夏空の下、ウルトラマンは、友をいじめた子供達を虐殺した   作:ルシエド

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ここでぴったり50話
そして今日は専門書籍で『ウルトラ元年の日』と書かれている日です
ウルトラマン第一話放送が7/17で、設定上初代ウルトラマンが地球にやって来た作品内の日付も7/17なのですよ

今回も四万字超えたので更新ペース遅くなっててすみません


2

 御守竜胆は、初めからとても強い子だったのだろうか。

 いや、違う。

 最強の戦士は、人より少しだけ優しくて、人より少しだけ我慢強いだけの子供だった。

 

 きっかけは、両親の事故死だった。

 御守の両親は二人の子供を置いて、先に行ってしまった。

 当時小学生だった竜胆は、泣かなかった。

 自分よりもっと幼い妹が泣いていたから、泣かなかった。

 彼にとっての"死"の始点は、ここだったのだろう。

 

 彼は『変わろう』とした。他の誰でもなく、妹のために。

 

 ただの小学生でしかなかった彼は、幼い体で、家族のために強くなることを決意した。

 

 当時、竜胆と友人だった安芸真鈴は、その一連の流れを見ていた。

 習い事の先輩だからと、ふざけて先輩と呼んでいた頃は、まだ竜胆も人助けを迷わない勇気と優しさを持つ少年だった。

 だが、両親をなくしてからは、そこに強さも備わった。

 

 強さに、優しさに、勇気。

 正しさと義も掲げるようになって、竜胆少年は立派な自分、進むべき道や選んではならない人生を妹に見せることを考えるようになった。

 両親が自分の名『竜胆』に込めた願いを体現するため、今は亡き両親の想いを受け継ぎ、その花言葉に沿って生きることを心がけるようになった。

 だからあの時、竜胆は、千景に迷わず手を差し伸べられたのだ。

 

 一人の少年が、人より少しだけ優しくて、人より少しだけ我慢強いだけの自分に鞭打って、立派な兄になろうとした日々を、安芸真鈴はちゃんと見ていた。

 

 兄妹を見ていた真鈴曰く。

 なんだかちょっと、笑えたらしい。

 兄妹が考えることは同じで、"自分が助けて支えないと"と互いに対して思ったようだ。

 兄は妹の手を引き、間違ったことを間違っていると言える兄に。

 妹は脇の甘い兄を支え、兄よりしっかりした妹になっていった。

 

 兄よりしっかりした妹を見て、安芸はついつい笑ってしまったこともある。

 あの兄妹はずっと仲良く暮らしていくんだろうと、安芸は信じていた。

 信じたかった。

 

 ある日のこと。御守兄妹が高知で千景と出会うしばらく前の、夏の日のことだった。

 

 台風が近付いていた風の強い日で、妹の花梨(かりん)は大切にしていたペンダントを風に吹かれて落としてしまい、ペンダントは橋の上から川の中にぽちゃんと落ちてしまった。

 花梨はたいそう悲しみ、兄はその顔を見て、迷わず川の中に踏み出した。

 

「ちょっと待ってて。取ってくるから」

 

「あ、兄貴」

 

 妹は何度も止めたが、竜胆は大丈夫大丈夫と言って川の中に踏み込んでいく。

 落ちた場所はちゃんと見ていた。

 水流でどの程度流れたかの見当もついていた。

 だから、彼には川からペンダントを見つける自信があったのである。

 

 とはいえ、川というものは水底に足を取る藻混じりの泥があり、足は沈むは足は取られるわと最悪な上に、ぬるっと滑る要素の塊である。

 川で滑って転んで頭を打って死んだ人間など、過去事例の枚挙に暇がない。

 水底は整地なんてされていないので、子供の足を簡単に切ったり貫通したりするガラスの破片・金属の欠片・尖った石などでいっぱいだ。

 観光地でもなんでもない川に素足で踏み込むことは、足が傷だらけになり、そこから悪い菌などに侵入されたりすることを前提とした、相当に愚かな行為なのである。

 

「お、あった。花梨ー! あったぞー!」

 

 兄は、どのくらい探していたのだろうか。

 ただ、短い時間でないことだけは、確かだった。

 妹が見守る中、竜胆は一度の休憩も取らず、賢明に川の底をさらっていた。

 生まれた時からずっと兄と一緒にいる妹から見ても、もう呆れるしかない優しさ。賢明さ。一途さ。……困っている人間を助けるという、心の基本姿勢。

 

 帰って来た竜胆は、手も足も切り傷だらけで、歩いた後には足裏の傷から流れる血の跡がしっかりと残っているくらいであった。

 本人は気付いていなかったようだが、竜胆の足の端は川で踏んだ釘が貫通していて、下から上に突き抜けた血塗れの釘が痛々しかった。

 けれども竜胆は、満足そうに、嬉しそうに、笑っていた。

 

「どうして、こんな……」

 

「妹にとって大切なものは、お兄ちゃんにとっても大切なものなんだよ」

 

 笑顔で、竜胆は見つけ出したペンダントを妹に手渡す。

 

「んー、いや、これだとちょっとニュアンスが違うか。

 僕にとって大切な人が大切にしている物は、僕も大切にしたいんだよ。

 立場逆にして考えてみれば、なんとなく分からないか?

 "自分の大切な人が自分の大切な物を蔑ろにしてる"って普通に嫌だろ」

 

 花梨にとって、彼は理想の兄だったと言える。

 竜胆はいつも、優しい選択を好んでいたから、"妹のお手本としての兄"の観点で見るならば、竜胆は百点満点の少年だった。

 人によって大切なものは違う。

 思い出の品、信念、居場所、友人。

 譲れない大切なものが異なれば、あるいは大切なものが同じなら、人は大切なものを理由にして争い合うこともある。

 

 本当に大事なことは、他人の大切なものを尊重すること。

 そして、他人の大切なものを見下したりバカにしたりせず、できれば自分も大切にしてあげることである。

 言うは易しだが、実際にやるとなると結構難しい。

 

「兄貴はホント、兄貴だよね」

 

 花梨はペンダントを受け取った時、兄の手を見る。

 他人の大切なもののためなら傷だらけになることも厭わない、小さなヒーローの手。

 "自分が傷付いたら周りの人が悲しむ"ということを重く扱わない、バカの手。

 小学生の内からこんな性格な兄を見て、花梨はとても大きな心配と、同じくらいの大きな誇らしさを感じていた。

 

 あたしこういう兄貴が好きなんだなあ、なんて思いながら。

 

「兄貴はさ、皆の笑顔のためなら最強になれるってこと、あたしは知ってる」

 

「そんな大げさな」

 

「大げさじゃないってば」

 

 最強でない彼が最強と成る瞬間を、妹は知っていた。

 "千景の笑顔のために頑張っていた"竜胆が最初の変身で暴走し、たった一人の家族である妹を殺したあの瞬間に、花梨は何を思ったのだろうか

 へへへ、とはにかむ兄が、妹に笑いかける。

 

「じゃあ僕が一番強くなる時は知ってるか?」

 

「知らない。何?」

 

「愛する妹のために頑張ってる時だよ。おーいてて」

 

「……ばーか」

 

 ふんっ、と笑みをこぼす花梨。

 竜胆は自分の足を貫いている釘を抜こうとしていたが、抜けない様子。

 

「痛い痛い痛い! 花梨どうしよう!」

 

「えー、そりゃ痛いでしょ……なんでさっきまで平気そうな顔してたの……」

 

「目的に向かってる最中の痛みは必要経費だろ!」

 

「……それで我慢できるなら今ももうちょっと我慢しなさいよ!」

 

 他人のために何かやっている時は、痛みを無視できる。

 けれど、痛みに鈍いわけではなく、本当は人並みの痛みにしか耐えられない。

 そんな子供。

 彼はずっと我慢しながら、妹のペンダントを探していた。

 

 さっき"愛する妹"と恥ずかしげもなく言われたのを思い出して、少し照れた様子で花梨は頬をかき、背伸びをする。照れをごまかすように。

 

「あーあ、兄貴があたしより大切な女の子の一人や二人、さっさと作ったりしないかなー」

 

「そんなポンポン大切に思える子なんて作れるもんか。

 女の子と仲良くなるのだって結構難しいぞ。同性の方が楽楽、楽ってもんだよ」

 

 にっ、と花梨は笑う。

 

「そしたらさ、兄貴は最強で無敵になるんじゃないかな、なんてあたしは思うんだよね」

 

「えー、そうかな」

 

「そうに決まってる!

 だってさ、女の子を守る時無敵な男の子の方が、かっこいいじゃん!」

 

「願望じゃねえか!」

 

 願望、の一言では片付けられない。

 花梨はそれを信じていた。

 兄は、人の笑顔のためなら最強だと。

 本当に大切な人が出来たら、きっと無敵だと。

 自分の兄はヒーローであると、そう信じていた。

 

 この兄が、この妹を殺した事実は、きっと永久に消えることはなくて。

 二人の兄妹が歩んでいく未来は、もうどこにもなくて。

 

 だが、だからこそ勇者達が御守竜胆を救った事実は、偶然必然で語ることが無粋に成り果ててしまうほどの『奇跡』であると言えた。

 竜胆に幸福を受け入れさせた軌跡は、奇跡としか言いようがなかった。

 

 

 

 

 

 ゼットは初めから強い存在だったのだろうか。

 そう、初めから強い存在だった。

 

 彼はゼットンメイカー、バット星人によって生み出された最強のゼットンだ。

 竜胆のように涙を流したり、揺らいだり、弱さを見せたりするような心など、その身には最初から備わっていなかった。

 戦闘力も、努力せずとも最強クラス。

 

 強かったから、本当は仲間は必要なかった。

 強かったから、本当は努力も必要なかった。

 強かったから、想いも覚悟も必要なかった。

 

「お前は最強だ。初めから最強として創り上げた」

 

 バット星人は、そう言った。

 

「今までのゼットンも、最強だった。

 負ける要素などどこにも無かったのだ。

 だが、負けた。

 弱い方の人間とウルトラマンが、勝利した。

 何故か?

 ゼットンに心がなかったからだ。

 ゆえに、ゼット。お前には邪悪な心を植え付けた」

 

 そう言って、バット星人はゼットの体を仕上げていった。

 

「思うがまま振る舞うがいい。

 その心は、お前が最強で在り続けるためにある。

 蹂躙し、抹殺し、超越しろ。その虐殺を止められる者など、どこにも居はしない」

 

 けれど結局、ゼットはバット星人の手でロールアウトされることはなかった。

 その前に、バット星人が別宇宙にてウルトラ戦士と交戦、敗北してしまったからだ。

 ウルトラマンのいないこの宇宙に、ゼットは一人残された。

 完成することもなく。

 生み出されることもなく。

 一人、孤独に、時間を重ねた。

 

 何も起きない、何も成されない、バット星人の研究所にて、ゼットは一人の時間を過ごす。

 その時間を苦痛に感じなかったのは、彼の心が竜胆のそれとは違い、孤独に対しても強いものだったからなのだろうか。

 

(ウルトラマン、ウルトラマンか)

 

 ゼットは生まれる前の状態で、夢見るようにウルトラマンを想った。

 

(どんな者達なのだろうか。

 データはある。だが、この目では見ていない。

 不可能を可能とする者達。

 心の力で、自分よりも強い者に勝つ光の巨人……)

 

 初代ウルトラマン。ウルトラ兄弟。

 グレートに、パワードに、ネオスに、ナイスに、マックスに、ゼロ。

 ウルトラの父に、ウルトラマンキングに、ウルトラマンノア。

 ティガに、ダイナに、ガイア。

 コスモスに、ネクサスに、ベリアル。

 ギンガ、X、ウルトラマンサーガにウルトラマンレジェンドも。

 

 他にも様々なウルトラマンの情報がインプットされており、ゼットには最初からバット星人が持つ全てのウルトラマンの情報が注ぎ込まれていた。

 技だけしか情報のないウルトラマンも、容姿以外何の情報もないウルトラマンもいた。

 バット星人が知っていることしかゼットは知ることができなかったが、それでも情報量は膨大であり、それだけで十分だった。

 

 ウルトラマンの歴史は長く、多く、深い。

 初代ウルトラマンからウルトラマンメビウスまでの、十人のウルトラ兄弟達と地球人の物語だけを拾っても、40年だ。

 ゼットはバット星人から与えられたウルトラの歴史、ウルトラマンの知識を頭の中で繰り返し、いつの日か戦うことを夢に見た。

 

 ずっと、ずっと。

 何年も、何年も。

 生まれることすらできず、体も心もまともに発生しきっていない状態で、カプセルの保存液の中でゆらゆらと揺れながら、想っては忘れて、願っては忘れて、夢見ては忘れて、来るかどうかすらも分からない未来を思って、ゼットはウルトラマン達を想っていた。

 

 『ウルトラマン』だけが、風の中のロウソクに等しかったゼットの命を、想いによって繋いでくれていた。

 

 それがゼットの記憶に残る、原初の記憶。

 彼が生まれる前の、羊水の中の赤ん坊の記憶に等しい、僅かに残された記憶。

 今はもう、ほとんど忘れ去られた記憶。

 

(会ってみたい。戦ってみたい。私が思う通りの、強い者達なのだろうか)

 

 戦いたい。それだけを夢見て、死にゆく未完成な自らの命を繋ぎ留めていた。

 

(それとも、私が思う以上に強く、凄い者達なのだろうか。できれば、そうであってほしい)

 

 勝ちたい。それだけを願う命だった。

 

(勝ちたい。勝ってみたい。いや、勝つのだ。それが私の生まれた意味なのだから)

 

 最強の生命は、生まれる前に放置され、生まれぬまま朽ちていき、されど願い続ける。

 

(いつか、私の予想も、期待も、力も、努力も、その全ての上を行くウルトラマンに会えたなら)

 

 いつの日か、"生まれてきてよかった"と思わせてくれる、最高の好敵手(ウルトラマン)と出会うために。

 いつか来るその日を、夢見続ける。

 

(この宇宙の誰もが倒せないようなウルトラマンに。

 この私が勝てたなら。

 その時点で、きっともう、私の中に……心残りはないはずだ。命の意味を、果たせるはずだ)

 

 そんなゼットの想いを、祈りを、天の神が拾った。

 神とは、聞き届けるもの。

 祈りを聞き、時にそれを叶えるもの。

 

 ゼットの祈りは、宇宙を照らす星の神の一柱に、聞き届けられた。

 

(なんだ?)

