夏空の下、ウルトラマンは、友をいじめた子供達を虐殺した   作:ルシエド

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 ヒュドラは百人中百人がキレるレベルでイキり、調子に乗り、超絶上機嫌でふんぞり返って『ウルトラマン特集』と書かれた記事のページを見せつけていた。

 

 その内後頭部が床にぶつかりそうだと思えるくらい、盛大にふんぞり返っていた。

 

「ヒヒヒヒヒッ!

 いやー、悪いなティガ!

 道化ってのは気に入らんが!

 『風』の異名はオレが頂いちまったみたいだなー! ヒュヒヒッ!」

 

 ティガは苦笑いしながらうんうんと頷いている。

 カミーラは皆の夕飯を作っているので聞いていない。

 ユザレが冷めた目で見ている。

 ダーラムは五時間ほどずっと重りを背負って腕立て伏せをしているので聞いていない。

 

 ティガとヒュドラは、この地上でただ二人の風のウルトラマンである。

 最大の違いを挙げるとすれば、ティガが光を風に乗せて運ぶウルトラマンであり、ヒュドラが風に乗って戦うウルトラマンであるということだろうか。

 それがまた、ヒュドラの劣等感と対抗心を増大させきた。

 なのでヒュドラは超喜んでいた。

 

 ダーラムが力の闘士、ティガが光の勇者、ヒュドラが風の道化……皆が呼ぶ異名の『風』をヒュドラが勝ち取った。対抗馬がティガだったというのに。

 "実質勝ったな!"と、ヒュドラは欺瞞全開で内心思いまくる。

 そしてヒュドラはたいそう喜んだ。それはもう喜んだ。

 周りが引くくらいに喜んでいた。

 

 そんなヒュドラが余計なストレスをティガにかける前に、この大体笑って許してしまう先輩の精神的平和を守らねばと、ユザレが動いた。

 

「イキリかっこ悪いわよ、ヒュドラ。

 皆の光として最上位の名を与えられたティガ先輩と、風だけが取り柄の貴方の違いでしょう」

 

「ぐぎゃあああああああああああ!!!!!」

 

 ふんぞり返り過ぎたヒュドラが転倒して後頭部が床に激突、ユザレの言葉と激突の衝撃によるダメージでヒュドラが動かなくなった。

 

「し、死んでる……」

 

自業自得だな(Reap what you sow)

 

「風の道化はちょっと正統派を外して風属性乗せた感じで超かっこいいって僕は思うよ」

 

 物音を聞いて飛び出してきたカミーラが状況を理解できずうろたえ、ダーラムが腕立て伏せからスクワットに移行し、ティガが無駄なフォローを入れる。

 不思議な空気があった。

 本当に追い詰められた時、胸の奥から自然と湧き上がり、ウルトラマン達の力になってくれる想い出が生まれる、そんな空気があった。

 

 ダーラムはこの繋がりを、友と呼ぶ。

 カミーラはこの繋がりを、光と呼ぶ。

 ユザレはこの繋がりを、同志と呼ぶ。

 ヒュドラはこの繋がりを腐れ縁や慣れ合いと、嘘つきなその口で呼んでいる。

 

 ティガは誰に聞かれても、この繋がりを『かけがえのない仲間』と呼ぶだろう。

 

「あれ、火が急に着かなく―――あっ」

 

 ティガがダーラムに誘われて一緒にトレーニングを始め、背中にユザレを座らせながら腕立て伏せを始めて数分が経った、その時。

 カミーラの人並み外れて低い幸運値が奇跡を起こした。

 携帯コンロが奇跡的に故障し、爆発したのだ。

 

 このコンロは太陽光からエネルギーを得て大気からガスを合成する、太陽光と空気さえあれば何も補給しなくてもずっと動くものであり、技術力の高さゆえに爆発力も凄まじかった。

 人一人を即死させてしまう程度に。

 カミーラが1000年に1度あるかないかという奇跡によって死―――ぬ、ことはなく。

 事実上の零時間移動によってカミーラを救ったユザレが、カミーラを抱えてふわりと爆発の余波をかわしていた。

 

「ふぅ。まったく、最近は工場がいくつも壊されたからか工業製品の質が悪いわね……無事?」

 

「あ、ありがとう」

 

「気にしないで。お友達でしょう?」

 

「……ええ。私とあなた、カミーラとユザレはお友達。次は私が助けるわね」

 

