夏空の下、ウルトラマンは、友をいじめた子供達を虐殺した   作:ルシエド

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 神世紀勇者は星屑の噛みつきも、オコリンボールの吸血も、ソドムの高熱空気も、亜型ピスケスの幻覚も、亜型アクエリウスの毒霧も、亜型アリエスの溶解液も、亜型レオの磁力引き寄せも、ヒッポリトの青銅攻撃も、マガエノメナの電磁波も、全部精霊バリアで弾いちゃうんですよね
 神世紀の火力と防御力の天上人っぷりたるや


3

 安芸真鈴は、大社の病室で目を覚ました。

 妙に頭が痛む。

 何故自分が寝ていて、今ここで起きたのか、まるで分からない。

 

「あ……安芸さん、目が覚めたんですね」

 

「上里ちゃん?」

 

 目覚めた安芸の目に、ひなたの姿が映った。

 周りを見ると、安芸同様にベッドに寝かされていた――怪我をした状態で眠っていた――人達が何人も見える。

 だが、安芸は自分の現状より、周りの意識が戻っていない怪我人達より、目の前の憔悴した弱々しい雰囲気のひなたの方が気になった。

 

(……上里ちゃんは、こんなに弱々しい雰囲気を見せる子じゃなかったはず)

 

 上里ひなたは、いつもどこか芯の強さを感じさせる少女だった。

 芯があるから、どんなにふらふらふわふわしているように見えても、基本的な行動と基本的な考え方が一切ぶれない少女だった。

 そんなひなたに、今は全く芯の強さが感じられない。

 "柱が全て引き抜かれた後の家"というのは、こういうものなのかもしれないと、安芸は思った。

 

「大丈夫ですか? 意識はハッキリしていますか?」

 

「うん、大丈夫。ねえこれ、何があったの?

 アタシなんでここにいるのかすら、ちょっと分からないんだけど」

 

「……それは」

 

 ひなたは言い淀む。

 だが、隠しても仕方がないことであり、安芸も知らなければならないことだった。

 

「ここから少し……地獄のような話をします。心して聞いて下さい」

 

「……うん」

 

 今の四国は最悪だ。

 絶望の理由を一つずつ挙げていけば山のように積み上がり、されど『地獄』の一言で説明を終えることができる。

 ……そんな、状況だった。

 

登録呼称(レジストコード)・マガエノメナという敵が現れました。

 この敵の電磁波は、人間の脳を破壊し、異常なほど攻撃的にしてしまうそうです。

 安芸さんはそれで暴徒化した人に頭を殴られて、数日意識がなかったんですよ?」

 

「あー、それで記憶が飛んでたんだ……」

 

「とても、とても、心配しました。安芸さんまで、いってしまうんじゃないかと……」

 

「……順を追って、全部説明してもらえる?」

 

 "安芸さんまで"という言葉に、安芸は嫌な予感を覚えずにはいられなかった。

 

「安芸さんがここに運び込まれた時点で、四国内部の暴徒は120万人前後だったと聞きます」

 

「ひゃくにじゅうま……!?」

 

「彼らは千景さんの一撃で、ほぼ一日気絶した状態だったそうです。

 そこで、戦いから帰ってきた白鳥歌野さんが、素早く全員の拘束に動きました。

 大社もその後に続いたそうです。

 歌野さんの奮闘、市民の協力もあって、奇跡的に120万人の一斉拘束に成功したらしいです」

 

「え? 白鳥さんだけ?」

 

「……」

 

「他の勇者は……」

 

 語調がどんどん"恐る恐る"といった風になっていく安芸に、ひなたは感情を噛み殺すような表情で、できるかぎり感情を抑えるように努めて語る。

 

「若葉ちゃん、千景さんは戦死。

 友奈さん、杏さんは、天の神の祟りでいつ死ぬか分からない、絶対安静の状態です」

 

「―――え」

 

 安芸の思考が、真っ白になった。

 

「若葉ちゃん、千景ちゃんが戦死し……

 御守さんが、変身の神器抜きで変身、暴走。

 魔王獣個体と呼ばれる個体六体と交戦し、撤退させたそうです。

 その強さは圧倒的で……その戦いを見てしまった水都さんが、カウンセリングを要したとか」

 

 魔王獣は、一体でもティガを凌駕する力を持ち、カミーラに至っては強化変身前からティガよりも強いほどであった。

 マガエノメナですら、正面からティガと一対一で戦えば、九割がたティガには勝てる、そういうスキル構成をしている。

 

 それを六体同時に相手にして、ティガは撤退に追い込んだ。

 すなわちそれは、魔王獣六体でも"今のティガの暴走状態"は容易に潰せる相手ではないことの証明であり、"カミーラが満足した"ということの証明でもあった。

 魔王獣はティガを殺せず。

 ティガもまた、魔王獣を殺せなかった。

 

 竜胆が若葉を大切に思う気持ちと、それが転じた絶望、憎悪、絶叫。

 竜胆が千景を大切に思う気持ちと、それが転じた絶望、憎悪、絶叫。

 その二つが生んだ、過去最強クラスの心の闇が、ティガダークを更に強くした。

 

 そこに、魔王獣三体に与えられていた、沖縄爆弾のダメージ。

 ティガの死ではなく、闇堕ちを望むカミーラ。

 様々な要因が絡まって、魔王獣を撤退に追い込めたと言える。

 だが。

 魔王獣が撤退したなら、次は仲間に攻撃を始める。それが暴走状態のティガだ。

 

「御守さんは次に、歌野さんと水都さんを襲おうとし……

 けれども、最後の一線を越える前に、仲間を思い踏み留まり。

 辛うじて、自分の首を自分で貫くことで、止まることができたと歌野さんは言っていました」

 

「……友奈ちゃんと、杏ちゃんは?」

 

「その後、彼女らが帰還しました。

 ですが……歌野さん曰く、カミーラが罠を仕掛けていたようです。

 帰還した友奈さんと杏さんを、天の神の黒い雷の力が襲ってしまいました」

 

「!」

 

「無事に戻って来た人の証言によれば……

 友奈さんは、北海道の勇者を庇い。

 杏さんは、沖縄の勇者に託された人々を庇い。

 天の神の呪いを受けて……今もずっと、生死の境を彷徨っています」

 

「……杏ちゃんまで……そんな……!」

 

 四国外縁にカミーラが用意していた、天の神の雷が襲うという罠。

 天の神の側に付いていないにも関わらず、時折天の神と共同で動いていたカミーラだからこそ仕込めた罠だと言えるだろう。

 ティガが魔王獣を撃退する過程で、精霊を使いカミーラから情報をこっそりいくつか引き抜いていた歌野だが、この罠の情報は間に合わなかった。

 友奈達が帰って来たのは、魔王獣撤退の直後だったのである。

 

 あるいは、カミーラはそのあたりまで計算していたのかもしれない。

 

「くっ……!」

 

「! 無理をしては駄目です!」

 

 安芸は愛媛の巫女である。

 球子を導き、杏を導き、球子が死に……これで杏まで死んでしまえば、その絶望は計り知れないものとなるだろう。

 無理をしてベッドから降りようとする安芸が、頭を抱えて蹲る。

 

「頭の怪我なんです。治療はもう済んでいますが、大事を取って……」

 

「……球子に、死んでほしくなかったんだ、アタシ」

 

「―――」

 

「御守くんにも、杏ちゃんにも……だからっ……! うっ……」

 

「安芸さん!」

 

 動ける体じゃないにも関わらず、安芸は昔からの友人と、心配で心配でしょうがない一人の勇者のことを想い、その下に行こうとする。

 だが、無理なのだ。

 安芸が無傷な状態だったとしても、丸亀城で治療中の杏や、竜胆に会いに行くことはできない。

 

「駄目です。今は、護衛三人以上が付いてなければ丸亀城まで行けません」

 

「そんなに、街は危険なことになってんの……?」

 

「はい、大変危険です。

 マガエノメナは電磁波を今も継続して結界内に投射中。

 皆、継続して脳を破壊されています。

 さっきまで普通だった人が突然凶暴化する可能性もあるんです……大社の人も」

 

「……うわぁ」

 

 だから、"護衛は三人以上"と明言されているわけだ。

 大社が護衛を一人付けても、その一人が暴走する可能性がある。

 ゆえに一人が暴走しても二人で抑え込める、三人という数。

 三人は必要最低限の人数でしかなく、安全を期するならもっと多くの人数が要るが、もはや大社も、この三人の護衛を捻出することすら難しいほどに追い詰められていた。

 

「暴走した人は片っ端から捕まえて、収容しています。

 放っておけば暴走した人で殺し合いが始まってしまうからです。

 避難させた普通の人も、時間が経てば脳が壊れて暴走を始めてしまうので……

 常に後手後手です。誰かが暴走したら捕まえ、収容する、その繰り返し……」

 

「それ……もう、手遅れなんじゃないの? 四国……」

 

「諏訪の勇者と、北海道の勇者、そして御守さんが動いてくれてます。

 大きな問題が起きたら通報が行って、とても強い三人が抑えてくれているんです」

 

「え? 警察とかは?」

 

「……銃を持った警察官が暴走し、市民を撃つ事件が昨日、ありました」

 

「!」

 

「銃を持った暴徒がいつどこに発生するか分からないんです。今の四国は……」

 

 信頼できる者など、どこにもいない。

 友達も。

 家族も。

 勇者も。

 巨人も。

 次の瞬間、脳が壊れて暴走する可能性はあるのだ。

 

「諏訪と北海道の勇者は西に東に大忙し。

 御守さんにいたっては、この数日全く寝ていないそうです」

 

「え……御守くん先輩、それ体大丈夫じゃないでしょ?

