夏空の下、ウルトラマンは、友をいじめた子供達を虐殺した 作:ルシエド
「もう重荷を背負わせないでくれ」
と、重荷の袋を背負ったルシエド作品の主人公が言うんですよ
そいつが重荷を降ろそうとするから、ルシエドは『ボブ』『球子』とか名前が書いてある釘で、重荷の袋を主人公の背中に打ち付けるんです
そうすれば重荷は降ろせなくなりますから
「もうちょっとだから頑張れ」
とルシエドが言うと、主人公は
「しょうがねえな」
と言って、重荷を背負って歩き、ハッピーエンドというゴールに辿り着くわけです
ハッピーエンドはお約束します(鉄の誓約)
上里ひなたは巫女である。
彼女に戦う力はなく、"自分に力があれば守れたはずなのに"と後悔する余地も、そうやって後悔する権利もない。
彼女にできることは、日常の中で彼らを支えること、彼らが帰る場所を守ること、そして神樹の神託を仲間達に伝えること。
それしかできない、と彼女は言うが、それは彼女にしかできないことでもある。
「……」
大社に赴き、
異様な雰囲気の、人が作る道。
この先に、神樹が居る。
最高の巫女適性を持つひなたは、神樹から言葉を貰うことができる。
十年前であれば神の実在も信じていなかった者達に、神の実在を信じさせるほどの異様な雰囲気が、ここにはあった。
バーテックスの出現以来、ただの儀礼でしかなかった祝詞の一つ一つにすら、物理的・呪術的な力が宿るようになったと、ひなたは大社から聞かされている。
しからば多くの神職、多くの巫女が祝詞を唱えるこの道は、まさに異界。
"人の世界"と、"神の世界"の間に、"祝詞を唱える人間の道"を作って、ワンクッションを入れているのかもしれない。
人の世界から、人が作った異界を通り、ひなたは神樹の前に辿り着いた。
神樹はただそこに在るだけで、普通の人間に頭を垂れさせる。
ひなたは頭を下げずにはいられず、自然と膝をつき、頭を垂れた。
やがて神が頭を上げる"赦し"を出すと、それでようやくひなたは顔を上げられる。
顔を上げたひなたが神樹に触れると、暖かかった。
触れるだけで暖かい、どこか光を感じる樹木。
それだけでこれがまともでない、植物も動物も超越した存在であることが分かる。
ひなたは何度目かも分からない、神託の授受を行った。
神樹がひなたに言葉を伝える―――その前に。
神樹が、神樹の一部に微かに残っていた言葉を、ひなたに伝えた。
それはひなたを通し、ある少年に伝えられることを望まれた言葉だった。
『オレはお前に助けられてない。
オレ自身はお前に恩なんてない。
だけどな、御守。
お前に何かされてなくても、お前を命懸けで助けるやつがいてもいいと思わないか』
聞き覚えのある声だった。
声だけが残された、遺言だった。
『人を助けるってそういうことなんだろうな。
乃木ちゃんやパイセンなら、知ってたのかな、これ。
お前にとっては、無数の助けた人の一人かもしれないが……
オレにとっては、この世でたった一人の、大切な弟だったんだ。
死にたくなかったけど、まあ、命を懸ける理由は……オレにはあったんだよ』
神樹の中に溶けて消える前に、海人が最後に遺した想い。
『御守、頑張れ。楽になれるところに辿り着くまで、頑張れ。
お前は、さ……
オレと違って、力がない頃から、人を助けて幸せにしてくれるやつだったんだから』
伝えなければ、とひなたは思う。
神樹の神託の前に渡された、この最後の想いを彼に届けなければ、と決意する。
ありがとう鷲尾さん、とひなたは言おうとして、唇が震えた。
何も、何も、言えなかった。
こぼれそうになる涙を、神樹の前で必死に止めた。
ウルトラマンが一人減って状況が悪化したとか、無駄死にとか、大侵攻が絶望的だとか、そういった大社の者達が気にしている悲しみと絶望の原因は、ひなたの頭の中に一つもなくて。
ただ、よく知る人が死んでしまったことが、悲しかった。
海人の死に特にダメージを受けたのは三人。
海人の相棒である大地と、他人の気持ちを慮れる――他人の行動の理由を想像できる――友奈と竜胆の三人だ。
大地はひたすら巻藁を殴り、蹴っていた。
彼は鍛錬の男だ。
鍛錬が無駄にならないことを知っている。
激情は他人にぶつけるものではなく、鍛錬にぶつけるものだと自分を戒めている。
彼は一番大人に近い年齢だ。
ゆえに、自分一人で感情を処理することにも慣れているようだ。
朝から晩まで鍛錬を行う日常と、大切な人が死んだ後に感情をぶつける鍛錬を、同じルーチンでこなし、湧き上がる感情を自省的に処理していく。
「カイト……」
それでも、巻藁を殴る力、蹴る力が、普段よりずっと強いのは、気のせいではないだろう。
三ノ輪大地は鍛錬の男だ。
三歳の時には、近所の道場に遊びに行っていた。
五歳の頃から、ずっと柔術を教えてもらってきた。
六歳の頃から、大小あれど鍛錬を欠かした日は一度もない。
髪を染めるようになってからも、近所の陽気な不良達に酒の味を教わって不良の仲間入りを果たしてからも、ウルトラマンになってからも、ずっとずっと鍛錬してきた。
そんな男の拳でも、守れないものはとても多い。
守れなかったという無力感は、大地が頑張ってきた過去に"無駄だったんじゃないか"という小さな疑問を抱かせる。
ゼブブの嘲笑う声が、大地の耳に今でも残っていた。
運命の配役で言うならば、タケミカヅチに無力を嘲笑われる、タケミナカタの構図。
「……お前が死に、意味も無かったとしても。お前が生きていたことは、無駄にしない」
海人の死が、何の結果に繋がらなかったとしても。
「死の瞬間が、人の全てじゃない。ワシに任せて、安らかに眠ってろ」
死の瞬間だけで人の価値全ては語れない。
死の瞬間だけ無価値、無意味、それがどうしたのか。
鷲尾海人は生きていたのだ。
無駄死にしようが、それは何も変わらない。三ノ輪大地は、そう思う。
皆が皆、各々の形で海人の死と向き合っていく。
杏は悲しみ、海人が映っている皆の集合写真を抱きしめた。
若葉は海人の仇を取るべく、大地と同じように、ひたすら鍛錬に打ち込んだ。
海人と仲が悪かった千景は何も言わず、無言のまま、空を見上げた。
他人の気持ちを慮れる――他人の行動の理由を想像できる――友奈と竜胆の二人は、海人の選択の理由が分かってしまう。
ゆえに、自分を責めてしまっていた。
海人が最後にあの選択を選んだのは、竜胆が過去に人を助けていたからであり、友奈が海人に勇気をくれていたからである。
海人は竜胆のせい、友奈のせい、だなんて言葉は文字通り死んでも言わない男だった。
だが、伝わるものは伝わっている。
海人が竜胆や友奈を助けたかったからああした、ということを理解できないほど、竜胆も友奈も鈍感ではない。
動機は竜胆が与え、勇気は友奈が与え、だからこそ自己犠牲から程遠い鷲尾海人という少年は、ああいう風に死んでいったのだ。
竜胆と友奈は自分を責めながら、悩み、苦しみ、それでも立ち上がる。
友奈は、分かりたくはなかった。
"自分のためにアナスタシアが死んだ時のひなたの気持ち"など、分かりたくはなかった。
でも、分かってしまった。
彼の死に際に、それを感じてしまった。
竜胆は、分かりたくはなかった。
"家族の恩人のために命をかけて結局死ぬ者の気持ち"など、分かりたくはなかった。
でも、分かってしまった。
アナスタシアとの触れ合いで、妹への暖かな想いを明確に取り戻した竜胆は、その気持ちを理解できてしまった。
竜胆が、夜の丸亀城を歩いている。
月明かりが窓から差し込む、明るい夜だった。
竜胆の目は、城の中がいくら暗くてもよく見える。
闇を喰らい、闇の中に生きてきた三年間は、竜胆の肉体を相応に変質させ、今も竜胆を助けてくれていた。
当たり前のように、夜闇の中でも視界は利く。
だから竜胆は、
(杏あたりはもう寝てるかな、それとも、夜更かしして本でも読んでるかな)
特に意味もなく、城の中を歩く。
じっとしていられないのは、海人の件で心が少しざわめいているからだろうか。
あてもなく歩く竜胆がその時、教室に落ちる月明かりに、影を見た。
(友奈)
月明かりが差し込む教室に、友奈が居た。
牛鬼を膝の上に乗せて撫でている。
その視線は空の星を見上げていた。
四国から見える空は、全て神樹が作った作り物だ。
それでも空の星を見上げるのは―――"空の星になった人"に、思いを馳せているからか。
友奈の死を悼む表情は、分かりやすい。
それは普段の彼女が努めて笑顔であろうとしているから、いつも周りに笑顔を見せようとしているからだろう。
友奈は空の星に、死した仲間達を見ていた。
牛鬼が心地良さそうに声を漏らして、友奈が竜胆の存在に気付く。
「あれ?」
「よう、こんばんわ」
「リュウくん……」
月光の中に友奈が居て、夜闇の中に竜胆がいる。
月明かりに照らされる儚げな友奈を見て、竜胆は"綺麗だ"と思った。
夜闇が似合う竜胆のしっかりした立ち姿に、友奈は"頼りがい"を感じた。
