夏空の下、ウルトラマンは、友をいじめた子供達を虐殺した   作:ルシエド

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 素敵な日、七夕。
 みーちゃん誕生日おめでとさんです。誕生日からして女子力高いなあ……

 ちなみに今日は『時に拳を、時には花を』のOP歌詞で有名なウルトラマンコスモスの放映開始日でもあります。
 そして特撮の神様・円谷英二の誕生日でもあります。
 のわゆとウルトラマンの記念日がクロスした、このクロスオーバー二次にとっても重要なクロスの日なのです。

 ここにウルトラマンR/B放映開始日まで重なるという!


4

 優れた人間が、神と成る。

 祟った人間が、神と成る。

 大まかに分けて、人間が神と成るのはこの二パターンだ。

 

 "雷は天の神の権能である"。

 それは、世界中の神話に共通するルールだ。

 神成(かみな)り、ゆえに(かみなり)と見る説も多く、雷に打たれたことで神の類に成る神話も多い。

 

 また、ゼットとガイアの決戦の時に現れた天の神の化身は鏡であったが、鏡は神道的解釈をすれば『我を抜くことで神と成る』ものである。

 カガミからガを抜けばカミとなる。

 "無我の境地"と言うように、人間が究極に向かうなら、その過程で我を捨て去る道がある。

 祟り神としての純度を上げるために、竜胆は『自分/我』を削り取る必要があった。

 

 そうやって、自分の力を高め……竜胆の手が、眠る杏の頬に触れる。

 

 今日一度、杏の心臓は止まったらしい。

 大社の医療班のみならず、呪術研究班まで総動員で、奇跡的に杏の心臓を再度動かすことに成功したのだと、竜胆は聞いていた。

 まだ、杏は生きている。

 もはやペースメーカーでもなければ心臓の状態が維持できず、されど衰弱しすぎで手術に耐えられないために、ペースメーカーの埋め込みなどは検討さえされていない……そんな状態の杏に触れるが、竜胆の力では何もできない。

 

 祟り神の一部は、雷神だ。

 祟り神が引き起こす落雷などの災いが、そういった属性を付けたと言われている。

 神成(かみな)りを経て雷神となった祟り神は、雷の権能を持つ。

 

 だから竜胆は、"できるかもしれない"と思ったのだ。

 黒い雷による、天の神のタタリを、どうにかできると思ったのだ。

 同じ神になったなら、できるかもしれないと、そう思ったのだ。

 けれど、できなくて。

 友奈からも、杏からも、黒い雷を介した祟りの呪詛は引き抜けなかった。

 

 一つの神話体系の主神である天の神と、ぽっと出の祟り神でしか無い矮小な荒御魂である竜胆が同格であろうはずもない。

 

「駄目か」

 

 助けられない。

 

「駄目なのか……」

 

 杏は眠り姫のまま。

 もしかしたらこのまま、死ぬまで目を覚ますことはないかもしれない。

 起きたとしても、苦しみながら残り少ない余命を数えていくような目覚めの時間に、果たして救いはあるのだろうか。

 

「神になってすら無能なら……俺にできることって、なんなんだよ……」

 

 助けたくて伸ばした手は、杏の頬に触れるだけ。

 触れたかったのではなく、救いたかったのに。

 竜胆の願いは叶わない。

 彼は祟り神となり、人々の願いを聞き届ける存在となったが、彼自身の願いを叶えてくれる神様なんてものは、どこにもいやしない。

 

 "杏を自分の手で助けられないこと"を悲しみ、悔い、自己嫌悪する心が残っていても。

 杏の生存と幸福を願う心が残っていても。

 『杏の心臓が一度止まったけれどそこから助かったことを喜ぶ心』は、もう彼の中に残ってはいなかった。

 

 だから、「助かってよかった」という言葉を、竜胆が口にすることはなかった。

 

 

 

 

 

 誰もが、変わりたくはなかった。

 友奈は、友人が死ねばわんわんと泣いてしまう自分のままでいたかっただろう。

 竜胆だって、誰かを殴る必要のない、泣いている人に手を差し伸べるだけの自分のままでいたかっただろう。

 

 けれど、誰もがそのままでは、いられなくて。

 

 

 

 

 

 人知れず、丸亀城の片隅で、竜胆は蹲り、頭を抱え、胸を掻き毟り、額を叩いて、地面を転がり反吐を吐く。

 

「ぐっ……あっ……ああああっ……!」

 

 酷い車酔いを数万倍にしたような気持ちの悪さ。

 全身を毛虫が這い回っているかのような不快感。

 肉にも骨にも、焼けた鉄の棒を突っ込まれているかのような激痛。

 祟り神への変異は、相応の苦痛を竜胆にもたらしていた。

 

 人間でなくなる、という過程がもたらす身体的苦痛。

 だが、頑張る理由があるなら、耐えられる。

 心の中で、祟り神になってでも守りたかったもの、大切なものへの想いを、一つ一つ数えながら思い浮かべていく。

 

(あれ)

 

 想いを数え終わって、竜胆は違和感を持つ。

 

(俺が頑張る理由って……こんなに少なかったっけ……)

 

 思い出せない、大切なものがあった。

 失われた大切な想いがあり、"大切なものでなくなった"ものがあった。

 大事な人間だと思えなくなった人がいた。

 想い出が歯抜けになった、大切な人がいた。

 

 球子との想い出など、もう半分も残っていない。

 

「うっ……ぎっ……!」

 

 想い出が削れて、正気が消え、生まれた心の隙間に狂気が流れ込む。

 

 人間としての心。

 祟り神としての形質。

 新造脳を基点とした、暴走時の精神。

 全てが入り混じって、もうわけが分からなくなっていく。

 

 だから、竜胆を探してそこに来たひなたに、竜胆が襲いかかったのは、ある意味必然と言っていいことだった。

 

「きゃっ!?」

 

 竜胆の左手がひなたの腕を取り、右手がひなたの首を掴む。

 竜胆の握力であればひなたは窒息……いや、首の骨が折れても、何らおかしくはなかった。

 

 ひなたの首に指が食い込む。

 竜胆は明確な殺害行動を取りながらも、目の前の人間がひなたであると認識できてもいない。

 彼の理性は、ひなたを殺そうとなんてしていない。

 だがもはや、厄災を撒き散らす神になりつつある彼は、"罪なき人を理不尽に災禍で殺す"存在としての側面をその身に備えてしまっている。

 

「御守、さ……」

 

 ひなたの弱々しく痛々しい声を聞いても、竜胆は何の反応も示さない。

 呻き声を上げ、ひなたの首を握る右手に込めた力を増す。

 

 首が折れる。

 竜胆がもう少し力を込めれば、ひなたの細い首は容易に折れる。

 正気に戻った竜胆は、自分の手で殺したひなたの死体を前にして、何を思うだろうか。

 

 ひなたが振り解こうとしても、竜胆の腕の力は強すぎる。

 今にも殺されそうなその状況で、ひなたは竜胆に微笑みかけた。

 

 恨み言を言うのも、恨みがましい顔をするのもいけない。

 それは竜胆の心の傷になるからだ。

 ひなたは、ただ竜胆への思いやり一つで、竜胆に微笑みかける。

 気にしてない、と言わんばかりに。

 若葉が死んで、この世への未練がほとんどなくなったひなたは今、『竜胆に笑顔でいてほしい』という想いが『死の恐怖』に勝っていた。

 

「正気に戻っても……気に病まないで……ください……」

 

 竜胆は大切なものを失った果てに、自分も失い。

 ひなたは一番大切なものを失ってなお、ひなたらしかった。

 

「巫女は……代わりがいて……

 でも……勇者や……ウルトラマンには……代わりがいなくて……

 あなたに代わりはいなくて……だから……あなたが苦しいのなら……」

 

