、数も減ってない!

 状況は何も好転してないのに、カイトの命だけが散った!』

 

「―――」

 

『だからワシは! これ以上ここで、無駄死にする人間を増やさせるわけにはいかんのだ!』

 

 せめて、ブルトンが一体だけだったなら。

 この特攻で、大侵攻が攻略可能なものになっていたかもしれないのに。

 そうして大侵攻が止められていたなら、半年はバーテックスが大規模な攻撃を仕掛けられなくなっていたかもしれないのに。

 でも、そうはならなかった。

 だから、海人の特攻は、無駄死になのだ。

 

「……え?」

 

「友奈?」

 

「牛鬼が呼んでる……皆、こっち!」

 

 悲しみに浸る間もなく、世の無常を嘆く間もなく、皆は友奈に先導され、南に向けて一直線に逃走を始める。

 

『スペシウム光線ッ!!』

 

『クァンタムストリームッ!!』

 

 光線で雑魚を薙ぎ払い、大物を押しのけて、残った仲間全員でその先へ。

 囲みを抜けて決死の敗走を開始する。

 完膚なきまでに敗北し、無様に本距離へと逃げ帰るのだ。

 

 仲間一人失って、手に入れたのは"絶対に勝てないほど敵が強い"という情報のみ。

 ティガは完全暴走までして戦ったのに、敵の多くは仕留めること叶わず。

 ブルトンが大量に用意されている以上、もはや四国で樹海化(メタフィールド)を利用した絶対的に有利な戦場での戦いは、不可能であると断言できる。

 

 前哨戦はこれでおしまい。

 小手調べの戦いはおしまい。

 次からが本番。

 

 七月某日。予知された決戦が、大侵攻のその日が迫る。

 

 

 

 

 

 竜胆参戦時、丸亀城陣営暫定数。

 ウルトラマン六人、勇者五人、巫女一人。合計十二人。

 

 鷲尾海人死亡。

 

 ウルトラマン、残り二人。

 神樹の勇者達、残り四人。

 神樹の巫女、残り一人。

 

 残り、七人。

 

 

 




 5/12

 三百年前に、アイドル歌手とかにドハマりする海人と友達だった少年がいて
 三百年後に、犬吠埼樹を全力で応援する少年がいました
 そんなお話

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