竜胆が友奈に歩み寄り、闇の中から光の中へと進む。
「こんな時間に、どうしたの? リュウくんは夜に出歩いてるイメージなかったな」
「ひーちゃんに呼び出されてな。部屋でちょっと話してた」
「こんな時間に? ひなたちゃんの部屋で?」
「若ちゃんもいたぞ」
「こんな時間に? ひなたちゃんの部屋に?」
「……言われてみりゃそうだな。
電気消えてたら、話しながら一緒に部屋で寝てんのかも。
帰り際に窓とか見て、電気点いてるかだけチラっと見てみるか」
「こんな時間に? ひなたちゃんの部屋を?」
「……あれ、見るのマズいか。マズいかもな。デリカシー無い?」
「無いですねー」
「そうだなあ、女の子の部屋だし」
「うんうん。それで、どんな話をしてたの?」
月明かりの下、遠くは見えない、月光だけが頼りの少し幻想的な世界。
教室という日常の場所に、少しだけ差し込む非日常。
二人だけのおしゃべりで、二人きりの密会だった。
「ひーちゃんは、伝言を伝えてくれたんだ」
「伝言?」
「友達からの、大事な伝言だ」
海人の伝言は、ヒナタを通じて、確かに竜胆に伝えられた。
(ひーちゃんに
『あの時人助けしなければよかった、だなんて、絶対に思わないでください』
って言われちった。……地味にぐらっときた。心のどこかで思ってたんだな、俺)
ひなたの大事な釘刺しと一緒に。彼女の忠告は、竜胆に本当によく刺さる。
(海人先輩の伝言、受け取った。もっと強く……強くなって、守らないとな)
牛鬼を撫でている友奈が、ここにいる。
鷲尾海人の家族が、まだ四国に生きている。
海人が守りたかったものが―――竜胆が守らねばならないものが、まだ残っている。
(海人先輩の守りたかった人達は、まだこの世界に生きてるんだ)
そんな竜胆を見て、牛鬼が何かを思って鳴き、友奈は微笑んでいた。
「明日、晴れるといいね」
「そうだな」
なんでもないことを、二人で話した。
「友奈、体は大丈夫か?」
「うん。リュウくんは?」
「まあ、皆が知ってる以上の不調はないな。一番治りやすいしさ」
竜胆は、海人の遺言を受け取ったことを友奈に言わなかった。
友奈も竜胆も、海人のことを話題に出さなかった。
海人の名前を避け、そこに触れないようにしている。
「友奈、珍しい色合いの桜の髪飾り付けてるな」
「あ、うん。昔ね、貰ったんだ」
「貰い物なのか」
「商店街のくじ引きで当てたけど自分は使わないから、って言われてね。似合ってる?」
「ああ、似合ってるよ。桜は桜でも……友奈の髪っぽい色だな」
「花札の桜なんだって」
それは、海人のことを話したくないから、ということではなく。
海人のことを思い出したくないから、ということでもなく。
海人のことが嫌いだから、ということでもなく。
「あれ、リュウくん、変なところにマメ出来てるね?」
「お前本当に他人をよく見てんなあ……
杏と同じ射撃練習器具借りてきて、今練習してるんだ。
今まで格闘ばっかだったから、遠距離攻撃の精度をもっと上げようかなって」
「ふーん」
単に二人は、"海人の名前を出していないだけ"だ。
「もう七月。こんな夏だと、海とか行きたいよね」
「いいな、海。楽しそうだ。皆で行きたいな」
「そうだね、皆で……」
友奈と竜胆であれば。
相手の気持ちが分かる、二人であるならば。
海人の名前を出さないまま、海人のことを語らないまま、海人との想い出を言葉に滲ませ、死した彼へと思いを馳せることができる。
「友奈は一人っ子なのか」
「リュウくんは……あ、ごめんね」
「いいんだよ、気にすんな。今は一人っ子みたいなもんだ」
「兄弟って、どんな感じなのかな」
「さあな。大地先輩に聞いてみるか?」
「あの人は兄弟いるもんね。
兄弟姉妹がいると、やっぱり負けられない気持ちが強くなるのかな」
「少なくとも俺はそうだぞ」
「……そうだったね。アナちゃんも、大事にされてたもんね。
あー、私も妹になってみたいな、一回くらい。世話焼きなお姉ちゃんが欲しい」
「世話焼きなお兄ちゃんならここにいるぞ。
家事はほとんどできないが、愛ならある! さあ来い!」
「おにいちゃーん!」
「妹よ!」
「……あはははっ! なんだか、今ちょっと楽しかったな」
「友奈は意外と妹キャラ合ってんのかもな」
「でも、相手がリュウくんなら、妹になるのはやだなあ」
「えっ」
「変な意味じゃないよ。
リュウくんは、妹を背中で守るかもしれない。
でも、安心して妹と背中を預け合うことはしないかなって思うんだ」
「……ああ、そりゃ、あるかもな」
「"妹止まり"じゃ、リュウくんの背中は守れないから。やっぱり戦友が一番だよね?」
「そうだな。妹に命は預けないが、戦友には命を預ける。その通りだ」
二人は笑う。
今、この教室が、月光に照らされ少し非現実的な空気に満ちているからだろうか。
直接名前を出すのが無粋、というような空気が流れている。
海人の名前を出さなくても、二人の心が一つになって、同じ人を想っていられる。
"通じ合っている実感"が、なんだかむず痒いが、楽しい。
一から十まで言わなくても、意思の疎通に齟齬がない。
一を言えば、相手が十を分かってくれるひととき。
こんな時間がいつまでも続けばいい、と、二人は揃って思っていた。
「私、ね」
それが、友奈の口を滑らせた。弱音のような言葉が、友奈の口から漏れる。
「そんなに好かれること、してないはずなんだ」
それが海人の友奈に対する熱狂的な好意を指しての言葉であることを、竜胆は察する。
「そう思ってるのは友奈だけかもしれない。友奈は周りに優しいからな」
「自分をあんまり出してないだけだよ」
月明かりの角度の問題か、その時の友奈の表情は、いつもより少し暗く見えた。
「聞き上手、気遣い屋、なんて言われるけどね。
本当は、強く自己主張できないだけなんだ。
喧嘩したくないから。他の人と争いたくないから。
自分を出さないようにして、周りに合わせて、自分を出して喧嘩になるのが怖くて……」
「ああ、お前は、そういう印象あるよ」
「……他人に好かれると、自分が好かれる理由が、全然分からないんだ」
「お前に分からないことでも、他人に分かることはある。
勉強とかと同じだろ? その理由は、友奈以外の人はちゃんと分かってるもんなんだよ」
「……」
「友奈は、自分をもっと出したいのか? 自分のことをもっと知って欲しいのか?」
「……うん。リュウくんも、私のことはあんまり知らないもんね」
「いいや、それには断固反論させてもらう」
「え?」
「俺はお前の友人として、お前のことをよく知ってると主張させてもらう」
友奈が、とても珍しい表情を見せた。
それは、意地になっている男の子を見る、九割の呆れと一割の好感で出来た苦笑だった。
「私の血液型も知らないくせに」
「A型だろ」
「……え? なんで知ってるの?」
「もう誰にも死んでほしくない。
ずっと、そう思ってる。
そんなら最後の手段だが、"輸血"は絶対に欠かせない要素だろ。
俺の血液型と合う奴、合わない奴、大社に頼んで教えてもらってたんだ」
「……ふふっ、リュウくんらしいね」
少しでも仲間が助かる可能性を高められるなら、竜胆は何でもやる。何でも調べる。
竜胆の知力はとても低い。
直球で言えば頭が悪い。
だが、考えることで手を抜いたことは一度もない。
考えることでは仲間を頼り、自分でも考え、彼はいつも懸命に頑張っていた。
「もっとも、俺は体の変異があるからな……
輸血には使える、って血液検査で結果は出たけど、不安はある。
俺みたいな奴の血は汚そうだって嫌がる奴もいるだろうしなぁ」
「リュウくんの血が汚いなんて誰も言わないよ。ううん、私が誰にも言わせない」
言い切る友奈に、竜胆は嬉しそうに笑んだ。
「個人的な私見を述べさせてもらうとだな。
杏A型、ちーちゃんA型、友奈A型、若ちゃんA型ってなんだこれって思ったぞ俺」
「あははっ」
「今いる勇者全員A型で、俺の血液型もA型。大地先輩もA型なんだよなあ……」
「私達、誰かが"そう"なっても、お互いに輸血して助け合えるんだね」
「ああ、そうだ。
友奈は一人じゃない。
皆、友奈と一緒だ。皆、友奈と同じだ。
出せない自分なんていくらでもあって、皆に見せてる自分もたくさんある」
友奈は優しすぎる。
だから自分を前に出していけない。
自分の意見よりも相手の意見を優先してしまう。
言いたいけど言えないことがある、という苦悩が、友奈の中にはあって。
海人は内気だった。
だから自分を前に出していけなかった。
死者を想い、『ありがとう』すら伝えられなかったことを悔やんでいた。
言いたかったのに言えなかった、という後悔が、海人の中にはあった。
竜胆は、友奈と海人の関係性を外側から見ていたから、そんな二人の性情と関係性を感覚的に理解していた。
内気ゆえに自分を"出せなかった"海人は、優しいがために自分を"出さなかった"友奈の眩しい笑顔に、何を感じていたのだろうか。
竜胆は、海人から友奈に向けられたそれは、きっと『憧れ』なのだと思う。
