夏空の下、ウルトラマンは、友をいじめた子供達を虐殺した   作:ルシエド

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 主人公の覚醒に合わせてタイトル命名法則も変更

 連日更新のつもりがリアル事情で長引いてしまいましたぜはっはっは


貴方に微笑む -ラブ・フォウ・ユー-

 『ウルトラマン』がウルトラの星に誕生するよりもずっと以前から存在する、摩訶不思議なウルトラマン達。

 もはや、ウルトラマンと言っていいのかすら定かではない光の巨人達。

 神秘を極めた、多元宇宙の中にも多くはいないその巨人達。

 

 たとえば、30万年を生きるウルトラマンキング。

 光の国の頂点に立つ、ウルトラの星の光の巨人達を導く輝きの王。

 たとえば、35万年以上を生きるウルトラマンノア。

 ネクサスの本来の姿にして、あらゆる神秘を凌駕する巨人の神。

 そして、ウルトラマンティガ。

 3000万年前の超古代に地球に飛来し、今と同じく"理不尽に地球と人類を滅ぼそうとした神"が天の彼方からやって来た時、その邪悪なる神を海に封印し勝利したウルトラマンの今の姿。

 

 その歴史の古さと時間のスケールにおいては、他のウルトラマンの追随を許さない。

 まさしく、神話のウルトラマンにして、神殺しのウルトラマン。

 

 新たな力で、マガヒッポリト、マガエノメナを瞬殺する。

 それは言うは易し、行うは難しだろう。

 ティガブラストではスピードが少し、パワーが大幅に足りない。

 ティガトルネードではパワーが少し、スピードが大幅に足りない。

 何より、瞬殺できるほどの至近距離まで距離を詰めれば、マガヒッポリトの近遠対応可能なブロンズ化能力、マガエノメナには距離が近いほど効果が増す発狂電波と瞬間移動がある。

 

 弱い力の干渉、小型の闇の存在であれば、もはや体から放つ光だけで消滅させられるほどの存在となった、ウルトラマンティガ リ・ルーツでなければ到底不可能だった。

 ティガの力を、彼の心に沿って具現化したカタチ。

 その姿はカミーラが愛した者と憎んだ者、その両方の姿が一つとなったものである。

 

 星がガイアに託し、ガイアが敗北した時に霧散しかけた力。

 土着の神々の力。

 散っていったウルトラマンの力。

 散った勇者の力。

 全てが、今のティガのその身に結集している。

 

 ゆえにこそ、カミーラの心を逆撫でする。

 だからこそ、星と人を救う救世主足り得る。

 『神話のなぞり』として見るならば、ウルトラマンティガこそが、『人類を滅ぼす神をウルトラマンが打倒し世界を救う』という、『三千万年前の神話』を再現する運命の者。

 

「忌々しい……光がぁッ!!」

 

 カミーラは右手に氷の剣・アイゾードを具現化して斬りかかる。

 ティガの近接攻撃手段は、ティガダークは腕に八つ裂き光輪、ティガトルネードは拳と蹴り、ティガブラストは手刀が主体。

 鞭を変形させた長剣アイゾードは、かなりのリーチがあり、ティガの攻撃手段の多くを封殺することも可能……な、はずだった。

 

『光は絆。"アグルブレード"ッ!』

 

 ティガの右手から生えた光の長剣が、カミーラの氷の長剣とぶつかり合う。

 氷の剣と海の剣。

 二つはぶつかり合い、アグルブレードが押し勝った。

 

「!? 海のウルトラマンの力……!?」

 

 だが押し負けてもカミーラは素早く立て直し、追撃に振るわれた斬撃を受け流し、素早くカウンター。そこから火花散る、刃鳴り散らす戦いへと持ち込んでいく。

 剣と剣での競り合い、気持ちのぶつかり合い。

 剣の技量ではカミーラが勝っていた。

 反応速度では竜胆が勝っていた。

 

 三千万年前から生きている戦闘者と、本気で剣を学んではいない竜胆。

 才能では埋めきれない差が発生し、カミーラが剣の勝負を押し切る。

 格闘に優れた竜胆を剣の勝負に持ち込んだ時点で、一定の優位を得ることはできていた。

 

「だが、付け焼き刃の技量如きで!」

 

 アグルブレードとアイゾードが鍔迫り合いになり、カミーラは角度を変えて下から押しつつ、力加減でティガの体のバランスを崩しながら押し上げ、一気にアグルブレードを上に跳ね上げる。

 そして、空いた胴体に剣を突き刺さんとした。

 

『光は絆。"グレートスライサー"!』

 

「!?」

 

 だが、それを、ティガの左手から生えた光の剣が弾く。

 右手にアグルの光剣。

 左手にグレートの光剣。

 それはこれまでティガブラストの手刀でやって来た"両手に光の剣"の延長でありながら、これまでのティガにはなかったもの。

 

 ティガの二刀流をかわしつつカミーラが後ろに下がると、ティガの両手の剣が消え、青い光の八つ裂き光輪がその手に宿る。

 

『光は絆。"パワードスラッシュ"ッ!』

 

 氷の剣で受けて流すカミーラだが、予想以上の威力に顔を顰める。

 

(重いッ……!)

 

 斜めに受け流したものの、氷の剣は刀身が半ばほどまで削られていた。

 カミーラは舌打ちし、氷の剣を再構築する。

 当たりどころによっては、即座に剣が折られていた、そういうレベルの威力。

 

「……他のウルトラマンとの、疑似融合……!」

 

『これが、ウルトラオーバーラッピング。

 ウルトラ・シックス・イン・ワン。

 樹海の中にいる限り、俺は皆に力と技を貸してもらうことができる』

 

 神樹と一つとなったウルトラマン達五人、神樹に還った勇者、そしてウルトラマンティガが、結界の中で擬似的に一つとなっている。

 

『もう会うことはない。

 二度と、彼らと言葉を交わせない。

 でも、それはきっと……彼らが俺の傍にいないってことじゃないんだ』

 

「戯言を!」

 

『いつか見た勇気と!

 この胸の勇気で!

 見せてやる! 俺達の勇気を!』

 

 カミーラの全身から触手が伸びる。

 星辰の魔王獣として、"ウルトラマン"からかけ離れた『怪物』としての彼女が身につけた触手・デモンフィーラーだ。

 敵の体に、闇に染まった者以外には毒となる、侵食する(あい)を注ぎ込む触手。

 本数666。触手速度・秒速666m。

 

『光は絆! "ガイアブリザード"! ティガフリーザー!!』

 

 瞬間、タイプチェンジ。

 ティガの全身が青紫に染まり、俊敏形態・スカイタイプへとチェンジした。

 迫る触手攻撃の全てを、ティガは冷凍攻撃にて粉砕する。

 右手からは、杏より継承したティガの氷攻撃、左手からはガイアの冷凍攻撃。

 二つの力を束ね、全ての触手を凍らせ砕く。

 

 スカイタイプは、速かった。

 とにかく速かった。

 砕け散った触手が街の路面に落ちる前には、カミーラの至近距離にまで接近。

 瞬時にタイプチェンジし、剛力形態・パワータイプになり、カミーラの両手を掴んで抑える。

 

 真紅の腕に、強大なパワー。

 振りほどけないカミーラの目に映るは、ティガの胸部で光り輝くプロテクター。

 

「くっ、離しなさい!」

 

『やだね』

 

 1秒と待たず、プロテクターが光り輝き、溜め込まれた光が至近距離から放たれた。

 

『光は絆ぁ! "コアインパルス"ッ!』

 

 ウルトラマンネクサスが得意とする光線・コアインパルスが、カミーラの胸部に直撃し、その体を吹っ飛ばしていく。

 ティガが放った光は黄金色に輝いて、まさにカミーラの嫌う光そのものだった。

 

「ぐ、あ、アッ……!」

 

 結界端の海上にまで、カミーラは吹っ飛ばされる。

 コアインパルスに焼かれた胸は相当に痛そうで、焼けただれたその部分を抑え、カミーラはよろめきフラついている。

 

(上がっているのは単純な身体能力だけではない……タイプチェンジ速度も……!)

