夏空の下、ウルトラマンは、友をいじめた子供達を虐殺した   作:ルシエド

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 『光』は何も言わず、何も伝えず、ただ人間の味方であり、人類に口出しをしなかった。

 どんな未来であっても、人類が皆で話し合い、皆で決めた未来こそが人類の望ましい未来であるという考えから、希望と、勇気と、力だけを与えていた。

 それぞれの『光』は、それぞれが最も波長の合う人間を選んでいく。

 ゆえに、『光』はこの地球にとってあまり望ましくない人間を光の巨人にすることもあった。

 

 ある時。シノクニ送りになってもおかしくないような人間が二人、『光』に選ばれた。

 地球政府はその処遇に悩む。

 人格的に信じられない人間を、光の巨人として最前線に投入していいものか。

 問題児二人は既に変身して散発的な侵入怪獣と戦闘していたが、その結果として「他の光の巨人との共闘は不可能。市民も巻き込みかねない」―――そう結論付けられていたのである。

 

 そも、何故光はそんな二人を選んだのか。

 『光』といい、神といい、皆人間とは違う倫理で動いている。

 その思考を人間が本質的に理解することはできない。

 しかし何かしらの光との親和性、光が彼らを選んだ理由があるはずだ。

 それを人間がまだ文字による理屈に落とし込めていないだけで。

 

 そんな彼らに、ティガ・ゲンティアは語りかける。

 

「僕に任せてもらえないでしょうか」

 

 その主張を通せるのが、今の人類圏における彼の立ち位置を証明していた。

 

 ティガが問題児二人を引き取り、ティガが責任を持って率いる。

 

 『できない』と思った者はおらず、『ティガの手に余る』と思った者もおらず、『ティガが負担で戦力低下する』と思った者も居なかった。

 

 

 

 

 

 『ヒュドラ』は、善性の親から生まれた青年である。

 ティガの二つ年上の、この時代では珍しいモヒカンヘアーの神経質そうな男性だ。

 その髪型は彼の反社会性の表れであり、その外見相応に悪性の類を持っていた。

 しかし、遺伝子に反社会性・悪性の原因と考えられているものは見られない。

 ティガが勧誘に赴いた一人目のウルトラマンは、この世界の常識――あるいは生物学的常識――から考えれば、明らかに異常な存在だった。

 

 結論から言えば、ヒュドラは運が悪かった。

 

 ただただ、運が悪かった。

 

 邪神の闇とは、どういうものなのか?

 一般市民の多くはそれを甘く見ていたと言っていい。

 外宇宙からの侵略者が撒き散らしている、光を遮断するもの……皆、そう認識していた。

 そんな認識では、邪神の闇の恐ろしさの1%も理解できていなかったというのに。

 

 邪神の闇は、それ自体が無限に膨張を続ける神の一部である。

 人間の常識的判断では、闇は個別の意思を持ち命に食らいつく捕食生命体に見えるだろう。

 しかし、神の視点から見れば、この闇と生命は遠いにもほどがある。

 邪神の闇は、まだ星の表面にへばりついて生きているレベルの人間では、理解不能であるがために生命体にしか見えない。

 

 闇は光線銃や大砲を撃っても散らすことはできず、逆に闇に食われてしまう。

 その闇を見るだけで心弱き者は発狂し、心が如何に強くともただの人間である限り全ての希望を剥奪されてしまう。

 そして触れれば、死ぬ。

 運が良ければ即死。

 運が悪ければ……その体は形なき化物と成り、ガタノゾーアの末端に成り果てる。

 ウルトラマンであっても弱き個体であれば、この闇の中に入るだけでダメージを受け死に至る可能性があるというほどだ。

 

 ティガの頼みを聞き研究者が出てこれない最前線で闇を調べ、研究してきたユザレ曰く。

 

「この闇は光を喰らうんですよ。

 物理的な光だけじゃなく、心理的な光も。

 そして、生物の成長や生涯の軌跡までもを陵辱して消し去ってしまう。

 ……生物種を進化に誘う『進化の光』と言うべきものすら、食らってるような……」

 

 青かった海は、闇で黒く染まった。

 邪神の勢力圏内では、空までもが闇に覆われている。

 闇に覆われた空からは日光が届かず、永遠の夜が続き、植物は枯れ果てた。

 空気はあるのに、光を生む全てが存在を許されず、炎すら燃えることができない。

 領域内では生物が次々死に絶え、死体が変異し、新たなる怪獣へと育っていく。

 土や石すら、時間をかければ邪神の尖兵になるかもしれない。

 そして無限に闇は膨らみ、無制限に怪獣を吐き出していくのだ。

 

 これは光を遮るだけの闇ではない。世界そのものを侵す闇の陵辱だ。

 

 邪神の『闇の世界で既存世界を塗り潰す力』に対し、天の神群は『燃える世界で既存世界を塗り潰す力』で対抗したが、それでも押し返すこと叶わず。

 邪神の闇が最も強い大陸においては、世界を塗り潰すほどの炎の力をもってしても、人の世界を囲って守る、炎の結界を作り上げることが精一杯であった。

 邪神の影響が強い地域と人間の生息圏は、神が作り上げた炎の壁と、光の巨人が作り上げた光の領域によって分かたれている。

 

 そして、その闇の影響は、多くの動植物に小さくない影響を与えてしまった。

 

 星の何割かを覆う闇は、大規模な気候変動を引き起こし、多くの農作物を潰してしまった。

 奇形化した動物達は家畜を襲い、既存の地球生物を駆逐しようとし始める。

 巨大化した虫による人間捕食報告、人間への寄生産卵報告まで出始めていた。

 当然ながら、人間が口にするものへの影響も少なくはなかった。

 

 この時代の科学力は桁違いに高く、被害は最小限に抑えられたと言える。

 それでもなお被害は多岐に渡り……ヒュドラが受けた被害は、『水産物の毒物化』であった。

 海の底に陣取る邪神の影響は、海の生物に対して特に大きく働く。

 水生生物の多くが死滅し、闇に触れていなかったはずの魚に、未知の毒素が蓄積されていたと判明したのは、当時多くの若者が食中毒死してからであった。

 