「あら素敵。明日の朝食に私とティガ先輩の好物が出てしまうかもしれないわね?」

 

「はいはい。喜んで、とっても美味しいの作って見せるわ」

 

 少女二人がふふふ、と笑い合う。

 共に過ごした時間も長くなってきた。

 二人の間には確かな友情が生まれつつある。

 

 カミーラを地面に降ろしたユザレに、ティガが雲の微笑みで礼を言う。

 

「ありがとう、ユザレ」

 

「ティガ先輩の大切なものは私の大切なものですから。

 ……はぁ。こういう時ばっかりふざけないでお礼言うんだから、もう……」

 

 深い理解が互いに向けられているティガとユザレ。

 二人を見ていて不安になったカミーラが、ティガの右手の服の裾をつまんで引っ張った。

 何かを伝えたかったわけではない。

 何かを求めたわけではない。

 ただ不安になったから、カミーラは半ば反射的にティガの裾を引いていた。

 

 ティガとユザレが苦笑する。

 ティガが裾をつまんでいるカミーラの手を優しく握って、カミーラがぎょっとして一時停止、五秒後に再起動して顔を真っ赤にして俯いた。

 ユザレとティガが無言で目を合わせ、互いの思考なんて全部分かっているかのように笑い合い、指でジェスチャーをして何やら会話をし始める。

 決して手の届かない遠く夜空に輝く星を見るように、ユザレはカミーラとティガを見ていた。

 

 ヒュドラは寝っ転がってそんな三人を見ている。

 

「聖剣抜いてない時でも化物みたいな動きしやがる……神に選ばれた勇者、ねえ」

 

もう熟練の技巧者だな(Be skilled craftworker)

 

「ヒヒッ。神の声を聞き、神の力を受ける人間か。

 オレなら不安で不安で仕方ないけどな。

 戦場で神に勝手に力を奪われたらどうする?

 死ぬしかなくねえか? 神の力なんて胡乱なもんオレなら使わねーな、ヒャハハ」

 

 ユザレはティガに向けていた"絶対にヒュドラに向けない表情"を消し、ヒュドラに"絶対にティガに向けない表情"を向けた。

 それを見るだけで、ヒュドラの軽口が止まる。

 怖くてしゅんとなってしまう。

 ダーラムは心底呆れた。

 強い怪獣は恐れないくせに、怒っている女子にはすぐビビるヒュドラが、ダーラムには理解できなくて、だからこそ面白い仲間だと思えて……でもやっぱり、ダーラムは呆れてしまうのだった。

 

 ユザレは神の力が乗せられた聖剣を指先で叩いてかちんっ、と鳴らし、断言する。

 

「神と人間の絆は永遠よ。

 大丈夫。神は人を守る。

 人は神を崇める。

 自然と人の関係性のように、神と人の関係性もある。

 人がそれを忘れることはなく、神がそれを忘れることもないわ。

 人と神は永遠の戦友。未来永劫助け合って、共に生きていけるはず」

 

「あー知ってる知ってる。冗談だっての」

 

 それは神話の時代の理。この時代にはまだ色濃く残る神世代のルール。

 

 人間が間違えない限り、神は人間を害することはなく、恵みのみを与えていく。

 

 この時代の人間は誰もが、その常識を知っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 紫電の疾風。三千万年前の星で、誰もがそれを希望の象徴に見ていた。

 

 紫電とは、研ぎ上げた刀の反射光を示す言葉。

 元来紫でもなく、雷でもない。

 銀色の光を指す言葉だ。

 ウルトラマンティガという銀色の巨人が一度戦えば、そこには銀色の閃光が軌跡を残す。

 紫電の疾風とは、すなわち希望を乗せて吹き荒ぶ光の風に他ならない。

 

 ティガが率いるウルトラマンチーム(まだ毎日議論しているのでチーム名未決定)は、その希望を更に大きくするものだった。

 いかなる大規模戦でも連戦連勝、結成以来完全に無敗。

 ウルトラマンティガも初陣以来無敗であったが、それをチームレベルで体現できているというのが凄まじかった。

 加え、ティガはその功績を"仲間のおかげ"と公言してはばからない。

 必然的にティガに向けられていた称賛や尊敬が、その仲間達にも広がっていく。

 

