夏空の下、ウルトラマンは、友をいじめた子供達を虐殺した   作:ルシエド

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 これは時拳時花世界線で最高の奇跡と成果を掴み取ってくれた西暦勇者の話なんですが……ガタノゾーアって自分が滅びると眷属も全てまとめて同時に滅びるって特性があるんですよね。

 さて、今日は若葉ちゃんの誕生日。間に合って良かったです。


聖剣 -オーブ・オリジン-

 『ウルトラマン』という巨人がウルトラの星の光の国に誕生したのは、この時代から見て27万年前だと言われている。

 とてつもない昔だ。

 人類は種の歴史で十万年、文明の歴史で一万年、なんてことも言われたりする。

 そう考えれば、現在の人類文明の歴史など足元にも及ばないレベルの昔だ。

 が。

 日本の神話基準で見れば、かなり近年であると言える。

 ごく一部を切り取っても、日本の神話には『~から179万年』という数字が出てくるからだ。

 

 そして、『ウルトラマン』がウルトラの星に誕生するよりもずっと以前から存在する、摩訶不思議なウルトラマンもいる。

 もはや、ウルトラマンと言っていいのかすら定かではない光の巨人達。

 

 たとえば、30万年を生きるウルトラマンキング。

 一つの宇宙の全知にして、奇跡を操る光の国のウルトラマン達の神王。

 たとえば、35万年以上を生きるウルトラマンノア。

 ネクサスの本来の姿にして、神秘を極めしウルトラマン達の神。

 そして―――『ウルトラマンティガ』。

 3000万年前の超古代に地球に飛来し、人類に危機が迫るたび、地球の守護神として復活してきた光の巨人。

 

 その歴史の古さと時間のスケールにおいては、他のウルトラマンの追随を許さない。

 まさしく()()()()()()()()()である。

 

 人間の世代交代のサイクルは、虫や動物と比べれば長いが、神々や光の巨人から見れば一瞬に見えるほどに早い。

 口伝や書き残しなどでしか、記憶を後世に伝えていく手段はない。

 それですら、大昔の人が知らなかった事実を知ることはできない。

 

 諏訪に秘されていた口伝の伝承の一部を聞いた夜、若葉は顎に手を当てた。

 

―――遠き、遠き昔。

―――星に、空の彼方より、『闇』が来訪した。

―――闇は怪物を生み出し、人々は神の罰だと嘆き、星は絶望に包まれた。

 

―――その時。空の彼方より、『光』が来訪した。

―――『光』は人と一つになり、世界に一時の平和をもたらした。

―――人に光の力を残し、『光』は去って行った。

―――その力が。

―――心に闇があれば、闇の巨人へと堕ちるその力が、人を狂わせた。

 

―――闇に堕ちた巨人は四人。

―――光の巨人と闇の巨人は戦い、闇が勝ち。

―――闇の巨人の内、光の心を取り戻した一人が、他三人を討ち滅ぼし、平和を取り戻した。

―――ゆめ忘れることなかれ。

―――人の心から闇が消え去ることはない。

―――人の心から光が消え去ることもない。

 

―――旧き人の文明は、今の人の文明が生まれし前に、滅びた。

 

 もう寝る時間だ。

 それは分かっているが、若葉はどうにも眠れない。考え込んでしまう。

 若葉のそんな様子を見て、寝る前に歯を磨いていた千景が溜め息を吐く。

 

「ティガのルーツは、大体分かったかもしれないわね、乃木さん。

 遠い遠い昔、グレート達と似た宇宙人が残した、ウルトラマンの光の力」

 

「……ああ」

 

「でも、そんな考え込んでもしょうがないんじゃないかしら」

 

「……」

 

「その……一人で考え込んでても、答えは出ないから。

 出ない時は出ないし、出る時は出るから……もう少し、楽にしていいと思う」

 

 笑えそうなくらいにヘタな、千景のフォローであった。

 諏訪大社秘伝の口伝は、確かにこの時代の勇者と巨人に伝わった。

 それが若葉を考え込ませている。

 歌野の家にてさっさと寝ようとしていた千景は、すぐに寝る気配のない若葉にむっとした。

 

 千景はゲームがあればいくらでも夜更かしができる。

 だがゲームが無いと夜更かしをしない。

 することがなくなってさっさと寝てしまうタイプだ。

 夜通し友達と意味もなく語り合う、といった経験や嗜好もほぼない。

 友達と夜通しゲームするならまあ……とか思ってしまうタイプである。

 

 なので若葉にはさっさと寝てほしいのだ。切実に。

 竜胆ならともかく、目の前に起きている若葉がいるなら、千景は寝れない。

 "乃木さんに寝顔を見られるのが嫌"という思考が千景を就寝させず、若葉をさっさと寝かせようという思考が走り始める。

 

 その理由が"若葉が嫌いだから"というものではないというのが、千景の中々に面倒臭い性格を表していた。

 

「千景は、大昔から続くというあの口伝を聞いて、何か不安に思わなかったのか?」

 

「いえ……特には」

 

「空の彼方から絶望が来た。

 光が来て、助けてくれた。

 怪物と光が戦った。

 闇に堕ちた巨人が、光の心を取り戻し、人を守った。

 ……この西暦に起きたことと、全く同じだ。作為か、運命かは、分からないが――」

 

 超古代の、超越者達の戦い。人はそれを、『神話』と呼ぶのだ。

 

「――この時代は、超古代の出来事……神話をなぞっている」

 

「!」

 

「歌野は、口伝は大昔の滅びた『前の』文明のことじゃないかと言っていたな。

 もしも、もしもだ。

 この時代の流れも……大昔の滅びた者達と同じ運命の上を進んでいるのだとしたら……」

 

「……考えすぎよ」

 

 天津神/天の神は勝ち、国津神/地の神は負けた。

 超古代の文明は滅びた。

 ウルトラマンは、ゼットンに負けた。

 神話をなぞる数多くの運命が、彼ら彼女らの周りにはある。

 

「だって、乃木さん」

 

 千景は、若葉が口にしている不安要素を痛いほど分かっていたが、それでも首を横に振った。

 

「その時代の口伝が残ってるということは、人は滅びず、闇は負けたってことでしょう」

 

「―――」

 

 生き残った人間がいなければ、超古代の神話は口伝になど残らない。

 

「心配する必要なんてないわよ。

 最後に生き残る人間が十人ぐらいだって構いはしない。

 どうせ私が生きててほしいと強く願う人間だって、もう十人も居ないくらいだもの」

 

 神話がなぞられると決まったわけでもないし、と千景は言い切る。

 

 すっぱりとした割り切りは、いっそ清々しさすら感じさせた。

 

「竜胆君は言った。

 人類は絶対に滅びたりしないって。

 私はそれを信じてる。

 竜胆君を手伝って、その言葉を真実にして、彼を嘘つきになんかしない。

 いつか皆で、平和な世界の千景(せんけい)を見に行く……それで良いんじゃないかしら」

 

「……そうだな。ああ、千景の言う通りだ」

 

 若葉の不安を、千景の断言が取り除く。

 なんとも面白い構図だった。

 この構図の面白いところは、心強い者が心弱い者を諭したというわけではない、ということだ。

 

 若葉には心の強さがある。

 だから最近の絶望的な状況の中でも、鋼の心で常の自分の精神状態を保ち、新しい情報にも想像を巡らせ真っ向からぶつかり、色んな想像をした。

 千景には心の弱さがある。

 だから余計なことを考えて絶望したくないし、一度そうなればズブズブネガティブになる自分も自覚しているから、余計なことを考えず、今この時代に全力を尽くそうとしている。

 

 千景はネガティブだからこそ未来(まえ)を見ようとしていて、若葉はポジティブだからこそ過去(うしろ)を見たという、なんとも面白いこの構図。

 

「私は乃木さんと違うから。

 乃木さんみたいな、暗い想像はできる限りしたくない。

 乃木さんみたいに、暗い想像をしても戦っていける人とは違うのよ」

 

 違うからこそ支え合える。助け合える。ゆえにこそ仲間。

 

「千景はクールだな」

 

「あなたがホットすぎるのよ」

 

 若葉がホットな時は千景がクールで、千景がホットな時は若葉がクール。

 周りの者達はこの二人の関係を遠目に見ていると、なんとなくそう思うことがあるらしい。

 周りに見せる感情の熱さが普段0で極稀に100な千景と、大体50から70くらいな若葉だと相対的にそうなる、ということなのかもしれないが。

 

 この二人はベタベタしないまま、心の距離を近付けないまま、互いのことを理解し合うようになった、そんな二人。

 

「……でも、乃木さんのそういうところが必要なこともある。竜胆君と何か話した?」

 

「少しな」

 

「……」

 

 千景は、竜胆の様子から、若葉と竜胆が何か大事な話をして、また少し関係性を変化させたことを察していた。

 だからか、少し不機嫌そうな表情になっている。

 

「こう言うのは、とても悔しくて、口にしたくもないことだけれど」

 