 

 そこからは、さして特筆すべき事はない。

 天の神の力で、まだ生まれていなかったゼットは、ようやく世界に産み落とされた。

 最初に作った者・バット星人が与えた使命は、『全てのウルトラマンを倒せ』。

 生み出した神が与えた使命は、『人を滅ぼせ』。

 

 ゼットは好きにした。

 強制されて何かを決めることはしなかった。

 ただ、自分が好きなように選んで、好きなように目的を選択した。

 だからこそ、"いかなる手段を用いてもウルトラマンを滅ぼせ"というバット星人の意図にも、"いかなる手段を用いても人を滅ぼせ"という天の神の意図にも、従わなかった。

 

「戦ってはやる。だが、覚えておけ。私は誰の指図も受けん」

 

 強かったから、本当は仲間は必要なかった。

 だが、ゼットン軍団を率いた。今も、バーテックスの軍隊を率いている。

 一人でよかったのに、一人ではなくなっていた。

 

 強かったから、本当は努力も必要なかった。

 だが、自らを鍛えた。

 多くのウルトラマンを仮想敵に捉え、その全てを倒すため、自らを鍛え続けた。

 ゼットは最初から最強だったが、"最強程度ではウルトラマンには負けてしまう"ことを、『ゼットン』である彼は十分に理解していた。

 

 強かったから、想いも覚悟も必要なかった。

 だが、自然とそれは備わっていた。

 勝とうとする想い。

 負けて死ぬ覚悟。

 必要な分の心は最初から備わっており、後は成長を待つだけだった。

 

「ウルトラマンにとってかけがえのない星、地球。

 そして、人間の勇気と戦力の象徴、勇者か……くくっ」

 

 初めて地球を見た時。

 

 とても楽しそうに、ゼットは笑った。

 

「数々のゼットンを倒してきた、人間とウルトラマンの絆か。

 データにあった特殊戦闘機の類はないようだが……まあいい。

 五人の勇者に六人のウルトラマン。心躍る私は、幼稚か?

 だが……ここまで戦う相手に恵まれたゼットンは、私以外にはそういないだろうな」

 

 この時のゼットはまだ、幼稚に無邪気に信じていた。

 全てのウルトラマンが、全ての勇者が、全ての人類が、心一つにして自分という脅威に立ち向かってくることを。

 

 だからだろう。

 逸る気持ちを抑えきれず、未完成な体で地球に降り、多様な精霊を使いこなすウルトラマンネクサスに戦いを挑み、未完成な体のままネクサスの腹に大穴を空けてしまったのは。

 彼は未完成な体にて、気持ちに突き動かされるようにして、地球に降りていく。

 

「さあ、開幕だ。この星を、あの戦士達を―――私が、砕く」

 

 そうして、地球に降りたゼットが見たものは。

 予想を遥かに超えた力弱きウルトラマンと、醜い人間と、唾棄すべき人々の仲間割れと。

 期待を遥かに超えた心強きウルトラマンと、美しい人間と、尊ぶべき人々の絆だった。

 

 

 

 

 

 結局、ティガは人間を虐殺したが、ゼットは人間を一度も虐殺しなかった。

 ティガはずっと殺すことに罪悪感を覚え躊躇ったが、ゼットにそういうものは一切なかった。

 竜胆は悪行を成した人間でも殺すことを拒否したが、ゼットにそんな気持ちは全くなかった。

 

 ティガは他人のために虐殺し、他人のために戦うことを決めた。

 ゼットは自分のために強くなり、自分のために戦場に身を投じた。

 ティガは心ある存在が心を失い暴走し、心の人間性を削り、けれど最後に原点に帰った。

 ゼットは心を一から育て、どこにあるかも分からない心のゴールを目指した。

 

 何を失おうとも、ウルトラマンに勝てればよかったゼット。

 失うたびに、もう失いたくないと心で叫んだティガ。

 力こそが全てだったゼット。

 力は幸福と笑顔を守る道具でしかなかったティガ。

 

 ティガには大切なものがたくさんあって、ゼットにはたった一つの大切な夢があった。

 

 ゼットは光の強者(ウルトラマン)を倒す勝利を夢見て、ティガは光の未来を夢見た。

 

 ゼットはティガに同族が殺されたことを、ほとんど気にしておらず。

 ティガはゼットに殺された仲間のことを、きっと一生忘れることはない。

 

 今日に至るまでの二人の運命は、どこまでも反対方向に向かっている。

 

 

 

 

 

 だからこそ。

 二人は戦う。

 所属勢力が違う、目的が違う、守るものが違う、目指すものが違う、等々幾多の理由はある。

 だが、それ以上に。

 

 "こいつにだけは負けられない"という灼熱の意志が、両者の中にはあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは、大気を嵐のようにかき混ぜる豪快さと、針の穴を通すような精密性を併せ持つ斬撃だった。

 両者同時に瞬間移動、瞬間移動、そして瞬間移動の直後に槍と手刀の斬撃。

 

『スラップショット!』

 

「はっ!」

 

 同レベルの速度、威力、切断力を持った、マルチタイプの手刀とゼットの槍斬撃が衝突する。

 だが、速度、威力、切断力、全てにおいてゼットが少しずつ上回っていた。

 ティガの手刀が切り裂かれ、強烈に腕ごと弾かれる。

 

『っ』

 

「どうした! そんなものか! ティガ!」

 

『まだまだ!』

 

 二人は四国外縁の海岸線、海上、空中とめまぐるしく戦場を変えながらぶつかり合っていく。

 四国は今、ほぼ全域で勇者とバーテックスが戦闘中だ。

 飛び回るバーテックス達を、瞬間移動を繰り返す勇者達が迎撃している。

 だが、ゼットもティガも、そちらに目を向けることすらしていなかった。

 

 ゼットは仲間を信じていない。

 だから、仲間が勇者に皆やられても、きっと動揺すらしないだろう。

 仲間に期待をしていない。

 だから仲間に失望も落胆もしない。

 たとえ、何も成せずにバーテックス達が全滅しても、"よくやった"と一言だけ言って、バーテックス達の努力と敗戦の内容にも目を向けず、無条件でバーテックス達を受け入れるだろう。

 

 バーテックスの奮闘も敗戦も、ゼットにはきっと影響を与えない。

 

 ティガは仲間を信じている。

 だから、勇者達がバーテックスにやられば、かなり動揺するだろう。

 仲間に期待をしている。

 だから、仲間の敗北が心を直接揺さぶってしまう。

 されどそれが、"仲間を信じる心"という名の力を生んで、ティガの力をブーストしている。

 

 勇者の奮闘も敗戦も、全てがティガの力に影響を与えてしまう。

 

 ゼットは信じておらず、期待もしていないため、仲間を見ない。

 ティガは仲間を信じ、極力自分の動揺を抑えるため、仲間を見ない。

 仲間を見ない理由まで、二人は対極だった。

 

「来い!」

 

『言われなくても行ってやる!』

 

 地に足着けて踏み込んで、二人は交錯した。

 精霊行使はどうにも竜胆との相性が悪い。

 パワータイプに切り替えて、竜胆は攻撃を組み立てる。

 まず撃ち放つは、パワータイプの豪腕四連撃。

 

「!」

 

 ゼットは上半身と顔を狙う四連撃を槍で弾くが、それは本命であると同時に囮。

 上半身への連撃がゼットの意識をそこに引きつけ、五連撃目のパワータイプの拳の側面から、ゼットの右足へ向かってネクサスの光の鞭(セービングビュート)が飛んだ。

 五発目の拳を槍が弾いて、ティガが弾かれた拳を引けば、ゼットは足を取られて転びかける。

 

 拳は突き出された後、引き戻される。

 当然のモーションが、当然でない体勢崩しへと変わる。

 崩されたゼットの体勢。

 

 そこに、パワータイプの空手技・三日月蹴りが飛んだ。

 

『!』

 

 だがゼットは、右足を引っ張られて体勢を崩された状態で、左足一本で柔らかに跳び、ティガの蹴り足に片腕で"乗った"。

 蹴りを受けず、蹴りに乗るという異端の防御。

 突然体勢を崩されたにもかかわらず、針の先ほどの動揺も見せず、柔らかで正確な跳躍と対応を見せるという異常性。

 ゼットは片手でティガの足に乗り、片手でそのまま槍を突き出してきた。

 

 瞬きほどの時間も無い、刹那の一瞬。

 ティガはゼット同様片足で跳び、"ありえないほどの跳躍"にて槍の一撃をかわした。

 それはまごうことなく"跳躍"を強化する精霊の効能。

 反射的に踏み出した回避の一歩を、確定の回避に変える力。

 

「精霊義経か」

 

『うぷっ……』

 

 回避はできた、が、ティガは気分悪そうにふらついてしまう。

 精霊を使えば使うほど体に溜まる倦怠感、体力の消耗、体組織の摩耗。

 今日ティガが行使した中でほとんど消耗がなかったのは、輪入道だけだった。

 

 その理由は分かっている。

 輪入道だけが特別だから、その理由はよく分かる。

 分かっているけど、考えない。

 考えたら、少し泣いてしまいそうだったから。

 

(ぐっ、クソ、輪入道以外の精霊はやっぱ重い……使えば使うほど体力が抉られる……)

 

 ティガはダークタイプにタイプチェンジ。

 マルチタイプよりも速く力強い、スペックの総合値であれば最強である黒色のティガとなり、速く重い連打を野生的に浴びせかける。

 対し、ゼットは流れるように槍を振るい、柔軟で(まろ)やかな防御でそれを受け流す。

 

 ティガ・ダークの猛攻は、例えるならば暴風。

 ゼットの防御は、例えるならば流水だった。

 

 ティガの攻撃は、全てが風だ。

 全てが、風を思わせるものになった。

 マルチは精緻な西風。

 スカイは素早き突風。

 パワーは力で持っていく竜巻。

 そして、ダークは全てを破壊する暴風。

 

 "風になった"ティガの攻撃は、ゼットにとっては美しくも恐ろしかった。

 

 二人の目が、先程までの互いの動きを分析する。

 

(攻撃位置の調整による綺麗な意識誘導。

 上を攻めて、足を取る戦術。

 ティガの動きは全てが流動的に、本命と囮を入れ替える。

 本命だったはずの攻撃が、次の瞬間には囮の攻撃になっている)

 

(崩しが完璧に決まったのに、そこから追撃を許さず平然と立て直してくる難敵)

 

 スカイタイプの素早い手さばきが、流麗にゼットの槍の防御の内側、手首を掴む。

 瞬時にパワータイプに切り替えたティガは、流れるようにゼットを投げた。

 地面に叩きつけられる寸前に、ゼットは瞬間移動で回避。

 逃がすか、とばかりに、ティガが巫女のカガミブネの援護を受けて追撃に入る。

 

(! こいつ、私の速さに対応し、更に速度と技のキレを上げてきている……!?)

 

 されど、その追撃はゼットに届かず。

 (やわら)の技にて、槍がティガの追撃の蹴りを受け流す。

 

(なんてやつだ、ありえねえ。

 技の工夫を増やしたわけでもない、俺の動きをより深くまで見切ってきたわけでもない。

 ただ、俺への対抗心と、精神的な高揚で進化して、更に速く力強くなってやがる……!)

 

 互いが互いを高める拮抗。

 互いが互いを認める拮抗。

 まず敵を認め、敵の強さを把握し、それを理解しなければ勝てない。

 理解した上で、その上を行かなければ越えられない。

 

(マルチタイプだと全能力で負ける!

 スカイタイプだとパワーが足りない!

 パワータイプだとスピードが足りない!

 ダークタイプだとパワーもスピードも足りるが、技が荒くなってそこを突かれる!)