(多分、だからこそ、海人先輩は……)
鷲尾海人にとって、友奈が『光』であったことに、とことん美化されるようになったことに、理由はあったのだ。きっと。
竜胆は、この点においては海人の後継者になれない。
海人のように、友奈のファンにはなれない。
海人のそのスタンスを継ぐことはできない。
竜胆は、友奈の友達だから。
"自分のことを友達にもっと知ってほしい"と思っている、一人の女の子の理解者だから。
高嶋友奈を、
「じゃあまず自己紹介から。俺は御守竜胆。血液型はA型。
好きな食べ物は、今はうどん。
好きな漫画はスポーツ漫画とかバトル漫画。……高嶋友奈の、友達だ」
急に自分のことを語り始めた竜胆に、友奈は思わず、くすっと嬉しそうに微笑んだ。
「知ってる」
友奈が、他人に気を使って自分をあまり出せない子であるのなら。
彼女が自分を出せるよう、先に自分のことを話すのが、友達の役目である。
「お前のことも、もっと教えてくれ。友奈」
これはきっと、始点にすぎない。
「私は高嶋友奈。山桜の勇者。リュウくんと同じA型だよ。
出身は四国じゃなくて奈良。
大社の人が、神様の土地って言ってたりするところだね。
子供の頃は自然の中や、神社で遊んだり、神社のお掃除とかしてたんだ。
趣味は武道で、よく格闘技のビデオを見てたりするかな。
好きなものは格闘技のTVとか、うどんとか、それから、みんなのことがとっても―――」
友奈は若葉、千景、ひなた、杏と、他の友達にも、これからもっと多く自分のことを話し、それをきっかけにまた絆を深めていくはずだ。
友奈もまた、一歩を踏み出した。
竜胆はいつも友奈に勇気を貰っている。
けれどもこの時は、竜胆が友奈の背中を押し、彼女に勇気をあげていた。
明日からは、友奈も時には、自分のことを友達に知ってもらおうとしていくことだろう。
海人の死は傷を残した。
竜胆も友奈も、"自分のせいで"という思いを拭いきれていない。
友奈が漏らした弱音は、友奈の心に付いた傷から漏れたもの。
海人一人だけではなく、多くの仲間達の死が付けた傷から漏れたもの。
友達との語り合いは、友奈の心に付いた無数の傷を、ほんの少しだけ癒やしてくれる。
友奈に撫でられている牛鬼が、そんな二人をじっと見つめていた。
竜胆や友奈が見ていた月と同じ月を、その時千景も見上げていた。
皆、同じ空の下でそれぞれの人生を生きている。
千景は小難しいことが書いてある本を閉じ、眉間を揉んだ。
思いを馳せるのは、友奈と竜胆のこと。
こいついっつも友奈か竜胆のこと考えてんな。
(あの二人は、私が何かしなくても、きっと立ち上がる。だけど)
海人の死が、大地、友奈、竜胆の心に特にダメージを与えたことは、千景も分かっている。
(辛さは、痛みは、そのまま残る。何かしてあげたい)
何かをしてあげたい、とは思うが、何をすればいいのか。自分に何ができるのか。その一点で、千景は悩みに悩んでしまう。
抱きしめてあげたい、なんて千景は思うが、それでは何も解決しない。
竜胆と友奈はそれでも救われた気持ちになるだろう。
心の傷も少し塞がり、気力も全回復するに違いない。
そして千景にいい笑顔で「ありがとう」と言い、千景はとても嬉しい気持ちになるのだ。
けれど、それで終わりだ。
間近に迫る絶望は変わらずそこにあり、ティガと友奈の苦痛は続く。
千景が二人を本当に救いたいのであれば―――
(私は、あの二人に何度も助けられてきたから……
……私と違って、仲間が死ぬ度に、死にそうなくらい辛い想いをしてるから。
辛い想いをしてる二人に、これ以上重荷は背負わせられない。
あの二人に、これ以上辛い想いをしてほしくない。
私は……私は、あの二人に……報われてほしいから……だから……)
もうひと頑張りしよう、と、千景は小難しいことが書いてある本を再度開いた。
(死にたくないし、死ねない。
鷲尾さんみたいに、死ねない。
友達を悲しませたくないから、私は死ねない。
死なないで……生きて……二人と、皆と一緒に、生きていくんだ……!)
奇跡の種は、どこに転がっているか分からない。
けれども、それを探さない者にそれを見つけることはできない。
奇跡の種を探し求める人間の前に、それは転がり落ちてくる。
(私にできること……それは……)
千景は、奇跡を探す黙読を継続した。
もはや大侵攻の戦力を削る、などと夢見がちなことを言っていられる段階は過ぎた。
迂闊に攻めればブルトンの空間歪曲に絡め取られ、投入した人類戦力はそのまま潰される。
海人の死から数日が経った今、大社は"二週間後の大侵攻迎撃に全てを懸ける"決断をした。
地震対策、竜巻対策など、神樹に調整を施し樹海に様々な属性を後付けする。
今回の大侵攻は、あまりにも災害級の能力が多い。
気休め程度でも対策をしておかなければ、樹海の崩壊と四国の壊滅は目に見えていた。
亜型十二星座になる前から、各十二星座は災害に類する能力持ちが多い。
よって、地震を初めとするいくつかの能力に対しては、樹海に以前から耐性が備えられていたということだけは、不幸中の幸いだった。
よって今回の最大の調整は、『メタフィールドの強化効果を残しつつ』、『樹海化という四国防御機構を極限までカットする』というものになる。
ブルトンは、一言で言えば四国結界特攻である存在だ。
どれもこれもと欲張れば、四国結界は必ず破綻する。
ゆえに大社は樹海化という守りを捨て、巨人と勇者を強化するメタフィールド効果という攻めだけは、何がなんでも残そうと考えた。
その調整が上手く行けば、大侵攻時の戦いは、メタフィールドの強化を受けながら四国結界内での市街地戦となるだろう。
それは、何万人、何十万人という死人が街に出ることを前提とした、捨て身の策であった。
大社と神樹の合意の上で行われている調整とはいえ、それほどまでに大規模な調整だ。
大社の大半は休日すら取れない急ピッチの作業になるだろう。
また四国全域で避難誘導が始まるなら、そこの負担も相当なものになる。
だが、大社はやる。
何人犠牲が出ようが、どれだけ負担がかかろうが、止まらない。
やらなければ滅びる。
やらなければ全員死ぬ。
だからやる。
それだけだ。
それを大地と竜胆に伝えたのもまた、正樹圭吾、その人であった。
「正気ですか……!?」
竜胆は、一般市民に出る被害を想像し、声を張り上げた。
大地は、とても偉い立場にいる正樹が使いの者を出さずに自分一人で伝えに来たことに、彼なりの不器用な誠意を感じた。
そして、正樹は犠牲を許容していても、竜胆と大地は全く許容していなかった。
「どれだけ死ぬと思ってるんですか!
あの数と、あの質です!
守りきれないとかそういうレベルじゃない! 人と街が何割残るかも分からない!」
「だろうな」
「―――っ」
「私は……鷲尾一人を犠牲にするのも、何万人犠牲にするのも、同じだと思っている」
「おい……おいっ!」
「鷲尾に、ブルトンを倒して死ねと無理強いしたのは私だ」
「―――!?」
「必要な犠牲、尊い犠牲だ。
……勇者とウルトラマンだけに犠牲を強いるつもりなどない。全ては勝つためだ!」
「死んだ人は! そんな理屈じゃ納得しないでしょう!」
竜胆が正樹に掴みかかる。
その目には、確かな怒りがあった。
正樹の目が竜胆を捉える。
その目にも、僅かな怒りが見えた。
「黙れ、御守」
「っ」
「お前が言うのか? お前に殺された人間の、誰が納得しているというんだ」
「―――」
「私は、今の地位に上り詰める前は、お前の過去の罪に関する工作をしていた。
お前の罪を軽く見せ、世論を少しはお前に同情的なものに変える工作を、だ。
私は、お前に殺された罪のない人は、さぞ無念だっただろうと思っている。
お前に同情するところが多々あろうと、殺した現実に変わりはない。
だからお前が嫌いだ。
だが、だがな。
人類にはお前が必要だった。これまでも、これからも。
だから私は……
その言葉は。
今も自分を許していない竜胆には、言ってはならない言葉だった。
必要な犠牲なんて言葉は、使ってはならなかった。
竜胆が正樹の襟首を掴む力が、グンと増す。
「あんたはっ! 鷲尾先輩を死なせて、その上、あの人達まで―――!」
「必要な犠牲だった! 尊い犠牲だった!
それを無駄にして……世界を終わらせてなるものか!
何がなんでも、何を犠牲にしてでも、勝たなければ!
先に死んでいった土居は、鷲尾は、何のために……!」
「分かる! 俺だってそれは分かる!
だけどそれと、『これから意図的に沢山の犠牲を出す』ことは話が別だ!
人が死んで得た悲しみで、人を守る決意を固めるのはいい!
けれど、人が死んで得た悲しみを理由に、もっと人を死なせようとしてどうするんだ!」
「……勝てないのなら、全ての綺麗事は無意味だ!
最悪のリスクを前提にティガダークを投入したのも、綺麗事を捨てて、勝つためだ!」
「……!」
「本当は……お前など……受け入れたくはなかった……!