 多くの犠牲者の中で、生還したのはヒュドラ一人。

 それも元通りになれたわけではなく、毒素は未知の化合物として人体内で反応を起こし、特殊な神経毒として機能し、ヒュドラの中の『何か』を壊していってしまった。

 常時の高揚。攻撃性の増大。情緒不安定に猜疑心。

 じっとしていられず貧乏ゆすりを繰り返す癖も、本人の意識で治せるものではなく、頭蓋の内側にあった枷がいくつか壊れているからであった。

 

 善人として生きられるかもしれなかった、壊れた人間。

 シノクニの人間に近い二人のウルトラマンの一人。

 それがヒュドラ……ウルトラマンヒュドラである。

 

「で、オレに仲間になれと」

 

「そうだ」

 

「若き大英雄様が……ねえ」

 

 ユザレに道案内を頼み、ティガはヒュドラの勧誘を始めていた。

 ヒュドラの外見は、現代で言う派手なモヒカンが豪快で粗雑な印象を与えるのに、それを除けばやや線の細い神経質な青年という印象を与える。

 声はどこかおちゃらけていて、その根底にうっすらとした狂気が感じられ、けれど狂人というよりは、幼児性が強い大人という印象が先行する男だった。

 

「来い。君の力が必要だ。生きとし生けるもの全てを守るため、君の速さが要る」

 

「……ハッ! 物好きな野郎だな。

 いいぜ、試してやるよ。ヒュドラ・ワシリスクだ。テメエに現実を見せる男の名だぜ」

 

「ティガ・ゲンティアだ。……試す?」

 

「くっせえ風だ。今日は風向きが良いな。これなら分かる……来るぜ」

 

 ティガの人間離れした視力が動き、空の彼方に飛翔する怪獣が見えた。

 それは群れ。

 空を駆ける怪獣の群れ。

 両手の指で数え切れないほどの『メルバ』――空を担う邪神の尖兵――が、人類の生存圏を守る防衛網をくぐり抜けて来たようだ。

 

 人類の戦力は有限。

 対し、海の邪神は無限に見える規模。

 戦略的に怪獣が動けば、洪水が堤防に穴を空けるように、防衛網の隙間をすり抜けてくることもある……といったところか。

 

 空を切り裂く悪夢を目にした人々が、悲鳴を上げ始める。

 

 その恐怖と絶望のことごとくを打ち払うために自分は生まれて来たのだ、と―――ティガは初心を再び肝に銘じた。

 

「警戒網を抜けてきた怪獣か……多いな。ヒュドラ、行こう」

 

 使命感に溢れるティガを鼻で笑い、ヒュドラはティガにゲームを持ちかける。

 

 誰よりも強い使命感で正義を成すのがティガであるならば、ヒュドラは一応正義に属しているだけの、誰よりも使命感の無いウルトラマンであった。

 

「じゃあよ、勝負と行こうぜ」

 

「勝負?」

 

「どっちが多く怪獣を倒せるか、だ。

 勝った方が命令して、負けた方が言いなりでどうだ?

 クヒヒッ、オレを仲間にしたいならオレに勝ってみろ。無理だろうけどな」

 

「なるほど、そういうことか。

 でも第一は人々を守ることだ。

 防衛を疎かにしないように気を付けて」

 

「ハァ? じゃあ勝手に守ってろよ。

 だがよ、オレがその流儀に合わせる必要はねえよな?

 オレは守らねえぜ。

 市民とか守りたいと思ったこともねえ。

 オレはオレがお前に勝つために、怪獣だけ倒させてもらうさ。構わねぇよなぁ?」

 

「いいよ。じゃあ僕は街を守りながら怪獣を倒す。

 君はそのまま怪獣を倒す。

 倒した数が多かったほうが勝ち。

 僕が勝ったら君は僕と共に、最前線で世界を救う戦いに身を投じてもらう」

 

 ピクリ、とヒュドラの眉が動く。

 

「……舐めてんのか?」

 

「舐めてなんかないよ。

 君の実力は把握してる。

 君の力が必要だと思ったから僕はここにいる。

 全てを守り、君に勝ち、君の力を世界を守るために借りたいんだ」

 

「わっけわかんね……が、まあいい。勝ちゃいいんだ勝ちゃ、ヒヒッ」

 

 ユザレに避難誘導を任せ、二人は懐からスパークレンスを引き抜く。

 

 ヒュドラは既にティガを見下していた。

 甘っちょろい判断、現実が見えていない無謀。

 噂に聞いていたウルトラマンティガがどれほどのものかと思っていたらこれ。

 ヒュドラがどういう視点で見ても、足元が見えていないお子様にしか見えなかった。

 負ける気がまるでしなかった。

 そんなヒュドラに、ティガはよく通る声で語りかける。

 

「行こう。僕と君は、この星でたった二人の"風のウルトラマン"なんだから」

 

 ただ、何故か。その言葉は、やけに心地よく胸の奥に響いていた。

 

 二人が光に包まれると、ティガは地に降り、ヒュドラは空に舞った。

 

 ヒュドラは青紫の体に、波打つような銀色が走るウルトラマンであった。

 その属性はティガと同じ希少属性、風。

 光の中では光に照らされた青紫が深い青に見え、闇の中ではぼんやりと漏れる肌身の光が青紫を鮮やかな青に魅せる、紫の溶けた青の巨人。

 大地に足をつけて戦うことを嫌い、空中戦を得意とする、空を風で制する制空の覇者である……そう、ティガは聞いていた。

 

 ヒュドラは自分の力に絶対の自信を持っていた。

 『光』に選ばれた者はよくそうなるという。

 神に迫る力を得た全能感が、その者に揺らがぬ自信を与えるのだ。

 ヒュドラは現世代のウルトラマンの中でも、空中戦・高速戦闘においては間違いなくトップクラスであり、ヒュドラもその才能に自覚的である。

 

 誰もがヒュドラにはついていけず、ヒュドラと競い勝つことなどできなかった。

 街の人間が何人死のうがヒュドラは気にしないし、街を守る気も全く無い。

 けれどヒュドラが最速で怪獣を一掃することで、結果的に街に犠牲が出ないまま戦いが終わる……ウルトラマンヒュドラは、そういうウルトラマンであった。

 誰からも嫌われるが、誰よりも犠牲を抑えるウルトラマンであった。

 

