夏空の下、ウルトラマンは、友をいじめた子供達を虐殺した   作:ルシエド

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 昼手直し投稿
 「もしかして『土日はぐっすり寝ていいんだ』という打ち破るべき固定観念こそが土日周りの更新を遅くしているのでは?」
 ルシエドは訝しんだ

 それはそれとして今話4万3千字超えちゃったんですが「4日で4万字なら投稿ペース的にはまあ抑えめだな」くらいに思っておいてくださいてへぺろ


3

 千景の見立ては正しい。

 千景以外の誰も、千景の父を見捨てることはできない。

 千景にしか、千景の父を殺す決断は下せない。

 誰もが皆、郡千景のことを嫌っていなかったからだ。

 

 仲間に対する千景の見立てはとても正しい。

 だが、彼女は一つだけ計算違いをしてしまっていた。

 "千景のためなら許せることさえ許せなくなってしまう"男が、"千景のためなら自分を曲げる"男が、四年前も千景のために自分らしさを捨て、全てを破壊したというのに。

 

 千景に親殺しの罪を背負わせるくらいなら、千景との関係がギクシャクしてしまうことすら覚悟の上で、自分の手で殺す。

 竜胆は、そういう覚悟ができる男だった。

 

 ……千景の父が、カミーラに誘拐されただけの、被害者でしかないと分かっていても。

 殺人の罪を自ら望んで一つ増やすということを、分かっていても。

 言い訳のしようがないくらい、私情を理由に、千景のために殺すのだと自覚していても。

 彼は殺すだろう。

 それがどれだけ醜悪で罪深いか、竜胆はちゃんと分かっている。

 

 戦いの結果として出てしまった犠牲、ではない。

 戦いに負けないために、ここで人類を終わらせないために、自らの意志で人を殺すのだ。

 まるで、生贄を捧げるように。

 戦争前の儀式で勝利のために祈り、満開の花を散華させるように。

 

(ちーちゃん)

 

 殺したくなんかない。

 傷付けたくなんかない。

 今生きているなら、これからも生きていてほしい。

 竜胆は本質的には、他の生き物を殴ることすら嫌がるような人間である。

 最近は何故かそう思うことも完全になくなったようだが、それでも竜胆は、人の命の重みを子供の頃からちゃんと分かっている子であり、人殺しの罪をよく分かっている人間だった。

 

 千景の父を、竜胆は嫌っている。

 それはもう嫌っている。

 その理由は十割、千景に対する仕打ちである。

 千景と父が口論していれば、竜胆は必ず千景の味方に付くだろうし、状況次第では千景の代わりに父親をぶん殴るくらいはするかもしれない。

 

 だが、そうだとしても。

 竜胆は千景の父に、死など望んでいない。

 生きること、幸せになること、笑顔で過ごすこと、そして……千景とできる限り顔を合わせないことと、千景をもう不幸にしないことを望むはずだ。

 そのくらいしか、望まないはずだ。

 御守竜胆は、そういう男だから。

 

 そんな男が今、千景の父を手に掛けようとしている。

 苦渋の決断などという生温いものではない、地獄の選択だ。

 この殺人を、竜胆は一生引きずることだろう。

 

(ごめん)

 

 ハンドスラッシュを腰に構えるティガ。

 カミーラはティガの方を見ていない。

 千載一遇のチャンスだと竜胆は認識していた。

 カミーラが、千載一遇のチャンスを認識させていた。

 

(あら……そちらに転んだのね)

 

 カミーラはどう転がっても良かったのである。

 

 千景が父親を殺してもいい。

 一生親殺しの自分と折り合いをつけなければならなくなった顔を見るのもいい。

 若葉が千景の父を殺してもいい。

 "あの剣"に選ばれた人間の苦しみは、カミーラにとっての喜びだ。

 竜胆が親友の父を殺したなら最高だ。

 シビトゾイガーも上手く使っていけば、竜胆を罪悪感で潰し、闇に堕とすのがぐっと楽になる。何よりカミーラからすれば、見ていて楽しい展開になる。

 

(愛してるわ、ティガ。

 ……私が一番望んでいた展開に行ってくれるなんて、本当に嬉しい。

 愛してるわ。だから苦しんで、不幸になって。

 宇宙で一番に絶望した存在になって……全ての命を、絶望させてちょうだい)

 

 "悪辣である"とはこういうことだ。

 "性格が悪い"と言い換えてもいい。

 ひとりぼっちで三千万年間、一度も停止することなく熟成され続けた愛憎は、もはや歪んでいるとか、腐っているとか、そういう表現が一切的確ではない。

 重すぎる愛憎が完全に重力崩壊を起こしている。

 もはや関わること自体が悪手、というレベルの存在に成り果てている。

 

 ティガが他人の絶望を楽しめる存在になって初めて、カミーラはティガに幸福と愉悦を与える存在になるのだろう。

 人、それを最悪の結末と言う。

 

 全ての巨人、全ての勇者の動きを把握し、シビトゾイガー達で大社ですら後手後手に回してしまうカミーラに、怖いものなど何もない。

 人類側、バーテックス側、どちらのコントロールも達成した。

 今のカミーラは、チェスで対戦している二人の両方を操作して、盤面をコントロールしているようなものだ。

 予想外の要素は無い。

 駒は誰も盤の外まで出られない。

 

(さあ、私が彩る絶望の序章を、彩りなさい)

 

 なら、チェス盤にサッカーボールでもぶち込めばいい。

 平然とそういうことをしてきた者がいた。

 

 叩き込まれたサッカーボール……牛鬼が、ポンと現れ、ピョンと跳躍した。

 

「―――え?」

 

 突然の出現。

 カミーラは瞬時に、反射的に、雷で牛鬼を迎撃していた。

 どこから出て来た……なんて思考することすら時間のロスだと言わんばかりに、完璧な奇襲に対し反応速度0.01秒以内という神業じみた迎撃速度を見せる。

 それが牛鬼であると認識する前に迎撃していたというレベルだ。

 なんと凄まじいことか。

 

 まあ、その迎撃の雷は空中で牛鬼が食べてしまったので、意味の無いハイレベル迎撃披露になってしまったのだが。

 

「もっきゅ」

 

「!?」

 

 牛鬼は雷を食い、そのままカミーラの鞭へと噛み付く。

 生ゴミ以下のもん食べさせやがって、と言わんばかりの顔で、牛鬼はカミーラの氷の鞭を食い千切り、咀嚼した。

 カミーラは、その鞭をほとんどの勇者の攻撃で破壊できないよう計算し、過剰なほどにその鞭を強靭にしていたはずだったのに。

 

 そしてカミーラと千景父を結ぶ鞭の線が切れ、カミーラと千景父の体が離れる。

 牛鬼は"死ね"と言わんばかりの表情で、千景の父の足と、カミーラの足に唾を吐いた。

 

「接近する気配が無かった……何者だ、お前は!」

 

 カミーラの手に残っていた鞭の断片が、氷の剣に形を変える。

 牛鬼に攻撃を仕掛けるのはいい。

 牛鬼の方を見るのはいい。

 だが牛鬼に注意を払うのは、このタイミングでは一手遅く、かつ最悪のタイミングだった。

 

「勇者ぁっ――」

 

「―――!?」

 

「――パーンチッ!!」

 

 声に振り返ったカミーラの顔面ど真ん中に、山桜の勇者の拳が突き刺さる。

 人間サイズになっていたことが仇となり、カミーラの体が浮いて吹っ飛ばされた。

 

「ぐっ、あっ、お前はっ……!」

 

「私は勇者! 高嶋友奈ッ!」

 

 更に追撃。

 一目連を身に纏った友奈が拳を握り、カミーラの顔面ど真ん中に、嵐の拳が突き刺さる。

 二連続で痛みの声を上げ、乱入者高嶋友奈に反撃しようとしたカミーラは、見た。

 酒天童子をその身に宿し、至近距離にまで接近して来ていた、高嶋友奈の振り上げし拳を。

 

「リュウくんとぐんちゃんの―――友達だああああああああッ!!」

 

 そして、カミーラの顔面ど真ん中に酒天童子の拳が突き刺さり、カミーラは盛大に吹っ飛んだ。

 

 執拗なまでの顔面攻め。

 一見すればカミーラのような性格の悪さがそうさせた、ようにも見える。

 その実、あまりにも真っ直ぐすぎる友奈の性格がもたらした、最初に狙った目標をひたすらに拳で打つという、直球怒涛の三連打。

 カミーラは雷の如き速度で海面に叩きつけられ、巨大な水柱が立ち上がった。

 

『ゆ……友奈!』

 

「ごめんリュウくん! 遅くなっちゃった!」

 

「結果論ですが、手遅れになる前に間に合ってよかったです!」

 

『杏!』

 

 伊予島杏、高嶋友奈、参戦。

 

 カミーラの身体能力と悪辣な企みは、ちょっと奇襲を仕掛けたくらいでは覆せない。

 ならばそこには種がある。

 それを理解するには、少し時間を巻き戻して、二人と牛鬼の動向を見る必要があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ティガが移動に使った時間が一分、そこからカミーラの参戦まで一分と少し。

 友奈と杏は香川在住なのに、連絡が来てから一分程度で徳島と淡路島を繋ぐ大鳴門橋まで助けに来てくれた。丸亀城から橋まで直線距離で70kmと、かなりの距離である。

 当然ながら丸亀城から一分で来れるわけもない。

 

 ならば、ここから分かることがある。

 友奈と杏は、徳島で待っていてくれたのだ。

 諏訪の人達を暖かく迎え入れるため。

 そして何より、仲間が帰って来たところに"おかえり"と言って、出迎えてあげるために。

 

 だからこそ援軍は一分以内に間に合った。

 小さな優しさが後の勝機に繋がるというのが、なんとも彼女ららしい。

 友奈と杏が徳島から橋に移動し、諏訪の者達とすれ違い、到着した頃にはカミーラがいた。

 

「助けないと!」

 

「ゆ、友奈さんストップです!」

 

「ぐえっ」

 

「あっ」

 

 友奈の勇者服の後ろ襟を杏が引っ張り、止める。

 咄嗟の行動が、友奈の首をキュッと締めてぐえっとさせる。

 

「ご、ごめんなさい! でも、今行くのは悪手だと思うんです」

 

「悪手?」

 

「私達はまだ存在を気付かれていません。

 私達の存在は、以前顔を合わせているのでカミーラも知っているはずですが……

 それでも、今ここに私達がいることを気付かれていない。それが最大の武器になります」

 

「何か思いついたんだね? わかったよアンちゃん。私は何をすればいい?」

 

「まずは……」

 

 杏は、友奈の後ろで"気配も足音もなく"歩いていた牛鬼を、ひょいと持ち上げた。

 

「この勝手について来ていた牛鬼君の力を借りましょう」

 

「え? ……あ、牛鬼! もー、勝手について来ちゃ駄目じゃない!」

 

「前に雑談で話した覚えありますけど、牛鬼ってとっても頭良いですよね。人と同じくらい」

 

「うん。私達の言葉も分かってるみたい」

 

「牛鬼と友奈さんは、大鳴門橋の下部をこっそり進んで、牛鬼を先に放してください。

 足音も気配もない牛鬼は、突然現れて走るだけでいいんです。

 それだけでカミーラの注意を引けるはずです。

 牛鬼の方にカミーラが気を引かれたら、その隙に友奈さんが急襲。人質を奪取してください」

 

「橋の下部?」

 

「大鳴門橋は上下二層構造なんです。

 上が皆さんがよく見てる普通の橋の道路部分。

 その下に鉄道が敷設できる空間が通路として確保されてるんですよ。

 その左右には遊歩道もあって、昔はよく使われていたんだそうです。本に書いてありました」

 

「へー、知らなかった。アンちゃんは物知りだね」

 

「いえ、本の受け売りなので。

 友奈さんと牛鬼なら問題なくそこを走っていけると思います」

 

「うん、大丈夫だと思う」

 

 昔々、1973年頃、本州と淡路島を繋ぐ明石海峡大橋を作り、淡路島と四国を繋ぐ大鳴門橋を作って、それぞれ鉄道を設置して線路を敷こう! という話があった。

 が、明石海峡大橋の方は、金がなく、技術がなく、要される強度の地盤がない、ということでさっさと鉄道を諦めてしまったのであった。

 大鳴門橋の方はもう線路を敷く準備をしていたというのに、である。

 

 その後も色んな話が挙がったが、結局どれも形にならず、大鳴門橋下部の『鉄道が入るはずだった空間』は空っぽのまま、放置を食らっている。

 その左右に遊歩道が設置されたものの、そこが線路のための空間であるということを知る者は、そこまで多くはないだろう。

 

 線路用の空間の左右に遊歩道が設置されてから、もう十九年以上が経った。

 その遊歩道を人が逃げ、星屑が人ごと遊歩道を破壊し、人の死体や持ち物、遊歩道の残骸がそこに詰まって、人の死体は腐って海に落ち……それから四年近くが経った。

 ガクゾムの闇もまだ橋周辺に残っている。

 破壊された遊歩道跡に挟まれた元線路敷設予定空間は、外からは見えない。

 残骸が詰まった遊歩道跡が隠蔽の壁代わりとなる。

 

 朝ながらに移動中の友奈達は見つかり難く、橋の上のカミーラからは橋の下の友奈達はまず見えないだろう。

 

 人間の知は、時に現状打破の工夫の余地を引き寄せる。

 

「牛鬼、お願い。できる?」

 

「きゅ」

 

 牛鬼は力強く頷いてくれた。

 少し遠くを友奈が見れば、拳を握り締めるティガの姿、人質を取るカミーラの姿、苦悶の表情で戦う若葉と千景の姿が見えた。

 見ているだけで、胸が痛む。

 千景を苦しめ、ティガを言葉で煽りながら制しているカミーラを見据え、友奈もまた、その優しい拳を握り込んだ。

 

「大丈夫かな、アンちゃん。これちゃんと成功するかな?