 ヒュドラは捨てられていた犬に投げ当てて苦しめてやるためのドッグフードを近場の店で買った帰りに、他のウルトラマン達が自分達のことを話しているのを見つけ、つい隠れてしまった。

 雨上がりの昼、地面がぐじゅぐじゅと濡れていた頃のこと。

 

「やるなヒュドラは」

「いやあダーラムも中々」

「夢を操り異空間を創造し、それとよく噛み合う風の飛翔戦士とはね」

「ダーラムのあの力は驚いたな。水中戦が得意とは知っていたが、陸を海に変換できるとは」

「ティガが仲間に選んだのも納得よ」

「陸海空隙がない。連携も見事だ。まだティガの方が合わせているきらいがあるが」

「いや、彼らの連携は戦いの度に進化している。三日合わざれば認識を改めた方がいいぞ」

「ヒュドラ達に謝らないとね。私達は随分偏見を持ってたみたい」

「うむ。一人一人が英雄の器だ」

「ぼくらではなくティガの判断が正しかったわけだ。いやはや、頼りになるチームだね」

 

 素直にヒュドラ達を褒めているウルトラマン達の言葉は、ヒュドラの背中をむず痒くさせるものだった。

 彼らは至極素直に個人もチームも褒めている。

 それが他人をあまり素直に褒められないヒュドラの肌に合わない。

 と、いうか、どうにも"ティガが一番凄いことは前提として話している"気がして、それがまたヒュドラの心に小骨のように引っかかる。

 

 誰も悪意で言っていないことはヒュドラにも分かっている。

 ただ、共感ができないのだ。

 ティガに劣る自分を素直に受け入れられる気持ちが。

 ティガに勝てない自分のままで納得できてしまう気持ちが。

 ティガが一番凄いで終わらせてしまえる気持ちが。

 ティガを嫉妬も嫉妬もなくティガを褒め続けられる気持ちが。

 共感できない。

 "オレはあいつに劣ってなんかいねえ"という気持ちで走り続けているヒュドラは、「彼は彼で自分は自分」と簡単に割り切れてしまう他のウルトラマンに、全く共感が湧かないのだ。

 

 嫉妬に狂う可能性が0で、他人の凄いところを素直に褒め、凄い奴に助けられたら純粋に感謝の気持ちを抱く人間のほうが、まともで善人ではあるのだろう。

 嫉妬でイライラしているヒュドラの方が、社会的倫理の面から見れば劣等だ。

 分かっている。

 どちらが上等かなんて。

 嫉妬に狂わない人間の方がずっとまともに決まっている。

 それでもヒュドラは"オレだけはティガに負けてるだなんて思わねえ"と思い続ける。

 

「しかし、そうだな、それでも不思議だ」

「まあな。彼らは我々の思っていた以上に使命を重んじる戦士であったが……」

「ティガが固定の仲間として彼ら二人を選んだのは不思議に思えてならないですよね」

「ユザレは分かる。しかしあの二人は未だ不安定だな。我々でフォローせねば」

「あのティガだもの。理解はできないが深謀遠慮があると思うべきよ」

「性情に難があると言えど、ダーラムとヒュドラには守ってもらった。尊敬できる二人さ」

 

 会話を最後まで聞かず、ヒュドラはその場を離れた。

 

 ヒュドラが欲しい称賛は、ヒュドラが実力で大活躍して、ティガにその活躍を認めさせ、ティガが心から口にする称賛だけだ。

 それだけが承認欲求を満たしてくれる。

 ティガに追いつき認められたいヒュドラの気持ちは、どこか若葉に追いつき認められたい千景の気持ちに似る。

 

 ヒュドラはああいう有象無象からの称賛はあんまり嬉しくないどころか、ティガの人格者っぷりと人気っぷりを思い知らされる気がして、なんか嫌になってしまうのである。

 認めて欲しい人にこそ認められたいのだ、ヒュドラは。

 

「あーあ気分悪ィ。どいつもこいつもいい子ちゃんだぜ。外れもんには居心地が悪ィんだ」

 

 買ってきたドッグフードを痩せ細った犬に投げつけ、八つ当たりし、野良犬の家族達の感謝の鳴き声も最後まで聞くことなく、ヒュドラは帰った。

 今の彼らの活動拠点は、永遠の山桜が咲き続けるティガの家である。

 ヒュドラが階段を上がりながら門を見上げると、門の横で逆立ち腕立て伏せをしているダーラムと、門の前の枯れ葉を箒で掃いているティガが居た。

 