ウルトラマン達に謂れなき悪評を与えたお前など……!」
身長180を超え筋肉もしっかり付いている竜胆に、襟首を掴み上げられ、その迫力に押されても、正樹は微塵も怯まない。
「最初は外国にいたボブやシェパードとは違う。
鷲尾と三ノ輪は、最初から日本だった。
ウルトラマンへのバッシングが最悪に濃厚だった日本から始めた。
二人は悪評しかない状況から始め……ずっと、ずっと、戦ってきたんだ」
「……それ、は」
「悪評の原因は、お前だ……!
そして、私は……
大社に入って、地位を得ていったくせに……
権力を使って二人を守ることすらできなかった、貴様と同類の最悪だ……!」
正樹圭吾には、"世界と全体の人々の生存のためには家族ですら生贄に捧げられる"性質と、大切な人の喪失に苦痛と悲嘆と絶望を覚える当たり前の性質が同居している。
それは、この時代の『大社』においては少数派の性質であり。
アナスタシアが見た未来の、三百年後の『大赦』においては多数派である性質だった。
ティガダークが生んだウルトラマンへの悪評から、ガイアとアグルを守りたかった。
死んでいった鷲尾海人に、心底敬意を抱いていた。
海人が断れるような頼み方で、海人に自己犠牲を頼んでいた。
その全ては、矛盾しない。
「鷲尾のことで責められるべきだと言うなら、甘んじて受け入れてやる。
だが!
私と同じ、あいつを苦しめた側の貴様にだけは、何も言われたくない!」
死なせたくない人間を生贄にしてでも全体を守ろうとする思考と、自分を含めた"三ノ輪と鷲尾を苦しめた人間"全てを嫌う思考は、矛盾しない。
「一般人を犠牲にすることに関して―――貴様にとやかく言われたくはない!」
「……そう、だよな」
竜胆が正樹の襟首を掴む力は、いつしか緩んでいた。
「……御守、お前が、最初からずっとそう在れるウルトラマンであれば……」
「え?」
「何でもない。全ては納得してもらう。
これから先、四国の大被害を前提とした大侵攻の迎撃も、だ」
正樹は望んでアグルという犠牲を出しつつ、更に一般市民の途方もない犠牲も出そうという、見方によっては最悪の邪悪のような主張をしていた。
それを"この状況じゃ仕方ない"と思う者もいるだろう。
"ふざけるな"と思う者もいるだろう。
竜胆は後者だった。
後者だったが……自分を責めるように竜胆を責める正樹の姿を、竜胆の目は、単純な悪として見ることができなかった。
「私の命令を聞け、強要されろ。
……お前達は言われた通りにしただけで、それをしても、何も悪くはないんだ」
「……あんた、まさか」
勇者が、ウルトラマンが、「四国の人間を犠牲にしてもいいから、樹海化をカットしてメタフィールドの強化だけ残して」なんて言えるだろうか?
言えない。
無理だ。
そんなこと、提案どころか考慮することだってできないだろう。
だからこそ必要だった。
そんな最悪の作戦を、勇者とウルトラマンに強要する人間が。
自覚的にそう在れる人間が必要だった。
善き人間が善意の手段だけを選んでいては勝ち目なんてまるで見えない状況で、ほんの僅かでも勝ち目を作る、最低最悪の人間が必要だった。
それでしか勝てないのなら。正樹は、犠牲を前提に、それを強要する。
それは、可能性レベルの話であれば、大社の基軸として据えられ、何百年と続く組織の基本思考になるかもしれないほどに、この世界の状況とマッチした合理の思考だった。
「お前のせいで……私のせいで……だから、私は……」
アグルのことを納得しながら――悔いながら――次の犠牲を出そうとする正樹に、竜胆は何も言えない。
言うべきなのに言えない。
されど、何も言えない竜胆の代わりに、横合いから大地が正樹の顔を思い切りぶん殴った。
「!?」
「御守、殴るべき時には、ちゃんと殴ってやれ。
殴られて、正樹が吹っ飛ぶ。
頬が腫れ上がるほどの一撃だったにも関わらず、正樹は微塵も怒らない。
尻もちをついた正樹は、それが当然だと言わんばかりの目で大地を見ている。
「自分を責めてりゃ他人を責めてもいい、なんてことはない。
竜胆も責めるな。自分も責めるな。正樹先輩、あんたを責めるのはワシだ」
「三ノ輪……」
「ワシは、あんたは高校の時から全く変わってないと思ったんだがなあ」
戦士を犠牲にして世界を守る大社と、自分が犠牲になってもいいから世界を守れと大社に望む戦士の、奇矯な関係性。
「あんたなら……ワシを捨て駒にしてでも、世界を守ってくれると信じてた」
「っ」
「まさか、ワシを生かそうとしてカイトを犠牲にしたとはな。失望した」
正樹には、一つだけ、絶対的に責められるべき点がある。
それは、大社としてどんなものでも犠牲にできる彼が、ブルトンを倒すための特攻要員の候補から、友である大地を露骨に外していたことだった。
信用できる特攻要員なら、振り絞らなければ勇気が出せない海人より、平然と自分の命を懸けられる大地の方がずっと向いているに決まっている。
海人がブルトン打倒に費やされたことを知った時点で、大地は正樹が"私情を挟んだ"ことを察していたのだ。
正樹は、大地を死なせたくない。
大地は、仲間が死ぬくらいなら自分が死ぬ。
ゆえにこそ、正樹の選択を大地は許せない。
何故カイトではなくワシに言わなかった、という怒りが湧き上がっていく。
けれども。
「だけど、その選択を選んだのはカイトじゃ。あんたじゃない」
大地は、正樹が鷲尾に"死ね"と強要できない男であることを知っていたし、海人が他人から強要された決死行などしない男であることを、知っていた。
結局のところ、海人を殺したのはバーテックスであり、死に至らせた海人の選択である。
だから、三ノ輪大地は、正樹圭吾に対してではなく、鷲尾海人に怒っているのだ。
「ワシが最悪だと思っとるのは、自分の命を投げ売ったあの
もしも、もしもだが、アグルがあの時、率先して命を投げ売っていなければ。
全員生き残れたのか、全員死んでいたのか。
それは誰にも分からない。
だが、海人の死が、無駄死にと言われるものの一種だったことも事実。
そして、海人が皆に"生きてほしい"と願ってその選択をしたことも、また事実なのだ。
全て分かった上で、大地は正樹を殴り、海人に怒る。
それは正樹の友であり、海人の相棒である彼にとっての、"人としてするべきこと"だった。
「……すまない」
正樹が謝る。
尻もちをついて、頬を腫らした正樹に、大地は手を差し伸べた。
「ここからもう一度、ワシはお前を信じたい。
正樹先輩、ここからちゃんと、ワシの信頼に応えられるか?
もしも誰かを犠牲にしなければならない時は、ワシを最初に犠牲にしろ。約束できるか?」
それは、大地らしい言い草であり、同時に正樹に突き立てられた戒めの楔でもあった。
大地を死なせる手段を、『友情』から選べないのであれば……もはや正樹は、露骨に勇者やウルトラマンを犠牲にする選択を取れなくなる。
正樹は全員が生き残ろうとする考えを否定していない。
ただ、犠牲無しには勝てないだろう、と確信しているだけで。
大地は犠牲を前提にした救済を否定していない。
ただ、自分が生きている限り犠牲は避けたいと、最初の犠牲は自分であるべきだと、そう思っているだけで。
正樹は渋々、本当に厄介な生き方をしている大地の提案を受けた。
「……分かった」
「グッド。ワシも鼻が高い。あんたの頭の良さは信用しとるからな」
正樹は大地の手を取ろうとする。
すっと、そこに、もう一本差し伸ばされる手があった。
大地の横で正樹に手を伸ばす竜胆を見て、正樹はたいそう驚いたようだ。
「……いいのか?」
「誰かに手を差し伸べるのに、理由は要らない……って、かっこよく言えたらいいんだけどな」
そんな善いこと言える人間じゃないんですよ俺、と、竜胆は苦笑する。
竜胆が、自分を嫌う人間のために手を伸ばすのは、本当にいつものことだったから。
「俺の思う正しさと、あなたの思う正しさは、違う。ただそれだけのことだと思うんです」
「……御守」
竜胆は正樹の考え方には絶対に賛同できない。
だが、それと正樹に手を差し伸べることは、竜胆の中では別問題だった。
「……」
大地の手と竜胆の手が、正樹の手を掴み、引き起こす。
初めて大社の上層部に、『御守竜胆個人を見てくれる明確な味方』が、出来た瞬間だった。
「御守、大社の偉い人じゃ。何かあったらこの人に相談してみるといい」
「は、はい」
「おい、三ノ輪……まあ、いいか」
正樹はため息を吐き、懐から電子カードを取り出した。
それを、竜胆の首元の首輪にかざす。
「動くなよ」
「え?」
ピピピ、と音が鳴り、竜胆の自由な変身を制限していた爆弾首輪が、パッと外れた。
「えええっ!?」
「前々から大社では"外してやっていいんじゃないか"って声があった。
……今の大社の中での君の評価を考えれば、私が独断で外しても問題はない」
「え、あ、ありがとうございます。でもいいんですか?」
