夏空の下、ウルトラマンは、友をいじめた子供達を虐殺した 作:ルシエド
あなたを思うと胸が痛む-リメンバー・ユゥ-
三千万年前、この地球には現在の地球を遥かに超える理想郷があった。
高度に発達した文明は永遠の栄華を約束し、人々に不安はなく、全ての自然的滅亡要因を克服したことで、人々は幸せだけを享受することが可能となっていた。
それは、神すらも認めた文明。
自然と調和し、星と共に歩み、神と滑らかな共存を実現した、人類が成す文明の理想形……その一つに、もう少しで届こうかというほどのものだった。
ただ、一つ。
この文明には、超越できていないものがあった。
人は人である限り、絶対的に異分子を生み出す。
それは『流行病に耐性を持つ突然変異』であったり、『通常のコミュニケーションができないおかしな人間』であった、『過剰に善性を持たない者』であったりする。
これが人間に多様性を生む。
だが同時に、人々が一つになれない理由を生み、不和を成す。
太古の昔、それは原罪という名を付けられていたという。
研究の結果、超古代文明はそれを、遺伝子に起因するものであると判明させていた。
周りに迷惑をかけ続けるだけの自分を自覚していても、自分を変えられない。
まともに働くということができず、犯罪になることでしか生きる糧を得られない。
生まれつき反社会性や他者への攻撃性を強く持ち、それを楽しむ。
ただただ怠惰に生き、他者に寄生し、他人の破滅のみを愉悦とする。
ちょっとしたことで他人を恨み、妬み、憎み、記憶と自認識を書き換えて自分を正当化し、何もかも他者のせいにする。
そういった多種多様な、大まか『悪性』と呼ばれる性質を、多様な遺伝子のごく一部が発生させるものだと判明させたのである。
かつての人類はこういった悪性を基本的に法で排絶し、されどある程度の余裕を持たせ、ある程度の人格的悪性はそれぞれの個人の判断に任せる形で社会から排除していった。
自己からそういった悪性を無くしていくことができる、あるいは無くすことができなくても抑えることができることを、人は社会性と言った。
逆にそういった悪性を正当化し、社会の中でも悪性を貫き他者に迷惑をかけ続け、その悪性で社会の負担となる、あるいは社会を破綻させることを、人は反社会性と言った。
社会性はほぼ全ての人に求められるものであり、反社会性は逆にほぼ全ての人が改善を求められるものであったと言える。
悪性と反社会性は極めて類似したものであり、これらを総合的に人間の中から排除していくことで、人は次のステージに進むことができる。
この時代の人間は、皆がそう信じていた。
人間から人間性を奪う、とまで極端な話ではない。
人間が悪であってはいけない、とまで極端な話でもない。
宇宙の遥か彼方、ウルトラの星の光の国のウルトラマンたちは40万年に通常の犯罪者を一人も出さなかったという。
人間に心がある限り犯罪がなくならないなどと、この時代の地球人は思っていた。
ある程度発展した社会は進化を続けることで、殺人件数も年々減少していくもの。
社会性の促進と反社会性の排除、善性をより強く悪性をより小さく。
その果てに、あるいは―――『ウルトラマン』という、地球人から見れば神にも見える領域の精神性を持つ、高次の生き物の心があるのかもしれない。
遺伝子の中にある"元凶"を見つけたことは、人類にとって間違いなく朗報だった。
『闇の遺伝子』。いつしかそれは、市民に通俗的にそう呼ばれるようになっていた。
しかし、そこからが長かった。
善は堅苦しく、嫌だと言う者。
自由を主張するがその実、己の悪性を社会に許容させたい者。
他人を悪口で自殺に追い込んでなお、他人の悪口を自由に言い続けたいと思う者。
普通に働く能力がなく、窃盗でしか生きていけない者。
殺人や動物の虐待を嗜好し、他人の悲鳴無くては生きていけない者。
他人をバカにし続けることでしか自尊心を保てない者。
自身の悪性ゆえの人生の不具合を、全て政府のせいにしてきた者。
優しさを嫌う者。
慈しみを厭う者。
社会の仕組みそのものに反する者。
様々な者が、自己の正当化のため、あるいは遺伝子の中の逃れられない証拠により悪性から逃げられなくなった者達のため、地球統一政権に反旗を翻した。