 

 ティガのタイプチェンジに要する時間は、設定上0.5秒。

 一瞬と言っていいものだが、それでも先程のカミーラの触手なら、タイプチェンジ完了までに333mは伸ばせてしまう。

 それではタイプチェンジと迎撃が間に合うわけがない。

 

 ならば、答えは決まっている。

 ウルトラオーバーラッピングの効果により、タイプチェンジの速度でさえも、この神樹の世界が加速させているのだ。

 

 光の戦士は、自分よりも強い敵との戦いでこそ強い。

 闇の戦士は、自分よりも弱い命を蹂躙し虐殺することに強い。

 しからば今のティガは、自分より強い敵にも、自分より弱い敵にも強いということ。

 攻めている時や有利な時にも強く、攻められている時や不利な時にも強い。

 

 攻め手を合わせたことで、カミーラは今のティガが内包する強みを理解する。

 それは光の英雄戦士としての強さと、闇の最強戦士としての強さを両立している証明だった。

 

「―――ああ、おぞましい」

 

 光を纏い、海上のカミーラに飛んで近付いて来るティガ・パワータイプ。

 

 光の力を多様に使うティガを見て、カミーラは苛立ち、憎悪にその身を任せた。

 

「光をそんなに……ティガ……ああ、憎い、憎い……!」

 

 カミーラの体の肉が、膨れ上がる。

 

『!?』

 

「憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い!」

 

 体の肉が膨れ上がったカミーラは、筋骨隆々とした怪物へと変貌した。

 筋肉量、骨密度が数倍数十倍というレベルになり、真正面からパワーでティガ・パワータイプに掴みかかり、がっつり組み合う。

 

(パワーで……俺に勝ってる!?)

 

 カミーラの恐ろしく太い腕がティガを海面に叩きつける。大量に舞い上がる水飛沫。

 ティガは海面に叩きつけられた瞬間、瞬時にタイプチェンジ。

 スカイタイプに変わり、大量に舞い上がった水飛沫をかき分けて、超高速で空へと舞い上がって行った。

 

『やっぱ、"そう"ついて来るかっ……!!』

 

 その後を追うカミーラ。

 筋骨隆々とした肉体は消え失せ、流線型のスラッとした肉体に、ブースターの如く闇を吹き出す体の各部分の突起物。背中に広がる黒一色の悪魔の翼。

 間違いない。

 カミーラは、ティガと同じ力を備えてきたのだ。

 力強き剛力形態と、空舞う俊敏形態の二つを。

 

(しかも、こっちも俺より速い!)

 

 先に飛び上がったのはティガの方だというのに、カミーラはすぐに追いつき、追い越し、その頭上から強烈な踵落とし。

 ティガの巨体を、またしても海に叩きつけた。

 

『ぎっ……!』

 

「これが星辰の魔王獣としての私の力……

 ティガ! あなたへの愛憎が、私の力となる!

 あなたへの愛憎が大きくなる度に、私は無限に進化する!」

 

 星辰の魔王獣は、何かしらの極端な個性を持つ。

 光ノ魔王獣マガエノメナは、対文明クラスの脳破壊攻撃。『発狂』。

 土ノ魔王獣マガヒッポリトは、最悪を極めた複数種のブロンズ化攻撃。『青銅』。

 そしてカミーラは、『愛憎』。

 

 心の闇を地球のエレメントとして扱う魔王獣である闇ノ魔王獣・マガカミーラは、愛憎で力を発揮する。

 歌野との戦いで指摘され爆発した愛憎がキーとなり、つい魔王獣としての姿を晒してしまった理由が、まさにこれだ。

 

 愛憎がある限り、彼女の力は上限なく無限に強くなっていく。

 望めば、フォームチェンジの能力だって生える。

 ティガを愛する気持ちが、ティガを憎む気持ちが、天井知らずにカミーラの力を強めていくのである。

 それはある意味、心の力で覚醒した竜胆ティガの正反対に位置する力だった。

 

「力に限界はあろうとも、愛憎に限界はない……ふっ、ふふふっ、ふふふふ……」

 

 海水を振り払いながら立ち上がるティガ、舞い降りるカミーラ俊敏体。

 俊敏体は瞬時に剛力体に切り替わり、力強く頑強な姿となったカミーラが、海に落ちた。

 海水に起こる波が、体重も体格も激しく変化した今のカミーラの重さを示している。

 

「分かる? ティガ。

 この剛力はダーラムの力!

 この飛翔はヒュドラの力!

 この闇は私、カミーラの力!

 あなたが三千万年前に殺した、三人の仲間の力よ!」

 

『―――!』

 

「覚えている?

 遺伝子は覚えているでしょう?

 ヒュドラはあなたの仲間で、ダーラムはあなたの親友で……どちらも、あなたが殺した!」

 

『……ああ。この遺伝子が覚えている。俺は仲間と、親友と、恋人だったやつを殺した』

 

 剛力戦士ダーラム。

 俊敏戦士ヒュドラ。

 三千万年前、闇のティガとカミーラの仲間だった者の名であり、クトゥルフ神話における知的生命体の始祖たる邪神『父なるダゴンと母なるハイドラ』に相当する者達。

 かつて、カミーラと共にティガに殺された二人。

 そして、闇の残滓となった後、カミーラに闇として貪られた二人。

 

 今、ティガの目の前にいるカミーラは、三つの力が一つとなった存在。

 三千万年前のティガが殺した三人の力を、カミーラの妄執が操っている、闇の坩堝。

 

「あなたを闇に堕とし、あなたをもう一度迎えてあげる!

 闇に堕ちるのなら、あなたを許し、もう一度仲間に迎えてあげる!

 そのために、その忌々しい光の全てを削ぎ落とす! もう一度皆で始めましょう?」

 

 カミーラは、再始を望む。

 ティガとやり直すことを。『皆』とやり直すことを。

 闇のティガとまた愛し合う日々をやり直すことを。

 御守竜胆という個人から余計なものを削ぎ落とし、必要な分の闇を充填し、絶望と憎悪の底に堕としてしまえば、失ったものを取り戻せると考えていた。

 

 終わってしまったものを見つめて、カミーラはやり直しを求めた。

 

 その点も、竜胆とは対極であると言える。

 虐殺の日には戻れない。

 あの日をやり直せるとも、無かったことにしてまた始められるとも、竜胆は思っていない。

 

 終わってしまったものを見つめて、竜胆は繰り返さないことを誓った。

 

「あなたの光を消し去り……この地球に恐怖と絶望を! あなたに果てなき闇を!」

 

 だからこそ、カミーラはかつて失ったものを永遠に取り戻すこと、叶わず。

 だからこそ、諦めない竜胆の想いが奇跡を掴み、"手遅れだったはずの"若葉や千景に他の皆も救うことができたのだ。

 カミーラは過去を求め、竜胆は未来を求めた。

 

 ダーラムとヒュドラを喰った過去を、今ようやく愛憎としてカタチにすることに成功したカミーラは、夢見るようにティガに手を差し伸べる。

 もう、手遅れなのに。

 カミーラが愛したティガも、カミーラが信じたダーラムも、カミーラが背中を預けたヒュドラも既に死んでいる。この世にいない。

 取り戻すことなど、できない。

 カミーラは決まりきった永遠の孤独に背を向け、子供のように逃げ続ける。

 

 逃げ続けるために人を殺し続けるカミーラに、ティガは立ち向かう。

 

『熱いお誘い悪いが、ごめんだね』

 

 ティガの拒絶の一言に、カミーラが放つはデモンジャバー。

 氷の槍の連続発射に、ティガ・スカイは両手を銃の形にした。

 一瞬で深呼吸を終え、なぞる動きはグレートのそれ。

 

『光は絆ぁ! "フィンガービーム"ッ!』

 