 負ける気はしなかった。

 どう勝つかを考えていた。

 どう華麗に終わらせるかを考えていた。

 勝った後に何を命令するかを考えていた。

 いつものように誰も彼もを置き去りにして、一人で敵を全てぶちのめす。

 そして、ウルトラマンヒュドラの力を世界に見せつけ、心地の良い羨望と嫉妬の視線を自分に集める。ヒュドラは、そんなことばかり考えていた。

 噂のウルトラマンティガを前にしても、「こんなものか」としか思わなかった。

 

 

 

 そして、『上には上が居る』ことを知った。

 

 この日からずっと、ウルトラマンヒュドラの『永遠に追いつけない目標を追い続ける人生』と、『追いつけない自分を責める人生』と、『憧れた光を妬み続ける人生』が始まった。

 

 憧れるのに届かない。

 追いかけても追いつけない。

 なりたいのにそうなれない。

 見つけてしまった『理想の自分の形をした他人』に、心を引きずられる。

 その気持ちは、郡千景が乃木若葉と向き合うたびに抱いていた気持ちと、酷く似ていた。

 

 

 

 終わってみれば、数を比較する必要すらなかった。

 襲来した怪獣の八割はティガが倒し、街の人々にも建物にも傷一つなく、流れ弾の一発一発に至るまで綺麗にティガが処理していた。

 ティガの全身から放射される光は怪獣の撒き散らす毒素を消し去り、異常生物を消滅させ、腐り始めていた農作物を健全な状態に回帰させ、人々の心に『闇』が与えた悪影響を微塵も残さず吹き飛ばしていった。

 

 ただ、そこにあるだけで人々を救う光の巨人。

 その在り方の全てが他人を救うためにある光の巨人。

 誰よりも強く、その強さを他者救済のためにのみ振るう優しき巨人。

 いつもヒュドラが傲慢に助けても、感謝の言葉もまともに言わなかった地元の人間達が、皆揃ってとても素直にティガに感謝の言葉を口にしているのを見て、ヒュドラの内に燃える炎のような対抗心が芽生えていった。

 

「さて。これで仲間になってくれるかな、ヒュドラ」

 

 ティガが語りかけ、ヒュドラが嘲笑を顔に浮かべる。

 そうして、ティガへの対抗心を燃やし続ける。

 そうしていないと、『負けるか』と思う前に、『こいつには勝てない』と思ってしまいそうだったから。

 

「お……オレが、約束を守る義理もねえだろ? ヒヒッ」

 

 約束を守らないポーズを取ることで、ティガの目的がすんなり達成できないようにして、そこに僅かな達成感を覚えようとするヒュドラ。

 それはとても情けない対抗心の発露であったが同時に、ヒュドラがティガという存在を、ヒュドラの中のとても高いところに置いたということでもあった。

 ティガはヒュドラの思った通りに困った顔をして、ヒュドラは達成感を覚える。

 

「それは……うーん、どうだろう。

 道義的には約束は守るのが大事だと言いたいんだよね。

 でも、命懸けの戦場に君を連れていくって話でもあるから。

 君が自分の命を大切にしようとする気持ちも分かる。強制はしたくないかな」

 

「アア!? オレがビビってるって言いてぇのか!?」

 

「あ、いや、そういうわけでは」

 

「頭下げろ頭!

 ありったけ頭下げろ光の勇者様!

 オレの気分が納得いかねえんだよ!

 頼み事してえならその分無様になりやがれ!」

 

「そうだね。僕は頼み事をする立場だ。ウルトラマンヒュドラ……どうか、僕に力を貸してくれ」

 

 少しは気が晴れると思って、ヒュドラはそう言った。

 少しはこの劣等感が和らぐだろうと、そう思って言ったのだ。

 なのに頭を下げるティガを見て、劣等感はますます膨らんでいく。

 プライドよりも大切なものがあり、そのためなら迷いなく頭を下げられるティガに、ヒュドラは尊敬と、親しみと、嫉妬と、羨望を覚える。

 

 生半可なプライドとなけなしの自尊心を守るための態度と言動を選んでいるヒュドラでは、きっと一生こんな風にはなれない。

 堂々と胸を張って生きているティガが、あまりにも眩しかった。

 勝負よりも大切なものを守りきって勝負にも勝つティガが、あまりにも輝いて見えた。

 だからだろうか。

 ヒュドラが、ティガの申し出を受けてやろうという気分になってしまったのは。

 

「チッ。あーあー、お綺麗なこって。

 オレみたいなカスが何しても気にしねえってか?

 余裕があると人生違うんかねえ? ヒッヒッヒ」

 

「どうだろう。よく分かんないや。僕が頭下げるくらいならいくらでもやるよ」

 

「ケッ」

 

「どうかなヒュドラ。力を貸してくれるかい?」

 

「いーやだね。次は土下座だ土下座だ。誠心誠意オレの前で額を地面に擦りつけぶべらっ!?」

 

 ティガに言いつけられていた『絶対口喧嘩になるからユザ島は彼の前ではしばらく喋らないように』『ユザ島ではなく!』という約束を守り、無言のまま、ユザレは思いっきりヒュドラの頬をグーパンした。

 

 大地を嫌う青の巨人。ヒュドラの力は、大いにティガを助けたという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『ダーラム』は、誰よりも戦士であり、同時に狂戦士でもあった。

 彼は孤児だった。

 孤児だった彼は、孤児院に資金支援をする代わりに孤児院から志願者を募る地球星警備団の誘いを受け、恵まれた体格で戦闘訓練を受け始めた。

 生まれたからには、己の価値を証明したい。

 戦いに身を投じ、そこで己の生きる意味を証明したい。

 当たり前の願いを抱え、彼は拳を握った。

 そして二度、非常に不運な事故により、戦闘訓練中に強力な攻撃を頭に受けてしまったことで、ダーラムの脳機能にその影響が表れてしまった。

 その影響を、ダーラムは『飢え』と名付けた。

 

 痛みを感じにくい。

 相手の痛みを想像しにくい。

 戦意の高揚を至上の娯楽と捉える。

 戦いの中でこそ生きる実感を得られる。

 勝利して始めて、自分が生きている意味を感じられる。

 そういう人間に、ダーラムはなっていった。

 

 だからこそ、現在の社会の『普通の人達』の中にダーラムは混じることができない。

 絶対的に、もう根本が違うからだ。

 

 人々は他人に優しくしようとして生きているが、脳の故障をこれ幸いと利用して『なりたい自分』に成り果ててしまったダーラムは、他者と闘争以外の手段で繋がれなくなっていた。

