夏空の下、ウルトラマンは、友をいじめた子供達を虐殺した 作:ルシエド
最近ちょっと遊んだらクスっときた診断(時拳時花ネタあるので未読の人は注意)
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この二つが連続で来たので「君うちの作品既読じゃない?」ってなったんですよね
ゾイガーやボクラグの襲撃があった、その次の日の朝。
若葉はいつものように早起きし、日課の鍛錬を行っていた。
右手に神刀、左手に聖剣を持っての二刀流。
一般人の目で見れば、大きな二つの剣を手足のように扱う若葉の姿に、頼もしさと凛々しさしか感じないだろう。
(振れなくはないが、少し重いな)
だが戦闘経験豊富な若葉は、この聖剣が片手で扱うには少し重いことを感じていた。
勇者の筋力であれば問題なく使える。
されど振れればそれでいいというものでもないのだ、武器というものは。
例えばの話だが、若葉の筋力がどんなに強くても、若葉の全体重よりも重い剣を触れば、若葉の体はひっくり返ってしまうだろう。
こういうところで、数万tの体重のウルトラマンと、数十kgの体重の人間には細かな違いとネックが出て来てしまう
(少しは体が流れるか。
だとしたら、それも考えて……
小振りに使うと逆に扱いが悪くなる。
適宜二刀流と両手一刀持ちを切り替え、遠心力を連撃に逆に利用して……)
若葉は大きな剣の二刀流、という見るからに使い辛そうなスタイルを確立していた。
もう少し修練と習熟が必要だろうが、戦えば戦うほどに、大型バーテックス殺しに特化した戦闘技巧を完成に近付けていくことだろう。
七月になっても咲き誇っている赤いサツキの花が、若葉の剣が巻き起こす風に揺らされている。
サツキの赤色を揺らすほどの剣風。
昨日手に入れたはずの剣を若葉はもう使いこなしている……というより。
何故か、"剣の方が若葉に合わせている"、そんな印象を受ける剣舞であった。
(神刀で攻め、聖剣で守る。……悪くない。
私は最初は近接一辺倒で、大天狗を得てからは飛び道具も得た。
速さと攻撃力はあり、無いのは球子のような仲間を守る防御力だけだった。
だがこれがあれば、球子のように防御に専念してさえ私には果たせる役割がある)
邪悪なる敵の攻撃を全て反射する闇薙の剣は、防御に徹しても十分強い。
若葉がティガの後ろに立っているだけで、ティガの背後の守りは鉄壁となるだろう。
勇者専用の『守りの力』を得て、若葉は守れなかった友のことを思い出す。
友としても、仲間としても、好感を持てた少女のことを。
(球子。見ているか?
お前のことを思い出すたび、その代わりはできないと思い知るが……
ほんの少しは……お前がやれていたことを、私もやっていけそうだぞ)
死んでいった仲間のことを、若葉が忘れるものか。
そして、若葉同様、死んでいった仲間のことを一瞬たりとも忘れていなさそうな少年が起きて来た。
「おはよう、若葉」
「おはよう、竜胆。いい朝だな」
「ああ。晴れて良かった……のかは分からないけどな」
「いいことだ。
竜胆はあまり知らないだろうが、四年前の襲撃の時、空は闇に覆われていた。
空が闇に覆われた状態での移動は、普通の人の心を容赦なく蝕み、不安を掻き立てた」
「……そりゃ、嫌そうだ」
「四国の天蓋が神造のものであるのにも、天空恐怖症候群にも、相応の理由はある」
襲撃初期に大暴れしてすぐ切り倒された竜胆の記憶は、彼がその時の周囲の状況を明確に記憶していなかったのもあって、四年前の事態については若葉の記憶のそれに劣っていた。
竜胆は、星屑を見て発狂し、天空恐怖症候群を起こす一般人の姿すら見ていないし、覚えていない。
若葉は刀を鞘に収め、聖剣を地に突き立て、竜胆のコンディションを確認する。
「変身はできそうか?」
「おう、バッチリだ。三分間、変身は間違いなく維持できる」
「丸一日の経過と言うには少し早いが……」
「睡眠時間と休憩時間は十分に取ったから大丈夫……だとは思う。まあ任せとけ」
前回の変身から24時間は経っていないが、今変身しても、無理というほどではない。
一日は経過した、と言えるラインである。
あとは変身して、諏訪の皆を一分以内に四国まで運び込めばいい。
とにもかくにも移動だ。
結界が完全に潰れた諏訪に長居することは、あまりにも危険過ぎる。
「聖剣は扱えそうか? 若葉が扱えないならもう誰も使えない気がするけど……」
「出力を上げると苦しいな。
昨晩のような使い方は考えてやらないと、すぐバテる。
何も考えずに使えば十数秒で体力全部持って行かれる可能性もあるだろう」
「若葉の体力でそうなのか? そりゃまた凄い」
「ただ、闇を切って払うことや、敵の力の反射にはほぼ力は使わない。
……この剣自体が備えている力の量そのものが桁違いなんだ。とてつもない」
なるほど、と竜胆は頷く。
「攻撃には向いてないんだな、その聖剣」
竜胆の指摘に、若葉は目をパチクリさせて、納得した様子で剣を見た。
「……そうか、攻撃に使おうとすると消耗が大きいのか、この剣は」
「?」
「握った時に伝わってきた想いを素直に受け取るべきだったか。
この剣は破邪の剣であり、守りの剣。
誰かを守るためにある剣。
勇者の力を通して無理に攻撃に転用することが間違いだったんだな」
若葉が大国主より与えられた生太刀は、その名から生命を象徴する武器だと言われている。
神話の中でスサノオは、「敵対する神々を打ち倒すための力」として大国主にこの刀の所有権を与えた、と描写されている。
由来からして攻撃の剣なのだ、この神刀は。
なればこそ、闇薙の剣とは役割分担がハッキリしている。
守るためにこそ、この剣はあるのだから。
「諏訪の人達は皆早起きだぜ、若葉」
「そのようだな。皆、農業に従事する内にそうなったのだろう」
「諏訪では夜更かしできるほど、夜に光を確保するのが難しかったってのもあるんじゃないか?」
「世知辛いな。夜更かしもできない困窮の状況か。
四国との通信で一度も弱音を吐かなかった歌野の強さを痛感する」
「それも今日で終わりだ。さて、皆の荷造りの手伝いでもしようかな」
「私も行こう。朝の内に、四国にまで全員を到達させる」
今諏訪にいる全員を運ぶ役目を請け負う竜胆と、竜胆に運ばれなくても問題がない――自分で飛べる――唯一の存在である若葉にとっては、四国も"ひとっ飛び"の範囲。
なればこそ、彼らの目に見えている問題点は『距離』ではない。
二人は、諏訪の皆の荷造りを手伝い始めた。
人間の武器は連携である。
原人がマンモスを狩っていた頃からずっとそうだ。
バーテックスがその武器を奪いつつあるのがいやらしいが、それでも連携はいつの時代も強力な人間の武器である。
竜胆は、歌野と水都とその辺の打ち合わせをしていた。
若葉と千景にはあまり要らない。それだけの関係性がある。
「―――というわけで、だ。
ちょっとした敵なら、ティガブラストと大天狗で蹴散らせるからそのまま進行。
この場合は空中戦だけだから歌野達の出番はなし。
敵が結構なもんだったら、一回諏訪の人達は全員降ろして、敵を全滅させるまで戦闘だ」
「うん、分かったわ」
「その場合はうたのんが戦線に入って、私は避難誘導かな……」
「四国が近かったら、四国に諏訪住民を逃げ込ませてくれ。
四国が遠かったら、散開せず一塊になって南下。
皆が散ったら守れないからな。
俺、若葉、ちーちゃん、歌野で分担して守りながら敵を殲滅するから」
拠点防衛でないため、竜胆達も住民を守りながらのこの手の戦いの経験はほぼなく、相当に手探りでやっていると見ていいだろう。
実際、竜胆も戦術に苦心している。
だが竜胆には、スマホで連絡が取れる外付け脳……
なので事前に相談しておけば、それなりにそつなくこなせるのである。
「敵の襲撃中に、四国に諏訪の皆を逃げ込ませて大丈夫なの?
私のニュービーな素人考えだけど、敵も一緒に結界の中に入って行っちゃわない?」
「四国の結界ってのはさ、根本的に強固なんだよ。
神樹様はそこに弱い部分を一箇所だけ作って、香川に敵を誘導してくれてるんだ。
結界そのものは、時空に干渉する規格外の化物でもないと干渉すらできない。
だから敵さんも結界の弱い部分を狙ってそこから侵攻する。
皆が通るのは徳島の大鳴門橋を通るルートだろうから、多分大丈夫……じゃないかな」
「それはどういう意味での大丈夫?」
「大鳴門橋まで敵に追われたとしても、大鳴門橋を越えれば安全ってことだ」
「なるほど……なるほど?」
「分かってねえなこれ……
……うーん。
調理前に野菜を塩揉みするだろ?
野菜の半透膜は塩を通さないから、野菜の水分だけが半透膜を抜けて、塩に吸われるだろ?