 両手を銃の形にし、親指の撃鉄を起こし、撃つ。

 グレートが得意としていた、両の手を銃口と化す二丁拳銃。

 氷の槍には一発一発の威力では負ける、だからこそ一つの槍に二発三発と当て、連射速度と射撃精度で上を行き、カミーラの攻撃を相殺していく。

 

 やがて、ティガの手の中に溜めた光が尽きる。

 手首を回してガチャン、と弾丸再装填(リローデッド)

 右手と左手のリロードタイミングを僅かにズラすことで隙無く、射撃に隙間無く、指の銃口から光弾を連射する。

 

 光弾が氷の槍の連射を押し切り、カミーラが怯んだ隙を突き、ティガ・スカイは悠々と空に飛び上がった。

 空中に陣取り、カミーラ剛力体の周囲を円を描いて飛びながら、その全身の急所・関節を狙って絶え間なくフィンガービームを打ち込んでいく。

 

「っ、味なマネを……!」

 

 カミーラも防戦一方ではいられない。

 無理をしながら俊敏体に変身し、フィンガービームで体を削られながら空中戦に持ち込んだ。

 

(上を―――)

 

 だが、カミーラの動きを読み、先んじてティガが右手から伸ばしていた光の鞭が、カミーラの左手を捉え、掴んでいた。

 

『光は絆ッ! "セービングビュート"ッ!』

 

 ネクサスが使う、光の鞭。

 鞭使いのカミーラに対する最大の意趣返しと言えよう。

 

 ティガ・スカイよりカミーラ俊敏体の方が飛行速度は速いのだろう。

 だが、両者が光の鞭で繋がっているのなら話は別だ。

 そうなれば、後は引っ張り合う力と技の勝負である。

 

 パワータイプにタイプチェンジしたティガに、空中で引っ張られては、カミーラもタイプチェンジや対応が追いつかない。

 ティガ・パワーは空中で柔術を極め、カミーラの腕関節を折りながら柔術で投げた。

 腕を折りながら海岸線へと叩きつけ、土砂を派手に巻き上げる。

 地面に叩きつけられたことで、衝撃のダメージも大きかった。

 

(何をやっても、上を、行かれる―――!!)

 

 カミーラは忌々しげに歯噛みした。

 

 普通の人は、こうはいかない。

 『ウルトラマンティガ』は、多様性の塊だ。

 他五人のウルトラマンの誰よりも、多様性に長けている。

 

 だが、そこに他五人のウルトラマン、精霊の行使者であるアナスタシアの技能、死亡済み勇者の能力が追加されればどうなるか。

 多すぎる技が、かえってどう戦えばいいのかを分からなくしてしまう。

 突然与えられた技をどう使えばいいのか分からず、技もロクに使いこなせず、技の多様さに振り回されて負けてしまうだろう。

 

 全ての技を高度に使う天才である御守竜胆だからこそ、強いのだ。

 力を与えれば与えるだけ、技を与えれば与えるだけ、想いを託せば託すだけ、強くなる。

 底無しの器に、地球最強の才能。

 それはこの地球を覆い尽くさんとする絶望の雲を、切り裂く光の心である。

 

 そして、カミーラが苦し紛れに放った氷の槍弾幕(デモンジャバー)を全て見切り、全て掴み取りながら、ダークタイプになったティガが地面に降りて来た。

 カミーラが、その動きの質に目を剥く。

 

「……!」

 

『ようやく、実践の中でしっくりくるレベルに技が仕上がってきたな』

 

 信じられない、とばかりに、カミーラが再度氷の槍を連射する。

 その全てを、ティガ・ダークは余裕綽々にキャッチした。

 カミーラは愕然とし、竜胆は上手い具合に掴み止められたことにホッとする。

 

「槍を掴み止めたところで!」

 

 氷の槍を投げ捨てたティガに間髪入れずカミーラの氷の鞭が迫る。

 鞭の先端は、特に肉体を鍛えていない普通の人間ですら音速を超える。

 人間では掴めない、見切れない。それが条理。

 ティガはその鞭をバックステップで回避し、マルチタイプにチェンジ。

 

 飛んで来た追撃の鞭の先を、素早くその手で掴み取った。

 

「……な、に」

 

『やっぱり、鞭は速いな。使用タイプによっては、きっと見切れもしない』

 

「っ……!」

 

 カッとなったカミーラが鞭をそのまま剣に変化させて振るうも、ティガは斬撃を的確に見切り、素早く巧い立ち回りにてそれらを回避していった。

 

 御守竜胆/ウルトラマンティガは、"人間を辞めた自分の部分"を、良い意味で最大限に活用していた。

 闇に支配されていない自分の体を、安定性と制御率が極めて向上している能力を、光り輝く己の瞳を、ティガはなぞる。

 

『よく見える。暴走の感覚もなく、自分を完璧に制御できてる感覚……新鮮だな』

 

「何故……何故、私の攻撃を……!」

 

『経験と、知識と、記憶があった。

 俺は今のこの体をちゃんと使えるようになるため、"慣らし"が必要だった。

 俺の頭の中で想定していたあんたの強さと、実像の強さを、すりあわせる必要があった』

 

「何を言っているの……?」

 

『俺が一番一緒に修行したのは、若葉だった。

 後から加わった勇者の中で、最初に加わった勇者は、鞭使いの歌野だった。

 最後に加わった四国外の勇者は、投げ槍使いの雪花だった。分かるだろ』

 

「―――あ」

 

『運命、って言う人もいそうなもんだ』

 

 カミーラの名前付きの技は実質四つ。

 氷の鞭カミーラウィップ。

 氷の剣アイゾード。

 氷の連射槍デモンジャバー。

 遠目にはビームに見えるほどの密度と速度で氷槍を連射する、ジャブラッシュ。

 これに触手や雷撃をサブウェポンとして備え、カミーラの戦闘スタイルは完成している。

 

 剣なら、若葉との訓練で数え切れないほど見てきた。

 鞭は歌野が、投槍は雪花が使っているのを見せてもらった。

 

 剣に関しての知識は、若葉から耳にタコができるほど聞いている。

 鞭と投槍の強みも、暴徒鎮圧前の移動時間などに、歌野と雪花から色々と聞いていた。

 

 武器の強みを聞き、武器の強みの活かし方を聞き、その武器の有効な使い方を聞き、その武器を使った有効な攻め手を聞いてきた。

 鞭の専門家・歌野と投槍の専門家・雪花から、十分過ぎるほどに武器の術理は伝えられていた。

 

 そこから実戦を経て、カミーラの封殺を完成させるとは、どれほどの天賦の才なのか。

 そして、こんなにも"カミーラと同じ武器"を使う勇者が綺麗に揃うとは、いかな運命なのか。

 どこかで誰かが諦めて、何かが一つ失われていたなら、きっと結実しなかった奇跡。

 

『座って待ってたら来てくれた運命、とかじゃない。

 皆が諦めなかったから! 皆が戦い続けてくれたから!

 そこにいる人達を、皆が守ろうとし続けてくれたから!