 会話の仕方を忘れかけた。

 人付き合いの仕方は完全に忘れた。

 目の前の人間と、模擬戦以外で交流ができない。

 ダーラムは戦いを好む人間になると同時に、戦い以外の手段を失った人間になってしまった。

 

 そういう形で、ずっと満たされない飢えを満たしてきた。

 相手に与える鋭い痛みで。

 相手から与えられる鈍い痛みで。

 埋まらない心の穴を、拭い去れない飢えを、埋め続ける。

 頭のどこかが壊れていて、壊れているから戦いを求めていて、壊れているから満足することがなく、無限に戦いを探し続けていた。

 

『―――』

 

 ダーラムに悪性・反社会性の遺伝子は無く、後天的に獲得した形質によって、彼は善人を雛形とした修羅と化してしまった。

 正義を知り、悪を憎む心はまだ残っている。

 しかしいざ戦いとなれば、善人も悪人も等しく迷いなく殺すことができてしまった。

 悪性はなく、反社会性も薄い。

 されど人間性も薄く、それが戦いであるならば、戦いを楽しむことを優先してしまい、結果的に悪性・反社会性に類する行動を取ってしまうこともあった。

 

 模擬戦でつい手加減をしてしまうということがなく、仲間に全力の攻撃を仕掛け傷を負わせてしまうこともあった。

 怪獣の赤ん坊に手控えるウルトラマン達の目の前で、特に何も思わないままに怪獣の赤ん坊を八つ裂きにしてしまったこともあった。

 全力で戦いを楽しみ、全力で勝利を目指すため、その過程で一般市民を巻き込みかけたことすらあったという。

 

 『血と戦いを好む』。

 『他人を常に傷付ける』。

 『傷付けても自分を改められない』。

 『何の罪もない人をつい熱が入って大怪我させてしまう』。

 ダーラムのそれは絶対的に善性ではなく、かといって悪性と言い切ってしまうと少し違う、言うなれば"獣性"とでも言うべきものだった。

 ウルトラマンダーラムはすなわち、後天的に獣になることを望んだウルトラマンである。

 

 彼は尊い人間になる気などなかった。

 最初からずっと、ただただ強い獣になりたかった。

 ダーラムはそういう特異なウルトラマンであったのだ。

 

 だからこそ、その日。

 

「組手の相手を探してるなら僕が相手になろうか?

 あ、僕の名前はティガ・ゲンティア。後でちょっと時間を割いてくれないかい?」

 

 その少年との出会いは、ダーラムの人生の全てを変えた。

 

「大丈夫、僕は君が全力を出しても壊れないよ」

 

 それは、ダーラムにとって生まれて初めての感覚だった。

 

 まるで雲を殴っているような感覚。

 全力を出してぶつかっているのに、その少年に汗一つかかせることもできず、息一つ切らせることもできない。

 何をしても上手く流され、徹底して実力差を理解させられてしまう。

 おそらく互いに変身しても自分が負けるだろう、と、ダーラムは確信に近い想像をしていた。

 

「うん、強い。やはり君の力が必要だ」

 

「……?」

 

「ダーラム。君の力が借りたい。最も危険な戦場で、僕の背中を守ってほしいんだ」

 

 一も二もなく、ダーラムは頷いた。

 断る理由はない。元より戦場を求めるのがダーラムの性だ。

 だがそれ以上に、ダーラムはこの少年に興味があった。

 今まで出会ってきたどの人間よりも強く、どの人間よりも『負けが遠く』見える戦士。

 それが、ダーラムの心を惹き付ける。

 

 戦いたい。

 殺し合いたい。

 全身全霊で全力でぶつかり合いたい。

 ダーラムは獣性の欲求のまま、ティガに何度も何度も模擬戦を挑み、ティガも時間が許す限りそれに応えていく。

 毎日のように戦い、毎日のようにティガがダーラムの上をいき、ダーラムは毎日のように『満足』を得ていった。

 

 ダーラムの方が四つは年上であるはずなのに、ダーラムの方が子供に見える不思議な光景が、ティガの優しさゆえに毎日のように続いていた。

 ダーラムが無言のまま願い、欲しがり、ティガがそれに応えてあげている。

 お菓子をねだる子供と、無制限にあげ続ける大人のような関係だった。

 ダーラムは子供のように戦闘をねだり、ティガは求められる限り応え続ける。

 そうして、少しの時間が過ぎた。

 

 

 

 

 

 気付けばダーラムは、戦い以外の時間も彼らと共に過ごすようになっていた。

 

 己が戦い以外の他者との交流を繰り返していることに、気付きの周回遅れで気付く。

 

「ユザ島ユザ島! 見てあれすっごい変なツボ! 顔が書いてある! お土産にしたい!」

 

「こら先輩! 無駄遣いは禁止です! そんな我儘な子に育てた覚えはありませんよ!」

 

「育てられた覚えもないなぁ」

 

「あとユザ島ではないです」

 

 買い物をしながら楽しげに会話を交わすティガとユザレ。

 二人を少し後ろから眺めながら、ダーラムは買い物袋を持てるだけ持つ。

 大柄なダーラムの体は、こういう時に役に立つものだ。

 だが、昔のダーラムはこういう形で役に立てたことはなかった。

 いつだってその巨躯を、彼は戦いにのみ使っていたから。

 

 買い物袋の重みを感じつつ、これでティガ達の買い物に付き合ったのが何回目かも思い出せない自分を振り返り、ダーラムは自分の中に生まれた変化に自覚的になっていった。

 

 ティガの気遣いであることは、途中からダーラムも気付いていた。

 途中までは何も気付いていなかったが、気付いた頃にはもう、ダーラムは戦いの中以外に自分の居場所を与えられていた。

 気付くまで、これまで通りの自分で居られていると思っていた。

 気付いたら、もうかつての自分ではなくなっていることを自覚してしまった。

 

 戦い以外を楽しく思っている自分を理解して、ダーラムは戸惑い、思案し、自省し、かつての自分と今の自分と向き合って……そして、受け入れた。

 

「ダーラム、サンドバッグってこのくらいのサイズでいいかな?」

 

「……」

 

「ティガ先輩、予算予算。地球星警備団の予算は有限ですよ」

 

「それは大変だ。ユザ島ユザ島、僕のお小遣いも増えないかな。DX聖剣欲しい」

 