 

 四形態のどれもが半ば攻略されている状態で、ティガは歯噛みし、四形態を流れるように切り替えながら攻め立て続ける。

 

(やり辛いな。

 ダークタイプはこれまでのティガダークの強さを、高度に制御している。

 スカイタイプの速さ、パワータイプの力強さを散らされると対応が辛い。

 マルチタイプに至ってはバランスよく何でもできるがために、先が読めん)

 

 ゼットもまた、四形態それぞれの対応策を見つけているというのに、ティガが四形態をポンポン切り替えるものだから、四形態それぞれへの対応策が全く有効に使えていない現状に少し苛立ち、苛立ちを意識して消して、心落ち着かせていた。

 

(強い)

(強い)

 

(だけどそんなことは、ずっと前から分かっていることだ)

(だけどそんなことは、ずっと前から分かっていることだ)

 

(こいつの力が誰よりも強いことなど、俺が一番よく知っている)

(こいつの心が誰よりも強いことなど、私が一番よく知っている)

 

 瞬間移動。瞬間移動。瞬間移動。

 そこに超音速の飛行が加わり、もはや常人では影も追えない領域の戦いに至る。

 だがそうしてしのぎを削り合う中で、ゼットは違和感に気付く。

 

 予想以上に、ティガの消耗が激しい。

 攻防を繰り返すたび、ゼットはそれを実感する。

 今のティガは、あの時のガイアSVほどではないにしろ、光エネルギーが限りなく無尽蔵に近い状態であるはずだ。

 少なくとも、光がこんなに目に見えて急速に消耗していくはずがない。

 

『はぁ、はぁ、まだまだ!』

 

「私の推測では、ティガ、お前はもう少し強く……いや、待て」

 

 空中でティガの肩の肉を槍で抉りながら、ゼットは観察と推察を終える。

 

「もしや、お前は―――」

 

 そう、ティガは。

 

 勝つために、とても大きな遠回りと、迂遠な強化を経て戦っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人間には、色んな人がいた。

 

 ある小学生の男の子は、クラス替えのたびにいじめられることを恐れるような、クラスでいつも立場が弱い子供だった。

 でも、周りに合わせていれば、いじめられなかった。

 皆と一緒に悪者のティガを攻撃していれば、仲間だと認めてもらえた。

 それが嬉しかった。

 だから今日まで、"そう"していた。

 

 ある中学生の女の子は、家で両親にずっと無関心に育てられてきた。

 愛の無い過程で育ち、愛に飢えていた。

 でも、学校で皆と一緒に悪者のティガの悪口を言っていれば、暖かい友達の輪に迎えられた。

 家族の輪のような暖かさ。それがなければ、少女は生きていられなかった。

 だから今日まで、"そう"していた。

 

 ある大学生の女性は、星屑襲来時に四国外から四国内に逃げ込んできた女性だった。

 彼女は、よそ者だった。外から逃げ込んで来たよそ者でしかなかった。

 周りの人との間には微妙な距離があって、彼女はそれが心底嫌だった。

 でも、嫌いな者、悪者に対して一緒に陰口を叩いている時だけは、その距離感がなかった。

 嫌いなものが同じであれば、『よそ者』ではなく、『同じ思いを持つ仲間』として見てもらえる……それが、喜ばしかった。

 だから今日まで、"そう"していた。

 

 ある社会人は、星屑の襲来で、親も、妻も、娘も食い殺された男だった。

 だが四国の勤務先にて、会社の皆の優しさに支えられ、自殺を思い留まり、何度も挫けながらも立ち上がった男だった。

 けれど、会社の人達は皆、ティガを非難する側の人間で。

 男はティガのことがどちらかと言えば好きだったが、会社の皆は心底大好きだったから、皆に合わせてティガを非難する側に回っていた。

 自分の考え、自分の主張など捨てて、集団の意見を尊重することが、自分を救ってくれた集団への恩返しになることであると、信じていた。

 だから今日まで、"そう"していた。

 

 四国に満ちる光を通じて、それらの想いはティガに届いている。

 そして、ティガがそれらの想いに対して、同じように想いを返した。

 

『それならそれでいいんじゃないかな。

 あなた達がそれで、何かの形で救われたなら、俺もちょっとは嬉しく思える』

 

 まず、竜胆の意志が光に乗って伝わっていく。

 

『でもやっぱり、悪口を言われるのは、辛いかな』

 

 そして、竜胆の心の底にあった痛みと苦しみが、伝わっていった。

 

 竜胆の強く輝く意志と、その隙間に見える弱く脆い本音の両方が、人の心を打つ。

 許そうとする心。痛みに涙を流す心。

 どちらも竜胆で、どちらも彼の心である。

 その上で寛容と許しを見せる竜胆の在り方は、人々に罪悪感を呼び起こすものだった。

 

 ほとんどの人は完全な善にも、完全な悪にも成りきれない。

 善と悪とが入り混じった存在だ。

 聖人も、極悪人も、社会にはほんの僅かにしか発生しない希少種だ。

 人間はそういう風に出来ている。

 だからもう、竜胆の心を知ってしまったら、彼が皆に向ける愛と優しさを知ってしまったら、彼がそこで必死に生きている一人の人間だと知ってしまったら、もう駄目だ。

 

 もう、何かの理由があっても、その少年の幸福を踏み躙ることなど、できなかった。

 

 竜胆が光の散布で変えたのは、多くはない。

 『ティガダークという悪を見る目』を、『御守竜胆という少年を見る目』に変えた。

 けれども、それだけできっと十分だったのだ。

 ただそれだけで、多くの者は自省した。

 

 赤の他人を殺せる人でも、友達や家族を殺すことは躊躇する。

 "知る"ということは、殺意や害意を大きく削り取ってしまうのだ。

 皆が、竜胆を知った。

 皆が、ティガに対する認識を改めた。

 光が、皆の心とティガの心を繋げてくれた。

 

 光は、心を繋げただけだ。

 皆が竜胆に歩み寄ってくれたのは、竜胆の心が、皆に歩み寄られるものであったから。

 彼の心がゼットのように強かったなら、こんなにも多くの人は歩み寄ってくれなかっただろう。

 竜胆の心が光だけだったなら、離れる人も居たはずだ。

 竜胆の心が闇だけだったなら、人々は誰も竜胆を見直さなかったはずだ。

 

 竜胆の心と繋がった者達の感想は、十人十色。

 その中でも最も多かった感想が、これだ。

 

 

 

『ただ、強がって頑張ってるだけの、子供じゃないか』

 

 

 

 四国の民衆の中で、一番最初にティガを信じたのは、子供だった。

 それからティガを信じ始めた者達もまた、子供が中心だった。

 

 けれど、竜胆の心と繋がり、竜胆の想いと在り方に心打たれた者は、子供より大人の方が圧倒的に多かった。

 

「十二星座、三体目!」

 

 個人撃破三体目の十二星座、ピスケスを両断した若葉が叫ぶ。

 

「千景! 残りは何体だ!」

 

「もう半分残ってないわ! ……全部倒しきるまで、こっちの体力が保つかの勝負よ!」

 

 亜型ではない十二星座と、無数の星屑が四国の空を覆っていた。

 若葉が三体、歌野が一体、友奈が一体、千景が一体、杏が一体、既に十二星座を討っている。

 だが、当初の想定以上に、彼女らの消耗が大きかった。

 

 四国全土にカガミブネで跳び回り、戦いに次ぐ戦いの、一秒の休憩も許されない連戦。

 一人の犠牲も出してはならない、瀬戸際の極限の戦い。

 単純に勇者の数千倍はいる頭数。

 そして、勇者全員がフルに精霊を使わねばならないという前提。

 勇者の勇姿は民衆を勇気付けていたが、同時にどうしようもないほどの劣勢と窮地であるという現状を、どうしようもなく知らしめる。

 

 そして、カガミブネが使用不能になれば、崖っぷちで踏み留まっている戦いの均衡は、一気に崩れてしまう。

 ゆえに星屑達は、目についた巫女を優先的に襲い始めた。

 名もなき巫女の一人と、空中の星屑の目が合った。合ってしまった。

 

「あ」

 

 噛み殺さんと、巫女を狙って飛びつく星屑。

 そこに体ごと跳びつき、巫女を抱えて転がるようにして避ける人間の姿があった。

 

「おい、大丈夫か!?」

 

「は、はい」

 

 それは、かつてティガ排斥のデモにも参加していた男性だった。

 "人殺しが大嫌いな人間"の一人だった。

 悪だと思った者に立ち向かえるから、ティガダークにだって立ち向かえて、星屑にだって立ち向かえる男性だった。

 今は、ティガに謝りたい気持ちでいっぱいになっていた男性だった。

 その気持ちは光を通して、ちゃんとティガに伝わっていく。

 

 最初の噛み付きで巫女を仕留められなかった時点で、その星屑に命運はなく。

 瞬間移動してきた雪花の投槍が、その星屑を貫いていた。

 

「よし、セーフ!」

 

 貫かれた星屑が落ちた路面のその横を、爆走する車が駆け抜けていく。

 

 運転席には、竜胆が何度か会っていた大社職員・万。

 その隣の助手席には同様に大社職員である楠という男が乗っていた。

 

「ば、万、ちょっと車これ速いんじゃ」

 

「情けないこと言わないでください楠さん!

 今四国でまともに動かせる車両なんて大社のものくらいしかないんですよ!」

 

 戦闘の余波で逃げられなくなった人、瓦礫に閉じ込められた人、変な位置に取り残されてしまった巫女。

 それらに調整を入れ、勇者が戦いやすい街の状況を作りつつ、カガミブネを安定して使用できる巫女の分散度合いを維持できるのは、戦場全体が見える大社だけだ。

 

 巫女を回収し、運搬し、星屑から逃げ惑う巫女を再配置してカガミブネの効力を維持すべく走り続ける大社の車両を、数匹の星屑が追ってくる。

 

「! 星屑が追って来て―――」

 

「無視してください楠さん! 大社(こっち)の仕事は、そっちを気にすることじゃないです!」

 

 そして、追って来る星屑に振り向きもしない万の頭上をクロスボウの矢が飛んでいった。

 矢は一発も外れることなく、数匹の星屑を正確無比に撃ち抜いた。

 大社の車と、撃った杏がすれ違い、万と同乗していた楠は目をぱちくりさせる。

 

「我々と彼女らは、自分にできることをする! 自分達の役目を果たす!

 全員が自分達のするべきことをしないと、ささっと全員死にますよ!」

 

「……ええい、頭が痛くなるな!」

 

 力なき人は、巫女を庇い。

 できることが多くない人は、車を走らせ、巫女を移動させてカガミブネを維持し。

 できることがほとんど無いような子供ですら、隣で転んだ大人に「大丈夫?」と言い、手を差し伸べていた。

 

 大量の星屑を酒呑童子の一撃で吹っ飛ばしながら、高嶋友奈は、ゼットとの一騎打ちに集中しているティガの背中を見る。

 

(リュウくん)

 

 ティガは振り向かない。

 この光は可変の、想いの一方通行だ。

 ティガの心は伝わっていくが、他の人がそれを望まないのであれば、皆の想いはティガへと伝わらないようにできている。

 望まなければ心は双方向で繋がらない。

 

 なればこそ。

 容易に想いは伝わってしまう、ということでもある。

 民衆の恐怖、勇者の不安も、相応にティガに伝わってしまっていることだろう。

 

 されどもティガは、一度も不安がる様子を見せなかった。

 勇者に四国を任せるという前言を、一切撤回しなかった。

 

(私のこの心も、この光を通して、伝わってるのかな。皆、頑張ってるよ)

 

 友奈は意識が飛びそうなくらいに苦しい。

 けれど、休んでいる暇はない。

 A地点の敵を片付けたらすぐB地点に転移して戦い、B地点の敵が片付けたらC地点、次はD地点、という終わりも休みもない連戦。

 勇者で連携して休みつつ交互に出撃する、なんてことが許されないほどに、同時に処理しなければならない敵が多い。

 

 けれど心は、不思議と充実していた。

 右を見ても、左を見ても、共に戦う勇者の姿が遠くの空に見える。

 前を見ても、後ろを見ても、自分なりのやり方で立ち向かう人々が見える。

 上を見ればお日様と、時々見えるティガとゼットの姿。

 

 見れば見るだけ、友奈の心に力が湧いて来る。

 

(一度も振り向かないで私達に任せてくれてるリュウくんの想いに、皆応えてる)

 

 巫女を一般人が助けた時、雪花は何故間に合ったのか?

 杏の援護射撃は、何故都合よく大社の車両を助けることが出来たのか?

 

 今四国で誰かが「助けて」と思えば、それはその人が望む限り、光を通してティガに伝わる。

 想いが伝わった瞬間、ティガの心は反射的に「助けないと」と思う。

 文字通りに"竜胆に対し心を開いている者"は、その想いをダイレクトに受け取り、どこで誰が助けを求めているかを瞬時に把握し、助けに行くことができる。

 カガミブネがある以上、救援にかかる時間は一瞬だ。

 

 だからこそ、今の四国で()()()()()()()()()()()()()()という事象はありえない。

 勇者が諦めない限り、勇者が力尽きるまで、誰も死ぬことはない。

 バーテックスにとっては、悪夢のような事実であった。

 

 「助けて」という声を聞けば、「助けないと」と反射的に思ってしまう竜胆の性格があって初めて成立する、緊急救助ネットワーク。

 おそらくは竜胆本人ですら想定していなかった、奇跡の救援システム。

 優しさのみで成立する究極の守り。

 そう、この日、彼らバーテックスは。

 彼らがこれまでずっと踏み躙ってきた、『ただの優しさ』に、敗北するのだ。

 

 竜胆が今の優しさを持ち続ける限り、この守りは破られない。

 

―――竜胆。優しさを失わないでくれ

―――優しいお前になら、ワシは自分の大切なものの全てを、安心して託せる

 

 大地が残した願いは、大地が思っていた以上の形で、叶ってくれたのかもしれない。

 

 御守花梨が大好きだった兄の優しさは、彼女が最強だと信じていた兄の心の在り方は、今この四国で、目に見える形を成していた。

 技術や意識の持ちようで、これは真似できない。

 心の底からお人好しで、闇落ちしてもお人好し、そんな人間でなければ無理だ。

 

 友奈の口元に、笑みがこぼれる。

 

「リュウくんが言ってた『俺達の勇気』って、まさにこれだよね」

 

 友奈の見回す四国の大地の上で、街の人達皆がそれぞれ、違う形の勇気を見せていた。

 

 ハッキリ言って、四国の人々の心は全く一つになっていない。

 例えば一般人の一人とティガの心は繋がっているし、ティガと友奈も繋がっているが、その一般人と友奈の心は全く繋がっていない。

 ティガを中間地点にしているだけだ。

 それぞれの心は、相も変わらずバラバラである。

 仲の悪い二人が出会えば口喧嘩が始まる、今まで通りの人間のままである。

 

 だが、バラバラなまま、皆が皆、同じ想いを抱いていた。

 すなわち、「死んでたまるか」「頑張れティガ」「頑張れ勇者」「くたばれバーテックス」である。想いは極めて超シンプル。

 心は全く一つになっていない。

 なのに、想いは一つになっている。

 

 全く違う目的の者達が、違う心をぶつけ合う状態のまま、同じ方向を向いて戦う。

 それはまるで、かつての丸亀城のチームのようだった。

 

 優しい友奈と、復讐に囚われた若葉と、承認欲求で戦っていた千景が共闘していた頃の、丸亀城のチームのような。

 問題児だった闇のティガすら受け入れ、共に戦った、丸亀城のチームのような。

 心が一つになっていないまま、皆で互いの違いを認め、デコボコな絆を作って共に戦った、丸亀城のチームのような。

 

 心がバラバラのまま一緒に戦う皆の勇気を握りしめ、友奈は空のヴァルゴ・バーテックスに向けて一直線に飛び上がる。

 