 勇者や巨人に、代わりはいない。

 だが数が限られているそれらと違い、神の声を聞ける巫女ならば、いくらでもいる。

 合理性で見るなら、巫女は何人か生贄に捧げたっていいくらいにはいるのだ。

 ひなたのその言葉の根底には、"自分なんて生きていてもいなくても変わらない"という、若葉の死によって生まれた無力感と厭世観があった。

 

「私と……違って……

 みんなを……守れる……強いあなたに……代わりはいませんから……」

 

 首を絞められながらも必死に竜胆のために言葉を紡ぐ、上里ひなた。

 

「いえ……そうじゃないですね……そういうの、抜きにしても……御守さんは……」

 

 理屈を組み立て、竜胆に何か言葉をかけようとするひなたの思考は回っていない。

 首を締められていることで、脳に血が行っていないのだ。

 だからひなたは朦朧とした状態で、頭に思い浮かんだ言葉を、そのまま口から出している。

 ゆえにこそ、その言葉は、彼女の心からそのまま飛び出した真実の言葉である。

 

「ただの人間としての御守さんが……

 皆にとっても、私にとっても、代わりがいない、かけがえのない、大切な……」

 

 首を締められながら、苦しそうにしながらも微笑み、ひなたは自分の苦しみを消すためではなく―――竜胆の苦しみを消すために、言葉を選んだ。

 

「だから……私が死んだことを理由に……泣いたりなんて……しないでくださいね……」

 

「―――」

 

 ずっと付き合ってきた心の闇も、祟り神としての性質もねじ伏せて、竜胆の目に正気の光が戻って来る。

 いや、戻って来た、と言うのは違う。

 ひなたが、引き戻したのだ。

 闇の中から光の中へ、竜胆を引き戻してくれたのである。

 

 竜胆の手がひなたを離し、ふらりと倒れたひなたを竜胆が抱きとめる。

 

「……代わりなんているか!」

 

「げほっ、けほっ……みもり、さ……」

 

「巫女にだって、君の代わりなんているはずない!」

 

 ひなたの自分の命すら投げうつような献身の言葉が、祟り神へと成り果てた竜胆を、辛うじて人間の世界に引き戻してくれた。

 彼女が醜く暴れていたなら、こうはならなかっただろう。

 掴んできた腕を引き剥がすことに体力を使っていたら、こうはならなかっただろう。

 竜胆が後悔しないようにと、首を締められてもなお竜胆を思いやったその優しさが、竜胆の心を救ってくれたのである。

 

「ごめん、ごめんな、大丈夫か?」

 

「へーき、です。大丈夫です……」

 

「俺が……俺のこの手が君を……」

 

 ひなたの首を締めていた手を見つめ、竜胆が歯を食いしばる。

 

「御守さんを責めていいのは、被害者の私だけ。

 そうだとは思いませんか? そして私は、あなたを責めません」

 

「……ひーちゃん」

 

「若葉ちゃんがああなって……生きる意味なんて、ほとんどなくなって。

 でも私がまだ生きている理由。まだ自死を選んでいない理由。それが、分かりました」

 

 竜胆も、ひなたも。

 本当に大切なものを失ってなお、踏ん張っている。

 絶望してなお、優しさからか、周りの人を見捨てられないでいる。

 

「あなたのことが、放っておけないんです。心配で、心配で、しょうがないんです」

 

 ひなたが、竜胆をこちら側に引き戻したように、竜胆の存在もまた、若葉が死んで絶望し自死を選ぶ可能性もあったひなたを、引き止めてくれた存在だった。

 

 ひなたはともすれば、頼りがいのある若葉に対して以上に、竜胆に対して心配していたのかもしれない。

 

「だから、辛くても、まだここに生きています」

 

「……ありがとう。

 でももう、自分に代わりがいるとか、言わないでくれ。

 今みたいに死を受け入れて、俺に語りかけることだけするとか、やめてくれ。

 俺にとって、ひーちゃんの代わりなんていない。俺にとって、君は本当に大切な人なんだ」

 

 ひなたが微笑み、直球で言われた"本当に大切な人"という言葉への照れを誤魔化す。

 

「若葉が……若葉がああなった今。

 俺は君の未来と幸福に、責任を持たないといけないんだ」

 

 ひなたも。

 竜胆も。

 『若葉』と口にするだけで、嘔吐しそうなほどに苦しんでいる。

 そのくせ、『若葉』の名前を出さずして、互いに誠実に向き合えない。

 若葉という存在を脇に置いておいて、話すことができない。

 

 若葉が抜けた竜胆とひなたの関係性は、球子が抜けた直後の竜胆と杏の関係性とどこか似て、どこか歪んでいた。

 

「それなら」

 

 もしも、竜胆が、人間のままでいてくれたなら。

 別の関係性に発展していく可能性も、あったのだろうか。

 

「それなら、普通の人間として寄り添ってほしかったですね。私はそこが、本当に悲しいです」

 

 ひなたは竜胆のことを、仲間相応に理解していた。

 いつもの竜胆なら、ここで「ひーちゃんは優しいな」とかなんとか言って、ひなたが竜胆のことを理解していることに、どこか嬉しそうな顔をしたはずだった。

 

「俺のことが嫌いになったか?

 悪かった、嫌われるようなこと、するつもりはなかったんだ」

 

 けれども、竜胆のひなたに対する理解は、どこかズレていた。

 ひなたが今更、竜胆のことを嫌うことなどあるはずもないのに。

 "どうして若葉ちゃんを守ってくれなかったんですか"という言葉を、絶対に言わないと心に決めている時点で、ひなたが竜胆を嫌うことなど、ありえないはずなのに。

 

「……話せば話すほど、御守さんらしさが減っていっているように、感じます」

 

「え?」

 

「"御守さんってこの流れでこういうこと言う人だったかな"って思うと、もう……」

 

 自分自身を切り捨て、自分の心を削り落として、己の想いも捨て置いて、竜胆はどんどん『違うもの』になっていっている。

 

 どんなに絶望しても、闇に堕ちることのなかった竜胆の心が、闇に染められつつあった。

 

「以前の御守さんは、私の理解者の一人だったと思います。

 私のことも、皆のことも、よく分かってくれていたと思います。でも」

 

 変わりゆく竜胆を、悲しい目で見つめるひなた。

 『大切な人が死んでしまう苦しみ』ではなく、『大切な人が変わり果てていく苦しみ』。

 今の竜胆を見て、ひなたが感じている苦しみは、三千万年前のカミーラがティガを見て感じていた苦しみと同じものだった。

 

「あなたが"それ"を捧げてまで強くなってしまったことが、悲しいんです」

 

 ひなたが言う"それ"が何を指しているか分からなかったようで、竜胆が曖昧な表情をする。

 

 代名詞を使って会話が成立するのは、深い相互理解の証だ。

 だが、逆に言えば。

 意味が通じると思って使った代名詞の意味が通じず、相手に首を傾げられてしまったなら、それはそこに相互理解がないことの証明である。

 ひなたと竜胆は互いを想いながらも、以前ほどの相互理解は、既に二人の間には存在していなかった。

 

 

 

 

 

 変わりたいという想いがあった。

 変わりたくないという想いがあった。

 けれど、誰もがそのままでは、いられなくて。

 

 

 

 

 

 二人の勇者と祟り神は、今の四国の治安維持の要である。

 警察官等は怪我、消耗、果てはマガエノメナの電磁波による裏切りで、もう多くが戦線を離脱してしまっていた。

 愛媛に行ってそのまま休みなく半日以上愛媛で鎮圧活動をしていた、なんてこともザラだ。

 

 移動手段は大社の車、大社のヘリ、距離によっては勇者はその足で走って現場にまで向かっていく。終われば一端丸亀城に帰投だ。

 あくまで勇者と巨人は対バーテックス用防衛戦力である、という点を重視している。

 