 繋がるものが繋がって、繋がらないものまで繋がって、偶然は全部奇跡になった!』

 

 多くの偶然と、多くの必然で縫製し、紡ぎ上げられた一つの奇跡の形。

 

『俺達の奇跡は! 全部、俺達の軌跡から生まれたものなんだ!』

 

 もはやこの時点で、カミーラのほぼ全ての技が、通用する可能性を失っていた。

 カミーラが唇を震わせ、闇を奮わせる。

 怒りに、絶望に、憎悪に、身をふるわせている。

 

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 それが、カミーラの女としての本能を刺激する。

 竜胆は若葉、歌野、雪花とカミーラを常に比べ、その攻撃を注視していた。

 "若葉と比べれば技が綺麗じゃないな"だとか、"雪花と比べると意外にまっすぐな使い方だ"といった風に、カミーラを他の女と比べている。

 

 愛しい男が自分を他の女と比べている現実が、カミーラにまた歪んだ愛憎を沸き立たせた。

 

「ティガ……ティガ、ティガ、ティガ、ティガ! どうして、いつもいつもいつもッ!!」

 

 運命までもが敵。

 歌野と雪花が四国に辿り着けてしまった事実に対し、カミーラはそう思う。

 例えば雪花が死に、その代わりに沖縄の勇者・古波蔵棗が生き残っていたら、また別の奇跡が繋がっていたというのに。この奇跡の本質は、諦めない心にこそあるというのに。

 カミーラは、運命の巡り合わせを呪った。

 

「私に、ここで負けろと。ここで終われと。そう言うか、運命―――!!!」

 

 カミーラは詰んでいる。

 剛力体、俊敏体、どちらでも氷剣・氷槍・氷鞭の全てを完封されかねないこの状況で、押し切ることができるような攻撃の組み立ては無理だ。

 

「ふざけるなああああああッッッ!!!」

 

 カミーラが叫ぶ。

 ティガの周りの女への嫉妬と、運命への憎悪さえもが、カミーラを更に強化した。

 迸る闇が、四国全てを飲み込まんとする。

 カミーラの全身から放たれた闇は、ユーラシアを飲み込んであまりある規模の、膨大な闇の洪水であった。

 

『っ、タイマーフラッシュスペシャル!』

 

 ティガのカラータイマーから光が走り、その全身から爆発的に光が広がった。

 先程、四国全域を包み込んだ光の放射と同種のもの。

 それが、カミーラの放った闇の洪水を吹き払い、四国を守る。

 

 だが、既にティガに粉砕されたマガエノメナとマガヒッポリト、光に触れて霧散消滅したシビトゾイガーの残滓が、闇の端に触れていた。

 そこから、闇が全てを喰らう。

 カミーラの闇は、カミーラの捕食口に等しかった。

 

『! 他魔王獣個体を吸収した!? いや……()()()のか!』

 

 "皆と共に戦う"が竜胆のティガ。

 "全てのバーテックスの生まれた意味を一人で証明する"がハイパーゼット。

 "自分本位に他者を喰って己の中に取り込んでしまう"のがカミーラ。

 

 愛憎に限界はない。

 愛憎に天井はない。

 愛憎に不可はない。

 

 そんな無茶苦茶な理屈を体現するカミーラが、二体の星辰をその身に取り込んだ。

 ダーラム、ヒュドラと同様に、一切の人格を無視し、自らを強化する一要素として捕食する恐ろしい吸収行動。

 その真の恐ろしさを竜胆が体感したのは、カミーラが『瞬間移動』をして、ティガの防御的死角を取り、至近距離から『ブロンズ化させる手』を叩きつけてきた瞬間だった。

 

『!』

 

 発動するウルトラマンネクサスの能力・マッハムーブ。

 それは、"足を一歩も動かさないまま地面の上を超高速で移動する技"である。

 思っただけで発動するそれが、ティガをカミーラの攻撃圏内から離脱させ、ブロンズ化を回避させてくれた。

 

「ティガ……ティガぁぁぁぁ……」

 

『こりゃ、まともに戦っててもキリないな……やべえッ』

 

 ティガは横目で仲間達を見る。

 ハイスピードの世界でのティガとカミーラの攻防が始まってから数十秒。

 若葉、千景への状況説明も完全に完了し、ブロンズから復帰した勇者二人、祟りから復帰した勇者二人、最初から出ずっぱりの勇者二人、合計六人。

 横目に見る限りでは全員が戦闘可能な状況であり、飛び回っているティガとカミーラが援護できる状況になれば、すぐにでも援護してくれるだろう。

 今はまだ、距離が遠い上、戦闘速度の関係で援護が来ていない。

 

 竜胆が連携の流れを考えていると、カミーラは一瞬にして街の直上に瞬間移動した。

 マガエノメナの瞬間移動能力で移動し、両手からデモンジャバーを発射せんとする。

 ミサイルにも迫る威力のデモンジャバーを、空から街に雨あられと降らせられれば、一体どうなってしまうのか?

 

 少なくとも、百万人は死者が出る。

 

(! また瞬間移動、マズい、神樹様はまだ樹海化できる余裕が無い!

 このままじゃ守りのない街がカミーラに全部破壊されちまう―――!!)

 

 だが、街とカミーラの間に割って入るには時間が足りない。

 カミーラのデモンジャバーに、そこまで溜めの時間はない。

 撃つ、と思えば次の瞬間には撃っている使い勝手の良い技である。

 

 瞬間移動直後に街への攻撃を放つカミーラに対し、打てる有効手など多くはなかった。

 

 

 

 

 

 一方、これより少し前の時刻の大社。

 

「ふん、神樹様が消耗を回復し、再度樹海化する前に畳み掛けてきたか」

 

「三好さん。三好さんが完成させた光遺伝子コンバーター、組み込み完了です。

 これで特定の人間の肉体を転換転送(コンバート)するシステムは動きます……多分」

 

「よし。準備しろ」

 

「成功しますかね? ぶっちゃけ今朝に仮実装したシステムでテストもしてないですよこれ」

 

「知らないな。だが、犠牲を出したくないなら、やるべき無謀だ」

 

(……三好さんこんな博打する人だったかなあ)

 

「私が作ったコンバーターを信じたまえ。よし、稼働開始! やれっ!」

 

 それは、システマチックに制御された神の御業。

 神樹がデフォルトで備える力の行使。

 局所戦だけをやっていられた勇者達には必要がなかった、樹海化が行えているなら必要がなかったはずの能力。

 けれど、四国全域を戦場にすることも増えてきたここ最近の戦いにおいては、絶対的に必要になってきたシステム。

 

 "四国のどの場所の暴徒も鎮圧できるように"と、無理にデスクワークの人員を突っ込み突貫で仕上げられた、大社人員の睡眠時間と、三好圭吾の才能と、神樹のリソース少しを費やして組み上げられた新システム。

 

「『カガミブネ』、起動!」

 

 神樹の力にして勇者システムの一部たるそれが、未完成ながらも無謀な試みと、巨人と勇者なら気合いで何とかするという信頼によって、今、世に解き放たれた。

 

 

 

 

 

 ウルトラマンティガは、"ワープした"。

 ワープしたティガがカミーラと街の間に割って入り、全ての氷槍を全て掴んで投げ捨てる。

 

「!?」

 

『お、おお? ……間に合った?』

 

 カミーラは己の目を疑う。

 

 カミーラの予想を片っ端から飛び越えていくティガは今度は、ほぼノータイム、溜めなしの瞬間移動をかましてきたのだ。

 だがそれは、ティガが凄いのではない。

 根本的にティガと、ティガの周りの女しか見ていなかったカミーラには、"ティガ以外の力"というこの現象の正解に辿り着くことができていなかった。

 

「瞬間……移動……!?」

 

『これ、前にどっかで三好さんから聞いてたやつか。間に合ったのか!』

 

 カミーラは再度瞬間移動。

 今度は徳島上空から市民を狙うが、またしても瞬間移動して来たティガ・スカイの手刀が振るわれ、空中でそれをなんとかかわす。

 徳島への攻撃は、実行できない。

 

(連続で瞬間移動……!? マガエノメナやゼットと同じ、最上位能力を、何故!?)

 

 しかも今度は、ティガと同時に高嶋友奈までもが瞬間移動して来ていた。

 

「くっ……!」

 

『友奈!』

 

「はいさっ!」

 

「!?」

 

 巨人だけでなく、勇者までもが行う瞬間移動。

 ありえない。

 何かがおかしい。

 ティガ・スカイの手刀をカミーラがかわし、かわした先でティガの体を足場にした酒呑童子友奈の拳がカミーラの顎をかち上げ、カミーラは必死に追撃のティガの飛び蹴りをかわす。

 

「勇者まで……いや、ありえないわ! そう簡単に、誰も彼もが身に着けられる技じゃない!」

 

 カミーラは更に瞬間移動。

 しかし、またしてもティガが瞬間移動し、今度は友奈ではなく若葉が瞬間移動して来た。

 カミーラは歯噛みして、空気を媒介にしてブロンズ化能力を発動した。

 だが、目潰しのような確実に当てるための前振りがなければ、高速飛翔タイプのスカイタイプと大天狗若葉を空中で捉えることなどできはしない。

 

『若葉!』

 

「分かっている!」

 

 弧を描き、鋭角に切り返し、二人は近付いたり離れたりしながら、縦横無尽に空を駆ける。

 

『また若葉とこうして飛べて、嬉しい!