「みんなの勇気で……勇者! パーンチっ!!」

 

 繰り出される酒呑童子の拳が、ヴァルゴを真っ正面から粉砕した。

 残り十二星座、四体。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 四国広域にこれだけの光を維持するのは、それこそ神樹が毎度展開している樹海化や、三分間でネクサスの命を使い切ってしまうメタフィールドに近しい消耗がある。

 体力、エネルギーのみならず、根本的な生命力まで削る消耗だ。

 "人間であれば"、深刻な消耗になっていたかもしれない。

 

「やはりか。四国全域にこの光の領域を維持するため……大量のエネルギーを消耗していたと」

 

『言っておくが、お前との戦いで手なんて抜いてねえ。ただ、これしか無かったんだ』

 

 ティガはゼットとの戦いと並行して、ティガを経由して擬似的に情報交換を行えるようにすることで、人間があらゆる面で有利になれる光の領域を維持していた。

 ともすれば、ゼットとの戦いに集中していなかった、と見ることもできる。

 だが、竜胆にそんなつもりはなく、ゼットもまた、竜胆はそんな半端はしていないだろうと思っていた。

 

『俺一人じゃお前に勝てない。

 大地先輩が教えてくれた。

 地球は、お前に勝てない。

 神様も、お前に勝てない。

 巨人と地球と神様で力を合わせても、お前に勝つことはできなかった』

 

 ガイア・スプリームヴァージョンは、あの瞬間間違いなく、地球最強戦力だった。

 星も神も、全てをガイアに懸けていた。

 けれど、負けた。

 ゼットには負けてしまった。

 

 ならば、あの力ではゼットには勝てないということだ。

 もっと別の力、それでいて星と神の力を超える力が必要だった。

 竜胆が選んだ力は、たった一つ。

 星の力にも、神の力にも勝る力だと竜胆が信じたその力は、最初からそこにあったもの。

 

『だから俺は! "人間みんなの力"で! お前に勝つ! この想いを、全部束ねて!』

 

 大幅に消耗したとしても、人々と心を繋げ、心繋げた者達から想いを受け取ることで、消耗前の自分よりも強くなる、という奇策中の奇策。

 人々の想いをその身に受けて、少しだけスペックが上がったティガ・マルチが、ゼットに猛然と殴りかかる。

 瞬間移動を織り混ぜるティガの機動に、ゼットも瞬間移動で応えた。

 

「予想もしていなかった戦術だ。ならば、その戦術が正しいかどうか!」

 

『!』

 

 ティガの奇策に、ゼットもまた奇策で応える。

 なんと、一本しか持っていない槍を、ティガの攻撃タイミングで投げつけてきたのだ。

 ティガは槍を殴って弾くが、その一瞬の隙を突かれ、腕を捕まれ投げられてしまう。

 投げつけられて、地面と衝突。

 四国全域が揺れるほどの大地震が発生。

 

 そして、ティガを地面に叩きつけた瞬間に瞬間移動し槍を回収。

 地面に叩きつけられたティガが立ち上がろうとした瞬間、その胴体を貫き、串刺しにすることで地面に槍で縫い付けた。

 

「私に勝って、証明してみせるがいい!」

 

『ぐあああっ!!』

 

 肉体を再生しようと、体が貫かれたままでは意味が無い。動けない。

 ゼットの槍は二股の槍であるため、貫かれれば固定力も相当なものだ。

 脱出のための最適解は、自分の胴体を八つ裂き光輪で切り裂き、槍を抜くこと。

 

 が。

 それには少しではあるが時間が必要で、ゼットはそんな時間を許してくれない。

 飛び上がったゼットが高高度からの飛び蹴りの構えを見せた瞬間、竜胆は全てが間に合わないことに気付いた。

 

(防御を!)

 

 それは、"もし恐竜を絶滅させた隕石があるならこのレベルだろう"と数々の研究者が想定した隕石の威力を、万倍単位で昇華させたに等しい威力の一撃。

 星が砕ける。

 受けを間違えれば、地球が真っ二つになる。

 ティガは自分に向かって一直線に飛んで来るゼットの流星キックに対し、シールドを作る。

 

『ウルトラシール――』

 

 まさに、その時。

 

 ティガの視界の端に、球子の母と、球子の母を狙うスコーピオン・バーテックスと、スコーピオンを撃ち抜く杏の姿が見えた。

 

(―――)

 

 他の戦闘音が激しくて、杏と球子の母が何か話しているようだが、竜胆には聞こえない。

 だが、杏が球子の母をスコーピオンから守り、スコーピオンを倒したことだけは、目で見て分かった。

 そして、ゼットの流星キックを下手な受け方をしてしまえば、杏と球子の母が衝撃波に巻き込まれてしまうであろうことも、見て分かった。

 

 ティガは、全力で光の盾(シールド)で受けるのを止める。

 力の半分をシールドに、もう半分は周囲を覆う光の壁と化す。

 ティガの光盾に、ガイアの光壁。

 

『――ウルトラバリヤー!』

 

 それを展開した瞬間は、まさにゼットの流星キックが着弾する、その瞬間だった。

 ティガの光盾でゼットの蹴りを受け、ガイアの光壁でゼットとティガを包み込む。

 そうしてティガは、全力の半分の力でゼットの蹴りを受け止めて、残り半分の力で激突の衝撃から地球と街を守らんとした。

 

 ゼットの飛び上がってからの全力流星キックの威力は、絶大。

 地球を粉砕するための物理衝撃は、仮定する者にもよるが、マッハ33で火星の六倍の質量を地球にぶつければいい、という。

 ゼットは体内のエネルギーの大半を使い、猛烈に加速し、それに等しい威力を込めた。

 

 ゼットでも軽い気持ちでは打てない、彼の格闘技最強の一撃。

 流星が、ティガの下へ落ちる。

 

(守れたんだな、杏)

 

 砕けていく光盾。

 砕けていくティガの腕。

 盾は威力を削ぎ落とすも、ゼットの流星キックは止まらず、地面に槍で縫い付けられたティガの胸に蹴りが突き刺さる。

 ゼット脚部に集められた膨大なエネルギーは、魂を削ぎ落とすような破壊を生み出した。

 

(お前、か弱いとか、可愛いとか言われること多いだろうけど、今のお前はかっこい―――)

 

 絶大な威力の嵐に飲み込まれながら、ティガは衝撃波が外に漏れないよう、光壁に全集中力を懸ける。

 杏と球子の母が、この余波に巻き込まれないように。

 

 杏はあの時、スコーピオンから球子を守れなかったことを、ずっと悔いていた。

 本当は、球子が庇ってくれたから杏が助かったんだなんてことは、分からない。

 あの時、杏が球子を助けられたかどうかなんて、分からない。

 それは杏が個人的に抱いている、捨てられない後悔である。

 

 今日、球子の母をスコーピオンから救えたことで、杏の心が少しでも救われたなら―――そう思いながら、ティガの全身は粉砕されていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゼットの一撃が、四国を揺らす。

 

「っ、蹴り一発で大地震か……」

 

 四国の大地は揺れ、根が太くない木は倒れた。

 土の詰まった植木鉢が台座をスキップし、植木鉢らしく人に当たるか当たらないかも気にしないまま、地面にポンポン落ちていく。

 古い建物は縦に揺れ、横に揺れ、どんどんヒビが入ったり倒壊していった。

 

「た、大変です! カガミブネを成立させる基幹サーバーが、今の一撃でぶっ壊れました!」

 

「!? 戦況報告! 瞬間移動ができないぞ! 各勇者の位置と敵戦力確認!」

 

 その影響は、突貫工事かつぶっつけ本番でカガミブネ機能を実装した大社の脆い部分に、最悪の形で直撃した。

 

「十二星座残り二、星屑三百弱!

 香川に郡千景、秋原雪花!

 徳島に乃木若葉!

 愛媛に伊予島杏!

 高知に高嶋友奈、白鳥歌野!

 四国各地で、建物の倒壊に巻き込まれた一般人もかなり発生しています!」

 

「どうにか……なるかならないか、微妙なところだな……」

 

「カガミブネはまだ使えるそうです。

 担当の人が無理にコードを繋げてギリギリ時間を捻出してみせる、と言ってます!

 その場合の稼働時間は限定して10秒! あと10秒は使えます! 連絡を回してください!」

 

「たった10秒か……連絡回せ! 巫女と勇者の端末には最優先にだ!」

 

 ゼットの一撃は、ティガの全身を粉砕し、四国を揺らし、カガミブネまでもを破壊していた。

 

「観測班から報告! 急に海水面が上昇したとのこと!」

 

「海水面が上昇? ……いや、待て。

 大鳴門橋と徳島の接地面を調べろ! ズレがあればすぐ報告させろ!」

 

 海水面が上昇、というだけの情報から、三好圭吾は正解を導き出す。

 異端の発想、異端の推理。されどこの状況で"そういう推論"を組み立てられる人間が居てくれたことは、大社にとって最高の幸運だった。

 徳島と淡路島、ひいては本島を繋ぐ橋の、徳島側の根本を三好は調べさせる。

 

 結果、恐るべきことが判明した。

 

「三好さん、これは……こんなバカなことがあるんですか……?」

 

「……上手く受け止めてくれたティガに感謝するしかないな。

 海面が上昇したんじゃない。"四国の地面が下がった"んだ。今の蹴りに押し込まれて……」

 

 本来ならば、ありえない事態。

 

 地盤ごと、異常な威力で、地球の内へと叩いて押し込まれたという現実。

 

「宇宙恐魔人ゼット……星を……地球の表面を、蹴って、凹ませるとは……!」

 

 戦慄と恐怖と絶望が、皆の背筋を伝う。

 

 宇宙恐魔人・ゼット。

 

 地球が全てを託したガイアを倒したのは伊達ではなく、その一撃は星殺しの域にあり、威力は紛うことなき星砕きであった。

 

 

 

 

 

 

 

 土煙が、宙を舞っている。

 ゼットがあまりにも速く飛んで蹴り込んだがために、巻き起こした暴風は木々からほとんど全ての枝葉をもぎ取り、重さの足りない木々や建物は簡単に宙を舞ってしまった。

 流星キックの着弾は、ティガの全身を粉砕し、地面にクレーターを作った。

 余剰破壊力は地面を赤熱化させ、ゼットの体と触れ合っていた空気は摩擦熱で少しばかり焼け焦げた匂いすらする。

 

 だが。

 ティガが構築した光壁が破壊範囲を最小限に抑えきった。

 破壊半径は、細かな破壊を除外すれば、おそらく30mに満たないだろう。

 ゼットの飛び蹴りが粉砕したのは、ティガとティガを縫い付けていた地面のみ。

 

「ここで街を守ってしまうお前の弱さを、単純に弱さと言い切っていいものか、少し迷うな」

 

 ティガの死体すら残らなかったクレーターの中心で、ゼットは独り言ちる。

 

 凹みに凹んだクレーターから、ゼットは街を見上げる。

 

「だが、一つだけ言えることがある」

 

 そこに、ゼットから街を守るべく悠然と立つ、ウルトラマンティガの姿があった。

 

「守るものと敵の間に立ち、何度でも立ち上がるお前は、間違いなく強い」

 

『守るものがなきゃ立ち上がれねえんだ。弱いと笑ってくれて構わない』

 

 何度倒れても立ち上がる。

 何度粉砕されようが復活する。

 何度打ちのめされようが蘇る。

 悪の前に立ち塞がり、命を守らんとする彼の心は、全く折れていなかった。

 

 だが、あの流星キックは心だけで乗り越えられるようなものではなかった。

 

 再生するティガは頭を狙って砕くか、全身を粉微塵にすれば殺すことができる。

 仮に、ティガ・マルチの全身を粉微塵にするために必要な威力が100であるとする。

 ゼットの流星キックの威力が500。

 ティガが貼ったシールドの出力が200、街を守る光の壁の出力が200といったところだろう。

 

 100で死ぬのに、300のダメージが打ち込まれたことになる。

 ティガダークより硬いティガマルチに対し、耐久限界の三倍、である。

 当然、生きていられるわけがない。

 ならば、何故ティガが生き残ることができたのか?

 

「……コシンプか」

 

『ああ』

 

 コシンプは北海道の精霊。

 "惚れた男に取り付く動物霊"であり。

 "メスが男に付けたコシンプのみ、その男に大きな幸運をもたらす"精霊である。

 

 憑けられた男性のステータスの上昇具合は、使役者からその男性への好感度に依存する上、まず真っ先に『幸運値』が上昇する。

 コシンプに取り憑かれたティガの耐久度は上昇し、流星キックに頭までは砕かれない耐久度を獲得しつつ、"幸運にも"頭だけ無事にクレーターの外まで吹っ飛んでいったというわけだ。

 

 惚れた男に幸運をもたらすがコシンプの真骨頂。

 残念ながら、雪花は竜胆に好いた惚れたの感情を今現在全く持っていないので、その真骨頂がほとんど発揮されていないのは少し残念なところだ。

 遠方で、雪花がいたずらっぽく笑っている。

 

「四国は御守先輩に任せられたけどさー。

 私はゼットのこと先輩に任せた、なんて言った覚えないんだよねぇ。

 こんぐらいの手助けは許してくださいな。もうひと頑張り、欲しいトコだよ」

 

『わかってる。助けてくれて、ありがとう!』

 

「どういたしまして!」

 

 雪花はコシンプをティガに憑けたまま、更に遠方に駆けて行った。

 使役者が雪花であるためか、体に精霊を宿しているのに輪入道並みに負荷が少ない。

 だが、雪花が彼に憑けたまま遠くに行ったということは、星屑や十二星座から街を守る戦いとティガの援護は未だ並行できない、ということだ。

 

 雪花でさえも、助けなくともティガは勝利する、と信じているということだ。

 

 今の攻防でゼットはエネルギーを、ティガは体力を大きく消耗した。

 ティガは魂の芯まで響くようなダメージを、ゼットはその一撃に相応の消耗を受けた。

 攻防を繰り返し、互いの手の内も粗方読めた。

 二人の残り時間も、あと一分と少し。

 戦いは佳境を迎える。

 

「ティガ……御守竜胆」

 

 流星キックの余波で吹っ飛んでいた槍を拾い上げ、息を整えつつ、ゼットは語りかける。

 

「理由は違うが、私達は同じだ。

 自分が自分であるために、負けられない。

 自分のためだけでなく、他の命の想いも背負い、負けられない。

 ……だが結局のところ、私もお前も、自分が負けたくないから、負けられないのだ」

 

『……』

 

「周りの者全てが

 『負けていいぞ』

 と言おうと、私も、お前も、負けるための戦いなどまっぴらごめんだと突っぱねるだろう」

 

 もしも、勇者や民衆が、"もう私達を守らなくていいよ、楽になって"と言ったとしても。

 竜胆は戦いを止めることも、彼女らの命を諦めることも、喪失の敗北を受け入れることもないだろう。それは、絶対だ。

 

「敗北で失われるものは、私とお前で、違うだろう。だが、負けたくないという想いは同じ」

 

 想いを吐き出して、吐き出して、吐き出して、焦がれた好敵手と向かい合う。

 

「これは私の片思いか?」

 

『……片思いじゃないさ。俺も、お前を倒したい。お前に勝ちたい。

 もう二度と、何も失わないために……! 負けたくねえんだよッ!!』

 

「……ああ。感謝するぞ、ウルトラマンティガ!