 あのカミーラって人、悪巧みが得意そうで頭良さそうだけど……」

 

 友奈の問いかけに、杏は首を縦に振って応えた。

 確実にカミーラの意表を突くなら、成功率が高くかつカミーラが想定していない奇襲を選ぶべきだと、伊予島杏は考える。

 

「世界各国の兵法には、たびたびこんな話があります。『頭が良いのと陰謀家なのは別』」

 

「? ええと、どういうこと?」

 

「他人を悪辣な方法で陥れるのは、実はバカでもできるということです。

 例えば陰謀家は他人の善意をどう理解し、どう騙し、どう陥れていくか、という存在。

 必要とされるのは頭の良さよりも、罪悪感を感じない性格の悪さなんだと思います」

 

「あ、なるほど」

 

「詐欺師がチェスや将棋をやっても別に強いわけじゃないですよね」

 

「確かに!」

 

 勘違いしてはならない。

 『他人を騙すのが得意な人』も、『知識が豊富な人』も、『頭が良い人』も、『策略が巧みな人』も、全部別なのだ。

 そして杏が見たところ、カミーラは『人の悪意を演出・利用するのが得意』なタイプ。

 それ以上にも、それ以下にも見えなかった。

 

「私が最近読んだ恋愛小説の台詞を引用するのなら……」

 

 加え、『冷静な思考』より、『身の内に湧き上がる激情』を優先する女に見えた。

 そういう人間の知略は、案外怖くはない。

 杏からすれば、カミーラが力押しをしてくる方がよほど怖かった。

 

「"恋愛感情は視野を狭くすることはあるがその逆はない"というやつです。友奈さん」

 

 杏はその時、ちょっとばかり得意げな顔をしていた。

 

 かくして、若葉も歌野も竜胆も手が出せないほどに隙がなかったカミーラを、杏が立てた作品が見事に出し抜き、カミーラは吹っ飛ぶ。

 カミーラの思考の隙間を縫うような一手。

 カミーラの視界の隙間を縫うような牛鬼の派遣。

 友奈の一撃で決めきれなければ、橋の端から自分が狙撃するつもりだったという徹底ぶり。

 

 夢中で恋愛小説を読み耽ることも多く、王子様に憧れ、彼氏も居たことがない伊予島杏。

 三千万年前に自分を捨てた男をみじめったらしく今でも求めているカミーラ。

 皮肉なことに、前者の方が恋愛的な意味でもそれ以外の意味でも、視野が広い。

 だからカミーラの『完璧な盤上の流れ作り』も、杏はあっさりと崩せてしまうことがある。

 

 この皮肉を、当然のものと言っていいものなのだろうか。

 伊予島杏は王子様に憧れるような夢見がちな女の子だが、自分の理想の王子様像を他人に押しつけたことなど、一度も無い。

 カミーラは竜胆を塗り潰してでも理想の王子様(ティガ)を作ろうとする。

 愛憎に浸る前のカミーラの恋愛観にはあったはずのもの、今のカミーラには無いものが、伊予島杏の中にあった。

 

 

 

 

 

 杏からすれば、策謀において最も恐ろしいものは『完璧』だ。

 『悪辣』ではない。

 性格が悪い者の企みより、頭が良い者の企みの方がどうしようもない。

 杏は比較的頭が良いが、それだけだ。頭脳において天才というわけではない。

 

 それでも杏がカミーラを出し抜けたのは、カミーラが牛鬼という存在を根本から見誤っていたからなのだろう。

 杏は、それを曖昧にだが察していたようだ。

 

 結局のところ、カミーラは『惚れた男』と、『惚れた男の周りの女』しか見ていない。

 もっと言えば、"ティガのことしか考えていない"。

 杏は人間だけが知る鳴門大橋の特殊構造などを利用し、その弱点を的確に突いた。

 カミーラは突かれた。

 だからこそ怒る。友奈、杏、牛鬼に対して。上手くいっていた流れを邪魔され、怒る。

 

 海から空へと浮かび上がる海水濡れのカミーラが、その身に紫電を走らせた。

 

「やってくれる」

 

 カミーラの怒りに呼応するように、強化体のガクゾム、ゾイガー、ボクラグが咆えた。

 

「小賢しい人間どもめっ……!」

 

 カミーラが人間サイズから、ウルトラマンと同じ巨人のサイズへと変貌し、海に落ち、海は巨人の巨体を飲み込めぬまま、落下の衝撃で巨人の周りに海水の水飛沫を撒き散らした。

 

 一方、橋の上では杏が歌野に『端末』を渡していた。

 

「大社から預かってきました。白鳥さん専用の端末です」

 

「え? 私専用? もしかして四国勢と同じ仕様のデラックスなやつ?」

 

「そうらしいです。

 五月にガイアとアグルが帰って来た時、四国の近況も伝えられて……

 いつか来る諏訪との合流の日のために、急ピッチで仕上げたと聞きました。

 諏訪の土地神様達も既に神樹様の中に合流してるらしいです。すぐに使えるはずですよ」

 

「よっし、ラッキー! 来たれパワー、唸れ新しい私の端末! 変身!」

 

 邪魔な千景父を牛鬼が戦場の端にズリズリと引きずっていったり、友奈が俯いている千景に声をかけたりする中、歌野が『初めての端末』をやや高揚した気持ちで操作する。

 今まで装備していた勇者衣装がほどけて、四国勇者のフォーマットに沿った勇者の衣装と神様の武器が、歌野のその体に備わっていた。

 

「おおっ、力が漲ってくる!」

 

 時間がない。

 秒単位で敵も味方も目まぐるしく動いている。

 千景の父を蹴っている牛鬼なんて見ている暇はない。

 杏は若葉が投げ捨てさせられた聖剣を拾い、勇者の筋力で若葉に投げ渡した。

 

「若葉さん、剣を!」

 

「ああ! 感謝する、杏!」

 

 その一瞬。一秒あったかないか、という一瞬。

 闇薙の剣が杏に反応し、鈍い光を漏らした。

 聖剣が漏らしたその光を、カミーラは見逃さない。

 

「―――」

 

 カミーラが()()()()()()()、杏を見る。

 カミーラに従う三体のバーテックス達が、本能的に思わず、カミーラから一歩分距離を取る。

 カラータイマーが点滅するティガにさえ、カミーラは一瞥すらしない。

 その目は杏を凝視していた。

 憎悪、敵視、殺意。ありとあらゆる物騒な感情がにじみ出ている、そんな視線。

 

「―――貴様……貴様、貴様、貴様、まさかっ!」

 

 カミーラとどこか似た性情を持ちティガの傍にいる千景より、光の聖剣に選ばれた若葉より、今さっき強烈にカミーラを殴り飛ばした友奈より、強烈に杏に殺意を抱いている。

 途方もない殺意だ。

 尋常でない憎しみがカミーラから吹き出している。

 杏自身には、そこまで憎まれ敵意を抱かれる理由がまるで分からない。

 ゆえに戸惑う。

 

 戸惑う杏に声を叩きつけるように、カミーラは叫んだ。

 

「『ユザレ』の……あの女の、子孫!

 ティガを口車に乗せ、光の道にいざなったあの女! ユザレの!

 地球星警備団の団長……光のユザレの血脈ッ! まだ絶えていなかったなんて……!」

 

 カミーラの頭の中身が、憎悪と憤怒で沸騰する。

 三千万年前の記憶と、今見えている現実の光景が、混濁する。

 

 カミーラはあの女を、三千万年前に見た。

 白く長い髪をなびかせ、銀をあしらった白い衣装に身を包んだ『ユザレ』を。

 カミーラは今、橋の上の少女を見ている。

 陽の当たる角度次第で、真っ白にも色有りにも見えるクリーム色の髪に、真っ白な勇者衣装を身に纏っている、『伊予島杏』を。

 

 三千万年前に見た。

 闇/カミーラではなく、光/ユザレを選んだティガを。

 今見ている。

 カミーラを敵視し構え、杏を守ろうとするティガを。

 

 三千万年前。

 ユザレはカミーラの愛と企みを打ち砕き、ティガを光に変えた。

 今。

 伊予島杏は自分自身は特別な力を何も使わぬまま、推察と知略のみで、、カミーラの歪んだ愛による企みを粉砕した。

 

 三千万年前に誓った。他の何でもなく、自分の心に。

 あの白い女を、必ず殺すと。

 今も誓える。他の何でもなく、愛憎渦巻くこの心に。

 あの白い女を、必ず殺すと。

 

 ティガを愛しているから/憎んでいるからブレない。

 憎んでいるユザレ/杏がそこにいるからブレない。

 三千万年前を思い出したカミーラの心が。

 この時代に忌まわしいものを見たカミーラの心が。

 狂気の混じった憎悪を、言葉の節々ににじませていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昭和59年発行『愛媛県史 民族 下』などの郷土研究書には、様々な研究が乗っている。

 その中でも目につくのが、愛媛の方言でも独自的かつ代表的なものであるとされる、『伊予ことば』についての記述である。

 『伊予ことば』は神に捧げる言葉、儀式儀礼に使われる言葉、日々の中で感謝を伝える言葉、人々の中で秘密とされたものなど、多くのものを内包している。

 そして、伊予ことばは、海の向こうから来た人間の話し方や言葉なども取り入れつつ、独自性を保っていた、というのが愛媛史研究の通説である。

 

 そんな愛媛の西側海沿いに、『ユザレ』という方言がある。

 現在は"夜一晩中"という意味であると伝えられており、研究によれば『夜去れ』という言葉の変形前後の一つなのではないか、と言われている。

 夜去れが夜の意味になり、一晩中という意味になった、ということだ。

 

 だが、本当のところは誰も知らない。

 何故『夜よ去れ』を『ユザレ』と言うのか。

 ユザレという言葉が、夜よ去れという意味合いの言葉に何故あてがわれたのか。

 もしも他に意味があったとしても……誰も、知らない。

 

 愛媛にある、少し珍しい音の方言の話。

 

 

 

 

 

 聖剣に杏が触れるまで、杏が"そう"であることに、カミーラは全く気が付いていなかった。

 三千万年は長すぎる。

 遺伝子の割合で見れば、海に一滴のジュースを流すようなものだ。

 ここまで遺伝子が希薄化してしまえば、三千万年前の仇敵の子孫が目の前に現れようが、気付くことなど不可能であると言い切れる。

 だが、気付いてしまった。

 ならばもう、その血筋は見逃されない。

 

「またティガを口車に乗せ、心を光に寄せようとするか……ユザレっ……!」

 

 聞き覚えの無い名前に、身に覚えのない殺意の投射、杏は戸惑うしかない。

 

「ユザレって……?」

 

「とぼけるな!

 お前が覚えていなくとも、遺伝子が覚えているはずだ!

 三千万年前、私からティガを奪っていった……忌まわしい泥棒猫の子孫がッ!」

 

「えっ」

 

 忌まわしい女の子孫へカミーラが叩きつけた言葉に、周りの勇者達が一斉に杏を見る。

 

「アンちゃん泥棒猫なんだ……」

 

「ち、違いますよ! 友奈さん変な受け取り方しないで!」

 

「泥棒猫……」

 

「千景さんっ!?」

 

「あ、はじめましてです泥棒猫と呼ばれてる人!

 白鳥歌野と言います、あなたのお名前なんですか?」

 

「だから、もーっ! 伊予島杏です!」

 

「三千万年前の杏のご先祖か……ウルトラマンの愛憎話とは、変な気持ちになるな」

 

 巨人の愛憎劇などあまり心地良くは感じられない。

 が、人の心を持つ以上そういうこともあるのだろう、と若葉は納得する。

 されど、大昔のティガと今のティガを同一視するカミーラの主張には、納得できなかった。

 

「だが、竜胆はそんな昔から生きてはいない。ティガでも、人違いのはずだ!」

 

「いいえ、間違いなくティガよ……その女が、ユザレの子孫であることが間違いないように!」

 

 若葉の指摘などどこ吹く風の馬耳東風。

 キラリとカミーラの指先が光ると、そこから飛ぶは氷の槍。

 厚さ十mの鉄板だろうと砂糖菓子のように粉砕できる氷の槍は、音速の数倍という速度で杏に向け放たれ、杏の前でティガトルネードの手によって掴み止められていた。

 

『正確な事情は読めないが、杏を洒落にならないレベルで憎んでるな』

 

「先祖の話で殺されるなんてたまったもんじゃないよ!?」

 

 続き二発目、三発目と氷の槍が発射されるが、ティガトルネードの豪快な手さばきが氷の槍を掴み止める。

 ティガには到底真似できない威力の氷の槍であったが、掴み止めることはできた。

 橋の上の杏を庇い立つティガの姿が、カミーラの目に映る。

 

「……ああ、そう」

 

 その構図が、とてつもなくカミーラの癇に障った。

 カミーラの声のトーンが落ちて、背筋が寒くなるほどに底冷えした声に変わる。

 杏を守るティガのカラータイマーは、ほどなく止まりそうなほど早く点滅していた。

 残り時間は、十秒かそこらか。

 

「でも、そんな尽きかけの力で何ができるのかしら?」

 

『奥の手はある。こいつだ!』

 

 だが、この近辺には闇がある。

 ガクゾムがばら撒いた闇だ。

 

 恐ろしいことに、ガクゾムは強化前でも地球程度の星は闇に包み込むことができる。

 ゆえに、その闇は絶大だ。

 星間戦闘可能規模程度の兵器では、打ち払うことも難しいほどに。

 

 その闇が、海に立つティガの体に吸われていく。

 『闇を光に変えて取り込む』、ティガがその身に備える力だ。

 精霊の穢れという概念を用いて、千景と球子の闇からティガトルネードを、若葉と杏の闇からティガブラストを得てきた。

 そして今、闇から単純に活動エネルギーを得ようとしている。

 

「闇の力を光に変える……三千万年前と同じ……」

 

 カミーラが少し驚いた様子を見せ、されどそれも一瞬で、ティガを見てほくそ笑んでいた。

 

 吸い込まれる闇。

 闇が変換された光。

 それがティガの体に染み込んでいき―――海の中で、ティガが膝をついた。

 水飛沫が上がり、海に体を浸したティガは、上半身をフラつかせたまま立ち上がれていない。

 

『うっ……重い……体調悪っ……な、なんだこの闇……?』

 

「リュウくん!?」

 

 ティガの体に一度は取り込まれた光が一部排出され、一部は体内に留まる。

 体外に排出された光が、すぐに闇に戻った。

 まるで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()かのように。

 

「『由来の格』が違うのよ。

 私達の闇は、元は光の巨人の力であった闇。

 勇者の闇でも、それは元は勇者の光の力。

 その闇は文字通りに"桁が違う"……あなたでも変換しきれなかったようね、リンドウ」

 

『うっ……ぐっ……!』

 

「活動時間は少し戻ったようだけど……

 懐かしい感覚が蘇るでしょう? ティガ。

 三千万年前、あなたがその身を浸らせていた、闇の中の闇。神の闇よ」

 

 海に体を浸しながら、海に溶ける闇の侵食に、竜胆は苦しむ。

 この闇は人体に有害だ。

 光の巨人に対しても有害だろう。

 この闇に苦しんでいることが、今のティガの立ち位置を示している。

 

 その闇の中、ガクゾム、ゾイガー、ボクラグ、カミーラは心地良さそうにしている。

 ティガの苦しみも、闇に蝕まれているから苦しいのではない。

 "そちら側に転んでしまいそうな自分"を抑えようとしているからこそ、苦しんでいるのだ。

 

 カミーラはティガに歩み寄り、その頬に手を当てようとする。

 今の闇に堕ちようとしているティガの姿が、愛おしくて愛おしくてたまらなかった。

 愛おしい相手の体に触れたいという、誰の中にもある気持ち。

 

「海の底の神域……ルルイエの闇は、私達の体に染み込んでいる。今は、あなたの体にも」

 

 ティガに向け伸ばされたその手の先を、若葉が斬る。

 怯んだカミーラの眉間に、杏のクロスボウの矢が突き刺さった。

 

 今現在、カミーラの前に立てるのは――海上での直接戦闘ができるのは――飛べる若葉のみ。

 天狗の翼を広げ、カミーラの手を切った聖剣を構える。

 握った剣は守りの剣。

 ティガを庇う若葉が聖剣を輝かせ、その光がカミーラの中にふつふつと怒りを沸かせていた。

 

(けが)らわしい手で、私の仲間に(さわ)るな」

 

「……」

 

(きたな)らしい気持ちで、竜胆に(ふれ)れるな!」

 

 聖剣持ちの若葉。

 遠くでカミーラを睨む杏。

 カミーラの怒りが更に加熱する。

 

『はぁ、はぁ、ハァッ……!』

 

「竜胆!」

 

『まだ、まだ、大丈夫だ……キツいけどな……!』

 