これと同じ。
塩がバーテックス、水分が人間、結界が半透膜。結界を抜けられるのは人間だけだ」
「理解したわ! 魂で!」
「そりゃ良かった」
「や、野菜を例に使ってうたのんに小難しい話を一発で理解させた!?」
結界内に逃げ込めば安全、というのは正しい。
正しいのだが。
大侵攻の時に、あまりにも『不安要素』と『例外』が増えすぎていた。
絶望的な想像をしようとすれば、いくらでもそれをすることができる。
ハッキリ言って、状況だけ見れば、人類は完全に詰みと言っていい状況だ。
(今のところ結界を力任せに越えて来たのは……天の神の雷だけ。神の権能だけだ)
戦士は半分死に。
天の神は堂々と四国結界を撃ち抜き。
星は全ての力をガイアに懸け、負け。
ティガでは足元にも及ばないほどに強かったガイアを倒したゼットは、未だ健在。
カミーラだって無傷のまま。
四国の民衆の精神状態は絶望を極めていて、何が起こっても不思議ではないという最悪。
絶望の理由を挙げていてば、本当に枚挙にいとまがない。
(そんな来るものじゃない、とは思うけど。天の神の雷は警戒しておくか。
あとはカミーラとゼット。ゼットの傷はどのくらい治ったんだ?
ゾイガーとかが来てる以上、十二星座の類や、過去に出て来た敵が出て来る可能性も……)
"結界を壊しそうな敵"に、竜胆は心当たりがありすぎた。
本当は、四国に逃げ込めば安全なんて理屈は、この世界のどこにも存在しないのだ。
(いや、でも、そうだな。
色々考えられる。
敵がここから沢山出て来ても、出て来なくても、判断材料にはなる。
今は初めて、
考えることがややこしくなってきたら、その辺は杏に丸投げしとけばいいか。うん)
だが、四国が世界の希望、最後の方舟であることに変わりはない。
諏訪が逃げ込めそうな安全圏はそこしかないから、選択肢など無いに等しい。
竜胆は歌野の表情を覗く。
選択肢など無いに等しい諏訪の代表者の顔色を伺う。
歌野の感情を読み取ろうとした竜胆は、歌野が何やら妙な表情をしていることに気が付いた。
嫌な気持ちにさせただろうか、と竜胆は少々不安げになる。
「歌野、どうかしたか?」
「いや、なんというか」
ただ、心に闇を常に抱えている竜胆が、思っているほどには……
「作戦会議っていいな、って思ったの。
あはは、何言ってるんだろって笑ってくれていいわよ」
「―――」
歌野は竜胆達や四国に対し、小難しいことを考えてはいなかった。
彼女はシンプルだった。
ただ単純に、大好きな諏訪の人々を自分以外の人も守ってくれることが、諏訪の明日が繋がってくれたことが、嬉しくてたまらないという顔をしていた。
歌野が戦友と作戦会議なんて、したことはなかったのだろう。
共に戦う者はいない。
参謀に相当する者もいない。
連携する相手がいないのだから、そんなものも考えなくていい、そんな毎日。
だから作戦会議をするだけで歌野は嬉しい気持ちになって、竜胆と水都に笑顔を見せている。
希望に満ちた太陽の笑顔は、一瞬だけ、竜胆に『絶望』の全てを忘れさせた。
「笑わねえよ」
竜胆はきっぱり言い切る。
笑ってくれていいと言われても、誰がその笑顔の理由を笑えようか。
「他人を笑わせるなら、方法は選ぼうな。
歌野ならいくらでも手段は選べるだろうしさ」
「……あら、私の好きな感じの言い草だわ。素敵」
「歌野に諏訪の笑顔だけじゃなく、四国の笑顔も任せようとしてる仲間の戯言だよ」
竜胆は歌野と話していると、四国とは別の形で追い詰められていた諏訪の状況を痛感し、そのたびに胸が痛くなる。
対し水都は、歌野の周りの状況がどんどん良くなっていることを実感し、微笑んでいた。
「うたのんも早く慣れるといいね。
戦友がいる作戦会議に、嬉しさを感じないくらい、当たり前になるといいね」
「あらみーちゃん、これに慣れちゃうのはちょーっとどうかと思うわ。
できるならこの嬉しさをずっと感じて、ずっと忘れずにいたいわね。そう、フォーエバー!」
「あははっ」
諏訪の出立準備は、竜胆がびっくりするくらい速く進んでいった。
何故なら、誰もが私物を多く持って行こうとしなかったからだ。
四年前の襲来時、諏訪の皆が多くの私物を失った、というのもある。
だがそれ以上に、諏訪の者達の心構えが誠実だった。
竜胆達の迷惑にならないよう、最低限の私物以外は何も持っていこうとしなかったのだ。
それはきっと、"本当に大事なものが何か分かっている"からだろう。
だから、誰もが余計なものは持たなかった。
少しでも速く出立の準備を終えて、少しでも軽い体で運んでもらおうとする。
竜胆が頼む前からそうしてくれた諏訪の住民達の誠実な善意に、竜胆は言葉もなく、ただ感じ入っていた。
「冬にまたここに来れたらいいわね、竜胆さん。
あ、ベリーグッドなのは世界の平和を取り戻した後の冬に戻って来ることだけど」
「冬?」
「ふっふっふ、諏訪の名物『御神渡り』よ!
諏訪湖はね、冬に綺麗に凍るの。
そして氷が割れて、北の神社と南の神社の間を、ピキピキって割れ目が走るの。
諏訪ではこれを、神様が湖の氷の上を通っていったものなんだって伝えているのよ!」
「へー……面白いな」
「毎年必ず起こるってわけじゃないんだけどね。
湖がちゃんと凍ってくれないと駄目だから。
……あ、でも最近はなんでか起こりやすいって聞いたような……」
地球温暖化が進む世界線の地球において、御神渡りという現象は、地球温暖化のせいで発生率が下がっている、とまことしやかに語られている。
ただしそれも、地球温暖化が進んでいる地球のみの話だ。
天の神の視点を拝借し、人間らしい言い草で表現するならば。
『酸素を吸って二酸化炭素を吐き、自然を破壊し、熱を出す害獣を七十億体以上駆除した』この地球において、地球温暖化が進む理由はない。
四年が経ち、湖もよく冷えるようになった。
歌野が竜胆に御神渡りを見ようと思えば、いつの年度でもそれは可能だろう。
「俺達にとっちゃ、いつかの未来の話だな」
「そうね。だから約束しておきましょう。いつかの冬に、私は必ず御神渡りを見せる!」
「そんな気負わんでも」
「いーや、絶対に見せるわ!
だって竜胆さんには、諏訪のいいところまだ全然見せてないもの!」
竜胆は笑った。
「もう十分見てるよ」
竜胆の目は、笑っている歌野と水都を、そして周りで忙しく動いている諏訪の人々を見ていた。
「もう十分、俺は諏訪を好きになってるんだ」
歌野がきょとんとして、水都が言葉の意図を察して頬を掻く。
やがて移動の準備は完了し、人々の足は、諏訪の地を離れた。
ティガトルネードで頑丈で大きな直径50m以上の旋刃盤を作り、ティガブラストで力場を作って力場で旋刃盤を持つ。
この程度の小細工ができなければ、ティガは飛行時の衝撃波で人の一人や二人は殺してしまっているだろう。
デラシウム光流の光の収束発射などで多用している細かな力場の操作は、ティガがいくら速く飛んでも、旋刃盤の上に乗った者達にそよ風すら感じさせない。
飛翔するティガ。
大天狗でティガと並走するように飛ぶ若葉。
旋刃盤の中央で待機する千景。
その周りに集まる諏訪の住民。
歌野と水都は、旋刃盤の先端付近で、ティガに変身した竜胆と話していた。
「いやはや、そういえばうんとベイビーだった頃、鳥みたいに飛ぶのが夢だったっけ」
旋刃盤の先端から見える景色は、壮観だった。
いかな極超音速機でも追いつけないような速度が生む、景色の移り変わり。
風すら追い越し、雲も置き去りにする高速の実感。
ふわり、ふわりと、重力すら些末に感じさせる適度な浮遊感が、歌野と水都に"飛んでいる"という体感を与えていた。
「ちっちゃい子供なら結構ありきたりな夢だけど、夢が叶っちゃったなあ」
『小さい頃からの夢だったのか?』
「ノンノン。私の夢はもっと大きい! それは既に過去の夢よ! だよねみーちゃん!」
「うたのんは、うん、その、ねぇ?」
「私の夢は農業王! 私の作った野菜を、より多くの人に食べてもらうことよ!」
『凄いな、子供らしい夢だったのが一気に農の気配が濃くなってきた……』
「農と濃いって字、似てるわね……」
『うん、そうだな、それで?』
「それだけよ?」
『なーんでお前は農が絡むと急激に知能指数が下がるかなもう!』
「これがうたのんなんです……」
夢が空から大地に移ったというのが、なんとも歌野らしい。
子供らしい夢から、彼女らしい夢に。それを、人は成長と言うのだろう。
だがそうだとしても、空を飛ぶという幼い夢を叶えた歌野は、確かに嬉しそうだった。
『というかなるほど、お前の夢は、空よりでっかくなったんだな』
「あ、その表現いただき。そういう言い方好きだな、私」
空より大きな大地の夢。
地に足ついた歌野の夢は、竜胆の心にも好ましく感じられた。
「でもね、私の夢より、みーちゃんの夢の方が遥かにビッグでエクセレントなの!」
『ほー』
「え、ええ!? ちょっとうたのん!」
そんな歌野が、自分より大きな夢を持っていると太鼓判を押す水都。
竜胆は俄然興味を持った。
けれども内向的な水都は歌野ほど夢をおおっぴらに話せない。
"恥ずかしい"という気持ちが先行してしまう。
水都のそういう後ろ向きで内向きなところが、竜胆に千景を思い起こさせるから、竜胆が水都に向ける声は肉声だろうと思念波だろうと、自然と優しくなる。
竜胆自身はそう意識していないのに、その語調はとても柔らかかった。
『聞かせてくれよ。笑わないから』
「……」
水都は語り出しすら躊躇い、沈黙を続けるが、やがてその口は開く。
昨日今日出会ったばかりの竜胆に、内気な彼女がやや踏み込んだ話ができたのは、短期間で竜胆が確かな信頼を得ていたから、なのか。それとも。
出発前の会話で、竜胆が"笑わねえよ"ときっぱり言った姿を、水都が見ていたからだろうか。
「……宅配屋さん、です」
『へえ、宅配屋さんか。良いな』
「そ、そんなたいそうなものじゃ……」
「良いでしょ?