「お給料をお小遣いと言わないでください。

 私の名前をユザ島と言わないでください。

 私の聖剣を回る光る音が鳴る感じの名前で呼ばないでくさい。以上!」

 

 笑い合うティガとユザレを見ている内に、ダーラムの口角が自然と上がる。

 

 いつからか、飢えがほんの少しだけ和らいでいた。

 ティガに欲求の全てをぶつけ、欲求不満になることはなくなっていった。

 少しだけ丸くなった狂戦士に、腫れ物扱いで近寄ることもなかった地球星警備団のウルトラマン達が歩み寄ってくれた。

 戦いが全てだったはずのダーラムに、戦いの充足よりも大事なものが生まれていた。

 闘争に自らの価値を探し求めながらも、闘争の無い日々に他人の価値を認めていった。

 

 戦闘嗜好は変わらず、戦闘に夢中になって何もかも忘れてしまうこともあり、戦闘中に共闘できるのは飛び抜けて優秀なティガしか居らず。

 それでも。

 戦いが無い日々の中で、誰かにしてやろうと思えることが、少しずつ増えていった。

 

「ダーラムは買い揃える備品はこっちの方が良いって。うん、僕も同意かな」

 

「何も言ってないのに、ティガ先輩はよくわかりますね……」

 

「目線の動きとかそのへんでね。眼球は思考と反射で動くものだからさ」

 

 ダーラムは戦いの中に身を投じ、己の価値を戦いの中に見出し、戦わない己を無価値と見る。

 そんな自分に普通に語りかけてきて、普通に友人として扱ってくれる者が居た。

 不器用な彼にはどう応じれば分からなくて、そんな彼にティガは笑顔で接してくれた。

 そしていつからか、戦いとは関係のないところで自分の価値が認められている気がして、戦いの外側に自分の生きる場所ができて、なんだか悪い気がしなくて。

 そこで友と語り合う日々に、生まれて初めての『幸福』を覚え、いつしか大切な友を守りたいという気持ちが芽生えていった。

 その気持ちは、郡千景が高嶋友奈に抱いていた気持ちと、酷く似ていた。

 

「ティガ。待て(Stay)

 

「ん? 珍しいね。ダーラムが自分から話しかけて来るの」

 

「お前のおかげで俺はここに居られる。

 俺がここにいる意味がある。

 お前がくれたものと同じ重さのものを、一つずつ返していこう。

 ダーラム・クリミノワはお前の願いのために戦う。親愛なる我が友よ(Dear My Friend)

 

「「 !? 」」

 

「ユザ島!」

「ティガ先!」

 

「ダーラムがこんな喋ってるの初めて見た! 嬉しい!」

 

「ユザ島ではないですが! 私もです! 嬉しい!」

 

「いや今君の僕の呼び方もちょっと変だったな?」

 

 そんな日常を少し過ごしては、日常の何倍もの戦いを駆け抜けていった。

 

 ダーラムがひとたび変身すれば、その格闘者向けの巨躯は更に大きな巨体へ変じる。

 ルビーと鋼で作ったかのような透明感と光沢がある体表は鎧のようで、体の最外部が皮膚ではなく鎧になっているウルトラマン、すなわち赤き鎧の『鎧の巨人』だ。

 極めて高い筋力と耐久力をもって怪獣軍団を叩き潰し、その戦い様は剛腕無双。

 他のウルトラマンのほとんどが一旦後退するような猛攻の中を平然と歩き、他のウルトラマンの何倍も強い腕力で怪獣を引き裂き、ダーラムに殴られた怪獣は爆散し、爆散した怪獣の破片がその向こうの怪獣の体を貫通していくほどだった。

 特にダーラムが最も得意とする水中戦において、彼に勝てた怪獣は存在しなかったという。

 

 そんなダーラムですら、ティガに勝つ可能性は砂粒一つほどもなかった。

 

 戦いの中で高揚したダーラムは、何度もティガを見て興奮していた。

 圧倒的な強者。

 全力を出しても壊れない男。

 無敵にして最強の光。

 気が昂ぶれば昂ぶるほど、ダーラムはティガと全力で戦いたくなってしまい、ティガを人間的に好きになった日々のことを忘れて、つい本気の殺意で攻撃を仕掛けてしまう。

 何度も何度も、ダーラムはティガが背中を向けた時、その無防備な背中につい全力の一撃を打ち込んでいた。

 

『ごめんねダーラム、後でね』

 

 なのに、一度も当たったことはなかった。

 体術で流され、背中に目があるかのようにかわされ、バリアで防がれ、ある時はダーラム自身も何をされたのか分からない技でダーラムの一撃は流された。

 戦いの喜びに暴走するダーラムを余裕綽々にあしらいながら、ティガは怪獣を倒しつつ、街もさらりと守ってしまう。

 かの日も、あの日も、その日も、ダーラムは怪獣そっちのけでティガに襲いかかったが、ティガは一撃も貰わず、市民に傷一つとして付けられることはなかった。

 

 「もういいかげんにしろ!」と他のウルトラマンがダーラムに激怒した。

 「まあまあ被害出なかったからいいじゃないですか」とティガがなだめ、ダーラムを守った。

 そんな繰り返し。

 ティガは人々を守り、ダーラムの心も守った。

 平坦な道ではなく、平易にできることではない。

 しかしティガは頑張り、その二つを両立した。

 そんなティガがダーラムを庇っているのだから、他の仲間達もそれ以上強くは言えない。

 怪獣から人々を守ったのも、ダーラムに攻撃されているのも、ティガなのだから。

 

 だからティガは弱音を吐けない。吐かない。

 少し思ったことも口に出さずに飲み込む。

 強い英雄であること、全てを背負い全ての仲間を受け入れること、どんなに困難でも目の前で誰一人として死なせないこと、どんな強敵にも絶対に圧倒的に勝つこと、そして仲間を許すこと。

 全てが、ウルトラマンティガに求められている。

 全てが、この勇者が果たすべき責任になっている。

 ティガはその全てを、望んで抱え込んでいた。

 

 ティガ抱えている責任も、ティガの責任が大きすぎるがゆえに生まれている過剰な負担も、ダーラムは分かっている。

 分かっているので、尊敬している。

 分かっているのに、自分を止められない。

 心が昂りティガの強さを感じると、ついつい戦いを挑んでしまう。

 昨日も、今日も、おそらく明日も。

 

 その日もダーラムはティガの自宅に押しかけ……門の前でユザレに足を止められた。

 