そうして、星は二つに分かれる。
善へと向かう者達。善になりたい者達。悪を許せぬ者達。優しくなりたい者達。
悪で居たい者達。他者に悪を行いたい者達。醜悪なまま他人に迷惑な自分で居たい者達。
二つはまるで、光と闇のように綺麗に分かれる。
誰かは言った。
「これは、この星最後の内戦になるかもしれない」
長い戦いが行われた。
善は多く、悪は少なく。
善は慈悲をもってあたり、悪はとにかく卑劣に食い下がる。
いつの時代も悪は負け、悪は絶えない。
"悪"とは、反社会性によって定義されやすい。
社会に沿う存在は強く、多く、群れの強さを持つ。
社会に反する存在は弱く、少なく、群れの強さを損ないやすい。
その戦いは、世界を良くすることなどできない悪が、『皆』が望むもっとよりよい世界の形を提示することもできず、ただ今ある世界の形に反抗するだけの戦いに終わった。
悪の中からも改心、あるいは成長した者達が現れ、そういった者達が自然と善の側に移り、自分勝手な『反社会性』と『悪性』の者達は劣勢になるにつれ、同士討ちを始める。
勝敗は、ごく自然に決定した。
悪なる者達は、大陸の東端の島国の、一つの島に押し込められる。
そこは"シノクニ"と呼ばれる島。
同士討ちを繰り返した悪なる者達はそこで四つのコミュニティに分かれ、四の国を打ち立て、時間をかけて善なる者達の慈悲により融和路線へと転身していった。
しかし大きな戦いは、そこに偏見と、世界の傷を残した。
内戦は終わり、星は一つにまとまってゆき、地球人類は次の段階に進んでいく。
そして、また長い時間が経った。
カミーラはそんな時代の、シノクニに生まれた。
善悪戦争と呼ばれた時代ももはやはるか昔。
カミーラは大昔の戦争で負けた悪い人達が自分の先祖で、自分はその子孫だからシノクニを出れば侮蔑されて当然……そんな認識で、子供の頃からずっと生きてきた。
シノクニの外の人達は、悪い人にはなりにくいのだと。
シノクニの人間は、悪い人にはなるのが当たり前なのだと。
他の誰でもなく、シノクニの大人達皆に言われながら、自尊心無く生きてきた。
少しだけ特別なことがあるとすれば、母親の浮気がきっかけで両親が離婚しかけていて、カミーラは『淫売の子』と呼ばれていたことくらいだろうか。
シノクニで離婚は珍しくない。
本土の人間達はよく相手を見て、よく相手を知って、しっかりと分かり合ってから結婚し、互いを思いやりながら一生を共に歩いていく。
対し、シノクニでは無責任な性交や、何も考えない選択、盲目と無理解の先に結婚があり、結婚してからの破綻が極めて多かった。
結婚という契約を重んじていれば、目の前の人と真に向き合う心さえあれば、隣の人を思いやる生き方があれば、離婚などという契約の破綻には至らない。
少なくとも、この時代の常識としてはそうだった。
だから、シノクニ以外での離婚率はほぼ0であり、シノクニで離婚は珍しくなかった。
それでもカミーラが『淫売の子』としていじめられていたのは単に、それが娯楽だったから。
分かりやすい破綻。
分かりやすい醜悪。
分かりやすい下等。
分かりやすい非人。
親の因果が子に報う、親の無倫理が子の人生を破綻させる、どこにだってよくある構図。
『他人を見下してる場合じゃないくらい下等な人間が、余裕をもって見下せる人間』。
『どんなにみじめな落ちこぼれにも優越感を与える人間』。
『あまりにも酷い悪口でも、その人間に言う分には許される人間』。
それが、カミーラだった。
カミーラの父親に幼児性は無かったが、ただ共感性が低かった。
他人の痛みがあまりわからない人間だった。
カミーラの母親は実際淫売と言われる人間では無かったが、シノクニの外の人間にも中の人間にも一般的に嫌われるタイプの男を、恋愛的に好いてしまう悪癖があった。
誰からも嫌われる男を見捨てられず、誰からも見下される男と駆け落ちしたカミーラの母親を、シノクニの誰もが嘲笑した。
親の因果は子に報う。
カミーラは周囲が自分をどう見ているかを、よくわかっていた。
無邪気ではいられなかった。
無理解ではいられなかった。
無自覚ではいられなかった。
だから心を凍てつかせ、心を死なせて日々を過ごしていた。
涙をこぼすこともあった。
それでも耐えた。
逃げ場なんてない。