 こんなにも熱く、こんなにも力強く、全力で応えてくれたことに!」

 

 殺意と敵意と敬意と戦意の両思い。

 

 ダークタイプにチェンジしたティガが、再生の遅くなった体で踏み込む。

 息を切らせたゼットが、踏み込みながら槍を突き出す。

 ティガの手刀がゼットの右肩に突き刺さり、ゼットの槍がティガの腹に大穴を空けた。

 

「ぐっ……ウルトラマンは人間に輝きを見せ、ゼットンに負ける!

 それこそが心動かす美しき終焉! その運命を、受け入れろ!」

 

 腹から槍を引き抜き、ティガの頭を潰す軌道で槍を振り下ろす。

 

『未来を変えるって、約束したんだよ! 今は居ない、大切な仲間に!』

 

 ティガは真横に素早く一歩踏み出し、体をひねって振り下ろしを回避。

 回避の時の体のひねりをそのまま活かし、回し蹴りをゼットに叩き込んだ。

 

「ぐっ……!」

 

『良い未来を目指してたんだ! 死んだ人達は!

 良い未来を目指してるんだ! 今生きてる人達も!

 だから、俺は! 最悪の未来をもたらす運命は、全部残らず変えてみせる!』

 

 追撃で振るわれるティガ・ダークの豪腕に、ゼットがカウンターを合わせ、ティガの左拳とゼットの右拳が正面衝突。

 拳同士が衝突した瞬間、ゼットの拳から一兆度の火球が放たれ、ぶつかっていたティガの左腕が丸ごと焼滅、消し去られてしまった。

 

『ぐあっ!?』

 

「そんなお前だからこそ! 死力を尽くして超える意味がある!」

 

 すぐさま再生した腕も、ゼットの槍に切り飛ばされてしまう。

 魂の芯、精神の核にまで届いていそうなゼットの恐るべき豪快な連撃に、ティガの体の再生スピードはどんどん遅くなっていった。

 だが同時に、ゼットの体にもティガに刻まれた傷が増えていく。

 

「思い悩むウルトラマンよ!

 ウルトラマンティガよ!

 愚問であろうが、聞こう!

 ……思い悩んだ先に、答えはあったか!」

 

 ゼットの槍を紙一重でかわしたティガ・パワーの拳が、ゼットの顔面ど真ん中を打ち抜いた。

 

「がッ!」

 

『……自分のことながら、情けない限りだ!

 誰も正解を教えてはくれなかった。

 "ウルトラマンの正解"なんて、どこを探してもなかった。

 俺以外のウルトラマンは誰も俺みたいに悩んでないみたいで……

 俺はずっと、ウルトラマンを名乗ることすらできていなかった!』

 

 ティガのボディーブローがゼットの腹を強打し、ゼットの槍刺突がティガの左足を膝あたりから切り飛ばす。

 

『友奈が、俺の弱さを許して、愛で救ってくれた!

 ……俺にないものを持ってた友達が、俺を救ってくれたんだ!』

 

「ウルトラマンっ……ティガッ……!」

 

『これが答えだ! 今の俺の在り方が……俺の見つけた、答えだッ!!』

 

 瞬時にタイプチェンジし、ダークタイプでワン、ツーと殴り、パワータイプに変身して遠くの山にゼットの巨体を投げつける。

 山に投げつけられ、体を強打した痛みに耐えつつ、ゼットは山間に立ち上がる。

 

「私も、お前と同じだ。私も、『ウルトラマン』を知らなかった」

 

 ゼットが"本当の意味でウルトラマンを知った"のは、この地球で光の巨人達と戦った時。

 ティガが"本当の意味でウルトラマンを知った"のは、初めて自分がウルトラマンであると名乗りを上げた時。

 

「私は種族としてのウルトラマンを学び。

 ウルトラマンがどんな歴史を歩んできたかを学び。

 この星に降り立ち、そしてようやく、本物のウルトラマンと相対した」

 

 ティガの胸で、カラータイマーが点滅を始める。

 

「お前達は、本物のウルトラマンだった。

 闇に支配されている時のお前は、ウルトラマンではなかった。

 私は、お前達を見て、何がウルトラマンで、何がウルトラマンでないかを学んだ」

 

 ゼットの体を走る発光体のラインが、弱々しく点滅を始める。

 

「そしてお前に、夢なるものを教えてもらった」

 

 残り一分。

 泣いても笑っても、最後の一分。

 因縁が終わる。

 一つの戦いが終わる。

 あの日、地球に降り立った時から始まった、ゼットのウルトラマンを倒すための生涯が。

 ゼットと初めて出会った日、竜胆が初めての仲間を失った日から始まった因縁が。

 

 今、終わりを迎えようとしている。

 

「未来など要らん。この瞬間、お前に勝てさえすれば、私の人生全てに意味はあった!」

 

『……そうかよ。だけどな、俺は、皆が笑っていける未来が欲しい!』

 

 素早く溜め、素早く撃つ。

 

 敵の体を打ち砕くための、互いが手に持つ最強光線。

 

『スペリオン光線ッ!!』

 

「ゼットシウム光線ッ!!」

 

 二度目の衝突、二度目の拮抗。

 ティガとゼットが持つ最強の光線は、威力において完全に互角、撃ち合っていても、消耗はすれど勝機はなかった。

 赤紫のゼットシウムと、青紫のスペリオンが拮抗する。

 

(どうする)

 

 カガミブネは流星キック着弾の直後から使えない。

 対し、ゼットはいつでも瞬間移動を使える。

 ゼットならともかく、ハイパーゼットにホールド光波を当てるのは骨だ。

 

(必要なのは発想の転換だ。

 俺の技も大量に増えた。

 それらを組み合わせれば……ゼット相手に通じる何か……何か……)

 

 考えに考える。

 思考に何秒も使ってなんていられない。

 一秒間に、今の自分が使える技の数々を一つ一つ数えていって、今の自分の力を見直して――

 

『そうか』

 

 ――竜胆は、"スペリオンが見せた可能性"に気が付いた。

 

『そういうことか!』

 

 そこからの攻防は、一瞬だった。

 ティガが最初に光線を切り、横っ飛びにゼットシウムを回避する。

 次の瞬間、瞬間移動でティガの背後を取らんとするゼット。

 瞬間移動で対抗できないティガに打つ手はない、かに見えた。

 

 

 

『―――融合神花(フュージョンアップ)ッ!!』

 

 

 

 だが、次の瞬間、攻撃していたのはティガで、攻撃を喰らっていたのはゼットだった。

 発動前の気配もなく、発動直後の知覚も困難な、完璧だったハイパーゼットの瞬間移動は見切られ、抜き撃ち気味のホールド光波がゼットを直撃。

 ホールド光波の効果によって、ゼットは瞬間移動を封じられてしまった。

 

 何が起こったのか、ゼットには分からない。

 だが今の一瞬、かなり大きな力が、とても滑らかな力の流れに沿って流れたことだけは、感覚的に理解できていた。

 

「……!? 今、貴様、どうやって私に当てた!?」

 

『一瞬だけ心を読み、一瞬だけ先読みして、当てた。

 今のはそれだけの技だが……ここから、本番行くぞ!』

 

 覚とホールド光波を同時に使ったのか? とあたりをつけるゼットだが、その直感が「いや、それだけじゃない」と囁いている。

 ゼットの本能が、今のティガがしようとしていることに、過去最大の警鐘を鳴らしていた。

 

(―――何か、とてつもないものが来る。なんだ!? 先手を取らなければ!)

 

 先手を取り、ゼットはゼットンとしての自分が最も得意とする飛び道具、一兆度火球を最大速度の弾速で撃った。

 

「見極めさせてもらうぞ、ウルトラマンティガ!」

 

 超高速の一兆度が、構えたティガ・マルチタイプを襲う。

 

『ああ。存分に見ていけよ、バーテックス』

 

 スペリオン光線が"スペシウムとゼペリオンの融合技"なら、それと同じ要領で、勇者とウルトラマンの技を合わせた"勇者と巨人の融合技"だってできる。

 

 ゆえにこそ、これは御守竜胆の才能が編み出した、彼だけのフュージョン・アップ。

 

『光は絆! "輪入道"! マグナムシュートッ!!』

 

 思い返されるは、ボブがギターを弾いていて、彼に音楽を教わったタマがその隣でカスタネットを叩いていた光景の記憶。

 今はもう、どこにもない、失われた幸せの形。

 

 旋刃盤を掲げる勇者の盾であった球子の力と、自らの命を捨て仲間達全員を守りきったグレートの反射の力が、一つに混ざって昇華される。

 

 想い出を噛み締め、竜胆は一兆度の火球を受け止めて、そこに輪入道の熱量とパワーも上乗せした上で反射した。

 

「!」

 

 "一兆度以上の火球"になったそれを、ゼットが遮二無二横っ飛びにかわす。

 彼がそれをかわせたのは、グレートとの戦いで反射技をモロにくらい、体の半分を吹き飛ばされた経験がその身に生きているからだろう。

 が、ティガは横っ飛びにかわした隙だらけのゼットを見逃さない。

 

『光は絆! "雪女郎"! メガ・スペシウム光線ッ!!』

 

 思い返されるは、実の娘を見るように愛の込もった視線で杏を見るケンと、そんなケンに厨房で料理を教わっていた杏の姿の記憶。

 今はもう、どこにもない、失われた幸せの形。

 

 一億度という最上級の熱と、雪女郎の絶対零度が混ざり合い、究極の破壊の嵐を纏う光線が、ゼットが咄嗟に張ったバリアに叩き込まれた。

 堅牢無比なゼットのバリアによる防御を、竜胆は想い出の力をひたすら注ぎ込み、パワー任せにゴリ押していく。

 

「精霊……勇者の力と巨人の力の、融合行使だと!?」

 

 これが、竜胆の融合神花(フュージョンアップ)

 神に例えられる巨人の力に、神の花たる勇者の力を融合させ、もう一つ上の段階に持っていく。

 いつかどこかにあった幸福と、絆と、笑顔を、一つの技に仕立てて撃つ。

 

 雪女郎を混ぜたメガ・スペシウム光線は、ハイパーゼットのデタラメに強固なバリアに対してさえ、容易くヒビを入れていく。

 精霊と巨人の力が、恐ろしいほどにその力を高め合っていた。

 

(後少しで……バリアを……押し切れる……!)

 

 バリアのヒビが大きくなっていく。

 ゼットの生体バリア発生器官に、火花が散っていく。

 このまま押していければ、ゼットのバリアは粉砕できる。そのはずなのに。

 

(後少し……)

 

 ティガの光線は止まり、その場で膝をついてしまう。

 

(後少し、なのに!)