 千景は本当に嫌そうに、羨ましそうに、ちょっとの敵意さえ感じさせる言い草で言う。

 

「……あなたが……羨ましい。高嶋さんも、竜胆君も、あなたのことを本当に頼りにしてる」

 

「千景も頼りにされているだろう。私も千景が羨ましくなる時はある」

 

「嫉妬? あなたが? 冗談はよして」

 

「心外だな。私にだって妬ましいという気持ちはある。

 友奈も竜胆も、私に見せず、千景にだけ見せる表情は多くあるんだぞ?」

 

「……」

 

 千景にだってそんなことは分かっている。

 が。

 妬ましいという気持ちに変わりはない。

 若葉を見上げるように見ている千景は、その気持ちを自分の中で否定できない。

 

「それにだ。何より、ここにいる私が、千景のことを本当に頼りにしている」

 

「……ふん」

 

 千景にだってそんなことは分かっている。

 が。

 素直に"嬉しい"と言えず、喜んだ顔も若葉には見せられず、かといってその気持ちも消せず。

 若葉を見上げるように見ている千景は、その気持ちを自分の中で否定できない。

 

 顔を隠すようにして、千景は布団に潜り込んだ。

 

「それなら、つまらない大昔の話を信じるより、仲間でも信じてみたらどう?」

 

 千景の言葉に若葉が微笑み、布団に入る。

 若葉にはもう考え込んでいる様子もない。

 千景が若葉にくれたものは、発想の転換や、新たな見地でもなんでもない。

 "この仲間とならどんな運命でも越えられる"という確信。

 若葉の強い心を、もっと強くしてくれる後押しだった。

 

「ああ、そうだな。千景が正しい」

 

 もう寝よう、と、部屋の電灯を消し、ウトウトとし始めた二人。

 

 そんな二人の耳へと、届く声。

 

 

 

「若葉! ちーちゃん! ―――戦闘態勢ッ!」

 

 

 

 一瞬。

 まさに一瞬だった。

 その一瞬で二人は武器を取り、端末を握り、一瞬で変身を完了させる。

 一瞬の躊躇いすらなく、一瞬の戸惑いすらもない。

 竜胆という個人とその言葉を信じ切っているがゆえの、迷い無き選択と行動だった。

 

 二人が窓から飛び出した直後、ゾイガーの攻撃が守屋山と入笠山を跡形もなく吹き飛ばす。

 山が崩れる轟音が止むのと、勇者二人が竜胆の下に駆けつけたのは、ほぼ同時。

 一瞬で変身するシステムを持たない歌野は、竜胆の近くにいるものの、彼の力にも彼女らの力にもなれはしない。

 

「頼む! まだ俺の変身は無理だ!」

 

 若葉と千景、二人は力強く頷く。

 

 新顔含む大型が五体。ウルトラマンは無し。

 状況は絶望的であったが、若葉と千景の二人の顔に、絶望はなかった。

 

「千景!

 登録呼称(レジストコード)・ゾイガーと、湖の大型は私が引き受ける!

 私の援護と諏訪住民の守護はお前が担当しろ! 頼んだぞ!」

 

「……っ! 無茶な振り分けだけど、それしかないようね!

 いつも言ってくれる人がいないから私が言うけど、無理はしないで乃木さん!」

 

「ああ!」

 

 大型の巨体、中型の猛威、小型の脅威が一斉に迫り来る。

 若葉は四体のゾイガーの視線を引きつけるように飛びながら、諏訪の皆が住んでいる区域の北、諏訪湖のど真ん中に陣取るボクラグを狙う。

 星屑の群れ、バイアクヘーの群れに呪術を叩き込みながら、ゾイガーにも牽制攻撃を入れてくれる千景の援護のおかげで、苦もなくボクラグへと接近できた。

 

「さあ、挨拶代わりだ!」

 

 大太刀より、巨大な炎を生み出し、剣ごとボクラグへと叩きつける。

 大天狗の伝承における、天上世界を焼き尽くした炎。

 崇徳天皇の怨念が多大に込められた、神殺しの側面も持つ炎である。

 なればこそ、普通の生物が耐えられるはずもない。

 

 だというのに、ボクラグは痛みに絶叫こそしたが、死ぬ気配は微塵も見せず、それどころかその体はあっという間に再生してしまった。

 

(海を切ったような感覚……

 海に火を叩き込んだかのような感覚……なんだこいつは!)

 

 ボクラグの体は海水と同じ組成で出来ている。

 要するに、ほぼ水で出来ているのだ。

 諏訪湖に陣取ったボクラグは、水を無限に補給できる。

 西暦2019年現在、諏訪湖の貯水量は6000万トン。

 ボクラグの体重は4.4万トン。

 事実上、全身再生を千回繰り返してもお釣りが来るというわけだ。

 

(全身を一瞬で消し飛ばさないとダメなタイプか? だが……)

 

 倒し切るのに全身を一瞬で蒸発させるだけのエネルギーが要るとして、大天狗でもそれだけのパワーは捻出できない。

 4.4万トンの水を蒸発させるには、単純計算で9万9308ギガジュールのパワーがいる。

 ちなみに広島原爆の核出力が5万5000ギガジュール、と言われる。

 そこに怪獣の頑強さも加わるのだ。

 尋常な攻撃で消し飛ばせないことは、明白だった。

 

「くっ」

 

 ボクラグは諏訪の人間を狙っている。

 陸地に上がるのも時間の問題だろう。

 そうなれば、水も補給できなくなる。

 倒せる目も出てくるはずだ。

 

 だが、若葉がボクラグを一旦後回しにしたのは、そういった打算があったからではない。

 ゾイガー四体が、若葉に殺到してきたからだ。

 

(ゾイガー……この戦闘力でこの数、厄介な!)

 

 ここではない宇宙において、ウルトラマンティガと戦ったゾイガーは、大気圏内最高速度マッハ8.5、宇宙最高速度マッハ65.3という化物実験機『スノーホワイト』ですら追いつけない速度を見せた。

 大気圏内最高速度マッハ6、宇宙最高速度マッハ54という『ガッツウイングブルートルネード』では、小隊を組んでもあっという間にゾイガーに全滅させられたという。

 

 ちなみに、公開されている範囲で、と頭に付くが。

 日本の航空自衛隊の戦闘機達の最高速度は、速い順にマッハ2.5、マッハ2.2、マッハ2、マッハ1.6である。

 

 ならば、そんなゾイガーが、編隊を組めばどうなるのか。

 

(目が回りそうな速さだ……!)

 

 若葉を囲むソイガーが、目まぐるしく飛び回る。

 四体で若葉を囲み、跳び回り、ゾイガーは一斉に攻撃を仕掛けた。

 

 舌打ちする暇さえないような、超高速の飛翔から来る全方位攻撃。

 空中にただの生身の人間が入れば、ソニックブームでひき肉になってしまいそうなほどの衝撃波の乱気流。

 若葉にとっては即死の爪。

 即死の光弾。

 視界に捉えられるゾイガーは良くて二体、時には視界から全てのゾイガーが消え去り、最速の連携攻撃を叩き込んでくる。

 

 受け流すだけで精一杯、否、受け流せていることが奇跡。そう言い切れる化物だった。

 

「せああああああッ!!」

 

 つくづく、この速さのゾイガーに跳びかかり、関節を極め、地面に落とすという流れを平然とやってのけた竜胆が化物であると思い知る。

 

(流石だ、竜胆。やはりお前は、とてつもない男だ)

 

 逆にゾイガーもまた、圧倒しているのに仕留めきれないこの状況に、乃木若葉が生来持つとてつもない粘り強さを思い知る。

 若葉は、追い詰めてからが強い。

 追い込まれてから想い一つで粘り、想いが生む爆発力で、窮地のチャンスを探し出すのだ。

 

「乃木さん!」

 

 そこに仲間の援護が加われば、たとえ戦力比が百倍以上であっても、若葉は粘れる。

 

 千景の援護は心強く、ゾイガーの翼の動きを度々止めてくれていた。

 玉藻前の呪術は流石と言ったところか。

 もしも、千景と二人でゾイガー四体に挑んでいたなら、僅かなものであっても"勝機"はあったかもしれない。

 

 だが、たった四体しか同時に相手していない若葉と比べれば、諏訪の住民を守りながら七十体のバーテックスを相手にしている千景の負担は、異様に大きい。

 若葉は小さなミスが自らの絶命に繋がり、千景は小さなミスが他人の絶命に繋がる状況。

 若葉への援護を増やせば、その分諏訪の皆を守る手が疎かになるのは必定である。

 住民達の間から、悲鳴が上がった。

 

「千景! 私はいい! 諏訪の人達を守れ!」

 

「そんなことできるわけないでしょう!」

 

 若葉は援護がなければ一瞬で殺される。

 だが千景が援護を継続すれば民衆の守りが足りなくなる。

 薄くなった呪術の守りの隙間を抜けて、星屑が三体、諏訪の人々に襲いかかった。

 

「『七人御先』!」

 

 されど千景は、瞬時に精霊をスイッチ。

 七人に分身し、分身を一瞬で星屑の傍に出現させ、諏訪の人々を守る防衛戦を維持しながら、間近に迫る星屑三体を切り捨てた。

 更に瞬時に精霊をスイッチ。

 

「『玉藻前』ッ!」

 

 若葉の支援、星屑とバイアクヘーの迎撃、防衛戦の立て直しを行う。

 忙しいにもほどがあるが、千景がサボれば人が死ぬ。

 人が死ぬと、竜胆が悲しむ。

 あまり来てほしくない未来であった。

 

(精霊の負荷が、重いっ……!)