 だが、光に変換しきれなかった闇が、取り込んだティガの体の中身を侵しているのを見て、カミーラは心落ち着ける。

 今日は前座、前菜だ。

 100%成功する本番を150%成功する本番にするため、色々と仕込みに来ただけだ。

 竜胆に闇を染み込ませるのもそうだが、この後に始める本番のため、人間陣営に探りを入れつつ計画を修正するため、軽くひと当てしに来たにすぎない。

 千景の父を持ってきたのも、余興程度のものでしかないのだ。

 

 そんなカミーラから冷静さを奪う、若葉の剣と、杏の血筋。

 闇に染まっていくティガを見て心落ち着けようとも、奪われた冷静さは完全には戻らない。

 

「その闇、()()()()()()()()()()

 

 カミーラの発言から、竜胆はこれが単純にガクゾムの吐き出した闇ではなく、カミーラが準備した特別な意味を持つ闇であると推測する。

 

 海に触れている部分のティガの肌すら、海から侵食しようとしているその闇に、竜胆はカミーラの意図を朧気ながらに察し始めていた。

 

『あいにく、苦しいだけだ。俺の肌には合わねえな』

 

「あら、そう……でも、その闇があなたを導いてくれるはずよ。より深みに、より暗く……」

 

 闇がティガを蝕み、カミーラの表情に徐々に喜悦が浮かんでいく。

 怒りと憎悪に飲まれつつあったカミーラの内なる表情が、妖艶な微笑みになりそうになったまさにその瞬間。

 若葉が聖剣を振り、光を当て、ティガの体内を蝕んでいた闇を選択的に抹消する。

 カミーラの表情の動きが止まった。

 

『……ら、楽になった?』

 

「なるほど、こういう使い方もできるのか」

 

『サンキュー若葉! まだ戦える! いけるぞ!』

 

 無言のまま、カミーラの内に新たな怒りが湧いてくる。

 怒りに震えるカミーラが何か言おうとしたその瞬間、カミーラの眉間を、連続して引き金を引いた杏の矢がまた撃ち抜いた。

 余計なこと言われるとまたりっくん先輩が曇るし……という無言の合理的判断である。

 

「どいつも、こいつも!」

 

「『 こっちの台詞だッ! 』」

 

 叫ぶ竜胆と若葉。ごもっともである。

 

「……光、光光光! 忌まわしい光がっ……!」

 

 カミーラに向けて踏み込むティガトルネード。

 これまでに見たカミーラの武器は氷の鞭、氷の剣、氷の槍、雷の四種。

 それらを警戒しながら、勇者の援護を受けて距離を詰める。

 

 カミーラは一歩も動かない。

 一歩も動かないが、一指は動かし……カミーラが振った指に合わせて、三体の大型が動いた。

 

「!」

 

 カミーラの背後から駆けるガクゾム。

 船の如く"海上を滑るように高速移動する"のではなく、人間のあらゆる移動手段に該当しない、"海水を左右にかき分け滑るように高速移動する"異様な移動。

 振り下ろされたガクゾムの腕の刃を、ティガトルネードが懸命に掴み止めた。

 

 だが、海中を通ってきたボクラグがその背中を、空から舞い降りたゾイガーがその頭上を狙い、ガクゾムも合わせ三方向からの同時攻撃を敢行する。

 一体一体が強化体。

 ティガであれば一対一で互角、二対一であれば勝機はない、そんなレベルの敵であった。

 

 ゆえにその瞬間、誰よりも早く踏み出したのは前衛の二人。

 

「「 させるか! 」」

 

 大天狗の翼が羽ばたく。

 酒天童子の足が動く。

 若葉と友奈が、その一瞬に間に合わせるべく跳ぶ。

 それに合わせて千景は精霊を切り替え、玉藻前を身に宿し、竜胆を助けようとして―――視界の端に、牛鬼に運ばれている父を見た。

 

「―――」

 

 今なら、竜胆を援護する前に一手で殺せる。

 ここであの父親を殺しておけば、もう二度とこんなことは起こらない。

 例えば千景の父に警護を付けるなどして、今回のようなことを起こさないために手を尽くそうが、万が一ということはある。

 それに何より。

 そんな理屈を抜きにしても、父が嫌いで、憎かった。

 "自分の家族のことで二度と仲間に迷惑をかけたくない"という想いが、千景の中に殺意を発生させる。

 父親の言葉の記憶が、更に殺意を煽る。

 

―――狂ってる。千景、お前、頭がおかしいぞ

―――お前なんて……お前なんて……生まれて来なければ良かったんだ! 千景っ!

―――この恩知らずが! 死んでしまえクズ娘!

 

 "何故私がそんなことを言われなければならないのか"という当たり前の想いが、言葉の数だけ殺意を倍加させていく。

 

―――殺した人は、夢に出るよ。ずっと、ずっと

 

 だが、かつて竜胆がくれたその言葉が、殺意を止めた。

 

 あの時は、千景がいて、竜胆がいて、若葉がいて。

 

■■■■■■■■■■

 

「竜胆。

 誇りを奪い踏み躙るものに従うこと、それを何と言うか知ってるか? 隷属だ。

 誇りを踏み躙るものに良いように使われることを何と言うか知ってるか? 奴隷だ。

 だからこそ、人は……誇りを汚した相手には、いつの時代も報復を返してきたんだ!」

 

「殴り返して良かったんだ、お前は!

 あんな罵倒を受け入れなくてよかったんだ、お前は!

 ……そうしたら私は、お前が皆に袋叩きに合いそうになっても、お前を―――」

 

■■■■■■■■■■

 

 若葉が正論を言い、竜胆が願いを口にして返した。

 

■■■■■■■■■■

 

「俺は殴られる人をなくしたかったんだよ。

 強い側が弱い側を一方的に攻撃するのが嫌だった。

 人が暴力で傷付くのが嫌だった。

 人が死ぬのが嫌だった。

 俺みたいな奴に殺される人間を、俺みたいな奴から守りたかったんだ」

 

「……っ!」

 

「"それ"を、俺は許さない。だから俺は俺も許さない。同じ事を繰り返すつもりもない」

 

■■■■■■■■■■

 

 そのくせ、竜胆は千景の復讐を否定したことはない。

 以前いじめっ子を前にして、選択を迷った時も、千景はこの時の言葉を思い出している。

 あの時と同じと言うべきか。

 似て非なると言うべきか。

 あの時千景が向き合ったのは、"学校の子供達にいじめられていた過去"。

 そして今向き合うは、"愛のない父と過ごした過去"。

 

 選択の権利は、千景の手の中にある。

 

■■■■■■■■■■

 

「あの村の奴らに……千景が復讐を望んだら止めるのか」

 

「止めないよ。

 止められない。

 それはちーちゃんの権利だ。俺はそこに何を思っても、止める権利はない」

 

「……」

 

「でも、悲しくは思う。

 ちーちゃんには何の罪もなく、幸せのある方向に、歩いて行ってほしいから」

 

■■■■■■■■■■

 

 千景は竜胆のことをよく分かっている。

 だから、ほんの一瞬であっても、よく考えれば、彼女は答えに到れるのだ。

 

 人が死ねば、竜胆は悲しむ。

 もしも、最悪の悪党が生きる価値の無い人間を人質に取ったとする。

 もしも、罪の無い人を人質に取ったとする。

 人質を殺してしまうのが最適解だったとする。

 人質を殺すのが最高の選択なのか?

 違う。

 最高の選択は、その"最悪の悪党"を殺し、人質を解放することだ。

 最適解と最高の選択は、時に食い違う。

 最高の選択は、時に荒唐無稽なほどに理想を追う選択になるからだ。

 

 どんな人間が人質であろうと、変わらない。

 御守竜胆を笑顔にしたいなら、彼の心を傷付けないまま、彼を幸せにしたいなら……『人質なんて取る悪党をぶっ倒し』て、人質を救うのが一番なのだ。

 彼の笑顔が欲しいなら、選択していくべき道は一つ。

 

(いつか殺す時は、私が殺そう。

 その重荷は誰にも背負わせない。

 でも……今ここで、私が憎しみを理由に殺すのは、きっと良くない)

 

 千景は瞬時に竜胆を選び、竜胆を見て、ティガの援護に動いた。

 父ではなく、彼を選んだ。

 親と過ごした十年以上の時間(おもい)より、彼と過ごした一年未満の時間(おもい)を選んだ。

 家族ではなく、男を選んだ。

 それはある意味、千景が嫌った母――家族ではなく男を選び夜逃げし千景のいじめの原因になった母――とどこか似て非なる、遺伝子に沿いながらも運命に抗う選択だった。

 

 一秒にも満たない千景の葛藤が終わり、千景の頭で狐の耳がぴくりと揺れて、呪術砲撃の反動が千景の和服衣装をふわりと揺らす。

 千景の呪術砲撃と、杏の凍結攻撃が、敵へと同時に放たれた。

 

「「 間に合えっ! 」」

 

 呪術の砲撃がゾイガーの翼を、氷雪の砲撃がボクラグの胸へと当たる。

 皮膚の表面すら砕けない。

 それほどまでに、融合により昇華された二体の強化体は強い。

 だが、十分だった。

 ゾイガーの翼の動きが呪いで止まり、ボクラグの体表が凍りつく。

 

 竜胆がガクゾムの腕の刃を掴むのを離し、ガクゾムに蹴りを入れ、空中のゾイガーに飛びつく。

 飛べない人間の体術の歴史には一切同一のものが存在しない、空中で扱うための柔術が、ゾイガーをボクラグへと投げつけた。

 

 ゾイガーを投げたティガの背中を狙うガクゾム。

 腕の刃と、頭部から放つ破壊光弾をティガに当て殺さんとする。

 だがその腕の刃は友奈に殴り弾かれ、光弾は若葉の聖剣に跳ね返された。

 跳ね返された光弾が頭部に当たり、痛みに悶えるガクゾムの足を、ティガトルネードが連続ローキックで痛めつける。

 

 程良いところでガクゾムの足削りを切り上げ、振り向いたティガの冷凍光線・ティガフリーザーと杏の吹雪が、ボクラグへと命中した。

 

「『 凍れっ!! 』」

 

 この戦場の敵は、カミーラ以外全てが光線の類を吸収するゼットンじみた能力を持っている。

 だが、それならそれで手の打ちようはあるのだ。

 

 ティガフリーザーは、敵の頭上で光線を爆発させ、降り注がせた冷気で敵をカチコチに凍らせてしまうことも出来る技。

 杏の精霊も、基本は吹雪を吹かせるものだ。

 なればこそ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ボクラグの全身を二人がかりであっという間に氷に変えて、ティガと杏は幾度となく二人で合体技(氷)を撃ってきた連携の練度、何度も一緒に撃ってきたがゆえの威力を見せつける。

 四国の勇者と巨人の連携、その一連の流れを見て、歌野は口笛を吹いた。

 巨人と勇者五人のチームが、歌野の目にはまるで一つの生き物のようにすら見える。

 

(ほんの一瞬の攻撃タイミングの差があれば、順繰りに対応できるティガ。

 無理はせず、"ティガには一瞬あれば十分"と理解し、必要なだけの時間を稼ぐ仲間。

 痺れるほどグッドでベストね。なんてエクセレントな相互理解と連携! 好きねこういうの!)

 

 だが、だからこそ、歌野は一歩引いて戦場全体を見ていた。

 彼らの完璧な連携の和を乱さないために。

 四国勢が一つの生き物に見えるからこそ、彼らを一つの生き物に見立てた死角があるのでは、と推測したがために。

 

 歌野の洞察、直感、感覚はそれこそ勇者でも最優レベルと言って良いものだった。

 だからこそ、見逃さない。

 四人の四国勇者と一人の巨人の視界と感覚、全ての隙間をすり抜けて、杏の首を刎ねるために弾丸の如く飛ぶ、透明な氷の槍――透明過ぎてほとんど見えない槍――を。

 

 歌野の鞭がその氷の槍を掴み、腐食粉砕した。

 鞭の腐食力も上がっていることに歌野が喜び、カミーラが少し驚いた目で歌野を見る。

 

 若葉は聖剣を持っているため、警戒しながら全力で殺そうとしていた。

 千景は男女関係的な意味で警戒しながら、全力で殺そうとしていた。

 杏は血統ゆえに警戒しながら、全力で殺そうとしていた。

 友奈は女の命である顔を凄まじい威力で殴ってきたため、その恨みから警戒しながら全力で殺そうとしていた。

 カミーラは、歌野を比較的軽視していたのだ。

 

 そんな歌野が、確実に成功すると踏んでいた今の奇襲攻撃を防いだ。

 カミーラが少し驚くのも、無理はない。

 

「……何故、今の私の動きが読めたのかしら?」

 

「勘よ、勘」

 

「勘だけではないはずよ。

 前兆を隠していた私相手に、勘だけでそこまで分かるはずがないでしょう?

 私の攻撃の意志、攻撃の対象、攻撃のタイミングまでは先読みできないはず」

 

「あら、これはテラーでサプライズな洞察ですこと。そうね、強いて言うなら……」

 

 歌野は警戒を新たにする。

 この巨人の洞察力……恐ろしいのは、愛憎だけではない。

 

 カミーラは歌野に対する警戒レベルを一気に引き上げる。

 今の氷の槍を防いだ歌野の動きは、明らかに"何か"があった。

 

「性格の悪さや考えてることって、本人が思ってる以上に滲み出てるものなのよ?」

 

「それは挑発かしら」

 

「いーえ、露骨な悪口よ。私、私の友達をいじめる人ってあんまり好かないのよね」

 

 悪口とは言ってるが、露骨な挑発だった。

 

 一瞬の沈黙。

 

 歌野とカミーラが対峙し、両者が神の鞭と氷の鞭を同時に構える。

 そして、同時に振った。

 カミーラの方に合わせる気はない。

 合わせたのは歌野の方だ。

 

 凄まじい速度で振るわれた、人間の目では影を追うことすらできないカミーラの鞭の先に、歌野は自分の鞭先を合わせる。

 振るうタイミングすらも、完璧に合わせて。

 巨人の鞭が、小さな勇者の鞭に弾かれていく。

 

「だー、かー、らー!