 暴徒との戦闘あるんだから、休まなきゃ、体が持つわけが……」

 

「『眠らなくて良いように脳と体を改造しておいた』と、本人は言っていました」

 

「……それ」

 

 安芸真鈴は、その一言からまたいくつか理由を察する。

 今の竜胆が、どれだけヤバい状態であるか。

 上里ひなたが、何故こんなにも憔悴しているのか。

 新造脳を作った時と同じ過程を経て、『闇』は竜胆の肉体を、"破壊と殺戮のための最高の肉体"に仕上げようとしているのだ。

 

「それ、絶対ダメなやつでしょ」

 

「私もそう思います。でも……止められませんでした」

 

 今、ひなたが見ている地獄は、いかほどのものであろうか。

 

「『それ以外に皆を守る代案があるなら聞く』と、押し切られてしまいました」

 

「あら、意外。

 御守くんは上里ちゃんにそんなに強く出られたの?

 こういう話だと、上里ちゃんが押し切るイメージちょっとあったけど」

 

「……ふふ、そうですね」

 

 自らを(あざけ)る、自嘲の笑みがひなたの口元に浮かぶ。

 

「でも、今の御守さんが、誰かの言葉を聞いて意志を変えるとは思えません。悲しいことに」

 

「うへぇ、話の続きを聞くのが怖い……」

 

 安芸視点、今のひなたは竜胆の手綱を握れているようには見えないし、若葉の死を乗り越えられているように見えなかった。

 

「それに、今の四国は、シビトゾイガー……

 人間に化けていた化物が情報操作をしていたということで、最悪のパニック状態です」

 

「え!?」

 

「人間に化けていたバーテックスがいたことが、全土に知られてしまったんです。

 大社の人の話によると、潜伏していたシビトゾイガーが自ら発覚させたのだとか」

 

「え、なにそれ意味分かんない。黙ってて人間の中に潜伏してた方がよくない?」

 

「……人間による、人間に対する、シビトゾイガー狩りが始まりました」

 

「……え」

 

「人は皆、隣の人間が信じられなくなったんです。

 "シビトゾイガーがいる"という情報を耳にして。

 ……平時だったなら、まだ立て直しは効いたかもしれません。

 でも、今は駄目でした。

 このタイミングは、最悪でした。

 他人に対する攻撃衝動と破壊衝動を引き出されている街の人達は……」

 

「他の人間を、正気のまま襲い始めたっていうの?」

 

「……この電磁波は、効く効かないの二択ではないそうです。

 全ての人間の脳が均等に破壊され、大きく効くか小さく効くか、の二択。

 周りの人を殺そうとするほどでなくても、皆攻撃的になっていて……」

 

 本物のシビトゾイガーは殺されない。

 けれど、人間が人間をシビトゾイガーだと疑い、ゴルフクラブや包丁で狙うようになる。

 

「私、知りませんでした。

 疑心暗鬼に陥った人間は、ただの人間も怪物に見えていて……

 普通に振る舞っているつもりでも、周りから怪物に見られる人はいて……

 そして本物の怪物は、ちゃんと他人に怪しまれない振る舞いができる、だなんてこと」

 

 シビトゾイガーが、立ち回りや言動を失敗することはない。

 だってシビトゾイガーには、人間とシビトゾイガーの見分けが付くのだから。

 誰が怪物で誰が人間か分かっているのだから、言動で失敗することもなく、人間であることを疑われることもない。

 十人の集団の内五人をシビトゾイガーで占められれば、『皆があいつが怪物みたいで怪しいって言ってる!』といった集団意見すら作り、人間を公開処刑することもできる。

 

 なのに人間は、怪物と人間の見分けが付かない。

 ただオドオドしているだけの人間を、怪物だと思って攻撃を始める。

 少し記憶違いをしただけで、"発言に矛盾がある"と思い、怪物だと確信する。

 容姿や服装だけを理由に"シビトゾイガーなんじゃ"と疑うことすらする。

 

 ただの人間を「シビトゾイガーだ!」と思い込み、口撃を続け、そのせいで「こんなにただの人間をシビトゾイガーだとレッテル貼りするこいつこそがシビトゾイガーなんじゃ」と思われてしまったりもする。

 そうなれば、互いが互いをシビトゾイガーだと思い込んでの殺し合いしかなくなる。

 

 武器を持っていないと安心できない。

 武器を持っている人を見ると、本能的に脅威を感じ、「こいつは怪しいかも」と思い始める。

 「武器を持たないと不安」という気持ちと、「あそこにいるあいつはやましい気持ちがあるから武器を持ってるんじゃないか?」という気持ちを併せ持つ人間までいた。

 

 意図的にこの混乱を起こし、コントロールしているシビトゾイガー。

 混乱させられ、愚かさを引き出され、コントロールされている人間。

 後者が死ぬことはあっても、前者が殺されることはない。

 主導権は、シビトゾイガーの側にあるからだ。

 

「今の人間を殺しかねないものは四つあります。

 一つ、結界外のバーテックス。

 一つ、結界内のシビトゾイガー。

 一つ、マガエノメナに頭を壊された人達。

 そして……いいように操られている、普通の人達です」

 

「待って、もしかして御守くん先輩達、そっちにも回ってる?」

 

「……はい」

 

「じゃあ、相手は120万じゃなくて400万でしょ実質!

 いや、数が少なくたって、守るべき人達に本気で襲いかかられるなんて、心が……!」

 

「……」

 

「なんとかならないの!?」

 

「私には……私には、分かりません……」

 

 ひなたは知っている。

 人々が大変なことになっていることも。

 狂気の表情で竜胆に襲いかかっていることも。

 守るべき人達に攻撃され、竜胆が心痛めていることも。

 

 ひなたは知っている。

 自分が無力なことも。

 自分には何もできないことも。

 

 ひなたは知っている。

 自分の心が、もう折れていることも。

 

「それと、大社の人は、この部屋にも監視カメラを付けているようでして……」

 

「え? 上里ちゃん、どういうこと?」

 

「大社の人間の何人かがこの混乱に乗じて、シビトゾイガーに入れ替わられてる疑惑があります」

 

「!」

 

「大社の機密情報の一部が……

 ティガの過去についての凄惨な情報が、漏れているようなんです。

 おそらく一部は既に。シビトゾイガーの能力を考えれば、怪我をした被害者の中にも……」

 

「ちょ、ちょ!

 それじゃアタシも上里ちゃんを、上里ちゃんもアタシを、信じられないってことじゃ!」

 

「それでは話が進まないので、半信半疑、ということでお願いします」

 

 シビトゾイガーが奪ったものは、シンプルに一つ。

 『信頼』だ。

 

 どの情報、誰の話を信じていいか分からない。

 誰を信じていいのか分からない。

 信じられるウルトラマンがいない。

 信じていた勇者も死んだ。

 だから、すがりつける光がない。

 

 信頼が、ティガに力を与えたように。

 今人間は、信頼を奪われることで、いとも容易く滅ぼされようとしている。

 

 誰も、隣人を信じられていない。

 誰も、未来を信じられていない。

 自分達が滅びる未来を、信じ始めている。

 

「魔王獣の数は減っていません。

 また襲撃してくるかもしれません。

 いや、むしろ……そうならなかった場合の方が怖いと思います。

 今の私達には、結界外のマガエノメナの位置を特定する手段が無いんですから」

 

「上里ちゃん……本当の話……なんだよね?」

 

「はい」

 

 勇者二人が死んだ。

 カミーラが仕込んだ即効性の祟りで、友奈と杏もあと一日か二日で死ぬだろう。

 四国の住民が同士討ちで全滅するのが先か、全員の脳が壊れるのが先か……あるいは、バーテックスの襲来と、四国ルルイエ化の完遂で、人類は全滅するだろう。

 どうなるにせよ、先は無い。

 

「このままいけば、私達は、何もできないまま同士討ちで全滅します」

 

「……っ!」

 

 北海道も、諏訪も、沖縄も、もう生存者はいない。

 そして最後に残った人類の砦は完璧に詰まされた状態で、カミーラの玩具にされている。

 どう殺すも、どう演出するも、カミーラの勝手だ。

 それを止めるには―――竜胆が完全に闇に堕ち、力を手に入れる以外の道がない。

 

 平時のひなたなら、何がなんでも止めようとしただろう。

 止められないにしても、何かしら楔になる言葉は投げかけられたはずだ。

 それができないのは、きっと。

 

「私は……私は……」

 

 乃木若葉の死を聞いて、心が折れて、わんわん泣いて、色んなことがどうでもよくなって……ひなたらしくない心の状態へと、陥っているからだろう。

 

「なんでまだ、生きてるんでしょうね……

 若葉ちゃんのことを聞いた時……もう生きる意味なんてないと、思っていたくせに……」

 

 乾いた笑い。

 "もしかして"、と安芸は気付く。

 ひなたが、安芸をシビトゾイガーかそうでないか疑っていなかったのは。

 "どうでもよかったから"なのではないか、と。

 

 今のひなたには、悲嘆、諦観、厭世観がよく見て取れる。

 

「先も、未来もなさそうなこんな状況で……

 ……若葉ちゃんもいないこんな世界に、私は、なんで……」

 

「……上里ちゃん」

 

 まだ、世界も、人類も、終わってはいないのに。

 

 どこか、何かが、致命的なまでに手遅れだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ウルトラマンガイアSVは、ゼットの生涯において最大最強の敵だった。

 その光線はゼットの体に、見かけ以上のダメージを与えた。

 肉体を星屑で補填しても、傷はいつまで経っても治らない。

 八月に入ってようやく、ゼットの体は完治しかけている、といった段階に足を踏み入れていた。

 

 そんなゼットに――神話や祟りにあまりに無知なゼットに――気まぐれを起こしたカミーラが、神話や祟りの基礎知識の手ほどきをしてやっていた。

 