 

 友奈の精霊は『とにかく殴ると強い』系統、若葉の精霊は『移動速度が速い』系統で一貫しているが、千景の場合、二つの精霊を使い分けると戦闘タイプがガラリと変わる。

 ここまで状況に合わせてガラリと変わるスタイルを使い分けられる者は、他にいない。

 だがそれは、千景に相応の負担をかけていた。

 

 酒呑童子・大天狗と同格の玉藻前は、千景の細い体から容赦なく体力を奪っていく。

 フラついた千景の体が、一瞬倒れそうになった。

 

 そんな千景を、不安そうに諏訪の者達が見ていた。

 彼らは歌野は信じている。

 だが『勇者』を信じているわけではない。だから不安になる。

 けれど、『勇者』が頑張って自分達を守ってくれていることも分かっている。

 だから何も言わない。

 不安も、不満も、恐怖も、口にしない。

 千景を信じていないのに、千景のことを思って行動を選んでいる。

 とても優しい無言だった。

 

 千景は諏訪の皆を庇うように立ち、玉藻前の和服をなびかせ、鎌を構える。

 

「私達を……勇者を、信じて」

 

 不安を取り除こうとする千景の一言に、短くも不器用な気遣いを感じ、諏訪で歌野に守られていた小さな女の子の一人が、千景の背に声をぶつけた。

 

「がんばれー!」

 

 千景は、大好きな人達が生きていればいい。

 多くの人が犠牲になっても、本当に大切な人さえ生きていればいい、そう思う少女だ。

 けれど、そう思うだけ。

 こうして人の声を受けると、"守らないと"と強く思ってしまう。

 主張がブレているように見えるが、千景の性格自体はずっと一貫している。

 

 結局のところ郡千景は、スレていただけで心の根底から優しい少女であり。

 魂の髄まで、『勇者』な少女であった。

 

「さあ、目に焼き付けなさい!」

 

 眼前の敵、後方の人達、どちらにも向けて千景は叫ぶ。

 

「これが私達……四国の勇者だ!」

 

 ゾイガー、ボクラグ、バイアクヘー、星屑。

 全ての敵を牽制し、仲間を援護し、全てから人の命を守る。

 

 それが『全滅に至るまでの時間稼ぎ』に過ぎないと分かっていても、敵を全て打ち倒せるビジョンが見えないとしても、千景は全力で人を守った。

 その瞬間、諏訪の人々の目には、千景が勇敢な勇者に見えていた。

 勇敢で、優しく、人々を守る気高い勇者に、見えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 無理をするのは、無理をしないと成し遂げられないから。

 けれど、無理をすればほころびが出る。

 千景が一人で作る防衛ラインにも、次第にほころびが増えてくる。

 ボクラグは千景から見て北方の諏訪湖から上陸し、南下しながら圧力をかけてくる。

 空にはゾイガー。

 そして東西南北から諏訪の民衆を囲むように、星屑とバイアクヘーが攻撃してきている。

 

 逃げ道はない。

 そういうものができないよう、バーテックス達は立ち回っている。

 東西南北どちらにも移動できないまま、千景の体力と気力がゴリゴリと削られていた。

 

 星屑やバイアクヘーは人々を攻める姿勢を見せる。

 実際に特攻じみた攻撃を仕掛ける必要はない。

 攻める気配を見せるだけで、千景は牽制してそれを足止めしなければならなくなってしまう。

 そうして、星屑やバイアクヘーは千景の攻撃殺傷圏内に踏み込まないまま、千景が対処しないといけない案件を爆発的に増やしていく。

 

 小型の星屑、中型のバイアクヘーはサポートだ。

 そうやって千景のリソースを削り、ボクラグ・ゾイガーが若葉を潰してくれるのを待つ。

 チャンスがあれば人間も殺していけばいい。

 勇者を殺すのは大型に任せ、地道な嫌がらせを繰り返していけば、それで勝てるのだ。

 

「くぅっ……!」

 

 千景の守りに揺さぶりがかけられれば、ゾイガーの光弾の流れ弾、突撃してきた星屑などが、自然と諏訪の人々の足元近くに着弾し始める。

 "運が悪ければ人に直撃する"状況になってくる。

 

「うわっ!?」

「あ、危ねえ」

「……四国の勇者の人! 神経質にならなくていい! 多少の被害は、我々も覚悟している!」

 

「気楽に……言わないで……! そんな覚悟、私の方には無いのよ!」

 

 人々に死ぬ覚悟はあっても。

 千景に死なせる覚悟はない。

 見捨てることも、犠牲にすることもできない。

 

 諏訪の人々の心は強くて、千景の心は弱かった。

 弱い千景は、強い人達を見捨てることなどできなかった。

 玉藻前の力が気合いで一瞬防衛戦を押し返すも、すぐにまた押し込まれる。

 

 今は夜。

 頼りになる明かりなど、敵の光弾、若葉の炎、空に浮かぶ月の光くらいのものだ。

 バーテックスの攻撃など、常人にはほぼ見えていない。

 せいぜい、弾けた地面くらいしか見えていないはずだ。

 見えていたところで回避などできないだろうが、バーテックスの即死級の攻撃が夜闇の中から突然に飛んで来るのは、一般人にはさぞかしストレスとなっていることだろう。

 じりじりと。

 じわじわと。

 一般人の神経が削られていく。

 年齢二桁にもなっていないような幼い女の子が一人、神経が削られていく感覚に必死に耐えて、歯を強く食いしばっている。

 

 そんな中。

 千景自身に、強烈なバーテックスの一撃が命中した。

 

「あっ、ぐっ、あああああっ!?」

 

「っ!」

 

 ボクラグの能力には、霧の放出と、雷撃の放出がある。

 夜の闇は皆の視界を阻害するもの。ボクラグは夜の闇に紛れさせ、霧を千景の下にまで届け、そこに電流を流したのだ。

 霧を電線代わりにして電流は流れ、千景に直撃。

 雷神の加護がある千景は即死こそしなかったが、膝をついてしまう。

 

 そして千景の体を越えて僅かに流れた電流が、背後の子供の腕に当たった。

 走る激痛。

 耐えに耐えていた幼い女の子だが、そのせいで閾値を越えてしまったらしい。

 

「わああああああっ!」

 

 叫びながら走り出し、千景が守っていた範囲から出ていってしまう子供。

 このままでは星屑のいい餌だ。

 千景は助けてやりたいと思うが、体が上手く電流で動かない。

 それに、何より。

 千景が子供一人を助けに行けば、その隙を突いて諏訪の人間を皆殺しにしてやろう、と虎視眈々と狙う星屑とバイアクヘーが、あまりにもいやらしかった。

 

(なんてこと……!

 どうすれば……高嶋さん、竜胆君、私、私、どうしたら……!)

 

 だから、千景は動けず。

 

 だから、動いたのは水都だった。

 

「―――!」

 

 迷いはなかった。

 躊躇いはなかった。

 後悔はあった。

 恐れもあった。

 

 泣きそうな顔を必死に抑えて、藤森水都はただの巫女でしかないその身で、走って逃げた子供に追いつく。

 追いついて、抱きしめて、その頭を撫でて、幼い女の子の心を落ち着かせてやっていく。

 

「大丈夫、大丈夫だから、落ち着いて、ね?」

 

「みとおねーちゃ……」

 

「大丈夫。いつものように、勇者を信じて。戻ろうね?」

 

 幼い女の子が、こくりと頷いた。

 水都は顔を上げ、千景と諏訪の住民達の方を見る。

 千景と水都の間には、多くのバーテックスとバイアクヘーが(たむろ)していた。

 最悪の流れで、最悪に分断され、水都と子供は孤立してしまった。

 

 もう戻れない。

 この道を戻れば待つのは死だけだ。

 かといってここで立ち止まっていても待つのは死。

 ここから逃げても、星屑が一体来ただけで水都と子供は死ぬだろう。

 

 何をどう選んでも死しか待っていない、最悪の状況。

 水都は絶望に顔色を青ざめさせ、背筋には冷たい汗が流れている。

 だが、子供を優しく抱きしめ、優しい言葉をかけ続ける。

 

「大丈夫だから、お姉ちゃんを信じて、落ち着いて行動してね」

 

 怯えと勇気の両方を見せる水都の姿は、強いとも、弱いとも言い切れないものだった。

 

(本当は、怖い)