 一番自由にしちゃいけないあなたは、私がパーフェクトに抑えておきましょう!」

 

「できるものなら、やってみせるがいい!」

 

 見る者が目を疑うような、鞭と鞭の激突だった。

 例えるならば、カミーラの鞭は核爆弾。

 一つの国だけを綺麗に焼き尽くすよう的確に制御された、極大威力の核爆弾だ。

 対し、歌野の鞭は超長距離を撃ち抜ける大口径の対物ライフル。

 間違いなく威力はあるが、その威力は核には及ばず、されどミリ単位で精密に目標を打つ。

 歌野がやっているのは、これで遥か遠くの核ミサイルを撃ち、僅かに軌道を逸らすことで、結果的に目標の国を守るような、そんな精密かつ豪快な防御なのだ。

 

 それを、何度も、何度も、幾度となく繰り返す。

 

 カミーラは、今現在、この戦場で最も強い。

 三体の大型バーテックスよりも、ティガよりも強い。

 誰よりも強いはずだった。

 なのにカミーラの攻撃は、歌野の防御を越えられない。

 歌野の向こうの杏などを狙っているのに、鞭先は狙った相手に一発たりとも届かない。

 

 戦力比はざっと一対一万。

 身長差なら三十倍。

 体重差なら百万倍近くの差があるだろう。

 まともに打ち合って勝負になるわけがない。

 

 なのに、歌野の柔軟で流れるような鞭の防御を、カミーラの桁違いの威力の鞭はいつまで経っても突破できないでいる。

 

「……やはり、種がある。()()()()()()()()()()()()()のでしょう?」

 

「ベストアンサーは、敵の私に聞いても応えないわよミスカミーラ!」

 

 鞭と鞭が衝突し、空気が裂け、また裂け砕け、その繰り返し。

 

 鞭というものは、恐ろしい特性を多く持つ。

 例えば、"ちゃんと振るえば一般人でもその先端は音速を超える"などの特性がそうだ。

 

 鞭の手元は、腕が振られる速度と等速である。

 だが先端に近くなればなるほどその速度は増し、鞭の長さや鞭を振る腕の長さによって、その速度は指数関数的に上昇していく。

 カミーラの身長とパワーがあれば、鞭に込められるパワーと速度も、鞭の長さも、常識から外れたレベルのものになる。

 

 先端速度で言えば、実に音速の数十倍以上。

 やろうと思えば、街を衝撃波で薙ぎ払いひっくり返せるレベルのものだ。

 しかもカミーラの鞭は闇で作った氷の鞭。

 鞭にありがちな『先端が軽いために重いものや硬いものを壊せない』といった弱点を完全に克服しており、硬いウルトラマンの表皮も容易に切り裂いてしまう。

 

 だからこそなおさらに、それを鞭で弾き続ける歌野の凄まじさが目についていた。

 

(この勇者、私の知るどの精霊も使っていない。一体何を……?)

 

 歌野の衣装は、既に精霊を宿している。

 ややコミカルな、動物的な衣装の変化。

 歌野が精霊の切り札を使用しているのは分かるのだが、カミーラにはその精霊が何であるかまでは分からない。

 

 カミーラが鞭を武器に使っている理由は二つ。

 軌道の読み辛さと、加虐だ。

 

 鞭の軌道は、対人の王道武器に慣れている者ほど、鞭を見慣れていない者ほど読み辛い。

 弧を描き、武器で受け止めてもしなって体に当たることがあり、先端は速すぎて見切ることも難しく、カミーラは氷で作っているので鞭を切断しても意味はない。

 つまり、怪獣と違って頭で考えて武器を避ける人間に対し、鞭というのはかなり有効なものなのである。対ウルトラマン武器の一種と言ってもいい。

 カミーラはこれに武器として優秀な氷の剣などを加え、バランスの良い強さを身に着けていた。

 

 そして加虐。

 鞭は『痛い』。

 だからこそ、敵を殺さず痛めつけるという目的があるなら、最高に近い武器と言える。

 カミーラの悪趣味な心に極めて適した武器、それが鞭だった。

 "そんなカミーラの内心が"、歌野を嫌な気持ちにさせる。

 

「あなた本当に性格悪いわね。

 なんというか……凄く煮詰まってる感じ」

 

「……?」

 

 歌野は笑む。

 敵に対しても、味方に対しても向けられる、太陽の笑み。

 それは戦いの中で平常心を保つための笑み。

 

 またしてもカミーラの鞭を弾いた歌野を見て、その何もかも見透かすような目を見て、カミーラは自分の動きが完全に読まれている理由に、一つの推測を立てた。

 

「まさか……()()()()()()()()()とでもいうの!?」

 

「うわっ、意外と早くバレちゃったわね」

 

 歌野が四国勇者システムの獲得により、その身に宿した精霊、それは。

 

「神樹様から貰った私の精霊、(さとり)ちゃんよ」

 

「―――」

 

 日本を代表する読心妖怪、『(さとり)』。

 人間の心を読み、考えていることを言い当て、怖がった人間が考えることを放棄したなら、その身をパクリと食べてしまう妖怪である。

 有する能力は『読心』。

 なればこそ、カミーラの思考の表層は隅々まで読み取られてしまっているのだ。

 

「お前はッ!」

 

 カミーラが鞭を振る。

 山を切り飛ばして宙に舞わせることすらも可能であろう、桁違いの威力の一撃。

 

 その威力、速度、攻撃のタイミング、鞭の軌道、連続攻撃の組み立てにいたるまで、全てを歌野は読み取り、最小限の力で受け流してしまう。

 素人は自分が振る鞭の軌道なんて理解できないが、カミーラは鞭の達人だ。

 達人だからこそ、自分が振った鞭の軌道を精密に頭で理解できている。

 

 ならば歌野は、精霊の力で、目を瞑りながらでもカミーラの鞭を弾けるということだ。

 

(覚。私に適した精霊がこの精霊で、本当にラッキーだったわ)

 

 万の力を、心を読んで、一の力で最適な形に受け流す。

 

(心が読める範囲は状況によってかなり変動する。

 半径80~140mくらい? もっと狭くも、もっと広くもなる。

 頭の中を直接覗けるわけでもなく、読み取れるのは表層意識のみ。

 ……それでも重い。

 カミーラ一人でも頭がパンクしそうだわ。

 半径100m範囲の中に、敵も味方も一人か二人しか入れないようにしないと)

 

 仲間と連携するなら使えない精霊。

 一人で戦うにしても思考する敵が沢山周りにいると使えない精霊。

 そもそも、まともに思考していない動物的な怪獣が相手なら、価値の無い精霊。

 スペックも上がらないため、防御力が高い相手にも苦戦は必至。

 

 だが、歌野が使えば、とてつもなく強い。

 優秀な眼、人間離れした勘の良さ、先読みを成す戦闘センス、そして読心の精霊。

 今の歌野が防御に徹すれば、それを超えるのは並大抵の難易度ではない。

 闇の巨人カミーラが押し切れていない時点で、大抵のウルトラマンでも攻略は難しいだろう。

 心を読んで最適な立ち回りをする歌野が、あまりにも厄介過ぎる。

 

 攻撃力も、防御力も、機動力も上がらない精霊。

 されど、歌野が使うのであればまず無敵。

 七人御先同様に、スペックアップがほとんどないのに、極めて強力で個性的な能力を持つため、結果的にバーテックス側の脅威になるというこの構図。

 

「あれ? あなた……()()()()()()()()()()()()()のに、竜胆さんが好きなのね」

 

「―――」

 

 更には言葉での揺さぶりも織り混ぜることで、敵が平常心でいることすらも許さない。

 

「私の頭を―――勝手に覗くなッ!」

 

 カミーラの思考にティガへの妄執、杏への殺意が浮かばなくなり、目の前の歌野への殺意と怒りだけがカミーラの意識を支配していく。

 仲間を守るために囮となり、カミーラを引きつけている歌野からすれば、最高の流れだ。

 歌野は橋の上を跳び回り、氷の鞭を的確に海や空に向け弾いている。

 

 もはや海は、カミーラの氷の鞭が何度も当たったせいで、見える範囲が半ば凍りついているという、見ていて恐ろしいことになっていた。

 

「ねえ、あなたは何を企んでいるのかしら?」

 

 歌野が、唐突に問う。

 殺意と怒りに支配されていたカミーラがハッとするが、もう遅い。

 歌野に冷静さを剥ぎ取られたところに、歌野にそう問いかけられてしまったことで、カミーラは極秘に進めていた計画の一部を、思考の表層に浮かべてしまった。

 カミーラは瞬時に思考を止めて無心の状態になるも、既に全ては手遅れであった。

 

「―――シビトゾイガー? 星辰? 魔王獣?」

 

「ッ!!」

 

「……うわっ、これ、酷い……

 ちょっとクレイジーレディ。

 あなたどれだけ企みを沢山用意してるの? 読み取りきれな―――」

 

「勝手に覗くなと……言ったはずよ!!」

 

 カミーラは極秘中の極秘の計画の二割ほどを、歌野にかすめ取られてしまった。

 

 やはり、白鳥歌野は優秀だ。

 これまでの四国に居なかったタイプの勇者。

 かつ、その勇猛さ、強さ、戦場で果たせる役割の大きさは、乃木若葉に匹敵する。

 勇者一人増えたところで戦力はそう変わらない―――そう大社は踏んでいたようだが、この増員はあまりにも大きいと言えよう。

 

 怒りのまま振るったカミーラの鞭が、歌野の鞭の"叩いたものを腐らせる"力によって耐久限界を迎え、カミーラの意図しない形で砕け散る。

 砕けた鞭の破片は、想わぬ奇襲として機能した。

 大きな破片を見切ってかわし、勇者の戦装束で受けられる小さな破片は無理せず受ける。

 そうして、後ろに飛び、破片に押された歌野の読心範囲が―――ティガを捉えてしまう。

 

「―――」

 

 思わず、歌野は精霊・覚の使用を強制的にカットする。

 

『おい、大丈夫か? 無理はするなよ』

 

「お気遣いありがとう。

 正直言ってそういう台詞はハイエンドに嬉しいわね。

 でも、ま、もうちょっと頑張らせて。今は……戦友の背中を守るのが新鮮で、楽しいから!」

 

 ティガから離れ、カミーラに接近し、再び覚をその身に宿す歌野。

 

(カミーラの自分本位の愛憎はまだ大丈夫だけど……

 竜胆さんの他人本位の愛憎は危険だわ。気が付いたら飲み込まれてしまいそう)

 

 カミーラの情念は凄まじい。

 何せ、三千万年もの間こじらせていた愛憎だ。

 普通の人間が覚でその心を読み取れば、一瞬にして心を汚染されるだろう。

 これを読み取って耐えている歌野がおかしいだけだ。

 三千万年の愛憎はまさしく桁違いである。

 

 だが、そんな歌野をして、"カミーラよりも竜胆の心の方が怖かった"。

 カミーラの感情は自らに帰結し、竜胆の感情は他者に帰結する。

 『他人を想っている』からこそ、竜胆の感情が流れ込んでくることの方が歌野は怖い。

 

 "想われているという実感"で、クラっとしてしまいそうになる。

 竜胆を苦しめた者を皆殺しにしてやりたくなる。

 民衆を殺したくなる。

 竜胆の好意と気持ちに気恥ずかしさを覚え、応えたくなる。

 彼に寄り添ってやりたくなる。

 恐ろしいことに、心が触れると、竜胆がどれだけ他人を思っているか、仲間を大切に思っているか、歌野に好感を持っているかが伝わってきて、流されそうになってしまうのだ。

 

 心の接触は一瞬だったというのに、流されかけたというのが恐ろしい。

 竜胆は心の闇が常に暴走しそうな人間であり、そこに常に仲間への想いを垂れ流すことで抑えているので、心の中は絶望に希望、憎悪や仲間への想いと、二極的な感情が常に暴力的に流れているのだ。

 これを読心し続ければ、歌野の精神力ですら危険域に到達する。

 

 繰り返すが、歌野の精神力は現在の人類の中でも間違いなくぶっちぎりのトップ級である。

 

(そういえば諏訪で若葉に、精霊は心を魔導に堕とすと聞いていたわね。

 ……これもその一種かしら。怖い怖い。

 竜胆さんに好意や信頼を持つことは別に嫌じゃない。

 でも、精霊の影響でそうなるってのは嫌よね。

 どうせなら精霊とは関係無しに、普通の触れ合いの中で好きになっていきたいもの)

 

 精霊・覚が強力であるにもかかわらず、歌野にしか与えられなかった理由が、分かるというものだった。

 

「私、さっきまでカミーラ(あなた)に一片の好意もなかったけど……今は少し、同情するわ」

 

 カミーラの意識の表層から思考を拾い上げ、想いを読み取り、同情的な言葉を漏らす。

 そんな歌野の"分かった風"な振る舞いに、カミーラは激怒した。

 

「私の心を読めようが……お前には分からない! 分かるものかッ!」

 

 鞭の圧力が、一気に増した。

 

「『今のティガ』にも、分かるものか!

 失った大切な者を、心の中で想える者に……

 "愛した者が愛したままの姿と心で死んでいってくれた"者に!

 "愛した者が嫌いな姿に変わり果てていく"姿を見ていた私の気持ちなど、分かるものかッ!」

 

「!」

 

「光に穢れたティガなど、見たくはなかった!

 愛した人の変わり果てた姿など、見たくはなかった!

 そんなティガが今も私の目の前にいるのよ!

 許せない……許せるものか!

 それならばティガが闇のまま死に、そのまま永遠に消えてくれた方が良かった!」

 

 氷の鞭が、あまりにも大きすぎる憎悪のせいで、黒々とした闇に染まっていく。

 

「愛した人が!

 自分の愛したその人のまま死んでくれたなら! 消えてくれたなら!

 "私の心の中で生きている"と言うことだってできる!

 だけど、生きたまま変わり果ててしまったなら……!

 想い出は汚され、もう、想い出の中にすら生きてはいないのよ! ティガは!」

 

 両親も、妹も、ボブも、球子も、ケンも、ナターシャも、海人も、大地も、竜胆の心の中に生きている。

 だが、カミーラは違う。

 ティガは闇を捨て、光に移り、カミーラを裏切り、世界の人々のためにカミーラを殺した。

 

 カミーラが愛した男はもういない。

 裏切られた愛は報われない。

 愛の日々の想い出は、全て色あせ、無価値になった。

 ティガがカミーラに囁いた愛の言葉は全て嘘と成り果て、カミーラの愛は行き場を失う。

 カミーラが愛した残虐非道の闇のティガは、もうこの宇宙のどこにもいない。

 

 だから。

 いないなら、創るしかなかったのだ。

 

「私達を捨て、一人だけ光当たる場所に戻ったティガなんて―――ティガなんて―――!」

 

 光を憎み、光のティガを憎み、ティガを光に誘う女のことごとくを憎むカミーラのその言葉に、憧れに似た感情が混じっていることに、カミーラは気付かない。

 だが、歌野は読心で気付いていた。

 

「だから私は、取り戻すのよ、私はっ―――必ずッ―――!!」

 

 カミーラの感情の高ぶりが、カミーラの姿を変える。

 海に染み込んでいた三千万年ものの闇が、カミーラの体に吸い上げられていく。

 ティガは力に変えられなかった闇。

 カミーラは力に変えられる闇。

 闇を光に変えて取り込むティガとは対照的に、カミーラはそれらの闇をそのまま取り込む。

 

 そして、獣に変貌した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 歌野が一番強く一番厄介な敵を抑えてくれたことで、竜胆達の方には少し余裕ができた。

 ガクゾムにティガトルネードがローキックを繰り返し、足の力を奪ってアッパー。

 敵の体を浮かせ、飛んで来たゾイガーの横槍突撃がきたところで、勇者の援護を受け勇者の下まで後退する。

 逃げ際にハンドスラッシュを撃ったが、それも光線だ。

 ゾイガーの背中に当たったハンドスラッシュは吸収され、反射され、ティガはかわそうとしたが肩に痛打をもらってしまう。

 

「っ」

 

 敵はこの数、この質だ。

 一分も残っていない活動時間で倒し切るには、吸収されないように光線を当てていかなければ間に合わないのだが、カミーラ以外の全員が光線吸収能力を持っている。

 更に問題なのは、星屑とバイアクヘーの同時合体により、その吸収能力が全身のほとんどで発動できるという点にあった。

 

 ベムスターに対して使ったような、二方向からの同時攻撃が有効でない。

 天と海の神の力が混ざった存在は、生半可な対策など真っ向から踏み潰せる化物だった。

 