「天津神は、天の神。天照大神とそれに連なる神族群。

 国津神は、地の神。大国主とそれに連なる神族群。

 別天津神は、天の神とは別系統の宇宙の神。宇宙の彼方より来たる者。

 天津甕星は星の神。空より来たりて、その土地に根を下ろした、土着の神の一端。

 旧支配者は旧き怪物。海に根付いた邪神達は、全てこれの類。

 そして旧神は、それら旧支配者と敵対した……人間の味方もする神々のカテゴリー」

 

 完治直前のゼットが、カミーラの教導を受ける。

 

 ゼットはカミーラに"ティガが絡むと吐瀉物と排泄物が混ざったもの以下"というイメージを持っていただけに、ティガが絡まない時の彼女の振る舞いに、違和感すら覚えてしまう。

 ティガが絡まない話をしていると、ひしひしと感じる。

 カミーラは本来、理知的な女性である、ということを。

 

「仮に、遠い宇宙の彼方から、ティガの同族が来たなら、それはどこに入るかしら?」

 

「別天津神だろう。神としては、その時点では天の神ならざる天の神だ」

 

「それがこの地球に来て何年も過ごしていたなら?」

 

「それなら、天津甕星の枠に入る。パワードやグレートと同じだな」

 

「超古代から旧支配者と敵対していたなら?」

 

「それなら旧神……なるほど、こうやって"神話のなぞり"は判別されるのか」

 

「その通り」

 

 ゼットには、カミーラが気まぐれを起こして自分を教導してくれた理由が分からない。

 

「だが、何のつもりだ?

 神話に対する解釈が甘い私に、手を貸すようなマネをするとは」

 

「手慰みよ。もう少しで、全てが終わりそうだから……余興というやつね」

 

 ゼットの心は未だ未熟で成長しきっておらず、他者への共感性も未だ発展途上であるがために、カミーラのその内心が分からない。

 と、いうか、カミーラ自身にすら分かってはいない。

 

 "どんなに悪に落ちても、心のどこかで光に惹かれる"。

 カミーラはそういう男こそを好むのだと、カミーラ自身にすら自覚がない。

 誰よりも深い闇に堕ちるがために、誰よりも強い光と成る男。

 誰よりも光であるがために、誰よりも強く恐ろしい闇と成る男。

 そういう男を、カミーラは好むのだ。

 

「貴様、過去に一体何があった?

 男女の愛とはいえ、異常だ。

 気に食わん。返答次第では、ここで相討つ終わりになるとしても、貴様を討つ」

 

 ゼットは率直に問う。

 

「小難しい話じゃないわ」

 

 率直な問いは、カミーラから飾り気の無い言葉を引き出した。

 

「三千万年前、ティガは私に言ったのよ。

 まだ光であった私に、あの人は言った。

 『君が欲しい。僕と同じところに堕ちてくれ』と」

 

「……」

 

「私は喜んでその手を取ったわ。

 善も、仲間も、過去も、信念も、光も、全て捨て……

 人を守ることに喜びを感じる心も捨てて。

 命を踏み躙ることに快楽を感じる、この素晴らしい心を得たの」

 

 この地球において。

 先に闇に堕ちたのは、ティガだった。

 カミーラはその誘いに乗っただけだった。

 ……愛していたから、その手を取っただけだった。

 

 けれど、始点がどんな形だったとしても、カミーラがその時から一切の善性を捨てた最悪の魔人と化したことに変わりはない。

 

「ティガが求めてくれたのよ。私を。

 嬉しかった……とても、嬉しかった。

 彼はね……

 愛ゆえに、人間の世界で歪みと闇を得て……

 誰よりも貴き光であったために、誰よりも深き闇に堕ちた。とても、素敵にね」

 

 カミーラが、うっとりとした表情で愛を語り。

 

「でも、愛で生きていたから―――力無き人々への愛で、光に戻ったのよ」

 

 表情に浮かんでいたその愛が、一瞬で憎悪にスライドする。

 

「私を置いて」

 

 愛憎が混じる。

 

「私に、闇から這い上がれる力なんてあるわけがないでしょう!」

 

 ティガは光から闇に堕ち、杏の先祖たる美女・ユザレの導きで、光に戻った。

 だが、カミーラは光になど戻れなかった。

 闇に堕ちた時にカミーラが捨てたものを、カミーラは取り戻すことができなかった。

 

 一度大人になってしまった人間が、子供に戻れないのと同様に、カミーラにとってそれは不可能と言い切れるほどの難行だった。

 

「ああ、なんて、なんて……なんて、目障りな。

 闇に堕ちかけようとも、常に光である乃木若葉。

 正も負も抱え、抱きしめ、前に進んでいける高嶋友奈。

 震える足で、怯えながら、不可能にも思える恐怖の踏破を行う伊予島杏。

 自分のため、他者のため、誰よりも心強く在る白鳥歌野。

 無様を晒しながらも、最後の一線は越えない、郡千景。

 ……あの女どもの強さの、一部でも、私にあれば……私にあれば……」

 

 憎悪なのか、嫉妬なのか、羨望なのか。

 カミーラが絞り出すその言葉からは、読み取ることができなかった。

 

「『()()()()()()()()()()()()()()()()()』なんて、生かしておけるわけがない」

 

「……カミーラ、貴様」

 

「闇に堕ちても這い上がることができる女なんて、一人も生かしてはおけないのよ」

 

 もう、カミーラの在り方には『悪』しかないのだ。

 カミーラが欲しいものは、『ティガ』しかないのだ。

 カミーラの内には『闇』しかないのだ。

 他は全部捨ててきた。

 光も、善も、信念も、正義も、かつて自分が信じたものも、光の仲間も、闇の仲間も。

 全部全部失って、全部全部捨ててきた。

 もう彼女には本当に、『ティガ』以外の何も残されていないのである。

 

 ゼットの瞳に、僅かな哀れみと、僅かな同情と、大きな嫌悪感が浮かぶ。

 

「ティガが欲しいのに手に入らない。

 光が欲しいのに手に入らない。

 貴様の醜さは、そこから湧いて来るものだったのか」

 

 何よりも愛しているということは、何よりも憎んでいるということ。

 何よりも憎んでいるということは、何よりも愛しているということ。

 

 カミーラは光を憎み、ティガを愛している。三千万年前からずっと。

 逆に言えば、三千万年の時間をかけても、彼女が光に戻ることはできなかった。

 その心は、既に手遅れである。

 不可逆に、壊れに壊れている。

 

「手に入らないのなら、憎むしかないでしょう?

 憎んで、蔑んで、見下して、踏み躙って、無価値だと言い切るしかないでしょう?」

 

 愛憎こそが彼女の力だ。

 愛と、それを失った時の憎しみが、ティガダークを強くしてきたのと同じように。

 

「ティガ……ああ、ティガ!

 ずっと私を愛してくれると……約束したじゃない!

 あなたは約束を破らない人だと信じていたのに!」

 

 愛ゆえに狂う。

 愛ゆえに醜悪。

 もしもカミーラが、人間の恐怖と絶望を好み、自ら望んで人間を虐殺するような闇の巨人でなければ、闇から這い上がれない弱く残酷な魔人でなければ、何かは違っていただろうか?

 いや、そんなことは、考える意味すら無い。

 そんなもしもは、考える意義がない。

 

「でも、他の無知蒙昧が何を言おうと私は惑わされない!

 私は知っているのよ! ティガは私に嘘なんてつかないことを!

 私はティガを信じている! 彼は仲間との約束を破るような男ではないのよ!」

 

 主張は破綻し、心は壊れている。

 彼女はいつの日か滅びるその時まで、闇の底から這い上がることなどできない。

 光を求める心がそこにあろうとも、ティガを求める心がそこにあろうとも、そんなものが無いに等しいと言えるほどに、大きな闇の心がある。

 

 三千万年前のティガも、ユザレも、カミーラも。

 結局、誰も幸せにはなれなかった。

 

「落ち着け」

 

「……」

 

「貴様の理由は、よく分かった。十分だ」

 

 ゼットは今でもカミーラを好きにはなれない。

 というか、反吐が出るほど大嫌いだ。

 だが、それでも……まともに共闘してやってもいいと思うくらいには、カミーラのことを受け入れていた。

 

 カミーラのことが反吐が出るほど嫌いであり、その願いなど全て叶わない方がいいと思っているゼットであるが、彼女に対する哀れみや同情も、0ではなかった。

 普通のゼットンなら、するはずもない選択。

 それを人間は、"心が情に流された"と言う。

 

「だが、私と共闘するからには、貴様のその悪性を少しは抑えてもらう必要がある」

 

 ゼットという最強のユニットを、反抗しない手駒として扱うことは、カミーラにとってこの上ないアドバンテージだろう。

 だがそれと引き換えに、ゼットは条件を提示する。

 

「陰謀ではなく。

 悪辣でもなく。

 工作さえなく。

 強者として、戦いの中で奴らを潰せ。貴様の卑を極めたやり口はうんざりだ」

 

 それは実質、『次の戦いはゼットの言う通りにする』『次の戦いでは卑怯な策略は使わない』『次の戦いで人類の滅亡を確定させる』という、誓約を立てるに等しかった。

 

「人間より強い生命体ならば、その強さに沿った振る舞いをしたらどうだ」

 

「私に風格ある振る舞いでも求めるというの?」

 

「無意味に心まで踏み躙るなと言っている。力で圧し、そのまま殺す。それで十分なはずだ」

 

「……」

 

「ティガに対して以外は、それでいいはずだろう」

 

 カミーラはティガの周りの女を殺す。積極的に殺す。可能なら苦しめて殺そうとしている。

 ゼットはそれが気に入らない。

 彼は戦いを楽しむが、残酷や加虐を楽しむ嗜好は、どうにも肌に合わないのだ。

 

「その条件さえ飲むのなら、次の戦いは望み通り、私も貴様に手を貸してやる」

 

 カミーラにとってもゼットは馬が合わない戦闘狂だが、その戦力が、今は必要なのだ。

 

「前回のティガダークが、予想以上に強すぎたのだろう?