 

 子供を抱きかかえ、水都は走る。

 その後をバーテックスが追う。

 千景の手は届かず、若葉はゾイガー四体とボクラグの足止めで手が回らない。

 怖くて、怖くて、水都は泣きそうだった。

 でも、走った。

 

(なんでこんなに怖いのに、私は気絶してないんだろう。

 喉は今にも泣き叫びそうで、目は気を抜いたら泣き出してしまいそうで……

 怖くて、怖くて、足が竦んでるはずなのに、なんで私の足は動いてるんだろう)

 

 バーテックスを見るだけで、怖くて媚びてしまいそうだった。

 子供の重さに、子供を捨てたい気持ちすら湧き始めていた。

 けれど、そうしなかった。

 敵に背を向け、子供を頑張って抱きしめて、細い足で走りに走る。

 その心は、弱いはずなのに。

 

(怖いよ。なんで私、こんなところにいるんだろう。

 なんでこんな怖い思いをしてるんだろう。

 怖いのに、怖いのに、なんで―――『助けて』って言ってないんだろう)

 

 どんなに自分が弱くても、どんなにバーテックスが怖くても、どんなに世界が絶望的でも。

 それは、子供を見捨てる理由にはならない。

 

 だから水都は諦めないし、見捨てない。

 なのにそんな自分の強さに、彼女はとことん無自覚だ。

 ゆえに自分が今そうしている理由が、自分自身で分からなくなってしまっている。

 弱くても、弱くても、人を助けるその"弱者の勇気"こそが、白鳥歌野を支えてきた最も大きな勇気であることを、水都は自覚していない。

 歌野に照らされている水都は、自分が歌野を照らしていることにも無自覚なのだ。

 

 その輝きを、バーテックスが手折ろうとしている。

 いつものように。

 価値ある人間を無価値に殺すのが、彼らの生に与えられた使命。

 

(自分で自分が分からないよ。けど、けど……)

 

 だから彼女は、その絶望の中で"理由"を叫ぶのだ。

 

「うたのんなら、この子は絶対に見捨てないから、だから!」

 

 そんな"理由"がなくたって、彼女は他人を助けられる人であるというのに。

 藤森水都が、歌野と出会う前からずっと、他人を命がけで助けるような人間であったことを、歌野も諏訪の住民達も、皆知っている。

 

 だから誰もが、諏訪の巫女・水都のことを大切に思っていた。

 

 だから誰もが、星屑に水都が食われるその刹那に、絶望した。

 

「四国の勇者様! 私達はいいから、水都ちゃんを助けてやってくれ!」

「死んじゃいけないんだあの子は! あの子には、まだ未来が必要なんだ!」

「頼む……頼むから……あの子の方を助けてくれ! 一生のお願いだ!」

 

「ダメ……無理よ! 間に合わない!」

 

 間に合わない。

 星屑の歯が、女の子と水都に迫る。

 水都は女の子を突き飛ばした。

 泣きそうな顔で、死にたくないという気持ちが伝わる所作で、けれど自分ではなく、幼い女の子を生かすために、突き飛ばした。

 

 女の子は安全な位置まで転がり、水都の体に星屑の歯が迫る。

 咀嚼の歯が迫る。

 水都は昔はよく見た"星屑に食い散らかされた人間の死体"を思い出し、自分もそうなる未来に思いを馳せて、身震いした。

 絶望が、悲しみが、身の内に満ちる。

 

 一瞬がとても長く感じられるのは、走馬灯というものだろう。

 ゆっくり、ゆっくりと、水都は自分に迫る星屑の歯を見ていた。

 絶望がゆっくりと、心に染みていく。

 水都は子供を助けた。

 弱い心に鞭打って、子供を助けるため、精一杯全力を尽くした。

 

 そういう風に頑張った人が報われないのはおかしいと、いつも何度でも、竜胆は思うのだ。

 

「馬鹿野郎……って言いたいんだけど、そういう気合いは、嫌いじゃないんだよな……!」

 

「―――えっ?」

 

 水都を、飛び込んできた竜胆が突き飛ばす。

 そうして、彼女の代わりに、竜胆の右肩が噛みつかれる。

 "腕が千切れる"などというレベルではなく、右肺の断面が見えるレベルで、右腕が根こそぎ食いちぎられていた。

 星屑が、食らった竜胆の骨肉と腕を咀嚼する。

 

「あ、ああっ……! な、なんてこと……わ、私を庇って……!」

 

「ぐっ……気にすんな。かすり傷だ」

 

「かすり傷なんかじゃ!」

 

「! 油断するな! 次が来るぞ!」

 

 竜胆は残った左腕で水都を抱え、横に飛ぶ。

 一瞬前まで二人がいた場所を、星屑の歯が通過した。

 竜胆はステップを踏み、プロの格闘家でも首を折ってしまうような威力で、ハイキックを叩き込む。だが、星屑には効かない。

 その程度では効かないのだ。

 

 竜胆は出血も止めないまま、息を止めて、肺までかじられた今の自分の全力を出す。

 叩きつけられるバイアクヘーの尾をかわして、星屑二体の噛みつきもかわし、幼い女の子を回収して水都の横にまで戻ってくる。

 怪我を思わせない軽快な走行に水都は息を呑んだが、彼女は戻って来た竜胆の体の右側を見て、もっと仰天した。

 

(え?)

 

 星屑にかじられたはずの傷跡が、綺麗さっぱり消えていたのである。

 竜胆の体から生えていて、自由自在に動いているその右腕が、水都に"これ夢なんじゃ"という思考を一瞬だけ思わせる。

 だが夢ではない。

 現実だ。

 カミーラによる四国住民によるリンチは心の闇を膨らませ、竜胆をより人間離れした生命力を持つ生命体へと、その体を昇華させてくれていた。

 この桁外れの再生力は、まごうことなく現実である。

 

「え……え、えっ……!?」

 

「だから言ったろ、かすり傷だって。相対的に腕吹っ飛ぶくらいはかすり傷だ」

 

「ど、どうなってるんですかその体!?」

 

「基本無敵だ。皆が信じてくれる限りは……なっ!」

 

 竜胆が女の子と水都を抱えて跳ぶ。

 だが流石に二人抱えたまま跳んでは、竜胆の跳躍力でも無理が出る。

 かわしきれなかった星屑の噛み付きが、竜胆の右足を噛みちぎっていった。

 

 竜胆は激痛と無力感に歯噛みする。

 女の子二人を地面にぶつけないようにして、無様に地面に転がるも、すぐに足を再生させて立ち上がる。

 攻撃力が足りない。

 防御力が足りない。

 移動力が足りない。

 

(つか、何もかもが足りない!)

 

 生身一つで立ち向かう星屑がここまで恐ろしいとは。

 げに恐ろしきは、バーテックスの基本性能であるといったところか。

 世界のほぼ全てを滅亡させるのに、星屑だけで十分事足りたことだろう。

 更には、彼らを襲うメンツにはバイアクヘーもいる。

 

「ぐっ、くっ、そっ!」

 

 空から突撃を仕掛けてきたバイアクヘーに、竜胆が力強い飛び蹴りを当て、軌道を変えて水都と女の子を守った。

 だが、バイアクヘーは体長18m、体重3800t。

 身長182cm、体重84kgの竜胆が正面からぶつかっても勝ち目はない。

 竜胆の体は地面に叩きつけられ、バウンドし、空中でまたバイアクヘーに跳ね飛ばされた。

 

 最初の衝突、地面でのバウンド、二回目の衝突。

 そのどれもで太い骨が折れた嫌な音がする。

 バキバキになった体を無理に動かし、体を再生しながら水都と女の子のカバーに入った。

 

「御守さん!」

「ティガ!」

 

「だい、じょうぶ、だっ……!」

 

 星屑とバイアクヘーが、竜胆達を取り囲み、その周りをゆったりと飛翔しながら、隙を見つけ次第襲いかかろうとしている。

 獲物をチクチクと攻め、獲物が弱るのを待ち、チャンスを見つければそれを決して無駄にしないスタンスは、ハイエナの狩りを思わせた。

 

 邪神の眷属、バイアクヘー。

 天の神の使徒、星屑。

 せめて、もう少し、竜胆が攻撃力で何か工夫できる余地があれば。

 

「武器はないか武器!」

 

「だ、ダマスカスなんとかっていう包丁があります! 未使用の最後の一本です!」

 

「包丁!? 贅沢は言ってられないか、くれ!」

 

 水都が背負っていた小さなバッグの中から、独特の波紋の包丁を取り出し、竜胆に手渡した。

 武器、というにはあまりにも心もとない一本の刃。

 それを抱えて、竜胆はバイアクヘーの前に"わざと隙だらけ"に跳んだ。

 

 竜胆は時たまこういうことをする。

 わざと隙を作り、敵の攻撃を誘い、それを避けたり受けたりする。

 だがこれは違う。竜胆は攻撃を誘い、()()()()()()()()のだ。

 バイアクヘーはあまり使わない口を開け、竜胆を捕食し、口の中でグチャグチャ、ボキボキと、丹念に噛み潰していく。

 