 開いた門の合間に太陽が見える。

 その太陽が、ティガと重なっている。

 天の光がティガの後光のようにすら見える。

 偶然だ。

 この建物、この門、この日差しがありえる季節、この時間帯、このタイミングという前提があって、ヒュドラが帰ってくるそのタイミングで、偶然ティガがそこに居たに過ぎない。

 偶然以外の何かではない。

 されどヒュドラは理解している。

 ここぞという時、そういう偶然の全てが味方し、あるいはそれを必然として起こす行動が起こせるからこそ、ウルトラマンティガは『風の道化』ではなく『光の勇者』なのであると。

 

「あ、おかえり。早かったね」

 

 無言で逆立ち腕立てを「フッフッ」と繰り返しているダーラムを無視して、ヒュドラは溜め息を吐き、心の中で何かの整理を終えて、ティガに話しかける。

 

「なあ、オイ」

 

「なにかな、ヒュドラ」

 

「オレ達に遠慮してんならいらねえぞ。

 仲間入れたきゃ好きに入れろ。

 っていうか……仲間の入れ替えだって別にいい。

 テメエが思ってるほどオレ達も繊細じゃねえ。

 テメエはテメエの思う最強チーム作ってそれで戦えばいいんだよ」

 

 とても、とても珍しい……『ティガのためにヒュドラが口にした言葉』であった。

 

 ティガはきょとんとして、ヒュドラの言葉の意味を咀嚼して、苦笑いする。

 

「僕は君達二人がいいと思ったし、今でも思ってる。

 一緒に戦う中でその気持ちは大きくなっていったよ。

 杞憂だよヒュドラ。君が考えているような問題は、本当はないんだ」

 

「ハッ、どうだか」

 

「うーん……そうだね。僕の家の家紋の話はしたっけ?」

 

「あ? ヒャハハッ、聞いたことねえな! お前んちの家紋に興味なんてねえよ!」

 

「僕の家の家紋はリンドウ。青紫の花だ。

 没落するずっと前、家紋に使う花には一つ条件が出されたらしい。『虹の端であれ』と」

 

「虹の端……?」

 

 ティガが彼方を眺めると、雨上がりの空に虹が見える。

 一番外側に赤、そこから順に橙、黄、緑、青、藍、一番内側に紫。

 外端は赤色で、内端は紫色。そう見えるのは、人間が知る『光』の範囲はそこまでしかないからだ。長波長の限界が赤で、短波長の限界が青紫。

 だからたとえば、短波長の光が吸収される地球の夕陽は赤く見え、長波長の光が吸収される火星の夕陽は青く見える……そういった、光の仕組みがある。

 

「見える光と見えない光の境界、赤と紫。

 見える優しさと見えない優しさがあるように、全てには可視と不可視がある。

 だからこの世で一番大事なことは、その境界にある。

 ……っていうのが、うちの家訓なんだよね。

 見える光にこそ価値がある。

 見えないものの価値は下がる。

 可視と不可視の光の境界、赤と紫を越えて、見えない価値を見えるものにする……」

 

 『赤き者』と、『紫の者』は、彼にとっては特別だった。

 個人の考えとしてではなく、家に連綿と受け継がれてきた考えの上で特別だった。

 ティガは輝く虹を見る度に思い出す。

 どのウルトラマンよりも"外れている"ダーラムとヒュドラが、だからこそ世界を救う光の巨人の一人であると、そう思った過去の自分を。

 

「"虹の端光"。

 君達の光の色は、とても特別なんだ。

 赤のウルトラマンに、紫のウルトラマン。

 君達は外れ者ゆえに、僕には絶対にできないことができる。

 ウルトラマンティガが思いつけないことを思い付ける。

 僕はいつだってそう信じて、君達に背中を預けてるんだ。覚えておいてほしい」

 

「―――」

 

「僕にとって誰より特別な仲間達を入れ替えたくなんてないんだよ、ヒュドラ」

 

 ヒュドラは息を呑み、何かを言おうとして、その言葉を噛み潰し、飲み込み、うなりながら何かを深く深く考えて、そして。

 

「チッ」

 

 舌打ちして、それ以上は何も言わなかった。

 

 逆立ち腕立てをしていたダーラムが二人の間に割って入る。

 ダーラムが何か言う前からヒュドラは察していた。

 こいつ、ティガの言葉がめっちゃ嬉しかったんだな……と。

 