『杏! 何か思いつかないか?』

 

 ティガトルネードのフルコンタクト空手ベースの豪快な格闘技で、強打の圧力を繰り返し押し留めているものの、押し切られるのは目に見えている。

 竜胆がここで頼るのは、当然チームの頭脳・杏である。

 杏は戦場を見渡し、状況を把握し、賭けに出る以外の選択肢全てが悪手であることを察する。

 

「皆さん、少しりっくん先輩と作戦会議をさせてもらえませんか?」

 

「策があるのか?」

 

「ありません。でも、希望はあります」

 

「……分かった。だが、そう長くは無理だと思ってくれ」

 

 杏は仲間達に、時間稼ぎと壁を頼んだ。

 若葉は杏の頼みを引き受けたが、その表情はあまり明るくない。

 何かの気配を察知し、振り向いた若葉が見たその先で、『凍りついたボクラグ』を、『凍っていないボクラグ』が捕食していた。

 

「えっ……」

 

「時間は、敵に味方するようだ」

 

「あ、あそこで凍ってるのに、もう一体!?」

 

 種は簡単だ。

 

 全身を凍らされたボクラグだが、海に接していた部分は海によって溶けていた。

 今は七月。

 海には一定量の熱がある。

 溶けた量はせいぜい500g弱、ボクラグの体積からすれば全体の0.001%というレベルだったが、ボクラグはここから本体にあたる部位を逃がすことに成功した。

 

 そして、海水で体を再構築。

 地球には、ボクラグを300兆回以上余裕で再生できる海水がある。

 この海水量が、そのままボクラグの再生可能回数だ。

 更に元の肉体を捕食すれば、またバイアクヘーと星屑との合体状態にまで戻れる。

 

 見ているだけで倒せる気が無くなってくるほどに恐ろしい光景であったが、微塵の恐れも見せない友奈の勇気に、引きずられるように千景も勇気を見せる。

 

「さあ行こうぐんちゃん! 私達で、アンちゃんとリュウくんを守らないと!」

 

「ええ、そうね」

 

 若葉、友奈、千景による、ガクゾム、ボクラグ、ゾイガーの足止め。

 

 橋が軋む。橋が砕ける。足場に使われている大鳴門橋も、どれだけ保つか分からない。

 

 朝だというのに海も空も闇に染まりつつあり、その間を不格好に太陽の光が通っている。

 ガクゾムの吐き出す闇と、若葉が聖剣から発する光が、光と闇が潰し合う陣取り合戦の様相を成し始めていた。

 

「ミステーイクッ!」

 

 そこに歌野まで吹っ飛ばされてきて、収集がつかなくなってくる。

 ティガは咄嗟に、優しく柔らかく歌野をキャッチした。

 歌野も学習したのか、既に覚は身に宿していない。

 

『大丈夫か?』

 

「ありがとう、優しい巨人さん。

 気を付けて。あいつ、姿を変えてスーパーデラックスに強くなるわよ」

 

『……強化形態か』

 

 カミーラは歌野を吹っ飛ばした時点で、元の姿に戻っていた。

 だが、読心状態の歌野を吹っ飛ばせるところまで行ったのであれば、それは何かしらの形で『異常』極まりないものであることは間違いない。

 ゼットのハイパーゼットのような何かを、カミーラは切り札として隠し持っている―――そういうわけだ。

 

「こっちにも一人勇者割いてくれると嬉しいかな。

 ちょっーとあれ、私一人で抑え込むにはテリブルだわ」

 

「なら、私が行こう」

 

 若葉が共闘を名乗り出る。

 その名乗りに、歌野が少し楽しそうにした。

 通信機で少し戦闘スタイルについて語り合った程度の二人だが、上等な連携は望めなくとも、きっと強い連携くらいは見せられる。

 

 本来、人々を守るための戦いで共闘することなど叶わなかったはずの二人が、武器を握って並び立つ。

 

「"天狗になる"くらい、調子に乗るに相応な、強い強い若葉の力。期待するわ」

 

「なら、少し疲れていた私だが、疲れた体に鞭打ってもう少し頑張るとしよう」

 

 そして、カミーラに立ち向かった。

 

 鋭角、直角、キレのある空戦機動にて飛ぶ若葉。

 その移動と攻撃は、最速の直進である。

 敵に向かう最短距離を、最速で飛び、一直線の突撃にて切り込むが若葉だ。

 

 対し、歌野は曲線を描く攻撃でカミーラを打つ。

 敵を中心にした円を描くように左右に回って、曲線的にカミーラを攻める。

 海はカミーラの氷の鞭のせいでもうすっかり、勇者達が飛び回れるだけの氷の足場で埋め尽くされてしまっている。歌野はそこを、滑るように駆け回っていた。

 氷が滑ることを利用した移動を行いながらも、滑って転ぶ気配は微塵も無いのがまた凄い。

 

「ティガに群がる女狐共が……予定より早く、ここで潰してやる!」

 

 怪獣三体には千景と友奈。

 カミーラには若葉と歌野。

 それぞれを足止めしてくれている間に、竜胆が橋の上の杏に寄る。

 

『杏、俺はどうすればいい? 何でも言うこと聞くぞ』

 

「え、なんでも? ……って、そんなこと言ってる場合じゃなかった。

 単刀直入に言うけど、通信機越しに言ってたあのマリンスペシウム光線を撃って!」

 

『え゛……いやいや無理に決まってんだろ!

 まだ杏の女心を完璧に理解する方が簡単に見えるレベルだ!』

 

「りっくん先輩はデリカシーは赤点でも戦いは本当に頼りになるから、それはないよ」

 

『おい』

 

「大丈夫、りっくん先輩は戦いだと本当強いから! デリカシーは無いけど!」

 

『言い方変えてなんで同じこと言った!』

 

 杏曰く。

 

 通信機で竜胆が伝えた情報の中にあった"マリンスペシウム光線"について、大社や杏や友奈なども動いていてくれたらしい。

 よくよく考えてみれば当然のことだ。

 "マリンスペシウム光線"の存在が発覚したのは、歌野が伝えたから。

 だが、ボブやケンからマリンスペシウム光線の話を断片的にでも聞いた人間が、他にいないとは限らない。

 

 ボブ/グレートは、ケン/パワードは、ずっと四国で生きてきた。

 そこに生きている人達と触れ合い、絆を紡いできた。

 ボブが死んだ時、ティガのせいだと思い込んでしまった人達がいたのも。

 シビトゾイガーが操りやすい民衆であったことも。

 全ては、ボブやケンが四国の地で愛されたことの証明である。

 

 だからこそ、ティガが再変身可能になるまでの一日の時間で、杏達はボブが四国での友人に少しだけ話していたマリンスペシウム光線の話を、見つけることができたのである。

 その男は、丸亀城を警備していた男の一人。

 ボブとグレートという偉大なウルトラマンとの会話を、その人はよく覚えていた。

 

「マリンスペシウム光線は……

 初代ウルトラマンが、『ゼットンを真似した光線』でもあるんだって」

 

『ゼットンを真似した……?』

 

「皆から聞いた話を混ぜこぜにして、推測するね。

 初代ウルトラマンの人は、ゼットンに負けた。

 そしてゼットンの強みを研究して、新技に活かしたんだと思う。

 ゼットンと、その後再戦して……

 人間の仲間からエネルギーを受け取って、そのエネルギーでマリンスペシウム光線を撃った」

 

『……仲間から力を、受け取った』

 

「ウルトラマンにはゼットンと同じ能力がないから。

 だから、仲間がくれた力を利用するしかなかったんだと思うんだ」

 

 情報が足りない部分は推測で埋めていたが、杏の推測はおおまかに正しい。

 

 マリンスペシウムは、絆で撃つのだ。

 

「私が撃つ。

 りっくん先輩が受け止めて、自分の技に巻き込む。そうして撃つのが、多分……」

 

『それが、マリンスペシウム?』

 

「うん。それにりっくん先輩には、他人の攻撃を受け止めて跳ね返す技がもうあるはず」

 

『……ホールド光波か!』

 

 竜胆の技で唯一、()()()()()()()()()()()()()()

 

 敵の力を光波で受け止め、跳ね返す。

 ゼットンのようなことを、今日まで彼は何度もしてきた。

 パワードの光線を受け止めて跳ね返し、敵に当てたことだってある。

 技術の下地はあるのだ。

 あと必要なものは気合と、根性と、僅かな可能性に懸ける意志と、奇跡。

 

 友奈と近接戦で競り合っているゾイガーを見つめ、狙いを定め、両の拳を腰だめに構えた。

 

『運と気合が相当必要だな……腹括るか』

 

 竜胆は精神統一し、両の拳に光がチャージされていく。

 

『杏の占いの本だと、今月の俺の運勢最悪だったなそういえば……』

 

「りっくん先輩が最悪だったのは先月の話だよ。今は特に関係無いんじゃないかなあ」

 

『そっか。それなら今月、俺の運が最高潮だったとしてもおかしくはないな』

 

「それにしても、占い信じてるとは思わなかったかな。男の子なのに」

 

『妹が好きだったんだよ、占い。

 今言うのもなんだけど、お前女の子らしく占い好きなのはいいが……

 占いの道具使うの微妙にヘタクソだったな。こう、なんか普通な感じで』

 

「私は人並み程度に占い好きなだけだからいいの!」

 

 ティガが腕に光を溜め、杏が神器を改造したクロスボウに力を溜める。

 そんな中、会話に出た占いの話に、杏は本で読んだことを思い出した。

 

「占い……占星術、か」

 

 今の竜胆に必要な意識は何か。

 

 そう考えた杏の思考に浮かんだ単語、それが『オーブ』。

 

「りっくん先輩、『オーブ』って、知ってる?」

 

 それは、ちょっとした豆知識だった。

 

 

 

 

 

 杏とティガが、氷上を駆ける。

 彼らの戦場は淡路島と、四国・淡路島間にかかる大鳴門橋、そして淡路島と四国の間にある海全域である。

 海は凍り、踏み砕かれ、そしてまた凍り、大量の氷と海水で出来たフィールドが海上に広々と広がっていた。

 

 その氷上を、ティガと杏が走る。

 常人では立っていることもできないような氷上でも、巨人と勇者にはそれができる。

 ティガは目立つ。

 ゆえに、走るティガの方に敵は皆目を向ける。

 

 そんな中、杏はしっかりと浮かんでいる氷塊の上に、音楽端末を置いていく。

 杏を凝視していないと置いたことにすら気付かないほどに、こっそりと。

 音楽端末にはタイマーが設定されており、杏が狙ったタイミングで、ハーモニカのメロディが流れる仕組みだ。

 竜胆や千景が時に見ていた、杏が演奏するハーモニカのメロディ。

 ボブが杏に教えた、かの演奏である。

 

 杏の計算通り、ゾイガーが着地したタイミングで、その足元でメロディが鳴り始めた。

 走っているティガを見ていたゾイガーは、急に流れた音楽に戸惑い、足元に人間がいるのではと至極当然に判断し、足元を探し始める。

 だがすぐに見つかるわけがない。

 人間が持つ音楽端末など、人間の四十倍近い怪獣の視点から見てしまえば、人間にとって2mm~3mmの大きさのものに相当する。

 

 "杏が計算した通り"、この海水と泥と氷が渦巻く海上で、流石にこれをすぐに見つけることはできない。

 カミーラは『光の者が好むタイプのハーモニカの音楽』に、眉を顰める。

 

「このメロディは……」

 

 お膳立ては整った。

 ゾイガーは着地したまま飛び立たない。

 下を向いているため、ティガからも視線は外れている。

 ボクラグは千景、ガクゾムは友奈、カミーラは若葉と歌野が足止めしてくれている。

 

 杏は流れるように、"ティガが光線で仕留める"には最高の状況を作り出す。

 

「『オーブ』を意識して、上手い感じに! りっくん先輩ならできるはず!」

 

『ああクソ、結局最後は気合いか! 分かった、行くぞ!』

 

 "占い用語のオーブ"の名前を再度出して、杏はティガに向けて神器を構える。

 引き金に指をかけ、カラータイマーを狙って、深呼吸。

 

「受け止めて!」

 

 雪女郎の力を束ねて、できる限り破壊力を下げ、されど込める力は引き上げ、『傷付けないでエネルギーを渡す』ことに特化させた吹雪の砲撃を解き放つ。

 力の流れで杏とティガが繋がった、その瞬間。

 聖剣に触れたことにより励起した、杏の中のほんの僅かな遺伝子の欠片が、杏の中に超古代の記憶を蘇らせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 フラッシュバックのように甦る記憶。

 自分のものでない記憶を、杏は自らの内に見る。

 

「戦いは終わりました、ウルトラマンティガ」

 

「お疲れ様、ユザレ」

 

 『ユザレ』と自分が呼ばれている記憶に、杏は戸惑う。

 自分のもののようで、自分のもののようでない記憶。

 記憶の中で、杏は誰かに謝っていた。

 

「ごめんなさい」

 

「君が謝る必要なんてどこにもないだろう」

 

「あなたに、そんな顔をさせてしまった」

 

 記憶の中の、その人の顔はぼやけている。

 ユザレと呼ばれていた女性と、その人は、二人きりで廃墟の中にいた。

 

 悲しみが記憶から伝わってくる。

 戦いの終わりに悲しみを抱いているのではない。

 廃墟に悲しみを見ているのではない。

 ユザレと呼ばれたその女性は、目の前にいる誰かの表情を見て、悲しんでいた。

 

「私は……私は……

 人類の未来を、より安全なものにすることより……

 あなたが幸せになっていける道筋を、選ぶべきだったのに……」

 

「それは違う」

 

「……」

 

「君は正しかった。僕がそれを保証する。地球の最後のウルトラマンとして」

 

 その人が、ユザレを励ましている。

 自分を責める人を放っておけない優しい人なんだろう、と杏は思った。

 

「でも」

 

 だが、ユザレと呼ばれたその女性は、自分を責め続ける。

 

「私は、あなたを幸せにしたいなら、あなたに人を殺させてはいけなかったのに……」

 

「いいんだ。そういうものを得る資格は、僕にはもう無い。

 僕はティガダークの時に沢山殺した。

 光に戻っても過去は変わらない。

 死んだ人は蘇らない。それに……仲間だった人も、愛した人も、殺してしまった」

 

「それは、皆を守るためで」

 

「大義名分があったってさ、殺したことが肯定されるかっていうと、違うと思う」

 

「……」

 

「ましてや僕は、守るためだけに殺したんじゃない。

 自分の心に従って、感情に突き動かされて、罪の無い人も沢山殺したんだから」

 

 杏にとっては、どこかで聞いたような、そんな台詞だった。

 

「毅然とするんだ、ユザレ。

 時には弱音も吐くけど、君は毅然とした凛々しい女性だった。

 皆のリーダーとしてやっていける、強い女性の理想像。

 君みたいな女性が、僕を引き戻してくれたからこそ、僕は光へ戻れたんだ」

 

「……私は」

 

「感謝してる。

 君がいなければ、きっと僕は駄目だった。

 君の剣は相応しい人間が継いで、これからの世界を守るだろう」

 

 何もかもが終わった。そんな実感が、記憶から伝わってくる。

 戦いが終わり。

 関係が終わった。

 ティガと呼ばれたその人と、ユザレの関係も、そこで終わったのだと、杏は理解する。

 