「今日は先輩がお休みの日です」

 

 やんわりとたしなめるユザレに対し、ダーラムは言葉少なに押し通ろうとする。

 

 が、ユザレに止められる。

 

「今日は先輩はお休みの日よ」

 

 言葉遣いが少しキツく、語調が少し厳しくなった。

 

 それでもダーラムは押し通ろうとするが、ダーラムは無言で押し通ろうとする。

 

「今日は先輩をようやくゆっくり休ませてあげられる日。つまり、失せて?」

 

 最後通告……否、死刑宣告のような言い草であった。

 ダーラムはユザレを押しのけてティガと戦おうとする。

 

 ティガに言いつけられていた『ユザ島、ダーラムと喧嘩はしないようにね』『ユザ島ではなく!』という約束を守り、無言のまま、ユザレは流れるような体術でダーラムを一方的に転がし、縄で縛り上げてそのまま海に投げ込んだ。

 

 海を愛する赤き巨人。ダーラムの力は、大いにティガを助けたという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局生身だとユザレが一番強いんじゃ……と、話を聞いて、カミーラは思った。

 

「僕もそう思うよ」

 

「ティガ、顔から心を読まないで」

 

「チィちゃんの表情は読みやすいからね」

 

 カミーラは肩に乗った桜の花びらをつまみ、そっと捨てる。

 ここはティガが住んでいる、ささやかな建物と広い庭で構成される一軒家。

 庭には遺伝子改良によって一年中咲き続ける山桜が立ち並んでいた。

 

 この桜は満開と散華を繰り返し、一年中ずっと咲き続ける、"春の始まりと共に終わる"という桜の運命を乗り越えた桜である。

 永遠を体現する桜。

 散らないのではなく、花が一つ散るたびに、花が一つ咲く桜。

 無数の刹那が寄り添うことで作られる永遠だ。

 西暦の人間であれば、神話の中でしか見られない、絵の中にしか見られない桜だろう。

 

 西暦の人間が見れば感動する花や植物種は、かつては数え切れないほどこの文明に存在していた……が、この時期には今はもう既にその何割かが絶滅し、永久に失われている。

 多くの素晴らしきものが、『闇』に飲み込まれていた。

 闇に飲み込まれて消えたものを取り戻すことはできない。

 闇に触れて変質したものを元には戻せない。

 もうそういう結論が出るくらいには、この時期の闇の研究は進んでいた。

 

 ティガは戦うことでこの土地を守り、暇な時に手入れをして、この山桜の並木庭の美しさを保っている。いや、守っているようだ。

 そんな山桜の下で、舞い散る桜色の中で、カミーラはぼうっとしていた。

 

「ティガは山桜が好きなの?」

 

「桜は儚くて、豪華絢爛でなく、添えた人の心を引き立てる。

 本当に優しい人は、山桜の傍で語り合えばすぐ分かる。

 だから恋人にしたり妻にするのは桜が似合う人になさい……ってのがばあちゃんの口癖」

 

「……恋人」

 

「チィちゃんにもよく似合ってるよ」

 

「え、あ、う……お世辞が上手ね。ティガらしいわ」

 

「お世辞じゃないのに」

 

 照れたカミーラは、桜の陰に隠れてしまった。

 ティガの雲のような微笑みに、暖かみが宿る。

 ウルトラマンとしてのティガではなく、人間としてのティガが持つ個性の話だが、彼にとって桜は『愛おしいもの』の特徴だった。

 祖母が桜が好きだったために、物心つく前からずっとそうだった。

 

 桜の枝落としで落とした一本を、ティガがカミーラに手渡す。

 照れ、恥じらい、喜びが混ざった表情でそれを受け取るカミーラ。

 ティガが柔らかに微笑む。

 二人の間に強い強い絆があることを、もう疑うものは居ないだろう。

 

 約束の時間が来て、そこにヒュドラとダーラムがやってきた。

 

「ようやくチームで動くんだって聞いたぜ? ヒッヒヒッ」

 

「……」

 

「ああ。実は人類滅亡の危機でね。

 強い怪獣が今までの百倍くらい来ててちょっと余裕が無いんだ。

 僕らで怪獣側の大将を速攻で潰して怪獣軍団を全滅させていくことになってるんだ」

 

「ヒィッ……ファーストミッションから殺しにくるな殺しにくるな!」

 

 ヒュドラとティガが話し、ダーラムが無言を守り、任務の話になったので、カミーラが後ろに下がる。

 

「というわけで移動しながら話そう。まず最初に決めることがある」

 

「おう、なんだぁ? ポジションか? オレは危ねえから後ろに置いてくれよなぁ」

 

「チーム名だよ」

 

「は?」

 

「このウルトラマントライアングルにかっこいい名前が欲しい」

 

「……年相応なガキみてえなこと言いやがってよぉ。なぁ、ダーラム?」

 

「……」

 

「いやなんか返事しろよ」

 

すまん(Sorry)

 

 にこにこしているティガ。

 バカにするような表情を一貫するヒュドラ。

 沈黙を保つダーラム。

 "またティガが気を使ってムードメーカーやってる……"とカミーラは思っていた。

 

「三人だから……トライ……トライスター?」

 

「ダッサ、仲間抜けるわ。ここはヒュドラトリニティだろ?」

 

「僕前から思ってたんだけどヒュドラはさらっとセンター取ろうとするよね」

 

「……ウルトラ三兄弟」

 

「「 ダーラム!? 」」

 

 お前こういうのに積極的に参加するタイプだったのか……と、ティガとヒュドラは揃って驚愕していた。

 

「……ああメンドくせ、お優しい奴の気遣いは鳥肌が立つな。

 ヒヒッ、あーうぜぇ。ティガ様の言うことなんて聞く気がしねーわ」

 

「頼むよヒュドラ。僕一人の力ではどうにかなりそうにないんだ」

 

「誰の命令でも気に食わねえが、テメエの命令はもっと気に食わねえ。そんだけだ」

 

「むぅ」

 

「オレ達は好きにやるだけだ。ヒィヒヒ。なあ、ダーラム」

 

 ダーラムは首を縦にも横にも振らなかった。

 ティガのことを思えば、ダーラムもティガに従ってやりたい。

 だがダーラムは自分を知っている。

 土壇場になれば、自分がどう動くかを分かっていた。

 