みーちゃんの凄いとこはね、そこだけで留まらないところなの。
私の作った野菜を世界中に届けるのが夢って言ってくれたの!
ブラボーよね、グレートよね!
しかもね、私より夢のスケールが大きいのに、詳細の想像が的確だったの。これはもう―――」
「う、うたのん!」
『おっまえみーちゃんのことめっちゃ好きだな……』
「そりゃもう!」
「うたのん!」
『でもいい夢だな。応援するよ』
水都が照れて、恥ずかしそうに顔を横に向けた。
歌野がからからと笑っている。
野菜を作る歌野の夢。
野菜を作る人を支えたいと思い、なりたい自分を見つけた水都の夢。
二人は前を見ていて、遠くを見ていた。
この未来が閉じた世界で、先の見えない世界で、夢を語る二人は眩しかった。
「竜胆さんの夢は?」
『俺? 俺は……』
「農家? 農家になりたいのね? この私の問いにイエスか
『さらっと選択権取り上げるのやめろ』
夢、と言えるようなものは、今の竜胆の内に、何があっただろうか。
―――俺がなりたいのは、
竜胆の過去の発言から的確なものを探しても、せいぜいがこれくらい。
未来にすべきことはある。
未来に約束したものもある。
死んだ人に誓った未来の形だってある。
だが、それを夢というのはまた何か違う気がすると、今の竜胆は思ってしまう。
悲惨さや悲痛さが一切混じっていない二人の夢、未来を純粋に期待する二人の夢は、夢叶った時二人を後腐れなく幸せにしてくれるだろう。
だが。
竜胆は、幸福な未来を夢に抱く自分を、許せるのだろうか?
人を殺したことをずっと夢に見るような男が、それを許せるのだろうか?
『俺の夢は……普通の人が終わらせられない悲しみを、終わらせられる巨人になることだよ』
「私が聞きたかったのは、他人のための夢じゃなくて、自分のための夢だったんだけど」
『え?』
「ま、いっか」
言葉とは、交わすたびに互いを理解させるものである。
真実なら直接的に、虚飾であれば時間をかけて理解させる。
彼らが理解し合うようになるのは、まだまだこれからだ。
歌野はうんうんと頷き、水都は竜胆の言葉を額面通りに受け取っていた。
「悲しみを終わらせる巨人……
うたのん、御守さんも手伝ってあげたら?
ほら、前に私とした花言葉の話、覚えてる?」
「え、なんだっけ? ごめん、覚えてないやみーちゃん」
「ううん、いいんだようたのん。
あの時のうたのん、戦いの後で疲れてたもんね」
「ほんっとごめん! で、何の話だったの?」
「そんな重要な話ってわけでもないよ。
御守さん、うたのんの勇者衣装は『金糸梅』の形を元にしてるんです。
金糸梅は丈夫な花で、綺麗な黄色の花を咲かせて、その花言葉は……」
白鳥歌野が、金糸梅の衣装を神より与えられたことには、ちゃんと意味がある。
「『きらめき』、『魔除け』、『太陽の輝き』、そして―――『悲しみを止める』です」
『―――ああ、そういうことか』
その意味は、花言葉の中にあるのだ。
『みーちゃんは花の知識とか一定以上はありそうだな。
俺の名前の花言葉とかも、把握してたりするのかもしや』
「うん」
『……そりゃまた、嬉しいこと言ってくれたもんだ。うん、ありがとう』
桔梗の花言葉は"誠実"で、竜胆の花言葉も"誠実"。
金糸梅の花言葉は"悲しみを止める"で、竜胆の花言葉は"悲しんでいるあなたを愛する"。
竜胆と若葉の関係性が、互いに対し誠実であるものならば。
竜胆と歌野の花言葉に、水都は何を見たのだろうか。
……いや、"何を期待した"のだろうか。
「うん、大体分かったわ」
歌野が竜胆の花言葉も知らないままに頷いている。
『フィーリングで生きてるなあ、歌野は』
「小難しい理由がなくても人助けなんて感情でいいと思わない?」
『思う』
「ほら見なさいみーちゃん。どうせ私とこの人は助け合ったりするから心配は要らないのよ」
「なんだか少しずつ、御守さんが農家似合いそうって話に納得し始めてるよ私……」
『おい』
気が合ってるなあ、と水都は益体もなく思った。
現在飛行開始から50秒。
あまり急がず飛んでいるので、あと少しで四国に着く、くらいの進行度合い。
歌野は旋刃盤の先端に立ち、背伸びをする。
「竜胆さんは初めて会った時から、色んな意味で夢のない人生送ってそうな印象があって……」
『お前ストレートに言ってくるな』
「だからほっとけないなあ、って気はしてたの!」
歌野の"夢のない人生"という一言は、ものの見事に、本当に的確に、竜胆の人生を一言にまとめ上げていた。
そこから"ほっとけない"に繋がるのが、歌野らしい。
白鳥歌野は揺らがない自分を持って、自分を貫き、自分らしく生きている。
『苦労してるだろ、みーちゃん』
「あはは……でも、楽しいですよ、うたのんの近くは」
「そこは否定してほしかったなぁみーちゃんっ! このこのー!」
「わっ、ちょっと、やめてようたのーん!」
大抵の者が望む終わりは、"自分が幸福なまま眠るように終わる"ものであるが。
竜胆が望む理想的な終わりは、"全ての約束を果たし全ての罪を償って死ぬ"というものである。
竜胆は矛盾だらけである。
死ななければ償えない罪があり。
死ねば果たせない約束があった。
死者への償いを想えば若くして死ぬべきであるし、生者との約束を想えば早くに死ねない。
生きたくて、死にたい。
光と闇のように、矛盾する感情はいつも食い合っている。
周りの人がくれた約束が、竜胆を縛り付け、自由を奪い、彼を安易な死に走らせない。
約束が彼を生かし続ける。
竜胆を縛る約束という名の鎖は、優しい暖かさに満ちていた。
感覚派の歌野はその鎖の存在になんとなく気付いていたし、竜胆が周りに想われていることを、ちゃんと分かってくれていた。
竜胆が死ぬ可能性と不幸になる可能性を、歌野はそこにいるだけでガリガリ削ってくれる。
(―――)
四国と、四国結界と、その周りの海が見えてくる。
竜胆はそこに"それら"を見て、少し飛翔速度を下げた。
『もうちょっと話してたいところだが、そうもいかなくなったな』
「え?」
『敵だ。大型は播磨灘に一体、大阪湾に一体、紀伊水道に一体。要するに――』
飛翔するティガを見て、バーテックス達が咆哮する。
播磨灘の海で、ボクラグが身を捩らせた。
大阪湾で、ゾイガーが翼を羽ばたかせ、海を吹き砕いた。
紀伊水道で、"見たこともない大型バーテックス"が、その身に力を滾らせていた。
星屑とバイアクヘーもまた、うようよといる。
『――四国の北東部の海、ガッツリ敵に抑えられてるぞ!』
ボクラグの放電。
ゾイガーの光弾。
そして新顔の大型の放つ光弾。
ティガへの集中砲火が飛んで、若葉が闇薙の剣にてそれを跳ね返す。
四国近海に跳ね返された攻撃が着弾し、一瞬海底が見えるほどの規模で、海水が蒸発した。
『サンキュー若葉!』
「これで終わりにはならないだろう。ここからだ、竜胆!」
『……また新顔もいるな。一旦降ろすぞ! 皆、とりあえず打ち合わせ通りに!』
すぐそこに四国があるというのに、バーテックス達は四国の方を向いてすらいない。
その全てが、ティガ達の方を向き、一斉に攻撃を仕掛けていた。
ティガブラストは自分の体を盾にして諏訪住民達を守り、本州と四国の間にある島、淡路島の上空に突っ込む。
海と空から、バーテックス達が絶え間ない攻撃を仕掛けてきた。
ティガが抱えた旋刃盤の上で、千景が叫ぶ。
「竜胆君、早く降ろして! じゃないとあなたも戦えな……竜胆君!?」
だがティガは皆を中々降ろさない。
皆を抱えたままなせいで、ロクに防御も反撃もできていない。
「竜胆! 早く皆を降ろせ!」
若葉が竜胆を守りながら叫ぶ。
彼女の守りがなければ、ティガの体の何割が失われていたか分からない。
それほどまでに苛烈な攻撃の中、ティガは猛然と突き進み、淡路島の南端近く……つまり、少し歩いて橋を渡ればそこは四国、というくらいの位置にて、皆を降ろした。
旋刃盤から降りた千景が、七人御先でティガに群がる星屑やバイアクヘーを蹴散らしつつ、心配そうにティガに駆け寄る。
「なんでこんな無茶を……本州の橋の前で降ろしたってよかったのに」
『いや、それは駄目だろ』
諏訪から四国に一直線に進んだ場合、淡路島という島を通るルートが一番短い。
イメージとしては、本州と四国の間に淡路島が一つあり、本州・淡路島・四国を繋ぐようにして二つの橋があるイメージを持てば問題ない。
■■□
■○□
△●●
一度、こうして図にしてみよう。
■が播磨灘海域。
□が大阪湾海域。
●が紀伊水道海域。
○が淡路島。
△が四国北東部である。
北側の橋が明石海峡大橋、■と□の間を通る、本州と淡路島を繋ぐ橋。
南側の橋が大鳴門橋、■と●の間を通る、淡路島と四国を繋ぐ橋。
淡路島の北から西にかけての海域が播磨灘。
淡路島の北から東にかけての海域が大阪湾。
淡路島の東から南にかけての海域が紀伊水道。
そして淡路島の西から南にかけては、四国の大地がある。
本州から"明石海峡大橋"を使って淡路島へ。
淡路島から"大鳴門橋"を通って四国へ行く。
このルートなら歩いてだって四国へ行ける。
が。
『勇者の脚力基準で考えるな。本州から四国まで二つの橋と一つの島で、60km以上あるんだ』
「……あ」
『普通の人が60km移動するのにどのくらい時間がかかると思う? しかも、橋だ』
竜胆はさきほど、播磨灘、大阪湾、紀伊水道に一体ずつ大型がいると言った。
地図を見てみれば分かる。
本州と淡路島を繋ぐ明石海峡大橋は、播磨灘(北西海)と大阪湾(北東海)に挟まれている。
淡路島と四国を繋ぐ大鳴門橋は、播磨灘(西海)と紀伊水道(南海)に挟まれている。
この状況で橋を皆で渡ったらどうなるか?