 だから、暴走したティガダークを対処する駒が必要になった。

 貴様の計画を、貴様の望み通りに進めるために。

 暴走したティガダークに魔王獣をぶつければ、六体ぶつけて何体かは死ぬと貴様は読んだ」

 

「ええ」

 

 "今のティガ"を相手にすれば、魔王獣に脱落者が出かねない。

 そうなれば四国のルルイエ化と、完全な状態でのガタノゾーア復活が叶わなくなる。

 逆式エルダーサインを作るには、六体の魔王獣が必要なのだ。

 

 ティガダークは、かつて闇の最強戦士と呼ばれたほどの巨人。

 その力の増大速度は、カミーラの予想さえも超えつつあった。

 カミーラが、新たに安全策を打とうとする程度には。

 

「だが私が手を抜くことなどありえん。

 ティガとの戦いは真剣勝負だ。貴様の意に反し、ティガを殺しても文句は言うなよ」

 

「分かったわ、好きになさい」

 

 女狐と言うべきか、狸と言うべきか。

 カミーラのその言葉ほど信用できないものは、他にないというレベルだった。

 ゼットはカミーラの言葉を鵜呑みにせず。

 カミーラもまた、鵜呑みにされていないことを分かっている。

 

 竜胆達と違い、この仲間関係に信頼はなく、根本的に支え合いや助け合いがない。

 必要ないのだ。

 仲間との絆で奇跡を起こす必要性が、彼らにはない。

 人間が奇跡を起こしても既にひっくり返せないほどの形勢が、既に確立してしまっている。

 

 カミーラは憎い女どもを苦しませながら殺し、人間を恐怖と絶望の中死に至らせながらルルイエの生贄として捧げ、その過程でティガを闇に堕とすつもりでいた。

 ゼットは、尋常な戦いの結果として人を滅ぼすつもりでいた。

 

 もはや敵は、人類をどう終わらせるかを選ぶ余裕があるほどに、人類を詰ませていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 秋原雪花は、メンタル面で言えば、相当に崖っぷちの状態だった。

 何せ、彼女は故郷も、守ってきた人達も、全て失ってしまったのだ。

 最後の一人にいたるまで、目の前でバーテックスに殺し尽くされてしまっていた。

 その精神状態は、"仲間も四国の人間も皆殺しにされた後の竜胆"に等しい。

 

 それでもまだ、彼女が立っていられる理由は単純明快。

 雪花の心が、本当に強かったこと。

 そして、雪花以外の皆が、雪花以上にズタボロだったというところにあった。

 

「友奈、大丈夫?」

 

「……ん……へーき……へーき……朝よりは……マシになったから……」

 

 丸亀城の医務室のベッドに寝かされた友奈は、弱々しく笑顔を作った。

 そんな命の恩人を、雪花が心配そうに見つめている。

 

 負傷し絶望していた雪花を背負って四国まで運んでくれた上、雪花を庇って呪いの雷までその体に受けてくれた。

 友奈は雪花の命の恩人だ。

 助けたいと、雪花は心の底から願う。

 けれど、何もできない。

 雪花にできることは何もない。

 

 友奈はベッドで点滴を受けつつ、酸素マスクに緊急用除細動器のセットなど、命を繋ぐためのものをこれでもかと用意されている。

 顔は青く、肌色は全体的に悪い。

 呼吸は浅いのに遅く、脈も安定していない。

 

 一度むせ返れば、呼吸さえ止まってしまいそうで。

 胸を叩けば、心臓すら止まってしまいそうで。

 目を閉じたなら、二度とその目が開かれない気がした。

 

 もう少しで自発的な呼吸ができなくなる、と医者に太鼓判を押されている、そういう状態だ。

 死ぬのは今日か、明日か。

 友奈の衰弱スピードを考えれば、おそらく数日は保たないだろう。

 その祟りは、ごく普通の人間に耐えられるものではなかった。

 

 おそらくは、体のほとんどを神の力で作った"神造人間"の類であっても、少し耐えるのが精一杯で無効化などできようはずもない侵食。

 明日死んでもおかしくないから、余命宣告ができない、そんな状態。

 

「何かしてほしいことはある? 雪花さんにお任せだよ」

 

「……」

 

 友奈は呼吸を整えて、残り少ない体の力を集めて、言葉を紡ぐ。

 

「やくそく……あってね……」

 

「約束?」

 

「リュウくんを、守るって、約束……」

 

「……そんなんになっても友達の心配? 筋金入りだね、友奈は」

 

「……それに……それに、ぐんちゃんとの、約束も、あるから……」

 

 友奈の脳裏に蘇るは、ボブが死んだ直後に千景とした会話、そして交わした約束。

 

 

 

■■■■■■■■■■

 

 

 

「高嶋さん。一つ、残酷なお願いを聞いてほしいの」

 

「……残酷なお願い?」

 

「私が死んだら……その時は、竜胆君をお願い。高嶋さん、私の代わりを、お願いします」

 

「!」

 

 

 

「え……な、何言ってるのぐんちゃん!」

 

「私は死ぬ気は無い。死にたくもない。でも……怖い。

 ボブが居なくなって、思ったのよ。

 私も死ぬかもしれない。いつか死んでしまうかもしれない。

 怖くて、とても怖くて……

 それで、気付いたの。

 私が死んだ後……彼は、竜胆君は……どうなってしまうのかって……」

 

「っ」

 

「多分……今だと、私が一番……正確にそれを想像できてる気がするわ」

 

 

 

「なんで私なの? 若葉ちゃんとかじゃ駄目なの?」

 

「高嶋さんは……不思議と、困難をどうにかしてくれそうな気がするから。

 高嶋さんは、辛い思いをしている人にとっては救いだと思うから。

 それと、竜胆君の心の一番弱いところには、高嶋さんが一番効くと思うから」

 

「そうかな……?」

 

「うん。竜胆君はそういう人で、高嶋さんはそういう人」

 

 

 

「あと、高嶋さんよりしぶとく生き残りそうでも、乃木さんに頼むのは、心底嫌だから」

 

「ええっ!? なんで!?」

 

「乃木さんに竜胆君を任せるくらいなら野良犬に頼むわ……」

 

「ぐんちゃん、ぐんちゃん、なんてこと言うの」

 

「高嶋さんに任せるのならギリギリ許せる……そういう話なの」

 

 

 

「お願い、高嶋さん。

 私はこの問題で安心できないと、心穏やかに戦えそうにないの」

 

 

 

「分かった。分かったけど……ぐんちゃんも、どうか死なないで。

 泣くのは私だけじゃないよ。皆悲しむよ。リュウくんなんて、どうなるか……」

 

「分かってるわ」

 

 

 

「私は死なない。死ねない。死にたくない。だから……大丈夫よ」

 

 

 

■■■■■■■■■■

 

 

 

 約束があった。

 あったのに。

 友奈には、何もできない。

 

 自分の知らないところで大親友が死に。

 千景との約束を守ろうとしても、体が動かない。

 千景の死が悲しくて。

 修羅と化した竜胆が辛い。

 泣きそうな心を懸命に抑え込んで、雪花のために笑顔を作っても、その笑顔の儚さが雪花の胸を締め付ける。

 

 何人も、何人も、仲間が死んできた。

 仲間が死ぬたびにこらえきれずに泣いてきた友奈も、昔と比べれば少しは涙をこらえられるようになった。

 それは成長と言うべきか、変化と言うべきか、摩耗と言うべきか。

 

 優しい友奈が、その涙をこらえられるようになってしまったことが、既に間違いであり、あってはならないことだったというのに。

 

「もしかしたら……もう私にできることって……何もないのかな……」

 

「変なこと言わないの。

 ま、私は大体のことは器用にこなせちゃう勇者だから。

 今は私に任せて、ゆっくり休んでおきなさいな。すぐ治るよ、こんなの」

 

 嘘だった。

 天の神の祟りは、天の神を倒しでもしなければ解けないと、大社から明言されている。

 治す方法はない。

 それでも雪花は、友奈が取り除けない呪詛に蝕まれ、治らないという絶望に蝕まれて死んでいくなんていう結末は、嫌だった。

 

(ここまで徹底して先が無いと、本当にね……)

 

 本当は、治す方法は、無いわけではなかった。

 千景が生きていれば……()()()()()()()()()()()()千景さえ生きていれば、天の神の祟りから、コダラーとシラリーのように救える可能性もあったのだ。

 少しでも祟りの効果を退けられたなら、打てる手はあったかもしれなかった。

 

 だが、友奈と杏を祟りから助けるには、絶対に千景が必要で。

 千景の命を助けるには、歌野がフリーな状態で、カミーラ達の誰かから思考と企みを読心していなければならなくて。

 歌野がフリーな状態になるには、水都が巨人化していては駄目で。

 シビトゾイガーが街を密かに掌握している四国の状態で、水都の巨人化を止められた可能性は完全に0だった。

 

 カミーラの計画は完璧だ。

 若葉と千景を、竜胆の目の前で無惨に殺す。

 そして四国勇者の残り二人は、竜胆の前でじわじわ弱り、苦しみながら死んでいく姿を見せていくために使う。

 急性の死の絶望二つ。

 慢性の死の絶望二つ。

 "四国勇者四人の命を最大限に上手く使う"計画を立て、四人の死に様を無理なく計画に組み込んで流麗に使い、竜胆をティガダークとして完成させる流れを仕上げた。

 

「ごめんね……ごめんね、ぐんちゃん……ごめんね、リュウくん……」

 

 どこか遠くを見て謝る友奈を見て、雪花は思う。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、と。

 