 

 勇者達と同じ、いや勇者達以上に目に見えて強烈に作用している、精霊の行使負荷。

 

 精霊とウルトラマンの力の同時行使は極めて強力な技であったが、その負荷は威力相応に極めて大きく、我慢強いはずのティガですら光線発射状態を長時間維持できないほどのものだった。

 

『はぁ……ハァッ……くそっ……!』

 

「……やはりお前は、"ウルトラマン"だ。巫女でもなく、勇者でもなく」

 

 ウルトラマンの枠を越えた無茶が、ティガに膝をつかせてしまったのだ。

 ゼットは情け容赦無く、膝をついたティガに一兆度の火球を投げ込んだ。

 

 ティガはかわせない。防げない。

 精霊の反動から立ち直れておらず、立ち上がれていない。

 

 なればこそ、ティガを助けようとする者が、三者居た。

 

 一人は三好圭吾。

 選ばれた人間ではないが、タイミングの見極めは昔から上手かった男。

 三好は応急処置で得たカガミブネを使うことができるたった10秒を、ティガを助けるそのためだけに、この一瞬に費やした。

 

 一人は上里ひなた。

 大怪我を押して戦場まで来るほどの少女で、一度こうと決めたら頑固な若葉以上に頑固で、心の芯が強い少女。

 いつも浮かべられているその微笑みは、彼女が秘めた心の強さの証。

 

 一人はナターシャ。アナスタシア・神美。

 竜胆にネクサスの力と、精霊を使う最上級の巫女の技能を貸している少女。

 死した少女の、神樹の中の、かすかな残滓。

 

 立ち上がることすらできないティガを、ひなたが救う。

 ゼットが知覚できたのは、ひなたの手でティガが瞬間移動し、火球を回避したことだけだった。

 

「―――!?」

 

 消えたティガを、ゼットの視点が見失う。

 ひなたの助力でゼットの背後を取って、アナスタシアの光線の構えを取る竜胆。

 

 思い返されるは、実の母親に対しそうするようにひなたに甘えていたアナスタシアの姿と、実の妹にそうするようにアナスタシアを大切にしていたひなたの、大切にし合う二人の姿。

 今はもう、どこにもない、失われた幸せの形。

 

『ストライクレイ・シュトロームッ!』

 

 ティガの現在位置にゼットが気付いた時には、もう遅く。

 ヒビの入ったバリアを再展開するも、ヒビの入ったバリアでは、"万物を分解する"という能力を持ったウルトラマンネクサスの必殺光線は防げない。

 

 バリアが砕ける。

 ゼットのバリア発生器官が砕ける。

 光線とバリアを巻き込んだ爆発が、ゼットを吹き飛ばした。

 

「ぐああっ!」

 

 ゼットが立ち上がってくるまでの僅かな時間に、竜胆はひなたを安全な場所に逃がす。

 だがひなたは、逃げる前に、竜胆に問いかける。

 

「御守さん……お腹、大丈夫ですか?」

 

 それは『自分の意志で大切な仲間を言葉責めにし、腹を包丁で刺した』記憶が残っているひなたの心的外傷の表出だった。

 本当に申し訳なさそうに、心底辛そうに、ひなたはティガの腹を見ている。

 竜胆は努めて明るい声色を作って、思念波に乗せてひなたに届けた。

 

『大丈夫だ。気にしなくていい。

 か弱い女の子に刺されたくらいでどうにかなるような、ヤワな鍛え方してないよ』

 

「そんな、かっこつけの言葉ではなくて」

 

『大丈夫だ。かっこつけさせてくれ』

 

 許しの巨人は、努めて明るく、軽い声色を作って、彼女の罪悪感を拭い去る。

 

 そして、四国全域に散らした光では治しきれていなかったひなたの頭部に、ガイアから受け継いだ治癒の光を当てる。

 優しい光が傷跡を消し去り、跡も残さず綺麗に傷を治癒していった。

 

『うん、よかった。女の子の顔に傷なんて残ってたら、一大事だ』

 

「ちょっとは、責めたっていいんですよ?

 私は……私は、御守さんに、とても酷いことを……」

 

『俺が痛くなかったからひーちゃんは悪くない。全然悪くない。これでどうだ?』

 

「……もう、御守さんは本当に、本当にもう」

 

 心も体も、痛くなかったはずがないというのに。

 

 ひなたを安全な場所に逃し、ティガは再びゼットに向き合う。

 カガミブネの最後の10秒も使い切り、カラータイマーは早鐘を打つ。

 されどあと一分も立っていられないのは、ゼットもまた同様である。

 

『皆……あと少しだ、あと少し、力を貸してくれ!』

 

 先程まで立ち上がることすらできていなかったティガの体が、不自然なまでに力強く立つ。

 

 四国の皆と、今の竜胆の心は繋がっている。

 頑張れ、負けるな、という声がそこかしこから届けられている。

 それが竜胆に力を与える。

 星の力でも、神の力でも敵わなかった、ゼットを超えられる可能性のある力を。

 

(……私やバーテックスは持てない、人の力、か。

 超えられるか? いや、超えてみせる。

 人を信じ、人の力を信じるウルトラマン、ウルトラマンティガ……!)

 

 両者は同時に、限界を超えた。

 

『ああああああああッ!!』

 

「うおおおおおおおッ!!」

 

 叫ぶ。全身の疲労、痛み、倦怠感、全てを無視するために。

 

『光は絆ッ! "酒呑童子"! リキデイターッ!!』

 

「ガトリング・トリリオンメテオッ!」

 

 思い返されるは、頬を掻いて照れたり困った顔をしたりする友奈と、そんな友奈をアイドルのように褒めちぎって幸せそうにしている海人の、奇妙だけれど楽しげな光景の記憶。

 今はもう、どこにもない、失われた幸せの形。

 

 酒呑童子は一撃必殺の拳を連打する精霊。

 鷲尾海人/ウルトラマンアグルの必殺狙撃光弾・リキデイターと合わさることで、威力・精度・連射力の全てが突き抜けた光弾を連射することができる。

 ゼットが同じ威力・精度・連射力で一兆度の火球を連射して迎撃を行ってきたのは、もはや笑うしかない。

 ここまでやっても、なお互角だ。

 

 光弾、光弾、光弾。

 火球、火球、火球。

 両者はこれでもかと威力を引き上げ、これでもかと連射力を引き上げる。

 それどころか、リキデイターと一兆度を連射しながら、敵を仕留めるべく距離を詰めていくという、恐ろしいことまで始めていた。

 

『ま、け、る、かあああああああッ!!』

 

「わ、た、し、があああああああッ!!」

 

 一歩、また一歩と、距離を詰めていく。

 光弾と火球の威力と連射速度は変わっていない。

 "毎秒自分の至近距離で打ち上げ花火が十数個爆発している"に等しい爆発と破壊の空間の中、ティガとゼットは勝つために、前に踏み込み続ける。

 

 ここで前に踏み込めないようでは、この敵には勝てない。

 二人揃って、そう確信していた。

 

 ゼットの心は、生まれつき強いがために。

 竜胆の心には、勇者から貰った勇気があるために。

 踏み込むことに、躊躇いはない。

 

『「 勝つッ!! 」』

 

 その一瞬、偶然攻撃が()()()

 打ち合わせたわけでもなく、ティガとゼットの中間地点で、十数個のリキデイターと十数個の一兆度火球が衝突。

 目も眩むような閃光と、大爆発が発生した。

 

 二人は、同時に踏み込む。申し合わせたように、同時に踏み込む。

 

 閃光が消えた一瞬の後、ティガとゼットは、互いが互いの命に手を届かせられる位置にいた。

 

『スペリオン光輪ッ!』

 

「ハンドレッド・トリリオンメテオッ!」

 

 ゼットが拳と共に、100兆度の火球をティガの胸に叩き込む。

 ティガが過去最強の八つ裂き光輪を、殴るようにして叩き込む。

 

「ぐぅ―――!?」

 

『がッ―――!?』

 

 ティガの体がバラバラになり、ゼットの胴体が左脇からみぞおちにかけて切断される。

 

 ティガの体が数秒かけて再生し、ゼットが切り裂かれた胴体を炎で焼いて接着する。

 そして、二人同時に立ち上がり。

 二人同時に、互いに向けてまた攻撃を再開した。

 

『まだまだあああああッ!!』

 

「はああああああああッ!!」

 

 もはや一兆度の熱も絞り出せないゼットの拳が、炎を纏う。

 もはや腕を上げることすら億劫なティガの拳が、雷を纏う。

 ゼットの拳がティガの頬を、パワータイプの拳がゼットの頬を同時に打ち抜き、両者は正反対の方向に吹っ飛ばされ、転がっていった。

 

『ぐ……あ……あああっ……!』

 

「くうっ……はぁっ……ぐ……!」

 

 先に立ち上がったのは、ティガの方だった。

 雷撃パンチは真紅のティガの得意技。

 両者同時に拳をぶつけ合う展開と見たティガが、一々パワータイプにタイプチェンジして耐久力とパワーを引き上げていたのが、功を奏していたらしい。

 

 竜胆は力を絞り出す。

 四国の皆の声援を受け、心から力を絞り出す。

 真紅のティガに、赤き大地のウルトラマンの力が宿る。

 

『光は絆ッ! "大天狗"! フォトンストリームッ!』

 

 思い返されるは、親戚同士気を許し合い、武術の鍛錬を楽しげに一緒にやっていた、三ノ輪大地と若葉の姿。

 十数年の付き合いがあるイトコ同士というものは、本当に気心知れた関係で、竜胆はそれがちょっと羨ましくて。

 今はもう、どこにもない、失われた幸せの形。

 

 天上を焼く神殺しの炎が、ガイアの最強光線に混じって解き放たれる。

 真紅のティガ、赤き大地のウルトラマン、大天狗の赤き炎の力が、今一つになった。

 ゼットは強化フォトンストリームを、決死の想いで槍にて受け止める。

 

「ぐ、くっ……があああああああッ!!」

 

『これで終われええええええええッ!!』

 

 規格外の強者二人の戦闘にも耐えていたゼットの剛槍が、ここで折れる。

 

「!」

 

 フォトンストリームを、ゼットはクロスした腕で受け止めるも、その全身が光となって消滅していく。

 光線吸収能力は発動している。

 本来、ゼットンに光線は効かない。

 効かないはずなのに、効いている。

 

 光線吸収能力が毎秒あたりの吸収上限を遥かに超えている上、ハイパーゼットのキャパシティをもってしても、吸収しきれないほどの膨大な光の奔流だった。

 吸収完了は不可能で、ゼットン特有の光線吸収器官は、あっという間にショートする。

 

(吸収しきれん! これは今の私の器には収まりきらない……! 駄目、か……!)

 

 腕が、体が、溶けていく。

 光の中に消えていく。

 これが死か、と、ゼットはゆっくり消えていく自分の体を見つめていた。

 

「……?」

 

 その体に、何かが流れ込んで来る。

 少しばかり、懐かしい感覚だった。

 ゼットがハイパーゼットになった時の感覚。

 死したバーテックス達の残滓が流れ込む感覚だった。

 

「もう、全員がやられたのか」

 

 感覚で分かる。

 十二星座と星屑は、既に一匹残らず全滅していた。

 人類絶滅の使命は勇者の手によって阻止されて、全てのバーテックスが再び打倒されていた。

 

 そして、打倒されたバーテックス達は。

 以前は心無いまま死に、ゼットに引き寄せれられて一体化したバーテックス達は。

 今度は心を持ったまま死に、死後には迷わず、ゼットと再び一体化することを望んでいた。

 

 全てのバーテックスが、勇者に倒された後、ゼットとの同化を望んだのだ。

 消えていったゼットの肉が、バーテックスの残滓との融合によって補填され、消し去られた分の肉が蘇っていく。

 

「馬鹿が。助けてくれだなどと、誰が言った」

 

 ゼットは、真剣勝負のつもりだった。

 タイマン、というものにこだわったつもりはない。

 だからティガを秋原雪花が助けた時も、特に気にはしなかった。

 けれども、ゼットはティガがどれだけ仲間に助けられようとも、自分が仲間に助けを求める気などさらさらなかった。

 

 バーテックスの仲間を根本的に信じていない。期待していない。頼っていない。

 だから、仲間を頼る気などなかった。

 そんなゼットが、仲間のバーテックスに助けられている。

 

「……まだだ! まだ何も終わっていない! お前達も、私も!」

 

 残虐を。虐殺を。絶滅を。まだ、何も成し遂げられていない。だから、負けられない。

 

「ここからでも、この地球の人類全ては滅ぼせる! ―――諦めるなッ!」

 

 人を滅ぼす悪魔達の、純粋な仲間意識と繋がる絆。

 絆をもって奇跡を起こし、未来を変えられるのは、ティガや若葉だけではない。

 不可能を可能にし、人類の絶滅と絶望の未来という運命を掴み取らんとする者はいる。

 

「くあっ、ガッ……ああああああああッ!!!」

 

 ゼットは叫び、体内のエネルギーを噴出させ、裂帛の気合いでフォトンストリームを粉砕した。

 

『……なっ』

 

 その現実を受け入れるのに、竜胆はたっぷり一秒の時間を要する。

 フォトンストリームは、ガイアSV最強の光線だった。

 スペリオン光線すら上回る最強の光線。

 フィニッシュに頼るならばこれ以外には無い、というレベルの光線だった。

 

 事実、仲間との絆でその身を強めたゼットも、ギリギリまで追い詰められていた。

 強力な技相応の反動と消耗は、ティガにその場で膝をつかせる。

 もう一度フォトンストリームを撃てと言われても、竜胆は絶対に無理だと断言できる。

 撃った方も、撃たれた方も、もはや満身創痍である。

 

 足が震える。

 手が上手く動かない。

 ウルトラマンティガは、これ以上の長期戦に耐えられる状況ではなく、そのカラータイマーも今にも止まりそうなほど速く赤く点滅していた。

 

 追い詰められるティガを見て、四国の人々は一部が絶望し、一部が必死に応援する。

 その想いがティガを強くするが、それはもはやティガの専売特許ではなかった。

 人類の想いを力に変える巨人は今、バーテックスの願いを力に変える怪物に、努力の甲斐無く打ち倒されようとしている。

 

『くそっ……ざっけんなっ……!』

 

「ふざけてなどいるものか……私の! 私達の! 勝ちだ!」

 

 ティガ頑張れ、お前を信じてる、と四国の人間や諏訪の人間がごちゃごちゃになったエールを心に受け、限界を超えに超えてティガは立ち上がる。

 だが、手をかざすゼットを前にしても、回避行動すら取れない。

 ゼットがその手から火球でも撃てば、ティガはそれで終わるだろう。

 

 力が、もう、足りない。

 エネルギーはまだあっても、それ以外の力がもう尽きている。

 皆と繋がって、皆の心に支えてもらって、それで立つのが精一杯。

 

(まだだ、まだ、負けてたまるか―――!)

 

 ティガの目はまだ死んでいない。けれども余力はほぼなく。

 ゼットは油断なくティガを見ている。反撃を警戒しているが、その警戒は杞憂である。

 

 だからこそ。

 ゼットの足を止めたのは、ティガの反撃ではなく、割って入った一人の勇者だった。

 

「良かった、間に合った……」

 

『……ちーちゃん?』

 

「私と秋原さんしか香川にはいなかったから……だから、私が、一番乗り」

 

 ゼットにバーテックスが合流し、ゼットは力を増した。

 そうなったのは、勇者が全てのバーテックスを倒したから。

 全てのバーテックスが倒されたということは、勇者もティガに合流可能になったということだ。

 

 先程ゼットを仲間のバーテックスが助け、強化して逆転した意趣返しをするように、今度はティガが勇者に助けられ、逆転をするという構図。

 "逆転されてたまるか"と、ゼットの内のバーテックスの一体が呟いた。

 

「私の精霊は速さがないから、間に合うことは多くない。だけど、あの日に、誓ったのよ」

 

 今日の戦いは、千景の今日までの戦いの中でも屈指の激戦だった。

 休憩なしに空間転移を連続で行い、人々を星屑達から守り続ける過剰な連戦。

 三大妖怪という負荷が大きいものを使っていただけに、千景の負荷も既に危険域だ。

 

 ティガも、千景も、決定的な一撃を撃つ余力さえも残っていない。

 竜胆は、人々を守るために。

 千景は、竜胆を守るために。

 余力もクソもない疲弊した体で、ここに立っているだけである。

 

 けれども。一人では撃てなくても、二人なら?