「リスクは私も計算している。君が考えるようなことじゃない。君は自制をすればいいだけだ」
手錠はそのまま、耳の発信器ピアスもそのまま。
だが首輪がなくなったことは大きい。
これは竜胆が街中などで自由に変身することを絶対的に封じるもので、これがなければ竜胆は街を歩くことさえ許されてはいなかった。
市民は、変身可能な竜胆が街を歩けば怯えるし、大社はそういった市民の当たり前の感情や竜胆の危険性を無視することはできなかった。
されど、それも過去形の話。
今の市民感情であれば、首輪を付けていない竜胆が街を歩くくらいなら、ギリギリ許容されるだろうと、正樹は判断した。
……ギリギリ許容されるはずだと、正樹は自分に言い聞かせていた。
ティガに対する抑止力である首輪を、正樹が外したということは。
三ノ輪大地の友人・正樹圭吾として、ずっとティガダークを嫌っていた彼が。
クレバーな大社の人間・正樹圭吾として、ティガダークの危険性をずっと考慮していた彼が。
ウルトラマン達への悪評を見てきた者として、ティガダークを許さなかった彼が。
―――
(この信頼は、裏切れないな)
首輪がなくとも、竜胆は街で人を傷付けることはないと、正樹は信じてくれたのだ。
「さて、各々言いたいこと言って、醜態晒したところで、だ。戦いの日の話をしようや」
大地がニッと笑う。
海人が海のように心揺れる男で、外部の圧力に合わせ形を変える心を持つ男なら。
大地は大地のように心揺らがぬ男で、滅多にその心の形を変えない男であった。
ドッシリ構えて、二週間後の大侵攻に備えを始める。
「ワシらのやるべきことは、『守る』こと。それが全てだと、もう一度思い出そう」
人間としての先輩を大社に持ち、ウルトラマンとしての後輩を仲間に持つ大地は、あの絶望的な敵軍の全てを見た上で、何も諦めてはいなかった。
そしてゼットは、苦しんでいた。
「ぐっ……うっ……!」
天の神の思うように動かないゼットの命は、刻一刻と祟りに削られている。
直接逆らっていないというのにこの重圧。
ゼットですら抗えない、世界の理とは異なる神の理による力。
神というものが何故恐ろしいのかが、ゼットを見ているだけでよく分かる。
「……奴らも、私の同類か」
ゼットが見つめる先では、コダラーとシラリーもまた、祟りに抵抗して苦しんでいた。
体が膨れた水色のトカゲのようなコダラー、首の長い竜のようなシラリーは、星屑を集めて作った怪獣ではない。
彼らは地球の呼び声に応え、地球の味方として振る舞う存在であり、天の神が生み出したものとは違う『地球の味方』である。
そういう意味では、ガイアとアグルの怪獣バージョンと言うこともできるだろう。
コダラーは『深海に閉ざされし者』。
海の底で眠り、地球のSOSを聞けば、立ちどころに地球の敵を倒す者だ。
シラリーは『天空に追放された者』。
地球のSOSを聞けば、宇宙の遥か彼方より飛来して敵を倒す、地球の守護者だ。
ゆえにこそ、本来は天の神と敵対する者であり、地球の意志に沿って地球の命を守り戦おうとする怪獣である。
なればこそ、祟りによって縛られていた。
コダラーが天の神の意に反する行動を取ると、コダラーとシラリーに凄まじい苦痛が与えられ、度が過ぎればシラリーに物理的な害が及ぶ。
シラリーが天の神の意に反する行動を取ると、コダラーとシラリーに凄まじい苦痛が与えられ、度が過ぎればコダラーに物理的な害が及ぶ。
仲間を思うなら、人間を滅ぼす行軍に加担しなければならない。
でなければ片割れが苦しむ。
地球と敵対せず、されど人類とは敵対する、というのが、元来地球の使徒であるコダラーとシラリーが選んだ選択だった。
祟りとは、その対象に"恐るべき不幸"をもたらすもの。
仲間と共に戦う者に対し、『仲間を祟りの不幸に巻き込む』という祟りのカタチは、最高最大にして、最低最悪に効果を発揮する。
一匹狼なゼットには、ゼットに一人に最大の地獄を与える形で発現しているが、この祟りの本来あるべき姿は、コダラーとシラリーに発現しているもののような形なのかもしれない。
「親交を持った仲間がいるということは……付け入られる隙があるということだ……」
ゼットはゼットン軍団を道具のように使っているため、正確には仲間と呼べる者はいない。
軍団を率いている事実が、仲間がいないという事実を際立たせる。
彼はどこまでも一人で在る。
なればこそ、この大侵攻によって"一騎打ちなど馬鹿らしい"とばかりに勝利が決まってしまう未来予想に、好感を持てないでいる。
ゼットは苦しむ自分、苦しむコダラー、苦しむシラリーを順繰りに見る。
死以外に、この祟りから逃れるすべは、無いように思えた。
「……負けるな、ウルトラマン、勇者。こんなものに、負けるなッ……!!」
大侵攻の、日は迫る。
竜胆の首輪は取れたが、あまり顔を晒さない方がいいことには変わりない。
竜胆は今日もフードを深くに被って、天恐患者のフリをして、空を見ないように街を歩く。
そんな竜胆を先導するのが、伊予島杏。
二人は私服で、街を遊び歩いていた。
「ここのジェラート、美味しいでしょう?」
「ああ、こりゃ美味いな。ベタなバニラでも美味しいって感じるのは相当だ」
「タマっち先輩もここ好きだったんだよ」
「……ああ、そうなのか」
「うん。タマっち先輩なら、りっくん先輩を絶対にここに連れてきたと思うんだ。
アイスだから冬には連れて来れなかったけど、夏になったから、もういいかなって」
「ありがとな、杏」
「どういたしまして。さ、次はどこに行く?」
竜胆と杏を遊びに行かせた場合、一見すると牽引力のある竜胆が、引っ込み思案な一面がある杏を引っ張っていくように思える。
だが実際は、その数奇な生涯のせいで年齢不相応に"遊び"に疎い竜胆が、年齢相応に
なりやすい、とは言っても、竜胆と杏が二人きりで出かけたことなど、今日までほとんどなかったと言っていい。
竜胆が甘受しても、杏の方が二人きりというものをちょっと恥ずかしがるからだ。
なので竜胆はそこに違和感を持ち、杏がいつもの杏らしくない理由に心当たりを見つける。
「なあ、俺は、そんなに様子が変に見えたか?」
つまり、"俺は気を使われてるんじゃ"ということだ。
竜胆は周りを心配させるような振る舞いを自分がしていたのでは、と自分を省みる。
そして杏が一瞬返答に迷ったのを見て、竜胆はそれを半ば確信していた。
「ううん、平気そうに見えるかな」
「そうか」
「りっくん先輩、無理してない?」
「無理はしてないよ。だけど、頑張ってることは否定しない。悲しくないとも言わない」
だが、杏は竜胆が平気そうに見えるという。
なのに"無理してない?"と聞いてくる。
杏の返答はちぐはぐだった。
「なんで無理してる、なんて思ったんだ? 平気そうに見えるんだろ?」
「見える、見えるけど……
りっくん先輩が辛くないわけない、って思ったから。
目で見たものと、頭で疑ったものがあって、目で見たものが信じられなくなっちゃって」
感性重視の勇者達の中で、唯一理性重視の杏らしい。
頭で考えて辿り着いた不安から、竜胆の平然とした振る舞いの中に混じる嘘に、半信半疑ながらも気付いたというわけだ。
「私の杞憂ならいいんだ。
それに越したことはないから。
私の気のせいだったとしても、気晴らしはやって損になることないと思うしね」
竜胆の心が辛いなら、少しはその癒やしになる。
そうでないなら、ただ楽しく遊べばいい。
それだけのことだ。
「りっくん先輩が実際に落ち込んでても、そうでなくても、どちらでもよし。
複数の状況に対応できるように色々考えておくが、戦術……って、本に書いてあったんだよね」
「良い考え方だ」
「嘘つかないで答えてね。本当に大丈夫?」
「杏のその気持ちが嬉しい。それで十分だろ?」
「……うん」
"嬉しい"だけでも、伝わるものはある。
"ありがとう"という感謝と、"気を使わせて悪いな"という謝罪と、匂わせるだけの本音の吐露、そして"大丈夫だ"というメッセージ。
杏の気遣いは正しかった。
気遣いは優しさであり、竜胆の心に注がれる活力である。
ケンのように、仲間が死んでも泣かずに踏ん張る強さを見せていた竜胆の心を、杏の想いが支えてくれる。
「次はどこに行く?」
「本屋に行きたいんだけど、りっくん先輩も付いて来てくれる?」
「ああ。本たくさん買うと重いだろ? 俺が持つよ」
「ん、ありがとう」
現状、四国はどうしようもない。
竜胆は毎日欠かさず特訓して自分を磨いているが、焼け石に水としか言えない。
有効な打開策は一つも上がってこないまま、四国の皆と一緒に死刑台に向けて歩いていくような毎日が、竜胆の精神を僅かずつ擦り減らしていっている。
竜胆の頭が悪いということは、すなわち知識を使った起死回生の策など思いつくことはなく、竜胆は考えても考えても疲れるだけだということだ。
そんな竜胆の心を、杏の可愛らしい笑顔が癒やしてくれていた。
(ん?)