前後にしか逃げ場のない橋の上で、左右からバーテックスの攻撃を受けたらどうなるか?
言うまでもない。
全滅だ。
三体の大型バーテックスは、最高の位置取りをしているのである。
「……竜胆君、もしかしてバーテックスのあれ、最悪な陣取りなんじゃ」
『そうだよ』
ついでに言えば、当然ながら淡路島は播磨灘、大阪湾、紀伊水道に囲まれている。
というか島なので、この三つに触れていない海岸線が存在しない。
諏訪住民を地面に降ろし、四国まで走らせるなら、淡路島のどこかに降ろすのが最適解だ。
本州で降ろせば四国が遠すぎる。
四国で降ろそうと飛翔しても、降ろす前に確実にティガが落とされてしまう。
淡路島の陸の上で、極力四国に近い場所に皆を降ろす、それしかなかったのだ。
諏訪の人達が四国内に一分でいけるくらいの位置には、降ろさないといけなかった。
歌野はティガに声をかける。
「迂回しましょう、竜胆さん」
『歌野』
「何も相手が待ち伏せてるところに行く必要はないもの。一旦下がって迂回すべきよ」
『見えないのか?』
「え?」
『結界の周りの、あの闇が……いや、そうか。
俺の体だから見える、そういうものだったのか』
ティガがハンドスラッシュを、四国結界の側面に撃ち込む。
その瞬間、空気が揺れて、世界が変わった。
ティガのハンドスラッシュが、"闇の表面に施されていた偽装"を剥がす。
四国結界の周辺。
近辺全ての空。
そして、四国四方の海。
それら全てが、濃厚な闇に飲み込まれ、包まれ、汚染されていた。
四国結界も汚染はされていないものの闇に包み込まれており、人間が通れそうな場所は、四国北東と淡路島西南を繋ぐ大鳴門橋のみ。
"ここしか通れないぞ"と言わんばかりだ。
四国がいつもやっている『結界に一箇所穴を空けて敵をそこに誘導する』という戦術を、バーテックス達は理解し、
竜胆の目にしか、偽装された闇は見えていなかった。
もしこのルート以外の道から四国結界の壁を越えようとしていたら……この闇は、無防備に等しい諏訪の住民の命を、容赦なく奪い取っていただろう。
「罠……!? 闇の罠!?」
北西からボクラグが迫り来る。
東からゾイガーが飛翔して来る。
そして、南では、今日初めての戦いとなる新顔の大型が、大量の闇を吐き出していた。
(この闇を出してるのはアイツか……)
新たなる大型の名は、『ガクゾム』。
根源破滅海神 ガクゾム。
神の名を持つ根源的破滅招来体。
天に作られ、海にて堕ちた者。
この存在はクトゥルフ神話におけるハスターに相当する。
クトゥルフ神話のハスターは、ロイガーとビヤーキー……すなわち、ゾイガーとバイアクヘーを従えると語られた風の旧支配者である。
その力は神の名にふさわしい。
現に、その闇の持つ"触れた者を蝕みそのエネルギーを奪う"能力は、竜胆達の行動の選択肢を極限にまで制限してしまっている。
乃木若葉は覚えている。
この闇が、四年前、地球全てを包んでいたことを覚えている。
「四年前の夜と同じだ。あの時見た暗闇と同じだ」
『若葉?』
「四年前の夜、バーテックスが襲来した時、空を包み星明りを消していた絶望の暗闇……」
『……じゃあ、あいつが』
「ああ、そうだ。私は初めて見るが……あれは、四年前から、ずっと地球にいたものだ」
海の邪神ガクゾムは、放っておけば、また再び地球を闇で包み込むだろう。
その闇が次に晴れるのは、一ヶ月後か、一年後か、十年後か、百年後か。
『四年前にはもう居た……特別個体の類』
冷静に、竜胆は状況を把握する。
(もうとっくに残り二分を切ってる。活動時間は半分と少し)
残り時間も多くはない。
無理をしない最高速度で飛んで来たせいで、移動に一分も使ってしまった。
ガクゾムから倒したいところだが、ボクラグやゾイガーとは違い何ができるか分からないガクゾムを先に倒そうとするのはリスクが高い。
ボクラグとゾイガーを先に倒すべきか、少し悩むところだ。
『皆さん、四国へ! 走ってください! 皆さんの脚力が頼りです!』
戦闘思考をしながらも、竜胆は皆に声をかける。
水都が上手い具合に誘導して、諏訪の皆が大鳴門橋を渡り始めた。
それも、竜胆の予想を遥かに超える脚力とスピードで。
「任せろ!」
「農家の脚力見せてやる!」
「わしゃあ今年で米寿(88歳)じゃが若いもんには負けんわ!」
四国に少しでも早く辿り着けるならここで体力の全てを使い果たしてもいい、と言わんばかりのペースで、諏訪の者達は走る走る。
ここでもたつけば勇者達の迷惑になると分かっているからだろう。
助けられる側も一生懸命でいてくれることが、こんなにも頼もしく楽なことであると、竜胆は知りもしなかった。
なればこそそれを、新鮮な気持ちで痛感する。
ティガは大鳴門橋の側面南東側の海に立ち橋を守る。
若葉、千景、歌野の三人の勇者は、大鳴門橋の側面北西側の欄干に立ち橋を守る。
北西の海からボクラグ。
南東の海からガクゾム。
空からはゾイガー、星屑、バイアクヘーが迫る。
橋を落とされたら、そこで終わりだ。諏訪の皆と一緒に海に落ちてしまう。
千景が鴨撃ちの如く星屑を撃ち落としながら、仲間に敵の動きの意図を問う。
「竜胆君、乃木さん、どう思う?」
仲間になって日も経っていない、ほぼ赤の他人の歌野にまで呼びかけようとするには、郡千景のコミュ力はちょっと足りていなかった。
『狙いは俺達だな』
「四国は狙っていなさそうに見える。
何より、四国内から連絡が来ない。
つまり四国内部は、この状況を把握してすらないのかもしれない」
『四国内部に連絡をさっき入れたよな?
友奈と杏が来てくれれば随分楽だ。
まず諏訪の人達を四国内部に逃げ込ませて……
……最悪、結界内に引き込んで
「それがいいかもな」
「ええ」
『俺、若葉、ちーちゃんで大型を潰す! ノルマは一人一体で!