 戦いだけで繋がっていた者達は、戦いが終われば別れるしかない。

 

「ギジェラは地上に出ている分は全部焼き尽くした。

 邪神は海の底に封印した。

 闇の巨人も全員殺した。

 外宇宙から来そうなものももういない。

 未来に残ってしまいそうな不安要素は全て潰した。

 ……これでやっと、皆は平和な世界を取り戻したんだ」

 

「ありがとう、ウルトラマンティガ。本当にあなたのおかげよ」

 

「……神様の時代は終わりだ。人はここから、一から歩き出して行くんだろうな」

 

 これは、"前の戦いの終わり"の記憶。

 

「長かった。

 空から闇が来訪したあの日から。

 海の神の理不尽が、皆の平和を奪ったあの日から。

 数えきれない人が殺され……

 文明は、僕のような邪悪な存在に壊されて……

 それでも……滅びてたまるかと、言い続けたことは、無駄じゃなかった」

 

 ティガと呼ばれた男の声を聞き、酷い声だと、杏は思った。

 

「なんて言うんだろうな、これ」

 

 こんなに摩耗した人間の声を、杏は聞いたことがなかった。

 

「……ああ、そうか。疲れたんだ、僕は」

 

「―――」

 

 その声が。

 

 声色は全然似ていないのに、竜胆とどこか似ていると感じられたのが、本当に嫌だった。

 

「もう行くよ。ここでお別れだ」

 

 記憶が杏に教えてくれる。

 

 この別れに覚えた"痛みすら刻む想い"が、この記憶を、とても長い間残るものにしてしまったのだと。

 

「あなたはどこに?」

 

「さあ、どこに行こうかな。ユザレは?」

 

伊予之二名島(いよのふたなのしま)に」

 

「ああ……伊予の島か。元気でやれよ、応援してる」

 

 杏は予備知識があるから知っている。

 それは日本の国産みの神話において、二番目に作られた大地のことだ。

 もっと分かりやすく言えば、『四国』のことだ。

 

 創生の神話において、まず最初に、淡路島が生み出された。

 次に、伊予之二名島……四国が生み出された。

 九州や本州はずっと後である。

 伊予之二名島は四つの頭と一つの体を持つ神としての側面も持ち、その中でも最初に語られるものは、その名を愛比売(えひめ)と言う。

 愛比売(えひめ)を大昔、人は伊予の国と呼んでいた。

 伊予国……つまり、伊予島杏の出身地の愛媛のことである。

 

 愛比売(えひめ)の名を体現するように、愛媛出身の球子と杏は、この世界の勇者でたった二人だけの、比売(ひめ)の名を持つ神の加護を持つ勇者である。

 もしも、その地に、ユザレが足を運んでいたのだとしたら。

 

 杏が少し思案を巡らせている間に、記憶は最後の光景に移る。

 

 ユザレは最後の別れに、最大限の礼を尽くしていた。

 頭を下げ、手を取り、ティガの男を送り出す。

 

「想っています。これまでも、これからも。ずっと……だから、またいつか……」

 

「ああ。またいつか、どこかで」

 

 記憶に付随する感情を読み取った杏には、もう分かっている。

 ここには悲しみしかない。

 ここには後悔しかない。

 幸せに終わった記憶が、こんな風になるわけがない。

 

 ユザレとティガは、この後死ぬまで、二度と再会することはなかったのだ。

 

「もしも……『次』があるのなら……その時は、その時こそは……」

 

 ユザレが拳を握り、何かを悔いる。

 何かを決意する。

 その後悔も、その決意も、ユザレが生きている間は、結局どこにも届かなかった。

 

 杏は、その記憶から把握する。

 

 ティガも、カミーラも、ユザレも。結局、誰も幸せにはなれなかったのだ、と。

 

 

 

 

 

 遺伝子の記憶から、杏が帰還する。

 一瞬にも満たない時間であったがために、何も問題なく現実は続く。

 杏の力がティガへとぶつけられている、その真っ最中であった。

 

(今のは……? いや、今は、そんなことよりも!)

 

 注ぎ込まれる杏の力を、ティガの体が受け止める。

 

 奇跡と強引を山ほど積み上げるような起死回生のその一発を、御守竜胆の地球最高の才能を大雑把にかつ最大限に活用して、一つの形に成立させる。

 笑えるくらいに、竜胆の才能頼り。

 だが、それで成功するのであれば。

 それは、杏の作戦が正しいということの証明となる。

 

『"オーブ"……だった、よな!』

 

 西洋の占星術や天文学には、『オーブ』という専門用語がある。

 宝玉という意味ではない。

 夜明けという意味ではない。

 "一つの結果を出すための許容範囲"のことだ。

 専門家は、占いにも使うこのオーブという単語を「『受け容れる』の意」であると説明する。

 

 許容(オーブ)始点(オリジン)を作り、受け容れる強さを光線に成す。

 

 仲間が居なければ撃てず。

 仲間を受け入れられない者には撃てず。

 仲間の力をその身に受けてこそ撃てる。

 許容(オーブ)始点(オリジン)なくして撃てない、虹色の光線。

 

 ―――初代ウルトラマンが編み出した『最強の光線』が、今、ティガの手に形を結んだ。

 

 

 

「『 マリンスペシウム光線ッ! 』」

 

 

 

 二人の息と声を合わせて、力を合わせて解き放つ。

 氷雪を纏う虹色のスペシウム光線が、ゾイガーに直撃。

 ゾイガーは光線吸収能力を発動し―――けれど、発動した能力を完全に無視して、虹色の氷雪光線はその体をぶち抜いた。

 体を撃ち抜かれたゾイガーの体が、原型すら残さず爆発四散する。

 吸収という行為すら許さない、圧倒的な一撃だった。

 

「よし!」

 

『……すげえ、なんて威力だ』

 

 (マリン)

 海の(マリン)スペシウム光線。

 技の発動に海が関わらないことから、一説には「カラータイマーの海のような青色」を技の名前に使ったのでは、とも考察される。

 

 彼らが海の邪神なら、ティガは海の必殺光線を身に付けた。

 海のウルトラマン・アグルから教わったスペシウム光線を、マリンスペシウム光線へと昇華させたのだ。

 邪悪なる海の闇を撃ち砕く力は、海の巨人の光より与えられたのである。

 

(海人先輩。……俺は、先輩が無駄死にだったなんて、誰にも言わせません。

 先輩がくれた力で、教えてくれたスペシウム光線で……

 絶対に、必ず、あなたが守りたかった大切なものも、守ってみせます!)

 

 この光線は、『無敵のバリア』『光線吸収』二つの力を持つゼットンを倒した技だ。

 そこには当然、"こういう特性"も付いている。

 ()()()()()()()()()()()という、防御無視に等しい光線特性。

 かの宇宙恐魔人を倒すには、最高と言っていい性質を持つ技だった。

 

 これでティガには瞬間移動、バリア、光線吸収を無効化する技が備わったことになる。

 基礎出力にはまだまだ絶対的な差があるが、もしかしたら、勝負になるかもしれない。

 ゼットが『ウルトラマン殺し』なら、竜胆ティガはもはや『ゼットン殺し』と言っていい。

 

 ―――その二つがぶつかったら、どうなるか。それはまだ、誰にも分からない。

 

 勇者の力を、仮想的に光と扱い、スペシウム光線に混ぜ込むという方式を竜胆は選んだ。

 闇だけでなく、光をも取り込む力。

 それは三千万年前のティガ、三千万年前にこの光の力に選ばれた者ともまた違う、御守竜胆が掴みかけている"もう一つの方向性"だった。

 

「りっくん先輩、次は若葉さんとボクラグを!」

 

『ああ!』

 

 ゾイガーが倒れ、手が空いた杏が、カミーラと戦っている歌野の援護に入り、入れ替わりに若葉が抜けて竜胆に炎を叩き込む。

 ボクラグの足止めをしていた友奈が、射線を空けて横に飛んだ。

 友奈は流れるようにガクゾムの足止めへと回る。

 

「歯を食いしばって受け止めろ!」

 

『熱いやつ、頼むぜ!』

 

 若葉の炎がティガへと当たり、ティガがそれをスペシウムへと巻き込んでいく。

 軍を指揮する司令官がそうするように、敵へ向けて若葉が剣を振り下ろしたタイミングに合わせて、解き放つ。

 

「『 マリンスペシウム光線ッ! 』」

 

 炎を纏う、虹色の光線。

 それがボクラグを飲み込み、吸収すら許さずに、海水で出来た体を蒸発させていく。

 だが、ボクラグの体の構造は単純だ。

 海水さえあれば無尽蔵に再生できる。

 だから、ボクラグは足元から海水を吸い上げようとして―――吸い上げられないことに気付く。

 

 結局、ボクラグが、その光線の危険度を把握したのは。

 ボクラグも、ボクラグ周囲の海水も、纏めて蒸発・消滅させるほどの超火力広範囲光線であったのだということに、手遅れになってから気付いた後だった。

 

 焼滅したボクラグが蘇ってこないのを見て、杏は次の采配を出す。

 

「友奈さんと、次を!」

 

「リュウくん!」

 

『キレのいいやつ、頼んだ!』

 

 友奈がガクゾムの足止めをやめ、ティガの傍まで後退し、入れ替わりに前に出た若葉がガクゾムの動きを止めに行く。

 ティガが突き出した拳と、友奈が突き出した拳がぶつかる。

 拳を伝い、力が伝わる。

 

 友奈が肩に乗るのを横目に見ながら、ティガは三度目の十字を組む。

 

「『 マリンスペシウム光線ッ! 』」

 

 突き抜ける一撃。

 光線でありながらも、光波というより粒子としての性質が強い、打撃同様の物理的衝撃を伴う形の虹色必殺光線。それは、まるで友奈の拳のよう。

 虹色の光線が叩き潰すようにして、ガクゾムの胸を粉砕し、胸部を粉々にしながら光線が突き抜けていく。

 

 アグルから受け継いだ光線が、ガクゾムを倒した。

 竜胆が"自分一人で倒せた"などと思い上がることはない。

 この光線が、数多くのウルトラマンと人間達の繋がりが生んだ、"皆の絆"を体現する最強の必殺光線である限り。

 

 五人の勇者、一人の巨人が、カミーラへと立ち向かう。

 

『杏、次どうする?』

 

「陣形を組んで、詰めていこう。奥の手があるかもしれないから、気を付けて」

 

『世が世なら、杏隊長とでも呼びたいところだ。頼むぞ指揮官』

 

「そうしたらりっくん先輩にリーダーを押し付けるよ?」

 

『隊長とリーダーが別とかそんな変なチームがあるか!』

 

 勝機はある。

 マリンスペシウム光線は極めて強力だった。

 強力過ぎた。

 エネルギーの節約など叶わず、カラータイマーが点滅した状態でマリンスペシウムを三連発してしまえば、エネルギーの枯渇が目に見えてくるほどに。

 そのエネルギー消費は、通常のスペシウム光線よりも大きい。

 

(もうちょっと、もうちょっとだけ、りっくん先輩が保ってくれれば)

 

 ティガがふらつき、海に膝をつくような状態でなければ、杏もその勝機を素直に信じることができたのに。

 

『くっ……!』

 

 ティガと違い、カミーラのカラータイマーは点滅もしていない。

 

 以前、ティガが暴走し、完全な闇の巨人になりかけた時もそうだった。

 完全な闇の巨人は、三分の制限から解放される。

 カミーラが三分で力尽きることはないのだ。

 ティガの残り活動時間は、もうほんの僅かにしか残っていないというのに。

 

『根性、見せねえと……』

 

(でも、『無理して』、なんて言えない……!)

 

 杏は歯噛みする。

 バイアクヘーによる強化体も、カミーラも、生半可な威力の技で倒せる敵ではなかった。

 ティガのエネルギー残量を考えれば、取りこぼしが出る可能性は分かっていた。

 ……だがそれでも、奇跡を信じたのだ。

 

 そして、今でも信じている。

 まだ杏も諦めてはいない。

 そんな中、仲間を効果範囲に捉えないように、カミーラを読心の範囲に捉えていた歌野が、ティガを見ていたカミーラの頭から思考を拾う。

 

「……ん?」

 

 歌野が、何かに気付いて、苦虫を噛み潰したような表情になったが、すぐに表情を取り繕う。

 

(さて、誰から無残に殺して、ティガの心を闇に煽るか……)

 

 思案するカミーラに、歌野が呼びかける。

 

「ねえ、カミーラ」

 

「問答は無用よ」

 

「今ティガを見てあなたの頭に浮かんだ一言、バラされたくないと思わない?」

 

「―――」

 

「ティガには聞かれたくない言葉じゃないかしら」

 

 読心の精霊、覚。

 獣相手にはさして強くもない。

 だが、特定状況下では"脅迫"を成立させることもできる、そんな精霊だった。

 

「ほんの一言でティガには全部伝わるんだから。

 そんなに短時間で私達を全滅させるの、無理だとは思わない?」

 

「……何が目的?」

 

「今日は帰ってくれたら嬉しいなーって」

 

「……」

 

「一回だけ、一回きりよ、敵にこんなお願いするのは。

 この一回のお願いを聞いてくれるなら、今見たあなたの心のことは忘れてあげる」

 

「敵の言うことを信じろと?」

 

「ええ」

 

 歌野はこの要求が通ることを確信していた。

 

 カミーラは女のように振る舞う醜悪ではなく、醜悪に成り果てた乙女であることを、その心から理解していたから。

 

「私はあなたと違って、約束を守る女だもの」

 

 歌野のそれは、挑発でも悪口でもない。

 ただの事実の再確認であり、カミーラを煽る意図の無いものだった。

 歌野が約束を破らない人間であることも、自分が約束を破る人間であることも、カミーラはよく分かっている。

 

「ええ、そうね。あなたは私と違って、約束を守る女だわ」

 

 カミーラは、手に発生させていた氷の鞭を、消失させた。

 

「……殺してやりたいくらいに、篤実。

 鞭の使い方一つ見たって、その性格は窺えたわ。

 いいでしょう、白鳥歌野。今日は見逃してあげるけれど……」

 

「はい。今、白鳥歌野の頭からフォーゲット。これでいいかしら?」

 

 歌野がそう言った瞬間、カミーラは巨人体でも分かりやすいほどに、露骨にほっとしていた。

 

「素直で結構。殺す時は、苦しまないように殺してあげるわ」

 

「この精霊持ってると、"ティガの周りの女は皆殺し"って思考が本気なのが分かって嫌ね」

 

「次は何があっても見逃さない。それを覚えておきなさい」

 

 ふふふ、と笑う歌野に対し、カミーラが敗北感を覚えたのは、自然なことだった。

 カミーラの方が明確に強い。

 強いはずなのだが。

 今現在、精神的に優位に立っているのは、間違いなく歌野である。

 

 竜胆はこっそり、歌野から今の話を聞き出そうとする。

 

『歌野、今カミーラから読み取ったのって……』

 

「うっ、急性の痴呆が……」

 

『おいこら』

 

「戦いには関わらない乙女の秘密ってやつよ。

 知っても特に役に立たないものだから、私を信じてスルーしてくださいな」

 

『……しょうがないなあ』

 

 竜胆もまた、カミーラと同程度には手玉に取られてしまう。

 にこやかな笑みでこう言われると、竜胆もあまり強く踏み込めない。

 

(……カミーラには、俺の知らない精神的な急所でもあるのか?)