 

「他の誰が間に合わなくても、私だけは間に合わせてみせると。

 世界の全部が竜胆君の敵になっても……私だけは彼を守り続けると」

 

 ウルトラマンが世界を守るから、そのウルトラマンは友達が守る。

 

 ゼットは固唾を飲み込んだ。

 一瞬前まで、ティガには敗北しかなかったはずだ。ゼットには勝利しかなかったはずだ。

 なのに、力尽きる寸前の郡千景一人が駆けつけた、ただそれだけで、ゼットはもう勝利の確信を失ってしまっていた。

 

(そうだ、この感触だ)

 

 その絆を見ていると、勝てるか分からなくなってくる。

 物理的な力以上の何かが感じられて、勝てると断言できなくなってくる。

 

 その感覚を、ゼットは心のどこかで喜ばしく感じていた。

 

(強い。御守竜胆は、ティガは、間違いなく強いのだ。

 だが、こうしてティガと勇者が揃うとまるで違う。

 強い、弱い、を超越した迫力がある。最強が、無敵になったかのような―――)

 

 かつてのゼットでは、本当の意味では理解できなかった。

 今のハイパーゼットであるからこそ、本当の意味で理解できる。

 竜胆と仲間達の絆は強い。

 それこそ、ゼット達が持つような急造の絆では到底敵わぬほどに。

 

 絆を得た者だからこそ理解できる、本当に強い絆の力があった。

 

『力、貸してくれ』

 

「……うん」

 

 紆余曲折があった。

 あの日出会い、あの日別れ、再会し、今日まで共に戦ってきた、奇縁の絆の二人。

 二人の勇者としての物語、ウルトラマンとしての物語は、二人が出会ったことから始まった。

 

 物語の始まりにいたシビトゾイガーも、もういない。

 全ての真実は明らかになり、竜胆も千景も、もうあの頃押し付けられていた苦痛を、今押し付けられても自分で跳ね除けられるほどに、大きな成長を遂げていた。

 あの日、竜胆と千景の二人から始まった。

 あの日、竜胆と千景の物語は一度終わった。

 けれどまた出会い、苦難を乗り越え、また二人は二人の物語を始められた。

 

 二人は、何度も始まり、何度も終わり、何度も立ち上がってきた。

 だから決着を求める一撃も、二人で撃つ。

 高嶋友奈に心を救われた、同じ想いを胸に抱く、竜胆と千景の二人で撃つ。

 思い合う絆の二人で撃つ。

 

「一緒に……」『―――一緒に!』

 

 "平成の始まり"と呼ばれたこともあるウルトラマン、ウルトラマンティガ。

 物語の始まりの二人、竜胆と千景。

 その勝利を願う力なき者達の祈りが彼らに届き、その祈りが光に変えられていく。

 

「バーテックスども。

 私達は、挑戦者だ。

 いつの時代も勝ち続けるウルトラマンと人間に立ち向かう挑戦者だ。

 勝つぞ。

 終わらせるぞ。

 終わらせるために生み出されたお前達と、終わらせるために生まれた私の、全ての力で!」

 

 終わりの名を持つ者、ゼット。

 頂点の名を持つ者、バーテックス。

 ゼットンの頂点と語られる者、生物の頂点と語られる者達が、心を一つにする。

 

 向き合い、構える、始まりの者と終わりの者。

 

 集中する力と力。

 ティガを支える千景、ゼットを支える十二星座。

 僅かであってもティガに力を送る力なき人々、小さな力をゼットに注ぎ込む星屑達。

 周囲に迸る両者の光、放たれる瞬間を今か今かと待つ光線。

 これが最後の光線になると、両者は共に本能的に理解していた。

 

 未来のために勝利を求める少年と。

 勝利のためなら未来も捨てられる怪獣が。

 その一瞬に、全てを懸ける。

 

 

 

「『―――マリンっ! スペリオン光線ッ!!』」

 

「マリン―――ゼットシウム光線ッ!!」

 

 

 

 マリンスペシウムのその先へ。

 ゼットシウムのその先へ。

 二人が到達したのは同時で、奇しくも到達した形もほぼ同じ。

 

 今までの積み重ねを束ねて重ねるティガと、好敵手に敬意を払い観察してきたがために真似ることを可能としたゼット。

 二人の光線は、またしても互角……かと、思いきや。

 マリンスペリオン光線の方が、押していた。

 

『押し切れッ!!』

 

「負けるかッ!!」

 

 初めてだったのだ。

 ティガとゼットが"絆の強さを競う土俵"に一緒に上がったのは。

 だからこそ、マリンスペリオンが勝つ。

 されど、ゼットも意地を見せる。

 

 光線そのものの威力は互角で、絆の強さのみが差に繋がった。

 なればこそ、マリンスペリオンは押し勝ってゼットの左肩ごと左腕を吹っ飛ばし、胸の中央から腹のど真ん中にかけてを跡形もなく吹き飛ばした。

 マリンゼットシウムは押し負け弾かれたものの、ティガの左腕にかすり、わずかにかすっただけで腕を巻き込み吹っ飛ばした。

 

『がっ―――!?』

 

「ぐっ―――!?」

 

 エネルギーを使い切り、吹っ飛ばされた左腕を治す余裕すら失い、四つん這いになるティガ。

 胸も腹も左肩も吹き飛ばされながら、ゼットはフォトンストリームに折られた槍を拾い、真っ二つになりかけた体に杭のように突き刺し、上半身と下半身を繋ぎ留める。

 

「まだだ……! まだここでは終わらん……! 私が……勝つ……!」

 

 絆では竜胆が勝った。

 だが、勝とうとする気持ちの純粋さでは、ゼットが勝っていた。

 

 再生もできず、四つん這いで顔も上げられないティガ。

 体を槍の柄で突き刺し繋ぎ留め、ティガにトドメを刺さんとするゼット。

 大切なものがたくさんあって、想っているものがたくさんある竜胆とは違う。

 ウルトラマンに勝つことだけをゼットは想い、その純粋さで一途に真っ直ぐに歩き続ける。

 

 体を起こすことすら敵わぬティガの頭を、ゼットの右手が掴む。

 頭部に指が食い込み、皮膚を貫き、骨と肉をギチギチギチと握り潰していく。

 ゼットも体力に余裕はない。

 絞り出すように力を出して、捻出した力を腕に集めて、ティガの頭を握り潰さんとする。

 

「これが、私の……私達の、最後の力だ、ティガ……!」

 

「竜胆君!」

 

 もはや喋る余裕もなくなったティガはされるがままに頭を潰されていく。

 

 だが、その耳に、千景の叫びが届いたその瞬間。

 

(―――ちか、げ―――千景―――)

 

 竜胆の心に、火が灯る。

 

「頑張って! ……私も、あなたを守るから!」

 

 精霊も使えないほど消耗した状態で、千景が竜胆の頭を掴むゼットの腕を斬りつける。

 

「くっ、痛っ……どこまで行っても、諦めない者どもだ!」

 

「あぐうっ!?」

 

 片腕を失い、片腕でティガの頭を掴むゼットは、頭突きで千景を叩き落とした。

 

 叩き落とされた千景は路面を砕きながら地面に埋まり、動かなくなる。

 

『ああああああああッ!!』

 

 全力を尽くして、死力を尽くして、何もかもを費やした果て。

 ティガもゼットも、自分が持つ全ての力を使い果たしたその果てに。

 最後の最後に現れた、"勝敗を分けた差と違い"。

 

 それはきっと、大切な女の子(ヒロイン)の有無。

 男の子が、最後の最後に、踏ん張る理由。負けるな、という友の声援。

 大切な女の子を守ろうとする、男の奮起。

 そして、守ろうとした女の子を傷付けられた怒り。

 

『ちーちゃんに何―――やってんだ―――お前ッ―――!!!』

 

 正義の怒りが光を強め、敵への憎悪が闇を強める。

 全ての力を使い果たした竜胆に湧く、最後の最後のラストの力。

 先の一撃に全身全霊、自分の中にある全ての力を込めた竜胆が、"自分の外側の力"を得て、その力を最後の一撃に込める。

 

「なんだと!?」

 

 伸ばされるは、ティガに残った最後の右腕。

 ティガの右手はゼットの頭をしかと掴み、ゼットが首を振って逃げようとするも逃げられない。

 片手だけ、五本の指だけで行われる、死の抱擁。

 

「ティガ、どこにそんな力が……!?」

 

『それが、俺の"ティガとしての始まり"だからだ!』

 

 ゼットは、最強の終焉だった。

 全てのウルトラマンに終焉をもたらせる可能性を持つ存在だった。

 終焉は、あらゆる光を砕くに相応しい強さを持つ存在だった。

 

『ちーちゃんをいじめる奴は、絶対に許さねえ!』

 

 ゆえにこそ、"終焉"は、"始まり"に粉砕される。

 

 始まりの想いで、初めて習得した大技で、ウルトラマンはその終焉を打ち砕く。

 

『ウルトラッ!!』

 

 それは、片手だけの抱擁から行われる、片手だけの自爆。

 

『―――ヒートハッグッ!!』

 

 ゼットの頭と、竜胆の最後の腕が、赤熱と爆発に飲み込まれて、砕け散る。

 

 最強の強敵・ゼットにトドメを刺したのは結局、最強の光線でもなんでもなく。

 

 "他人を一方的に傷付けるのはよくないことだ"という彼の心を具現化させた、彼が巨人として最初に手に入れた、自爆の必殺技だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 変身が解けた竜胆は、再生速度が牛歩になっている体を押して、地面に叩きつけられた千景に歩み寄る。

 千景は気絶してはいるが、まだ死んではいないようだった。

 

「げぼっ」

 

 治癒能力を発動し、反動で一回血を吐いて、改めて治癒能力を発動。

 体に欠損がある状態で、自分の体を再生する分の力を千景の体に注ぎ込む。

 千景の体の傷はみるみる内に治っていったが、竜胆はまだ少し不安がっていった。

 その不安は、千景を大切に思う気持ちの裏返しである。

 

「外傷は見当たらないが、一応病院に連れて行かないと……」

 

 竜胆はゼットだったものの残骸を見る。

 残骸は消え始めており、もう少し立てば消え去ることは明白だった。

 四国全域で「勝ったティガを褒め称える声」が上がっていて、「バーテックス・ゼットを馬鹿にしたり罵ったりする声」も僅かに聞こえる。

 それが何故か、悲しかった。

 それが何故か、申し訳なかった。

 

「ゼット……」

 

 浮かない顔で、竜胆はゼットの残骸を見つめる。

 

「驚いたな。お前は……

 小さいとはいえ、私を殺したことにすら、罪悪感を抱くのか」

 

「! ゼット?」

 

「安心しろ。私の命は既に消え、この意志もほどなく消える。亡霊の戯言だ」

 

「……」

 

「読み違えていた……いや、勘違いをしていたようだ。

 お前は戦士に向いていない。きっと、誰よりもだ。闇に一度堕ちてすら、そうなのだからな」

 

「余計なお世話だ。そんなの俺の勝手だろ」

 

 喜べば良いのやら、怒れば良いのやら。

 ゼットの友人でもなんでもない竜胆には、ゼットが純粋に褒めているのか皮肉で言っているのか、その判別もつきやしない。

 

「ティガ、お前の心の主張を借りるなら……

 私は、人殺しという許されざる罪を望んで犯し……

 誰が見ても悪である存在として、消えるのだ……お前が何かを思う必要はない……」

 

「……本当に、余計なお世話だな」

 

 グレートを手に掛けた敵だった。

 ガイアを手に掛けた敵だった。

 他の時だって、仲間の死の遠因になった敵だった。

 なのに何故か、竜胆は悲しい。

 仲間の敵を撃てた達成感や、ちょっとしたざまあみろという気持ちもあるのに、何故かゼットの死を悲しんでいた。

 

 命の価値を知り、かつては他の生物を殴ることも躊躇う人間だった竜胆は、ゼットの死すら悲しみ、ゼットを殺したことに罪悪感を覚えている。

 『悩んで足を止める罪を重ねない人間』にも、『他者を殺すことに罪悪感を感じない人間』にもなれない、光と闇の間で揺らめく竜胆を見ていると、ゼットは何故か誇らしい気持ちになる。

 こいつが私に勝った人間なんだぞ、と誇りたい気持ちになる。

 ゼットの理性は竜胆に呆れていたのに、ゼットの心は竜胆に"それでいい"と言っていた。

 

「お前は本当に……殺し合う才能が無い男だな……」

 

 ゼットの声はゆっくりと、けれど確実に小さくなっていく。

 死がゼットの意思を消していく。

 そうしてゼットは、竜胆が一度も聞いたことのないような、心底悔しそうな声を出した。

 

「ああ、くそ、お前に勝ちたかった。

 だが、そうだな。お前にもう一度挑もう、とは思わない。

 それほどまでに、私はこの戦いで全てを出し切ってしまった……」

 

「……」

 

「もう一度お前と戦って、この戦いの想い出を汚してしまうことの方が、怖い」

 

 悔しさがあり、爽快な気持ちがあり。

 戦いの結果に満足する気持ちがあり、負けたことを後悔する気持ちがあり。

 二律背反の気持ちに振り回されながらも、ゼットは今抱いている気持ちを全て噛みしめる。

 

 ゼットの残骸は、もうほとんど消えていて。

 地表に僅かに、消えていない肉が残っている程度のものとなっていた。

 