どこにも行けるところなんてない。
父はカミーラを愛さない。
母もカミーラを愛さない。
他の人もそう。
誰もが彼女を加虐し、その人生から幸せを奪っていった。
善なる者達の中から弾き出された悪性持ちの集団の中で、権威を握ることもできなかった弱い悪性持ちの中で、更に弾き出された弱者。
少女の形をしたサンドバッグ。
それ以外に何の表現のしようもなく、救いのある形容ができるはずもない。
弱き悪性の郡の中で被害者以外の何にもなれないほどに、カミーラは良かった。
弱き郡の中ですら、最弱だった。
氷の心で日々に耐える。
けれど、氷の心は強くない。
氷の心はすぐ割れる。
ただ心冷たくして耐えているだけでも、心はヒビ割れていく。
カミーラはいつも一人だった。
人の中でも、一人で居る時でも。
誰も彼女の味方をせず、ゆえに彼女は一人だった。
誰かに見つかれば酷いことしかしてこない。
だからカミーラは泣きそうになった時、誰も居ないところ――森の中の日差し差し込む花畑――まで逃げて、そこで泣いていた。
物心ついた時から、現在に至るまで、カミーラはずっと泣いていた。
「……うっ……」
花畑で泣いて、泣いて、泣いて、涙が土に落ちて消える。
八つ当たり気味に咲いていた彼岸花を力任せに抜き、投げ捨てるカミーラ。
花に八つ当たりする乱暴さがあり、花にしか八つ当たりできない弱さがあった。
彼岸花は、別名『曼珠沙華』。
天上の花の意の名を持つ。
天の神と地の人の距離がまだ近かった神話の時代から、それは咲き続けてきた。
「ううっ、うううっ……!」
カミーラの遺伝子に潜む悪性も。
カミーラをいじめている皆の悪性も。
とっくの昔に、科学的に証明されている。
「私の心は親とは関係ない」といくら言おうと、その体には『闇の遺伝子』が刻まれている。
他人からは逃げられても、自分からは逃げられない。
善なる者達はカミーラをいじめない。
そんな醜悪なことはしない。
非生産的ないじめなど、闇の遺伝子を持たない者は絶対にしない。
善なる者達はカミーラが泣いている今も、どこかで誰かを助けていたり、自分を幸せにしながら他人を幸せにする道を進んでいたりするのだろう。
カミーラと村八分のいじめを知れば、慈悲深い者は助けに来ることすらあるかもしれない。
だから、この郡の者達はそれが郡の外には伝わらないようにしていた。
隠蔽と言うには拙すぎて、隠し事と言うには邪悪すぎる。
よって、誰も助けには来ない。
シノクニの外の人類はいじめやインターネットリンチといったものをとっくの昔に卒業していたが、シノクニにはまだ当たり前のように残っている。
それを人間らしさだと彼らは言う。
醜さも人間らしさだと彼らは言う。
間違いを繰り返していくのが人間で、それがない世界は人間らしさが無いと彼らは言う。
そして、ずっと繰り返す。その遺伝子が受け継がれる限り、きっと永遠に。
「……けて」
こぼれる涙と共に、言葉がこぼれる。
それはカミーラの本音。
誰にも言えない本音。
どこにも届かない本音。
カミーラ本人すらも救われるのを諦めた果てに、涙と共にこぼれてしまった、心からの言葉。
「誰か……誰でもいいから……助けて……ここから…」
助けて、と心は叫ぶ。
けれど、違う。
心は助けてほしがっている。
けれど、違う。
カミーラの魂は、もっと強くて、もっと惨めで、もっと救いようない本音を、叫んでいる。
「私を……私の一生に一人でいいから……私を好きになってください……」
その時。
カミーラは、草を踏む音を聞いた。
「!」
急いで涙を拭き、赤くなった顔を隠すカミーラ。
子供の頃から、ずっと言われてきた。
弱みは見せるなと。
外に悪人はいないが、シノクニには弱みを見せるとつけ込んでくる人間がまだ要るのだと。
電子の海では自衛できない人間が悪く、人生を終わらされても文句は言えないと。
この地は悪性を科学に証明された人間しか居ないのだと。
だから、カミーラは反射的に弱さを隠した。
弱く在ってはいけない。弱さを見せてはいけない。
弱さを見て「助けよう」と思う人がいるだなんて期待してはいけない。
カミーラの人生において、カミーラの弱さを見て助けようとしてくれた人は誰も居なかった。
彼女の人生で出会ってきた人間は皆、カミーラの弱さにつけ込もうとする人間ばかり。