竜胆の感覚が、何かを察知する。
奇妙な感覚だった。
それは遠くから聞こえるかすかな集団の足音や、その集団が発する異様な雰囲気。
竜胆は音と空気だけで、以前見た丸亀城のデモのことを思い出していた。
「見つけた!」
やがて、集団から先行していた一人が竜胆達を見つける。
すると足音の間隔が速まり、早足で集団がやってきた。
夜の街の隅っこにいそうなアウトローや、少しの大人も混じっていたが、全体的に不良とそうでない中学生~高校生が集まった集団だった。
俯瞰すると、"学生運動"といった印象を受ける集団。
ただの学生運動と違うのは、全員が金属バットや木の角材のような、武器を持っていることか。
異様な雰囲気に、武装した市民。
竜胆はとっさに杏を庇って立ち、杏は恐れを感じながらも声を上げた。
「な、なんですか、あなた達は」
「勇者だ」
「勇者の伊予島だ」
「ちょっと、邪魔だからどいてくださいよ」
「邪魔、って」
「おれ達はこれから、悪逆非道の男を排除するんですよ!」
「そいつが来てから、歯が抜けるように皆死んでいったんです!」
「有力な推測があるんですよ! そいつがやったっていう! 証拠もあります!」
「どけ! 御守竜胆を再起不能にしてやるんだ!」
「―――!?」
それを、一言で言うのなら。
『パニック』、あるいは『暴動』、あるいは『市民の暴走』と言った。
「りっくん先輩は私達の大事な仲間です!
仲間も、街も、ずっと守ってきてくれました! それは誤解です!」
「騙されてるんだ!」
「私達は真実を知っている! 目を覚まして、勇者様!」
「そいつが諸悪の根源だ!」
「バーテックスと何も変わらない! 俺達でそいつの化けの皮を剥いでやるんだ!」
集団が加熱する。
ぱん、と音が鳴った。
集団の高校生らしき集団が引き金を引いた、ガスガンの音である。
時速300km以上で飛んだ弾が竜胆に何発も迫るが、奇襲にもかかわらず竜胆は悠々と反応し、余裕を持って全弾を掴み取った。
「ちょ、ちょっと、落ち着いてください」
「おい、おい、今の」
「ま、マジかよ」
「化物だな……」
「もっと撃て撃て!」
集団が加熱する。
竜胆の人間離れした動きに、民衆は恐怖を抱いた。
排除しなければ、という生物的本能が励起し、人々を熱狂的に・攻撃的にさせていく。
次に放たれたガスガンの弾の内いくつかが何故か、杏の方に飛んで行った。
(! 熱くなって照準ズレたのか?)
竜胆はとっさに体を割り込ませ、いくつかの弾を掴むが、一発が左目に入ってしまう。
一時的に、と頭につくが。
竜胆の左目が、失明した。
「っ!」
「りっくんせんぱ―――」
「前に出るな杏! 皆、冷静じゃない!」
集団が加熱する。
血を見て興奮する、という生物的作用がある。
それに限らないが、争いをする生物というものは、戦いに関わるきっかけによって精神を攻撃的なものに変容させたり、戦いの中の痛みを和らげる作用を生み出したりする。
竜胆が傷付いたことで、集団は一線を越えた。
心理学的に言えば、"自分達はまだ誰も傷付けていない"という状況での精神状態と、"自分達はもう他人を傷付けてしまった"という状況での精神状態は、一線を画する。
知らず知らずの内に、集団は"何もせず帰る"という選択肢を喪失させられていた。
更には、『悪』の象徴と見ている竜胆が痛み苦しむ姿に、感動を覚えた者もいた。
自分達も戦えるんだ、と。
悪に太刀打ちすることができるんだ、と。
心理学の世界では『善が報われ悪が苦しむ世界』を、普通の人間はごく自然に求めるということが証明されている。
例えば何も悪いことをしてないのに苦しんでいる人がいると、「何も悪いことをしてない人が苦しむ世界なんて嫌」「そんなのが現実であってほしくない」「じゃあこの人は悪い人なんだ」と思い、アラ探しを始めるということが、研究によって判明しているのだ。
だから、皆、ある程度の気持ちよさを感じていた。
悪が苦しんでいる。
悪が傷付いている。
因果応報、だから楽しい。だから嬉しい。
人間には同じ人間を攻撃することを忌避する精神の作用もあるが、それは『悪の人間』への攻撃を止めさせるほど大きなものではない。
正しさを掲げて悪を討つ気持ちよさに勝るものではない。
それは、歴史が証明している。
「病院送りにしてやれ!」
「勇者やウルトラマンがこいつに全滅させられる前に!」
「騙されてる勇者達の代わりに!」
「バカな大社の代わりに!」
「いっそ殺しちまえ!」
「えっ、殺すって……」
「そうだ、殺せ!」
「こいつに殺された人達の仇を取るんだ!」
バットを持った人達が襲いかかってくる。
竜胆は何十人が相手だろうと、格闘でなら無双できる。
素人なら四方八方から百人で襲いかかられても、竜胆は容易く制圧可能だろう。
だが。
竜胆は一般人を怪我させられず。
竜胆の後ろには守るべき杏がいて。
集団は全員が金属バットやガスガンなどで武装していて。
集団の総数は、明らかに百人を超えていた。
これでは竜胆一人では、文字通りに手が足りない。
竜胆を狙って飛んで来る弾、振り下ろされる木刀、金属バット。
竜胆は多人数相手でも巧みに受け流していったが、また竜胆の近くにいた杏に流れ弾のように金属バットが行き、竜胆の腕が杏を庇った。
「っ」
ビキッ、と音が鳴る。
竜胆の腕の骨が折れたが、バット越しではそれは分からない。
バット越しに痛みは伝わらない。
痛いのはバットで殴られた者だけだから、殴る方にバットで殴ることを躊躇う理由が生まれることはない。
集団が加熱する。
今、彼らは集団の一体感に酔っている。
そして"人間を殺す悪の怪物へ反撃している"という状況に酔っている。
"皆で力を合わせて勝つ"気持ちよさに酔っている。
彼らはずっと虐げられてきた。
ずっと攻撃されてきた。
ずっと奪われ続けてきた。
バーテックスに、地獄の中に落とされ続けてきたのだ。
なればこそ、"御守竜胆という悪の怪物"に対する攻撃には、多大に"バーテックスという怪物"への憎悪や怒りが混ざり込んでいる。
"人を沢山殺した怪物"を、『皆』は許さない。
「やめてっ!」
そんな竜胆を、杏が体を張って守ろうとし。
竜胆に向けて振り下ろされた金属バットは途中で止まらず、杏に振り下ろされ―――竜胆がそれも庇い、背中で受けた。
何かが折れたような、音がした。
「あぐっ!」
「いいから! 私はいいから、だから、りっくん先輩っ……!」
「……いいわけねえだろっての」
杏には傷一つ付いていない。
もはや熱狂の渦は、熱意に動かされた人間を狂気の領域へと踏み入れさせていたが、狂乱の攻撃の一つたりとも、杏にはぶつけられていない。
守ると言ったなら、守る。
絶対に守ろうとする。
約束は絶対に破らない。
それが、御守竜胆の生き方だ。
「な、なあ、これ、いいのかな……」
「よっしゃ! 正義の鉄槌を下したぞ!」
「あの日の高知で、どれだけの人がお前に殺されたか……思い知れ!」
「良い人ぶって仲間を庇えば、僕らが騙されると思ったか!」
「……どれだけ他の人間をバカにして、甘く見てるんだ、お前は!」
「皆お前の本性を知ってるんだよ! 騙されるわけないだろ!」
集団が加熱する。
"仲間を庇うふりをして一般人を騙そうとしている悪辣な悪者の姿"に、集団の怒りは一気に加熱し、竜胆を許さないという気持ちが膨らんだ。
「やめて……やめてぇっ!」
「やれ、やれ!」
「いいぞ、もっとやれ!」
「殺人鬼がなんでまだのうのうと生きてるんだ!」
杏の声は、皆の叫びに飲み込まれて誰にも届かない。
バット、鉄パイプ、木刀、角材、ゴルフクラブと、多くのものが竜胆を叩いていく。
竜胆は杏を抱きしめるように庇い、杏をあらゆる攻撃から守りきっていた。
人々を守るために頑張ってきた竜胆に、人々は武器を持っての攻撃を返した。
(―――ふざけないでよっ!)
杏は懐から端末を取り出す。
後から何を言われてもいい。
勇者失格だと言われてもいい。
けれどもここで何もできないのなら、勇者である意味がないと、そう思った。
変身し、武器を撃ち、全員の肝を冷やしてどかす。
そう考えて、変身しようとするが……木製バットが端末をかすって、杏の手から落とされてしまった。
「痛っ」
変身の前に端末が落ち、竜胆達を囲む集団の足元に落ちていってしまう。
これでは変身ができない。
杏は少し訓練をしただけの、ただの女子中学生のままだ。だから、何もできない。
竜胆が痛みに声を漏らす。
それが人々の加虐心を加速させる。
集団が加熱する。
「なあ、勇者様に当てるのはマズいんじゃ……」
「足を狙え! 足を狙っておけば逃げられなくなるはずだ!」
「いいんだよ、勇者なんて無能の代名詞だろ」
「守ってくれもしないもんな、力を貰ってるくせに」
「こいつ傷すぐ治るんだな……本当にバケモノだ……」
「もっとボコボコにして、潰さないと、こいつには効かないんだ!」
「いいじゃん、勇者とか病院送りにしても。要らないだろ、弱い勇者なんて」
「街にまで攻め入られてたんだもんな」
「役立たずな勇者は再起不能になったら勇者が再選されるってウワサ聞いたけど」
「え、マジかよ! じゃあ役立たずは再起不能になってくれた方が得じゃん!」
「大社が勇者の入れ替えやんねーのなんでかって思ってたけどそういうことか」
「ちょ、ちょっと皆落ち着いた方が……」
「私達で大社の後押ししませんとね」
「そうだ、必要なのは最後の一押しだ!」
「戦場で死ぬくらいなら怪我させて病院に詰め込んでおく方が、勇者にとっても幸せだな」
「そうだそうだ! 次の勇者の選考はもっと民意を反映してほしいな」
「強いやつを勇者に据えてくれるなら嬉しいことだし……よし、やろう!」
「四国のために!」
集団が加熱する。
「地球は人類自らの手でも守っていかないといけないんだ! そうだろ?」
集団が加熱する。
「大社を騙して、猫を被って虎視眈々と虐殺の機会を待っている虐殺者を、排除しよう!」
集団が加熱する。
「弱い勇者も病院送りにして、勇者の再考を大社に決断させてみよう」
竜胆は杏に指一本触れさせず、竜胆の体に加速度的に傷が増え、集団が加熱する。
「今の体制を変えるんだ!