「み……御守さん!?」

 

 驚愕する水都の視線の先で、バイアクヘーの動きが止まる。

 飛んでいたバイアクヘーが地面に落ち、苦しみ悶え始めた。

 心配と驚愕が入り混じったわけの分からない感情を抱く水都の見つめる先で、バイアクヘーの頭を内側から切り裂き、そこから血まみれの竜胆が飛び出してきた。

 

「―――!?」

 

 何も考えず噛み殺しに来るような敵に、わざわざ噛み殺されてやるほど、竜胆は間抜けでも阿呆でもない。

 食われたふりをして、体の粉砕率を八割前後にまで抑え、体内で再生を完了、内側から頭の中身をかっさばいてみせたのだ。

 なんということか、竜胆はその身一つで中型バーテックスを倒してみせたのである。

 巨人でなくても、希望を守ることはできる。

 

 竜胆は口に入ったバイアクヘーの血をペッと吐き出した。

 

「泥臭い戦いの方が、俺の本領だな」

 

 あまりにグロテスクな光景に、水都は反射的に左手で子供の目を隠し、右手で自分の口を覆う。

 吐き気を抑えるので精一杯。

 悲鳴を上げないでいるのが精一杯。

 水都が竜胆を見る目は、人間が化物を見るそれだった。

 

 竜胆はその目に、"人外への恐怖"を見て取る。

 しょうがないよな、とばかりに、血まみれの竜胆は苦笑した。

 

「ああ、すまん。女の子にはショッキングだよな、こういうの。気遣いが足らなくて悪い」

 

 血まみれで、敵の肉片だらけで、傷なんてすぐ治る、そんな人間。

 それを人間として見ろ、という方が無理筋だ。

 だが竜胆は足を止めず、水都に襲いかかる星屑の突撃を見切り、その額に包丁を刺した。

 星屑の額に刃先をぶっ刺し、刃をするりと肉筋に合わせて走らせ、魚を捌くように解体する。

 

 本当ならばよく切れる刃があったところで、星屑は人間に倒せる存在ではない。

 竜胆の体術によってとても簡単に倒したように見えるだけだ。

 勇者ですら、戦いの初期段階では星屑相手にもかなり危ないところはあった。

 

 水都は星屑をいつもポンポンと倒している歌野の姿を思い出す。

 竜胆の泥臭い戦いと、歌野の戦いを比べ、歌野の強さを再認識し―――そこで、気付く。

 

(御守さん、バーテックスを倒してる……? でも、バーテックスって)

 

 何故、普通の人間が、普通の包丁で、バーテックスを倒せているのか?

 自衛隊員が対物ライフルを星屑に撃っても、ダメージどころか怯みすら与えられなかったという実証例がある。

 バーテックスには、通常兵器の攻撃は一切通じないのだ。

 例外は、勇者やウルトラマンくらいのもの。

 

(原則、()()()()()()()()()()()()()()()()()はずじゃ……)

 

 水都の知識と頭脳では理解できない。

 推測も立てられない。

 だがその目には、"竜胆の血に濡れた包丁"が、しかと映っていた。

 

「あんま動くなよ、みーちゃん。

 体力は取っておけ。今、俺が文字通りの血路を開くから……」

 

「待ってください、御守さんの体のことは詳しく知りませんけど、少し休んだ方が……」

 

「痛くないから大丈夫だ」

 

「痛くないわけがないです! 平気なわけないです! こんな、こんな痛そうで……!」

 

 水都に対し大人しいイメージを持っていた竜胆は、竜胆の言葉を真っ向否定してグイッと来た水都の姿に、水都に対するイメージを改めた。

 勇者や巫女に選ばれる人というのはどいつもこいつも、と心中で苦笑する。

 

 人の痛みを自分のことのように感じられる感受性。

 人間離れした竜胆の怪物性を見ながらも、その痛みを想像できる繊細で敏感な心の感覚。

 感覚は竜胆の怪物性に怯え、理性は竜胆に守ってもらったことに感謝し、心の中で拮抗する二つの気持ちを、"優しい意志"で律しているその精神性。

 水都はとても高い感受性を持っており、他人の痛みや、人を傷付ける危機に敏感だった。

 

 繊細であるという彼女の欠点は、欠点であると同時に、細かな危機や脅威も明確に感じられるという長所でもある。

 だから竜胆も恐れてしまう。

 彼は、控え目に言っても化物の類だから。

 竜胆の中にある闇、暴力性、殺人衝動などを、彼の戦う姿から水都は感じ取ってしまう。

 

「ごめんな、怖いよな。怖がらせてごめん」

 

「―――」

 

 竜胆は心底申し訳なくなって、謝った。

 彼女を怯えさせたことに。

 彼女を恐れさせたことに。

 彼女を不安にさせてしまったことに。

 謝って、"守ってる人を不安にさせるのは落第点極めてるな"と、失敗してしまった自分を心底悔やむ。

 心も命も守りたいのなら、安心させてあげることが第一だったのに、と悔やむ。

 

 大きいけれど無力な体で、血まみれになってまで、竜胆は水都と子供を守る。

 彼はその中で、至らぬ部分を謝った。

 謝った瞬間、竜胆が一瞬だけ見せた表情が、水都の目に焼き付いている。

 竜胆を化物のように見る水都に対し、"怖がらせてごめん"と言った時の竜胆の表情は、筆舌に尽くし難いものがあった。

 

 だからだろうか。

 怯えながらも、水都の手が、血まみれの竜胆の手を握ったのは。

 血に汚れた竜胆の手を、普段はちょっとした虫に触れることも嫌がるような水都が、しっかりと掴む。

 

「こ……怖く、ないです。だ、だから、そんな顔、しないでください」

 

 震える唇。

 おぼつかない指の動き。

 悪い顔色。

 竜胆の目を真っ直ぐに見れないその視線。

 水都の全てが、"竜胆を怖がっている"と言っているようなものだった。

 

 されど水都は、勇気を振り絞って"怖くない"と竜胆に言う。

 普通の人の普通の勇気、優しさから絞り出した勇気が、竜胆の胸にことさらに響く。

 その気持ちが、とても嬉しかった。

 

「怖くないです。本当です!」

 

「……みーちゃん」

 

 戦うための勇気ばかり見ていると、ついつい忘れそうになってしまう、他人に踏み込む勇気や、他人の心を救うための勇気。

 こうした"優しい勇気"を見るたびに、竜胆は心を震わせる。

 守らなければと、強く思う。

 

「ありがとう」

 

 敵は巨大。人は矮小。手にした刃はちっぽけに過ぎる。

 竜胆の気分はさしずめ、姫を守るため針の剣で鬼に立ち向かったという、一寸法師か。

 ……つまり。

 絶望などなく、勝って守る気満々ということだ。

 

「その勇気が、俺の力だ」

 

「……!」

 

 幼い女の子に、水都に、寄り添うようにして刃を構える。

 次にバーテックスが攻撃してくるのは一秒後か、五秒後か、十秒後か。

 その瞬間に、命運は決まる。

 

「歌野には及ばないが、今は俺が君達を守る。君達にとっての怖いもの、全部から」

 

「……御守さん、絶対うたのんと気が合いますよ」

 

「そうか?」

 

 しかれども、皆の運命を決めるのは、怪物に非ず。

 

 

 

「ならば私は、私の親友を守ってくれたヒーローを守りましょう!」

 

 

 

 二人を守る竜胆を、更に守らんとする諏訪の誇り、金糸梅の勇者。

 黄と白の勇者衣装を身に纏った白鳥歌野が、ここで皆を守るべく、参戦した。

 空を走る、一筋の閃光。

 縦横無尽に振るわれた歌野の鞭が星屑を片っ端から叩いてゆき、星屑を無残な腐食死体へと変えていく。

 

 "叩いたものを腐らせる"。

 それこそが、タケミナカタが歌野に与えた神の武器、その権能だった。

 星屑の数を一気に減らして、歌野は水都を守るように立つ竜胆を、更に守るように立つ。

 

「何故なら私は、勇者だから!」

 

「うたのん!」

 

「ごめんみーちゃん、遅くなった!」

 

 バーテックス襲来から現在まで、せいぜい二分と少し。

 歌野の勇者スペックでは、敵を蹴散らして戦場を移動することすら困難だっただろう。

 にもかかわらず、歌野は星屑とバイアクヘーの数を減らしながら、たったの二分で主戦場まで切り込んで来たのである。

 それも、この戦場における最適解を選び取りながら。

 

「若葉! 千景さん! 竜胆さん!

 ここから南にかけてのバーテックスを一掃しました!