「だが、本当に悔しいな。

 本当に勝ちたかった。

 お前達を滅ぼし……我々が生まれた意味を、証明したかった」

 

「お前達が生まれたことに意味が無かった、なんて誰にも言わせない。

 人間にも、天の神にもだ。

 お前達は良い意味でも悪い意味でも、生まれた意味はあったよ。

 絶対に無価値なんかじゃない。

 俺はお前達のこと、一生忘れない。俺の大切な人を殺した、誇り高い戦士のことを」

 

「―――」

 

 竜胆はゼットに大切な人を殺されたことを、許すことはないだろう。

 けれど、彼らに生まれた意味が無かったなんて誰にも言わせない。

 けれど、彼らに生きた意味が無かったなんて誰にも言わせない。

 彼らが人類との敵対を完全に止められるのであれば、彼らが戦いから離れることで辞められるのであれば、どこかで生きてどこかで幸せになることくらいは、竜胆は許せただろう。

 

 ゼットですら、忘れていた。

 ウルトラマンの歴史をたくさん見てきた彼は知っていたはずなのに、忘れていた。

 ウルトラマンは『殺す者』なのではない。

 『守る者』であり、『救う者』なのだ。

 

 ゼットを通して小さくとも心を得たバーテックス達が、ゼットの中で泣いていた。

 

 天の神は、バーテックスが生まれても祝福しない。死んでも何も思わない。

 人類を滅ぼせなかったとしても失望や罵倒すらくれず、人類を滅ぼせたとしてもねぎらいの言葉などかけることもないだろう。

 天の神は、バーテックスという命に心など与えなかったから。

 心無きバーテックスは、無機物の道具程度にしか扱われない。

 他の誰でもない、生み出した天の神自身が、バーテックスという命に"人類を滅ぼす道具"以外の何の意味も与えていなかった。

 

 そんな彼らに、『ウルトラマン』が、救いの言葉をくれた。

 ティガの敵だったはずなのに。

 ティガにとっては、仲間を殺した憎い相手のはずなのに。

 無意味でも、無価値でもないという肯定は、怪物達に最後の救いをくれた。

 

「くくく……ああ、そうか。

 お前は、そうだったな。

 "無意味に死んだやつなんかいない"が、お前の信念だったか。

 ああ、なんだろうな。このお人好しめ。私達が死ぬことになったら、これか……」

 

 この世で、たった一人だけれど。

 

 "バーテックスほど無価値でみじめな命はいない"というゼットの叫びを聞き届けてくれた、少年がいた。

 

 あの言葉は、無意味なだけのものには終わらなかった。

 

「敵の死に際に優しさを添えてどうする、ティガ。葬送の花にしては、華やかすぎるぞ」

 

 人間を殺しておいて、人間を滅ぼそうとしておいて、なんて虫のいい話だろうかと、ゼットもバーテックス達も救われた気持ちになっている自分を自嘲した。

 それでも、竜胆が敵にも向けた優しさは、彼らの心をぐらつかせる。

 「そういえば優しくされたのは生まれて初めてだ」と、彼らは思った。

 

 ゼットの胸に去来するのは、安らぎと敗北感。

 ああ、終わったのだ、と消えていく肉体が実感させる。

 力でも負け、心でも負けた。

 "救われた"と思ってしまった瞬間に、ゼットは心でも竜胆に負けてしまったのだ。

 心で負けた敗北の実感は、悔しいのに何故か心地良い。

 

「ああ、そうだ。お前達人間が奪われ、もう失った文化……

 スポーツの大会とやらでも、敗者の人間は、こういう気持ちだったのだろうかな」

 

「スポーツの、大会?」

 

「夢破れ、人生全てを懸けた勝負に負け、泣きたくて、悔しくて、敗者として勝者を見上げ」

 

 大会にて、全力を尽くして敗北したスポーツマンと、今のゼットの心境には、どこか何か似通うものがあった。

 

「心底悔しく思い、お前達を憎らしく思い、それでも、お前を見上げ、心はこう思う」

 

 負けて、悔しくて、悔しくて、でも、それだけではなくて。

 

「―――必ず勝て。私達に勝ったんだ。負けたなら、承知しない」

 

 自分に勝ったその人が、最後まで勝ち残ることを、願う気持ち。

 

「……ああ。必ず勝つ」

 

 ゼットが声だけで、ふっと笑った。

 

 ゼットも、その内側のバーテックスも、天の神側の存在であるはずなのに。

 人間の肩を持つ理由など、何も無いはずなのに。

 生まれた時に与えられた使命は、無くなっていないはずなのに。

 "もう死ぬんだから最後くらい良いだろう"と言わんばかりに、人間達を応援していた。

 

「不思議と、心残りはない。

 最後に残る勝者がお前達なら、私達に悔いは無い。

 だが、なんだろうな。

 なんだか、おかしい。

 私達―――バーテックスが―――人類が天の神に勝つことを―――望むなど―――」

 

 声が消える。

 存在が消える。

 彼の命のロスタイムもこれにて終わり。

 黄泉路を行かなければならない時が来た。

 

「御守竜胆。また正義と向き合えるようになったお前に。宇宙一、臭いセリフを言わせろ」

 

 因縁の決着、死という名の別れ。

 

「―――正義は、必ず勝つ」

 

 最後に、そんな似合わない言葉を残して、ゼットの残滓は消えていった。

 

 

 

 

 

 気絶から目覚めた千景は、ゼットと竜胆の会話の最後の部分だけは、聞くことができた。

 

「まったく、正義の道ってのは、進んで行くのが大変なものだってのに……」

 

 竜胆がそんなことを言っているのが、千景はなんだか嬉しかった。

 出会った頃の竜胆は、時折正義が何かを語っていた。

 再会した後の竜胆は、ずっと自分を悪だと言い続けていた。

 人を殺した罪悪感が、彼をずっと地獄に縛り付けていた。

 

 "俺に正義なんて無理だ"なんて言っていない竜胆が、なんだかとても嬉しかった。

 思い出されるは、四年前の竜胆が語っていた正義の論理。

 千景は正義というものがそんなに好きというわけでもないが、竜胆があの時語っていた正義の理屈は、結構好きだった。

 

 

 

■■■■■■■■■■

 

「正義ってのは、人によって違うこともある。

 傷付け合いながらぶつかり合うこともある。

 人の数だけ正義があるから戦争なんてものもなくならない」

 

「でもその代わり。

 一つだけの正義が、全てを支配することもない。

 各々の正義が、同じ方向を向くことも、違う方向を見ることもできる。

 正義にはそれぞれに守るものがあって、それぞれに味方するものがある。

 皆が思うまま望むままに、山ほどある正義の中から好きなものを選んでいいんだ」

 

「この村にある全部の正義が君を攻撃しても、僕の正義はそうしない」

 

「僕の正義はいじめを止めること。

 そして、何も悪いことをしていない君を助けることだ。

 こいつは間違いなく正しいことで、人の義に沿ったものだと信じてる」

 

■■■■■■■■■■

 

 

 

 郡千景は、彼があの時語った正義が、好きだったから。

 

 彼が自分を悪だと言わなくなったことが。

 彼が正義だと呼ばれたことが。

 千景は、とても嬉しかった。

 あの正義に心を救われたことを、千景は一生忘れない。

 

 竜胆が転校して来て、最初に顔を合わせた時もそうだった。

 

 

 

■■■■■■■■■■

 

「はじめまして! 御守竜胆です! 得意なのはサッカー、苦手なのは頭を使うこと!」

 

「竜胆の花言葉は『正義』『誠実』!

 そして『悲しんでいるあなたを愛する』!

 親にそう願われたんでその通りに生きてます!」

 

■■■■■■■■■■

 

 

 

 彼は、自分の名前に込められた親の願いをちゃんと分かっていた。

 事故死した親の願いを叶えるために。

 たった一人の家族である、幼い妹に手本を見せられる兄になるために。

 ずっと、『正義』も大切にしてきた。

 『正義』で間違えないようにしてきた。

 何が『正義』で何が『正義』でないかを、子供なりに一生懸命考え続ける子供だった。

 

 

 

■■■■■■■■■■

 

「なるほど、僕がここでやるべきことは見えた」

 

 

「大丈夫? 黒い髪がキレーだね。君、名前は?」

 

「こ……郡、千景」

 

「よっしゃ、ちーちゃんだな」

 

 

「僕が君の味方だ。この手を取れ。僕が僕の名前の由来ってやつを見せてやる」

 

■■■■■■■■■■

 

 

 

 あの日、あの時、あの村にいた彼が、涙を流す人を助けてくれる正義のヒーローであることを、千景は知っていて。

 あの日、虐殺した瞬間、それが死んでしまったことも、千景は知っていて。

 それが友奈のおかげで蘇ったことを理解できるのもまた、千景だけだった。

 

「竜胆君……」

 

「! ちーちゃん、大丈夫か?」

 

「平気。叩きつけられたから、頭がまだぐわんぐわんして、立てないけど」

 

「そりゃ大変だ。背中に乗ってくれ、背負って病院まで運―――」

 

 千景を背負おうとして、竜胆は千景の前で屈んで。

 

「ごぼっ」

 

 屈んで腹が圧迫されたせいか、1リットルほど内臓混じりの血――血のような何かの液体――を吐き出した。

 

「ちょ、ちょっと!?」

 

「気のせいだ、ちーちゃん」

 

「待って、まだ私何も言ってない」

 

「お前が見たものは気のせいだ。さ、病院まで運ぶから、背中に乗って」

 

「駄目よ、今の見る限り私よりそっちの方が重傷に見えるし、私が背負って……」

 

「今立てないって言ってたばっかだろうが」

 

 心配する千景の視線をよそに、竜胆はその場で軽く飛んだり跳ねたりしてみる。

 再生能力で腕はもう生えている、が。

 逆に言えば、再生しても完全に回復しないくらいには、深くにまでダメージが通っているということだろう。

 

「ほら、乗って」

 

「もう」

 

 何度も言い合い、最終的に千景が根負けする。

 根負けした千景を背負い、竜胆はフラフラと歩き出した。

 明らかに足元がおぼつかない状態なのに、頑張って竜胆は千景を運んでいく。

 

「……無理しないで、竜胆君」

 

「ちーちゃんは軽いから無理なんてしてないって」

 

「私の重さを心配したわけじゃないわよ……」

 

 そうこうしていると、高知でバーテックスを殲滅し、その後は香川に一直線に走って来ていた友奈が、一番乗りにやって来た。

 

「ぐんちゃん、リュウくん!」

 

「友奈!」

「高嶋さん!」

 

 次に来るのは雪花あたりかな、と思っていた竜胆は、少し驚く。

 

「聞いて高嶋さん。竜胆君が強情な上に無理をしているの。実は……」

 

「あ、ちーちゃんお前」

 

 チクったなこんにゃろー、と竜胆が苦笑して、千景が淡々と竜胆の強情さと無茶を語る。

 友奈は"強情に自分が背負って運ぶことにこだわっている"という事情を理解した。

 

「じゃあ、これで解決だね!」

 

「うおっ」

 

 そして、めんどくさい! と言わんばかりに、さっさと背負う。

 千景を背負う竜胆を背負う。

 元から身体能力が高い上、前衛型勇者として強化された友奈の体力であれば、この二人を背負って病院まで走っていくことなど造作もあるまい。

 

「マジかお前友奈お前!」

 

「しゅっぱつしんこー! しっかり掴まっててね!」

 

 千景を背負った竜胆を背負って、友奈は振り落とさない程度の速さで駆け出した。

 

「二人とも、お疲れ様!」

 

 友奈は振り返って、二人に微笑みかける。

 横顔しか見えないような微笑みであったが、それが竜胆と千景の心を癒やしてくれた。

 

「お前のおかげだ、友奈」

 

「えっ、今日はそんな活躍してないような……」

 

「後で何でも言ってくれ。お礼に何でもしてやりたい」

 

「ほほう、何でも? 二言はない?」

 

「無いぞ。何でも言ってくれ」

 

 友奈を見る竜胆の目を見て、千景は少し嫉妬した。同時に、友奈に感謝もした。

 あの状態の竜胆をこう救うことは、千景には絶対にできないことだっただろう。

 千景には救えない友達がいて、その友達を救ってしまった親友がいて。

 だから嫉妬して、だから感謝する。

 

 友奈が千景より優れているとか、友奈の方が社交的だとか、そういう話ではなくて、竜胆の心をああ救うのは友奈にしかできないことだった。

 

 叶うなら私がしたかったな、なんて思って。辛く思って。

 私じゃ無理だっただろうな、なんて思って。自分を省みて。

 高嶋友奈の輝きに救われた竜胆が、自分と同じ想いを抱いたはずだと考えると、友達同士お揃いだなと思って、少し嬉しくなる。

 

 千景からすれば、友奈の一番大切な友人になりたい。

 竜胆の一番大切な友人になりたい。

 けれどもどちらの一番になれそうにもなくて、竜胆の一番大切な友人は今のところ友奈なのだということが分かって、とても複雑な気持ちになる。

 

(でも、高嶋さんならいいかな)

 

 竜胆と同じものを守って。

 同じ戦場で戦って。

 同じ未来を目指して、頑張って。

 同じ人を一番大切な親友に思えているというこの状態が、ちょっと楽しくて、少し心躍った。

 

 昔からの大切な友達が、同じものを同じように好ましく思ってくれることが、なんだか心が一つになっているかのようで、嬉しかった。

 

(ーん……でも……やっぱり高嶋さんと竜胆君の一番にも、なりたいな……)

 

 戦いは終わった。

 彼らにもようやく休息の日が訪れる。

 カミーラも、海の神も、天の神も、まだ滅ぼすことも消し去ることもできてはいないけれど。

 今は、ゆっくりと休めばいい。

 

 千景は背負われたまま、竜胆と友奈をまとめてギュッと抱きしめた。

 

 

 




 人を守りたいという夢
 人に、ウルトラマンに、勝利し滅ぼしたいという夢
 叶う夢は一つだけ。敗者の夢は叶わず散って、勝者の夢が最後に残る

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