 

 竜胆は考えるが、考えるだけ無駄だ。

 

 結局のところ彼には、女心というものがあんまり分かっていないのだから。

 

「前菜は、私が想定した形で楽しんではもらえなかったようだけど……」

 

 カミーラは忌まわしい者達を順番に見回す。

 おそらくは最も難敵であると認定した歌野。

 カミーラの顔面殴打数最多の友奈。

 聖剣の若葉。

 ユザレの杏。

 そして、ティガとの関係性から憎んでいる千景。

 最後にティガ。

 

「次が最後よ。その時……『あなたを迎えに行くわ』、ティガ」

 

 その言葉に、"闇に堕ちたティガを迎えに行く"というニュアンスがあることに、気付かない者はいなかった。

 

 これが前菜というのなら、次にカミーラがぶつけてくる仕掛けこそが、年単位での仕込みを続けてきたカミーラの本命。

 カミーラの綿密な計画にはとてつもない予想外要素(イレギュラー)がいくつも降り掛かったが、それらを加味して計画を修正し、次にこそ本命を叩き込んでくるだろう。

 カミーラが消えていく。

 だが、竜胆の心に安息はない。

 これで終わりだなどとは、誰も思ってはいなかった。

 

 けれども、皆の頑張りのおかげで、今日の窮地を乗り越え、誰も死なせないまま諏訪の避難を完了させられたこともまた事実。

 目標達成もしたことだし、今日のところは完全勝利だ。

 ティガの変身が解ける。

 人間体に戻った竜胆は、はーっと深く息を吐いている歌野に歩み寄り、その肩を叩いた。

 

「歌野」

 

「なーにかしら?」

 

「お前本当、頼りになるな。あとでちょっと高いメシ奢るよ」

 

「エクセレンツ!」

 

 嬉々とした様子で、竜胆にVサインを見せる白鳥歌野。

 竜胆もつられて、同じように嬉しい気持ちになってしまう。

 

 空の上での会話で、竜胆は歌野の夢を聞き、特別な気持ちになった。

 夢を持っている彼女を守らないと、と思っていたのに。

 彼女の綺麗な夢を汚させたくない、と思っていたのに。

 夢を持ち、未来を諦めず、将来のためにひたむきに進み続ける歌野に逆に守られてしまったというのが、"なっさけねえなあ俺"という気持ちを呼び起こさせて、竜胆を苦笑させていた。

 

 

 

 

 

 大鳴門橋はなんとか原型を保っていた。

 ただ、近日中に、危険を承知で直しにいかなければ崩壊も時間の問題だろう。

 四国が四国外に多くのものを運んでいける大きな橋の道は、三つしかない。

 瀬戸大橋はゼット戦で既に砕けている。

 これ大鳴門橋まで砕けてしまえば、2/3が壊滅状態という最悪一歩手前の状況に陥ってしまう。

 

 いずれは直さなければならないだろう。

 そんな大鳴門橋の上で、牛鬼に端っこまで引っ張られていた千景の父と、竜胆が向き合う。

 今はとりあえず、牛鬼の方は今は気にしないことにする。

 竜胆は、千景の父に手を差し伸べた。

 

「大丈夫ですか?」

 

「……ああ」

 

「一応病院を手配します。四国に戻りましょう。立てますか?」

 

 千景の父は、竜胆が差し伸べた手を無言で握り、立ち上がる。

 竜胆は、四年前の記憶の中の彼と、今の彼を見比べていた。

 

 痩せたな、と竜胆は思う。

 四年前の竜胆は何とも思わなかったが、今の竜胆が四年前の記憶を見つめてみると、四年前の千景の父は本当に危険な状態だった。

 四年前の千景父は、目の下のクマも濃く、肌色も悪く、どこか危うい雰囲気があった。

 四年前ほどの危うさはないが、四年前より痩せている、と竜胆は感じる。

 

「お前の悪い影響を、千景は受けすぎたんだ」

 

 複雑そうな表情で、千景父は竜胆にそう言った。

 竜胆が横目で友奈を見て、千景が父親の言葉に怒りを滲ませ鎌を握り、竜胆がアイコンタクトで頼んだ友奈が千景を止める。

 竜胆と千景父の会話は続いた。

 

「そうでしょうね、きっと」

 

「人殺しの、お前の、影響を……」

 

「……かもしれません。俺は所詮、人殺しですから」

 

「……ここまで恩知らずな娘じゃなかった!」

 

「いやそれはねえよ。……んんっ、ちーちゃんは恩は忘れない子ですよ」

 

「何?」

 

 一瞬攻撃的になりそうになった自分を抑え、竜胆は咳払い一つ。

 "育てた恩"を語る千景の父に、落ち着いた口調で語りかけ続ける。

 

「恩っていうのは、受け手側が決めるものです」

 

「……受け手側?」

 

 千景の父が、父親としての責任を果たさなかったことも事実。

 千景の父が、十年以上千景が育つための金を払ってきたことも事実。

 

 だが竜胆は、千景の主張とも、千景の父の主張ともまた違う視点を口にしていた。

 

「若葉は、友奈は、杏は、ちーちゃんは、よく言うんです。

 "そんなに大したことしてない"って。

 で、俺は、皆がしてくれたことに対して、こう言うんです。

 "俺にとっては大したことだった"って。だから、皆、俺の恩人なんです」

 

 皆が『恩』だと思っていないようなことでも、竜胆は『恩』だと感じ、その『恩』を返そうとする。

 それが、『恩は受け手側が決める』ということだ。

 

「俺が皆を守っても。

 それが皆にとって恩になるかどうかは、皆が決めるんです。

 だから、人々が街で俺の悪口を沢山言うこともある。

 俺を嫌う人々が……俺をリンチすることもある。恩は、受け手側が決めるものだから」

 

「―――」

 

 千景の父は十年以上千景を食わせて育ててきたが、千景はそれを恩とは思わなかった。

 民衆はティガに守られていたが、民衆はそれを恩とは思わなかった。

 同じだ。

 恩かどうかは、受け手側が決めること。

 受け手が恩に感じていないのならば、それは恩ではなくなってしまうのだ。

 

 "俺はお前を助けたんだからお前はそれを恩に感じろ"という押しつけは、罪にすらなる。

 竜胆が言っても、千景の父が言ってもだ。

 だから二人の違いは、如実に目に見える。

 

 竜胆は見返りを求めず助け、助けた人達が恩知らずにリンチを仕掛けてきても、その人達の日常を守るために戦い続ける。

 千景の父は、千景が恩を感じていないと知ったなら、娘を罵倒する。

 二人は対だ。

 『助けた恩』に関するスタンスが、本当に間逆なのだ。

 

 民衆は『竜胆がそうしていなければ今ここには生きていなかった』のに、千景は『親が食わせてくれていなければ今ここには生きていなかった』のに。

 カミーラが"殺すべき状況と流れ"を演出すれば、彼らは刃を手に取ってしまうのである。

 

 カミーラの企みを心の成長で真に脱した者など、父を殺せる状況で父を殺さず、竜胆の方を助けに行った、先程の千景くらいのものだろう。

 

「『育てた恩』など、ほんの僅かにすら無いと……そう言うのか……?」

 

「それを決めるのは、親じゃないんです。

 『育てた恩』を親が語って、子に何かを強制するのは、何か違う気がするんです。

 ……その言葉って、親に恩を感じた子供の方が口にするから、価値があるんじゃないかな」

 

 間違いなく、千景を育てたのは彼だ。

 彼が汗水たらして働いて稼いだ金が、千景を十年以上育てた。

 千景に言葉や倫理、基本的な精神性を教えて育てたのも親である両親である。

 

 千景の父のような状況になると、生活苦から娘を殺す人間は珍しくない。

 千景と千景父の苦境の原因は、根本的な原因で言えば千景父の性格であるが、直接的な原因で言えば母親の夜逃げである。

 そういう"他人のせい"だと思える状況は、状況を最悪に転がす。

 千景父の性格次第では、千景が親に殺されたり、無理矢理に心中させられる可能性は十分にあった。

 母親が新しい男を作って夜逃げしたというだけで、父親も娘もまとめて地獄に叩き込んでいたあの村で、そうなる可能性は十分にあった。

 

 だが、この父親はそうしなかった。

 人殺しすらできないありきたりな人間で、小物で、凡人で、凡愚だった。

 

「だから、俺があなたの言葉の中で絶対的に受け入れられないのは、たった一つ」

 

 『善き人』にも『まともな父親』にもなれず、『子殺し』にも『犯罪者』にもなれず、『父親失格』のまま、千景に言って当然の醜悪な罵倒を叩きつけた千景の父親。

 その罵倒の中で、竜胆が許容できないものが、一つあった。

 

「『生まれて来なければ良かった』なんて言うな! 親が言うな!」

 

「っ」

 

「それだけは絶対に否定する!

 その言葉だけは俺は絶対に否定する!

 誰が言おうと、どこで言おうと、いつ言おうと、それだけは何度でも否定する!」

 

 がしっ、と竜胆は千景の父の服を掴む。

 

「俺は何度でも言う! 『生まれてきてくれてありがとう』って!」

 

 千景が構えようとしていた武器を降ろした。

 どんなに強くなっても、何を失っても、御守竜胆の根っこの部分はずっと変わらない。

 彼の根底にある優しさに触れた気持ちになって、千景は竜胆が同じことを言っていた、あの日のことを思い出す。

 

 

■■■■■■■■■■

 

「誕生日、おめでとう」

 

「―――」

 

「生まれてきてくれてありがとう。君が生まれたこの日を、俺にも祝福させて欲しい」

 

■■■■■■■■■■

 

 

 十回以上あったどの誕生日のお祝いよりも、嬉しかった。

 千景はその嬉しさを覚えている。

 十年以上育ててくれた父親よりも、一年間一緒に過ごしてすらいない男友達の方が、自分にとって重い存在になっていた。

 その理由を、千景はちゃんと覚えている。

 

「俺はあなたの言葉をかき消すくらいの声の大きさで、この言葉を言い続ける!」

 

 生みの親は、千景の生を否定した。

 だから生みの親が否定するよりも強く、千景の生を肯定し続ける。

 

「だからもう、恩の押しつけはやめてください。

 ちーちゃんはあなたの望んだ反応なんて返しません。互いに苦しくなるだけです」

 

「押しつけ……これは……押しつけか……?

 私は、自分がしてやったことを、言っただけだというのに」

 

「……ちーちゃんを育ててくれて、ありがとうございます。

 おかげで、俺はあの日あの時あの場所で、ちーちゃんと出会えましたから」

 

 『恩の決定権は受け手側にある』という竜胆の主張を、千景はどこかで聞いた覚えがあった。

 

 

■■■■■■■■■■

 

「幸福を当たり前だと思わず、常に幸福の価値を感じている君は。

 あって当然の幸せを、あって当然だと慢心せず、守ろうと思える君は。

 とても綺麗だ。咲く前に険しい風雨に耐えて、風雨の後に綺麗に咲いた花みたいに」

 

『私は……私は……』

 

「君には君の価値がある。

 君が愛されるかどうかに、本当は君に原因なんて無いんだ。

 だって君が愛されるかどうかは、本当は周りが決めることなんだから。

 君が完全無欠の人間になったとしよう。

 愛されるに相応しい人間になったとしよう。

 でも、君を愛するか愛さないかの選択は、周りの人に決める権利があるんだよ」

 

『わたし……わたしっ……!』

 

「君は悪くない。

 何も悪くないんだ。

 愛されなかったことの原因は、君の中にはない。

 強いて言うなら、君に愛の無いことをした周りが悪い。

 愛する対象の好き嫌いで、君を選ばなかった周りが悪い。

 愛するべきだったのに君を愛さなかった親が悪い。

 世界は広いんだ。

 村の外に出たら、君をちゃんと愛してくれる人達は、ちゃんと周りに居ただろう?」

 

『……りんどう……くんっ……!』

 

「思い出して。君をちゃんと愛してくれる人は、君の周りにちゃんといるはずだ」

 

■■■■■■■■■■

 

 

 ああ、あの時の言葉だ、と千景は思い出す。

 竜胆のこの主張は、かつて竜胆が言っていた、愛の決定権と似たものだ。

 

 愛されようとしても、愛されないことはある。

 恩をやったと思っていても、恩に思われていないことはある。

 "罪の無い人が傷付けられるのは間違っている"と思っていても、罪の無い人が殺されて当然の世界は継続していく。

 

 千景も、千景の父も、竜胆の生き方や言葉には何かを感じ入ってしまう。

 そこには、血縁が感じられた。

 

「触れると傷付け合うしかないなら、いっそ触れないようにしましょう。

 ……もうできるかぎり、ちーちゃんとあなたは、顔を合わせない方がいいです」

 

「……」

 

「俺、間違ったこと言ってますか?」

 

「……いや」

 

 不安を少し滲ませた竜胆を、千景の父は、肯定した。

 

「君が、正しい」

 

 事実上終わっていた郡親子の繋がりを、嫌な形でまだ残っていた親子の繋がりを、竜胆は途方もない大きさの罪悪感を覚えながら、ここで断ち切ろうとする。

 

「元々、ほとんど会っていなかったが……

 そうだな、もう……もう、終わりか。

 私はもう、何があっても、千景を娘として扱えそうにない」

 

「……お父さん」

 

 千景が、憎しみなのか、軽蔑なのか、失望なのか、寂しさなのか、喪失感なのか……竜胆でも感情が読みきれないような、複雑な表情を浮かべる。

 

 千景と千景の父は、もう手遅れだ。

 この二人が分かり合うことも、許し合うことも、手を取り合うことも、もうありえない。

 近寄れば傷付け合うだけ。

 触れれば不幸にし合うだけだ。

 

 だから、二人が笑顔でいるには、二人が幸福になるには、もう一生顔を合わせない以外に選べる道はない。

 世の中の大人の多くは、そうしている。

 いや、意識的にそうしているわけではないだけで、子供だってそうしている。

 苦手な人、嫌いな人、どうしても分かり合えない人がいるから、好きな人とだけつるんで、嫌いな人と距離を取り、笑顔になって、幸福になる。

 

 嫌いな人がいる! 攻撃しないと! となるような人間は、四六時中攻撃して攻撃されてを繰り返し、結局のところまともに幸せになどなれはしない。

 皆ほどほどに割り切って、住み分けている。

 そうやって社会は出来ているのだ。

 

 けれどそうやって住み分けるから、結局のところ一つになれず、世界から争いはなくならない。

 住み分けた個々の集団が、どこかで殴り合うからだ。

 もしも世界中の人間の心を一つにできたなら、それを成した人間は、きっと人類史の頂点を争えるレベルの偉人と言っていいだろう。

 

 そのくらいには、難しいことなのだ。

 

「……」

 

 嫌いな人、分かり合えない人と、距離を取って傷付け合わないようにする。

 それを、人によっては"大人になる"と言うらしい。

 皆で笑って生きていくためには、皆が幸せになるためには。

 嫌いな人だからといって攻撃はせず、静かに距離をとって触れないようにすることが大切。

 嫌いな人がそこで息をしていることを、許すことが大切なのだ。

 

(ちーちゃんのお父さんが、ちーちゃんを嫌っても。

 ちーちゃんが、お父さんを嫌っていても。

 せめて二人が、お互いのことを、"この世界のどこかに生きていていい"って思えたら……

 嫌いな家族がそこで息をしていることが許せたら、いいな。それだけあれば十分だ)

 

 竜胆が望む理想の世界は『皆が幸せな世界』『皆が笑顔の世界』『誰も争わなくていい世界』だが、それは『皆が同じ人間になった世界』ではない。

 皆が同じ人間になれば、竜胆が見てきた人の醜悪の大半は、きっとなくなるころだろう。

 だって、皆自分なのだから。

 自分と違う者を攻撃する醜悪な事件など、起こりようはずもない。

 

 でも、それは駄目だ。

 

 人は、皆違う。

 強い者、弱い者、美しい者、醜い者。

 それぞれが違って、それぞれに好きなものと嫌いなものがあって、受け入れられるものと受け入れられないものがある。

 

 "分かり合い心一つする"ということは、皆が同じラーメンを好きになるということではない。

 ラーメンを好きな人と、カレーを好きな人と、ハンバーグを好きな人が、自分の好みを押し付けることなく、互いを尊重し合うということだ。

 それができないという人もいるだろう。

 だが、それならそれでいい。

 嫌いなものとは、距離を取って住み分ければいい。

 千景と千景父のように、互いを傷付けあい罵り合うよりはよっぽどマシだ。

 

 誰もが、竜胆のように他者を受け入れられる人間にはなれない。

 優しさとは、『自分と違う者を受け容れる強さ』でもある。

 

(あー、ちーちゃんの味方をしたい!