 南方向に退路が確保できてます! 諏訪の皆さんをこっちに逃して下さい!」

 

「―――!」

 

 そう、たった二分で、歌野は皆の退路を確保してみせたのだ。

 あとはその退路を敵に塞がせないようにして、そこから諏訪の人々を逃がせばいい。

 白鳥歌野は本当に、"戦闘が上手い"少女である。

 それは、直接戦闘力なんて小さなスケールに収まるようなものではない。

 

 竜胆を守るため、勇者衣装と武器を持って家の前に立っていなければ、歌野は勇者衣装と勇者武器を取りに行っている間に、どこかで星屑に食い殺されていたかもしれない。

 そういう意味では、『戦闘における豪運』すら、歌野は持ち合わせていると言えた。

 

「自己犠牲のヒーローとか今時流行らないわよ!

 さあさエブリバディ、気合いを入れて、今日も全員で生き残りましょう!

 誰かが辛い想いをすると、勝ってもすっきりしないものね! どうせ勝つならすっきりと!」

 

 ガチン、ガチン、ガチンと、バイアクヘー達が翼を鎌状の刃へと変える。

 バイアクヘー達が本気になった証だ。

 千景に嫌がらせを仕掛けていた時ですら、竜胆が立ちはだかった時ですら、本気になっていなかったバイアクヘーが、弱い勇者であるはずの歌野を前にして、本気の形態へ移行する。

 

 星屑とバイアクヘーが、空の津波となって殺到した。

 

 ひゅん、と鞭が唸る。

 それがバイアクヘーの一体を掴み、僅かに軌道を変えさせる。

 飛行軌道を変えられたバイアクヘーは、刃になった自分の翼で、仲間を切り裂いてしまった。

 バイアクヘーの編隊に、一瞬の戸惑いが生まれ、星屑だけが先行する。

 

 そうして先行した星屑を鞭で叩き、特に先行していた星屑を腐食抹殺していく。

 バイアクヘーの足止めをして、その僅かな時間で星屑の数を一気に減らす。

 合理性の塊のような戦術であった。

 

 同士討ちをしない陣形で再度突撃してきたバイアクヘーを鞭で打ち、歌野は位置を調整して……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ゾイガーの光弾が当たったバイアクヘーは燃え尽き、歌野には傷一つ付いていない。

 

 殺到する星屑の攻撃を、遠くの木に鞭を巻き付け、鞭を引きながら跳躍することで、低いスペック不相応な長距離跳躍回避をする、なんて技巧まで見せていた。

 

「……強い。凄いな、歌野……スペックは間違いなく低いが……()()()

 

 竜胆は感嘆する。

 

 歌野は、とにかく視界が広い。

 戦場全てをよく見て、利用できるものを利用している。

 更には判断も速く、的確だ。

 今の自分にある能力を完全に把握し、それを使いこなし、最大限に応用して戦場の流れをコントロールしている。

 

「しかも、戦い方がなんというか、綺麗だ。あんなに色々やって、忙しく戦ってるのに……」

 

 千景が好きな、スマブラタイプのアクションバトルゲームで例えよう。

 決闘が強いゲーマーは、アイテム無し、特別なルールなし、地形も障害物もないただの平地、いわゆる終点ステージでの決闘が強いゲーマーだろう。

 だがこれは、所詮決闘が強いゲーマーでしかない。

 

 歌野はこういうゲームをやらせた場合、地形を最大限に利用し、特別ルールを悪用し、アイテムを最大限に活用し、障害物を多用し、敵の武器を借用するだろう。

 そうなれば、手が付けられないほどに強いはずだ。

 『何でもありの実戦で強い』。

 歌野の強さは、この一言に尽きる。

 

 星屑の噛み付きを、大木を盾にしてかわしている歌野を見れば、痛感させられるだろう。

 直感で敵の先を読み、敵味方地形含めた戦場にあるもの全てを利用し、敵と戦う。

 これが、四年間諏訪にただ一人の死者も出さなかった、諏訪の勇者の持つ強さ。

 

「鞭ってのは扱い辛く、見切り辛い。

 ちーちゃんの鎌と同じ、"凡人が使う武器としては失格"だから主流にならなかった武器。

 剣や槍のような、凡人が使っても一定に強く、多様性のある使い方ができる武器じゃない。

 なのに……ここまで、このレベルにまで、多様性と応用性のあるスタイルだとは……」

 

「うたのんは、凄いでしょ?」

 

「ああ、凄い。文句なしだ。これが諏訪を一人で守り続けてきた、勇者の力と才覚か」

 

 バイアクヘーの首に鞭を巻き付け、バイアクヘーの背中に登る歌野。

 空いた手でバイアクヘーのうなじあたりをガシッと掴み、そこから周囲のバイアクヘーと星屑へと鞭を振るう。

 同士討ちを恐れるならば、歌野に激しい攻撃はできない。

 敵の背の上というセーフゾーンに陣取って、歌野は敵を減らしていく。

 

 竜胆は歯噛みする。

 歌野の強さを見れば見るほどに―――諏訪の勇者の力が四国と比べて格段に弱いという事実が、不安要素として目立っているのが、よく目に見えていた。

 

「……こういう戦場じゃなければ、最高に信頼できるってのに」

 

 諏訪湖でたっぷりと水分を溜め込み、南下していたボクラグが、とうとう諏訪の者達がいるラインにまで南下してきてしまっていた。

 千景の呪術。

 歌野の鞭撃。

 二つがボクラグの体を打つが、ただの水でしかない体は呪われても大した影響は出ず、鞭で何リットル分の体を砕かれようが屁でもない。

 

 ボクラグが両腕のハサミから放った雷撃が、バイアクヘーごと歌野を撃ち貫いた。

 

「きゃっ!?」

 

「うたのん!」

 

 歌野は咄嗟に跳んで直撃を回避し、鞭の先で木を掴むことで、自分の体に流れ込んできた余波の電流をそこに逃した。

 電化製品で言うアース、というやつである。

 ほとんどダメージは無かったが、歌野の体には痛みとしびれが残っていた。

 

「あづづ、バッドもバッドね、デカい奴とのタイマンは久しぶりだわ……」

 

 歌野は視線を動かし、一瞬で戦場全体を把握する。

 

 若葉は大ピンチ。ゾイガー四体を足止めしているがもう限界だ。

 星屑は残り20、バイアクヘーは残り8といったところか。

 千景の負担はかなり軽くなっていたが、若葉のピンチのせいで、若葉の援護のためそちらの方にかなり注力して立ち回らないといけなくなっている。

 ボクラグは歌野と対峙中。

 諏訪の人々は南方に移動を開始。

 

 あまり良い状況とは言えない。歌野だけでなく竜胆も状況のマズさを把握していた。

 竜胆は特攻玉砕万歳なんてアホなことは考えず、頭を使って、この状況をどうにかしようと考えていた。……いい案は、ほとんど浮かんでいなかったが。

 

「焼け石に水だろうが、俺も援護に行ってくる。

 みーちゃん、この子を頼んだぞ。

 ちーちゃんのカバー範囲を意識して、南への避難誘導も頼む」

 

「え……で、でも! 今度こそ、死んでしまうかも……」

 

「死なせないために行くんだよ。もう歌野を一人で戦わせたりするか」

 

「―――」

 

「もう仲間なんだ。一緒に頑張って、歌野の大切なものを、一緒に守ってやらないとな」

 

 この戦場で一番弱い、未完成もいいところな勇者のシステムの使用者。

 巨人になる力さえも残っていないウルトラマン。

 二人合わせても、四国の勇者一人相当の火力を出すことすらできないだろう。

 それでも、仲間同士足りないものを埋め合うことで、その先にある奇跡を掴める可能性を、信じて戦うしかないのだ。

 

「今俺に出来る歌野の援護は……背後を狙って気を引くか。よし」

 

 竜胆がバーテックス達の動向を窺い、駆け出すタイミングを測っている。

 水都はもう真っ当な目で歌野も竜胆も見ていられない。

 目を離したら、次の瞬間には二人共死んでしまいそうだと、そう思えるほどの状況だった。

 竜胆が駆け出してしまえば。

 次の、ボクラグと歌野の攻防が始まってしまえば。

 ……最悪そこで、一人死ぬ。

 若葉も千景も歌野達以上にいっぱいいっぱいであることは一目見れば明白であり、助けなど求められる状況ではなかった。

 

(何か、何か、私にできること! 何かできることは……!)