 ……本当に嬉しい! 失ってから気付いた!

 俺、自分が思ってる以上に、若葉のこと好きだったみたいだ!』

 

「そういうことは戦いの後に言え! ……不覚を取って、心配させて、悪かった!」

 

 そして、カミーラは二人と熾烈な空中戦を繰り広げながら、気付く。

 

(巫女?)

 

 地上に、不思議な力の流れが出来ている。

 先程まではなかった、神の力の僅かな流れ。

 カミーラがその流れに目を凝らすと、四国各地の避難所で空を見上げ祈る無数の巫女達と無数の土地の間に、人間の目には見えない力の経路があるのが見て取れた。

 

(瞬間移動の移動開始地点と、移動終了地点に巫女……まさか)

 

 これが、『カガミブネ』。

 神樹が元来備える力。

 システマチックに制御された、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 『巫女がいる場所から登録地点まで勇者を瞬間移動させる』神樹の力である。

 

(巫女が力の経路を作って、それを使って瞬間移動している!?)

 

 ひなたが竜胆に首を締められ、殺されかけたあの時。

 ひなたは巫女に代わりはいくらでもいると言っていた。

 安芸真鈴然り、丸亀城に詰めていないだけで、大社預かりの巫女自体はたくさんいる。

 それこそ、数人生贄に捧げるくらいなら問題にならないほどに。

 

 オコリンボールの襲撃後の、安芸真鈴の避難先変更の件を、覚えているだろうか。

 オコリンボールの襲撃によって、リスク分散のため、大社の人間や各巫女は()()()()()()()()()分散されて避難させられている。

 だからこそ、ティガブラストの初陣の時、安芸真鈴は民間人が避難している避難所に避難させられていたのだから。

 

 カガミブネは、地の神の王・大国主に協力した神、少彦名(すくなびこな)の権能。

 勇者を運ぶ不可視なりし船の具象化。

 四国各地に巫女が散っているということは、どこにカガミブネで飛んでも直後に再度転移が可能であるということであり、"四国のどこからでもどこへでも一瞬でいける"ということだ。

 

「うたのん!」

 

 巫女・水都が、街の一角で叫ぶ。

 

 瞬間、ティガと若葉に挟まれていたカミーラの頭上に、歌野が瞬間移動した。

 

「グレートに手助けに来たわ! 若葉、竜胆さん、次氷槍来るわよ! 数16!」

 

「!」

 

「『 分かった! 』」

 

 歌野の読心がティガと若葉に氷槍を容易に回避させ、スカイタイプのアグルブレードと若葉の大天狗火炎剣がカミーラを前後から切り裂いた。

 

「っ……!」

 

 瞬間移動して逃げたカミーラだが、その先で。

 

「ここで、このタイミングで、ここに来ると思いました」

 

「―――」

 

 動きを完全に先読みしていた杏の、雪女郎と輪入道を一体化させた"吹き飛ばす一撃"が、カミーラを地面に向けて吹き飛ばし、地面に叩きつけた。

 

「くっ、あっ、はっ、アアアア……! おのれっ……!」

 

 四国各地の巫女、全てが移動端末となる。

 ゆえに、四国全ての巫女が、勇者と、巨人と、共に戦うことができる。

 

 歌野を助けられない自分を嫌っていた水都も、歌野を助けられる。

 球子の死で涙を流し絶望し、杏を気遣っている安芸も、杏を助けられる。

 ひなたもまた、皆を待つだけでなく、若葉や皆を助けられる。

 皆が、ティガを助けられる。

 

 それ、すなわち―――()()()()()()()()()()()()()システムであった。

 

「失せろ、雌豚共ッ!!」

 

 カミーラは香川の端、四国の中心近くに瞬間移動。

 そこから先程の闇の大洪水を解き放たんとして―――精霊制御サポートのため千景を肩に乗せ、"七人に分身した"ティガ・パワーが、カミーラを空へと蹴り飛ばした。

 ナターシャ/ネクサスが持っていた、精霊行使能力による攻撃だ。

 七人で蹴る、ゆえに威力は七倍。

 

「がふっ!?」

 

「『 七人御先 』」

 

 蹴り上げて、追撃に飛び上がろうとする真紅のティガだが、ふらりとよろめき、膝をつく。

 七人御先が、過度に竜胆に負荷をかけている。

 千景なら自由に扱えた。

 ナターシャなら自由に扱えた。

 だが竜胆は、千景ではなく、ナターシャでもない。

 戦う天才であっても、ナターシャのような神と繋がる天才ではない。

 

『うっ……この精霊、俺とあんま相性良くないな』

 

「私が触れて調整していても? 相当ね。一人では使わない方がいいわ。

 ……アナスタシアは、平然と使いこなしていたけど、個人差があるのかしらね」

 

『俺は、ちーちゃんやナターシャのようにはなれないな。やっぱり』

 

 七人御先を解除し、二度と使わないことを誓う。

 勇者は体に精霊を宿す関係上、それぞれ自分に向いている精霊というものがあったが、竜胆も例に漏れないようであった。

 ふと、竜胆は肩に乗っている千景の頭を、人差し指で撫でる。

 

「ちょ、ちょっと、何?」

 

『……無性に抱きしめたいけど、今はこれで我慢する』

 

「え? え? え?」

 

『元気なちーちゃんの姿が、俺のパワーだ。いつまでも健やかにな』

 

「……ドラマで見る父親みたいなことを言って、もう」

 

 空に蹴り上げられたカミーラに向かって、ティガが千景を優しく、かつ強烈に蹴り上げる。

 蹴り上げられた千景は七人に分身し、回避困難・迎撃困難・殺害困難な弾丸としてカミーラの体を切り裂いた。

 メタフィールドのバックアップを受けても、千景と七人御先の攻撃力では僅かなかすり傷程度しか付けられない。

 

 されど、十分だった。

 千景の目的と役割は囮。

 "ティガの隣で気心知れた仲間として愛されている千景"は、カミーラの敵意と愛憎を十分に引きつけてくれる。

 そして、瞬間移動にて空中に飛んだティガと雪花のコンビネーションで、決定打。

 そうなるはずだった。

 

『決めるぞ、雪花! 合わせろ!』

 

 タイミングを合わせて、旋刃盤と投槍で同時攻撃。

 カミーラの喉に突き刺された投槍を、真紅のティガの足が蹴り込んで喉を貫き痛打……といった流れを竜胆は想定していた、のだが。

 雪花の攻撃がスカり、竜胆の旋刃盤の打撃だけが命中し、大したダメージを与えきれずに、カミーラは吹っ飛んでいった。

 

 "合わせろ"の一言で竜胆に合わせてくれる勇者が特別なだけなのだ。

 長々と言わなくても竜胆の意を汲んでくれる勇者が特別なだけなのだ。

 新参の雪花では、まあそんなこと無理なわけで。

 

『あれっ』

 

「そんなすぐさま息が合うわけないでしょうが! これだから仲良い組はもう!」

 

『……悪い! この戦いが終わったら、しっかり連携訓練やっておこう!』

 

「もう!」

 

 大したダメージも与えられなかったせいで、カミーラはすぐさま瞬間移動し、海まで後退して距離を取ってしまった。

 竜胆は当たれば儲け、当たらなければ次手、くらいのつもりで、マルチにタイプチェンジし地面に降りて腕を十字に組む。

 

「ティガ……ティガ……ティガ……」

 

『スペシウム光線!』

 

 ビルの合間の巨人から、海のカミーラへ放たれる白色の光線。

 これまでは黒かったスペシウム。

 けれど、今は真っ白なスペシウム。

 竜胆の変化をそのまま表す光の破壊光線が、カミーラに向けて直進する。

 

 

 

「愛してる」

 

 

 

 そしてまた、カミーラは一段上に進化した。

 闇の量が倍になる。

 カミーラの体表で膨らみ、密度を増した闇が、スペシウム光線を飲み込んでいく。

 竜胆は、思わず息を呑んだ。

 

『! この防御力は……!』

 

 スペシウム光線が飲み込まれていく。

 それだけでなく、カミーラの闇が攻撃を開始した。

 ブロンズ化させる大気。

 マガエノメナの光弾。

 電撃に、氷槍。

 スペシウム光線を発射した直後のティガを、四種の攻撃が一斉に襲う。

 

 その攻撃の全てを、若葉が聖剣の一振りにて跳ね返した。

 

「攻撃に専念しろ! お前は私達で守る!」

 

 邪悪なる者の攻撃を全て跳ね返すことが可能である乃木若葉だが、彼女一人では守りきれない怒涛の攻勢。

 

「勇者、パーンチ!」

 

「高嶋さん、守るだけでいいのよ」

 

 だが、勇者三人ならば。

 

「……あづっ、あだだ! あーもう、心読んでると頭痛い!