いいじゃないか我が友よ(Good taste,My Friends)

 

「うるせえな」

 

 ヒュドラがそっぽを向き、ダーラムがティガを見て力強く頷き、ティガが微笑む。

 

 そして彼らの端末が鳴り響き、空気が一変する。

 

 邪神の闇に包まれて全てのセンサーに引っかからないようにされた『怪獣入りの隕石』が、114個同時に地球に飛来した。

 

 

 

 

 

 西暦のクトゥルフ神話に描かれた物語の通りに、宇宙の果てよりやって来た旧支配者の一部は、隕石に乗ってやってくる。

 天の神、地の神、海の神は揃って『この後の惨劇』を確信し、それをいとも容易くウルトラマンティガは覆した。

 

『―――ゼペリオン光線ッ!!』

 

 神業という表現すら過小表現になる対処が、そこにあった。

 変身開始と同時に、変身過程を10に分割、並行同時に成立させることで変身時間を圧縮。

 光線発射前のエネルギーチャージを体内エネルギーの純倍加で所要時間0に。

 ティガに加護を与えている天の神の長・天之御中主神の持つ力を一瞬強力に引き出し、爆発的に行使して、爆弾の爆発の反作用で自分を吹き飛ばすようにして時間流の正順の流れに逆行した。

 結果。

 "ティガが変身を始める一秒前にはウルトラマンティガが光線を撃っていた"という、神業という表現すら過小表現になる奇跡が、成立していた。

 どうやっても一秒足りないはずだった状況を、人の意志と力が覆す。

 

 しかしそれでも、半分を撃ち落とすのが精一杯だった。

 地上に落ちた隕石は50を超える。

 海の底からの呼び声に呼ばれた怪獣達は次々と隕石から這い出て、あるいは小さな卵から数秒で巨大な生体まで成長し、人が生きる世界を踏み潰しにかかる。

 世界の多くで、絶望の声が漏れ落ちた。

 

『くっ……!』

 

 ティガでは手が足りない。

 一人でどうにかできる気がしない。

 普通ならば絶滅確定と言える最悪の襲来だ。

 しかしティガなら、ある程度の犠牲を飲み込めば勝ててしまう。

 初撃で運命を揺らがせた以上、数万人の死を許容すれば必敗の戦いに勝ててしまう。

 神の予想を覆す奇跡を一人で起こしたのだ、と言えよう。

 

 けれど。

 それでも。

 ティガは迷った。

 誰にも犠牲になってほしくないという願いがあった。

 皆に幸せであってほしいという願いがあった。

 全員で生きて明日に行きたいという願いがあった。

 それは、カミーラが彼の中に見た光。カミーラが彼を好きになった理由の根源。

 

 ティガは誰よりも強く、ティガだけに決定権があり、だからこそ人々を犠牲にする選択肢を、その選択を選びたくないティガ自身が選ばなければならない。

 その横顔には苦悩が滲み、地獄の苦しみがティガを苛む。

 それでも、選ばねばならない。

 彼はウルトラマンティガなのだから。

 

 ティガの横顔を見て、ヒュドラとダーラムは、自分が『光』に選ばれた意味に気付く。

 それは錯覚だったかもしれない。

 しかしそれでもいいと思えた。

 "この意味"のために戦おうと、赤と紫の二人は思えたのだから。

 

 ヒュドラがティガの手を引き、飛び上がる。

 

『飛ぶぞティガ!』

 

『ヒュドラ……!?』

 

『犠牲が出そうなところから順に回っていきゃいいだろ!

 倒せるところから行くんじゃねえ!

 守れるところから行く!

 その場しのぎの対症療法だが仕方ねえ! そのまま勝つぞ!』

 

『―――!』

 

『テメエが耳にタコができるほど言ってきたんだろうが! 人を守るのがウルトラマンだと!』

 

 ティガは冷静な判断ができる。

 周りの人間と自分の人間の能力を計算し、最適な判断を下すことができる。

 彼はいつも最適な判断を見つけることができ、他人には無理のない"できる"指示を出し、時にはユザレに判断を任せて戦闘に集中するなどして、勝機を必ず掴み取る。

 