泣いていたことに気付かれる前に、逃げてしまうのが最善だ。
それでも。
なぜか。
カミーラは。
その声から、逃げられなかった。
逃げようと思うこともできなかった。
その声に強制された、というわけでもなく。
カミーラはただ、その声に惹かれていた。
一目惚れではない。
一目惚れですらない。
一目見る前から、その優しい声に惹かれていた。
「誰かいるかい」
その声を聞くと落ち着く。
その声を聞くと安心する。
その声を聞くだけで、優しい人だと思える。
抑揚があっても激しくはなく、少年らしい声であっても子供らしい不快感はなく、丁寧語ではないのに失礼さを感じる部分がなくて、穏やかさの中に他者を気遣う響きがある。
「ここから助けを求める声が聞こえた。僕で不足でないのなら、僕を呼んでくれ」
"助けに来てくれたんだ"と、カミーラは何の理由もなく思った。
それは事実である。
その少年はこの地上に生きるどこかの誰かの、救いを求める声を聞き届ける力を持っていた。
「君を助けたいんだ」
カミーラは、息を呑んだ。
毎日毎日、村の人間に痛めつけられる毎日。
学び舎では同年代にいじめられ、家に帰っても家族は味方してくれない。
生まれた時から幸薄く、物心ついた時には底辺で、きっと死ぬまでそうなんだろうと……そう思っていた。
疑うこともなかった。
信じ切っていた。
きっと自分には、一生いいことなんて無いまま死ぬのだろうと。
自分はこの世の誰よりも不幸なまま死ぬのだと、揺るぎなく信じていた。
なのに。
「……あ」
カミーラの胸の奥に暖かい気持ちが生まれ、それが熱くなっていく。
信じていた。自分の不幸を。暗い未来を。幸せなどないまま迎える死を。
ずっとずっと、信じていた。
なのに。
『君を助けたい』と言うその声を―――信じてみたいと、思ってしまった。
その声の主を信じてみたいと思ってしまった。
救ってほしいと思ってしまった。
幸せになりたいと思ってしまった。
"助けて"と言えば、もしかしたらと……思ってしまった。
優しい声が、カミーラに希望を持たせていく。
希望が無いまま死ぬことより、希望を持ってから全てを奪われる方がずっと辛いのだと、この頃のカミーラは知る由も無かった。
「う……」
この日、自分が口にした言葉を、彼が口にした言葉を、カミーラは全て覚えている。
幸せの絶頂の中にあっても。
地獄の底の絶望の中にあっても。
一字一句、忘れることはなかった。
その日の想い出が、ずっと彼女の心の支えになっていた。
「助、けて」
「わかった」
「―――」
かつて、生命の起源が海の中に現れ、それが進化し、陸上に上がった瞬間、その命は『地球で初めて太陽を目にした生命』となった。
神の如く太陽を見上げ、海に遮られて一度も目にしたことがなかった太陽を目に留めた。
そこにあったのは感動だったか、恐怖だったか、無感であったか。誰も知らない。
ただおそらく、この地球においては『感動』だったのだろう。
生まれて初めて太陽を見た生命は、『感動』のあまりに言葉を失った。
今、カミーラが、その少年に対して『感動』に言葉を失ったのと、同じように。
「泥がついてるね。ちょっと失礼。綺麗な顔が台無しだよ」
その少年はまるで、御伽噺の中で怪物を打ち払う聖剣のような、綺麗な白銀の髪をしていた。
カミーラも聞いたことがある。
光の遺伝子の中でも、特に強い力を持つ一族のことを。
遠い昔に人の中に現れた、強い力と気高い正義の心を持つ者達は、ごく普通の人々と家族を作り子孫を残し、その子孫は稀に白い髪をしていたという。
その中でも更にごく一部の者だけが、陽光と高め合う白銀の髪をしているのだと……まともな教育を受けていないカミーラですら、知っていた。
それは神話の髪色である。
カミーラの色は黒。
薄汚い黒。
どんなに汚れようと目立たない穢れの黒。
自分の髪と彼の髪を比べ、おどおどと自信の無い挙動で視線を彷徨わせる自分、自信に溢れどこまでも優しい声色な少年を比べ、カミーラは嫉妬すら抱かなかった。
ただただ、光を見上げるように、少女は彼を見ていた。
「僕はティガ。ティガ・ゲンティアだ」
「……カミーラ。カミーラ・チィグリス……」
「そっか。チィ……チィちゃんでいいかな。可愛い名前だね」