 あ、雪花さん、杏さん、あのへんに攻撃お願い。カーブする奇襲攻撃が来るわ」

 

「はいはいよ。雪花ちゃんにおまかせあれ、ってね」

 

「狙って、狙って……撃つ!」

 

 勇者六人ならば、ティガを守る防衛線は構築できる。

 ティガは落ち着いて力を溜め、しっかりと狙いを付け、全力でカミーラを撃ち抜く時間と、余裕を貰った。

 

『……ありがとう!』

 

 竜胆は、自分の内側に、カミーラのこの防御を抜く一撃を探す。

 あるはずだ、と。

 光のティガならあるはずだ、と。

 溜めのないスペシウム光線とは違う、溜めることで極限まで威力を高められる技を探し、それを見つける。

 

 

 

「愛してる」

 

 

 

 カミーラはまた、女と絡むティガを見て、女達への嫉妬と憎悪で強大化する。

 闇の量はまた倍になった。

 闇ノ魔王獣の名に恥じない底無しかつ青天井の闇が、一秒ごとに強化されていく。

 

 ティガの光は、そういう成長はしていない。

 今ある全力、全てをぶつける。それが今できる最良のこと。

 

 両の拳を腰辺りで引き、ぐっと力を溜める。

 胸の前に突き出した手の平が交差すると、光のエフェクトが眩く輝いた。

 左右に腕を開くと、竜胆色の淡い青紫が混じった白光が綺麗に走る。

 光。

 風。

 ティガの力が体内を渦巻き、それが両手に収束していく。

 

 かくして、ティガは腕を十字ではなく、L字に組んで光線を撃った。

 

『―――ゼペリオン光線ッ!!』

 

 基礎技であるスペシウムとは比べ物にならないほどの光の奔流が、組まれたL字から放出され、余波だけでカミーラが立つ海水の表面を蒸発させていく。

 それは、文字通りの必殺技。

 三千万年前、カミーラの全身を粉砕し、彼女を死に至らしめた技だった。

 竜胆の遺伝子は、この技であればカミーラを殺せるということを、知っていた。

 

 

 

「愛してる」

 

 

 

 だからこそ、目を疑った。

 

「!」

 

 竜胆を構成する遺伝子達が、目の前の現実に驚愕していた。

 カミーラが、ゼペリオン光線に耐えている。

 全身から吹き出す闇でゼペリオン光線を減衰させ、強靭な皮膚で耐えている。

 ゼペリオン光線では、闇ノ魔王獣と化したカミーラを殺しきれない。

 

 それどころではなく、カミーラは勇者に弾かれる攻撃を続けながら、闇をティガに向けて伸ばして、ゼペリオン光線を押し返し始めた。

 ティガが渾身の力を込めて光線を強めるも、闇に押し込まれる速度が下がっただけで、闇に押し込まれることに変化はない。

 

 押し込まれる。

 カミーラは他の攻撃も継続していて、勇者がそちらの攻撃を迎撃するのをやめれば、ティガにそれらの攻撃が当たり、それこそ一気に押し込まれてしまう。

 勇者は手が打てない。

 ティガは、押し返せない。

 

(威力が足らない……! もっと、もっと―――!)

 

 ゼペリオン光線が、闇に押し込まれていく。

 

 カミーラは、戦いが始まった時、ここまで強くなかった。

 ダーラムやヒュドラの残滓を喰らったことはあっても、タイプチェンジ能力もなかった。

 ティガが基本四形態を使い回せば、それだけで圧倒が可能な程度の魔王獣でしかなかった。

 なのに、もう手が付けられない。

 『愛憎』以外に強い理由が存在しないのに、『愛憎』だけで無限に強くなっていく。

 

 それは、星よりも大きな愛。それは、星をも犯す愛。

 

「愛してる、愛してる、愛してる、愛してる」

 

 ゼペリオン光線を押し切りながら伸びる闇は、ティガを求めるカミーラの心で、ティガを闇に染め直そうとするカミーラの欲望である。

 

「愛してる! 愛してる! 愛してる! 愛してる! 愛してるッ!」

 

 この宇宙で最も強いものは、愛。

 神ではない。

 力でもない。

 愛は強いのだ。その愛が、どんなに歪んでいようとも、純粋なる愛は強い。

 

 純粋な(あい)は世界を飲み込んで余りある。

 

 

 

「―――だから、愛して」

 

 

 

 けれど、その愛は、もう根底から間違っていて。

 

■■■■■■■■■■

 

「それほどまでに、人間が愛おしいか」

 

『……ああ』

 

 

『俺は自分が大嫌いで、人間が大好きだ。人間を愛してる。醜さも、美しさも、ひっくるめて』

 

■■■■■■■■■■

 

 カミーラは、竜胆の愛のことを、ゼットよりも分かっていなかった。

 

『俺に愛してほしいわけじゃないだろう。あなたは』

 

「―――」

 

『ごめん。俺に、あなたは救えない』

 

 それは竜胆のカミーラに対する突き放しであり、彼のカミーラに対する優しさだった。

 

 ぷつん、と何かが切れる。

 闇の勢いが倍加する。

 闇の量が倍になる。

 闇の密度が倍になる。

 カミーラの心が、またどこか、壊れた。

 

「―――私は、取り戻す―――あの頃を―――ティガを―――愛を―――!!」

 

 ゼペリオンが押し切られる。

 闇がティガの体に迫り、その体を飲み込まんとする。

 良くて、上半身消滅と即死。

 最悪、また闇を注ぎ込まれていいように侵食される。

 竜胆は歯を食いしばり、闇の侵食に耐え、暴走だけはしてたまるものかと覚悟を決める。

 

 だが、眼前に迫る闇の強大さに、思わず唾を飲んだ。

 目と鼻の先にまで迫った闇を見て、"これを生きて乗り切れるのか?"という思考が、竜胆の脳内を支配する。

 

(駄目かっ―――!?)

 

 ティガがやられる。

 

 誰もがそう思った瞬間、ティガの姿がかき消え、カミーラと同じ海上に移動した。

 

「!?」

 

 カミーラ、勇者、ティガは驚愕の後、ティガが消えたその場所にいた、頭に包帯をぐるぐる巻きにした少女の姿を見つける。

 

「ひなた!?」

 

『ひーちゃん!?』

 

 病院を抜け出し、額の包帯に血を滲ませながらここまで来て、カガミブネでティガを飛ばしてくれた。彼女が、ティガを助けてくれたのだ。

 

「ふふっ、うろたえ若葉ちゃんも可愛いです。……御守さんが、取り戻してくれたんですね」

 

 ひなたはとても嬉しそうに、心底感謝した表情で、ティガを見る。

 ティガとひなたの目が合った。

 

 その一瞬。

 二人の間に、謝罪が行き交い。

 二人の間で、信頼が行き交い。

 ひなたからティガへと、応援が送られた。

 目と目だけで二人は通じ合う。

 

 ティガは無言でひなたに頷いて見せ、カミーラとまた相対した。

 ひなたがカガミブネで送れば、勇者達もまた同様にティガのいる位置へと送られて、ティガの周辺で防御陣形を構築する。

 

(もっと)

 

 ゼペリオンでも駄目だった。

 だが、諦めるという選択肢はない。

 信じられている。だから勝つ。

 しからば自分の限界を超える一撃が、伝説も神話も塗り替えるような一撃が、必要だった。

 

(もっと、凄まじい一撃を。最強の一撃を! 三千万年前にはなかったような一撃を!)