このままじゃオレ達皆死ぬかもしれない!
大社も、勇者も、ウルトラマンも、もう信じられるか!
何もできずに敵に殺されてってるだけじゃないか!
このままじゃいけない! 絶対にいけない! 何でもいいから、何か変えるんだ!」
竜胆は攻撃に耐え、中学生と高校生を中心とした集団が加熱する。
「本当にさあ」
竜胆を体で庇おうとする杏を抑え、皆に攻撃される竜胆の耳に、その言葉が届く。
「クソ野郎と無能しか居ないのかよ、勇者とウルトラマンって。何無駄に死んでんだ、カス」
集団と、竜胆の頭の中と心が、加熱する。
騒動は、四国各地で起こっていた。
大社にて、正樹が大社職員の報告を受けて眉間を揉んでいる。
「四国各地で一気に問題噴出とは、どういうことだ?」
「分かりません。ただ、原因は分かります。ティガの支持率増加です」
「支持率増加?」
「ティガはこれまで、当たり前のように責められてきました。
ティガが悪というのは、多くの人の中で常識だったんです。
そこにティガを支持する人が現れたことで、人と人の間に軋轢が生じたんです」
「……そうか。
息をするようにティガを罵倒する人と、それに反発する人間に分かれたのか。
反発は人を時に意固地にさせる。
ティガ擁護派が出現したことで、ティガ攻撃派が一気に過激な行動に出たんだな」
人間は意外と、"日常"の中ではそこまで過激な行動に出ない。
その日常に過激さが含まれていなければ、だが。
ティガを皆で一緒に攻撃していた時は良かった。同じ物を皆で攻撃していた一体感があり、自分よりも下等なものを攻撃するという快楽があった。
だが、そこに反論されるとなれば話が変わってくる。
気持ちよくティガをバカにしていたような人は、そこに反論されれば不快感を覚え、自分に反論してきた人間に敵意を持つ。
ティガを擁護する人間に攻撃を始めようとする者もいるだろう。
更にティガへの敵意を膨らませる者もいるだろう。
"論争"というものはとにかく、人の負の面を膨れ上がらせる。
なら、その膨れ上がった負の面はどこに行くのか、という話だ。
集団暴力事件にまで発展したのは香川の一箇所だけだったが、他の場所でもそうなりかねないような酷い論争が発生してしまっていた。
ティガに守られた者は、ティガの擁護を絶対に止めない。
ティガが嫌いな人は、ティガが邪悪であると言い続ける。
ならば最後は、口が出るか手が出るかの違いがあるだけで、喧嘩になるしかない。
そうして刺激されたティガアレルギーの者達の中には、ティガへのイライラを過剰に募らせた者もいるだろう。
若ければ、そこから短慮にも走りやすい。
バーテックスなんて欠片も存在しないのに、状況は最悪と言ってよかった。
『ティガを皆が嫌っている』という状況は、見方を変えれば『皆の心が一つになっている』ということだ。
皆の心が一つになっているということは、仲間割れがなく平和であるということだ。
竜胆は、かつて自分をリンチしていた人達の姿に、それを見た。
だがそれももうない。
四国はひっそりと分裂しつつある。
"彼を信じるかどうか"という一つの問題を投げかけられただけで、人々の意見は真っ二つに割れてしまい、それが相互に悪い影響を与え合ってしまっていた。
SNSの意見分裂など、もはや見るに堪えないレベルに成り果てている。
「待て、情報操作と市民の観測はどうした?
こんなになるまで気付かなかったのか? ありえないだろう」
「無理ですよ正樹さん。オコリンボールに何人殺されたと思ってるんですか」
「……そうだったな」
「このレベルになると、もう後から焼け石に水みたいな火消しをするしかないです」
「それでもどこまでやれるか問題だな……
根本は『ティガをウルトラマンとして見るか』の市民間意見対立のようなものだ。
ぶつかって、話をすり合わせて、互いに譲歩するなら良いが……
今の四国でそれができるかどうか……ティガの擁護派はどのくらいの割合だ?」
「3~4割だと思います」
「ティガ排斥派が6~7割か。
……擁護派が7割を超えたあたりでこの騒動が起きていたなら、大社が後押しできたが。
間が悪い……いや、違うか。擁護派が三割を超えた時点で、こうなったのは必然なのか?」
正樹は、竜胆達のために大社を辞めていった蛭川が残していった言葉を思い出す。
―――まだやっていく気があるなら、覚えておけ正樹。
―――人間はな、"誰が悪いか"でも喧嘩するんだ。
―――"とりあえず他人に攻撃的な意見は攻撃しておく"人間というのもいるんだ。
―――俺、巨人、勇者、大社。"どれが悪いか"で人々の意見はネットでまた別れるだろう。
―――そして"誰が悪いか"という意見をぶつけ合い、互いに殴り合うだろうさ。そういうものだ
今、ティガを責めている者の多くは、ティガを擁護する者まで殺人者扱いし、殺人者の味方をする者もまとめて責めていた。
(あなたの言った通りでしたよ、蛭川さん。
"誰が悪者なのか"で四国は言い争い、喧嘩を始めました。
バーテックスが悪い。
ティガは死ね。
無能は消えろ。
無責任な言葉が山のように、海のように溢れている。
それらの言葉に……ウルトラマンを、勇者を、ティガを好きな者が反論している。
我々が良くも悪くも日本人で良かった。
こういった時、国を二つに割って争おうとしたりしない人種でよかった。
他の国の人種なら、国を二つに割っての対立まであったかもしれない……)
かつての竜胆が、光の欠片も無い闇の巨人でありながら、やがて光と闇の入り交じる存在となっていったように。
四国もまた、ティガに対しては闇そのものと言ってよかったが、今はティガに対し光と闇の入り交じる状態になっていた。
善とも悪も言い切れず。
光とも闇とも言い切れない。
ゆえに、混沌。
「正樹さん、どうしますか?」
「勇者、巨人の現在位置を把握。
御守竜胆は発信機で位置を常時特定し、騒ぎが収まるまで城に押し込んでおけ。
丸亀城の警備人員数を三倍に増員しろ。他部署からいくら人を回してもいい」
「はっ」
大社は、事実上、この四国の支配者である……ように、見える。
だが違う。
国の支配者は、いつだって国民だ。
国民全てが生み出すうねりは、いつの時代も国を統べる者をひっくり返す。
政府ですらない大社に、今できることは多くなかった。
遠い、遠い昔。
百年前も。
千年前も。
三千万年前も。
人はこう願った。"平和が欲しい"と。
平和を求めた人達は、精一杯頑張った。
そうして西暦の時代に、色んな国に望まれた平和が訪れた。
平和な日本を、退屈な日本だと言う者もいるかもしれない。
だが、その日本で当たり前のように享受されている平和は、いつかどこかで誰かが切望した平和なのだ。
誰もが、それを忘れていた。
平和であることを当たり前であると思い、自分達の平和を守れなかった戦士には唾を吐き、日常を維持できない政府に悪口雑言を叩きつけた。
これは特別なことではない。
当たり前のことだ。
生物は慣れる。大体のものには慣れる。
慣れるということは、当たり前のものになるということだ。
スマートフォンがある生活に慣れた人間が、50年前の世界に飛ばされれば、ありとあらゆることに不満を持つのと同じこと。
人間は慣れた生活を、少しでも損なわれることに不快感を覚える。
便利な生活も、平和な日常も、奪われれば誰かに文句を言いたくてたまらなくなるのだ。
だから。
"自分達の日常を守ってくれない役立たず"は、怒りと憎悪の対象になる。
皆が平和の価値を忘れていた。
皆で一丸になり、歯を食いしばって戦って、勝ち取らなければならないものであることを、忘れていた。
空気と同じで、あって当たり前のものであると思っていた。
平和すらくれない役立たずに価値はないと、そう考える者すらいた。
彼らは心のどこかで、『平和はいつか戻る』『自分は死なない』と信じている。
戦乱の時代には、誰もが『守られている自覚』を持っていた。
平和が当たり前のものではなく、奇跡のようなひとときのものであることを知っていた。
なればこそ、言えることがある。
『僕らの平和は誰かがくれる』と思っている者達は。
『あいつらが俺達の平和を守るのは義務』と思っている者達は。
『私達は税金払ってるんだから守られる権利がある』と思っている者達は。
『平和が欲しいけど特に自分は何もしない』者達は。
『役立たずは入れ替えろ』と言える者達は。
平和で幸福で自由な世界だからこそ、生まれる人間なのだ。
ゆえに、それを見ていたカミーラは、微笑んだ。
「ティガ、あなたに、闇の祝福を」
四国内部の騒動と、人の心の闇を煽りながら。
カミーラが、四国結界を宇宙から見下ろしながら、たおやかな指を
「さあ、もっと煽りなさい、ゾイガー」
すると、四国内部でいくつもの人間が、カミーラの指示通りに動いた。
竜胆が最初の戦いで、多くの人々と共に殺した紫の怪獣、『シビトゾイガー』。