 

 水都の視線がぐるりと辺りを見回す。

 近くのもの、遠くのもの、味方、敵、友達、守ってくれた(ひと)、腕の中の幼い女の子、なんでもかんでも片っ端から注視していく。

 そして、"小さなことを気にする"彼女の感性が、『それ』を見つけた。

 

 ゾイガー達が人間達を恐怖のどん底に陥れるため、最初に吹き飛ばした守屋山の跡地に、『それ』はあった。

 

(―――)

 

 水都の小さな手が、竜胆の血まみれの手をまた掴む。

 

「待って御守さん!」

 

「ん?」

 

「こっちに! もしかしたら、希望があるのはあそこかもしれない!」

 

 水都に手を引かれ、水都が指差す先にあるものを見て、竜胆は目を見開いた。

 

「一発逆転の鍵は、きっとあそこに!」

 

 水都が何を言いたいかを竜胆は理解する。

 だが瞬きほどの間に、仲間を放っておいていいのか、仲間を直接助けた方がいいのでは、という思考の迷いが生じてしまう。

 されど、その迷いも、若葉が墜落していくのが見えた瞬間に吹っ切れた。

 

 ゾイガー四体がフリーになった。

 諏訪の民衆にゾイガー達が狙いを定める。

 もう、奇跡に賭ける以外の何かをしていられる余裕はない。

 

「……賭けるしかないのか!」

 

 水都と竜胆が走る。

 神様が『ティガの仲間』に託そうとした武器は、きっと『そこ』にある。

 

「私達人間なら、一年は長いけど! 神様にとっては、そうじゃない!」

 

 今日ずっと、竜胆達はあらゆる祠を探し、けれど何も見つけられなかった。

 それも当然だ。

 『人間のスケール』と『神様のスケール』は違うがために、人間には見つけられず、神様には何故見つけられないか分からない、そういう場所に、『それ』はあった。

 

「祠は埋まっちゃってたんだ……三千万年の間に!

 三千万年もあれば、祠の上に山の一つや二つは出来ても不思議じゃないよ!」

 

 人間から見れば"動いていない"ように見えるゆっくりとしたペースで、地面は動いている。

 それが地震を起こし、陸地のスケールを変えていく。

 現生人類の文明の歴史は、定義にもよるが一万年程度。

 『三千万年』というスケールで見れば、それこそ一般人ではイメージすらできないようなとてつもない事象を、時の流れが発生させるのだ。

 

 百万年前、日本は四国も沖縄も北海道も全部本州とひと繋がりであり、大陸と地続きだったと言われている。

 三千万年前ともなれば、日本が島は島に見える形ですらなく、日本海すら存在しない時代であったことだろう。

 

 日本が島のように見える形になったのは、150万年以上前。

 長野県・諏訪の山脈である日本アルプスもまた、この時代に発生を始めた山脈だ。

 日本の大地は捻じれ、曲がり、回転し。

 東北が大地ではなく、島々になり、また大地に戻ったり。

 四国や沖縄が大陸の広大な大地の一部な時期に、本州が小さな島の集まりになっていたり。

 氷河期で海面が下降し、また全てが大陸とひと繋がりになったりもした。

 

 三千万年あれば、日本が日本でなくなる程度の地殻変動は容易に起こる。

 現在の諏訪湖ですら、300万年前は確実に存在しなかっただろう、というのが定説である。

 大昔に諏訪に湖があり、それが干上がり、痕跡もなくなって、新しい諏訪湖が出来て、それを何度も繰り返して……そんな歴史がありえるのが、三千万年という歳月なのだ。

 

「だから、きっと、あそこに……!」

 

 昔、昔。

 三千万年前のこと。

 そこには、銀の祠が在った。

 だが時の流れは地形を変え、大地を山に変え、祠を飲み込んでいった。

 

 その祠の有する能力は"特定の神器の回収"。

 その時代において役目を終えた、あるいはふさわしい持ち主がいないまま長過ぎる時が経った神器を、祠の中に回収する機能を持っていた。

 作られてから、もう三千万年が経過している。

 なればこそ、神も、人間も、バーテックスも、触れずに久しい祠であった。

 

 山の下にあったその銀色の祠が、今竜胆達の目の前にある。

 

(何か入ってるのかこれ……!)

 

 竜胆が触れると、バチンと何かの音がして、祠の扉が開く。

 どうやら"ティガかティガの仲間"が触れることで開くセーフティがあったようだ。

 水都と竜胆は扉を開き、その奥に収められた武器を目にする。

 そこにあったのは、石の大剣。

 何故か、どんな黄金よりも華美で、どんな純銀よりも清浄で、どんな鋼鉄よりも頑丈そうに見える、不思議な石の大剣だった。

 

 目にしただけで、勇者やバーテックスと似て非なる、大きな力が伝わってくる。

 

「剣っ……御守さん! 武器です!」

 

「ああ、剣なら……若ちゃんだろ!」

 

 若葉は今、ゾイガーに落とされた。

 だが、竜胆は信じている。

 一度負けたくらいで、乃木若葉は負けない。

 一度落としたくらいで、乃木若葉は落とせない。

 最後には必ず勝つ人であると、竜胆は彼女を信じている。

 

 矛盾の域に突っ込みかけているレベルの絶大な信頼が、この剣を託す相手を選ばせた。

 竜胆は剣を握り、若葉が落ちた辺りに見当をつけ、振りかぶる。

 そして、全力で投げた。

 

「信じて任せる! 信じて託す! いつだって信じてる―――受け取れ、乃木若葉ぁっ!!」

 

 大剣は真っ直ぐに空を飛び、剣が自ら飛んでいるかのように落下の兆候すら見せず、若葉めがけて飛んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昔昔、あるところに。

 

 天を追放された、天の神の弟・スサノオという神がいた。

 暴れ回る神獣、ヤマタノオロチという怪物がいた。

 オロチに食われる運命にある、クシナダヒメという神がいた。

 

 スサノオはオロチを倒し、クシナダヒメを助け、姫を妻に娶る。

 その時オロチの尾から見つかった剣が、日本における絶対王権を示す三種の神器が一つ……天叢雲剣だ。日本一有名な刀だろう。

 『勇者が悪しき竜を倒し姫を救って結ばれる』という、原初の英雄譚の一つである。

 そうしてスサノオとクシナダヒメの間に生まれた子の子孫が、地の神の王・大国主である。

 

 このスサノオが一体化しているのが、土着神の集合体。

 すなわち神樹。

 

 このヤマタノオロチの子が、酒天童子。

 友奈を守る精霊である。

 この大国主の息子の一人が、事代主。

 友奈を勇者に選んだ神である。

 

 大国主の別の息子が、阿遅鉏高日子根神。

 千景を勇者に選んだ神である。

 大国主の別の息子が、建御名方神。

 歌野を勇者に選んだ神である。

 

 大国主の妻が神屋楯比売命。

 球子を勇者に選んだ神である。

 死んだ大国主を蘇生し救ったことがあるのが、支佐加比売。

 杏を勇者に選んだ神である。

 

 そして地の神の王・大国主が勇者に選んだ者こそ、乃木若葉。

 彼女の手に握られる生太刀とは、本来は栄華を約束され、地に満ちる命の頂点に立つ者が握るべき神刀なのだ。

 

 全ての事象は、どこかで繋がっている。

 神々の間の繋がりも、時代の繋がりも、人と人との繋がりも、そうなのだ。

 かつて対立した系譜の者達ですら、"天の神から人の子らを守るため"に、力を合わせて人を助けてくれている。それが神樹という存在なのである。

 

 魔は剣が討つ。

 王権は剣と共にある。

 剣は時に魔を討ち、神を狩り、天地を裂く。

 『剣』ほどに、神話を象徴する武器などありはしないだろう。

 

 なればこそ、それは『剣』だった。刀でもなく、『剣』だった。

 

 

 

 

 

 若葉は、ゾイガーに叩きのめされ、地に落ちた。

 意識は薄れ、力は尽きかけ、もはや刀を力強く握ることすらできない。

 地に落ちた後、立ち上がることすら億劫だった。

 

(流石に……この質と数は、無理があったか……)

 

 体の力はとっくに尽きていた。

 精霊の負荷で外側も内側も傷が多い。

 なのに、遠くで彼が叫ぶのだ。

 

「信じて任せる! 信じて託す! いつだって信じてる―――受け取れ、乃木若葉ぁっ!!」

 

 なら、もう、しょうがないではないか。

 

(立ち上がるしかないじゃないか)

 

 心の力だけで立ち上がる。

 だがそれはもう、無意識の内に立っていたというレベルで、若葉には既にまともな意識が残ってはいなかった。

 竜胆の声に無意識レベルで応えただけで、若葉は夢の中にいた。

 

 若葉は、夢を見ている。

 見ている夢は、祖母の夢。

 若葉が大好きだった祖母は、若葉に大切な生き方を教えてくれた。

 

―――若葉

―――乃木として生きなさい

―――『何事にも報いを』。この言葉を、忘れぬように

―――恩義や情けには報いを、攻撃されたら報復を。そう生きなさい

 

 記憶の中の祖母が、記憶の中の幼い若葉に語りかけている。

 

―――今は本当の意味では分からなくても、この言葉を心に刻みなさい

―――報いは、とても大切なこと

 

 若葉の生き方は、祖母から伝えられ、教わったもの。

 

―――悪い人には罰が、善い人には幸福があってほしいものでしょう

―――悪い人が報いを受けず、のうのうと生きる世界

―――善い人が報われず、悲しみ苦しみ続ける世界

―――それを、地獄と言うのです

―――あなたはそれを許さない気持ちを、ずっと持ち続けなければならない

―――『報い』とは、『当たり前』とも言い変えられる。だからこそ、絶対に忘れないように

 