 竜胆と歌野は、ヘリで帰路についていた。ヘリの座席で隣同士に座っている。

 人外になった竜胆はともかく、歌野は丸一日治安維持活動に参加していてもケロリとしていて、雪花が「どんな体力してんのよ」と驚くほどだった。

 今も竜胆の隣で、疲労の欠片も見せていない。

 それどころか、丸亀城に帰還したならすぐに農園に手を入れる気満々だ。

 毎日農業をやってきた歌野の体力は、本当に底知れないところがある。

 

「そうだ歌野、ちょっと頼んでいいか」

 

「なーに? えっちなこと以外なら大体聞いてあげたいところだけど」

 

「しねえよそんなお願い」

 

 竜胆は今朝あったひなたとのことを、かいつまんで歌野に話した。

 

「……ってわけで、歌野の方からフォロー入れといてくれないか」

 

「別にいいけど、竜胆さんが自分で何かしら慰め入れればいいんじゃないの?」

 

「正直言って、俺は多分、ひーちゃんの気持ちを半分くらいしか理解してないと思う」

 

「え」

 

 ひなたが怒った理由、悲しんだ理由、竜胆にああいうことを言った理由。

 ()()()()()()()()()、竜胆はその半分程度しか理解していない。

 そこに自覚を持てている分、今の竜胆はまだマシだろう。

 祟り神化が進行し、こういったものに自覚すら持てなくなった時、彼は『殺される人の痛み』すら分からなくなっているに違いない。

 

「他人が考えてることが、よく分からなくなってきたんだ」

 

「……」

 

「いや、なんだろうかな……

 相手の気持ちになって考えれば、前は自然にできてたんだ。

 なんか、相手の気持ちになって考えるというか……人間の気持ちが分からなくなってきた」

 

 ヘリの窓から街を見下ろし、竜胆は呟く。

 

「なあ、なんで人間は、こんなに愚かなんだ?」

 

「―――」

 

 竜胆らしくない物言いは、竜胆の仲間の心を削る。

 

「はぁ」

 

「? どうした?」

 

「いえ、なんでもないの。ノープロブレムとは口が裂けても言えないけどね」

 

 今の街を見れば、そういう感想が出てくるのは当たり前だ。

 当たり前だが……歌野は、竜胆の口からそんな台詞を聞きたくなかった。

 

 こうなってしまった竜胆を見て、初めて歌野は実感する。

 普段の竜胆がどれだけ人々に対し寛容だったか。

 普段の竜胆がどれだけ民衆に愛を向けていたか。

 普段の竜胆がどれだけ人の愚かさを許していたか。

 

 "人間は愚かだ"という台詞は、竜胆にはとても似合っていなかった。

 そんな台詞が似合わない竜胆のことを、歌野はずっと好ましく思ってきたのだ。

 

「最近の竜胆さん、会うたびに人間性が削れてるみたいで、あんまり好きじゃないわ」

 

「ずばっと言うな」

 

「ソーリー。でも、オブラートに包む方があなたのためにならないと思ったから」

 

 竜胆は若葉と千景を失ったあの戦いの後から、酷い顔しかしなくなった。

 祟り神になってからは、もっと酷くなった。

 転がり落ちるように闇に堕ちていく竜胆の姿が、『どれだけ千景を大切に思っていたか』『どれだけ若葉を大切に思っていたか』を証明する。

 

「前の話、覚えてる? あれ、今でも有効だからフォーゲットしちゃ駄目よ」

 

「前の話?」

 

「戦いが終わったら諏訪に来れば、って話」

 

「……え」

 

 竜胆はきょとんとする。

 今でもその話が有効だとは思っていなかった。

 いや、それ以上に、歌野が今の竜胆にもその誘いをしてくれたことに、彼は驚いていた。

 

「すごいことにね、諏訪の皆、まだ頭がおかしくなってる人一人も出てないのよ」

 

「……それは凄いな。いや、お世辞抜きに凄い」

 

「大社の人は皆心の支えがあるから酷い暴走をせずにいられてるんだって言ってたわ」

 

 それは歌野のことだろうと、竜胆は思う。

 

「そして皆、まだ竜胆さんのことを受け入れる気満々なのよね」

 

「……俺は、ああいう放送したぞ。冗談だろ」

 

「ああ、諏訪の皆さん、あの放送の内容全然信じてないのよ」

 

「!?」

 

「何か作戦でも考えてるんだろう、シビトゾイガーでも騙そうとしてるんじゃないか、って」

 

「いや、んなバカな。そんな信じられるようなこと、俺はあの人達に何も……」

 

 誰の言葉でも揺らがない、祟り神となった竜胆の心。

 

「皆、あなたのことを『守ってくれたウルトラマン』だと思ってるからでしょう?」

 

「―――」

 

「理由なんて、そのくらいで十分なんじゃないかな」

 

 その心に、ほんの小さなさざ波が立った。

 

「ははっ」

 

 竜胆は自嘲の笑みを浮かべる。

 

 人々を守る正義の戦士として戦っていた時は、竜胆を悪だと疑い信じなかった人がいて。

 今の四国には、悪を演じた竜胆を、悪だと信じない人がいた。

 "ティガは悪なんかじゃない"と言い切っている人の数は、ほんの僅かで、四百万という総人口から見れば無視していいほどに少ない。

 けれど、それでも。

 諏訪の人達は、その全員が、竜胆/ティガを信じていた。

 

「なんか俺、信じてもらいたいのにいっつも、『みんな』に信じてもらえてねえな……」

 

 自嘲もするというものだ。

 

「私もみーちゃんも信じてなかったもの。

 だって、悪者っぽすぎるでしょ、放送のあれ。

 他に信じてない人がメニーメニーいても、おかしくはないと私は思うわ」

 

 諏訪の者以外にも、ティガをまだ信じている者はいるに違いない。

 

 少しではあるが、ティガの言葉を信じなかった者達がいた。

 ティガが傲慢であるとも、暴力的であるとも、悪だとも信じなかった者達がいた。

 竜胆を信じていたから、竜胆の言うことを信じなかった者達がいた。

 

「自分の目で見たものだけを信じてるんだな、歌野達は」

 

「頑張ってる人を信じてるのよ、私達は」

 

 微笑む歌野。

 竜胆が見せる強さが苦痛に耐える強さなら、彼女のこの微笑みは、どんな強さから生まれるものなのか。少なくとも、耐えるだけの人間からはこの微笑みは生まれない。

 歌野のこの微笑みと、絶望の中でも決して折れない強さを見続けてきた諏訪の住民は、ティガに対する接し方一つ見ても、何か、どこかが違った。

 

「間違えるあなたもひっくるめて信じてる。

 あなたの間違いもひっくるめて受け入れている。

 でもね、それはあなたが間違った時、何もしないってことじゃないわ」

 

 ああ、これは俺の選択に怒ってるんだな、と竜胆は察する。

 

 けれど竜胆は、自分の選択の何が歌野を怒らせてしまったのか、分からなかった。

 

「後戻りできないとは思わないで。アンダースタン?」

 

「後戻りってなんだよ」

 

「一人でアクティブに、皆から離れた遠いところに行かないってことよ」

 

 歌野は心を読めるから、竜胆に一番効果のありそうな言葉を選んでいるのに。

 竜胆の心は微塵も揺らがない。

 "いくら言葉をかけても無駄だ"と、心を読める歌野には分かってしまう。

 負荷に耐えながら竜胆の心を読んだ時に、竜胆の心を何も変えられていないことを、理解できてしまうのだ。

 

 それがことさらに、歌野の心に嫌な絶望感を味わわせていた。

 

 

 

 

 