「大丈夫。大丈夫だからさ、安心して寝てなよ、友奈。

 あなたの約束は、願いは、私が嘘になんかしない。だから今は、おとなしくしてなさいな」

 

「……せっちゃん」

 

「ま、私に任せときなさいって。

 私の座右の銘はギブアンドテイク。

 友奈に助けてもらった分くらいは、友奈の願いを叶えてあげるから」

 

 雪花が友奈の傍を離れ、手を振りながら病室を出て行く。

 

「行ってくるよ。二人分くらいは、頑張ってくる」

 

「……いってらっしゃい」

 

 そうして、病室から出たところで。

 

「あ」

 

「……」

 

 袋を抱えた竜胆が、そこにやってきた。

 友奈は竜胆が病室前の廊下に来ていることに、気付いていない。

 というか、今の友奈の状態では、耳も意識も竜胆の接近に気付くことができない。

 

 雪花は、竜胆のこの目があまり好きではなかった。

 すり減って、叩き潰されて、汚濁しきって、周りの人間を"この人が死んだらどうする"といった目で見ている目。

 周りの人間の生存を、一切信じていない目。

 周りの人の強さを、信じられなくなった、周りの人間の死に怯える目。

 

 竜胆はそんな目で雪花を見て、雪花に袋を手渡した。

 

「病室出てきたところ悪い。これ、友奈に渡しといてくれ」

 

「何これ?」

 

「呪術的な薬、だそうだ。

 何の解決にもならないが、僅かな延命にはなるかもしれない……らしい」

 

「自分で渡しなよ」

 

「友奈に会う気はない」

 

「あーもうこれだから頑固な男は……ちょっとツラ貸して。少し、話をしましょう」

 

 友奈と顔を合わせようともしない竜胆を引き連れ、雪花は話し声が友奈の病室に届かない程度に距離を取った廊下に佇む。

 竜胆の前で、雪花は手の中の『端末』をくるりと回した。

 

「私もさ、四国勇者システムを手に入れたわけよ。

 強くなったの。

 ね、ここ数日本当に一睡もせず走りっぱなしのウルトラマンさん?

 少しは歌野や私の方に重荷投げて、友奈とかの見舞いに一回しっかり行くべくきじゃない?」

 

「重荷の分割はいらない。お前達には、暴徒の鎮圧以上のことは期待してない」

 

「……あ、そう」

 

 むっとする雪花。

 竜胆と付き合いのない雪花には実感できなかったが、これはとても"竜胆らしくない"言い回しだった。

 言葉の選び方が、三年間地下に幽閉され、解放された直後の竜胆と同じ……いや、ひょっとするとあの時以上に悪くなっている。

 

「あまり気負うな。殺しも、破壊も、俺がやる。大きなことは期待していない」

 

 言葉の裏には、竜胆の本音がある。昔も、今もだ。

 

 "長生きできないなこの人"と、雪花は思う。

 

「あんたが今するべきことって、戦うこと? 壊すこと? 殺すこと?

 自分でも甘ちゃんなこと言ってる自覚あるけどさ……友達の隣にいるべきだと思わないの?」

 

「思う」

 

「なら、ちょっとくらい傍にいてやろうとか思わないの?」

 

「友奈の親友を守れなかった、俺がか? 守れたはずの位置にいた俺がか?」

 

「―――」

 

「バーテックスも、カミーラも、俺も、俺は殺してやりたくてたまらない。

 だから全部殺してやるよ。

 許せるわけがないだろうが……ちーちゃんと若葉を守れなかったゴミ野郎のことなんてよ」

 

 言葉をぶつける雪花。

 だが、もう、手遅れだった。

 誰の言葉も、竜胆の心には届かない。

 

「……友奈に、顔見せて、心の支えになってはくれないわけね」

 

「君がなってやってくれ。友奈のこと気遣ってくれて、感謝する」

 

「……」

 

 そこでお礼を言えるようなあなたがなんでそんな、と言おうとして、雪花は言おうとした言葉を噛み潰す。

 そう言って、"みんな死んだからだ"と返されるのが怖かった。

 "まだみんなを守らないといけないからだ"と言い切られるのが、怖かった。

 

「他の人の話の中で出る御守先輩と、現実の御守先輩、違いすぎて戸惑うわ」

 

「変わらないでいられたなら、どんなに幸せだったことか」

 

 変わりたくなどなかっただろう、誰もが。

 友奈だって、友達が死ねばすぐ泣いてしまう自分のままでいたかったはずだ。

 大親友の死でも、数日経てば泣かないでいられる自分になど、なりたくなかったはずだ。

 竜胆も、他者を殴る自分になんてなりたくなかったはずだ。

 あの村ですら、竜胆は一度も殴り返さなかったのだから。

 

 けれど友奈は、擦り切れる寸前で。

 竜胆は、全てを壊し、全てを殺してでも、残ったものを守る覚悟を決めている。

 

「だが、大丈夫だ。

 心配するな。

 お前らの名誉も命も尊厳も、全て俺が守る。

 だから、無理はするな……お前達を殺そうとする全てのものは、俺が殺す」

 

 竜胆が、その場を去っていく。

 

「そうだ、全部、殺す」

 

 去っていく竜胆を見て、雪花は思う。

 もう、友奈が望んだ"竜胆の未来の結末"は、二度と得られることはないんじゃないか、と。

 

「……間に合うのか、ありゃもう駄目なのか、分かんないな……」

 

 自分を見失いつつある竜胆の姿が、雪花に自分を省みさせた。

 

 北海道の人々、協力してくれた仲間、家族。全て死んだ。全て守れなかった。

 何もかも失って、かつてあった"北海道を守る"という信念と目標も消え去った。

 惰性で四国に来て、惰性で戦って。

 そんな中、友奈の願いを叶えてやろう、だとか。四国を守ろう、だとか。

 当座の目標を見つけて、その目標にすがりつくように毎日を戦っている。

 

 戦う相手は人間。

 怪物相手には、現状勝機なし。

 未来に希望などはなく、世界はとうに詰んでいる。

 今この瞬間も、四国に注がれているマガエノメナの電波が、友奈や雪花の脳細胞を破壊して、心にイライラや攻撃衝動を溜め込ませている。

 先が、見えない。

 

 それでも諦められないのは―――彼女が、勇者だからだろうか。

 

「……っ」

 

 それとも、単純に―――彼女が、『死にたくない』と心で叫んでいるからだろうか。

 

「私は生きるよ。どんな手を使っても……それが、悪いことだとは思わない」

 

 だって、このまま死んでしまったら。

 

 北海道からずっと守ってきた、北海道の人達と引き換えにしたも同然のこの命が、バカみたいじゃないか……雪花は、そう思うのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ここ数日、水都は大社を手伝い、よく眠れないくらいに毎日頑張って仕事をしていた。

 その疲れがたたったのか、まだ陽がある内に、うとうとしてしまう。

 そうして、夢を見始めた水都の心の、その奥で。

 悪夢を見て、水都が目覚める。

 

「うあっ!? ……ゆ、夢……」

 

 ティガダークを、夢に見た。

 あの日六体の魔王獣を圧倒した暴走ティガダークは、ブラックスパークレンスを介さない変身であったからか、異常なまでの純度の闇の暴威を見せつけていた。

 

 天の神のバーテックスや、海の邪神の作り上げた怪物などを混ぜて作るという製法は、星辰の魔王獣も星辰のバーテックスも同様である。

 魔王獣の場合は、天の神の力、海の神の力、星のエレメントなども混ぜ合わされた、まさしく神の如き存在だ。

 本来、自然災害さえも超越した存在で、人間では太刀打ちすらできない存在である。

 

 それを六体まとめて、完全暴走したティガダークが圧倒していた――ように見えた――姿は……水都のトラウマになってしまっていた。

 

「ひっ」

 

 思い出すだけで、普通の女の子な水都の口から悲鳴が漏れる。

 あまりにも力強く。

 あまりにも素早く。

 あまりにもおぞましかった。

 

 全ての命を無価値とみなすかのような暴虐。

 大洪水と土石流が目の前にまで迫ったアリは、きっとこういう気持ちなのだろうと、水都はその時思ってしまった。

 それほどまでに、強すぎるティガダークは恐ろしかった。

 

「落ち着いて……落ち着いて……御守さんは、私達を傷付けなかった……だから……」

 

 全ての敵を片付けた後、ティガダークは歌野と水都にも襲いかかってきた。

 伸ばされた黒い腕が迫り来る光景を、その手が目の前で止まる瞬間を、水都は覚えている。

 ティガダークに対する恐ろしさと、"それでも手を止めてくれた"という理性の理解の両方が、水都の頭の中をぐるぐる回っていた。

 

「……」

 

 水都は、元のサイズに戻った手の平を見る。

 ティガが暴走を止め、樹海化が解除された後、水都の体も元に戻った。

 "ティガの闇が一時的に体の巨大化作用を停止させたのだろう"とは、解析した大社の言である。

 

 大社の分析班によると、水都の体内に京個単位のナノロボットが注入されているらしい。

 シビトゾイガーが注入したのでは、というのが大社の推測だ。

 今は止まっているが、外部からまた指令信号でも飛んでくれば、また水都の体を巨大化させ、その体を操ってしまうらしい。

 

 水都は現在、いつ敵の手に落ちるかも分からない状態であるということだ。

 しかも大社曰く、"次に巨大化して自我が残るかは分からない"という。

 次の巨大化は、水都の心の死と、水都の手による殺人行為を意味するのである。

 水都の心に渦巻く絶望、焦燥、恐怖は、いかばかりか。

 

 既に現段階で、攻撃性を引き出された民衆によって、街を破壊した巨人である水都へのバッシングが始まっている。

 藤森水都は、打たれ弱い心しか持ち合わせていないのに、人類の敵になりつつあるのだ。

 