 悪い人が報いを受けるのも、善い人が報われるのも、『当たり前のこと』だと、祖母は若葉に言い続けた。

 そして、世界がそんな風に理想的に回ってはいないことも、幼い若葉に教えてくれた。

 

―――あなたの幸福を害する者を討つために

―――あなたが好きになれた人を、あなた自身が幸せにするために

―――『報い』の在り方を、応報の生き方を、絶対に忘れてはなりません

 

 祖母はただひたすらに、真っ直ぐに、若葉を育てた。

 

―――他者に施した善行は、巡り巡って自分に返って来るもの

 

 祖母は若葉の幸福を願い、若葉を育てた。

 

―――それが必ず……あなた自身を、幸せにしてくれるから

 

 そして若葉の祖母が願った通りに、若葉は真っ直ぐで強い子に育ち、若葉が助けたどこかの誰かが、若葉を助けてくれるサイクルができた。

 若葉が皆を助け、皆が若葉を助ける。

 若葉は友を信じ、友は若葉を信じる。

 そして、この時代のティガはカミーラのような女を選ぶことなく、乃木若葉を選んだ。

 

「……っ、くっ、あああああッ!」

 

 叫び、若葉が意識を取り戻す。

 

 そして、竜胆が投げ込んだその剣を、心赴くままに掴み取った。

 

 

 

 

 

 其はウルトラマンではなく、人間の手に握られるべき、聖なる剣。

 日本の神話のみならず、人類史の各神話にて、人と神の未来を決定付けてきた『聖剣』という名の最強のカテゴリー。

 遠き昔に、"巨大なオロチの尾の中から見つけられた"と、伝えられる光の剣。

 

 輝けるその剣の名は、『闇薙(やみなぎ)(つるぎ)』。

 

 遥か遠き昔に、"人間が振るいウルトラマンティガを助けた"と伝えられる聖剣であった。

 

 

 

 

 

 その輝きは、夜明けの光。闇の終わりを告げる光。

 

 フランス語ではその光を、『Aube(オーブ)』―――『夜明け(オーブ)』と呼ぶ。

 

 なればこそそれは、遥けき過去に存在した、神話の始まりより在りし夜明けの原点。

 

 絶望に満ちた夜闇の終わりを告げる、聖剣の『始原の夜明け(オーブ・オリジン)』である。

 

 

 

 

 

 叫ぶ若葉が、剣を振る。

 

「これが―――人間の、力だッ!!」

 

 ただそれだけで―――『夜が終わった』。

 

 聖剣・闇薙の剣から、夜を終わらせるほどの光が放たれる。

 人間の眼球を焼くことはない、人間にとって優しい光。

 されど邪悪なる者の眷属にとっては、地獄の業火が生温く感じるレベルの光。

 それが諏訪を飲み込み、人間には傷一つ付けぬまま、生命力の低い星屑とバイアクヘーを、残骸すら残さず消滅させていった。

 

「な……何だあの剣の力!?」

 

 竜胆が驚愕の声を上げる。

 勇者の力。

 聖剣の力。

 乃木若葉の心の光。

 それらが相乗効果を起こし、文字通りに"神がかった力"を外部に放出している。

 若葉が握った闇薙の剣は、常に柔らかで淡い光を発していた。

 

「とてもよく、手に馴染む。それにこの光……私には、とても優しく、暖かく感じられる」

 

 ゾイガー四体とボクラグが並び、光弾と雷撃を全力発射する。狙いは若葉だ。

 クトゥルフ神話において邪悪なる神として語られる、文明すら滅ぼす五体が、その全力を一つに束ねた合体攻撃。

 若葉はそれを―――剣の一振りで()()()()()()()()

 

「はっ!!」

 

 跳ね返された光弾と雷撃が、ゾイガーの一体をあっという間に消し炭に変えた。

 

「持った瞬間に理解した。

 この剣に宿る神通力は……()()()()()()()()()()()()()()()()のだ」

 

 闇薙の剣は、邪なる者の力を反射する。

 それが光の技であってもだ。

 なればこそ、闇を打ち払う光の剣足り得ると言える。

 

「―――この剣の過去の持ち主は、ティガと共に在ったのか。

 いや、そうだな。ウルトラマンと人間は……助け合い、共に戦うものだからな」

 

 この剣の特徴は三つ。

 光を放つこと。

 邪悪な者の力を跳ね返すこと。

 そして、ティガを導くこと。

 超古代の者達は、何かを想って、この剣を鍛え打ち上げた。

 

「見るがいい、諏訪を飲み込まんとした闇の化生ども!」

 

 右手に生太刀。

 左手に闇薙の剣。

 神刀と聖剣の二刀流。

 ゾイガー達が後ずさりながら放つ光弾を悠然と切り捨てながら、若葉は突撃した。

 

「光が闇に負けることはない!」

 

 若葉の流派は居合道。

 居合で刀を扱うのみならず、鞘も扱い疑似二刀も見せる剣術流派である。

 竜胆は初めて見た戦いでそれを活用していたのを見ていたし、鍛錬でも使っているのを見たことがある上、その鞘で殴られたこともある。

 鞘の感覚で片方を使えば、ぶっつけ本番二刀流でも、滑らかに二刀を操ることは難しくない。

 

「お前達がどんなに強大で、恐ろしい存在だとしても―――」

 

 疾風の如く飛び、閃光の如く剣と刀を、敵のそっ首へと振るう。

 

 ゾイガー達と若葉がすれ違った、次の瞬間。残り三体の内、二体のゾイガーの首が落ちた。

 

「―――人間(わたしたち)が、希望を捨てることはないからだッ!!」

 

 光り輝く聖剣が、若葉の勇者としての力すら増大させている。

 輝く光は、生き残ったボクラグとゾイガーを苦しめ、二体は全力での撤退を選択した。

 かくして諏訪から全てのバーテックスは一掃され、若葉の手には聖剣が残る。

 諏訪の誰かが、光を纏い聖剣を携える若葉を見て、ふと呟く。

 

 

 

「『聖剣の勇者』……」

 

 

 

 若葉は神に選ばれ、神刀を携え、今また聖剣をその手に得た。

 信心深い者ほど、彼女を見ているだけで運命のようなものを感じずにはいられない。

 

 ナターシャは、未来を変えられる人間を二人見つけた。

 ゆえに二人に託した。

 ナターシャが見た二人とは、御守竜胆と乃木若葉。

 二人が肩を並べて前に進む時、未来は変えられるものとなる。

 他の者では、闇薙の剣からここまでの力を引き出すことはできなかっただろう。

 

 ナターシャの感覚は、この上ないほどに正しかったと言える。

 若葉は刀を鞘に収め、聖剣を地に突き立て、竜胆に拳を突き出した。

 

「私はお前の信頼に、相応に応えられているか?」

 

 竜胆は笑って、拳を突き出す。

 

 二人の拳が、二人の間で、軽くコツンとぶつかり合った。

 

「応えすぎだよ、バカ。最高だ」

 

 『乃木若葉は勇者である』。

 

 そんな最高の現実を、竜胆は今日という日にまた強烈に、肌身に染みて実感していた。

 

 最高の仲間の存在を、竜胆は肌身に染みて実感していた。

 

 

 




https://www.youtube.com/watch?v=24CX4FyQ1m4
すき

【原典とか混じえた解説】

闇薙(やみなぎ)(つるぎ)
 『ウルトラマンティガ外伝 古代に蘇る巨人』に登場する聖なる剣。
 邪悪の力を問答無用で反射する能力を持つ。
 ウルトラシリーズでは珍しい、"人間が手持ち武器として使う伝説の武器"であり、"怪獣にも通用する人間の手持ち剣"である。
 また、剣自らの意志で光り輝き、所有者にティガの変身者を導かせようともする。
 日本の神話が好きな人、ウルトラマンオーブが好きな人のどちらも唸る、『クラヤミノオロチという怪獣の尻尾から取り出された』聖剣。
 諏訪の神域(祠)に収められていた超古代の秘宝。

※余談
 『ウルトラマンティガ外伝 古代に蘇る巨人』は五千年前の地球が舞台。
 西暦ティガの先祖の一人である一人の女剣士(ヒロイン)が、五千年前のティガ変身者(主人公)をこの剣で助け、怪獣を切ったりしていた。
 要するにヒロイン専用の剣。
 この外伝では西暦にウルトラマンティガ・ダイナ・ガイアと共に戦った者達と、同じ顔の戦士達も多くおり、ファンには"彼らは生まれ変わっても共に戦っている"と解釈する者もいる。
 ちなみにこの外伝でヒロインの女剣士は主人公に『真の勇者』と呼ばれ、ヒロインも主人公に「真の勇者はお前だ」と言い、村を守る戦士は『防人』と呼ばれ、預言に従いティガの覚醒を助けた女性は『巫女』と呼ばれている。

 余談の余談だが、ウルトラマンオーブが初めて地球を訪れ、マガガタノゾーアとの決戦に挑んだのもオーブ本編開始の五千年前。
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