歌野は皆について四国まで護衛! 打ち漏らしの小型中型から諏訪の人を守ってくれ!』
全身海水のボクラグは若葉が。
空を舞う猛禽ゾイガーは千景が。
一番ヤバそうな海神ガクゾムは竜胆が引き受け、一番弱い敵を歌野にあてがう。
その判断は悪くない。
大天狗、玉藻前、闇薙の剣。
これだけ揃っていれば、大型二体を任せても問題はない―――そんな、予測があった。
だが、この戦場には、最大の誤算が存在した。
闇に飲み込まれた海という環境下で、最大の力を発揮可能となった、バイアクヘーである。
『!?』
バイアクヘーが、ガクゾム、ボクラグ、ゾイガーと融合していく。
海に漂う膨大な闇、辺りにいる星屑の全ても巻き込んで、三体の大型と融合していく。
『強化合体……レオやキリエロイドやゼルガノイドがやってた、あれと同じ……!』
竜胆が最初に見たのは、他十二星座を喰らったレオ・スタークラスターだった。
次に見たのは、十二星座を取り込むキリエロイドやゼルガノイドだった。
形こそ違うが、ゼットのハイパーゼット化も同じ系列に位置している。
今見ているのも、それらと同じ。
ガクゾム、ゾイガー、ボクラグ。
三体の『旧支配者』に類する者達に、信じられない数のバイアクヘーと星屑が融合していく。
海の神の眷属、奉仕種族バイアクヘー。
天の神の眷属、殺人生物・星屑。
二種の異なる神の力が混ざり込み、三体の怪獣の力を跳ね上げていく。
日本の神話において、"三貴神"と呼ばれる神がいる。
日輪の神アマテラス。月と夜の神ツクヨミ。そして、海の神スサノオ。
そこに、地の神というカテゴリはない。
日本の神話体系においては、天と海こそが『三貴』を構築する要素なのである。
だから、その強化は必然だった。
海と天の力は混ざり、飛躍的な強化をもたらす。
巨大な三体の怪獣は海にその体を浸しながらも、どこか邪悪な『星の光』を思わせた。
うごめく触手が、三体全てに生えている。
びくんびくんと脈打つ肉塊が、体の各所から飛び出している。
汚液が全身のいたるところから吹き出している。
全体像で見れば、ガクゾム、ゾイガー、バイアクヘーなのは分かる。
だが、細かな部分を見れば、正気が削れるほどにおぞましい造形をしていることが分かる。
『名状し難い』。
名状し難いのだ、今の三体の大型バーテックスの形状は。
おぞましすぎて、人間の言葉ではそのおぞましさを説明しきれず、理解しきれない。
だが、千景は、海の邪悪と神聖さに星の光が混ざったようなその姿を、一言で表す言葉を知っていた。
ゲームで類似の存在を見た覚えがあるからだ。
星の信仰に使う専門用語の単語を転用したと言われる、この怪物達を一言で表すのに最も相応しい言葉とは、すなわち。
「―――
それは、
星でないのに、星であるもの。
邪神であるのに、星に例えられるもの。
"クトゥルフ神話"という物語において、宇宙の彼方から飛来した存在であると同時に、海の底に潜むものであるとも語られる者達。
人間達が抗わねばならない、空と海の悪意を内に秘める『次』の悪夢。
『星屑のバーテックス』を巻き込んだ異形の進化、『星辰のバーテックス』。
バン、とガクゾム、ゾイガー、ボクラグの頭が弾けた。
ぎょっとする竜胆達の目の前で、新しい頭が生えてくる。
星屑だ。
星屑の頭がおぞましく変形したような黒い頭が生えてきた。
ガチ、ガチ、ガチと、上機嫌そうに星屑の頭が大きな歯を打ち鳴らす。
その歯の音ですらおぞましい。
テケリ・リ、テケリ・リ、と奇妙な鳴き声を上げ、聴覚と視覚の両方に訴えかけるおぞましさで周囲の人間の正気を削ぎ取っていく。
「あっ、ああっ……」
その三体の姿を見て、強いはずの諏訪の人々の心が揺れる。
四年前に刻まれた星屑への恐怖、絶望が、蘇っていく。
「あれは、あれは、あれはっ……!」
それは、四年前の再来だった。
四年前、世界中の人々が星屑を見て、恐怖に心を折ってしまった。
専門家が"精神に干渉する未知の毒素か電波がある"と提唱するほどに、星屑は異常なペースで人々の心を狂気と精神障害で汚染していった。
その事象は、現在『天空恐怖症候群』と呼ばれている。
星屑が天空恐怖症候群を起こすメカニズムは、結局解明されていない。
西暦で解明される運命にはなく、ナターシャが見た西暦の未来でも、結局解明はされることがなかった。
当たり前だ。
それは、常識で理解しようとする限り、絶対に理解できないものだったから。
四年前、星屑を見た者は、正気/Sanityの強さを測られた。
勇者のように強い心を持ち神に守られているようなものでもない、ただの一般人にとって、それは死刑宣告に近い。
神が作った邪悪な生物を前にして、常人は正気ではいられない。
それがルール。
千景の母もかかってしまった、『天空恐怖症候群』とは。
『しっかりしろ! 足を止めるな! 四国まで逃げろ!』
「皆さん急いで! 私達の新しい農地、四国はすぐそこですよ!」
だが、だからこそ、光るものもあった。
竜胆が叫び、歌野が声を張り上げ、諏訪の者達はハッとする。
そして気を取り直し、脇目も振らず四国結界の内に駆け込んでいく。
なんと強い精神力か。
一度完全に心が折れ、何もかも諦め、そこから立ち上がったからこそ、彼らは強い。
『星屑』を見ても心折れた後立ち上がり、今『星辰』を見ても心折れることすらなかった。
諏訪の者達の心は強い。
白鳥歌野という心の支えが在る限り、彼らの心の太陽たる少女がいる限り、彼らの心が絶望に折れることも、心の闇に飲まれることもないだろう。
水都や諏訪の者達の四国内への避難が今、完了した。
だが、敵の脅威は依然変わらずそこにある。
「竜胆!」
若葉が聖剣を一振りすれば、なんと一瞬で周囲の闇が吹き散らされる。
闇薙の剣ある限り、戦場が闇一色に染まることはない。
やはりこの剣は強力だ。
だが、切り払えるのは闇だけであって、狂気を直接切り裂くことは難しい。
「これを四国に侵攻させるな! これは……文字通りに
『……ああ! 歌野! 悪いが、諏訪の避難は完了してるが、もう少し付き合ってくれ!』
「ええ、もちろん! 皆を置いてなんて行かないわよ!」
見る者の正気を揺らがす、四年前の惨劇に耐えた者達の心すら壊しかねない、星屑頭の星辰バーテックス達。
交通事故で車に踏み潰された犬猫の内臓をかき集めて、怪獣の形に整形しても、ここまでおぞましくグロテスクな形にはならないだろう。
その威容を見て、千景は鎌を握り締める。
天空恐怖症候群で頭が壊れた母親の姿を思い出し、地面を踏み締める。
勇者の中で千景だけが、"正気を失う"ということがどれだけ恐ろしいことかを、正確にイメージできていた。
「これを四国の中に入れれば……私の母親と同じような人達が、増える……」
千景は母親の頭が壊れても、悲しむことはなく、そのみじめな姿を憐れんだ。
けれど見ず知らずの人達が発狂することは、到底許容できない。
それは、彼女の心に勇者の資質があるからであり。
血の繋がった母親を、見ず知らずの他人よりも無価値に見ているという、彼女の幼少期の歪みがそのまま表出した精神性であった。
『一体減らす! サポート頼んだ!』
若葉が強化されたゾイガーの前を飛び、歌野の鞭がゾイガーの眼球を打ち、千景の呪術がゾイガーの足を一瞬止める。
仲間の作った隙を突き、竜胆はボクラグのレーザーやガクゾムのビームの合間をかいくぐって抱きつき密着。流れるように、その体を赤熱化させた。
『ウルトラヒートハッグッ!』
激烈、炸裂、爆熱。
ティガダークの体から放射されたエネルギーが、ゾイガー強化体の体を爆発させる。
あまりの爆発力にティガの体が爆発四散するが、あっという間に再生を終える。
ティガのカラータイマーが点滅を始めた。残り活動時間、一分。
倒した、と竜胆は思った
倒せていない、と若葉がいち早く察知した。
ゾイガーの巨体が倒れず、その目がティガを睨み、至近距離から破壊光弾を放つ。
『……何!?』
割り込んだ若葉の聖剣が、放たれた光弾を空に弾いた。
「気を抜くな竜胆! こいつ、何か……!?」
追撃のゾイガーの爪を、瞬時にティガトルネードにタイプチェンジし、若葉と共に必死に受け流しつつ捌く。
切れ味鋭い金色の爪が、ティガの脇腹を深く裂いた。
跳んで後退するティガ、若葉。
ゾイガーの爪に付着したティガの脇腹の肉を、ゾイガーの首に生えた肉塊状の星屑の頭が、ペロペロと舐めていた。
『ぐっ……!』
「……リアクティブアーマー!?」
今、何故必殺のウルトラヒートハッグが効かなかったのか、千景には理解できている。
『りあくてぃぶあーまー? おいちーちゃん、なんだそれ!』
「
戦車の装甲を一発で撃ち抜くような弾丸が当たった瞬間、爆発する装甲。
自分で自分の装甲を爆発させることで、装甲を守る、そういう仕組み。
ゲームではロボットゲームなんかで多用されてる装甲よ、でも……!」
今のガクゾム、ゾイガー、ボクラグの体表には、星屑とバイアクヘーで出来た疑似多重装甲があり、ウルトラヒートハッグを受けた瞬間にパージ・爆裂する仕組みになっている。
皮膚にしか見えないが、ウルトラヒートハッグに対してはほぼ無敵だ。
敵の体を爆発させるウルトラヒートハッグと、体の一部を切り離し爆裂させるこの仕組みは、あまりにも極端に相性が悪い。
一度見れば実感できる。これは明らかに、ティガ対策だ。
「でも、バーテックスが、星屑で作ったリアクティブアーマーを……!?」
バイアクヘーの面白いところは、"合体後は鎧と武器のように変質する"ということだ。
しからばそれは、応用でリアクティブアーマーのように使うこともできるだろう。
ガクゾムは装甲が増え、両腕に鎌のような大刃が備わった。
ゾイガーは全身が鎧のようになり、爪が長く鋭くなった。
ボクラグは両手のハサミが巨大化し、全員が水と金属の両方の性質を持つ頑丈で再生しやすい体に変化した。
合体に使われたバイアクヘーと星屑のリソースが尽きるまで、バイアクヘーは合体対象の体を守る鎧となり、スペックを引き上げる刃と成り続ける。
人間が昔から他生物より優位に立つために使ってきた、いくつかのとても強い武器。
『連携』。『技術』。『数』。『進化と発展』。
全てにおいて、
ゼットが嘆いたのも分かるというものだ。