「御守さん……」

 

 水都は今、世界が怖くて、自分が怖くて、竜胆が怖い。怖くて怖くてたまらない。

 

 水都の長所は、危険なものを察知する感受性だ。

 それは打たれ弱さの裏返しでもあるが、見たものの危険度を敏感に察知してしまう。

 だからこそ、水都は他の何よりも、ティガダークを恐れていた。

 

 ティガダークは、ゲームで言えばゲーム機本体のリセットボタンのようなもの。

 発動した瞬間、敵も味方も、全てが壊れる。

 それを押せば勝負の負けは無かったことになるだろう。

 だが同時に、勝利も無くなる。

 

 そのリセットボタンを押させないようにしていたのが勇者達で、そのリセットボタンを完成させて自分のものにしたがっているのがカミーラだった。

 

「? あれ、牛鬼……」

 

 目覚めた水都が少し歩くと、そこに転がっている牛鬼がいた。

 酷く弱っているようで、水都は慌てて水とビーフジャーキーを持って来る。

 

「大丈夫?」

 

「もきゅ」

 

 牛鬼はこの数日、ずっとずっと結界の強化を維持していた。

 結界の初期強化ですら倒れるほどの消耗を背負ってしまっていたのに、それから数日、そのとてつもない負担をその身に受け続けていたのだ。

 

 全ては、"四国を手遅れにしないため"。

 大好きな飼い主である友奈の未来を繋ぐため。

 無理をして、無理をして、無理をして……牛鬼は、竜胆が勝ってこの状況が終わることを信じ、命を削るようにして結界を強化し続ける。

 おかげで、四国内部への電磁波の影響は、劇的に軽減されていた。

 それでもなお、四国内部が崩壊に向かっているのは、シビトゾイガーが悪意を煽っているからだろう。

 

 牛鬼は竜胆が好きではない。

 嫌いではないが、大好きな飼い主の友奈が竜胆を見ているとイラッとするので、竜胆のことは本当に好きではない。

 けれど。

 好きではないが、信じてはいた。

 

 牛鬼の力が尽きた時、四国は本格的に電磁波を防ぐ手段を失い、樹海化で全ての時間を止め、人類最後の十数分を迎えることとなるだろう。

 

「……そっか、君は……ううん、君も、御守さんを信じてるんだね」

 

「きゅっ」

 

 水都は牛鬼を抱き上げ、抱き締める。

 

 若葉の死、千景の死は、竜胆を最強の位階へと押し上げた。

 それすなわち、竜胆が若葉と千景をどれだけ大切に思っていたか、その証明でもある。

 

 ウルトラマンティガの三千万年前の異名は、"光の英雄戦士"。

 ティガダークの三千万年前の異名は、"闇の最強戦士"。

 英雄は人々を笑顔にし、自分よりも強い敵に勝利し、努力によって奇跡を起こす。

 最強は人々を恐れさせ、誰よりも強いがゆえに負けず、弱者の奇跡を踏み潰す。

 

 竜胆は過去の罪に苦しみ。

 これまでの戦いの中の、数々の喪失に苦しみ。

 そして、これからも苦しんでいく。

 

 そして竜胆が重ねた罪が、絶望が、悲嘆が、苦痛が。この世界の希望となる。

 彼の強さが、世界の存続に繋がる希望になる。

 竜胆の絶望が、皆の希望。

 竜胆の不幸が、皆の幸福を掴む。

 

 もっと絶望すれば、もしかしたら、絶望の果ての奇跡は起こるかもしれない。

 希望の果ての奇跡?

 そもそも、希望なんてどこにもないではないか。

 

 彼が罪を重ねていなければ、その奇跡はなく。

 彼が絶望してくれなければ、この世界に明日はない。

 

 死んでは駄目だ。

 生きて、生きて、生き延びて、生きながら延々と絶望し苦しまなければならない。

 

 でなければ、勝てない。

 勝たなければ、未来がない。

 

 子供の頃の竜胆の考えは、大まかに正しかったと言えるだろう。

 理不尽な苦しみ、理不尽な殺戮は、苦痛と地獄しか産まない。

 他の命を攻撃する行為は、幸福なんて生み出してくれない。

 幼い頃の竜胆が嫌った暴力の世界は、暴力の世界に身を浸した竜胆を、しっかりと不幸にしてくれた。

 

 けれど、仲間を傷付けないのであれば、竜胆は"それでいい"と思える。

 水都も、牛鬼も。

 そんな竜胆が勝つことを信じ……そんな竜胆が、幸福になることを、願っていた。

 

「大変だ!」

 

 牛鬼を抱き上げ、抱きしめている水都の耳に、遠くから届く声。

 

「伊予島様が!」

「心臓が止まってるぞ!」

「AED! AEDを持って来い!」

「……駄目だ! 心臓が動かない!」

 

 水都が、何か手伝えることはないかと思い、走り出す。

 

 色んなことが、色んなものが、どんどん手遅れになりつつあった。

 

 既にもう、数え切れないほど多くのものが、手遅れだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 四国全体で、人と人が争い合い、殺し合い、勇者や竜胆に止められている。

 

 ある者は絶望から。

 ある者は疑惑から。

 ある者は恐怖から。

 

 "もう世界は終わりだ"という気持ちが、強姦未遂事件や盗難事件などを頻発させ、この数日で傷害致死の件数も一つや二つでなく発生してしまっていた。

 マガエノメナとシビトゾイガーが、それを更に加速させる。

 人間同士が殺し合う。

 世界が終わっていく。

 混乱が混乱を呼び、秩序はもう戻って来ない。

 

 治安維持のためには荒っぽいことをせざるを得ないため、勇者や大社など、暴走した人々を取り押さえている者達に対しても、非難が積み重なりつつあった。

 非難の声の数は多くない。

 だが、暴漢を暴力や武器で取り押さえた者に対し、苦言を呈する者はいた。

 平和に慣れた人間達にとっては、血が流れるのを見ただけでもショックであるし……何よりもう四国に、脳を破壊されていない人間など、一人もいなかったから。

 攻撃性を引き出された人間は、勇者や大社への反感も強めていく。

 

 そんな中、竜胆は致死量の精神安定剤を飲み、TVやラジオに一斉に放送を流せるスタジオに立っていた。

 

「んぐっ」

 

 竜胆の体は再生する。

 致死量の精神安定剤を飲んでも、死にはしない。

 むしろ普通の人間が死ぬ量の精神安定剤を服用しなければ、まともに言語を紡いでいくこともできないくらい、今の竜胆の精神状態は危険だった。

 

全て殺せ、全て壊せ

 

 頭の中の衝動を、薬の力で強引に抑える。

 

 暴徒、暴走、暴動、暴虐。

 それらが満ちる街へと、ラジオとTVを通して大社の者の声が届く。

 竜胆が何かを語る前に、大社の人間が前振りを語り、"ティガから皆へ話がある"というメッセージを伝える。

 

 人々の耳が自分へと向けられているのを感じ、竜胆はマイクを持つ。

 人々の感情が、肌で感じられる。

 普通の人間が感じられないそれを感じることができてしまうことが、()()()()()()()()()()()()()()のようなものだった。

 

「か……」

 

 マイクに、言おうとしていたことを、言おうとして。

 躊躇う。何も言えなくなるくらいに、大きく躊躇う。

 だがその躊躇いを振り切って、竜胆は言おうとしていたことを、強く言い切った。

 

「彼ら彼女らが戦死したのは、弱かったからだ! ウルトラマンも! 勇者も!」

 

 四国全土から、殺意と敵意が向けられているのを、肌で感じる。

 今、竜胆は、四国全土の『勇者とウルトラマンを信じ、応援し、好きだった』者達全てを敵に回した。

 ティガを応援していた者達の心も、離れ始める。

 

「弱かったから死んだ! 弱かったから守れなかった! 戦士の恥晒しだ!」

 

 攻撃的になった人間、破壊衝動に呑まれた人間の敵意・憎悪が、竜胆一人に向けられる。

 目の前の家や建物を壊そうという想い、近くの人間や大切な人間を殺そうという想いが、全て竜胆を壊そう殺そうという方向性へと変わる。

 脳が壊れた人間は単純な思考で動くが、その思考はその脳から生まれるもの。

 

 皆が信じたウルトラマンが、皆が託した勇者が、ティガに侮辱されている。

 怒るのは当然だ。

 その怒りは、身を裂く烈火の如く。

 竜胆は、皆の善性を信じた。

 信じた勇者とウルトラマンを侮辱されれば皆の善性がそれを許さないと、信じていた。

 暴徒のほとんど全てが……脳が壊れてなお、ボブ達ウルトラマンと、若葉達勇者を、信じ愛していた。

 

 ゆえにこそ、ティガを憎んだ。胸の痛みを無視しながら、竜胆は言葉を続ける。

 

「だが、俺は違う! 悪逆非道! 残酷無比! だが最強だ!」

 

 皆を弱いと言い、俺は強いと言い切る竜胆。

 

 けれど、その本心は違う。

 竜胆は、自分が一番弱い戦士だと認識している。

 死んでいった皆を、本当に強かったと思っている。

 "誰かを守る強さ"で、死んでいった彼らに自分が勝っているだなどと、竜胆は一度たりとも思えていない。

 

「だから俺は今も生き残っている! 強い者が生き残る、当たり前だ!」

 

 弱いからあいつらは死んだ、俺は強いから生き残った、と言いながら、竜胆は張り裂けそうな胸の痛みから目を逸らす。

 

 そんなわけがない。

 皆が守ってくれたから、皆が助けてくれたから、竜胆はここに生きている。

 皆が死んだ理由は、弱かったから、なんてものじゃない。

 

「反論があるか? まあいい、強さなど、好きに考えていればいい。

 お前達がそう思うのなら、お前達の中では、その巨人か勇者が最強なんだろう」

 