 

 体の中に光を溜める。

 またカミーラが先程のような闇を撃つ準備を整える前に。

 勇者が守ってくれている間に。

 自分自身と向き合って、自分自身の最強を生み出す。

 

 "御守竜胆だけ"の最強を。

 

(異なる力を一つに。

 皆の想いを一つに。

 二つを一つにするくらいなら、今まで散々やってきた!)

 

 集中して、集中して、集中して。

 竜胆の肩に力が入って。

 遠くに、ティガと若葉を信頼しきった、上里ひなたの微笑みが見えた。

 

 竜胆の肩の力が抜けた。

 スペシウム光線とゼペリオン光線が、腕の中で穏やかに混じる。

 流麗に入り混じった二つの光線が足し算ではなく掛け算で威力を爆発的に増加させ、L字に組んだその腕から、合体光線として放たれた。

 

 

 

『―――スペリオン光線ッ!!』

 

 

 

 アグルから教わった絆の光線。

 ティガの身に宿る必殺の光線。

 そこに星の力、巨人の力、勇者の力、地の神の力、全てを一緒くたにして混ぜこぜにして、全てまとめて叩き込む。

 全ての光が引き立て合い、高め合い、マガカミーラの闇を突き抜けながら直撃する。

 

「光……ひかりっ……ヒカリッ……私の、私は、私が……消えろ消えろ、光ッ……!」

 

 そして、その肉体を貫き、内側からの大爆発を引き起こさせる。

 

 カミーラの全身は粉々になり、千々に砕け、残骸全ては光となって消滅していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カミーラの肉体は、細胞一つ残さず消滅したと言える。

 

「やったね、リュウくん!」

 

『いや、やってない』

 

「え?」

 

 だがそれは、カミーラの完全消滅を意味しなかった。

 

「うっ、ああああっ……あああっ……ティぃぃぃガぁぁぁぁ……」

 

「な、なにこれ……」

 

『……カミーラ』

 

 細胞一つ残さず消滅したのに、カミーラはこの世から消え去ってはいなかった。

 医学的、物理的に見れば、間違いなく死んでいる。

 だが肉体を失ってなお、カミーラの妄執は消え去ってはいなかった。

 

 これが、三千万年前にカミーラが生き残った理由。

 肉体は死んでも、愛憎と執念だけで亡霊のように現世にへばりつき、憎悪と怨念から闇の力を無制限に高めていく。

 かつてこれが地球のエレメントとして扱われ、闇ノ魔王獣は完成した。

 

「終わらない……この愛は終わらない……私は終わらないっ……!」

 

 力で砕けるのは、カミーラの肉体までだ。

 怨念は残り、愛憎がその残滓を突き動かし、いつか必ず復活する。

 通常の手段でカミーラを倒すことはできない。

 それこそ、あらゆる闇を消し去るような光線技であろうと、カミーラのこの(あい)を消し去ることはできないだろう。

 人の心から、闇が消え去ることがないのと同じように。

 

「……この愛が報われないなんて、許さない……!」

 

 愛憎は、物理攻撃では砕けない。

 

「邪魔だ」

 

「―――!?」

 

 その怨念が、吹き散らされた。

 

 黒い霧のようになっていたカミーラが、一兆度の火球に吹き飛ばされる。

 

「失せろ。私の番が来た」

 

『……ゼット』

 

 まるで、空がガラスのようにひび割れて、砕けて穴が空く。

 その穴から這い出してきたゼットが、いかな技術を凝らしたのか、カミーラの残滓を一兆度で吹き散らしたのだ。

 カミーラは消滅してはいないのだろうが、少なくともこの場からは消え去った。

 

「待たせたな」

 

『待ってねえ、帰れ』

 

 ゼットはふっと笑った。

 

「そう言うな。もう私も、お前と同じ、三分とない命だ」

 

『え?』

 

「この身の内には、命を削る天の神の祟りがある。

 あの性悪女の仕込みで、私は天の神にもあの女にも逆らえない。

 逆らえば命が削れる。だから今、あの邪魔な女を攻撃でどけたことで、もう命は底をついた」

 

『!』

 

「私もお前も、残り時間はあと二分。これが全てだ」

 

 あの大侵攻の日に、ゼットは大侵攻の戦力の半分を倒し、その強さを経験値としてその身に取り込み、自分を"最後のバーテックス"とすることで天の神の強化を引き出し、その代価として命と寿命の多くを支払った。

 今日、カミーラに攻撃したことで、それがトドメとなった。

 

 ティガはあと二分しか地上に存在できない。

 ゼットはあと二分しか生きていることができない。

 勝者は一人。

 敗者は全てを否定される。

 

「これで対等だ」

 

『バカじゃないのか』

 

「私の生涯にとって何が大切かは、私が決める」

 

『……お前』

 

「高嶋友奈。面白い女だな。

 お前も、お前自身を諦めていた。

 私も、『ウルトラマンティガ』を心のどこかで諦めていた。

 だがあの少女は、何も諦めてはいなかった。感謝しなければならないだろうな」

 

 じり、と二人の足が地表を踏む。

 緩やかに、二人は対峙しながら横方向への歩みを始め、避難が完了した街を歩く。

 ゼットに街を壊す意図はなく。

 ティガには街を壊させたくないという意志があり。

 二人は、互いの隙を伺いながら歩く。

 

「お前を、ウルトラマンにしてくれたことに」

 

 沈黙。

 静寂。

 無音。

 歩いていた二人はやがて止まり、開けた場所で対峙する。

 

 その瞬間、世界が息を飲んだ。

 

 ティガ、ゼットが同時に瞬間移動。

 愛媛上空にて激突を開始した。

 次の瞬間には徳島沖の海で二人はぶつかっていて、瞬きの間にまた香川へと戻って来る。

 

 瞬間移動合戦は互角……否、ほんの僅かに、ゼットが速い。

 

『っと』

 

「私に等しい力を備えてきたか!」

 

 瞬間移動しつつ、ティガはダークタイプにタイプチェンジ。

 荒々しくゼットの攻撃に対抗し、危うくハイパーゼットに競り負けそうになるが、瞬間移動した友奈の援護で事なきを得た。

 

『さっきの戦いじゃ、ロクにホールド光波当たらなかったからな!』

 

「賢明だ! 競う選択としては、悪くない!」

 

 ならばスピードで勝負だと、スカイタイプに変わってまた瞬間移動合戦。

 速さと技で拮抗するものの、力負けしてやられそうになり、瞬間移動した杏の援護射撃に助けられ、事なきを得た。

 

『うらァッ!!』

 

 パワータイプならば、力では戦えるが、技と速さで競えない。

 だが歌野と雪花が援護に入ってくれたことで、パワータイプは地上戦にてハイパーゼット相手にさえも競り勝った。

 

「ほう」

 

 そして、マルチタイプと若葉、千景が、瞬間移動を織り交ぜてぶつかる。

 

「『大天狗』!」

 

「『玉藻前』!」

 

 ゼットは全力で防御するも、防御に使った槍を持つ手が、軽く痺れた。

 

 スペックや数字で見れば、今のティガはあの時のガイアSVよりも確実に弱い。

 あの時ガイアの身に宿っていた地球の力は、ゼットに負けて死んだことでかなりの量が霧散してしまった。

 残った力の一部はガイアと共に神樹と同化してティガの強化に使われているが、それでも純スペックで言えばあの時のガイアSVには届かない。

 

 だが、"それを補って余りあるもの"が、ティガにはあった。

 