 ただし、いつも無理をさせるのは自分だけだ。

 ティガは他人に"できない"ことを強要しない。

 だから負けてこなかった。

 だから当然のように勝ってきた。

 ヒュドラの性格をよく知っているがゆえに、ティガはその可能性を、その選択肢を、最初から頭の中から除外してしまっていた。

 

『テメエの我儘に! 全員守る戦いに! オレを付き合わせろ、ウルトラマンティガ!』

 

 けれど、人は成長する。誰もがそうだ。彼もそう。昨日と明日で、違う自分になっていく。

 

 ティガの『できない』を、ヒュドラの『できる』が覆す。

 

『Foo……なら、一際デカい司令塔のようなアレは俺が抑えよう。

 総体が戦略的な行動を取れなくなればやりやすいはずだ。

 他のウルトラマンと連携して局所的な勝利を積み重ねていけばいい』

 

『『 ダーラムがまた喋った!? 』』

 

『……』

 

 ダーラムが海へと踏み込む。

 向かう先には200mを超える大怪獣。

 果たすべき責務は、世界のための時間稼ぎ。

 ティガに戦いを挑みたい気持ちを、今は抑えられた。

 

 ティガとヒュドラが一つの風となって、限界を越えた速度で飛ぶ。

 向かう先には隕石の落下を防いで壊れた防錆施設、怯える人々が生きる街、そして各地に落ちた怪獣達。

 果たすべき責務は、全ての人の守護と、全ての怪獣を一掃すること。

 ヒュドラはティガが嫌いで嫌いで仕方なかったが、ティガの願いが"こんなもの"に踏み潰されるところなど、見たくはなかった。

 

 ヒュドラとダーラムは肌身に感じる。

 自分の性よりも大事なものを見つけられたこと。

 無理をしながら、我慢しながら、ティガの流儀に合わせること。

 勝ち目なんてない戦いに理想を掲げて挑むこと。

 それが、こんなにも心地良い。

 それが、こんなにも誇らしい。

 

 ウルトラマン達が立ち上がる。

 人々が避難誘導し、戦える人が子供達を逃がすために武器を取る。

 ユザレが加わり、地球星警備団の総力戦が始まる。

 怪獣達が撒き散らす闇をティガが消し、ヒュドラが飛び、ダーラムが殴る。

 

 全ての敵を打ち倒した後、怪我人は居るが死人は0という報告を聞き、三人は笑って、拳を思いっきり突き合わせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ティガの家まで辿り着き、ティガとダーラムとヒュドラは庭に寝っ転がった。

 もう家の中まで歩く気力も体力も残っていない。

 家の中では先に帰っていたユザレが動いてるらしき物音はするが、カミーラは今日の皆のご飯のための買い出しに行っていて今は居ないようだ。

 永遠の山桜は今日も咲き誇っていて、庭は桜の花びらでふわふわとしている。

 

 ベッドの上で休んでいるような心持ちでティガが休んでいると、ダーラムが起きてスクワットを始め、ヒュドラが上体を起こしてティガに語りかけてきた。

 

「おい、ティガ」

 

「どうしたんだい? あ、今日は格別良かったね。

 ヒュドラのおかげで犠牲者が出なかったところは絶対にあるよ」

 

「……チッ」

 

「伝えたいことがあるなら聞くよ。後でもいいけど」

 

「いや、言う気無くなったわ。お前に聞こうとしてたこともあったが忘れちまった」

 

「ええ……」

 

 ティガは真っすぐで素直な少年だ。

 だからヒュドラといくら絆を深めても、分からないところは分からない。

 ヒュドラがその感情を隠そうとすれば、なおさら分からない。

 

 ヒュドラはティガに言いたいことがあった。

 伝えたいことがあった。

 その上で言ってやりたい悪口があった。

 けど、途中でどうでもよくなってしまった。

 今日くらいはティガがいい気分で居られりゃいいと、そんな気の迷いを起こしてしまった。

 

 そして誤魔化しに、ずっと自分が考えていたことを口にする。

 

「ヒャハハハッ!

 こんな戦いはここで終わりにしてやらねえとなぁ?