 こんな幸せな日々が続いてほしいという、少年少女の願いがあった。

 その少年少女達の幸せな日々が、苦痛と凄惨に終わってほしいという願いがあった。

 誰もがそのままでは、いられなくて。

 

 

 

 

 

 竜胆が放送を行ってから、まだ一日も経っていない。

 だが竜胆は、放送の後もずっと四国中を飛び回り、夜もずっと人々を守り続け、朝になっても守ることを止めず、朝にはひなた、次には歌野と接し、ずっとずっと動き続け、人々に敵意と恐怖を向けられながら、完全発狂に至った人間達を鎮圧し続けた。

 

 竜胆の放送はとても効果があったようで、理性が完全に吹っ飛ぶ段階までいった人間以外はほぼ全員、竜胆/ティガに明確な反抗を行わなかった。

 戦って、戦って、戦って。

 一人丸亀城に戻って来た竜胆は、ひなたを見つける。

 

「ひーちゃ―――」

 

 その瞬間を、どう言葉で表現すれば、正確なものになるのだろうか。

 

 竜胆の腹に、深々と、ひなたが手にした包丁が突き刺さっていた。

 

「―――え」

 

 竜胆の人間性がどんなに削れようと、そこにはひなたへの信頼があった。

 ひなたへの信頼があったから、竜胆は無防備だった。

 無防備だったから、素人相手に簡単に刺されてしまった。

 それは、竜胆がひなたの全てを受け入れ、彼女を信じ切っていたという証明。

 

「どうして若葉ちゃんを守ってくれなかったんですか……どうして! どうして!」

 

 マガエノメナの電磁波は、攻撃衝動を引き出し、脳を破壊する。

 ひなたの脳の"御守さんは悪くない、私が支えないと"と考える部分は破壊されてしまった。

 "御守さんが若葉ちゃんを守っていれば"という小さな想いが、もはや抑え込まれることなく、竜胆への攻撃衝動として転換される。

 

 朝、竜胆に微笑みかけ、竜胆を思いやっていた少女が今、竜胆を殺したくて殺したくてたまらない顔をしているという最悪。

 

 マガエノメナの電磁波は、心を自由自在に操るものではない。

 ただ、頭で考える全ての物事の結論を『攻撃』『殺害』『破壊』に帰結させるだけのものだ。

 ひなたの中の自制心や理性は、もうとっくに吹っ飛んでいる。

 若葉という大切な人を失った気持ちを捻じ曲げて、竜胆という大切な人を攻撃させる。

 この電磁波には、そんな残酷を可能とさせる力があった。

 

「あなたは私と違って強くて!

 私と違って、若葉ちゃんを守れる場所にいたはずなのに! どうして!」

 

「ひ、ちゃ、んっ……!」

 

「何か、手を抜いていたり、気を抜いていたりしていたんじゃないんですか!?」

 

 竜胆の腹に突き刺された包丁を、ひなたがひねって、腹を裂くように横にスライドさせて、卵をかき混ぜるような手付きで、竜胆の腹の中を包丁でかき回す。

 ()()()()()()()()()()()

 

 竜胆は激痛に表情を歪めた。

 腹は包丁に刺されている。

 心は言葉に突き刺されている。

 腹と心を同時に刺され、竜胆は更に追い詰められていく。

 

 心の方が、ずっと痛かった。

 

「ひーちゃん」

 

 竜胆は腹を刺されながらも、ひなたを抱き締める。

 

「ごめんな。無力で、無能で、何もできない俺で……本当にごめん」

 

 ひなたが包丁で更に腹の中身をかき回す。

 腹をかき混ぜ終えて、包丁ごと腕を腹の中に突っ込み、竜胆のアバラの内側まで包丁でかき混ぜ始める。

 ()()()()()()()()()()()

 

「君は俺を引き戻してくれたのに……俺は君を、引き戻してやれない」

 

 竜胆は、無力を嘆く。無能を謝る。

 ひなたの親友を守れなかったこと、ひなたを今救えないことを嘆き、謝る。

 その声色は、今にも泣きそうで。

 ひなたを抱き締める腕は、とても優しくて。

 

 竜胆の体の中身をかき混ぜる包丁の動きが、止まった。

 

「君を助けられなくて……若葉を守ってやれなくて……本当に、ごめん」

 

「―――」

 

 ひなたの手と包丁が引き抜かれ、包丁が地面に落ちる。

 ひなたの血まみれの手が自らの頭を抱え、ひなたは勢いよく、自らの頭を、地面に強烈に打ち付けた。

 まるで、他人への攻撃衝動を、自分自身に向けたかのように。

 

「ひーちゃ……ひーちゃん!?」

 

 最後に微笑み、倒れるひなた。

 青ざめた顔で、ひなたに駆け寄る竜胆。

 額から血を流すひなたを、竜胆は必死に医務室へと運び込む。

 

 医務室で大社の人間に説明されるまで、竜胆はひなたが何故そんなことをしたのか、まるで理解していなかった。

 

 電磁波で破壊されたひなたの脳は脆くなっており、地面に打ち付けたことで元に戻らないくらいに破壊されてしまっていたこと。

 ひなたがそうして、竜胆を守ってくれたこと。

 僅かに残った意志で、自らの頭を壊してまで、竜胆を守ってくれたこと。

 自分の脳を自分で壊したひなたは、もう二度と目覚めることはないこと。

 事実上、ひなたは『自殺』で竜胆を救ってくれたのだ、ということを。

 

 竜胆は大社の人に説明されるまで、何一つ理解していなかった。

 ひなたが最後の瞬間に見せた微笑みの意味すら、竜胆は理解していなかったのだ。

 

 見れば分かるようなそんなことすら、分からなくなっている竜胆は……もうきっと、『人の心』というものすら失いかけていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ひなたの病室の前で項垂れていた竜胆に、届く出撃命令。

 戦わなければならない。

 戦い続けなければならない。

 戦いはまだ何も終わっていない。

 竜胆に落ち込んでいる時間など許されていない。

 

 項垂れていた竜胆を見て、秋原雪花は躊躇い、同情を顔に浮かべ、嫌な気持ちを噛み締めて、竜胆の手を引き無理矢理に車に乗せた。

 

「戦える?」

 

「問題ない」

 

 会うたびに、人間性が消えていくような竜胆の表情に、雪花は嫌なものを感じる。

 竜胆のこの表情が、雪花は嫌いで嫌いで仕方なかった。

 

「怖くないの?」

 

 移動中の車の中での雪花の問いかけに、竜胆が雪花に顔を向ける。

 

「報われないまま、皆に嫌われながら死んでしまうの、怖くないの?」

 

「怖くないわけないだろ」

 

「なら」

 

「もっと怖いものはたくさんある」

 

「……」

 

「ひーちゃんの、この案件の方が……そうやって死ぬことより、ずっと怖かったことだ」

 

 マガエノメナの電磁波は、皆を攻撃的にし、皆の脳を壊す。例外はない。

 勇者も。

 巫女も。

 巨人も。

 均等に、全てが加害者兼被害者になる可能性があった。

 

「皆に笑顔でいてほしい。

 皆に幸せでいてほしい。

 皆に生きていてほしい。

 こんな簡単で強い願いも、俺の中から消えていってしまいそうで、それも怖い」

 

「自分が自分でなくなること、か。私もそれは怖いわぁ、やんなっちゃう」

 

「約束があったんだ。雪花は知らないだろうけど」

 

「約束?」

 

「ナターシャって子が、ひーちゃんの死を予言して……

 俺達は、その予言を覆すため、全力を尽くして……

 俺は、ひーちゃんを守ると約束して……未来を変えて、ひーちゃんを守って……」

 

 涙を流すひなたの命を、竜胆は守ると誓ったのだ。

 いつでも、どこでも、何からでも。

 

「ナターシャが命を捧げてまでひーちゃんを守りたいと思った想いは、無駄だったのか?」

 

 ボブが死んで、ボブと仲の良かった球子も死んだ。

 ケンが死んで、ケンが料理を教えていた杏も瀕死。

 大地が死んで、大地が守ろうとしていた従姉妹の若葉も死んで。

 海人が死んで、海人にとって至上の女性である友奈ももう死にそうで。

 

 今日、死んだアナスタシアが母のように慕っていたひなたが、事実上死亡した。

 

「なんで俺は、こんなに平気なんだ……?