「か、かわ……お世辞が上手いわね……」
照れたカミーラの頬が赤く染まり、少年が雲のような微笑みを浮かべる。
ふわふわとした印象で、何にも縛られて居なくて、この上ないほどに柔らかで、どんな相手とぶつかっても相手を傷付けそうにない、そんな微笑み。
雲の微笑みを浮かべ、少年は手を差し出す。
「君、僕の友達になってくれないかな? 来たばかりで、全然友達が居ないんだ」
「う……うん……」
「ありがとう! 仲良くしてくれると嬉しい。僕人付き合いってやつが苦手だからさ」
「が、頑張る」
"カミーラの自尊心を立てながらカミーラに助け舟を出していた"のだと、カミーラがこの時のティガの意図に気付いたのは、これから数年の後の話であった。
もう一つ、森の草木を踏み歩く音が増える。
ティガの背後の空間から、まだ幼い顔立ちの、しかし将来美人になることに疑いの余地がない少女が現れた。
ティガのような聖性すら感じる白銀ではなく、しかし間違いなく白銀の髪。
されど人種が少し違うように見えるので、ティガと近い血縁にはあまり見えない。
ティガのそれと比べれば、幾分か人間らしい印象を受ける少女だった。
「先輩。ティガ先輩ー。もうどこに……あ、いた!」
将来美人になることに疑いがなく、今の時点で幼い美少女であるのに、森の木の葉や木の枝・土埃まみれになってしまっている少女を見て、カミーラは気付く。
この少年……ティガも、森の中を通ってきたはずだ。
木々の中を通り、見えない不安定な足場を歩き、ここまでやって来たはずだ。
なのにティガの身体には、小さな埃一つ付いていない。
『特別』なのだと、カミーラは確信に近い推察を得た。
「あ、ユザ島。温かい食べ物どのくらい残ってたっけ?
残ってなかったら俺の分この子にあげといて。三日くらいなら俺も食わなくて平気だから」
「ユザ島じゃないです! ユザレ!
もう、変な言い回しばかり友達から学んで……
と、いうか、あなたの食事を抜くなんて評議会が許しませんよ!」
ユザレと呼ばれた少女は、ティガと呼ばれた少年に歩み寄ろうとするが、絡みつく背の高い草に足を取られる。
眉を顰めて、少女は腰に吊るしていた長剣を振るった。
少女の体格と比較すると幾分大きすぎるそれは、斬撃の軌道に沿って光を放つ。
周りの人間も、カミーラの足元の花々も、花につく虫すらも傷一つ付けぬまま。『聖剣の光』は周辺一帯の無駄な雑草を切り落としていった。
「鬱陶しい……これだから未管理地域は」
「おお、怖い」
聖剣を鞘に収める少女を見て、少年はからからと笑っていた。
呆気に取られるカミーラは、現実を咀嚼するのに時間がかかる。
明らかに常識から外れた少年少女。年齢はおそらくカミーラと同年代の12、13歳に見えるが、明らかに何かどこかが違う。
カミーラとは、何かどこかが違う世界に生きている。
ティガとユザレの瞳を見るだけで、卑屈なカミーラの瞳とはまるで違う、『揺るがなく信じるものがある者の瞳』に、カミーラは僅かな劣等感を覚えた。
だが、カミーラが目の前の現実を咀嚼する前に、事態は一転する。
地面が揺れ、雲が震え、大きな影が地を覆う。
60mを超える巨竜―――大いなる怪しき獣が、森を踏み潰しながら現れ、咆哮した。
「え」
巨竜の名は『ゴルザ』。
地の神は人を使徒とし、天の神は星の屑を使徒とし、海の神は巨大なる獣を使徒とする……そんな神話の構成要素。
獣の悪魔が一歩、また一歩と踏み出し、歩いていく。
それだけで小山は潰れ、森は粉微塵となり、大地は大きく揺れていた。
「な……なに、あれ」
カミーラは知らない。こんな巨大生物の存在は知らない。
いや、そもそも、こんな巨大生物が居るだなんて話は聞いたこともない。
なのに、居る。そこに居る。
夢かと思って頬を抓っても、痛いだけで現実を思い知らされるだけ。
『怪獣』―――世間知らずのカミーラでも分かる、異端の生命。
「その子を頼む、ユザレ」
その巨体の猛威に臆することなく、ティガは立ち向かう。
「本題、というか任務。忘れていませんよね、先輩」
敵に対する危機感より眼の前の少女
ただ、そこには呆れはあっても、軽蔑はない。
ユザレの"先輩"には、確かな好感と尊敬が込められていた。
「任務より使命。
怪物退治より人助け、だ。だろ?