 そんでカスの闇を一掃して、何か勘違いしたバカ共がオレ達を歴史に刻むのさ。

 『無駄な戦いを終わらせた寄せ集め英雄達、その姿』

 とか補足があると悪くねぇ。

 こんな得る物の無い戦いで一般人に感謝なんかされてんだ、そんくらいが妥当だよなぁ」

 

「いいね。そういうのもいいんじゃないかな」

 

「ハッハァ! 悪くねえ気分だ。

 ……オレ達が勝てば、これが人類最後の"死人が出る戦い"ってわけだ。本当に悪くねぇ」

 

 そうなりゃいいなと、ヒュドラは思った。

 

 そうなればいいなと、ティガも思った。

 

 ダーラムも言葉にはしていないが、同じ気持ちだった。

 

「こんなキッツい戦い、後の時代の奴らに残してやるわけにはいかねえよ。なぁ」

 

 ヒュドラの願いが叶えば、この時代で戦いは終わる。

 西暦、あるいは西暦が終わった後の時代からも、戦いは無くなる。

 この星には平和がやってきて、皆戦わなくてもよくなる。

 人生という限りある時間を、戦いなんてものではなく、幸せになるためだけに使っていくことができるだろう。

 

 粗野で、陰湿で、卑怯で、無神経で、ひねくれ者なヒュドラなのに。

 彼が願った未来の形は、西暦も、西暦が終わった後も、人が死ぬ戦いなどない世界だった。

 ティガは雲のように微笑み、ヒュドラの言葉に受けた感銘を口にする。

 

「ヒュドラ、かっこいいじゃん」

 

「は? オレは常にテメエより誰よりかっこいい風のウルトラマン様だが……」

 

 たまらず、ダーラムは二人を担ぎ上げた。

 信頼できる仲間のヒュドラを右肩に、何よりも大切な親友であるティガを左肩に乗せ、ダーラムはパワフルに立ち上がる。

 このまま進んでいければ、どんな不可能だって可能にできる。

 ダーラムは、そう信じられた。

 

「うわっ」

「うおっ」

 

親愛なる我が友達だ(Dear my Friends)

 

「バカクソカス降ろせ! 不安定だろ!」

 

「あ、チィちゃん帰って来てる。おーい」

 

 そうして、その日もまた、世界は守られた。

 

 

 

 

 

 この時点で地球上には、1000をゆうに超える数のウルトラマンが居た。

 空からの『光』は本当に多く、このウルトラマン達全てが倒され石像の破片と化したなら、巨大な都市を埋め尽くすほどの石片が生まれることが想像できるほどだった。

 それでも、押されていた。

 ティガが守る地域のウルトラマンの数を減らして他の地域のウルトラマン密度を上げても、他の地域でのウルトラマン達の敗北率は日々増加しており、無敗のままの地域はティガの目が届いている地域だけになりつつあった。

 星の数割は闇に覆われたまま、光が戻る気配もない。

 

 最前線にて戦うウルトラマン達は、誰もが分かっていた。

 戦いは勝利に向かっていない。

 勝利のための積み上げが存在していない。

 勝利を確信できるだけの勝機を見た覚えがない。

 今人類は、敗北を先送りにするだけの戦いを繰り返しているのだと。

 規格外をぶつけることで、絶滅の運命をその場しのぎにひっくり返しているだけだと。

 

 ウルトラマンティガが、彼らが絶望に転落することを防ぐ留め具になっていた。

 

 

 

 

 

「お、ユザレも来たぞ。ヒッヒッヒ」

 

「ティガ先輩。

 カミっち先輩。

 ダーラム先輩。

 ヒュドラ。

 今日も無事に帰って来れたようで何よりです」

 

「おいコラァ! おま……お前!? お前、もう一度オレ達全員呼んでみろ!」

 

「ティガ先輩。

 カミっち先輩。

 ダーラム先輩。

 今日も無事に帰って来れたようで何よりです」

 

「とうとう呼ばなくなったわね……」

(weed)

「コラァァァァァァ!!!」

 

「ユザ島はさあ」

 

「ユザ島ではなく」

 

 たとえ、この先に何が待っていたとしても。

 

 どんな結末があったとしても。

 

 彼らはこの時、懸命に生きていた。

 

 皆で幸せを掴む未来を信じていた。

 

 三千万年前も。西暦も。人々は抗いようのない『滅び』を前にして、折れることはなかった。

 

 世界を取り戻す切望の未来に向かって、ずっと手を伸ばしていた。

 

 

 

 

 

 桜舞う中、庭の大岩の後ろに、人影があった。

 

「あれ? 誰?」

 

「知らない子だ」

 