 絶対にありえない。ありえないんだ。

 頭が言ってる。

 俺は、ひーちゃんが死んだら、我慢できず泣き叫ぶ人間だって。

 なのに、心が全然、震えない。頭が泣いてて、心が全然泣いてない……」

 

「御守先輩……」

 

「なのに心は、静かに絶望してて、激情もないのに、何故か闇に沈んでるんだ」

 

 竜胆はもう人間ではない。

 祟り神、災厄神だ。

 だから、どんどん"人間らしく悲しむ"ことができなくなっていく。

 仲間が死んで、泣けないのに、絶望だけは感じて、心の闇が膨らんでいく。

 

 彼の悲しみと怒りは、バーテックスを前にした時、真の意味で発揮されることだろう。

 それが祟り神だ。

 祟り神の激情は、真に祟る相手にぶつけられる時にこそ発現される。

 

 めそめそ泣くことなど許されない。

 祟り神は怨念を叩きつけるために在る。

 仲間が死んだ悲しみで何かをすることは許されず、仲間が殺された復讐をして、バーテックスを皆殺しにしてやらねばならない。

 

 祟り神に求められるのは、悪い意味での人間らしさ。良い意味での人間らしさは必要ない。

 要らない人間らしさは、自然に竜胆から削ぎ落とされていく。

 

「ひーちゃんは、脳が壊れたからもう目覚めることはないってさ。

 つまりは、死だ。

 なあ、俺って、友達が死んでこんな平然としてるようなやつだったっけ?」

 

 竜胆は加速度的に自分を見失なっていく。

 そして雪花は、竜胆のことを多くは知らない。

 所詮彼女は新参だからだ。

 竜胆のことをよく知る者は、竜胆に"竜胆らしさ"を語れる者は、もうほとんどいない。

 

 雪花が、友奈への恩から"友奈の友人を助けてやろう"と思おうと、竜胆への同情から"助けてやりたい"と思おうと、雪花にできることなどない。

 

「悪い雪花、何か気にかかることがあったら、すぐ言ってくれ。

 俺はそういうの、言われないと分からないんだ。

 雪花を仲間として頼らせてもらう。

 もう俺は、他の人間の助けがないと、人間性ってものが分からなくなってきてるんだ」

 

「……ん、分かった。まー、私程度じゃ仲間には、不十分かもしれないけどね」

 

「不十分だなんて思わないって」

 

 竜胆の言い切りに、世辞の意図はない。

 

「数日だけど、一緒に人間相手に戦ってきただろ。俺にも分かることはあった」

 

「んー、そんなに分かりやすいことなんかしたっけかなー」

 

「人を守って、人と戦う。その姿を見て、分かることは多かった」

 

 竜胆の断言に、誇張はない。

 

「人を守るために頑張ってくれてる雪花を信じてる。

 なんていうか、そうだな。

 お前、歌野と同じくらい頼りがいがあるんだよ。フィーリングだけど」

 

「あら、高評価。嬉しいもんですな」

 

「一人で戦ってきた奴は、やっぱ強いよな……尊敬する。俺は、真似できそうにない」

 

 それは『皆』と一緒だったからこそ戦ってこれた竜胆が口にした、諏訪で、北海道で、四年近く戦ってきた勇者に対する、本気の尊敬だった。

 紛うことなく、竜胆の本音。

 いつか神化の過程で消える、竜胆の残り少ない人間らしさだった。

 

「一緒に戦ってきた四国の勇者が皆いなくなっただけで、もう駄目だ。

 なんか駄目だ。俺はどっかしら駄目になってる。

 俺は間違ってる気がするんだけど、そう言ってくれる仲間も、もういなくて。

 でもこれしか方法がないし、皆を守るためにはこの道しかないから、なんていうか……」

 

 この本音も、いつかは消える。

 

「……俺が、俺でなくなっていく。俺が俺を忘れていく。

 俺のことを知ってる人達がいなくなっていく。

 "俺はどういう人間だったっけ"って聞ける人がいなくなっていく。

 俺が俺のことを忘れて、俺のことをよく知っている人が、皆死んでいって、俺が忘れられて」

 

 人間らしさを失うことを恐れる気持ちも、いつかは消える。

 

「きっと最後に『ティガ』は残るけど、『御守竜胆』は残らない」

 

「!」

 

 日本三大怨霊達は、守護神である祟り神という名の『偶像』だけが残って、伝承にある『本人』の性格などは、めったに語られない。

 人間の時の性格なんて無視されて、人々がイメージする『人々を守る怨霊神』の性格こそが本物となる。

 それがルールだ。

 

 「他人を神格化するな」という言葉は、人類史で幾度となく使われてきた言葉だ。

 他人の性格を過剰に上等に見るな、という意味である。

 つまり、本物の性格と、神格化された性格というものは、全然違うものであり。

 "神格化された性格"というものは、『本物と全然違う性格』という意味を内包している。

 

 ゆえに『神格化した竜胆』は、『本物と全然違う性格』になりつつあった。

 

 今の竜胆は荒御魂。

 荒ぶる神と成り果てる者。

 いずれは神話の神のように、人間の死に眉一つ動かさなくなる可能性もあった。

 

「だったらさ。

 まだ、『御守竜胆』が残ってる内に……

 『御守竜胆が信じた人』を、一人でも多く残しておきたいじゃないか」

 

「……っ」

 

「雪花が頼れる奴で良かった。

 雪花が信じられる奴で良かった。

 『御守竜胆が信じた人』を、幸運にも一人増やせた」

 

 だから、竜胆のその台詞はもう、半ば遺言のようなものだった。

 今の自分が消える前に、一人でも多く信じられる人を作っておきたいという、自らの死を前提とした悲痛な願いだった。

 "竜胆が信じた人"が増えるということは、竜胆の死後、竜胆の大切な人達を守ってくれるかもしれない人が、増えるということでもあったから。

 

「御守先輩」

 

 雪花の信条はギブアンドテイク。

 効率・合理・利己を求める珍しいタイプの勇者が、彼女だ。

 されど彼女も間違いなく、無垢なる少女を愛する神に選ばれた勇者である。

 

 その心の根底には、損得抜きで他人を見捨てられない性情があった。

 

「生きたいとは思わないの? そんなお綺麗な在り方に、私ゃ共感はできないかなー」

 

「生きたいさ」

 

「じゃあ、生きるために色々すればいいんじゃない?

 で、余計なことはしないようにすればいいんじゃない?

 生きるためなら何したっていいんじゃないかな。私はそれが悪いことだとは思わない」

 

「生きるために、か」

 

 雪花には彼が生きたいのか、そうでないのか、判別がつかなかった。

 

「頭の良い雪花なら分かるか?

 一人殺した罪は、何人救えば帳消しになる?