大丈夫、本題も忘れてないって。
地球星警備団本部に連絡を入れな、ユザレ。『怪獣は一瞬で倒されました』って」
そんな彼女の気持ちを知ってか知らずか、ティガは余裕綽々に振る舞う。
背後のカミーラを気遣っているティガを見て、ユザレは真面目くさった応対を返す。
「倒してから報告します。事前報告は規律違反です」
「まじめ……」
ここは森の中だ。
懐から青銅で出来た棒状のもの――青銅のスパークレンス――を引き抜き、怪獣に向かっていくティガの足元にも、小さな虫や小動物がいる。
それらを踏まないよう、触れないよう、ともすれば驚かさないように足の踏み場を選び、ティガは怪獣に向かい走っていく。
無駄な殺生をしない性情。
虫一匹殺さない優しさ。
大きな怪物に挑む勇気に、小さな生物を慈しむ優しさが伴っている。
少し遅れて、カミーラは理解する。
先程ユザレが聖剣で雑草を刈った時、虫すらも気遣ったのは、おそらくティガの流儀に合わせていたのだ。
ティガとユザレは、幼いながらに確かに分かり合っている。
そこに僅かにもやもやとした感情を覚えていたカミーラだが、突然ユザレがカミーラの手を引いて避難を始めたので、直前まで何を考えていたのか、一瞬で頭からすっ飛んでしまった。
コミュ障を通り越してコミュ無、コミュニケーション経験の虚無に生きてきたカミーラは、突然他人に手を握られることに慣れていない。
他人の体温を感じることに慣れていない。
親ですら、彼女の手を握ってくれたことは、数えられるほどしかなかった。
「はじめまして。私の名はユザレ。ユザレ・ナイトリーブ……あなたは?」
「か、カミーラ……って、そんなことを話してる場合じゃ!」
「彼なら大丈夫よ、カミーラ。心配は必要ないでしょう」
その瞬間。
大気が震え。
大地が震え。
大海が震えた。
大いなる光の柱が、世界に立った。
立ち上がる光の巨人を眺め、ユザレは謳うように祝詞を述べる。
「空の彼方の光に選ばれし者。
始まりの天神、
天の神々が戦士として選び出した、人類史一番目の
神話の王道、『少年英雄』の世界で最も新しい形。
ゆえにこれより、この地上から闇の尽くを消し去る光の御子。
―――『ウルトラマンティガ』。大いなる力を纏う時の彼は、そう呼びなさい」
まるで、光の巨人という神を祀る巫女のようだと、カミーラは思った。
銀色の巫女に祀られる、銀色の巨人。
何よりも崇高に見える光に包まれた巨人の姿は、カミーラの目には、この世の全てに祝福されている気高い光に見えた。
「……ウルトラマン……ティガ……」
銀色の巨人が纏うは風。
紫電の疾風。
光り輝く風が巨人の周囲を巡り、怪獣が後ずさったのが見えた。
突撃する怪獣を光の巨人は受け止めて、細心の注意を払って立ち回り、巨人と怪獣が森の中の生き物を踏み潰さないようにする。
その上で、掌を起点とする巧みな体術を繰り出し、ゴルザに何もさせないまま圧倒していく。
光は何よりも強いのに、光の巨人の立ち回りはどこまでも優しくて。
「ああ、なんて、優しい光……」
カミーラは熱に浮かされた表情で、その戦いを見る。
光に見惚れた。それが欲しいと思った。それになりたいと思った。その隣に居たいと思った。
それは遠い未来の郡千景が、竜胆を欲しいと思い、若葉のようになりたいと思い、友奈の隣に居たいと思った気持ちと、どこか似ていて。
けれど、決定的に違っていた。