バーテックスはこんなにも優れているのに―――『人間を殺す』以外の存在意義を持たず、生まれた意味を持たず、生きる意味を持たないのだ。
その優秀さを、他の用途に一切転用できないのだ。
笑顔にもなれず、幸福にもなれないのだ。
こんなに下等な生物が、他にいるわけがない。
「竜胆さん、後ろから一体来てるわ!」
ゾイガーと相対しているティガの背後に、ガクゾムが迫る。
竜胆は舌打ちし、ゾイガーに背を向け、ゾイガーの対処を勇者三人に任せる。
瞬時にティガブラストにタイプチェンジし、ボクラグにハンドスラッシュで牽制を入れつつ、ガクゾムの両手の鎌刃を両手の手刀で迎え撃つ。
疾風怒濤のガクゾムの連撃。
肘から先全てが刃になっている、鎌状の刃腕。
豪快なパワー。
見た目以上に速い攻撃速度。
技では圧倒的にティガの方が上回っているが、ガクゾム強化体は力と速さと切れ味でそれを上回っている。
光を纏ったティガの手刀と、金色のガクゾムの刃腕がぶつかると、必ずティガの手が深く切り裂かれてしまう。
腕の刃が、基本性能負けしてしまっているのだ。
『ぐっ……!』
競り負けそうになったティガの援護に、収束された呪術がビームのように飛ぶ。
ガクゾムの首に小さな穴が空き、そこに毒の呪術が流れ込んだ。
玉藻前、と言えば、その伝説において毒の呪いを撒いたと言われる大化生。
ガクゾムの巨体すら調子を悪くさせる猛毒の呪いが、ティガを助けた。
バック転の連続で、的を散らしながらティガが下がる。
『ありがとうちーちゃん、助かった』
「強いわ。合体前とは、比べ物にならないくらい……」
『ああ、全くだ』
先程から、皆海で戦っている。
巨人やバーテックスは海の中に立てばいいが、海神にルーツを持つ三体の大型バーテックスと比べると、海に足を取られているティガの動きは地味に悪い。
勇者も自由に動き回れているのは若葉のみ。
千景と歌野は橋がなければ立ち回りも難しいというのが現実だ。
どうにかして、橋を守りながら、敵の数を減らしていかなければ。
竜胆はティガトルネードにタイプチェンジし、旋刃盤をガクゾムに投げ込み、闇の八つ裂き光輪をゾイガーに投げ込み。
それを、"そのまま吸収反射"された。
更にそれと同時のタイミングで、さきほどボクラグに牽制に撃っていたハンドスラッシュ――一見すると硬い皮膚に弾かれたように見えていた――も、反射されてしまう。
『!』
自分が撃った技を三種同時に跳ね返され、ティガは遮二無二跳んでかわした。
直撃していたら、頭まで吹っ飛んでいた可能性が高かった、三方向同時反射攻撃。
『……全員光線吸収能力とかふざけんな! 何考えてやがる!』
「竜胆君大丈夫!?」
『皆、気を付けろ! どこまで攻撃を吸収できてどこまで反射できるのか分からない!』
バイアクヘーは合体した相手に、光線吸収反射能力を与える。
ゆえにガクゾムにも、ゾイガーにも、ボクラグにも、もう正面からの光線は通用しない。
全員がゼットンになったようなものだ。
(
天の神/根源的破滅招来体。
それが切り札として使う怪獣個体には、大抵、対ウルトラマンに特化した能力が備わっている。
破滅魔人ブリッツブロッツなら光線吸収反射能力、対ウルトラマンの即死攻撃。
破滅魔人ゼブブなら光線も格闘も弾く無敵バリア、ウルトラマン殺しの刀。
バイアクヘーならウルトラマンのエネルギーを吸収する能力と……他怪獣と合体することで、その怪獣を飛躍的に強化し光線吸収反射能力を与える、合体強化能力。
そしてガクゾムには、バイアクヘーとの合体で得られる光線吸収反射能力と、体を闇と実体の二種に切り替えられる能力、他者の光を闇で奪う能力に、ガクゾム一体で地球全体を覆い尽くせるほどの闇展開能力。
(……落ち着け。大丈夫だ。俺のスタイルは基本格闘。
拳で殴り殺しても、手刀で斬り殺してもいい……動揺したらそこで終わりだ)
心を落ち着かせていく竜胆の視界の端に、あまりにもスペックが足りない勇者の力で頑張っている歌野の姿が見える。
―――私の夢は農業王! 私の作った野菜を、より多くの人に食べてもらうことよ!
その背中を見ていると、歌野の夢の話を思い出す。
―――……宅配屋さん、です
歌野が死んだら悲しむ一人の少女の、夢の話を思い出す。
夢を明確に持ってる勇者か、と、心の中で独り言ちた。
(俺に夢は無い。真っ当な夢を持つことが許される日も、きっと無い)
二人の夢はシンプルで、分かりやすくて、綺麗だった。
(でも、それでいい。俺はそれでいいんだ)
竜胆には、二人の夢が、儚くも美しい花のように感じられた。
それが自分の中に無いと、そういうものが得られることは永遠にないと、竜胆は確信している。
彼の心の中の、夢を入れておくべき場所には、もう"罪悪感"が入ってしまっていた。
(花が綺麗に咲くべきものであるように。
花を風雨から守る壁が、いくら汚れても良い、頑丈なものであるように。
俺達にはそれぞれにはそれぞれの役割と、貫くべき在り方ってもんがある)
空から飛びかかるゾイガーに、空手の拳が強烈に叩き込まれる。
ティガトルネードのその拳は、もはや爆発のようなものだった。
ゾイガーの体が吹っ飛び、離れた場所のガクゾムにぶち当たり、二体まとめて倒れて海に巨大な水柱を屹立させる。
ティガの残り活動時間は少ない。少ないが、諦めることはない。
『この
竜胆の心に、その仲間の心に、心の光が絶えることはなかった。
カミーラの心に、心の闇が絶えることはなかった。
「そういう綺麗な言葉や想いは、あまり要らないの」
突然に橋の上に現れた、人間サイズの黒き巨人。
思わせぶりな態度と、身の危険しか感じさせない危うい雰囲気で、竜胆達の記憶に印象深く残っていた"ティガの同族"たる、黒きウルトラマン。
ティガと同じ、闇の巨人。
『カミーラ!?』
「あと一分もないのね。こんなに短いと、楽しみ甲斐がないわ」
点滅するティガのカラータイマーを見て、カミーラは溜め息を吐いた。
だが"それはそれで"と、頭の中で予定していた流れを修正する。
ティガは三体の大型バーテックスが動きを止めているのに気付き、カミーラに拳を向けた。
大型が動きを止めた理由は間違いなくカミーラだ。
だが、だとしたら、そこにはどんな理由があるというのか。
『何をしに来た』
「ふふっ、あなたを絶望させる下準備が出来たのよ。
前準備に随分手間がかかってしまったわ。
だからその絶望の前に、前菜程度の絶望を届けてあげようと思っただけ」
『前菜……?』
カミーラの横に、ふっと人間が現れる。
それはカミーラの悪辣の証明。
カミーラが四国内で工作が可能であるということの証明。
四国内から密かに連れてきた、演出用の人質。
大社が警護していなかった人間の中で、容易に連れて来ることが可能で、カミーラ好みの演出が可能な人間ということで選ばれた、一人の男であった。
「さあ、楽しみなさいな。この一分一秒を」
『―――』
その顔に、竜胆と千景だけは、見覚えがあった。
「ち……千景……御守くん……」
「……お父さん?」
『ちーちゃんの……お父さん……』
郡千景の父が、そこに居た。
人間サイズの闇の巨人状態を維持しているカミーラは、千景の父の首に氷の鞭を巻きつける。
バーテックスの首を豆腐のように切断可能な氷の鞭は、ただの人間の首など容易に切断してしまうだろう。
千景の父、と聞き、若葉と歌野の手足も止まった。
カミーラが、千景の父の首に巻き付けた鞭を指先でなぞる。
「全員、その場から動かないように。
ティガは変身が解けるまで。勇者は、死ぬまで。
動けばこの人間の首が飛ぶと思いなさい。ふふっ」
「―――」
「た、たす、助けて……」
時間が無い。
余裕が無い。
勝機が無い。
誰も見捨てられず、誰も逆らえず、カミーラに隙は無く、されどカミーラの言う通りにすれば間違いなく一分と経たずに全滅する。
若葉は怒りの声を叩きつけた。
「貴様、卑怯な!」
「あら、心外ね。
私は何も脅迫していないわ。
何も強要もしていないわ。
単に人質を見捨てられないあなた達が悪いだけでしょう」
「それを卑劣と、外道と言うのだ!」
「いいえ、善の愚かさ、光の弱さ、負け犬の常道と言うのよ、こういうものは」
カミーラは視線を動かす。
気配を消し、背景と一体化し、すり足で動き隙を突こうとしていた歌野が、カミーラの視線だけで押し留められてしまう。
ここは橋の上。
歌野のホームである自然がないため、背景に溶け込もうとしても効果は薄い。
しょうがないので、歌野は悪態を吐いてカミーラの意識を引いた。
歌野始点でも、カミーラの挙動には隙がない。
「いやー、同じ鞭使いとして、ちょっーと引くわ……」
「あら、そう」
「人と野菜の好き嫌いはあんまないんだけど、あなたは好きになれそうにないわね」
「結構よ。私のティガに群がる淫売に好かれようとは思わないから」
淫売と言われ、歌野は嫌な顔をする。
単純にカミーラに対する敵意と嫌悪を抱いた、というだけではない。
言葉の節々から感じられる"ティガへの厄介な感情"が、ティガを大事な仲間と認識する歌野に、とんでもなく嫌な顔をさせていた。
『カミーラ! おま―――』
「動けばこの男を殺すわよ、リンドウ。
あなたの大事な誰かさんのお父さんを、あなたの大事なその人の前で」
『―――っ』
動けない。
付け入る隙もない。
千景に対する感情があればあるほど、迂闊に動けなくなっていく。
ティガの変身時間が削られていく。
大型バーテックスが、動けない勇者達にじわりじわりと近付いて来る。
「ああ、そうそう、乃木若葉。
その忌まわしい剣をこっちに投げ捨てなさい。
嫌いなのよ、その剣。正当な持ち主が持っているならなおさらにね」
「……分かった」
更に、丹念に逆転の目を潰していく。
若葉が放り投げた聖剣が、橋の上、カミーラの足元に転がる。
このままだと待っているのは大型怪獣によるリンチ死だ。
そうなるくらいなら千景の父を見捨てた方がいい。
だが、そうだと分かっていても見捨てられないヒーロー気質が多すぎる。
若葉は刀を握り、隙を窺うが、カミーラには全く隙がない。
首に鞭を巻き付けているのもいやらしい。
剣先や銃口を突きつけているのとはわけが違う危険度だ。
少なくとも、カミーラに攻撃を当てて吹っ飛ばせばいい、なんて単純な話にはならない。
(なんとか……なんとかならないのか!?