 一人守れなかった罪は、何人守れば帳消しになる?」

 

「……え」

 

「俺には分からない。

 計算式が分からない。

 どう計算すれば良いのか分からない。

 考えれば考えるほど、時間の経過が、俺の中の俺を削っていって、もっと分からなくなる」

 

 色んな意味で、若葉と千景の死は、竜胆に対する"トドメ"になっていた。

 

「何億人守ったら、俺は若葉とちーちゃんを死なせた自分を許せるんだ?」

 

「―――」

 

「何億人救っても……俺は……自分が生きていることを許せない、気がする……」

 

 若葉の命一つが、千景の命一つが、何億人という命に匹敵するほど、竜胆の中で大切なものであったなら。

 

 それを守れなかったという罪悪感は―――どう拭い去れば、いいというのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大社の通信機が鳴り響く。

 弱者の足掻きは、少しばかりの成果を上げていた。

 なんと勇者でもウルトラマンでもない大社職員の尽力により、先手を取って四国外の魔王獣を先に見つけることに成功したのである。

 

「三好さん! 鷲尾さんから連絡です! 結界外に魔王獣を確認したと!」

 

「……来たか!」

 

 ほとんど不可能だと諦められかけていた、先制攻撃、あるいは体勢を整えてからの待ち伏せのチャンス。

 四国周辺を哨戒してくれる元自衛隊の武装船団が事実上の全滅状態にある今、結界外の敵を先に見つけられたのは、誇張抜きで奇跡であった。

 

「しかしどうやって見つけたんだ?

 今の四国結界の外は地獄だ。

 マガエノメナの電磁波が満ちている。

 結界外に出られない以上、まともな方法では結界外の調査はできなかったはずだが」

 

「めっちゃ長い望遠鏡をチームで手早く自作して使ったそうです。

 結界内から結界外まで余裕で届く10mくらいまで延長できる長さのやつを」

 

「おおっと予想以上にアナログだが効果的な手法の返答来たな……」

 

 結界の外は発狂電磁波で満ちている。

 ドローンの類を飛ばそうにも、結界の壁がある上、結界外の密度が高すぎる電磁波が電波を阻害してしまうため、操作ができない。

 そこでとんでもなく長い望遠鏡を作って、結界内から結界外まで伸ばし、外を覗くというかなりアナログな手段が採択されていた。

 

 今の四国の資源、使える人材、使える時間が限られていたとはいえ、平時では絶対にやらないようなとんでも手段である。

 これで四国の周囲をぐるりと回りながら、四国周辺を望遠鏡でくまなくチェックしたという熱意と労力は褒められてしかるべきだろう。

 

「あ、続報が……ま、魔王獣が移動開始! 四国を目指して進軍中との知らせが!」

 

「ルートは? いつもと同じく香川方面か?」

 

「はい!」

 

「よし……一々丸亀城に勇者と竜胆を戻すスタンスでやっていたのが功を奏したな」

 

「白鳥歌野、秋原雪花、御守竜胆の三名は丸亀城に待機中です。いけます」

 

「十分に休憩を取らせておけ。万全の準備と心構えをさせた上で、迎え撃たせるぞ」

 

「結界に入って来なかったらどうしますか? 三好さん」

 

「御守を中心に先制攻撃をかまさせる。それができると、奴は言った」

 

 先に敵の位置を確認できたというだけで、作戦の構築はぐっと楽になる。

 三好は胸を撫で下ろしたが、他の職員は少し不安げだった。

 

「でも、ティガは暴走するんじゃ……」

 

「そうならないために、御守は人間を捨てたんだ」

 

「え」

 

「今のあいつは、正しく祟り神だ……祟る相手は、間違えない」

 

 今のティガダークは、過去最強の状態にある。

 かつ、バーテックスを殺すためだけに存在する、祟り神でもあった。

 

「鷲尾さんに確認してもらってくれ。マガエノメナはいるか?」

 

「はい、少々お待ちを……駄目です、三好さん、マガエノメナはいないそうです」

 

「……一々采配に隙がないな、あちらは」

 

 マガエノメナを前に出さない的確な采配。

 マガエノメナが来ていたなら、結界の中にマガエノメナが来た瞬間に、光線でその命を吹き飛ばす作戦を立てたってよかったというのに。

 

「え……嘘」

 

「どうした?」

 

「鷲尾さんの連絡によると、敵は二体……その片方が……ゼットだそうです!」

 

「―――!」

 

 マガエノメナは来ていない。

 なのに、ゼットは来るという。

 一刻も早くマガエノメナを倒さなければならず、それ以外の敵など相手にしたくない人間勢からすれば、本当に嫌な采配だった。

 

 ただでさえゼットは最悪の強敵だというのに、ゼットを倒しても四国の状況は何も改善しないというのが、戦う前から戦意を擦り削ってくる。

 

「勝てよ、御守」

 

 三好圭吾は、画面の向こうの丸亀城に向けて静かなエールを送る。

 

「三ノ輪に続き、お前まで奴に殺されるなんてことは……絶対に許さないぞ……」

 

 多くのものを失ってきた御守竜胆が、自分自身すら切り捨てて、皆を守るため変容して得た祟り神の力。

 それが負ける未来など、三好は想像することすらしたくなかった。

 勝てるはずだ、と三好は自分に言い聞かせる。

 勝ってくれ、と三好は竜胆に対し祈る。

 

 人が祈り、神が叶える。

 竜胆という祟り神と人間の関係は、加速度的に"らしく"なりつつあった。

 

 

 

 

 

 三好の祈りは、ちゃんと竜胆のもとへと届いていた。

 今の竜胆は神である。

 四国全土から届けられる憎悪、恐怖、祈り、その全てを竜胆は受け止めていた。

 良くも、悪くも。

 

 そんな竜胆、背伸びをしている歌野と共に、雪花は丸亀城の塀の上で待機していた。

 何気なく深呼吸して、心を落ち着ける。

 仲間との接触と会話を避けるように離れた場所にいる竜胆と、近くにいてくれている歌野を交互に見て、雪花は昔故郷で聞いた北海道の神話の話を思い出していた。

 

人間臭い神(アイヌラックル)……そんな話もあったなあ」

 

「アイヌラックル?」

 

「アイヌの神話で、地上で一番最初に生まれた神様のこと。

 アイヌラックルには『人間みたいな神』『人間臭い神』って意味があるんですわ」

 

「北海道の神様なんだ」

 

 歌野は興味津々、といった風に話を聞いている。

 雪花が竜胆を見ながら"人間臭い神"と言っていることに気付くと、少し苦笑していた。

 

「……人間臭い神、ね」

 

「ん、そういうことだよ」

 

「雪花さんが思い出すわけだわ、うん」

 

 今の竜胆は、普通の人間と言うには人間性が薄すぎる。

 かといって、普通の神と言うには人間味がありすぎる。

 アイヌの神話における"人間臭い神"アイヌラックルを雪花が連想して思い出したのは、当然のことだった。

 

「アイヌラックルはね、雷の神様が一目惚れした木の女神に雷を落として生まれたの。

 まあ雷神が雷を落としたもんだから、落雷と同時に出産、出産した女神は焼滅するんだけど」

 

「うわっ、酷い」

 

「まー神話だからね。

 アイヌラックルはその後、女神に愛されて育てられるの。

 人間の子供達と遊んで育って、人間らしく育っていくわけね」

 

 アイヌラックルは、人と親しむ神である。

 

「大山場の序章にて、立ちはだかる悪い魔女。

 そして悪しき神にその使徒、魔物! 更には暗黒の国の魔王!

 アイヌラックルは愛する姫を奪われ、視力まで奪われてしまうのです。

 女神の助けで視力を取り戻し、聖なる剣を授かるアイヌラックル。

 強固な防具を身に着け、目指すは姫をさらった魔女や悪しき神の座す、暗黒の国!」

 

「おお……キングロードね!