 カミーラが気付いて声をかけるが、大岩の陰に隠れた子が出てきても、皆見覚えがない。

 ティガ達全員が知らない子であった。

 容姿を文字に起こそうとすればできそうだが、それになぜか労力がかかりそうで、上手くやらないとぼんやりとした印象になりそうな気がしてしまう。

 外見の年齢は8歳か9歳程度に見える、そんな少女だった。

 

 ティガはひと目で、それが『神性』であることに気付いた。

 人間の領域は神の領域ではない。

 神の領域で生まれ育ち人間の領域に来たばかりの神は、存在の定義と具体化に慣れておらず、こういう印象の外見になりやすい。

 天之御中主神の名代とも言えるティガは、その少女が天神の一種であることも見抜く。

 

「ここ千年で生まれたばかりの神の子かな。名前は?」

 

「……あまてらす」

 

「うん、知らない神様だ。ダーラム、失礼なヒュドラが喋らないよう抑えておいて」

 

任せろ(Yes)

 

「オイ」

 

 ティガは神に対する最大限の礼儀を取り、その少女の前に跪く。

 

「ようこそ、新たな神様。

 貴方様の来訪を心から歓迎致します。

 この地上の人間は尽く貴方を敬い、貴方と共に在る。

 どうかその慈悲で、我々と共に歩む者となってくださいますよう、願う次第です」

 

 対し、少女も礼儀正しい所作にて、言葉を返す。

 

『常日頃の献身 懸命 健闘 その誠実に 感謝します』

 

 あまてらすと名乗った少女はティガにそう言って、礼をした。

 その一礼はとても恭しく、卑屈さがなく、自分を相手の下に置いて相手を立てるための礼節ではなく、互いの偉業を偉業として対等に認め合うための礼節であった。

 神の礼儀、と言ってもいい。

 着物の裾をつまみ持ち上げ、丁寧に礼をするその姿には、常に人間の上位者として在る自然神の感謝と、常に無理をして天地を守ってくれる男に対する少女の感謝が混ざりに混ざっていた。

 

 少女が指を鳴らすと、桜の花びらと芝生に覆われていたはずの庭に、一瞬で小さな花畑が生え揃う。単一の花で構成された花畑であった。

 

「わっ、わっ」

 

「これは……」

 

「チグリジアだ。チィちゃんの名前の花……」

 

『ウルトラマンティガは その少女の喜びを 何よりも大きな報酬と考えます』

 

「……まいったな」

 

 花畑を作って、少女の神は感情の読めない表情のまま、ティガの後ろに隠れる。

 ティガを岩戸のように使って、周りの人間から隠れる。

 天之御中主神は天の神群の祖、であればこの少女の祖でもある。

 かの神に選ばれたティガに懐くのは当然か。

 あるいは、個人的に気に入っている理由があるのか。

 

 ユザレは新顔の無名な神様、一見して少女にしか見えない神様を見て、それに懐かれているティガを見て、ちょっと笑ってしまう。

 まだこの神様には崇められるだけの威厳が薄く、愛らしさはあっても恐ろしさはなくて、ティガに懐いている内は、きっとまっとうな神様にはなれそうにもなかったから。

 こうして見ていると、ティガとあまてらすは兄妹にしか見えなかった。

 

「神様に愛される人間で居続けるのも、人間の使命の一つですよ、先輩」

 

「いや本当にまいったな」

 

 ティガが頬を掻く。

 カミーラが無言で少女をティガから引き剥がそうとする。

 少女が更に強くティガに抱きつく。

 カミーラと少女がにらみ合う。

 ヒュドラがティガの写真を撮ってロリコンだと拡散しようとしたので、ユザレがヒュドラの携帯電話を奪って踏み潰す。

 ダーラムはスクワットを始めた。

 

 

 




・チグリ
 古代ペルシア語。
 チグリス、チィグリス、ティグリス、そしてティガーなどの各単語の語源となった。
 主に『虎』の意で解釈される。

・チグリジア
 西暦においては『ティガリディア(Tigridia)』とも。
 チグリスを語源とする花。
 花言葉は『私を愛して』、『私を助けて』。

・ティグリス
 ウルトラマンガイアにおいて重要な役割を果たし、ガイアと共闘し天より来たる破滅に立ち向かった地球の怪獣。
 もしくはその語源となった地球最古の文明を流れる河で、最古の文明の代名詞。……三千万年前の文明を除いて最古、と頭に付くが。
 チグリス、チィグリスの発音違い。
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