 全面的にちーちゃんの味方だけしていたい!

 でも、しょうがないか。それはきっと、あんま正しいことじゃないもんな)

 

 竜胆は、千景と千景の父の縁を明確に切った。

 元々距離が離れていた二人だが、これで親子が顔を合わせることももうないだろう。

 それもまた、竜胆の優しさだった。

 親子の縁を切ったことに竜胆は大きな罪悪感を覚えるが、これはきっと、誰かがしなければならないことだった。

 

(竜胆君……お父さん……)

 

 父を殺さないことを選んだ、あの瞬間に。

 千景の中にあった『父への憎しみ』に、一つの区切りと、一つの決着がついた。

 そして今、親子の関係も一つの終わりを迎える。

 

 千景はまた、自分の中にあった因縁と歪みの一つと決着をつけたのだ。

 

「乗って下さい。敵の攻撃を受けたんですから、病院まで運びます」

 

 竜胆は、千景の父を背負った。

 千景父を優しく背負う竜胆。

 気遣いが、触れた背中から伝わってくるような背負い方だった。

 

「首、痛みませんか?」

 

「あ、ああ」

 

「よかった」

 

 竜胆が人を助けることに、人の体を気遣うことに、理由はいらない。

 千景父が目に見えて怪我をしていないことに、竜胆は分かりやすくほっとする。

 

「死ななくて、本当によかったです」

 

「―――」

 

 "この少年は自分の生存を本当に喜んでくれている"と、千景父は実感する。

 

 本当にみじめで、哀れで、情けないことに。

 他人に"まともに優しくされる"のは。

 千景の父にとっても、数年ぶりのことだった。

 

 千景の人生には竜胆がいた。

 千景の父の人生には竜胆がいなかった。

 

 "家族をちゃんと愛せなかった"という罪一つで、何年もの間、自業自得の地獄の中を彼は生き、誰も助けてはくれなかった。

 千景が勇者になったことで、少しはマシな生活になった。

 だが、優しさや親しみなど、周囲から貰えるはずもなく。

 

 千景に父として優しく接することができなかった罰を与えられるがごとくに、千景の父は誰にも優しくされない人生を送ってきた。

 竜胆の真っ直ぐな優しさと気遣いが、千景の父の胸に染みていく。

 

「……すまなかった」

 

 その一言で、千景父は色んなことをまとめて、竜胆に謝った。

 色んな謝罪が混ぜこぜになった、重みのある謝罪だった。

 だが、謝られた竜胆は複雑な表情になる。

 

(この人がちーちゃんに謝ることは……もう一生無い気がする)

 

 竜胆には謝った。

 千景には謝っていない。

 ここで竜胆に謝れて、妻にも娘にも謝れないのであれば、家族の仲が修復されることはもう永遠にないとだろうと、そう言い切れる。

 父が娘に歩み寄ることは、もうありえないのだ。

 

 竜胆は"自分に謝ってほしい"と思ったことなんて、一度もなかったのに。

 "千景に謝ってほしい"としか、思っていなかったのに。

 竜胆の願いは、望んだ形に身を結んではくれなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 千景の父を背負って、仲間と共に四国内に帰還した竜胆を、橋の前で屯していた三好圭吾と諏訪の人達が出迎えた。

 

「おー、帰って来た帰って来た」

「誰も欠けてないな、よし」

「お疲れー!」

 

 わいわいと、帰って来た竜胆達を諏訪の人達が暖かに迎える。

 男は竜胆の背中をポンポン叩き、子供はキラキラとした目で寄って来て、おばあちゃんがタオルを持って汗を拭きに来る。

 初めての経験に、竜胆達は戸惑い、歌野だけが平然と皆の輪の中に加わっていった。

 

「え、三好さん、皆なんで橋の前に……」

 

「……戦いが終わってお前達が戻って来るまでここで待つと。

 お前達を迎えてやるんだと。

 そりゃもう、一人残らず頑固に主張してな。全く、面倒臭い」

 

 大社もちょっと困っていたらしく、三好は呆れた顔をしていた。

 

「諏訪の難民や郡の父親に関しては、こちらで上手いことやっておく」

 

「ありがとうございます……何食べてるんですか?」

 

「煮干し」

 

 千景父は車両に乗せて病院に運搬、念の為の精密検査。

 竜胆達もこの場で軽く負傷状態をチェックし、後に病院に運ばれて検査されることになる。

 特に24時間と経っていないのに、強力な精霊を使っての三連戦――しかもその内の一回はウルトラマン無し勇者のみの戦闘――をした若葉と千景は要注意だ。

 精霊の穢れが生む心への悪影響は、竜胆が処理できる。

 だが体への負荷と損壊を治せるガイアは、もういないのだ。

 

 勇者達の血圧などが簡易に測られているのを、竜胆がぼんやりと見ている。

 

「あの、竜胆君」

 

「ん?」

 

「……なんでもないわ」

 

 千景が何か言いかけたが、何も言わない。

 

 何も言わずにふらっとどこかに行った千景に、竜胆は優しい表情を向けていた。

 そんな竜胆の背中を、友奈がぽんぽんと叩いた。

 "今日はよくやった"と言わんばかりの笑顔である。

 

「なんだよ」

 

「なんでもない」

 

 千景が言いかけて言わなかったお礼や嬉しさを、親友の友奈は分かっているから。

 友奈はふにゃっとした笑顔で、"私が同じ立場でもああいうこと言ってくれるんだろうなあ"だとか思いながら、千景の明日の笑顔が守られたことに、嬉しさを感じるのだ。

 人質になっていた千景父を助けたのは友奈なのに、それを棚に上げて他の友達に感謝したりしているのが、本当に友奈らしい。

 

 友奈と同じように、歩み寄ってきた杏が竜胆の背中をぽんぽんと叩いた。

 

「なんだ?」

 

「なんでもないよ」

 

 戦いの中で見た記憶に、杏は少し引きずられている。

 ティガに仲間がいて、ティガが笑えていて、ティガが人の輪の中にいる。

 それが何故だか杏には、とても嬉しいことのように感じられていた。

 

 ベシッと若葉の手の平が、いい音をさせて竜胆の背中を叩く。

 

「おい、なんだよ」

 

「いや、私は流れに乗っただけだ。本当に何の意味もない」

 

「お前に至っては本当になんだ!」

 

 周りを大切にし、好意の想いをちゃんと伝え、愛を言動と行動をもって証明する。

 そんな彼が、皆、大好きだから。

 各々抱く思いは違えど、彼の傍にいる。

 

 『違う』からこそ関係の距離を取るのが正解なこともあれば、『違う』のに近くに寄り添い合う関係もあるのだ。

 

「千景」

 

「……何? 乃木さん」

 

「ありがとう」

 

「……」

 

「親を殺してでも守りたいという、仲間への想い。

 確かに受け取った。

 今日と同じことがあれば、私は何度でもお前を止めるだろう。

 ……だが、お前が叫んでいた仲間への想い。私は嬉しく思う」

 

「……」

 

 千景は若葉から顔を逸らした。

 が、顔を逸らした先には、既に友奈が回り込んでいた。

 

「ぐんちゃんはあんまり想いを口に出さないだけだもんね!」

 

「た、高嶋さんっ」

 

「そーれ、撫でてあげる! 家族みたいなものだから、いいでしょ?」

 

「ああ、そういえばそうだったな、うん。千景、逃げるんじゃないぞ」

 

「そ、そんなにみんなを家族のように見ていたわけじゃないわ!」

 

 若葉と友奈に挟まれ、千景が父に向けて叫んだ言葉をネタに、千景が弄られ始める。

 千景は丸亀城で共に戦った皆を、友達と言い、大事な仲間と言い、家族とまで言った。

 千景の複雑な家庭環境について、皆思うところはある。

 だが、千景が家族のように思ってくれていたことに、嬉しく思う気持ちもあった。

 

「りっくん先輩は行かないの?」

 

「……ちょっと、疲れてきたから、少し座って休んでるよ」

 

「そっか。お疲れ様、ゆっくり休んでね」

 

 竜胆はベンチに座ったままで、杏は竜胆にひと声かけてから、千景弄りに加わっていく。

 

(なんか、ダルいな……体が重い)

 

 邪神の闇の流入。

 マリンスペシウムの習得。

 陰陽極端な二つの事象が、竜胆の内側で進んでいた変化を、一気に進めていた。

 

「隣、座ってもいいかしら?」

 

「歌野……断らなくていいぞ、そんなことくらい」

 

「では、お言葉に甘えて」

 

 調子の悪さを隠す竜胆の横に、歌野が座る。

 歌野は今も微笑んでいた。

 この表情が絶望に染まった場合の表情を、竜胆は想像することすらできない。

 似合う似合わないの問題ですらなく、歌野が絶望の表情を浮かべるというのが、まず想像できなかったのだ。

 手をかけた畑が全焼でもすれば、絶望の表情は見れるかもしれないが、それはそれとして。

 

「四国チームだと、竜胆さんが仲間の心を照らしているのね」

 

「気のせいだ。照らされてるとしたら、闇の巨人の俺の方だよ」

 

「そのあたりは、竜胆さんが言っていた"誰が恩かどうかを決めるのか"と同じ話ね」

 

「ん?」

 

「ふふっ」

 

 ある意味、ティガが『ウルトラマン』であるかどうかですら、決めるのはティガではない。

 それは、周りの皆が決めることでもある。

 

「後で話すけど、カミーラの企みの一部、私の精霊が読み取ってくれたのよ」

 

「!」

 

「超超超デンジャラスよ。

 なんでこれまでの企みが上手くいってなかったんだろう、って思うくらい」

 

「……それは、分かるな。

 なんていうか、"体が分かってる"んだ。

 あいつの企みをこれまで覆せてきたのは、奇跡みたいなもんだって」

 

 竜胆の遺伝子は、竜胆以上にカミーラのことを知っている。

 

「はいここでクエスチョン、なんでカミーラの企みは上手くいかないんだと思う?」

 

「え? ……なんだろうな、カミーラの脇が甘いわけでもないし」

 

 皆が頑張ったからだろうか、と竜胆は考える。

 微笑む歌野が求めている答えは、もっと根本的なものだというのに。

 

「カミーラが何をやっても上手くいかない最たる理由、それは……」

 

 歌野の指先が、ピッと竜胆を指差した。

 

「あなたを選んでしまったことなのよ、きっと」

 

「俺?」

 

「闇の巨人なのに光の人間のままなんだもの、そりゃミステイクにもほどがあるわ」

 

 カミーラが百点満点の悪巧みをしても、ティガは闇に堕としきれず。

 百点満点以上の悪巧みをしないと闇に堕とせそうにない、それが御守竜胆。

 カミーラが選んだ、ティガの巨人と成れるティガの子孫が、これほどまでに『光』であったことこそが、カミーラ最大の誤算であった。

 

「カミーラは悪女でしょう?」

 

「……悪女だなあ」

 

「だから、シンプルイズザベストに言うなら、こう!」

 

 竜胆は、罪人にはなれても、悪人にはなりきれない。

 闇に堕ちても、悪には成れない。

 昔も今も、ずっとそう。

 

「闇に堕ちても、絶対に悪にはなれない人と! 悪女の相性がベストマッチなわけもなし!」

 

「うっわすげえドヤ顔!」

 

 偶然じゃないか、と言われれば、そうではあるが。

 竜胆の周りには、悪女に類する女性は一人も居なかった。

 

 悪の逆は正義だが、悪女の逆を正義女とは言わない。

 正義を掲げる女と、悪女が対になるわけではない。

 何故だか、昔から。

 悪女の対義語は『いい女』だと、そう人々は言うのだ。

 

 勇者が皆『いい女』であることが、竜胆の生涯最大の幸運であると言っても、それはきっと過言ではない。

 

 『ティガの女運』は良いのか悪いのか、言い切るのにちょっと迷いたいところであった。

 

 

 




 ゆゆゆいで精霊を後付けされた組全体的に強い印象あります
 もしもまかり間違ってこの世界線のカミーラさんが時拳時花世界線見たら、樹とか『友奈』とか『乃木』とか見て、更には『人間の由来の精霊しか使わない』上に『二刀流』で『ティガの精霊』まで使う『情熱の赤の勇者』を見て発狂するやつですねこれは……

 繰り返しになりますが、『愛媛の方言・伊予ことばのユザレ』はマジでありますし、参考にした文献群でもカタカナで『ユザレ』の三文字が並んでます。マジです

【原典とか混じえた解説】

●ユザレ
 三千万年前、ティガダークを光へいざない、ウルトラマンティガへと立ち戻らせた張本人。
 地球星警備団の団長にして、光の美女。
 その髪は綺麗な白色である。着ている服も質感に差はあるが基本的に白。

 ユザレの遺伝子は現在の日本人の誰かの中に混じっており、ゆえにユザレの子孫がこの日本のどこかに存在する。
 ユザレ本人は日本人離れした白髪や、邪悪なウルトラマンを封印する絶大な超能力を持つが、子孫には髪の色やその能力が完全に継承されていないことが多い。
 三千万年はあまりにも長かった。

 だが、ティガが復活する時代において、ティガに変身する運命にある者とユザレの子孫は引かれ合うように必ず出会う。
 出会ったユザレの子孫は時にティガを覚醒に導き、時に共に戦う。
 ユザレの白い髪がほんの僅かにすら遺伝しなくなるほどに遠い子孫であっても、魂が輪廻転生を何万回と繰り返すほどの長い時が経った三千万年後の今でも、それは変わらない。
 どんな大仰な表現をしても過剰な表現にはならない、"遺伝子の運命の出会い"がそこにある。

 地球星警備団団長・ユザレ。
 古代のティガにとっては、自分を光へと引き戻してくれた運命の女。
 カミーラにとっては、ティガを自分から奪った憎んでも憎み足りない怨敵。
 伊予島杏にとっては、髪の色に少し遺伝が見られる程度の、存在も知らないような遠い遠いご先祖様。

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