 ゼットが攻めては、若葉と友奈と歌野が援護に入る。

 ゼットが受けては、千景と杏と雪花が援護に入ってくる。

 そして事あるごとに、大社が運用し、巫女が起動するカガミブネが瞬間移動で的確なサポートを入れてくる。

 人類が一丸になっているかのような強さ。

 あの時のガイアには無かった強さ。

 

 醜く、弱く、自分勝手で、流されやすい人間達が皆揃って、ティガと同じ方を向いている。

 踏みつけられても、叩きのめされても、罵られても、人に悪意を返さず愛し続けたティガの心は全て人々へと伝わり、人類に変革の第一歩を踏み出させた。

 そうして一丸となった人々の想いもまた、今のウルトラマンティガを後押ししていた。

 

 "これこそがティガの強さなのだ"と、ゼットはティガの光を噛み締める。

 

「悪くない。ようやく、少しはまともな人類になったな!」

 

『採点官かお前は! お前に人類の価値を決める権利なんてねえよ!』

 

「人類に対する評価と採点が甘すぎるお前よりはずっとマシだ!」

 

 人類全てが一丸となり、その意志がゼットに立ち向かう。

 そもそも、ティガが悪だという認識が絶対的にそこにあったからこそ、ティガという巨悪に立ち向かい攻撃を行う勇気ある人間が発生していたのだ。

 ティガが善と認識されたなら。

 ゼットという悪が認識されたなら。

 臆することなく、ティガの味方として、どんなに恐ろしい敵にも立ち向かう人々はいる。

 

(まだガタガタではある、が。まがりなりにも一つになったか、人類め)

 

 ダークタイプの派手な蹴りで顔面を蹴り飛ばされ、地面に叩きつけられるゼット。

 土煙の中、よろめきながら立ち上がるゼットの脳裏に、何かの言葉が走る。

 

(なんだ?)

 

 違和感を覚え、自らの内に意識を向ける。

 小さな声があった。

 それは、ゼットに取り込まれ、ゼットと一つになったことで、ゼットの心の影響を受けたバーテックス達の心の声。

 小さな心が芽生えたバーテックス達の声。

 

 彼らの心の声は小さい。

 それは、彼らに芽生えた心が小さいからだ。

 だが、彼らは声を張り上げ、ゼットにも聞こえるような大きさの心の声で、叫んだ。

 

 "共に戦おう"と。

 

(……お前達は)

 

 ゼットの心が伝染(うつ)って、心なき生物達に、小さな心が芽生えた。

 我らが生まれた意味を果たそう、と。

 君が生まれた意味を果たそう、と。

 バーテックス達は天の神から与えられた"人類を滅ぼす"という使命を果たすため、そしてゼットの生まれた意味である"全てのウルトラマンを倒す"という使命を果たさせるため。

 

 "共に戦おう"と、繰り返し叫んでいた。

 

「いいだろう」

 

 離れた場所に着地し、ゼットに遠距離攻撃を仕掛けてようとしているティガ・マルチを見つつ、ゼットは己の内を見つめる。

 ゼットに倒されたバーテックスがいた。

 ウルトラマンに倒されたバーテックスがいた。

 勇者に倒されたバーテックスがいた。

 

 全員が揃って、"お前を勝たせてやる"と偉そうに言っていた。

 この偉そうな心は誰に似たんだかな、と、ゼットは一人笑む。

 

「私達にとっては、これが最後の戦い、最後の決着でいい。

 我らがこの世界に生まれた意味を、今ここで、果たそう。

 『殺す』という役割を果たそう。

 今日、この日、この時、この場所で……私達全てと、人類全てで、決戦だっ!!」

 

 その瞬間。

 ゼットの全身から、無数のバーテックス達が飛び出した。

 

 幾千、幾万の星屑。

 亜型ではない、本来の姿を取り戻した十二星座達。

 全てがゼットの体より再生・生産され、ゼットを勝者にするために、"人類絶滅"の使命を果たすために、四国へと襲来した。

 

『なんて奴だ……一人で軍勢を生み出せる能力まで!?』

 

「こちらも全力で行かせてもらうぞ! 私の全力―――いや、私達の全力で!」

 

 ティガは一瞬迷った。

 守るために"何"に立ち向かうのか。

 バーテックスの軍勢と、ティガ以外の誰も止められないゼットを見比べて、竜胆はひとつの決断を迫られる。

 

 "信じて振り返らず全てを任せる"か、そうでないかを。

 

『―――任せたッ!!』

 

 そして、信じることを決めた。皆を心の底から信じ、皆に全力で任せることを決めた。

 

「「「 任せろ! 」」」

 

 若葉、友奈、歌野の感覚派達が、反射神経全開で、ノータイムで叫んで返し。

 

「「「 任せて! 」」」

 

 千景、杏、雪花の考えてから動く派が、ほんの少しだけ遅れて叫んで返した。

 

 軍勢の合間をすり抜けるようにスカイタイプで飛び、ゼットの前に降りるティガ。

 不思議なことに、バーテックス達は一体たりとも、ゼットの下へ向かうティガに攻撃を仕掛けることはなかった。

 まるで、"そのタイマンを邪魔する気はない"とでも言わんばかりに。

 

 かくして、ティガとゼットは対峙し、勇者がバーテックス達に立ち向かい、どこかで人間の誰かが負ければそれだけで人類が滅びそうな、ゼットとの因縁の決戦が幕を上げた。

 

「ここから先、お前は仲間の援護を一切受けられない。お前の強みは消える」

 

 ハイパーゼットが、地面に槍を突き刺し、指をコキコキと鳴らす。

 

 仲間が、ティガから強さの源を引き剥がしてくれた。だから、ゼットは負けられない。

 

『俺がお前から全てを守るから、皆は世界を守る。それだけだ』

 

 ウルトラマンティガが、胸の前で拳を打ち合わせる。

 

 仲間が、世界を守ってくれている。だから、ティガは負けられない。

 

『戦いの後、俺が帰る日常の世界は、皆が絶対に守ってくれる。信じてる』

 

 帰る場所が要らないゼット。

 帰る場所を託したティガ。

 

 この戦いで燃え尽きてもいいゼット。

 この戦いの後も生きていきたいティガ。

 

 殺すために生きてきたゼット。

 殺させないために生きているティガ。

 

「敵を倒して世界を救う。敵から日々の世界を守る。役割分担は容易、というわけか」

 

 黒き巨人ゼット。

 銀の巨人ティガ。

 

 闇の怪獣ゼット。

 光の巨人ティガ。

 

 その全ては、自分達バーテックスが生まれたことの意味を、証明するために。

 その生涯は、死んでいった全ての人達の死に、意味があったことを証明するために。

 

 天の神の側に立って。

 地の神の側に立って。

 

 今、光を知った彼は、成長を得たその心で、絶滅を与えんとする。

 今、光を取り戻した彼は、成長を重ねたその心で、生存を勝ち取らんとする。

 

「お前らしい。いや、私は……お前がそう選択すると、心のどこかで信じていたのかもしれない」

 

 無言の間。

 

「……」

 

『……』

 

 何度も、何度も、戦った。全力をぶつけ合い、命を賭して戦った。

 ゆえにこそ、宿命の二人。

 二人の手が、口が、同時に動く。

 

「ティガァァァァッ!!」

 

『ゼットォォォォッ!!』

 

 突き出されるゼットンの両拳。

 L字に組まれるウルトラマンの両手。

 互いが放つは、互いが持ち得る最強光線にして必殺光線。

 

「ゼットシウム光線ッ!」

 

『スペリオン光線ッ!』

 

 赤紫のゼットシウムと、竜胆の如き色合いの青紫のスペリオン。

 

 二つが衝突し、相殺され、大爆発。

 

 二人の最後の決戦は、最強光線の威力が完全に互角という、どちらが勝つかまるで読めない開幕から始まった。

 

 

 




 ゼットとの、最後の決戦

 ゼットは『ウルトラマンを倒す』という夢を抱き、ティガは『皆で生きていく未来』を夢見た
 バーテックスは、勇者は、その夢に懸けた

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