 だが、今の最強は紛うことなく俺だ、と竜胆は怖気のする声色で言う。

 

「俺が守ってやる」

 

 傲慢で暴力的な竜胆の言動に、四国各地から反感と憎悪が湧き上がっているのが、感じられる。

 ティガを光の巨人として信じていた人間が、何人か、心離れていくのが感じられる。

 

「俺を存分に嫌え。俺を存分に頼れ。

 俺の性格がどうだろうと、俺が世界を救うならお前らは文句ないだろ?」

 

 今や、四国の多くの人間が、竜胆に負の感情を向けていた。

 

 マガエノメナによって攻撃的になった人間の想いは、肌に突き刺さるような感触を生む。

 

「黙って見てろ。雑魚なら雑魚なりに前に出ずじっとしてろ。ちゃんと救ってやる」

 

 人々は竜胆に怒り、竜胆を憎み……竜胆を、()()()()()

 

「ただし、騒いで余計な煩わしさを生み出す奴は―――踏み潰す」

 

 心胆を寒からしめる、TV画面越し、ラジオ機器越しに伝わる、ドスの利いた声だった。

 

 これは、恐怖という名の抑制。

 暴走する人間の心に引っかかり、暴力の前に思い留まらせるストッパー。

 マガエノメナの電磁波は、発狂した人とそうでない人に二極化するのではない。

 他人を殴っている人にも大なり小なり理性や思考が残っているし、暴走していない人にも大なり小なり脳が壊れた影響は出ている。

 

 だからこそ、『人間を沢山殺してきた殺人鬼ティガダーク』の脅しは、『これは脅しじゃない』という実感をもって、人々の心に浸透する。

 

 他の誰でもできなかっただろう。

 本当に虐殺を実行し、それを自分の意志でやったと常日頃から認めている竜胆だからこそ、この脅しは強い制約となって機能する。

 人々の頭に、無理矢理恐怖という名の新しいストッパーをかける、大社と組んで竜胆が立案した作戦は、ものの見事に成功した。

 

 これに関しては、例えばシビトゾイガーが「竜胆は人を殺せない、はったりだ」といった噂を流しても、完全に無駄である。

 それほどまでに、一時期バーテックスの一種とすら思われていた、虐殺者ティガのネームバリューは強い。

 

 放送が終了する。

 三好圭吾が、竜胆に話しかけてきた。

 

「いいのか、御守」

 

「どれのことですか?」

 

「お前……もう一生、まともな人間として見られることはないぞ。

 時間をかければ、お前の名誉を回復する方法はあったんだ。それを……」

 

「それに関しちゃ、残念だとは思いますけどしょうがないですよ」

 

 竜胆は、四国全域から向けられる憎しみや恐怖を、その身に受け止めていた。

 最高の結果と言えるだろう。

 竜胆の未来を犠牲にしただけで、四国の脳が破壊された全ての人達が、その攻撃性を竜胆にだけ向けている。

 それでいて、ティガを恐れて何もしていない。

 この理想的な敵意誘引状態がいつまで続くかは分からないが、竜胆は今、四国住民皆にとっての共通の敵となった。

 

 この戦いがどんな形で終わろうとも、戦いが終わった後の世界に、彼が生きる場所はない。

 これは不退転の決意でもあった。

 同時に、()()()()()()()()()()()()力を得ようとするという、最悪の選択でもあった。

 

「お前は、これで、本当によかったのか」

 

 竜胆の心変わりを期待し、今からでも前言撤回と、今の放送を無かったことにする決断を期待する三好圭吾を見て、竜胆は儚く笑う。

 

「大地先輩が、三好さんになんでああいうこと言ってたのか、分かりました」

 

 思い返されるのは、三ノ輪大地の言葉。

 

―――ワシは、あんたは高校の時から全く変わってないと思ったんだがなあ

―――あんたなら……ワシを捨て駒にしてでも、世界を守ってくれると信じてた

―――まさか、ワシを生かそうとしてカイトを犠牲にしたとはな。失望した

 

 こういう立場になって、三好が仲間として接してくれるのを見て初めて、竜胆はあの頃の三ノ輪大地の心情を理解する。

 心優しく、甘さも残る勇者達に囲まれていると、こういう男がいてくれることが、とても、とても心強く感じられた。

 

「信じてます。大地先輩の時みたいに、変に日和ったりはしないでくださいね」

 

「……」

 

「三好さん」

 

「……ああ、分かった」

 

 三好は、苦虫を噛み潰したような表情で頷く。

 ブラックスパークレンス無しで変身ができた竜胆は、もう手遅れだ。

 そう分かっていても、三好は嫌そうな顔を隠しきれていない。

 

 変身アイテムもなしに巨人に変身できるということは……もうその体は、普通の人間には戻れないほどに、完全に変質しきってしまった、ということだ。

 竜胆はもう、人間ではない。

 若葉と千景の死の絶望が、彼の心の闇を昇華させ、竜胆に完全に人間を辞めさせた。

 かの二人が、竜胆を人間ではなくしてしまったのだ。

 

 竜胆の体は、竜胆の衝動に従い、心の闇によって幾度となく改造されている。

 その体を今一度、"ある形"を目指して、非人間的に改変させた。

 竜胆の体は今、四国全域からの憎悪や恐怖を受け、『別のもの』に変異しつつあった。

 

「御守さん!」

 

 そこに飛び込んでくる、上里ひなた。

 

「ひーちゃんが一番乗りか。意外……じゃないな」

 

 若葉と千景は死に、友奈と杏は瀕死の状態。

 四国組、丸亀城組という枠で見れば、もうひなた以外の誰が一番乗りするというのだろうか。

 

「なんてことを……なんてことを!」

 

「落ち着けよ」

 

「御守さん!」

 

「信じられなくちゃいけなかったんだ。

 信じるってのは重要だ。

 相手に投げかけた言葉も、信がなければスルーされるからな。

 人々に信じられなければ、人々を落ち着かせることなんてできないんだ」

 

「でも!」

 

「俺の場合は、さ」

 

 竜胆は、自分のことも、自分がどう見られているかも、よく分かっていた。

 

「俺の善性なんて誰も信じてない。……だけどな。

 俺が悪人だってことは、皆信じてるはずだ。

 俺が悪だということを皆信じてる。誰も疑わない。だからこそ俺の言葉は、皆を動かした」

 

「―――」

 

 ティガを昔から信じていない人は「ほらやっぱり」と思ったことだろう。

 ティガを現在信じていた人達は「信じてたのに」とティガの傲慢な言動に失望しただろう。

 半信半疑だった人は、「ティガ疑ってる人の方が正しかったのかな」と思い始めただろう。

 

 御守竜胆の場合は、民衆に信じてもらうより、民衆に信じられない方が楽だった。

 信頼を積み上げるより、小さく積み上げていた信頼を崩してしまう方が楽だった。

 信じられるより。

 恐れられる方が楽だった。

 

(違う!)

 

 違う、とひなたは言いたかった。

 けれど、竜胆が言っていることの本質を理解してしまうと、もう何も言えない。

 

 竜胆が正義の味方だという認識は、何ヶ月経っても広がりきらず、浸透しきらず、民衆の中に対立と論争を生むだけだった。

 だが竜胆が悪を演じれば、それはストンと皆に受け止められる。

 ティガが悪というのは、少し前までの皆の常識だったからだ。

 

 正義であることはこんなにも辛くて。

 善であることはこんなにも困難で。

 光であることはこんなにも苦しくて。

 闇に堕ちることは、悪だと認識されることは、こんなにも楽だった。

 

 社会とはそういうものだ。

 いい人に見られることは難しい。

 一度やらかせば一生いい人に見られないこともある。

 だが、犯罪行為でもすれば、いとも容易く悪人だと認識してもらうことができる。

 悪い人に見られることは、とても簡単なのだ。

 

 幸せになれる人生を作ることはとても大変だが、幸せになれない人生を作ることは、とても簡単なことなのだ。

 竜胆は、"そうした"。

 

「皆は、俺を残虐非道の悪だと信じ、おとなしくなってくれた。

 皆に信じられ、皆を落ち着かせ、皆に望まれた結果を出す。

 それが―――最後に一人生き残った巨人として、俺が最後に果たすべき使命だ」

 

「最後なんて……最後なんてっ……言わないでくださいっ……!」

 

 竜胆は苦笑して、手の平を上に向ける。

 そこの『光』が消えた。

 跡形も無く、空間に穴が空いたかのように、ごっそり消えた。

 それだけではない。

 周囲の光がどんどん消えていく。

 竜胆の手の上に光が吸われて、消えて、周囲が真っ昼間なのにどんどん暗くなっていく。

 

 竜胆は手の上で玩具を転がすような感覚で、周囲の光全てを玩具にしていた。

 

「……え?」

 

「俺は全部を壊し、全部を救う。

 全部を殺して、全部を生かす。

 これでようやく……皆を守れるかもしれないな」

 

 それはもはや、神話の中の神が行使するような、闇の権能であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日本における、人間が神となる道筋は二つ。

 

 一つは『英雄神』。

 人との戦争、化生の討伐、その他諸々の偉業を残した何者かが、褒め称えられ、社にて祀られ、"優れた人間としての神"となるもの。

 外国で言えば、ヘラクレスなどがこれにあたる。

 

 そして、もう一つ。

 人や国を祟る神―――『祟り神』。

 人々に恐れられ、人々を虐殺し、大災厄をもたらす、荒ぶる神。

 それでいて、人々が祀ることで、人々を守る守護神と成る神。

 日本以外にはあまり見られないタイプの神だ。

 

 虐殺という大災厄をもたらし、人々に邪神の如く恐れられたものならば、そう『成る』資格は十分にある。きっと、誰にでも。

 

 

 

 

 

 『日本三大怨霊』というものがある。

 崇徳天皇、菅原道真、平将門の三人のことだ。

 

 崇徳天皇は、政争に負け流刑にあい、落ちぶれに落ちぶれ失意の中、天/天皇家への呪詛を残して死に、幾多の呪いにより人々を苦しめ、皇室を没落させたとも語られる大怨霊。

 菅原道真は学者出身の身で大出世し、メンツや嫉妬で動いた貴族達の陰謀に陥れられ、絶望の中死に至り、世に大災厄をもたらしたと言われる大怨霊。

 平将門は、反逆者として討ち取られた者であり、討ち取られた後幾多の厄災をもたらしたと言われる大怨霊だ。

 

 三大怨霊のどれもこれもが、天変地異をもたらした逸話、呪いをもたらし因縁の人間を呪い殺した逸話、原因不明の事故が頻発したという噂などに事欠かない。

 21世紀に突入した現在になっても、三大怨霊の呪いの存在を信じている人間は少なくない。

 

 後に、崇徳天皇は四国の守護神や、スポーツの守護神などに。

 菅原道真は学問の神、学ぶ者の守護神に。

 平将門は、江戸や人々の守護神として扱われることとなる。

 日本三大怨霊は、怨霊であるにもかかわらず、祭神として扱う神社も多い。

 

 だが、これはよくよく考えてみれば、どこかおかしい。

 

 ありえないのだ、そんなことは。

 祀られただけで怒りが収まる?