 なんだか現代のゲームでも十分やっていけそう。

 アイヌの神話がそんなにワクワクドキドキなものだったなんて、知らなかったわ」

 

 戦いを前にしているというのに、歌野も雪花も自然体だ。

 益体もない話をして、互いの緊張を解きほぐしている。

 戦闘経験豊富なこの二人でなければ、こうはならないだろう。

 

「で、アイヌラックルはどうなるの?」

 

「魔女も、悪しき神も、魔王も、全員ぶち殺してから暗黒の国を焼き払うわけですよ」

 

「うわっ、予想をオーバーに超えてきた!?」

 

「炎は12日間燃え続け、暗黒の国の全てを灰にしたんだって。

 悪は国ごと全部燃えて消えて、世界は平和になりましたとさ。やー、怖いねー」

 

「凄いアングリーね、姫に手を出されたことがよっぽど腹に据えかねたのかしら」

 

 アイヌラックルはそうして、魔王も魔神も魔女も皆殺しにし、人の世界に平和をもたらしたというアイヌの英雄神である。

 

「アイヌラックルは、人間を導き、争いを引き起こす人間を裁く神……

 一言で言っちゃうと、『平和の神』なんだってさ。

 地上で一番最初に生まれた神様が平和の神って、なんか無性に好きなのよ」

 

「うんうん、私から見てもベリーグーよ」

 

「でもアイヌラックルは醜くなっていく人間に失望して、地上を去ってしまうんだなこれが」

 

「あら」

 

「なんつーか、アレね。

 神様っていうのは、人間の醜さとかに、打ちのめされる運命にあるのかも。

 で、失望して、何かこじらせて……何か変な結論出しちゃう。

 人間を愛してる神様ほどそういうもんなのかなーって、私は思っちゃうかな」

 

 雪花の視線は、離れた場所で佇んでいる竜胆の方を向いていた。

 

「そのアイヌラックルも……

 人間に失望して、人間を見捨てていったわけだけど……

 "善良な人間は見捨てきれずにいる"って語られてるから、本当にね……」

 

「あ、もしかしてバーテックス襲来の時も、そのアイヌラックルが手を貸してくれてたり?」

 

「みたいだねー。全く、お人好しな神様もいるもんだよ、北海道には」

 

 うんうん、と歌野が頷いている。

 

「なるほどなるほど、人間臭い神、だから連想してしまったと……」

 

「え、何言ってんの。歌野も連想の原因の一人よ」

 

「ワッツ?」

 

「アイヌラックルが愛した、妻になったその姫が、『白鳥姫』っていう女神だったからね」

 

 白鳥歌野はちょっとした不意打ちに少々動揺し、頬を掻いた。

 

「……あ、あー、えー、なんか意味深? どうなのそこんとこ」

 

「そんなに深い意味はありゃしませんよー。

 ただ、人間臭い神と白鳥が揃ってると、私としては色々思い出しちゃうわけね」

 

 適度な距離感で会話し、互いの精神状態をいい塩梅に持っていく雪花と歌野。

 

 そんな二人に、やって来た水都が話しかけ、激励の言葉を送って、二人の次には竜胆に声をかけてくる。

 

「これから戦いなんですよね、頑張ってください、御守さん」

 

「……?」

 

 竜胆は、曖昧な表情をした。

 感受性の強い水都は、その時点で嫌な予感を覚える。

 

「ごめん、君の名前なんだっけ」

 

「―――」

 

 人間性が失われれば失われるほどに。

 人間としての竜胆が失われれば失われるほどに。

 竜胆は祟り神としての純度を増し、ティガダークは強くなる。

 

 竜胆の言動から、水都は多くを察した。

 泣きそうになって、けれどこらえて頑張って、せめて竜胆が生きて帰って来れることを祈り、純に願う。

 

「藤森水都です。御守さんの……お友達です。

 だから、友達として、ここでずっと、御守さんの無事を祈ってます」

 

 水都の真摯な言葉が、切なる想いが、竜胆の心のどこかを動かす。

 

「ああ、思い出した。俺は、君を守りたかったんだよ、確かそうだった」

 

「……っ」

 

「見送りありがとうね"水都さん"。それじゃ」

 

 思い出した、とは言うけれど。

 『あの子を守れ』という想い以外には、竜胆は何も思い出してはいなかった。

 水都に対し何もかもを忘れていても、『あの子を守れ』という想いだけは失っていなかった。

 それは竜胆が水都に対して抱いていた想いの中で、それが一番強いものであったから、それ以外に理由はないだろう。

 

 これこそがきっと、カミーラにとって最も目障りなものである。

 

 記憶を失おうと。

 心がすり潰されようと。

 竜胆が竜胆であるために必要な、精神的構成要素の全てが燃え尽きようと。

 

 『それを守ろう』という竜胆の光の意志は、最後まで残る。

 

 カミーラはこれを折ろうとしていて、ゼットはこれこそを尊んでいる。

 一言で言えば、それこそが竜胆の『心の芯』だ。

 これが折れれば、ティガは邪悪なる神の如き闇の巨人に成り果て、これが残れば守護神たる祟り神として在り続けることができるだろう。

 

 普通の人間に戻る分岐路?

 そんなものはない。

 彼の人生に残された最後の分岐点は、これだけだ。

 邪神の如き闇の巨人に成るか、祟り神として完成するかの二つに一つ。

 

「……来る。歌野、雪花、準備を」

 

 やがて、竜胆の感覚が敵の侵攻を捉える。

 このタイミングでの魔王獣達の侵攻の理由は一つ。

 歌野と雪花の抹殺である。

 

 カミーラは竜胆に僅かな希望さえも残さないつもりだ。

 全ての勇者を多様に殺し、竜胆に希望を与える者を全滅させようとしている。

 歌野と雪花が勇者として竜胆を立ち直らせてしまうという、僅かな希望の可能性すら、カミーラは見逃す気が無いのだ。

 

 二体の大型バーテックスが結界内に踏み込み、結界内が樹海化現象に飲み込まれていく。

 

 希望を摘み取るカミーラの使徒は、ゼットとマガヒッポリト。

 ゼットは尋常な勝負の結果、この日に人類の絶滅を確定させるため。

 マガヒッポリトは、ゼットの強さを利用しつつも、ゼットを出し抜いてティガを闇に堕とすためのシチュエーションを完了させるため。

 違う目的を抱え、この戦場に立っている。

 

「久しぶりだな、ティガ。少しは強くなったか?」

 

「……ゼット」

 

「お前には時間を与えた。

 人間どもには問いを投げかけた。

 お前達が答えを出す時がきた。

 誰一人として他人事ではいられなくなった今こそ、私はお前達に問いかけよう」

 

 ゼットはヒッポリトが余計なことをしないよう槍で制しながら、手招きして竜胆を挑発する。

 

「―――『滅びを拒絶する理由』。お前達の、魂が発する叫びを聞かせろ」

 

 ゼットが問いかけ、竜胆が答える。

 

「『生きたい』んだよ、皆、皆! 誰だって、死にたくねえんだ! 未来に生きたいんだ!」

 

 息を吸い、竜胆は胸に手を当て、叫ぶ。

 

「―――ティガアアアアアアアアアッッッ!!!」

 

 叫ぶ人間体の肉の内側で、何かが膨らむ。

 それが人間体を内側から破裂させつつも、膨張は止まらず、痛々しい竜胆の叫びと共に膨らみ続け、53mになったところで停止する。

 人間体の内側で膨らみ、人間体を破裂させながら現れたそれこそ、ティガダーク。

 ブラックスパークレンス無しでの変身は、グロテスクな光景と共にあった。

 

 獣の咆哮の如き叫び声を上げ、ティガの指がゼットを指差した。

 

『皆、生きていきたいんだ!』

 

「他人事のような叫びだな、ティガ」

 

『―――』

 

「"俺は生きたいんだ"という叫びの方が、まだまっすぐだ」

 

 「俺以外の皆は生きていたいんだ」と、「俺も皆も生きていたいんだ」は全く違う。

 竜胆は、前者であった。

 ゼットの『他人事』という指摘が痛烈に刺さる。

 

「結局……本当の意味では、ウルトラマンになれないままか」

 

『……俺は、ウルトラマンになれるような人間じゃない! これまでも、これからも!』

 

 光の巨人を期待したゼットの望みとは正反対に、竜胆は闇の道に進んで行った。

 

『駄目だった……俺は、あの人達みたいなものには、なれなかった……!』

 

 苦悩するティガ。だがその苦しみも、心の闇の糧となり、彼の力を増大させる。

 

『だが、構わない!