この状況を覆すには、人質を救うには、カミーラを倒して打開するには―――)
ゆえに状況は、カミーラが想定した流れの一つに乗った。
千景が皆を手で制し、動くなと言われたはずなのに、鎌を握って動き始める。
「ごめんなさい……それと、ありがとう」
千景は仲間に謝り、感謝した。
親には謝らず、感謝もしなかった。
最後に親に謝ったのはいつだろう、最後に親に感謝したのはいつだろう、と千景は記憶を探って見る。
……記憶にない。
どれもこれもがおぼろげだ。
親に謝った記憶も、親に感謝した記憶もパッと思い出せない時点で、もう"終わっている"のだと千景は思い知って、息を吐く。
「でも、もういいわ。皆、少し待ってて」
もう、終わっているのだ。
ここからやり直す未来はない。
ここから愛し合う幸せな家族になれる可能性はない。
だから、千景は鎌の先を父の首へと向ける。
「……人質がいなくなれば、何も問題は無いはず」
「―――え?」
「この人質を殺せるのは、娘の私しかいない」
「……ち、千景? 冗談だよな?」
カミーラは驚く様子すら見せず無言のまま。
千景の父は、信じられないものを見るような目で千景を見る。
そして、踏み込み、鎌を振った。
カミーラは動かない。
刃の先が父の首元へと迫る。
千景が振ったその鎌を、割り込んできた若葉の刀が切って弾いた。
「何をやっている千景! 父親だぞ!?」
「邪魔……しないで! 乃木さん!」
思わず体が動いてしまった千景だが、カミーラはアウト判定にしない。
このまま見ていた方が面白そうだ、と言わんばかりに、若葉と千景の論争に口を挟むことすらしなかった。
千景が父を殺すために鎌を振り、若葉がその鎌を切り弾く。
若葉と千景の間には何の確執も無いというのに、敵意ないまま、二人は神の刃にて切り結ぶ。
「私達は、何のために戦ってきたの!?
何のために戦ってるの!?
ここで終わるためじゃない!
こんなところで終わるためじゃない!
命をかけて戦ってきたのは……皆で生きて、明日に生きたいからだったはずよ!」
「その『皆』から、自分の家族を除くんじゃない!」
「そうしなければ、『皆』終わってしまうのよ! 今日! ここで!」
橋上の決闘。
若葉は殺させないために。
千景は殺すために。
目の前の少女を、極力傷付けないように無力化しようとしている。
神の鎌と神の刃は、互いの気迫の差もあって、互角に近い拮抗をしていた。
「それでも……それでも、お前の親だ! 千景!」
「分かってる!」
「今のお前は冷静じゃない!」
「血の繋がった親を殺すとなって……冷静でいられる人間がいると思う!?」
「―――」
「だから、どいて! この気持ちが……萎えてしまう前に!」
カミーラがこの構図を楽しんでいる理由は二つ。
一つは、若葉と千景の間に何の敵意もないのに、二人が刃で戦っているということ。
そしてもう一つは、千景が本当は『血の繋がった親に愛されたい』という願望を捨てきれていないということ。
悲痛で悲惨で、『私のティガ』にちょっかいを出していた千景の苦しむ姿に、カミーラはたいそうご満悦のようだ。
「私の仲間には! いい人しかいないから!」
千景が叫び、鎌を叩きつける。
「仲間の……友達の親を殺せる人なんていないから! 私がやるしかないのよ!」
「千景、お前は、お前はっ―――千景ッ!」
皆、千景を大切にしてくれているから。
千景は、自分を大切にしてくれる仲間が好きだから。
千景を大切にしてくれる皆は、千景の父を殺すことなんてできないから。
皆のために、千景は人質に取られた父を、その手で殺すのだ。
「私達の戦ってきた意味が!
みんなが、死んでいった意味が!
千景の気迫と覚悟が、技量で明確に勝る若葉との差を少しばかり埋めてくれる。
若葉の防御も完全には間に合わず、鎌の刃が父親の頬をかすった。
父親の顔色がさっと青くなり、その口が動き始める。
「千景! お前を育てたのは私だぞ!?
お前の食べるもの、着るもの、学費、生活費!
誰がずっと出してきたと思ってる!?
少ない収入の中、必死にやりくりして、金も稼げない子供のお前を養ってたのは私だ!」
千景の表情に一瞬、申し訳無さと憎悪が並立して浮かんだ。
育ててくれた父親を、という罪悪感。
どの口でそんなことを言う、という憎悪。
どちらも人間らしい感情だった。
「……私を『私』にしてくれたのは、あなたじゃない!」
千景を育てたのは、親なのだろうか。
確かに一定の年齢までは親が育てたのだろう。
だが、今の千景を作ったものは、違う。
あの日竜胆が手を差し伸べてくれた瞬間こそが、今の千景の本当の始まり。
「私を『私』にしてくれたのは、丸亀城の家族だった! 友達だった! 仲間だった!
ボブはお兄さんみたいで、ケンはお父さんみたいで!
アナは妹みたいで、三ノ輪さんはいつも笑顔で笑いかけてくれて!
鷲尾さんは喧嘩しても、私を嫌いにならないでいてくれて!
上里さんも、伊予島さんも、土居さんも、乃木さんも、大事な仲間で友達で……
高嶋さんと竜胆君が、私の一番欲しかったものをくれて、私を救ってくれた……!」
生きている人の名前を言うと、自然と笑顔になりそうで。
死んでしまった人の名前を言うと、思わず泣いてしまいそうで。
二つの相反する感情を、千景は無愛想な表情の下へと隠す。
「私を……私を愛してくれた家族は! 私の大切な人は! あなたじゃない!」
「なっ……なんてことを……!」
育てた恩があるはずだと主張する親。
そんなものはないと言い切る子。
だから、二人の間で、憎悪は際限なく膨らんでいく。
千景の攻撃に込められた殺意は衰えぬまま、若葉の守りを突破して父を殺すべく、どこまでも鋭く細く尖っていく。
「大事な仲間を……
私を愛してくれた人を守れるのなら……
幸せを感じられる時間が続いてくれるのなら……
何の罪も無い人でも、家族でも、私は殺せる……殺せるっ……!」
「な……何言ってるんだ?
私はお前の父親だぞ?
人殺しなんて大罪だぞ?