 それまで怨念で蹂躙していた人々まで守る守護神となる?

 なんだそれは。

 人間の心は、そんなに都合良くは出来ていない。

 

 崇徳天皇という人間は、菅原道真という人間は、平将門という人間は、「ごめんなさい」と謝ったくらいで、絶望しながら死んでいったことを全て許してくれる、寛容な人間だったのか?

 そんな人間がいるものなのか?

 違う。

 何かが、違う。

 

 つまりそれは、こう言い変えることもできる。

 「人間は怨念を忘れない」。

 「人間は謝ったくらいじゃ許してくれない」。

 「()()()」。

 「()()()()()」。

 「()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()」。

 

 そういうことだ。

 

 神話の神など、現実の人間と比べれば、よっぽど温情的だ。

 だって、謝れば許してくれるのだから。

 祀れば、怒りを収めてくれるのだから。

 人間はそんなことでは許さない。

 人間はそこまで寛容にはなれない。

 

 だから昔からずっと人間は、大怨霊を祀って神に仕立て上げることで、自分達が酷いことをした人間から強制的に許しを引き出すということをしてきたのだ。

 

 若葉の持ち精霊であった義経も、大天狗/崇徳天皇もそうだった。

 義経は、義経を事実上抹殺した兄・頼朝に。

 崇徳天皇は、後白河天皇に。

 社を立てられ、"さあ祀ったぞ許してくれ"とでも言わんばかりに、祀られた。

 

 舐めた態度にすら見えるが、これで神の如く祀られた怨霊達は抑え込まれてしまう。

 祀られたなら許さなければならない。

 それがルール。

 このルールを超えて災厄をもたらし続けている神など、それこそ天の神くらいのものだ。

 

 祀られた怨霊は、時に人を守る守護神とならなければならない。

 それがルール。

 怨霊神、祟り神は、恐怖・憎悪・怨念の中から生まれてくる。

 そして、人々にとって都合のいい存在となる。

 怨念で動く恐ろしい存在は、人々にとって都合のいい加護をもたらす存在へと変えられる。

 

 人々は祟り神を恐れながら、怪物や怨霊の魔の手から、祟り神に守ってもらうのだ。

 恐れながら守ってもらうその関係は、日本という国に大昔からあったものだった。

 まるで、ティガダークと四国の人々の関係のようである。

 

 竜胆は、その領域に至る。

 人々に恐れられ、嫌われ、恐れ混じりの祀りを受け、人々を守る。

 極限まで変質した竜胆の闇の肉体は、祟り神や邪神に似た性質を持っており、そこに全人類からの恐怖と憎悪がぶつけられたことで、竜胆は完成した。

 

 竜胆は、民衆にとって都合のいい存在になった。

 恐怖と憎悪をぶつけられながら、人を守る存在となった。

 祟り神に、幸福な未来などありえない。

 怨念に突き動かされ、思うまま望むまま災害をもたらすだけだった大怨霊が、人々に都合のいい加護を振りまく守護神に変えられてしまったのと、同じように。

 

 もう、人間には戻れない。

 

 天の神、海の邪神を倒すために―――御守竜胆は、祟り神の一種へと成り果てたのであった。

 

 

 

 

 

 竜胆の口から全てを知ったひなたが、泣き崩れる。

 どんどん皆死んでいく。

 どんどん皆自分を犠牲にしていく。

 もう、見ていられない。

 

「なんで……なんで……若葉ちゃんも……御守さんも……!」

 

 祟り神は、日本の神道解釈においては、『荒御魂』とも言う。荒ぶる神のことだ。

 

 祀られ、恐れられ、憎まれ、その上で人間を守護する『憎しみの神』。

 そんな荒御魂に、竜胆は成り果てた。

 神を倒すために、神に成り果てたのだ。

 人間が成れる数少ない神―――怨霊神と成り堕ちた。

 

 もう、その体は人間のそれではない。

 だが、彼の体は以前からずっと、化物のような人間ではあった。

 それは、人間のような化物の体になっただけである。

 闇に寄った彼の体は、祟り神として再構築するのには、最高の資質を持っていた。

 

「代償を支払ったのは、俺だけだ。だからいいんだよ」

 

 竜胆の頬を、力なくぺちりと、ひなたの平手が叩く。

 

「よくない……いいわけがないです……!」

 

 ひなたが、無機質な竜胆の瞳を覗く。

 周りの人を見る竜胆の優しい目が、もうそこにはない。

 今の竜胆には、かつての優しさが何割残っているのかも、分からない。

 ひなたの瞳から、涙が溢れる。

 

「私は……私は……私は! 若葉ちゃんだけじゃなくて、あなたにも、あなたにだって……!」

 

「……よく分かんねえけど、泣かせて、ごめんな」

 

 涙が、更に溢れる。

 

 想い出を削り、想いを削り、心を削り。

 優しさを捨て、思いやりを捨て、愛を捨て。

 未来を失い、幸福を失い、自分自身すら失い。

 "いつもの暴走のその先"へと、我を捨て、到達する。

 人間の先の領域へと到達する。

 

 そうでなければ、人々に求められた領域まで到達できない。

 人々に求められた"平和と未来を"という願いを、祟り神・ティガは叶えられない。

 それでは駄目だ。

 人々の願いを叶えなければ。

 元々祟り神として、憎んだ敵を民衆ごと災厄で襲っていただけの存在だった……今は人にとって都合のいい守護神と使われてしまっている、先輩の祟り神達と同じように。

 

 カミーラを憎み、人に恐れられる祟り神と成り。

 祀られて、人間に都合の良い神様になっていけばいい。

 人らしい部分など、どんどん切り落としていけばいい。

 人々の笑顔と幸福を守る神様に成っていくのなら、人間としての部分など不要だ。

 

 竜胆の頭に、色んな人との約束が浮かんでくる。神になれば、果たせない約束だ。

 

 だが竜胆は、全ての約束、全ての希望、全ての未来を切り捨てた。

 

 憎悪(ちから)で、敵の全てを破壊し尽くすために。

 

 そうやって、皆の未来を自分の命と引き換えにでも勝ち取るために。

 

憎悪の純度を下げるな

 

若葉達を守れなかった自分を憎んでもいいが、今の僕らにはそれすら余計だ

 

敵だけを憎め。憎悪の純度を保て。全身全霊で憎め

 

肉体、精神、魂、全てで敵を憎め。憎む以外の機能はいらない

 

余計な思考も、余計な仲間も、余計に力を割く部分などいらない

 

さあ、終焉だ。海の邪神も、天の神も、諸共に滅ぼそうか

 

 もう、完全に手遅れだ。

 

 御守竜胆は『神』になった。

 

 命を滅ぼし、人に崇められ、怨念に突き動かされているのに、人間にとって都合のいい存在としてしか在れない『荒御魂』となった。

 

 もはや彼は憎しみと災厄の具現としてしか在れない、邪神の類である。

 同時に、人にとって都合のいい存在としてしか在れない、世界最新の神である。

 

 恵みを与えることはない。

 幸福をもたらすこともない。

 笑顔からも縁遠い。

 ただ、壊すことと殺すことで、人々に未来を与える荒御魂。

 そして一つ、これに類似する神性を持つ神がいる。

 

 農耕の破壊神。

 何かを生み出すのではなく、今ある何かを破壊する荒ぶる神。

 オロチを殺すことで少女の未来を守る神。

 『天の神の弟』にして、天の神を恐れさせた暴神、神樹の核たる神の一柱―――スサノオ。

 

 神樹の中から、そのスサノオが、強くなるための最短の道を進んでいる竜胆を――間違った道に進んでいるティガを――その目で見つめていた。

 

 

 

 

 

 竜胆の戦いは、若葉と千景が死んで絶望しても、途切れることはない。休みもない。

 彼は戦い続けなければならない。

 かつて大勢の人間を殺し、贖罪のために人を守ることを決めたなら、天の神に勝利するその時まで戦い続けなければならない。

 

 まだ戦えるのに膝を折ることは許されない。

 楽になることなど許されない。

 自分が楽になるために戦いから逃げることなど許されない。

 戦い続けなければならない。

 

 たとえ、全てを失っても。

 たとえ、最後の一人になっても。

 たとえ、荒御魂と成り果てても。

 まだ、世界は終わっていないから。

 御守竜胆は、戦い続けなければならない。

 

 

 




 希望が無いなら強化イベントを迎えればいいじゃない
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