竜胆はそれを倒した時の記憶も曖昧で、大社にも曖昧な報告しかできていない。
それが、
ある者は竜胆を殴り。
ある者は竜胆の現在位置をネットで公表し、人の動きを煽り。
ある者は大衆に紛れて竜胆とその仲間を追い詰める話や噂を垂れ流し。
ある者はネットの論調、世論を操作し。
ある者は竜胆を殴るふりをして、杏を殴ろうとし、竜胆に庇わせていた。
シビトゾイガーの能力は擬態。
"食べた人間を高度に模倣しなりすます"がゆえに、最悪足り得る。
あの村での戦いで、竜胆は星屑とシビトゾイガーの全てを片付けた。
それは確かだ。
だけど、けれども。
誰も、そんなことは言っていない。
シビトゾイガーが居たのは高知だけではなく、それを送り込んだのは天の神ではない。
そもそも、何故……
高知でシビトゾイガーが人間になりすましていたのなら。
他の地域にもそれがいた、と考えるのが自然だ。
シビトゾイガーは高知のティガダーク出現を受け、高知以外は襲撃せず、潜伏を選んだ。
誰かを食って、姿・声・記憶を奪い、人間の世界に潜伏したのだ。
天の神ではなく、カミーラによって送り込まれた者として。
あの村でも、シビトゾイガーは竜胆と千景の攻撃を煽っていた。
竜胆の影響で改心しそうになっていた人を引き止め、竜胆を見て罪悪感で止まりそうになっていた者の背中を押し、竜胆の味方になりそうな者を村のサイクルに引き戻した。
そうしなければ、竜胆の光に照らされて、皆が改心してしまいそうだったから。
あの村の人間は、シビトゾイガーから見ても、最高に悪質な者が多かった。
だから煽るのは簡単だっただろう。
煽って煽って、竜胆が守っている千景にも目をつけて、千景を利用して竜胆を闇に堕とせないかを考慮して……そして。
ゾイガーはそうやって、竜胆の心の闇を覚醒させ、望み通りにティガダークを生み出した。
全ては、村の悪意を利用した、カミーラの計画通り。
今の四国もそうだ。
四国全域で見ればシビトゾイガーの数は多くないが、100人の人間に1人のゾイガーが混ざっていれば十分すぎる。
インターネットの炎上において、炎上を加速させる"積極的な人"は全体の0.5パーセントであるという研究結果も出ている。
ほんの少しでいいのだ。
全体の醜悪を煽り、意図的に加速させる、ほんの少しの声でいい。
それだけで、"大多数の醜悪"を狙った方向に進ませるのには十分すぎる。
「ふふっ……感じる、感じるわ、リンドウ。あなたの闇が膨らんでいる。素敵よ」
擬態したシビトゾイガーは人そのもの。
神樹の感知にすら引っかからないよう、カミーラは細心の注意を払ってやってきた。
そしてカミーラのゾイガー運用は、極めて的確だったと言える。
勇者やウルトラマンが集められた丸亀城を中心として、香川に多くゾイガーを配置。
更には人口密集地にもゾイガーを配置し、『集団の意見』を常に調整。
四年がかりでゆっくり僅かずつ干渉し、カミーラにとって最高の環境、ティガにとって最悪な環境を地道に作り上げてきた。
全ては、ティガを絶望させ、闇に堕とす、そのためだけに。
大侵攻を前にした今、全ての者に余裕が無いこの瞬間に、カミーラは最悪の一手を打つ。
誰も竜胆を救えない、竜胆が堕ちるしかない、その瞬間を作るために、カミーラは今日までの全てを積み上げて来たのだ。
"ここでこそティガを完全な闇に堕とせる"と、カミーラは半ば確信していた。
「人間は本当に愚かね。
誰か一人が暴力を提案した時……
誰かが"竜胆を殴ろう"と言い出した時……
誰かが"それはちょっと"と言う前に、"そうだそうだ"と言えばいい」
カミーラは人間を
「攻撃意見を出して、即座に否定されたなら、それは霞と消える。
でも、即座に複数人が肯定したなら……大なり小なり流れが出来る。
ふふっ……愚かな人間の意見を、人外達が肯定してる光景は、実に滑稽だったわ」
カミーラは醜い人間を見下し、その醜さが生み出すティガの闇に、心からの愛を向けた。
「私は仕込みをしただけよ。
人類は私が何もしなくても、愚かに疑い合い、殺し合い、貶め合う。
郡千景は、とても素敵な村に居たでしょう……? ふふふ。
そこにそっと、毒を垂らした。私がしたことは、ほんの少しの方向の誘導」
シビトゾイガーは煽っただけだ。
本当にただ、煽っただけ。
この四国に善良な人間だけが生きていたならば、シビトゾイガーはきっと、何もできなかった。
「例えば、怪物が人間に化けて残酷な行動を提案した時。
そこに居る人間達が善良なら、その提案が全員に却下されて終わりでしょう?
でも、もし、その人間達が全員揃ってその提案に賛成したとしたら?」
カミーラは覚えている。
"郡千景の皮膚に一生消えないインクで淫乱注意と書こう"とシビトゾイガーに提案させ、他のシビトゾイガーにすぐ賛成させた。
調子に乗った子供達は、その意見を全員が揃って肯定し、賛成した。
そうして子供達は動き―――ティガダークに、全員殺された。
カミーラは人間の醜悪こそ原因だ、と言うだろう。
その通り、カミーラとシビトゾイガーのせいとも言い切れない。
さりとてカミーラとシビトゾイガーが、人の悪性を何倍にも、何十倍にも煽っていたこともまた事実である。
煽られた悪性には、どれほどの罪があるのだろうか?
民衆は悪くないだなどと、誰が言えようか。
民衆が全て悪いと、誰が言い切れようか。
今、シビトゾイガー混じりの衆愚と化した民衆が、竜胆をリンチしているというのに。
「この人間の醜悪は、そういうことよ」
竜胆を殺せない程度の雑魚である民衆。
されど
杏の端末も狙って落とさせた。
もう殺すことに支障はない。
民衆の手で、竜胆の目の前で、杏を嬲り殺す。
これにて、カミーラの立てた作戦の第一段階は完了する。
「悪魔が"悪魔の誘惑をします"なんて宣言をすると思う?
気付かずに悪魔の誘惑に乗っているだなんてこと、よくあることよ。
周りに流されて、無実の人間を責めた。
買ってはいけないものだと知らずに、騙されて何かを買わされた。
言葉巧みに誘惑され、軽い気持ちで詐欺の網の中にいた。
本物の悪魔というものは、誘惑された者に、誘惑されているという自覚を持たせない」
世界の終焉の引き金は、人類自身が引くのだ。
そして、人の醜さが生み出したティガダークが、人を滅ぼすだろう。
「だからこそ言いましょう。
悪魔の誘惑に乗ったことに、今も気付いていない人間は、悪魔以下の畜生ではないかしら」
カミーラの目には、竜胆達に群がる人間が、シビトゾイガー以下の無価値な命に見えた。
「だから、いいのよ。あなたは―――殺していいの」
カミーラの与えた闇の祝福が、竜胆の心に、絶大なる闇をもたらす。
「もういいだろ。―――殺していいんじゃないか?」
杏が竜胆から引き剥がされる。
杏に対する攻撃が始まる。
その時、竜胆の理性は半ば飛んでいた。
死んでいった者達を侮辱された。
今の仲間達に最悪な言葉を向けられた。
身勝手な言葉をぶつけられた。
それでも竜胆は耐えていた。
胸の奥から湧き上がり、脳の一部が倍増させたその憎悪を、抑えていた。
だが、杏に手を出されれば、もう止まらない。
―――お前は"他人は許せる"が、"自分は許せず"。"人は許せる"が、"怪物は許せず"。そして
―――『自分への攻撃』は許せても、『千景への攻撃』は許せなかったのだな
若葉がかつて口にした言葉は、とても正しい。
あの言葉は、竜胆の本質を綺麗に短文でまとめていた。
今、あの時と同じことが、繰り返される。
あの時と同じ想いが、竜胆を突き動かす。
「―――」
抜き放たれるブラックスパークレンス。
杏に群がる無数の中学生や高校生の群れ、振り上げられる金属バット。
それを止められるなら、彼女を助けられるなら。
どうなってもいいとさえ、思えた。
季節は七月。
夏空の下、ウルトラマンは、友をいじめた子供達を―――
ではここでもう一度第一話の後書きの解説を掲載します
ルシエドがうっかりミスして文章の構成が変になってたのを見落としてたとかない限り、第一話で『天の神由来』『天の神がもたらした』などの言葉は星屑に対してしか使ってません
シビトゾイガーを遣わしたのは、正確には天の神ではありません
シビトゾイガーが市井に混じっていることを四国の誰も知りません
それらの事実に誰も気付いてはいません
●シビトゾイガー
『真の闇』から生まれる怪物。
当作においては地球のある海上を通過して異質変化した『星屑』。
体長は2mと少しだが、武装した兵士程度では敵わない強さと、信じられない数の群れによってとてつもない脅威となる。
そして何より、捕食した人間を模倣して化ける能力を持つ。
"村で多くの人間が突然シビトゾイガーになった"というのは、つまり……
さーてジャブは十分打ったので次話から大侵攻の始まりですよー