そんな恐ろしいこと、まともな人間にできるわけが……」
「……殺せる……誰だって……」
もう、きっと、人だって殺せる千景と。
どこまでいっても凡愚であり、人を殺せない父は。
互いが互いを見下し、貶め、罵倒し合う。
居心地の良い場所を守るためなら殺人もできる――した後、後悔するだろうが――千景は、父親の目にはもう怪物にしか見えていなかった。
「―――狂ってる。千景、お前、頭がおかしいぞ」
父には娘の行動原理が、狂人の理屈にしか見えなかった。
この親子の間にあったはずの愛は、もうとっくに終わっている。
「お前なんて……お前なんて……生まれて来なければ良かったんだ! 千景っ!」
「―――」
「親の重荷にしかならなかったお前が!
親孝行なんて一つもしなかったお前が!
今度は親殺しか! ……お前みたいなクズが、なんで私達の子に生まれたんだっ……!」
竜胆は、千景が生まれてきてくれたことを祝い。
千景父は、千景が生まれてしまったことを呪った。
恩知らずな娘を、父親失格の父を、互いが互いに罵倒する。
「ふざけないで……ふざけないでよ! 言うに事欠いてそれ!?」
「ふざけてなんていない! この恩知らずが! 死んでしまえクズ娘!」
「恩なんて感じたことない! 愛さえ無かった! ずっとあなたが憎かった!」
「―――ふざけるなッ!
お前が子供の頃着ていた服は誰の金で買った!?
靴は!? ゲームは!? 教科書は!? 食べ物は!?
お前が毎日のように遊んでいたゲームを買ったのは誰の金だ!?
私が……親が汗水垂らして、一日中働いて稼いだ金で買ったものだろう!」
「ゲームを買って与えてれば、愛も与えなくていいと思ったんでしょう!?」
「親と話そうともせず、ゲームの世界に逃げ込んでばかりいたお前が言うのか!?
家で私が話しかけても! お前はゲームの世界に逃げ込んで何度も無視をした!
うちの家計に余裕なんてなかったのに……
高いゲーム本体、ゲームソフト、お前はいくつもいくつも買って、その世界に逃げた!」
「私とお母さんから逃げたのはお父さんの方よ!」
「お前が逃げてなかったとでも言うのか!?
お前は、お前はっ……!
お前の母さんが天恐になって、心が壊れて!
介護が必要になっても、お前は手伝う意志の欠片すら見せなかった……!
私は村で蔑まれながら、お前という重荷を背負って、お前を育てて……!
バーテックスが来てからは、心が壊れた母さんという重荷を押しつけられて!
母さんが天恐のステージ3に進むまで、自由に生きることすらできなかった!
何故お前が……被害者みたいな顔をして、私がお前にしてやったことを、全て否定するんだ!」
「……っ! あなたが、そんなだから! お父さんが、そんなだから!
自分の妻も娘も、重荷って、平然と言うお父さんだから!
家族のために苦労することが苦痛だと、平気で言ってしまえるお父さんだから!」
「父親は神様じゃない!
家族のための負担を何もかも受け入れられる聖人君子になんてなれるか!
働いて稼いだ数少ない金が、お前のために大部分費やされることを、許容なんて……!」
「何もかも受け入れてなんて言ってない!
私も、お母さんも!
……『ちゃんと愛して』としか言ってないのに……お父さんは、してくれないから……!」
鎌と太刀がぶつかり合う。
面白そうに、カミーラは戦いの流れを見ていた。
千景は必死に父を殺そうとし、その攻撃を冷静に若葉が受ける。
仲間のために殺す、などという意識はもう半ばまで失われている。
目の前の父が憎い。
目の前の娘が憎い。
二人の思考はただそれだけ。
憎いから殺すし、憎いから罵倒する。
ただそれだけ。
仲間の生存も、自分の生存もそっちのけで、二人は『長年に渡って自分に不快な思いをさせてきた大嫌いな家族』への憎悪をぶつけ合う。
千景が七人御先まで使用し、一人では守りきれない状況を作り出した時点で、千景の家庭環境を知らない歌野ですら、この状況の最悪っぷりと千景の本気っぷりを把握した。
「落ち着け……落ち着け千景!
あなたも、娘を煽るな! やめろ! 止まれ!」
「あーもう! どうすりゃいいってのよ!」
若葉同様二人の間に割って入り、仲裁する歌野。
ふたりいればなんとかなるか、という意識で千景を抑え込みにかかるが、体を七つに分けた千景を制圧できる技能など、二人は持っていない。
もちろんそんな特殊能力も持っていない。
「お前は生まれたことが間違いだった!」
「……私に、『私』を生んでくれたのは! お父さんじゃない! 思い上がらないで!」
なので必死に頑張るしかない。
歌野は目でそちらを見ないようにしながら、千景と戦いつつカミーラの様子を窺う。
隙あらばぶっ殺してやるつもりである。
が、相変わらず隙が無い。
誰かが見ているわけでもないのに、カミーラには隙がなかった。
戦闘時のみならず、息をするように隙が無い立ち姿。
それがいっそう不気味だった。
娘を罵倒する親。
親を罵倒する娘。
論争を止めようとする若葉と歌野。
動くなと言われ、動けずにいるウルトラマン。
……そんな中。
同士討ちをする勇者達の戦いと、罵倒し合う血の繋がった親子の憎悪と罵倒合戦を見て、カミーラはバカを見る目で彼らを見つめ、鼻で笑っていた。
ティガ/竜胆が叫ぶ。
『カミーラああああああああッ!!!』
「あら、リンドウ。怒る相手が違うんじゃないの?」
とぼけた様子で、カミーラはティガの糾弾をさらりと回避する。
「子を想わない醜い親と、私情で親を殺す親殺しの屑。
自分の心地良い世界を守りたいだけの親子。
自分さえ良ければ家族のことなんてどうでもいい最低の親子。
醜い醜い人間がそこにいるのよ? ……怒るなら、そこに怒りなさいな」
『―――お前だけは、俺がこの手で絶対に殺す』
「ああ、なんて素敵な殺気。素敵な憎悪。素敵な闇」
本気の殺意。
竜胆の中の闇が膨らみ、カミーラがゾクゾクする量の殺意がカミーラに向けられる。
それすら、カミーラ相手では、ゾクゾクさせる程度にしか効かなかった。
もっと、もっと、闇に堕とせば。
竜胆の優しさは失われ、カミーラの望んだティガが戻って来る。
「こんな些末な前菜で、こんなにも、
『光の巨人らしくない』
表情と言葉を見せてくれるなんて、なんて嬉しいことかしら。期待が高まってしまうわ」
ティガの残り変身時間もあと少し。
強力な大型バーテックスが三体、そしてカミーラ、合わせて四体。
『星辰』のバーテックスは、容赦なく人間をその狙いに定めている。
人類滅亡の危機、最悪の大ピンチだ。
だと、いうのに。
郡の家の親子二人は、バーテックスよりも、目の前の肉親を憎んでいた。
人が人を憎み、争っていた。
そうして憎み合う親子の姿もまた、竜胆を闇と憎悪へ誘導する、カミーラが用意した闇堕ち誘引材料の一つであった。
……カミーラが、わざわざ頼まなくとも。
彼女らは竜胆に人の醜さを見せつけ、竜胆の罪悪感を膨らませ、竜胆の心にある多くの負の感情を掻き立ててくれるのである。
世界の終わりが近付いて来る、足音がした。
現実世界だと、2013年の後は2018年まで起こらず、地球温暖化のせいでもう起こらねえかもって言ってる人までいた御神渡りくん
【原典とか混じえた解説】
●星辰
星、星座、などの意を持つ単語。
"星に神性を重ねる"という細かいニュアンスを含むこともあるので、特定の界隈ではそういうニュアンスを出すためにこの単語を使うこともある。
クトゥルフ神話においては『星の配列』という意味で使われた。
つまり星辰とは、星座などの並びによる、夜空全体・宇宙全体の星の並びのことを言う。
星屑が集まれば星となり、星が集まれば十二星座となり、星座が集まれば星辰となる。
太古の昔、人はそれらの星々に神の姿を見た。
●根源破滅海神 ガクゾム
クトゥルフ神話における旧支配者、『黄衣の王』ハスター。
クトゥルフ神話における邪神ハスター/ガクゾムは、ロイガー/ゾイガーや、ビヤーキー/バイアクヘーを従えているとされている。
頭部や腕から強力な破壊光弾を放つ能力を持っている。
バイアクヘーとの合体前は強化状態のアグル一人でも打倒可能な程度の強さだが、合体後は強化されたアグルとガイアを単体で圧倒するほどの強さを持つ。
特に合体後に獲得する光線吸収反射能力は、脅威の一言。
合体後に得られる腕の刃も主兵装として十分な強さを持っている。
本来、根源的破滅招来体は天の神の眷属である。
ゆえに、"天の神以外の神"の眷属ではない。
例えば『海の神』とは味方関係ではなく、敵対関係に成り得る者だろう。
クトゥルフ神話においても、ハスターは海の邪神とは敵対関係にあるとされている。
日本神話において海の神であるとされるスサノオとも、ガクゾムは関係が悪いはずである。
だが、ならば。
何故この海神は、海から来た邪悪なる者達と、共に在ったのであろうか?
●バイアクヘー 追記
バイアクヘーが合体したガクゾムには、光線の吸収反射能力が備わる描写がある。
また、合体後のガクゾムは近接戦闘などにおいても、"とてつもない"と頭に付くほどにとてつもない強化を果たした。
現在の合体対象は、ガクゾム、ゾイガー、ボクラグ。