 ヒュドラはティガへの限りない尊敬と嫉妬ゆえに自信を持っていなくて、それが言動に出る。

 ダーラムは己の性を知るがゆえに自信を持っていなくて、それが言動に出る。

 出来る限りティガの戦いに助力し、ティガを襲わないでいようとダーラムは考えているが、そう言い切れるほどダーラムは自分を信じていない。

 

 ダーラムも、ヒュドラも、カミーラも、それぞれの形で自分を全く信じていない。

 だからこそ、揺るぎなく自分を信じているティガの光に心が惹かれる。

 そして、それゆえにティガに負担を背負わせる者達だった。

 

「困ったな……僕も直せるところがあれば直していくよ。どうか頼めないだろうか」

 

「おう困れ困れ! 何もかも上手く行ってるお前なんか見ても腹が立つってーの、ヒヒッ」

 

「うーん本当に困った。どうしようかな。君達の本気の助力が必要なんだけど……」

 

 そして。

 カミーラはティガが大好きな少女だった。

 カミーラはティガを支えたい人間だった。

 カミーラはティガを困らせる者を無条件で許さない限定的単細胞だった。

 カミーラは、ヒュドラの前に立ち、冷たさすら感じる表情で、鋭い目でヒュドラを睨む。

 ビビったヒュドラが一歩後ずさった。

 

「ティガに意見するのはいいけど、ティガが正しいのに無駄に絡むのは許さないわ」

 

「へぇ……許さないってんなら、どうするってんだ? ヒャヒャヒャ!」

 

「まずは一週間ご飯抜きね」

 

「!? ま、待て! まず!? 飯抜き!? まず!?

 そんな権限お前みたいな小娘にあるわけねえだろ! ねえよな?

 いや待てよ、その背負ったリュック……まさか食料……独立部隊行動……あっ」

 

「戦地で私が出したご飯以外に食べられるものはないの、知ってるでしょう」

 

「今初めて聞いたわ! いや汚染区域ではそういうのが普通だけど!

 おいティガ、こんな横暴を許すのか!? 飯事で!? 答えろよ!」

 

 ティガはにこにことしていて、ヒュドラは共に過ごす内にいつからか『ティガは頼めば聞いてくれる』という無自覚の甘えを持っていたが、残念無念、ティガの中ではカミーラ>ヒュドラの優先順位が絶対不動で存在していた。

 

「いいわよね? ティガ」

 

「チィちゃんの頼みなら断れないかな。いいよ」

 

「ということよ、ヒュドラとやら。

 餓え死にしたくなければ、下手な反抗心は起こさないことね」

 

「テメェらさてはデキてんなぁ!? きぃぃぃ!! このクソ情無し仏頂面女!」

 

「……デキてないわよ」

 

 カミーラは冷たい表情を崩さない。

 不意打ちで少し揺れた心を表には出さない。

 この手の人種に弱みを握られたくない、という至極当然ながらも賢明な思考は、シノクニで生きる中で培われたものだった。

 カミーラはヒュドラを制し、続いてダーラムにも声をかける。

 

「あなたもよ。

 ティガの指示に従いなさい。

 大丈夫。敵を見て、全てをぶつけ、仲間と自分を信じなさい。

 ティガの隣でティガの指示で戦えば、きっとそこが一番刺激のある戦場だから」

 

「……」

 

 ダーラムは返答しなかったが、『心の持ち様の一つの正解』を何気なく語られ、それを肝に銘じつつ思案に入る。

 

 カミーラはウルトラマンではない。

 光は彼女を選んでいない。

 偉そうなことを言う権利はない。

 彼女は守られるだけの人間で、ユザレのように神に選ばれ聖剣を与えられてもいないのだ。

 カミーラはただの人間だ。

 悪性も反社会性もある、次世代に進化していく人種にもなれない、ただの人間だ。

 それでも。

 

「ティガに余計な苦労をかけないで。

 規範になれとまでは言わないから、最低限の生き方は守って。

 光に選ばれた人達が力を合わせればできないことなんてない。

 あなた達は私と違って……『光に選ばれたウルトラマン』なんでしょう?」

 

 落ち着いた語調の奥に、確かに感じられる感情の熱。

 ただの人間だからこそ言葉に宿すことができる熱は、ウルトラマンの心を動かした。

 彼女は人間。

 ただの人間だ。

 だからこそ、ただの人間としてウルトラマン達を見てきた。

 ただの人間の一人として、ウルトラマン達を信じている。

 

 ヒュドラがバツが悪そうに、子供にかっこ悪いところを見せてしまったヒーローが反省するように、頭を掻いてぼやく。

 

「好きで選ばれたわけじゃねえんだけどなぁ」

 

 その横で、ダーラムも力強く頷いていた。

 

「おいティガ。オレとダーラムはどうする? 言えよ」

 

 ヒュドラが素直にティガの指示を仰ぎ始めた。

 もう大丈夫だ。何かが違う。これで戦える。誰もがそう思っていた。

 

「今、僕が最も信頼する後輩が結界を張って耐えてる。

 そこに僕らが突っ込んで、結界を解除して戦闘開始。

 僕らは連携で互いの背中を守りながら総数不明の怪獣群を突破。

 リーダー格の怪獣を1分以内に討伐し、混乱する怪獣を1分以内に掃討する。

 残党は残り僅かな待機人員で処理、それで終わりになると思う。

 僕らの活動時間は等しく3分だ。時間には余裕をもって、余力を残して勝とう」

 

「……ハッ! イカれた提案しやがって! いいぜ、乗ってやらぁ!」

 

「敵の規模からして数日間は生身でも巨人でも戦い続きになるから覚悟はしておいてね」

 

「ヒィッ……なんてこともないみたいに言いやがって……イカレてる……」

 

 ティガの思った通りに――カミーラのおかげでティガが思っていた以上に――会話によるチームのまとめ上げは成功し、三人のウルトラマンは作戦の細かいところを詰めていく。

 移動しつつ、あらかた話し終わったところで、ヒュドラは笑った。

 

「ヒヒッ、しっかしよう。

 癖の強いウルトラマン三人をただの人間がまとめるとか、おかしなこともあるもんだな?」

 

「そうかな? 僕は当たり前のことだと思うよ。

 チィちゃんは昔からずっと、本当の光を見つけられる人だったし、それに……」

 

「それに?」

 