 なりたかったものになれなくてもいい!

 目的を果たせるものに成り果てることができるなら、それでいい!

 ―――お前達を一体残らず皆殺しにできる力が得られるなら、何に成ろうが構わない!』

 

 これが、光の巨人に憧れ、光を貰い、その背中を追った闇の巨人の少年の末路。

 

『俺がどうなろうとも、構わない!』

 

 ティガのカラータイマーは、もう二分で点滅、三分で止まるということもなくなった。

 何故ならもう、ティガは光の力を一切使っていないからだ。

 カミーラ然り、完成された闇の巨人は三分制限を持たぬもの。

 竜胆は強がって反抗心を見せてはいるが、その体はカミーラの狙い通りの変容を遂げている。

 

 鳴らなくなったカラータイマーを見て、竜胆はふと、球子がくれた言葉を思い出した。

 

 

 

■■■■■■■■■■

 

「カラータイマー。知ってるか?」

 

「タマはアレ、"ピンチだから助けてくれ"って仲間に知らせるためのもんだと思ってる」

 

「"お、ウルトラマンがピンチだ!"って、アレ見れば仲間はひと目で分かるだろ?」

 

「巨人は人間よりもずっとずっと、"仲間を信じて一緒に戦う"前提の奴らなんだ」

 

「ピンチに助けてって素直に言わない奴でもカラータイマーは素直だからなー」

 

「お前のカラータイマーが鳴った時は、タマとか千景とかが助けに来るさ。

 あ、暴走してなければ、の話だぞ?

 だからお前は頑張って暴走しないようにすること!

 お前はまだタマの信用を全く勝ち取ってないんだからな。分かったか?」

 

「うむ、よろしい。

 お前が頑張ればタマも頑張ろう。

 周りが見えなくなりそうな時も、お前の背中はタマに任せタマえ!」

 

■■■■■■■■■■

 

 

 

 ああ、そうだったなと思考して、竜胆は仲間の存在を意識しながら構える。

 

 頼むぜタマちゃん、と竜胆は思って。

 あれ、タマちゃんいないな、と思って。

 なんでいないんだっけ、と思って。

 タマちゃんって誰だっけ、と思って。

 俺はタマちゃんのこと大好きだったんだよな、と思って。

 だからタマちゃんって誰だよ、と思って。

 

 ふと、全てを思い出して。

 

 タマちゃんが死んでしまったことを思い出して、心で泣いた。

 

 心の涙は、闇に溶けて消えていく。

 彼のカラータイマーは、仲間に助けを求める機能を喪失した。

 

「……グレートはお前に、そんな姿になることを、望んでいたわけではなかっただろうに」

 

 ボブ/グレートを殺したゼットがそんなことを言うものだから、竜胆は心底激怒した。

 

『殺したお前が! テメエが、それを! 言うなぁぁぁぁぁッ!!』

 

 闇雲に飛びかかったティガの巨体を、ハイパー化もしていない通常の状態で殴り、力の向きを変えることで受け流すゼット。

 

『ぐあっ……!』

 

「これで私とお前の一騎打ちも最後だ。

 勘だが、分かる。

 今日この日が……私とお前の最後の決着の日になるだろう」

 

 これが、最後になる。

 

「悪辣な女の企みの結果ではなく。

 神の玩具にされるが如き終わりでもなく。

 人間としての意地と矜持を見せ、華々しく散れ。価値ある終わりを迎えるがいい」

 

『断る』

 

 最後に勝つのは、正義の味方か、それとも敵か。

 

『どんなに醜くても、情けなくても、往生際が悪くても……滅びたくねえんだよ』

 

「だがお前は、自分が滅びる分にはよいのだろう」

 

『……』

 

「自分の命がどうでもいいと思えるほど摩耗しながらも、それでも人間が大事か」

 

 ゼットは問いかける。

 

「それほどまでに、人間が愛おしいか」

 

『……ああ』

 

 竜胆は、今日までの自分の人生に、一つの答えを出した。

 

『俺は自分が大嫌いで、人間が大好きだ。人間を愛してる。醜さも、美しさも、ひっくるめて』

 

 心が美しい人も、心が醜い人もいた。

 竜胆を応援する一般人がいて、竜胆をリンチした一般人がいた。

 竜胆はあれは好き、これも好き、それは嫌いと、人の好き嫌いを明確に持っていた。

 けれども結局、好きな人間も嫌いな人間も一緒くたにして受け入れて、その人達全ての笑顔と幸福を願った。

 

 しからばそれは、『愛』としか言えない。

 

 もし、竜胆が自分を人間と思っているなら、こんな台詞は出て来ない。

 自分は嫌いで人間が大好き、なんて対比は行わない。

 竜胆は自分の頭の中で、自分を人間のカテゴリの中に入れてはいなかった。

 

「それは、自分を人間だと思っている者の口からは、絶対に聞けない言葉だろうな」

 

 ゼットは首を回し、コキリと音を鳴らす。

 

「ティガ。御守竜胆。お前を見ていると、つくづく思う」

 

 ゼットの槍が、空を裂く。

 

「私はカミーラの愛憎は嫌いだが、お前の愛憎は好ましく思っているらしい」

 

『……違いが分からねえよ』

 

「他者愛が基本の愛憎と、自己愛が基本の愛憎は、きっと違うのだ」

 

 ティガを見て、カミーラを見て、ゼットの発展途上の心は"愛憎"を学んだ。

 

「お前のその愛が伝わらない人類に、存続する価値はない。ゆえに滅ぼそう」

 

『愛、ね』

 

「カミーラを見ていて、一つ思ったことがある。

 ……どんな形であれ、愛を裏切ることは、罪深いことなのだろう?」

 

『人によるな』

 

「お前の愛は、人間に十分に裏切られている」

 

 竜胆が四国の皆を愛していても、四国の皆は竜胆を愛していない。

 過半数がティガに好意的だったことすら、一度もない。

 

「私は、人に終焉をもたらそう」

 

 されど竜胆は、そんな理由で人が滅ぼされることは許さない。

 

『なら俺は、愛するものを守る。

 滅んでほしくないから。

 叶うなら、皆未来に生きてほしいから。

 何を代価に支払うとしても、俺は全てを守りきる』

 

 自分の中の大切なものを支払ってでも、竜胆は人々の命と未来を守り続けるだろう。

 

『―――俺が、俺でいられる内は』

 

 人間性を切り捨て続ける中で、自分が自分でいられる内は、ずっと。

 

 大切な人を何人も、何人も失った竜胆の心は、罪悪感と無力感でもう止まれない。

 自分自身をどれだけ切り捨てようと、もう戦いをやめることなどありえない。

 "これだけの犠牲を出したのに平和を勝ち取れなかったなんて許されない"という強迫観念さえ、彼の胸の内には生まれてしまっている。

 

 

 

 マガヒッポリトが隙を窺う。

 歌野と雪花が援護に動く。

 ティガとゼットが対峙する。

 

 因縁の二人がぶつかる最後の戦いが、樹海の中央にて幕を上げた。

 

 

 

 

 

 雪花参戦時、丸亀城陣営暫定数。

 ウルトラマン一人、勇者四人、巫女二人。合計七人。

 

 ウルトラマン、残り一人。

 勇者、残り四人。

 巫女、残り一人。

 

 残り、六人。

 

 

 




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 九人。かつてのゼットの指定数に到達
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