「僕らウルトラマンは皆、人間の輝きに惹かれる。

 人が持つ光を見失っていないから、僕らは人として在れる。

 それを見失ったら、きっと光の巨人ですらないものになってしまう……気がする。

 チィちゃんの必死な言葉をバカにせず耳を傾けたのは、僕らが皆、ウルトラマンだからだ」

 

「……」

 

 ティガが何気なく言う言葉は、ウルトラマン達に何かを考えさせる。

 彼はおそらく、この地上で最もウルトラマンの本質に近き者。

 彼の言葉とカミーラの言葉が合わさることで、他のウルトラマンに何か、とても大切な考え方が伝わっていくような感覚がある……そう、ダーラムは思考する。。

 ヒュドラはティガとカミーラの二人に、何か特別なものを感じていた。

 

「信じてみない? この出会いが、僕らの光ある未来を創ってくれる、ってさ」

 

「ケッ」

 

「しばらくは僕ら四人で駆け回る。この四人が此処に集まったのは、きっと運命だよ」

 

 四人は、海が見える公園に辿り着く。

 海はもう前哨戦が始まっていた。

 結界が多くの闇と怪獣を止め、遠くの海上でウルトラマンと怪獣が戦っている。

 公園の向こうに行って変身すれば、もうそこが戦場だ。

 この向こうに戦いが在る。

 

 まず、ティガが手を前に出す。

 その手の上に、カミーラが無言で手を重ねる。

 ダーラムもまた、無言のままカミーラに倣って手を乗せる。

 ヒュドラも内心を隠しつつ、嫌そうにしながら、その手を乗せた。

 重なり合うは四人の手。

 人間一人とウルトラマン三人の、四人で一つの世界の希望。

 

「生まれた世界は違っていても、共に目指す未来は一つ」

 

 気が乗ってないようなふりをしながら、真っ先にヒュドラが口にする。

 

我らはひとつ(We are Friends)

 

 ダーラムも珍しく、口を開く。

 

「永遠の絆と共に」

 

 カミーラも自然と、名乗りに加わる。

 

「この星に光と平和を取り戻すまで! 僕達が、全てを守る光の使者になろう!」

 

 ティガがそう言い、四人揃って声を上げ、その声が重なった。

 

 そこに見て取れる強い絆はない。まだここにチームを結ぶ絆はない。

 

 けれど、『絆のスタートライン』は誰が見ても見えるくらい明確に、そこにあった。

 

「ここから戦場だ。カミーラは下がって、僕らは戦闘準備を!」

 

「どうか無事で、ティガ。そしてダーラム、ヒュドラ」

 

「もちろん!」

 

 人間離れした速度で、ティガ、ダーラム、ヒュドラが前線に駆けつける。

 そこには聖剣を地面に突き立てるユザレが居た。

 この地球上でユザレだけが使いこなせる絶技、地面に聖剣を突き立てて『樹』に見立てることで『領域』を作り出す神の業だ。

 『樹が生えている周辺の領域』は結界に覆われ、たとえ世界が闇に飲まれようと、世界が炎に飲み込まれようと、『樹』の周りの世界は人が生きられる世界のままになる。

 

 それで耐えていたユザレの横を、ティガが駆け抜けていく。

 負担の苦痛に耐えていたユザレの表情が、少し嬉しそうなものへと変わった。

 

「先輩! 時間稼いだんですから、期待に応えてくださいね!」

 

「ああ! 400%で応えてみせるとも!」

 

 光が立つ。

 銀色の光、赤き光、青き光。

 ティガの銀光が世界を照らし、ダーラムがその光を浴びながらルビーの如く赤く輝き、ヒュドラがその光を受けて青紫に浮かぶ青色を空に刻んでいく。

 

 神速のヒュドラ。

 その風は無数の怪獣を切り刻んでいく。

 100を超える怪獣の合間をすり抜けて飛んで行ったヒュドラが、全ての怪獣とすれ違った後に指を鳴らせば、全ての怪獣は切り刻まれた肉片になった。

 

 剛鉄のダーラム。

 全ての攻撃を受けた上で、堂々たる歩みで進み、全ての怪獣を殴り潰していく。

 歩く、殴る、歩く、殴る、歩く、殴る。

 それだけで全ての敵に勝利していく、無骨の極み。

 

 全身から膨大な光が迸るウルトラマンティガに、闇は傷一つ付けることができない。

 黒き光線は弾かれる。

 吐かれた炎は吹き散らされる。

 噛み付いた怪獣の牙が折れ、叩きつけられた爪が砕けた。

 ティガの全身が輝くと、その周辺に居た陸海空の闇と怪獣その全てが消滅した。

 

 強すぎる。あまりにも。

 今地球を守っている大量のウルトラマン達の中でも、彼らは突出して強かった。

 

 こんな光を手に入れれば、誰もが永遠に手放そうとはしないだろう。

 その光は既に神の領域にある。

 何と引き換えにしてでも、きっと誰もが、この光を手放そうとはしないはずだ。

 『ウルトラマン』とは即ち、この力を正しく使える可能性を持つ者達を指す。その資質は、その心に宿っているのだ。

 

 地を踏むティガ。

 空を舞うヒュドラ。

 海に立つダーラム。

 三者三様に互いをカバーし、全ての領域を制圧し、怪獣を滅殺してゆく。

 

 絶望をもたらす闇の怪獣軍団にとって、それは絶望に絶望をもたらすもの。

 希望と希望の掛け算にして、カミーラの言葉でまとまった光の三連星。

 目も眩むような、輝ける栄光と勇気の巨人たち。

 なんてことのない少女の、「力を合わせて戦って」という願いを、誰もが無下にしなかった。

 

『遅れんなよティガァ! ヒャハッ!』

 

『ヒュドラ! 突出するな!』

 

『……やれやれ(Well,Well)

 

 過去最大の侵攻であった。

 大侵攻と呼ばれる海の邪神の乾坤一擲の攻勢であった。

 まごうことな、人類滅亡の危機であった。

 しかし、過去最大の闇は、過去最大の光でいとも容易く打ち破られる。

 

 風の道化、俊敏戦士ヒュドラ。

 力の闘士、剛力戦士ダーラム。

 光の勇者、英雄戦士ティガ。

 

 そうして彼らは、市井にも語られるような、今を生きる光の伝説となった。

 

 

 




 ガタノゾーアの闇の設定は小説版などから引用しています
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